説明

簡便迅速グラム染色方法と装置

【課題】従来のグラム染色法では対応できなかった少量の検体について簡便、迅速かつ低コストでグラム染色を実現できる方法及び装置を提供すること。
【解決手段】少なくとも複数の染色液容器と洗浄水容器とを備えたグラム染色装置において、検体を固定したスライドグラスを保持したスライドグラスホルダーを染色容器又は洗浄容器の上方に移動させるステップと、下降及び上昇させてスライドグラスに固定した検体を、加温した染色液、又は洗浄水に一定時間浸すステップを染色工程順に繰り返すことによりグラム染色を行ない、かつ前染色後又は脱色後の洗浄を省略し又は/及び染色時間を3秒以内とする迅速グラム染色方法およびその方法を用いた装置を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、病医院・検査センター・研究所において、感染部位等より得られた検体から感染症等の原因となっている微生物を検出するために行なう顕微鏡検査の一環である顕微鏡検査標本作成のためのグラム染色方法および装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
感染症に対して原因菌の特定をせずに広範囲な効果を有する抗菌薬を投与することが一般に行なわれている。そのため抗菌薬耐性菌の発生が増大し、大きな社会問題となっている。このような耐性菌の発生を防止するためには原因菌に対してピンポイントの治療を施すことが必要であり、そのために迅速簡便に検査を行なうことの重要性が指摘されている。また、新たに発生した菌を検出するために医療現場において迅速簡便な検査方法が実施できるよう確立しておくことが重要である。
【0003】
微生物検査は感染症等の原因菌を検出し、診断治療に結びつけるための検査であり、検査法としては、免疫血清学的検査、分子生物学的検査、顕微鏡による検査(鏡検)などがある。この中では、免疫血清学的検査は日数を要すること、検査コストが高いことがあり、分子生物学的検査は操作が煩雑なことがあるため鏡検が最も手軽で基本的な微生物検査とされている。
【0004】
微生物を光学顕微鏡で観察するに当たっては観察前に染色をすることが一般的である。スライドグラスに固着した試料中の検体を染色することによって、検体である微生物がその種類により異なる色に染め分けられ、観察が容易になるからである。染色法としては、グラム染色法、抗酸菌(結核菌)染色法が代表的であるが、中でもグラム染色方は検出可能対象菌が広範囲のため、最も基本的かつ必須の染色法として多用されている。グラム染色法により染色された微生物の染色像からは原因菌の推定が可能であり、係る推定により治療時の抗菌薬を選択する際の極めて有力な情報を獲得することができる。
【0005】
グラム染色法としては、ハッカー変法が多く用いられていたが、最近ではバーミー法、フェーバー法が主流である。これらは基本的にはいずれも前染色、媒染、脱色、後染色の各染色工程を必要とし、各工程の後には水による洗浄が必要とされている。(フェーバー法では媒染工程と脱色工程を1工程にまとめている。)
【0006】
バーミー法(バーミー変法)の場合、
(1)前染色工程では検体を1%クリスタルバイオレット溶液等の塩素系色素で30秒程度紫又は青色に染色し、
(2)水で10秒程度洗浄した後、
(3)2%ヨウ素溶液(ルゴール液)で30秒程度媒染処理を行なう。
このときに、グラム陽性菌といわれる検体(微生物)はヨウ素を介して塩素系色素と微生物の組織が強固に結合するが、グラム陰性菌といわれる微生物は表層構造の相違によりそのような結合は生じないとされている。
(4)水で10秒程度洗浄した後、
(5)エタノール等のアルコール溶液で5秒程度脱色する。
この過程でグラム陰性菌は脱色され無色になるが、グラム陽性菌は脱色されずに紫又は青色を保持する。
(6)水で10秒程度洗浄した後、
(7)フクシン溶液等で30秒程度後染色を行なう。
後染色により無色透明となっていたグラム陰性菌が赤く染まりグラム陽性菌との判別容易となる。
(8)最後に水で30秒程度洗浄してグラム染色工程が完了する。
したがって、全工程では単純に合計しても約135秒要することになる。
【0007】
フェーバー法の場合には、
(1)前染色工程ではビクトリアブルー溶液で60秒程度染色し、
(2)10秒程度洗浄し、
(3)ピクリン酸・エタノール溶液を数回(30秒程度)注入して媒染と同時に脱色を行い、
(4)10秒程度洗浄し、
(5)フクシン又はサフラニン溶液で60秒程度後染色を行い、
(6)最後に30秒程度洗浄して染色工程が完了する。
この場合には媒染工程と脱色工程が結合されているが、全工程では約200秒程度要することになる。
【0008】
上記染色法は手作業により行なわれることが多い。
(用手法)染色技術者は検体が固定されたスライドグラスを片手で略水平に保持し、染色手順にしたがって他の手でスライドグラスの片側上端部から染色液や洗浄水を滴下させ、一定時間後にスライドグラスを傾斜させて染色液や洗浄水を廃棄する。この作業を繰り返すことによりグラム染色を遂行していくのである。このため各工程の染色時間や染色液の量は染色技術者の経験や感覚に依存することとなり、標準化が困難であった。グラム染色には熟練が必要とされており、熟練如何等により染色結果にはバラツキが生じることとなった。また、数分間の染色過程の間は手が離せないために電話等他の急を要する業務に対応できないという問題もあった。
【0009】
これらの問題を解決するために機械化による自動染色装置がいくつか提案されている。(例えば、特許文献1、特許文献2、特許文献4、特許文献5、非特許文献1を参照。)
しかし、いずれも多量の検体を機械化により効率的に処理するためのものであり、少量の検体を迅速簡便に染色するためのものではない。感染症の脅威は近年むしろ増加しており、検体を大量に処理する検査機関以外の医院、病院等の医療現場において早い段階で顕微鏡検査を行なうことについての社会的要請が強まっているが、それに対する提案はなかった。
【0010】
機械化による大量処理以外にもいくつか提案されている。例えば、前染色液に陰イオン活性剤を加えるものがある。(特許文献3)しかし、これは染色像を鮮明にすることを目的としたものであり、本発明の目的とするものとは異なる。
又、加温することにより工程を迅速化するものもある。(特許文献6)しかし、この発明に係る染色方法は染色液や染浄水をスライドグラスに滴下するものであり、本発明が提案する方式のものとは異なる。
【0011】
【特許文献1】特開平8−43380公報
【特許文献2】特開2000−232875公報
【特許文献3】特開2003−19694公報
【特許文献4】特開2002−116202公報
【特許文献5】特表2002−507738公報
【特許文献6】WO2004−053482
【非特許文献1】2002年「機器・試薬」25巻5号改良グラム染色液neoB&Mワコーと自動染色装置
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明が解決しようとする課題は、感染症の原因菌を医療の現場で早期に特定、推定することにより感染症の早期診断、早期かつ適切な治療を実現することである。すなわち、従来のグラム染色法では対応できなかった少量の検体について簡便、迅速かつ低コストでグラム染色を実現できる方法及び装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するため、「グラム染色法において前染色工程後の洗浄を行わない簡便迅速グラム染色方法」が提供される。本発明の目的である簡便迅速なグラム染色を実現するためには染色工程をできるだけ簡略化することが必要になる。一方、染色後の洗浄を行なわない場合、その工程によっては染色液が残留し、後の工程に悪影響を与える場合がある。媒染後の洗浄を省略すると黄化沈殿物の発生が見られ、また、複数回の洗浄を省略すると金属光沢の油膜状物質が発生した。これに対して前染色後の洗浄を省略してもほとんど影響がなく、通常の工程によるグラム染色と同程度の染色結果を得ることができる。
【0014】
又、「グラム染色法において脱色工程後の洗浄を行わないことを特徴とする簡便迅速グラム染色方法」が提供される。脱色工程後の洗浄を省略しても前染色後の洗浄省略と同様に、通常の工程によるグラム染色と同程度の染色結果を得ることができる。
【0015】
又、「各染色工程の染色時間を3秒以下とし、かつ前染色後の洗浄又は脱色後の洗浄を省略する簡便迅速グラム染色方法」が提供される。発明者の長年の研究により各工程の染色時間は標準とされる時間を大幅に下回る3秒以下であっても十分な染色結果が得られることが明らかになった。さらに、染色工程に要する時間を過剰に長くすることは、その後の洗浄に要する時間を必要以上に長くすることにつながる。
【0016】
又、「少なくとも複数の染色液容器と洗浄水容器を備えたグラム染色装置において、検体を固定したスライドグラスを保持したスライドグラスホルダーを染色容器又は洗浄容器の上方に移動させるステップと、下降及び上昇させてスライドグラスに固定した検体を加温した染色液、又は洗浄水に一定時間浸すステップを染色工程順に繰り返すことによりグラム染色を行なうことを特徴とする簡便迅速グラム染色方法」が提供される。スライドグラスに固着した検体を染色容器又は洗浄容器に浸すことによりグラム染色を行なうことができるが、この方法の場合染色液は外気の影響を受けやすい。このため室内が低温環境の場合、染色液成分の結晶化が起こり染色性を悪化させることとなる。これを防止するため本発明では染色液を加温することとしている。
【0017】
又「少なくとも複数の染色液容器と洗浄水容器とを備えたグラム染色装置において、検体を固定したスライドグラスを保持したスライドグラスホルダーを染色容器又は洗浄容器の上方に移動させるステップと、下降及び上昇させてスライドグラスに固定した検体を、加温した染色液、又は洗浄水に一定時間浸すステップを染色工程順に繰り返すことによりグラム染色を行ない、かつ前染色後又は脱色後の洗浄を省略し又は/及び染色時間を3秒以内とする簡便迅速グラム染色方法」が提供される。迅速なグラム染色法における染色性が加温することによりさらに確保される。
【0018】
さらに、「少なくとも脱色液の温度を45℃未満とする簡便迅速グラム染色方法」が提供される。脱色液が45℃以上の場合にはアルコールの脱色作用が過度に働き、グラム陽性菌まで脱色される可能性が高くなるのでこれを防止し染色性が確保される。
【0019】
さらに、「各染色液の温度を30℃から43℃の範囲に維持した簡便迅速グラム染色方法」が提供される。染色液の加温により染色液の成分の結晶化を防止しつつ、過度に高温にすることによるアルコールの過剰な脱色作用を防止するためである。染色液の温度を30℃から43℃に維持することによりいずれの問題も生じず、良い染色性を確保することができる。
【0020】
さらに、「染色液のみならず洗浄水も加温することを特徴とする上記に記載の簡便迅速グラム染色方法」が提供される。洗浄水の水温が低い場合にスライドグラスを介して染色液の一時的温度低下が生じる場合があるが、ヒータを洗浄水容器に接続し洗浄水の温度制御をすることにより染色液の温度低下を防止することができる。
【0021】
さらに、「洗浄水を常時流動させることにより染色液による洗浄水の混濁を防止することができる簡便迅速グラム染色方法」が提供される。試料を染色液容器及び洗浄水容器に浸す方法は、洗浄前工程の染色液の成分を持ち込みやすい。したがって、容器に染浄水を貯留させたままでは、前工程の染色液で汚染されやすい。洗浄水を流動させることにより汚染を防止することができる。
【0022】
さらに、「スライドグラスホルダーを振動させることにより気泡の発生を防止しかつ洗浄力を向上させることを特徴とする簡便迅速グラム染色方法」が提供される。
【0023】
又、「少なくとも複数の染色液容器と、洗浄水容器と検体を固定したスライドグラスを保持するスライドグラスホルダーと上下レバーと給水管と配水管と排水ポンプにより成るグラム染色装置において染色液を加温するヒータと、温度制御装置を備えたことを特徴とする簡便迅速グラム染色装置」が提供される。本装置により染色液の温度制御による簡便迅速グラム染色が可能となる。
【0024】
さらに、「染色液のみならず洗浄水も加温するヒータを備えたことを特徴とする簡便迅速グラム染色装置」が提供される。
【0025】
さらに、「スライドグラス横移動用のレールを備えたことを特徴とする簡便迅速グラム染色装置」が提供される。スライドグラスホルダーを染色容器間又は染色容器と洗浄水容器間で上下の揺れを起こさずに移動することができる。
【0026】
さらに、「上下レバーの下限位置越え防止用のストッパーと上方位置への復帰用弾性体を備えたことを特徴とする簡便迅速グラム染色装置」が提供される。スライドグラスが染色液容器又は洗浄水容器の底面に接触することを防止し、また当初の上方位置への復帰を容易にすることができる。
【0027】
さらに、「染色液容器及び洗浄水容器を染色順にかつ一定間隔で配置することを特徴とする簡便迅速グラム染色装置」が提供される。染色順にかつ一定間隔で配置することにより、能率よく染色することができ、自動化も容易となる。
【0028】
さらに、「各染色液容器と洗浄水容器が染色順かつ環状に配置されていることにより、スライドグラスホルダーが一方向にのみ移動しかつ最終工程後には元の位置に戻る簡便迅速グラム染色装置」が提供される。環状に形成することにより設置面積を省略でき、試料を染色の前後で同じ位置から搬入、搬出することができる。
【0029】
さらに、「スライドグラスホルダーがスライドグラスを垂直にかつ横軸を進行方向に向かって直角に吊下げて保持する機構を有することを特徴とする簡便迅速グラム染色装置」が提供される。染色液容器の大きさをミニマイズし、かつ染色工程進行方向の長さを圧縮できてグラム染色法装置のコンパクト化が可能となる。
【0030】
さらに、「各染色液容器及び洗浄水容器の内側断面形状を凸形としたことを特徴とする簡便迅速グラム染色装置」が提供される。容器内のスライドグラスの進入をガイドすることによりスライドグラスに固定した検体が容器内壁に接触することを防止できる。
【発明の効果】
【0031】
本発明に係る簡便迅速グラム染色方法により、従来135秒〜200秒程度要するとされていたグラム染色を大幅に短縮することができる。染色時間は3秒以下でも十分に染色可能であることは、発明者が長年の実験の蓄積によりその知見を得たものである。
また、染色を3秒に抑制することによりその後の洗浄工程を省略又は短時間で行なうことが可能となったという効果ももたらした。
また、適度に加温することにより染色性の維持、改善ができた。室温が低い場合には洗浄水の温度を加温することにより染色液の温度低下を防止することができる。
さらに、アルコールは40度近辺の温度において脱色効果が促進されるので、加温することが染色時間の短縮にも資することが判明した。
又、本発明に係る簡便迅速グラム染色装置は、染色液容器及び洗浄水容器にスライドグラスに固定した検体を浸すことにより染色するものであるため、染色液の消費量が少量で済み、経済的にグラム染色を行なうことが可能であるという利点もある。
染色液容器、染浄水容器は染色順に等距離で配置することにより作業の標準化が容易になる。スライドグラスの向きを限定することによって装置全体のコンパクト化がもたらされ、スライドグラスの振動により気泡の発生が防止されて染色性が改善される。さらに、染色容器断面形状を凸形にすることにより検体を保護することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下、本発明に係る簡便迅速グラム染色方法およびその装置について、図を参照して説明する。
【実施例1】
【0033】
バーミー変法によるグラム染色法において、各染色液の温度を40℃に維持して染色を行なった。染色を短時間で安定的に行なうためには温度は30〜43℃に維持することが必要である。加温しない場合には、特に冬季には低温による染色液の結晶化を引き起こすので安定した染色を行なうには加温が必要となる。一方、45℃近傍以上に高温にするとアルコールの脱色作用が過度に働き、陰性菌のみならず陽性菌にまで脱色作用が及ぶこととなる。標準検体を各5枚ずつ3回(計15枚)テストしたところ、45℃加温では陽性菌の青色が抜けて、全体的に赤色が目立つ結果となった。30℃〜43℃の範囲の中では、40℃近傍が脱色作用が活発でありかつ過度の作用が働かす最も好ましい。
又、染色工程では前染色後の洗浄は省略しかつ各染色工程の所要時間を各々1秒、洗浄工程の所要時間を各々2秒とした。この結果、工程間の時間も含め全体の染色工程を約30秒で完了することができる。又、各染色工程の時間を必要最小限とすることがかえって後工程に各染色液の影響を残さずに染色液の混濁を防止することになる。
【0034】
以下、本発明による染色工程を図1〜図4に基づいて説明する。図1は本発明に係る簡便迅速グラム染色装置の正面図である。又、図2は平面図である。簡便迅速グラム染色装置30はスライドステーション1と前染色液容器10aと媒染液容器11aと脱色液容器12aと後染色液容器13aと洗浄水容器14aと断熱材15と給水管16と排水管17と排水ポンプ18とレール19と電機ヒータ20と温度制御装置21とケーシング22から成る。また、拡大図3に示す通りスライドステーション1は本体2とスライドグラスホルダー3と上下レバー4とコイルバネ7とストッパー9とから成る。本図では染色液容器及び洗浄水容器はスライドグラス1枚用となっているが、複数枚のスライドグラスについても染色または洗浄できることは勿論である。
【0035】
前染色液容器10aには前染色液10bを、媒染液容器11aには媒染液11bを、脱色液容器12aには脱色液12bを、後染色液容器13aには後染色液13bを、又、染浄水容器14aには染浄水14bをそれぞれ満たしている。染色液としては武藤化学のバーミーM染色キットを使用した。すなわち、前染色液としてクリスタルバイオレット溶液、媒染液として2%ヨウ素・水酸化ナトリウム水溶液、脱色液としてアセトン・エチルアルコール混合液、後染色液として0.1%フクシン水溶液を使用した。
【0036】
又、スライドグラス5には標準検体(ブドウ球菌及び大腸菌)を含んだ試料6を塗布した。試料はその後スライドグラスに火炎固定した。
【0037】
試料6を火炎固定したスライドグラス5をスライドグラスホルダー3に斜め上方に向かってに差し込むと図示しない板バネがスライドグラスの端面を挟み固定する。次にスライドグラスの下部を内側に押すと、スライドグラスホルダーが回転してスライドグラスが垂直に保持された状態で停止する。スライドグラスの固定は板バネに限定されるものではなく、又、スライドグラスを最初から垂直に差し込む構造としても良い。
【0038】
次に、スライドステーション1をレール19に沿わせ前染色液容器10a上方まで移動させる。上下レバー4をストッパー9に接触するまで下降させるとスライドグラス5に固定された試料6は前染色液容器10aに満たされた前染色液10bに浸される。(図4)スライドグラスの向きは横軸が進行方向に対して直角となっている。すなわち、スライドグラスの厚み方向が進行方向に沿っている。このため、進行方向に対する染色液容器の幅は最小限度まで縮めることができ、装置全体をコンパクトにすることができる。前染色液10bは電気ヒータ20と温度制御装置21により40℃に保持されている。前染色液の温度は検体の種類、状況等により変えることができる。1秒後に上下レバー4の把持力を緩める。コイルバネ7の作用によりスライドグラスは上昇し、元の位置まで戻る。
【0039】
次に、スライドステーション1を媒染液容器上方まで移動させる。前染色後の洗浄は省略しても液の混濁という影響はほとんどないので、洗浄工程は省略している。仮に前染色後の洗浄を行なったとしても同様の結果が生じる。前染色液容器から媒染液容器までの距離はその後の染色工程に係る媒染液容器から洗浄水容器までの距離、洗浄水容器から脱色液容器までの距離、脱色液容器から洗浄水容器までの距離、洗浄水容器から後染色液容器までの距離、後染色液容器から洗浄水容器までの距離と等距離となっていて、標準化が容易となっている。上下レバー4を下降させてスライドグラスに固定された検体6を媒染液容器に満たされた媒染液12bに浸す。1秒後に上下レバー4を上昇させてもとの位置まで戻す。
【0040】
次に、スライドステーション1を洗浄水容器上方まで移動させる。洗浄水容器はくし型形状を構成することにより、スライドステーション1を図面右側に向かいワンウェイ移動させる間に3回の洗浄の実施を可能としている。上下レバー4を下降させて検体6を洗浄水14bに2秒間浸す。洗浄水は加温していない。上下レバー4を上昇させ、元の位置に戻す。洗浄水14bはポンプ18により常に流動しており、清浄を保っている。
【0041】
同様にスライドステーション1を移動させ、上下レバー4を操作することにより脱色工程、洗浄工程、後染色工程、洗浄工程を遂行する。前染色後の洗浄を実施する場合には脱色工程後の洗浄を省略しても良い。脱色工程、後染色工程は試料を40℃に加温した溶液中に1秒浸し、洗浄工程では各々2秒間浸す。洗浄水は加温していない。
【0042】
後染色後の洗浄完了後スライドステーション1は洗浄水容器の右側に移動して染色工程は完了する。スライドグラスホルダーから取り外されたスライドグラスは乾燥後顕微鏡に装着され、青色に染められたブドウ球菌と赤色に染められた大腸菌が観察される。
【実施例2】
【0043】
次にスライドグラスホルダーを振動させ、染色液及び洗浄水容器のくし歯部分内側断面形状を凸形とした実施例を図5、図6により説明する。図5はスライドステーションの拡大図である。スライドグラスホルダー3にはバイブレータ23が接続されている。図6は変形各染色液容器及び洗浄水容器のくし歯部分24の平面図である。容液中に検体を固定したスライドグラスが浸されている。
【0044】
スライドステーション1がレール19に沿って前染色液容器10a上方まで移動させられた後、上下レバー4の下降によりスライドグラス5に固定された検体6は凸形染色液容器24に満たされた前染色液10bに浸される。この場合、図示の通りスライドグラスは凸形中の長方形の枠内に納まりそこからはみ出ることはない。そうなるとスライドグラスに固定された検体は染色液容器の内壁に接触することがなくなり、損傷することはない。この凸形容器は他の染色液容器、洗浄水容器にも採用される。なお、凸形容器を背中合わせに2つ重ねた形状とすることにより、2枚のスライドグラスを一度に染色等することが可能である。
【0045】
次に、バイブレータ23の作用によりスライドグラスホルダー、スライドグラスを通じて試料6が振動する。前染色液に浸されたときに試料に付着した気泡がこの振動により除去され、染色性に対する悪影響を防止することができる。媒染工程以降においても同様の効果を得ることができる。前染色液に1秒浸した後、上下レバーを上昇させ、スライドステーションを媒染液容器上方に移動させる。それ以降、各工程で試料が振動されつつ実施例1と同様の基本動作が繰り返され染色が完了する。また、洗浄水に浸されたときに試料6を振動させることにより染色液の洗浄効果を向上させる。
【実施例3】
【0046】
次に図7に基づいて別の実施例を説明する。図7は装置の正面図である。図1と異なり、スライドステーションの上下レバーにモータAが、スライドステーション本体にモータBが接続されており、モータAとモータBはモータ制御装置により制御されている。本実施例は全自動による簡便迅速グラム染色装置である。モータ制御装置には予め、動作順、横及び上下移動の距離・速度、染色液及び洗浄水に浸す時間のデータが入力されており、その指示にしたがってモータを駆動させる。
【0047】
モータ制御装置により、モータBが作動してスライドステーションが前染色液容器の上方に移動し、次にモータAが作動して上下レバーが下降する。所定位置で1秒間停止後上昇し、元の位置に戻る。次にモータBが作動する。この手順を繰り返して染色工程が完了する。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明に係る簡便迅速グラム染色方法及び装置は、従来の用手法によるグラム染色法検査の置き換え、大量検査機関における補完、そして従来グラム染色法による検査を実施していなかった医療現場等において使用されるものである。したがって、新たな需要が創設される可能性が大きい。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明に係る簡便迅速グラム染色装置(正面図、染色開始前)
【図2】本発明に係る簡便迅速グラム染色装置(平面図、染色開始前)
【図3】スライドステーション(拡大図)
【図4】本発明に係る簡便迅速グラム染色装置(正面図、前染色工程)
【図5】バイブレーション付スライドステーション
【図6】変形染色液容器
【図7】本発明に係る簡便迅速グラム染色装置(正面図、全自動型)
【符号の説明】
【0050】
1 スライドステーション
2 本体
3 スライドグラスホルダー
4 上下レバー
5 スライドグラス
6 試料
7 コイルバネ
8 バネケース
9 ストッパー
10a 前染色液容器
10b 前染色液
11a 媒染液容器
11b 媒染液
12a 脱色液容器
12b 脱色液
13a 後染色液容器
13b 後染色液
14a 染浄水容器
14b 染浄水
15 断熱材
16 給水管
17 排水管
18 ポンプ
19 レール
20 電気ヒータ
21 温度制御装置
22 ケーシング
23 バイブレータ
24 変形染色液容器及び洗浄水容器のくし歯部分
25 モータA
26 モータB
27 モータ制御装置
30 簡便迅速グラム染色装置
31 全自動簡便迅速グラム染色装置



【特許請求の範囲】
【請求項1】
グラム染色法において前染色工程後の洗浄を行わないことを特徴とする簡便迅速グラム染色方法
【請求項2】
グラム染色法において脱色工程後の洗浄を行わないことを特徴とする簡便迅速グラム染色方法
【請求項3】
グラム染色法において各染色工程の染色時間を3秒以下とすることを特徴とする請求項1又は2に記載の簡便迅速グラム染色方法
【請求項4】
少なくとも複数の染色液容器と洗浄水容器とを備えたグラム染色装置において、検体を固定したスライドグラスを保持したスライドグラスホルダーを染色容器又は洗浄容器の上方に移動させるステップと、下降及び上昇させてスライドグラスに固定した検体を、加温した染色液、又は洗浄水に一定時間浸すステップを染色工程順に繰り返すことによりグラム染色を行なうことを特徴とする簡便迅速グラム染色方法
【請求項5】
少なくとも複数の染色液容器と洗浄水容器とを備えたグラム染色装置において、検体を固定したスライドグラスを保持したスライドグラスホルダーを染色容器又は洗浄容器の上方に移動させるステップと、下降及び上昇させてスライドグラスに固定した検体を、加温した染色液、又は洗浄水に一定時間浸すステップを染色工程順に繰り返すことによりグラム染色を行なうことを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の簡便迅速グラム染色方法
【請求項6】
少なくとも脱色液の温度を45℃未満とすることを特徴とする請求項4又は5に記載の簡便迅速グラム染色方法
【請求項7】
各染色液の温度を30℃から43℃の範囲に維持することを特徴とする請求項4又は5に記載の簡便迅速グラム染色方法
【請求項8】
染色液のみならず洗浄水も加温することを特徴とする請求項4乃至7のいずれかに記載の簡便迅速グラム染色方法
【請求項9】
洗浄水を常時流動させることにより染色液による洗浄水の混濁を防止することを特徴とする請求項4乃至8のいずれかに記載の簡便迅速グラム染色方法
【請求項10】
スライドグラスホルダーを振動させることにより気泡の発生を防止しかつ洗浄力を向上させることを特徴とする請求項4乃至9のいずれかに記載の簡便迅速グラム染色方法
【請求項11】
少なくとも複数の染色液容器と、洗浄水容器と検体を固定したスライドグラスを保持するスライドグラスホルダーと上下レバーと給水管と配水管と排水ポンプにより成るグラム染色装置において染色液を加温するヒータと温度制御装置を備えたことを特徴とする簡便迅速グラム染色装置
【請求項12】
染色液のみならず洗浄水も加温するヒータを備えたことを特徴とする請求項11に記載の簡便迅速グラム染色装置
【請求項13】
スライドグラス横移動用のレールを備えたことを特徴とする請求項11又は12に記載の簡便迅速グラム染色装置
【請求項14】
上下レバーの下限位置越え防止用のストッパーと上方位置への復帰用弾性体を備えたことを特徴とする請求項11乃至13のいずれかに記載の簡便迅速グラム染色装置
【請求項15】
染色液容器及び洗浄水容器を染色順にかつ一定間隔で配置することを特徴とする請求項11乃至14のいずれかに記載の簡便迅速グラム染色装置
【請求項16】
各染色液容器と洗浄水容器が染色順にかつ環状に配置されていることにより、スライドグラスホルダーが一方向にのみ移動しかつ最終工程後には元の位置に戻ることを特徴とする請求項11乃至14のいずれかに記載の簡便迅速グラム染色装置
【請求項17】
前記スライドグラスホルダーがスライドグラスを垂直にかつ横軸を進行方向に向かって直角に吊下げて保持する機構を有することを特徴とする請求項11乃至16のいずれかに記載の簡便迅速グラム染色装置
【請求項18】
各染色液容器及び洗浄水容器の内側断面形状を凸形としたことを特徴とする請求項11乃至17のいずれかに記載の簡便迅速グラム染色装置





【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2007−232560(P2007−232560A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−54384(P2006−54384)
【出願日】平成18年3月1日(2006.3.1)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【出願人】(501445977)テラメックス株式会社 (2)
【Fターム(参考)】