説明

空間臭指標物質

【課題】高齢者居室の染み付き臭を客観的かつ定量的に評価することを可能とする指標物質、及びこれを用いた当該臭気又はこれに対する消臭効果の評価方法、並びに実際の高齢者居室染み付き臭を正確に再現した擬似臭組成物の提供。
【解決手段】炭素数7〜9の飽和脂肪酸から選ばれる少なくとも1種を含有する、高齢者居室染み付き臭指標物質。
上記飽和脂肪酸を指標とする、高齢者居室染み付き臭又は当該臭気に対する消臭効果の評価方法。
上記飽和脂肪酸を含有する高齢者居室染み付き臭の擬似臭組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高齢者居室の染み付き臭の評価に用いられる指標物質、並びにこれを用いた、高齢者居室の染み付き臭の評価方法、及び当該臭気に対する消臭効果の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高齢者人口の増加に伴い、高齢者の世帯数は増加している。多くの高齢者は、身体的、社会的要因から外出頻度が低下する傾向にあり、また、寒さや、防犯上の理由から窓の開閉も少なくなりがちである。従って、窓を開けないまま長い時間を居室内で生活することが多くなり、居室に高齢者特有のニオイが滞留することが問題となっている。
【0003】
特許文献1では、寝たきり老人の居室に漂うニオイ全体を分析し、その中から全イオウ化合物、全窒素化合物、酢酸(炭素数2)、プロピオン酸(炭素数3)、イソ及びノルマル酪酸(炭素数4)、ピバリン酸(炭素数5)、イソ及びノルマル吉草酸(炭素数5)を検出し、これら脂肪酸を不快臭吸着用ハニカム状活性炭の性能評価に用いている。なお、文中には明示されていないが、イオウ化合物としてはジメチルスルフィド、窒素化合物としてはアンモニア、インドールが主な成分と考えられる。
【0004】
また、特許文献2では、オクテナール及びノネナールが中高年者の体から発する加齢臭の原因物質として挙げられている。非特許文献1では、イソ吉草酸が汗臭・加齢臭の臭気成分とされている。非特許文献2では、高齢者居室における臭気成分として、酢酸、イソ吉草酸、n-カプロン酸(ヘキサン酸:炭素数6)が記載されている。
【0005】
一方、居住空間における染み付き臭に関しては、特許文献3において、タバコ臭についての評価法が検討されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6-319932号公報
【特許文献2】特開平11-286428号公報
【特許文献3】特開平4-98157号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】(社)繊維評価技術協議会HPの消臭加工繊維製品認証規準(http://www.sengikyo.or.jp/cmsdesigner/dlfile.php?entryname=sek&entryid=00004&fileid=00000016&/JED301%20%BE%C3%BD%AD%B2%C3%B9%A9%C1%A1%B0%DD%C0%BD%C9%CA%C7%A7%BE%DA%B4%F0%BD%E0%20100401.doc)
【非特許文献2】光田恵ら、第14回におい環境学会講演要旨集、p.88、高齢者施設内の居室における臭気の発生量に関する研究
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このような高齢者居室に特有のニオイの中でも、特に最近問題となっているのは、部屋の空気を換気した場合でも、壁などに付着・蓄積したニオイが再放出されることで、換気前のニオイが再現されてしまう現象であり、その原因物質さえ明らかになっていないのが現状である。この高齢者特有の居室から検出される染み付いたニオイの原因成分を知ることは、効果的な消臭剤、空気清浄機を開発するための指標や、ニオイが付着しにくい建材の開発に重要であり、各分野から解明が望まれている。しかし、高齢者の居住空間における染み付き臭については、そのニオイの質から着目した分析例もなく、原因となるニオイ成分についても知られていない。
【0009】
高齢者居室を分析した特許文献1及び非特許文献2においても、これら文献に記載の脂肪酸のうち、どの成分が染み付きやすい成分であるかについての示唆はない。
【0010】
また、特許文献1や特許文献2に記載の臭気成分のうち、インドール以外の成分はいずれも蒸気圧が高く、換気で容易に排出されてニオイとして検知されなくなったり、よりニオイの少ない空間に拡散してしまったりすることから経時的な感覚的強度の低下が大きく、染み付き臭の成分とは考えにくい(参考;25℃の蒸気圧はアンモニア2.2×1011Pa、ジメチルジスルフィド3.3×103Pa、酢酸2290Pa、イソ吉草酸152Pa、ノネナール42Pa、ヘキサン酸37Pa。U.S. ENVIROMENTAL PROTECTION AGENCYのEstimation Program Interface (EPI) Suite Ver.4.0を用いて計算)。
【0011】
また、インドールに関しては、常温で固体であり(25℃の蒸気圧は3Pa)、換気では容易に排出されないため、染み付きやすい物質とは考えられるが、低い濃度で心地よい香り(ジャスミン様の花の香り)となる場合があることから、不快な染み付き臭の指標物質としては不適当である。
【0012】
本発明の課題は、高齢者居室の染み付き臭を客観的かつ定量的に評価することを可能とする指標物質、及びこれを用いた当該臭気又はこれに対する消臭効果の評価方法、並びに実際の高齢者居室染み付き臭を正確に再現した擬似臭組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、ニオイの染み付きの著しい高齢者病室における各種ニオイ成分を分析した結果、同じフロアにある会議室と比べ、炭素数7〜9の脂肪酸が特に多く検出されることを見出した(参考例1を参照)。これらの脂肪酸は、原因は明らかではないが、低い蒸気圧(室内気流との関係)、壁への吸脱着性、低い閾値などの諸要因がからみあって居住空間の染み付き臭の原因物質になっていると推測される。一方、特許文献2,3に記載されているようなノネナールなどのアルデヒドでは明らかな差は見られず、炭素数2〜5の脂肪酸はむしろ会議室で多く検出された。
【0014】
本発明者らは、この結果から、炭素数7〜9の飽和脂肪酸を高齢者居室の染み付き臭を定量的に評価する客観的な指標として利用することを着想すると共に、更に検討を進め、当該脂肪酸を用いた、高齢者居室染み付き臭及びこれに対する消臭効果を評価する方法、並びに高齢者居室の染み付き臭を正確に再現した擬似臭組成物を得ることに成功した。
【0015】
すなわち本発明は、炭素数7〜9の飽和脂肪酸から選ばれる少なくとも1種を含有する、高齢者居室染み付き臭指標物質を提供するものである。
【0016】
更に本発明は、上記飽和脂肪酸を指標とする高齢者居室染み付き臭の評価方法を提供するものである。
【0017】
更に本発明は、上記飽和脂肪酸を指標とする高齢者居室染み付き臭に対する消臭効果の評価方法を提供するものである。
【0018】
更に本発明は、炭素数7〜9の飽和脂肪酸を含有する高齢者居室染み付き臭の擬似臭組成物を提供するものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明で用いる飽和脂肪酸は、高齢者居室染み付き臭に極めて近い臭気を有しており、当該臭気の指標物質として有用である。従って、この飽和脂肪酸の存在量を基に、高齢者居室染み付き臭の程度、又は当該臭気に対する消臭効果の程度を、客観的かつ定量的に評価することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
ここで本発明において「高齢者居室」とは、高齢者が1週間以上生活している部屋を意味し、自宅であっても、病院であっても、高齢者施設であってもよく、その形態には限定されない。
【0021】
本発明において「高齢者居室染み付き臭」とは、高齢者居室の壁、床、寝具、カーテンなどに付着・蓄積し、じわじわと放出されてくるニオイであって、部屋の空気が全置換する程度に換気しても再放出され、容易に消えないものをいう。なお、以下単に「染み付き臭」ということがある。
【0022】
また、本発明における「消臭効果」には、1.消臭基剤などによるニオイの吸着、包接等を用いた物理的消臭効果、2.消臭基剤などによる臭いの中和、酸化等を用いた化学的消臭効果、3.香料マスキング剤や変調剤などを用いた感覚的消臭効果のいずれをも含むものとする。
【0023】
●染み付き臭指標物質
本発明の染み付き臭指標物質は、炭素数7〜9の飽和脂肪酸を含有するものであり、かかる飽和脂肪酸としては直鎖、分岐鎖のいずれでもよい。直鎖の飽和脂肪酸は、ヘプタン酸、オクタン酸又はノナン酸であり、分岐鎖の飽和脂肪酸としては、イソヘプタン酸、イソオクタン酸、イソノナン酸が挙げられる。これらのうち直鎖飽和脂肪酸、すなわちヘプタン酸、オクタン酸、ノナン酸が好ましい。
【0024】
これら炭素数7〜9の飽和脂肪酸を染み付き臭指標物質として使用する場合、単体であっても、複数の飽和脂肪酸からなる混合物であってもよい。また、その純度は高いほど好ましいが、臭気に影響を与えない限り夾雑物を含んでいてもよい。
【0025】
〔飽和脂肪酸の誘導体〕
炭素数7〜9の飽和脂肪酸は、指標化合物としての検出機能を失わない限り、化学的修飾を施して、すなわちカルボキシ基に原子又は原子団を導入して用いてもよい。例えば、機器分析における分析感度を向上させるために、カルボキシ基をアシル化、エステル化、トリメチルシリル化、アミド化、カルボン酸塩化したり、可視領域ないし紫外領域の光を照射することによって指標物質を目視化できるようにするために、カルボキシ基に発色団を導入したりすることもできる。
【0026】
誘導体化試薬としては、O-(p-ニトロベンジル)-N,N'-ジイソプロピルイソウレア(PNBDI)や、p-ブロモフェナシルブロミド(PBPB)などのUV試薬、4-ブロモメチル-7-メトキシクマリン(Br-MmC)などの蛍光試薬、N-トリメチルシリルイミダゾール(TMSI)やN,O-ビス(トリメチルシリル)アセトアミド(BSA)などのシリル化剤、無水トリフルオロ酢酸やトリフルオロアセチルイミダゾールなどのアシル化剤などを用いることができる。
【0027】
また、炭素数7〜9の飽和脂肪酸の標識化合物として、可視領域の発色団を用いる場合には、標識化合物の濃度−発色標準サンプルを調製し、サンプルから採取したニオイ抽出物を同じ試薬で発色させたものと比較して、目視で染み付き臭の程度を判断することも可能である。
【0028】
呈色反応を利用して飽和脂肪酸の有無や存在量を判定する方法としては、
i)炭素数7〜9の飽和脂肪酸のカルボキシ基に直接発色団を導入する方法
ii)炭素数7〜9の飽和脂肪酸を誘導体に変換した後、誘導体に発色団を導入する方法
iii)炭素数7〜9の飽和脂肪酸を分解した後、分解物に発色団を導入する方法
等が挙げられる。
【0029】
i)の飽和脂肪酸のカルボキシ基に直接発色団を導入する方法に用いられる呈色試薬としては、飽和脂肪酸を縮合剤の存在下、発色性の酸ヒドラジドに導いて呈色させる試薬、飽和脂肪酸を発色性のエステルに導いて呈色させる試薬、飽和脂肪酸を発色性のアミドに導いて呈色させる試薬等がある。
【0030】
飽和脂肪酸を発色性の酸ヒドラジドに導いて呈色させる試薬としては、2-ニトロフェニルヒドラジン、2,4-ジニトロフェニルヒドラジン、6,7-ジメトキシ-1-メチル-2(1H)-キノキサリノン-3-プロピオニルカルボン酸ヒドラジド(DMEQ-H)、p-(4,5-ジフェニル-1H-イミダゾール-2-イル)-ベンゾヒドラジド、p-(1-メチル-1H-フェナントロ-[9,10-イミダゾール-2-イル)-ベンゾヒドラジド、p-(5,6-ジメトキシ-2-ベンゾチアゾイル)-ベンゾヒドラジド等が挙げられる。
【0031】
飽和脂肪酸を発色性のエステルに導いて呈色させる試薬としては、9-アンスリルジアゾメタン、1-ナフチルジアゾメタン、1-(2-ナフチル)ジアゾエタン、1-ピレニルジアゾメタン、4-ジアゾメチル-7-メトキシクマリン、4-ブロモメチル-7-メトキシクマリン、3-ブロモメチル-6,7-ジメトキシ-1-メチル-2(1H)-キノキザリノン、9-ブロモメチルアクリジン、4-ブロモメチル-6,7-メチレンジオキシクマリン、N-(9-アクリジニル)-ブロモアセトアミド、2-(2,3-ナフチルイミノ)エチルトリフルオロメタンスルホネート、2-(フタルイミノ)エチルトリフルオロメタンスルホネート、N-クロロメチルフタルイミド、N-クロロメチル-4-ニトロフタルイミド、N-クロロメチルイサチン、O-(p-ニトロベンジル)-N,N'-ジイソプロピルイソウレア等が挙げられる。
【0032】
飽和脂肪酸を発色性のアミドに導いて呈色させる試薬としては、モノダンシルカダベリン、2-(p-アミノメチルフェニル)-N,N'-ジメチル-2H-ベンゾトリアゾール-5-アミン等が挙げられる。
【0033】
ii)の飽和脂肪酸を誘導体に変換した後、誘導体に発色団を導入する方法において、呈色反応に利用できる飽和脂肪酸の誘導体としては、無機塩、酸クロライド等が挙げられる。
【0034】
飽和脂肪酸の無機塩は芳香族ハロゲンと反応させて発色性のエステルに、酸クロライドは発色性のアミドに、それぞれ誘導することができる。
【0035】
飽和脂肪酸を無機塩に変換する方法としては、飽和脂肪酸を炭酸水素ナトリウム溶液、炭酸ナトリウム溶液、水酸化ナトリウム溶液、水酸化カリウム溶液等のアルカリ性物質と混合して中和する方法が挙げられる。飽和脂肪酸の無機塩と反応し、発色性のエステルに誘導できる芳香族ハロゲンとしては、p-ニトロベンジルブロミド、フェナシルブロミド、p-クロロフェナシルブロミド、p-ブロモフェナシルブロミド、p-ヨードフェナシルブロミド、p-ニトロフェナシルブロミド、p-フェニルフェナシルブロミド、p-フェニルアゾフェナシルブロミド、N,N'-ジメチル-p-アミノベンゼンアゾフェナシルクロライド等が挙げられる。
【0036】
飽和脂肪酸を酸クロライドに変換する方法としては、飽和脂肪酸をオキザリルクロライドと反応させる方法等が挙げられる。酸クロライドを発色性のアミドに導く方法としては、トリエチルアミンの存在下、9-アミノフェナントレンと反応させる方法等が挙げられる。
【0037】
iii)の飽和脂肪酸を分解した後、その分解物に対して発色団を導入する方法としては、飽和脂肪酸にアデノシン三リン酸(ATP)と補酵素CoAの存在のもとで、アシル-CoAシンテターゼを作用させて、アシル-CoAを生成せしめ、次にアシル-CoAオキシダーゼで処理して、エノイル-CoAと過酸化水素を生成せしめ、更に過酸化水素をカタラーゼで処理してアルデヒドにし、これに呈色試薬である4-アミノ-3-ヒドラジノ-5-メルカプト-1,2,3-トリアゾール(AHMT)を反応させて、生じる紫色を比色する方法が挙げられる。
【0038】
このように、本発明において、飽和脂肪酸の呈色反応に用いられる試薬は、飽和脂肪酸、飽和脂肪酸誘導体、飽和脂肪酸分解物のいずれかと反応して発色するものであれば特に限定されない。
【0039】
●染み付き臭又は消臭効果の評価方法
本願発明によれば、これらの指標物質を用いて染み付き臭の程度、又は当該臭気に対する消臭効果の程度について定量的に評価することが可能となる。
【0040】
炭素数7〜9の飽和脂肪酸を染み付き臭評価用指標物質として使用する方法は特に制限されず、公知の様々な評価方式に適合させて用いればよい。
【0041】
例えば、染み付き臭のある高齢者居室における炭素数7〜9の飽和脂肪酸の存在量をGC-MSで測定する場合には、あらかじめ、上記飽和脂肪酸を標準物質(スタンダード)として用い、検量線を作成する。この検量線を使用して、高齢者居室から採取したサンプルに含まれる飽和脂肪酸のピークを同定し、その量を測定すればよい。
【0042】
高齢者居室からサンプルを採取する際には、まず居室を換気し、その後部屋を閉め切って居室に染み付いたニオイが十分に再放出された後に採取する。換気の時間は居室の空気を全置換できる程度であれば特に限定されないが、2〜5時間程度が好ましい。また、換気後に居室を閉め切る時間についても、ニオイが再放出されるのに十分な時間であれば特に限定されないが、2〜5時間程度が好ましい。なお、居室を閉め切りニオイを再放出させる間、他の悪臭源を部屋に持ち込まない状態で再放出させる。
【0043】
また、官能評価を行う場合には、炭素数7〜9の飽和脂肪酸を数段階に希釈し、各濃度のニオイ標準サンプルを調製する。そして、染み付き臭のある高齢者居室から採取した評価サンプルのニオイを標準サンプルと照合し、高齢者居室中の飽和脂肪酸の量を官能評価により判定すればよい。
【0044】
本発明の指標物質は、前述したように化学分析、機器分析、官能評価のいずれにも利用され客観性の高い定量的判定が可能となるが、特に、化学分析、機器分析等により、測定値を飽和脂肪酸の存在量で表現することで、判定結果から主観性を排除することが可能である。
【0045】
更に本発明においては、染み付き臭をターゲットとする消臭剤又は空気清浄機の消臭効果を、炭素数7〜9の飽和脂肪酸を含有する指標物質を用い、客観的かつ定量的に判定することができる。
【0046】
消臭剤又は空気清浄機の消臭効果を判定する方法においては、前記指標物質を単体として使用してもよく、他の成分、例えば溶解又は希釈のための溶剤や、安定剤、抗菌剤、抗菌剤、界面活性剤、酸化防止剤、香料、植物抽出物等の添加剤を配合し、保存や判定試験での使用等の実用に即した組成物に調製して用いてもよい。
【0047】
例えば、有効成分として炭素数7〜9の飽和脂肪酸を所定濃度で含有する指標物質を居室の壁、床、カーテン等に付着させ、所定量の消臭剤サンプルを添加し、指標物質の変化状態を適切な方法で定量することで、消臭剤の消臭効果を客観的かつ定量的に判定できる。同様の方法で空気清浄機の消臭効果を客観的かつ定量的に判定することもできる。
更に、本発明の指標物質を用いることで、室内のファブリック製品や家具、壁紙等の建材に付した染み付き臭防除効果を評価することも可能である。
【0048】
本発明の染み付き臭指標物質を消臭剤や空気清浄機の評価に用いる場合は、1回の試験サンプルあたり炭素数7〜9の飽和脂肪酸として0.1〜1g程度を、滴下やスプレーによって、ろ紙、不織布、壁紙などのシートに浸透させる。その後、指標物質の浸透したシートを2〜6畳程度の部屋に2時間〜1日程度放置し、指標物質を室内に揮発、充満させるのが好ましい。指標物質の浸透したシートを室内に放置する際には、例えばシャーレに指標物質の浸透したシートを入れ、室内に放置しても良いし、指標物質の浸透したシートを壁面に貼り付けておいても良い。
【0049】
指標物質の変化状態を定量する方法としては、消臭剤サンプルが飽和脂肪酸を分解又は別の化合物に誘導して、ニオイを減じるタイプである場合には、指標物質の検量線を予め作成しておき、この検量線を用いて機器分析を行ってもよいし、指標物質の変化体又は未変化体を滴定又は抽出等の化学分析により定量してもよい。消臭剤サンプルが染み付き臭をマスキングするタイプである場合には、指標物質を数段階に希釈して各濃度のニオイ標準サンプルを調製し、消臭剤サンプルを添加した指標物質のニオイを標準サンプルと照合し、マスキング効果を官能評価により判定すればよい。
【0050】
また、室内のファブリック製品や家具、壁紙等の建材に付した染み付き臭防除効果を評価する場合は、1回の試験サンプルあたり炭素数7〜9の飽和脂肪酸として0.1〜1g程度を、滴下やスプレーによって、ろ紙、不織布、壁紙などのシートに浸透させる。その後、あらかじめ染み付き臭防除効果を施したファブリック製品や家具、壁紙等の建材を置いた部屋に指標物質の浸透したシートを2〜6畳程度の部屋に2時間〜1日程度放置し、指標物質を室内に揮発、充満させるのが好ましい。指標物質の浸透したシートを室内に放置する際には、例えばシャーレに指標物質の浸透したシートを入れ、室内に放置しても良いし、指標物質の浸透したシートを壁面に貼り付けておいても良い。
【0051】
染み付き臭防除効果の評価のためのサンプル回収の際には、上記のように室内に十分指標物質を充満させた後、一度室内のニオイがなくなるまで換気を行った後、ファブリック製品や家具、壁紙等の建材から直接、ニオイ成分を抽出しても良い。また、換気の後、再度部屋を閉め切りにし、一度染み込んだ指標物質を再放出させ、再放出したニオイを回収しても良い。指標物質の変化状態を定量する方法としては、染み付き臭防除効果が、飽和脂肪酸を分解又は別の化合物に誘導することによりニオイを減じるものである場合には、指標物質の検量線を予め作成しておき、この検量線を用いて機器分析を行ってもよいし、指標物質の変化体又は未変化体を滴定又は抽出等の化学分析により定量してもよい。
【0052】
●擬似染み付き臭組成物
更に本発明は、炭素数7〜9の飽和脂肪酸を含有し、染み付き臭の消臭効果の評価に使用できる擬似染み付き臭組成物を提供するものである。この擬似染み付き臭組成物を使用することにより、消臭基剤のスクリーニングや、消臭剤組成物の染み付き臭に対する消臭効果を正確にかつ再現性よく評価することができる。
【0053】
官能評価などにおける染み付き臭判定のためにこの飽和脂肪酸を用いる場合には、既知の染み付き臭構成成分を適当な比率で混合させて、更に実場面に近い染み付き臭を再現し、擬似染み付き臭組成物として用いることも可能である。
【0054】
すなわち、本発明の擬似染み付き臭組成物は、様々なニオイを含む複合臭である染み付き臭をより正確に再現する点から、炭素数7〜9の飽和脂肪酸を成分(A)として含有し、更に成分(B)として、染み付き臭指標物質としては重要ではないか、または公知である悪臭物質、例えば炭素数2〜6の脂肪酸(酢酸、吉草酸、イソ吉草酸、ヘキサン酸等)、炭素数8〜10のアルデヒド(オクタナール、ノナナール、ノネナール(加齢臭)、デカナール等)、アンモニア等を加えることができる。炭素数2〜6の脂肪酸の中では吉草酸、イソ吉草酸、ヘキサン酸が、炭素数8〜10のアルデヒドの中ではオクタナール、ノネナールがより好ましい
【0055】
本発明において、成分(A)に対する成分(B)の割合(質量比)は、(B)/(A)が0〜1の範囲が好ましく、更に好ましくは(B)/(A)が0.01〜0.5の範囲である。
【0056】
また、本発明の擬似染み付き臭組成物は、取り扱い性の点より、希釈剤として水、エタノール、クエン酸トリエチル、アセトン、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、流動パラフィン、LPG(液化石油ガス)等の溶剤や、カチオン性、アニオン性、ノニオン性、両性等の界面活性剤を併用して希釈することもできる。
【0057】
本発明の擬似染み付き臭組成物は、液状のままで、又は固形状の担体に含浸して用いることができる。固形状の担体は、擬似染み付き臭組成物を担持できるものであれば特に限定されないが、例えば、シリカゲル、シリカ、活性炭、ヒドロキシアパタイト、アルミナ、ゼオライト、珪藻土、粘土鉱物、サイクロデキストリン、タルク、炭酸カルシウム、ゲル化剤、セルロース及びその誘導体、発泡セルロース、紙、木綿、ウール、ポリエステル繊維、ナイロン繊維、不織布、樹脂(ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリエステル、ナイロン、ポリウレタン、ポリビニル、ポリビニリデン、エチレン−ポリビニルアルコール共重合体、ポリスチレン、ポリアクリレート、アリルスチレン共重合体)等が挙げられる。固形状担体の形態も特に限定されず、例えば粉体、粒状、シート状、塊状等として使用できる。
【0058】
本発明の擬似染み付き臭組成物を用いて、染み付き臭に対する消臭効果を評価するには、例えば、当該臭気で充満された空間に、消臭剤を使用した空間と、使用しない空間の両方の匂いをそれぞれ嗅ぎ、比較すればよい。また、同じく、消臭剤をスプレーする前とスプレーした後の匂いの強さを記録し、効果を判定してもよい。消臭スプレーの代わりに空気清浄機を評価の対象とすることもできる。臭いの評価にあたっては、1〜20人の専門パネラーにより行うのが好ましく、3〜10段階で評価するのが好ましい。
【実施例】
【0059】
参考例1
染み付き臭の著しい高齢者病室(4人部屋)と、染み付き臭のない会議室(両者とも同一フロア。壁紙や建材は同じ。)について、それぞれ窓を開け3時間換気を行い、室内に何らニオイを感知しない状態とした。その後、それぞれの部屋を3時間閉め切り、次いで、捕集剤テナックスTA(GLサイエンス社、各2300mgを3本の管に充填した)を用いて、ニオイサンプルを速度4.2L/分×3時間で採取した。加熱抽出装置(Gerstel社)及びGC-MSにより各種ニオイ成分の分析を行った(カラム:DB-1(J&W社製)長さ60m / 内径0.25mm / 膜厚0.25μm、昇温条件:40℃(3min 保持) - 6℃/min - 60℃ - 2℃/min - 300℃)。
表1に、病室と会議室との分析値の違いを示す。
【0060】
【表1】

【0061】
その結果、表1から明らかなように、炭素数6〜9の直鎖脂肪酸が、会議室と比べ染み付き臭の著しい高齢者病室に多く検出されることがわかった。特に炭素数7〜9の直鎖脂肪酸は高齢者病室において顕著に検出された。これに対し炭素数2〜5の脂肪酸は、会議室でより多く検出され、アルデヒドでは明らかな差は見られなかった。
【0062】
試験例1
参考例1における「高齢者病室(染み付き臭強い)」の測定値について、ガスクロ分析値補正を行った。
特開2002−328078号公報に記載の補正方法を参考にして、高齢者病室の測定値より求めた組成値を各成分の蒸気圧で割り、全体を100とした補正組成を求め、それに基づいて擬似染み付き臭組成物を調合した。
この擬似染み付き臭組成物の10mgを3cm×3cmのろ紙につけ、2m3の評価ボックスにて1日揮発させ、翌日ボックス内のニオイの質を評価したところ、現場の高齢者施設の染み付き臭と非常に類似していることを確認した。
【0063】
【表2】

【0064】
試験例2 ニオイ成分の種類と染み付き臭との類似性の確認
試験例1(表2)の「補正組成」を、無臭溶剤であるジプロピレングリコール(以下DPG)で2質量倍希釈したもの(再構成処方)を基準とし、以下の補正臭気サンプルを調製した(いずれもDPGでバランス)。
・処方A:再構成処方においてニオイ成分をアルデヒドのみとしたもの
・処方B:再構成処方においてニオイ成分を炭素数3〜6の飽和脂肪酸のみとしたもの
・処方C:再構成処方においてニオイ成分をアルデヒド+炭素数3〜6の飽和脂肪酸としたもの
・処方D:再構成処方において炭素数7〜9の飽和脂肪酸の比率を1/2倍としたもの
・処方E:再構成処方において炭素数7〜9の飽和脂肪酸の比率を2倍としたもの
これらの臭気サンプル各10mgを3cm×3cmのろ紙につけ、2m3の評価ボックスにて1日揮発させ、翌日ボックス内のニオイを、実際の高齢者施設の染み付き臭との類似性の観点から比較した。評価パネルは、高齢者施設で業務を行っている専門パネル3名とし、3名の合議により最終評価を決した。
その結果、表3に示すように、炭素数7〜9の飽和脂肪酸のニオイが高齢者居室の染み付き臭の指標として特に重要であることがわかる。
【0065】
<高齢者居室空間の染み付き臭との類似性>
◎:非常に似ている
○:よく似ている
△:やや似ていない
×:全く似ていない
【0066】
【表3】

【0067】
試験例3 ニオイの再放出試験(1)
径1cmの綿球に、表4に示す臭気サンプルF〜Kを各10mg量滴下し、100mL瓶の底面に1×1cmの両面テープで固定した。臭気が瓶内に充満したところで瓶口でのニオイの強さを評価した。評価は専門パネル3人の合議により、以下に示す基準に基づいて行った。その結果、臭気サンプルの初期の瓶口での臭気の強さは下記基準でおおよそ3〜4であった。
続いて6×10cmのポリエステル製壁紙片を内周面に沿って設置し、フタをした。この瓶を30℃×3日放置した後、中の壁紙片を取り出し、25℃の部屋で換気扇を回した状態で1日放置した(これを換気状態とみなす)。
その壁紙片を再度新しい100mL瓶に入れ、フタをして30℃×2日後に壁紙から再放出されたニオイを評価した。評価は専門パネル3人の合議により、瓶口でのニオイの強さ及び染み付き臭との類似性について、以下に示す基準に基づいて行った。その評価結果を表4に示す。
【0068】
<ニオイの強さの評価基準(6段階臭気強度表示法;悪臭防止法における基準、判定は0.5刻みで行う)>
5:強烈な匂い
4:強い匂い
3:楽に感知できる匂い
2:何の匂いであるかがわかる弱い匂い
1:やっと感知できる匂い
0:無臭
【0069】
<高齢者居室空間の染み付き臭との類似性>
◎:非常に似ている
○:よく似ている
△:やや似ていない
×:全く似ていない
【0070】
【表4】

【0071】
これらの臭気サンプルはいずれも染み付き臭を想起させた。中でも臭気サンプルG、I、J及びKが、より染み付き臭を想起させた。
【0072】
試験例4 ニオイの再放出試験(2)
臭気サンプルLはアンモニア1mg(有効分)、臭気サンプルMはジメチルジスルフィド3mg、臭気サンプルNは酢酸3mg、臭気サンプルOはノネナール3mg、臭気サンプルPはイソ吉草酸1mg、臭気サンプルQはインドール10mgを用い、試験例3と同様に試験した。
この評価結果を表5に示す。
【0073】
【表5】

【0074】
アンモニア、ジメチルスルフィド、酢酸は換気後の再発生はなかった。イソ吉草酸は再発生試験でのニオイの強さはあったが、ニオイの強さの変化が大きかった。ノネナール、インドールでは再発生は認められたものの、実際の染み付き臭との類似性が低かった。
【0075】
実施例1 高齢者居室の染み付き臭指標物質を利用した消臭効果の評価(1)
1-1.試験サンプルの作製
オクタン酸をエタノールで1000質量倍に希釈した溶液を作製した。直径20cmのガラスシャーレに入れた直径10cmのポリエステル製不織布に上記溶液0.3gを滴下した後、3時間放置して、染み付き臭の評価に用いた。
【0076】
1-2.消臭剤の調製
緑茶抽出物(FS-500M,白井松新薬製)の水−エタノール(85質量%/15質量%)5質量%溶液を調製した。
【0077】
1-3.ニオイの強さの評価基準
試験例3で用いた6段階臭気強度表示法(悪臭防止法における基準)を使用した。
【0078】
1-4.消臭試験
1-1で作製した、オクタン酸溶液を滴下したシャーレを2枚用意し、一方のみに1-2で調製した消臭剤を24回スプレーし、10分間放置した後、2枚のシャーレの染み付き臭の強さを評価した。
その結果、消臭剤をスプレーしなかったシャーレのニオイの強度は3であったが、消臭剤をスプレーしたシャーレのニオイの強度は2に低下しており、消臭効果の評価用の染み付き臭指標物質及び消臭効果評価法として適したものと判断した。
【0079】
実施例2 高齢者居室の染み付き臭指標物質を利用した消臭効果の評価(2)
2-1.染み付き臭試験用サンプルの作製
ヘプタン酸/オクタン酸/イソオクタン酸/ノナン酸=10/60/10/20(質量比)の染み付き臭指標物質10mgを、幅7mm、長さ15cm、厚さ1mmのろ紙に含浸させて、染み付き臭試験用サンプルとした。
【0080】
2-2.消臭剤サンプルの作製
オレンジオイル50mgを幅7mm、長さ15cm、厚さ1mmのろ紙に含浸させて、消臭剤サンプルとした。
【0081】
2-3.ニオイの強さの評価基準
試験例3で用いた6段階臭気強度表示法(悪臭防止法における基準)を使用した。
【0082】
2-4.消臭試験
幅1m×奥行き1m×高さ2mの密閉された空間を2つ用意して、両方の空間の底部に、2-1で作製した染み付き臭試験用サンプルをクリップで挟んで設置した。次に一方の空間に更に、2-2で作製した消臭剤サンプルをクリップに固定し設置した。30分後にそれぞれの空間のニオイの強度を評価した。
その結果、消臭剤サンプルを設置しなかった空間のニオイの強度は3であったが、消臭剤サンプルを設置した空間のニオイの強度は2に低下しており、香料によるマスキング効果の評価用の空間の染み付き臭指標物質及びマスキング評価法として適したものと判断した。

【0083】
実施例3 高齢者居室の染み付き臭指標物質を利用した消臭効果の評価(3)
3-1.染み付き臭試験用サンプルの作製
ヘプタン酸/オクタン酸/ノナン酸/2-ノネナール=10/60/20/10(質量比)の染み付き臭指標物質10mgを、幅6cm×10cmの壁紙に含浸させて、染み付き臭試験用サンプルとした。
【0084】
3-2.使用した空気清浄機
通常のヤシ殻炭を消臭フィルターとして内蔵する市販空気清浄機(高さ60cm×幅40cm×奥行き25cm)を中モードで運転し(入口風速2.0m/秒)した。
【0085】
3-3.ニオイの強さの評価基準
試験例3で用いた6段階臭気強度表示法(悪臭防止法における基準)を使用した。
【0086】
3-4.消臭試験
幅1m×奥行き1m×高さ2mの空間内の片方の壁面に、3-1の染み付き臭試験用サンプルをテープで固定し6時間放置した。その際のニオイの強度は2.5であった。
その後、室内を閉め切った状態で3-2の空気清浄機を、
「10分間運転→ニオイ強度評価→3時間停止→ニオイ強度評価→10分間運転→ニオイ強度評価→3時間停止→ニオイ強度評価」
のサイクルで運転し、ニオイの強度の評価(消臭効果の評価)を行った。
その結果、初めの10分間運転後はニオイの強度は2.5から1に低下したが、運転停止3時間後は再度ニオイの強度が2となり、再度の運転で1に低下した。このように本発明の染み付き臭指標物質を利用することで空気清浄機の効果の評価(短時間、連続運転、有効空間の見積もり)や製品間の比較が可能であることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素数7〜9の飽和脂肪酸から選ばれる少なくとも1種を含有する、高齢者居室染み付き臭指標物質。
【請求項2】
飽和脂肪酸が、直鎖脂肪酸である請求項1記載の高齢者居室染み付き臭指標物質。
【請求項3】
請求項1又は2記載の飽和脂肪酸を指標とする高齢者居室染み付き臭の評価方法。
【請求項4】
高齢者居室の換気を行った後、居室を閉め切りにし、その後高齢者居室の空気をサンプリングする工程を含む請求項3に記載の高齢者居室染み付き臭の評価方法。
【請求項5】
請求項1又は2記載の飽和脂肪酸を指標とする高齢者居室染み付き臭に対する消臭効果の評価方法。
【請求項6】
炭素数7〜9の飽和脂肪酸を含有する高齢者居室染み付き臭の擬似臭組成物。
【請求項7】
更に炭素数2〜6の脂肪酸、炭素数8〜10のアルデヒド及びアンモニアから選ばれる1種以上を含有する請求項6記載の擬似臭組成物。

【公開番号】特開2012−42293(P2012−42293A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−182722(P2010−182722)
【出願日】平成22年8月18日(2010.8.18)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】