説明

筐体用7000系アルミニウム合金押出材

【課題】7000系アルミニウム合金押出材を切削加工(削り出し)で筐体に加工した後、表面に陽極酸化処理を施す場合に、被膜に色むらが生じるのを防止し、かつ、黄色みを帯びないシルバー色の被膜を提供する。
【解決手段】Zn:5.5〜7.5質量%、Mg:1.2〜2.2質量%、Ti:0.01〜0.1%質量を含有し、Mn、Cr、Zrが合計0.05質量%以下、Cuが0.10質量%以下に規制され、残部Al及び不可避的不純物からなり、断面全体が等軸晶組織からなる押出材。この押出材を切削加工で筐体に加工し、表面に陽極酸化処理を施す。ノート型パソコン、携帯電話、デジタルカメラ等の筐体用に適する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ノート型パソコン、携帯電話、デジタルカメラ等の筐体に用いられる7000系アルミニウム合金押出材に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、ノート型パソコン、携帯電話、デジタルカメラ等の筐体に用いられる素材には、良好な外観性を有し、軽量化のため又は落下時の筐体の変形防止のため高い強度を有することが必要とされている。このような観点から、これらの筐体にはアルミニウム合金が多用されており、通常、表面に陽極酸化処理を施して用いられることが多い。
下記特許文献1〜9には、各種合金系に属するアルミニウム合金板材又は押出材について、表面に陽極酸化処理を施して種々の用途に用いることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−209426号公報
【特許文献2】特開2006-52436号公報
【特許文献3】特開2006-26938号公報
【特許文献4】特開2004−137517号公報
【特許文献5】特開2001−115227号公報
【特許文献6】特開平10−226857号公報
【特許文献7】特開平9−184095号公報
【特許文献8】特開平9−143602号公報
【特許文献9】特開昭63−297543号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
7000系アルミニウム合金は各種合金系の中でも強度が高いため、部材の軽量化及び高強度化に適している。例えば特許文献9には、表面層が再結晶組織で内部が繊維状組織である7000系アルミニウム合金押出材が高強度であり、アルマイト(陽極酸化処理)色調にも優れていることが記載されている。
一方、前記ノート型パソコン、携帯電話、デジタルカメラ等の筐体は、特に良好な外観性と精密性及び製品の頑丈さが要求される場合など、厚板状のアルミニウム合金を切削加工し、全表面削り出しで成形される。しかし、このような成形方法を上記の7000系アルミニウム合金押出材に適用し、成形された筐体の表面に陽極酸化処理を施した場合、表面の一部又は全部に目視観察される筋状の色むら(光沢の濃淡)が生じたり、陽極酸化処理被膜が黄色みを帯びるなど、外観性を低下させることが問題となっている。
【0005】
従って、本発明は、7000系アルミニウム合金押出材を切削加工(削り出し)で筐体に加工した後、表面に陽極酸化処理を施す場合に、被膜に色むらが生じるのを防止し、かつ、黄色みを抑えたシルバー色の被膜を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る筐体用7000系アルミニウム合金押出材は、切削加工で筐体に加工された後、表面に陽極酸化処理皮膜が形成されるものであって、Zn:5.5〜7.5質量%、Mg:1.2〜2.2質量%、Ti:0.01〜0.1%質量を含有し、Mn、Cr、Zrが合計0.05質量%以下、Cuが0.10質量%以下に規制され、残部Al及び不可避的不純物からなり、断面全体が再結晶組織である等軸晶からなる。
【発明の効果】
【0007】
上記アルミニウム合金押出材を用いて、切削加工(削り出し)で筐体に加工した後、表面に陽極酸化処理を施した場合に、陽極酸化処理被膜に色むらが生じるのが防止でき、かつ、黄色みを帯びない又は黄色みを抑えたシルバー色の陽極酸化処理被膜が得られる。
上記アルミニウム合金押出材は、T5又はT6処理を行うことで、引張強さが400〜600N/mm、耐力が300〜500N/mmの高強度を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施例A2の供試材の押出方向に平行で板厚方向に垂直な断面の表層部、1/4t部、及び1/2t部のミクロ組織の光学顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明に係る7000系アルミニウム合金押出材の合金組成及び組織等について、以下説明する。
(Zn)
Znは、熱処理後の強度を確保するため、5.5質量%以上添加する必要がある。しかし、7.5%を超えると押出性が低下する。従って、Zn含有量は5.5〜7.5質量%とする。
(Mg)
Mgは、Znと共に熱処理後の強度を確保するため、1.2質量%以上添加する必要がある。しかし、2.2質量%を超えると押出性が低下する。従って、Mg含有量は1.2〜2.2質量%とする。
(Ti)
Tiは、鋳塊組織の微細化のために添加される。Ti含有量が0.01質量%より少ないと、微細化の効果が十分でなく、0.1質量%より多いと飽和して巨大化合物が晶出するおそれがある。従って、Tiの含有量は0.01%〜0.1質量%とする。
【0010】
(Mn、Cr、Zr)
一般に7000系アルミニウム合金押出材では、耐SCC(応力腐食割れ)性及び強度を高めるため、Mn、Cr、Zr等の遷移元素を合計で0.15〜0.5質量%程度添加し、押出方向に伸張した繊維状組織を形成させている。しかし、断面全体が繊維状組織である押出材の表面に陽極酸化処理を施すと、陽極酸化処理被膜に筋状の色むらが生じるという問題がある。一方、前記特許文献9では、合金に所定量のCr及びZrを添加し、かつ押出前後に特殊な熱処理を加えることで、押出材の表面のみを再結晶化し、これにより陽極酸化処理被膜の色むらを防止している。しかし、このような押出材を切削加工(削り出し)して筐体を成形すると、筐体の表面の一部又は全部に繊維状組織が露出し、そのためこの筐体に陽極酸化処理を施したとき、先に述べたとおり、陽極酸化処理被膜にやはり色むらが生じてしまう。
【0011】
従って、本発明では、不可避不純物として含まれるMn、Cr、Zrの合計含有量を0.05質量%以下に規制し、押出材の断面全体を再結晶組織である等軸晶からなるものとする。断面全体が等軸晶組織からなるのであれば、押出材を切削加工して筐体を成形した場合でも、筐体の表面は全面が等軸晶組織のままであり、この筐体の表面に陽極酸化処理を施したとき、陽極酸化処理被膜に色むらが生じるのが防止できる。
本発明において等軸晶組織とは、平均アスペクト比が4.0以下の結晶粒からなる組織であり、平均アスペクト比は、押出方向に平行で板厚方向に垂直な断面において、押出方向に測定した平均結晶粒径をaとし、板厚方向に測定した平均結晶粒径をbとしたとき、a/b又はb/aで表される。平均アスペクト比の測定は、例えば表層部、1/4板厚部、1/2板厚部のように断面を代表する複数の領域を選定し、全ての領域で平均アスペクト比が4.0以下のとき、断面全体が等軸晶組織であると定義する。平均アスペクト比は、全ての領域で3.0以下が望ましい。平均結晶粒径の測定は、JISH0501の切断法に準じて行えばよい。
【0012】
(Cu)
Cuは、不可避不純物としてアルミニウム合金に含まれ、あるいは強度を高めるため必要に応じて添加されるが、いずれにしても本発明では0.10質量%以下に規制する。Cu含有量が増加すると陽極酸化処理被膜が黄色みを帯びてくるので、本発明のように黄色みを抑えたシルバー色の陽極酸化処理被膜を望む場合は、Cu含有量は0.10質量%以下に規制する必要がある。黄色みを帯びず白色に近いシルバー色の陽極酸化処理被膜を得るには、Cu含有量は0.05質量%以下とすることが望ましい。
(その他)
その他の不可避不純物元素については、通常使用される7000系アルミニウム合金に含まれる量であれば、陽極酸化処理被膜の色調、色むら等に影響はない。
【0013】
(陽極酸化処理被膜)
本発明に係る筐体に形成される陽極酸化処理被膜の色調は、JISZ8730に記載のハンター色差式による明度指数L*(L*値)、及びクロマティクネス指数(a*値、b*値)で表される(例えば特許文献3,4等参照)。なお、L*値は100が上限で数値が高いほど明るい色調となる。a*値は0を基準にプラス側で数値が高いほど赤色みを帯び、マイナス側で数値が高いほど緑色みを帯びる。b*値は0を基準にプラス側で数値が高いほど黄色みを帯び、マイナス側で数値が高いほど青色みを帯びる。
本発明に係る筐体では、陽極酸化処理皮膜の色調として、明るく白色に近いシルバー色を目標としており、これを上記L*、a*、b*で表すと、65<L*<95、−1.5<a*<1.5、−1.5<b*<1.5である。この色調は、本発明の組成及び結晶組織を有する7000系アルミニウム合金押出材で得ることができる。黄色みに関係するb*値はb*<1.0がより好ましい。
【0014】
陽極酸化処理被膜は被膜厚さによりシルバー色の濃度が変化し、本発明に係る筐体では皮膜厚さは3〜30μmであることが好ましい。陽極酸化処理被膜は薄いほど安価になるが、十分なシルバー色が得られないことがあり、また、3μm未満では陽極酸化処理被膜を安定して形成するのが困難となる。一方、陽極酸化処理被膜の厚さが30μmを超えると、コスト高になるとともに、変形したとき被膜にクラックが発生しやすくなり、また陽極酸化処理被膜のシルバー色が濃くなり過ぎ、上記の明るく白色に近いシルバー色が得られなくなる。
【実施例】
【0015】
次に、本発明の実施例を説明する。
先ず、下記表1に示す組成のアルミニウム合金鋳塊を通常の方法により溶製した。A4、A5、B2、B3にはCuを添加し、B4にはMn、Cr、Zrを添加した。その他の組成でもCu、Mn、Cr、Zrが不可避不純物として微量に含まれ、Fe、Siも不可避不純物である。各アルミニウム合金鋳塊に対し470℃×4hの均質化処理を施し、押出温度が470℃、押出速度が10m/minの条件で押出加工を行い、いずれも押出直後に材料をファン空冷(冷却速度約100℃/min)で冷却し、肉厚10mm×幅90mmの押出材(押出板)を得た。その後、90℃×3h→140℃×8hの条件で高温時効処理を施した。
【0016】
【表1】

【0017】
これを供試材としてミクロ組織観察を実施し、下記要領で結晶粒の平均アスペクト比を測定した。その結果を表1に示す。
(平均アスペクト比)
平均アスペクト比を測定する領域として、押出方向に平行で板厚方向に垂直な断面の表層部、1/4t部、1/2t部を選定し、各領域においてJISH0501の切断法に準拠して押出方向及び板厚方向の平均結晶粒径を測定し、押出方向の平均結晶粒径をaとし、板厚方向の平均結晶粒径をbとしたとき、平均アスペクト比はa/b又はb/aの大きい方の値とした。平均アスペクト比の測定範囲は、表層部では最表面から板厚方向に600μm×押出方向に900μmの範囲、1/4t部と1/2t部では、それぞれ板厚1/4tと1/2tのラインを中心として板厚方向内外に350μm×押出方向に450μmの範囲を選定した。供試材A2のミクロ組織を図1に示す。なお、供試材の表層部、1/4t部、1/2t部における板面に平行な面でも、前記断面とほぼ同様のミクロ組織が得られている。
【0018】
次に、得られた各供試材について、下記要領で引張試験及び陽極酸化処理を実施し、かつ陽極酸化処理皮膜について色調の測定及び色むらの評価を行った。その結果を表2に示す。
(引張試験)
引張試験片は押出方向に平行方向にJIS5号試験片を採取して引張試験を行い、引張強さ(σB)と耐力(σ0.2)を測定した。引張強さ(σB)が400〜600N/mm、耐力(σ0.2)が300〜500N/mmを合格と判定した。
(陽極酸化処理)
押出材の表面を3mmフライス加工し、前処理として濃度5%、液温60℃の水酸化ナトリウム水溶液に1分間浸漬した後、濃度30%、液温20℃の硝酸水溶液に1分間浸漬した。その後、濃度15%、液温20℃の硫酸水溶液に浸漬し、2.0A/dm2の付加電流を10分かけて、フライス加工した表面に陽極酸化処理を行った。その後、封孔処理として、濃度5%、液温90℃の酢酸Ni水溶液に20分浸漬した。陽極酸化被膜の厚さは8μmであった。
【0019】
(色調の測定)
陽極酸化処理した押出材の色調は、先に述べたとおり、JISZ8730の規定に準拠し、L*a*b*表色系による色差計(コニカミノルタ社製、CN−600d)を用いて、SCI方式(正反射光込み)により、L*値、a*値、b*値を測定した。
(色むらの評価)
色むらの評価は、目視により○△×の3段階で評価した。○は色むらなし、△はわずかに色むらあり、×は色むらありで、○△が合格である。
【0020】
【表2】

【0021】
表1,2に示されるように、合金組成が本発明の規定を満たし、断面全体が等軸晶組織からなるA1〜A4は、強度が高く、表面酸化処理被膜の色調(L*、a*、b*)が先に記載した目標の範囲内で、明るく白色に近いシルバー色であり、色むらも認められなかった。同じくA5は強度が高く、色むらが認められなかったが、表面酸化処理被膜のb*値が目標の範囲内で比較的高く、色調がわずかに黄色みを帯びていた。これはCu含有量が規定範囲内で比較的高かったためと考えられる。また、A6は強度が高く、表面酸化処理被膜の色調が明るく白色に近いシルバー色であったが、表面酸化処理被膜に色むらがわずかに認められた。これは等軸状組織の平均アスペクト比が許容範囲内で比較的大きかったためと考えられる。
【0022】
一方、Mg、Znの含有量が本発明の規定より少ないB1は強度が低い。
Cu含有量が本発明の規定より多いB2,B3は、高い強度が得られるものの、陽極酸化処理被膜のb*値が高く、黄色みを帯びていた。
Mn、Cr、Zrの合計添加量が本発明の規定より多いB4は、断面に繊維状組織が目立ち、平均アスペクトが大きく(測定困難)、色むらの発生が認められた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Zn:5.5〜7.5質量%、Mg:1.2〜2.2質量%、Ti:0.01〜0.1%質量を含有し、Mn、Cr、Zrが合計0.05質量%以下、Cuが0.10質量%以下に規制され、残部Al及び不可避的不純物からなり、断面全体が等軸晶組織からなり、切削加工で筐体に加工された後、表面に陽極酸化処理皮膜が形成される筐体用7000系アルミニウム合金押出材。
【請求項2】
引張強さが400〜600N/mm、耐力が300〜500N/mmであることを特徴とする請求項1に記載された筐体用7000系アルミニウム合金押出材。

【図1】
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【公開番号】特開2012−246555(P2012−246555A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−121092(P2011−121092)
【出願日】平成23年5月30日(2011.5.30)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)