説明

窒化処理法

【課題】環境負荷が小さくかつ効率の良い窒化処理法(材料を窒化する方法)を提供する。
【解決手段】窒素を少なくとも含む原料ガス40を用いて発生させた大気圧プラズマジェット2を材料(TiO2膜32が表面に形成されたガラス基板30)に照射する。大気圧プラズマジェット2内部では、高電圧パルス放電により、窒素分子が電離されるだけでなく効率よく解離されて、高濃度の窒素原子が生成される。窒素を少なくとも含む原料ガス(空気でも良い)40を用いる大気圧プラズマジェット2を材料表面に照射させると、プラズマフレームに含まれている高密度の窒素原子が材料表面を短時間のうちに窒化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大気圧プラズマジェットを用いて材料表面を効率良く窒化させる窒化処理法に関する。特に、紫外線により励起される光触媒としての酸化チタン(TiO2)を窒化させて可視光応答型光触媒Ti−O−Nに変換する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
材料を窒化させるための方法として、例えばガス窒化法がある。
例えば現在、光触媒としての酸化チタン(TiO2)を窒化して可視光応答型光触媒Ti−O−Nに変換するために使用される方法として、前述のガス窒化法がある。
【0003】
その内容は、具体的に、光触媒TiO2の粉末(パウダー)を、有毒であるアンモニアの雰囲気中において400℃程度の高温に数時間保つことによって部分窒化処理を施し、その光触媒TiO2の粉末を可視光応答型光触媒Ti−O−Nに変換する、というものである(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2004−097868
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、光触媒TiO2を可視光応答型光触媒Ti−O−Nに変換する上述したような従来の方法では、(1)有毒であるアンモニアを用いる必要があるため、環境負荷が大きい、(2)光触媒TiO2の粉末(パウダー)を400℃程度の高温に数時間保つ必要があるため、加熱エネルギーを多く必要として生産コストが高くなる、という問題がある。
【0005】
本発明は、上記従来技術の有する問題に鑑みなされたものであり、その目的は、材料を窒化する方法として、環境負荷が小さくかつ効率の良い方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するためになされた請求項1に記載の発明は、窒素を少なくとも含む原料ガスを用いて発生させた大気圧プラズマジェットを材料の表面に照射することにより、その材料の表面を窒化させることを特徴とする窒化処理法である。
【0007】
プラズマ及びプラズマの発生については多年に渡って研究されており、プラズマは、表面改質、表面クリーニング(プラズマ洗浄)、エッチング、アッシング、スパッタリング、滅菌など、様々な目的で用いられるようになっている。そして、プラズマジェットを発生させるプラズマジェット発生装置は種々提案されており(例えば、特開2003−109795)、このようなプラズマジェット発生装置を用いればプラズマジェットを容易に発生させることができるようになっている。本発明では、プラズマジェットを用いるため、容易かつ迅速に窒化処理を行うことができる。
【0008】
具体的に、大気圧プラズマジェット内部では、高電圧パルス放電により窒素分子が電離されるだけでなく効率よく解離されて、高濃度の窒素原子が生成される。窒素を少なくとも含む原料ガス(空気でも良い)を用いる大気圧プラズマジェットを材料表面に照射させると、プラズマフレームに含まれている高密度の窒素原子が材料表面を短時間のうちに窒化する。
【0009】
このように、請求項1の発明によれば、材料の表面改質(窒化)を短時間に効率良く行うことができる。また、例えば[背景技術]の欄でも記載したガス窒化法と比較して、ガス窒化法のように有害なアンモニアを用いる必要がないため、環境負荷が小さい。
【0010】
ところで、材料としては、具体的に、請求項2に記載のように、光触媒性能を有する酸化チタン(TiO2)膜とすることができる。また、請求項3に記載のように、光触媒性能を有する酸化チタン(TiO2)の粉体でも良い。
【0011】
光触媒TiO2膜や光触媒TiO2の紛体の表面に高濃度の窒素原子が供給されると、TiO2中の一部の酸素原子が窒素原子と置き換えられ、TiO2が可視光応答型光触媒であるTi−O−Nへと変化する。このため、光触媒TiO2を、可視光応答型光触媒であるTi−O−Nに短時間に効率的に変化させることができる。
【発明の効果】
【0012】
以上説明したように、本発明の窒化処理法によれば、光触媒TiO2材料(TiO2膜や、TiO2粉体)を効率良く表面改質して、Ti−O−Nに変換することができる。特に、高濃度の窒素原子を含む大気圧プラズマジェットを用いることにより、環境負荷の少ない安価な処理プロセスを実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
図1は、本発明の窒化処理法の概略構成を表す図である。
本発明の窒化処理法では、大気圧プラズマジェット発生装置1を用いる。大気圧プラズマジェット発生装置1は、大気圧下で、窒素(N2)ガスを原料ガスとしてプラズマジェット2を発生させる装置である。
[大気圧プラズマジェット発生装置1の構成]
大気圧プラズマジェット発生装置1は、略円錐状の内部電極14と、その内部電極14を囲む円筒状の外部電極10と、内部電極14及び外部電極10に高周波電力を供給する電源20とを備えている。尚、外部電極10はアースに接続されることで0Vに固定されるようになっている。内部電極14と外部電極10との間には、放電領域18が形成されている。
【0014】
外部電極10は、その下端に、生成されたプラズマを外部(下方)に噴射させるためのプラズマジェットノズル12を備えている。このプラズマジェットノズル12の孔の内径は4mmである。
【0015】
原料ガスとしての窒素(N2)ガス40は、大気圧プラズマジェット発生装置1の上方における開口部16から、大気圧プラズマジェット発生装置1の内部(放電領域18)に供給される。開口部16は斜めに設けられており(つまり、孔が斜めに傾斜するように設けられており)、供給された窒素(N2)ガス40は、内部電極14の周りを螺旋状に下方に向かって流れる。
[大気圧プラズマジェット発生装置1の運転条件]
内部電極14に印加される電源20からの高電圧パルスについて、繰返し周波数は16kHz、入力パワー(電気エネルギー)は1.5kWである。尚、この1.5kWという値は、パルス的な入力パワー波形を時間的に平均した値である。また、窒素(N2)ガス40の流量は30リットル/分である。
[大気圧プラズマジェット発生装置1の作用]
内部電極14及び外部電極10間では、高電圧パルスに応じて放電が繰り返され、これにより放電プラズマが励起される。
【0016】
この際、窒素(N2)ガス40は、大気圧プラズマジェット発生装置1内部(放電領域18)を下向きに流れ、プラズマジェットノズル12から下向きに吹き出す。この場合、プラズマは、プラズマジェット2としてプラズマジェットノズル12から下向きに吹き出す。尚、プラズマの生成は放電領域18に限定されており、プラズマジェットノズル12から噴出するプラズマジェット2は、再結合しつつあるプラズマ(アフターグロープラズマ)に分類される。
[窒化処理法の実験の説明]
本実施形態では、1cmx1cmのガラス基板30上に、ゾルゲル法で、厚さ1μmのTiO2薄膜32を形成し、そのガラス基板30を、プラズマジェットノズル12先端から数mm下方(数mm離れた位置)に設置した。そして、そのガラス基板30にプラズマジェットノズル12からのプラズマジェット2を照射し、ガラス基板30の表面処理(TiO2薄膜32の表面処理)を行った。
【0017】
尚、プラズマジェットノズル12先端からガラス基板30までの距離を数mmにしたのは、以下の理由からである。具体的に、プラズマジェットノズル12から窒素原子を含むプラズマが噴出されると、窒素原子は急速に窒素分子へと再結合し、その密度は1〜2cm程度の短距離にて強く減衰するという理由からである。
[実験の効果についての説明]
プラズマジェット2により表面処理を施したガラス基板30の表面を、図示しないX線光電子分光分析装置(ESCAとも呼ばれる)を用いて分析した。X線光電子分光分析装置は、物質表面にX線を照射し、その時に飛び出した光電子のエネルギーを測定する装置であり、固体の表面から数nmの深さ領域における元素の種類、化学結合状態を分析するのに用いられる。具体的に、物質にX線を照射すると、原子軌道の電子が励起され、光電子として外にたたき出される。この光電子は、E=hv−EB(E:光電子のエネルギー、hv:入射光エネルギー、EB:電子の結合エネルギー)に従ったエネルギーEを有している。そして、入射光エネルギー(つまり、X線のエネルギー)hvが一定であれば、EBを求めることができる。一般に、電子の結合エネルギーは各元素と化学結合状態に固有の値となるから、電子の結合エネルギーから元素の種類と化学結合状態が分かる。
【0018】
図2に、X線光電子分光分析装置による測定結果のグラフを示す。ここでは、d=3mm、t=300secの場合の測定結果を示している。但し、dはプラズマジェットノズル12先端とガラス基板30との間隔であり、tは表面処理を施した時間(期間)である。
【0019】
図2のグラフによれば、横軸(光電子のエネルギー)における400eV近傍にピークが現れている。このピークは、N1Sのピークを表すものである。N1SのNとは窒素原子のNを表し、1Sとは1S軌道を表す。1S軌道とは、原子における電子の軌道のうち最も内側の軌道のことである。
【0020】
N1Sのピークが現れているということは、窒素原子(N)が存在していることの証拠となる。つまり、図2のグラフによれば、ガラス基板30の表面(TiO2薄膜32)に窒素(N2)ガス40を原料ガスとするプラズマジェット2を照射することにより、TiO2薄膜32に窒素原子(N)が入り込んだことが確認できる。
【0021】
また、N1Sのピークのすぐ右のピークはC1S(C:カーボン原子)のピークであり、N1Sのピークのすぐ左のピークはTi1S(Ti:チタン原子)のピークであり、更にその左のピークはO1S(O:酸素原子)のピークである。
【0022】
これは可視光応答型光触媒Ti−O−Nにみられる特有なスペクトルである。つまり、ガラス基板30の表面に可視光応答型光触媒であるTi−O−Nが形成されていることが分かる。
【0023】
次に、プラズマジェット2を照射して表面処理を施したガラス基板30の表面における水(水滴)の接触角を測定した。
図3は、その測定結果を表すグラフである。
【0024】
接触角は、ガラス基板30の側面からそのガラス基板30及び水滴を観察して測定した(尚、接触角を測定するための装置を用いている)。水の接触角とは、具体的に、固体表面に形成された水滴の接線と固体表面とのなす角のことを言う。撥水性が高いほど接触角は大きくなり、親水性が高いほど接触角は小さくなる。このため、接触角を測定することで撥水性、親水性の程度が分かり、ひいては光触媒性能が発揮されているか否かを確認できる。
【0025】
ここで、光触媒TiO2は紫外線には応答するが可視光線には応答しないという性質を有し、光触媒Ti−O−Nは紫外線に応答すると共に可視光線にも応答するという性質を有する。つまり、光触媒TiO2に可視光線を照射しても光触媒性能は発揮されず親水性は現れないが、光触媒Ti−O−Nに可視光線を照射すると光触媒性能が発揮されて親水性が高まる。
【0026】
ここでは、ガラス基板30から35cm離れた位置から、タングステンランプ(40W)を用いて可視光線のみをガラス基板30に照射し、照射時間と接触角との関係を評価した。
【0027】
また、図3にも示すように、4つの条件下のそれぞれで表面処理が施された4種類のガラス基板30について評価を行った。4つの条件とは、条件1(d=8mm,t=5sec)、条件2(d=8mm,t=30sec)、条件3(d=8mm,t=120sec)、条件4(d=8mm,t=300sec)、である。前述のように、dはプラズマジェットノズル12先端とガラス基板30との間隔であり、tは表面処理を施した時間(期間)である。
【0028】
図3のグラフにおいて、横軸は可視光線の照射時間(期間)を表し、縦軸は接触角を表す。横軸のpureは、プラズマジェット2を全く照射していないTiO2試料を表す。この場合、接触角は約76度程度と大きい値になっている。つまり、可視光線では光触媒性能(親水性)が発揮されていないことが確認できる。
【0029】
これに対して、プラズマジェット2を照射した試料では可視光線の照射時間が長くなるに従って、接触角は小さくなっている。
例えば、照射時間が0(具体的に、ガラス基板30を暗闇から取り出した直後)の場合でも、接触角は約30度程度と急減している。つまり、光触媒性能(親水性)が発揮されていることが分かる。さらに、可視光線を30分間照射した場合には、接触角は約20度程度と更に減少している。
【0030】
このような結果からも、本発明に係る方法、具体的に、TiO2薄膜32に窒素(N2)ガス40を原料ガスとするプラズマジェット2を照射するという方法により、光触媒TiO2を光触媒Ti−O−Nに変換させることができたことが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】プラズマジェット発生装置1、及び本発明の窒化処理法の概略を表す図である。
【図2】ESCAによる分析結果を表す図である。
【図3】水の接触角の測定結果を表す図である。
【符号の説明】
【0032】
1…大気圧プラズマジェット発生装置、2…プラズマジェット、10…外部電極、12…プラズマジェットノズル、14…内部電極、16…開口部、18…放電領域、20…電源、30…ガラス基板、32…TiO2膜、40…窒素(N2)ガス。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒素を少なくとも含む原料ガスを用いて発生させた大気圧プラズマジェットを材料に照射することにより、その材料の表面を窒化させることを特徴とする窒化処理法。
【請求項2】
前記材料は光触媒性能を有する酸化チタン(TiO2)膜であり、前記大気圧プラズマジェットをその酸化チタン(TiO2)膜に照射することにより、その酸化チタン(TiO2)膜が窒化されてTi−O−N膜が形成されることを特徴とする請求項1に記載の窒化処理法。
【請求項3】
前記材料は光触媒性能を有する酸化チタン(TiO2)の粉体であり、前記大気圧プラズマジェットをその酸化チタン(TiO2)の粉体に照射することにより、その表面が窒化されて粉体の表面にTi−O−N膜が形成されることを特徴とする請求項1に記載の窒化処理法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−202087(P2009−202087A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−46171(P2008−46171)
【出願日】平成20年2月27日(2008.2.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年8月27日〜28日 電気学会基礎・材料・共通部門主催の「平成19年基礎・材料・共通部門大会プログラム」に発表
【出願人】(592032636)学校法人トヨタ学園 (57)
【出願人】(503314222)日本プラズマトリート株式会社 (5)
【Fターム(参考)】