説明

積層電解質膜とその製造方法、及び膜電極接合体

【課題】100℃以上の温度領域、かつ無加湿条件で運転される燃料電池に用いられる電解質膜、膜電極接合体、およびこの電解質膜の製造方法において、電解質膜に欠陥が存在する場合でも、急激な電池性能の低下を防止することができる技術を提供する。
【解決手段】重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーをその構造中に含んだ高分子膜が、2つ以上積層されたことを特徴とする電解質膜を燃料電池用の電解質膜として用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温、無加湿条件で運転される燃料電池の電解質膜として使用される、積層電解質膜とその製造方法、及び膜電極接合体に関する。
【背景技術】
【0002】
塩基性ポリマーに酸を含浸させたタイプの電解質膜を用いることにより、燃料ガスが無加湿という条件下で、100℃以上の温度領域で作動する燃料電池システムを構築することができる(例えば、特許文献1を参照)。上記タイプの電解質膜としては、例えば、ポリベンズイミダゾールのフィルムに硫酸又はリン酸を含浸させた電解質膜が公知の技術として開示されている。このタイプの燃料電池は、発生する熱を効果的に利用することにより、フルオロポリマー(例えば、「ナフィオン」という商品名で知られるポリマーなど)を利用する低温領域(主に、80℃以下)で作動するタイプの燃料電池と比較してエネルギー効率が高い、という特徴を有している。
【0003】
ただし、塩基性ポリマーに酸を含浸させたタイプの電解質膜を用いた燃料電池は、運転中に電解質膜から酸が漏出し、その電池性能を低下させる、あるいは漏出した酸が周辺の部材を腐食させる、という問題を含んでいる。この問題に対して、含浸させる酸を重合可能なものとし、電解質中で重合させて酸ポリマーとし、電解質膜からの酸の漏出を軽減する技術が開示されている(例えば、特許文献2を参照)。
【0004】
【特許文献1】特公平11‐503262号公報
【特許文献2】特公表05‐527073号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献2の技術は、電解質膜にピンホール等の欠陥が存在する場合、酸の漏出よりも、膜の欠陥の影響による電池性能低下が大きく、その効力を発揮することができない、という問題を有している。
【0006】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたもので、高温領域、かつ無加湿条件で運転される燃料電池に用いられる電解質膜、この電解質膜の製造方法、および膜電極接合体において、電解質膜からの酸の漏出を軽減するとともに、電解質膜に欠陥が存在する場合でも、急激な電池性能の低下を防止することができる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーをその構造中に含んだ高分子膜が、2つ以上積層された電解質膜を燃料電池用の電解質膜として用いることにより、電解質膜からの酸の漏出を軽減するとともに、電解質膜に欠陥が存在する場合でも、急激な電池性能の低下を防止することができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明のある観点によれば、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーを含む高分子膜が2つ以上積層された積層電解質膜が提供される。
【0009】
ここで前記積層電解質膜は、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーとして、ビニルホスホン酸、ビニルスルホン酸、及び2‐アクリルアミド‐2‐メチルプロパンスルホン酸の中から選ばれる1種以上のモノマーを含んでいることが好ましい。
【0010】
また、前記積層電解質膜の構成成分の1つである高分子膜は、ポリベンズイミダゾール類、ポリ(ピリジン類)、ポリ(ピリミジン類)、ポリイミダゾール類、ポリベンゾチアゾール類、ポリベンゾオキサゾール類、ポリオキサジアゾール類、ポリキノリン類、ポリキノキサリン類、ポリチアジアゾール類、ポリ(テトラザピレン類)、ポリオキサゾール類、ポリチアゾール類、ポリビニルピリジン類及びポリビニルイミダゾール類からなる群より選択されるいずれか1種以上のポリマーを含んでいることが好ましい。
【0011】
特に、前記高分子膜の構成成分は、下記一般式A‐1、A‐2、A‐3のいずれかの構造単位またはこれらの組み合わせを含んでいることが好ましい。
【0012】
【化1】

【0013】
前記一般式A‐1、A‐2、A‐3において、R1、R2、R3、R4、R5、R6は、互いに独立に、水素原子、アルキル基、アリル基、スルホン酸基、水酸基、ニトロ基またはアミノ基であり、nは、10〜10000である。
【0014】
また、前記重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーは、第3成分によって架橋構造をとることが好ましい。
【0015】
特に、架橋構造をとるために添加する第3成分としては、重合可能な二重結合をその構造中に2つ以上含む化合物であることが好ましい。
【0016】
また、前記積層電解質膜は、積層されている高分子膜の積層界面に、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーが局在している構造を有することが好ましい。
【0017】
また、前記積層電解質膜は、積層されている前記高分子膜の積層界面に、実質的に隙間がみられないことを特徴とする構造を有することが好ましい。
【0018】
また、本発明の別の観点によれば、基材となる高分子膜に、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーを含む溶液を含浸させた後、これらの膜を2つ以上積層させた状態で、含浸されているモノマーを重合させる積層電解質膜の製造方法が提供される。
【0019】
また、本発明のさらに別の観点からすれば、酸素極と、燃料極と、前記酸素極と前記燃料極との間に位置する燃料電池用電解質膜を備え、さらに前記燃料電池用電解質膜が、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーをその構造中に含んだ高分子膜が2つ以上積層された電解質膜である膜電極接合体が提供される。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、高温領域、かつ無加湿条件で運転される燃料電池に用いられる電解質膜、この電解質膜の製造方法、および膜電極接合体を提供することができる。本発明によって提供される電解質膜は、電解質膜に欠陥が存在する場合でも、急激な電池性能の低下を防止することができ、また、電解質膜の耐久性を高めるために膜厚を大きくしても高い伝導度を保持するため、前記燃料電池の長期運転時の耐久性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0022】
(本発明に係る積層電解質膜の優位性)
本発明は、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーをその構造中に含んだ高分子膜が2つ以上積層された電解質膜を燃料電池用の電解質膜として用いるものである。本発明の積層電解質膜は、プロトンの伝導を担う媒体である酸成分が重合してポリマー化しているため、従来の技術である塩基性ポリマーに酸を含浸させたタイプの電解質膜と比較して、電解質膜から酸の漏出が軽減されたものとなっている。しかし、これだけでは電解質膜に存在するピンホール等の欠陥が電池性能に与える影響を軽減することは出来ない。そこで、電解質膜を2つ以上積層させ、仮に1枚目の電解質膜に欠陥が存在しても、積層している他の電解質膜がその欠陥をカバーする構造としてやればこの問題は解決される、という発想が本発明の技術思想の一部である。
【0023】
しかしながら、この技術思想は、次の2つの理由から、従来、実施困難とされてきた。1つ目の理由は、電解質膜を積層させた場合、その積層界面の密着性が十分でないと積層させた膜が位置ずれを起こし、製造工程において様々な問題をひき起こす、というものである。2つ目の理由は、積層によって全体の膜厚が大きくなると、膜の電気抵抗が増加し、結果としてプロトンの伝導性が低下する、というものである。これに対して、本発明者らは、本発明によって提供される電解質膜、すなわち、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーをその構造中に含んだ高分子膜が2つ以上積層された積層電解質膜を燃料電池用の電解質膜として用いれば、これら2つの理由に基づく問題点を解決できることを見出した。積層界面の密着性については、プロトン伝導のための酸成分を、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーとすることによって、得られる積層電解質膜は、実用上十分な積層界面の密着性を確保できることを見出した。これは従来技術にある塩基性ポリマーに酸を含浸させたタイプの電解質膜では見られない現象である。また、膜厚が大きくなることによる電気抵抗の増加とそれに伴うプロトン伝導性の低下は、本発明の構成範囲内であれば実用上問題のない程度であることも明らかにした。本発明はこれら事実に基づいて創出されたものである。
【0024】
以下、本発明に係る積層電解質膜とこれを用いた膜電極接合体、およびその製造方法について詳細に説明する。
【0025】
(本発明に係る積層電解質膜の構造)
本発明において、「重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマー」とは、その構造中に、炭素間二重結合、炭素間三重結合、窒素炭素間二重結合、エポキシ環、水酸基、カルボキシル基、アミノ基、アルデヒド基、等の付加重合反応や縮合反応によって原子間で結合を生成する機能を有する官能基を有し、かつ、ホスホン酸基、スルホン酸基、燐酸基、カルボン酸基、水酸基、等の水素原子をプロトンとして解離する能力を有する官能基を有すモノマーを指す。本発明において、好適な前記モノマーは、ビニルホスホン酸、ビニルスルホン酸、2‐アクリルアミド‐2‐メチルプロパンスルホン酸、等であり、これらのモノマーを単独で、または、混合して用いることができる。
【0026】
本発明において、「重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマー」とは、前記モノマーが重合可能な官能基を利用して重合し、プロトン解離性を有する官能基を有したポリマーとなった状態を指す。例えば、前記モノマーがビニルホスホン酸である場合、得られるポリマーはポリビニルホスホン酸である。例えば、前記モノマーがビニルスルホン酸である場合、得られるポリマーはポリビニルスルホン酸である。例えば、前記モノマーが2‐アクリルアミド‐2‐メチルプロパンスルホン酸である場合、得られるポリマーはポリ‐2‐アクリルアミド‐2‐メチルプロパンスルホン酸である。また、前記モノマーとして複数種のモノマーを混合して用いる場合、得られるポリマーはこれらモノマーの共重合ポリマーとなる。
【0027】
本発明において、「重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーをその構造中に含んだ高分子膜」とは、前記ポリマーが、高分子膜中に共存している状態の高分子膜を指す。より詳しくは、高分子膜を構成するポリマーのポリマー鎖の間隙に、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーが存在している状態を指す。また、別の形態としては、高分子膜が多孔質であり、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーが、多孔質の空孔部分に充填されている状態も、本発明の1つの形態である。
【0028】
本発明において、前記ポリマーを含む高分子膜が「2つ以上積層している」とは、前記高分子膜が複数枚積層している状態にあることを指す。積層された高分子膜間は、物理的に接触している状態でも燃料電池用の電解質膜として必要な性能を満たすものが得られる。この状態の例を図1〜3に示す。図1、図2及び図3には、それぞれ、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーをその構造中に含んだ高分子膜1が、2層、3層、及び4層積層された例を示している。
【0029】
本発明において、積層界面の密着性を高めるため、高分子膜の積層界面に、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーが局在している状態とすることは、より好ましい状態である。この状態は高分子膜の積層界面にある厚みを持って前記ポリマーが層を形成している状態を指す。この場合、前記ポリマーが局在化した層には、他の成分が含まれていてもよいが、前記ポリマーの含有量が少ないと、形成された電解質膜のプロトン伝導性を損なうおそれがあるため、前記ポリマーを積層電解質膜全体に対して50質量%以上含むことが好ましい。この状態の例を図4〜6に示す。図4、図5及び図6には、それぞれ、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーをその構造中に含んだ高分子膜1が、2層、3層、及び4層積層された例を示しており、各高分子膜の積層界面に、前記ポリマーが局在化している層2が形成されている。この層の厚みは特に限定されないが、0.001〜10μmの範囲、好ましくは0.1〜3μmの範囲が好適である。前記ポリマーが局在化している層の厚みが0.001μmより薄いと、十分な層間の密着性が得られない場合があり、厚みが10μmよりも厚いと、膜厚が大きくなることによりプロトン伝導性が低下する可能性が考えられるためである。なお、この層の存在は、積層電解質膜の断面を電子顕微鏡で観察することによって確認することができる。
【0030】
また、本発明においては、積層されている高分子膜の積層界面に、実質的に隙間がみられないことを特徴とする構造も、得られる積層電解質膜のひとつの形態として好ましい。このような構造は、積層界面の密着性が極めて高い状態を反映している。この構造は、積層電解質膜の断面を電子顕微鏡で観察した場合、積層界面の相当する部分に隙間がみられないことで確認することができる。この例を図9および図10に示す。図9および図10はともに、本発明において得られる積層電解質膜の一例の断面を電子顕微鏡で撮影したものである。図9は、撮影された断面に隙間がみられない状態の例である。一方、図10は、撮影された断面に隙間が見られる状態の例である。なお、「実質的に隙間が見られない」とは、積層電解質膜を剥離が起こらないよう慎重に割断し、その断面全体を電子顕微鏡で撮影した際、50%以上の観察視野に隙間が見られないことを意味する。また、本発明によって得られる電解質膜がこのような構造をとる場合には、積層界面に、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーが局在している状態を観察することはできない。
【0031】
〈高分子膜について〉
本発明において、高分子膜とは、ポリマーが均質な状態、または、多孔性を有した状態で、膜状あるいはフィルム状になっているものを指す。高分子膜を形成するポリマーの構成成分として好ましいものは、ポリベンズイミダゾール類、ポリ(ピリジン類)、ポリ(ピリミジン類)、ポリイミダゾール類、ポリベンゾチアゾール類、ポリベンゾオキサゾール類、ポリオキサジアゾール類、ポリキノリン類、ポリキノキサリン類、ポリチアジアゾール類、ポリ(テトラザピレン類)、ポリオキサゾール類、ポリチアゾール類、ポリビニルピリジン類及びポリビニルイミダゾール類、等からなる群より選択される。具体的には、ポリベンズイミダゾール、ポリイミダゾール、ポリベンズチアゾール、ポリベンゾオキサゾール、ポリトリアゾール、ポリオキサジアゾール、ポリチアジアゾール、ポリピラゾール、ポリキノキサリン、ポリ(ピリジン)、ポリ(ピリミジン)及びポリ(テトラザピレン)、等が好ましいポリマーである。特に前記ポリマーの構成成分は、下記一般式A‐1、A‐2、A‐3のいずれかの構造単位を含んでいることが好ましく、これらの構造単位を含むことによって、耐熱性の大きい高分子膜を得ることができる。
【0032】
【化2】

【0033】
前記一般式A‐1、A‐2、A‐3において、R1、R2、R3、R4、R5、R6は、互いに独立に、水素原子、アルキル基、アリル基、スルホン酸基、水酸基、ニトロ基またはアミノ基であり、nは、10〜10000である。
【0034】
〈第3成分の添加について〉
本発明において、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーは、第3成分によって架橋構造をとることが好ましい。このような構造をとることによって、得られる電解質膜の耐熱性を向上させることができる。架橋構造をとるために添加する第3成分としては、重合可能な二重結合をその構造中に2つ以上含む化合物であることが好ましい。具体的な例としては、ポリエチレングリコールジメタクリレート、エチレングリコールジメタクリレート、N’,N−メチレンビスアクリルアミド、エチレンジアクリレート、ポリエチレングリコールジアクリレート、アリルメタクリレート、ジエチレングリコールジメタクリレート、トリエチレングリコールジメタクリレート、テトラエチレングリコールジメタクリレート、1,3−ブタンジオールジメタクリレート、グリセリンジメタクリレート、ジウレタンジメタクリレート、トリメチルプロパントリメタクリレート、エバクリルのようなエポキシアクリレート、カルビノール、ブタジエン、イソプレン、クロロプレン、ジビニルベンゼン、ビスフェノールAジメチルアクリレート、ジビニルスルホン、ジエチレングリコールジビニルエーテル等が挙げられる。なおこれらの化合物は単体として、または、混合して用いることができる。
【0035】
(本発明に係る積層電解質膜の製造方法)
本発明において、積層電解質膜を製造する方法としては、以下の3通りの方法が挙げられる。
【0036】
第1の方法は以下の通りである。まず、前記高分子膜に、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーを含む溶液を含浸させる。この状態にある高分子膜を複数枚積層させてから、モノマーを重合させ、積層電解質膜とする。
【0037】
第2の方法は以下の通りである。まず、前記高分子膜に、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーを含む溶液を含浸させて、これらモノマーを重合させて重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーをその構造中に含んだ高分子膜(以下このような高分子膜を「単層電解質膜」と称す。)を作成する。次にこの単層電解質膜を複数枚積層し、積層電解質膜とする。
【0038】
第3の方法は以下の通りである。前記高分子膜を予め積層させ、この状態で、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーを含む溶液を含浸させる。この状態でモノマーを重合させ、積層電解質膜とする。
【0039】
これら3通りの方法の中で、第1の方法と第3の方法によって得られる積層電解質膜は、その積層界面に、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーが局在した構造を有するものとなる。これはモノマーを重合する前に高分子膜を積層することで、高分子膜の積層界面に前記溶液の「溜まり」が生じ、それがそのまま重合しポリマー化するためと考えられる。しかしながら、第3の方法においては、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーを含む溶液を含浸させる際に、積層させた膜の位置ずれが生じる可能性があるため、第1の方法が推奨される。
【0040】
これら3通りの方法を実行する場合、高分子膜を含浸させる溶液には前記第3成分として前記架橋剤を添加するのが好ましい。架橋剤の添加量としては、電解質膜の耐熱性向上という観点から、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーに対し、0.1〜50質量%の範囲が好ましく、1〜30質量%の範囲がより好ましい。また、前記溶液には、その他の添加剤として、溶液の粘度調整用の水または溶剤を添加することも可能である。
【0041】
高分子膜に、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーを含む溶液を含浸させる方法としては、高分子膜を前記溶液に浸漬すれば良い。より短い時間で含浸の工程を終了させるためには、40〜70℃の範囲で含浸させる方法が有効である。
【0042】
〈モノマーの重合方法について〉
重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーの重合方法については、熱による重合、紫外線による重合、電子線による重合、γ線による重合、等の公知の方法を用いることができる。熱による重合では、前記溶液を含浸させた高分子膜をオーブン等で加熱する。加熱温度、加熱時間は得られる電解質膜の特性を見ながら調整することが可能である。このとき、重合開始剤として、22´アゾビス(2‐メチルプロピオンアミジン)二塩基酸、アゾビスイソブチルニトリル、等を前記溶液に添加する。紫外線による重合では、前記溶液を含浸させた高分子膜に紫外線を照射する。電子線による重合、γ線による重合では、前記溶液を含浸させた高分子膜に電子線やγ線を照射する。紫外線による重合、電子線による重合、γ線による重合において、紫外線、電子線、γ線の強度、照射時間は得られる電解質膜の特性を見ながら調整することが可能である。
【0043】
(本発明に係る膜電極接合体について)
本発明に係る膜電極接合体は、酸素極と、燃料極と、前記酸素極と前記燃料極との間に位置する燃料電池用電解質膜を備え、前記燃料電池用電解質膜が、重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーをその構造中に含んだ高分子膜が、2つ以上積層していることを特徴とする電解質膜であることを特徴とする。具体的には図7、8に一例を示すように、積層電解質膜を、カソード電極3、アノード電極4で狭持した構造を有する。図7、8で示されている積層電解質膜は2層の電解質膜(高分子膜1)で構成さている。また、図8には、2つの高分子膜1の積層界面に、前記ポリマーが局在化している層2が形成されている例を示している。ここで、カソード電極3は酸素極、アノード電極4は燃料極に対応する。各電極は、燃料電池が作動する際に供給されるガスに接する電極層であり、公知の技術によって得られるものを使用することができる。
【0044】
電極と積層電解質膜を用いて膜電極接合体を作成する方法としては、積層電解質膜をカソード電極とアノード電極に狭持させれば良い。また、電極と電解質膜の密着性を高める目的で、膜電極接合体の膜面方向に圧力がかかる状態でプレスすることも推奨される。
【実施例】
【0045】
次に、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。
【0046】
(実施例1)
重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーとしてビニルホスホン酸(東京化成製)、第3成分(架橋剤)としてポリエチレングリコールジメタクリレート(Aldrich製)、開始剤として22´アゾビス(2‐メチルプロピオンアミジン)二塩基酸1質量%水溶液(和光純薬製22´アゾビス(2‐メチルプロピオンアミジン)二塩基酸を純水に溶解したもの)、水をそれぞれ100、5、5、20の重量比で混合した溶液を準備した。以下、この溶液をA液と称す。高分子膜として厚み40μmのポリベンズイミダゾール膜(前記一般式A‐1を基本単位として持つもの)を用意し、これを2cm各の大きさに切り取り、A液に40℃で24時間浸漬した。A液が含浸されたポリベンズイミダゾール膜をA液から引き上げ、過剰付着している液をふき取った。このようにして得られる膜を2枚用意し、これら2枚の膜を積層させた状態として、オーブン中で80℃、3時間の熱処理を行い、積層電解質膜を得た。得られた膜の厚みは180μmであった。また、溶液の含浸率を以下の式(1)によって求めたところ357%であった。
【0047】
含浸率(%)=(積層電解質膜の重量−含浸前の高分子膜の重量)×100/(含浸前の高分子膜の重量)・・・式(1)
【0048】
〈プロトン伝導度の測定〉
得られた積層電解質膜のプロトン伝導度を、交流インピーダンス法によって測定したところ、6.8×10−3S/cmであった。
【0049】
〈積層界面の密着性の評価〉
得られた積層電解質膜の積層界面の密着性を評価するため、膜の表裏面を指で挟んで積層している単層膜がずれる方向に力を加えたが積層界面は剥離せず、良好な密着性を有していた。
【0050】
〈酸成分の漏出性の評価〉
得られた積層電解質膜に含まれる酸成分、実施例1の場合はポリビニルホスホン酸、の漏出性を評価するため、以下の試験を行なった。予め重量を測定した積層電解質膜をテフロン(登録商標)シートで挟み込み、プレス機により、膜厚方向に1トン/cmの圧力を25℃の温度で1分間加えた。積層電解質膜の周囲と膜の表面に染み出た酸成分をふき取り、処理後の膜の重量を測定した。以下の式(2)から漏出率を算出したところ、0%であった。
【0051】
漏出率(%)=(1−(処理前の積層電解質の重量−処理後の積層電解質の重量)/(処理前の積層電解質膜の重量−含浸前の高分子膜の重量))×100・・・(2)
【0052】
(実施例2〜5)
モノマーの種類、第3成分(架橋剤)の種類を変える以外は、実施例1と同様に膜を作成して評価した。結果を表1に示した。
【0053】
(実施例6〜7)
積層させる高分子膜の枚数を変える以外は実施例1と同様に膜を作成して評価した。結果を表2に示した。
【0054】
(実施例8、膜電極接合体の作成と評価)
実施例1において、2枚の膜を積層させる段階で、2枚の膜の一方に注射針を用いて10箇所孔(ピンホール)を開けた。後は実施例1と全く同じ方法で積層電解質膜を得た。この積層電解質膜を市販のカソード電極、アノード電極(Electrochem社製)で狭持して膜電極接合体とした。この膜電極接合体を150℃、無加湿、水素100ml/分、酸素200ml/分のガス供給下で燃料電池運転を行い、発電特性(開回路電圧)を測定した。測定開始直後の開回路電圧は0.95Vであり、30日後もこの値は変化し
なかった。
【0055】
(比較例1)
実施例1において、膜を2枚積層しない状態のまま、オーブン中で80℃、3時間の熱処理を行い単層の電解質膜を得た。この単層電解質膜を積層電解質膜と同様に評価した。結果を表1に合わせて示した。
【0056】
(比較例2)
A液の代わりに、85質量%の燐酸水溶液(キシダ化学製)を用いる以外は、実施例1と同様に積層電解質膜を作成して評価した。結果を表1に合わせて示した。
【0057】
(比較例3)
実施例8において、2枚の膜を積層させる段階で、2枚の膜の一方に注射針を用いて10箇所孔を開けたが、孔を開けたこの膜のみを用いて、つまり2枚の膜を積層させずに、膜電極接合体を実施例1と同様に作成した。測定開始直後の開回路電圧は0.90Vであったが、30日後の値は0.80Vに低下していた。
【0058】
(評価結果の比較)
実施例1〜7の結果は、本発明によって得られる積層電解質膜が、プロトン伝導性、積層界面の密着性、酸成分の漏出において優れていることを示している。実施例1、6、7と比較例1の差は、積層構造とすることによる効果の比較を表すものであるが、実施例1、6、7では比較例1よりも膜厚が大きくなっているにも関わらず、大きなプロトン伝導度を示しており、本発明においては、積層構造として膜厚を大きくすることが電解質膜の性能を損なうものでないことを示している。実施例1と比較例2の差は、本発明と従来技術である塩基性ポリマーに酸を含浸させたタイプの電解質膜との差を比較するものであるが、本発明は積層界面の密着性および漏出性において優れていることがわかる。実施例8と比較例3の差は、膜電極接合体における本発明の効果を示すものである。本発明を適用した実施例1では、積層させた一方の膜にピンホール欠陥が多数存在しても発電特性は良好である。
【0059】
【表1】

【0060】
【表2】

【0061】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明における積層電解質膜の積層パターンの例を示す説明図である。
【図2】本発明における積層電解質膜の積層パターンの例を示す説明図である。
【図3】本発明における積層電解質膜の積層パターンの例を示す説明図である。
【図4】本発明における積層電解質膜の積層パターンの例を示す説明図である。
【図5】本発明における積層電解質膜の積層パターンの例を示す説明図である。
【図6】本発明における積層電解質膜の積層パターンの例を示す説明図である。
【図7】本発明における膜電極接合体の構造の例を示す説明図である。
【図8】本発明における膜電極接合体の構造の例を示す説明図である。
【図9】本発明における積層電解質膜において、積層界面に隙間が見られない場合の電子顕微鏡による断面写真の一例である。
【図10】本発明における積層電解質膜において、積層界面に隙間が見られる場合の電子顕微鏡による断面写真の一例である。
【符号の説明】
【0063】
1 重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーをその構造中に含んだ高分子膜
2 重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーが局在化している層
3 カソード電極
4 アノード電極
5 積層界面に見られる隙間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
重合可能な官能基とプロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーが重合して得られるポリマーを含む高分子膜が、2つ以上積層されたことを特徴とする積層電解質膜。
【請求項2】
前記モノマーが、ビニルホスホン酸、ビニルスルホン酸、及び2‐アクリルアミド‐2‐メチルプロパンスルホン酸の中から選ばれる1種以上のモノマーを含むことを特徴とする、請求項1に記載の積層電解質膜。
【請求項3】
前記高分子膜が、ポリベンズイミダゾール類、ポリ(ピリジン類)、ポリ(ピリミジン類)、ポリイミダゾール類、ポリベンゾチアゾール類、ポリベンゾオキサゾール類、ポリオキサジアゾール類、ポリキノリン類、ポリキノキサリン類、ポリチアジアゾール類、ポリ(テトラザピレン類)、ポリオキサゾール類、ポリチアゾール類、ポリビニルピリジン類及びポリビニルイミダゾール類からなる群より選択されるいずれか1種以上のポリマーを含むことを特徴とする、請求項1または2に記載の積層電解質膜。
【請求項4】
前記高分子膜が、下記一般式A‐1、A‐2、もしくはA‐3で示される構造単位、または、これらの構造単位の2種以上の組み合わせを繰り返し単位として含むことを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の積層電解質膜。
【化1】

前記一般式A‐1、A‐2、A‐3において、R1、R2、R3、R4、R5、R6は、互いに独立に、水素原子、アルキル基、アリル基、スルホン酸基、水酸基、ニトロ基またはアミノ基であり、nは、10〜10000である。
【請求項5】
前記ポリマーが、第3成分によって架橋構造を有することを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の積層電解質膜。
【請求項6】
前記第3成分が、重合可能な二重結合を2つ以上含んだ化合物であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の積層電解質膜。
【請求項7】
積層されている前記高分子膜の積層界面に、前記ポリマーが局在していることを特徴とする、請求項1〜6のいずれかに記載の積層電解質膜。
【請求項8】
積層されている前記高分子膜の積層界面に、実質的に隙間がみられないことを特徴とする、請求項1〜6のいずれかに記載の積層電解質膜。
【請求項9】
基材となる高分子膜に、重合可能な官能基プロトン解離性を有する官能基とを含むモノマーを含む溶液を含浸させた後、前記高分子膜を2つ以上積層した状態で含浸されている前記モノマーを重合させることを特徴とする、積層電解質膜の製造方法。
【請求項10】
酸素極と、燃料極と、前記酸素極と前記燃料極との間に位置する燃料電池用電解質膜と、を備え、
前記燃料電池用電解質膜は、請求項1〜8のいずれかに記載の積層電解質膜であることを特徴とする、膜電極接合体。
【請求項11】
請求項10に記載の膜電極接合体を備える、燃料電池。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−44942(P2010−44942A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−207901(P2008−207901)
【出願日】平成20年8月12日(2008.8.12)
【出願人】(390019839)三星電子株式会社 (8,520)
【氏名又は名称原語表記】SAMSUNG ELECTRONICS CO.,LTD.
【住所又は居所原語表記】416,Maetan−dong,Yeongtong−gu,Suwon−si,Gyeonggi−do 442−742(KR)
【Fターム(参考)】