説明

粗糖中のフェニルグルコシド誘導体の製造方法

【課題】有機溶媒を用いず、水のみを用いて粗糖が含有するフェニルグルコシド誘導体含有画分を精製する工業的な精製方法および製造方法を開発する。
【解決手段】 粗糖水溶液を、強酸性型イオン交換樹脂を担持体とし水を溶離剤とするカラムクロマトグラフィーに付し、波長272nmの紫外線に対し極大吸収を示す画分を分取することを特徴とするフェニルグルコシド誘導体含有画分の分離方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粗糖に含まれるフェニルグルコシド誘導体の分離方法に関するものである。
より詳細には、粗糖に含まれ、波長272nmの紫外線に対して極大吸収を示すフェニルグルコシド誘導体含有画分の、強酸性イオン交換樹脂と水を用いる工業的分離方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
黒砂糖中の非蔗糖分画に含まれる黒色物質(以下、色素成分ともいう)が血清中の中性脂肪およびインスリンの増加抑制作用を有することは既に明らかとなっている(例えば、非特許文献1)。また、その有効成分が3,4-ジメトキシフェニル-β-D-グルコシドまたは2,4-ジメトキシフェニル-β-D-グルコシドであると考えられることについても報告されている(例えば、非特許文献2)。
【0003】
さらに、上記黒色物質が抗アレルギー作用を有し、動脈硬化の予防改善ができ(例えば、特許文献1)、また皮膚賦活・美白作用などの効果を有することが明らかとなっている(例えば、特許文献2)。
【0004】
そして、上記の効用をもつ無蔗糖の色素成分エキスの上記文献における製造はいずれの場合も、粗糖を水に溶かして、カラムに充填した活性炭(非特許文献2)またはポリスチレン系樹脂であるアンバーライトXAD−2などのような非極性吸着剤(特許文献1および2)に吸着させ、甘味が全く無くなる迄水で溶出し、次いで20〜30%のアルコールで溶出し、色素成分を溶離させ、溶出液の着色がほとんどなくなった時点で95〜99%の高濃度のアルコールで溶出して色素成分を完全に溶離させ、これらのアルコール含有溶出液を合して、蒸発乾固すると粗糖から約0.5%の収量で蔗糖を含有しない色素成分精製エキス末が得られる非極性吸着剤を用いるカラムクロマトグラフィー法が用いられてきた。
【0005】
上記の方法で用いられるアルコールは、精製エキス末が医薬、化粧品に用いられることからエタノールが使用され、例えば75kgの粗糖から375gの色素成分精製エキス末を得るためには、20%エタノール約200L、95%エタノール約100Lを必要としていた。
そして、上記のエタノールの蒸留回収には手間と費用を要し、さらに引火の危険性を伴うものであった。
【0006】
【非特許文献1】木村ら、薬学雑誌、102(7)、1982、666〜669頁
【非特許文献2】木村ら、和漢医学雑誌、Vol1、第1号、1984、178〜179
【特許文献1】特開昭57−88107
【特許文献2】特許昭59−48809
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、上記のようなエタノールなどの有機溶媒を用いず、水のみを用いて粗糖が含有するフェニルグルコシド誘導体である3,4-ジメトキシフェニル-β-D-グルコシドの含有画分を精製する工業的な精製方法および製造方法の開発が待望されていた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、前記の非極性吸着剤の替わりに強酸性型イオン交換樹脂を担持体として用いることにより、溶離剤として水のみを使用して粗糖に含まれる3,4-ジメトキシフェニル-β-D-グルコシド含有画分の色素成分を工業的に精製する方法を見出し、本研究を完成した。
【0009】
かくして、本発明によれば、粗糖水溶液を、強酸性型イオン交換樹脂を担持体とし水を溶離剤とするカラムクロマトグラフィーに付し、波長272nmの紫外線に対し極大吸収を示す画分を分取することを特徴とするフェニルグルコシド誘導体含有画分の分離方法が提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、強酸性型イオン交換樹脂と水のみによるフェニルグルコシド誘導体含有画分、とりわけ3,4-ジメトキシフェニル-β-D-グルコシド含有画分の、安価でかつ安全な工業的精製および製造方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明において用いられる用語「粗糖」とは、サトウキビまたは砂糖大根から得られる粗製蔗糖、粗製蔗糖エキスまたはその乾固物のいずれをも意味する。
また、本発明において用いられる強酸性型イオン交換樹脂を担持体とし水を溶離剤とするカラムクロマトグラフィーとは、通常のガラス製カラムを用いるクロマトグラフィーのみならず、より大型で、水に分散させた上記イオン交換樹脂を充填した金属製精製塔を用いるクロマトグラフィー法をも意味する。
【0012】
上記の強酸性型イオン交換樹脂はナトリム型またはカリウム型イオン交換樹脂のいずれでもよく、ゲル型またはポーラス型のいずれのイオン交換樹脂でも使用できるが、溶出速度および使用した樹脂の再生の容易性の観点からゲル型が好ましい。
【0013】
本発明で用いることができるゲル型のナトリウム型またはカリウム型強酸性イオン交換樹脂としては、例えば市販されているダイヤイオン(商標)シリーズとしてSK1B、SK104、SK110、SK112、SK116、PK208、PHK212、PK216、PK220、PK228、HPK25、UBK530、UBK535、UBK550およびUBK555(以上、三菱化学株式会社製)、アンバーライト(商標)シリーズとしてIR120B、IR120BN、IR124、XT1006CP、IR118、IIR120B、IIR120BN、アンバーリスト(商標)31、クロマトグラフ用アンバーライトCG120、CG6000(以上、オルガノ株式会社製)、ダウエックス(商標)シリーズとして、50WX8−200、50WX4−400、50WX2−100、50WX4−200、50WX2−200、50WX2−400、50WX8−400、50WX8−100、HCR−W2、HCR−S(以上、ダウ・ケミカル日本株式会社製)等が挙げられる。
【0014】
上記の中でも、入手の容易性および価格および分離能などの観点からクロマト分離用ダイヤイオン(商標)UBKシリーズが好ましく、さらにUBK530が好ましい。
【0015】
本発明において用いられる用語「水」とは、脱イオン水、蒸留水または脱イオン蒸留水を意味するが、本発明の用途においては、脱イオン水で十分である。
【0016】
また、本発明におけるナトリウム型またはカリウム型強酸性イオン交換樹脂は、上記の市販品を購入し、脱イオン水で洗浄しただけで、そのまま用いることができるのも本願発明の特徴の一つである。
【0017】
なお、本発明における上記イオン交換樹脂の使用量は、粗糖末1kgに対して10〜20倍量(容量比)が好ましく、さらに15〜18倍量(容量比)が好ましい。
【0018】
本発明による粗糖からフェニルグルコシド誘導体の工業的製造方法は、粗糖水溶液を、強酸性型イオン交換樹脂を担持体とし水を溶離剤とするカラムクロマトグラフィーに付し、波長272nmの紫外線に対し極大吸収を示す画分を分取することにより行なわれる。
【0019】
より詳細には、例えば、粗糖を2.5倍量(容量比)の水に溶かし、不溶物をろ別して粗糖水溶液を調製する。次いで、該粗糖水溶液を、常法に従って、水を溶離剤とし、強酸性陽イオン交換樹脂を充填したカラムの上部から充填剤上部に注ぎ、カラムから溶離液を滴下して粗糖を充填剤に吸着させる。
【0020】
次いで、室温にて粗糖の70倍〜90倍量(容量比)の水を用いて、流速6〜8L/時の速度でカラムから溶出させ蔗糖を溶離させ、蔗糖の溶離後に溶出液が僅かに着色し始めた時点から、溶出液を3〜5Lずつ分画することにより、全く甘味がなく糖度計の糖分ブリックスにより値0を示し、波長272nmの紫外線吸収スペクトルで吸光度1.0以上を示す淡黄色の溶出画分得ることができる。このようにして得られた溶出画分を合わせて、60℃以下の温度で減圧濃縮してフェニルグルコシド誘導体含有画分を得、さらに減圧下に濃縮乾固して濃縮乾固末を得る。
【0021】
したがって、本発明において用いられる用語「フェニルグルコシド誘導体含有画分」とは、フェニルグルコシド誘導体含有溶出液、該溶出液の減圧濃縮物および濃縮乾固末のいずれをも意味する。
なお、本発明で用いる強酸性イオン交換樹脂は、使用後に再生して繰り返し用いることができる。
【0022】
本発明による製造方法で得られるフェニルグルコシド誘導体含有精製濃縮乾固末の性状は非特許文献2に記載の従来の吸着剤法で得られた性状と全く同一であり、以下の性状を示す。
(1) 上記濃縮乾固末は黄褐色のやや吸湿性の粉末で、水、アルコールに可溶、ヘキサン石油エーテル、エーテルに不溶である。
(2) 上記濃縮乾固末の1%水溶液はpH約7.5を示す。
【0023】
(3) 赤外線吸収スペクトルνmax(ヌジョール;cm-1):3300、1590、1020および720。
(4) 紫外線吸収スペクトルλmax(nm)(水):272、320。
(5) 上記の濃縮乾固末の5%水溶液2〜3滴を沸騰フェーリング試液5mLに加えると赤色沈殿を生じる。また、本品の5%水溶液に塩化第二鉄試液を加えても陰性である。さらに、5%水溶液にゼラチン試液を加えても沈殿を生じない。
(6) 薄層クロマトグラフィー
【0024】
上記の濃縮乾固末10mgを水1mLに溶解し、以下に記載の条件下、日本薬局法一般試験法薄層クロマトグラフ法により試験するときRf約0.6〜0.85の間に単一の顕著な紅色スポットを発現する。
担体:シリカゲル60F254(メルク社、厚さ0.25mm)
試料添付量:10μL
展開溶媒:クロロホルム:メタノール:水(65:35:10)の下層
展開距離:10cm
検出:p-アニスアルデヒド試液を噴霧後105℃で5分間加熱
【0025】
(7) 濃縮乾固末からの3,4-ジメトキシフェニル-β-D-グルコシドの結晶化
上記の濃縮乾固末をイソプロビルアルコールから再結晶すると、融点154〜156℃の白色結晶性粉末が得られる。
【0026】
上記結晶性粉末を上記(6)に記載の条件下に薄層クロマトグラフィーに付すと、Rf0.8に赤色の顕著なスポットを発現した。
【0027】
上記結晶性粉末の元素分析、質量分析および1H-NMRスペクトル(400MHz、CD3OD)を測定したところ、3,4-ジメトキシフェニル-β-D-グルコシドのデータと完全に一致し、上記結晶性粉末が3,4-ジメトキシフェニル-β-D-グルコシドであることを確認した。
【0028】
また、上記結晶性粉末のHPLC分析(カラム:Phenomenex Synergi 4u Fusion-RP 80A (250 mm×4.6 mm)、移動相:0.1%リン酸水溶液;アセトニトリル=95%;5%、検出波長:282 nm)を行ったところ、純度96%以上であることが判明した。
【0029】
したがって、本発明において用いられる用語「フェニルグルコシド誘導体含有画分」とは、3,4-ジメトキシフェニル-β-D-グルコシドを主成分として含有する画分を意味する。
【実施例】
【0030】
比較例1
従来の吸着剤法
沖縄産黒砂糖5kgを水25Lに溶かし、ポリスチレン系吸着樹脂であるアンバーライトXAD-2 500gを水1.5Lに分散させて充填した内径8cmのカラムに注入し、溶離剤として水を用い、20mL/分の速度で流下させ、色素を吸着させた、次に甘味がなくなるまでカラムを水で溶出し、砂糖分を完全に溶離した。
【0031】
次いで、溶離剤を20%タノールに変更し、10mL/分の速度で溶出させ、吸着剤から黒砂糖中の黒色物質を溶離させた。溶出液に着色がなくなるまで同溶離剤で溶出し続けた。
溶出液が透明になった後、溶離剤を95%エタノールに変更し、溶出を継続し、溶出液に着色がなくなるまで同様の操作を行なった。95%エタノールによって得られたフラクションを60℃以下で減圧濃縮乾固して黒褐色残留物6gを得た。これを2Lのエタノールに加温溶解し、冷後ろ過し、再び60℃以下の温度で減圧濃縮し、さらに減圧下に濃縮乾固し、甘味の全く無い褐色粉末5.2gを得た。
【0032】
実施例1
イオン交換樹脂法のよる製造
粗糖末1kgを脱イオン水2.5Lに溶解し、不溶物をろ別した粗糖の水溶液を得た。この水溶液を、常法に従って、脱イオン水に17Lのナトリウム型陽イオン交換樹脂(三菱化学製UBK530)分散し充填したカラムの上部に注入し、上記樹脂に吸着させた。
次いで、室温で、85Lのイオン交換水を用い、流速8L/時の速度で上記のカラムから溶出させ蔗糖を溶離した。
【0033】
蔗糖の溶離後に、カラムからの溶出液が着色し始めた時点で、4Lずつ分画し、フラクション1〜20を得た。各フラクションを糖度計(アタゴ社製MASTE)で計測し、糖度プリックスが値0で、かつ甘味を呈さず、最大紫外線吸収波長272nmで吸光度1.0以上を示したフラクション8〜16を合せ、この溶出液を60℃で減圧濃縮し、さらに残留物を60℃で真空下に濃縮乾固し、乾燥して3,4-ジメトキシフェニル-β-D-グルコシドを主成分とするフェニルグルコシド誘導体含有画分の乾燥末5gを0.5%収率で得た。
なお、3,4-ジメトキシフェニル-β-D-グルコシドを主成分とするフェニルグルコシド誘導体含有画分の紫外および可視部の吸収スペクトルを図1に示す。
【0034】
実施例2
3,4−ジメトオキシフェニル-β-D-グルコシドの製造
実施例1に記載の方法で得られたフェニルグルコシド誘導体含有画分の乾燥末1kgを脱イオン水60Lに溶解し、不溶物をろ別した粗糖の水溶液を得た。この水溶液を、常法に従って、50L容量のナトリウム型陽イオン交換樹脂(三菱化学製UBK 530)を脱イオン水に懸濁し充填した樹脂塔(カラム)上部に注入し、樹脂に吸着させた。
【0035】
次いで、室温で、脱イオン水250Lを用い、25L/時の速度で上記カラムから溶出させ、蔗糖を溶離した。
蔗糖の溶離後に、カラムからの溶出液が着色し始めた時点で、12.5Lずつ分画し、フラクション1〜20を得た。前記の薄層クロマトグラフィーでRf約0.8に紅色スポットが確認され、最大紫外線吸収波長272nmを有するフラクション7〜13を合わせ、60℃で減圧濃縮し、さらに真空下で濃縮乾固して残留物65gを得た。
【0036】
この残留物をイソプロピルアルコール3.5Lに加熱溶解し再結晶して、粗3,4−ジメトキシフェニル-β-D-グルコシドの結晶性粉末8.4gを得た。
この粗結晶末を8Lの脱イオン水に溶解し、再度ナトリウム型強酸性イオン交換樹脂(三菱化学製UBK 530)6.5Lを充填した樹脂塔上部より注入して樹脂に吸着させた。
【0037】
脱イオン水30Lを用い、4L/時の流速でカラムから溶出させ、流下液が僅かに着色してから、1.5Lずつ分画し、フラクション1〜20まで分取した。
フラクション1〜20において、前記の薄層クロマトグラフィーによりRf0.8に単一の紅色のスポットが確認できるフラクション9〜14の画分を合わせ、60℃で減圧濃縮し、さらに真空下に濃縮乾固して4.2gの残留物を得た。
【0038】
この残留物を200mLの熱時イソプロピルアルコールに溶解して、再結晶し、乾燥して融点155〜156℃の白色結晶性粉末である3,4−ジメトキシフェニル-β-D-グルコシド0.8gを得た。
【0039】
得られた白色結晶性粉末は、質量分析、HPLC分析および1H−NMRスペクトルにおいて、3,4−ジメトキシフェニル-β-D-グルコシドの標品と完全に一致した。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明によれば、有機溶媒を用いることなく、強酸性型イオン交換樹脂と水のみによるフェニルグルコシド誘導体含有画分、とりわけ3,4-ジメトキシフェニル-β-D-グルコシド含有画分の、安価でかつ安全な工業的製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】3,4-ジメトキシフェニル-β-D-グルコシドを主成分とするフェニルグルコシド誘導体含有画分の紫外および可視部における吸収スペクトルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
粗糖水溶液を、強酸性型イオン交換樹脂を担持体とし水を溶離剤とするカラムクロマトグラフィーに付し、波長272nmの紫外線に対し極大吸収を示す画分を分取することを特徴とするフェニルグルコシド誘導体含有画分の分離方法。
【請求項2】
前記フェニルグルコシド誘導体が3,4-ジメトキシフェニル-β-D-グルコシドである請求項1に記載の分離方法。
【請求項3】
前記強酸性イオン交換樹脂がナトリウムまたはカリウム型イオン交換樹脂である請求項1に記載の分離方法。
【請求項4】
前記粗糖がサトウキビまたは砂糖大根から得られる粗製蔗糖である請求項1に記載の分離方法。

【図1】
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