説明

粒子線治療システム

【課題】スポットスキャニング照射法では、ビーム照射中のビーム位置を監視し、許容範囲を逸脱するとビーム停止する必要がある。また、照射スポットの移動時に走査電磁石電流が安定しビーム位置が許容範囲におさまるための待ち時間が必要である。従来技術では、ビーム位置の許容範囲をすべての照射スポットで同じ値を設定していたため、治療時間が長くなる可能性があった。
【解決手段】荷電粒子ビームを加速する荷電粒子ビーム発生装置200と、通過する荷電粒子ビームを患部の各照射スポットに走査して照射する照射ノズル400と、荷電粒子ビーム発生装置200から出射された荷電粒子ビームを照射ノズル400に輸送するビーム輸送系300と、患部に照射する荷電粒子ビームのビーム位置の許容範囲を、照射スポット毎の目標ビーム照射量に応じて設定する制御装置100を備えることで、上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、荷電粒子ビームをがん患部に照射してがん治療を行う粒子線治療装置に関する。
【背景技術】
【0002】
粒子線治療は、加速器により加速された荷電粒子ビームをがん患部に照射する治療である。荷電粒子ビームは、これまで放射線治療で使用されてきたX線と比較して、患部への線量集中性が高く、がん患部のみに高線量を与え正常組織の損傷を低減することが可能である。粒子線治療システムは、荷電粒子ビームを加速する加速器,加速された荷電粒子ビームを輸送するビーム輸送系,輸送された荷電粒子ビームを個々の患部形状に照射野形成する照射ノズルの装置群により構成される。また、この粒子線治療システムを用いて粒子線を患者の患部に照射する際の治療計画データを作成する治療計画装置も備えられている。
【0003】
これまで、荷電粒子ビームの照射には、荷電粒子ビームを散乱体などの物質に当てて広範囲に散乱させ、患部形状に合わせてコリメータなどで必要な部分を切り出す散乱体照射法が広く使用されてきた。最近、加速器からの細い荷電粒子ビームを走査電磁石により走査しながら直接照射するスポットスキャニング照射法が普及してきている。スポットスキャニング照射法は、患部を荷電粒子ビーム進行方向に層分割し、各層内に配置された照射スポットを走査電磁石で移動して照射し、深さ方向には加速器,ビーム輸送系のエネルギー変更により照射する層を変更する。スポットスキャニング照射法は、散乱体照射法と比較してより患部形状に合致した高線量領域を形成可能なすぐれた照射法である。
【0004】
スポットスキャニング照射法では、治療計画装置によりがん患部を医者が決めた線量で患部を一様に照射するための照射スポットと照射量が計算される。治療計画装置は、X線CT画像などの体内の画像情報をもとに、必要な照射条件を検討する装置であり、スポットスキャニング照射法の場合では荷電粒子ビームを照射する照射スポットの位置ならびに各照射スポットに照射する照射量の計算を行い、患部を所定の線量で治療するための計画を行う。治療計画データは、照射スポットの位置情報と照射量がエネルギー毎にまとめられている。粒子線治療システムは、治療計画装置から治療計画データを受け取り、各照射スポットに決められた量の荷電粒子ビームを走査しながら照射していく。
【0005】
スポットスキャニング照射法では、荷電粒子ビーム照射時は、ビーム位置モニタと線量モニタの二種類のモニタにより、荷電粒子ビームの照射位置,幅,照射量を常に監視する必要がある。各照射スポットにおいて、線量モニタで測定した荷電粒子ビーム照射量が治療計画装置で決められた所定量に達すると、ビームオフし走査電磁石により次の照射スポットに移動、ビームオンし次の照射スポットの照射を開始、という手順を繰り返して患部の一層を照射する。ある層の照射が終了すると、加速器,ビーム輸送系にエネルギー変更信号を送り、次の層は荷電粒子ビームのエネルギーを治療計画で決められた値に変更して照射する。がん患部を所望の線量で一様に照射するためには、治療計画装置で決められたビーム照射位置に、決められたビーム幅のビームで、決められた照射量だけ正確に照射することが必要である。ビーム位置モニタで監視されるビーム位置ならびにビーム幅は、ある許容範囲から逸脱した場合、即座にビームオフする必要がある。ビーム位置とビーム幅が所定の値よりずれた場合、治療計画では本来患部内で一様であるように計画された線量分布が、ビーム位置がずれるあるいはビーム幅がずれることにより一様でなくなるためである。このために、非特許文献1にも示されているように、荷電粒子ビーム照射位置とビーム幅の許容範囲を設定し、安全を確保するためにビーム位置モニタで監視した結果が逸脱した場合は即座に荷電粒子ビームをオフする制御を実施している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】A.Smith et al.,“The M.D.Anderson proton therapy system”, Med.Phys.36 (2009) 4068-4083.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
スポットスキャニング照射法において、ビーム位置モニタにより測定されたビーム位置とビーム幅が許容範囲を超えると、ビーム停止する必要がある。ビーム停止したことを治療装置の運転者に知らせるために、治療は一時中断状態になる。治療を再開するためには、運転者が治療装置を操作して治療を再開する必要があった。
【0008】
また、荷電粒子ビームの照射スポットを移動させる際、走査電磁石の励磁電流を変化させ次の照射スポットに移動させる。励磁電流の変化を止めることにより、照射スポットは次のスポットに移動して静止状態になるので、ビームをオンして照射を開始する。この励磁電流を停止した時、ビーム位置を許容範囲に収めるために、決められた電流偏差内に励磁電流が安定するための待ち時間が必要となる。前述したとおり、各照射スポットにはビーム位置の許容範囲が存在するが、励磁電流が安定しない時間にビームをオンして照射してしまうと、ビーム位置も所定の位置からはずれた場所を照射して許容範囲を超えてしまう。走査電磁石電源では、励磁電流が許容電流偏差内に励磁電流値が落ち着くまでの待ち時間が必要であり、これにより走査開始から走査完了までの時間が長くなっていた。このように走査電磁石の励磁電流停止後、許容範囲にビーム位置が入るようにビーム位置が落ち着くのを待つための時間が必要であった。
【0009】
スポットスキャニング照射では、がん患部に対してより精度良く照射するためにビーム径をより小さくしたいという治療現場の要求がある。スポットスキャニング照射法で、ビーム径を小さくした場合、ビーム位置ならびにビーム幅の許容範囲は、小さくしない場合と比較して小さくなる。そのため、ビーム径を小さくした場合、ビーム停止の頻度が多くなる可能性がある。また、ビーム位置の許容範囲が小さくなることにより、走査電磁石電源の電流許容偏差も小さくなり、走査開始から走査完了までに必要な時間が、ビーム径を小さくしない場合と比較して、さらに長くなる傾向にある。ビーム停止の頻度が高くなること、次の照射スポットまでの移動時間が長くなることは、いずれも治療時間が長くなることとなる。
【0010】
本発明の目的は、安全性を確保しつつ治療時間を短縮できる粒子線治療システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、目標ビーム照射量の少ない照射スポットでは、目標ビーム照射量の多い照射スポットと比較して体内に付与する線量の絶対量が小さいため、ビーム位置ならびにビーム幅が少々許容範囲から外れても、予定していた線量分布からのずれは小さいことに注目した。つまり、目標ビーム照射量の少ない照射スポットでは、目標ビーム照射量の多い照射スポットと比較して、より大きなビームのビーム位置のずれ及びビーム幅のずれが許容される。非特許文献1の粒子線治療システムでは、照射量の少ない照射スポットにおいても、照射量の多い照射スポットと同じビーム位置ならびにビーム幅の許容範囲を設定している。
【0012】
上記目的を達成する第1の発明は、荷電粒子ビームを加速する加速器と、通過する荷電粒子ビームを患部の各照射スポットに走査して照射する照射ノズルと、加速器から出射された荷電粒子ビームを照射ノズルに輸送するビーム輸送系を備える粒子線治療システムにおいて、患部に照射する荷電粒子ビームのビーム位置許容範囲を、照射スポット毎の目標ビーム照射量に応じて設定することにある。
【0013】
上記目的を達成する第2の発明は、荷電粒子ビームを加速する加速器と、通過する荷電粒子ビームを患部の各照射スポットに走査して照射する照射ノズルと、加速器から出射された荷電粒子ビームを照射ノズルに輸送するビーム輸送系を備える粒子線治療システムにおいて、患部に照射する荷電粒子ビームのビーム幅許容範囲を、照射スポット毎の目標ビーム照射量に応じて設定することにある。
【0014】
本発明では、照射量の少ない照射スポットのビーム位置又はビーム幅の許容範囲を、照射量の多い照射スポットの許容範囲よりも大きく設定することにより、ビーム照射中に許容範囲を逸脱することによって発生する治療の一時中断の頻度を少なくすることができる。
【0015】
また、第1の発明のように、ビーム位置の許容範囲を大きく設定することにより、照射ノズル内に設置された走査電磁石を用いて照射スポットを移動する際、励磁電流が許容電流偏差内に落ち着くまでの時間を短縮することができ、走査開始から走査完了までの時間を短縮することができる。このように各照射スポットで移動に必要な時間を短縮できれば、スポットスキャニング照射において全体の治療時間の短縮も実現できることになる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、スポットスキャン照射法において、安全性を確保しつつ治療時間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の第1の実施例である粒子線治療システムと治療計画装置の構成を示す図である。
【図2】本発明の第1の実施例である粒子線治療システムに備えられる照射ノズルの構成と照射制御装置を示す図である。
【図3】本実施例の粒子線治療システムを用いてスポットスキャニング照射した場合の照射制御のタイムチャートを示す図である。
【図4】理想的な走査電磁石電源による照射スポットの移動を示す図である。
【図5】現実の走査電磁石電源による照射スポットの移動を示す図である。
【図6】現実の走査電磁石電源による照射スポットの移動を示す図である。
【図7】従来技術による走査電磁石電源による照射スポットの移動を示す図である。
【図8】本発明の第1の実施例である粒子線治療システムを用いた場合の照射スポットの移動を示す図である。
【図9】本発明の第1の実施例である粒子線治療システムで用いるビーム位置許容範囲及びビーム幅許容範囲をビーム照射量に対して記述したテーブルである。
【図10】治療計画装置の出力する照射データ(照射スポット位置ならびに照射量)に各照射スポットのビーム位置許容範囲とビーム幅許容範囲の情報を追加したテーブルである。
【図11】本発明の他の実施例である粒子線治療システムと治療計画装置の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明を実施するための実施形態を、図面を用いて説明する。
【0019】
〔実施例1〕
図1に、本発明の第一の実施形態である粒子線治療システム1及び治療計画装置104の構成を示す。粒子線治療システム1は、荷電粒子ビーム(炭素線などの重粒子ビームや陽子ビーム)を加速して出射する荷電粒子ビーム発生装置200,荷電粒子ビームを照射ノズルまで輸送するビーム輸送系300,輸送されてきた荷電粒子ビームを患部形状に合わせて照射する照射ノズル400,粒子線治療装置の各機器を制御する制御装置100を備える。荷電粒子ビーム発生装置200は、イオン源(図示せず)、入射器21及びシンクロトロン加速器23を備える。ビーム輸送系300は、荷電粒子ビーム発生装置200と照射ノズル400とを接続する。制御装置100は、加速器,ビーム輸送系制御装置101,全体制御装置102及び照射制御装置103を備える。治療計画装置104は、全体制御装置102に接続される。
【0020】
治療計画装置104は、医者ががん患部を一様な線量で治療するための治療計画データを作成する装置であり、患者の体内情報をもとに線量計算を実施して照射方法を検討する。スポットスキャニング照射法では、患部を層に分割し、層間の移動に荷電粒子ビームのエネルギー変更を使用し、横方向の照射スポットを走査電磁石により移動し照射する照射方法である。治療計画装置104が、各患者に対して必要となる荷電粒子ビームのエネルギーと、そのエネルギーで照射する各照射スポットの座標と目標ビーム照射量を計算する。治療計画装置104は、治療に必要な治療計画データを全体制御装置102に送信する。治療計画データを受取った全体制御装置102は、加速器,ビーム輸送系制御装置101にエネルギー変更指令及びビームオンオフ指令を送信し、照射制御装置103と照射スポット移動に関する情報をやりとりする。加速器,ビーム輸送系制御装置101は、荷電粒子ビーム発生装置200及びビーム輸送系300を制御する。照射制御装置103は、照射ノズル400の制御を行う。
【0021】
図2に、本実施例の粒子線治療システム1に備えられる照射ノズル400の構成図を示す。本実施例の照射ノズル400は、スポットスキャニング照射法に用いる照射ノズル装置である。照射ノズル400は、水平方向,垂直方向に荷電粒子ビームを走査するための走査電磁石41A,41B,荷電粒子ビームの照射中にビーム位置とビーム幅を監視するためのビーム位置モニタ42,各照射スポットへの荷電粒子ビームのビーム照射量を測定する線量モニタ43を備える。
【0022】
水平,垂直の一対の走査電磁石41A,41Bは、それぞれ走査電磁石電源61A,61Bが励磁電流値を変化させることにより、荷電粒子ビームの照射位置を変更する。治療計画装置104により所定のエネルギーで照射する照射スポット座標と目標ビーム照射量が決まるので、その情報に基づき走査電磁石41A,41Bが横方向に照射スポットを移動させながら、荷電粒子ビームを患者5内の患部51の各照射スポットにビームを走査して、各照射スポットを照射していく。照射制御装置103に設置された走査電磁石電源制御部107が、走査電磁石電源61A,61Bを制御する。
【0023】
ビーム位置モニタ42は、ワイヤ電極を多数本並べた構造をしており、各ワイヤ電極で収集された信号はビーム位置モニタ信号取得部62に送られる。スポットスキャニング照射法において荷電粒子ビームはほぼガウス分布形状をしている。ビーム位置モニタ信号取得部62で得られる情報はビーム位置に関する情報であり、ビーム位置演算部106により荷電粒子ビームの中心とビーム幅が計算される。
【0024】
線量モニタ43は、荷電粒子ビーム照射中の照射量を計測する。線量モニタ43で取得された電荷の情報は、線量モニタ信号取得部63で処理された後、ビーム照射量管理部105に送られる。ビーム照射量管理部105では、ある照射スポットの荷電粒子ビーム照射量を積算管理しており、所定の照射量(目標ビーム照射量)に達すると、ビームオフの信号を発信する。
【0025】
図3に、本実施例の粒子線治療システム1を用いてスポットスキャニング照射を実施するときのタイムチャートを示す。図3(a)にシンクロトロン加速器23の電流値の時間変化、図3(b)に走査電磁石41A,41Bに励磁する励磁電流の時間変化、図3(c)にビーム位置モニタ42及び線量モニタ43で計測される値の時間変化を示す。まず、全体制御装置102が、照射制御装置103に走査開始信号を送信する。走査開始信号を受信すると、照射制御装置103のなかの走査電磁石電源制御部107は、走査電磁石電源61A,61Bに励磁電流値と許容電流偏差を送る。走査電磁石電源61A,61Bは、走査電磁石41A,41Bへの電流の励磁を開始し、励磁電流値が所定の励磁電流値に達して許容電流偏差内に収まると、走査電磁石電源制御部107に走査完了信号を送信する。この走査完了信号は全体制御装置102に送信される。その後、全体制御装置は、加速器,ビーム輸送系制御装置101と照射制御装置103にビームオン信号を送り、次の照射スポットへの荷電粒子ビームの照射が開始される。ビームオン信号により照射ノズル400では、ビーム照射中のビーム位置と幅,照射した線量の計測を開始する。ある照射スポットに対する荷電粒子ビームの照射量が、目標ビーム照射量に達すると、ビーム照射量管理部105は、ビームオフ信号を発生させる。ビームオフの信号は、全体制御装置102に送信され、全体制御装置102が加速器,ビーム輸送系制御装置101にビームオフの信号を伝えて、ビームを停止する。ビームオフ信号後、実際にビームが遮断されるまで有限の時間が必要であり、その時間を考慮した後、全体制御装置102は走査開始信号を発生する。これを繰り返すことにより、治療計画装置104で決められたエネルギーの荷電粒子ビームを、決められた照射スポット位置,決められた目標ビーム照射量だけ照射していく。なお、ビーム位置モニタ42は、荷電粒子ビームの照射中のビーム位置とビーム幅をビームオン信号から走査開始信号の間監視しているが、あらかじめ決められたビーム位置と幅の許容範囲を超える場合、即座にビームを停止する制御を行う(非特許文献1参照)。
【0026】
図1から図3に示すように、スポットスキャニング照射法では、ある照射スポットへの照射量が目標ビーム照射量に到達すると、ビームオフし、次の照射スポットに移動、ビームオンし、次の照射スポットの照射を行う。これを繰り返すことで1エネルギー分の横方向の照射を行い、次の層の照射は荷電粒子ビーム発生装置200,ビーム輸送系300で荷電粒子ビームのエネルギーを変更して、また横方向の照射を行う。
【0027】
水平方向走査電磁石41A及び垂直方向走査電磁石41Bを用いて、照射位置を現在の照射スポットから次の照射スポットまで移動させる過程について詳しく説明する。図4は、理想的な走査電磁石電源を使用した場合の照射スポットの移動を示している。図4において、横軸は時間を示し、縦軸は走査電磁石に流す励磁電流を示す。電流I1はある照射スポットに対応する励磁電流値を示し、電流I2は次の照射スポットの励磁電流値を示す。ある照射スポットにあったビーム位置は、時刻t1の走査開始信号より励磁電流を上げ始め、時刻t2に次の照射スポットに対応する励磁電流I2に到達後、励磁電流の上昇を停止する。これにより荷電粒子ビームの照射位置が、現在の照射スポットから次の照射スポットへと移動する。時刻t2において走査電磁石電源は、走査完了信号を制御装置に返す。図4に示す時刻t2以降にビームオンすることにより次の照射スポットの照射が開始される。
【0028】
図4は理想的な電源による動作を示しているが、実際の電源は目標電流値に対して現在の電流値を制御するフィードバック制御を行っているため、図4に示すように時刻t1から時刻t2の間で直線的に動作することはなく、図5に示すように次の照射スポット位置に相当する目標励磁電流値I2にゆっくり近づく、あるいは、図6に示すように目標励磁電流値I2を一度超えてから戻ってくるような動作をする。走査電磁石電源は、与えられた電流偏差内に励磁電流値内に収まると走査完了信号を返すが、図5,図6に示す実際の走査電磁石電源では、図4の理想的な電源と比較して与えられた電流偏差内に収まるための待ち時間Δtが必要になる。
【0029】
図7にゆっくりと目標励磁電流値に近づく場合、図5のより詳細な図を示す。スポットスキャニング照射では、患部を所定の線量で一様に照射するためには、各照射スポットに実際ビームを照射してよいビーム位置の許容範囲が存在する。この許容範囲を超えた場合、患部の線量分布の一様性が保証できないため、照射してはならない。走査電磁石の励磁電流値とビーム走査時のビーム位置は一対一の関係があり、ビーム位置の許容範囲により各照射スポットの走査電磁石励磁電流の許容電流偏差が決まる。図7において、斜線部分が励磁電流の許容電流偏差の範囲を示す。この許容範囲内に到達したときビームオンして照射を開始してよい。走査電磁石電源は、励磁電流を監視しており電流偏差が許容範囲に到達すると走査完了信号を制御装置に返す。図7において時刻t2で走査完了信号を発生する。図4に示す理想的な走査電磁石電源による電流の動きと比較して、待ち時間Δtだけ照射スポットを移動するのに必要な時間が長くなっている。走査開始信号t1から走査完了信号t2までの時間は、待ち時間分だけ長くなる。
【0030】
従来技術では、このビーム位置の許容範囲をすべての照射スポットにおいて一定の値を設定していた。本実施例では、目標ビーム照射量の少ない照射スポットでは、付与する線量の絶対量が少ないため、ビーム位置が少々ずれたとしても、全体の線量分布に及ぼす影響は小さい、ということに着目する。そのため、本実施例では走査開始の時点において、走査電磁石電源に目標電流値と許容電流偏差を送る際に、目標ビーム照射量の少ないスポットではより大きな電流偏差を許容することとする。これにより、走査開始から走査完了までに必要な時間を短縮化することができる。本実施例の水平方向走査電磁石41A及び垂直方向走査電磁石41Bを用いた場合の、照射スポット移動を図8に示す。目標ビーム照射量の少ない照射スポットにおいて、図8に示すように、励磁電流の許容電流偏差の範囲を、従来技術の図7と比較して大きくする。これにより走査電磁石電源61Aによる励磁電流の上昇パターンは、図7と図8は同じであるが、本実施例に基づく図8では、許容電流偏差の範囲を大きくとることにより、早く走査完了信号t2を発生することができる。待ち時間Δtを図7と図8で比較すると、図8の待ち時間Δtは図7の待ち時間Δtより短くなる。すなわち、走査開始信号から走査完了信号までの時間を短縮することができる。
【0031】
スポットスキャニング照射において、荷電粒子ビーム照射中にビーム幅が変化する場合がある。治療計画装置104は、実際のビームを模擬して線量分布を計算するが、照射中にビーム幅が変化すると線量分布が本来あるべき分布からのずれが発生する。そのため、ビーム幅についてもビーム照射中は監視しており、ビーム幅のずれが許容範囲を超えると即座にビームオフする必要がある。ビーム幅の許容範囲については、ビーム位置の許容範囲と同じことが成立し、目標ビーム照射量が少ない照射スポットでは、付与する線量が少ないため、目標ビーム照射量が多い照射スポットよりビーム幅の許容範囲を大きくすることが可能である。従来は、非特許文献1に記述されているように、照射スポット毎の目標ビーム照射量に関係なく、すべての照射スポットでビーム幅の許容範囲を同一の値を使用していた。目標ビーム照射量の少ない照射スポットでビーム幅の許容範囲を大きくすることにより、ビーム幅にずれが発生しても安全のためのビームオフが発生しにくくなり、治療の中断の発生頻度が低下するため、より効率的な治療が実現する。
【0032】
本実施例では、照射スポットの目標ビーム照射量に対してビーム位置の許容範囲とビーム幅の許容範囲を記述したテーブルを用意する。図9にテーブルの例を示す。このテーブルを、全体制御装置102の記憶装置(図示せず)に記憶させる。全体制御装置102は、治療計画装置104から照射スポット座標と目標ビーム照射量のデータが送られてきた時に、各照射スポットに対してビーム位置許容量とビーム幅許容範囲の情報をこのテーブルをもとに追加する。
【0033】
図10に、照射スポット座標と目標ビーム照射量の情報にビーム位置許容範囲とビーム幅許容範囲が追加されたデータを示す。図10に示すデータのうち、照射スポット座標とビーム位置許容範囲は、照射制御装置103の中の走査電磁石電源制御部107に送られる。走査電磁石電源制御部107では、照射スポット座標と目標ビーム照射量の情報を、荷電粒子ビームのエネルギーを考慮して、それぞれ走査電磁石励磁電流値と許容電流偏差に変換する。走査電磁石電源61A,61Bは、この励磁電流値と許容電流偏差の情報を受け取り、走査開始信号で走査電磁石の励磁電流値を変更し、許容電流偏差内に到達すると走査完了信号を走査電磁石電源制御部107に返す。図10に示すデータのうち、目標ビーム照射量のデータはビーム照射量管理部105に送られる。ビーム照射量管理部105は、ある照射スポットに対するビーム照射量が目標ビーム照射量に達すると、ビームオフ信号を発生する。図10に示すデータのうち、ビーム幅許容量のデータはビーム位置演算部106に送られ、荷電粒子ビーム照射中のビーム幅がこの許容量を超えると即座にビームオフ信号を発生する。
【0034】
本実施例の粒子線治療システム1を用いた場合の治療時間短縮効果について説明する。ビームオン信号からビームオフ信号までのビーム照射の時間は目標ビーム照射量により各照射スポットで異なるが、数msec程度の時間であり、平均で3msecと仮定する。水平方向走査電磁石41A及び垂直方向走査電磁石41Bの励磁電流を変化させている時間は約1msecであり、従来技術ではその他の待ち時間を約3msec程度もうけている。本実施例では、各照射スポットでの目標ビーム照射量が少ないほど、荷電粒子ビームのビーム位置許容範囲を大きく設定している。このような本実施例を用いることで走査電磁石電源が許容範囲に落ち着く時間を約1msec短縮することができるとすると、ひとつの照射スポットあたり約7msec必要であった時間が6msecに10%程度短縮される。スポットスキャニング照射法において、1照射スポットあたりの時間に照射スポット数をかけると全体の照射時間が求められる。本実施例を用いることで、照射時間は一割程度短縮できることが期待できる。
【0035】
本実施例によれば、目標ビーム照射量の少ない照射スポットのビーム位置及びビーム幅の許容範囲を、目標ビーム照射量の多い照射スポットの許容範囲よりも大きく設定するため、ビーム照射中に許容範囲を逸脱することによって発生する治療の一時中断の頻度を少なくできる。さらに、ビーム位置の許容範囲を大きくすることにより、走査電磁石により照射スポットを移動する際、励磁電流が許容電流偏差内に落ち着くまでの時間を短縮することができ、走査開始から走査完了までの時間を短縮することができる。各照射スポットで移動に必要な時間を短縮することによって、スポットスキャニング照射において全体の治療時間も短縮することができるようになる。
【0036】
本実施例によれば、目標ビーム照射量の少ないスポットに許容範囲を大きくするだけでなく、すべての照射スポットにおける目標ビーム照射量に応じてビーム位置とビーム幅の許容範囲を個別に設定する。この設定により各照射スポットにおいて、走査開始から走査完了までの時間の短縮が期待できる。
【0037】
〔実施例2〕
以下に、本発明の第二の実施形態である粒子線治療システム及び粒子線治療計画装置について説明する。本実施例の粒子線治療計画装置104Aは、治療計画を作成する段階で、各照射スポットの位置と目標ビーム照射量に加えて、各照射スポットのビーム位置許容範囲とビーム幅許容範囲を計算で求める。つまり、実施例1では、粒子線治療システム1の全体制御装置102が、記憶装置に記憶されたビーム位置の許容範囲及びビーム幅の許容範囲に基づいて、加速器,ビーム輸送系制御装置101と照射制御装置103を制御していたが、本実施例では、治療計画装置104Aが、荷電粒子ビームを患部に照射した際の線量分布を計算すると共に、荷電粒子ビームのビーム位置誤差とビーム幅の誤差を考慮した線量分布計算を行い、患部を一様な線量で照射できる各照射スポットのビーム位置許容範囲とビーム幅許容範囲を決定する。本実施例の治療計画装置104Aは、図10に示すデータを全体制御装置102Aに送信する。全体制御装置102は、この受信したデータに基づいて、加速器,ビーム輸送系制御装置101と照射制御装置103を制御し、その後は、実施例1と同様の方法で、荷電粒子ビームを照射する。
【0038】
本実施例の粒子線治療システム及び粒子線治療計画装置の場合も、実施例1と同様の治療時間短縮の効果を得ることができる。つまり、ビームオン信号からビームオフ信号までのビーム照射の時間は目標ビーム照射量により各照射スポットで異なるが、数msec程度の時間である(平均3msecと仮定)。水平方向走査電磁石41A及び垂直方向走査電磁石41Bの励磁電流を変化させている時間は約1msecであり、従来技術ではその他の待ち時間を約3msec程度もうけている。本実施例では、各照射スポットでの目標ビーム照射量が少ないほど、荷電粒子ビームのビーム位置許容範囲を大きく設定している。このような本実施例を用いることで走査電磁石電源が許容範囲に落ち着く時間を約1msec短縮することができるとすると、ひとつの照射スポットあたり約7msec必要であった時間が6msecに10%程度短縮される。スポットスキャニング照射法において、1照射スポットあたりの時間に照射スポット数をかけると全体の照射時間が求められる。本実施例を用いることで、照射時間は一割程度短縮できることが期待できる。
【0039】
本実施例によれば、目標ビーム照射量の少ない照射スポットのビーム位置及びビーム幅の許容範囲を、目標ビーム照射量の多い照射スポットの許容範囲よりも大きく設定するため、ビーム照射中に許容範囲を逸脱することによって発生する治療の一時中断の頻度を少なくできる。さらに、ビーム位置の許容範囲を大きくすることにより、走査電磁石により照射スポットを移動する際、励磁電流が許容電流偏差内に落ち着くまでの時間を短縮することができ、走査開始から走査完了までの時間を短縮することができる。各照射スポットで移動に必要な時間を短縮することによって、スポットスキャニング照射において全体の治療時間も短縮することができるようになる。
【0040】
本実施例によれば、目標ビーム照射量の少ないスポットに許容範囲を大きくするだけでなく、すべての照射スポットで目標ビーム照射量に応じてビーム位置とビーム幅の許容範囲を個別に設定する。この設定により各照射スポットにおいて、走査開始から走査完了までの時間の短縮が期待できる。
【0041】
本実施例では、治療計画装置でビーム位置とビーム幅の許容範囲を決定するため、患者ごとに線量分布を評価しながら荷電粒子ビームに対する精度を決めることができ、より柔軟な設定が可能となる。具体的には、線量分布の一様度を見ながら作業を行うためビーム目標ビーム照射量の少ない照射スポットのみならず、目標ビーム照射量が多い照射スポットにおいてもビーム位置とビーム幅の許容範囲を大きくできる可能性がある。
【0042】
〔実施例3〕
以下に、本発明の第三の実施形態である粒子線治療システム及び粒子線治療計画装置について説明する。本実施例の粒子線治療計画装置104Bは、実施例1の全体制御装置102の記憶装置に記憶されるデータ(目標ビーム照射量に対するビーム位置許容範囲とビーム幅許容範囲を示す図9のデータ)を、目標ビーム照射量に対するビーム幅許容範囲を示すデータに替えた構成である。つまり、本実施例では、各照射スポットでの目標ビーム照射量に応じてビーム幅の許容範囲を変更するように制御する。本実施例の全体制御装置102Bに備えられる記憶装置は、図9に示すテーブルのうち、位置許容範囲を省いた、目標ビーム照射量とビーム幅許容範囲のテーブルとなる。なお、本実施例の粒子線治療システム1B及び粒子線治療計画装置104Bの他の構成は、実施例1と同様である。
【0043】
本実施例によれば、目標ビーム照射量の少ない照射スポットのビーム幅の許容範囲を、目標ビーム照射量の多い照射スポットの許容範囲よりも大きく設定するため、ビーム照射中に許容範囲を逸脱することによって発生する治療の一時中断の頻度を少なくできる。これにより、スポットスキャニング照射において全体の治療時間を短縮することができる。
【0044】
〔実施例4〕
以下に、本発明の第四の実施形態である粒子線治療システム及び粒子線治療計画装置を、図11を用いて説明する。本実施例の粒子線治療システム1Cは、実施例1の粒子線治療システム1の荷電粒子ビーム発生装置200を荷電粒子ビーム発生装置250に替えた構成である。図11に、粒子線治療システム1Cと治療計画装置104の全体構成を示す。
【0045】
図11に示すように、荷電粒子ビーム発生装置250は、荷電粒子ビームを発生させるイオン源260,サイクロトロン加速器270及び加速された荷電粒子ビームを所望のエネルギーに変更するエネルギー変更装置280を備える。サイクロトロン加速器270を用いた粒子線治療装置1Cの場合、サイクロトロン加速器270から単一エネルギーの荷電粒子ビームが取り出される。そのため、図11中のエネルギー変更装置280が必要となる。エネルギー変更装置280は、荷電粒子ビームのエネルギーを損失させるための吸収材より構成されており、エネルギー吸収材の増減により所望のエネルギーにまでエネルギーを減衰させる装置である。加速器,ビーム輸送系制御装置101より荷電粒子ビーム発生装置250にエネルギー変更指令が与えられた場合、エネルギー変更装置280がエネルギー吸収材を増減させることによりエネルギーが変更される仕組みになっている。
【0046】
本実施例のようなサイクロトロン加速器270を用いた粒子線治療装置においても、実施例1と同様の効果を得ることができる。
【0047】
なお、本実施例では、実施例1の粒子線治療システム1のシンクロトロン加速器23をサイクロトロン加速器270に替えた構成を示したが、実施例2の粒子線治療システム1A及び粒子線治療計画装置104Aにおいてシンクロトロン加速器23をサイクロトロン加速器270に替えた構成であってもよい。この場合、実施例2と同様の効果を得ることができる。
【0048】
また、実施例1の粒子線治療システム1のシンクロトロン加速器23をサイクロトロン加速器270に替えた構成のかわりに、実施例3の粒子線治療システム1B及び粒子線治療計画装置104Bにおいてシンクロトロン加速器23をサイクロトロン加速器270に替えた構成であってもよい。この場合、実施例3と同様の効果を得ることができる。
【符号の説明】
【0049】
1 粒子線治療システム
5 患者
21 入射器
22 加速器偏向電磁石
23 シンクロトロン加速器
31 ビーム輸送系偏向電磁石
41A 水平方向走査電磁石
41B 垂直方向走査電磁石
42 ビーム位置モニタ
43 線量モニタ
51 患部
61A 水平方向走査電磁石電源
61B 垂直方向走査電磁石電源
62 ビーム位置モニタ信号取得部
63 線量モニタ信号取得部
100 制御装置
101 加速器,ビーム輸送系制御装置
102 全体制御装置
103 照射制御装置
104 治療計画装置
105 ビーム照射量管理部
106 ビーム位置演算部
107 走査電磁石電源制御部
200,250 荷電粒子ビーム発生装置
260 イオン源
270 サイクロトロン加速器
280 エネルギー変更装置
300 ビーム輸送系
400 照射ノズル
500 治療台

【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子ビームを加速する加速器と、
通過する前記荷電粒子ビームを走査する走査電磁石を有し、走査された前記荷電粒子ビームを患部の各照射スポットに照射する照射ノズルと、
前記加速器から出射された前記荷電粒子ビームを前記照射ノズルに輸送するビーム輸送系と、
前記患部に照射する前記荷電粒子ビームのビーム位置許容範囲を、前記照射スポット毎の目標ビーム照射量に応じて設定する制御装置を備えることを特徴とする粒子線治療システム。
【請求項2】
前記制御装置は、前記患部に照射する前記荷電粒子ビームのビーム幅許容範囲を、前記照射スポット毎の目標ビーム照射量に応じて設定することを特徴とする請求項1に記載の粒子線治療システム。
【請求項3】
前記制御装置は、前記照射スポットに対する前記目標ビーム照射量が少ないほど、前記ビーム位置許容範囲を大きく設定することを特徴とする請求項1記載の粒子線治療システム。
【請求項4】
前記制御装置は、前記照射スポットに対する前記目標ビーム照射量が少ないほど、前記ビーム幅許容範囲を大きく設定することを特徴とする請求項2記載の粒子線治療システム。
【請求項5】
前記制御装置は、前記目標ビーム照射量ごとに定められる前記ビーム位置許容範囲の情報を記憶する記憶装置を備えることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の粒子線治療システム。
【請求項6】
前記制御装置は、前記目標ビーム照射量ごとに定められる前記ビーム幅許容範囲の情報を記憶する記憶装置を備えることを特徴とする請求項2又は4に記載の粒子線治療システム。
【請求項7】
各患者に対する治療計画データを作成する治療計画装置が、前記目標ビーム照射量に応じた前記荷電粒子ビームのビーム位置許容範囲を求め、
前記制御装置は、前記治療計画装置で求めた前記ビーム位置許容範囲に基づいて、前記照射スポット毎に前記ビーム位置許容範囲を設定することを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の粒子線治療システム。
【請求項8】
各患者に対する治療計画データを作成する治療計画装置が、前記目標ビーム照射量に応じた前記荷電粒子ビームのビーム幅許容範囲を求め、
前記制御装置は、前記治療計画装置で求めた前記ビーム幅許容範囲に基づいて、前記照射スポット毎に前記ビーム幅許容範囲を設定することを特徴とする請求項2又は4に記載の粒子線治療システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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