説明

粒子配列体又は構造体並びにその製造方法

【課題】 溶液中で、電場又は重力場により形成された粒子配列体又は構造体において、電場又は重力場が消失した後も長時間に亘って、その構造を安定に維持しうる粒子配列体又は構造体及びその製造方法を提供する。
【解決手段】 溶液中で、電場や重力などの外場によって形成させた粒子配列体又は構造体に、無機及び有機イオン種またはその混合物を添加し、粒子間及び粒子−容器底面間の距離に対する相互作用ポテンシャルエネルギーの障壁の高さを制御することによって、粒子配列体又は構造体をその場に固定することができ、電場などの外場を解除しても、溶液中で長期間にわたって安定にその形態を維持することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶液中で形成された粒子配列体又は構造体並びにその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、種々の物質を分子レベルで検出するセンサーとして、シリカ、ポリスチレン、半導体及び貴金属などの粒子表面にプローブ分子を付着させ、被検体中のターゲット分子が該プローブ分子に結合することで生ずる粒子界面の光学及び電気特性の変化ならびにそれに伴う粒子の凝集分散状態を、蛍光の発光・消光、表面プラズモンまたは紫外可視の吸収波長、或いは粒子の表面電位を検出する各種センサーが生体及び環境工学分野において用いられている。(非特許文献1及び2参照)。これらは、単一粒子または多粒子からなる無秩序な分散状態で使用されている。しかし、こうした微粒子を基板に秩序的に配列させることによって、センサーの高感度化、小型・集積化及び省エネルギー化が実現できることから、汎用性の高い粒子配列技術が期待されている。
【0003】
また、微粒子を基板に配列させる方法についても、種々の方法が知られている。
例えば、特許文献1には、官能基を含む若しくは官能基が合成される環境下で、各種基板の表面を大気圧プラズマ処理して、表面に官能基が修飾された微粒子固定用基板を作製し、該微粒子固定用基板の表面に、直径0.1〜100μmの粒度が揃った微粒子を分散させた分散液を塗布して、基板表面に均一に伸展して微粒子を整列させて固定することが記載されている。
また、シリコン基板に溝などの微細加工パターンを施し、その溝に微粒子を落とし込んで配列固定する方法も知られている(非特許文献3及び4参照)。しかしながら、これらの方法も、均一に分散された粒子分散液を基板と接触させた後に乾燥させて基板に固定化する必要があり、乾燥過程で粒子表面などに汚れや配列体形態の乱れが生じることが懸念される。また、溶液系での測定を行う場合、再び溶液に接する際の流れならびに粒子間や粒子基板間の反発力の増大によって、粒子配列体が崩壊する可能性がある。更に、シリコン基板上の微細加工パターンを施した溝に微粒子を落とし込む場合、粒子のブラウン運動や基板との相互作用または粒子間の相互作用によって溝に粒子が固定化される確率が乏しく、溝に一旦落ち込んだ粒子であっても粒子のブラウン運動または振動によって溝の外に容易に出てしまうなど、粒子の配列固定化の再現性が乏しい。
また、光反応性有機分子で修飾した基板上に構造体を固定化する技術も提案されている(特許文献2)が、粒子固定及び多数の配列体が密集するパターン形成が可能となるが、単体の配列形体を形成させることはできない。
上記のいずれの場合も、基板を微細加工または化学修飾などの付帯的な操作を行う必要があり、基板の微細加工または化学修飾は粒子配列体による光の共振・発振を用いたセンサー等の応用においては検出信号の乱れの原因となり得ると同時に、それを避けるための検出部の付帯的操作や設備が必要となる。
【0004】
一方、溶液中で粒子配列体又は構造体を製造する方法には、重力場や電場を利用して溶液中で行われてきた。
例えば、特許文献3では、双曲線型四重電極内において、高周波数で変動させる電場を印加することにより微小粒子を整列させることが記載されている。
しかし、溶液中では、重力場で形成された粒子の配列構造は、熱ゆらぎや振動によって容易に不安定化する。また、粒子配列体を形成するために電場を印加するが、電場を解除すると粒子の配列構造体は容易に消失する。さらに、製造された構造体を溶液から取り出すためには、溶液を乾燥させる、もしくは、シリコーンやゲルなどの高分子媒体と置換または添加するなどの付帯的な操作を必要とする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−155218号公報
【特許文献2】特開平5−183150公報
【特許文献3】特開2003−215378号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】NATURE METHODS VOL.5, NO.7, 2008 PP591.
【非特許文献2】Chemical Communications, No.5, 2008, PP544.
【非特許文献3】OPTICS LETTER Vol.28, No.24, 2003, PP2437
【非特許文献4】World Network Seminar on Advanced Particle Science and Technology 2010
【非特許文献5】北原文雄;渡辺昌編「界面電気現象‐基礎・測定・応用‐」共立出版,1972,pp55
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述のとおり、従来の、液体中での粒子配列体又は構造体の製造技術は、熱ゆらぎや振動によって配列体又は構造体の構造が容易に不安定化し、粒子配列体又は構造体を形成させるために印加した電場を解除すると構造が容易に消失するなどの問題がある。また、配列体又は構造体を溶液中から取り出すためには、溶液を乾燥させる、あるいは、シリコーンやゲルなどの高分子媒体と置換または添加するなどの付帯的な操作が必要となる。
これらの操作は、粒子配列体又は構造体が適用される環境や展開が期待される技術分野を制限しているのが現状である。特に、溶液中で形成された粒子配列体又は構造体を安定にその形態を維持するには至っていないため、液体が共存するシステムでの技術開発が進んでいない現状である。
【0008】
本発明は、こうした現状を鑑みてなされたものであって、溶液中で、電場又は重力場により形成された粒子配列体又は構造体において、電場又は重力場が消失した後も長時間に亘って、その構造を安定に維持しうる粒子の配列体又は構造体及びその製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、溶液中で、電場や重力などの外場によって形成させた粒子配列体又は構造体に、無機及び有機イオン種またはその混合物を添加し、粒子間及び粒子−容器底面の基板間の距離に対する相互作用ポテンシャルエネルギーの障壁の高さを制御することによって、粒子配列体又は構造体をその場に固定することができ、電場などの外場を解除しても、溶液中で長期間にわたって安定にその形態を維持することができるという知見を得た。
【0010】
本発明はこれらの知見に基づいて完成に至ったものであり、本発明によれば、以下の発明が提供される。
(1)溶液中で、電場又は重力場により形成された粒子間距離が、電場又は重力場が消失した後も保持されている粒子配列を備えることを特徴とする粒子配列体又は構造体。
(2)前記粒子間距離はnmからμmのオーダーであることを特徴とする(1)に記載の粒子配列体又は構造体。
(3)粒子サイズは光波長より大きく、粒子間距離は300nm以下の共振・発振が伝播する距離であることを特徴とする(1)又は(2)に記載の粒子配列体又は構造体。
(4)溶液中で、電場又は重力場により目的とする粒子配列体又は構造体を形成させた後、無機電解質又は有機電解質を添加し、その添加量を調整することにより、粒子間及び粒子−基板間の距離に対する相互作用ポテンシャルエネルギーの障壁の高さを制御して、前記粒子配列体又は構造体の形体及び/又は位置を固定することを特徴とする粒子配列体又は構造体の製造方法。
(5)前記電解質が、無機イオン種、有機イオン種、水溶性有機物またはその混合物から選ばれることを特徴とする(4)に記載の粒子配列体又は構造体の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、溶液中で粒子配列体又は構造体を速やかにその場で固定し、溶液中において安定な構造を維持する粒子配列体又は構造体を製造することができる。また、この方法で製造された粒子配列体又は構造体の粒子サイズは、光波長の10倍、その粒子間距離は100nm以下である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】粒子間及び粒子−容器底面の基板間の距離(kd)に対する、相互作用ポテンシャルエネルギー(V/kT)を示す図。
【図2】粒子配列体を検出装置に応用した一例を示す図であって、粒子配列体の表面をプローブ分子で修飾することによりターゲット分子を吸着させ、その際の、粒子配列体に入射したレーザー光の屈折率変化を検出するようにした検出装置の概要を示す図。
【図3】ポリスチレンラテックス粒子の配列体におけるその場固定の過程を示す図
【図4】シリカ粒子の第2次極小における配列体のその場固定と可逆的邂逅を示す図
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明において、粒子は、その形状が均一で、0.1〜100μmの範囲の粒径を有するものを意味する。また、粒子の材質は特に制限されず、高分子樹脂などの有機物粒子又はシリカ等の無機物粒子が使用され、たとえば、赤外から紫外域において光学的均一性を有するポリスチレンラテックス粒子、シリカ粒子等が好ましく用いられる。
また、これらの粒子を配列させる媒体である、溶液としては、蒸留水や脱イオン水または水溶性有機溶媒または水との混合溶媒等が用いられる。
【0014】
本発明において、溶液中で、電場や重力などの外場によって粒子配列又は構造体を形成させる方法は、特に限定されないが、例えば、電極が配置された基板上に粒子を沈降させた後に、交流電場を印加して配列体を形成し、無機、有機イオン種、水溶性有機物またはその混合物の希釈液を注入することによって、液相条件下で粒子配列体を基板へ固定することができる。
本発明において、用いられる基板としては、透明なガラスやプラスティックからシリコン基板などの金属素材に至る広範囲の素材を用いることが可能である。
【0015】
以下、図を用いて、本発明について説明する。
図1は、粒子間及び粒子−容器底面の基板間の距離(kd)に対する、相互作用ポテンシャルエネルギー(V/kT)を示す図であって、ここで、「粒子間及び粒子−基板間の距離(kd)」は、電気二重層の厚さで規格化された距離であり、Vはエネルギー、kはボルツマン定数、Tは、絶対温度であり、粒子間や粒子−基板間の相互作用エネルギーの障壁高さがV>15kTではブラウン運動による粒子間の接近を妨げるほどの反発力が働くため、単粒子の安定な分散状態にある(非特許文献5)。そのため、電場によって形成した粒子配列体及び構造体は、電場の消失と供に崩壊し、単粒子の安定な分散状態と戻ってしまう。一方、粒子間や粒子−基板間の相互作用エネルギーの障壁高さがV<15kTとなり、障壁位置の遠距離近傍に第2次極小が現れると、電場によって形成した粒子配列体及び構造体は第2次極小の位置に相当する粒子間や粒子−基板間距離で、電場の消失後も粒子配列体や構造体の形態を維持され、底面に固定化することが可能となる。更に、粒子間相互作用エネルギーの障壁が消失すると、粒子間または粒子−基板間は第1次極小の位置にまで接近可能となり、電場の消失後も粒子配列体や構造体の形態が安定に維持され、底面上へ強固に固定化することが可能となる。
【0016】
電場や重力などの外場を利用して、溶液中に粒子配列または構造体を形成させても、図中のAに示すように、電場をOFFにする、もしくは振動を加えると、粒子間及び粒子−基板間の距離に対する相互作用ポテンシャルエネルギーの障壁の存在によって、粒子配列又は構造体は消失する。
そこで、溶液中において、目的とする粒子配列体又は構造体を形成させた後、無機、有機イオン種、水溶性有機物またはその混合物を添加し、その添加量を調整して粒子間及び粒子−基板間の距離に対する相互作用ポテンシャルエネルギーの障壁の高さを制御すると、これによって、粒子配列体又は構造体の形体及び/又は位置を固定することができる。
さらに、詳しくは、上記イオン種の添加濃度を変えることにより、粒子及び基板の拡散電気二重層の厚さや表面電荷の符号を調整し、それらの間に作用するポテンシャルエネルギーの障壁を下げて、第2次極小(図中のB参照)、又は第1次極小(図中のC参照)を出現せしめると、これによって、これらの極小が存在する粒子間及び粒子−基板間の距離で、粒子配列体又は構造体を速やかに固定し得る。
【0017】
第1次極小において固定される場合、配列体内又は構造体の粒子間及び配列体又は構造体と基板間の距離は10nm以下であり、第2次極小において固定される場合、それらの距離は数十nm以上となる。
例えば、粒子を光の共振・発振を用いたセンサーに用いる場合、光の共振・発振が伝播する粒子配列体の粒子間距離は300nm以下、好ましくは100nm以下である。
【0018】
本発明において、粒子配列体又は構造体には、一次元構造、二次元構造、又は三次元構造が含まれる。
また、本発明に用いられる無機、有機イオン種、水溶性有機物またはその混合物は、一価、二価、三価或いは多価の陽イオン又は陰イオンであり、好ましくはLi+、Na+、K+、Mg2+、Ca2+、Al3+、Ba2+、Cl-、カルボン酸、アミノ酸、水溶性高分子、及び界面活性剤等である。
【0019】
本発明では、これらのイオン種の価数、種類及び添加量並びに印加電場強度を調整して、粒子間及び粒子−基板間の距離に対する相互作用ポテンシャルエネルギーの障壁の高さ及び第2次極小の深さ並びにそれらの位置を制御するものであるが、それによって形成された配列体内の粒子間距離や配列数ならびにその安定性を制御することが可能となった。
例えば、イオン種の価数または添加量を増加させると、相互作用ポテンシャルエネルギーの障壁の高さは減少し、第2次極小の深さは増加する。また、それらの位置は、粒子間や粒子−基板間の近距離領域に移動するため、配列体や構造体の粒子間距離や粒子−基板間の距離は小さくすることが可能となる。また、粒子または溶液底面の表面電位の大きさを変えることによっても、イオン種の価数、種類及び添加量を調整するのと同じ効果が期待できる。すなわち、粒子または溶液底面の表面電位の大きさが減少すると、相互作用ポテンシャルエネルギーの障壁の高さは減少し、第2次極小の深さは増加し、それらの位置は粒子間や粒子−基板間のより近距離領域に移動する。
【0020】
図2に、本発明の粒子配列体又は構造体を検出装置に応用した一例を示す。
図2に示すように、粒子配列体又は構造体にレーザー光を入射すると、光の共振・発振が配列体中を伝播する。ここで、粒子配列体又は構造体の表面をプローブ分子で修飾しておけば、ターゲット分子が吸着した場合、吸着により屈折率が変化する。この変化を光検出器で測定することによって、高感度かつ高速に生体分子や環境化学物質の極微量検出が可能となる。
【実施例】
【0021】
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
図3は、本実施例におけるポリスチレンラテックス粒子の配列体における、その場の固定の過程を微分干渉光学顕微鏡顕(オリンパス社製BH2型)によって撮影した顕微鏡写真(倍率200倍)である。
直径10μmのポリスチレンラテックス粒子(Polyscience社製)を周波数発生装置(IWATSU社製 SG4101)及び電圧増幅器(Tektronix社製 TM520A)を用い、周波数1kHz、電場強度200Vrms/cmのAC電場を印加して、純水中においてに連珠配列させた(図3(a))。
次いで、濃度0.1MのMgCl2水溶液を添加して(図3(b))、5×10-4MのMgCl2濃度において一次元粒子配列体又は構造体は速やかに固定し、それ以上の濃度を添加しても配列体または構造体の形態及び固定状態は安定で変化がない。
MgCl2濃度1×10-3Mで電場をOFFにした後、その配列や構造は強固に保持され(図3(c))、溶液が蒸発しない限り、少なくとも1日以上放置しても安定して維持されていた。
固定化された配列体に純水を添加して溶液中のイオン種の濃度を下げても、固定及び配列状態は容易に解除しなかったことから、図3(b)、(c)の固定された状態は、図1の第1次極小における配列である。
【0022】
(実施例2)
図4は、本実施例におけるシリカ粒子の第2次極小における配列体とその場固定並びに可逆的邂逅の過程を微分干渉光学顕微鏡(オリンパス社製BH2型)によって撮影した顕微鏡写真(倍率400倍)である。
直径1.6μmのシリカ粒子(日本触媒社製)を周波数発生装置(IWATSU社製 SG4101)及び電圧増幅器(Tektronix社製 TM520A)を用い、周波数1kHz、電場強度200Vrms/cmのAC電場を印加して、純水中においてに連珠配列させた(図4(a))。
次いで、濃度0.1MのNaCl水溶液の添加を開始し、2×10-3M以上のNaCl濃度において粒子配列体又は構造体を速やかに固定し、電場をOFFにしてもその配列や構造は強固に保持された(図4(b))。
さらに、純水を添加して溶液中のイオン種の濃度を下げることによって、固定状態及び配列を可逆的に解除した(図4(c))。
【産業上の利用可能性】
【0023】
高感度かつ高速に極微量の生体分子や環境化学物質を検出可能な小型かつ安価なセンサーデバイスとして利用することができる。利用可能な市場は、バイオセンサー、ガスセンサー、バイオチップ、DNAシーケンサーなどが想定される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶液中で、電場又は重力場により形成された粒子間距離が、電場又は重力場が消失した後も保持されている粒子配列を備えることを特徴とする粒子配列体又は構造体。
【請求項2】
前記粒子間距離はnmからμmのオーダーであることを特徴とする請求項1に記載の粒子配列体又は構造体。
【請求項3】
粒子サイズは光波長より大きく、粒子間距離は300nm以下の共振・発振が伝播する距離であることを特徴とする請求項1又は2に記載の粒子配列体又は構造体。
【請求項4】
溶液中で、電場又は重力場により目的とする粒子配列体又は構造体を形成させた後、無機電解質又は有機電解質を添加し、その添加量を調整することにより、粒子間及び粒子−基板間の距離に対する相互作用ポテンシャルエネルギーの障壁の高さを制御して、前記粒子配列体又は構造体の形体及び/又は位置を固定することを特徴とする粒子配列体又は構造体の製造方法。
【請求項5】
前記電解質が、無機イオン種、有機イオン種、水溶性有機物またはその混合物から選ばれることを特徴とする請求項4に記載の粒子配列体又は構造体の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate