説明

筋萎縮性側索硬化症マーカー及びその利用

【課題】筋萎縮性側索硬化症に特異的なバイオマーカー及びその用途を提供すること。
【解決手段】インターαトリプシンインヒビター重鎖4、切断型インターαトリプシンインヒビター重鎖4及びグルタチオンペルオキシダーゼ3からなる群より選択される、いずれかのタンパク質分子からなる筋萎縮性側索硬化症マーカー及びそれを利用した筋萎縮性側索硬化症の検査法等が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は筋萎縮性側索硬化症の検査に有用な筋萎縮性側索硬化症マーカーに関する。詳しくは、筋萎縮性側索硬化症の発症可能性の判定に利用可能なバイオマーカー及びそれを利用した筋萎縮性側索硬化症の検査法等に関する。
【背景技術】
【0002】
筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic lateral sclerosis:ALS)は、上位及び下位運動ニューロンをほぼ選択的に障害する慢性進行性の変性疾患である。運動ニューロン逸脱による筋力低下がALSの主症状であるが、知覚ニューロンは正常であり、体の自由はきかないものの痛みは感じる非常に残酷な疾患である。治療薬としてはグルタミン酸拮抗薬リルゾールが唯一用いられているが、満足できる効果は得られていない。ALSは長年の精力的な研究活動にもかかわらず今なお有効な治療法を見出すことのできない神経難病であり、早急な発症機序の解明ならびに治療薬の開発が必要とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2006−514620号公報
【特許文献2】特表2009−528059号公報
【特許文献3】特表2007−528487号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Serum proteome analysis for profiling protein markers associated with carcinogenesis and lymph node metastasis in nasopharyngeal carcinoma., Clin Exp Metastasis., 2008.
【非特許文献2】APPLYING PROTEOMICS TO THE DIAGNOSIS AND TREATMENT OF ALS AND RELATED DISEASES., Muscle Nerve., 2009.
【非特許文献3】Plasma and Cerebrospinal Fluid-Based Protein Biomarkers for Motor Neuron Disease., Mol Diag Ther., 2006.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
長年の研究において多くのALS病態関連分子が同定されてきたが(例えば特許文献1〜3、非特許文献1〜3を参照)、ALSの原因は依然として不明である。現在の技術ではALSの発症(或いは発症可能性)を早期に把握することはもとよりALSの診断ですら容易ではない。ALSの診断に有用な客観的指標がないために治療的介入が遅れ、その結果、難治化している症例が少なくない。
そこで本発明は、ALSの早期診断や信頼度の高い診断等を可能にすべく、ALS特異的なバイオマーカー及びその用途、即ちALSの検査に有用な技術を提供することを課題とする。具体的には、本発明の課題は、ALSの検査に有用なバイオマーカー、当該バイオマーカーを利用した検査法、及び当該検査法に利用される検査試薬などを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
ALS特異的なバイオマーカーを見出すべく本発明者らは、ALSモデルラット(SOD1H46Rラット)を用いて研究を進めた。SOD1H46Rラットの血清をサンプルとしてプロテオーム解析の結果、インターαトリプシンインヒビター重鎖4(inter-alpha-trypsin inhibitor heavy chain 4; ITIH4)及びグルタチオンペルオキシダーゼ3(glutathione peroxidase 3; Gpx3)がバイオマーカーの候補分子として同定された。更に、検討を進めた結果、SOD1H46Rラット血清では、病態の進行に伴いITIH4量は増加し、Gpx3は減少することが明らかとなった。また、病態末期において切断型ITIH4量の増加を認めた。一方、ALS患者、アルツハイマー病(AD)患者、パーキンソン病(PD)患者、及び神経変性を伴わない疾患患者について、血清中のITIH4発現量及びGPX3発現量をウエスタンブロット法により解析した結果、ALS患者血清特異的に切断型ITIH4量が増大し、GPX3量は減少することが判明した。即ち、ALSのバイオマーカーとしてITIH4及びGPX3が臨床上極めて有用であることが示された。下記の本発明は主として以上の成果に基づく。
[1]インターαトリプシンインヒビター重鎖4、切断型インターαトリプシンインヒビター重鎖4及びグルタチオンペルオキシダーゼ3からなる群より選択される、いずれかのタンパク質分子からなる、筋萎縮性側索硬化症マーカー。
[2]インターαトリプシンインヒビター重鎖4、切断型インターαトリプシンインヒビター重鎖4及びグルタチオンペルオキシダーゼ3からなる群より選択される一又は二以上のタンパク質分子についての検体中レベルを指標として用いることを特徴とする、筋萎縮性側索硬化症検査法。
[3]以下のステップ(1)〜(3)を含む、[2]に記載の筋萎縮性側索硬化症検査法:
(1)被検者由来の検体を用意するステップ;
(2)前記検体中の一又は二以上の前記タンパク質分子を検出するステップ;及び
(3)検出結果に基づいて、筋萎縮性側索硬化症の現在又は将来の発症可能性を判定するステップ。
[4]インターαトリプシンインヒビター重鎖4及び切断型インターαトリプシンインヒビター重鎖4については、検出値が高いと発症可能性が高いとの基準、又は検出できると発症可能性が高いとの基準に従い、
グルタチオンペルオキシダーゼ3については、検出値が低いと発症可能性が高いとの基準、又は検出できないと発症可能性が高いとの基準に従い、ステップ(3)の判定を行う、[3]に記載の筋萎縮性側索硬化症検査法。
[5]ステップ(2)で得られた検出値と対照検体の検出値との比較に基づきステップ(3)の判定を行う、[3]又は[4]に記載の筋萎縮性側索硬化症検査法。
[6]ステップ(2)で得られた検出値と、同一の被検者から過去に採取された検体中の検出値との比較に基づきステップ(3)の判定を行う、[3]又は[4]に記載の筋萎縮性側索硬化症検査法。
[7]前記検体が血液、血漿、血清、骨髄、又は脳脊髄液である、[2]〜[6]のいずれか一項に記載の筋萎縮性側索硬化症検査法。
[8][1]に記載の筋萎縮性側索硬化症マーカーに特異的結合性を示す物質からなる、筋萎縮性側索硬化症検査試薬。
[9]前記物質が抗体である、[8]に記載の筋萎縮性側索硬化症検査試薬。
[10][8]又は[9]に記載の筋萎縮性側索硬化症検査試薬を含む、筋萎縮性側索硬化症検査用キット。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】発症前SOD1H46Rおよび野生型(WT)ラット血清タンパク質の二次元電気泳動像である。1はGpx3、2はITIH4の各スポットを示す。
【図2】発症後SOD1H46Rおよび野生型(WT)ラット血清タンパク質の二次元電気泳動像である。1はGpx3、2はITIH4の各スポットを示す。
【図3】着目した2種のスポットをMALDI-TOF MSまたはLC-MS/MS分析により同定されたタンパク質を示す表である。検索にはNCBInrデータベース (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/) を用いた。Gi number、分子量(MW)、適合ペプチド率、適合ペプチド数およびMascotスコアを示す。分子量及びpI(等電点)はデータベースに登録されている理論値。
【図4】SOD1H46Rおよび野生型(WT)ラットの発症前から発症後にかけた二次元電気泳動像のGpx3スポットボリュームの推移を示すグラフである。データは平均 ± 標準誤差で表される。**P < 0.01, †P < 0.05 vs. 同週齢WT又は発症後のSOD1H46R(スチューデントのt検定), ##P < 0.01 vs. WT (二元配置分散分析(two-way repeated measure ANOVA))。
【図5】SOD1H46Rおよび野生型(WT)ラットの発症前から発症後にかけた二次元電気泳動像のITIH4スポットボリュームの推移を示すグラフである。データは平均 ± 標準誤差で表される。*P < 0.05, †P < 0.05 vs. 同週齢WT又は発症後のSOD1H46R (スチューデントのt検定); #P < 0.05 vs. WT (二元配置分散分析(two-way repeated measure ANOVA))。
【図6】発症前、発症後および病態末期におけるSOD1H46Rおよび野生型(WT)ラット血清中のGpx3をウェスタンブロッティング法により示した図である。
【図7】ALS病態進行に伴うラット血清中Gpx3量の変化を示すグラフである。データは平均 ± 標準誤差で表される。**P < 0.01 vs. WT (スチューデントのt検定)。
【図8】血清サンプルを採取した対象50例の背景をまとめた表である。年齢および診断してから採決するまでの期間 (月) のデータは平均 ± 標準偏差で表される。
【図9】弧発性ALS患者、アルツハイマー病患者、パーキンソン病患者および黄斑円孔患者 (非神経変性疾患コントロール) の血清中GPX3量を示す図である。データは平均 ± 標準誤差で表される。*P < 0.05, #P < 0.05, †P < 0.05 vs. コントロール, AD患者, 又はPD患者 (スチューデントのt検定)。
【図10】発症前、発症後および病態末期におけるSOD1H46RおよびWTラット血清中のITIH4をウェスタンブロッティング法により示した図である。85 kDa付近にSOD1H46Rラット特異的なシグナルが観察された。
【図11】ALS病態進行に伴う血清中120 kDa ITIH4量の変化を示すグラフである。データは平均 ± 標準誤差で表される。* P < 0.05, ** P < 0.01 vs. WT (スチューデントのt検定)。
【図12】ALS病態進行に伴う血清中85 kDa ITIH4量の変化を示すグラフである。データは平均 ± 標準誤差で表される。*P < 0.05 vs. WT (スチューデントのt検定)。
【図13】弧発性ALS患者、アルツハイマー病患者、パーキンソン病患者および黄斑円孔患者 (非神経変性疾患コントロール) の血清中ITIH4をウェスタンブロッティング法により示した図である。85 kDa付近に弧発性ALS患者特異的なシグナルが観察された。
【図14】弧発性ALS患者、アルツハイマー病患者、パーキンソン病患者および黄斑円孔患者 (非神経変性疾患コントロール) の血清中120 kDa ITIH4量の変化を示すグラフである。データは平均 ± 標準誤差で表される。
【図15】アルツハイマー病患者、パーキンソン病患者および黄斑円孔患者 (非神経変性疾患コントロール) の血清中85 kDa ITIH4量の変化を示すグラフである。データは平均 ± 標準誤差で表される。**P < 0.01 vs. コントロール; ##P < 0.01 vs. AD; ††P < 0.01 vs. PD (スチューデントのt検定)。
【図16】弧発性ALS患者および黄斑円孔患者 (非神経変性疾患コントロール)血清中における切断型血漿カリジノゲナーゼ量を示すグラフである。データは平均 ± 標準誤差で表される。**P < 0.01 vs. コントロール (スチューデントのt検定)。
【発明を実施するための形態】
【0008】
(本発明の第1の局面:筋萎縮性側索硬化症(ALS)のバイオマーカー)
本発明の第1の局面はALSのバイオマーカー(以下、「本発明のバイオマーカー」とも呼ぶ)に関する。本発明のバイオマーカーはALSの現在又は将来の発症可能性を評価する上で有用な指標である。「現在の発症可能性」は、検査時においてALSを発症しているか否か又は発症している確率を表すことになる。他方、「将来の発症可能性」はALSを将来発症する可能性(リスク)を表す。
【0009】
本発明のバイオマーカーは、本発明者らによる検討の成果としてALSとの相関を認めたタンパク質分子、即ちインターαトリプシンインヒビター重鎖4、切断型インターαトリプシンインヒビター重鎖4又はグルタチオンペルオキシダーゼ3からなる。以下の説明では、慣例に従い、インターαトリプシンインヒビター重鎖4及び切断型インターαトリプシンインヒビター重鎖4についてはその遺伝子シンボル「ITIH4」を用いて当該分子を表し、同様にグルタチオンペルオキシダーゼ3についてもその遺伝子シンボル「GPX3」を用いて当該分子を表す。
【0010】
ITIH4は血清糖タンパク質の一種であり、セリンエンドペプチダーゼに対する阻害活性を示す。ITIHファミリーが炎症や創傷治癒、癌の転移などに関与していることが報告されている。また、ITIH4は、急性虚血性脳梗塞(Clin Chim Acta. 2009 Apr;402(1-2):160-3.)、乳癌(Oncol Rep. 2009 Jul;22(1):205-13.)或いは肺癌(Proteomics. 2007 Dec;7(23):4292-302.)のマーカーとして期待されている。しかしながら、ITIH4とALSとの関連性については過去に報告はない。ITIH4には二つの転写バリアント、即ち930アミノ酸からなるアイソフォーム1と900アミノ酸からなるアイソフォーム2が存在する。ITIH4のアイソフォーム1のアミノ酸配列及びそれをコードするヌクレオチド配列をそれぞれ配列表の配列番号1(NCBIのACCESSION: NP_002209、DEFINITION: inter-alpha-trypsin inhibitor heavy chain H4 isoform 1 precursor [Homo sapiens].)及び配列番号2(NCBIのACCESSION: NM_002218、DEFINITION: Homo sapiens inter-alpha (globulin) inhibitor H4 (plasma Kallikrein-sensitive glycoprotein) (ITIH4), transcript variant 1, mRNA.)に示す。尚、配列番号1のアミノ酸配列中、1番アミノ酸〜28番アミノ酸はシグナルペプチドであり、成熟型タンパク質は29番アミノ酸〜930番アミノ酸から構成される。
【0011】
同様にITIH4のアイソフォーム2のアミノ酸配列及びそれをコードするヌクレオチド配列をそれぞれ配列表の配列番号3(NCBIのACCESSION: NP_001159921、DEFINITION: inter-alpha-trypsin inhibitor heavy chain H4 isoform 2 precursor [Homo sapiens].)及び配列番号4(NCBIのACCESSION NM_001166449、DEFINITION: Homo sapiens inter-alpha (globulin) inhibitor H4 (plasma Kallikrein-sensitive glycoprotein) (ITIH4), transcript variant 2, mRNA.)に示す。尚、配列番号3のアミノ酸配列中、1番アミノ酸〜28番アミノ酸はシグナルペプチドであり、成熟型タンパク質は29番アミノ酸〜900番アミノ酸から構成される。
【0012】
切断型ITIH4は分子量85kDaからなるN末断片であり、血漿カリジノゲナーゼによる120 kDa ITIH4の切断により産生される。切断型ITIH4はさらに分子量57kDaからなるN末断片と分子量28kDaからなるC末断片に切断される。(Song J Fau - Patel, M., et al. Quantification of fragments of human serum inter-alpha-trypsin inhibitor heavy chain 4 by a surface-enhanced laser desorption/ionization-based immunoassay. Clin Chem. 2006 Jun;52(6):1045-53. Epub 2006 Mar 30.; Pu XP, Iwamoto, A., Nishimura, H., Nagasawa, S. Purification and characterization of a novel substrate for plasma kallikrein (PK-120) in human plasma. Biochim Biophys Acta. 1994 Oct 19;1208(2):338-43.; Nishimura H. Kakizaki, I., et al. cDNA and deduced amino acid sequence of human PK-120, a plasma kallikrein-sensitive glycoprotein. FEBS Lett. 1995 Jan 3;357(2):207-11.)。
【0013】
GPX3はグルタチオンペルオキシダーゼファミリーに属し、抗酸化作用を有する酵素である。活性中心にはセレン/システインが存在する。GPX3は抗酸化マーカーとして知られ、喘息、白血病、HIV等、様々な疾患においてその発現量が上昇することが報告されている。mRNA量については肝臓、腎臓、心臓及び肺で多く、血清中へと分泌される。様々な報告が存在するものの、グルタチオンペルオキシダーゼとALSの関係について統一的な見解は得られていない。また、グルタチオンペルオキシダーゼの一つであるGPX3に注目し、ALSとの関係に言及した報告はない。GPX3のアミノ酸配列及びそれをコードするヌクレオチド配列をそれぞれ配列表の配列番号5(NCBIのACCESSION: NP_002075、DEFINITION: glutathione peroxidase 3 precursor [Homo sapiens].)及び配列番号6(NCBIのACCESSION: NM_002084、DEFINITION: Homo sapiens glutathione peroxidase 3 (plasma) (GPX3), mRNA.)に示す。尚、配列番号5のアミノ酸配列中、1番アミノ酸〜20番アミノ酸はシグナルペプチドであり、成熟型タンパク質は21番アミノ酸〜211番アミノ酸から構成される。
【0014】
(本発明の第2の局面:ALS検査法)
本発明の第2の局面は上記本発明のバイオマーカーの用途に関し、ALSの現在又は将来の発症可能性を検査する方法(以下、「本発明の検査法」とも呼ぶ)を提供する。本発明の検査法は、ALSを現在発症しているか否かを判定するための手段として、或いはALSを将来発症する可能性を判定するための手段として有用である。即ち、本発明の検査法はALSを診断する上で有用な情報を与える。本発明の検査法によればALSの発症可能性を簡便且つ客観的に判定することが可能となる。
【0015】
本発明の検査法では、被検者由来の検体中における、本発明のバイオマーカーのレベルが指標として用いられる。ここでの「レベル」は、典型的には「量」ないし「濃度」を意味する。但し、慣例及び技術常識に従い、検出対象の分子を検出できるか否か(即ち見かけ上の存在の有無)を表す場合にも用語「レベル」が用いられる。好ましくは上記3種類(遺伝子の数としては2種類)のバイオマーカーから選択される2種以上のバイオマーカーを指標として併用し、検査結果を得る。基本的には、併用するバイオマーカーの種類が多い程、検査精度や信頼性等が向上する。そこで、好ましくは2種以上、更に好ましくは3種全てを併用する。尚、求められる精度や検査の簡便性等を考慮し、採用するバイオマーカーの数、種類を決定すればよい。
【0016】
本発明の検査法では以下のステップを行う。
(1)被検者由来の検体を用意するステップ
(2)前記検体中の一又は二以上の前記タンパク質分子(即ち、指標として採用した一又は二以上のバイオマーカー)を検出するステップ
(3)検出結果に基づいて、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の現在又は将来の発症可能性を判定するステップ
【0017】
ステップ(1)では被検者由来の検体を用意する。検体としては被検者の血液、血漿、血清、骨髄、脳脊髄液等を用いることができる。被検者は特に限定されない。即ち、ALSの現在又は将来の発症可能性(即ち、ALSを発症している可能性の有無、ALSを発症している可能性の程度、ALSを将来発症する可能性の程度)の判定が必要な者に対して広く本発明を適用することができる。例えば、医師の問診などによってALSであると診断された患者に対して本発明を適用した場合、発現レベルという客観的な指標に基づいて当該診断の当否を判定することができる。即ち、本発明の検査法によれば従来の診断を補助或いは裏付ける情報が得られる。当該情報は、より適切な治療方針の決定に有益であり、治療効果の向上や患者のQOL(Quality of Life、生活の質)の向上を促す。一方、罹患状態のモニターに本発明を利用し、難治化、重篤化、再発等の防止を図ることもできる。
【0018】
家族背景などからALSの罹患リスクが高いと推定される者(高リスク者)も好適な被検者である。このような被検者に対してALSの症状が現れる前に本発明を適用することは、発症の阻止又は遅延或いは早期の治療介入を可能にする。ALSの罹患リスクが高い者を特定する目的にも本発明は有用である。このような特定は、例えば、予防的措置や生活習慣の改善等による発症可能性(罹患可能性)の低下を可能にする。自覚症状がない者など、従来の診断ではALSであるか否かの判定が不能又は困難な者も本発明の好適な被検者である。尚、健康診断の一項目として本発明を実施することにしてもよい。
【0019】
ステップ(2)では検体中におけるバイオマーカーを検出する。バイオマーカーのレベルを厳密に定量することは必須でない。即ち、後続のステップ(3)においてALSの発症可能性が判定可能となる程度にバイオマーカーのレベルを検出すればよい。例えば、検体中のバイオマーカーのレベルが所定の基準値を超えるか否かが判別可能なように検出を行うこともできる。
【0020】
バイオマーカーの検出方法は特に限定されないが、好ましくは免疫学的手法を利用する。免疫学的手法によれば迅速且つ感度のよい検出が可能である。また、操作も簡便である。免疫学的手法による測定では、採用するバイオマーカーに特異的結合性を有する物質を使用する。当該物質としては通常は抗体が用いられるが、当該バイオマーカーに特異的結合性を有し、その結合量を測定可能な物質であれば抗体に限らず採用できる。尚、市販の抗体に限らず、免疫学的手法、ファージディスプレイ法、リボソームディスプレイ法などを利用して新たに調製した抗体を使用してもよい。
【0021】
測定法として、ラテックス凝集法、蛍光免疫測定法(FIA法)、酵素免疫測定法(EIA法)、放射免疫測定法(RIA法)、ウエスタンブロット法を例示することができる。好ましい測定法としては、FIA法及びEIA法(ELISA法を含む)を挙げることができる。これらの方法によれば高感度、迅速且つ簡便に検出可能である。FIA法では蛍光標識した抗体を用い、蛍光をシグナルとして抗原抗体複合体(免疫複合体)を検出する。一方、EIA法では酵素標識した抗体を用い、酵素反応に基づく発色ないし発光をシグナルとして免疫複合体を検出する。
【0022】
ELISA法は検出感度が高いことや特異性が高いこと、定量性に優れること、操作が簡便であること、多検体の同時処理に適することなど、多くの利点を有する。ELISA法を利用する場合の具体的な操作法の一例を以下に示す。まず、抗バイオマーカー抗体を不溶性支持体に固定化する。具体的には例えばマイクロプレートの表面を抗バイオマーカーモノクローナル抗体で感作する(コートする)。このように固相化した抗体に対して検体を接触させる。この操作の結果、固相化した抗バイオマーカー抗体に対する抗原(バイオマーカーであるタンパク質分子)が検体中に存在していれば免疫複合体が形成される。洗浄操作によって非特異的結合成分を除去した後、酵素を結合させた抗体を添加することで免疫複合体を標識し、次いで酵素の基質を反応させて発色させる。そして、発色量を指標として免疫複合体を検出する。尚、ELISA法の詳細については数多くの成書や論文に記載されており、各方法の実験手順や実験条件を設定する際にはそれらを参考にできる。尚、非競合法に限らず、競合法(検体とともに抗原を添加して競合させる方法)を用いることにしてもよい。また、検体中のバイオマーカーを標識化抗体で直接検出する方法を採用しても、或いはサンドイッチ法を採用してもよい。サンドイッチ法では、エピトープの異なる2種類の抗体(捕捉用抗体及び検出用抗体)が用いられる。
【0023】
プロテインアレイやプロテインチップ等、多数の検体を同時に検出可能な手段を用いることにしてもよい。プローブには例えば標的のバイオマーカー特異的な抗体が用いられる。
【0024】
ステップ(3)では、検出結果に基づいてALSの現在又は将来の発症可能性を判定する。精度のよい判定を可能にするため、ステップ(2)で得られた検出値を対照検体(コントロール)の検出値と比較した上で判定を行うとよい。発症可能性の判定は定性的、定量的のいずれであってもよい。尚、ここでの判定は、その判定基準から明らかな通り、医師や検査技師など専門知識を有する者の判断によらずとも自動的/機械的に行うことができる。
【0025】
本発明では、典型的には、各バイオマーカーについて以下の基準が採用される。言うまでもないが、「検出値が低いと発症可能性が高い」との基準は「検出値が高いと発症可能性が低い」との基準と同義である(その他の基準についても同様)。
【0026】
「検出値が高いと発症可能性が高い」との基準、又は「検出できる発症可能性が高い」との基準を採用するバイオマーカー:ITIH4、切断型ITIH4
【0027】
「検出値が低いと発症可能性が高い」との基準、又は「検出できないと発症可能性が高い」との基準を採用するバイオマーカー:GPX3
【0028】
定性的判定と定量的判定の具体例を以下に示す。尚、説明の便宜上、発現レベルの上昇がALSの発症と相関するバイオマーカー(ITIH4又は切断型ITIH4)と、発現レベルの低下がALSの発症と相関するバイオマーカー(GPX3)の二種類のバイオマーカーを用いた場合を例とした。バイオマーカーの使用数が異なる他の態様もこの例に準じて判定基準を設定することができる。
【0029】
(定性的判定の例1)
基準値よりもバイオマーカー1の検出値(検体中レベル)が高く、且つ基準値よりもバイオマーカー2の検出値(検体中レベル)が低いときに「発症可能性が高い」と判定し、基準値よりもバイオマーカー1の検出値(検体中レベル)が低く、且つ基準値よりもバイオマーカー2の検出値(検体中レベル)が高いときに「発症可能性が低い」と判定する。
(定性的判定の例2)
バイオマーカー1を検出でき(反応性を認め)、且つバイオマーカー2を検出できない(反応性を認めない)ときに「発症可能性が高い」と判定し、バイオマーカー1を検出できず、且つバイオマーカー2を検出できたときに「発症可能性が低い」と判定する。
【0030】
(定量的判定の例)
以下に示すように検出値の範囲毎に発症可能性(%)を予め設定しておき、検出値から発症可能性(%)を判定する。
バイオマーカー1の検出値がa〜b、バイオマーカー2の検出値がa’〜b’:発症可能性は10%以下
バイオマーカー1の検出値b〜c、バイオマーカー2の検出値b’〜c’:発症可能性は10%〜30%
バイオマーカー1の検出値c〜d、バイオマーカー2の検出値c’〜d’:発症可能性は30%〜50%
バイオマーカー1の検出値d〜e、バイオマーカー2の検出値d’〜e’:発症可能性は50%〜70%
バイオマーカー1の検出値e〜f、バイオマーカー2の検出値e’〜f’:発症可能性は70%〜90%
【0031】
二種類以上のバイオマーカーを組み合わせて用いる場合には、以下の(1)又は(2)の判定手法を採用してもよい。
(1)組合せに含まれるバイオマーカーの全てに関して陽性(カットオフ値以上)である場合を陽性(例えば発症可能性50%以上)と判定し、それ以外の場合を陰性(例えば発症可能性50%未満)と判定する。
(2)組合せに含まれるバイオマーカーの一つでも陽性(カットオフ値以上)の場合を陽性(例えば発症可能性50%以上)と判定し、それ以外の場合を陰性(例えば発症可能性50%未満)と判定する。
【0032】
通常、組み合わせるバイオマーカーの種類及び数によって診断(検出)感度及び診断(検出)特異度が異なる。従って、目的に合わせて最適なバイオマーカーの組合せを選択するとよい。例えば、診断感度の高い組合せはスクリーニング的な検査に適する。対照的に、診断特異度の高い組み合わせは、より信頼性の高い判定が必要な検査(例えば2次検査や3次検査)に適する。診断感度及び診断特異度のバランスの異なる判定法を組み合わせることによって、効率化や確度ないし信頼性の向上を図ることが可能である。例えば、高い診断感度を与えるバイオマーカーの組合せを用いて陽性対象を絞り込んだ後(一次検査、スクリーニング検査)、高い診断特異度を与えるバイオマーカーの組合せを用いて最終的な判定を行う(2次検査)。このような2段階の判定に限らず、3段階以上の判定を行うことも可能である。
【0033】
判定区分の数、及び各判定区分に関連付けられるバイオマーカーのレベル及び判定結果はいずれも上記の例に何らとらわれることなく、予備実験等を通して任意に設定することができる。例えば、所定の閾値を境界として発症可能性の高低を判定する場合の「閾値」や、発症可能性の高低に係る区分に関連づける「バイオマーカーのレベル範囲」は、多数の検体を用いた統計的解析によって決定することができる。統計処理を利用して解析する場合には、一般に、高リスク群と低リスク群を設定することが有効である。高リスク群としては例えば、ALS患者の集団や家系にALS患者の多い者の集団が該当し、低リスク群としては例えば、健常者の集団や家系にALS患者のいない者の集団が該当する。
【0034】
ALSの発症可能性を判定するにあたって、ALSの検査に有用な他の指標も利用することにしてもよい。即ち、本発明のバイオマーカーと他の指標を併用してALSの発症可能性を判定することにしてもよい。
【0035】
本発明の一態様では、同一の被検者について、ある時点で測定されたバイオマーカーのレベルと、過去に測定されたバイオマーカーのレベルとを比較し、バイオマーカーのレベルの増減の有無及び/又は増減の程度を調べる。その結果得られる、バイオマーカーの発現レベル変化に関するデータはALSの発症可能性をモニターするため、治療効果を把握するため、或いは予後推定に有用な情報となる。具体的には例えば、バイオマーカーレベルの変動を根拠として、前回の検査から今回の検査までの間に発症可能性が高くなった又は低くなった或いは変化がないとの判定を行うことができる。このような評価をALSの治療と並行して行えば、治療効果の確認が行えることはもとより、ALSの再発の兆候を事前に把握することができる。これによって、より適切な治療方針の決定が可能となる。このように本発明は、治療効果の最大化及び患者のQOL(生活の質)向上に多大な貢献をし得る。
【0036】
(本発明の第3の局面:ALSの発症可能性検査用試薬及びキット)
本発明はさらに、ALSの発症可能性を検査するための試薬及びキットも提供する。本発明の試薬は本発明のバイオマーカーに特異的結合性を示す物質(以下、「結合分子」と呼ぶ)からなる。結合分子の例として、バイオマーカーを特異的に認識する抗体、核酸アプタマー及びペプチドアプタマーを挙げることができる。結合分子は、採用するバイオマーカーに対する特異的結合性を有する限り、その種類や由来などは特に限定されない。また、抗体の場合、ポリクローナル抗体、オリゴクローナル抗体(数種〜数十種の抗体の混合物)、及びモノクローナル抗体のいずれでもよい。ポリクローナル抗体又はオリゴクローナル抗体としては、動物免疫して得た抗血清由来のIgG画分のほか、抗原によるアフィニティー精製抗体を使用できる。Fab、Fab'、F(ab')2、scFv、dsFv抗体などの抗体断片であってもよい。
【0037】
結合分子は常法で調製すればよい。市販品が入手可能であれば、当該市販品を用いても良い。例えば、抗体であれば免疫学的手法、ファージディスプレイ法、リボソームディスプレイ法などを利用して調製することができる。免疫学的手法によるポリクローナル抗体の調製は次の手順で行うことができる。抗原(バイオマーカー又はその一部)を調製し、これを用いてマウスやラット或いはウサギ等の動物に免疫を施す。生体試料を精製することにより抗原を得ることができる。また、組換え型抗原を用いることもできる。組換え型抗原は、例えば、バイオマーカーをコードする遺伝子(遺伝子の一部であってもよい)を、ベクターを用いて適当な宿主に導入し、得られた組換え細胞内で発現させることにより調製することができる。
【0038】
免疫惹起作用を増強するために、キャリアタンパク質を結合させた抗原を用いてもよい。キャリアタンパク質としてはKLH(Keyhole Limpet Hemocyanin)、BSA(Bovine Serum Albumin)、OVA(Ovalbumin)などが使用される。キャリアタンパク質の結合にはカルボジイミド法、グルタルアルデヒド法、ジアゾ縮合法、MBS(マレイミドベンゾイルオキシコハク酸イミド)法などを使用できる。一方、バイオマーカー(又はその一部)を、GST、βガラクトシダーゼ、マルトース結合タンパク、又はヒスチジン(His)タグ等との融合タンパク質として発現させた抗原を用いることもできる。このような融合タンパク質は、汎用的な方法により簡便に精製することができる。
【0039】
必要に応じて免疫を繰り返し、十分に抗体価が上昇した時点で採血し、遠心処理などによって血清を得る。得られた抗血清をアフィニティー精製し、ポリクローナル抗体とする。
【0040】
一方、モノクローナル抗体については次の手順で調製することができる。まず、上記と同様の手順で免疫操作を実施する。必要に応じて免疫を繰り返し、十分に抗体価が上昇した時点で免疫動物から抗体産生細胞を摘出する。次に、得られた抗体産生細胞と骨髄腫細胞とを融合してハイブリドーマを得る。続いて、このハイブリドーマをモノクローナル化した後、目的タンパク質に対して高い特異性を有する抗体を産生するクローンを選択する。選択されたクローンの培養液を精製することによって目的の抗体が得られる。一方、ハイブリドーマを所望数以上に増殖させた後、これを動物(例えばマウス)の腹腔内に移植し、腹水内で増殖させて腹水を精製することにより目的の抗体を取得することもできる。上記培養液の精製又は腹水の精製には、プロテインG、プロテインA等を用いたアフィニティークロマトグラフィーが好適に用いられる。また、抗原を固相化したアフィニティークロマトグラフィーを用いることもできる。更には、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー、硫安分画、及び遠心分離等の方法を用いることもできる。これらの方法は単独ないし任意に組み合わされて用いられる。
【0041】
バイオマーカーへの特異的結合性を保持することを条件として、得られた抗体に種々の改変を施すことができる。このような改変抗体を本発明の試薬としてもよい。
【0042】
特異的結合分子として標識化抗体を使用すれば、標識量を指標に結合抗体量を直接検出することが可能である。従って、より簡便な検査法を構築できる。その反面、標識物質を結合させた抗体を用意する必要があることに加えて、検出感度が一般に低くなるという問題点がある。そこで、標識物質を結合させた二次抗体を利用する方法、二次抗体と標識物質を結合させたポリマーを利用する方法など、間接的検出方法を利用することが好ましい。ここでの二次抗体とは、採用するバイオマーカーに特異的な抗体に対して特異的結合性を有する抗体である。例えば、バイオマーカーに特異的な抗体をウサギ抗体として調製した場合には抗ウサギIgG抗体を二次抗体として使用することができる。ウサギやヤギ、マウスなど様々な種の抗体に対して使用可能な標識二次抗体が市販されており(例えばフナコシ株式会社やコスモ・バイオ株式会社など)、本発明の試薬に応じて適切なものを適宜選択して使用することができる。
【0043】
標識物質の例は、ペルオキシダーゼ、マイクロペルオキシダーゼ、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)、アルカリホスファターゼ、β−D−ガラクトシダーゼ、グルコースオキシダーゼ及びグルコース−6−リン酸脱水素酵素などの酵素、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、テトラメチルローダミンイソチオシアネート(TRITC)及びユーロピウムなどの蛍光物質、ルミノール、イソルミノール及びアクリジニウム誘導体などの化学発光物質、NADなどの補酵素、ビオチン、並びに131I及び125Iなどの放射性物質である。
【0044】
一態様では、本発明の試薬はその用途に合わせて固相化されている。固相化に用いる不溶性支持体は特に限定されない。例えばポリスチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、シリコン樹脂、ナイロン樹脂等の樹脂や、ガラス等の水に不溶性の物質からなる不溶性支持体を用いることができる。不溶性支持体への抗体の担持は物理吸着又は化学吸着によって行うことができる。
【0045】
本発明のキットは主要構成要素として本発明の試薬を含む。検査法を実施する際に使用するその他の試薬(緩衝液、ブロッキング用試薬、酵素の基質、発色試薬など)及び/又は装置ないし器具(容器、反応装置、蛍光リーダーなど)をキットに含めてもよい。また、標準試料として本発明のバイオマーカー分子又はその断片をキットに含めることが好ましい。尚、通常、本発明のキットには取り扱い説明書が添付される。
【実施例】
【0046】
ALS関連分子の同定を目指し、以下の実験を行った。
1.材料と方法
(1)ヒト血清サンプル
本試験はヘルシンキ宣言に従い、岐阜大学倫理委員会の審議、承認を得た後実施した。また、全対象者へインフォームドコンセントを実施し実験参加同意書への記名押印を得た。対象は弧発性ALS患者13例、アルツハイマー病患者10例、パーキンソン病患者10例および非神経疾患患者(黄斑円孔)17例である。ヒト血清サンプルを用いた試験はすべて岐阜大学医学部にて実施した。年齢、性別および血清採取時期は図8に示した。血清サンプルは試験実施まで-80℃で保存した。
【0047】
(2)実験動物
SOD1H46Rラットおよび野生型 (wild-type: WT) ラット [SD-Tg (SOD1H46R-4)] は、日本エスエルシ−株式会社 (静岡) より購入した。SOD1H46RおよびWTラットは以下の3群に分けて試験を行った:発症前 (12週齢, n = 3-7), 発症後 (26週齢, n = 3-7) および病態末期 (30週齢, n = 3-7)。本試験では後肢を引きずり始めた時点をALS発症と見なした。すべてのラットは設定温度: 23℃ (許容範囲: 20〜26℃)、設定湿度: 55% (許容範囲: 40〜70%)、明暗各12時間 (照明: 午前8:00〜午後8:00) に維持された本学の動物飼育舎で飼育した。本試験を行うにあたっては、岐阜薬科大学動物舎運営委員会に動物実験承認申請を行い、許可を受けた上で実施した。
【0048】
(3)ラット血清サンプル
発症前および発症後SOD1H46RおよびWTラットにネンブタール80 mg/kgを腹腔内投与して深麻酔させ、下大静脈より採血した。血液をエッペンドルフチューブに採取後、30分間室温で放置し、その後1,500×g、20分間、4℃で遠心分離を行い、血清を分取した。分取した血清は-80℃で保存した。
【0049】
(4)二次元電気泳動
二次元電気泳動、MALDI-TOF MS解析およびLC-MS/MS解析はアプロサイエンス (徳島) に委託した。ラット血清サンプル20μLをVivapure Anti-HAS/IgG Kit (Satorius AG, Frankfurt, Germany) にて処理した後、冷アセトンにてタンパク質を沈殿させた。得られた沈殿を膨潤液 (7 M urea, 2% Thiourea, 20 mM dithiothreitol [DTT], 2 mM Tris-(2-cyanoethyl) phosphine, 2% 3-(3-cholamidepropyl) dimethylammonio-1-propanesulphonate [CHAPS], 0.2% [v/v] BioLyte 3-10, and trace of bromophenol blue) と混合し、その遠心上清をBradford法によりタンパク質量を定量した後、必要量を二次元電気泳動用のサンプルとした。
【0050】
これら調製した二次元電気泳動サンプルから定量結果を基に、それぞれ120μgタンパク質相当量をBromophenol Blueを含む膨潤液と混合し、IPG ReadyStripゲル (17 cm, pH3-10NL, BIO-RAD) を12時間以上膨潤した。このゲルを所定のプログラムにて泳動 (一次元目:等電点電気泳動) した後、IPGゲルを平衡化バッファーA (50 mM Tris-HCl [pH 8.5], 6 M urea, 30% glycerol, 2% SDS, 1% DTT, and 0.005% bromophenol blue) にて15分間、引き続き、平衡化バッファーB (50 mM Tris-HCl [pH 8.5], 6 M Urea, 30% Glycerol, 2% SDS, 4.5% iodacetamide, and 0.005% bromophenol blue) にて15分間平衡化を行った。その後、平衡化したIPGゲルを10/16%グラジエントゲル (19 × 17 cm) にセットし、二次元目の泳動を行った (二次元目:SDS-PAGE)。泳動後のゲルをSYPRO Ruby (Invitrogen, Carlsbad, CA, USA) にて染色し、Molecular Imager FX (Bio-Rad Laboratories, Philadelphia, PA, USA) にて画像の取り込みを行った。その後、ゲル間のスポットパターンの比較解析を行った。
【0051】
(5)画像解析
画像解析ソフトProgenesis SameSpot (Nonlinear Dynamics, Newcastle upon Tyne, UK) を使用してサンプル群のアベレージデータを作成した後、発症前SOD1H46R:WT、発症後SOD1H46R:WTおよび発症前SOD1H46R:発症後SOD1H46Rについて比較解析を行った。また、比較解析において、各群間でスポットのNorm. volume値 (Progenesis SameSpotにより算出された値) が1.5倍以上かつP < 0.05を満たすスポットを選別した。
【0052】
(6)MALDI-TOF MS解析
SDSポリアクリルアミドゲルから目的のスポットを切り出した。ゲル片を脱色後、トリプシンを含むトリスバッファー (pH 8.0) を加え、35℃、20時間の処理を行った。その後、サンプル溶液をZipTip C18 (Millipore Corporation, Bedford, MA, USA) 処理し、マトリックス溶液に溶出、プレートにスポットした。自然乾燥後、MALDI-TOF MS分析に供した。外部キャリブレーション(External calibration)を適用して得られた生データ(Raw Data)をトリプシン由来ピークで内部キャリブレーション(Internal calibration)し、得られたモノアイソトピック質量(Monoisotopic mass)をMascot (http://www.matrixscience.com/, MatrixSicence Ltd., London, UK) にてNCBInrデータベース検索した(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)。検索条件は、(i)Taxonomy: Rattus norvegicus (Rat)、(ii)Peptide Mass Tolerance: ± 20 ppm、(iii)Max Missed Cleavages: 1、(iv)Variable modifications: CarbamidomethylおよびOxidationである。プロテインスコア(Protein score)が61以上を有意差有り (P < 0.05) とした。
【0053】
(7)LC-MS/MS解析
SDSポリアクリルアミドゲルから目的のスポットを切り出した。ゲル片を脱色後、トリプシンを含むトリスバッファー (pH 8.0) を加え、35℃、20時間の処理を行った。その後、サンプル溶液の全量をLC-MS/MS分析に供した。得られたマススペクトルをMascot (http://www.matrixscience.com/, MatrixSicence Ltd., London, UK) にてNCBInrデータベース検索した (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)。イオンスコアが53以上を有意差有り (P < 0.05) とした。
【0054】
(8)ウェスタンブロッティング法
ヒトおよびラット血清サンプルを、RIPA [1/100 protease inhibitor cocktail、1/100 phosphatase inhibitor cocktail 1および1/100 phosphatase inhibitor cocktail 2 含有] にて溶解し、溶解液は bicinchoninic acid (BCA) 法によりタンパク質濃度を定量した。その後、等量のタンパク質にてドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリルアミドゲル電気泳動 (SDS-PAGE) を行った。ウェスタンブロッティングは、ゲル中のタンパク質をポリビニリデンジフルオリド(polyvinylidene difluoride;PVDF) メンブレンに転写することによって行った。PVDFメンブレンをBlock-One P (ナカライテスク株式会社) によってブロッキングした後、それぞれの一次抗体 [抗ITIH4抗体およびGpx3抗体] に一晩中、4℃にて反応させ、二次抗体であるHRP結合ヤギ抗ウサギまたはウサギ抗ヤギ抗体と1時間、室温にて反応させた。Super Signal West Femto Maximum Sensitivity Substrateを用いてバンドを発色させ可視化し、Luminescent image analyzer LAS-4000 UV mini (富士フイルム株式会社) およびMulti Gauge Ver.3.0 (富士フイルム株式会社) を用いてバンドの輝度を計測した。
【0055】
(9)統計学的解析
実験成績は平均値 ± 標準誤差または標準偏差で示した。統計学的な比較は、STAT VIEW (SAS institute, Cary, NC, USA) を用いて二元配置分散分析またはスチューデントのt検定(Student’s t-test)により行った。危険率5 %未満を有意差有りとした。
【0056】
2.結果
(1)ラット血清プロテオーム解析
血清中の病態関連タンパク探索のため、発症前および発症後SOD1H46Rラット血清プロテオーム解析を行った。二次元電気泳動により血清中のタンパク質を分離し、CYPRO Rubyを用いてタンパク質を染色した結果、発症前(図1)および発症後(図2)についてそれぞれ電気泳動像が得られた。発症前では全1,397スポット中69スポットが、発症後では全1,412スポット中40スポットがSOD1H46RおよびWTラット間で有意 (P < 0.05) に変動していた。そのスポットの中で、スポットが明瞭でありかつ発症前後において変化のある2スポットに着目し、MALDI-TOF MSまたはLC-MS/MS分析を行った。同定された2種のタンパク質を図3に示す。発症前SOD1H46R ラット血清において、Gpx3スポットの%ボリューム値は同週齢WTと比較して1.6倍 (P < 0.05) 増加した (図4)。また、発症後SOD1H46Rラット血清におけるGpx3量は、発症前と比較して68.5 ± 5.1% (P < 0.05) に減少した (図4)。一方、発症後SOD1H46Rラット血清におけるITIH4量は、同週齢WTと比較して1.6倍 (P < 0.05)、発症前と比較して1.9倍 (P < 0.05) 増加した (図5)。これら2タンパク質のWT血清中における変化は認められなかった (図4、5)。以上の通り、ALS発症との相関が示唆される2種類のタンパク質(Gpx3、 ITIH4)が同定された。
【0057】
(2)ALS病態進行に伴うラット血清中Gpx3量の変化
二次元電気泳動の結果に基づき、ラット血清中Gpx3量をウェスタンブロッティング法により検討した (図6)。発症前SOD1H46Rラット血清において、Gpx3量は、同週齢WTと比較して1.3倍 (P < 0.01) 増加した。また、病態進行に伴いGpx3量は減少し、病態末期ではWTと比較して74.3 ± 2.9% (P < 0.05) に減少した (図7)。このように、ALSの発症及び病態進行に伴い、血清Gpx3量が減少することが示された。
【0058】
(3)弧発性ALS患者血清中のGpx3
弧発性ALS患者、アルツハイマー病患者、パーキンソン病患者および黄斑円孔患者 (非神経変性疾患コントロール) の血清中Gpx3量をウェスタンブロッティング法により検討した。患者背景を図8に示す。弧発性ALS患者は総数13名 (男性11名、女性2名)、アルツハイマー病患者は総数10名 (男性6名、女性4名)、パーキンソン病患者は総数10名 (男性3名、女性7名) および黄斑円孔患者は総数17名 (男性3名、女性14名) であった。弧発性ALS患者、アルツハイマー病患者、パーキンソン病患者および黄斑円孔患者の年齢はそれぞれ64.8 ± 3.4歳、74.7 ± 7.7歳、67.5 ± 5.6歳および64.6 ± 4.5歳であった。弧発性ALS血清中GPX3量はアルツハイマー病、パーキンソン病およびコントロールと比較して、それぞれ62.9 ± 6.4% (P < 0.05)、 59.2 ± 6.1% (P < 0.05)、および71.8 ± 7.4% (P < 0.05) に減少した (図9)。このように、血清GPX3量がALS患者特異的に減少することが判明した。即ち、臨床検体においてもGPX3量がALS特異的マーカーになることが確認された。尚、血清中でその変動を検知できたことは、当該分子の臨床応用を図る上で極めて重要な意味をもつ。
【0059】
(4)ALS病態進行に伴うラット血清中ITIH4量の変化
Gpx3と同様に、ラット血清中ITIH4量をウェスタンブロッティング法にて検討した (図10)。発症後および病態末期SOD1H46Rラット血清において、120 kDa ITIH4量は同週齢WTと比較してそれぞれ2.5倍 (P < 0.01) および3.3倍 (P < 0.05) 増加した (図11)。また二次元電気泳動の結果と同様に、発症前における120 kDa ITIH4量は差が認められなかった。さらに、血漿カリジノゲナーゼが切断することにより生じる切断型85 kDa ITIH4が病態末期SOD1H46Rラット血清において認められた (図12)。このように、発症に伴い血清中ITIH4量が増加することが示された。また、病態の進行と切断型ITIH4量の増加との間に相関を認めた。
【0060】
(5)弧発性ALS患者血清中のITIH4
弧発性ALS患者、アルツハイマー病患者、パーキンソン病患者および黄斑円孔患者 (非神経変性疾患コントロール) の血清中ITIH4量をウェスタンブロッティング法により検討した (図13)。患者背景を図8に示す。弧発性ALS患者は総数13名 (男性11名、女性2名)、アルツハイマー病患者は総数10名 (男性6名、女性4名)、パーキンソン病患者は総数10名 (男性3名、女性7名) および黄斑円孔患者は総数17名 (男性3名、女性14名) であった。切断型85 kDa ITIH4は弧発性ALS血清に特異的に認められ、その発現量はアルツハイマー病、パーキンソン病およびコントロールと比較して2.1倍 (P < 0.01)、2.7倍 (P < 0.01)、および 3.3倍 (P < 0.01) 増加した (図15)。一方、120 kDa ITIH4量に関しては各群間に差は認められなかった (図14)。また、弧発性ALS血清中に存在する活性化カリジノゲナーゼ量が、コントロールと比較して1.7倍 (P < 0.01) 増加した (図16)。以上の通り、血清中切断型ITIH4がALS患者特異的に検出された。即ち、血清中切断型ITIH4がALS特異的マーカーとして臨床上有用であることが確認された。尚、血清中でその変動を検知できたことは、当該分子の臨床応用を図る上で極めて重要な意味をもつ。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の検査法は、ALSの発症可能性を簡便且つ客観的に判定することを可能にする。本発明の検査法は、ALSを発症しているか否かを判定するための手段として有用である。また、将来発症する可能性を把握するための手段としての利用も期待される。本発明の検査法を利用した早期発見・早期治療によって、ALSの難治化、重篤化(病勢の進行)、再発等の防止を図ることが期待される。また、予後を推定するための手段として本発明の検査法の利用が図られることも想定される。
【0062】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インターαトリプシンインヒビター重鎖4、切断型インターαトリプシンインヒビター重鎖4及びグルタチオンペルオキシダーゼ3からなる群より選択される、いずれかのタンパク質分子からなる、筋萎縮性側索硬化症マーカー。
【請求項2】
インターαトリプシンインヒビター重鎖4、切断型インターαトリプシンインヒビター重鎖4及びグルタチオンペルオキシダーゼ3からなる群より選択される一又は二以上のタンパク質分子についての検体中レベルを指標として用いることを特徴とする、筋萎縮性側索硬化症検査法。
【請求項3】
以下のステップ(1)〜(3)を含む、請求項2に記載の筋萎縮性側索硬化症検査法:
(1)被検者由来の検体を用意するステップ;
(2)前記検体中の一又は二以上の前記タンパク質分子を検出するステップ;及び
(3)検出結果に基づいて、筋萎縮性側索硬化症の現在又は将来の発症可能性を判定するステップ。
【請求項4】
インターαトリプシンインヒビター重鎖4及び切断型インターαトリプシンインヒビター重鎖4については、検出値が高いと発症可能性が高いとの基準、又は検出できると発症可能性が高いとの基準に従い、
グルタチオンペルオキシダーゼ3については、検出値が低いと発症可能性が高いとの基準、又は検出できないと発症可能性が高いとの基準に従い、ステップ(3)の判定を行う、請求項3に記載の筋萎縮性側索硬化症検査法。
【請求項5】
ステップ(2)で得られた検出値と対照検体の検出値との比較に基づきステップ(3)の判定を行う、請求項3又は4に記載の筋萎縮性側索硬化症検査法。
【請求項6】
ステップ(2)で得られた検出値と、同一の被検者から過去に採取された検体中の検出値との比較に基づきステップ(3)の判定を行う、請求項3又は4に記載の筋萎縮性側索硬化症検査法。
【請求項7】
前記検体が血液、血漿、血清、脊髄、又は脳脊髄液である、請求項2〜6のいずれか一項に記載の筋萎縮性側索硬化症検査法。
【請求項8】
請求項1に記載の筋萎縮性側索硬化症マーカーに特異的結合性を示す物質からなる、筋萎縮性側索硬化症検査試薬。
【請求項9】
前記物質が抗体である、請求項8に記載の筋萎縮性側索硬化症検査試薬。
【請求項10】
請求項8又は9に記載の筋萎縮性側索硬化症検査試薬を含む、筋萎縮性側索硬化症検査用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2012−103142(P2012−103142A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−252476(P2010−252476)
【出願日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【出願人】(805000018)財団法人名古屋産業科学研究所 (55)