説明

粒子線治療システム

【課題】
スポットスキャニング法などの高精度な粒子線治療に好適な照射ビームを実現する。
【解決手段】
上記課題を達成するための粒子線治療システムは、荷電粒子ビームを所定のエネルギーまで加速し、安定限界を越えた前記荷電粒子ビームを出射するシンクロトロンと、前記荷電粒子ビームを照射対象に照射する照射装置と、前記シンクロトロンから出射した前記荷電粒子ビームを前記照射装置に輸送するビーム輸送系と、前記シンクロトロンを周回する前記荷電粒子ビームの一部を除去した後、周回する他の前記荷電粒子ビームを前記シンクロトロンから出射して前記照射装置に輸送するように制御する制御装置を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シンクロトロンを用いた粒子線治療システムに係り、高精度な治療照射が可能な粒子線治療システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年の高齢化社会を反映し、がん治療法の一つとして、低侵襲で体に負担が少なく、治療後の生活の質が高く維持できる放射線治療が注目されている。その中でも、加速器で加速した陽子や炭素などの荷電粒子ビーム(イオンビーム)を用いた粒子線治療システムが、患部への優れた線量集中性のため特に有望視されている。粒子線治療システムは、イオン源で発生した荷電粒子ビームを光速近くまで加速するシンクロトロンなどの加速器と、加速器から出射した荷電粒子ビームを輸送するビーム輸送系と、患部の位置や形状に合わせて荷電粒子ビームを患者に照射する照射装置から構成される(例えば、特許文献1)。
【0003】
従来、粒子線治療システムの照射装置では、患部の形状に合わせて荷電粒子ビームを照射する際、散乱体でビーム径を拡大したのちコリメータで周辺部を削って荷電粒子ビームを整形していた。ところが、散乱体を用いた照射方法では、ビーム利用効率を向上させること、中性子の発生を低減させること、また患部形状と照射領域との一致度を向上させること等の課題がある。そこで最近、より高精度な照射方法として、加速器から細い径の荷電粒子ビームを取り出して電磁石で偏向し患部形状に合わせて走査するスキャニング照射法の市場ニーズが高まっている。
【0004】
スキャニング照射法では、3次元的な患部形状を深さ方向の複数の層に分割し、各層を更に2次元的に分割して複数の照射スポットSPを設定する。深さ方向には荷電粒子ビームのエネルギーを変更して各層を選択的に照射し、各層内では電磁石で照射する荷電粒子ビームを2次元的に走査して各照射スポットに所定の線量を与える。照射スポットSPと照射スポットSPとの間を移動中に照射ビームを連続的にONし続ける方法をラスタースキャニング、一方、移動中に照射ビームをOFFする方法をスポットスキャニングという。スポットスキャニング法について、特許文献2に公開されている。
【0005】
図8を用いて、従来のスポットスキャニング法について説明する。図8は、スポットスキャニング法を用いた粒子線治療システムの運転シーケンスに関して、加速終了後の出射準備期間と出射開始直後のタイミングチャートを示す。スポットスキャニング法では、ビーム走査を停止した状態で各照射スポットSPに所定の線量を照射し、荷電粒子ビームをOFFしてから走査電磁石の励磁量を変更して次の照射スポットSPに移動する。すなわち、各照射スポットSPでの線量分布の重ね合わせで照射野全体(患部)の線量分布が形成される。
【0006】
シンクロトロンからの荷電粒子ビームの出射法として、特許文献3で公開されている技術が用いられる。特許文献3では、シンクロトロンを周回する荷電粒子ビーム(周回ビーム)に高周波を印加して周回ビームのベータトロン振動振幅を増大させて、安定限界を超えたベータトロン振動振幅の大きいビーム粒子をシンクロトロンから出射する技術を開示している。この方法では、シンクロトロンの出射関連機器の運転パラメータを出射中に一定に設定できるため、シンクロトロンから出射する荷電粒子ビームの軌道安定度が高く、照射ビームの高い位置精度を達成できる。
【0007】
【特許文献1】特許2833602号公報
【特許文献2】特許3874766号公報
【特許文献3】特許2596292号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
スポットスキャニング法では、高精度な治療照射を実現するために、荷電粒子ビームの位置精度とともに、ビームサイズの精度向上が必須となる。そこで、本発明者らは、シンクロトロンを用いた粒子線治療システムにおいて、より高精度な治療照射を実現すべく、実験を行った。その結果、シンクロトロンから出射される荷電粒子ビームは、出射開始直後において、ビームサイズの再現性が低く、また、ビーム軌道の安定度が低いことが明らかとなった。この実験結果について、以下のように考察する。
【0009】
実際のシンクロトロンの運転では、前段加速器から入射した荷電粒子ビームを所定のエネルギーまで加速する過程で様々なビーム不安定性が発生しうる。特に、シンクロトロンへの入射直後の低エネルギー領域では荷電粒子ビームを構成する粒子同士の反発力(空間電荷効果)により、一部のビーム粒子はシンクロトロンを周回する際の設計軌道に対する振動(ベータトロン振動)振幅が急激に大きくなり、真空ダクトや構成機器の壁に衝突して失われる。
【0010】
そのようなビーム不安定性を受けながら所定のエネルギーに到達した加速終了後の荷電粒子ビームは、図10に示したような位相空間内の粒子分布となる。ビーム粒子は、設計軌道を中心にして水平及び垂直方向にベータトロン振動しながら周回する。図10(A)は加速終了後の水平方向の位相空間、図10(B)は加速終了後の垂直方向の位相空間を示したものである。図10の横軸は設計軌道からのずれ(位置P)で、縦軸は設計軌道に対する傾き(角度θ)である。加速終了後の荷電粒子ビームの粒子分布は、中心部のコアとなる部分と、コア部分以外にハローと呼ばれる周辺部を有する。ビーム不安定性の影響で水平及び垂直方向に振動振幅(エミッタンス)が大きくなったビーム粒子がハローを形成する。ビーム不安定性の程度には再現性がないため、ハロー形成の程度にも再現性がない。
【0011】
シンクロトロンからの荷電粒子ビームの出射は、ベータトロン振動振幅(エミッタンス)が大きく、安定限界を超えたビーム粒子から進行する。これを考慮すると、シンクロトロンを周回するビーム粒子のうちハローを形成するビーム粒子(ハロービーム粒子)から出射されると考えられる。そのため、出射開始直後に、シンクロトロンから出射される荷電粒子ビーム(出射ビーム)のエミッタンスは再現性が乏しく、シンクロトロンから出射開始した直後における照射装置でのビームサイズの再現性やビーム軌道の安定度が低くなると考えられる。また、本発明者らによる実験によって、シンクロトロンからビーム粒子を出射すると、時間経過とともに、ビーム粒子のエミッタンスが急激に小さくなることが分かった。ハロービーム粒子の出射の進行とともに出射ビームのエミッタンスが急激に小さくなるためと考えられる。
【0012】
本発明の目的は、シンクロトロンを用いた粒子線治療システムにおいて、高精度な粒子線治療に好適な照射ビームを実現すること、即ち、照射ビームの位置精度とともにビームサイズの精度を向上することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の目的を達成するための粒子線治療システムは、荷電粒子ビームを所定のエネルギーまで加速し、安定限界を越えた前記荷電粒子ビームを出射するシンクロトロンと、前記荷電粒子ビームを照射対象に照射する照射装置と、前記シンクロトロンから出射した前記荷電粒子ビームを前記照射装置に輸送するビーム輸送系と、前記シンクロトロンを周回する前記荷電粒子ビームの一部を除去した後、周回する他の前記荷電粒子ビームを前記シンクロトロンから出射して前記照射装置に輸送するように制御する制御装置を有する。
【0014】
より具体的には、前記シンクロトロンが、前記安定限界を変更する多重極電磁石を有し、前記制御装置は、前記多重極電磁石を制御して前記安定限界の大きさを縮小し、前記縮小した安定限界を越えた前記一部の荷電粒子ビームを、前記シンクロトロン又は前記ビーム輸送系で除去する。
【0015】
あるいは、前記シンクロトロンが、前記荷電粒子ビームのベータトロン振動振幅を変更する出射装置を有し、前記制御装置は、前記出射装置を制御して前記ベータトロン振動振幅を増大し、安定限界を越えた前記一部の荷電粒子ビームを、前記シンクロトロン又は前記ビーム輸送系で除去する。
【0016】
更に望ましくは、前記ビーム輸送系が、二極磁場を発生させる偏向電磁石を有し、前記ビーム輸送系で前記荷電粒子ビームを除去する場合、前記偏向電磁石が、前記シンクロトロンから出射された前記一部の荷電粒子ビームを除去する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、照射ビームの高い位置精度とともにビームサイズの精度を向上でき、高精度な粒子線治療に好適な照射ビームを実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の粒子線治療システムを実現する好適な実施形態を図面を用いて説明する。
【実施例1】
【0019】
実施例1の粒子線治療システムの構成を図1に示す。本実施例の粒子線治療システム100は、ライナックのような前段加速器11で予備加速した荷電粒子ビームを所定のエネルギーまで加速したのち出射するシンクロトロン200と、シンクロトロン200から出射された荷電粒子ビームを治療室400まで導くビーム輸送系300と、治療室400で患者41の患部形状(照射対象)に合わせて荷電粒子ビームを照射する照射装置500と、制御装置600から構成される。
【0020】
シンクロトロン200は、前段加速器11で予備加速した荷電粒子ビームを入射する入射装置24と、荷電粒子ビームを偏向し一定の軌道上を周回させる偏向電磁石21と、荷電粒子ビームが広がらないように水平/垂直方向に収束力を与える収束/発散型の四極電磁石22と、四極電磁石22の励磁用電源22Aと、高周波加速電圧で荷電粒子ビームを所定のエネルギーまで加速する加速空胴25と、周回する荷電粒子ビームの振動振幅に対して安定限界を形成する六極電磁石23と、六極電磁石23の励磁用電源23Aと、高周波電磁場で荷電粒子ビームの振動振幅を増大して安定限界を超えさせる出射装置26と、出射装置26に出射用高周波電力を供給する高周波電源26Aと、安定限界を超えた荷電粒子ビームを静電場や静磁場で偏向してシンクロトロン200の外部に取り出す出射偏向装置27と、出射偏向装置27の励磁用電源(あるいは高電圧電源)27Aから構成される。
【0021】
ビーム輸送系300は、シンクロトロン200の出射ビームを磁場で偏向して所定の設計軌道に沿って治療室400に導く偏向電磁石31と、輸送中に荷電粒子ビームが広がらないように水平/垂直方向に収束力を与える収束/発散型の四極電磁石32と、治療室内の照射装置500への荷電粒子ビームの供給をON/OFFするビーム遮断用電磁石33と、ビーム遮断用電磁石33の励磁用電源33Aと、ビーム遮断用電磁石で除去したビーム成分を廃棄するビームダンプ34から構成する。ビーム遮断用電磁石33は、2極磁場を発生させる偏向電磁石である。ビーム遮断用電磁石33としては、励磁した際の2極磁場で不要ビーム成分を偏向してビームダンプ34で廃棄する方法と、励磁した際の2極磁場で偏向したビーム成分のみ照射装置500に供給する方法がある。前者はビーム輸送系の調整が簡単であり、後者は機器の異常時に照射装置500への荷電粒子ビームの供給が遮断されるので安全性が高い。
【0022】
照射装置500は、図9(B)に示すように、ビーム輸送系300で導かれた荷電粒子ビームを水平及び垂直方向に偏向し、患部42の断面形状に合わせて2次元的に走査する走査電磁石51a,51bと、走査電磁石51a,51bの励磁用電源500Aと、荷電粒子ビームの位置,サイズ(形状),線量を監視する各種ビームモニタ52a,52bから構成される。
【0023】
制御装置600は、四極電磁石22の励磁用電源22A,出射装置26に出射用高周波電力を供給する高周波電源26A,出射偏向装置27の励磁用電源(あるいは高電圧電源)27A,ビーム遮断用電磁石33の励磁用電源33A,走査電磁石51a,51bの励磁用電源500Aに接続され、それぞれを制御する。
【0024】
本実施例の粒子線治療システムは、照射方法としてスポットスキャニング法を用いる。図9(A),図9(B)を用いて、スポットスキャニング法について説明する。図9(A)は、深さ方向に分割した患部の一つの層を、照射する荷電粒子ビームの上流側から見た図である。3次元的な患部形状を深さ方向の複数の層に分割し、各層を更に2次元的に分割して複数の照射スポットSPを設定する。深さ方向には、シンクロトロン200の出射ビームのエネルギーを変更するなどして、照射ビームのエネルギーを変更して各層を選択的に照射する。各層内では、図9(A)に示すように、走査電磁石51で照射ビームを2次元的に走査して、各照射スポットSPに所定の線量を与える。1つの照射スポットSPの線量が満了すると照射ビームを高速で遮断したのち、照射ビームをOFFした状態で次の照射スポットSPに移動し、同様に照射を進めていく。
【0025】
図2を用いて、本実施例の粒子線治療システムの運転シーケンスについて説明する。図2は、本実施例の粒子線治療システムの運転シーケンスであり、シンクロトロン加速終了後の出射準備期間と出射(照射)開始直後のタイミングチャートを示している。
【0026】
図2において、横軸は時間tを示している。図2(A)の縦軸は、制御装置600から走査電磁石51の励磁用電源500Aに伝送される走査指令信号に応じて、励磁用電源500Aから走査電磁石51に供給される走査電磁石の励磁電流を示している。図2(B)の縦軸は、制御装置600から出射装置26の高周波電源26Aに伝送される出射用高周波制御信号に応じて、高周波電源26Aから出射装置26に供給される出射用高周波電力を示している。図2(C)(D)の縦軸は、制御装置600から四極電磁石22の励磁用電源22Aに伝送される励磁電流制御信号に応じて、励磁用電源22Aから四極電磁石22に供給される励磁電流を示している。同様に、励磁用電源23Aから六極電磁石23に供給される励磁電流も併記している。図2(E)の縦軸は、シンクロトロン200から出射される荷電粒子ビームの出射量を示している。図2(F)の縦軸は、制御装置600から出射偏向装置27の励磁用電源(あるいは、高電圧電源)27Aに伝送される制御信号に応じて、励磁用電源27Aから出射偏向装置27に供給される励磁電流あるいは印加電圧を示している。図2(G)の縦軸は、制御装置600からビーム遮断用電磁石33の励磁用電源33Aに伝送される制御信号に応じて、ビーム遮断用電磁石33のON/OFF状態を示している。図2(H)は、照射装置500から照射される照射ビームのON/OFF状態を示している。照射ビームがONの時、スポットS1,スポットS2,スポットS3,スポットS4,・・・が順次形成される。
【0027】
図2(A)に示すように、励磁用電源500Aから走査電磁石51に供給される励磁電流を増加させることで、照射ビームの照射位置を走査する。励磁用電源500Aから走査電磁石51に供給される励磁電流を一定とすることで、照射ビームの照射位置を一定とできる。そして、スポットスキャニング法では、図2(A),図2(H)に示すように、走査電磁石51への励磁量を一定にして荷電粒子ビームの走査を停止した状態で各照射スポットSPに所定の線量を照射し、照射ビームをOFFしてから走査電磁石51の励磁量を変更して次の照射スポットSPに移動する。
【0028】
出射(照射)開始後において、図2(B)に示すように、照射装置500に荷電粒子ビームを供給するスポット照射時には、出射装置26に印加する高周波電磁場をONする。照射装置500への荷電粒子ビームの供給を遮断するスポット間移動時には出射装置26に印加する高周波電磁場をOFFする。図2(G)に示すように、照射装置500への荷電粒子ビームの供給を遮断する際には同時に、ビーム輸送系300に設置したビーム遮断用電磁石33をONにして、荷電粒子ビームの供給を遮断する。
【0029】
本実施例では、シンクロトロン200を周回するビーム粒子のうち、ハローを形成するビーム粒子(ハロービーム粒子)を、出射準備期間に除去する。具体的には、出射準備期間に、図2(C)(D)に示すように、シンクロトロン200の四極電磁石22あるいは六極電磁石23を励磁する。多重電磁石(四極電磁石22や六極電磁石23)を制御することによって、安定限界が変更される。四極電磁石22や六極電磁石23の励磁量を大きくすると、安定限界が小さくなり、シンクロトロン200を周回するビーム粒子のうち、ベータトロン振動振幅が大きいビーム粒子が安定限界を超える。荷電粒子ビーム分布のハローを形成するビーム粒子(ハロービーム粒子)は、ベータトロン振動振幅が大きいため、安定限界を超える。図2(F)に実線で示すように、出射準備期間に、出射偏向装置27が励磁されているため、静電場や静磁場が印加され、安定限界を超えたビーム粒子がシンクロトロン200から外部に取り出され、ビーム輸送系300に導かれる。図2(F)に示すように、出射準備期間に、ビーム遮断用電磁石33が励磁されているため、ビーム輸送系300に導かれたビーム粒子は設計軌道から偏向され、ビームダンプ34に衝突して除去される。出射準備期間に、シンクロトロン200から取り出されたビーム粒子は、ビーム輸送系300で除去されるため、照射装置500に入射(供給)されず、図2(H)に示すように、照射装置500から照射ビームは出射されない。
【0030】
なお、ハロービーム粒子は少量なので、図2(F)に破線で示すように、出射準備期間に、出射偏向装置27に印加する静電場や静磁場をOFFしてシンクロトロン200の内部で損失させる(除去する)ことも可能である。ビーム輸送系300で荷電粒子ビームを除去する方法は、機器の放射化を限局できる観点で有利である。シンクロトロン200で荷電粒子ビームを除去する方法は、出射偏向装置27を同時にOFFするため、照射装置500に不要なビームを供給しない観点で安全性が高まる利点がある。
【0031】
図3を用いて、ハロービーム粒子を出射準備期間にビーム輸送系で除去する原理について、説明する。荷電粒子ビームを構成する各ビーム粒子は、設計軌道を中心にして水平及び垂直方向にベータトロン振動しながら周回ビームBMとして周回する。図3は、シンクロトロン200を周回する荷電粒子ビームの状態を、出射に関係する水平方向の位相空間内とそれと直行する垂直方向の位相空間内に示したものである。図3の横軸は設計軌道からのずれ(位置P)で、縦軸は設計軌道に対する傾き(角度θ)である。
【0032】
図3(A)はハロービーム粒子を除去する前の水平方向の位相空間、図3(B)はハロービーム粒子を除去する前の垂直方向の位相空間を示す。六極電磁石23を励磁することで、図3(A)に示すように、水平方向の位相空間内に三角形状の安定領域SAが形成される。荷電粒子ビームの位相空間では、中心部にコアとなる周回ビームBMCが分布し、その周辺部にハロービーム粒子である周回ビームBMHが分布する。安定領域SA内のビーム粒子はシンクロトロン200内を安定に周回し続ける。一方、安定領域SAの外に出たビーム粒子は出射ブランチEBに沿って急激にベータトロン振動振幅が増大し、最終的に出射偏向装置27の開口部OPに飛び込んでシンクロトロン200から取り出される。ハロービーム粒子除去前、安定領域SAの大きさは、ビーム粒子のエミッタンス(位相空間で占める面積)より大きくなるように設定されている。コアとなる周回ビームBMC及びハロービーム粒子である周回ビームBMHは、安定領域SA内にあるため、シンクロトロン200内を安定に周回する。
【0033】
安定領域SAの大きさは、四極電磁石22や六極電磁石23の励磁量で決まる。四極電磁石22や六極電磁石23の励磁量を増加すると、図3(C)に示すように、安定領域SAが縮小される。図3(C)は、ハロービーム粒子除去中の水平方向の位相空間、図3(D)は、ハロービーム粒子除去中の垂直方向の位相空間を示す。出射準備期間に、四極電磁石22や六極電磁石23の励磁量を調整して安定限界を縮小し、安定領域SA内にあるハロービーム粒子を、安定領域SAの外に移動させる。安定限界を超えたハロービーム粒子が、シンクロトロン200から取り出される。シンクロトロン200から取り出された出射ビームBが、ビーム輸送系300で除去される。
【0034】
ハロービーム粒子除去後には再び四極電磁石22や六極電磁石23の励磁量を調整して、図3(E)に示すように、安定限界を必要な大きさまで拡大する。安定領域SA内には、周回ビームBMCが残る。
【0035】
出射(照射)開始後は、図2(B)に示すように、出射装置26に出射用の高周波電磁場を印加する。安全領域SA内にある周回ビームBMCは、出射用の高周波電磁場の印加により、水平方向のエミッタンスが大きくなる(ビーム粒子の振動振幅が増大する)。出射偏向装置27がON状態であるため、安定限界を超えたビーム粒子がシンクロトロン200から取り出され、ビーム輸送系300に導かれる。ビーム遮断用電磁石33がOFF状態であるため、シンクロトロン200から取り出されたビーム粒子は、ビーム輸送系300に沿って進み、照射装置500に供給される。出射装置26に印加する高周波電磁場を停止すると(OFF状態)、シンクロトロン200からのビーム粒子の取り出しが停止される。出射装置26の高周波電磁波をON/OFFすることで、シンクロトロン200から取り出すビーム粒子のON/OFFを制御し、さらに、ビーム遮断用電磁石33のON/OFFを制御することで、照射装置500からの出射(照射)ビームのON/OFFを制御する。
【0036】
本実施例によれば、以下に示す効果を得ることができる。
(1)本実施例の粒子線治療システムは、シンクロトロンを周回する荷電粒子ビームの一部であるハロー部ビーム粒子を照射開始までに除去できるので、照射開始直後のビームサイズの再現性とビーム軌道の安定度が向上する。その結果、照射ビームの高い位置精度とともにビームサイズの精度を向上でき、スポットスキャニング法などの高精度な粒子線治療に好適な照射ビームを実現でき、複雑な患部形状に対応した治療照射が可能となる。
【実施例2】
【0037】
以下に、本発明の他の実施形態である粒子線治療システムについて説明する。実施例2の粒子線治療システムの構成は、実施例1と同様で図1に示したとおりである。本実施例では運転シーケンスが実施例1と異なる。
【0038】
図4を用いて、本実施例の粒子線治療システムの運転シーケンスについて説明する。図4は、照射方法としてスポットスキャニング法を用いた場合の、シンクロトロン加速終了後の出射準備期間と出射開始直後のタイミングチャートを示す。実施例1との相違は、加速終了後の荷電粒子ビーム分布のハロービーム粒子の除去方法にある。図4において、横軸は時間tを示している。図4(A)(B)(C)(D)(E)(F)(G)(H)の縦軸は、図2(A)(B)(C)(D)(E)(F)(G)(H)の縦軸とそれぞれ同じである。
【0039】
本実施例では、図4(C)(D)に示すように、出射準備期間にシンクロトロン200の四極電磁石22や六極電磁石23を励磁し、励磁量を変化させず実質的に一定となるように制御する。これにより、安定限界が一定に維持される。一方、図4(B)に示すように、出射準備期間に、出射装置26に高周波電磁場を印加して、周回ビームの水平方向のベータトロン振動振幅を増大させると、水平方向のベータトロン振動振幅が増大したハロービーム粒子が、安定限界を超える。実施例1と同様に、安定限界を超えたハロービーム粒子は、出射偏向装置27でシンクロトロン200から外部に取り出され、ビーム輸送系300に導かれてビーム遮断用電磁石33で除去される。ハロービーム粒子は少量なので、図4(E)に破線で示すように、出射偏向装置27に印加する静電場や静磁場をOFFしてシンクロトロン200の内部で損失させることも可能である。
【0040】
図5を用いて、ハロービーム粒子を出射準備期間に除去する原理を説明する。図5(A)はハロービーム粒子除去前の水平方向の位相空間、図5(B)はハロービーム粒子除去前の垂直方向の位相空間を示す。加速終了後の位相空間では、中心部にコアとなる周回ビームBMCが分布し、その周辺部にハロービーム粒子である周回ビームBMHが分布する。四極電磁石22と六極電磁石23の励磁量は、安定領域SAの大きさがハロービーム粒子除去前の荷電粒子ビームのエミッタンス(位相空間で占める面積)より大きくなるように、設定されている。図5(A)に示すように、周回ビームBMCと周回ビームBMHは、安定領域SA内に分布しているため、シンクロトロン200を安定に周回する。
【0041】
ハロービーム粒子を除去する際、出射偏向装置27に高周波電磁場を印加して、ビーム粒子の水平方向のベータトロン振動振幅(エミッタンス)を増大させる。図5(C)は、ハロービーム粒子除去中の水平方向の位相空間、図5(D)は、ハロービーム粒子除去中の垂直方向の位相空間を示す。安定限界を超えたハロービーム粒子をシンクロトロン200から取り出して、ビーム輸送系300で除去する。
【0042】
図5(E)は、ハロービーム粒子除去後の水平方向の位相空間、図5(F)は、ハロービーム粒子除去後の垂直方向の位相空間を示す。ハロービーム粒子除去後、周回ビームBMCが安定領域SA内に分布している。つまり、周回ビームBMCが、シンクロトロン200内を安定に周回している。
【0043】
出射(照射)開始後は、実施例1と同様の制御により、シンクロトロン200から周回ビームBMCを取り出し、照射装置500からの照射ビームのON/OFFを制御する。
本実施例も、実施例1で生じる(1)の効果を得ることができる。
【実施例3】
【0044】
以下に、本発明の他の実施例の粒子線治療システムについて説明する。本実施例の粒子線治療システムは、照射方法としてラスタースキャニング法を用いる。実施例3の粒子線治療システムの構成は、実施例1と同様で図1に示したとおりである。本実施例では、図6を用いて、粒子線治療システムの運転シーケンスを説明する。図6にシンクロトロン加速終了後の出射準備期間と出射開始直後のタイミングチャートを示す。加速終了後の荷電粒子ビーム分布のハロービーム粒子の除去方法として、スポットスキャニング法の実施例1と同様な手法を用いている。図6において、横軸は時間tを示している。図6(A)(B)(C)(D)(E)(F)(G)(H)の縦軸は、図2(A)(B)(C)(D)(E)(F)(G)(H)の縦軸とそれぞれ同じである。
【0045】
即ち、本実施例では出射準備期間に、図6(C)(D)に示すように、シンクロトロン200の四極電磁石22あるいは六極電磁石23の励磁量を変化させて安定限界を縮小し、ベータトロン振動振幅が大きい荷電粒子ビーム分布のハロービーム粒子が安定限界を超える。安定限界を超えたビーム粒子は出射偏向装置27でシンクロトロン200から外部に取り出され、ビーム輸送系300で導かれてビーム遮断用電磁石33で除去される。
【0046】
なお、ハロービーム粒子は少量なので、図6(F)に破線で示すように、出射偏向装置27に印加する静電場や静磁場をOFFして、シンクロトロン200の内部で損失させることも可能である。
【0047】
ラスタースキャニング法について説明する。ラスタースキャニング法でもスポットスキャニング法(図9)と同様に、3次元的な患部形状を深さ方向の複数の層に分割し、各層を更に2次元的に分割して複数の小領域a1,a2,a3,a4(照射スポットに相当)を設定する。深さ方向にはシンクロトロン200の出射ビームのエネルギー変更などで照射ビームのエネルギーを変更して各層を選択的に照射し、各層内では走査電磁石51で照射ビームを2次元的に連続走査して各小領域a1,a2,a3,a4・・・に所定の線量を与える。各小領域間を移動中に照射ビームを連続的にONし続ける点がラスタースキャニング法の特徴である。したがって、図6(A)に示したように、出射(照射)開始後は走査電磁石51の励磁量は連続的に変化させ、また、図6(B)に示したように、出射装置26に高周波電磁場を連続的に印加しシンクロトロン200からの出射ビームを連続的に照射する点が、スポットスキャニング法の運転シーケンスと異なる点である。
【0048】
本実施例のラスタースキャニング法でも、実施例1で生じる(1)の効果を得ることができる。つまり、スポットスキャニング法と同様に、出射準備期間にハロービーム粒子を除去することで、出射(照射)開始直後のビームサイズの再現性や安定度が向上し、照射精度向上の効果が期待できる。
【実施例4】
【0049】
以下に、本発明の他の実施例の粒子線治療システムについて説明する。本実施例の粒子線治療システムは、照射方法としてラスタースキャニング法を用いる。実施例4の粒子線治療システムの構成は、実施例1と同様で図1に示したとおりである。本実施例では、図7を用いて、粒子線治療システムの運転シーケンスを説明する。図7にシンクロトロン加速終了後の出射準備期間と出射開始直後のタイミングチャートを示す。加速終了後の荷電粒子ビーム分布のハロービーム粒子の除去方法として、スポットスキャニング法の実施例2と同様な手法を用いている。図7において、横軸は時間tを示している。図7(A)(B)(C)(D)(E)(F)(G)(H)の縦軸は、図2(A)(B)(C)(D)(E)(F)(G)(H)の縦軸とそれぞれ同じである。
【0050】
即ち、本実施例では出射準備期間に、図7(C)(D)に示すように、シンクロトロン200の四極電磁石22や六極電磁石23の励磁量を変化させず安定限界を一定に維持する。一方、図7(B)に示すように、出射準備期間に出射装置26に高周波電磁場を印加して、周回ビームの水平方向のベータトロン振動振幅を増大させる。ハロービーム粒子は、水平方向のベータトロン振動振幅が増大し、安定限界を超える。他実施例と同様に、安定限界を超えたハロービーム粒子は出射偏向装置27でシンクロトロン200から外部に取り出され、ビーム輸送系300で導かれてビーム遮断用電磁石33で除去される。
【0051】
なお、ハロービーム粒子は少量なので、図7(F)に破線で示すように、出射偏向装置27に印加する静電場や静磁場をOFFしてシンクロトロン200の内部で損失させることも可能である。
【0052】
本実施例も、実施例1で生じる(1)の効果を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、がん治療等を目的とした粒子線治療システム以外に、シンクロトロンで加速した高エネルギーの荷電粒子ビームを、高精度に且つ所望の強度分布でターゲットに照射する必要性のある物理研究にも適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】実施例1の粒子線治療システムの構成を示したシステム構成図である。
【図2】本発明の実施例1の粒子線治療システムの運転シーケンスを示したタイミングチャートである。
【図3】本発明の実施例1のハロービーム粒子の除去方法の原理を説明した図である。
【図4】本発明の実施例2の粒子線治療システムの運転シーケンスを示したタイミングチャートである。
【図5】本発明の実施例2のハロービーム粒子の除去方法の原理を説明した図である。
【図6】本発明の実施例3の粒子線治療システムの運転シーケンスを示したタイミングチャートである。
【図7】本発明の実施例4の粒子線治療システムの運転シーケンスを示したタイミングチャートである。
【図8】従来の粒子線治療システムの運転シーケンスを示したタイミングチャートである。
【図9】スポットスキャニング照射法を説明した図であり、(A)は深さ方向に分割した患部の一つの層を、照射ビームの上流側から見た図であり、(B)は粒子線治療システムに用いる照射装置の構成を示す正面図である。
【図10】シンクロトロン加速終了時の周回ビームの位相空間を示す図である。
【符号の説明】
【0055】
11 前段加速器
21 偏向電磁石(シンクロトロン)
22 収束/発散型四極電磁石(シンクロトロン)
22A,23A,33A,500A 励磁用電源
23 六極電磁石
24 入射装置
25 加速空胴
26 出射装置
26A 高周波電源
27 出射偏向装置
27A 励磁用電源あるいは高電圧電源
31 偏向電磁石(ビーム輸送系)
32 収束/発散型四極電磁石(ビーム輸送系)
33 ビーム遮断用電磁石(ビーム輸送系)
34 ビームダンプ
41 患者
42 患部
51 走査電磁石
52 ビームモニタ
100 粒子線治療システム
200 シンクロトロン
300 ビーム輸送系
400 治療室
500 照射装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子ビームを所定のエネルギーまで加速し、安定限界を越えた前記荷電粒子ビームを出射するシンクロトロンと、
前記荷電粒子ビームを照射対象に照射する照射装置と、
前記シンクロトロンから出射した前記荷電粒子ビームを前記照射装置に輸送するビーム輸送系と、
前記シンクロトロンを周回する前記荷電粒子ビームの一部を除去した後、周回する他の前記荷電粒子ビームを前記シンクロトロンから出射して前記照射装置に輸送するように制御する制御装置を有することを特徴とする粒子線治療システム。
【請求項2】
前記シンクロトロンは、前記安定限界を変更する多重極電磁石を有し、
前記制御装置は、前記多重極電磁石を制御して前記安定限界の大きさを縮小し、前記縮小した安定限界を越えた前記一部の荷電粒子ビームを、前記シンクロトロン又は前記ビーム輸送系で除去することを特徴とする請求項1に記載の粒子線治療システム。
【請求項3】
前記シンクロトロンは、前記荷電粒子ビームのベータトロン振動振幅を変更する出射装置を有し、
前記制御装置は、前記出射装置を制御して前記ベータトロン振動振幅を増大し、安定限界を越えた前記一部の荷電粒子ビームを、前記シンクロトロン又は前記ビーム輸送系で除去することを特徴とする請求項1に記載の粒子線治療システム。
【請求項4】
前記ビーム輸送系は、二極磁場を発生させる偏向電磁石を有し、
前記ビーム輸送系で前記荷電粒子ビームを除去する場合、
前記偏向電磁石が、前記シンクロトロンから出射された前記一部の荷電粒子ビームを除去することを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の粒子線治療システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−112483(P2009−112483A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−288002(P2007−288002)
【出願日】平成19年11月6日(2007.11.6)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】