説明

粒子加速システム

【課題】一台の粒子加速器によって放射線治療用及びRI製造用の各用途に応じた電流量の加速粒子を取り出すことを可能とし、その結果として、稼働率の向上を図り易くなる粒子加速器及び粒子加速システムを提供することを目的とする。
【解決手段】放射線治療用の陽子ビームB1及びRI製造用の陽子ビームB2のそれぞれをサイクロン3から取り出すために、サイクロン3に少なくとも二つ設けられた取出ポート25,27と、サイクロン3内を周回する負イオンPを取出ポート25,27に誘導するフォイル21b,23bと、負イオンPをサイクロン3に供給するイオン源18と、フォイル21b,23bの進退量及びイオン源18による負イオンPの供給量の少なくとも一方を制御して取出ポート25,27から取り出される陽子ビームB1,B2の電流量を制御する制御装置35と、を備える粒子加速システム1Aである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陽子ビームなどの加速粒子を生成する粒子加速器を備えた粒子加速システムに関する。
【背景技術】
【0002】
サイクロトロンなどの粒子加速器が知られている(特許文献1参照)。この種の粒子加速器は、イオン源から導入されたイオンを加速する高周波加速空洞(RFキャビティ)を備えている。高周波加速空洞には、通常、一対の加速電極(通称、「ディ」)が配置されており、このディには、印加する高周波電圧の周波数に応じて、印加する高周波電圧の周波数に応じた長さの内導体(ステム)が連結されている。さらに、高周波加速空洞には、ディに並んで、加速粒子を取り出すための一対のフォイルストリッパーが対向配置されており、高周波加速空洞内で周回しながら加速した加速粒子は、フォイルストリッパーによって軌道が変更され、所定の取出ポートから取り出される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3971351号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
粒子加速器から取り出された加速粒子の用途としては、放射線治療用であったり、RI製造用であったりする。しかしながら、各用途で用いるために必要な加速粒子の電流量には差があるため、一台の粒子加速器によって各用途に適した加速粒子を生成することは困難である。従って、各用途に適した加速粒子の生成のためには、それぞれ独立した粒子加速器が必要となると共に、それぞれの用途に応じたタイミングでの稼働となるため、稼働スケジュールの調整などをしたとしても稼働率の向上は難しかった。
【0005】
本発明は、以上の課題を解決することを目的としており、一台の粒子加速器によって放射線治療用及びRI製造用の各用途に応じた電流量の加速粒子を取り出すことを可能とし、その結果として、稼働率の向上を図り易くなる粒子加速システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、粒子を周回させながら加速して加速粒子を生成する粒子加速器を備えた粒子加速システムにおいて、放射線治療用の加速粒子を粒子加速器から取り出すために設けられた第1の取出口と、RI製造用の加速粒子を粒子加速器から取り出すための第2の取出口と、粒子加速器内を周回する粒子の周回軌道に交差するように進退自在であると共に、周回する加速粒子を各取出口に誘導する軌道変更部と、粒子を粒子加速器に供給する粒子供給部と、軌道変更部の進退量及び粒子供給部による粒子の供給量の少なくとも一方を制御して各取出口から取り出される加速粒子の電流量を制御する制御部と、を備えることを特徴とする。
【0007】
軌道変更部は粒子の周回軌道に交差するように進退自在であり、進入分が大きい程、周回する粒子に干渉する量が増え、その分、取出口に誘導する加速粒子が増えて加速粒子の電流量は増加する。また、加速粒子の電流量の増減は、粒子供給部によって供給される粒子の供給量にも依存しており、粒子供給部による粒子の供給量が増えるほど、各取出口から取り出される加速粒子の電流量は増加する。本発明によれば、制御部が、軌道変更部の進退量及び粒子供給部による粒子の供給量の少なくとも一方を制御することで、各取出口から取り出される加速粒子の電流量を制御できるので、放射線治療用の加速粒子及びRI製造用の加速粒子の一方または両方に適した電流量の加速粒子を各取出口から取り出すことが可能になる。その結果として、一台の粒子加速器によって放射線治療用及びRI製造用の各用途に応じた電流量の加速粒子を取り出すことが可能となり、その結果として、稼働率の向上を図り易くなる。
【0008】
さらに、制御部は、第2の取出口から取り出される加速粒子の電流量を一定に保ちながら、第1の取出口から取り出される加速粒子の電流量を増加または減少させると好適である。例えば、RI化合物を製造する際には、20時間程度の長時間にわたって加速粒子を継続的に取り出す必要がある。一方で、放射線治療の場合には、実際の治療に合わせて、数十分程度の短時間の取り出しを複数回行う必要がある。上記構成によれば、第2の取出口から取り出されるRI製造用の加速粒子の電流量は一定に保たれるので、長時間にわたってRI製造用の加速粒子を取り出しながら、第1の取出口から必要に応じて放射線治療用の加速粒子の取り出しを行うことが可能になり、稼働率の向上に有利である。
【0009】
さらに、制御部は、粒子供給部による粒子の供給量を一定に保ちながら、第1の取出口及び第2の取出口の少なくとも一方から取り出される加速粒子の電流量を増加または減少させると好適である。粒子供給部から供給される粒子の供給量には上限がある。上記構成によれば、例えば、粒子供給部から供給される粒子の供給量が上限(一定)であっても、第1の取出口及び第2の取出口の一方から取り出される加速粒子の電流量を減少させることで、他方から取り出される加速粒子の電流量を増加させることができ、結果として、所望の電流量の加速粒子を取り出し易くなって稼働率の向上に有利である。
【0010】
さらに、放射線治療はホウ素中性子捕捉治療であると好適である。軌道変更部の進退量を変化させることで、各取出口から取り出される加速粒子の電流量の振り分けを調整できる。しかしながら、放射線治療用及びRI製造用の各用途に適した加速粒子の電流量の差が大きくなるほど、振り分けのための軌道変更部の進退量の調整が難しくなり、特に、軌道変更部の進退量の範囲は、例えば、1mm程度と非常に小さいために、その中での調整は非常に難しい。ここで、ホウ素中性子捕捉治療以外の通常の放射線治療用の加速粒子の電流量と、RI製造用の加速粒子の電流量との比は、1/1000:1程度であり、電流量同士の差は非常に大きい。一方で、ホウ素中性子捕捉治療は、陽子または重陽子として粒子加速器から取り出される加速粒子をターゲットに照射して所望の中性子を発生させ、この中性子を患者に照射して行われる治療であり、この治療で必要となる加速粒子の電流量と、RI製造用の加速粒子の電流量との比は、2〜4:1程度であり、上記の電流量の差にくらべて極めて小さい。従って、放射線治療がホウ素中性子捕捉治療である上記構成によれば、軌道変更部の進退量の微調整によって各取出口から取り出される電流量の振り分けが容易になり、制御し易くなる。
【0011】
さらに、第1の取出口から取り出された加速粒子を用いて放射線治療を行う放射線治療装置と、第2の取出口から取り出された加速粒子を用いてRI化合物を製造するRI製造装置と、を更に備えると好適である。この構成によれば、第1の取出口から取り出された加速粒子を用いて放射線治療を行うことができ、第2の取出口から取り出された加速粒子を用いてRI製造を行うことができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、一台の粒子加速器によって放射線治療用及びRI製造用の各用途に応じた電流量の加速粒子を取り出すことが可能になり、その結果として、稼働率の向上を図り易くなる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の第1実施形態に係る粒子加速システムの概略的な全体構成を示す斜視図である。
【図2】第1実施形態に係るサイクロトロンの本体部を中心に示す概略的な平面図である。
【図3】第1実施形態に係るサイクロトロンの作用を模式的に示す説明図であり、(a)は平面図、(b)は(a)のb−b線に沿った断面図である。
【図4】第1実施形態に係る粒子加速システムを示し、シールド内に配置されたサイクロトロン、中性子発生装置及びRI製造装置を概略的に示す説明図である。
【図5】第1の制御方法によってサイクロトロンから取り出される陽子ビームの電流量を示しており、(a)は第2取出ポートから取り出される陽子ビームの電流量を示すグラフであり、(b)は第1取出ポートから取り出される陽子ビームの電流量を示すグラフであり、(c)はサイクロトロンから取り出される陽子ビーム全体の電流量を示すグラフである。
【図6】第2実施形態に係る粒子加速システムを示し、シールド内に配置されたサイクロトロン、中性子発生装置及びRI製造装置を概略的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係る粒子加速器及び粒子加速システムの好適な実施形態について図面を参照しながら説明する。
(第1実施形態)
【0015】
図1乃至図4に示されるように、粒子加速システム1Aは、水素の負イオン(粒子)Pを加速して陽子ビーム(加速粒子)B1,B2を生成するサイクロトロン(粒子加速器)3と、サイクロトロン3にビーム管5を介して接続された中性子発生装置7と、サイクロトロン3にビーム管9を介して接続されたRI製造装置11と、を備えている。サイクロトロン3、中性子発生装置7及びRI製造装置11は、それぞれ放射線を遮蔽するシールドS内に配置されている(図4参照)。なお、本実施形態では、シールドS内に配置された態様にてサイクロトロン3を説明しているが、サイクロトロン全体が放射線を遮蔽する鉛等の遮蔽壁で覆われた自己シールド型のサイクロトロンであってもよい。
【0016】
本実施形態に係るサイクロトロン3は、本体部と蓋部とに分割される。なお、図2はサイクロトロン3の本体部を示す平面図である。図2に示されるように、サイクロトロン3は、対向して配置された一対の円板状の磁極13と、電磁石を構成する一対のコイル(図示せず)と、負イオンP(図3参照)が周回する真空箱15と、一対の磁極13同士の間に配置された一対の加速電極17と、真空箱15内に負イオンPを供給するイオン源18と、一対のフォイルストリッパー21,23と、フォイルストリッパー21,23によって軌道変更された陽子を取り出す一対の取出ポート25,27と、を備えている。
【0017】
磁極13の対向する面には、複数の谷領域と複数の山領域とが交互に現れる複数のセクタに分割されている。このように構成することで、セクターフォーカシングを利用して加速粒子の集束を図っている。
【0018】
真空箱15は、箱本体15aと図示しない箱蓋とを有している。箱本体15aの底壁部には、磁極13の外形と略同径の開口部が設けられており、この開口部から、一方の磁極13の谷領域及び山領域を備える面が、真空箱15内に突出されている。また、箱本体15aには真空排気用の排気口(図示せず)が設けられており、この排気口には図示しない真空ポンプが接続されている。箱蓋は、真空ポンプによって真空箱15内を真空化できるように、箱本体15aの上部開口を塞いでいる。箱蓋には、箱本体15aと同様に、他方の磁極13の谷領域及び山領域を備える面を真空箱15に突出させるために、磁極13の外形と略同径の開口部が設けられている。
【0019】
一対のコイル(図示省略)は、一対の磁極13の側面の周りにそれぞれ設けられており、電磁石が構成されている。
【0020】
一対の加速電極17は、それぞれ平面視において三角形状をなし、それぞれの頂角を付き合わせるようにして対向配置されている。各加速電極17は、例えば、銅等の電気導体から構成されており、上下二枚の三角形を底辺で連結して構成されている。そして、加速電極17の板面には、冷却用の冷媒を通すための管が設けられている。
【0021】
一対の加速電極17は、一対の磁極13の谷領域に位置する。そして、加速電極17の先端部同士が、蝶の羽のような外形を有する接続部材により、機械的且つ電気的に接続されている。なお、接続部材の形態としては様々な形状がある。
【0022】
磁極13の中心位置には、イオン源(粒子供給部)18で生成された負イオンPを真空箱15内に供給するイオン供給口19が設けられている。イオン源18は、水素ガスなどの原材料中でアーク放電を行って負イオンPを生成する装置である。イオン源18で生成された負イオンPはイオン供給口19を介して真空箱15内に引き込まれるように供給され、高周波の電圧がかけられている加速電極17によって周回しながら加速し、次第にエネルギーを増していく。エネルギーが増せば負イオンPの回転半径は大きくなり、螺旋運動をしているような周回軌道Kをえがく。なお、イオン源18はサイクロトロン3の外部に配置されても良いし、サイクロトロン3の内部に設けられていても良い。
【0023】
一対のフォイルストリッパー21,23は、磁極13の中心を挟むようにして対向配置されている。一方のフォイルストリッパー21は、放射線治療用の陽子ビームB1を取り出すために機能し、他方のフォイルストリッパー23は、RI製造用の陽子ビームB2を取り出すために機能する。放射線治療用の陽子ビームB1を取り出すためのフォイルストリッパー21は、以下、第1フォイルストリッパー21と称し、RI製造用の陽子ビームB2を取り出すためのフォイルストリッパー23は、以下、第2フォイルストリッパー23と称する。
【0024】
第1フォイルストリッパー21は、磁極13の径方向に沿って延在するストリッパー駆動軸21aと、ストリッパー駆動軸21aの先端に設けられたフォイル21bと、ストリッパー駆動軸21aを磁極13の径方向に沿って進退自在に駆動するフォイル駆動部21cと、を備えている。フォイル駆動部21cは高精度のモータ等を備えており、フォイル駆動部21cの駆動制御によってストリッパー駆動軸21aは10−2mm〜10−1mmの単位で進退し、その結果、フォイル21bが負イオンPの周回軌道Kを交差するように進退自在となる。第1フォイルストリッパー21のフォイル21bは、第1の軌道変更部に相当する。
【0025】
第2フォイルストリッパー23は、実質的には、第1フォイルストリッパー21と同一の構成を備えており、ストリッパー駆動軸23a、フォイル23b及びフォイル駆動部23cと、を備えている。フォイル駆動部23cの駆動制御によってストリッパー駆動軸23aは進退し、その結果、フォイル23bが負イオンPの周回軌道Kを交差するように進退自在となる。第2フォイルストリッパー23のフォイル23bは、第2の軌道変更部に相当する。なお、本実施形態では、ストリッパー駆動軸21a,23aが軸方向に直線運動することによって、周回軌道Kを交差するようにフォイル21b,23bを進退させているが、ストリッパー駆動軸21a,23aの回転によって、フォイル21b,23bを回転させて、周回軌道Kを交差するようにフォイル21b,23bを進退させる態様とすることも可能である。
【0026】
フォイル21b,23bは、例えば炭素製のシートからなる。フォイル21b,23bは、周回する負イオンPの周回軌道K上に進入して負イオンPに干渉すると、その負イオンPから電子を剥ぎ取る。電子を剥奪された陽子(加速粒子)は、周回軌道の曲率が反転し、その軌道が外方に飛び出す方向に向けて変更される(図3参照)。反転後の陽子の軌道上には、陽子を真空箱15内から取り出すための取出ポート25,27が設けられている。従って、フォイル21b,23bは、負イオンPから電子を奪うことで、結果的に陽子を取出ポート25,27まで誘導することになる。
【0027】
第1フォイルストリッパー21によって軌道が変更される陽子の軌道上に配置された放射線治療側の取出ポート(第1の取出口)25を、以下、第1取出ポート25と称し、第2フォイルストリッパー23によって軌道が変更される陽子の軌道上に配置されたRI製造側の取出ポート(第2の取出口)27を、以下、第2取出ポート27と称する。
【0028】
第1取出ポート25には、中性子発生装置7に接続された第1のビーム管5が接続されており、第2取出ポート27には、RI製造装置11に接続された第2のビーム管9が接続されている。第1のビーム管5には、第1取出ポート25から取り出された陽子ビームB1の電流量を測定する第1モニタ31が設置されており、第2のビーム管9には、第2取出ポート27から取り出された陽子ビームB2の電流量を測定する第2モニタ33が設置されている。
【0029】
また、サイクロトロン3は制御装置(制御部)35を備えており、制御装置35は、第1フォイルストリッパー21及び第2フォイルストリッパー23の各フォイル駆動部21c,23c、第1モニタ31、第2モニタ33及びイオン源18に制御信号を送受信可能に有線または無線にて接続されている。制御装置35は、中央処理装置を備え、中央処理装置は、ハードウェア構成としてCPU、RAM,ROMなどを有し、機能的構成として制御部、演算部及び記憶部を有する。さらに、制御装置35は、陽子ビームB1,B2の指定電流量などの情報やデータを取り込むための入力装置、第1モニタ31や第2モニタ33で測定された電流量を出力するモニタなどの出力装置等を備えている。
【0030】
制御装置35は、イオン源18からの負イオンPの供給量を制御可能であり、また、第1フォイルストリッパー21のフォイル駆動部21cを駆動制御してフォイル21bの進退量を制御可能であり、更に、第2フォイルストリッパー23のフォイル駆動部23cを駆動制御してフォイル23bの進退量を制御可能である。制御装置35は、これらの複合的な制御によって第1取出ポート25から取り出される陽子ビームB1の電流量を制御し、また、第2取出ポート27から取り出される陽子ビームB2の電流量を制御する。
【0031】
具体的には、第2フォイルストリッパー23のフォイル23bが定位置に保持されている場合には、負イオンPの周回軌道K上に第1フォイルストリッパー21のフォイル21bが深く進入すればするほど、第1取出ポート25から出力される陽子ビームB1の電流量は増加する。逆に、第1フォイルストリッパー21のフォイル21bが定位置に保持されている場合には、負イオンPの周回軌道K上に第2フォイルストリッパー23のフォイル23bが深く進入すればするほど、第2取出ポート27から出力される陽子ビームB2の電流量は増加する。
【0032】
また、第1取出ポート25または第2取出ポート27から取り出される陽子ビームB1,B2の電流量は、イオン源18から供給される負イオンPの供給量にも依存しており、第1フォイルストリッパー21及び第2フォイルストリッパー23の各フォイル21b,23bが定位置で保持されているならば、イオン源18から供給される負イオンPの供給量が増えるほど、第1取出ポート25又は第2取出ポート27から取り出される陽子ビームB1,B2の電流量は増加する。
【0033】
さらに、イオン源18から供給される負イオンPの供給量が一定の場合には、第1取出ポート25から取り出される陽子ビームB1の電流量が増加すれば、第2取出ポート27から取り出される陽子ビームB2の電流量は減少し、逆に、第2取出ポート27から取り出される陽子ビームB2の電流量が増加すれば、第1取出ポート25から取り出される陽子ビームB1の電流量は減少する。
【0034】
本実施形態に係る放射線治療はホウ素中性子捕捉治療(以下、「BNCT」)を想定しており、第1取出ポート25から取り出された陽子ビームB1は、BNCTのための中性子発生装置(放射線治療装置)7に供給される。BNCTは、患者の腫瘍細胞に取り込まれたホウ素10Bに中性子を照射し、ホウ素10Bと中性子とを核反応させて強力な粒子線(アルファ線、7Li粒子)を生じさせ、この粒子線によって正常細胞にあまりダメージを与えずに腫瘍細胞だけを選択的に破壊する治療法である。
【0035】
中性子発生装置7は、中性子の発生源となるターゲット7aと、ターゲット7aに陽子ビームB1を照射する照射部7bとを備えており、このターゲット7aに陽子ビームB1が照射されて中性子が発生する。中性子の発生のためには、陽子ビームB1の電流量として1mA程度が必要であり、第1取出ポート25から取り出される陽子ビームB1の電流量は、制御装置35によって1mA程度になるように調整される。
【0036】
第2取出ポート27から取り出された陽子ビームB2は、放射性同位元素(以下「RI」と称する)を製造するRI製造装置11に供給される。RI製造装置11は、陽子ビームB2を導入してターゲット11aに陽子ビームB2を照射することでRIを製造する照射部11b等を備えている。RI製造装置11で製造されたRIはホットラボ内の合成装置37に供給され、合成装置37によって合成されて放射性同位元素標識化合物(以下、「RI化合物」という)となる。RI化合物としては、SPECT(シングルフォトン・エミッションCT)に利用されるものや、PET(ポジトロン放出断層撮影)に利用されるものがある。なお、SPECTでは、γ(ガンマ)線を放出するRI化合物を利用し、PETではポジトロン(陽電子)を放出するRI化合物を利用する。また、SPECTに利用されるRI化合物を合成する場合には、固体状またはガス状のターゲットが用いられ、PETに利用されるRI化合物を合成する場合には、液体状またはガス状のターゲットが用いられる。
【0037】
SPECTに利用されるRI化合物を合成するためには、サイクロトロン3から取り出される陽子ビームB2の電流量として0.5mA程度が必要であり、PETに利用されるRI化合物を合成するためには、サイクロトロン3から取り出される陽子ビームB2の電流量として0.1mA程度が必要である。第2取出ポート27から取り出される陽子ビームB2の電流量は、オペレータの入力操作に応じて制御装置35が作動し、合成するRI化合物に応じて調整する。
【0038】
次に、粒子加速システム1Aにおけるサイクロトロン3の第1の制御方法について、図5を参照しながら説明する。なお、以下の説明において、フォイル21b,23bの進退量を調整するためにフォイル21b,23bを進入させるとは、周回する負イオンの中心側、具体的には、磁極13の中心側にフォイル21b,23bを近づけることを意味し、フォイル21b,23bを後退させるとは、磁極13の中心側からフォイル21b,23bを遠ざけることを意味する。
【0039】
SPECTに利用されるRI化合物を合成する際には、例えば、20時間程度の長時間にわたって陽子ビームB2を継続的に取り出す必要がある。一方で、BNCTの場合には、実際の治療に合わせて、数十分程度の短時間の陽子ビームB1の取り出しを複数回行う必要がある。そこで、第1の制御方法では、第2取出ポート27から取り出される陽子ビームB2の電流量を0.5mAに保ってRI化合物の合成を行いながら、必要に応じて、中性子生成用の陽子ビームB1の電流量(2mA)となるように、第1取出ポート25から陽子ビームB1の取り出しを行う。
【0040】
第1の制御方法の場合、制御装置35は、イオン源18から所望の負イオンPを供給させ、第2フォイルストリッパー23のフォイル駆動部23cを制御して、所定の位置となるようにフォイル23bの進退量を調整する。ここで、制御装置35は、第1フォイルストリッパー21のフォイル21bについては、負イオンPの周回軌道Kから外れるように退避させておく。その結果、第1取出ポート25からは陽子ビームB1は取り出されず、第2取出ポート27のみから電流量が0.5mAの陽子ビームB2が取り出される。図5のt1は、第2取出ポート27のみから電流量が0.5mAの陽子ビームB2が取り出されている時間帯を示している。
【0041】
次に、BNCTを行う場合には、制御装置35は、イオン源18から供給される負イオンの供給量を増加させ、さらに、第1フォイルストリッパー21のフォイル駆動部21cを制御してフォイル21bを進入させ、電流量が2mAとなる陽子ビームPが第1取出ポート25から取り出されるように制御する。この場合、第2フォイルストリッパー23のフォイル23bの位置が変わらないと、イオン源18からの負イオンPの供給量の増加に伴って第2取出ポート27から取り出される陽子ビームB2の電流量も増加してしまう。そこで、第2フォイルストリッパー23のフォイル23bを後退させて第2取出ポート27から取り出される陽子ビームB2の電流量を0.5mAに保持する。図5のt2は、第2取出ポート27から電流量が0.5mAの陽子ビームB2が取り出され、第1取出ポート25から電流量が2mAの陽子ビームB1が取り出されている時間帯を示している。
【0042】
BNCTは、数十分の中性子の照射(t2の時間帯)と照射停止(t1の時間帯)とを交互に繰り返す形で複数回行われる。この照射停止のタイミングにおいて制御装置35は、イオン源18から供給される負イオンPの供給量を減少させると共に、第1フォイルストリッパー21のフォイル21bを退避させ、さらに、第2フォイルストリッパー23のフォイル23bの位置を微調整して第2取出ポート27から取り出される陽子ビームB2の電流量を0.5mAに保持する。
【0043】
粒子加速システム1Aは、第1の制御方法を実施できるので、第2取出ポート27から取り出されるRI製造用の陽子ビームB2の電流量を一定に保ってRI化合物の製造を行いながら、第1取出ポート25からは、必要に応じてBNCT用の陽子ビームB1の取り出しを行うことが可能になり、稼働率の向上に有利である。
【0044】
次に、粒子加速システム1Aにおけるサイクロトロン3の第2の制御方法について説明する。第2の制御方法において制御装置35は、イオン源18から供給される負イオンPの供給量を定量、例えば、上限となる量に保持しておき、第1フォイルストリッパー21のフォイル21bの進退量及び第2フォイルストリッパー23のフォイルの進退量23bの少なくとも一方を制御するようにして、第1取出ポート25から取り出される陽子ビームB1の電流量及び第2取出ポート27から取り出される陽子ビームB2の電流量を制御する。
【0045】
粒子加速システム1Aは、第2の制御方法を実施できるので、例えば、イオン源18から供給される負イオンPの供給量が上限(一定)であっても、第1取出ポート25から取り出される陽子ビームB1の電流量を減少させることで、第2取出ポート27から取り出される陽子ビームB2の電流量を増加させることができ、結果として、所望の電流量の陽子ビームB1,B2を取り出し易くなって稼働率の向上に有利である。
【0046】
次に、粒子加速システム1Aにおけるサイクロトロン3の第3の制御方法について説明する。第3の制御方法では、例えば、第2取出ポート27から陽子ビームB2を取り出さずに、第1取出ポート25のみから電流量が2mAの陽子ビームB1を取り出すように制御する。この場合、制御装置35は、イオン源18から所望量の負イオンPを供給させ、さらに、第2フォイルストリッパー23のフォイル23bを負イオンPの周回軌道Kから退避させておき、逆に、第1フォイルストリッパー21のフォイル21bを負イオンPの周回軌道K上に進入させて所定位置で保持し、第1取出ポート25のみから電流量が2mAの陽子ビームB1を取り出すように制御する。
【0047】
次に、粒子加速システム1Aにおけるサイクロトロン3の第4の制御方法について説明する。第4の制御方法では、第1フォイルストリッパー21のフォイル21b及び第2フォイルストリッパー23のフォイル23bの位置を定位置に保持しておき、イオン源18から供給される負イオンPの供給量を増減させることによって、第1取出ポート25から取り出される陽子ビームB1の電流量及び第2取出ポート27から取り出される陽子ビームB2の電流量を制御する。
【0048】
粒子加速器3及び粒子加速システム1Aによれば、制御装置35が、第1フォイルストリッパー21の進退量、第2フォイルストリッパー23の進退量及びイオン源18による負イオンPの供給量の少なくともいずれか一つを制御することで、第1取出ポート25及び第2取出ポート27の少なくとも一方から取り出される陽子ビームB1,B2の電流量を制御できる。従って、BNCTなどの放射線治療用の陽子ビームB1及びRI製造用の陽子ビームB2の一方または両方に適した電流量の陽子ビームB1,B2を第1取出ポート25または第2取出ポート27から取り出すことが可能になる。その結果として、一台のサイクロトロン3によって放射線治療用及びRI製造用の各用途に応じた電流量の陽子ビームB1,B2を取り出すことが可能となり、その結果として、稼働率の向上を図り易くなる。
【0049】
さらに、本実施形態に係るサイクロトロン3では、第1フォイルストリッパー21及び第2フォイルストリッパー23の少なくとも一方のフォイル21b,23bの進退量を変化させることで、第1取出ポート25または第2取出ポート27から取り出される陽子ビームB1,B2の電流量の振り分けを調整できる。しかしながら、放射線治療用及びRI製造用の各用途に適した陽子ビームB1,B2の電流量の差が大きくなるほど、振り分けのためのフォイル21b,23bの進退量の調整が難しくなり、特に、フォイル21b,23bの進退量の範囲は、例えば、1mm程度と非常に小さいために、その中での調整は非常に難しい。ここで、BNCT以外の通常の放射線治療用の陽子ビームB1で必要となる電流量と、RI製造用の陽子ビームB2で必要となる電流量との比は、1/1000:1程度であり、電流量同士の差は非常に大きい。一方で、BNCT(ホウ素中性子捕捉治療)で必要となる陽子ビームB1の電流量と、RI製造用の陽子ビームの電流量との比は、2〜4:1程度であり、上記の電流量の差にくらべて極めて小さい。従って、放射線治療がBNCTである本実施形態によれば、フォイル21b,23bの進退量の微調整によって第1取出ポート25及び第1取出ポート25から取り出される電流量の振り分けが容易になり、制御し易くなる。
(第2実施形態)
【0050】
次に、図6を参照して第2実施形態に係る粒子加速システムについて説明する。図6は、第2実施形態に係る粒子加速システムの概略的な全体構成を示す説明図である。なお、第2実施形態に係る粒子加速システム1Bに関して第1実施形態に係る粒子加速システム1Aと同様の構成及び要素については、同一の符号を付して詳細説明は省略する。
【0051】
図6に示されるように、粒子加速システム1Bは、サイクロトロン(粒子加速器)3と、サイクロトロン3にビーム管5を介して接続された中性子発生装置(放射線治療装置)7と、サイクロトロン3にビーム管9を介して接続されたRI製造装置55,57と、を備えている。サイクロトロン3、中性子発生装置7及びRI製造装置55,57は、それぞれ放射線を遮蔽するシールドS内に配置されている。
【0052】
ビーム管9のRI製造装置55,57側の端部には、陽子ビームB2の進路を切り替えるための切り替え用電磁石51が設けられている。切り替え用電磁石51は、制御装置35に制御信号を送受信可能に接続されている。切り替え用電磁石51を介してビーム管9は二方向に分岐されており、一方のビーム管53aはRI製造装置55に接続され、他方のビーム管53bはRI製造装置57に接続されている。RI製造装置55とRI製造装置57とは同一の構成からなり、陽子ビームB2が照射されて放射化されるターゲット55a,57a及びターゲット55a,57aに陽子ビームを照射する照射部55b,57bを備えている。
【0053】
本実施形態に係るRI製造装置55,57は、同一のRI化合物を製造することを想定しており、一方側でのRI化合物の製造が終了すると、制御装置35が切り替え用電磁石51を切り替えて陽子ビームB2の進路を変更させ、他方側でのRI化合物の製造を開始させる。なお、RI製造装置55及び合成装置59で製造されるRI化合物とRI製造装置57及び合成装置61で製造されるRI化合物とを別のものにしてもよく、例えばRI製造装置55及び合成装置59ではSPECT用のRI化合物を製造し、RI製造装置57及び合成装置61ではPET用のRI化合物を製造するようにしてもよい。この場合には、サイクロトロン3の制御装置35は、RI製造装置55またはRI製造装置57に導入される陽子ビームB2の電流量を、各RI化合物に応じて調整する。
【0054】
以上、本発明を第1及び第2実施形態に係る粒子加速システムを例に説明したが、本発明は、上記の各実施形態のみに限定されるものではない。例えば、粒子加速器としては、サイクロトロンに限定されず、シンクロトロンなどであってもよい。粒子としては水素の負イオンに限定されず、他のイオンであってもよい。また、加速粒子としては、陽子に限定されず、重陽子等であってもよい。
【符号の説明】
【0055】
1A,1B…粒子加速システム、3…サイクロトロン(粒子加速器)、7…中性子発生装置(放射線治療装置)、11,59,61…RI製造装置、18…イオン源(粒子供給部)、21b…第1フォイルストリッパーのフォイル(第1の軌道変更部)、23b…第2フォイルストリッパーのフォイル(第2の軌道変更部)、25…第1取出ポート(第1の取出口)、27…第2取出ポート(第2の取出口)、35…制御装置(制御部)、B1,B2…陽子ビーム(加速粒子)、K…負イオンの周回軌道、P…負イオン(粒子)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
粒子を周回させながら加速して加速粒子を生成する粒子加速器を備えた粒子加速システムにおいて、
放射線治療用の前記加速粒子を前記粒子加速器から取り出すために設けられた第1の取出口と、
RI製造用の前記加速粒子を前記粒子加速器から取り出すための第2の取出口と、
前記粒子加速器内を周回する前記粒子の周回軌道に交差するように進退自在であると共に、周回する前記加速粒子を前記各取出口に誘導する軌道変更部と、
前記粒子を前記粒子加速器に供給する粒子供給部と、
前記軌道変更部の進退量及び前記粒子供給部による前記粒子の供給量の少なくとも一方を制御して前記各取出口から取り出される前記加速粒子の電流量を制御する制御部と、を備えることを特徴とする粒子加速システム。
【請求項2】
前記制御部は、前記第2の取出口から取り出される前記加速粒子の電流量を一定に保ちながら、前記第1の取出口から取り出される前記加速粒子の電流量を増加または減少させることを特徴とする請求項1記載の粒子加速システム。
【請求項3】
前記制御部は、前記粒子供給部による前記粒子の供給量を一定に保ちながら、前記第1の取出口及び前記第2の取出口の少なくとも一方から取り出される前記加速粒子の電流量を増加または減少させることを特徴とする請求項1記載の粒子加速システム。
【請求項4】
前記放射線治療はホウ素中性子捕捉治療であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項記載の粒子加速システム。
【請求項5】
前記第1の取出口から取り出された前記加速粒子を用いて放射線治療を行う放射線治療装置と、
前記第2の取出口から取り出された前記加速粒子を用いてRI化合物を製造するRI製造装置と、を更に備えることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載の粒子加速システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−287419(P2010−287419A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−140016(P2009−140016)
【出願日】平成21年6月11日(2009.6.11)
【出願人】(000002107)住友重機械工業株式会社 (2,241)
【Fターム(参考)】