説明

筋細胞、及び心臓修復におけるそれらの利用

【課題】心疾患の治療法に存在する現在の心臓移植治療法の限界に対処する。
【解決手段】筋細胞と、前記筋細胞を利用する方法とを提供する。実施例の一つでは、本発明は、移植可能な骨格筋細胞組成物と、それらの利用法とを提供する。ある実施例では、例えばうっ血性心不全など、心機能不全を特徴とする異常を有する患者に筋原細胞を投与することにより、筋細胞を前記被験体に移植することができる。当該筋細胞は被験体
にとって自己由来でも、同種でも、又は異種であってもよい。さらに本発明は、当該組成物を被験体に投与したときに該細胞の溶解が阻止されるよう、当該組成物中の細胞の表面上にある抗原を改変する、マスキングする、又は除去することを提案する。

【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
発明の背景
あらゆる工業国において、心疾患は障害及び死亡の主要な原因である。心疾患の結果、生活の質が低下したり、長期の入院が必要となることもある。加えて、米国では、心疾患は10万人当たり約335人(総死亡率の約40%)の死因を占めており、それに続き癌が、10万人当たり183人の死因となっている。心疾患のうちでも四つのカテゴリが、心臓に関連する全疾患の約85から90%を占める。それらのカテゴリとは、虚血性心疾患、高血圧性心疾患及び肺高血圧性心疾患、弁膜症、及び先天性心疾患である。虚血性心疾患は、その様々な形のものも含め、心疾患を原因とする全死因の約60から75%を占める。その上、米国では心不全の発生率が増加している。心疾患をこれほどまでに致命的にしている因子の一つは、虚血性の心臓損傷が起きた部位で、心筋細胞が分裂かつ再増殖できないという点である。その結果、外傷又は疾患が原因で起きる心臓細胞の損失が、取り返しのつかないものとなる。
【0002】
ヒトからヒトへの心臓移植は、重篤な心疾患を治療する最も効果的な方法となった。移植センターの大部分では、心臓移植後の1年生存率が80から90%を越え、5年生存率も約70%を越える。しかしながら、適したドナーの臓器の数が少ないために、心臓移植には限界が大きい。ドナーの臓器を得ることが難しいのに加え、心臓移植にかかる費用が原因で、その幅広い応用ができないでいる。もう一つの未解決の問題は移植片拒絶である。外来の心臓に対するレシピエントの寛容度は低く、このような心臓は免疫抑制剤がなければ免疫系によって急速に破壊される。拒絶反応を抑えるには免疫抑制剤を用いてもよいが、免疫抑制剤は細菌感染及びウィルス感染に対するものなど、望ましい免疫応答をも遮断するため、レシピエントに感染の危険性をもたらしてしまう。シクロスポリンにより引き起こされる感染、高血圧、及び腎機能不全や、急速進行性アテローム性冠状動脈硬化症、及び免疫抑制剤に関連する癌という、大きな合併症もある。
【0003】
心筋梗塞後に心臓組織を修復する新しい手段をめぐる最近の研究では、細胞移植に焦点が当てられている。成人の心筋細胞の移植で大きな問題となっているのは、それらが培養で増殖しない点である(非特許文献1)。この問題を克服するのに骨格筋原細胞が利用できるかが、注目されている。骨格筋組織は、増殖の可能な衛星細胞を含んでいる。しかし、これらの細胞を精製し、成長させる方法は複雑である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Yoonら、Tex.Heart Inst. J. (1995) 22:119
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従って、心疾患の治療法に存在する現在の心臓移植治療法の限界に対処する必要が、明らかにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明は、例えば以下の項目を提供する。
(項目1) 単離された骨格筋原細胞及び単離された線維芽細胞を含む、移植可能な組成物。
(項目2) 上記細胞が自己由来細胞である、項目1に記載の組成物。
(項目3) 約20%乃至約70%の骨格筋原細胞を含む、項目1に記載の組成物。
(項目4)約50%の骨格筋原細胞を含む、項目1に記載の組成物。
(項目5) 移植前にインビトロで培養される、項目1に記載の組成物。
(項目6) EGFを含む媒質中で、ポリLリシン及びラミニンで被膜された表面上で培養される、項目5に記載の組成物。
(項目7) FGFを含む媒質中で、コラーゲンで被膜された表面上で培養される、項目5に記載の組成物。
(項目8) 最長で約14日間、インビトロで培養される、項目1に記載の組成物。
(項目9) 最長で約7日間、インビトロで培養される、項目8に記載の組成物。
(項目10) 上記細胞に、移植前にインビトロで約一回、倍増を行わせる、項目5に記載の組成物。
(項目11) 上記細胞に、移植前にインビトロで約十回、倍増を行わせる、項目10に記載の組成物。
(項目12) 上記細胞に、移植前にインビトロで約十回未満、倍増を行わせる、項目11に記載の組成物。
(項目13) 上記細胞に、移植前にインビトロで約五回、倍増を行わせる、項目12に記載の組成物。
(項目14) 被験体への移植後、心臓組織にエングラフト(原語:engraft)する、項目1に記載の組成物。
(項目15) 脈管形成が被験体の心臓組織で促進される、項目14に記載の組成物。
(項目16) 脈管形成性化合物、又は、脈管形成性遺伝子産物を発現するよう操作された細胞、を含む、項目14に記載の組成物。
(項目17) 上記骨格筋原細胞が、心臓細胞により似るように誘導される、項目1に記載の組成物。
(項目18) 上記骨格筋原細胞が、GATA転写因子を発現するよう操作される、項目17に記載の組成物。
(項目19) 上記GATA転写因子がGATA4又はGATA6である、項目18に記載の組成物。
(項目20) 上記組成物中の細胞の表面上にある抗原が、上記組成物を被験体に移植したときの上記細胞の溶解が阻止されるよう、改変、マスキング又は除去される、項目1に記載の組成物。
(項目21) 上記抗原が、上記抗原に結合する抗体又はその一フラグメント又は誘導体でマスキングされる、項目20に記載の組成物。
(項目22) 上記抗体がモノクローナル抗体である、項目21に記載の組成物。
(項目23) 上記抗体が抗MHCクラスI抗体である、項目21に記載の組成物。
(項目24) 上記抗体フラグメントが、抗MHCクラスI抗体フラグメントである、項目21に記載の組成物。
(項目25) 上記抗MHCクラスI抗体フラグメントが、F(ab’)フラグメントである、項目24に記載の組成物。
(項目26) 上記抗体がPT85又はW6/32である、項目21に記載の組成物。
(項目27) 上記抗体フラグメントが、PT85又はW6/32の一フラグメントである、項目21に記載の組成物。
(項目28) 骨格筋原細胞及び線維芽細胞を含む移植可能な組成物を作製する方法であって、上記移植可能な組成物が作製されるよう、EGFを含む媒質中で、ポリ-L-リシン及びラミニンで被膜された表面上で上記組成物を培養するステップを含む、方法。
(項目29) 上記細胞が、最長で約14日間、培養される、項目28に記載の方法。
(項目30) 線維芽細胞対筋原細胞の比が約1:2乃至1:1であるよう、上記細胞を約10回、倍増させる、項目28に記載の方法。
(項目31) 心臓組織の損傷を特徴とする、被験体の一状態を処置する方法であって、上記状態が処置されるよう、項目1に記載の組成物を被験体に投与するステップを含む、方法。
(項目32) 上記組成物が、損傷した心臓組織への直接の注射により移植される、項目31に記載の方法。
(項目33) カテーテルを用いて上記組成物を注射する、項目32に記載の方法。
(項目34) 心臓組織に対する上記損傷が、梗塞又は心筋症である、項目31に記載の方法。
(項目35) 上記心臓損傷が、心室壁面に位置する、項目32に記載の方法。
(項目36) 上記心臓損傷が、左心室壁面に位置する、項目34に記載の方法。
(項目37) 上記組成物が自己由来細胞を含む、項目31に記載の方法。
(項目38) 上記組成物が、被験体の冠状血管に移植される、項目31に記載の方法。
(項目39) 骨格筋原細胞において心臓細胞表現型を促進する方法であって、心臓細胞
表現型が促進されるよう、心臓細胞遺伝子産物を筋原細胞中で組換えにより発現させるステップを含む、方法。
(項目40) 上記遺伝子産物がGATA転写因子である、項目39に記載の方法。
(項目41) 上記GATA転写因子がGATA4又はGATA6である、項目40に記載の方法。
(項目42) 被験体の心臓組織の心筋虚血性損傷を処置する方法であって、項目1に記
載の組成物を、上記心筋虚血性損傷を処置するのに充分な量、被験体に投与するステップを含む、方法。
【0007】
発明の概要
本発明は、現在の心臓修復法の限界を克服するために、単離された筋細胞を提供するものである。ある好適な実施例では、本発明は、骨格筋原細胞と、この骨格筋原細胞を含む組成物と、骨格筋細胞を被験体に移植する方法とに関する。加えて、本発明は、心筋細胞と、心筋細胞の増殖を誘導する方法と、心筋細胞を被験体に移植する方法とに関する。本発明は、従来の細胞及び方法よりも優れた数多くの長所をもたらすものである。
【0008】
ある態様では、本発明は、骨格筋原細胞及び線維芽細胞を含む移植可能な筋細胞組成物を作製する方法を提供するものであり、該方法は、移植可能な組成物が作製されるよう、EGFを含む媒質中で、ポリ-L-リシン及びラミニンで被膜した表面上で前記組成物を培養することを含む。好ましくは、線維芽細胞対筋原細胞の比が約1:2乃至1:1となるよう、移植前に前記細胞をインビトロで約10回未満、倍増させるとよい。
【0009】
ある態様では、本発明は、骨格筋原細胞及び線維芽細胞を含む移植可能な組成物を提供するものであり、ある一つの実施例では、約20%から約70%の筋原細胞、そして好ましくは約40から60%の筋原細胞又は約50%の筋原細胞を含んでいてよい。別の実施例では、該移植可能な組成物は少なくとも約20%、25%、30%、35%、40%、45%、50%、55%、60%、65%、70%、75%、80%、85%、90%、95%、96%、97%、98%又は99%の筋原細胞を含む。
【0010】
本発明の筋細胞を、移植前にインビトロで培養してもよく、また好ましくは、EGFを含む媒質中で、ポリ-L-リシン及びラミニンで被膜した表面上で培養するとよい。その代わりに、前記表面をコラーゲンで被膜してもよく、当該組成物をFGFを含む媒質中で培養してもよい。
【0011】
好ましくは本発明の筋細胞は、被験体への移植後に心臓組織にエングラフト(原語:engraft)するとよい。本発明の筋細胞は脈管形成因子を内生で発現するものでもよく、又は、脈管形成因子を含む組成物の形で投与されてもよく、又は、本発明の筋細胞に操作を加えて、レシピエントの心臓で脈管形成を誘導すべく脈管形成遺伝子産物を発現するようにしてもよい。
【0012】
さらに本発明は、当該組成物を被験体に投与したときに該細胞の溶解が阻止されるよう、当該組成物中の細胞の表面上にある抗原を改変する、マスキングする、又は除去することを提案する。実施例の一つでは、PT85又はW6/32を用いて抗原をマスキングする。
【0013】
さらに本発明は、心臓組織の損傷を特徴とする被験体の一状態を処置する方法を提供するものであり、当該方法は、前記状態が処置されるよう、骨格筋原細胞及び線維芽細胞を含む組成物を被験体に移植するステップを含む。
【0014】
さらに本発明は、心筋の虚血性損傷を処置する方法を提供するものであり、当該方法は、前記心筋の虚血性損傷が処置されるよう、骨格筋原細胞と、選択に応じて線維芽細胞とを含む組成物を被験体に移植するステップを含む。
【0015】
実施例の一つでは、本発明の骨格筋原細胞を、心臓細胞により似るように誘導することができる。ある好適な実施例では、心臓細胞表現型が促進されるよう、心臓細胞遺伝子産物を組換えにより筋原細胞中で発現させることにより、骨格筋原細胞中の心臓細胞表現型を促進する。実施例の一つでは、前記遺伝子産物はGATA転写因子であり、好ましくはGATA4又はGATA6である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、行なう個体数倍増の回数が少ない筋細胞の方が、移植後の生存率が良好であることを示す。図1Aは、移植前に選別された、移植された細胞の写真であり、図1Bは、選別を行わずに、移植前に数回、インビトロで個体数倍増を行わせた、移植された細胞の写真である。
【図2】図2は、血管形成(脈管形成)が筋細胞の移植後に起きることを示す。図2A(パワーが低い方)及び2B(パワーが高い方)は、移植後3週目の時点での因子VIIIによるこのような移植体の着色を示す。移植体中央に血管が見られる。
【図3】図3は、移植を受けた動物(筋原細胞及び線維芽細胞)で、移植を受けていない対照動物に比較して、拡張期圧−容積に向上が見られたことを示す。
【図4】図4は、移植を受けた動物(筋原細胞及び線維芽細胞)で、移植を受けていない対照動物に比較して、拡張期圧−容積に向上が見られたことを示す。
【図5】図5A乃至5Fは、移植後9日目の時点での、梗塞した心筋における筋原細胞の生存を示す。図5は、ラットの梗塞した左心室自由壁面を次第に倍率を高くして示し、トリコーム(原語:trichome)着色(A、B、及びC)と、骨格筋原細胞に固有な核内転写因子であるマイオジェニンに対する免疫組織化学的着色(D、E、及びF)とを施してある。丸で囲んだ区域は細胞移植した領域である。矢印は、梗塞領域内の二つの移植体を指す。
【図6】図6は、移植を受けた心筋梗塞後動物(筋原細胞及び線維芽細胞)で、移植を受けていない対照動物に比較して、収縮期圧−容積に向上が見られたことを示す。図6は、細胞治療前(MI後1週間)、移植後3週目、及び移植後6週目の時点で調べた最大運動能力である。梗塞なしの対照動物は斜線を掛けた棒、MI動物は塗りつぶした棒、MI+動物は白い棒で示し、*はp<0.05対0週(治療前)であり、#は、p<0.05対MIである。
【図7】図7A乃至7Bは、移植を受けた心筋梗塞後動物(筋原細胞及び線維芽細胞)で、移植を受けていない対照動物に比較して、拡張期圧−容積に向上が見られたことを示す。図7は、細胞治療後3週目(A)及び細胞治療後6週目(B)の時点での収縮期圧−容積の関係である。対照の心臓は点線で、MIの心臓は黒四角で、MI+の心臓は白四角で示し、*はp<0.05対対照である。
【図8】図8A乃至8Bは、移植を受けた心筋梗塞後動物(筋原細胞及び線維芽細胞)で、移植を受けていない対照動物に比較して、梗塞壁面の厚さに何ら有意な減少が見られないことを示す。図8は、細胞治療後3週目(A)及び細胞治療後6週目(B)の時点での拡張期圧−容積の関係である。対照の心臓は点線で、MIの心臓は黒四角で、MI+の心臓は白四角で示し、*はp<0.05対対照、#はp<0.05対MIである。である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
発明の詳細な説明
本発明は、例えば骨格筋原細胞、心筋細胞などの単離された筋細胞、又は、骨格筋原細胞又は心筋細胞を含む組成物と、それらを利用する方法とを特徴とするものである。実施例の一つでは、本発明は、レシピエントに導入するのに適した単離された骨格筋原細胞と、単離された筋原細胞の集団とを提供するものである。さらに本発明は、このような細胞を移植する方法を提供する。加えて、本発明は、成人の心筋細胞を展開させる方法と、単離された心筋細胞と、単離され、展開させてある心筋細胞の集団と、心筋細胞を含む組成物と、心筋細胞をレシピエントに移植する方法とを提供するものである。これらの細胞を、例えば虚血性心疾患、高血圧性心疾患及び肺高血圧性心疾患(肺性心)、弁膜症、先天性心疾患、拡張型心筋症、肥大性心筋症、心筋炎、又は、例えば心臓機能不全を特徴とするなど、心不全に結び付く何らかの状態などの異常を有するレシピエント被験体に移植することができる。
【0018】
I.定義
便宜上、本明細書全体を通じて用いるいくつかの用語をここに集めた。
【0019】
ここで用いる用語「単離された」は、その天然の環境から分離された細胞を言う。この用語には、例えばドナーからの摘出など、細胞をその天然の環境から総体的に物理的に分離することが含まれる。好ましくは、「単離された」には、例えば解離させるなど、当該の細胞の、直接接触している近隣の細胞との関係を変更することが含まれる。「単離された」という用語は、ある組織切片中の細胞、組織切片の一部として培養される細胞、又は、組織切片の形で移植される細胞、を言うものではない。一集団の筋細胞を言うのに用いる場合、この「単離された」という用語には、本発明の単離された細胞の増殖の結果生じた細胞の集団が含まれる。
【0020】
用語「骨格筋原細胞」及び「骨格筋原細胞」はここでは互換可能に用いられており、筋管及び骨格筋線維の前駆体を言う。さらに用語「骨格筋原細胞」には、骨格筋中で筋線維と密に接触した状態で見られる単核細胞細胞である、衛星細胞も含まれる。衛星細胞は骨格筋の筋線維の基底板近傍に存在し、分化して筋線維になることができる。用語「心筋細胞」には、心筋由来の筋細胞が含まれる。このような細胞は一個の核を持ち、心臓内に存在するものは、境界板構造によって連結されている。
【0021】
ここで用いる「エングラフト(原語:engraft)」という用語には、本発明の移植され
た筋細胞又は筋細胞組成物が心臓組織に組み込まれることが含まれ、その結果これらの細胞が、心送血量を増加させるなどにより心臓機能を高め、この場合、移植された細胞が(例えばデズモソーム又はギャップジャンクションを形成することなどにより)レシピエントの心臓の細胞に直接接着する、しないは関係ない。
【0022】
ここで用いる用語「脈管形成」には、本発明の筋細胞を移植する心臓組織内での新たな毛細血管の形成が含まれる。好ましくは、本発明の筋細胞は、虚血領域に移植されたときに、脈管形成を高める。この脈管形成は、例えば細胞を移植するという行為の結果として、筋細胞からの脈管形成因子の分泌の結果として、及び/又は、心臓組織からの内生の脈管形成因子の分泌の結果として起きる場合がある。
【0023】
ここで用いる文言「より心臓細胞に似た」には、表現型で心筋細胞により似ているように作製した骨格筋細胞が含まれる。このような心臓に似た細胞の特徴としては、例えばそれらの生理学的変更(例えばよりゆっくりな単収縮を起こすような表現型や、短縮速度がゆっくりであること、ATP生成のための酸化的リン酸化の利用、心臓型の収縮たんぱくの発現、ミトコンドリア含有量が多いこと、ミオグロビン含有量が多いこと、及び、骨格筋細胞よりも高い疲労耐性を有すること、であろう)、及び/又は、通常は骨格筋細胞が産生しない分子もしくは骨格筋で通常産生される量が少量である分子(例えば、心筋収縮器官をコードする遺伝子から産生されるタンパク質、及び、心臓のゆっくりとした単収縮に関連したCa++ATP、ホスホランバン、及び/又は、βミオシン重分子など)の生成、がある。
【0024】
ここで用いる文言「GATA転写因子」には、GATAファミリーの亜鉛フィンガー型転写因子のメンバーが含まれる。GATA転写因子は、いくつかの中胚葉由来細胞系統の発生に重要な役割を果たす。好ましくは、GATA転写因子には、GATA−4及び/又はGATA−6が含まれる。GATA−6及びGATA−4たんぱくの間には、高レベルのアミノ酸配列同一性が、このタンパク質のアミノ末端にあるプロリン・リッチな領域で見られ、この同一性は他のGATAファミリーメンバーでは保存されていない。
【0025】
ここで用いる用語「抗体」には、免疫グロブリン分子や、免疫グロブリン分子のうちの免疫学的に活性な部分、即ち、例えばFab及びF(ab’)フラグメントなど、抗原に特異的に結合する(抗原に免疫反応する)抗原結合部位を含有する分子が含まれると、意図されている。ここで用いる用語「モノクローナル抗体」及び「モノクローナル抗体組成物」とは、ある抗原の特定のエピトープに免疫反応できる抗原結合部位を一種のみ含有する一集団の抗体分子を言い、一方、用語「ポリクローナル抗体」及び「ポリクローナル抗体組成物」とは、ある抗原と相互作用できる抗原結合部位を複数の種含有する一集団の抗体分子を言う。このように、モノクローナル抗体組成物とは、典型的には、免疫反応する相手の特定の抗原に対して単一の結合親和性を呈するものである。
【0026】
ここで用いる文言「心臓の損傷」又は「心臓の機能不全を特徴とする障害」には、正常な心機能の欠陥もしくは不存在、又は、異常な心臓機能の存在、が含まれる。異常な心臓機能は、疾患、傷害、及び/又は、加齢を原因とする場合がある。ここで用いる異常な心臓機能には、一個の心筋細胞又は一集団の心筋細胞の形態学的及び/又は機能的異常が含まれる。形態学的及び機能的異常の非限定的な例には、心筋細胞の物理的劣化及び/又は死、心筋細胞の異常な成長パターン、心筋細胞同士の間の物理的連絡の異常、心筋細胞による一種又は複数の物質の不足した又は過剰な産生、心筋細胞が通常産生する一種又は複数の物質の産生不能、及び、異常なパターン又は異常なタイミングでの電気インパルスの伝達、がある。異常な心臓機能は、例えば虚血性心疾患、例えば狭心症、心筋梗塞、慢性虚血性心疾患、高血圧性心疾患、肺性心疾患(肺性心)、弁膜性心疾患、例えばリウマチ熱、僧坊弁脱出、僧坊弁輪の石灰化、カルチノイド心疾患、感染性心内膜炎、先天性心疾患、心筋疾患、例えば心筋炎、拡張型心筋症、高血圧性心筋症、うっ血性心不全を引き起こす心臓障害、及び、心臓の腫瘍、例えば原発性肉腫及び続発性腫瘍、を含め、多くの疾患で見られる。
【0027】
ここで用いる文言「心筋虚血」には、「心筋虚血性損傷」を起こすような、心臓への酸素流の不足が含まれる。ここで用いる文言「心筋虚血性損傷」には、心筋への血流が減少することで起きる損傷が含まれる。心筋虚血及び心筋虚血性損傷の原因の非限定的な例には、大動脈拡張期圧の低下、心室内圧の上昇、及び心筋収縮、冠状動脈狭窄(例えば冠状動脈結紮、固定冠状動脈狭窄、急性の血小板変化(例えば破裂、出血)、冠状動脈血栓、血管収縮)、大動脈弁狭窄及び逆流、及び右房圧上昇がある。心筋虚血及び心筋虚血性損傷の有害な作用の非限定的な例には、筋細胞の損傷(例えば筋細胞消失、筋細胞肥大、筋細胞過形成)、狭心症(例えば安定狭心症、異型狭心症、不安定狭心症、突然心臓死)、心筋梗塞、及び先天性心不全がある。
【0028】
ここで用いる「処置する」という用語には、心筋虚血、心筋虚血性損傷、心臓の損傷又は心臓機能不全を特徴とする障害による少なくとも一つの有害な作用又は症状を減じる又は軽減することが含まれる。心臓障害による有害な作用又は症状は数多くあり、よく特徴づけられている。心臓障害による有害な作用又は症状の非限定的な例には、呼吸困難、胸部の疼痛、動悸、めまい、失神、浮腫、チアノーゼ、蒼白、疲労、及び死亡がある。多様な心臓障害による有害な作用又は症状のその他の例については、Robbins, S. L. et al. (1984)Pathological Basis of Disease (W. B. Saunders Company, Philadelphia)547-609;Schroeder, S. A. et al. eds. (1992) Current Medical Diagnosis & Treatment(Appleton & Lange,Conneticut) 257-356を参照されたい。
【0029】
II.本発明の筋細胞
本発明の方法を用いて移植できる細胞には、骨格筋原細胞及び心筋細胞が含まれる。本発明で用いる細胞は、例えばブタ又はヒトなど、適したほ乳類を由来としてよい。それらは、例えば、移植の対象となる被験体にとって自己由来でも、同種でも、又は異種であってもよい。好適な実施例では、該細胞はヒト細胞であり、それらの由来となった同じ個人への移植に用いられるか、又は、同種の被験体への移植に用いられる。本発明で用いる細胞はいかなる在胎齢のドナーを由来としてもよく、例えば成人細胞、新生児細胞、胎児細胞、胚性幹細胞、または、(例えばKlug et al. 1996. J. Clin.Invest. 98:216に説かれたように)胚性幹細胞由来の筋細胞を由来としてもよい。
【0030】
本発明の筋細胞を得るには標準的方法を用いることができる。筋細胞は、例えば酵素による消化など、標準的方法を用いてドナーの筋組織から単離することができる。例えば骨格筋原細胞を得る場合、後脚の筋肉から骨格筋細胞を単離したり、又は、心筋細胞であれば心臓組織から得ることができる。組織を(例えばコラゲナーゼ、トリプシン、及びプロテインを含有する)消化媒質中に配置し、外科用の刃物を用いて切片に切断してもよい。この生検切片を、例えば二本のツベルクリンシリンジ針組立用の針の先端を用いて細かな断片にすることができる。消化媒質から放出された細胞を採集する。このステップを繰り返せば、筋原細胞を最大限に精製できる。単離された細胞をプールして集団にし、下記のように展開させてもよい。
【0031】
さらに本発明は、移植可能な筋細胞組成物を提供するものである。好ましくは、このような組成物が、移植前にインビトロで培養して約20回未満、個体数を倍増させてある筋細胞を含むとよい。一実施例では、該筋細胞を移植前にインビトロで約10回未満、個体数を倍増させる。別の実施例では、筋細胞を移植前にインビトロで約5回未満、個体数を倍増させる。さらに別の実施例では、本発明の筋細胞を、移植前にインビトロで約1から約5回の間、個体数を倍増させる。別の実施例では、本発明の筋細胞を、移植前にインビトロで約2から約4回の間、個体数を倍増させる。倍増の至適な回数は、細胞を単離したもとのほ乳類によって様々であろう。ここに挙げた倍増の至適な回数は、ヒト細胞についてである。その他の種由来の細胞についてざっと計算を行うには、その種で観察される、老化(原語senescence)が起きるまでの倍増回数を、ヒト細胞で老化(原語senescence)が起きるまでの倍増回数と比較し、それに応じて倍増回数を調節すればよい。例えば、ヒト細胞とは異なる種を由来とする細胞が、約二倍の回数の倍増を老化(原語senescence)に達するまでに行うのであれば、その種にとって好適な個体数倍増回数は上記の約半分であろう。
【0032】
ある実施例では、このような組成物は骨格筋細胞及び線維芽細胞を含み、また約20から約70%の筋原細胞、そして好ましくは約40から60%の筋原細胞又は約50%の筋原細胞を含んでいてもよい。別の実施例では、該組成物は、少なくとも約20%、25%、30%、35%、40%、45%、50%、55%、60%、65%、70%、75%、80%、85%、90%、95%、96%、97%、98%又は99%の筋原細胞を含む。これらのパーセンテージの筋原細胞を有する組成物は、例えば細胞の精製集団を得る標準的な細胞選別技術を用いれば、作製することができる。こうして、この細胞の精製集団を混合すれば、所望のパーセンテージの筋原細胞を含む組成物を得ることができる。代替的には、組成物中の筋原細胞のパーセンテージが所望の範囲になるよう、単離したばかりの骨格筋原細胞集団をインビトロで培養して所定回数の個体数倍増を行わせることで、所望のパーセンテージの筋原細胞を含む組成物を得ることもできる。
【0033】
さらに別の実施例では、例えば皮膚など、本発明の筋細胞とは異なる組織源を由来とする線維芽細胞など、筋組織以外の組織源を由来とする線維芽細胞に、筋細胞を配合することができる。
【0034】
一組成物中の筋原細胞及び線維芽細胞の相対的パーセンテージは、例えば細胞特異的マーカで一方又は両方の細胞集団を着色し、FACS分析などの標準的技術を用いるなどして、組成物中でそのマーカを表す細胞のパーセンテージを調べれば、決定が可能である。例えば、筋細胞又は線維芽細胞のいずれかに存在するマーカを認識する抗体を用いると、一方又は他方又は両方の細胞種を検出でき、ひいては各細胞種の相対的パーセンテージを決定することができる。例えば、筋原細胞を認識する抗体を用いると、この抗体で着色する細胞のパーセンテージを評価すれば組成物中の筋原細胞のパーセンテージが決定され、この筋原細胞のパーセンテージを100から減算すれば線維芽細胞のパーセンテージが決定される。ある実施例では、α7β1インテグリンを認識する抗体か、又は、筋細胞上又は筋細胞中に存在するミオシン重鎖を認識する抗体を用いることができる(Schweitzer et al.1987 Experimental Cell Research. 172:1)。内部のマーカを用いる場合には、着色前に細胞を透過可能にすればよい。着色に用いる一次抗体を直接標識しても、着色に用いてもよく、又は、二次抗体を用いて、一次抗体の細胞への結合を検出してもよい。
【0035】
本発明の細胞及び組成物は新鮮なままで用いても、又は、移植で用いる前に培養及び/又は凍結保存してもよい。
【0036】
III.移植用の細胞の作製
本発明の細胞を、移植前にインビトロで展開させることができる。一実施例では、本発明は、移植で用いる一集団(即ち二つ又はそれ以上の細胞のグループ)の筋細胞を特徴とする。本発明の筋細胞を、被験体に投与する前に、細胞の成長を助けるのに適した媒質中で、細胞培養物として、即ち、インビトロで成長する細胞集団として、成長させてもよい。
【0037】
筋細胞の成長及び/又は生存を助けるのに用いることのできる媒質は当業で公知であり、ギブコBRL社(メリーランド州ガイザーズバーグ)製造のものなど、ほ乳類細胞培養基がこれに含まれる。1994年のギブコBRL社カタログ&レファレンス・ガイドを参照されたい。媒質は無血清でもよいが、好ましくは、ウシ胎児血清など、動物の血清を補うとよい。選択に応じ、成長因子を含めることができる。筋細胞の増殖を促進するのに用いる媒質と、移植前の細胞の維持に用いる媒質とは、異なっていてもよい。筋細胞にとって好適な成長媒質は、MCDB120+デキサメタゾン、例えば0.39μg/ml、+上皮成長因子(EGF)、例えば10ng/ml、+ウシ胎児血清、例えば15%、である。筋細胞の維持に好適な媒質は、プロテイン、例えば10%のウマ血清を補ったDMEMである。その他の媒質の例は、例えばHenryet al. 1995. Diabetes. 44:936;WO 98/54301; 及びLi et al.1998. Can. J. Cardiol.14:735)に教示がある。
【0038】
実施例の一つでは、骨格筋原細胞を、ラミニンで被膜したプレートに接種して、10%FBS、デキサメタゾン及びEGFを含有する筋原細胞成長基本培地中で展開させることができる。筋原細胞増殖プレートを48時間、展開させ、移植に向けて採集する。細胞は、0.05%トリプシン−EDTAを用いて採集し、FBSを含有する媒質で洗浄してもよい。これらの単離液は、筋管融着形成や、筋原細胞又は線維芽細胞に特異的なモノクローナル抗体を用いたフローサイトメトリで確認したときに、30から50%の筋原細胞を含有するであろう。
【0039】
心筋細胞を培養で成長させる場合、好ましくは少なくとも約20%、より好ましくは少なくとも約30%、さらにより好ましくは少なくとも約40%、さらにより好ましくは少なくとも約50%、そして最も好ましくは少なくとも約60%又はそれ以上の心筋細胞が、他の心臓特異的細胞生成物の中でもとりわけ、心臓トロポニン及び/又はミオシンを発現するとよい。
【0040】
ある実施例では、本発明の筋細胞を、ポリLリシン及びラミニンで被膜した表面上で、EGFを含む媒質中で培養する。この被膜表面を代替的にはコラーゲンで被膜し、FGFを含有する媒質を用いてもよい。またこの表面はペトリ皿でも、又は、細胞の大規模培養に適した表面であってもよい。インビトロでの培養時間は最大で約14日間であるが、好ましくは約7日間である。細胞は、インビトロで約1回からインビトロで最大で約10回、個体数を倍増させることができる。好ましくは、インビトロで約5回、細胞の個体数を倍増させる。好ましくは、線維芽細胞対筋原細胞の比が約1:2乃至1:1になるように、細胞を最大で約10回、個体数を倍増させるとよい。
【0041】
IV.細胞の改変
さらに本発明は、当該組成物を被験体に移植したときに細胞溶解が阻止されるよう、当該組成物中の細胞の表面上にある抗原を改変する、マスキングする、又は除去することにより、細胞表面上の抗原を変更することを提案する。好ましくは、抗原に結合する抗体又はその一フラグメント又は誘導体で、当該抗原をマスキングするとよく、より好ましくは、該抗体がモノクローナル抗体であり、そしてさらにより好ましくは該抗体が抗MHCクラスI抗体又はその一フラグメントであるとよい。好ましくは、該フラグメントはF(ab’)2フラグメントである。このようなマスキング、改変又は除去は、同種細胞又は幹細胞に行うのが好ましい。
【0042】
改変していない、即ち変更していない状態では、細胞表面上の抗原は、該細胞を被験体(ここではレシピエント、ホスト、又はレシピエント被験体とも言及されている)に投与したときに該細胞(ここではドナー細胞とも言及されている)に対する免疫応答を刺激してしまう。この抗原を変更することにより、レシピエントの免疫系細胞による、ドナー細胞を正常に認識する機構を混乱させ、さらに、この変更した形の抗原を「異常に」免疫認識させることにより、レシピエントにおいてドナー細胞に対して特異的な長期の無応答を惹起することができる。このように、当該細胞をレシピエントに投与する前に、このドナー細胞上にある抗原を変更しておくと、この細胞の投与に続くホストの免疫系細胞によるドナー細胞の最初の認識段階が干渉される。さらに、抗原の変更により免疫無応答又は寛容を誘導することができ、従って、最終的には正常な免疫応答によって外来細胞を拒絶させてしまう免疫応答のエフェクタ段階(例えば細胞傷害性T細胞の生成、抗体産生、等々)の誘導を妨げることができる。ここで用いる用語「変更した」及び「改変した」は互換可能に用いられており、抗原の免疫原性を減少させることでレシピエントの免疫系による抗原の免疫認識に干渉するよう、ドナー細胞抗原に対して行われる変更を包含する。好ましくは、抗原を変更した結果、レシピエント被験体において、ドナー細胞に対する免疫無応答が起きるとよい。適切でない又は不十分なシグナルがホストの免疫細胞に送達されることも、免疫無応答を起こさせるのに必要かも知れないため、用語「変更した」及び「改変した」に、ドナー細胞上の抗原の完全な除去が含まれるとは、意図していない。
【0043】
本発明に基づいて変更する抗原には、同種又は異種のレシピエントにおいて免疫細胞(例えば造血細胞、NK細胞、LAK細胞)と相互作用して、そのレシピエント中でドナー細胞に対する特異的免疫応答を刺激できる、ドナー細胞上にある抗原が含まれる。抗原と免疫細胞との間のこの相互作用は、間接的な相互作用(例えば体液によって媒介されるなど、造血細胞で応答を誘導する可溶性の因子が媒介するものなど)でもよいが、又は、好ましくは、抗原と、免疫細胞の表面上にある分子との間の直接的な相互作用(即ち細胞対細胞が媒介するもの)であるとよい。ここで用いる文言「免疫細胞」には、例えばTリンパ球、Bリンパ球、単球、マクロファージ、樹状細胞、及び他の抗原提示細胞などの造血細胞、NK細胞、及びLAK細胞が含まれるものと、意図されている。好適な実施例では、該抗原は、レシピエントのTリンパ球(例えばこの抗原は通常、Tリンパ球の表面上の受容体に結合する)か、又は、レシピエントのNK細胞又はLAK細胞と、相互作用するものである。
【0044】
ある好適な実施例では、ドナー細胞上で変更の対象となる抗原はMHCクラスI抗原である。NHCクラスI抗原は、ほとんどすべての細胞種上に存在する。正常な免疫応答では、自己MHC分子は、自己Tリンパ球の表面上のT細胞受容体(TCR)に対し、抗原性ペプチドを提示するよう働く。同種又は異種の細胞の免疫認識では、ドナー細胞上にある異種MHC抗原(ほとんどの場合、それに結合したペプチドと一緒に)が、ホストのT細胞上にあるT細胞受容体によって認識され、免疫応答が惹起される。さらに、異種MHCクラスI抗原は、NK細胞上のMHCクラスI受容体によって認識されることが知られている。ドナー細胞上のMHCクラスI抗原を変更し、同種又は異種のホストにおいてT細胞、NK細胞、又はLAK細胞によるそれらの認識に干渉するようにする(例えば、MHCクラスI抗原のうちで、通常T細胞受容体、NK細胞、又はLAK細胞によって認識される部分を、遮断又は「マスキング」して、MHCクラスI抗原の正常な認識がその後行われないようにする)。さらに、ホストのT細胞、NK細胞又はLAK細胞に暴露される(即ちホスト細胞受容体へ提示される)変更型のMHCクラスI抗原に、ホストのT細胞に対し、適切でない又は不十分なシグナルを送達させてもよく、それによって、同種又は異種細胞に対する免疫応答を刺激するのではなく、ドナー細胞特異的T細胞の無応答、NKによって媒介される細胞拒絶反応の阻止、及び/又は、LAKによって媒介される細胞拒絶反応の阻止、を誘導してもよい。例えば、T細胞がそれらのT細胞受容体を介し、適切でない又は不十分なシグナルを(例えばB7によって提供されるものなど、共刺激シグナルのない状態でMHC抗原に結合することなどによって)受け取ると、活性化される代わりに抗原反応不顕性となり、再度の刺激があっても無反応である状態が長期にわたって続く場合があることが知られている(例えばDamleet al. (1981) Proc. Natl. Acad. Sci.USA 78:5096-5100; Lesslauer et al. (1986)Eur. J. Immunol. 16:1289-1295 Gimmi, et al. (1991) Proc. Natl. Acad. Sci.USA88:6575-6579; Linsley et al. (1991) J.Exp. Med. 173:721-730; Koulovaet al.(1991) J. Exp. Med. 173:759-762; Razi-Wolf, etal. (1992) Proc. Natl. Acad.Sci. USA 89:4210-4214を参照されたい)。
【0045】
MHCクラスI抗原の代わりに、ドナー細胞上で変更する抗原はMHCクラスII抗原でもよい。MHCクラスI抗原と同様、MHCクラスII抗原は、抗原性ペプチドを、Tリンパ球上のT細胞受容体に提示するよう働く。しかしながら、MHCクラスII抗原は、限られた数の細胞種上にしか存在しない(主にB細胞、マクロファージ、樹状細胞、ランゲルハンス細胞、及び胸腺上皮細胞)。MHC抗原に加えて、又は、MHC抗原の代わりに、ホストのT細胞又はNK細胞上の分子と相互作用するとともに、同種又は異種の細胞の免疫拒絶に関与していることが知られた、ドナー細胞上の他の抗原を変更してもよい。ホストのT細胞と相互作用すると共に、ドナー細胞に対する拒絶反応に寄与していることが知られている他のドナー細胞抗原には、ドナー細胞と、ホストのT細胞との間の相互作用の結合活性を増加させるよう働く分子が含まれる。この性質のために、これらの分子は、(ドナー細胞とホストT細胞との間の接着を高める他にも機能があっても)接着分子と呼ばれることが多い。本発明に基づいた変更が可能な好適な接着分子の例には、LFA−3及びICAM−1がある、これらの分子は、それぞれT細胞上のCD2受容体及びLFA−1受容体のリガンドである。ドナー細胞上の接着分子(例えばLFA−3、ICAM−1又は同様な機能の分子)を変更することにより、ホストのT細胞がドナー細胞に結合し、かつ相互作用する能力を減少させる。LFA−3及びICAM−1は両方とも、腎臓及び心臓など、移植臓器の血管内に見られる内皮細胞上に見られる。これらの抗原を変更すると、CD2+及びLFA−1+ホストTリンパ球によるこれら抗原の認識が変更されるため、あらゆる血管新生化移植片の移植が容易に行える。
【0046】
MHC分子、又は、LFA−3、ICAM−1などの接着分子が、ある特定のドナー細胞上に存在するかどうかは、当業で公知の標準的な手法により評価することができる。例えば、ドナー細胞を、検出しようとする分子(例えばMHC分子、ICAM−1、LFA−1等々)を狙った標識済み抗体と反応させ、この標識済み抗体とこの細胞との会合を適した技術(例えば免疫組織化学法、フローサイトメトリ、等々)により測定してもよい。
【0047】
細胞に対する免疫応答を阻止するためにドナー細胞上の抗原を変更する好適な方法の一つは、細胞表面上の抗原と結合する分子に、この細胞を接触させる方法である。この場合、この細胞をレシピエントに投与する前に、当該抗原に結合する分子にこの細胞を接触させる(即ち、この細胞をインビトロで当該分子に接触させる)ことが好ましい。例えば、当該分子がこの抗原に結合できるような条件下で、この抗原に結合する分子と一緒に細胞をインキュベートした後、結合していない分子を除去してもよい。改変した細胞をレシピエントに投与した後、ホスト細胞による免疫認識に干渉させ、かつレシピエントでの無応答を誘導するのに十分な時間、この分子は細胞上の抗原に結合したままにしておく。
【0048】
好ましくは、ドナー細胞上の抗原に結合させる分子は、抗体か、又は、当該抗原に結合する能力を残したそのフラグメント又は誘導体であるとよい。治療用に用いる場合、変更しようとする抗原に結合する抗体が補体を結合させられないことが必要であり、こうしてドナー細胞の溶解を防ぐことができる。抗体補体結合を阻止するには、抗体のFc部分を除去したり、補体を結合できない抗体アイソタイプを利用したり、又は、補体結合を阻止する薬剤と一緒に補体結合抗体を利用すれば、可能である。代替的には、Fc領域のうちで補体活性化に必要なアミノ酸残基(例えばTanet al. (1990) Proc. Natl. Acad. Sci.USA 87:162-166; Duncan and Winter (1988)Nature 32:738-740を参照されたい)を変異させて、インタクト抗体の補体活性化能力を減じる又は除去することもできる。同様に、Fc領域のうちでこのFc領域のFc受容体への結合に必要なアミノ酸残基(例えばCanfield,S. M. and S. L.Morrison (1991) J. Exp. Med.- 173:1483-1491; and Lund, J. etal.(1991)J. Immunol. 147:2657-2662を参照されたい)を変異させて、用いようとするインタクト抗体のFc受容体結合領域を減じるか又は除去してもよい。
【0049】
抗原を変更するのに好適な抗体フラグメントはF(ab’)フラグメントである。抗体は従来の技術を用いてフラグメントにすることができる。例えば、インタクト抗体をペプシン処理して抗体のFc部分を除くと、F(ab’)フラグメントが得られる。F(ab’)フラグメントを得る標準的な手法では、インタクト抗体を、固定化ペプシンと一緒にインキュベートし、消化したこの抗体混合液を固定化プロテインAカラムに入れる。遊離Fc部分はカラムに結合するが、F(ab’)フラグメントはカラムを通過する。このF(ab’)フラグメントをさらにHPLC又はFPLCで精製することもできる。F(ab’)フラグメントに、ジスルフィド架橋を減ずる処理をすれば、Fab’フラグメントが得られる。
【0050】
抗原を変更するのに用いる抗体又はそのフラグメント又は誘導体は、抗原上の複数のエピトープに対して反応性の抗体を含有するポリクローナル抗血清から得ることもできる。好ましくは、この抗体は、当該抗原を狙ったモノクローナル抗体であるとよい。ポリクローナル抗体及びモノクローナル抗体は、当業で公知の標準的な技術により作製が可能である。例えば、ほ乳類(例えばマウス、ハムスター、又はウサギ)を、抗原か、又は、抗原を(例えば細胞表面上で)発現する細胞で免疫化することで、この抗原に対する抗体応答をこのほ乳類で誘起することができる。代替的には、抗原を発現する組織又は臓器全体を用いて抗体を誘起してもよい。免疫形成の進捗は血漿中又は血清中の抗体力価の検出で観察できる。標準的なELISA又は他の免疫検定法を当該抗原と一緒に利用しても、抗体レベルを評価できる。免疫処置後、必要に応じて抗血清を得、この血清からポリクローナル抗体を単離してもよい。モノクローナル抗体を得るには、抗体産生細胞(リンパ球)を、免疫化した動物から採取し、標準的な体細胞融合技術により骨髄腫細胞に融合させてこれらの細胞を不死化し、ハイブリドーマ細胞を作製することもできる。このような技術は当業において公知である。例えば、もともとケーラー及びミルスタイン((1975)Nature256:495-497)が開発したハイブリドーマ技術や、ヒトB細胞ハイブリドーマ技術(Kozbar et al., (1983) Immunol.Today4:72)、及び、ヒトモノクローナル抗体を生成するEBVハイブリドーマ技術(Cole et al. (1985) Monoclonal Antibodiesin Cancer Therapy,AllenR. Bliss, Inc., pages 77-96)などの他の技術を利用することができる。ハイブリドーマ細胞を、当該抗原に対して特異的に反応性である抗体を産生するかを免疫化学的にスクリーニングし、モノクローナル抗体を単離してもよい。
【0051】
当該抗原に対して反応性である特異抗体又は抗体フラグメントを得るもう一つの方法は、当該抗原(又はその一部)で、細菌内で発現させた免疫グロブリン遺伝子又はその部分をコードする発現ライブラリをスクリーニングする方法である。例えば、完全Fabフラグメント、V領域。FV領域及び一本鎖抗体を、ファージ発現ライブラリを用いて細菌で発現させることができる。例えばWardet al., (1989) Nature 341:544-546; Huseet al., (1989) Science 246:1275-1281; 及びMcCaffertyetal. (1990) Nature 348:552-554を参照されたい。代替的には、SCID−huマウスを用いて抗体又はそのフラグメントを産生させてもよい(ジェンファーム社から市販)。これらの技術で作製される適した結合特異性を持つ抗体を利用して、ドナー細胞上の抗原を変更することができる。
【0052】
ヒト以外の被験体で産生させた抗体又はそのフラグメントは、この抗体をヒトの被験体に投与したときに(例えばこの抗体を結合させたドナー細胞をヒトの被験体に投与したときに)、程度は様々ではあるが異物として認識されてしまい、この抗体に対する免疫応答が被験体で起きる場合がある。この問題を軽減する又はなくす方法の一つは、キメラ抗体又はヒト化抗体誘導体、即ち、非ヒト抗体を由来とする部分と、ヒト抗体を由来とする部分とを含む抗体分子、を作製する方法である。キメラ抗体分子には、例えば、マウス、ラット、又は他の種の抗体を由来とする抗原結合ドメインが、ヒト定常領域を持ったものを含めることができる。キメラ抗体を作製する様々な方法が解説されている。例えば、Morrisonet al., Proc. Natl. Acad. Sci.U.S.A. 81, 6851 (1985); Takeda et al., Nature314, 452 (1985), Cabilly et al., 米国特許第4,816,567号; Boss et al ., 米国特許第4,816,397号、Tanaguchiet al.,ヨーロッパ特許公報EP171496;ヨーロッパ特許公報0173494、英国特許GB2177096Bを参照されたい。治療用に用いるには、ドナー細胞の抗原を変更するのに用いる抗体がFc部分を含有していないことが好ましい。このように、抗体の可変領域の一部、特に抗原結合ドメインの保存されたフレームワーク領域、がヒト由来であり、超可変領域のみが非ヒト由来であるようなヒト化F(ab’)フラグメントが好ましい抗体誘導体である。このような変更された免疫グロブリン分子は、当業で公知の技術のいずれを用いても作製が可能であるが(例えば、Tenget al., Proc. Natl. Acad. Sci.U.S.A. 80, 7308-7312(1983); Kozbor et al.,Immunology Today, 4, 7279 (1983); Olsson et al., Meth. Enzymol., 92,3-16(1982))、PCT公報WO92/06193又はEP0239400の教示に基づいて作製するのが好ましい。ヒト化抗体は、例えば英国ミドルセックス、トウィッケンハム、ホリーロード2、スコットジェン・リミテッド社に作製させることもできる。
【0053】
MHCクラスI抗原、MHCクラスII抗原、LFA−3及びICAM−1など、変更しようとする細胞表面抗原はそれぞれよく特徴づけられた分子であり、これらの抗原に対する抗体は市販のものを利用できる。例えば、ヒトMHCクラスI抗原を狙った抗体(即ち抗HLAクラスI抗体)であるW6/32が、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(ATCCHB95)から入手できる。この抗体は、ヒト扁桃リンパ球膜に対して生じさせたものであり、HLA−A、HLA−B、及びHLA−Cに結合する(Barnstable,C. J. et al. (1978) Cell 14:9-20)。利用の可能なもう一つの抗MHCクラスI抗体はPT85である(Davis,W. C. etal. (1984) HybridomaTechnology in Agricultural and Veterinary Research. N. J.Sternand H. R. Gamble, eds., Rownman and Allenheld Publishers, Totowa, NJ,p121; ワシントン州プルマン、ベテリナリー・メディスン・リサーチ・デベロップメント社から市販されている)。この抗体はブタ白血球抗原(SLA)に対して生じさせたものであり、いくつか異なる種(例えばブタ、ヒト、マウス、ヤギ)のクラスI抗原に結合する。抗ICAM−1抗体はメーン州AMAC社から得ることができる。抗LFA−3を産生するハイブリドーマ細胞は、メリーランド州ロックビル、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションから得ることができる。好適な実施例の一つでは、当該抗体はPT85である。
【0054】
本発明で用いるのに適した抗体又はそのフラグメント又は誘導体は、同種又は異種の細胞の免疫拒絶を阻止する上でのその能力に基づいて特定することができる。簡単に説明すると、当該抗体(又は抗体フラグメント)を、移植しようとする細胞又は組織と一緒に短時間(例えば室温で30分間など)インキュベートし、結合しなかった抗体を洗い流す。次に、この細胞又は組織をレシピエントの動物に移植する。こうして、この抗体予備処理によって、移植細胞又は組織の拒絶反応を阻止又は防止できたかを、未処理の対照に比較したときの、この細胞又は組織の拒絶について観察することで、調べる。
【0055】
抗原を変更するのに用いる抗体又はそのフラグメント又は誘導体が、少なくとも10−7Mの対抗原結合親和性を有することが好ましい。抗原に対する抗体又は他の分子の結合親和性は、従来の技術で調べることができる(Masan,D. W. and Williams, A. F. (1980)Biochem.J. 187:1-10を参照されたい)。簡単に説明すると、調べようとする抗体を125Iで標識し、平衡に達するまで次第に濃度を高くした、この抗原を発現している細胞と一緒にインキュベートする。[結合した抗体]/[遊離抗体」対[結合した抗体]としてデータをグラフにすると、この線の傾斜がkDに等しくなる(スキャッチャード解析)。
【0056】
ドナー細胞上の抗原に結合し、抗体、又はそのフラグメント又は誘導体と機能的な同様の結果を生ずる他の分子(例えば、抗原と造血細胞との間の相互作用に干渉して免疫学的な無応答を誘導する他の分子など)を用いて、ドナー細胞上の抗原を変更することもできる。このような分子の一つは、ドナー細胞上の抗原(例えば受容体)に対する可溶性のリガンドであり、このリガンドを用いても、ドナー細胞上の抗原を変更できるかも知れない。例えば、可溶性のCD2(即ち、膜貫通ドメイン又は細胞質ドメインを除いた、CD2の細胞外ドメインを含むもの)を用いると、抗体と同様な態様でドナー細胞上のLFA−3に結合することにより、ドナー細胞上のLFA−3を変更することができる。代替的には、可溶性のLFA−1を用いると、ドナー細胞上のICAM−1を変更することができる。可溶性のリガンドは、標準的な組換えDNA法により、細胞外ドメインを包含するリガンドをコードするDNAを含有する(即ち、膜貫通ドメイン及び細胞質ドメインをコードするDNAを欠いた)組換え発現ベクタを用いて、作製することができる。リガンドの細胞外ドメインをコードするこの組換え発現ベクタをホスト細胞に導入して可溶性のリガンドを産生させ、次にこのリガンドを単離できる。利用する可溶性リガンドは十分な結合親和性をドナー細胞上の受容体に対して有することで、この細胞をレシピエントに投与したときに、受容体に結合したままでいられ、それにより免疫認識に干渉して無応答を誘導することができる(例えば、好ましくは。可溶性リガンドの受容体に対する結合親和性は、少なくとも約10−7Mである)。加えて、この可溶性リガンドは、このリガンドの受容体結合部分を別のタンパク質又はタンパク質部分に融合させて含む融合タンパク質の形であってもよい。例えば、細胞外ドメイン、又は、免疫グロブリン重鎖定常領域(例えばヒンジ、IgG1などのヒト免疫グロブリンのCH2及びCH3領域)に連結したCD2又はLFA−1の機能的部分、を含む免疫グロブリン融合タンパク質を利用できる。免疫グロブリン融合タンパク質は、例えばCapon,D. J. et al. (1989) Nature 337:525-531及びCapon 及びLaskyの米国特許第5,116,964号の教示に基づいて作製が可能である。
【0057】
MHC抗原(例えば、及びMHCクラスI抗原)を変更するのに利用の可能なもう一つの種類の分子は、MHC抗原に結合してMHC抗原とTリンパ球、NK細胞、又はLAK細胞との相互作用に干渉するペプチドである。一実施例では、この可溶性ペプチドは、T細胞受容体の、MHC抗原と接触する領域を模倣するものである。このペプチドを用いると、(Tリンパ球上の)インタクトT細胞受容体とMHC抗原との間の相互作用に干渉することができる。このようなペプチドは、T細胞受容体の一部によって特異的に認識される、MHC分子の一領域(例えばMHCクラスI抗原のアルファ−1又はアルファ−2ドメイン)に結合し、それによってMHCクラスI抗原を変更し、T細胞受容体によるこの抗原の認識を阻止する。別の実施例では、該可溶性ペプチドは、例えばCD8分子の、MHCクラスI抗原に接触する一領域や、又は、CD4分子の、MHCクラスII抗原に接触する一領域など、T細胞表面分子の、MHC抗原に接触する一領域を模倣するものである。例えば、MHCクラスI抗原のアルファ−3ループの一領域に結合するペプチドを用いると、CD8のこの抗原に対する結合を阻止でき、ひいてはT細胞によるこの抗原の認識を阻止することができる。T細胞受容体由来ペプチドは、MHCクラスI制限免疫応答を阻止し(例えばClayberger,C. et al. (1993) Transplant Proc. 25:477-478を参照されたい)、レシピエントに皮下注射したときの同種皮膚移植片のインビボでの生存期間を延長させる(例えばGoss,J. A. et al. (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:9872-9876を参照されたい)のに用いられてきた。
【0058】
ドナー細胞上の抗原は、同じ又は異なる抗原に結合する二つ又はそれ以上の分子を用いても、変更が可能である。例えば、同じ抗原上にある二つの異なるエピトープに対して特異性を持つ二つの異なる抗体を利用できる(例えば二つの異なる抗MHCクラスI抗体を組み合わせて利用できる)。代替的には、同じ抗原に結合する二つの異なる種類の分子(例えば抗MHCクラスI抗体、及び、MHCクラスI結合ペプチド)を利用することもできる。ヒト細胞で利用の可能な抗MHCクラスI抗体の好適な組合せは、W6/32抗体と、PT85抗体又はそれらのF(ab’)フラグメントである。被験体に投与しようとするドナー細胞が、造血細胞と相互作用する抗原を二つ以上持つ場合、二つ又はそれ以上の処置を一緒に用いてもよい。例えば、それぞれ異なる抗原を狙う二つの抗体(例えば抗MHCクラスI抗体及び抗ICAM−1抗体)を組み合わせて用いても、又は、それぞれ異なる抗原に結合する二つの異なる種類の分子(例えば抗ICAM−1抗体及びMHCクラスI結合ペプチド)を利用してもよい。代替的には、ドナー細胞全体又はドナー細胞を含有する組織に対して生じるポリクローナル抗血清を、Fc領域を除去してから利用してもよく、それにより、ドナー細胞の複数の細胞表面抗原を変更することができる。
【0059】
同じ抗原に結合する二つの異なるモノクローナル抗体が、抗原上の異なるエピトープに結合する能力は、競合結合検定を用いて調べることができる。簡単に説明すると、一方のモノクローナル抗体を標識し、抗原を発現する細胞を着色するのに用いる。次に、標識をつけていない第二のモノクローナル抗体が、第一の標識付きモノクローナル抗体の細胞上抗原への結合を阻止する能力を評価する。もしこの第二のモノクローナル抗体が、第一の抗体とは異なる抗原上エピトープに結合するのであれば、この第二の抗体は、第一の抗体が抗原に結合するのを競合的に阻止できないであろう。
【0060】
ドナー細胞に対する免疫応答を阻止するために、この細胞上の抗原の少なくとも二つの異なるエピトープを変更するのに好適な方法は、該エピトープに結合する少なくとも二つの異なる分子にこの細胞を接触させる方法である。この細胞をレシピエントに投与する前に、この細胞を、異なるエピトープに結合する少なくとも二つの異なる分子に接触させる(即ち、この細胞を当該分子にインビトロで接触させる)ことが好ましい。例えば、該分子がエピトープに結合できるような条件下で、この細胞を、エピトープに結合する分子と一緒にインキュベートし、結合しなかった分子を除去してもよい。ドナー細胞をレシピエントに投与した後も、ホスト細胞による免疫認識に干渉し、レシピエントにおける無応答を誘導するのに十分な時間、この分子は表面抗原上のエピトープに結合したままでいる。
【0061】
細胞の免疫拒絶反応を阻止するには、ドナー細胞上の抗原に分子(例えば抗体)を結合する代わりに、他の手段によって、ドナー細胞上の抗原を変更してもよい。例えば、抗原がその後同種又は異種のレシピエントの免疫細胞(例えばTリンパ球、NK細胞、又はLAK細胞)と正常に相互作用できず、レシピエントにおいてドナー細胞に対する免疫学的無応答が誘導されるよう、抗原を直接変更する(例えば変異させる)ことができる。例えば、T細胞上の受容体に結合してもT細胞活性化には寄与せずに、適切でない又は不十分なシグナルをT細胞に送るような変異型のクラスIMHC抗原又は接着分子(例えばLFA−3又はICAM−1)を、変異誘発及び選択法によって創出することができる。こうして、変異型の抗原をコードする核酸を、移植遺伝子として、又は、(野生型の抗原をコードする内生遺伝子を置き換える)相同組換えによって、ヒト以外の動物のゲノム中に挿入することができる。こうして、変異型の抗原を発現する非ヒト動物を由来とする細胞を、同種又は異種のレシピエントへの移植用のドナー細胞として利用できる。
【0062】
代わりに、抗原とレシピエントの免疫細胞との間の相互作用が改変されるよう、ドナー細胞上でのその抗原の発現レベルを下方変調又は変更することでも、ドナー細胞上の抗原を変更することができる。ドナー細胞上での一つ又はそれ以上の抗原の表面発現レベルを減少させると、ドナー細胞と、Tリンパ球、NK細胞、LAK細胞などの免疫細胞との間の相互作用の結合活性が減少する。ドナー細胞上の抗原の表面発現レベルは、この抗原の転写、翻訳又は細胞表面への輸送を阻止することで下方変調できる。抗原の表面発現を減少させる物質をドナー細胞に接触させてもよい。例えば、数多くの腫瘍ウィルスが、感染細胞のMHCクラスI発現を減少させることが実証されている(例えばTravers et al.(1980) Int'l. Symp. on Aging in Cancer, 175180; Reeset al. (1988) Br.J. Cancer, 57:374-377を参照されたい)。加えて、MHCクラスI発現に対するこの作用は、無処置ウィルスだけでなく、ウィルスゲノムの断片を用いても得ることができる。例えば、培養腎細胞に、アデノウィルス断片をトランスフェクトすると、表面MHCクラスI抗原の発現が消失する(Whoshiet a. (1988) J. Exp. Med. 168:2153-2164)。ドナー細胞表面上
でのMHCクラスIの発現を減少させるためには、非感染性のウィルス断片の方が、ウィルス全体よりも好ましい。
【0063】
代替的には、抗原にキャッピングをすることで、ドナー細胞表面上の抗原のレベルを変更してもよい。キャッピングをする、とは、抗体を用いて表面抗原の凝集及び不活性化を起こさせることを言う。キャッピングを誘導するには、変更しようとする抗原に特異的な第一の抗体に組織を接触させて、抗原−抗体の免疫複合体を形成させる。次に、前記の第一の抗体と免疫複合体を形成する第二の抗体に、この組織を接触させる。この第二の抗体で処置すると、該第一の抗体は凝集して細胞表面上の一カ所でキャップを形成する。キャッピングの技術は公知であり、例えばTayloret al. (1971), Nat. New Biol. 233:225-227;及びSantiso et al. (1986), Blood,67:343-349に解説されている。MHCクラスI抗原を変更するには、MHCクラスI分子と反応性の第一の抗体(例えばW6/32抗体、PT85抗体)と一緒にドナー細胞をインキュベートした後、例えばヤギ抗マウス抗体など、ドナーの種に反応性の第二の抗体と一緒にインキュベートして、凝集を起こさせる。
【0064】
V.細胞の遺伝子改変
本発明の筋細胞(又は本発明の筋細胞組成物に含まれた他の細胞)は、「遺伝子産物を発現するよう改変」することができる。ここで用いる用語「遺伝子産物を発現するよう改変する」とは、当該細胞によって遺伝子産物が産生される態様で、その細胞が処置されることを意味するものと、意図されている。好ましくは、当該細胞は、改変前には当該遺伝子産物を発現しないとよい。その代わりに、細胞の改変によって、既にその細胞によって産生される遺伝子産物の産生が増加したり、又は、その細胞が通常発現する別の、望ましくない遺伝子産物の産生を減少させる遺伝子産物(例えばアンチセンスRNA分子)が産生されるようになってもよい。
【0065】
一実施例では、骨格筋細胞を改変して、例えばコネクシン43など、当該細胞をより心臓様にする遺伝子産物を産生させる(J. Cell. Biol.1989.108:595)。
【0066】
ある好適な実施例では、例えば核酸分子(例えばRNA、又はより好ましくはDNA)などの遺伝物質を細胞に導入することにより細胞を改変して、遺伝子産物を発現させる。細胞に導入するこの核酸分子は、その細胞に発現させようとする遺伝子産物をコードしている。ここで用いる「遺伝子産物」という用語には、タンパク質、ペプチド及び機能的RNA分子が含まれるものと、意図されている。一般的には、この核酸分子にコードさせる遺伝子産物は、被験体に提供しようとする所望の遺伝子産物である。その代わりに、コードされる遺伝子産物は、その細胞による所望の遺伝子産物の発現を誘導するものである(例えば、この導入される遺伝物質は、被験体に提供しようとする遺伝子産物の転写を誘導する転写因子をコードしているなど)。
【0067】
遺伝子改変した筋細胞を通じて被験体に送達可能な遺伝子産物の例には、例えば線維芽細胞成長因子(FGF)1、FGF−2、トランスフォーミング増殖因子β(TGF−β)、及びアンジオテンシンなど、血管の心筋への侵襲を促す成長因子など、将来の心臓疾患を防ぐことのできる遺伝子産物が含まれる。遺伝子改変した心筋細胞を用いて被験体に送達可能な他の遺伝子産物には、例えばFGF、TGF−β、IL−10、CTLA4−Ig、及びbcl−2など、心筋細胞の生存を促進する因子が含まれる。
【0068】
細胞に導入する核酸分子は、その核酸にコードされている遺伝子産物をその細胞が発現するのに適した形である。従って、当該核酸分子には、遺伝子(又はその一部)の転写に必要な、そして当該遺伝子産物がタンパク質又はペプチドである場合、その遺伝子にコードされた遺伝子産物の翻訳に必要な、コーディング配列及び調節配列が含まれる。この核酸分子に含めることのできる調節配列には、プロモータ、エンハンサ及びポリアデニレーションシグナルや、例えばタンパク質又はペプチドを細胞表面へ輸送したり分泌させるためのN末端シグナル配列など、コードされたタンパク質又はペプチドの輸送に必要な配列が含まれる。
【0069】
遺伝子産物の発現を調節するヌクレオチド配列(例えばプロモータ及びエンハンサ配列)は、遺伝子産物を発現させたい細胞種と、その遺伝子産物の所望の発現レベルとに基づいて選択される。例えば、自らに連鎖した遺伝子の細胞種特異的発現をもたらすことが判明しているプロモータを利用してもよい。筋原細胞遺伝子発現に特異的なプロモータを、目的の遺伝子に連結すると、その遺伝子産物を筋肉特異的に発現させることができる。当業で公知の筋肉特異的調節因子には、ジストロフィン遺伝子(Klamutet al., (1989) Mol. Cell. Biol. 9:2396)、クレアチンキナーゼ遺伝子(Buskinand Hauschka,(1989) Mol. Cell. Biol. 9:2627)、及びトロポニン遺伝子(Marand Ordahl, (1988) Proc. Natl.Acad.Sci. USA. 85:6404)から上流にある領域が含まれる。他の細胞種に特異的な調節因子も当業で公知である(例えば、肝臓特異的な発現にはアルブミンエンハンサ;膵臓島細胞特異的発現にはインシュリン調節因子;神経ジストロフィン、神経エノラーゼ及びA4アミロイドプロモータを含め、様々な神経細胞特異的調節因子)。代替的には、ウィルス調節因子など、様々な別々の細胞中で遺伝子の構成的発現を命令できる調節因子を利用してもよい。遺伝子発現を駆動するのに通常用いられているウィルスプロモータの例には、ポリオーマウィルス、アデノウィルス2、サイトメガロウィルス及びシミアンウィルス40を由来とするものや、レトロウィルスのLTRがある。代替的には、自らに連鎖した遺伝子の誘導性発現を起こさせる調節因子を用いることもできる。誘導性調節因子(例えば誘導性プロモータ)を用いると、細胞中の遺伝子産物の産生を変調することができる。真核細胞で用いるのに有用であろう誘導性調節系の例には、ホルモンによって調節を受ける因子(例えばMader,S. and white, J. H. (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5603-5607を参照されたい)、合成リガンドで調節を受ける因子(例えばSpencer,D. M. et al. (1993) Science 262:1019-1024を参照されたい)及び電離放射線で調節を受ける因子(例えばManome, Y.et al. (1993)Biochemistry 32:10607-10613; Datta, R. et al. (1992)Proc. Natl.Acad. Sci. USA89:10149-10153)がある。さらに他の組織特異的又は誘導性調節系が開発されるかも知れず、それらの系を本発明に基づいて利用してもよい。
【0070】
本発明の細胞を改変するのに利用できる、遺伝物質を細胞に導入するための数多くの技術が当業で公知である。ある実施例では、当該核酸は裸の核酸分子の形である。この場合、改変しようとする細胞に導入する核酸分子は、遺伝子産物をコードする核酸と、必要な調節因子とからのみ、成る。代替的には、(必要な調節因子を含め)この遺伝子産物をコードする核酸をプラスミドベクタ内に入れる。プラスミド発現ベクタの例にはCDM8(Seed,B. (1987) Nature 329:840)及びpMT2PC(Kaufman , et al.(1987) EMBO J.6:187-195)がある。別の実施例では、細胞に導入しようとする核酸分子をウィルスベクタ内に入れる。この場合、遺伝子産物をコードする核酸は、ウィルスゲノム(又はウィルスゲノムの一部)中に挿入される。遺伝子産物の発現を命令する調節因子は、ウィルスゲノム中に挿入される核酸の中に含めても(即ち、ウィルスゲノムに挿入される遺伝子に連結しても)、又は、ウィルスゲノム自体に提供させてもよい。
【0071】
裸のDNAは、このDNA及びリン酸カルシウムを含有する沈殿物を形成することにより、細胞内に導入することができる。その代わりに、当該DNA及びDEAE−デキストランの混合物を形成し、この混合物を細胞と一緒にインキュベートしたり、又は、細胞とDNAを一緒に適当な緩衝液中でインキュベートし、この細胞に高電圧の電気パルスを印加する(即ち電気穿孔法)ことで、裸のDNAを細胞内に導入することもできる。裸のDNAを細胞に導入するもう一つの方法は、陽イオンリピドを含有するリポソーム懸濁液にDNAを混合する方法である。次にこのDNA/リポソーム複合体を細胞と一緒にインキュベートする。また裸のDNAは、例えば顕微注入によって細胞に直接注射することもできる。細胞をインビトロで培養する場合、DNAはインビトロでの顕微注入や、又はインビボでの遺伝子銃でも、導入することができる。代替的には、さらに、DNAをポリリシンなどの陽イオンと複合体形成させ、これを細胞表面受容体のリガンドに共役させることでも、DNAを細胞に導入することができる(例えばWu,G. and Wu, C. H. (1988) J. Biol. Chem. 263:14621 ;Wilson et al. (1992) J.Biol. Chem. 267:963-967; 及び米国特許第5,166,320号を参照されたい)。DNA−リガンド複合体を受容体へ結合させると、受容体が媒介するエンドサイトーシスにより、DNAの取り込みが簡単に行われる。裸のDNAの細胞への導入に関係する、遺伝子産物を発現するよう改変した細胞を作製するまた別の方法は、目的の遺伝子産物を発現するよう改変してある細胞を含有するトランスジェニック動物の作製である。
【0072】
例えばある遺伝子産物をコードするcDNAなど、核酸を含有するウィルスベクタを用いるのが、細胞へ核酸を導入するのに好適な方法である。ウィルスベクタに細胞を感染させると、大部分の細胞が核酸を受け取るという利点があり、核酸を受け取った細胞を選別するという手間を省くことができる。加えて、ウィルスベクタ内に含まれたcDNAなど、ウィルスベクタ内にコードされた分子は、ウィルスベクタ核酸を取り込んだ細胞によって効率的に発現され、ウィルスベクタ系もインビトロ又はインビボのいずれで用いることもできる。
【0073】
欠陥レトロウィルスも、遺伝子治療のための遺伝子移入術での利用に関してよく性格づけられている(レビューはMiller, A. D. (1990)Blood76:271を参照されたい)。目的の遺伝子産物をコードする核酸をレトロウィルスゲノムに挿入させた形で有する組換えレトロウィルスを構築することができる。加えて、レトロウィルスゲノムの一部を除去して、このレトロウィルスを複製欠陥性にすることができる。次に、この複製欠陥レトロウィルスをビリオン内に梱包し、このビリオンを用いて、標準的技術によりヘルパーウィルスを利用すれば標的細胞を感染させることができる。
【0074】
アデノウィルスのゲノムを操作して、目的の遺伝子産物をコードし、かつ発現はするが、正常な溶菌ウィルス生活周期で複製する上でのその能力が不活性化されているようにすることができる。例えばBerkner et al. (1988) Bio Techniques 6:616; Rosenfeld etal. (1991) Science252:431-434; 及びRosenfeld et al. (1992) Cell 68:143-155を参照されたい。アデノウィルス株Adタイプ5dl324又は他のアデノウィルス株(例えばAd2
、Ad3、Ad7等々)由来の適したアデノウィルスベクタも当業者に公知である。組換えアデノウィルスが有利であるが、それはなぜなら、それらでは分裂細胞が有効な遺伝子送達伝播体である必要がなく、気道上皮(上記のRosenfeldet al. (1992) )、内皮細胞(Lemarchandet al. (1992) Proc. Natl. Acad. Aci. USA89:6482-6486)、肝細胞(Herzand Gerard (1993) Proc. Natl. Acad. Sci.USA90:2812-2816)及び筋細胞(Quantin et al. (1992) Proc. Natl Acad. Sci USA 89:2581-2584)を含め、幅広い細胞種を感染させるのに利用できるからである。さらに、導入したアデノウィルスDNA(及びそこに含まれた外来のDNA)はホスト細胞のゲノムに組み込まれず、エピソームのままでいるため、導入されたDNAがホストのゲノムに組み込まれた場合(例えばレトロウィルスDNAなど)に挿入的変異誘発の結果おきる可能性のある問題を避けることができる。その上、アデノウィルスゲノムの、外来のDNAを乗せる能力は他の遺伝子送達ベクタに比較して高い(最大で8キロベース)(上記のBerkeret al.; Haj-Ahmand andGraham (1986) J. Virol. 57:267)。現在用いられている大半の複製欠陥アデノウィルスベクタは、このウィルスE1及びE3遺伝子の全部又は一部を欠失させてあるが、アデノウィルスの遺伝物質の80%もが残っている。
【0075】
アデノ随伴ウィルス(AAV)は、天然発生型の欠陥ウィルスであり、アデノウィルス又はヘルペスウィルスなどの別のウィルスを、効率的な複製や生殖能のある生命環のためにヘルパーウィルスとして必要とするウィルスである(レビューはMuzyczkaet al. Curr.Topics inMicro and Immunol. (1992) 158:97-129を参照されたい)。またこれは、そのDNAを非分裂性細胞に組み込ませ、安定な組み込みも高頻度で行われる数少ないウィルスの一つである(例えばFlotteet al. (1992) Am. J. Respir.Cell. Mol. Biol. 7:349-356; Samulski et al. (1989)J. Virol. 63:3822-3828; 及びMcLaughlin et al. (1989) J. Virol. 62:1963-1973を参照されたい)。300塩基対ほどのAAVを含有するベクタを梱包し、組み込ませることができる。外生のDNAのためのスペースは約4.5kbに限られている。Tratchinet al. (1985) Mol. Cell. Biol. 5:3251-3260に説かれたものなどのAAVベクタを用いても、DNAを細胞に導入することができる。多様な核酸が様々な細胞種にAAVベクタを用いて導入されてきた(例えばHermonatet al. (1984) Proc. Natl. Acad. Sci.USA 81:6466-6470; Tratchin et al. (1984)J. Virol. 51:611-619及びFlotte et al.(1993) J. Biol. Chem. 268:3781-3790を参照されたい)。
【0076】
核酸を一集団の細胞に導入するのに用いられるこの方法を行うと、細胞の大部分に改変が起きて、それらの細胞により(例えばウィルス発現ベクタを用いた場合によくあるように)遺伝子発現が効率的に行われるのであれば、集団中の個々の細胞をさらに単離したり、又はサブクローンせずに、その改変された細胞集団を用いてよいであろう。つまり、その細胞集団によって当該遺伝子産物が十分に産生されるため、さらに細胞を単離する必要もないであろう。反対に、一個の改変された細胞から、同一な改変が起きた細胞の均質な集団を成長させて、当該遺伝子産物を効率的に発現する細胞を単離するのが望ましい場合もあるであろう。このような均質な細胞の集団は、標準的な技術に基づき、限界希釈クローニング法により一個の改変された細胞を単離し、この一個の細胞を培養で展開させて細胞のクローン集団にすれば、作製が可能である。
【0077】
細胞に核酸分子を導入して、一遺伝子産物を発現するように該細胞を改変する代わりに、細胞による遺伝子産物の発現を誘導する又は発現レベルを増加させることでも、細胞を改変することができる。例えば、ある細胞は、特定の遺伝子産物を発現できるが、該細胞にさらに処置を行わなければ発現できないかも知れない。同様に、この細胞は、所望の目的の遺伝子産物を不十分な量しか発現しない場合がある。このように、遺伝子産物の発現を刺激する物質を、該細胞による遺伝子産物の発現を誘導又は増加させるのに用いることができる。例えば、細胞を一物質に培養基中、インビトロで接触させてもよい。遺伝子産物の発現を刺激する物質は、例えば、該産物をコードする遺伝子の転写を増加させたり、該産物をコードするmRNAの翻訳速度又は安定性(例えばポリAの尾などの転写後修飾など)を高めたり、又は、遺伝子産物の安定性、輸送又は局在化を高めたりすることで、機能するものでもよい。遺伝子産物の発現を誘導するのに利用の可能な物質の例には、サイトカイン及び成長因子がある。
【0078】
細胞による遺伝子産物の発現を誘導する又は増加させるのに利用の可能なもう一つの種類の物質は、当該産物をコードする遺伝子の転写を上方調節する転写因子である。目的の遺伝子産物をコードする遺伝子の発現を上方調節する転写因子は、例えば、この転写因子をコードする核酸分子を該細胞に導入することにより、該細胞に提供してもよい。このように、この方法は、(例えば前述した方法の一つを用いて)、細胞に導入することのできる、代替的な種類の核酸分子を提案するものである。この場合、導入される核酸は、目的の遺伝子産物を直接はコードしていないが、その遺伝子産物の発現を誘導することにより、該細胞による遺伝子産物の産生を間接的に引き起こすものとなる。一実施例では、本発明は、心臓細胞表現型が促進されるよう、心臓細胞遺伝子産物を筋原細胞中で組換えにより発現させることで、骨格筋原細胞中で心臓細胞表現型を促進する方法を提供するものである。ある実施例では、該遺伝子産物はGATA転写因子であり、好ましくはGATA4又はGATA6である。GATA6をコードするヌクレオチド配列は、例えば何らかの公共又は私設のデータベースに見ることができる。この配列は、例えばジェンバンクで受託番号005257で得られる。さらにこの配列は、例えばGenomics.1996.38(3):283-90にも教示されている。またGATA4をコードするヌクレオチド配列は、例えばジェンバンクの受託番号L34357など、様々なデータベースで得ることができる。別の実施例では、CTGF(JBiochem 1999 Jul 1;126:137)、VEGF(JpnJ Cancer Res 1999 Jan; 90:93-100)、IGR−1、IGF−II、TGF−β1、PDGFβなどの脈管形
成遺伝子産物や、又は、例えばFGF4(CancerRes 1997 Dec 15;57(24):5590-7)など、脈管形成物質を誘導するよう間接的に働く物質を、組換えにより発現するように、細胞を操作することもできる。
【0079】
VI.細胞移植
用語「被験体」には、ほ乳類、特にヒト、が含まれるものと、意図されている。被験体の例には、霊長類(例えばヒト及びサル)がある。本発明の方法を用いて移植を行うのに適した被験体は、心臓機能不全を特徴とする障害や、又は心臓の損傷又は心筋虚血性損傷を有するものである。
【0080】
本発明の筋細胞を、心臓障害又は心筋虚血を有するヒトの被験体の心臓に移植すると、喪失した心筋細胞が置換される。筋細胞は、心臓障害による少なくとも一つの悪影響又は症状を少なくとも部分的に減少又は軽減させるのに十分な量、心臓障害を持つ被験体に導入される。好ましくは、当該細胞を、心臓の虚血域に移植するとよい。別の実施例では、喪失した又は損傷した心筋細胞を置換するのに十分な量の筋細胞を、被験体に導入する。
【0081】
ここで用いる用語「投与する」、「導入する」、及び「移植する」は互換可能に用いられており、同系、同種又は異種の被験体などの被験体に、本発明の筋細胞を、この筋細胞が、例えば被験体の心臓損傷部位など、所望の部位に局在化するような方法又は経路によって配置することを言う。
【0082】
一実施例では、本発明の細胞を、左心室に心臓損傷を有する被験体に導入する。別の実施例では、本発明の細胞を、左心室の前方部分に心臓損傷を有する被験体に導入する。別の実施例では、本発明の細胞を、生来的に肥大した又は拡張しているなど、心筋症を有する被験体に導入する。別の実施例では、本発明の細胞を、心筋虚血性損傷を有する被験体に導入する。さらに別の実施例では、当該細胞を、例えば40から50%など、駆出率が50%未満であることを特徴とする心臓損傷を有する被験体に投与する。
【0083】
VIII 処置の方法
さらに本発明は、被験体において、心臓組織の損傷を特徴とする状態を処置する方法を提供するものであり、本方法は、前記状態が処置されるよう、被験体に本発明の筋細胞又は筋細胞組成物を移植するステップを含む。好ましくは、前記組成物を、損傷した心臓組織(例えば、虚血で損傷した心臓組織や、又は、線維組織又は瘢痕組織などに)に直接注射することにより、移植するとよい。ある実施例では、カテーテルを用いて前記組成物を注射する。心臓組織の損傷は梗塞でも、心筋虚血性損傷でも、又は心筋症であってもよい。処置しようとする心臓損傷が、心室壁面に位置していてもよい。ある好適な実施例では、心臓損傷は、左心室壁面などの心室壁面に位置している。ある好適な実施例では、自己由来細胞を移植する。別の実施例では、前記組成物を、被験体の冠状血管に移植する。
【0084】
本発明の筋細胞を被験体に送達するのに利用可能な方法の一つは、被験体の心室心筋にこの筋細胞を直接注射する方法である。例えばSoonpaa, M.H. etal. (1994)Science 264:98-101; Koh, G.Y. et al. (1993) Am. J.Physiol.33:H1727-1733を参照されたい。筋細胞は、例えば緩衝生理食塩水など、生理学的に適合性のある担体で投与することができる。ヒト被験体の心臓機能不全を特徴とする障害を処置するには、約10から10個の筋細胞を、ヒト心臓など、ヒトに導入してもよい。
【0085】
これらの投与方法を行うには、本発明の筋細胞を、被験体への心筋細胞の注射又は移植による導入が簡単に行える送達器具内に挿入してもよい。このような送達器具には、細胞及び流体をレシピエント被験体の体内に注射するカテーテルなどのチューブが含まれる。ある好適な実施例では、このチューブはさらにシリンジなどの針を有し、この針を通じて、本発明の細胞を、被験体の所望の位置へ導入することができる。本発明の筋細胞を、例えばシリンジなど、異なる形のこのような送達器具に挿入してもよい。細胞の移植に用いる針のゲージは例えば25から30番であってよい。例えば、細胞を、このような送達器具に入れる場合には、溶液中に懸濁させても、又は、支持マトリックス中に包埋してもよい。ここで用いる用語「溶液」には、本発明の細胞が生存した状態のまま、中に懸濁されている薬学的に容認可能な担体又は希釈剤が含まれる。薬学的に容認可能な担体及び希釈剤には、生理食塩水、水性の緩衝液、溶媒及び/又は分散媒が含まれる。このような担体及び希釈剤の利用は当業者に公知である。溶液は好ましくは、無菌、かつ注射筒に簡単に入れられる程度に流動性であるとよい。好ましくは、溶液は製造及び保管時の条件下で安定であり、また例えばパラベン、クロロブタノール、フェノール、アスコルビン酸、チメロザール、等々を利用して、細菌及び真菌などの微生物の汚染作用から保護されているとよい。本発明の溶液は、ここに説明した筋細胞を、薬学的に容認可能な担体又は希釈剤と、必要に応じて、上に列挙した他の成分とに加えてから、フィルタ滅菌すれば、作製できる。
【0086】
一実施例では、心臓の損傷区域へ細胞を直接送達するのに、心臓の虚血区域に達して心筋組織に進入することのできるカテーテルを用いてもよい。例えば、カテーテルを経皮的に導入し、血管系を通じて案内しても、又は、肋骨間の切開を含む限定開胸術などの外科的切開を通じて心臓に達させるカテーテルで案内してもよい。
【0087】
ある好適な実施例では、細胞を送達するためには通常用いられていない種類のカテーテルを用いて、本発明の筋細胞を送達する(例えば、細胞の送達に適しているとは、当業で知られていないが、薬剤、生物学的製剤、タンパク質、又は遺伝子の送達に用いられている、カテーテルなど)。驚くべきことに、これらのカテーテルは、たとえ損傷した心臓壁面が非常に薄い場合でも、細胞を損傷した心臓組織に送達することのできる優れた機構となる。例えば、ある種類のカテーテルを大腿動脈に導入し、左心室に通して、そこでこのカテーテルの末端から突き出た針を介して心臓内表面から心臓内へ細胞を送達することができる。この種類のカテーテルは、心筋の虚血区域に細胞をターゲティングする(バイオセンス社)のに役立つフルオロスコーピー(マイクロハート社)又はセンサ(ボストン・サイエンティフィック社)によって、所望の区域に位置決めすることができる。二番目の種類のカテーテルは、心臓静脈系を通じて導入され、細胞は、虚血区域に達したカテーテルの末端にある筐体から突き出た針を通じて、心外膜側から心筋へと注入される。複数針を持つカテーテルを最小開胸術によって導入し、細胞を送達する所望の深さ、パターン、及び量を設定することもできる。さらにこれらのカテーテルを、心内膜に穿孔するのに用いるレーザと組み合わせて用いると、細胞の到達度が増し、このレーザで形成された通路に新しい血管が成長するのを刺激することができる。
【0088】
筋細胞を組み込んでも又は包埋してもよい支持マトリックスには、レシピエントに適合性があり、かつ、分解してもレシピエントにとって有害な生成物にならないマトリックスが含まれる。天然及び/又は合成の生分解性マトリックスはこのようなマトリックスの例である。天然の生分解性マトリックスには、例えばコラーゲンマトリックスがある。合成の生分解性マトリックスには、多価無水物、ポリオルトエステル、及びポリ乳酸などの合成ポリマが含まれる。これらのマトリックスは、インビボで心筋細胞を支持及び保護する。
【0089】
筋細胞は、それらがエングラフト(原語:engraft)した被験体の所望の位置に細胞を送達できれば、いかなる適した経路によっても、被験体に投与してよい。この細胞の少なくとも約5%、好ましくは少なくとも約10%、より好ましくは少なくとも約20%、さらにより好ましくは少なくとも約30%、さらにより好ましくは少なくとも約40%、そして最も好ましくは少なくとも約50%又はそれ以上が、被験体に投与後も生存したままであるとよい。被験体への投与後の細胞の生存可能期間は、例えば24時間など数時間と短い時間から、数日間、数週間から数ヶ月と長くともよい。
【0090】
送達後、本発明の細胞及び組成物が被験体の心機能を高める能力を、当業で公知の様々な方法で計測してもよい。例えば、収縮期の心筋の機能又は収縮性を高める上での該細胞の能力を、計測してもよい。さらに、本発明の細胞及び組成物を、被験体内において拡張期圧力−緊張の関係を向上させる能力について、テストしてもよい。
【0091】
さらに本発明の筋細胞を、本発明の筋細胞又は筋細胞組成物に加えて複数の作用因子を含む組成物中に含めてもよい。例えば、このような組成物に、薬学的担体、抗体、免疫抑制剤、又は脈管形成因子を含めることができる。
【0092】
VII.免疫応答の変調
被験体に導入する前に、免疫拒絶を阻止するよう、該筋細胞を改変してもよい。少なくとも一個の免疫原性細胞表面抗原(例えばMHCクラスI抗原)を変更することにより、ここに詳細に説明する筋細胞を、被験体への導入に適したものにすることができる。同種又は異種の移植レシピエントで、移植される筋細胞の拒絶を阻止し、免疫無応答を得るためには、本発明の方法に、被験体に導入する前の当該細胞の表面上にある免疫原性抗原を変更するステップを含めてもよい。筋細胞上にある一つ又はそれ以上の免疫原性抗原を変更するこのステップを、単独で行っても、又は、被験体のT細胞活性を阻止する作用因子を被験体に投与するステップと組み合わせて行ってもよい。代替的には、移植筋細胞の拒絶反応は、筋細胞表面上の免疫原性抗原の変更を前もって行わないまま、被験体のT細胞活性を阻止する作用因子を被験体に投与しても、阻止できる。ここで用いる、T細胞活性を阻止する作用因子とは、被験体内のT細胞を除去(例えば隔絶)又は破壊する、又は、被験体内のT細胞機能を阻止する(即ち、T細胞は被験体内に存在していてもよいが、非機能的な状態にあるために、増殖したり、又は、サイトカイン産生、細胞傷害性、等々、エフェクタ機能を惹起する又は行うことができない)、作用因子であると、定義しておく。用語「T細胞」は、成熟末梢血Tリンパ球を包含するものである。T細胞活性を阻止する該作用因子は、さらに、未熟T細胞(例えば胸腺細胞)の活性又は成熟を阻止するものでもよい。
【0093】
レシピエント被験体のT細胞活性を阻止するための利用に好適な作用因子は、免疫抑制剤である。用語「免疫抑制剤又は作用因子」には、正常な免疫機能を阻止する又は干渉する薬学的作用因子が含まれるものと、意図されている。好適な免疫抑制剤はシクロスポリンAである。利用の可能な他の免疫抑制剤には、FK506、及びRS-61443がある。一実施例では、該免疫抑制剤を、少なくとも一つの他の治療的作用因子と組み合わせて投与する。投与の可能なその他の治療用作用因子には、ステロイド(例えばプレドニゾン、メチルプレドニゾン及びデキサメタゾンなどの糖質コルチコイド)及び化学療法薬(例えばアザチオプリン及びシクロホスファミド)がある。別の実施例では、免疫抑制剤を、ステロイド及び化学療法薬の両方と組み合わせて投与する。適した免疫抑制剤は市販のものが入手可能である(例えばシクロスポリンAはニュージャージー州、イースト・ハノーバー、サンドズ・コープ社から入手可能である)。
【0094】
免疫抑制剤は、投与経路に適合性ある製剤中に入れて投与される。適した投与経路には、(一回の輸注、複数回の輸注又は時間をかけた点滴のいずれかの)静脈注射、腹腔内注射、筋肉内注射及び経口投与がある。静脈注射の場合、薬剤を無菌の生理学的に容認可能な担体又は希釈剤(例えば緩衝生理食塩水)中に溶解させ、注射器に入れられるようにしてもよい。薬剤の分散液も、グリセロール、液体ポリエチレングリコール、及びこれらの混合物や油剤で作製できる。免疫抑制剤で便利な投与経路及び担体は当業者に公知である。例えば、シクロスポリンAは生理食塩水に溶かして静脈投与でき、又は、オリーブオイ
ル又は他の適した担体又は希釈剤に溶かして経口、腹腔内又は筋肉内投与できる。
【0095】
免疫抑制剤は、所望の治療効果(例えば移植された細胞の拒絶の阻止)を達成するのに充分な投薬量、レシピエントに投与される。免疫抑制剤や、免疫抑制剤と同時投与できる他の作用因子(例えばステロイド及び化学療法薬など)の投薬量の範囲は、当業で公知である(例えば、Kahan,B.D. (1989) New Eng. J. Med. 321(25):1725-1738を参照されたい)。ヒトを処置する際に適した、免疫抑制剤の好適な投薬量の範囲は、1日当たり、約1乃至30mg/体重1kgである。シクロスポリンAの好適な投薬量の範囲は、1日当たり、約1乃至10mg/体重1kg、より好ましくは一日当たり約1乃至5mg/体重1kgである。投薬量は、レシピエント被験体の血清中の免疫抑制剤の至適レベルが維持されるように調節してもよい。例えば、ヒト被験体におけるシクロスポリンAの好適な血清レベルである約100乃至200ng/mlを維持するように、投薬量を調節してもよい。投薬量の値は、例えば個々の疾患の状態、年齢、性別、及び体重などの因子に応じて左右されることは留意されたい。投薬計画も、個々のニーズ、及び、当該組成物を投与する、又は、その投与を監視する人物の職業上の判断に基づいて、至適な治療上の応答が得られるように、経時的に調節してもよい。ここに記載した投薬範囲は単に例示的なものであり、本発明の組成物の範囲又は実施を限定するものとは、意図されていない。
【0096】
本発明の一実施例では、免疫抑制剤を、被験体において移植された細胞に対する寛容を誘導するのに充分な時間、一時的に被験体に投与する。免疫抑制剤を一時的投与すると、移植片レシピエントにおいて長期の移植片特異的寛容が誘導されることが、判明している(Brunsonet al. (1991) Transplantation 52:545; Hutchinson etal. (1981) Transplantation32:210; Green et al. (1979) Lancet 2:123; Hall et al.(1985) J. Exp. Med.162:1683を参照されたい)。被験体へのこの薬剤の投与は、被験体に当該細胞を移植する前に開始してもよい。例えば、薬剤投与の開始が移植の数日前(例えば1日乃至3日前)であってもよい。その代わり、薬剤投与を、移植当日又は移植から数日後(一般的には3日前以降)に開始してもよい。薬剤の投与は、薬剤投与をやめてもドナー細胞がレシピエントに受容され続けるよう、ドナー細胞特異的寛容をレシピエントで誘導するのに充分な時間、継続する。例えば、移植後、該薬剤を3日間という短い期間、又は、3ヶ月という長い期間、投与してもよい。典型的には、薬剤投与は、移植後少なくとも1週間、しかし1ヶ月を越えない期間、行う。被験体で移植された細胞に対する寛容が誘導されたかどうかは、免疫抑制剤投与を止めた後でも移植された細胞が継続して受容されていることが指標となる。移植された組織が受容されたかどうかは、形態学的(例えば皮膚移植の場合、移植された組織の検査又は生検によって行う)に判定するか、又は、移植体の機能的活性の評価によって判定することができる。
【0097】
被験体のT細胞活性を阻止するのに利用の可能なもう一つの種類の作用因子は、レシピエントのT細胞を枯渇させる又は隔絶する抗体、又はそのフラグメント又は誘導体である。被験体に投与されたときに、インビボでT細胞を枯渇させる又は隔絶することのできる抗体は、当業で公知である。典型的には、これらの抗体は、T細胞表面上にある抗原に結合する。ポリクローナル抗血清を、例えば抗リンパ球血清に用いることができる。代替的には、一つ又はそれ以上のモノクローナル抗体を用いてもよい。T細胞を枯渇させる好適な抗体には、T細胞表面上のCD2、CD3、CD4又はCD8に結合するモノクローナル抗体が含まれる。これらの抗原に結合する抗体は当業で公知であり、市販のものが入手可能(例えばアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションから)である。ヒトT細胞上のCD3に結合させるのに好適なモノクローナル抗体はOKT3(ATCCCRL8001)である。T細胞の表面抗原に抗体を結合させると、内生の機序による、被験体におけるT細胞の隔絶、及び/又は、被験体におけるT細胞の破壊、が容易となる。代替的には、T細胞表面上の抗原に結合する、T細胞を枯渇させる抗体を、毒素(例えばリシン)又は他の細胞傷害性分子(例えば放射性同位体)に共役させて、この抗体がT細胞に結合したときにT細胞の破壊を促すこともできる。本発明で利用の可能な抗体の作製に関する更に詳細な事項については、1994年3月31日出願の米国特許出願08/220,724号を参照されたい。
【0098】
レシピエント被験体のT細胞活性を阻止するのに利用可能なもう一つの種類の抗体は、T細胞増殖を阻止する抗体である。例えば、IL-2などのT細胞成長因子、又は、IL-2受容体などのT細胞成長因子受容体を狙った抗体は、T細胞の増殖を阻止することができる(例えばDeSilva,D.R. et al. (1991) J. Immunol.147:3261-3267を参照されたい)。従って、IL-2又はIL-2受容体抗体をレシピエントに投与すると、移植された細胞の拒絶を阻止することができる(例えばWoodet al. (1992) Neuroscience 49:410を参照されたい)。さらに、IL-2及びIL-2受容体抗体の両方を、T細胞活性を阻止するために同時投与しても、又は、別の抗体(例えばT細胞の表面抗原に結合するものなど)と一緒に投与することもできる。
【0099】
レシピエントのT細胞を枯渇させる、隔絶する、又は阻止する抗体を、移植時の細胞の拒絶を阻止する用量で、かつ適した時間、投与することができる。抗体は、好ましくは、薬学的に容認可能な担体又は希釈剤(例えば無菌の生理食塩水)に入れて静脈投与するとよい。抗体投与を移植前(例えば移植から1乃至5日前)に開始してもよく、また所望の効果を得るために移植後毎日継続してもよい(例えば移植後最長14日間)。ヒト被験体に抗体を投与する際の好適な投薬量の範囲は、一日当たり約0.1乃至0.3mg/体重1kgである。代替的には、抗体を一回で高用量(例えば用量約10mg/体重1kgの大量投与)を移植当日にヒト被験体に投与してもよい。末梢血からT細胞を枯渇させる上での抗体処置の効果は、抗体処置前及び後に被験体から採取した血液試料中のT細胞数を比較することで、判定できる。投薬計画は、個々のニーズや、当該組成物を投与する、又は、その投与を管理する人物の職業上の判断に基づいて、至適な治療的応答が得られるように、経時的に調節してもよい。ここに記載した投薬量の範囲は単に例示的なものであり、本発明の組成物の範囲又は実施を限定したものとは、意図されていない。
【0100】
以下の実施例で、本発明をさらに詳細に説明するが、同実施例を、更なる限定を行うものとは、決して理解されてはならない。本出願を通じて引用された(文献、発行済特許、公開特許出願、及び同時係属特許出願を含む)あらゆる引用文献を、参照をもってここに編入することを明示しておく。
【実施例】
【0101】
実施例1:心筋修復のための細胞治療:急性心筋梗塞後の心臓への筋原細胞の冠内注射移植の成功
心筋修復のための潜在的な戦略である細胞移植(CT)が、急性心筋梗塞(AMI)の大型動物モデルで行われたことはない。ヒト筋原細胞(HM)を冠内(IC)注射により、梗塞したイヌ心筋にインビボで送達するCTが実現できるかを、調べた。
【0102】
インビトロ実験では:骨格筋生検から単離された、クローンされたHMを胎児心筋細胞(FC)と一緒に同時培養した。2)インビボ実験では:雑種の成犬に(左開胸術により)左冠動脈前下行枝(LAD)閉塞を90分間行った後、持続的に再潅流を行った。AMI後1時間又は1日の時点で、レポータ遺伝子LacZをトランスフェクトしたCM(40×10細胞)をLADへ注射により大量投与した。シクロスポリン及びプレドニゾンを毎日投与した。移植後1時間又は7日目の時点で心臓を摘出し、連続切片をβ−ガラクトシダーゼ組織化学法で調べた。
【0103】
同時培養では、HMはFCと一体化しており、FCと同調した収縮性を呈した。2)イヌでは、LacZポジ細胞はa)HMの血管周囲浸潤、b)心外膜から心内膜までのAMI領域の境界へのHMの広汎なエングラフトメント(原語:engraftment)、及びc)HMがAMI領域に透過しており、その箇所で新たな脈管構造が発達中であること、を示した。このように、イヌでは、HMは移植可能であり、梗塞した心筋の周囲で生存が可能である。;2)損傷した心筋細胞を増強するためのCTを、IC注射により行うことができる。
【0104】
実施例2: 心筋細胞特異的GATA4/6転写因子を用いた、骨格筋原細胞における心筋細胞表現型の誘導
筋原細胞の輸注の時間及び形態に係る問題に対処するために、細胞移植の1日前にシクロスポリンA(CyA)及びプレドニゾンにより免疫抑制計画を開始したイヌ筋原細胞を用いた研究を行った。イヌ筋原細胞をオスの骨格筋(TA)生検から単離し、メスのイヌに移植した。移植前に短期間研究用の細胞をCM−DIIで標識し、蛍光顕微鏡法で検出した。これらの同種のイヌ筋原細胞研究(短期間)は、細胞移植の時間及び形態に対処するだろうと提案されていた。緑色蛍光たんぱく(GFP)組換えアデノウィルスベクタ系を用いて、移植された筋原細胞を検出する強力な方法としてもよい。この方法は、37℃での短時間のインキュベーション中に、GFPレポータ遺伝子を持つ筋原細胞の大部分(>90%)を感染させる大変効率的な方法である。
【0105】
E1を欠失させ、GFP cDNAを持たせた組換えアデノウィルスベクタの作成法は、当業で公知である。E1及びE3の両方を欠失させ、それぞれGFP及びGATAcDNAを含有させた組換えベクタを含有する同様な作成物を作成した。このアデノウィルスベクタはいったん筋原細胞に感染すると、それは複製欠陥性であり、それ以上の細胞に再感染することができない。GFPのcDNAを、細菌プラスミドベクタpAd.RSV4のNot1 及び XhoI 部位の間にサブクロー
ンしたが、このベクタはRSVの長い末端繰り返し配列をプロモータとして、そしてSV40のポリアデニレーションシグナルを用い、Ad配列の0から1まで、及び9から16のマップユニットを含有する。次にこのプラスミドベクタを293細胞にpJM17と一緒に同時トランスフェクトした。次に組換えアデノウィルスベクタを、高力価のストックとして、293細胞内に増殖させて作成した。ウィルス力価は、プラーク検定により101pfu/mLであると判定され
た。
【0106】
さらに、GFPレポータ遺伝子と、ヒト心筋細胞特異的転写因子GATA4又はGATA6のcDNAとを含有する別のアデノウィルスベクタを用いて筋原細胞に感染させて、収縮性の心筋細胞表現型への分化を助けてもよい。これには、収縮装置と、心臓の遅い収縮に関連したCa++ATPaseとをコードする遺伝子の内生の上方調節が含まれる(SERCA)。
【0107】
実施例3:抗原のマスキング:ヒト及びブタ細胞に結合するPT-85及びW6/32の比較
ヒト及びブタ細胞に対するPT-85及びW6/32の親和性を、FACS分析で一回の実験で測定して、複数のそれまでの実験を参照することで生ずる差異を制限した。PT-85の親和性をブタ細胞対ヒト細胞で比較した。さらに、ヒト細胞との反応性について、PT-85対W6/32で比較した。
【0108】
内皮細胞に対するPT-85の半分−最大の結合は、抗体が0.007 ug のとき(10個の細胞)であり、対ヒーラ細胞では、抗体が0.005ugのときであった。結論は、細胞表面MHCクラスIに対する親和性は、ブタ細胞とヒト細胞ではほぼ同様であることになる。
【0109】
ブタ細胞対ヒト細胞由来の可溶性クラスI分子(HO)に対する相対的親和性は、同じではない。PT-85は、(JY細胞由来の)ヒト分子とよりも遙かに高い見かけ上の親和性を(PBL由来の)ブタ分子に対して示して沈殿する。細胞表面及び可溶性MHC分子に関する結果の間に相関関係がないことは、PT-85及び9-3の比較で観察されることと、同様である。
【0110】
W6/32のヒーラ細胞に対する半分−最大の結合が得られたのは、抗体が0.04ugのときであり、PT-85では0.005ug(10個の細胞)だっとのとは対照的である。従って、PT-85の親和性は、ヒト細胞ではW6/32よりも僅かに高いことになる。両方の抗体とも、1ugに達する濃度で飽和に達したが、W6/32の方が僅かに高い蛍光強度を見せた。
【0111】
JY細胞で免疫沈降法を行うと、W6/32の可溶性HLAへの結合は、PT-85よりも遙かに強く、W6/32 (2 ugの抗体)で暗いバンドが得られるが、同じ濃度のPT-85のときのバンドは、かすかに検出できる程度である。
【0112】
これらの結果から、PT-85及びW6/32が細胞表面HLAに対して同様な親和性を呈すること、そして可溶性MHC分子に結合する抗体は、当該抗原を同定するのに有用ではあるが、相対的な親和性の判定には有用でないことが分かる。これらの結果は、W6/32及びPT-85の両方が同じ細胞に結合したことを示した二色FACS分析と一致し、両方のエピトープを同時にマスキングできることを示唆している。
【0113】
実施例4:レシピエントの心臓における筋細胞の移植及び生存
以下のように、細胞をすべてオスのルイス・ラットに移植した。
【0114】
(A)同系骨格筋から単離し、EGFと一緒にラミニン上で3日間(デキサメタゾンはなし)だけ成長させた細胞を、以下のように移植し、観察した。
7A1:1週間凍結させた心臓(12.5 mg/kg CyA + 4 mg/kg プレドニゾン)及び7A2: 1週間凍結させた心臓(免疫抑制なし)。
【0115】
(B)同系骨格筋から単離し、FGFと一緒にコラーゲン上で3日間だけ成長させた細胞を、以下のように移植し、観察した。
7B1:1週間凍結させた心臓(12.5 mg/kg CyA + 4 mg/kg プレドニゾン); 7B2:1週間凍結させた心臓(免疫抑制なし);
7B3: 1週間ホルマリン固定した心臓(12.5 mg/kg CyA + 4 mg/kg プレドニゾン);及び7B4: 1週間ホルマリン固定した心臓(免疫抑制なし)。
【0116】
この実験で用いる細胞は、インビトロで20回未満の個体数倍増を行わせ、移植前に選別しなかった。この動物の免疫抑制を第−1日に介しした。動物には、第0日に2×10細胞/部位(2ニードル・トラック/部位)を注射で移植した。第7日に動物から収集した。移植物を切片にし、H&E(+トリクローム)で分析し、抗マイオジェニン(+抗CD11)で免疫着色した。ラットの心臓切片はすべて、細胞生存及び抗ミオゲニン着色について大変良好に見えた。免疫抑制のある群と、免疫抑制のない群との間に検出可能な違いは観察されなかった。同系のメスラット心臓に精製細胞を移植した実験に比較して、10分の1の数の少ない移植された細胞で、より大きな生存区域がみとめられた。結果を表3に示す。
【0117】
【表3】

【0118】
実施例5: 移植前に細胞を選別する、又は、しない場合の移植結果の比較
以下の細胞移植を、すべてオスのルイス・ラットに行った。
【0119】
この実施例では、被験体に実験的に心筋梗塞を第1日に誘発した。動物を1週間、快復させた。一週間の休止期間後、移植を行った。
【0120】
(A)同系の骨格筋から単離し、EGFを加えたラミニン上で3日間だけ成長させた細胞。2×10細胞/心臓を注射(10個/部位)し、以下のように観察した。
8A 1: 1週間生存(凍結)
8A2: 4週間生存(凍結)
8A3: 4週間生存(ホルマリン)
8A4: 4週間生存、免疫抑制あり(48時間;凍結)
8A5: 4週間生存、免疫抑制あり(凍結)
【0121】
(B)同系の骨格筋から単離し、EGFを加えたラミニン上で成長させ、選別し、展開さ
せた細胞。2×10細胞/心臓を注射(10個/部位)し、以下のように観察した。8B1: 1週間生存(凍結)
8B2: 4週間生存(凍結)
8B3: 4週間生存(ホルマリン)
8B4: 4週間生存、免疫抑制あり(凍結)
【0122】
(C)同系の骨格筋から単離し、EGFを加えたラミニン上で3日間だけ成長させ、選別し、展開させた細胞。2×10細胞/心臓を注射(10個/部位;5乃至10倍)し、以下のように観察した。
8C 1: 1週間生存(凍結)
8C2: 4週間生存(凍結)
8C3: 4週間生存(ホルマリン)
8C4: 4週間生存、免疫抑制あり(凍結)
【0123】
陽性対照に免疫抑制(12.5 mg/kg CyA + 4 mg/kg プレドニゾン)。細胞を3日間(即ち、選別せずに、インビトロで限られた時間、培養することで、限られた回数の個体数倍増を行わせる)培養するか、又は、選別して6乃至10日間、展開させた(選別された)。粗細胞を10細胞/部位(2ニードルトラック/心臓)(12.5μl/部位)になるように注射した。選別された細胞:比較を10個の細胞/部位対10個の細胞/部位(40μl/部位)、即ち、12.5μl/部位対40μl/部位、の間で行った。A1、B1、及びC1の心臓を、1週間と2週間との間で収集した。残りの心臓は4週目までに収集した。心臓を切片に切断し、H&E(+トリクローム)で分析した。細胞を抗マイオジェニン(+抗CD11)で免疫着色した。結果を表4に示す。
【0124】
【表4】

【0125】
移植体を組織検査すると、個体数倍増の回数が少ない骨格筋原細胞を含む組成物の方が、選別して精製細胞を得た後、より多い回数の個体数倍増を行わせたこのような組成物よりも、生存が良好であることが分かった。図1は、トリクロームによる移植体の着色を示す。図1Aは、移植前に選別を行った移植された細胞の写真であり、図1Bは、選別を行わずに移植前にインビトロで数回、個体数倍増を行わせただけの移植された細胞の写真である。図1Bの移植細胞の方が生存率が高い。
【0126】
組織検査では、さらに、骨格筋原細胞を含む組成物を梗塞したラットの心臓に移植すると血管形成(脈管形成)が起きることが分かる。図2A(パワーが低い方)及び2B(パワーが高い方)は、移植後3週間目での因子VIIIによるこのような移植体の着色を示す。移植体中央に血管が見られる。
【0127】
ラット心臓の梗塞区域に骨格筋原細胞を移植された動物に、運動最大値テストを行った。この実施例のテストの結果を表5に示す。表5では、移植を受けた(筋原細胞)動物と対照(疑似)動物との運動結果を比較し、移植を受けた動物が、模擬移植体を移植された対照動物よりも長時間、(時間)、かつより遠くに(距離)、トレッドミル上を運動できたことを示す。
【0128】
【表5】

【0129】
さらに、図3及び4は、移植を受けた動物(筋原細胞)に、移植を受けていない対照動物に比較して、拡張期圧−容積で向上があったことを示す。図3及び4は、(動物の大きさで補正したあとの)拡張終期圧対容積の比に減少があったことを示す。これらのデータから、筋原細胞を移植された動物の左心室が強化しつつあり、移植を受けた心臓の赤血球体積が、圧力が増加するにつれ小さくなっていることが分かる。
【0130】
実施例6: 心筋梗塞後の心室リモデリング及び収縮機能に対する移植結果の比較
以下の細胞移植を、オスのルイス・ラットに行った。この実施例では、第1日に冠動脈結紮を被験体に行って心筋梗塞を実験的に誘発した(Pfeffer et al. (1979) Circ. Res.44:503-512; Jain et al.(2000)Cardiovasc. Res. 46:66-72; Eberliet al. (1998) J. Mol. Cell. Cardiol.30:1443-1447を参照されたい)。動物を一週間、快復させた。この一週間の休止期間の後に移植を行った。新生児期ルイス・ラットの後脚骨格筋から単離される筋原細胞及び線維芽細胞を単離し、20%のウシ胎児血清を補った成長培地中でラミニン上で48時間、成長させた。細胞をHBSS中に10個の細胞/mLになるように再懸濁させ、10個の細胞/心臓を以下のように注射した(6乃至10回の注射)。(対照):梗塞のない対照(M1):心筋梗塞+疑似注射 (M2):心筋梗塞+細胞注射
【0131】
三つの群の動物を、細胞治療後3週間目及び6週間目の時点で調べた。
【0132】
トリクローム着色及び免疫細胞化学法により、骨格筋原細胞(抗マイオジェン着色)及び成熟筋原細胞(抗骨格ミオシン着色)を検出して、移植体の生存を評価した。筋原細胞を移植してから9日目に移植体の生存を確認した(図5)。マイオジェニン陽性の着色が、移植後9日と早い時点で観察された(図5D−F)が、骨格ミオシン重鎖の発現は、移植後3週間が経つまでは観察されなかった。筋原細胞の生存は、治療後3週間目及び6週間目の動物で、それぞれ7匹のうち6匹、9匹のうち9匹に確認された。同系細胞治療を行った動物では、体重減少、死亡率増加又は組織切片中のマクロファージ蓄積で判断する限り、細胞拒絶の証拠は何らなかった。
【0133】
インビボの心室機能及び全体的な心機能の測定値である、最大運動能力を、細胞移植前(MI後1週間)と、治療後3週間目及び6週間目の時点ですべての動物で調べた(図6)。MI動物では、時間と共に運動能力が次第に減少し、6週目の時点では、対照動物に比較して、30パーセントを超える減少が運動能力に見られた。細胞治療により(MI+)、MI後の運動能力が継続的に減少することは妨げられ、インビボ心機能の進行性の低下からの保護効果あることが示唆された。
【0134】
収縮期圧−容積曲線を用いて測定する心臓収縮機能を、摘出された等容性拍動心臓による全心臓ランゲンドルフ灌流実験で(Jain et al. (2000)Cardiovasc. Res. 46:66-72; Eberliet al. (1998) J. Mol. Cell. Cardiol.30:1443-1447が解説するように)検定した(図7)。梗塞のない対照心臓では、心室容積が増加するにつれた収縮圧力の典型的な上昇が見られた。移植後3週目では、MI心臓に収縮期圧−容積曲線に右向きのシフトがあった(図7A)。細胞移植により、MI+心臓のこのようなシフトが妨げられ、あらゆる前負荷(心室容積)で、生ずる収縮期圧が高くなった。しかしながら、群間に、(拡張終期圧が40mmHGのときの)心室容積最大時に生ずる収縮圧ピークに有意な違いはなかった。細胞治療の有益な効果は、さらに治療後6週目の時点でも観察され(図7B)、筋原細胞を移植したことで、エクスビボで、全体的な収縮機能に向上があったことが示された。
【0135】
ポンプ機能不全に加え、心室リモデリングの結果、進行性の全体的な心腔の拡張が特徴的に起きる。心室拡張を、拡張期圧−容積の関係で評価し、(上記のJain etal.; Eberli et al.,が解説するように)一定の範囲の拡張期容積にわたって膨張圧を観察することで、摘出心で確証した(図8)。あらゆる時点で、MI心臓では、圧力−容積曲線の右向きの移動で実証されるように、いかなる膨張圧の時点でも、梗塞のない対照心臓に比較して左心室が大きく拡張していることが分かった。しかしながら、細胞治療により、心室腔拡張に有意な低下が起き、移植後3週目及び6週目の両方の時点で、MI+群の心臓がMI群の左向きに大きく動いており、心筋梗塞後の有害な心室リモデリングが細胞移植の結果減衰したことを示している。
【0136】
心室リモデリングをさらに組織切片の形態計測分析でも調べた。あらゆる時点で、MI及びMI+心臓は、梗塞のない対照心臓に比較して心室直径の拡大を示した。細胞治療後6週目では、MI+群の心臓は、MI心臓に比較して心内膜直径が小さく、図8Bの拡張期圧−容積曲線で観察されたのと同様に、心室拡張に減衰があったことが示唆された。その上、MI心臓では、治療後3週目及び6週目の両方で、梗塞壁面の厚さに減少があり、特徴的な心筋梗塞後瘢痕菲薄化及び梗塞性の伸長があったことが分かる。しかしながら、MI+心臓では、梗塞のない対照心臓に比較しても、梗塞壁面の厚さに何ら有意な減少はなかった。中隔壁の厚さは、治療後3週目及び6週目の両方で、全ての群について同じようなものであった。これらのデータは、MI後に筋原細胞を移植すると、全体的な心室機能不全及び有害なリモデリングのインビボ及びエクスビボの両方の指数が向上することを示しており、細胞移植をMI後に行うと有益であろうことを示唆している。
【0137】
実施例7: 末期心疾患の処置のための自己由来筋原細胞及び線維芽細胞移植
骨格筋から得た自己由来筋原細胞及び線維芽細胞を末期心疾患の被験体の心筋に移植する。この研究のヒトの被験体は、心臓移植術の候補であり、正位移植への架け橋として左心室支援装置の配置が計画されている。
【0138】
移植前に、筋原細胞及び線維芽細胞を、被験体の骨格筋生検で得た衛星細胞からインビトロで展開させる。この細胞の組成物は好ましくは40乃至60%が筋原細胞であるとよい。この細胞は、1ml当たり8×10個の細胞の濃度であり、左心室の梗塞区域周辺に注射する。最高100ulの注射を最高で35カ所の部位に行い、最大で300×10個の細胞を注射する。
【0139】
筋原細胞及び線維芽細胞移植の安全性を、異常な心機能など、予測できない副作用に基づいて検定する。自己由来移植体の生存と、この自己由来筋原細胞及び線維芽細胞移植に関連しているであろう心機能の向上の可能性とに関する予備的な情報を得る。
【0140】
実施例8: 梗塞した心筋を処置するための自己由来筋原細胞及び線維芽細胞の移植 骨格筋から得た自己由来筋原細胞及び線維芽細胞を、心筋梗塞後の心筋の虚血域又は瘢痕域の内部又は周辺に移植する。この研究のヒトの被験体は心筋梗塞を有し、さらに、この被験体が冠動脈バイパス移植を行うハイリスク候補群に含まれている理由である左心室機能不全を含む心疾患も有する。
【0141】
移植前に、筋原細胞及び線維芽細胞を、被験体の骨格筋生検で得た衛星細胞からインビトロで展開させる。この細胞の組成物は好ましくは40乃至60%が筋原細胞であるとよい。この細胞は、1ml当たり8×10個の細胞の濃度であり、充分に潅流した左心室の壁面にある梗塞域の内部及び周辺に注射する。最高100ulの注射を最高で30カ所の部位に行う。
【0142】
筋原細胞及び線維芽細胞の移植の安全性を、移植された細胞、及び、移植の手法が原因の悪影響に基づいて検定する。心エコー検査法及び磁気共鳴映像法を用いて、局部的な壁面の動きを評価し、心機能の向上を検出する検定を行う。
【0143】
等価物 当業者であれば、ごく日常的な実験を用いるのみで、ここに説明した本発明のいくつかの実施例の等価物を数多く認識され、又は確認できることであろう。このような等価物は以下の請求の範囲の包含するところと意図されている。
【0144】
参考文献
Apstein, C.S.,O.H. Bing, and H.J. Levine. 1976.Cardiac muscle function during and afterhypoxia:effects of glucose concentration, mannitol and isoproternol. JMol CellCardiol. 8:627.
Baily, R.G.,J.C. Lehman, S.S. Gubin,and T.I. Musch. 1993. Non-invasive assessment ofventricular damage in rats with myocardial infarction. Cardiovasc Res. 27:851.
Blau, Helen andHughes,Simon. Publication Date: 1990. International Publication No. WO90/15863.(International Application No. PCT/US90/03352).
Chen G. andQuinn L.S. 1992. Partial characterizationof skeletal myoblast mitogensinmouse crushed muscle extract. J. Cell Physiol. 153(3):563-74
Connelly, C.M.,S. Ngoy, F.J. Schoen, and C.S. Apstein. 1992. Biomechanical properties ofreperfusedtransmural myocardial infarcts in rabbits during thefirst weekafter infarction. Implications for leftventricular rupture. Circ Res. 71:401.Desai et al.1997. Cardiovascular Indexesin the Mouse at Rest and with Exercise:
New Toolsto Study Models of Cardiac Disease. Am. J. Physiol. 272:H 1053-1061.
Desai et al.1999. Phospholamban Deficiency Does Not CompromiseExercise Capacity. Am. J.Physiol. 276:H1 172-177.
Eberli, F.R.,F. Sam, S. Ngoy,C.S. Apstein, and W.S. Colucci.1998. Left-ventricularstructural and functionalremodeling in the mouse after myocardial infarction:assessmentwith the isovolumetrically- contracting Langendorff heart. J MolCell Cardiol. 30: 1443.
Fewell et al.1997. A Treadmill Exercise Regimen forIdentifying Cardiovascular phenotypes inTransgenicMice. Am. J. Physiol. 273:H1 595-605.
Field, L.J.1997. Non-Human Mammal Having a Graft and Methods of DeliveringProtein toMyocardial Tissue. U.S. Patent No.5,602,301 (filed November 16, 1994).
Field, L.J. etal. Publication Date: 1995.International Publication No. WO 95/14079.(International Application No.PCT/US94/13141).
Jain, M. et al.2000. Angiotensin II Receptor BlockadeAttenuates the Deleterious
Effects ofExercise Training on Post-MI Ventricular Remodelling in Rats. Cardiovasc.Res.46:66-72.
Koh, G.Y. etal. 1993Differentiation and Long-Term Survival of C2C12 MyoblastGrafts inHeart. J. Clin.Invest. 92:1548-1554.
Law, P.K. andGoodwin, T. G. 1992. Compositions forand Methods of Treating MuscleDegeneration andWeakness. U.S. Patent No. 5,130,141 (filed May 30, 1991).
Li, R.K. et al.1998. Cell therapy to repair broken hearts. Can J Cardiol; 14(5):735-744.
Li, R.K. et al.1996. Human pediatric and adult ventricular cardiomyocytesin culture:assessment of phenotypic changes with passaging. Cardiovascular Research.32:362-373.
Li, R.K. et al.1997. Natural History of Fetal Rat CardiomyocytesTransplanted Into Adult RatMyocardial Scar Tissue.Circulation. 96(9):II-179-II-187.
Mannion, J.D.et al. 1986. Histochemical and Fatigue Characteristics of Conditioned CanineLatissimus Dorsi Muscle.Circulation Research.58(1):298-304.
Morrow, N.G. etal. 1990. Increased Expression ofFibroblast Growth Factors in a RabbitSkeletal MuscleModel of Exercise Conditioning. J. Clin. Invest.85:1816-1820.
Murry, C.E. etal. 1996.Skeletal Myoblast Transplantation for Repair ofMyocardial Necrosis.J. Clin.Invest. 98(11):2512-2523.
Pfeffer et al.1979. Myocardial Infarct Size andFunction in Rats. Circ. Res. 44:503-512.
Pfeffer, P.F.,and E.Thorsby. 1982. HLA-restricted cytotoxicity againstmale-specific (HY) antigenafter acute rejection of anHLA-identical sibling kidney: clonal distributionof the cytotoxiccells. Transplantation. 33:52.
Robinson, S.W.et al. 1996. Arterial Delivery ofGenetically Labelled Skeletal Myoblaststothe Murine Heart:Long-Term Survival and Phenotype Modification of ImplantedMyoblasts.Cell Transplantation. 5(1):77-91.
Schweitzer,J.S. et al. 1987. Fibroblasts ModulateExpression of Thy-1 on the Surface ofSkeletal Myoblasts. Experimental Cell Research. 172:1-20.
Taylor, D.A. etal. 1997. Delivery of Primary Autologous Skeletal Myoblastsinto Rabbit Heartby Coronary Infusion: A PotentialApproach to Myocardial Repair. Proceedings of the Association of AmericanPhysicians. 109(3):245-253.
Taylor, D.A. etal.1998. Regenerating functional myocardium: Improved performance afterskeletal myoblast transplantation.Nature Medicine. 4(8):929-933.
Trueblood etal. 1999.Relationship Between Exercise Intolerance and Myocardial Remodeling Post-MI inthe Rat. Circulation. 100:I-55. Abstract.
Zelenika, D.,E. Adams, A. Mellor, E. Simpson, P.Chandler, B. Stockinger, H. Waldmann,and S.P. Cobbold. 1998. Rejection of H-Y disparateskin grafts by monospecific CD4+Thl and Th2 cells: norequirement for CD8+ T cells or B cells. J Immunol.161:1868.

【特許請求の範囲】
【請求項1】
心臓組織の損傷を特徴とする被験体の一状態を処置するため、または被験体の心臓組織への心筋虚血性損傷を処置するための、単離された骨格筋原細胞及び単離された線維芽細胞を含む、移植可能な組成物であって、該細胞は、移植の前にEGFを含む媒質中でインビトロで培養されることを特徴とする、組成物。
【請求項2】
前記細胞が自己由来細胞である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
20%乃至70%の骨格筋原細胞を含む、請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
50%の骨格筋原細胞を含む、請求項1に記載の組成物。
【請求項5】
EGFを含む媒質中で、ポリLリシン及びラミニンで被膜された表面上で培養される、請求項1に記載の組成物。
【請求項6】
FGFを含む媒質中で、コラーゲンで被膜された表面上で培養される、請求項1に記載の組成物。
【請求項7】
最長で14日間、インビトロで培養される、請求項1に記載の組成物。
【請求項8】
最長で7日間、インビトロで培養される、請求項7に記載の組成物。
【請求項9】
前記細胞に、移植前にインビトロで一回、倍増を行わせる、請求項1に記載の組成物。
【請求項10】
前記細胞に、移植前にインビトロで十回、倍増を行わせる、請求項9に記載の組成物。
【請求項11】
前記細胞に、移植前にインビトロで十回未満、倍増を行わせる、請求項10に記載の組成物。
【請求項12】
前記細胞に、移植前にインビトロで五回、倍増を行わせる、請求項11に記載の組成物。
【請求項13】
被験体への移植後、心臓組織にエングラフト(原語:engraft)される、請求項1に記載の組成物。
【請求項14】
脈管形成が前記被験体の心臓組織で促進される、請求項13に記載の組成物。
【請求項15】
脈管形成性化合物、又は、脈管形成性遺伝子産物を発現するよう操作された細胞、を含む、請求項13に記載の組成物。
【請求項16】
前記骨格筋原細胞が、心臓細胞により似るように誘導される、請求項1に記載の組成物。
【請求項17】
前記骨格筋原細胞が、GATA転写因子を発現するよう操作される、請求項16に記載の組成物。
【請求項18】
前記GATA転写因子がGATA4又はGATA6である、請求項17に記載の組成物。
【請求項19】
前記組成物中の細胞の表面上にある抗原が、前記組成物を被験体に移植したときの前記細胞の溶解が阻止されるよう、改変、マスキング又は除去される、請求項1に記載の組成物。
【請求項20】
前記抗原が、前記抗原に結合する抗体又はその一フラグメント又は誘導体でマスキングされる、請求項19に記載の組成物。
【請求項21】
前記抗体がモノクローナル抗体である、請求項20に記載の組成物。
【請求項22】
前記抗体が抗MHCクラスI抗体である、請求項20に記載の組成物。
【請求項23】
前記抗体フラグメントが、抗MHCクラスI抗体フラグメントである、請求項20に記載の組成物。
【請求項24】
前記抗MHCクラスI抗体フラグメントが、F(ab’)フラグメントである、請求項23に記載の組成物。
【請求項25】
前記抗体がPT85又はW6/32である、請求項20に記載の組成物。
【請求項26】
前記抗体フラグメントが、PT85又はW6/32の一フラグメントである、請求項20に記載の組成物。
【請求項27】
骨格筋原細胞及び線維芽細胞を含む移植可能な組成物を作製する方法であって、該移植可能な組成物が作製されるよう、EGFを含む媒質中で、ポリ-L-リシン及びラミニンで被膜された表面上で該組成物を培養するステップを含む、方法。
【請求項28】
前記細胞が、最長で14日間、培養される、請求項27に記載の方法。
【請求項29】
線維芽細胞対筋原細胞の比が1:2乃至1:1であるよう、前記細胞を10回、倍増させる、請求項27に記載の方法。
【請求項30】
心臓組織の損傷を特徴とする被験体の一状態を処置するための請求項1に記載の組成物であって、ここで、該状態は、該被験体への該組成物の投与によって処置される、組成物。
【請求項31】
前記組成物が、損傷した心臓組織への直接の注射により移植される、請求項30に記載の組成物。
【請求項32】
カテーテルを用いて前記組成物を注射する、請求項31に記載の組成物。
【請求項33】
心臓組織に対する前記損傷が、梗塞又は心筋症である、請求項30に記載の組成物。
【請求項34】
前記心臓損傷が、心室壁面に位置する、請求項31に記載の組成物。
【請求項35】
前記心臓損傷が、左心室壁面に位置する、請求項33に記載の組成物。
【請求項36】
前記組成物が自己由来細胞を含む、請求項30に記載の組成物。
【請求項37】
前記組成物が、前記被験体の冠状血管に移植される、請求項30に記載の組成物。
【請求項38】
前記組成物が移植前にインビトロで培養され、前記細胞に、移植前に二十回未満倍増を行わせる、請求項27に記載の方法。
【請求項39】
骨格筋原細胞において心臓細胞表現型を促進する方法であって、該心臓細胞表現型が促進されるよう、心臓細胞遺伝子産物を筋原細胞中で組換えにより発現させるステップを含み、該骨格筋原細胞は移植前にEGFを含む媒質中でインビトロで培養されることを特徴とする、方法。
【請求項40】
前記遺伝子産物がGATA転写因子である、請求項39に記載の方法。
【請求項41】
前記GATA転写因子がGATA4又はGATA6である、請求項40に記載の方法。
【請求項42】
心筋虚血性損傷を処置するのに充分な量の、被験体の心臓組織の心筋虚血性損傷を処置するための組成物。
【請求項43】
請求項1に記載の組成物であって、該組成物は、移植前にインビトロで培養され、前記細胞に、移植前にインビトロで二十回未満倍増を行わせる、組成物。
【請求項44】
請求項39に記載の方法であって、前記骨格筋原細胞は移植前にインビトロで培養され、該骨格筋原細胞に、移植前にインビトロで二十回未満倍増を行わせる、方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2011−219494(P2011−219494A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−152353(P2011−152353)
【出願日】平成23年7月8日(2011.7.8)
【分割の表示】特願2007−187596(P2007−187596)の分割
【原出願日】平成12年7月24日(2000.7.24)
【出願人】(507040068)マイトジェン, インコーポレイテッド (5)
【Fターム(参考)】