説明

粒子線がん治療システム及び照射方法

【課題】 粒子線を利用するがん治療システムにおいて、照射野の飛程終端に均一な線量分布を形成する。
【解決手段】 本発明は、粒子線照射手段を有する粒子線がん治療システムに関する。前記粒子線照射手段は、粒子線が通過する位置によって失うエネルギーが異なる周期的な厚さ分布を有するリッジフィルタと、粒子線照射中に前記リッジフィルタの空間位置を、粒子線の進行方向に略直交する平面上で変化させる照射中位置変化手段を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粒子線がん治療システム及び照射方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に記載される従来の粒子線がん治療システムは、山部分と谷部分を持つリッジフィルタを用いて、粒子線エネルギーに所定の分布を形成し、粒子線の被照射体における到達深さが所定の幅を持つようにして深さ方向の線量分布を形成している。
【特許文献1】特開平11−285544号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記の粒子線がん治療システムでは、粒子線に所定のエネルギー分布を持たせるための周期的な厚さ分布を有するリッジフィルタが備わる。リッジフィルタの位置によって、通過した粒子線の運動エネルギーは異なるものとなる。従って、リッジフィルタの厚さ分布と該厚さ分布を有する領域の大きさを所定のものにしておけば、リッジフィルタを通過後の粒子線のエネルギーは、全体的に見ると所定の分布を持つ。
【0004】
粒子線がリッジフィルタを通過後、粒子線の持つ進行方向の角度分布によって粒子線が相互に充分混ざり合って被照射領域に到達する場合には、被照射領域の飛程終端に均一な照射線量分布を形成できる。粒子線が陽子線である場合は通常このような条件を満たす。しかし、粒子線が進行方向の角度分散の生じ難い粒子線である場合(例えば、炭素線である場合)は、リッジフィルタを通過後、粒子線は充分な散乱角を得られない。その場合、リッジフィルタの一番薄い場所を通過する粒子線は、リッジフィルタの被照射領域への直進方向による投影位置付近に集中してしまう。そうすると、照射領域の一番深い位置において、横方向線量分布にはリッジフィルタの厚さ分布の周期パターンに対応する不均一性が残ってしまうという問題が生じる。
【0005】
本発明は、粒子線を利用するがん治療システムにおいて、照射野の飛程終端に均一な線量分布を形成することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記の目的を達成するためになされたものである。本発明に係る粒子線がん治療システムは、
粒子線照射手段を有する粒子線がん治療システムであって、
前記粒子線照射手段は、
粒子線が通過する位置によって失うエネルギーが異なる周期的な厚さ分布を有するリッジフィルタと、
粒子線照射中に前記リッジフィルタの空間位置を、粒子線の進行方向に略直交する平面上で変化させる照射中位置変化手段を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係る粒子線がん治療システムでは、照射野の飛程終端において深さ方向に均一な線量分布を形成できる。また、照射中におけるリッジフィルタの位置移動も簡単な機構により実現できるため、治療の精度とスールプットを共に向上させことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
実施の形態1.
図1は、本発明の実施の形態1に係る粒子線がん治療システムの粒子線照射手段の縦断面図である。図2は、本発明の実施の形態1に係る粒子線がん治療システムのリッジフィルタ10の斜視図である。図3は、本発明の実施の形態1に係る粒子線がん治療システムのリッジフィルタ10の拡大断面図である。
【0009】
図1において、粒子線発生装置(図示せず。)より得られる粒子線2は、透過ソースポイント4から被照射体24へ照射される。粒子線2は、第1の拡大手段6により拡大され、更に第2の拡大手段8により拡大される。拡大された粒子線2は、リッジフィルタ10を通過する。リッジフィルタ10を通過した粒子線2は、コリメータ22により所定の形に整形された上で、被照射体24に照射される。
【0010】
図2は、リッジフィルタの通常の構成例であるバーリッジフィルタの斜視図を示している。また、図3は、バーリッジフィルタにおける複数のリッジの断面形状の例を拡大して示している。図2及び3では後で説明するように、リッジフィルタ10がリッジフィルタ10の設置平面において粒子線照射中に回転軸32により回転することを示している。
【0011】
続いて、実施の形態1に係る粒子線がん治療システムの動作を説明する。まず、粒子線発生装置(図示せず。)から(例えば、炭素線イオンを発生するイオン源から)、粒子線(例えば、炭素線)が発生される。荷電粒子加速器などから構成される粒子線加速手段(図示せず。)によって、(例えば)炭素線が水中飛程20cm〜30cm程度に相当する運動エネルギーまで加速された後、電磁石等から構成されるビーム光学系を含む粒子線輸送手段(図示せず。)によって、粒子線照射手段に入射される。
【0012】
粒子線照射手段に入射される粒子線2は、上述のように、例えば運動エネルギーが核子当り約数百MeVである炭素線である。粒子線照射手段に入射される粒子線2は、通常、断面サイズが1センチ未満である。このような粒子線により、腫瘍等を照射するには、粒子線の位置を移動させてスキャンする、若しくはビームサイズを拡大する必要がある。本発明に係る粒子線照射装置ではビームサイズを拡大する。
【0013】
粒子線2は、鉛やタングステンなどの散乱体から構成される第1の拡大手段6に入射されて散乱体中の電子と原子によって散乱される。第1の拡大手段6の通過後は、粒子線2のほぼ前方集中だった進行方向が分散され、粒子線2は所定の角度分布を持つようになる。従って、被照射体24の位置から見れば、粒子線2の断面サイズは、数センチ以上に拡大される。
【0014】
上記の散乱体から構成された第1の拡大手段6のみでは、充分大きいビームサイズが得られない場合がある。そこで、偏向電磁石から構成された第2の拡大手段8により、粒子線ビームを更に広げる。この第2の拡大手段8は、磁場方向が相互に直交する2台の偏向電磁石から構成されればよい。なお、この2台の偏向電磁石は、それぞれ励磁電流パターンが同期するsinωtとcosωtの交流電源から励磁され、従ってこの第2の拡大手段8を通過した粒子線2は円を描くように偏向される。なお、このような拡大手段は既存の従来技術でありワブリング電磁石と称され、上記の円における半径はワブリング半径と称される。
【0015】
上記第1の拡大手段6による粒子線断面の散乱半径と第2の拡大手段8によるワブリング半径を所定比率に調整すれば、被照射体24において、照射領域の中心付近に横方向に略平坦な粒子線分布を形成できる。照射領域の中心から所定距離を隔てた粒子線分布の不均一領域は、コリメータ22で除去される。このコリメータ22は、粒子線2が透過しない厚さの銅で形成される複数の葉状板などで構成される。コリメータ22の開口部が任意の2次元の形状を呈するように、葉状板の配置が制御される。この2次元形状が腫瘍の形状に合わせられれば、腫瘍の存在範囲に合せて照射野が形成される。
【0016】
ところで、一般に粒子線はそのエネルギーによって人体内に入る深さ(飛程)が定まり、その飛程の終端近くでエネルギーを急激に放出して止まる。この現象はブラッグ・ピーク(Bragg Peak)と呼ばれる。この現象を利用して体表面から相応の深さにある腫瘍細胞の殺傷が行われる。ところで、腫瘍は深さ方向に厚みを持つ。従って、粒子線を腫瘍(病巣)に一様に照射するためにはブラッグ・ピークが腫瘍の厚み方向に一様に拡げられる操作が必要になる。この一様に拡げられた線量はSOBP(Spead−Out Bragg Peak:拡大ブラッグ・ピーク)と称されている。
【0017】
上記のように照射野の深さ方向の分布を形成するには、粒子線2のエネルギー分布を調節する必要がある。このために従来から用いられ、且つ、本発明でも用いる方法は、所定の厚さ分布を有するリッジフィルタ10に粒子線2を通過させることである。リッジフィルタ10は、粒子線のエネルギー分布を所定範囲において所定の厚さ分布に従って広げることができる。
【0018】
つまり、粒子線2のリッジフィルタ10における入射位置(図2参照)によって、通過後の粒子線のエネルギーが異なる。例えば、図1に示す第1の通過粒子線26は、リッジフィルタ10に複数備わる(バー)リッジ(山梁)のうちの一つのリッジの一番厚い部位を通過した粒子線である。第2の通過粒子線28と第3の通過粒子線30は、リッジフィルタ10に複数備わる(バー)リッジのうちの二つのリッジの間の谷に相当する部位を通過した粒子線である。ここで、第1の通過粒子線26の粒子線エネルギーは、第2及び第3の通過粒子線28、30よりも低くなり、被照射体24における到達深さも浅くなる。一方、第2及び第3の通過粒子線28、30は、被照射体24において最も深い位置に到達し得る。このように、被照射体24の深さ方向において所定幅を有する照射野が形成される。この所定幅は、一般的にはリッジフィルタ10の一番厚い部分と一番薄い部分の厚さの差によって決められることになる。つまり、夫々のリッジフィルタ10は一般的に、固有のSOBPを形成することになる。なお、リッジフィルタによりブラッグ・ピークが(腫瘍の)厚み方向に拡げられる幅(即ち、SOBPの幅)は、通常1〜20cmである。
【0019】
第1の拡大手段6及び第2の拡大手段8に対して所定の設定パラメータを与えた上で、所定のSOBPを有するリッジフィルタ10を組み合わせれば、被照射体24において所望の3次元の線量領域が形成され得ることになる。
【0020】
しかし、腫瘍照射のためには上記の3次元の線量領域内で線量分布を均一にする必要がある。上記3次元の線量領域内で線量分布を均一なものにするためには、リッジフィルタ10を通過した粒子線のエネルギーが相応に混ぜ合わされなければならない。そのためには、例えば、上記の第2の通過粒子線28と上記の第3の通過粒子線30においては、リッジフィルタ10通過後、被照射体24の照射領域及び飛程に到達するまでに、リッジフィルタ10と被照射体表面の間の空気、及び被照射体内における多次散乱によって、進行方向が相応に分散することが好ましい。
【0021】
粒子線が陽子線である場合は、粒子線が比較的軽いため空気と被照射体とによって充分散乱され、粒子線は照射野において空間的に充分混合され得ることになる。しかし、粒子線が炭素線などの比較的重い粒子の粒子線である場合、散乱が生じ難いため粒子線の飛程終端では均一な照射線量分布とはならず、リッジフィルタ10のリッジの山に相当する位置で線量の谷ができてしまう。つまり、飛程終端位置付近の線量分布には、図4(2)に示すような縞状の周期分布ができてしまう。
【0022】
図4(2)は、核子当りの運動エネルギーが約400MeVである炭素線を、位置が固定されたリッジフィルタ10を介して照射した場合の、水中の照射野飛程終端部でのY方向の線量分布のモンテカルロシミュレーション結果を示す。図4に示すY方向というのは、リッジフィルタ10のリッジ方向(X方向)と垂直な方向である。図4(2)に見られるY方向の線量分布の縞模様の周期は、シミュレーションで用いるリッジフィルタの観測深さ位置における投影像のリッジの周期と同じである。なお比較のために、図4(1)において、同じシミュレーション結果のX方向の線量分布を示す。
【0023】
そこで、粒子線の飛程終端における不均一な照射線量分布を解消するために、本発明の実施の形態1では、図2及び図3に示すように、リッジフィルタ10が、リッジフィルタ10の設置平面において粒子線照射中に回転操作される。
【0024】
上記の回転操作を実現するため次のような構成が取られている。リッジフィルタ10は、ノックピン(図示せず。)と固定治具(図示せず。)によってリッジフィルタ取付けベース12に搭載されている。リッジフィルタ取付けベース12は、支持台14により支持され、支持台14外側に備わるモータ18、及び該モータ18とリッジフィルタ取付けベース12とを繋ぐベルト16により回転される。リッジフィルタ取り付けベース12と支持台14との間にはベアリング20が挟持されている。
【0025】
粒子線の照射中にリッジフィルタ10の回転駆動手段であるモータ18が回転され、ベルト16を経て、リッジフィルタ取り付けベース12が回転される。リッジフィルタ取付けベース12に取り付けられたリッジフィルタ10は、モータ18の回転と共に照射中に回転し、これによりリッジフィルタ10のリッジが様々な方向を向く。ここで、リッジフィルタ10に入射する粒子線2を微細な部位に分けて考察してみると、微細な部位の粒子線の各々はリッジの谷から山まで様々なポジションを通過することになるから、粒子線の飛程終端では、より均一な線量分布が得られるようになる。従って、例えば図4(2)の線量分布シミュレーションで生じる縞状の分布が平均化されることになる。特に、リッジフィルタ10の回転中心より離れた部位において平均化は顕著となる。
【0026】
上記の回転の速度は、粒子線照射間に1回転以上数10回転以下するようなものであればよい。粒子線照射時間は通常1〜10分程度である。
【0027】
以上の説明では、リッジフィルタ10をその設置平面において回転させるとしたが、リッジフィルタ10のリッジの山と谷の位置が入れ替わるように並進運動さるようにしても、粒子線飛程終端付近における線量分布の不均一が均され、より均一な線量分布が得られる。この場合の並進運動は、リッジフィルタ10の厚さ分布周期構造の一周期内で往復するというものであればよい。つまり、照射過程において、リッジフィルタ10のリッジの山谷との位置を変動させるようにすればよい。この並進運動の速度(周期)は、粒子線照射間に往復動作が少なくとも1回あるというようなものでよい。
【0028】
本明細書におけるリッジフィルタは、一定の深さ拡大照射範囲(SOBP)を形成するものであるとしている。がん治療では、腫瘍の大きさに応じてSOBPが変更される必要があるが、その際、リッジフィルタ取付けベース12に取り付けるリッジフィルタ10を変更することによりSOBPが変更されることになればよい。また、リッジフィルタ10を自動的に取り替えるリッジフィルタ変更機構を設けてもよい。
【0029】
実施の形態1に係る粒子線がん治療システムでは、リッジフィルタとして図2や図3に示すようなバーリッジを有するようなリッジフィルタを採り上げたが、これに限定されるものではなく、SOBPを形成できる周期的な厚さ分布を持つリッジフィルタ(例えば、コーンリッジフィルタ)を用いてもよい。また、第1の拡大手段6と第2の拡大手段8の配置位置は、入れ替えられてもよい。
【0030】
なお本明細書では議論を単純にするため、リッジフィルタ通過粒子線の散乱による空間的広がりのみを考察の対象にしている。というのは、実際にはリッジフィルタ10より上流側で粒子線自身の有限サイズと有限エミッタンス(粒子線の進む方向分布を表す量)によっても、粒子線が既に相応の範囲の入射角を持っていると想定されるからであり、この入射角も、例えば第2の通過粒子線28と第3の通過粒子線30の空間的範囲を広げることに寄与するからである。本発明の実効性を議論する際には、この有限エミッタンスの効果を散乱による効果に含めて考察することとする。
【0031】
実施の形態2.
図5は、本発明の実施の形態2に係る粒子線がん治療システムの斜視図である。本発明の実施の形態2に係る粒子線がん治療システムは、本発明の実施の形態1に係る粒子線がん治療システムと略同様のものである。従って、同一部位には同一符号を付して説明を省略する。
【0032】
実施の形態2に係る粒子線がん治療システムでは、各々異なるSOBPを備える照射野を形成する複数のリッジフィルタ10を被照射体に応じて容易に交換できるように、リッジフィルタ10の格納機構が設けられている。図5に示すように、リッジフィルタ格納装置34は円盤状の形状を有し、円盤の外延の近傍に複数のリッジフィルタ10を格納している。夫々のリッジフィルタ10のリッジ方向がリッジフィルタ格納装置34の円盤の半径方向と直交するように、これらのリッジフィルタ10が格納されている。各々のリッジフィルタ10は、夫々個別のSOBPを備える照射野を形成する。
【0033】
リッジフィルタ格納機構34の中央部分はリッジフィルタ交換用モータ部36上に搭載されている。このリッジフィルタ格納機構34は、対応するリッジフィルタを粒子線の経路に移動させるようにリッジフィルタ交換用モータ部36により回転される。また、リッジフィルタ格納機構34とリッジフィルタ交換用モータ部36は、リッジフィルタ移動装置38により水平移動される。このリッジフィルタ移動装置38は、例えばリニアモータから構成されればよい。
【0034】
更に、リッジフィルタ格納機構34、リッジフィルタ交換用モータ部36、及びリッジフィルタ移動装置38は、固定支持装置40により支持されている。リッジフィルタ交換用モータ部36及びリッジフィルタ移動装置38の動作は、照射制御装置46により制御される。
【0035】
粒子線の照射中にはリッジフィルタ10は、図5に示すように、所定の水平方向44に移動される。移動する方向44は、リッジフィルタ移動装置38の移動する方向である。この方向44は、照射中の粒子線の経路に設置されるリッジフィルタ10の設置平面において、リッジフィルタ10のリッジ方向と直交する方向であることが好ましい。
【0036】
粒子線照射手段は実施の形態1と同様に、概略、図1に示すように構成される。但し、図1における点線枠A内のリッジフィルタの交換機能に関わる部分は、図5に示すリッジフィルタ格納機構34により置換されることになる。
【0037】
続いて、実施の形態2に係る粒子線がん治療システムの動作を説明する。粒子線の照射を開始する前に、被照射体にて要求される照射野の深さ方向におけるSOBPに応じて、照射制御装置46は、複数のリッジフィルタ10のうちから所定のSOBPを備える照射野を形成するものを粒子線の経路に持ってくるようにする。このとき、照射制御装置46は、リッジフィルタ交換用モータ部36を回転させてリッジフィルタ格納機構34を動かす。
【0038】
リッジフィルタ格納装置34の各々のリッジフィルタ10は、粒子線の経路上においてリッジ方向が、リッジフィルタ移動装置38の移動方向44と直交することになるように(即ち、リッジフィルタ格納装置34の円盤の半径方向と直交するように)、設置方向が決められている。なお、照射開始後は、リッジフィルタ交換用モータ部36は停止している。
【0039】
粒子線の照射が開始すると、まず、粒子線発生装置(図示せず。)から(例えば、炭素線イオンを発生するイオン源から)、粒子線(例えば、炭素線)が発生される。粒子線加速手段(図示せず。)によって、粒子線が所定の運動エネルギーまで加速された後、粒子線輸送手段(図示せず。)によって、粒子線照射手段に入射される。
【0040】
粒子線照射手段に導かれた粒子線は、散乱体やワブリング電磁石などの拡大手段(第1の拡大手段6、第2の拡大手段8)によって断面サイズが拡大された後、図5に示すリッジフィルタ10に入射される。
【0041】
照射制御装置46は、リッジフィルタ移動装置38を作動し、粒子線の経路上にあるリッジフィルタ10が粒子線を往復運動で横切ることになるようにする。往復運動は、リッジフィルタ10の厚さ分布周期構造の一周期内で往復するというものであればよい。リッジフィルタ10に入射する粒子線2を微細な部位に分けて考察してみると、微細な部位の粒子線の各々はリッジの谷から山まで様々なポジションを通過することになるから、粒子線の飛程終端では、より均一な線量分布が得られるようになる。
【0042】
つまり、実施の形態2に係る粒子線がん治療システムのリッジフィルタ10では、一方向にしか粒子線のエネルギーの混合は起こらないが、混合の方向がリッジと直交する方向即ち、リッジが周期的な厚さ分布を有する方向であるため、結局粒子線の全面に混合が生じることになる。従って、照射野の一番深い領域において、リッジフィルタ10のリッジの並ぶ方向(リッジ方向と直交する方向)における不均一性が均され、より均一な線量分布が得られる。
【0043】
なお、往復運動は、粒子線照射間に少なくとも1往復の半分を移動するというものであればよい。粒子線照射時間は通常1〜10分程度であるから、数10往復であるのが望ましい。
【0044】
実施の形態2に係る粒子線がん治療システムでも、リッジフィルタとして図2や図3に示すようなバーリッジを有するようなリッジフィルタを採り上げたが、これに限定されるものではなく、SOBPを形成できる周期的な厚さ分布を持つリッジフィルタ(例えば、コーンリッジフィルタ)を用いてもよい。
【0045】
実施の形態3.
図6は、本発明の実施の形態3に係る粒子線がん治療システムの斜視図である。本発明の実施の形態3に係る粒子線がん治療システムは、本発明の実施の形態2に係る粒子線がん治療システムと略同様のものである。但し、本実施の形態3に係る粒子線がん治療システムでは、リッジフィルタ格納機構34がリッジフィルタ10を格納する仕組み、及び、リッジフィルタ格納機構34の動作する仕組みが異なる。
【0046】
リッジフィルタ格納機構34は、実施の形態2と同様に円盤状の形状を有し、円盤の外延において、各々異なるSOBPを備える照射野を形成する複数のリッジフィルタ10を格納している。ここで、リッジフィルタ10の(バー)リッジがリッジフィルタ格納機構34の円盤の中心に概ね向くように、それらリッジフィルタ10が設置されている。
【0047】
リッジフィルタ格納機構34の中央部分は、リッジフィルタ交換・移動用モータ部362の上に搭載されている。このリッジフィルタ格納機構34は、対応するリッジフィルタを粒子線の経路に移動させるようにリッジフィルタ交換・移動用モータ部362により回転される。この回転方向は図6において矢印42で示されている。
【0048】
また、粒子線の照射中にはリッジフィルタ10は、図6に示すように、所定の方向44に比較的小さく移動するように、リッジフィルタ交換・移動用モータ部362により回転される。この方向44は、照射中の粒子線の経路に設置されるリッジフィルタ10の設置平面において、リッジフィルタ10のリッジ方向と略直交する方向であるのが好ましい。これらのリッジフィルタ交換・移動用モータ部362の回転の動作は、照射制御装置46により制御される。
【0049】
粒子線照射手段は実施の形態1と同様に、概略、図1に示すように構成される。但し、図1における点線枠A内のリッジフィルタの交換機能に関わる部分は、図6に示すリッジフィルタ格納機構34により置換されることになる。
【0050】
続いて、実施の形態3に係る粒子線がん治療システムの動作を説明する。粒子線の照射を開始する前に、被照射体にて要求される照射野の深さ方向におけるSOBPに応じて、照射制御装置46は、複数のリッジフィルタ10のうちから所定のSOBPを備える照射野を形成するものを粒子線の経路に持ってくるようにする。このとき、照射制御装置46は、リッジフィルタ交換・移動用モータ362を回転させてリッジフィルタ格納機構34を動かす。
【0051】
粒子線の照射が開始すると、まず、粒子線発生装置(図示せず。)から(例えば、炭素線イオンを発生するイオン源から)、粒子線(例えば、炭素線)が発生される。粒子線加速手段(図示せず。)によって、粒子線が所定の運動エネルギーまで加速された後、粒子線輸送手段(図示せず。)によって、粒子線照射手段に入射される。
【0052】
粒子線照射手段に導かれた粒子線は、散乱体やワブリング電磁石などの拡大手段(第1の拡大手段6、第2の拡大手段8)によって断面サイズが拡大された後、図6に示すリッジフィルタ10に入射される。
【0053】
照射制御装置46は、リッジフィルタ交換・移動用モータ部362を作動し、粒子線の経路上にあるリッジフィルタ10が粒子線を往復運動(移動)で横切ることになるようにする。つまり、照射制御装置46は、リッジフィルタ10が設置された位置の近傍で、リッジフィルタ10の(リッジフィルタ格納機構34の円盤の回転角における)角度位置が小さい範囲内で変動するように、リッジフィルタ10を含むリッジフィルタ格納機構34を往復移動させる。往復運動(移動)は、リッジフィルタ10の厚さ分布周期構造の一周期内で往復するというものであればよい。このようにすれば、リッジフィルタ10に入射する粒子線2を微細な部位に分けて考察してみると、微細な部位の粒子線の各々はリッジの谷から山まで様々なポジションを通過することになるから、粒子線の飛程終端では、より均一な線量分布が得られるようになる。上述の往復移動は、一往復の半分だけ移動を行うスウィップ(一掃)移動であってもよい。
【0054】
なお、往復運動(移動)は、粒子線照射間に少なくとも1往復の半分を移動するというものであればよい。粒子線照射時間は通常1〜10分程度であるから、数十往復をするのが望ましい。
【0055】
実施の形態3に係る粒子線がん治療システムのリッジフィルタ10でも実施の形態2と同様に、一方向にしか粒子線のエネルギーの混合は起こらないが、混合の方向がリッジと直交する方向、即ち、リッジが周期的な厚さ分布を有する方向であるため、結局粒子線の全面に混合が生じることになる。
【0056】
実施の形態2に比べると、実施の形態3に係る粒子線がん治療システムは、リッジフィルタを交換するための手段と、粒子線照射中にリッジフィルタを移動させる手段とを、一つのモータ部362とそのモータ部362を動かす照射制御装置46とで構成している。従って全体のコストをより抑えることができる。
【0057】
なお、実施の形態3に関する以上の説明では、リッジフィルタ格納機構34を回転式のものとした。ここでリッジフィルタを、リニアモータ等で直進駆動されるレール上に直線状に、且つ、リッジ方向がレール直進方向と直交するように、設置すれば、同様の効果が得られる。つまり、照射制御装置とリニアモータなどの駆動手段を用いて、リッジフィルタを交換するための手段と、粒子線照射中にリッジフィルタを移動させる手段を構成すれば、粒子線の飛程終端にて均一な線量分布が得られることが期待できる。
【0058】
実施の形態3に係る粒子線がん治療システムでも、リッジフィルタとして図2や図3に示すようなバーリッジを有するようなリッジフィルタを採り上げたが、これに限定されるものではなく、SOBPを形成できる周期的な厚さ分布を持つリッジフィルタ(例えば、コーンリッジフィルタ)を用いてもよい。
【0059】
実施の形態4.
図7は、本発明の実施の形態3に係る粒子線がん治療システムを利用して行う粒子線照射方法のフローチャートの例である。図6及び図7を用いて、本発明に係る粒子線照射方法の一例を以下に説明する。
【0060】
(ステップ1) 粒子線加速手段から出射される粒子線ビームのエネルギーとビーム電流を選択し、設定する。
【0061】
(ステップ2) 粒子線輸送手段における電磁石などのパラメータを設定する。
【0062】
(ステップ3) 粒子線を患者に向けて照射する粒子線照射手段に備わるビーム拡大手段のパラメータなどを決定し、対応する拡大手段(第1の拡大手段6、第2の格段手段8)のパラメータをセットする。
【0063】
(ステップ4) 粒子線ビームの飛程変調をもたらすSOBP形成手段(リッジフィルタ)のパラメータを、必要とされる照射野のSOBP幅に応じてセットし、対応するSOBP形成手段であるリッジフィルタなどを選択し、粒子線の経路に設定する。
【0064】
(ステップ5) 粒子線照射中における、リッジフィルタの空間位置変動パターンを照射制御装置に設定する。
【0065】
(ステップ6) リッジフィルタを通過した粒子線を所定形状に整形するためのコリメータに関するパラメータをセットする。
【0066】
(ステップ7) 被照射体である患者の位置の確認を行う。
【0067】
(ステップ8) 線量モニタのプリセット値を治療計画などの結果に基づき設定する。
【0068】
(ステップ9) 粒子線の照射を開始する。粒子線加速手段から粒子線ビームを出射させ、粒子線照射手段にビームを入射させる。
【0069】
(ステップ10) 照射制御装置46において、上記ステップ5にて選択し設定したリッジフィルタの粒子線照射中の空間位置変動パターンに従って、リッジフィルタを所定方向の小範囲内で往復移動若しくは一掃(スウィップ)移動させる。移動はリッジフィルタの厚さ分布変動が存在する方向において行う。その結果、照射中に、リッジフィルタの各々のリッジが隣り合うリッジの位置まで移動できることになり、リッジの厚さ分布に起因する飛程終端における線量の不均一を低減できる。
【0070】
(ステップ11) 照射中に、線量モニタにて設定した線量が照射されたかどうかをチェックし、線量満了の場合、ステップ12に移り、線量満了していない場合は、ステップ10に移る。
【0071】
(ステップ12) 照射を終了させ、停止する。
【0072】
なお、本実施の形態4では、所定のSOBPを備える照射野を形成するSOBP形成手段(リッジフィルタ)の空間位置を、リッジの厚さ分布が周期的に変化する方向において、その厚さ分布周期の空間長さの半分以上移動させることが重要である。また、必要に応じて、ステップ9、ステップ10及びステップ11以外の上記ステップの入れ替えをしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】本発明の実施の形態1に係る粒子線がん治療システムの粒子線照射手段の縦断面図である。
【図2】本発明の実施の形態1に係る粒子線がん治療システムのリッジフィルタの斜視図である。
【図3】本発明の実施の形態1に係る粒子線がん治療システムのリッジフィルタの拡大断面図である。
【図4】核子当りの運動エネルギーが約400MeVである炭素線を、位置が固定されたリッジフィルタを介して照射した場合の、水中の照射野飛程終端部でのY方向の線量分布のモンテカルロシミュレーション結果(図4(2))と、同じシミュレーション結果のX方向の線量分布(図4(1))である。
【図5】本発明の実施の形態2に係る粒子線がん治療システムの斜視図である。
【図6】本発明の実施の形態3に係る粒子線がん治療システムの斜視図である。
【図7】本発明に係る粒子線がん治療システムにおける粒子線照射方法のフローチャートの例である。
【符号の説明】
【0074】
2 粒子線、 4 透過ソースポイント、 6 第1の拡大手段、 8 第2の拡大手段、 10 リッジフィルタ、 12 リッジフィルタ取付けベース、 14 支持台、 16 ベルト、 18 モータ、 20 ベアリング、 22 コリメータ、24 被照射体、 26 第1の通過粒子線、 28 第2の通過粒子線、 30 第3の通過粒子線、 32 回転軸、 34 リッジフィルタ格納機構、 36 リッジフィルタ交換用モータ部、 362 リッジフィルタ交換・移動用モータ部、 38 リッジフィルタ移動装置、 40 固定支持装置、 46 照射制御装置。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
粒子線照射手段を有する粒子線がん治療システムであって、
前記粒子線照射手段は、
粒子線が通過する位置によって失うエネルギーが異なる周期的な厚さ分布を有するリッジフィルタと、
粒子線照射中に前記リッジフィルタの空間位置を、粒子線の進行方向に略直交する平面上で変化させる照射中位置変化手段を含むことを特徴とする粒子線がん治療システム。
【請求項2】
前記照射中位置変化手段が、前記リッジフィルタを、リッジフィルタの設置平面内において、粒子線の進行方向の軸であってリッジフィルタの略中央を通る軸の周りで、回転動作させることを特徴とする請求項1に記載の粒子線がん治療システム。
【請求項3】
前記照射中位置変化手段が、前記リッジフィルタを、リッジフィルタの設置平面内において、リッジが周期的な厚さ分布を有する方向に略平行する方向に往復動作させることを特徴とする請求項1に記載の粒子線がん治療システム。
【請求項4】
円盤状の形状を有し、円盤の外延の近傍に複数のリッジフィルタを格納するリッジフィルタ格納手段と、
前記リッジフィルタ格納手段を回転させて、粒子線が通過するリッジフィルタを交換する交換手段を、更に有し、
前記リッジフィルタ格納手段は、夫々のリッジフィルタにおいてリッジが周期的な厚さ分布を有する方向が、リッジフィルタ格納手段の円盤の中心を向くように、各リッジフィルタを格納していることを特徴とする請求項3に記載の粒子線がん治療システム。
【請求項5】
前記照射中位置変化手段が、前記リッジフィルタを、リッジフィルタの設置平面内において、粒子線の進行方向の軸であってリッジフィルタの外を通る軸の周りで、所定の角度範囲内で往復動作させることを特徴とする請求項1に記載の粒子線がん治療システム。
【請求項6】
円盤状の形状を有し、円盤の外延に複数のリッジフィルタを格納しており、円盤の中心が上記軸と一致しているリッジフィルタ格納手段と、
前記リッジフィルタ格納手段を回転させて、粒子線が通過するリッジフィルタを交換する交換手段を、更に有し、
前記リッジフィルタ格納手段は、夫々のリッジフィルタにおいてリッジが周期的な厚さ分布を有する方向が、リッジフィルタ格納手段の円盤の中心を向く方向と略直交するように、リッジフィルタを格納していることを特徴とする請求項5に記載の粒子線がん治療システム。
【請求項7】
レールを有し、レールの上に複数のリッジフィルタを格納するリッジフィルタ格納手段と、
前記リッジフィルタ格納手段をレールに沿う方向に直進駆動させて、粒子線が通過するリッジフィルタを交換する交換手段を、更に有し、
前記リッジフィルタ格納手段は、夫々のリッジフィルタにおいてリッジが周期的な厚さ分布を有する方向が、レールに沿う方向に一致するように、リッジフィルタを格納していることを特徴とする請求項3に記載の粒子線がん治療システム。
【請求項8】
(1)粒子線ビームのSOBP形成手段を選択し、選択されたSOBP形成手段を粒子線の経路に配置させるステップ、
(2)粒子線ビームのSOBP形成手段の粒子線照射中における空間位置の変化パターンを設定するステップ、
(3)線量モニタのプリセット値を設定するステップ、
(4)照射を開始するステップ、
(5)照射中に上記(2)のステップで設定したSOBP形成手段の空間位置の変化パターンに従い、SOBP形成手段の空間位置を所定範囲内で変化させるステップ、
(6)照射中に線量モニタで線量モニタのプリセット値が満了されたかを確認し、満了でなければ上記(5)のステップに戻って繰り返し、満了であれば(7)のステップに進むステップ、及び、
(7)照射を停止するステップ
を備えることを特徴とする粒子線照射方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−75245(P2007−75245A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−264993(P2005−264993)
【出願日】平成17年9月13日(2005.9.13)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】