説明

筋肉の糖取り込み促進剤

【課題】筋肉(骨格筋および心筋)における糖取り込み促進作用を有する組成物、およびこれを含有する高血糖改善剤、または高血糖改善食品を提供すること。
【解決手段】本発明の糖取り込み促進剤は、フィセチン、ルテオリン、ケルセチン、およびそれらの配糖体からなる群より選択される少なくとも1種の化合物を有効成分として含有する。本発明によれば、GLUT4を活性化することにより筋肉の糖取り込みを促進し、糖尿病または糖尿病合併症を予防または改善することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筋肉の糖取り込み促進剤、および筋肉の糖取り込み促進剤を含有する高血糖改善剤または高血糖改善食品用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
血液中のグルコース濃度(血糖値)は、さまざまなホルモンの作用によって常に一定範囲内に調節されている。日本糖尿病学会の糖尿病診断基準では、空腹時血糖値110mg/dL未満、および食後2時間血糖値140mg/dL未満が正常範囲と定められている。血糖値が上昇すると、膵臓から血液中にインスリンが分泌され、インスリンは血液中の過剰な糖を細胞が取り込むように細胞を刺激し、血糖値が低下する。このような血糖降下作用を有するホルモンはインスリンだけである。そのため、インスリンの分泌や感受性に異常がある場合には、血糖値が常に高値を示すようになる。
【0003】
インスリンが作用する筋肉や脂肪組織の細胞にはGLUT(グルコーストランスポーター(glucose transporter):糖輸送体)1、GLUT3、およびGLUT4の3つのアイソフォームの発現が認められている。GLUT1やGLUT3はインスリンの有無に関わらず大半が細胞膜上に存在し、細胞の維持に必要な糖取り込みを行っている。これに対しGLUT4は、インスリン非存在下ではほとんどが細胞内に局在し、糖取り込みには関与していない。ところが、インスリン刺激が加わると、GLUT4は細胞内から細胞膜上に急激に移動し、糖取り込み活性を発揮するようになる。この細胞内局在の変化はGLUT4のトランスロケーション(translocation)と呼ばれている。筋肉や脂肪組織において、インスリンによる糖取り込みの顕著な増加は、主としてGLUT4の細胞膜移行によるものと考えられている。
【0004】
食べ過ぎや運動不足でカロリー摂取過剰になると、エネルギーバランスがくずれ、肥満となる。肥満に伴って脂肪細胞の大きさや数が増大し、脂肪細胞を多く含む肝臓や骨格筋で中性脂肪が過剰に蓄積すると、これらの細胞や組織は、インスリン刺激に抵抗を示すインスリン抵抗性の状態となる。この過程で、インスリン感受性を亢進させるアディポネクチンの分泌が減少し、インスリン感受性を低下させるTNF−αやレジスチンが増加する。肝臓や骨格筋がインスリン抵抗性を示す場合、食後、これらの組織に糖が流入しても、細胞に糖がうまく取り込まれず、急激に上昇した血糖値がなかなか下がらなくなる。この状態が長期間続くと、膵臓はインスリン分泌をさらに増やしてこれらの細胞による血液中の糖の取り込みを促す。膵臓にかかる負担が限度を超えると、膵臓のインスリン分泌機能が急激に衰え、糖尿病となる。
【0005】
このような糖尿病の治療・改善組成物として、前駆脂肪細胞を脂肪細胞に分化促進し、糖代謝を図るものが知られている(特許文献1)。また、糖尿病患者では骨格筋における糖の取り込み量が減少していることが明らかにされており(非特許文献1〜3)、筋肉細胞の糖取り込み促進作用を指標とした糖尿病治療薬のスクリーニングも行われ(非特許文献4)、筋肉細胞の糖取り込み促進作用を有する組成物が提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3069686号公報
【特許文献2】特開2009−51751号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】The Journal of clinical investigation,1985年,76巻,149-155頁
【非特許文献2】Diabetologia,2000年,43巻,821-835頁
【非特許文献3】Biochemical Society transactions,2005年,33巻,354-357頁
【非特許文献4】J. Med. Chem.,1998年11月5日,41巻,23号,4556-4566頁
【非特許文献5】Bioscience,Biotechnology,and Biochemistry,2007年,71巻,9号,2343-2346頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、筋肉、特に、骨格筋および心筋の糖取り込み促進剤、およびこれを含有する高血糖改善剤または高血糖改善食品用組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究した結果、特定のポリフェノール化合物に、骨格筋細胞の糖取り込みを促進する活性を見出し、さらに、これらのポリフェノール化合物が、筋肉細胞において糖輸送体GLUT4(4型糖輸送体:glucose transporter 4)の細胞膜移行を誘導することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明は、フィセチン、ルテオリン、ケルセチン、およびそれらの配糖体からなる群より選択される少なくとも1種の化合物を有効成分として含有する、筋肉の糖取り込み促進剤を提供する。
【0011】
1つの実施態様では、上記化合物は、植物抽出物由来である。
【0012】
本発明はまた、フィセチン、ルテオリン、ケルセチン、およびそれらの配糖体からなる群より選択される少なくとも1種の化合物を含有する植物抽出物を少なくとも1種含有する、筋肉の糖取り込み促進剤を提供する。
【0013】
本発明はまた、上記筋肉の糖取り込み促進剤を含有する、高血糖改善剤を提供する。
【0014】
本発明はまた、上記高血糖改善剤を含有する、糖尿病または糖尿病合併症の予防または治療剤を提供する。
【0015】
本発明はまた、上記筋肉の糖取り込み促進剤を含有する、高血糖改善食品用組成物を提供する。
【0016】
本発明はまた、上記高血糖改善食品用組成物を含有する、糖尿病または糖尿病合併症の予防または改善のための飲食品を提供する。
【0017】
さらに、本発明は、フィセチン、ルテオリン、ケルセチン、およびそれらの配糖体からなる群より選択される少なくとも1種の化合物を有効成分として含有する、GLUT4活性化剤を提供する。
【発明の効果】
【0018】
本発明の糖取り込み促進剤および高血糖改善剤は、骨格筋および心筋の筋肉細胞において糖取り込みを促進することができる。本発明によれば、優れた糖取り込み促進作用により、高血糖症、糖尿病または糖尿病合併症の予防または治療剤を提供することができる。また、高血糖を改善し、糖尿病または糖尿病合併症を予防または改善する飲食品を提供することができる。さらに、本発明によれば、GLUT4を活性化し、GLUT4の細胞膜移行を誘導するGLUT4活性化剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】種々のポリフェノール類によるL6骨格筋細胞の糖取り込み促進活性を示すグラフである(実施例1)。
【図2】種々のポリフェノール類のL6骨格筋細胞に対する毒性を示すグラフである(実施例2)。
【図3】フィセチンおよびルテオリンのGLUT4細胞膜移行誘導作用を示すグラフおよびウェスタンブロッティングの写真である(実施例3)。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の糖取り込み促進剤は、フィセチン、ルテオリン、ケルセチン、またはそれらの配糖体を含む。フィセチン(Fisetin)は、フラボノール類の一種で、3,3’,4’,7−テトラヒドロキシフラボン(3,3',4',7-tetrahydroxyflavone)であり、下記の式(I)で表される。
【0021】
【化1】

【0022】
ルテオリン(Luteolin)は、フラボン類の一種で、3’,4’,5,7−テトラヒドロキシフラボン(3',4',5,7-tetrahydroxyflavone)であり、下記の式(II)で表される。
【0023】
【化2】

【0024】
ケルセチン(quercetin)は、フラボノール類の一種で、3,3',4',5,7−ペンタヒドロキシフラボン(3,3’,4’,5,7-pentahydroxyflavone)であり、下記の式(III)で表される。
【0025】
【化3】

【0026】
本発明で用いられるフィセチン、ルテオリンまたはケルセチンは、天然由来であっても、化学合成あるいは半合成により得られたものであっても良い。人体に対する毒性や安全性を考慮して、天然の植物から抽出して得られたものであることが好ましい。また、フラボノイドは植物中で配糖体として存在し、体内に吸収される際に糖が脱離することは公知であることから、配糖体を用いてもよい。配糖体とは、上記の化合物の水酸基と、任意の糖(例えば、グルコース、フコース、ガラクトース、6−デオキシグルコース、ラムノース)の水酸基との縮合体である。例えば、ケルセチン配糖体としては、ルチン、ケルシトリンなどが挙げられる。
【0027】
本発明において、これらの化合物の抽出に用いる植物としては、イチゴ(果実)、リンゴ(果実)、カキ(果実)、タマネギ(鱗茎)、ブドウ(果実)、ピーマン(果実)、シシトウ(果実)、セロリ(茎葉)、シソ(葉)、シュンギク(葉)、アシタバ(茎・葉)、ダイコン(葉)、モロヘイヤ(葉)、オクラ(果実)、セリ(茎葉)、アスパラガス(茎葉)、茎ニンニク(花茎)などが挙げられ、ルテオリンにおいては、イチゴ(果実)、リンゴ(果実)、ピーマン(果実)、シシトウ(果実)、シソ(葉)、シュンギク(葉)、ダイコン(葉)、モロヘイヤ(葉)が好ましい。これらの化合物は、植物から公知の方法にしたがって抽出され、例えば、植物またはその乾燥物もしくは粉砕物にエタノールやメタノールなどの極性有機溶媒またはこれらと水との混合物を加え、例えば約4℃〜100℃の温度で攪拌または静置することにより行われる。得られた抽出物は、濃縮または乾燥して用いる。
【0028】
本発明においては、糖取り込み促進剤として、フィセチン、ルテオリン、ケルセチンまたはそれらの配糖体を含む植物抽出物をそのまま用いても良く、抽出物からの精製物を用いても良い。精製方法としては、例えば、ゲルろ過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、順相クロマトグラフィー、限外ろ過、電気泳動や高速液体クロマトグラフィーなどが挙げられる。また、必要に応じてこれらの方法を組み合わせて精製を行ってもよい。
【0029】
(高血糖改善剤)
本発明の高血糖改善剤は、上記糖取り込み促進剤の優れた糖取り込み促進作用によって、血糖値を低下させる。したがって、高血糖症、糖尿病、糖尿病関連疾患(例えば、肥満、高脂血症、高コレステロール血症、脂質代謝異常、高血圧症、脂肪肝、メタボリックシンドローム、浮腫、心不全、狭心症、心筋梗塞、動脈硬化症、高尿酸血症、痛風)、または糖尿病合併症(例えば、網膜症、腎症、神経障害、白内障、足壊疽、感染症、ケトーシス)の予防または治療剤として用いることができる。
【0030】
本発明の高血糖改善剤の投与経路は、経口投与または非経口投与のいずれであってもよい。その剤形は、投与経路に応じて適宜選択される。例えば、注射液、輸液、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、丸剤、腸溶剤、トローチ、内用液剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤、外用液剤、湿布剤、点鼻剤、点耳剤、点眼剤、吸入剤、軟膏剤、ローション剤、坐剤、経腸栄養剤などが挙げられる。これは、症状に応じてそれぞれ単独でまたは組み合わせて用いることができる。これらの製剤には、必要に応じて、賦形剤、結合剤、防腐剤、酸化安定剤、崩壊剤、滑沢剤、矯味剤などの医薬の製剤技術分野において通常用いられる補助剤が用いられる。
【0031】
本発明の高血糖改善剤の投与量は、投与の目的や投与対象者の状況(性別、年齢、体重など)に応じて異なる。通常、成人に対して、フィセチン、ルテオリンおよび/またはケルセチンとして、経口投与の場合、1日あたり0.01mg〜5000mg、好ましくは0.1mg〜1000mg、さらに好ましくは1mg〜200mg、一方、非経口投与の場合、1日あたり0.001mg〜2500mg、好ましくは0.01mg〜500mg、さらに好ましくは0.1mg〜100mgで投与され得る。
【0032】
本発明の高血糖改善剤は、上記のような医薬品としてだけでなく、医薬部外品、化粧品などとして用いることができる。医薬部外品または化粧品として用いる場合、必要に応じて、医薬部外品または化粧品などの技術分野で通常用いられている種々の補助剤とともに用いられ得る。また、溶液状、懸濁液状、シロップ状、顆粒状、クリーム状、ペースト状、ゼリー状などの所望の形状で、あるいは必要に応じて成形して使用してもよい。これらに含まれる割合は、特に限定されず、使用目的、使用形態、および使用量に応じて適宜選択することができる。
【0033】
(高血糖改善食品用組成物)
本発明の高血糖改善食品用組成物は、上記薬理効果を備えた健康食品・健康飲料・特定保健用食品・機能性食品・栄養補助剤、その他ヒト以外の動物に対する薬剤や飼料などに用いることができる。中でも、糖類を多く含んだ飲食物素材に本発明の高血糖改善食品組成物を添加した場合には、筋肉細胞の糖取り込み促進作用による効率的なエネルギー供給効果を奏し、また、それに伴う筋肉組織の活性化・増強・増大や肉体疲労軽減、運動能力の向上などの効果を奏することから、優れたエネルギー補助食品を提供することができる。
【0034】
本発明の高血糖改善食品用組成物を飲食物に用いる場合、必要に応じて、例えば、甘味料、香辛料、調味料、防腐剤、保存料、殺菌剤、酸化防止剤などの食品に通常用いられる添加剤とともに使用してもよい。また、溶液状、懸濁液状、シロップ状、顆粒状、クリーム状、ペースト状、ゼリー状などの所望の形状で、あるいは必要に応じて成形して使用してもよい。これらに含まれる割合は、特に限定されず、使用目的、使用形態、および使用量に応じて適宜選択することができる。
【0035】
本発明の高血糖改善食品用組成物へのフィセチン、ルテオリンまたはケルセチンの配合量は、例えば、組成物を飲料などとして用いる場合は、上記特定の化合物が約0.00001〜10質量%、好ましくは約0.001〜1質量%含まれるように設定するのが望ましい。また、組成物が食品や食品素材などとして、固形状、粉末状、顆粒状、ペースト状等の形態で経口投与用として用いられる場合は、上記特定の化合物が約0.01〜80質量%、好ましくは約0.1〜20質量%含まれるように設定するのが望ましい。また、組成物を非経口投与用として用いる場合は、上記特定の化合物が約0.00001〜10質量%、好ましくは約0.0001〜1質量%含まれるように設定するのが望ましい。
【0036】
本発明の糖取り込み促進剤は、GLUT4活性化剤としても用いることができる。本発明のGLUT4活性化剤は、筋肉細胞において糖輸送体GLUT4の細胞膜移行を誘導することができ、筋肉細胞の糖取り込みを促進することができる。
【実施例】
【0037】
以下に実施例および製造例を用いて本発明を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0038】
(調製例1:L6骨格筋細胞の作製)
L6筋芽細胞(DS Pharma Biomedical社製)を2×10/mLの細胞密度になるようにMEM培地(10%(v/v)牛胎児血清含有)で調製し、96穴組織培養プレートに移し(1穴当たり200μL)、37℃の5%炭酸ガス培養器にて2日間培養した。細胞がコンフルエントになった時点で、培地をMEM培地(2%(v/v)牛胎児血清含有)に置換し、さらに細胞を37℃の5%炭酸ガス培養器にて5日間培養した(L6骨格筋細胞の作製)。次いで、培地をMEM培地(0.2%(w/v)牛血清アルブミン(BSA)含有)に置換し、さらに細胞を37℃の5%炭酸ガス培養器にて18時間培養した。このように培養したL6骨格筋細胞を、糖取り込み試験(実施例1)および細胞毒性試験(実施例2)に用いた。
【0039】
L6筋芽細胞を3×10/mLの細胞密度になるようにMEM培地(10%(v/v)牛胎児血清含有)で調製し、60mmディッシュに移し(1枚当たり4mL)、上記と同様にしてL6骨格筋細胞を作製した。次いで、培地をMEM培地(0.2%(w/v)牛血清アルブミン(BSA)含有)に置換し、37℃の5%炭酸ガス培養器にて18時間培養した。このように培養したL6骨格筋細胞を、ウェスタンブロット解析(実施例3)に用いた。
【0040】
(実施例1:L6骨格筋細胞における糖取り込み試験)
フィセチン、ルテオリン、ケルセチン、アピゲニン、バイカレイン、ユーパチリンおよびロビネチン(ユーパチリンはPhytoLab社製、他の化合物はExtrasynthese社製)の存在下でのL6骨格筋細胞における糖取り込みを調べた。アピゲニン、バイカレイン、ユーパチリンおよびロビネチンの化学構造式を以下に示す。
【0041】
【化4】

【0042】
【化5】

【0043】
【化6】

【0044】
【化7】

【0045】
上記ポリフェノール類をジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解させ、MEM培地(0.2%(w/v)BSA含有)にて100倍希釈した。この溶液をそれぞれ0μM、10μMおよび30μM含有するMEM培地を調製した。陰性対照および陽性対照として、1%(v/v)DMSOを含有するMEM培地、およびインスリンを100nM含有するMEM培地をそれぞれ用いた。調製例1のL6骨格筋細胞の培養プレートの培地を、これらの培地に置換し(1穴当たり100μL)、さらにプレートを37℃の5%炭酸ガス培養器にて4時間静置した。次いで、0.1%(w/v)BSAを含有するKRH緩衝液(50mM HEPES、pH7.4、137mM NaCl、4.8mM KCl、1.85mM CaCl、1.3mM MgSO)を1穴当たり100μL用いて各穴を2回洗浄した後、1mM 2DG(2−デオキシグルコース)および0.1%(w/v)BSAを含有するKRH緩衝液を1穴当たり100μL添加し、プレートを37℃の5%炭酸ガス培養器にて20分間静置した。次いで、0.1%(w/v)BSAを含有するKRH緩衝液を1穴当たり100μL用いて各穴を2回洗浄した後、0.1N NaOHを1穴当たり50μL添加し、プレートを60℃の乾熱滅菌器にて10分間静置した。プレートをマイクロプレートミキサーで撹拌して、細胞を溶解させた後、プレートを85℃の乾熱滅菌器にて50分間静置して乾燥させた。1N HClを1穴当たり50μL添加し、次いで200mMトリエタノールアミン(TEA)溶液(pH8.1)を1穴当たり50μL添加し、プレートをマイクロプレートミキサーで撹拌した。プレートの各穴中の混合物について2DG量を下記の通りに測定し、陰性および陽性対照区の測定値と比較することにより、糖取り込み促進作用を評価した。
【0046】
2DGの測定は、次のように行った。まず、上記の混合物を96穴プレートに1穴当たり10μL添加し、アッセイカクテル(50mM TEA、pH8.1、50mM KCl、0.02%(w/v)BSA、0.1mM NADP、2μM レザズリン、2units/mL ジアホラーゼ、150units/mL グルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼ)を1穴当たり100μL添加した。このプレートをマイクロプレートミキサーで撹拌し、37℃の5%炭酸ガス培養器にて50分間静置した。プレートの各穴について、マイクロプレートリーダー(Wallac 1420 ARVOsx、Parkin Elmar社製)にて蛍光値(励起波長:530nm、測定波長:570nm)を測定した。2DG−6−リン酸(Sigma社製)を標準物質として検量線を作成し、プレートの各穴について、2DG取り込み量を算出し、各穴の2DG取り込み量の陰性対照区の2DG取り込み量に対する比を算出した。結果を図1に示す。図1において、*は、有意水準5%で有意差があったことを示す。
【0047】
図1からわかるように、上記ポリフェノール類のうち、フィセチン、ルテオリンおよびケルセチンが顕著な糖取り込み促進作用を示し、フィセチンおよびルテオリンの糖取り込み促進作用はインスリンに匹敵するものであった。
【0048】
(実施例2:細胞毒性試験)
上記ポリフェノール類をMEM培地(0.2%(w/v)BSA含有)にて100倍希釈し、ポリフェノール類を30μM含有するMEM培地を調製した。陰性対照として、1%(v/v)DMSOを含有するMEM培地を用いた。調製例1のL6骨格筋細胞の培養プレートに、これらの培地を1穴当たり100μL添加し、プレートを37℃の5%炭酸ガス培養器にて24時間静置した。次いで、WST−1試薬(Roche Diagnostics社製)を1穴当たり10μL添加し、プレートを37℃の5%炭酸ガス培養器にて1時間静置した。プレートの各穴について、生細胞により還元されて生じたホルマザン色素の吸光度(測定波長450nm、対照波長630nm)をプレートリーダーにて測定した。さらに、細胞をクリスタルバイオレット染色し、吸光度(測定波長570nm)をプレートリーダーにて測定し、細胞密度を算出した。結果を図2に示す。
【0049】
図2からわかるように、いずれの化合物も、実施例1で糖取り込み促進作用の評価に用いた濃度の最高値(30μM)において細胞毒性を示さなかった。
【0050】
(実施例3:GLUT4の細胞膜移行の確認)
実施例1において、特に顕著な糖取り込み促進作用を示したフィセチンおよびルテオリンについて、GLUT4の細胞膜移行を確認する試験を行った。フィセチンおよびルテオリンをDMSOに溶解し、10μMフィセチンまたは10μMルテオリンを含有するMEM培地(0.2%(w/v)BSA含有)を調製した。陰性対照および陽性対照として、0.1%(v/v)DMSOを含有するMEM培地(0.2%(w/v)BSA含有)、および100nMインスリンを含有するMEM培地(0.2%(w/v)BSA含有)をそれぞれ用いた。調製例1のL6骨格筋細胞の培養ディッシュに、これらの培地を1枚当たり4mL添加し、ディッシュを37℃の5%炭酸ガス培養器にて15分間静置した。KRH緩衝液をディッシュ1枚当たり1mL用いて各ディッシュを2回洗浄した後、非特許文献5に記載の方法にて細胞膜画分を調製した。得られた細胞膜画分のタンパク質量を測定し、その2μgをSDS−PAGEに供してタンパク質を分離した。分離後のタンパク質をポリビニリデンフルオリド(PVDF)膜に転写した。このPVDF膜をブロッキング ワン(ナカライテスク株式会社製)でブロッキングし、TBST(20mM Tris−HCl(pH8.0)、0.15M NaCl、0.05% Tween20)溶液で数回洗浄した後、PVDF膜に1次抗体として抗GLUT4抗体または抗GLUT1抗体(いずれもSanta Cruz Biotechnology社製)を、2次抗体としてホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)標識した抗ヤギIgG抗体(Santa Cruz Biotechnology社製)を反応させた。膜上の免疫複合体をLumiLight Plusウェスタンブロッティング基質(Roche Diagnostics社製)と反応させた後、PVDF膜を用いてX線フィルムを露光させてGLUT4のバンドのシグナルを検出した。バンド強度は、画像解析ソフト「Scion image」(Scion社製)を用いて解析した。GLUT1を内部標準としてGLUT4のバンド強度を補正した後、DMSO処理細胞のGLUT4レベルを基準として、相対値を算出した。結果を図3に示す。
【0051】
図3からわかるように、糖取り込み促進作用を示したフィセチンおよびルテオリンは、細胞膜画分におけるGLTU4レベルを増加させた。DMSO処理細胞のGLUT4レベルを基準とした場合、インスリン処理細胞では8倍、フィセチン処理細胞では5倍、およびルテオリン処理細胞では10倍に、GLUT4レベルが増加していた。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明の糖取り込み促進剤および高血糖改善剤は、骨格筋および心筋の筋肉細胞において優れた糖取り込み促進作用を有する。したがって、本発明の糖取り込み促進剤および高血糖改善剤を用いることによって、高血糖症、糖尿病、または糖尿病合併症の予防または治療剤、および高血糖、糖尿病または糖尿病合併症を予防または改善する飲食品を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィセチン、ルテオリン、ケルセチン、およびそれらの配糖体からなる群より選択される少なくとも1種の化合物を有効成分として含有する、筋肉の糖取り込み促進剤。
【請求項2】
前記化合物が、植物抽出物由来である、請求項1に記載の筋肉の糖取り込み促進剤。
【請求項3】
フィセチン、ルテオリン、ケルセチン、およびそれらの配糖体からなる群より選択される少なくとも1種の化合物を含有する植物抽出物を有効成分として少なくとも1種含有する、筋肉の糖取り込み促進剤。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかの項に記載の筋肉の糖取り込み促進剤を含有する、高血糖改善剤。
【請求項5】
請求項4に記載の高血糖改善剤を含有する、糖尿病または糖尿病合併症の予防または治療剤。
【請求項6】
請求項1から3に記載の筋肉の糖取り込み促進剤を含有する、高血糖改善食品用組成物。
【請求項7】
請求項6に記載の高血糖改善食品用組成物を含有する、糖尿病または糖尿病合併症の予防または改善のための飲食品。
【請求項8】
フィセチン、ルテオリン、ケルセチン、およびそれらの配糖体からなる群より選択される少なくとも1種の化合物を有効成分として含有する、GLUT4活性化剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−140457(P2011−140457A)
【公開日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−1594(P2010−1594)
【出願日】平成22年1月6日(2010.1.6)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】