説明

穿刺痛緩和方法と、それに用いる穿刺痛緩和装置

【課題】
人工透析などのため穿刺針を身体に打つ際の痛みを軽減するための穿刺痛緩和方法と、それに用いる穿刺痛緩和装置を提供すること。
【解決手段】
ペルチェ素子15によって冷却可能で皮膚に面接触可能な押圧体14を用いて、この押圧体14をセ氏3度から7度に冷却した後、穿刺針を打ち込む部位に押圧体14を20秒以上接触させて、皮膚の表面温度をセ氏22度から28度に冷却する。これによって周辺の神経が麻痺して、穿刺針を打つ際の痛みが緩和される。この方法は薬剤を使用しないため、アレルギー反応を引き起こす恐れがなく、また皮膚にダメージを与えることもなく、誰もが安心して繰り返して使用可能で、しかも冷凍麻酔のように過度な冷却も伴わないため、不快感を与えることもない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工透析などのため穿刺針を身体に打つ際の痛みを軽減するための穿刺痛緩和方法と、それに用いる穿刺痛緩和装置に関する。
【背景技術】
【0002】
改めて言うまでもなく、予防接種などで注射を打つ際は、相当な痛みを覚悟する必要がある。一般に注射を打つ頻度は多くても年に数回であり、多くの人々は効果を期待して痛みを我慢している。しかし腎疾患などで人工透析が必要不可欠な場合、週に数回、二本の穿刺針を腕部に刺し続けなければならず、そのたびに痛みに耐える必要があり、日常生活の質が著しく低下する。ただし人工透析に関しても、一般の点滴注射と同様、痛みが最も激しいのは穿刺針を刺す瞬間であり、刺し終わった後は安静にしていれば、痛みは次第に緩和していく。
【0003】
人工透析に用いる穿刺針は、毎分約0.2リットルの流量を確保する必要があり、その直径は約1.2mmと大きく、これを刺す際の痛みは、決して無視できない重大な問題である。そのため様々な改善方法が検討されており、薬物によって皮膚を局所的に麻痺させる技術が確立している。具体的には、局所麻酔薬であるリドカインを含浸させた粘着シートを皮膚に貼り付けて、周辺の神経を一時的に麻痺させた後に穿刺針を刺している。この場合、麻酔の効果を十分に発揮させるため、穿刺の約30分前にはシートを貼り付けておく必要がある。
【0004】
このような薬剤を用いた麻酔のほか、皮膚を局地的に冷却する冷凍麻酔も使用が検討されていた。冷凍麻酔は、体組織をセ氏20度以下に冷却することで効果が発揮されるが、冷却剤として用いられるエチルクロライドなどは、保管や取り扱いが煩わしいことや、皮膚を急速に冷却する際に苦痛が伴うため、実際の利用は全く進んでいない。なお冷却手段としてペルチェ素子を利用するものは、下記特許文献のような技術が開発されている。特許文献1は、人工透析などの注射針を長時間刺した際の疼痛を和らげることを目的としており、注射針が刺された部位にペルチェ素子を組み込んだプローブを接触させて、人工透析の間、加温と冷却を繰り返すことで、末端神経を刺激して血行を促進させて、痛みを和らげることができる。また特許文献2は、注射針を穿刺する際の疼痛を軽減するための冷却装置であり、冷却にはペルチェ素子を使用しており、さらに血管拡張作用を有する光を照射することを特徴としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−342617号公報
【特許文献2】特開2004−337296号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前記のような麻酔薬を用いて皮膚を局所的に麻痺させる方法は、取り扱い手順などが確立しており、現在のところ多くの人工透析施設で使用されている。しかし薬剤を用いることから、体質によってはアレルギー反応を引き起こす恐れがあり、誰もが安心して使用できるわけではない。しかも、ほぼ同じ位置に粘着シートを貼り続けることから、長年の使用で皮膚がただれるなどの問題もある。さらに麻酔の効果を得るには、30分以上貼り続ける必要があり、貼り忘れがあると透析の開始時間も遅れるなど、多くの問題を抱えている。
【0007】
そのほか、前記特許文献のように皮膚を冷却する方法についても、皮膚を過度に冷却すると強烈な不快感が発生するほか、繰り返しの使用で皮膚に凍傷を引き起こす恐れもある。また人工透析に際して、穿刺による痛みを緩和する必要があるのは、針を刺す瞬間であり、後は安静にしていれば痛みは収まっていく。したがって人工透析の間、腕にプローブを接触させ続けることは、身体に余計な負担を与えることになり、後の疲労感が増す恐れがある。
【0008】
また人工透析の際は、感染症を予防するため万全の衛生対策を講じる必要があり、医療器具についても使用の都度、消毒などが行われる。この消毒を確実に遂行するには、医療スタッフに対する技術指導を徹底するといったソフト面での対策のほか、医療器具に汚れが付着しないようにするなど、ハード面での対策も重要である。
【0009】
本発明はこうした実情を基に開発されたもので、人工透析などのため穿刺針を身体に打つ際の痛みを軽減するための穿刺痛緩和方法と、それに用いる穿刺痛緩和装置の提供を目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記の課題を解決するための請求項1記載の発明は、所定の温度に冷却可能で且つ皮膚に面接触可能な押圧体を用いて、該押圧体の温度をセ氏3度から7度に維持した後、穿刺針を打ち込む部位に前記押圧体を20秒以上接触させて、皮膚の表面温度をセ氏22度から28度に冷却することを特徴とする穿刺痛緩和方法である。
【0011】
押圧体は、皮膚に接触させて表面を冷却するためのもので、何らかの手段でセ氏3度から7度の範囲に維持できる必要がある。なお押圧体の大きさについては何ら制限もないが、穿刺針を打つ際の痛みを緩和するという目的から、皮膚との接触面積が1平方cmから20平方cm程度が最適である。また押圧体の冷却手段については、内部にペルチェ素子などの吸熱手段を組み込む方法のほか、氷などの寒剤に接触させる方法も可能である。
【0012】
押圧体の温度をセ氏3度から7度に維持することで、氷などを皮膚に直接当てる場合に比べて温度差が少ないため、被処置者は「ひんやり」といった適度な冷たさを感じるに過ぎず、苦痛や違和感を与えない。そして皮膚の表面温度をセ氏22度から28度の範囲に冷却すると、周辺の神経が次第に麻痺していき、穿刺針を打つ際の痛みが緩和される。この温度範囲は、従来の冷凍麻酔に比べて数度も高いが、これまでの試験結果より、痛みの緩和には十分な効果があることが判明している。
【0013】
なお押圧体に薄い板材を用いた場合、体温の影響で皮膚の表面温度を前記の範囲に冷却できない恐れがある。したがって押圧体は、ある程度の熱容量を有している必要がある。また冷却に要する時間は、作業性や心理面を考慮すると1分以内とすべきであり、しかも皮下まで確実に冷却できるよう、最低でも20秒は必要である。さらに皮膚の温度が回復する前に穿刺針を打つ必要がある。
【0014】
このように構成することで、従来の冷凍麻酔のように皮膚が過度に冷却されることがなく、しかも押圧体を接触させた部位の神経は十分に麻痺させることができ、穿刺針を打つ際の痛みが緩和される。この方法は、押圧体を皮膚に1分弱接触させるだけの極めて単純なもので、しかも皮膚に損害を与えないため、毎回の人工透析でも問題なく実施でき、体質などの影響を受けることもない。
【0015】
先に記載した押圧体の設定温度や、皮膚の冷却温度や、冷却に要する時間は、いずれも本発明者らが、人工透析を受けている約30名に対して実施した試験結果によって得られた値であり、皮膚の温度が30度以上になると、痛みの緩和効果が乏しいことが判明しているほか、逆に20度以下にする場合には、押圧体の温度を更に低くする必要があり、接触時に不快感が発生する。また皮膚の温度を10秒程度の短時間で約25度まで冷却した場合も、痛みの緩和効果が乏しかった。これは皮下組織の熱伝導速度に由来するものと考えられる。なお、皮膚を急速に冷却するには、押圧体の温度を氷点下に設定する必要があり、皮膚に対する刺激が強くなるほか、装置構成も複雑になるといった問題がある。
【0016】
請求項2記載の発明は、ペルチェ素子と、該ペルチェ素子を収容する保持箱と、前記ペルチェ素子の吸熱面に接触する押圧体と、前記ペルチェ素子の放熱面を冷却するファンと、前記保持箱から突出するアームと、前記押圧体の温度を測定する温度センサーと、該温度センサーで得られた情報を告知する表示手段と、全体の動作を管理する制御部と、を備え、前記押圧体は、保持箱から球面状に突出しており、且つ前記ペルチェ素子と前記温度センサーと前記制御部によって押圧体の温度をセ氏3度から7度に維持可能で、この温度範囲にあることを前記表示手段によって告知可能であることを特徴とする穿刺痛緩和装置である。
【0017】
本発明は、ペルチェ素子によって発生する低温で皮膚を冷却して、穿刺時の痛みを緩和する穿刺痛緩和装置であり、外観は、箱状の保持箱と、その外側に延びるアームで構成されている。ペルチェ素子は板状の半導体であり、直流電流を印加することで、一方の面の熱を他方の面に移動する機能があり、一方の面の温度が上昇して、他方の面の温度が低下する。以下、温度が上昇する面を放熱面、温度が低下する面を吸熱面とする。なお吸熱面の温度を低下させたい場合には、反対側の放熱面を冷却して熱の移動を促進させる。また保持箱は、ペルチェ素子を収容する単純な箱形のもので、この中には、放熱面の熱気を外部に放出するファンを組み込んでいる。
【0018】
アームは、保持箱から突出する棒状の部位であり、本発明による装置の持ち手として機能する。したがって、手の平で無理なく掌握できる長さと断面を確保する必要がある。なお具体的な断面形状は自在であり、円形や楕円形や正方形など、適宜選択できる。また保持箱とアームの接続部位も自在だが、作業性などを考慮すると、保持箱の側面にアームを取り付けるのが最適である。このようなアームを設けることで、本装置を筆記具などと同様な感覚で取り扱うことができる。
【0019】
温度センサーは、押圧体の温度を測定するために使用され、押圧体を皮膚に接触させる前、適正な温度になっているか否かを確認することができる。仮に押圧体の温度が規定よりも高いと、神経を麻痺させることができず、逆に低すぎると、凍傷などを引き起こす恐れがある。また適正な温度であることを医療スタッフなどに知らせるため、表示手段を備えている。
【0020】
表示手段は、押圧体の温度が適正範囲にあることを視覚的に告知するためのもので、単純なランプのほか、液晶パネルなどを用いてもよい。表示手段の具体例としてはLEDを用いて、適正な温度にある場合は緑を、適正ではない場合には赤を点灯するものや、液晶パネルを用いて、「使用可能」などの文字を表示するなど、自在である。
【0021】
ペルチェ素子、ファン、温度センサー、表示手段、といった各電子機器の動作を管理するため、制御部も必要になる。制御部は、集積回路化が可能であれば、保持箱やアームの中に組み込むこともできるが、アームから配線を延ばして別途に設けてもよい。なお実際の装置では、交流電流を直流化する電源ユニットなども必要になる。
【0022】
押圧体は、ペルチェ素子で発生した低温を保持箱の外側に伝達する板状のもので、その一面はペルチェ素子の吸熱面に接触しており、他方の面は保持箱から球面状に突出している。この突出によって、被処置者の皮膚との接触圧力や接触面積が大きくなり、熱伝導の効率が必然的に高くなる。なお押圧体の外形は、前記のように球面状としているが、必ずしも幾何学的な球面である必要はなく、単に凸レンズ状に突出していればよい。また押圧体は、熱伝達率に優れ且つ消毒などの薬品に対して耐久性がある素材が好ましく、アルミニウム合金などを使用する。
【0023】
請求項3記載の発明は、装置の構成を特定するもので、ファンに空気を供給するため、アームの先端または側面に吸気口を備えており、且つ押圧体の背面側には排気口を備えていることを特徴とする。ペルチェ素子の冷却能力を高めるには、放熱面で発生する熱を効率よく奪い去る必要があり、前記のようにファンが装備されるが、この際、空気と一緒に体液などを吸い込むことを防ぐ必要がある。
【0024】
そこで本発明では、アームの先端または側面に冷却用の空気を取り入れる吸気口を設けている。そのため吸気口は、必然的に押圧体から遠く離れた位置になるため、体液などの吸い込みを防止でき衛生面に優れている。また保持箱に吸気口を設ける必要がないため、保持箱の側面は、穴などのない平面状になり、消毒作業も極めて容易である。なおファンからの空気を外部に放出する排気口は、押圧体の反対に位置しており、衛生面での問題は発生しない。
【0025】
請求項4記載の発明は、装置の構成を特定するもので、押圧体の表面には、皮膚の表面温度を測定するための皮膚温センサーを備えており、この温度を前記表示手段によって告知可能であることを特徴とする。本発明によって皮膚を麻痺させるには、前記のように皮膚の表面温度を22度から28度までに冷却する必要がある。そこで、装置によって皮膚の表面温度を測定して、医療スタッフなどに告知できるならば、利便性が向上する。本発明による皮膚温センサーは、皮膚に接触して温度を測定するためのもので、押圧体の表面に設置される。なお皮膚温センサーの測定精度を確保するため、押圧体との境界面は断熱構造として、熱伝達を抑制する必要がある。また表示手段は、温度センサーによって得られる押圧体の温度のほか、皮膚温センサーが測定した温度も表示できるようにする。
【発明の効果】
【0026】
請求項1記載の発明のように、押圧体を3度から7度に冷却した後、穿刺針が打たれる部位に押圧体を30秒程度接触させて、皮膚の表面温度を22度から28度まで冷却すると、痛みに対しての感覚が麻痺する。そのため、ほとんど痛みを感じることなく穿刺針を打つことができ、週に複数回の人工透析を受ける人々の生活の質が向上する。しかも本発明は、リドカインなどを含浸させた粘着シートを用いる方法とは異なり、アレルギー反応を引き起こす恐れが全くなく、誰に対しても安全に使用できるほか、本発明は30秒程度の使用で効果を発揮でき、人工透析に先立つ準備も短時間に終えることができる。また本発明は、従来から知られている冷凍麻酔に比べて温度が高く、被処置者に不快感を与えないほか、周辺の組織を破壊することもなく、毎回使用した場合でも、身体に悪影響を及ぼさない。
【0027】
請求項2記載の発明のように、保持箱の中にペルチェ素子とファンと温度センサーなどを組み込んだ上、押圧体を保持箱から球面状に突出させることで、押圧体を皮膚に接触させる際の密着性が増大して皮膚を素早く冷却できる。また保持箱にアームを設けたことで、筆記具などと同様な感覚で取り扱いが可能で、操作性や利便性にも優れている。
【0028】
請求項3記載の発明のように、ペルチェ素子を冷却するための吸気口をアームの先端または側面に設けることで、吸気口と被処置者の皮膚との距離が増大して、体液などを内部に吸い込むことがない。しかも保持箱に吸気口を設ける必要がなく、保持箱の側面などが平面状になるため消毒が容易に実施でき、感染症予防などに優れた効果を発揮する。また請求項4記載の発明のように、皮膚の表面温度を直接測定する皮膚温センサーを設けることで、穿刺に適した状態にあるか否かを確実に把握することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1(A)(B)】本発明による穿刺痛緩和装置の外観を示す斜視図で、(A)は上方から見たもので、(B)は下方から見たものである。
【図2(A)(B)】本発明による穿刺痛緩和装置の詳細形状を示しており、(A)は側面図で、(B)は縦断面図である。
【図3】本発明による穿刺痛緩和装置の使用状態例を示す斜視図である。
【図4(A)(B)】図1とは異なる形状の穿刺痛緩和装置を示す斜視図で、(A)は上方から見たもので、(B)は下方から見たものである。
【図5】穿刺痛緩和装置に組み込まれる電子機器の構成を示すブロック線図である。
【図6(A)(B)】穿刺痛緩和装置に関するフローを示しており、(A)は動作の流れで、(B)は使用時の流れである。
【図7】本発明の過程で実施した臨床試験結果を示す図表である。
【図8】図7の結果に基づいて皮膚の表面温度と痛さとの相関関係を示した図表であり、横軸は皮膚の表面温度で、縦軸は痛さで、枠内の数値は該当者の人数である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
図1は、本発明による穿刺痛緩和装置11の外観を示しており、図1(A)は上方から見たもので、図1(B)は下方から見たものである。装置は、内部にペルチェ素子15などが組み込まれている保持箱12と、この側面から突出しているアーム13で構成され、アーム13の先端から電力を受け取るための電線23が延びている。なお保持箱12の内部には冷却用のペルチェ素子15が組み込まれているが、ここで発生する熱を効率よく発散するため、その上部にはファン17を備えており、図1(A)のように、保持箱12の上面の排気口19から熱気を外部に放出する。さらに保持箱12の下面は、図1(B)のように、押圧体14が球面状に突出しており、皮膚を冷却する機能を担っている。この押圧体14は、熱伝導率に優れたアルミニウム合金を素材としており、ペルチェ素子15の吸熱面に接触しており、ペルチェ素子15に通電を行うと、速やかに冷却されていく。
【0031】
アーム13は持ち手として機能するが、その側周面にはスイッチ20と表示手段21が組み込まれている。スイッチ20は、ペルチェ素子15を通電する際に使用するもので、同時にファン17も回転させて熱を発散させる。また表示手段21はLEDを用いており、スイッチ20が入れられると赤色に点灯する。そして押圧体14が規定の温度に冷却されると、緑色に点灯して使用可能になったことを外部に告知する。なお温度センサー16は、押圧体14に接触するように組み込まれており、押圧体14の温度を常時監視している。
【0032】
アーム13の先端は吸気口24となっており、ペルチェ素子15の放熱面を冷却する空気がここから取り込まれて、アーム13の中を通過して保持箱12の中に送り込まれた後、ファン17によって外部に放出される。したがって保持箱12には吸気のための穴が不要で、体液などが内部に吸い込まれる恐れがなく、しかも保持箱12の側面には凹凸がないため、消毒作業も容易である。そのほか本装置は、温度センサー16を用いて押圧体14の温度を適正に維持する必要があり、アーム13の内部にはマイクロコンピュータを用いた制御部22が組み込まれている。
【0033】
本装置を実際に使用する際は、まずスイッチ20を入れて押圧体14を冷却させる。そして押圧体14の温度が規定値の下限である3度に達すると、表示手段21が緑色に点灯して使用可能であることを告知する。同時に、更なる温度低下を防止するためペルチェ素子15への通電を停止するが、温度が上昇すると通電を再開する。この状態で押圧体14を被処置者の皮膚に押し当てると、過剰な刺激を与えることなく皮膚の冷却が進行していき、約30秒程度押圧を続けると皮下組織まで冷却が浸透して、不快感を与えることなく神経を麻痺させることができる。
【0034】
図2は、本発明による穿刺痛緩和装置11の詳細形状を示しており、図2(A)は側面から見たもので、図2(B)は縦断面である。図2(A)のように、押圧体14は保持箱12の下面から球面状に突出しており、皮膚に押し当てた際、接触圧が増大するほか接触面積も増大するため、効率よく皮膚を冷却することができる。またスイッチ20や表示手段21は、操作性や視認性を考慮して、アーム13の根元付近にまとめて配置しているほか、アーム13の先端から電線23が外部に延びており、その途中に整流のための電源ユニット25を備えている。
【0035】
保持箱12の内部には、図2(B)のように、ペルチェ素子15などが組み込まれている。ペルチェ素子15は板状であり、通電されると下側の吸熱面の温度が低下して、対する上側の放熱面の温度が上昇する。吸熱面は押圧体14に面接触しており、押圧体14の温度を効率よく低下させるため、対向する放熱面にはフィンが形成された放熱器18が面接触しており、ここで発生する熱気をファン17で外部に放出している。なお放熱器18を通過する空気は、アーム13先端の吸気口24から取り入れられ、保持箱12の上面の排気口19から外部に放出される。
【0036】
スイッチ20および表示手段21の裏側には、全体の動作を管理する制御部22が組み込まれている。この制御部22は、電線23によって電力が供給されており、スイッチ20が入れられた後は、温度センサー16からの情報に基づいてペルチェ素子15とファン17の動作を管理する。なお温度センサー16は、押圧体14の温度を正確に把握できるよう、押圧体14の内部に埋め込まれている。
【0037】
図3は、本発明による穿刺痛緩和装置11の使用状態例を示している。人工透析などのため、被処置者の腕に穿刺針を打つ直前、医療スタッフは、穿刺痛緩和装置11を握って押圧体14を被処置者の皮膚に接触させる。本発明ではアーム13を備えているため、筆記具と同様な感覚で取り扱いができるほか、アーム13を握った際、指の先端付近にスイッチ20が配置されているため操作性に優れており、しかも表示手段21の視認性も良好である。なお吸気口24は、被処置者の腕から遠い位置にあるため、体液などを吸い込むことがなく衛生面に優れており、さらに被処置者がファン17からの熱気を浴びることもない。
【0038】
図4は、図1とは異なる形状の穿刺痛緩和装置11を示しており、図4(A)は上方から見たもので、図4(B)は下方から見たものである。装置の状態を告知する表示手段21は、図1のように単純なLEDを用いることもできるが、本図のように液晶パネルを用いることで、必要に応じて様々な情報を告知でき、利便性が一段と向上する。例えば押圧体14を冷却する際、その温度をリアルタイムで表示することで、医療スタッフが規定温度に達するまでの残り時間を予測でき、時間の有効活用によって業務の効率が向上する。
【0039】
さらに図4(B)のように、押圧体14の表面には皮膚温センサー26を組み込んでおり、皮膚の表面温度をリアルタイムに測定している。この温度を表示手段21で告知することで、皮膚が適切に冷却されているか否かを容易に判断できる。なお皮膚温センサー26は、測定精度を高めるため押圧体14との境界に断熱材を挟み込んでいる。またスイッチ20は、電源のオンとオフに用いるもののほか、時間測定用のものも備えている。この時間測定用のスイッチ20を押すと、ストップウォッチと同様の経過時間のほか、皮膚温センサー26による測定温度が交互表示され、最適な状態で皮膚を冷却することができる。
【0040】
そのほか、ペルチェ素子15を冷却するための吸気口24は、必ずしも図1のようにアーム13の先端に設ける必要はなく、本図のようにアーム13中間部の側面に設けてもよい。この場合でも押圧体14からは十分に離れており、衛生面で問題が生じることはない。なお保持箱12の内部は図2と同じ構造で、ペルチェ素子15の上部にファン17が配置され、下部に温度センサー16と押圧体14が配置されている。
【0041】
図5は、穿刺痛緩和装置11に組み込まれる電子機器の構成を示している。ペルチェ素子15や表示手段21などは、全て制御部22に接続されており、制御部22に組み込まれたプログラムに基づいて一連の動作が進行する。したがってスイッチ20が操作されると、ペルチェ素子15およびファン17に通電が開始される。この際、押圧体14の温度が温度センサー16によって常時測定され、規定の温度に到達すると、ペルチェ素子15への通電を終了する。またタイマーは、押圧体14を皮膚に接触させた際の経過時間の測定に用いられ、医療スタッフなどがスイッチ20を操作すると計時が開始される。この際、経過時間の表示と同時に、皮膚温センサー26による皮膚の表面温度も表示することができる。
【0042】
図6は、穿刺痛緩和装置11に関するフローを示しており、図6(A)は動作の流れで、図6(B)は使用時の流れである。押圧体14を冷却する際は、その温度を適正範囲に管理するための機能が不可欠であり、図6(A)のように、温度センサー16の情報に基づいてペルチェ素子15への通電を制御している。本発明では、これまでの試験データに基づいて温度センサー16の測定値が3度から7度の範囲となるような制御を実施している。
【0043】
また使用時は図6(B)のように、最初にスイッチ20を入れる。そして押圧体14の温度が適正な範囲になると、そのことを表示手段21で医療スタッフに告知する。その後、押圧体14を被処置者の皮膚に接触させると同時に、その時間をタイマーで計測する。なおタイマーは、穿刺痛緩和装置11に内蔵することもできるが、汎用のストップウォッチを使用してもよい。押圧を開始して20秒から60秒が経過すると、皮膚の表面温度は22度から28度に冷却され、周辺の神経が麻痺してくる。押圧の時間が20秒から60秒と幅があるのは、押圧体14の熱容量や被処置者の体温の違いなどで冷却速度に差があるからである。
【0044】
図7は、本発明の過程で実施した臨床試験結果を示している。この試験は、石川県内の人工透析施設で2009年の3月から5月にかけて行われており、皮膚の表面温度(冷却直後の皮膚の表面温度をレーザー照射式温度計で測定)、押圧体14の温度(皮膚を冷却する直前の温度を穿刺痛緩和装置11に組み込まれた温度センサー16で測定)、冷却時間(皮膚に押圧体を接触させた時間)、痛さ(主観に基づく10段階評価)を記録している。なお穿刺針を打つ位置は、動脈側または静脈側の二箇所であり、痛さは、なんらの緩和措置も講じない場合を10と規定して、痛さが弱いほど数値が小さい。この図表に示すように、皮膚表面をセ氏25度近くまで冷却することで、痛さが緩和していることが判明する。また冷却に要する時間は、長くても1分程度である。
【0045】
図8は、図7の結果に基づいて皮膚の表面温度と痛さとの相関関係を示したもので、横軸は皮膚の表面温度で、縦軸は痛さで、枠内の数値は該当者の人数(のべ人数)である。このように皮膚の表面温度を22度から28度とすることで、大半の人の痛みが大幅に緩和されていることが判る。対して表面温度が30度以上になると、図表の右上のように、痛みがほとんど緩和されないことも判る。
【符号の説明】
【0046】
11 穿刺痛緩和装置
12 保持箱
13 アーム
14 押圧体
15 ペルチェ素子
16 温度センサー
17 ファン
18 放熱器
19 排気口
20 スイッチ
21 表示手段
22 制御部
23 電線
24 吸気口
25 電源ユニット
26 皮膚温センサー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の温度に冷却可能で且つ皮膚に面接触可能な押圧体(14)を用いて、
該押圧体(14)の温度をセ氏3度から7度に維持した後、
穿刺針を打ち込む部位に前記押圧体(14)を20秒以上接触させて、皮膚の表面温度をセ氏22度から28度に冷却することを特徴とする穿刺痛緩和方法。
【請求項2】
ペルチェ素子(15)と、
該ペルチェ素子(15)を収容する保持箱(12)と、
前記ペルチェ素子(15)の吸熱面に接触する押圧体(14)と、
前記ペルチェ素子(15)の放熱面を冷却するファン(17)と、
前記保持箱(12)から突出するアーム(13)と、
前記押圧体(14)の温度を測定する温度センサー(16)と、
該温度センサー(16)で得られた情報を告知する表示手段(21)と、
全体の動作を管理する制御部(22)と、
を備え、
前記押圧体(14)は、保持箱(12)から球面状に突出しており、且つ前記ペルチェ素子(15)と前記温度センサー(16)と前記制御部(22)によって押圧体(14)の温度をセ氏3度から7度に維持可能で、この温度範囲にあることを前記表示手段(21)によって告知可能であることを特徴とする穿刺痛緩和装置。
【請求項3】
前記ファン(17)に空気を供給するため、アーム(13)の先端または側面に吸気口(24)を備えており、且つ押圧体(14)の背面側には排気口(19)を備えていることを特徴とする請求項2記載の穿刺痛緩和装置。
【請求項4】
前記押圧体(14)の表面には、皮膚の表面温度を測定するための皮膚温センサー(26)を備えており、この温度を前記表示手段(21)によって告知可能であることを特徴とする請求項2または3記載の穿刺痛緩和装置。

【図1(A)(B)】
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【図2(A)(B)】
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【図3】
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【図4(A)(B)】
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【図5】
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【図6(A)(B)】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−284330(P2010−284330A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−140288(P2009−140288)
【出願日】平成21年6月11日(2009.6.11)
【出願人】(304048584)丸和ケミカル株式会社 (6)
【出願人】(509165677)株式会社CME (2)
【Fターム(参考)】