説明

粒子加速器及びそれを備えた荷電粒子線照射装置

【課題】荷電粒子を加速するための加速電極と、加速電極に電力を供給する高周波電源とのインピーダンス整合をとる際の調整時間の短縮化を図ることが可能な調整回路を備えた粒子加速器を提供すること。
【解決手段】加速電極と高周波電源とのインピーダンス整合をとる整合回路の常数の調整を電気的に行う構成とする。具体的には、コイル23のインダクタンスL1を調整するための円環状のフェライトと、フェライト24に巻き付けられたバイアス巻線25と、バイアス巻線25にバイアス電流を供給するバイアス電源31と、バイアス巻線25に供給するバイアス電流を増減するバイアス電流調整部とを備える構成とし、バイアス巻線25に供給するバイアス電流の増減を調整することで、フェライト24の透磁率μを変更し、整合回路10の常数を短時間で調整する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粒子加速器及びそれを備えた荷電粒子線照射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
荷電粒子を加速する加速器としてサイクロトロンが知られている。サイクロトロンで加速された荷電粒子は、例えば、がん患者の腫瘍へ照射されてがんを治療する陽子線治療装置に利用される。また、サイクロトロンで加速された荷電粒子は、ターゲット物質へ照射されて放射性薬剤の原料となる放射性同位元素を製造する放射性同位元素製造装置に利用される。
【0003】
サイクロトロンの内部には、荷電粒子を加速するための加速電極(ディー電極)と、サイクロトロン内で磁場を発生させる電磁石とが設けられている。加速電極には高周波電源(数十MHz〜数百MHz)から高周波の電力が供給される。
【0004】
また、サイクロトロンでは、サイクロトロン内で螺旋状の軌道で加速される荷電粒子の周期(1回の周回に要する時間)が一定になるという前提で各部品の制御が実行されている。そして、加速電極には、荷電粒子の周回周期に対応した周波数の電力が供給される。すなわち、サイクロトロンの稼働中は、加速電極へ供給される電力の周波数は常に一定となるように制御される。
【0005】
また、高周波電源と加速電極との間には、マッチング回路(整合回路)が設けられている。マッチング回路は、高周波電源と加速電極とのインピーダンス整合をとる機能を有するものである。出力側である高周波電源と入力側である加速電極とでインピーダンス整合が取れていない場合には、加速電極に送られる高周波電流の喪失が大きくなり、高周波電圧の歪み、劣化が生じることになる。そのため、高周波電流の伝送路中で反射波が発生し重畳することで高周波電流が定在波になり障害となる等の問題が起きてしまうため、マッチング回路を用いてインピーダンス整合をとることで、これらの問題の発生を回避している。このようなマッチング回路は、インダクタンス素子としてのコイルと、キャパシタンス素子としてのコンデンサーとを備える構成とされている(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭55−1024号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
サイクロトロンから取り出される荷電粒子のエネルギーを設定(変更)しようとすると、サイクロトロン内に設けられた電磁石によって発生される磁場の大きさを変化させる必要がある。また電磁石による磁場の大きさを変化させると、それに応じて加速電極に供給する電力の周波数も変化させる必要がある。そして、加速電極に供給する電力の周波数も変更すると、マッチング回路の常数(コイルの自己インダクタンスL、コンデンサーの静電容量Cの値)も変更する必要がある。
【0008】
サイクロトロンでは、取り出す荷電粒子のエネルギーに応じて、稼動前に電磁石により発生させる磁場の大きさ、加速電極へ供給する電流の周波数、マッチング回路の常数等を正確に設定している。そして稼動前に設定されるこれらの値は、稼働中において、取り出される荷電粒子のエネルギーを変化させないため、マッチング回路の常数を変更する速度に高い応答性は求められていなかった。そのため、初期設定として、マッチング回路中のコンデンサーを機械的に調整(コンデンサー中の2枚の電極間距離を調整)することで回路常数を調整していた。
【0009】
サイクロトロンの他に、シンクロサイクロトロン(加速器)が開発されている。サイクロトロンでは、螺旋状の軌道で加速される荷電粒子の周期が一定であるという前提で各部品の制御がされているものの、実際にはエネルギーが高くなるにつれ荷電粒子の質量が重くなり、周期遅れが生じている。一方、シンクロサイクロトロンは、この周期遅れに対応するように、加速電極に供給する電流の周波数を調整(低下)している。
【0010】
シンクロサイクロトロン中では、荷電粒子の周回1回に要する時間はおおよそ数十ナノ秒である。そのため、荷電粒子の周期遅れに対応するためのディ電極へ供給する電流の周波数調整は高い応答速度(短時間)で行われることが要求される。それに合わせてマッチング回路の常数の調整も高い応答速度で行われることが要求される。
【0011】
しかしながら、従来のコンデンサーによる調整では、電極間の距離を調整するという機械的な調整方法であるために、調整時間の短縮には限界があり、早い繰り返しを行うシンクロサイクロトロンでの短時間での電流の周波数調整に対応することができないという問題がある。
【0012】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、荷電粒子を加速するための加速電極と、加速電極に電力を供給する高周波電源とのインピーダンス整合をとる際の調整時間の短縮化を図ることが可能な調整回路を備えた粒子加速器及びそれを用いた荷電粒子線照射装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の粒子加速器は、荷電粒子を加速させるシンクロサイクロトロンであって、荷電粒子を加速させる加速電極と、加速電極に電力を供給する高周波電源と、加速される荷電粒子のエネルギーに基づいて、高周波電源から供給される電力の周波数を調整する制御部と、コイル及びコンデンサーを有し加速電極と高周波電源との間のインピーダンス整合をとる整合回路と、を備え、整合回路は、コイルのインダクタンスを電気的に調整するインダクタンス調整部を有することを特徴としている。
【0014】
また、本発明の荷電粒子線照射装置は、上記のシンクロサイクロトロンを備え、当該シンクロサイクロトロンから出射された荷電粒子線を被照射体へ照射することを特徴としている。
【0015】
本発明によれば、シンクロサイクロトロンにおいて、加速電極と高周波電源とのインピーダンス整合をとる整合回路の常数の調整を電気的に行うことが可能であるため、従来と比較して高い応答速度(短時間)で調整を行うことができる。例えば、整合回路は、高周波電源から供給される電力の周波数の調整に応じて、コイルのインダクタンスを調整することが好適である。
【0016】
また、このようなシンクロサイクロトロンを備えた荷電粒子線照射装置によれば、安定的に高エネルギーの荷電粒子線をシンクロサイクロトロンから取り出せるので、高エネルギーのビームを安定的に照射することが可能である。
【0017】
ここで、上記作用を奏するシンクロサイクロトロンの具体的な構成としては、インダクタンス調整部は、コイルのインダクタンスを調整するための円環状のフェライトと、フェライトに巻き付けられたバイアス巻線と、バイアス巻線にバイアス電流を供給するバイアス電源と、バイアス巻線に供給するバイアス電流を増減するバイアス電流調整部と、を備えることが挙げられる。このような構成の粒子加速器によれば、コイルの巻き線に供給する電流の増減を調整することで、フェライトの透磁率μを変更して、整合回路の常数を短時間で調整することができる。
【発明の効果】
【0018】
このように本発明によれば、荷電粒子を加速するための加速電極と、加速電極に電力を供給する高周波電源とのインピーダンス整合をとる際の調整時間の短縮化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施形態に係るシンクロサイクロトロンの整合回路を示す概略構成図である。
【図2】図1に示す整合回路のコイルのインダクタンスを可変とするインダクタンス調整部を示す概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明に係る粒子加速器の好適な実施形態について図面を参照しながら説明する。なお、図面の説明において、同一又は相当要素には同一の符号を付し重複する説明は省略する。また、上下左右等の位置関係は、図面の位置関係に基づくものとする。本実施形態では、粒子加速器をシンクロサイクロトロンとした場合について説明する。
【0021】
図1は、本発明の実施形態に係るシンクロサイクロトロンの整合回路を示す概略構成図である。シンクロサイクロトロン1は、陽子ビーム(荷電粒子ビーム)を生成するものであり、図示しないイオン源から供給されるイオン(水素の陽イオン)を真空容器2の内部で加速させて、陽子ビームを生成し、出射する。
【0022】
シンクロサイクロトロン1は、上下に対向して配置された一対の鉄心(ヨーク、不図示)と、高周波電力が供給される加速電極(ディー電極)3とを備え、鉄心によって真空容器2内に磁場が形成され、イオンがらせん状に加速され、周回軌道の半径が大きくなるにつれて速度が増加する。
【0023】
また、シンクロサイクロトロン1は、高周波電源4、制御部5及び整合回路10を備えている。高周波電源4は、加速電極3に高周波の電力を供給するための電力源である。制御部5は、加速電極3で加速されるイオンのエネルギーに基づいて、高周波電源4から供給される電力の周波数を調整する。制御部5は、加速電極3、高周波電源4及び整合回路10と電気的に接続されている。整合回路10は、高周波電源4と加速電極3との間のインピーダンス整合をとるマッチング回路として機能する。
【0024】
整合回路10の入力端子13,14は、高周波電源4に接続され、整合回路10の出力端子15,16は、加速電極3に接続されている。整合回路10には、入力端子13と出力端子15とを電気的に接続する導線11、及び入力端子14と出力端子16とを電気的に接続する導線12が設けられている。また、整合回路10は、導線11,12間で並列に接続された可変コンデンサー21及び可変コンデンサー22を備え、可変コンデンサー21は入力端子13,14側に接続され、可変コンデンサー22は出力端子15,16側に接続されている。
【0025】
ここで、整合回路10は、導線11に直列に接続されたコイル23を備え、コイル23のインダクタンスL1を電気的に調整することで、高周波電源4のインピーダンスZ4と加速電極3のインピーダンスZ3との整合をとることが可能な構成とされている。
【0026】
図2は、図1に示す整合回路のコイルのインダクタンスを可変とするインダクタンス調整部を示す概略構成図である。整合回路10は、コイル23のインダクタンスL1を電気的に調整するインダクタンス調整部30を備えている。インダクタンス調整部30は、コイル23のインダクタンスL1を調整するための円環状のフェライト(磁性体)24と、フェライト24に巻き付けられたバイアス巻線25と、バイアス巻線25にバイアス電流を供給するバイアス電源31と、フェライト24に伝わる高周波電力がバイアス電源31に伝わらないようにするRFフィルター32とを備えている。
【0027】
フェライト24には、コイル(RFコイル)23が1/2ターンで巻かれている。RFフィルター32の入力端子33,34は、バイアス電源31に接続され、RFフィルター32の出力端子35,36は、バイアス巻線25に接続されている。RFフィルター32には、入力端子33と出力端子35とを電気的に接続する導線37、及び入力端子34と出力端子36とを電気的に接続する導線38が設けられている。また、インダクタンス調整部30は、導線37,38間で並列に接続されたコンデンサー41,42を備え、コンデンサー41は入力端子33,34側に接続され、コンデンサー42は出力端子35,36側に接続されている。また、RFフィルター32の導線37には、フィルター43が直列に接続されている。
【0028】
バイアス電源31から出力されたバイアス電流は、バイアス巻線25に供給される。バイアス電源31は、バイアス巻線25に供給するバイアス電流を増減する機能(バイアス電流調整部)を有する。バイアス電源31は、バイアス巻線25に供給されるバイアス電流を増減させて、フェライト24の透磁率μを変更することで、整合回路10のコイル23のインダクタンスL1を調整することができ、整合回路10の常数を短時間で調整することができる。ここでいう整合回路10の常数とは、コイル23のインダクタンスL又はコンデンサー21,22の容量を指す。バイアス電源31では、例えば、バイアス電流を増加させることで、フェライト23の透磁率μを低くし、コイル23のインダクタンスL1を低下させる。
【0029】
このように本実施形態のシンクロサイクロトロン1によれば、整合回路10の常数を電気的に調整することができるため、従来と比較して高い応答速度(例えば1ms)で調整を行うことができる。シンクロサイクロトロン1では、整合回路10によって、加速電極3と高周波電源4とのインピーダンス整合をとり、加速電極3へ供給する高周波電力の周波数調整を好適に行うことができる。シンクロサイクロトロン1では、加速電極3に供給する電力の周波数を低下させる。これにより、荷電粒子のエネルギーが高くなることで生じる周期遅れを回避することができ、好適に荷電粒子を加速させて、高強度のビーム電流を得ることができる。
【0030】
また、本実施形態のシンクロサイクロトロン1は、例えばがん治療に適用される陽子線治療装置(荷電粒子線照射装置)に採用することができる。陽子線治療装置は、シンクロサイクロトロン1を備え、シンクロサイクロトロン1から出射された陽子ビームを、患者の体内の腫瘍(被照射体)に対して照射する。
【0031】
本実施形態に係るシンクロサイクロトロン1を備えた陽子線治療装置によれば、安定的に高エネルギーの陽子ビームをシンクロサイクロトロン1から取り出せるので、高エネルギーのビームを安定的に照射することが可能である。
【0032】
以上、本発明の実施形態について詳細に説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。粒子線(荷電粒子)は陽子ビームに限定されず、炭素ビーム(重粒子ビーム)などでも良い。
【符号の説明】
【0033】
1…シンクロサイクロトロン(粒子加速器)、2…真空容器、3…加速電極(ディー電極)、4…高周波電源(RF電源)、5…制御部、10…整合回路(マッチング回路)、23…コイル(インダクタンス素子)、24…フェライト、25…バイアス巻線、30…インダクタンス調整部、31…バイアス電源(バイアス電流調整部)、32…RFフィルター。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子を加速させるシンクロサイクロトロンであって、
前記荷電粒子を加速させる加速電極と、
前記加速電極に電力を供給する高周波電源と、
加速される前記荷電粒子のエネルギーに基づいて、前記高周波電源から供給される前記電力の周波数を調整する制御部と、
コイル及びコンデンサーを有し前記加速電極と前記高周波電源との間のインピーダンス整合をとる整合回路と、を備え、
前記整合回路は、前記コイルのインダクタンスを電気的に調整するインダクタンス調整部を有することを特徴とする粒子加速器。
【請求項2】
前記整合回路は、前記高周波電源から供給される前記電力の周波数の調整に応じて、前記コイルのインダクタンスを調整することを特徴とする請求項1に記載の粒子加速器。
【請求項3】
前記インダクタンス調整部は、前記コイルのインダクタンスを調整するための円環状のフェライトと、
前記フェライトに巻き付けられたバイアス巻線と、
前記バイアス巻線にバイアス電流を供給するバイアス電源と、
前記バイアス巻線に供給する前記バイアス電流を増減するバイアス電流調整部と、を備えることを特徴とする請求項1または2に記載の粒子加速器。
【請求項4】
請求項1〜3の何れか1項に記載のシンクロサイクロトロンを備え、
前記シンクロサイクロトロンから出射された荷電粒子線を被照射体へ照射する荷電粒子線照射装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−234769(P2012−234769A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−104329(P2011−104329)
【出願日】平成23年5月9日(2011.5.9)
【出願人】(000002107)住友重機械工業株式会社 (2,241)
【Fターム(参考)】