説明

筋量評価方法および筋量評価装置

【課題】簡便且つ正確に筋発達・筋萎縮の程度を評価することができる筋量評価方法を提供する。
【解決手段】一対の電流印加電極と一対の電圧測定電極とから成るインピーダンス測定電極を身体表面に接触させて測定した身体のインピーダンスする。具体的には、測定部位に接触させた電極に低周波数(例えば5kHz)の交流電流を印加してインピーダンスを測定する(S3)。前記電極に高周波数(例えば250kHz)の交流電流を印加してインピーダンスを測定する(S4)。インピーダンス比Z250/Zを算出する(S5)。算出したインピーダンス比から筋発達・筋萎縮の程度を判定する(S6)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は身体のインピーダンスを測定し、筋発達・筋萎縮の評価(筋量評価)に関する指標を算出する筋量評価方法および筋量評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より公知の生体電気インピーダンス法を用いた体組成計は、手または足にインピーダンス測定電極を接触させて測定されるインピーダンスに基づいて、体脂肪などに関する指標を推定するものであった。
【0003】
また、体脂肪などに関する指標の内、特に内臓脂肪面積及び皮下脂肪面積に関するデータを正確に導出する装置としては、X線CT法又はインピーダンスCT法等の各種CT法又はMRI法による断層画像に基づいて体脂肪データを算出する体脂肪測定装置がある。また、体脂肪に関する指標の内、特に内臓脂肪率及び皮下脂肪率に関するデータを正確に導出する装置としては、CT法を用いた装置が知られている。
【0004】
また、測定部位及び印加する電流の周波数を変えて、腹部付近のインピーダンスを測定し、内臓脂肪面積を推定するに適する測定部位及び周波数を検出する研究がなされている(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】小宮秀明、他1名、「多周波インピーダンス法による内臓脂肪面積の推定に関する研究」、肥満研究、2003、Vol.9、No.1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の生体電気インピーダンス法による除脂肪量などの推定では、体積V、断面積A、抵抗率ρΩm、長さl、インピーダンスZのモデルにおいて、体積V=A・l=ρ・l/Zという関係が得られるため、インピーダンスZの逆数と、その部位の長さにより除脂肪量を推定する手法が用いられている。これは、抵抗率ρΩmが一定であるという前提に基づいた評価法である。
【0007】
しかしながら、老化や廃用性症候群等により筋細胞が萎縮した場合、抵抗率ρΩmは変化することが予想される。このため、筋量を評価する場合、単一周波数による計測では、筋の状態毎に電流経路が異なり、計測値に含まれる情報が統一されていないと考えられる。
【0008】
従って本発明は上述の課題を解決し、簡便且つ正確に筋発達・筋萎縮の程度を評価することができる筋量評価方法および筋量評価装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本発明は、一対の電流印加電極と一対の電圧測定電極とから成るインピーダンス測定電極を身体表面に接触させて測定した身体のインピーダンスに基づいて、筋発達・筋萎縮の程度に関する指標を算出する筋量評価方法において、身体表面に前記インピーダンス測定電極を接触させる工程と、前記インピーダンス測定電極に所定の低周波数の交流電流を印加し、身体のインピーダンスを測定する工程と、前記インピーダンス測定電極に所定の高周波数の交流電流を印加し、身体のインピーダンスを測定する工程と、前記低周波数の交流電流の印加時に測定したインピーダンスに対する、前記高周波数の交流電流の印加時に測定したインピーダンスの比を算出する工程と、前記算出したインピーダンスの比に基づいて、筋発達・筋萎縮の程度を判定する工程とを備える筋量評価方法を提供する。
本発明によれば、低周波数の交流電流を印加した際のインピーダンスに対する、高周波数の交流電流を印加した際のインピーダンスの比を算出するだけで、簡易かつ正確に筋発達・筋萎縮の程度を判定することができる。
【0010】
本発明の好適な態様において、前記インピーダンスを測定する工程は、前記所定の低周波数および所定の高周波数として複数の周波数を用い、前記インピーダンスの比を算出する工程は、測定した複数のインピーダンスから適宜のインピーダンスを選択して比を算出する。
この態様によれば、測定条件に応じて最適なインピーダンス値に基づいて正確に筋発達・筋萎縮の程度を判定することができる。
【0011】
また、前記筋発達・筋萎縮の程度を判定する工程は、年齢、性別、運動経験の有無などの身体特定情報が異なる複数の被測定者について、筋肉量と前記インピーダンスの比との相関を示すデータを予め取得しておき、前記取得しておいたデータに基づいて行われる。
この態様によれば、年齢、性別、運動経験の有無などの身体特定情報を測定時に入力することなく、正確に筋発達・筋萎縮の程度を判定することができる。
【0012】
また、前記前記取得しておいたデータに基づいて、筋肉量と、体重およびインピーダンスの比との関係を表す回帰式を予め求めておき、前記回帰式に基づいて筋肉量を推定する。
この態様によれば、年齢、性別、運動経験の有無などの身体特定情報を測定時に入力することなく、正確に筋肉量を推定することができる。
【0013】
さらに、上記課題を解決するため、本発明は、一対の電流印加電極と、一対の電圧測定電極とから成り、身体表面に接触可能なインピーダンス測定電極と、前記インピーダンス測定電極に交流電流を印加する交流電流印加部と、前記交流電流印加部により印加される交流電流の周波数として、所定の低周波数と所定の高周波数を設定する周波数設定部と、前記低周波数および高周波数の交流電流の印加時におけるインピーダンスを測定するインピーダンス測定部と、前記低周波数の交流電流の印加時におけるインピーダンスに対する、前記高周波数の交流電流の印加時におけるインピーダンスの比を算出する演算部と、前記算出したインピーダンスの比に基づいて、筋発達・筋萎縮の程度を判定する判定部とを備える筋量評価装置を提供する。
本発明によれば、低周波数の交流電流を印加した際のインピーダンスに対する、高周波数の交流電流を印加した際のインピーダンスの比を算出するだけで、簡易かつ正確に筋発達・筋萎縮の程度を判定することができる。
【0014】
本発明の好適な態様において、前記インピーダンス測定部は、前記所定の低周波数および所定の高周波数として複数の周波数を設定し、前記演算部は、測定した複数のインピーダンスから適宜のインピーダンスを選択して比を算出する。
この態様によれば、測定条件に応じて最適なインピーダンス値に基づいて正確に筋発達・筋萎縮の程度を判定することができる。
【0015】
また、年齢、性別、運動経験の有無などの身体特定情報が異なる複数の被測定者について、筋肉量と前記インピーダンスの比との相関を示すデータを予め記憶する記憶部をさらに備え、前記判定部は、前記記憶部に記憶したデータに基づいて筋発達・筋萎縮の程度を判定する。
この態様によれば、測定条件に応じて最適なインピーダンス値に基づいて正確に筋発達・筋萎縮の程度を判定することができる。
【0016】
前記記憶部は、前記記憶したデータに基づいて求めた、筋肉量と、体重およびインピーダンスの比との関係を表す回帰式がさらに記憶されており、前記回帰式に基づいて筋肉量を推定する推定部をさらに備える。
この態様によれば、年齢、性別、運動経験の有無などの身体特定情報を測定時に入力することなく、正確に筋発達・筋萎縮の程度を判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施形態に係る筋量評価装置100の外観を示す図である。
【図2】図1の筋量評価装置100の詳細な構成を示すブロック図である。
【図3】生体の電流経路を電気的等価回路によりモデル化したモデル図である。
【図4】主に筋肉組織を示す電解質組織における周波数別電流経路を示した細胞モデル図である。
【図5】体積とインピーダンスとの関係を説明するためのモデル図である。
【図6】筋萎縮が生じた際の筋組織全体に占める筋の細胞内液量の減少を説明する筋の断面モデル図である。
【図7】体組成計による部位筋肉量とインピーダンス比の関係を示すグラフである。
【図8】図1の筋量評価装置100の動作を示すフローチャートである。
【図9】本発明の変形例1の動作を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
<A:構成>
図1は、本実施形態に係る筋量評価装置100の外観を示す図である。本実施形態に係る筋量評価装置100は、被測定者の筋発達・筋萎縮の程度を評価する機能だけでなく、公知の方法により被測定者の皮下脂肪厚、体重、筋肉量、体脂肪率および体脂肪量などの肥満に関する情報を測定する機能も備えている。図1に示すように、筋量評価装置100は、把持ユニット10と載台ユニット20とを備える。把持ユニット10は、ケーブル200を介して載台ユニット20と接続されており、その先端の面には、人体に接触させて筋発達・筋萎縮の評価に関する指標の算出、あるいは皮下脂肪厚などの測定を行うための第1測定電極12(12a,12b,12c,12d)が配置されている。
【0019】
第1測定電極12は、第1の電流印加用電極12a、第2の電流印加用電極12b、第1の電圧測定用電極12cおよび第2の電圧測定用電極12dを含む。第1の電流印加用電極12aおよび第2の電流印加用電極12bは、第1の電圧測定用電極12cと第2の電圧測定用電極12dとの間に挟まれるようにして配置される。また、第1の電圧測定用電極12cは、第1の電流印加用電極12aに隣り合うように配置され、第2の電圧測定用電極12dは第2の電流印加用電極12bに隣り合うように配置される。より具体的には、第1測定電極12(12a,12b,12c,12d)は、把持ユニット10の先端の面においてY方向に沿って配列され、第1の電圧測定用電極12cは、第1の電流印加用電極12aから見てY方向の負側に隣り合うように配置され、第2の電圧測定用電極12dは第2の電流印加用電極12bから見てY方向の正側に隣り合うように配置される。
【0020】
第1の電流印加用電極12aと第2の電流印加用電極12bとの間のY方向における距離Lは、第1の電圧測定用電極12cにおけるY方向の幅Wと、第2の電圧測定用電極12dにおけるY方向の幅Wとの和よりも小さくなるように値に設定されている。本実施形態では、各測定電極の寸法は同じ値に設定されており、第1の電圧測定用電極12cにおけるY方向の幅Wと、第2の電圧測定用電極12dにおけるY方向の幅Wとは同じ値である(つまりL<2W)。また、本実施形態では、各測定電極間のY方向の距離は等しくなるように設定されており、その値は、ひとつの測定電極におけるY方向の幅Wの値に等しい(つまりL=W)。ここでは、ひとつの測定電極におけるY方向の幅Wの値は5mmに設定されている。
【0021】
載台ユニット20は、外観上に、表示部13と、入力部(14a,14b,14c,14d)と、第2測定電極23(23a,23b,23c,23d)とを備える。第2測定電極23は、被測定者の足に接触させて被測定者の体脂肪率等の測定を行うための電極である。第2測定電極23は、第3の電流印加用電極23a、第4の電流印加用電極23b、第3の電圧測定用電極23cおよび第4の電圧測定用電極23dを含む。第3の電流印加用電極23aと第4の電流印加用電極23bとは、互いにX方向に離れた位置に配置される。より具体的には、第3の電流印加用電極23aは被測定者の左足が載せられる位置に対応して配置され、第4の電流印加用電極23bは被測定者の右足が載せられる位置に対応して配置される。また、第3の電圧測定用電極23cは、第3の電流印加用電極23aから見てY方向の正側に隣り合うように配置され、被測定者の左足が載せられる位置に対応して配置される。第4の電圧測定用電極23dは、第4の電流印加用電極23bから見てY方向の正側に隣り合うように配置され、被測定者の右足が載せられる位置に対応して配置される。
【0022】
入力部(14a,14b,14c,14d)は、設定キー14aと、アップキー14bと、ダウンキー14cと、スタートキー14dとを含む。ここで、アップキー14bおよびダウンキー14cは、情報の選択や数値の切り替えを行い、設定キー14aは、選択した情報や切り替えた数値の設定をする。本実施形態では、設定キー14a、アップキー14bおよびダウンキー14cを操作することにより、被測定者の性別、年齢、身長等の身体特定情報の入力が可能となっている。スタートキー14dは、一連の測定のために載台ユニット20に対して電力供給を開始させるための手段である。
【0023】
図2は、本実施形態に係る筋量評価装置100の詳細な構成を示すブロック図である。図2に示すように、載台ユニット20は、前述の表示部13、入力部14および第2測定電極23の他、第1電圧測定部21と、A/D変換部22と、第1電流発生部24と、第2電流発生部28と、第2電圧測定部32と、A/D変換部33と、重量測定部36と、メモリ部7と、演算部15と、電源部16と、制御部11とを備える。
【0024】
制御部11は、筋量評価装置100の全制御を行う手段である。制御部11には、メモリ部7、表示部13、入力部14、演算部15、電源部16、A/D変換部22、第1電流発生部24、第2電流発生部28、A/D変換部33が接続される。
【0025】
メモリ部7は、RAM8とROM9とを備えている。RAM8は、入力部14によって入力される性別、身長、年齢などの身体特定情報、測定データおよび演算結果等を一時的に格納する手段である。また、ROM9は、装置の制御用プログラム、予め設定した筋量評価に関する指標の演算式または判別プログラム、体脂肪に関する指標の演算式または判別プログラム、および、インピーダンス測定時に印加に印加する交流電流の周波数等を格納してあるROM9とを備えている。演算部15は、インピーダンス、筋量評価、または体脂肪に関する指標を演算する手段である。
【0026】
第1電流発生部24は、把持ユニット10における第1の電流印加用電極12aと第2の電流印加用電極12bとの間に流れる交流電流を出力する手段である。第1電流発生部24は、基準電流検出部25、交流電流発生部26および周波数設定部27を備えている。制御部11は、周波数設定部27を制御し、予め決められた周波数を設定する。また、基準電流検出部25は、被測定者に流れる電流を検出して、基準電流検出信号として交流電流発生部26に出力する。交流電流発生部26は、前記基準電流検出信号に基づく電流値を有し、前記設定された周波数の交流電流を発生させる。この交流電流が前記第1の電流印加用電極12aと第2の電流印加用電極12bにより被験者に印加される。
本実施形態では、第1電流発生部24から出力される交流電流の周波数は、測定目的に応じて複数の値に設定可能であり、例えば、皮下脂肪厚測定の際には50kHzに設定される。また、後述するように、筋量評価の際には、低周波数として5kHz、高周波数として250kHzに設定される。
【0027】
第1電圧測定部21は、第1の電圧測定用電極12cと第2の電圧測定用電極12dとの間の電圧を測定する手段である。第1電圧測定部21により測定されたアナログの電位差信号は、A/D変換部22においてデジタル信号に変換され、制御部11に入力される。
【0028】
第2電流発生部28は、第3の電流印加用電極23aと第4の電流印加用電極23bとの間に流れる交流電流を出力する手段である。第2電流発生部28は、基準電流検出部29、交流電流発生部30および周波数設定部31を備えている。制御部11は、周波数設定部31を制御し、予め決められた周波数を設定する。また、基準電流検出部29は、被測定者に流れる電流を検出して、基準電流検出信号として交流電流発生部30に出力する。交流電流発生部30は、前記基準電流検出信号に基づく電流値を有し、前記設定された周波数の交流電流を発生させる。この交流電流が前記第3の電流印加用電極23aと第4の電流印加用電極23bにより被測定者に印加される。
本実施形態では、第2電流発生部28から出力される交流電流の周波数は、測定目的に応じて複数の値に設定可能であり、例えば、体脂肪測定の際には50kHzに設定される。
【0029】
第2電圧測定部32は、第3の電圧測定用電極23cと第4の電圧測定用電極23dとの間の電圧を測定する手段である。第2電圧測定部23により測定されたアナログの電位差信号は、A/D変換部33においてデジタル信号に変換され、制御部11に入力される。
【0030】
重量測定部36は、載台ユニット20に乗った被測定者の重量を測定して重量データを出力する手段である。電源部16は、載台ユニット20の電気系統各部に電力を供給する手段である。
【0031】
<B:筋量評価の手法>
本実施形態の筋量評価装置は、従来の体組成計と同様に、把持ユニット10を用いた皮下脂肪厚測定、載台ユニット20を用いた体重測定および体脂肪測定が可能である。さらに、これらの機能に加えて、筋量評価が可能になっている。以下、本実施形態における筋量評価の手法について説明する。
【0032】
まず、図3から図5を用いて生体電気インピーダンス法について説明する。図3は生体の電流経路を電気的等価回路によりモデル化したモデル図であり、図4は主に筋肉組織を示す電解質組織における周波数別電流経路を示した細胞モデル図である。また、図5は体積とインピーダンスとの関係を説明するためのモデル図である。
【0033】
生体組織において、除脂肪組織のほとんどは電解質を多く含む体水分であり、電気が流れやすく、脂肪組織や骨は電解質をほとんど含まない非電解質組織であると考えられる。したがって、除脂肪組織である筋肉組織は電解質であり、脂肪組織である皮下脂肪及び内臓脂肪は非電解質組織であると言える。
【0034】
よって、被測定者の例えば左下肢を第1の電流印加用電極12aと第2の電流印加用電極12bに接触させたときの電流経路は、皮下脂肪組織より流入し、脂肪組織よりも電気伝導度の高い筋肉組織に流れると考えられる。つまり、図3に示すように、筋肉組織を回路Xとしてモデル化することができる。回路Xは前述の電解質組織の電気的等価回路を示すものであり、細胞内液抵抗及び細胞膜容量から成る直列部と、細胞外液抵抗との並列回路により表される。
【0035】
ここで、回路Xは電解質組織を細胞レベルでモデル化したものであり、図4に示すように電解質組織は細胞内液を細胞膜で覆った筋細胞と、細胞の外側に存在する細胞外液(結合組織)とから成る。細胞内液及び細胞外液は抵抗として働き、細胞膜は絶縁体と考えられる。細胞膜は脂質二重層で形成されるため容量性を有することから、直流電流に近い低周波数の電流の場合は電気的に絶縁体となり、細胞内液に電流は流れない。しかし、周波数を高くしていくと細胞膜を通して細胞内液にも電流が流れるといえる。よって、細胞膜をコンデンサ、細胞内液を抵抗及び細胞外液を抵抗として、前述の電気的等価回路を示すことができる。
【0036】
図3に示したモデルにおいて、直流電流を用いた場合には、一点鎖線で示すように、細胞外液抵抗(筋細胞組織においては、結合組織)を電流経路とするために、計測値にも細胞外液の情報が反映される。しかし、交流電流を用いた場合には、二点鎖線で示すように、細胞外液抵抗と細胞内液抵抗と細胞膜容量を電流経路とするために、計測値にも細胞外液と細胞内液の情報が反映され、周波数が上がるにつれ、細胞膜容量の影響が低下するため、細胞内液抵抗の情報がより多く反映されることになる。従って、電流の周波数を高くするに伴い、求めるインピーダンスへの筋細胞の反映度合が高くなる。
【0037】
インピーダンスZの定義は、図5に示すような体積V、抵抗率ρΩm、断面積A、長さlの物質のモデルを考えると、インピーダンスZ=ρ・l/Aとなる。したがって、体積VはA・lで表されるので、体積V=A・l=ρ・l/Zで表される。上述したように、生体に交流電流を印加する場合、低周波数領域においては、脂質二重層で形成される細胞膜によるコンデンサには電流が流れず、印加電流はそのほとんどが細胞外液を流れる。すなわち、低周波数で計測された生体電気インピーダンス値を前記体積の式に当てはめた場合には、得られる体積の値は、細胞外液の体積の値であると言える。一方、高周波数領域においては、細胞膜によるコンデンサ成分は無視することができる。したがって、高周波数で計測された生体電気インピーダンス値を前記体積の式に当てはめた場合には、その値は細胞内液を含む全組織の体積の値であると言える。
【0038】
ここで、筋萎縮と呼ばれる筋細胞が細くなる現象を考えると、図6に示す筋細胞の断面図から分かるように、組織全体に占める細胞内液量が減少し、細胞外液量が増加する。つまり、組織全体に占める筋細胞の体積の比率が低下することになる。これを、前記体積の式で表すと次のようになる。
高周波数/Z低周波数=(ρ高周波数・l/V高周波数) /(ρ低周波数・l/V低周波数)
=(ρ高周波数・V低周波数) /(ρ低周波数・V高周波数)
となる。したがって、上述したように高周波数領域の場合にはインピーダンスは組織全体のインピーダンス値となり、低周波数領域の場合にはインピーダンスは組織外液のインピーダンス値となるので、低周波数の場合の抵抗率と高周波数の場合の抵抗率がほぼ同じとすると、上記式は以下のように表すことができる。
高周波数/Z低周波数≒(ρ組織全体・V組織外液) /(ρ組織外液・V組織全体)≒V組織外液/V組織全体
但し(0<Z高周波数/Z低周波数<1)
つまり、低周波数と高周波数で計測した生体電気インピーダンス値の比は、対象組織に占める細胞外液量の比率となることが分かる。筋萎縮が進むと、上述したように細胞外液量が増加する。したがって、上記の式で表されるインピーダンス比は1に近づくと考えられる。
【0039】
図7は、体組成計による部位筋肉量とインピーダンス比の関係を示すグラフである。このグラフを作成する際には、次のような筋肉量の推定式を用いた。
MM=a×Ht/ZICW+b×Wt+c×Age+d
ここで、MM:被測定者の推定筋肉量、Ht:被測定者の身長、Wt:被測定者の体重、
Age:被測定者の年齢、ZICW:被測定者の細胞内液抵抗、a,b,c,d:係数である。
【0040】
図7の例では、被測定者は、[1]小児男子・運動習慣あり、[2]成人男子・アスリート、[3]一般成人男子、[4]高齢者男子、[5]小児女子・運動習慣あり、[6]成人女子・アスリート、[7]一般成人女子、[8]高齢者女子とした。また、測定箇所は、左下肢とした。測定に使用した周波数は、高周波数を250kHz、低周波数を5kHzとした。図7の縦軸は、左下肢の筋肉量を体重で割った値である。
【0041】
図7に示す例では、体重に対する筋肉量比である筋肉量/体重とインピーダンス比Z250/Zとは、相関係数=0.68という高い相関が得られた。
図7に示す例から、体重に対する筋肉量比である筋肉量/体重とインピーダンス比Z250/Zは、被測定者の年齢、性別、運動習慣といった身体特定情報によらず、次のような線形の1次式で表すことができる。
MM左下肢=k×Wt+k×Z250/Z×Wt
ここで、MMは筋肉量、Wtは体重、Z250は周波数250kHz時のインピーダンス、
は周波数5kHz時のインピーダンス、k、kは係数である。
【0042】
本実施形態では、筋量評価モードが選択された場合には、被測定者に印加する交流電流の周波数を250kHzと5kHzに切り替えてインピーダンスを測定し、その比であるZ250/Zを算出することにより、その値に応じて筋発達・筋萎縮の程度を評価するようにした。
【0043】
<C:筋量評価装置の動作>
次に筋量評価装置100の動作を図8に示すフローチャートを用いて説明する。
【0044】
スタートキー14dを押して筋量評価装置100の電源がオンされると、装置の初期設定が行われると共に、被測定者に対して測定モードを選択させるメッセージが表示部13にされる(ステップS1)。被測定者は、設定キー14a、アップキー14bおよびダウンキー14cを用いて測定モードを設定する。
【0045】
筋量評価モードが選択されたかどうかを判断し(ステップS2)、筋量評価モード以外の他のモードが選択された場合には各モードの処理へ移行する。図8のフローチャートでは説明を簡単するために、筋量評価モードが選択されるまで待機するように記載している。
【0046】
筋量評価モードが選択された場合には、周波数設定部27において5kHzの低周波数を設定し、5kHzの交流電流を基準電流検出部25を介して交流電流発生部26から第1の電流印加用電極12aと第2の電流印加用電極12bに印加する。そして、その際のインピーダンスを測定する(ステップS3)。
【0047】
5kHzの交流電流を印加した際のインピーダンスの測定が終了した場合には、低周波数の場合と同様に、周波数設定部27において250kHzの高周波数を設定し、250kHzの交流電流を基準電流検出部25を介して交流電流発生部26から第1の電流印加用電極12aと第2の電流印加用電極12bに印加する。そして、その際のインピーダンスを測定する(ステップS4)。
【0048】
5kHzの交流電流を印加した際のインピーダンスZと、250kHzの交流電流を印加した際のインピーダンスZ250の測定が終了した場合には、これらのインピーダンスの比であるZ250/Zを演算部15において算出する(ステップS5)。
【0049】
インピーダンス比Z250/Zを算出した場合には、その算出した値に基づいて筋発達・筋萎縮度を判定する(ステップS6)。この判定は、例えば図7に示すようなデータに基づいて、小児男子レベル、成人男子アスリートレベル、一般成人男子レベルのように予めレベル分けをしておき、いずれかのレベルを選ぶようにする。あるいは、これらの図7に示すようなデータに基づいて、インピーダンス比Z250/Zを点数などに換算しておき、いずれかの点数を選ぶようにしてもよい。
【0050】
筋発達・筋萎縮度の判定が終了した場合には、判定による筋発達・筋萎縮度のレベル、あるいは、筋発達・筋萎縮度の点数を、表示部13に表示する(ステップS7)。その後、一定時間、さらに筋量評価モードを選択するか否かを表示部13に表示する(ステップS8)。筋量評価モードが選択された場合には、低周波数によるインピーダンス測定からの処理を繰り返す(ステップS3〜S8)。一定時間に筋量評価モードが選択されない場合には、電源をオフして処理を終了する。
【0051】
以上のように、本実施形態によれば、高周波数の交流電流を印加した際のインピーダンスと、低周波数の交流電流を印加した際のインピーダンスとを測定し、これらのインピーダンスの比から筋発達・筋萎縮の程度を評価することができる。したがって、非侵襲かつ安価で、簡便に筋肉の質を推定することができる。筋肉の質を推定することにより、トレーニング効果を確認する機器としての使用することができる。また、被測定者が自立歩行や立位困難な場合でも、把持ユニット10を用いて筋発達・筋萎縮の程度を評価が可能なので、医療や介護の現場での使用が可能である。さらには、サルコペニア予防や、簡易的な老化評価ツールとしても使用することが可能である。
【0052】
<D:変形例1>
上述した実施形態では、筋発達・筋萎縮の程度を評価する場合について説明したが、図7に示す例のように、体重に対する筋肉量比である筋肉量/体重とインピーダンス比Z250/Zは、被測定者の年齢、性別、運動習慣といった身体特定情報によらず、次のような線形の1次式で表すことができる。
MM=k×Wt+k×Z250/Z×Wt
ここで、MMは筋肉量、Wtは体重、Z250は周波数250kHz時のインピーダンス、
は周波数5kHz時のインピーダンス、k、kは係数である。
【0053】
そこで、変形例として、筋発達・筋萎縮の程度を評価だけでなく、上記の式を用いて被測定者の筋肉量を推定するようにしてもよい。図9は変形例1の動作を示すフローチャートである。なお、図8に示す上記実施形態の処理と同様の箇所には同一の符号を付して説明を省略する。図9に示すように、低周波数時のインピーダンスを測定する前に、重量測定部36により体重を測定する(ステップS10)。以下、上記実施形態と同様に、低周波数時および高周波数時のインピーダンスを測定して、インピーダンス比Z250/Zの算出と(ステップS5)、筋発達・筋萎縮度の判定を行う(ステップS6)。そして、ステップS10で測定した体重の値と、インピーダンス比Z250/Zの値に基づいて、上記の式により筋肉量の推定を行う(ステップS11)。
【0054】
この変形例によれば、筋発達・筋萎縮の程度を評価することができるだけでなく、被測定者の性別、年齢、体重などの身体特定情報を入力することなく筋肉量の推定が可能なので、特に、トレーニング効果を確認する機器として効果的に使用することができる。また、医療や介護の現場での使用や、サルコペニア予防あるいは簡易的な老化評価ツールとしても使用する場合でも、筋肉量の推定を容易に行うことができ、筋発達・筋萎縮の程度を数値として把握することができる。
【0055】
<E:変形例2>
上述した実施形態および変形例1では、把持ユニット10を用いて筋発達・筋萎縮の程度を評価する例について説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。被測定者の足裏を接触させて測定を行う第3の電流印加用電極23aと第4の電流印加用電極23bに、第2電流発生部28から交流電流を印加する際に、上述した実施形態と同様に高周波数と低周波数の交流電流を印加し、それぞれのインピーダンスを測定してインピーダンス比Z250/Zを算出するようにしてもよい。また、上述した実施形態と本変形例2を合わせて、第1の電流印加用電極12aと第2の電流印加用電極12b、および、第3の電流印加用電極23aと第4の電流印加用電極23bのいずれにも高周波数と低周波数の交流電流を印加し、それぞれのインピーダンスを測定してインピーダンス比Z250/Zを算出するようにしてもよい。
【0056】
なお、上述した実施形態においては、本発明を体組成計に適用し、筋量評価モードが選択された際に、筋発達・筋萎縮の程度を評価する例について説明したが、本発明はこのような場合に限定されるものではない。本実施形態の装置を用いて、体重測定、体脂肪測定、皮下脂肪測定等を行う際に、同時に高周波数と低周波数の交流電流を印加し、それぞれのインピーダンスを測定してインピーダンス比Z250/Zを算出しておき、それぞれの測定値の表示と共に、筋発達・筋萎縮の程度を表示するようにしてもよい。
【0057】
また、上述した実施形態においては、把持ユニットを備えた体組成計タイプの装置に本発明を適用したが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、腹部前部の皮下脂肪を測定する装置など、生体電気インピーダンスを測定して各種の計測を行う装置に適宜適用可能である。
【0058】
さらに、上述した実施形態においては、左下肢の筋肉量と体重の比と、インピーダンス比Z250/Zとの相関を示すデータに基づいて筋発達・筋萎縮の程度の評価や、筋肉量の推定を行う例について説明したが、体全体についてのデータや、体の他の部位についてのデータに基づいて筋発達・筋萎縮の程度の評価や、筋肉量の推定を行うようにしてもよい。
【0059】
また、上述した実施形態においては、低周波数として5kHz、高周波数として250kHzの交流電流を用いた例について説明したが、本発明はこの例に限定されるものではなく、適宜変更可能である。さらに、上述した実施形態においては、低周波数、高周波数、それぞれ一種類の周波数の交流電流を用いた例について説明したが、本発明はこの例に限定されるものではない。低周波数、高周波数、それぞれにおいて複数の周波数の交流電流を用い、インピーダンス比を算出する際に適宜好適な周波数時のインピーダンス値を用いてもよい。
【符号の説明】
【0060】
7…… メモリ部、8…… RAM、9…… ROM、10…… 把持ユニット、11…… 制御部、12…… 第1測定用電極、12a…… 第1の電流印加用電極、12b…… 第2の電流印加用電極、12c…… 第1の電圧測定用電極、12d…… 第2の電圧測定用電極、13…… 表示部、14…… 入力部、14a…… 設定キー、14b…… アップキー、14c…… ダウンキー、14d…… スタートキー、15…… 演算部、16…… 電源部、20…… 載台ユニット、21…… 第1電圧測定部、22…… A/D変換部、23…… 第2測定用電極、23a…… 第3の電流印加用電極、23b…… 第4の電流印加用電極、23c…… 第3の電圧測定用電極、23d…… 第4の電圧測定用電極、24…… 第1電流測定部、28…… 第2電流測定部、32…… 第2電圧測定部、33…… A/D変換部、36…… 重量測定部、100…… 筋量評価装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の電流印加電極と一対の電圧測定電極とから成るインピーダンス測定電極を身体表面に接触させて測定した身体のインピーダンスに基づいて、筋発達・筋萎縮の程度に関する指標を算出する筋量評価方法において、
身体表面に前記インピーダンス測定電極を接触させる工程と、
前記インピーダンス測定電極に所定の低周波数の交流電流を印加し、身体のインピーダンスを測定する工程と、
前記インピーダンス測定電極に所定の高周波数の交流電流を印加し、身体のインピーダンスを測定する工程と、
前記低周波数の交流電流の印加時に測定したインピーダンスに対する、前記高周波数の交流電流の印加時に測定したインピーダンスの比を算出する工程と、
前記算出したインピーダンスの比に基づいて、筋発達・筋萎縮の程度を判定する工程とを備える
ことを特徴とする筋量評価方法。
【請求項2】
前記インピーダンスを測定する工程は、前記所定の低周波数および所定の高周波数として複数の周波数を用い、前記インピーダンスの比を算出する工程は、測定した複数のインピーダンスから適宜のインピーダンスを選択して比を算出する工程であることを特徴とする請求項1記載の筋量評価方法。
【請求項3】
前記筋発達・筋萎縮の程度を判定する工程は、年齢、性別、運動経験の有無などの身体特定情報が異なる複数の被測定者について、筋肉量と前記インピーダンスの比との相関を示すデータを予め取得しておき、前記取得しておいたデータに基づいて行われることを特徴とする請求項1または請求項2記載の筋量評価方法。
【請求項4】
前記取得しておいたデータに基づいて、筋肉量と、体重およびインピーダンスの比との関係を表す回帰式を予め求めておき、前記回帰式に基づいて筋肉量を推定する工程をさらに備えることを特徴する請求項3記載の筋量評価方法。
【請求項5】
一対の電流印加電極と、一対の電圧測定電極とから成り、身体表面に接触可能なインピーダンス測定電極と、
前記インピーダンス測定電極に交流電流を印加する交流電流印加部と、
前記交流電流印加部により印加される交流電流の周波数として、所定の低周波数と所定の高周波数を設定する周波数設定部と、
前記低周波数および高周波数の交流電流の印加時におけるインピーダンスを測定するインピーダンス測定部と、
前記低周波数の交流電流の印加時におけるインピーダンスに対する、前記高周波数の交流電流の印加時におけるインピーダンスの比を算出する演算部と、
前記算出したインピーダンスの比に基づいて、筋発達・筋萎縮の程度を判定する判定部とを備える
ことを特徴とする筋量評価装置。
【請求項6】
前記インピーダンス測定部は、前記所定の低周波数および所定の高周波数として複数の周波数を設定し、前記演算部は、測定した複数のインピーダンスから適宜のインピーダンスを選択して比を算出することを特徴とする請求項5記載の筋量評価装置。
【請求項7】
年齢、性別、運動経験の有無などの身体特定情報が異なる複数の被測定者について、筋肉量と前記インピーダンスの比との相関を示すデータを予め記憶する記憶部をさらに備え、前記判定部は、前記記憶部に記憶したデータに基づいて筋発達・筋萎縮の程度を判定することを特徴とする請求項5または請求項6記載の筋量評価装置。
【請求項8】
前記記憶部は、前記記憶したデータに基づいて求めた、筋肉量と、体重およびインピーダンスの比との関係を表す回帰式がさらに記憶されており、前記回帰式に基づいて筋肉量を推定する推定部をさらに備えることを特徴する請求項7記載の筋量評価装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−210355(P2012−210355A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−77908(P2011−77908)
【出願日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【出願人】(000133179)株式会社タニタ (303)
【Fターム(参考)】