説明

粉粒体の充填率または空隙率の算出方法

【課題】セメントなどのような粉粒体の充填率や空隙率を精密且つ簡便に算出することができる算出方法を提供する。
【解決手段】粉粒体の粒度分布f(r)を求め、この粒度分布f(r)から下記(a)式により当該粉粒体の充填率pを求める。
【数19】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粉粒体の充填率または空隙率を算出するための方法に関するもので、特に、セメントなどのような粉粒体の混合物の充填率や空隙率を精密に算出することができる算出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セメント原料である数種の原料粉を配合し、水を加えるセメントの製造工程では、配合した原料粉の混合状態と充填率がゲル化セメントの密度や強度を左右することが知られている。具体的には、空隙率が大きいほどセメントの強度は低くなること、すなわち、充填率が高いほどセメントの強度が増すことが実験的に判っている。そこで、セメントの原料粉の配合をどのような比率にすればセメントの強度を高めることができるか、或いは所望の強度を得るためにはどのような配合比率にすればよいか、を決定するために、配合原料粉の充填率を調整することは製造上不可欠な要素技術となる。
【0003】
実際の工程では、充填率を調整するための原材料(原料粉)の配合比の調整は、経験則と勘によるため、その配合比が本当に最適値であるかどうかを判定するすべがない。さらに、資源確保のためにセメントの原材料に廃材が用いられる関係で、原材料が日々変化しているにもかかわらず、これを用いて一定の強度を満たすセメント特性を常に確保しなければならない。一定の特性を得るためには、原料粉の配合による充填率の操作がまず重要となる。原料粉の配合比を操作し、充填率をある一定の範囲に収めるために、経験則に基づく職人的な勘によって充填率を予想し、これによってある程度一定の基準を満たすセメントの製造を行っている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したように、セメントの配合原料粉の充填率の予想は、経験則によるデータの蓄積に基づいたマニュアルにより、最終的には勘を頼りになされているが、充填率は厳密には原材料の性質(粒度分布、粒径など)に依存するため、原材料の性質が変わると特定の原材料にしか成り立たない経験則はもちろん通用しなくなるため、新たな原料に適した経験則が必要となる。このような経験則を、考えられるあらゆる原材料ごとにすべて得るには膨大な数の実験が必要となり、現実的にはまず不可能である。そこで新たな原材料に対応して、それに類似した原材料の既存のデータをもとに経験と勘を頼りに予想をするしかないが、このような方法では科学的な精密さにおいて限度があり、実際に日々異なる原材料で一定の充填率を精密に確保することは至難の業である。
【0005】
したがって本発明の目的は、セメントなどのような粉粒体の充填率や空隙率を精密且つ簡便に算出することができる算出方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するための本発明の要旨は以下のとおりである。
[1]粉粒体の粒度分布f(r)を求め、この粒度分布f(r)から下記(a)式により当該粉粒体の充填率pを求めることを特徴とする粉粒体の充填率の算出方法。
【数1】

【0007】
[2]上記[1]の算出方法において、粒度分布f1(r),f2(r),…をもつ2種以上の粉粒体をそれぞれ体積V1:V2:…で混合した混合粉粒体について、下記(b)式で与えられる混合粉粒体の度数F(ri)を用いて(a)式により当該混合粉粒体の充填率pを求めることを特徴とする粉粒体の充填率の算出方法。
【数2】

ここで Pj:粒度分布f(r)をもつ粉粒体の充填率
j:粒度分布f(r)をもつ粉粒体の体積
j(ri):粒度分布f(r)をもつ粉粒体に含まれる、半径riをもつ任意のi-粒子の度数
k:混合粉粒体に含まれる任意のk-粒子の半径
j(rk):粒度分布f(r)をもつ粉粒体に含まれる、半径rをもつ任意のk-粒子の度数
【0008】
[3]上記[1]または[2]の算出方法で算出された粉粒体の充填率pから、下記(c)式に基づき粉粒体の空隙率δを算出することを特徴とする粉粒体の空隙率の算出方法。
【数3】

[4]上記[1]〜[3]のいずれかの算出方法において、粉粒体がセメントであることを特徴とする粉粒体の充填率または空隙率の算出方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、粉粒体の充填率または空隙率、特にセメントなどのような2種以上の原料粉を混合した粉粒体の充填率や空隙率を、精密且つ簡便に算出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】粉粒体の粒度分布f(r)の一例を示す模式図
【図2】粉粒体を構成する任意のj-粒子(半径rj)の周囲に任意のi-粒子(半径ri)が稠密充填された状態を示す模式図
【図3】実施例1において、半径1mmと半径5mmの2種類の球粒子を種々の割合(体積比)で混合した粉粒体について、本発明法で算出された充填率と実測された充填率を示すグラフ
【図4】実施例2で充填率の算出を行った粉粒体を構成する原料A,Bの粒度分布を示す図面
【図5】実施例2において、原料A,Bを種々の割合で混合した粉粒体について、本発明法で算出された充填率を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0011】
粒度分布をもつ充填率の基礎理論は統計的手法を導入することにより導出することができ、これによって粒度分布関数に基づいて粒子系の充填率を計算することが可能になる。この理論を用いることで、異なる粒度分布をもつ粒子系を混合した系の充填率を計算することも可能となる。
粉粒体の充填状態を解析するために、多くの基礎的な理論や計算が、球充填系という基本分野において行われてきた。一つの基本問題として、同一半径をもつ球のランダム充填密度が計算機シミュレーションによって行われてきた。
【0012】
本発明者は、粒度分布をもつ系の充填率を理論的に求めるために、以下のような算出方法を創案した。
一般に、粉体密度の計算は、粒子形状、粒子間相互作用などに起因する困難な問題を内蔵する。従来、多くの試みがこれらの問題に関してなされてきたが、充填密度においてきわめて影響の大きい、粒度分布を厳密に取り扱った汎用的な理論研究は未だなされていない。したがって、最も重要なテーマは粒度分布関数を伴う充填密度の基礎理論であると考えられる。それに付け加えるかたちで、粒形、粒子間相互作用などの影響を、この基礎理論に基づいて考察する必要がある。
【0013】
稠密充填粒子系を取り扱うにあたり、簡単のため、粒子の形状は球と仮定する。球粒子系の分布関数f(r)は、規格化されている。図1に、粉粒体の粒度分布f(r)を模式的に示す。この粉粒体の粒度分布f(r)において、半径rの任意のi-粒子の度数がf(r)である。なお、通常、半径rは或る粒径範囲の代表径が用いられる。
【数4】

ここで、rは粉粒体に含まれる任意のi-粒子の半径である。
【0014】
粒子系の空隙率を解析するために、粉粒体を構成する任意のj-粒子(半径rj)の周囲に任意のi-粒子(半径ri)を稠密充填した状態(すなわち、j-粒子、i-粒子ともに球であるとし、j-粒子の周囲をi-粒子が接触して取り囲んでいる状態)を考える。図2に、この状態を模式的に示すが、j-粒子とi-粒子との間の隙間は、j-粒子の中心から半径rj+riの仮想球の中に形成されるので、この半径rj+riの仮想球を考える。そして、j-粒子の表面と仮想球面とで囲まれる空隙の合計をΔVjiとおく。このΔVjiは、次の2つの要素からなる。すなわち、一つの要素は、j-粒子の中心0を原点とするi-粒子に接する立体角Ωにより切り取られるi-粒子の下部(j-粒子面側)につくられる空隙部分の合計ΔVji(1)であり(これはj-粒子に接する全てのi-粒子それぞれに付随するものである)、もう一つの要素は、j-粒子上の空隙部分(i-粒子がない部分)が、j-粒子の中心0を原点とする立体角Ωにより切り取られる空間のうちj-粒子表面と仮想球面とで囲まれる空隙部分の合計ΔVji(2)である。したがって、j-粒子の表面と仮想球面とで囲まれる空隙の合計ΔVjiは、下記(2)式で表される。
【数5】

【0015】
そこで、j-粒子の周囲にi-粒子が接触して配位したとき(i-粒子が最稠密数以下で配位したとき)、仮想球内における空隙率δjiを一般に、下記(3)式のように書くことにする。Vは仮想球の体積である。
【数6】

【0016】
粒度分布f(r)をもつ粒子系の場合、半径rの粒子(i-粒子)の数nは、下記(4)式で与えられる。この(4)式の左辺はi-粒子の占有率と呼ばれる。
【数7】

【0017】
半径rjの一つのj-粒子周りに半径riのi-粒子が接触して最稠密充填をなしている場合(すなわち、半径rjのj-粒子周りに同一の半径riをもつi-粒子をj-粒子に接触させて最大限に稠密に配位させた場合)、j-粒子周りの半径rj+riの仮想球内の空隙率δji(min)は上記(3)式で求めることができ、したがって、その場合におけるj-粒子周りの仮想球内の充填率pji(max)は、下記(5)式で与えられる。
【数8】

【0018】
粒子系における半径rのi-粒子が占める表面積Siの比率は、粒子系の全粒子の総表面積をSとおくとSi/Sで与えられるが、これを用いると、j-粒子周りの仮想球内の充填率は、下記(6)式で与えられる。
【数9】

【0019】
系を構成する粒子が球の場合、SおよびSjは次式で与えられる(なお、〈r〉は(8)式を参照)。
【数10】

j-粒子が系の中で占める体積Vjの比率は、系の全粒子の総体積をVと置くと、Vj/Vで与えられるから、平均充填率は下記(7)式で与えられる。
【数11】

【0020】
系を構成する粒子が球の場合、Vjは下式で与えられるから、
【数12】

充填率pは、上記(7)式より、下記(8)式で表されることになる。
【数13】

【0021】
したがって、系の空隙率δは下記(9)式で与えられる。
【数14】

上記(8)式を計算するためには、上記(2)式のΔVjiを幾何学的計算あるいはコンピューターシミュレーションによる数値計算で求めればよい。上記(8)式および(9)式を用いることにより、任意の粒度分布f(r)をもつ球粒子系の充填率と空隙率を計算することが可能である。
【0022】
このため本発明では、粉粒体の粒度分布f(r)を求め、この粒度分布f(r)から上記(8)式に基づき、当該粉粒体の充填率pを求める。また、上記(9)式に基づき、当該粉粒体の空隙率δを求める。
ここで、粉粒体の粒度分布f(r)を求める方法としては、SEM(走査型電子顕微鏡)による観察、レーザー光の回折を利用した粒度分布測定法がある。
【0023】
種々の粒度分布をもつ複数の粒子系の混合系については、以下のようにして算出を行う。
粒度分布f1(r),f2(r),…をもつ2種以上の粉粒体をそれぞれ体積V1:V2:…で混合した混合粉粒体の場合、この混合系の度数F(ri)は計算の結果、下記(10)式で与えられる。
【数15】

ここで Pj:粒度分布f(r)をもつ粉粒体の充填率
j:粒度分布f(r)をもつ粉粒体の体積
j(ri):粒度分布f(r)をもつ粉粒体に含まれる、半径riをもつ任意のi-粒子の度数
k:混合粉粒体に含まれる任意のk-粒子の半径
j(rk):粒度分布f(r)をもつ粉粒体に含まれる、半径rをもつ任意のk-粒子の度数
jは粒度分布fjをもつ系の充填率である。上記(8)式で度数f(ri)を上記(10)式の度数F(ri)で置き換えることにより、混合系の充填率を計算することができる。
【0024】
従来では、ある1種類の原材料について、原材料の粒度分布を、よく知られている正規分布や対数正規分布、あるいはロジン・ラムラー分布などの統計分布函数を用いて近似することにより充填率の算出を行ってきた。しかし、このような手法には、次のような二つの根本的な問題が内包されている。その一つは、実際に測定される粒度分布が、そのような統計函数で説明できるような場合はきわめて限られること、もう一つの問題は、そのような統計函数を用いた充填率の計算は、半経験的あるいは現象論的なものであり、実際に充填率を計算するためには経験的な定数を導入しなければならず、一般に計算の基となる理論が汎用的ではないことである。さらに、その次の段階として、粒径も粒度分布も異なるさまざまな種類の原料をある割合で混合したときの充填率を求める場合となると、そのような計算を行う手法や理論は皆無であるため、ある程度の経験則と勘に頼らざるを得なった。
【0025】
本発明は、ある原料についての粒度分布がわかれば、精密かつ簡便に充填率を算出できるものである。すなわち、粒度分布の測定データをインプットするだけで充填率や空隙率を算出することができる。理論計算が任意の粒度分布に適用されるため、測定データではなく粒度分布を数学的な統計函数に置き換えて計算することができるため、統計函数のパラメータと充填率との相関を研究するためのツールとしても活用することができる。
【0026】
実際の配合粉をシミュレーションするためには数種類の原料粉の配合比を変えて充填率を計算しなければならないが、これに対応してそれぞれの原料粉の粒度分布のデータをインプットするだけで、これらを任意の割合で混合したときの充填率を算出することができるため、どのような原料を用いる場合でもそれぞれの原料粉の粒度分布のデータさえあれば充填率を最大にする混合比率を計算によって算出することができる。このように、理論により充填率を計算できるため、原料粉の配合や操作が経験や勘によらない厳密なものとなり、一定の基準を満たすセメントを安定して製造することが可能となる。
本発明は、セメント産業やセラミック製造における原料の配合、その他、粉粒体を取り扱う全ての分野に適用可能である。
【実施例】
【0027】
[実施例1]
半径1mmと半径5mmの2種類の球粒子を混合した粒子系の充填率について、本発明法により充填率を算出し、実測値と比較した結果を図3に示す。図3の横軸は、粒子系における半径1mmの球粒子が占める体積Vと半径5mmの球粒子が占める体積Vの体積比V/Vである。本発明例では、上記(2)式のΔVjiをコンピューターシミュレーションによる数値計算で求め、(8)式の計算を行った。また、実測値は粒子系を液体で浸し、それに要する液体の体積を測定することで空隙率を算出し、それに基づき求めた。図中、実線で示したのが本発明法による算出値であるが、実測値をほぼ定性的・定量的に説明することが明らかである。
【0028】
[実施例2]
図4で示すような粒度分布を有する2種類の原料A,Bを混合した混合粉粒体の充填率を、本発明法により(10)式および(8)式を用いて算出した。その結果を図5に示す。図5の横軸は、混合粉粒体中での原料Aの質量割合である。本実施例でも、上記(2)式のΔVjiをコンピューターシミュレーションによる数値計算で求め、(10)式と(8)式の計算を行った。図5によれば、原料A,Bを混合した混合粉粒体の充填率が最大値をとるのは、混合比A:B=0.74:0.26の場合であることが判る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
粉粒体の粒度分布f(r)を求め、この粒度分布f(r)から下記(a)式により当該粉粒体の充填率pを求めることを特徴とする粉粒体の充填率の算出方法。
【数16】

【請求項2】
粒度分布f1(r),f2(r),…をもつ2種以上の粉粒体をそれぞれ体積V1:V2:…で混合した混合粉粒体について、下記(b)式で与えられる混合粉粒体の度数F(ri)を用いて(a)式により当該混合粉粒体の充填率pを求めることを特徴とする粉粒体の充填率の算出方法。
【数17】

ここで Pj:粒度分布f(r)をもつ粉粒体の充填率
j:粒度分布f(r)をもつ粉粒体の体積
j(ri):粒度分布f(r)をもつ粉粒体に含まれる、半径riをもつ任意のi-粒子の度数
k:混合粉粒体に含まれる任意のk-粒子の半径
j(rk):粒度分布f(r)をもつ粉粒体に含まれる、半径rをもつ任意のk-粒子の度数
【請求項3】
請求項1または2に記載の算出方法で算出された粉粒体の充填率pから、下記(c)式に基づき粉粒体の空隙率δを算出することを特徴とする粉粒体の空隙率の算出方法。
【数18】

【請求項4】
粉粒体がセメントであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の粉粒体の充填率または空隙率の算出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−19731(P2013−19731A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−152398(P2011−152398)
【出願日】平成23年7月9日(2011.7.9)
【出願人】(511168017)