説明

窒素化合物層を有する鉄鋼部材の保護膜形成処理液、および化合物層保護膜

【課題】鉄鋼材料の表面に窒化処理によって形成された化合物層の高周波焼入れによる酸化を防止する手段の提供。
【解決手段】鋼材に対し窒化処理後に形成される窒化物層上に当該窒化物を保護するための保護膜を形成するための処理液であって、Si、Ti、Zr、Hf、V、Ta、Ca、Ce、Sc、Nb、Cr、W、Al、Sr、Zn、Mg及びMoからなる群の中から選択される少なくとも1種を含有し、りん酸イオン、縮合りん酸イオン、亜りん酸イオン、フッ化物イオン、炭酸イオン及びケイ酸イオンからなる群の中から選択される少なくとも1種のアニオンを0.1〜60g/L含有し、その処理液のpHが4〜14であることを特徴とする化合物層保護皮膜形成処理液。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、面圧強度、耐摩耗性、曲げ疲労強度等の機械的強度に優れた機械構造部品として使用される焼入れ鉄鋼材料、その製造方法及びそれに用いる処理液に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、機械的強度の向上のために、鋳鉄や鋼の機械構造部品に窒化処理(軟窒化処理も含む),浸炭焼入れ,高周波焼入れ等の表面硬化処理が施されている。
このうち、窒化処理により最表面に形成される窒化物からなる化合物層は、摺動性に優れており、摩耗に強く、焼き付き抵抗性が高いことが知られている(以下、これを窒素化合物層による効果Iと呼ぶ)。しかし、一般的に窒化処理は、浸炭焼入れ、高周波焼入れに比較して、面圧強度、疲労強度等において劣っており、例えばローラーピッチング試験を行った場合、窒素化合物層が鋼素地より剥離を生じる場合がある。その為、窒素化合物層は2GPaを越えるような高面圧における疲労試験においては、むしろ悪影響を与える存在であると広く信じられていた。本発明者等は、この要因は化合物層そのものにあるのでは無く、化合物層を支える素地の硬化層深さが浅いためであることを見出した。すなわち、窒化処理単体では、最表面の化合物層の良好な摺動性を十分に生かす為には、その直下の硬化層深さが不足していたのである。
【0003】
ところで、窒素を含有する鋼材は、窒素を含有しない鋼材よりも、焼入れ後に得られるマルテンサイト組織が微細になり、そのため硬度は高くなり、また、焼入れ性が向上することによって硬化深さが増大することが知られている。つまり、窒化処理は、焼入れ性向上のための窒素拡散層を形成するための窒素拡散前処理としても利用可能(以下、窒素化合物層を形成することによる効果IIと呼ぶ)である。すなわち、この効果IIを利用し得られる特性とは、窒素化合物層そのものの作用によるものでは無く、窒素化合物層を形成する際に生じた窒素化合物層の直下にある鋼材中の拡散窒素の作用によるものである。
焼入れによって得られた窒素含有のマルテンサイト組織は、上述の高硬度や焼入れ性向上の他に、焼き戻し軟化抵抗性、亀裂発生・成長に対する抵抗故の高面圧強度、高疲労強度を有することが知られている。
【0004】
窒化処理後にそのまま高周波焼入れを行う場合、焼入れ温度は少なくともオーステナイト組織となる温度Ac3変態点以上が必要であり、通常750〜1050℃の温度範囲から選択される。窒化温度570℃で形成される窒素化合物層は、鉄と窒素の結合であり、大気雰囲気で650℃以上に再加熱されると酸化を受け分解し、窒素化合物層の窒素は、最表面では窒素ガスとして放出され窒素化合物層が消失してしまう。このことは古くから報告されている(非特許文献1)。
【0005】
窒化処理と焼入れとによる複合熱処理技術は、通常、窒化処理で得られた窒素拡散層による効果IIを利用するのみであり、窒化処理で形成される窒素化合物層の効果Iを利用していない。すなわち窒素化合物層が、窒化処理の後工程である焼入れの際に消失してしまう事を止む無しとしている。この技術に対する開示例は多く、例えば、特許文献1〜5の複合熱処理を挙げることができる。
【0006】
特許文献6には、600℃以上の温度で窒化処理を施し5μm以下の窒素化合物層を形成させた後に高周波焼入れを行い、2μm以下の窒素化合物層を有する焼入れ部材を得る複合熱処理方法が開示されている。本技術で窒化条件を600℃以上の高温とする理由は、高温ほど鋼材奥側へ高濃度の窒素拡散が期待できるためであるが、600℃を越える窒化処理温度で得られる窒素化合物層は硬度が低く、効果Iを有さない窒素化合物層である。すなわち、本技術も窒素化合物層による効果IIのみを期待するものであり、2μm以下の残留する窒素化合物層は無くても良い程度のものである。
【0007】
前述のように高面圧における疲労強度においては、窒素化合物層はむしろ悪影響を与える存在であると広く誤信されてきた為に、窒素化合物による効果I、効果IIを兼ね備えようとした技術はほぼ皆無である。このような窒化処理により表面に形成された窒化物層をそのまま高周波焼入れすることによる高温加熱での窒化物層の損傷や消失という問題を解決し、効果I、効果IIを兼ね備えようとした前例の無い技術として、窒化処理後の表面上に、酸化ケイ素を成分とするガス窒化・イオン窒化防止剤、浸炭防止剤、酸化防止剤を1〜3mmの厚みで被覆し、その後に焼入れを行う方法が、特許文献7に開示されている。
【0008】
しかし、この方法では、仮に加熱時での酸化現象は防止できても、1mm以上の厚膜のために熱伝導性も低いことから、マルテンサイト変態に必要な焼入れ時の冷却速度が不十分となり、目的とする微細マルテンサイトを得る事は実際には困難であった。
【0009】
また、効果I、IIとも利用しようとした特許文献8には、鉄鋼材料の表面に硬質窒化物層が形成され、さらにその上層として、Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Cr,W,Mo及びAlから成る群の中から選択される少なくとも一種の金属酸化物を含む無機化合物層が形成されたことを特徴とする焼入れ鉄鋼部材が開示されている。
【0010】
この当該特許は中性〜アルカリ性の水を溶媒とする「焼入れ表面保護剤」についてのものであるが、必ずしも窒素化合物層の酸化防止に対して十分とは言えず、状況によっては窒素化合物層の表層が酸化分解する場合があった。
【特許文献1】特許第3193320号
【特許文献2】特許第3327386号
【特許文献3】特許第3145517号
【特許文献4】特開平7−90364号
【特許文献5】特開2007−154254号
【特許文献6】特開2007−77411号
【特許文献7】特開昭58−96815号
【非特許文献1】熱処理16巻4号 P206 昭和51年
【特許文献8】特開2008−038220号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記課題に鑑み、窒化処理によって得られた窒素化合物層が、その後の高周波熱処理の際、酸化を生じるメカニズムを調査・解明し、それを防止する効果的な酸化防止剤を開発するに至り、鉄鋼材料の表面に窒化処理によって形成された化合物層の高周波焼入れによる酸化を防止する焼入れ鉄鋼材料の製造方法、鉄鋼材料及びそれに用いる処理液を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明(1)は、鋼材に対し窒化処理後に形成される窒化物層上に当該窒化物を保護するための保護膜を形成するための処理液であって、Si、Ti、Zr、Hf、V、Ta、Ca、Ce、Sc、Nb、Cr、W、Al、Sr、Zn、Mg及びMoからなる群の中から選択される少なくとも1種を含有し、りん酸イオン、縮合りん酸イオン、亜りん酸イオン、フッ化物イオン、炭酸イオン及びケイ酸イオンからなる群の中から選択される少なくとも1種のアニオンを0.1〜60g/L含有し、その処理液のpHが4〜14であることを特徴とする化合物層保護皮膜形成処理液である。
【0013】
本発明(2)は、前記処理液が、少なくとも1種のアミン類を0.1〜400g/L含むことを特徴とする前記発明(1)の化合物層保護皮膜形成処理液である。
【0014】
本発明(3)は、前記処理液が、Si、Ti、Zr、Hf、V、Ta、Ca、Ce、Sc、Nb、Cr、W、Al、Sr、Zn、Mg及びMoからなる群の中から選択される少なくとも1種の溶解したイオン並びに/又はSi、Ti、Zr、Hf、V、Ta、Ca、Ce、Sc、Nb、Cr、W、Al、Sr、Zn、Mg及びMoからなる群の中から選択される少なくとも1種を含む平均粒径が4〜40nmからなる分散粒子と、Si、Ti、Zr、Hf、V、Ta、Ca、Ce、Sc、Nb、Cr、W、Al、Sr、Zn、Mg及びMoからなる群の中から選択される少なくとも1種を含む平均粒径が40〜400nmからなる分散粒子と、をともに含有し、前者が乾燥固形状態として占める質量と、後者が乾燥固形状態として占める質量との比が1:10〜10:1であることを特徴とする前記発明(1)又は(2)の化合物層保護皮膜形成処理液である。
【0015】
本発明(4)は、鋼材に対し窒化処理後に形成される窒化物層上に乾燥固形状態として被覆されるSi、Ti、Zr、Hf、V、Ta、Ca、Ce、Sc、Nb、Cr、W、Al、Sr、Zn、Mg及びMoからなる群の中から選択される少なくとも1種の金属を含有する化合物層保護膜であって、その化合物層保護膜が前記発明(1)〜(3)のいずれか一つの処理液から該金属換算の合計で0.05〜3g/m2の範囲で形成され、所定の加熱温度に到達するまで0.3〜5秒間の加熱を行い、その到達温度が750〜860℃である高周波焼入れ時に前記化合物層の分解を抑制することを特徴とする化合物層保護膜である。
【0016】
本発明(5)は、窒化処理により表面に窒化物層が形成された鋼材において、前記発明(4)の化合物層保護膜が当該窒化物層上に形成された状態で、所定の加熱温度に到達するまで0.3〜5秒間の加熱を行い、その到達温度が750〜860℃である高周波焼入れ処理が施されたものであることを特徴とする焼き入れ鋼材である。
【0017】
本発明(6)は、窒化処理により表面に窒化物層が形成された鋼材を準備し、前記発明(1)〜(3)のいずれか一つの処理液を窒化物層上に適用する適用工程と、適用工程後に処理液を乾燥させ、窒化物層上に化合物層保護膜を形成する保護膜形成工程と、保護膜形成工程後に、所定の加熱温度に到達するまで0.3〜5秒間の加熱を行い、その到達温度が750〜860℃である高周波焼入れ処理と、を有することを特徴とする焼き入れ鋼材の製造方法である。
【発明の効果】
【0018】
本発明の金属の窒素化合物層を有する鉄鋼部材の化合物層を高温酸化分解から保護する保護膜形成処理液、および化合物層保護膜によれば、窒化処理によって得られた化合物層上に本発明の化合物層保護膜を形成することにより、その後の高周波焼入れによる化合物層の酸化分解を効果的に抑制可能である。本発明によって得られた鉄鋼部材は、良好な摺動特性を有する化合物層が残存する結果、化合物層の特性に基づく機械的強度や耐摺動性,耐摩耗性等が維持される。さらに、拡散した窒素により焼入れ性が向上している鉄鋼部材は、高周波焼入れにより深い硬化深さ、及び高い硬度を得ることができるため、面圧強度、耐摩耗性、曲げ疲労強度について高い機械的強度を要求する機械構造部品用途に対し好適に利用可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明の適用対象となる鉄鋼材料は、特に限定されず、例えば、炭素鋼、低合金鋼、中合金鋼、高合金鋼、鋳鉄等を挙げることができる。コストの点から好ましい材料は、炭素鋼や低合金鋼等である。例えば、炭素鋼としては機械構造用炭素鋼鋼材(S20C〜S58C)が好適であり、低合金鋼としては、ニッケルクロム鋼鋼材(SNC236〜836)、ニッケルクロムモリブデン鋼鋼材(SNCM220〜815)、クロムモリブデン鋼鋼材(SCM415〜445、822)、クロム鋼鋼材(SCr415〜445)、機械構造用マンガン鋼鋼材(SMn420〜443)、マンガンクロム鋼鋼材(SMnC420、443)等が好適である。これらの鋼材は、必ずしも調質を行うことによって焼入れ性を保証した調質鋼材(H材)を用いる必要は無く、調質されていないフェライト−パーライト組織ままのならし鋼材を用いてもよい。コストの点から好ましい材料は、炭素鋼、低合金鋼等である。また、本発明では合金鋼の方が高い表面硬度が得られる傾向はあるものの、窒素による効果IIの焼入れ性向上作用の為、炭素鋼であっても十分に深い硬化深さが得られる。さらに本発明では窒素による効果IIにより、必ずしも調質鋼を用いる必要は無く、非調質鋼であるフェライト−パーライト組織の鋼でも十分な機械強度を得られる。
【0020】
本発明における鉄鋼材料表面の窒素化合物層は、鉄鋼材料の表面に活性窒素を拡散させ、硬質で安定な窒化物を生成する表面硬化処理によって得られる。窒素化合物層である限り特に限定されないが、通常は母材成分であるFeを主体とし、Ti、Zr、Mo、W、Cr、Mn、Al、Ni、C、B、Si等を含む窒化物からなる層であることが好ましい。窒素化合物層の形成方法としては、タフトライド処理、イソナイト処理、パルソナイト処理等の塩浴窒化処理、ガス軟窒化処理、イオン窒化処理、プラズマ窒化処理等、効果Iを有する窒素化合物層およびその直下に窒素が拡散した領域が形成される手法であれば何れの窒化方法でも用いることができる。効果Iを有するための窒素化合物層が形成されるための窒化熱処理温度として、600℃以下であることが好ましく、さらに好ましくは580℃以下、さらに好ましくは570℃以下であることが好ましい。600℃を上回る処理温度で得られる窒素化合物層の厚さは増すが、硬度が低下するため効果Iがもはや期待できなくなる。尚、下限は特に限定されないが、例えば350℃である。
高周波焼入れ前の窒化処理により得られる窒素化合物層の厚さは特に限定されないが、通常は1〜30μmの厚さで形成されていれば良く、さらに好ましくは2〜20μmであり、さらに好ましくは3〜15μmである。
【0021】
本発明では、鋼材に窒素化合物層を形成後に、この窒素化合物層を保護するための処理液を用いて保護皮膜を形成する。この処理液は、Si、Ti、Zr、Hf、V、Ta、Ca、Ce、Sc、Nb、Cr、W、Al、Sr、Zn、Mg及びMoからなる群の中から選択される少なくとも1種を含有し、りん酸イオン、縮合りん酸イオン、亜りん酸イオン、フッ化物イオン、炭酸イオン及びケイ酸イオンからなる群の中から選択される少なくとも1種のアニオンを0.1〜60g/L含有し、その処理液のpHが4〜14である水系処理液であることが好ましい。本発明における水系処理液とは、溶媒が単一相からなり、その溶媒中の水の含有量が30質量%以上、より好ましくは80質量%以上、更に好ましくは95質量%以上であるものをいう。溶媒中の水の含有量が多い程、保護膜形成時の大気中への炭素化合物の飛散が少なく環境負荷が小さくなるため、環境側面から水の含有量は多いほどが好ましい。
【0022】
この処理液中に、Si、Ti、Zr、Hf、V、Ta、Ca、Ce、Sc、Nb、Cr、W、Al、Sr、Zn、Mg及びMoからなる群の中から選択される少なくとも1種を含有する濃度は、その塗布法、及びその塗布繰り返し回数によって化合物層保護膜を所定付着量とすることができる濃度であれば良く、例えば0.5〜100g/Lの含有量とすれば良い。
【0023】
本発明の処理液は、Si、Ti、Zr、Hf、V、Ta、Ca、Ce、Sc、Nb、Cr、W、Al、Sr、Zn、Mg及びMoからなる群の中から選択される少なくとも1種の溶解したイオン並びに/又はSi、Ti、Zr、Hf、Nb、Cr、W、Al、Sr及びMoからなる群の中から選択される少なくとも1種を含む平均粒径が4〜40nmからなる分散粒子と、Si、Ti、Zr、Hf、V、Ta、Ca、Ce、Sc、Nb、Cr、W、Al、Sr、Zn、Mg及びMoからなる群の中から選択される少なくとも1種を含む平均粒径が40〜400nmからなる分散粒子と、をともに含有し、前者が乾燥固形状態として占める質量と、後者が乾燥固形状態として占める質量との比が1:10〜10:1であることが好ましい。尚、本明細書における平均粒径は、例えば動的光散乱法による粒径分布測定装置を用いて測定可能である。
Si、Ti、Zr、Hf、V、Ta、Ca、Ce、Sc、Nb、Cr、W、Al、Sr、Zn、Mg及びMoは、その後に行われる高周波加熱時に窒素化合物層の分解や酸化を防ぐための保護膜の主たる成分であり、その酸化物が熱的、化学的に安定なものである。特に、Si、Ti、Zr、Ce、Cr、W、Al、Moは、これら金属化合物中でのイオンの拡散速度が小さいためより好ましい。
【0024】
保護膜の主成分であるSi、Ti、Zr、Hf、V、Ta、Ca、Ce、Sc、Nb、Cr、W、Al、Sr、Zn、Mg及びMoは、造膜成分と応力緩和成分の2つから構成されることが好ましい。造膜成分としては、上記の成分がイオン、オキソ酸イオン、ペルオキソ酸イオン、あるいは錯イオンとして溶解していることであり、もしくは表面に活性点の多い4〜40nmと非常に細かい粒子として液中分散していることである。
保護膜の応力緩和成分としては、Si、Ti、Zr、Hf、V、Ta、Ca、Ce、Sc、Nb、Cr、W、Al、Sr、Zn、Mg、及びMoからなる群の中から選択される少なくとも1種を含む平均粒径が40〜400nmからなる分散粒子、を含有することが好ましい。
造膜成分と応力緩和成分の分散粒子は、例えば、酸化物、水酸化物、窒化物、フッ化物、炭酸塩、りん酸塩化合物を用いることができる。造膜成分の分散粒子は、結晶性のものよりもアモルファスのものの方が表面の活性点が多く造膜性が良好であるため好ましい。応力緩和成分の分散粒子は、アモルファスのものよりも結晶性のものの方が、加熱時の体積収縮が小さく、また化学的・物理的に安定で保護皮膜としての効果が高くなるため好ましい。
【0025】
応力緩和成分単体のみを塗布しても、反応性が低く平均粒子径が大きいために造膜性に乏しく、その結果、皮膜としての連続性・密着性が弱いため、保護皮膜としての作用が不十分となる場合がある。
造膜成分単体のみを塗布した場合、窒素化合物層上に連続皮膜を形成できるが、乾燥時の大きな体積収縮で生じる保護皮膜内の応力を緩和できず、保護膜に亀裂や剥離が生じる場合がある。また、造膜成分は結合の反応性が高い反面、化学的・物理的な安定性が十分とは言えず、保護皮膜としての作用が必ずしも発揮されない場合がある。
上記の理由により、造膜成分と応力緩和成分を、共に皮膜内に取り込み形成させ、乾燥固形状態(焼入れ前の保護皮膜内での乾燥固体状態)として占める両者の質量比が1:10〜10:1とすることが、最も保護皮膜としての作用が高くなる。より好ましくは1:5〜5:1であり、さらに好ましくは1:3〜3:1である。ここで、本特許請求の範囲及び本明細書における「乾燥固体状態」とは、原料である金属含有成分がすべて酸化物になったことを想定した酸化物換算値を指す。尚、実際には、揮発したり他の形態で存在する形態や原料成分の形態で留まる成分も存在することがあるが、本特許請求の範囲及び本明細書における「乾燥固体状態」は、あくまで原料ベースでの想定値(理論値)である。
【0026】
りん酸イオン、縮合りん酸イオン、亜りん酸イオン、フッ化物イオン、炭酸イオン、ケイ酸イオンは、特に処理液を塗布乾燥させる際、効果的に窒素化合物層の分解や酸化を防ぐ働きをする。
前述のように、特開2008−038220号記載の手法では、必ずしも窒素化合物層の酸化防止に対して十分とは言えず、状況によっては高周波加熱後に窒素化合物層の表層の一部が酸化分解する場合があった。本発明者等はその要因を鋭意調査した結果、保護膜に求められる役割は、保護膜形成後に行われる高周波加熱時に生じる窒素化合物層の分解や酸化を防ぐことにあるのみでなく、まず第一に、保護膜そのものの形成時に窒素化合物層の分解や酸化を防ぐことが必須であることを見出した。窒素化合物層は鉄素地そのものよりも耐食性は高いものの、処理液が塗布され保護膜として固着乾燥するまでの、特にウェットの半乾燥で50℃以上に加温されている時、分解や酸化を生じやすい。ウェットで50〜200℃程度の温度負荷時は、ウェットである故、場合によっては750〜860℃で行われるドライな保護皮膜での高周波加熱負荷の場合より、窒素化合物層の分解や酸化を生じやすくなる。
処理液中にりん酸イオン、縮合りん酸イオン、亜りん酸イオン、フッ化物イオン、炭酸イオン、ケイ酸イオンを添加することによって、処理液を塗布乾燥させる際、窒素化合物層の分解や酸化を防ぐメカニズムは必ずしも明らかで無いが、これら化合物はいずれも鉄の不動態化を促進する働きがあることが知られており、窒素化合物層の溶解に対しても同様な働きをし、溶解を抑制すると考えられる。りん酸イオン、縮合りん酸イオン、亜りん酸イオン、フッ化物イオン、炭酸イオン及びケイ酸イオンからなる群の中から選択される少なくとも1種のアニオンを0.1〜60g/L含有するのが好ましく、より好ましくは、0.5〜30g/Lであり、さらに好ましくは1〜10g/Lである。0.1g/L以下の含有ではその添加による効果が十分には現れず、また60g/Lを越える量は既にその効果が飽和しコスト的に不利となる。
本発明の処理液は水系であるため、鋼素地の腐食を防ぐためにpHが鉄の不動態領域である4〜14であることが好ましい。より好ましくは、7〜13であり、さらに好ましくは8〜12である。尚、本処理液が液体媒体として水の他に溶剤を含有する場合には、前述のpH値は液体媒体を水のみとした場合のpHとする。
【0027】
本発明の処理液は、さらにアミン類を0.1〜400g/L含むことが好ましい。より好ましくは、0.5〜200g/Lであり、さらに好ましくは1〜100g/Lである。このアミン類は所定のpHに処理液を保ち、また窒素化合物層の表面への吸着性が高く、窒素化合物層を鉄の不動態領域と同じ安定な状態とするために添加される。またこれらアミン類は、高周波加熱時の窒素化合物層の酸化・分解を抑制する効果も有するが、この機構として本発明者等は高周波加熱時にアミン類が窒素を放出しその窒素が窒素化合物層側へ拡散するためと推測している。添加されるアミン類としては、例えば、アンモニア、尿素、メチルアミン、エチルアミン 、トリメチルアミン、トリエチルアミン 、トリエタノールアミン 、N,N-ジイソプロピルエチルアミン、ピペリジン、ピペラジン 、モルホリン、ピリジン 、4-ジメチルアミノピリジン 、エチレンジアミン 、テトラメチルエチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン、アニリン、カテコールアミン 、フェネチルアミン等、を使用することができる。これらのいずれもが加熱時に分解や揮発可能なものである。ここでpH保持のために、例えばアルカリ金属等の不揮発なものを用いると、乾燥固着された保護皮膜内に残留し、特にLiイオン、Naイオン、Kイオンは高温負荷時に保護皮膜内を容易に移動でき酸化防止剤としての効果が低下する要因となる場合があるため、できるだけ使わない方が好ましい。
【0028】
なお、本発明の処理液には、消泡剤や被塗面に均一な皮膜を得るための濡性向上剤と呼ばれる界面活性剤、増粘剤、その他の有機/無機添加を補助的に適宜添加することもできる。
【0029】
また、本発明に係る処理液中の各成分(Si等の第一成分、りん酸イオン等のアニオンである第二成分、アミン類である第三成分等)は、同一原料に由来してもよい。例えば、実施例1における一原料である炭酸ジルコニウムアンモニウムは、第一成分としてジルコニウム、第二成分として炭酸イオン、第三成分としてアンモニウムを液中に供給する。更には、本発明に係る処理液中の一成分が複数の成分としての機能を有していてもよい。例えば、ケイ酸イオンは、第一成分としてのSiでもあるし、第二成分としてのアニオンでもある。更には、処理液中のこれら成分の存在形態は、相互に分離した状態であってもよいし、例えば錯体等の複合体として存在してもよい。尚、本発明における各成分の数値は、原料ベースで算出するものとする(反応生成物の数値については原料の数値から推定)。ここで、ある成分が複数の成分として機能する場合には、相互に独立して各成分の数値を算出する。具体的には、ある成分(含有量又は添加量A)が例えば第一成分としても第二成分としても機能する場合には、含有量Aに基づき第一成分量を算出し、含有量Aに基づき第二成分量を算出する。また、液中で複数の成分が複合体として存在している場合も同様である。
【0030】
処理液の塗布方法は特に限定されないが、ディップコート法、スピンコート法、スプレー法、刷毛塗りなどを用いることができる。塗布時の皮膜乾燥・焼成温度は、好ましくは60〜550℃で行えば良く、より好ましくは100〜400℃であり、さらに好ましくは120〜300℃である。加温時間は、例えば30秒〜60分間とし雰囲気にさらし、十分に固化乾燥・固着させれば良い。乾燥時の雰囲気は不活性な雰囲気が好ましいが、大気雰囲気でも良い。鋼部品形状によっては液溜まり部での高温かつ長時間ウェットが保たれる厳しい状態を避けるため、室温や50℃以下において送風乾燥させた後、所定温度で焼成する多段階の加熱方法を採っても良い。また、所定の膜厚とするために塗布乾燥を複数回繰り返し行い、膜厚調整をしても良い。
【0031】
本発明における化合物層保護膜は、鋼材に対し窒化処理後に形成される窒化物層上に乾燥固形状態として被覆されるSi、Ti、Zr、Hf、V、Ta、Ca、Ce、Sc、Nb、Cr、W、Al、Sr、Zn、Mg及びMoからなる群の中から選択される少なくとも1種の金属を含有するものであって、該金属換算の合計で0.05〜3g/m2の範囲で形成される。より好ましくは0.1〜1g/m2である。
該金属換算の合計が0.05g/m2未満では窒化物層の保護効果が不十分となり、また、3000mg/m2を超えると既に効果が飽和するためコスト的に好ましく無い。この該金属換算の合計付着量が3000mg/m2の時、その皮膜厚さは2〜4μm程度であり、ミリオーダーの皮膜を被覆する特許文献7に比べ圧倒的に薄く、焼入れ性を阻害しない厚さとなっている。
【0032】
化合物層保護膜を形成した後に行う高周波焼入れとして、750〜860℃に設定された所定の加熱温度に到達するように、0.3〜5秒間加熱することによる高周波加熱に供される。所定の温度に到達後は、冷却剤によって直ちに冷却されることによって、窒素を含有する微細なマルテンサイト組織を得ることができる。加熱温度について、より好ましい加熱温度は770〜840℃であり、さらに好ましい加熱温度は780〜830℃である。また加熱時間について、より好ましい加熱時間は0.8〜3秒間で、さらに好ましくは1〜2秒間である。
750℃以下の加熱では窒素が入っているとは言え、この温度では十分にオーステナイト化されないため焼入れ不十分となる。加熱が860℃を上回る温度では、もはや化合物層保護膜の作用が効かなくなり、化合物層の分解を抑制しきれず、また、化合物層直下のマルテンサイト組織中に過剰な残留オーステナイトが発生しやすくなるため好ましく無い。加熱時間が0.3秒以下の加熱では窒素が拡散しているとは言え、十分にオーステナイト化されないため焼入れ不十分となる。5秒を上回る加熱時間では、もはや加熱時間の効果がほぼ飽和する上、化合物層保護膜の作用が低下するため好ましく無い。
本発明の化合物層保護膜を用いることにより、高周波加熱時の雰囲気が大気中であっても、窒素化合物層は酸化や分解から十分に抑制される。また、設備導入が可能であれば、高周波加熱時の雰囲気は、真空雰囲気、アルゴンガスや窒素ガスによる不活性雰囲気、低酸素雰囲気、炭化水素系の還元性雰囲気、アンモニアガス雰囲気等で行うこともできる。
高周波加熱時、処理物が大きい場合などは、予備加熱を含めた多段の昇温法を適宜行うことができる。高周波加熱による焼入れ後は、通常の焼入れ手法と同様に適当な条件にて焼き戻し処理を行っても良い。
【0033】
一連の熱処理終了後、本発明による処理品を機械部品として組み込む際、化合物層保護膜は除去しても除去しなくても良く、必要に応じて選定することができる。化合物層保護膜の除去は、化合物層に比べ硬度が低いため容易にでき、例えばラッピング処理、エメリー紙研磨、バフ研磨、ショットブラスト、ショットピニング等によって適宜行うことができる。
【0034】
高周波加熱後、本発明の化合物層保護膜によって窒素化合物層は残存するが、窒素化合物層は高周波加熱前の化合物層状態に対し必ずしも100%残存する必要は無く、最低膜厚として1μm以上の化合物層厚さが確保されていれば良い。より好ましくは2μm以上の残存であり、さらに好ましくは3μm以上である。窒素化合物層の酸化を受けた部位が表層に存在する場合、そこは脆く硬度が低いため、前述の化合物層保護膜の除去作業工程を行った場合は、保護膜とともにほとんどが除去されることになる。
【0035】
以上のような複合熱処理によって、表面に1〜30μmの厚みを有する窒素化合物層を有し、その直下から内部に向かって漸減する硬度分布を有する窒素を含有する微細マルテンサイト組織を含む硬質層を兼ね備え、窒素化合物層の硬度がビッカーズ硬度換算でHV630以上であり、微細マルテンサイト組織を含む硬質層のHV550を越える硬度領域が表面からの距離で200μm以上、好ましくは400μm以上、さらに好ましくは600μm以上存在する硬度分布を持つ鉄鋼材料を得ることができる。尚、上限は特に限定されないが、例えば1.5mmである。
【0036】
以上の本発明の処理によって、窒素化合物層の効果I、IIを兼ね備える機械部品が得られる。すなわち、本発明の処理が施された機械部品は、最表面に形成された窒素化合物層による高い摺動性、耐焼付き性を有し、かつ、窒素含有微細マルテンサイト組織による高い焼き戻し軟化抵抗、亀裂発生・亀裂成長抵抗性、耐面圧強度、高疲労強度、深い硬化深さを有している。
【0037】
本発明による複合熱処理による高周波加熱による焼入れは750〜860℃であり、通常900℃を越える温度で行う高周波焼入れや浸炭焼入れに対して、焼入れ温度は十分に低い。これは熱変形や焼き割れにおいて極めて有利であり、一般的な高周波焼入れや浸炭焼入れ後に行う寸法精度調整の為の後切削工程の大幅な低減を可能とするものである。
先に述べたように本発明の適用対象となる鉄鋼材料は、窒素による効果IIの焼入れ性向上作用の為、必ずしも調質鋼を用いる必要は無く、非調質鋼であるフェライト−パーライト組織の鋼でも十分な機械強度を得られる。また合金鋼の方がやや高い表面硬度が得られる傾向はあるものの、窒素による効果IIにより、安価な炭素鋼であっても十分に深い硬化深さが得られる。例えば、S45Cなどの機械構造用炭素鋼においても、十分な硬度、かつ十分な深さの硬度プロファイルを持つ熱処理材となる。また、そのS45Cでさえ、必ずしも調質材である必要は無く、非調質のフェライト−パーライト組織の鋼部材に本発明の熱処理を適用しても、十分なマルテンサイト変態を生じ、十分な機械的強度を有する熱処理機械部品となりえる。
以上のように本発明の適用により、部品の機械強度の向上、切削工程の低減や安価な材料への切り替えによって、部品の小型化による機械部品全体の小型・軽量化、および窒化処理と高周波焼入れとの複合処理によるコスト増を補って余るだけの実質コストの低減が可能となる。
【0038】
本発明の高周波焼入れによる焼入れ手法の置き換えとして、例えば長くとも数秒の短時間加熱によるレーザー焼入れ、あるいは数ミリ秒の短時間加熱となる衝撃焼入れによって、窒化処理後に本発明の化合物層保護皮膜を形成した部品に焼入れを行った場合は、窒化物層は十分に保護され、その層の下の鋼素地部分は用いた焼入れ手法に応じた焼入れ組織を得ることができる。
【0039】
次に、本発明に係る焼入れ鉄鋼材料の用途について説明する。本発明に係る焼入れ鉄鋼部材は、高負荷・高面圧領域で使用されるものに好適である。鉄鋼部材の形状、部品種は特に限定されず、例えば、軸、歯車、ピストン、シャフト、カム等を挙げることができ、自動車や建機のミッション関連部品、パワートレイン用部品に好適である。
【実施例】
【0040】
以下に本発明の実施形態について実施例を挙げて説明するが、本発明の範囲は、以下の実施例に限定されるものでは無い。
【0041】
<実施例1>
基材として直径8mm、長さ50mmのSCM435調質材を使用し、この表面を脱脂洗浄したのち、溶融塩浴中において560℃で2時間塩浴軟窒化処理(イソナイト処理:日本パーカライジング(株)製)して油冷し、鋼材表面に厚さ約10μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成した。
【0042】
炭酸ジルコニウムアンモニウムによるジルコニウム溶解液をジルコニウム換算で22.2g/L(炭酸イオンとしては11g/L)、平均粒径50nmの酸化ジルコニウム粒子(結晶構造は正方晶)をジルコニウム換算で7.4g/L、オルトリン酸アンモニウムをりん酸イオンとして1g/L、及びメチルアミン11g/Lを各々含有するpH9.5の処理液を準備した。基材にディップコーティング法を用いてこの処理液を塗布し、余分な液を除去した後に40℃×10分で乾燥させる工程を3回繰り返し、最後に200℃で10分間焼成した。基材上のZr付着量を蛍光X線分析装置で測定したところ、Zrとしての付着量は520mg/m2であった。この保護皮膜において、計算される造膜成分の酸化ジルコニウムと応力緩和成分の酸化ジルコニウムについて、造膜成分/応力緩和成分の比率は3であった。
【0043】
このようにして酸化ジルコニウムを含む化合物層保護膜を窒素化合物層上に形成した鋼材に対し、さらに高周波焼入れ装置を使用して加熱開始後1秒で820℃に達した後、直ちに加熱を停止して、冷却を行い焼入れを行った。後に鋼材表面をショットブラストし化合物層保護膜のみを除去した。
【0044】
<実施例2>
基材として直径8mm、長さ50mmのS45C調質材を使用し、この表面を脱脂洗浄したのち、溶融塩浴中において560℃で2時間塩浴軟窒化処理(イソナイト処理:日本パーカライジング(株)製)して油冷し、鋼材表面に厚さ約13μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成した。
【0045】
平均粒径が7nmの高分子チタン水酸化物のゾル粒子(結晶構造は非晶質)をチタン換算で9.0g/L、平均粒径45nmの酸化チタン粒子(結晶構造はアナターゼ)をチタン換算で15.0g/L、ピロリン酸をピロリン酸イオンとして4g/L、及びモルホリン50g/Lを各々含有するpH9.0の処理液を準備した。基材にディップコーティング法を用いてこの処理液を塗布し、余分な液を除去した後に150℃×20分で乾燥させる工程を2回繰り返し焼成した。基材上のチタン付着量を蛍光X線分析装置で測定したところ、Tiとしての付着量は250mg/m2であった。この保護皮膜において、計算される造膜成分の酸化チタンと応力緩和成分の酸化チタンについて、造膜成分/応力緩和成分の比率は0.6であった。
【0046】
このようにして酸化チタンを含む化合物層保護膜を窒素化合物層上に形成した鋼材に対し、さらに高周波焼入れ装置を使用して加熱開始後1秒で820℃に達した後、直ちに加熱を停止して、冷却を行い焼入れを行った。後に鋼材表面をショットブラストし化合物層保護膜を除去した。
【0047】
<実施例3>
基材として直径8mm、長さ50mmのS45C非調質材(フェライト・パーライト組織)を使用し、この表面を脱脂洗浄したのち、溶融塩浴中において560℃で1時間塩浴軟窒化処理(イソナイト処理:日本パーカライジング(株)製)して水冷し、鋼材表面に厚さ約12μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成した。
【0048】
ケイ酸ナトリウムをSi換算で18.7g/L(ケイ酸イオンとしては50.6g/L)、平均粒径30nmの酸化ケイ素粒子をケイ素換算で4.7g/Lを各々含有するpH13.1の処理液を準備した。基材にスプレー法を用いてこの処理液を塗布し、余分な液を除去した後に320℃×10分で焼成した。基材上のSi付着量を蛍光X線分析装置で測定したところ、Siとしての付着量は70mg/m2であった。
【0049】
このようにしてシリカを含む化合物層保護膜を窒素化合物層上に形成した鋼材に対し、さらに高周波焼入れ装置を使用して加熱開始後1秒で820℃に達した後、直ちに加熱を停止して、冷却を行い焼入れを行った。後に鋼材表面をショットブラストし化合物層保護膜を除去した。
【0050】
<実施例4>
基材として直径8mm、長さ50mmのSCM440調質材を使用し、この表面を脱脂洗浄したのち、570℃で24時間のアンモニア雰囲気でのガス窒化処理し、鋼材表面に厚さ約8μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成した。
【0051】
ケイ酸ナトリウムをSi換算で20g/L(ケイ酸イオンとしては9.4g/L)、平均粒径45nmの酸化チタン粒子(結晶構造はアナターゼ)をTi換算で6.0g/Lを各々含有するpH12.5の処理液を準備した。基材に刷毛塗りによってこの処理液を塗布し、余分な液を除去した後に50℃×10分で2回繰り返し仮焼きし、後に150℃で30分の焼成をした。基材上のSiとTiの合計付着量を蛍光X線分析装置で測定したところ、合計付着量は230mg/m2であった。この保護皮膜において、計算される造膜成分のシリカ(酸化ケイ素)と応力緩和成分の酸化チタンについて、造膜成分/応力緩和成分の比率は2であった。
【0052】
このようにしてシリカと酸化チタンを含む化合物層保護膜を窒素化合物層上に形成した鋼材に対し、さらに高周波焼入れ装置を使用して加熱開始後0.8秒で830℃に達した後、直ちに加熱を停止して、冷却を行い焼入れを行った。後に鋼材表面をショットブラストし化合物層保護膜を除去した。
【0053】
<実施例5>
基材として直径8mm、長さ50mmのSCM440非調質材(フェライト・パーライト組織)を使用し、この表面を脱脂洗浄したのち、RXガスとアンモニアとの混合雰囲気での570℃で3時間のガス軟窒化処理し、鋼材表面に厚さ約12μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成した。
【0054】
フッ化クロムをCr換算で14.3g/L(フッ化物イオンとしては18g/L)、オルトリン酸をリン酸イオンとして10g/L、およびアンモニアを5.4g/Lを各々含有するpH5.0の処理液を準備した。基材にディップコーティング法を用いてこの処理液を塗布し、余分な液を除去した後に120℃×30分で焼成した。基材上のCr付着量を蛍光X線分析装置で測定したところ、Crとしての付着量は180mg/m2であった。
【0055】
このようにして酸化クロムを含む化合物層保護膜を窒素化合物層上に形成した鋼材に対し、さらに高周波焼入れ装置を使用して加熱開始後1秒で820℃に達した後、直ちに加熱を停止して、冷却を行い焼入れを行った。後に鋼材表面をショットブラストし化合物層保護膜を除去した。
【0056】
<実施例6>
基材として直径8mm、長さ50mmのS45C調質材を使用し、この表面を脱脂洗浄したのち、窒素ガスと水素ガスとの混合雰囲気での570℃で40時間のプラズマ窒化処理し、鋼材表面に厚さ約15μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成した。
【0057】
ジルコンフッ化水素酸を酸化ジルコニウム換算で20g/L(Zrとして14.8g/L、フッ化物イオンとして18.5g/L)、エチルアミンを3g/L、及びオルトリン酸をリン酸イオンとして5g/Lを各々含有するpH4.5の処理液を準備した。処理液はジルコンフッ化水素酸のジルコニウムのうち50%が平均粒径50nmの水酸化ジルコニウム粒子となり、分散し白濁していた。基材にディップコーティング法を用いてこの処理液を塗布し、余分な液を除去した後に180℃×20分で焼成する工程を10回繰り返した。基材上のZr付着量を蛍光X線分析装置で測定したところ、Zrとしての付着量は1200mg/m2であった。この保護皮膜において、計算される造膜成分の酸化ジルコニウムと応力緩和成分の酸化ジルコニウムについて、造膜成分/応力緩和成分の比率は1であった。
【0058】
このようにして酸化ジルコニウムを含む化合物層保護膜を窒素化合物層上に形成した鋼材に対し、さらに高周波焼入れ装置を使用して加熱開始後1.5秒で800℃に達した後、直ちに加熱を停止して、冷却を行い焼入れを行った。後に鋼材表面をショットブラストし化合物層保護膜を除去した。
【0059】
<実施例7>
基材として直径8mm、長さ50mmのSCM440調質材を使用し、この表面を脱脂洗浄したのち、溶融塩浴中において560℃で1時間塩浴軟窒化処理(イソナイト処理:日本パーカライジング(株)製)して油冷し、鋼材表面に厚さ約7μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成した。
【0060】
タングステン酸アンモニウムを酸化タングステン換算で60g/L(Wとして47.6g/L)、トリポリリン酸をトリポリリン酸イオンとして0.5g/L、アンモニアをタングステン酸アンモニウムからの成分と合わせ20g/Lを各々含有するpH7.8の処理液を準備した。基材にディップコーティング法を用いてこの処理液を塗布し、余分な液を除去した後に180℃×30分で焼成した。基材上のW付着量を蛍光X線分析装置で測定したところ、Wとしての付着量は150mg/m2であった。
【0061】
このようにして酸化タングステンを含む化合物層保護膜を窒素化合物層上に形成した鋼材に対し、さらに高周波焼入れ装置を使用して加熱開始後0.8秒で860℃に達した後、直ちに加熱を停止して、冷却を行い焼入れを行った。後に鋼材表面をショットブラストし化合物層保護膜を除去した。
【0062】
<実施例8>
基材として直径8mm、長さ50mmのSCM440調質材を使用し、この表面を脱脂洗浄したのち、溶融塩浴中において560℃で2時間塩浴軟窒化処理(イソナイト処理:日本パーカライジング(株)製)して油冷し、鋼材表面に厚さ約9μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成した。
【0063】
平均粒径が5nmのジルコニウム酸化物のゾル粒子(結晶構造は非晶質)をジルコニウム換算で7.4g/L、平均粒径70nmの酸化ジルコニウム粒子(結晶構造は正方晶)をジルコニウム換算で22.2g/L、ピロリン酸をピロリン酸イオンとして4g/L、及びアンモニア9g/Lを各々含有するpH9.5の処理液を準備した。基材にディップコーティング法を用いてこの処理液を塗布し、余分な液を除去した後に50℃×20分で仮焼きし、のち200℃で30分焼成した。基材上のZr付着量を蛍光X線分析装置で測定したところ、Zrとしての付着量は280mg/m2であった。この保護皮膜において、計算される造膜成分の酸化ジルコニウムと応力緩和成分の酸化ジルコニウムについて、造膜成分/応力緩和成分の比率は0.3であった。
【0064】
このようにして酸化ジルコニウムを含む化合物層保護膜を窒素化合物層上に形成した鋼材に対し、さらに高周波焼入れ装置を使用して加熱開始後1秒で790℃に達した後、直ちに加熱を停止して、冷却を行い焼入れを行った。後に鋼材表面をショットブラストし化合物層保護膜を除去した。
【0065】
<実施例9>
基材として直径8mm、長さ50mmのSCM440調質材を使用し、この表面を脱脂洗浄したのち、溶融塩浴中において560℃で2時間塩浴軟窒化処理(イソナイト処理:日本パーカライジング(株)製)して油冷し、鋼材表面に厚さ約9μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成した。
【0066】
アルミン酸カリウムをアルミニウム換算で10.3g/L、ピロリン酸をピロリン酸イオンとして12g/L、及びモルホリン42g/Lを各々含有するpH8.5の処理液を準備した。処理液中には、平均粒径25nmの水酸化アルミニウムの高分子体が生成し白濁していた。基材にディップコーティング法を用いてこの処理液を塗布し、余分な液を除去した後に150℃×30分焼成した。基材上のAl付着量を蛍光X線分析装置で測定したところ、Alとしての付着量は150mg/m2であった。
【0067】
このようにして酸化アルミニウムを含む化合物層保護膜を窒素化合物層上に形成した鋼材に対し、さらに高周波焼入れ装置を使用して加熱開始後3秒で780℃に達した後、直ちに加熱を停止して、冷却を行い焼入れを行った。後に鋼材表面をショットブラストし化合物層保護膜を除去した。
【0068】
<比較例1>
基材として直径8mm、長さ50mmのSCM440調質材を使用し、この表面を脱脂洗浄したのち、溶融塩浴中において560℃で1時間塩浴軟窒化処理(イソナイト処理:日本パーカライジング(株)製)して油冷し、鋼材表面に厚さ約7μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成した。これに化合物層保護膜を塗布せずに、さらに高周波焼入れ装置を使用して加熱開始後1秒で860℃に達した後、直ちに加熱を停止して、冷却を行い焼入れを行った。
【0069】
<比較例2>
基材として直径8mm、長さ50mmのSCM440調質材を使用し、この表面を脱脂洗浄したのち、溶融塩浴中において560℃で1時間塩浴軟窒化処理(イソナイト処理:日本パーカライジング(株)製)して油冷し、鋼材表面に厚さ約7μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成した。
【0070】
フッ化クロムをCr換算で14.3g/L(フッ化物イオンとしては18g/L)、オルトリン酸をリン酸イオンとして50g/L、およびアンモニアを5.4g/Lを各々含有するpH2.5の処理液を準備した。基材にディップコーティング法を用いてこの処理液を塗布し、余分な液を除去した後に120℃×30分で焼成した。基材上のCr付着量を蛍光X線分析装置で測定したところ、Crとしての付着量は210mg/m2であった。
【0071】
このようにして酸化クロムを含む化合物層保護膜を窒素化合物層上に形成した鋼材に対し、さらに高周波焼入れ装置を使用して加熱開始後0.8秒で860℃に達した後、直ちに加熱を停止して、冷却を行い焼入れを行った。後に鋼材表面をショットブラストし化合物層保護膜を除去した。
【0072】
<比較例3>
基材として直径8mm、長さ50mmのSCM440調質材を使用し、この表面を脱脂洗浄したのち、溶融塩浴中において560℃で1時間塩浴軟窒化処理(イソナイト処理:日本パーカライジング(株)製)して油冷し、鋼材表面に厚さ約7μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成した。
【0073】
タングステン酸アンモニウムを酸化タングステン換算で60g/L(Wとして47.6g/L)、アンモニアをタングステン酸アンモニウムからの成分と合わせ20g/Lを各々含有するpH8.8の処理液を準備した。基材にディップコーティング法を用いてこの処理液を塗布し、余分な液を除去した後に180℃×30分で焼成した。基材上のW付着量を蛍光X線分析装置で測定したところ、Wとしての付着量は160mg/m2であった。
【0074】
このようにして酸化タングステンを含む化合物層保護膜を窒素化合物層上に形成した鋼材に対し、さらに高周波焼入れ装置を使用して加熱開始後0.8秒で860℃に達した後、直ちに加熱を停止して、冷却を行い焼入れを行った。後に鋼材表面をショットブラストし化合物層保護膜を除去した。
【0075】
(評価試験)
これらの処理を行った鋼材をマイクロカッターで切断し、樹脂中に埋め込み、金属顕微鏡により断面観察を行った。また、この埋め込みサンプルを用いて、マイクロビッカース硬度計を用いて断面硬度測定を行った。
【0076】
表1に評価の結果一覧を示す。表中の有効硬化深さとは、Hv550以上の硬度を有する部分の表面からの深さ(mm)である。例として図1、図2、及び図3にそれぞれ実施例1、7、及び比較例1の断面写真をそれぞれ示す。また、図4に実施例3、9の断面硬度分布を示す。
【表1】

【0077】
表1より、本発明の実施例1〜9においては、図1のように高周波焼入れ後においても表面の窒素化合物層が大きくダメージを受けることなく残存しており、さらに保護膜構成要素が造膜成分と応力緩和成分から構成される場合(実施例1、2、4、8)において、より効果的に窒素化合物層が保護されていた。化合物層保護膜の無い比較例1においては、図2のように全面が酸化している様子が観察された。また本発明の範囲外である比較例2、3も比較例1と同様に窒素化合物層の著しく酸化しており、保護膜としての作用が不十分であった。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】実施例1の鋼材の焼入れ後の窒素化合物層の断面写真
【図2】比較例7の鋼材の焼入れ後の窒素化合物層の断面写真
【図3】比較例1の鋼材の焼入れ後の窒素化合物層の断面写真
【図4】実施例3、9の鋼材の断面硬度分布

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材に対し窒化処理後に形成される窒化物層上に当該窒化物を保護するための保護膜を形成するための処理液であって、Si、Ti、Zr、Hf、V、Ta、Ca、Ce、Sc、Nb、Cr、W、Al、Sr、Zn、Mg及びMoからなる群の中から選択される少なくとも1種を含有し、りん酸イオン、縮合りん酸イオン、亜りん酸イオン、フッ化物イオン、炭酸イオン及びケイ酸イオンからなる群の中から選択される少なくとも1種のアニオンを0.1〜60g/L含有し、その処理液のpHが4〜14であることを特徴とする化合物層保護皮膜形成処理液。
【請求項2】
前記処理液が、少なくとも1種のアミン類を0.1〜400g/L含むことを特徴とする請求項1に記載の化合物層保護皮膜形成処理液。
【請求項3】
前記処理液が、Si、Ti、Zr、Hf、V、Ta、Ca、Ce、Sc、Nb、Cr、W、Al、Sr、Zn、Mg及びMoからなる群の中から選択される少なくとも1種の溶解したイオン並びに/又はSi、Ti、Zr、Hf、V、Ta、Ca、Ce、Sc、Nb、Cr、W、Al、Sr、Zn、Mg及びMoからなる群の中から選択される少なくとも1種を含む平均粒径が4〜40nmからなる分散粒子と、Si、Ti、Zr、Hf、V、Ta、Ca、Ce、Sc、Nb、Cr、W、Al、Sr、Zn、Mg及びMoからなる群の中から選択される少なくとも1種を含む平均粒径が40〜400nmからなる分散粒子と、をともに含有し、前者が乾燥固形状態として占める質量と、後者が乾燥固形状態として占める質量との比が1:10〜10:1であることを特徴とする請求項1又は2に記載の化合物層保護皮膜形成処理液。
【請求項4】
鋼材に対し窒化処理後に形成される窒化物層上に乾燥固形状態として被覆されるSi、Ti、Zr、Hf、V、Ta、Ca、Ce、Sc、Nb、Cr、W、Al、Sr、Zn、Mg及びMoからなる群の中から選択される少なくとも1種の金属を含有する化合物層保護膜であって、その化合物層保護膜が請求項1〜3のいずれか一項に記載の処理液から該金属換算の合計で0.05〜3g/m2の範囲で形成され、所定の加熱温度に到達するまで0.3〜5秒間の加熱を行い、その到達温度が750〜860℃である高周波焼入れ時に前記化合物層の分解を抑制することを特徴とする化合物層保護膜。
【請求項5】
窒化処理により表面に窒化物層が形成された鋼材において、請求項4に記載された化合物層保護膜が当該窒化物層上に形成された状態で、所定の加熱温度に到達するまで0.3〜5秒間の加熱を行い、その到達温度が750〜860℃である高周波焼入れ処理が施されたものであることを特徴とする焼き入れ鋼材。
【請求項6】
窒化処理により表面に窒化物層が形成された鋼材を準備し、請求項1〜3のいずれか一項記載の処理液を窒化物層上に適用する適用工程と、適用工程後に処理液を乾燥させ、窒化物層上に化合物層保護膜を形成する保護膜形成工程と、保護膜形成工程後に、所定の加熱温度に到達するまで0.3〜5秒間の加熱を行い、その到達温度が750〜860℃である高周波焼入れ処理と、を有することを特徴とする焼き入れ鋼材の製造方法。

【図4】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−32512(P2011−32512A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−178495(P2009−178495)
【出願日】平成21年7月31日(2009.7.31)
【出願人】(000229597)日本パーカライジング株式会社 (198)
【Fターム(参考)】