説明

窒素含有バナジウム被膜、その製造方法及び機械部材

【課題】 良好な耐摩耗性、高い硬度、基材への良好な密着性及び靭性等の特性を有し、且つ、適用可能な基材の範囲が広い、新規且つ有用な被膜を提供する。
【解決手段】 VxNy結晶を分散せしめた窒素含有バナジウム被膜である。前記VxNy結晶は、好ましくは、100原子当たり50〜99のバナジウム原子及び50〜1の窒素原子を含むものとする。前記窒素含有バナジウム被膜は、窒素の雰囲気中でバナジウムをスパッタリングすることによって形成することができる。好ましくは、前記スパッタリングを行う前にイオンボンバード処理を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒素含有バナジウム被膜とその製造方法に関するものである。本発明はまた、窒素含有バナジウム被膜を有する機械部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車両のエンジン及び変速機等に使用される摩擦摩耗部品や金型等の機械部材は、過酷な条件下での使用を前提としているため、それに耐え得るように、耐摩耗性、耐食性、耐焼き付き性等に優れていることが不可欠である。
【0003】
基材に対して前記の如き特性を付与するための一方法として、塩浴VC処理が知られている(特許文献1参照)。
【特許文献1】特開平3−202460号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前記処理方法においては、品質を安定させるために行うべき塩浴の適切が管理が大変であった。また、処理温度が1200℃程度と高いこと、及び、基材に含まれる炭素を利用して成膜する処理法であることにより、適用可能な基材の範囲に限りがある等の問題もあった。さらに、一定期間使用した塩浴は、産業廃棄物扱いとなるため、その処理に多大な手間やコストを要するほか、環境保護の点からも問題があった。
【0005】
本発明は、前記の如き事情に鑑みてなされたもので、良好な耐摩耗性、高い硬度、基材に対する良好な密着性及び靭性等の特性を有し、且つ、適用可能な基材の範囲が広い、新規且つ有用な被膜、及びその製造方法を提供しようとするものである。
【0006】
本発明はまた、前記被膜を有する機械部材を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため、本発明に係る被膜は、VxNy結晶が分散している窒素含有バナジウム被膜であることを特徴としている(請求項1)。VxNy結晶を分散させることにより、良好な耐摩耗性、高い硬度を得ることができる。
【0008】
好適な実施の一形態として、前記VxNy結晶は、100原子当たり50〜99のバナジウム原子及び50〜1の窒素原子を含むものとすることもできる(請求項2)。この組成のVxNy結晶とすることにより、良好な耐摩耗性、高い硬度に加えて、良好な密着性及び靭性を得ることができる。
【0009】
前記窒素含有バナジウム被膜は、窒素の雰囲気中でバナジウムをスパッタリングすることによって形成することができる(請求項3)。
【0010】
好適な実施の一形態として、前記スパッタリングを行う前にイオンボンバード処理を行うこともできる(請求項4)。
【0011】
好適な実施の一形態として、前記スパッタリングは、室温より高く300℃より低い温度で行うのが好ましい(請求項5)。
【0012】
また、本発明に係る機械部材は、窒素含有バナジウム被膜を基材の表面に有することを特徴とするものである(請求項6)。本発明に係る機械部材には、自動車用の摩耗摩擦部品等の機械部品や、金型等が含まれる。本発明に係る機械部材によれば、前記窒素含有クロム被膜の発明によって奏される作用効果と同一の作用効果が奏される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、添付図面を参照して、本発明を実施するための最良の形態について説明する。
【0014】
図1は、本発明の実施の一形態に係る窒素含有バナジウム被膜を基材の表面に形成するためのスパッタリング装置の概略図である。
【0015】
図1に示すスパッタリング装置10は、真空処理室1と、該真空処理室1内を真空状態にせしめるための真空ポンプ2と、前記真空処理室1内の中心部に配設された回転テーブル3と、該回転テーブル3上に治具5を介して載置された被処理部材としての基材4と、該基材4を取り囲むように配置された蒸発源としてのバナジウムターゲット6と、該各バナジウムターゲット6にそれぞれ接続された直流のスパッタ電源7と、前記回転テーブル3に接続された直流のイオンボンバード及びバイアス電源8と、前記真空処理室1内にアルゴンガス及び窒素ガスを導入するためのガス導入パイプ9と、を備えている。
【0016】
前記スパッタリング装置10によりスパッタリングを行うにあたっては、まず、前記真空ポンプ2を作動させ、前記真空処理室1について真空排気を実施する。次に、前記ガス導入パイプ9を介して、前記真空処理室1内に、アルゴンガス及び窒素ガスを導入してスパッタリングの雰囲気を形成する。スパッタリングプロセスの前に、必要に応じて、それ自体周知のイオンボンバード処理を行い、アルゴンイオンによって前記基材の表面の活性化を行うことが好ましい。
【0017】
スパッタリング工程においては、前記バナジウムターゲット6に前記スパッタ電源7の高電圧を印加して、前記バナジウムターゲット6の近傍でグロー放電(低温プラズマ)を生じさせる。これにより、放電領域内のアルゴンガスがイオン化して前記バナジウムターゲット6に高速で衝突し、その衝撃によって、前記バナジウムターゲット6からバナジウム原子が叩き出される。
【0018】
前記真空処理室1内には、前記アルゴンガスに加えて、窒素ガスも導入されている。このため、前記バナジウムターゲット6から叩き出されたバナジウム原子は、雰囲気中の窒素原子とともに前記基材4の表面に叩きつけられて堆積し、本実施の形態に係る窒素含有バナジウム被膜が形成される。この被膜中には、バナジウム原子と窒素原子との結合により形成されたVxNy結晶が分散・混在する。前記スパッタリングに際しては、前記被膜の厚さを均一ならしめるため、且つ、前記基材の温度をその焼戻し温度以下に維持するため、前記バナジウムターゲット6と前記基材4との間隔を55〜100mmに保つことが好ましい。
【0019】
VxNy結晶を混在させることで、窒素含有バナジウム被膜に、優れた耐摩耗性及び高い硬度をもたせることができる。
【0020】
前記被膜の組織調整は、スパッタリングプロセス中の圧力、窒素ガスの分圧やバイアス電圧の変更によって行うことができるが、前記VxNy結晶が、100原子当たり50〜99のバナジウム原子及び50〜1の窒素原子を含む結晶となるように制御するのが好ましい。好ましくはVxNyの組成は、窒素ガスの流量により制御し、X線回折、EPMAで確認する。
【0021】
前記VxNy結晶が、100原子当り50〜99のバナジウム原子及び50〜1の窒素原子を含むことにより、前記窒素含有バナジウム被膜は、優れた耐摩耗性及び高い硬度を有すると同時に、基材4との優れた密着性、靭性をも有するものとなる。窒素原子が50を超えると密着性、靭性が劣化し、窒素原子が1未満であると耐摩耗性、硬度の向上が少ない。
【0022】
スパッタリング時間は、前記基材4の種類や必要とされる膜厚によって適宜に設定することができる。前記窒素含有バナジウム被膜の厚みは、数μm〜最大100μmまで可能であるが、特に、1〜20μm、中でも特に、1〜15μmとするのが好ましい。
【0023】
また、スパッタリングプロセス温度が300℃以上になると、前記基材4自体に軟化等の品質低下が生じるので、スパッタリングは300℃未満のなるべく低温で行うことが好ましい。但し、室温以下で行うと、基材に対する被膜の密着性の確保が難しくなるので、室温よりは高い温度で行うのが好ましい。
【0024】
膜質向上のために、スパッタリングに先立って、前記基材の表面にアモルファス層をラップ又はコーティングにより形成することもできる。場合によっては、スパッタリング直前にアモルファス層をコーティングし、その上にCrなどの金属層を中間層として介してバナジウム層を設けることもできる。
【実施例】
【0025】
基材(SCM415)の上に、スパッタリング条件として、バナジウムターゲットを用い、雰囲気中のガス分圧を、アルゴンガス:1.2×10−3torr、窒素ガス:0.2×10−3torr、バイアス電圧:−90〜100V、処理時間約100分として、VxNy結晶が分散する窒素含有バナジウム被膜10μmを形成した。このときVxNyのx:yはX線回折により50:50が検出された。
【0026】
この結果、硬度HVが2800の窒素含有バナジウム被膜を有する機械部材を得ることができた。比較例として、ターゲットをクロムターゲットとしたこと以外は同様の処理条件として、窒素含有クロム被膜を10μm形成した。このとき硬度HVが1500であった。前記基材に電気めっきにより硬質クロムメッキ被膜を10μm形成した場合には、硬度HVが900であった。これらと比較すると、硬度における優位性が傑出しているのが明瞭に理解される。
【0027】
また、前記各被膜について、スクラッチ試験機(AEセンサー付スクラッチ試験機)により密着性を測定した。ダイヤモンド圧子(0.2mmR)により、荷重速度100N/min、スクラッチ速度10mm/minで、被膜のスクラッチを行った。本発明による窒素含有バナジウム被膜の場合には、臨界荷重が80N以上との測定結果が得られた。前記窒素含有クロム被膜の場合には、臨界荷重が50N、前記硬質クロムメッキの場合には、臨界荷重が30Nであったから、前記窒素含有バナジウム被膜の密着性の良さが際立っていることが分かる。
【0028】
SUS304(厚さ2mm)の板について、打ち抜きパンチにより寿命の試験を行ったところ、硬質Crメッキの寿命を1とした場合に、イオンプレーティングによるTiN被膜によった場合の寿命が2、塩浴VCによった場合の寿命が7.5であるのに対し、本発明による窒素含有バナジウム被膜の寿命は8という結果が得られた。
【0029】
また、SUS304(厚さ2mm)の板について、バーリングパンチにより寿命の試験を行ったところ、硬質Crメッキの寿命を1とした場合に、イオンプレーティングによるTiN被膜の場合に寿命が2、塩浴VCによった場合の寿命が4であるのに対し、本発明による窒素含有バナジウム被膜の寿命は4という結果が得られた。よって、寿命の観点では、塩浴VCによった場合とほぼ同程度か、それを上回る成果が得られたことになる。塩浴VC処理法には、既に述べたような問題点があることを考慮すると、本発明の優位性が明瞭である。なお、前記イオンプレーティングによるTiN被膜、塩浴VCは前記基材(SCM415)上に10μm形成したものである。
【0030】
本発明に係る窒素含有バナジウム被膜は、前記の如き優れた特性を有することに加え、前記塩浴VC処理法とは異なり、300℃未満という低い温度で製造でき、また、基材に炭素が含まれていることを要しないので、様々な種類の基材について広く適用できる利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の実施の一形態に係る窒素含有バナジウム被膜を基材の表面に形成するためのスパッタリング装置の概略図である。
【符号の説明】
【0032】
1 真空処理室
2 真空ポンプ
3 回転テーブル
5 治具
4 基材(被処理部材)
6 バナジウムターゲット
7 スパッタ電源
8 イオンボンバード及びバイアス電源
9 ガス導入パイプ
10 スパッタリング装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
VxNy結晶が分散している、窒素含有バナジウム被膜。
【請求項2】
前記VxNy結晶は、100原子当たり50〜99のバナジウム原子及び50〜1の窒素原子を含んでいる、請求項1に記載の窒素含有バナジウム被膜。
【請求項3】
窒素の雰囲気中でバナジウムをスパッタリングすることによってVxNy結晶が分散する窒素含有バナジウム被膜を形成する、窒素含有バナジウム被膜の製造方法。
【請求項4】
前記スパッタリングを行う前にイオンボンバード処理を行う、請求項3に記載の窒素含有バナジウム被膜の製造方法。
【請求項5】
前記スパッタリングを、室温より高く300℃より低い温度で行う、請求項3又は4に記載の窒素含有バナジウム被膜の製造方法。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の窒素含有バナジウム被膜を基材の表面に有する、機械部材。

【図1】
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