説明

窒化リン酸リチウム膜の成膜方法、窒化リン酸リチウム膜の成膜装置、及び窒化リン酸リチウム膜

【課題】窒化リン酸リチウム膜の成膜速度を高めつつ、該窒化リン酸リチウム膜における膜特性の安定性を高めることの可能な窒化リン酸リチウム膜の成膜方法、該方法を用いて窒化リン酸リチウム膜を成膜する装置、及び該方法によって成膜された窒化リン酸リチウム膜を提供する。
【解決手段】
窒素とアルゴンとが含まれる真空槽11内でリン酸リチウムのターゲット13をスパッタして窒化リン酸リチウム膜を基板Sに成膜する。スパッタ装置のターゲット13には、インジウム層14を介して銅からなるバッキングプレート15が接合され、バッキングプレート15には、インジウム層14を温調する冷却水が循環される。スパッタ時には、真空槽11内の圧力を0.25Pa以上1.0Pa以下とし、ターゲット13に3.5W/cm以上5.7W/cm以下の電力密度で高周波電力を供給し、インジウム層14の温度を20℃以上60℃以下とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、薄膜リチウム二次電池の備える固体電解質膜である窒化リン酸リチウム膜を成膜する方法及び装置に関し、また、この方法によって成膜された窒化リン酸リチウム膜に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、例えば特許文献1に記載のように、リチウムを含有した固体電解質膜を備える薄膜リチウム二次電池が知られている。このような薄膜リチウム二次電池は、固体によって構成される全固体二次電池であって、電解質が液体であるリチウム二次電池のように、可燃性の有機溶媒をリチウムイオンの媒体として可燃性の有機溶媒を用いる必要がない。そのため、こうした有機溶媒の液漏れ等が懸念されるリチウム二次電池と比べて、薄膜リチウム二次電池では安全性を高めることが可能である。そして、こうした利点から、薄膜リチウム二次電池の量産を可能にする技術の確立が強く望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】米国特許第5512147号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上記固体電解質膜のなかでは、固体電解質におけるイオンの伝導度が高く、且つ熱的安定性に優れているという観点から、窒化リン酸リチウム(Lithium Phosphorous oxynitride : LiPON )が注目されている。また、このような多成分系の薄膜を形成する方法には、組成比の調整が必要であることから、組成比の調整を行うことのできる反応性スパッタ法が従来から多用されている。
【0005】
一方、反応性スパッタ法によるLiPON膜の成膜速度は、通常、1nm/min.程度であるため、固体電解質膜に求められる1μm〜2μmのLiPON膜の形成には、1000分〜2000分程度の時間が必要とされている。薄膜リチウム二次電池が製造される過程では、上記LiPON膜が形成される工程の他、正極が形成される工程、負極が形成される工程、集電体が形成される工程等、各種の工程が行われる。そして、薄膜リチウム二次電池の生産性を高めるうえでは、上述したLiPON膜の形成において製造が律速しないように、LiPON膜の形成に必要とされる時間が、これらの工程に必要とされる時間と同じ程度、あるいはそれ以下であることが求められる。すなわち、LiPON膜の形成が、少なくとも60分〜100分程度の時間で終了すること、ひいてはLiPON膜の形成をこうした時間内に完了するために、LiPON膜の成膜速度を、少なくとも20nm/min.以上とすることが求められる。
【0006】
一般に、ターゲットに供給される電力量が大きくなるほど、スパッタ成膜の速度が高まるものであって、こうした傾向はLiPON膜の形成にも当てはまる。そこで、ターゲットに供給される電力量を大きくして、例えば2.5kW以上の電力量を直径300mmのターゲットに供給すれば、上述したような成膜速度を実現することも可能となる。しかしながら、単位面積あたりに供給される電力量が上述のように大きくなると、スパッタ時に異常放電が生じることで、ターゲットの面内における電圧振幅、直流成分、及び電流値の値にばらつきが生じてしまう。これにより、ターゲット近傍での放電が安定しなくなり、ひいてはLiPON膜におけるイオンの伝導度が成膜ごとに安定しなくなってしまう。
【0007】
この発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、窒化リン酸リチウム膜の成膜速度を高めつつ、該窒化リン酸リチウム膜における膜特性の安定性を高めることの可能な窒化リン酸リチウム膜の成膜方法、該方法を用いて窒化リン酸リチウム膜を成膜する装置、及び該方法によって成膜された窒化リン酸リチウム膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
以下、上記課題を解決するための手段及び作用効果について記載する。
請求項1に記載の発明は、窒素ガスが含まれる真空槽内でリン酸リチウムからなるターゲットをスパッタすることにより窒化リン酸リチウム膜を基板に成膜する方法であって、前記ターゲットには、インジウム層を介して銅からなるバッキングプレートが接合され、前記バッキングプレートには、前記インジウム層の温度を調整する冷却水が循環され、前記真空槽内の圧力を0.25Pa以上1.0Pa以下とし、前記ターゲットに3.5W/cm以上5.7W/cm以下の電力密度で高周波電力を供給し、前記インジウム層の温度を20℃以上60℃以下とすることを要旨とする。
【0009】
請求項4に記載の発明は、窒素ガスが供給されて基板を収容する真空槽と、前記真空槽内に配置されたリン酸リチウムからなるターゲットと、インジウム層を介して前記ターゲットに接合された銅からなるバッキングプレートと、前記バッキングプレートに設けられた冷却水路に冷却水を循環させる冷却部と、前記バッキングプレートに高周波電力を供給する高周波電源と、前記真空槽内の圧力を調整する圧力調整部と、前記冷却部、前記高周波電源、及び前記圧力調整部の動作を制御する制御部とを備え、前記制御部は、前記ターゲットを前記窒素でスパッタして前記基板に窒化リン酸リチウム膜を形成するときに、前記高周波電源を制御して、3.5W/cm以上5.7W/cm以下の高周波電力を前記ターゲットに供給し、前記圧力調整部を制御して、前記真空槽内の圧力を0.25Pa以上1.0Pa以下とし、前記冷却部を制御して、前記インジウム層の温度を20℃以上60℃以下とする窒化リン酸リチウム膜の成膜装置を要旨とする。
【0010】
上記方法及び構成では、リン酸リチウムターゲットのスパッタ時に、真空槽内の圧力を0.25Pa以上且つ1.0Pa以下とするとともに、ターゲットに供給する電力密度を3.5W/cm以上且つ5.7W/cm以下とするようにしている。すなわち、ターゲットに供給される電力密度が、スパッタによる成膜速度を高める程度に大きい範囲である一方、ターゲットにおける放電が不安定化する程度に大きい範囲である。
【0011】
上述したように、ターゲットの面内における電圧振幅、直流成分、及び電流値の値は、そもそもターゲットの大きさやターゲットに供給される電力量に応じたばらつきを有するものである。そのため、単位面積あたりに供給される電力量が上述のように大きくなれば、これらのばらつきも当然ながら大きくなる。ここで、上記インジウム層の温度は、高周波電源からターゲットへの電力供給に伴い、ターゲットからの熱を受けることによって上昇する。こうしたインジウム層における温度の上昇は、インジウム層からのインジウムの染み出しや溶け出し、また、こうした染み出しや溶け出し等によるインジウム層の変化によるターゲットの位置ずれを発生させ、ひいては、上述のような異常放電を発生させる。
【0012】
この点、本願発明者らは、リン酸リチウムのターゲットと銅からなるバッキングプレートとをインジウム層によって接着した構成では、インジウム層の温度を60℃以下とすることにより、上述のようなインジウムの染み出しや溶け出しを抑制することで、ターゲットの位置ずれを抑制できることを見出した。
【0013】
そして、本願発明者らは、窒化リン酸リチウム膜の膜特性の安定性と上述したインジウム層の温度との関係を鋭意研究した結果、上述した圧力及び電力密度の範囲であっても、上記インジウム層の温度が60℃以下であれば、窒化リン酸リチウム膜の膜特性の安定性を確保することが可能であることを見出した。
【0014】
そこで、上記方法及び構成では、ターゲットとバッキングプレートの間に設けられた接合層であるインジウム層の温度を60℃以下とするようにしている。
また、上述のようなターゲットの位置ずれが生じる要因としては、ターゲットとこれが接続されるバッキングプレートとの熱膨張差による接合構造の歪みを挙げることもできる。この点、リン酸リチウムの熱膨張係数が13.2であり、インジウムの熱膨張係数が24.8であり、バッキングプレートの熱膨張係数が17.0であって、上記請求項1に記載の発明では、これら熱膨張係数の近い材料によってターゲットとバッキングプレートとが接合されている。そのため、ターゲットとバッキングプレートとの接合構造における歪みが抑えられる。それゆえに、こうして接合構造における歪みが抑えられる分、電圧振幅、直流成分、及び電流値の不安定化を抑えることが可能である。
【0015】
このように、上記方法及び構成によれば、ターゲットに対して上述のような大電力を供給したとしても、異常放電等による放電の不安定化が抑えられるため、窒化リン酸リチウム膜の成膜速度を高めつつ、該窒化リン酸リチウム膜の膜特性の安定性を高めることができる。
【0016】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の窒化リン酸リチウム膜の成膜方法において、前記基板を前記真空槽内に搬送する前に、前記ターゲットをスパッタして、前記基板への前記窒化リン酸リチウム膜の成膜中における前記真空槽内の水の分圧を1×10−4Pa以下とすることを要旨とする。
【0017】
本願発明者らは、窒化リン酸リチウム膜の成膜条件と、該窒化リン酸リチウム膜の特性との関係を鋭意研究する中で、スパッタにより窒化リン酸リチウム膜を形成するときの真空槽内における水の分圧が、窒化リン酸リチウム膜のイオン伝導度を左右することを見出した。すなわち、本願発明者らは、真空槽内の水の分圧が1×10−4Paよりも大きい条件では、真空槽内の水の分圧が小さくなるほどイオン伝導度が高くなる一方、水の分圧が1×10−4Pa以下の条件ではイオン伝導度がほぼ一定となることを見出した。
【0018】
そこで、上記請求項2に記載の発明のように、窒化リン酸リチウム膜を形成するときの真空槽内の水の分圧を1×10−4Pa以下とすれば、より高いイオン伝導度を有した窒化リン酸リチウム膜を形成することができる。
【0019】
加えて、ターゲットをスパッタすることによって、成膜時における真空槽内の水の分圧を1×10−4以下とするようにしている。つまり、窒化リン酸リチウム膜を形成するための処理を、真空槽内における水の分圧を調整するための処理としても用いるようにしている。そのため、真空槽内における水の分圧を調整する処理を基板の搬送に先立って行うようにしても、窒化リン酸リチウム膜の成膜に要する処理が煩雑になることを抑えられる。また、基板が真空槽内へ搬入される前にスパッタによってターゲットが昇温されるため、真空槽内に存在する水分子、特にターゲット表面に存在する水分子が効果的に排気されることとなる。
【0020】
請求項3に記載の発明は、請求項1又は2に記載の窒化リン酸リチウム膜の成膜方法において、前記基板を前記真空槽内に搬送する前に、前記基板に前記窒化リン酸リチウム膜を形成するときと同一の条件で前記ターゲットをスパッタすることを要旨とする。
【0021】
上記方法によれば、真空槽内への基板の搬送を挟んで、その前後に実施するスパッタの条件を同一とするようにしている。そのため、窒化リン酸リチウム膜の成膜に要する処理が煩雑になることをより抑制できる。
【0022】
請求項5に記載の発明は、請求項1〜3に記載の窒化リン酸リチウム膜の成膜方法によって形成された窒化リン酸リチウム膜であって、前記窒化リン酸リチウム膜に含まれるリチウムとリンとの比であるLi/Pの値が、2.1より大きく2.6未満であることを要旨とする。
【0023】
従来から、スパッタにより形成された窒化リン酸リチウム膜であって、上記薄膜リチウムイオン二次電池の固体電解質膜として機能する窒化リン酸リチウム膜のLi/Pの値は、2.8程度であることが知られている。
【0024】
これに対し、上記請求項5に記載の発明によれば、Li/Pの値が、2.1より大きく且つ2.6未満となるような組成であっても、薄膜リチウムイオン二次電池の電解質膜として十分に機能する窒化リン酸リチウム膜を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の一実施形態における窒化リン酸リチウム膜の成膜装置の概略構成を示す図。
【図2】同成膜装置の備えるバッキングプレートに形成された冷却水路の形状と、該バッキングプレートに接続される水温調節部とを示す図。
【図3】同実施形態における窒化リン酸リチウム膜の成膜方法の処理手順を示すフローチャート。
【図4】成膜時間と真空槽内の水の分圧との関係を示すグラフ。
【図5】各成膜処理期間中に形成されたLiPON膜のイオン伝導度を示すグラフ。
【図6】複数のLiPON膜におけるLi/Pの値を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の一実施形態における窒化リン酸リチウム膜の成膜方法、スパッタ装置として具現化された窒化リン酸リチウム膜の成膜装置、及び窒化リン酸リチウム膜について、図1〜図6を参照して説明する。
[スパッタ装置]
図1に示されるように、スパッタ装置の有する真空槽11内には、成膜対象である基板Sを保持する基板ステージ12が配設されている。基板ステージ12の上方には、リン酸リチウムからなる表面が基板Sと対向するように、直径300mmのターゲット13が、インジウム層14を介して、銅からなるバッキングプレート15に取り付けられている。インジウム層14の形成材料であるインジウム、及びバッキングプレート15の形成材料である銅の熱膨張係数は、ターゲット13の形成材料であるリン酸リチウムの熱膨張係数に近い。バッキングプレート15には、該バッキングプレート15及びインジウム層14を介して、例えば13.56MHzの高周波電力をターゲット13に供給する高周波電源16が接続されている。高周波電源16は、例えば2.5kW以上且つ4kW以下の高周波電力をターゲット13に供給することで、真空槽11内のガスからプラズマを生成する。なお、高周波電源16から供給される高周波電力の密度は、3.5W/cm以上5.7W/cm以下となる。
【0027】
バッキングプレート15のターゲット配設面とは反対側には、ターゲット13の表面にマグネトロン磁場を形成する磁気回路17が配置されている。磁気回路17は、上記プラズマをマグネトロン磁場によって安定化させるとともに、プラズマの密度を増大させる。
【0028】
バッキングプレート15内には、ターゲット13及びインジウム層14を冷却する冷却水の流れる冷却水路15aが形成されている。冷却水路15aには、バッキングプレート15から排出された冷却水を所定の冷却温度に冷却するとともに、該冷却温度に冷却された冷却水をバッキングプレート15に向けて供給する水温調節部18が接続されている。上記真空槽11には、上記基板ステージ12とターゲット13とを真空槽11の内部空間に露出させるように、該真空槽11の内壁を覆う防着板19が設けられている。防着板19は、ターゲット13のスパッタ時に該ターゲットから放出された粒子が、真空槽11の内壁に付着することを抑制する。
【0029】
同真空槽11には、その内部空間に窒素(N)ガスを供給するマスフローコントローラMFC1と、アルゴン(Ar)ガスを供給するマスフローコントローラMFC2とが接続されている。また、真空槽11には、真空槽11内を排気する排気ポンプ21が接続されているとともに、真空槽11と排気ポンプ21との接続路には、真空槽11内の圧力を測定する真空計22が接続されている。ターゲット13のスパッタ時には、上記マスフローコントローラMFC1,MFC2から供給されるガスの流量と、排気ポンプ21の排気流量とにより、真空槽11内の真空度が所定の圧力に維持される。上記ターゲット13のスパッタ時には、真空槽11内の圧力は、0.25Pa以上且つ1.0Paとされる。なお、マスフローコントローラMFC1,MFC2と、排気ポンプ21とにより圧力調整部が構成される。
【0030】
水温調節部18からバッキングプレート15に向けて供給される冷却水の温度及び流量は、インジウム層14の温度が常に20℃以上且つ60℃以下になるように、ターゲット13の面積、ターゲット13に供給される電力量、及び真空槽11内の圧力に基づいて設定されている。詳述すると、まず、ターゲット13がプラズマから受ける単位時間あたりの熱量は、ターゲット13の面積、ターゲット13に供給される電力量、及び真空槽11内の圧力によって概ね定められる。この点、上述したように、ターゲット13の直径が300mm、ターゲット13に供給される電力量が3.5W/cm以上且つ5.7W/cm以下、真空槽11内の圧力が0.25Pa以上且つ1.0Pa以下となる構成であれば、該ターゲット13がプラズマから受ける単位時間あたりの熱量も概ね規定されることとなる。そして、バッキングプレート15に供給される冷却水の温度及び流量は、ターゲット13の受ける熱がインジウム層14を介して冷却水に吸収されるとともに、インジウム層14における熱収支によって、該インジウム層14が常に20℃以上且つ60℃以下になるように設定されている。これにより、インジウム層14の温度、ひいてはターゲット13の温度が、所定温度以下とされる。なお、冷却水路15aと水温調節部18とによって冷却部が構成される。
【0031】
こうしたスパッタ装置は、上記高周波電源16、水温調節部18、マスフローコントローラMFC1,MFC2、及び排気ポンプ21の動作を制御する制御部23を備えている。制御部23の入力インターフェース23aには、真空槽11内の圧力に関する情報を該制御部23へ入力する真空計22が接続されている。他方、制御部23の出力インターフェース23bには、制御部23によって動作を制御される高周波電源16、水温調節部18、マスフローコントローラMFC1,MFC2、及び排気ポンプ21が接続されている。また、制御部23は、上記基板Sに対する成膜処理時に用いられるガスとその流量、真空槽11内の圧力、及び各高周波電源16からの供給電力等のスパッタ時の各種条件に関する情報が記憶された記憶部23cを有している。
【0032】
制御部23は、基板Sへの成膜時に、真空計22から入力される情報、及び記憶部23cに記憶された情報に応じてマスフローコントローラMFC1,MFC2及び排気ポンプ21の動作を制御して、真空槽11内を上述した0.25Pa以上且つ1.0Pa以下とする。また、制御部23は、記憶部23cに記憶された情報に応じて、マスフローコントローラMFC1,MFC2、高周波電源16の動作を制御して、真空槽11内にNガス及びArガスのプラズマを生成する。また、制御部23は、上記水温調節部18の動作を制御することで、上記スパッタ時におけるインジウム層14の温度を20℃以上60℃以下に維持する。
【0033】
上記スパッタ装置を用いたLiPON膜の成膜では、まず、排気ポンプ21によって真空槽11内が排気され、続いて、真空槽11内に搬送された基板Sが基板ステージ12上に配置される。そして、マスフローコントローラMFC1からのNガスが真空槽11内に供給された後、高周波電源16からバッキングプレート15を介してターゲット13に高周波電力が供給され、これによって、真空槽11内、特にターゲット13の周囲にプラズマが生成される。そして、プラズマ中の粒子がターゲット13に衝突することによって該ターゲット13から放出されたリン酸リチウム粒子を構成するLi粒子、P粒子、及びO粒子と、プラズマ中の窒素粒子とが気相中で反応することで、基板S上にLiPON膜が成膜される。
[リン酸リチウムターゲット]
ターゲット13は、リン酸リチウム(LiPO)の粉末を焼結して形成されたものである。ターゲット13の直径は300mmであるとともに、該ターゲット13の厚さは、5mmから10mmである。
【0034】
上述のように、ターゲット13は焼結体であることから、その内部に気孔を含む多孔質体として形成されやすい。本実施形態では、気孔を含まないターゲット13の密度に対する多孔質体であるターゲット13の密度の比を相対密度とする。
【0035】
ここで、ターゲット13における結晶構造の均一性は、上記相対密度に相関を有する。具体的には、ターゲット13の相対密度が大きい程、結晶構造の均一性が高くなる。そして、結晶構造の均一性は、上述したターゲット13の面内における電圧振幅、直流成分、及び電流値の値におけるばらつきに起因するこれら値の不安定化を助長するものである。そこで、上記スパッタ装置では、ターゲット13の相対密度が上記95%より大きい値のターゲット13を搭載するようにしている。これにより、たとえターゲット面内での電圧振幅、直流成分、及び電流値の値における不安定化を引き起こしやすい供給電力量や真空槽11内の圧力でスパッタを行ったとしても、上記電圧振幅、直流成分、及び電流値の値における不安定化を抑制することができる。
[冷却部]
次に、図2を参照して、上記バッキングプレート15に形成された冷却水路15aの形状について詳細に説明する。図2に示されるように、円盤状のバッキングプレート15に形成された冷却水路15aは、水温調節部18から冷却水が供給される供給口15bを一端に有している。また、冷却水路15aは、インジウム層14からの熱を受けた冷却水が水温調節部18に排出される排出口15cを他端に有している。
【0036】
冷却水路15aは、上記供給口15bからの距離が短い側の半分である供給側と、上記排出口15cからの距離が短い側の半分である排出側とに分けることができる。供給側は、バッキングプレート15と同心円の円弧形状をなすとともに、互いに半径の異なる円弧状通路15dを4つ有するとともに、隣り合う円弧状通路15d同士を接続する直線形状の直線状通路15eを3つ有している。また、排出側は、これも供給側と同様に、4つの円弧状通路15dと3つの直線状通路15eとを有している。そして、供給側と排出側とは、互いの有する最も半径の小さい円弧状通路15dによって接続されている。
【0037】
冷却水路15aの供給口15b及び排出口15cに接続された水温調節部18は、上記高周波電源16からの供給電力量や、真空槽11内の圧力に応じて、インジウム層14及びターゲット13の温度を所定以下に維持するために必要な流量の冷却水を冷却水路15aの供給口15bに対して単位時間あたりに供給する。水温調節部18は、スパッタ処理の開始から終了までの間、上記供給口15bに対して同一流量の冷却水を供給する。冷却水の供給流量は、例えば1.35L/min、2.7L/min、5.4L/min、及び10.8L/min等とされる。そして、水温調節部18には、冷却水路15aの排出口15cからの冷却水が、上記供給流量と同一の単位時間あたりの流量で流入する。
【0038】
上記水温調節部18において単位流量に調節された冷却水は、冷却水路15aの供給口15bからバッキングプレート15内に供給される。そして、冷却水は、上記供給側及び排出側の円弧状通路15dと直線状通路15eとを流れるときに、インジウム層14からの熱を受けた後、供給口15bからの供給時よりも温度の高い状態で上記排出口15cから水温調節部18に排出される。
【0039】
上述のように、冷却水路15aは、複数の円弧状通路15dと直線状通路15eとを有し、且つバッキングプレート15の全体にわたり形成されている。そのため、インジウム層14の全体において冷却水との熱の受け渡しが行われることから、こうした冷却水路15aによればインジウム層14が冷却されやすくなる。
【0040】
また、上記スパッタ装置では、LiPON膜の成膜時に、水温調節部18によって流量の調節された冷却水を上記冷却水路15aに供給することで、インジウム層14の温度を20℃以上且つ60℃以下に維持するようにしている。そのため、インジウム層14からのインジウムの染み出しや溶け出しに起因したターゲット13の位置ずれを抑制することができる。
【0041】
上述のように、ターゲット13のスパッタ時に、真空槽11内の圧力を0.25Pa以上且つ1.0Pa以下とするとともに、ターゲット13に供給する電力密度を3.5W/cm以上且つ5.7W/cm以下とするようにしている。そのため、上記スパッタによる成膜の速度を高めることができる一方、高周波電力の電圧振幅、直流成分、及び電流値の不安定化をもたらしやすい。しかも、こうした条件では、インジウム層14の温度が、ターゲット13の位置ずれを引き起こす程度に上昇されることで、高周波電力の電圧振幅、直流成分、及び電流値の不安定化がさらに引き起こされやすくなる。この点、上述のように、上記スパッタ装置での成膜では、インジウム層14の温度を60℃以下に維持するようにしているため、ターゲットに供給される高周波電力の電圧振幅、直流成分、及び電流値の不安定化が抑えられる。それゆえに、窒化リン酸リチウム膜の成膜速度を高めつつ、該窒化リン酸リチウム膜の膜特性の安定性を高めることができる。また、インジウム層14の温度を外気温度に近い20℃以上に維持するようにしているため、外気との熱交換と相まって、インジウム層14の温度が急激に上がることを抑えることもできる。
[LiPON膜の成膜方法]
上記スパッタ装置の実施するLiPON膜の成膜方法について、図3〜図6を参照して説明する。図3に示されるように、LiPON膜は、調圧工程(ステップS1)と成膜工程(ステップS2)とによって形成される。
[調圧工程]
調圧工程は、上記真空槽11に基板Sが搬送される以前に真空槽11内で実施される工程であって、真空槽11内における水の分圧を1×10−4Pa以下となるように、Nガス及びArガスを用いて上記ターゲット13をスパッタする工程である。このように、真空槽11内の水の分圧を成膜工程以前に1×10−4Pa以下とすることで、その直後の成膜工程によって形成されるLiPON膜のイオン伝導度を高い水準で再現することができる。
【0042】
こうした成膜時における水の分圧と成膜されたLiPON膜のイオン伝導度との関係は、本願発明者らによる窒化リン酸リチウム膜の成膜条件と該窒化リン酸リチウム膜の特性との関係についての研究によって見出されたものである。図4は、上述した水の分圧とLiPON膜の成膜時間との関係を示すグラフであって、5回のLiPON膜の成膜処理を連続して実施した場合の各成膜処理期間における水の分圧を示す。図5は、LiPON膜のイオン伝導度を示すグラフであって、図4における各成膜処理期間の水の分圧を調圧工程によって実現するとともに、こうした調圧工程後の成膜工程にて得られたLiPON膜のイオン伝導度を水の分圧ごとに示す。なお、この調圧工程は、該調圧工程を行わずとも真空槽11内の圧力が10−4Pa以下の水分分圧に達し、そして、この水分分圧が維持されていれば省くことが可能である。
【0043】
図4に示されるように、タイミングT1、タイミングT2、タイミングT3、タイミングT4、及びタイミングT5においてプラズマの生成を開始することにより、ターゲット13のスパッタによるLiPON膜の成膜を繰り返し行うことで、成膜処理を重ねるごとに真空槽11内の水の分圧が小さくなることが認められた。
【0044】
図5に示されるように、各LiPON膜のイオン伝導度は、タイミングT1−タイミングT2間の条件となる調圧工程を実施すると6×10−9S/cmであり、タイミングT2−タイミングT3間の条件となる調圧工程を実施すると3.5×10−7S/cmであった。また、タイミングT3−タイミングT4間の条件となる調圧工程を実施すると1.2×10−6S/cmであり、タイミングT4−タイミングT5間の条件となる調圧工程を実施すると1×10−6S/cmであり、タイミングT5−タイミングT6間の条件となる調圧工程を実施すると1×10−6S/cmであった。
【0045】
こうした結果から、真空槽11内の水の分圧が上記タイミングT4以降の条件となるように調圧工程を実施した上で成膜工程を実施することで、イオン伝導度の飽和したLiPON膜を形成することができると言える。なお、上記イオン伝導度は、以下のような手順で算出した。
【0046】
(1)イオン伝導度の評価セルとして、白金層、LiPON層、及び白金層をこの順に積層したセルを形成する。
(2)交流インピーダンス法により得られたナイキストプロットからLiPON膜の抵抗値R(LiPON)を得る。
【0047】
(3)抵抗値R(LiPON)を以下の式に代入して、イオン伝導率(σ)を算出する。
σ=(LiPON膜の厚さ)/[(LiPON膜の面積)×抵抗値R(LiPON)]
したがって、少なくともLiPON膜の成膜期間中に水の分圧が1×10−4Pa以下に維持されるような条件で上記調圧工程が実施されれば、LiPON膜のイオン伝導度を高めることができる。なお、LiPON膜の成膜期間中とは、高周波電源16における高周波電力の供給開始時を除く成膜処理の実施中である。
【0048】
調圧工程のスパッタ条件の一例を以下に示す。
・Nガスの流量 23sccm
・真空槽11内の圧力 0.25Pa
・供給電力量 2kW(電力密度2.8W/cm
・スパッタ時間 120分を2回以上繰り返す
[成膜工程]
上記成膜工程では、以下の条件でLiPON膜が形成される。
・Nガスの流量 20sccm〜80sccm
・真空槽11内の圧力 0.25Pa〜1.0Pa
・供給電力量 2.5kW〜4.0kW(電力密度 3.5W/cm〜5.7W/cm
・スパッタ時間 60分〜120分
これにより、イオン伝導度が1.2×10−6S/cmであるLiPON膜を形成することができる。なお、上記調圧工程及び成膜工程においては、上記インジウム層14の温度を60℃以下に維持するようにしている。そのため、ターゲット13に供給される電力量が3.0kWであっても、LiPON膜を形成することができるとともに、4.0kW(電力密度5.7W/cm)以下の電力量であれば、LiPON膜の形成を安定して行うことができる。
[LiPON膜の成膜速度]
上記条件でLiPON膜を形成した場合、そのときの成膜速度は、20nm/min.以上となる。また、成膜速度は、ターゲット13に供給される電力量に比例して大きくなる。例えば、LiPON膜の成膜速度は、供給電力量が2.0kWのとき17nm/min.であり、供給電力量が2.5kWのとき20nm/min.であり、供給電力量が3.0kWのとき26nm/minであり、供給電力量が4.0kWのとき35nm/minである。
【0049】
このように、本実施形態においては、上述のような供給電力量の範囲、及び真空槽11内の圧力の範囲でのスパッタを実施するときに、インジウム層の温度を60℃以下とするようにしていることから、20nm/min〜35nm/minという高い成膜速度を実現することができる。
[その他の工程]
なお、LiPON膜のイオン伝導度を高める上では、上記調圧工程と成膜工程によりLiPON膜を形成した後、該LiPON膜を加熱する加熱工程を設けるようにすればよい。加熱工程では、例えば上記スパッタ装置とは異なる加熱アニール炉を用いて、LiPON膜の形成された基板をN雰囲気且つ大気圧下にて300℃に加熱する。これにより、LiPON膜のイオン伝導度は、加熱前の1.0×10−6S/cm程度の値から、例えば2.4×10−6S/cmにまで高められる。なお、このときに用いるガスは、Nに限らず、他のガス、例えば希ガスであってもよい。
[LiPON膜のLi/P値]
上記成膜方法により成膜されたLiPON膜におけるLi/P比を算出した。Li/Pの値は、以下のような手順で算出した。
(1)事前に準備したLi、Pの既知の標準試料(液)をICP−AES法にて測定し検量線を作成する。
(2)(1)の標準試料を溶出した酸と同濃度の酸にLiPON膜を溶出し、ICP−AES法で該溶出したLiPONのLi、Pを定量する。
(3)Li、Pの各々の定量値からLi/Pを算出する。
【0050】
上記方法によって作成した9つのLiPON膜サンプルについて、ICP−AES法によって分析した結果からLi/P比を算出した。Li/Pの比は、図6に示されるように、サンプル1〜サンプル9の順に、2.23、2.21、2.27、2.26、2.24、2.22、2.26、2.26、2.23であった。つまり、上記成膜方法によれば、これまで一般に知られていたLi/Pの比である2.8程度よりも小さいLi/Pの比となる元素組成を有したLiPON膜が形成される。なお、本願発明者らの検証によれば、上記成膜方法によって成膜されたLiPON膜におけるLi/Pの比は、2.1より大きく且つ2.6未満であることが認められた。また、こうしたLiPON膜は上述のようなイオン伝導度を示すことから、LiPON膜を適用する対象の一つである薄膜リチウムイオン二次電池の固体電解質膜として十分に機能する窒化リン酸リチウム膜であることも認められた。
【0051】
LiPON膜を形成するときの成膜条件と、形成されたLiPON膜におけるLi/Pの値との関係を下記表1に示す。なお、LiPON膜の成膜に用いたターゲットは、直径が300mmであり、且つ、厚さが5mmであるLiPOターゲットである。
【0052】
【表1】

【0053】
表1に示されるように、成膜時のNガスの圧力が低いほど成膜速度は大きくなり、また、成膜時のNガスの圧力が同一であれば、ターゲットに供給する電力量が2.0kW〜4.0kWの範囲で変更されても、Li/Pの値は、略同一の値であった。これに対し、ターゲットに供給される電力量が同一であっても、成膜時のNガスの圧力が大きくなるに従って、Li/Pの値も大きくなることが認められた。このように、Li/Pの値には、Nガスの圧力に依存性を有することが認められた。
[測定例]
直径300mmのリン酸リチウムのターゲットが、0.1〜0.2mmの厚さを有したインジウム層に接合されたスパッタ装置において、ターゲットを下記の条件でスパッタする成膜工程によって、一辺の長さが140mmである正方形の基板に対して2000nmのLiPON膜を成膜した。
・Nガスの流量 23sccm
・真空槽11内の圧力 0.25Pa
・供給電力量 2.5〜4kW
・スパッタ時間 57分〜118分
なお、成膜工程に先立ち、下記条件にて調圧工程を実施した。
・Nガスの流量 23sccm
・真空槽11内の圧力 0.25Pa
・供給電力量 2.8kW(電力密度4.0W/cm
・スパッタ時間 120分×2回以上
[測定例1]
5mmの厚さを有したターゲットに対して、2kW、2.5kW、3kW、3.5kW、及び4kWの電力を供給してスパッタするとともに、それぞれの電力量の条件において、水温調節部から冷却水路に供給される冷却水の流量を1.35L/min、2.7L/min、5.4L/min、及び10.8L/minとした。そして、これら各条件にてスパッタしているときのターゲット表面の温度及びターゲットとインジウム層との界面の温度としてのインジウム層の温度をシミュレーションにより算出した。これら温度の算出結果を下記表2に示す。また、表2には、インジウムの染み出し、及び異常放電の有無を測定した結果も示す。なお、表2では、記載の便宜上、ターゲット表面を「表面」と記載し、また、冷却水の流量を水量と記載している。
【0054】
【表2】

【0055】
[測定例2]
10mmの厚さを有したターゲットに対して、2kW、2.5kW、3kW、3.5kW、及び4kWの電力を供給してスパッタするとともに、それぞれの電力量の条件において、水温調節部から冷却水路に供給される冷却水の流量を1.35L/min、2.7L/min、5.4L/min、及び10.8L/minとした。そして、これら各条件にてスパッタしているときのターゲット表面の温度、インジウム層の温度をシミュレーションにより算出した。これら温度の算出結果を下記表3に示す。また、表3には、インジウムの染み出し、及び異常放電の有無を測定した結果も示す。なお、表3では、上記表2と同様の理由から、ターゲット表面を「表面」と記載し、また、冷却水の流量を水量と記載している。
【0056】
【表3】

【0057】
表2及び表3に示されるように、測定例1及び測定例2のいずれにおいても、ターゲットに供給される電力量にかかわらず、冷却水の流量の増加に伴い、インジウム層の温度、及びターゲット表面での温度の低下が認められた。また、インジウム層の温度が60℃以下であれば、たとえ60℃近傍の温度範囲にてインジウムの染み出しがあったとしても、異常放電が生じないことが認められた。これに対し、インジウム層の温度が60℃を超えると、ターゲットに供給される電力量にかかわらず異常放電が生じることが認められた。
【0058】
以上説明したように、上記実施形態によれば、以下に列挙する効果が得られるようになる。
(1)リン酸リチウムからなるターゲット13のスパッタ時に、真空槽11内の圧力を0.25Pa以上且つ1.0Pa以下とするとともに、ターゲット13に供給する電力密度を3.5W/cm以上且つ5.7W/cm以下とするようにした。また、ターゲット13とバッキングプレート15の間に設けられた接合層であるインジウム層14の温度を60℃以下とするようにした。これにより、上記インジウム層14からのインジウムの染み出しや溶け出しに起因して、該インジウム層14に接着されたターゲット13の位置ずれを抑制できる。そのため、こうしたターゲット13の位置ずれにより引き起こされる異常放電を抑制することで、ターゲット13に供給される高周波電力の電圧振幅、直流成分、及び電流値の不安定化が抑えられる。その結果、窒化リン酸リチウム膜の成膜速度を高めつつ、該窒化リン酸リチウム膜の膜特性の安定性を高めることができる。
【0059】
(2)窒化リン酸リチウム膜を形成するとき、つまり、上記成膜工程の実施中における真空槽11内の水の分圧を1×10−4Pa以下とするようにした。これにより、より高いイオン伝導度を有した窒化リン酸リチウム膜を形成することができる。
【0060】
(3)上記調圧工程では、ターゲット13をスパッタすることによって、成膜時における真空槽11内の水の分圧を1×10−4以下とするようにした。つまり、窒化リン酸リチウム膜を形成するための処理を、真空槽11内における水の分圧を調整するための処理としても用いるようにした。そのため、真空槽11内における水の分圧を調整する処理を基板Sの搬送に先立って行うようにしても、窒化リン酸リチウム膜の成膜に要する処理が煩雑になることを抑えられる。また、基板Sが真空槽11内へ搬入される前にスパッタによってターゲット13が昇温されるため、真空槽11内に存在する水分子、特にターゲット13表面に存在する水分子が効果的に排気されることとなる。
【0061】
なお、上記実施形態は、以下のように適宜変更して実施することができる。
・上記水温調節部18は、スパッタの開始から終了までの間、つまり、成膜処理の間中、スパッタの条件に応じた単一流量で、冷却水路15aに冷却水を供給するようにした。これを変更して、冷却水の温度を温度センサーによって測定するとともに、インジウム層14の温度が20℃以上且つ60℃以下になるように、その測定結果に基づいて冷却水の流量を変更するようにしてもよい。このような構成及び方法は、インジウム層14の温度を高い精度で維持することにおいて優れている。
【0062】
・上記冷却部では、水温調節部18によって流量の調節された冷却水を冷却水路15aに供給することで、インジウム層14及びターゲット13の温度を所定温度の範囲に維持するようにした。これを変更して、冷却部では、インジウム層14の温度が20℃以上且つ60℃以下になるように、冷却水路15a内を流れる冷却水の温度を所定温度範囲に調節する、あるいは冷却水の流量と温度とを調整するようにしてもよい。
【0063】
・調圧工程で用いるガスは、Nガスに限らず、ArガスとNガスとの混合ガス、あるいはArガスであってもよい。さらには、水の分圧が1×10−4Pa以下となるように、ターゲット13をスパッタせずにこれらのガスを真空槽11内に流すだけでもよい。このような構成及び方法は、調圧工程にてターゲット13の消費を抑えられることにおいて優れている。要するに、調圧工程にて実施される処理とは、成膜処理の直前に水の分圧を1×10−4Pa以下にすることの可能な処理であればよい。
【0064】
・調圧工程でのスパッタ条件と成膜工程でのスパッタ条件とを同一としてもよい。これにより、以下の効果が得られるようになる。
(4)真空槽11内への基板の搬送を挟んで、その前後に実施するスパッタの条件を同一とするようにした。そのため、窒化リン酸リチウム膜の成膜に要する処理が煩雑になることをより抑制できる。なお、調圧工程にてターゲット13をスパッタする場合には、基板ステージの載置面をダミー用の基板で覆うことが好ましい。
【符号の説明】
【0065】
11…真空槽、12…基板ステージ、13…ターゲット、14…インジウム層、15…バッキングプレート、15a…冷却水路、15b…供給口、15c…排出口、15d…円弧状通路、15e…直線状通路、16…高周波電源、17…磁気回路、18…水温調節部、19…防着板、21…排気ポンプ、22…真空計、23…制御部、MFC1,MFC2…マスフローコントローラ、S…基板。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒素ガスが含まれる真空槽内でリン酸リチウムからなるターゲットをスパッタすることにより窒化リン酸リチウム膜を基板に成膜する窒化リン酸リチウム膜の成膜方法であって、
前記ターゲットには、インジウム層を介して銅からなるバッキングプレートが接合され、
前記バッキングプレートには、前記インジウム層の温度を調整する冷却水が循環され、
前記真空槽内の圧力を0.25Pa以上1.0Pa以下とし、
前記ターゲットに3.5W/cm以上5.7W/cm以下の電力密度で高周波電力を供給し、
前記インジウム層の温度を20℃以上60℃以下とする
ことを特徴とする窒化リン酸リチウム膜の成膜方法。
【請求項2】
前記基板を前記真空槽内に搬送する前に、前記ターゲットをスパッタして、前記基板への前記窒化リン酸リチウム膜の成膜中における前記真空槽内の水の分圧を1×10−4Pa以下とする
請求項1に記載の窒化リン酸リチウム膜の成膜方法。
【請求項3】
前記基板を前記真空槽内に搬送する前に、前記基板に前記窒化リン酸リチウム膜を形成するときと同一の条件で前記ターゲットをスパッタする
請求項1又は2に記載の窒化リン酸リチウム膜の成膜方法。
【請求項4】
窒素ガスが供給されて基板を収容する真空槽と、
前記真空槽内に配置されたリン酸リチウムからなるターゲットと、
インジウム層を介して前記ターゲットに接合された銅からなるバッキングプレートと、
前記バッキングプレートに設けられた冷却水路に冷却水を循環させる冷却部と、
前記バッキングプレートに高周波電力を供給する高周波電源と、
前記真空槽内の圧力を調整する圧力調整部と、
前記冷却部、前記高周波電源、及び前記圧力調整部の動作を制御する制御部とを備え、
前記制御部は、前記ターゲットを前記窒素でスパッタして前記基板に窒化リン酸リチウム膜を形成するときに、前記高周波電源を制御して、3.5W/cm以上5.7W/cm以下の高周波電力を前記ターゲットに供給し、前記圧力調整部を制御して、前記真空槽内の圧力を0.25Pa以上1.0Pa以下とし、前記冷却部を制御して、前記インジウム層の温度を20℃以上60℃以下とする
窒化リン酸リチウム膜の成膜装置。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の窒化リン酸リチウム膜の成膜方法によって形成された窒化リン酸リチウム膜であって、
前記窒化リン酸リチウムに含まれるリチウムとリンとの比であるLi/Pの値が、2.1より大きく2.6未満である
ことを特徴とする窒化リン酸リチウム膜。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2013−1925(P2013−1925A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−132430(P2011−132430)
【出願日】平成23年6月14日(2011.6.14)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】