説明

粘膜免疫制御剤

【課題】液相合成方法によりTGDK (Tetra-galloyl-D-Lys(K))を合成する方法を提供すること、並びにTGDKの新たな生物学的作用を調べること。
【解決手段】本発明は、N2, N6-ビス[N2, N6-ビス(3,4,5-トリヒドロキシベンゾイル)- L-リシル]- N-(2-アミノエチル)- L-リジンアミド(TGDK)の新規な液相合成方法と、上記化合物を含む粘膜免疫制御剤に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、N2, N6-ビス[N2, N6-ビス(3,4,5-トリヒドロキシベンゾイル)-L-リシル]- N-(2-アミノエチル)-L-リジンアミド(TGDK)の新規な液相合成方法と、上記化合物を含む粘膜免疫制御剤に関する。
【背景技術】
【0002】
粘膜免疫系は、体の中で最大の免疫装置である。腸管粘膜免疫系(GALT)および鼻腔粘膜系(NALT)の粘膜免疫には大きな特徴がある。前者は食品のように安全なものと、病原細菌のように病原性のあるものを識別・判別し、食品は取込まれ、病原細菌は排除されている。後者の鼻腔免疫系は吸気により、侵入するウイルス等病原微生物の除去に必須である。これらの粘膜免疫系で病原細菌等の異物を感知する細胞としてM細胞がそれぞれの上皮組織に存在する。それぞれの粘膜組織に侵入した抗原(病原性細菌等)はそれぞれの粘膜上皮組織に存在するM細胞を介してその下流に存在する粘膜固有層にトランスサイトーシス(転移送)され、粘膜固有免疫系を賦活し、生体防御に極めて重要な働きをしている。従って、このM細胞に生体防御に関わる物質を効率的かつ特異的に送り込むことにより、疾病を予防又は治療することが可能になる。
【0003】
本発明者は、このM細胞に特異的に標的する物質として、TGDK (Tetra-galloyl-D-Lys(K))を報告している(非特許文献1)。非特許文献1では、オリゴD-Lys-樹脂を出発原料として固相法によりTGDKを合成する方法が記載されている。
【0004】
また特許文献1にも、式1:TGDK-CH2-CH2-NH-R(式中、TGDK-CH2-CH2-NH-は、2-[ N-α, N-ε-bis(N-α, N-ε-digalloyllysinyl)lysinyl]aminoethylamino基を示し、Rは、水素原子;ペプチド結合を介して活性エステル基を有する基;ペプチド結合を介してSH基と結合する基;ペプチド結合を介して結合しているペプチド、タンパク質、脂質又は糖:あるいはシッフベースを介して結合しているペプチド、タンパク質、脂質又は糖を示す。)で示される化合物からなる腸管免疫賦活剤が記載されている。特許文献1には、上記のTGDKがM細胞を識別することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開WO2007/052641号公報(国際出願番号PCT/JP2006/321720)
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Misumi et al.,Journal of Immunology, 2009, 182, 6061-6070
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
TGDKの固相合成は、ペプチドの固相合成法に従い、D-Lys3分子を樹脂に結合させることから始まり、液体と固体の不均一反応で、収量が極めて低く、また、試薬が高価であるという問題がった。本発明が解決しようとする課題は、D-Lysを出発物質として使用して液相合成方法によりTGDKを合成する方法を提供することである。本発明が解決しようとする別の課題は、TGDKの新たな生物学的作用を調べ、主に自然免疫系に対する新たな作用を見出し、新たな粘膜免疫制御剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は上記課題を解決するために鋭意検討した結果、TGDKの工業的に可能な液相合成法を開発し、TGDKを大量合成することに成功した。更に本発明者らは、TGDKは従来の粘膜M細胞ターゲット剤としての機能に加え、自然免疫担当細胞ナチュラルキラー細胞(NK細胞)および自然免疫と獲得免疫の橋渡しに関わるナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)並びに免疫系の暴走・過剰反応等を抑制する制御性T細胞に作用して、粘膜免疫を制御することを見出した。本発明はこれらの知見に基づいて完成したものである。
【0009】
即ち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
[1] 以下の工程(1)〜(6)を含む、D-リジンメチルエステル二塩酸塩からN2, N6-ビス[N2, N6-ビス(3,4,5-トリヒドロキシベンゾイル)-L-リシル]- N-(2-アミノエチル)-L-リジンアミドを合成する方法。
(1)D-リジンメチルエステル二塩酸塩を、3,4,5-トリメトキシベンゾイルクロライドの存在下で反応させることにより、N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リジンメチルエステルを製造する工程;
(2)工程(1)で得たN2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リジンメチルエステルをアルカリとメタノールで処理して、N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リジンを製造する工程;
(3)工程(2)で得たN2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リジンを、N,N'-ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)とN-ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBT)の存在下で反応させ、更にD-リジンメチルエステルを添加して反応させて、N2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リシル]-L-リジンメチルエステルを製造する工程;
(4)工程(3)で得たN2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リシル]-L-リジンメチルエステルをアルカリとメタノールで処理して、N2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リシル]-L-リジンを製造する工程;
(5)工程(4)で得たN2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リシル]-L-リジンを、2-[1H-ベンゾトリアゾール-1-イル]-1,1,3,3-テトラメチルウロニウムヘキサフルオロホスフェート及びエチレンジアミンの存在下で反応させて、N2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リシル]- N-(2-アミノエチル)-L-リジンアミドを製造する工程;及び
(6)工程(5)で得たN2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リシル]- N-(2-アミノエチル)-L-リジンアミドを、三臭化ホウ素の存在下で脱メチル化して、N2, N6-ビス[N2, N6-ビス(3,4,5-トリヒドロキシベンゾイル)-L-リシル]- N-(2-アミノエチル)-L-リジンアミドを製造する工程。
【0010】
[2] N2, N6-ビス[N2, N6-ビス(3,4,5-トリヒドロキシベンゾイル)-L-リシル]- N-(2-アミノエチル)-L-リジンアミド(TGDK)、又はこれにペプチド、タンパク質、脂質又は糖が結合している化合物を有効成分として含む、粘膜免疫制御剤。
[3] CD161を発現する免疫細胞を活性化するための粘膜免疫制御剤である、[2]に記載の粘膜免疫制御剤。
[4] CD161を発現する免疫細胞が、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)又はナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)である、[3]に記載の粘膜免疫制御剤。
[5] 浮遊型のナチュラルキラー細胞(NK細胞)又はナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)を活性化し、接着型のナチュラルキラー細胞(NK細胞)又はナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)を抑制して粘膜免疫を制御する、[2]から[4]の何れか1項に記載の粘膜免疫制御剤。
【0011】
さらに本発明によれば、粘膜免疫制御剤の製造のための、N2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリヒドロキシベンゾイル)-L-リシル]- N-(2-アミノエチル)-L-リジンアミド(TGDK)、又はこれにペプチド、タンパク質、脂質又は糖が結合している化合物の使用が提供される。
【0012】
さらに本発明によれば、N2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリヒドロキシベンゾイル)-L-リシル]- N-(2-アミノエチル)-L-リジンアミド (TGDK)、又はこれにペプチド、タンパク質、脂質又は糖が結合している化合物をヒトを含む哺乳動物に投与することを含む、粘膜免疫を制御する方法が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によるTGDKの液相合成法は均一反応であり、収率は固相法の約3倍(モル収率:固相法、2.6 %; 液相法,8.5 %)であり、製造原価(固相法、100万円/100 mg;液相法、1万円/100 mg)も安価である。また、固相法の1回での最大合成量は10 mgで1ヵ月を要するのに対し、液相合成では1000 mgの合成を1週間で達成できる。
また、本発明によれば、TGDKは、自然免疫系のナチュラルキラー細胞・ナチュラルキラーT細胞を増やし、免疫反応の過剰反応を押さえる制御性T細胞にも作用することが判明したことから、TGDKを含む新規な粘膜免疫制御剤を提供することが可能になった。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、TGDKのMS分析チャートを示す。
【図2】図2は、浮遊骨髄リンパ系細胞に対するTGDKの効果を示す。
【図3】図3は、NK細胞のCD16, CD56, CD161およびNKT細胞のCD3, CD16, CD56, CD161の表面マーカーを用いるFACS分析の結果を示す。
【図4】図4は、TGDKの接着骨髄リンパ系細胞に対する作用をFACS分析で調べた結果を示す。
【図5】図5は、TGDKの末梢リンパ球系細胞に対する作用をFACS分析で調べた結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明について更に詳細に説明する。
本発明による、D-リジンメチルエステル二塩酸塩からN2, N6-ビス[N2, N6-ビス(3,4,5-トリヒドロキシベンゾイル)- L -リシル]- N-(2-アミノエチル)- L-リジンアミドを合成する方法は、以下の工程(1)〜(6)を含むことを特徴とする。
(1)D-リジンメチルエステル二塩酸塩を、3,4,5-トリメトキシベンゾイルクロライドの存在下で反応させることにより、N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リジンメチルエステルを製造する工程;
(2)工程(1)で得たN2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リジンメチルエステルをアルカリとメタノールで処理して、N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リジンを製造する工程;
(3)工程(2)で得たN2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リジンを、N,N'-ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)とN-ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBT)の存在下で反応させ、更にD-リジンメチルエステルを添加して反応させて、N2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リシル]-L-リジンメチルエステルを製造する工程;
(4)工程(3)で得たN2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リシル]-L-リジンメチルエステルをアルカリとメタノールで処理して、N2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リシル]-L-リジンを製造する工程;
(5)工程(4)で得たN2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リシル]-L-リジンを、2-[1H-ベンゾトリアゾール-1-イル]-1,1,3,3-テトラメチルウロニウムヘキサフルオロホスフェート及びエチレンジアミンの存在下で反応させて、N2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リシル]- N-(2-アミノエチル)-L-リジンアミドを製造する工程;及び
(6)工程(5)で得たN2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リシル]- N-(2-アミノエチル)-L-リジンアミドを、三臭化ホウ素の存在下で脱メチル化して、N2, N6-ビス[N2, N6-ビス(3,4,5-トリヒドロキシベンゾイル)-L-リシル]- N-(2-アミノエチル)- L-リジンアミドを製造する工程。
【0016】
上記の工程(1)は、以下の実施例のProtocol-1に記載の方法に準じて行うことができ、同様に、工程(2)はProtocol-3に記載の方法に準じて行うことができ、工程(3)はProtocol-4に記載の方法に準じて行うことができ、工程(4)はProtocol-6に記載の方法に準じて行うことができ、工程(5)はProtocol-8に記載の方法に準じて行うことができ、工程(6)はProtocol-10の記載の方法に準じて行うことができる。
【0017】
更に本発明は、N2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリヒドロキシベンゾイル)- L-リシル]- N-(2-アミノエチル)- L-リジンアミド(TGDK)、又はこれにペプチド、タンパク質、脂質又は糖が結合している化合物を有効成分として含む、粘膜免疫制御剤に関する。本発明においては、CD161を発現する免疫細胞を活性化するために使用することができ、より具体的には、CD161を発現するナチュラルキラー細胞(NK細胞)又はナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)を活性化するために使用することができる。特に、本発明の粘膜免疫制御剤は、浮遊型のナチュラルキラー細胞(NK細胞)又はナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)を活性化するために使用することができる一方、接着型のナチュラルキラー細胞(NK細胞)又はナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)を抑制するために使用することもできる。
【0018】
本発明の粘膜免疫制御剤において用いる化合物としては、TGDKのみならず、TGDKにペプチド、タンパク質、脂質又は糖が結合している化合物を用いてもよい。ペプチド、タンパク質、脂質又は糖は、TGDKに直接結合していてもよいし、適当なリンカーを介して結合していてもよい。このような化合物としては、例えば、国際公開WO2007/052641号公報に記載されているようなTGDK-CH2-CH2-NH-R(式中、TGDK-CH2-CH2-NH-は、2-[N-α, N-ε-bis(N-α, N-ε-digalloyllysinyl)lysinyl]aminoethylamino基を示し、Rは、水素原子;ペプチド結合を介して活性エステル基を有する基;ペプチド結合を介してSH基と結合する基;ペプチド結合を介して結合しているペプチド、タンパク質、脂質又は糖:あるいはシッフベースを介して結合しているペプチド、タンパク質、脂質又は糖を示す。)で示される化合物を挙げることができる。TGDK-CH2-CH2-NH-Rで示される化合物は、国際公開WO2007/052641号公報に記載の方法に従って製造することができる。
【0019】
また上記したペプチド、タンパク質、脂質、ポリエチレングリコール類又は糖としては、抗原となり得るものであれば特に限定されず、任意のものを使用することができる。
【0020】
本発明の粘膜免疫制御剤のために用いることができる抗原としては、腫瘍抗原、病原体抗原およびアレルゲン抗原などを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。ここで言う病原体抗原とは、病原体に特有の抗原を意味し、ウイルス、細菌、寄生生物または菌類から得られる抗原である。
【0021】
病原体の具体例としては、コレラ菌、毒素原性大腸菌、ロタウイルス、クロストリジウム・ディフィシレ、赤痢菌、サルモネラ・チフィ、パラインフルエンザウイルス、インフルエンザウイルス、ストレプトコッカス・ミュータンス、熱帯熱マラリア原虫、黄色ブドウ球菌、狂犬病ウイルスおよびエプスタイン‐バーウイルスなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、アレルゲン抗原としては、ハプテン、または花粉、ほこり、カビ、胞子、鱗屑、昆虫および食品由来の抗原などを挙げることができる。
【0022】
本発明の粘膜免疫制御剤においては、有効成分として使用する化合物(TGDKなど)は、薬学的に許容される担体と一緒に適当な製剤にすることができる。担体として、賦形剤、結合剤、崩壊剤、潤沢剤などを用いることができる。また、酸化防止剤のような添加剤を配合してもよい。製剤の形態は特に限定されず、液剤、錠剤、丸剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、シロップ剤等の任意の形態とすることができる。
【0023】
賦形剤としては、例えば、乳糖、ショ糖又はブドウ糖等の糖類;バレイショデンプン又はコムギデンプン等のデンプン類;結晶セルロース等のセルロース類;無水リン酸水素カルシウム又は炭酸カルシウム等の無機塩類等、ポリエチレングリコール類等を使用することができる。結合剤としては、例えば、結晶セルロース、プルラン、アラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、又はポリビニルピロリドン等、多機能性ポリエチレングリコール類等を使用することができる。崩壊剤としては、例えば、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、又はアルギン酸ナトリウム等、ポリエチレングリコール類等を使用することができる。潤沢剤としては、例えば、ステアリン酸マグネシウム、タルク、硬化油などを使用することができる。ナノ粒子化剤としてはコレステロールプルラン、多機能性ポリエチレングリコール類等(日本油脂KK)を使用することができる。
【0024】
本発明の粘膜免疫制御剤の投与経路は特に限定されず、経口投与でも非経口投与(例えば、直腸投与、皮下投与、筋肉内投与、鼻腔投与および静脈内投与など)でもよいが、好ましくは経口投与である。
【0025】
本発明の粘膜免疫制御剤の製剤中に含まれる有効成分である化合物の量は、投与対象又は患者の年齢、体重、症状等に応じて適宜設定することができるが、例えば、1 μg〜1000mg/kg/回、好ましくは10 μg〜100mg/kg/回とすることができる。
【0026】
本発明の粘膜免疫制御剤は、アジュバントと一緒に投与してもよい。アジュバントとしては、ワクチン(抗原)の投与に先立って投与しておくことにより免疫応答を増強できる物質であれば、任意の物質を使用することができる。殺菌微生物のように抗原性をもつもののほか,Alum(硫酸アルミニウム・カリウムなど)や鉱物油のように非抗原性のものでもよい。Freundは1947年抗原水溶液を等量の油(鉱物油85%,界面活性剤15%)と混ぜ,乳剤の状態で注射すると抗体の産生量が増大することを見出した。これは不完全フロインドアジュバントincomplete Freund's adjuvant(IFA)と呼ばれ,これに結核菌の菌体成分を加えたものが完全アジュバントcomplete F's. a.(CFA)である。このほか、水酸化アルミニウム,リン酸アルミニウムなどの鉱酸塩はアジュバント効果を示す。また、細菌内毒素、特にグラム陰性菌のリポ多糖類は抗体産生を著明に促進することができ、有効成分はLipid Aにある。本発明では、上記したものをアジュバントとして使用することができる。アジュバントの投与経路は特に限定されず、経口投与でも非経口投与でもよい。
【0027】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0028】
(A)実験材料
(1)有機合成試薬
D-リジンO-メチルエステル・2HCl((D-LysOMe・2HCl)、3,4,5-トリメトキシベンゾイルクロリド(TMBC)、N-メチルモルホリン(NMM)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、三臭化ホウ素(BBr3)、フルオロイソチオシアネートFITC)、ウシ胎仔血清(FCS)は、和光純薬工業から、2-[1H-ベンゾトリアゾール-1-イル]-1,1,3,3-テトラメチルウロニウムヘキサフルオロホスフェート(HBTU)、N-ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBT)、N,N'-ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)はNova biochem社から、活性化ポリエチレングリコール類(PEG類)は油化産業株式会社から購入した。RPMI培地、他の汎用試薬は日水製薬、和光純薬工業社、シグマ社、渡辺化学社等の製品を用いた。特殊蛍光ラベル輸入抗体はそれぞれの輸入元、和光純薬、タカラバイオ等を通して入手した。
【0029】
(2)細胞
ヒト細胞およびサル腸骨骨髄細胞は常法に従い、フィコールグラゼント法でリンパ球を分離して用いた。TGDKの作用をナチュラルキラー細胞 (NK Cell)およびナチュラルキラーT細胞 (NKT Cell)並びに制御性T細胞(Treg)をそれぞれの細胞マーカーを用いて、フローサイトメーター (FACS)分析を行い、調べた。
【0030】
(B)実験方法
合成方法の概要および各行程の新化合物の略号と化学名を下記に示し、汎用試薬の略号は実験材料の項に記載した。
(1)液相合成によるTGDKの大量合成法の概要
概要をScheme-1に示し、TGDKの化学名はscheme-1の最後に記載した。
【0031】
【化1】

【0032】
(2)各行程の方法
(2−1) Protocol-1 (酸クロリド法)の方法:
D-LysOMe・2HCl(12.8 g, Mw 232.19, 55 mmole)をDMF(脱水)150 mlに懸濁し、NMM(脱水)40 mlを加え、室温で10分撹拌する。この懸濁液にTMBC(28.8 g, MW230.03)を溶解したDCM(脱水, 88 ml)溶液を加え、室温で撹拌する。約48時間後、この懸濁反応液(約280 ml)に水を加えて1 Lとし、室温で30 分間撹拌する。その後、1夜静置し、分離した水層をアスピレータで除き、DCM層を各50 mlチューブに10 mlずつ分注する。このチューブに水を加えて50 mlとし上下混和して、DCM層を水で洗う。この操作を2回繰り返し、DCM層を回収・留去し、少量のCH3CNを加え、凍結乾燥(2TBOMe)する。この評品をProtocol-2に従って、精製し、生じた3,4,5-Trimethoxybenzoic acidを除く。
【0033】
(2−2) Protocol-2 (ゲル化精製)の方法:
凍結乾燥品(2TBOMe, 3 g)をCH3CN 12 mlに溶かし、TFA(0.5 ml)を添加し、TFA酸性としたのち、Etherを加えて、50 mlとし、ゲル化するまで、Vortex, Supersonic処理を行う。生じたゲルを分離し、これに Etherを加えて50 mlとして、ゲル層を同様にEtherで4回洗除する。Ether層を除き、少量のCH3CNを加えて、凍結乾燥する。この操作により、分解で、生じた3,4,5-Trimetoxybennzoic acidをほぼ完全に除去できる。
【0034】
(2−3) Protocol-3 (ケン化)の方法:
精製2TBOMe 1 gをDCM 1 mlに溶かし、KOH飽和MeOH溶液1 mlを加え、室温で30 min放置する。その後、DCM 5 ml および水 5 mlを加え、Vortex, Supersonic処理を行い、濃HCL 1〜2 mlを添加して強酸性にする。この溶液に水を加えて、50 mlとし、上下混和(Vortex,Supersonic処理をしない)し、DCM層を分離して、このDCM層を水で洗除する。この操作を2回行い、分離したDCM層のDCMを留去して、少量のCH3CNを加えて、凍結乾燥する。
【0035】
(2−4) Protocol-4 (DCC活性化法)の方法:
反応撹拌容器(有機溶媒耐性プラスチック製)に撹拌子を入れ、この容器に2TBOH 2.25 gおよびDMF(脱水) 4.2 mlを加えて、溶かし、HOBT(567 mg/ml DMF)およびDCC(867 mg/ml DMF)を加え、室温で30 分間撹拌する。数分で、活性エステル中間体が析出した懸濁液に、予め、D-LysOMe・2HCl(441 mg/2 ml DMF)にNMM(脱水)460 μLを加え、室温で30分間撹拌した懸濁液をチップの先端をカットしたエッペンドルフのピペットで、不溶物ごと、一緒にできるだけゆっくりと滴下する。滴下終了後、反応撹拌懸濁液を室温で24 時間撹拌する。
【0036】
(2−5) Protocol-5の方法:
前操作の24 時間の反応撹拌後、懸濁液(約DMF 8.2 ml)を撹拌容器から50 mlのポリエチレンチューブに移し、撹拌容器に残っている反応懸濁液残査をDMF 1 mlを加え、沈殿残査ごと、同チューブに移しとり、次に撹拌容器にDCM 1 mlを加えて丹念に洗除し、そのDCM溶液を同様に同チューブに移す。さらにDCM 1 mlを加え、同操作を行い、反応容器から遠心チューブに、丹念に反応懸濁液を沈殿ごと、一緒に移す。このチューブを遠心(3300 x 3 分)して沈殿(DCC Urea)を除き、上清を得る。遠心後、チューブの底に残っている沈殿に、DMF 1 mlおよびDCM 1 mlを加えて、同様な操作を行い、遠心して得た上清を最初に得た上清に加える。この合わせた上清中のDCM とDMF混液中のDMF量に注意を払い、この混液中のDMF量が5 ml以上、10 ml以下の場合、この混液を2本のチーブ(5 ml/tube)に分け、それぞれに水を加えて50 mlとし、遠心(3300 x 3分)してDCM層を分離し、このDCM層を同じように水で3回洗除する。洗除して得られたDCM層のDCMを留去し、少量のCH3CNを加えて、凍結乾燥(4TBOMe)する。CH3CN不溶物は痕跡程度のDCC Ureaであるので、遠心して除く。
【0037】
(2−6) Protocol-6の方法:
Protocol-3と同じである。
【0038】
(2−7) Protocol-7の方法:
4TBOH(0.5 g)をCH3CN 2 mlに溶かし、もし不溶物がある場合は遠心して不溶物を除き、水を加えて、凍結乾燥する。この操作は、不純物をMSチャート上で認めない場合、省略しても差し支えない。
【0039】
(2−8)Protocol-8 (HBTU・EDA solvent法)の方法:
4TBOH(Mw1178, 0.26 g, 0.22 mmole)をDMF(脱水)2 mlに溶かし、ジイソプロピルエチルアミン(MW 129.24, d=0.755)41μLを添加し、HBTU(MW 379.24, 91.8 mg/ml DMF脱水)を加えて、直ちに、予め準備しているEDA(エチレンジアミン)1.1 ml溶媒に1滴/1秒の速度で撹拌しながら滴下する。この滴下中はチューブをドライヤーで加温(触って熱いぐらい)する。滴下終了後、同じようにドライヤーで10分間、加温し、その後、室温で60分間撹拌する。撹拌終了後、不溶物があれば、遠心して除き、その上清を4TBA DMF溶液とする。
【0040】
(2−9)Protocol-9 (4TBAの抽出・分離精製)の方法:
4TBA DMF溶液量と同じ量のDCMを加え、DMF量が10 mlを超えている場合は4TBA DMF溶液を2本のチューブに分ける。これらのチューブに水を加えて50 mlとし、上下混和する。遠心してDCM層を分離し、DCM層を同様に水で洗い、DCMを留去して、CH3CNを加え、凍結乾燥し、4TBAを得る。
【0041】
(2−10)Protocol-10 (BBr3分解・Ca-Capture法)の方法:
4TBA(Mw 1221, 0.28 g, 0.299 mmole)をDMF(脱水) 0.5 mlに溶かし、lauric acid DCM溶液(Mw 200.32, 2 mmole, 400 mg/ml DCM:分散剤および後処理支援剤)を滴下し、CaCl2・2 H20(Mw 147.01 1 mmole,145 mg、脱メチル基の再メチル化阻害剤および生じたgalloyl基保護剤)の結晶を直接加え、4TBAの反応液とする。BBr3溶液(10 mmoleBBr3/10 ml DCM)を1回に10 ml用いて、2回行う。この反応は、BBr3の試薬の状態(赤く着色した試薬および雨期後、常温で6か月以上保存した試薬は使用不可、未開栓、4 ℃以下で保存した試薬は6ヶ月以上経過した場合でも使用できる)、実験室の湿度の状態(湿度は50 %以下がのぞましい)、操作の手際さの状態(試薬の秤量等に時間をかけず、スピーディに行うことが肝要)が重要である。
【0042】
1) 第一BBr3分解:
上記の4TBA溶液に BBr3 (10 mmole/10 ml DCM溶液)を1スポイド単位量(1単位量:ガラス製パスツールピペットに1mlのテプロン帽をはめ、BBr3溶液を1回の操作で取れる量、約1.6 ml)を激しく撹拌しながら、速やかに4単位量を約3ないし4分間をかけて、加える。4スポイド単位加えた時点(BBr3溶液10 mlのうち、約7 ml加え終わった状態)で、添加反応液が白濁を生じる直前で止め、チューブを閉栓して、2〜3分間激しく撹拌する。その後、5回目の1スポイド量を少しずつ、2 分間かけて加える、反応液が少しずつ濁り始め、6回目の1スポイド量および残りをすべて加え、この操作を約4分間で終了する。反応液は懸濁状態になり、閉栓し、10分間、激しく撹拌する。第一回のBBr3添加・撹拌反応時間は約17ないし18分間を要し、反応液は透明・懸濁状態からゲル状・半透明・粘性液体に変化する。
【0043】
2) 第二BBr3分解:
第一BBr3分解物に、BBr3 10 mlを1スポイド単位量で数回に分けて、約2分間をかけて加え、第二BBr3分解操作を行う。第一BBr3反応液のゲル状態から淡褐色のサラサラ淡褐色液体になる。添加終了後、5分間、閉栓して激しく撹拌する。5分間の閉栓・撹拌終了後、EDA250 μL(N-メチル化防止剤)を少量ずつ加える。EDA滴下と同時に、爆発的に中和され、白煙を生じる。EDA滴下終了後、3分間撹拌し、次の蒸発・乾固の行程に移る。
【0044】
3) BBr3分解物の蒸発・乾固操作:
BBr3分解物の入ったチューブをドライヤーで熱く(手で握れて、熱いと感じる程度)加熱し、蒸発・乾固させる。この加熱・蒸発・乾固操作には約10分間を要する。反応の目安はチューブ内の液がサラサラ半液体からドロドロ乾固、さらにコロコロ乾固の状態に変わり、コロコロ乾固の状態が反応の終焉である。
【0045】
4) BBr3分解・乾固物の水付加分解:
BBr3分解物のコロコロ乾固の状態に、水を速やかに加えて、5 mlとする。この反応は水と激しく反応し、発熱・発泡するので、注意深く行う。この水付加分解物を常温に冷却する。この分解物を遠心(3300 x 5分間)し、沈殿と上清に分け、上清をさらに同条件で遠心して得た上清に、それぞれの沈殿物に水1〜2 mlを加え、同様に遠心して得られた上清を加え合わせる。
【0046】
5) Ca-Capture法によるCa塩共沈現象を利用するTGDKの精製:
BBr3により、3,4,5-トリメトキシ基が脱メチル化しgalloyl基を生成させると同時に、大過剰の BBr3の分解産物、ホウ酸、HBr等を大量に含む強酸性溶液である。この強酸性溶液に存在するTGDKを短時間に、効率的に精製する方法として、Ca-Capture法を考案した。
【0047】
上記のBBr3分解物の加え合わせた上清容量(7.5 ml)と同量のNMM(7.5 ml)を加え、まず、強酸性を中和する。この中和反応は発熱反応であるので、この溶液(15 ml, 茶褐色)を室温でしばらく放置(10ないし20分程度)し、冷却する。この溶液に1 M CaCl2水2 mlを加えて、沈殿を生じさせ、-5 ℃で5 分間、次いで4 ℃で10分間放置し、沈殿を熟成させる。生じた沈殿を遠心して分取する。CaCl2を加えることにより、lauric acidのCa塩が生成し、同時にTGDKのgalloyl基のCa塩が生じる。Ca-(lauric acid)2による沈殿物の中にTGDKのCa塩が共沈して存在する。目的物は水に溶けやすいので、この沈殿物の水洗除は不可である。
【0048】
この沈殿物にDCM(1回目)を加えて、30〜35 mlとし、Vortexで撹拌し、Ca-(lauric acid)2塩をDCM層に移し、除く。この場合、Sonicationは厳禁である。Sonicationにより、目的化合物が重合しやすくなり、不純物除去が困難になる。このDCM添加撹拌溶液を遠心(3300 x 3 分間)し、生じた上部沈殿物(淡ベージュ色)をdecantation(傾斜除去)で採取する。この淡ベージュ色の沈殿物にさらに、DCM (2回目)30〜35 mlを加え、Vortexを行い、遠心する。上部沈殿物に黄色液体が現れるので、この黄色液体をパスツールピペットで丹念に除き、下層のDCM層をdecantationで除去する。この操作をさらに繰り返し、黄色液体が生じなくなるまで行う。黄色液体が出なくなった沈殿(茶褐色)に水5 mlを加え、遠心して沈殿と上清にわけ、それぞれにTFA 100μlを加えて、凍結乾燥を行う。上清からPure-TGDK・TFA塩、沈殿からOligo-TGDK・TFA塩が得られる。
【0049】
(3)合成過程の構造式および化学名並びに略号
【0050】
【化2】

【0051】
【化3】

【0052】
【化4】

【0053】
(4)TGDKの生物学的作用の実験方法:
(4−1)TGDKの前処理:
液相法で合成したTGDKはTFA塩であり、痕跡程度のlauric acidのCa塩を含むので、まず、はじめに、100 %TFAの少量に溶かし、その10倍量のエーテル(脱水)を加え、生じた沈殿に再び100 %TFAの少量に溶かした。この操作を数回繰り返し、生じた沈殿をdry(減圧下、乾燥、TFAの除去)し、3N HCl少量に溶かし、凍結乾燥して、TGDK HCl塩として用いた。なお、試料は70 %エタノール滅菌下、エタノールを除去して滅菌PBS(-)に溶解し、使用濃度に培養液で希釈して用いた。
【0054】
(4−2)TGDKの浮遊骨髄リンパ系細胞に対する作用
サル腸骨骨髄細胞は常法に従い、フィコールグラジエント法で骨髄液からリンパ球系細胞を分離して用いた。得られた骨髄リンパ球系細胞(1 x 106/ml in 10%FCS含有RPMI1640)5 mlにTGDKの作用最終濃度0.1 μMになるように調製したTGDK(in培養溶液)100 μlを加え、12日間培養した。その間1日あるいは2日毎に浮遊生細胞の生細胞数および死細胞(トリパンブルー法)で求め、浮遊生細胞に対するTGDKの作用を観察した。
【0055】
(4−3)TGDKの接着骨髄リンパ系細胞に対する作用
培養初期から中期(7日)にかけて、付着細胞は認められなかったが、その後、培養器の底に付着している接着細胞が認められたので、12日間培養し、接着細胞をEGTA法で剥離し、得られた細胞(3 x 105 cell/ml)0.5 mlにTGDK(in培養溶液、作用最終濃度25 μM)20 μlを加え、15分間、常温で作用させ、FACS分析を行った。ナチュラルキラー細胞(NK 細胞)およびナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)並びにT細胞の特異的細胞マーカー、CD16(Fc受容体タイプIII)およびCD56(接着因子)ならびにCD3、さらにCD161(C-type lectin family receptor)を用いて行った。
【0056】
(4)TGDKのヒト末梢リンパ球系細胞に対する作用
ヒト末梢血(ヘパリン血)を常法に従い、リンパ球系細胞を分離して、骨髄細胞系の実験条件に準じて行った。
【0057】
(C)結果・考察
(1)液相合成によるTGDKの収量と純度
液相合成法の各行程の収量と最終的に得られたTGDKの質量分析の結果をScheme-3および図1に示した。
【0058】
【化5】

【0059】
液相合成法で得られたTGDKの質量分析の結果、ほぼ均質であることが確認された(図1)。液相合成法および固相合成の収率を出発原料に対するMole 収率として表し、比較すると、D-Lys( 12.8 g )からTGDK(4.9 g, mole 収率 8.5 % )が得られ、樹脂を用いる固相合成法(mole収率:2.6 %)にくらべ、高収率であることがわかった(Scheme-3)。製造原価は樹脂法に比べ、約100分の1に抑えることができた。
【0060】
(2)TGDKの生物学的作用
(2−1)TGDKの浮遊骨髄リンパ系細胞に対する作用
図2にTGDK(0.1 μM)の各経時における相対浮遊生細胞数(%)を示す。
TGDKの効果をControlおよびTreatedを比較した場合、Day4,6,7の結果を除いて、双方の浮遊骨髄リンパ系細胞の生細胞数に有意の変化は認められなかったものの、Day4およびDay6,7において、TGDKの効果と考えられる生細胞数の有意の減少が認められた。この減少効果はTGDKの普遍的な細胞毒性によるとは考えにくい。一般に、薬物の細胞毒性による生細胞の減少は培養時間とともに、大きくなり、数日で完全に死滅する。しかし、TGDK処理において、Day4,6,7の培養で、生細胞が減少し、Day9からControl レベルまでに回復、さらにDay12では細胞の増殖が認められているので、TGDKの毒性によるものではないと考えられる。この生細胞数の減少はTGDKにより、NK細胞が活性化され、NK細胞の標的細胞の傷害により、生細胞が減少したと考えられる。
【0061】
(2−2)Day12培養浮遊骨髄リンパ系細胞のFACS1分析
NK細胞のCD16, CD56, CD161およびNKT細胞のCD3, CD16, CD56, CD161の表面マーカーを用いるFACS分析の結果を図3のA〜Fに示した。
【0062】
CD16+,CD56+の二重陽性細胞の割合(%)は4.24(Control, 図3A)からTGDK処理で4.43(図3B)に、CD3+, CD16+の二重陽性細胞の割合(%)は2.16(Control, 図3C)からTGDK処理で2.46(図3D)に、CD3+, CD56+の二重陽性細胞の割合(%)は2.10(Control,図3E)からTGDK処理で2.50(図3F)に、いずれも増加していると考えられる。これらの増加した細胞は表面マーカーから、NK細胞あるいはNKT細胞と考えられる。ヒトの場合、NK細胞の総数は約50億個と推定され、ヒトの総細胞数約60兆個と比べるとその数は約1000分の1と極めて少ない。生体の細胞、侵入してきた病原性細胞、生体から変わった異細胞(癌細胞)、年老いた細胞など1000個をNK細胞あるいはNKT細胞1個が常時サーチし、異物を取り除いて、生体は守られている。このことに立脚すると、NK細胞、NKT細胞の0.1%増減は生物学的に極めて意味深いものであり、これらのことから、TGDKはNK細胞およびNKT細胞を刺激し、増殖していると考えられる。
【0063】
(2−3)TGDKの接着骨髄リンパ系細胞に対する作用
骨髄細胞をTGDK(0.1 μM)で処理し、12日間培養して、培養容器の底に付着して増殖している細胞(形態学的には単球由来、樹状細胞、マクロファージ、CD161+、CD16+陽性細胞群)をEGTAで剥離し、TGDK(最終濃度、25 μM)で15分処理し、FACS分析の結果を図4A、Bに示す。
【0064】
CD161+およびCD16+二重陽性細胞の割合(%)が6.07(Control, day12培養)から、TGDK(25 μM)処理により、1.36%に、CD161+陽性でCD16-陰性細胞は2.11(Control)から、0.3 %に激減した。骨髄細胞は未分化細胞・前駆細胞・ホーミング細胞などの多くの集まりであり、12日間の培養により、それぞれに、分化したマクロファージ、樹状細胞、単球などの細胞は付着性で、培養容器の底に付着して増殖する。また、これらの細胞はC-type lectinを細胞表面に発現し、これらlectinの糖鎖とCaを介してC-type lectin receptorであるCD161を持つNK細胞およびNKT細胞が結合し、培養器の底に付着していると考えられる。このような状態に、EGTAを加えることで、Caが除かれ、付着細胞から浮遊して来た細胞あるいはCD161を持つ付着性の細胞群を実験に供用したと考えられる。この浮遊細胞にTGDK(25 μM)を加えると、TGDKはCD161に結合し、CD161をマスクするので、もはや抗CD161抗体と結合できないので、FACS分析においては、CD161が発現しているNK細胞およびNKT細胞が劇的に減少した結果を示している。これらの結果はTGDKの作用の2面性を暗示していると考えられる。すなわち、血中などの浮遊状態ではNK細胞およびNKT細胞を刺激し、増殖して、生体に侵入してきた病原性細胞や生じた異細胞(がん細胞など、大腸癌ではCD161発現がん細胞が異常に増殖している)を取り除くことができることを示している。また、比較的固定された状態、たとえば粘膜などの自然免疫状態ではNK細胞の作用を制御し、異物が侵入すれば、ただちに活性化し、異物を取り除くと同時に、自然免疫の過剰反応(NK細胞の暴走)を防止している。自然免疫反応の暴走と考えられる潰瘍性大腸炎などの難病にTGDKが非常に有効と考えられる。
【0065】
(2−4)TGDKの末梢リンパ球系細胞に対する作用
TGDK存在下および非存在下、ヒトリンパ球系細胞(PBMC)を3日間培養し、T細胞およびNK細胞並びにNKT細胞のマーカー分子CD3、CD16、CD56を指標に、FACS分析を行った結果を図5に示した。TGDKの細胞毒性の認められない濃度、0.1 mM(図5B)でCD16、CD56ダブルポジテイブ細胞数がTGDK 0 μM(図5A)に比べ、約1.8倍に、TGDK 1 mM(図5C)では約6倍に上昇した。
【産業上の利用可能性】
【0066】
NK細胞は約35年前に、抗原感作なしに腫瘍細胞やウイルス感染細胞などを殺傷するリンパ球として見出され、生まれながらの殺傷力(Natural Killer)を備えており、Natural Killer(NK細胞)と呼ばれた。NK細胞は初期の生体防御に重要な働きをする。全身で約50億個存在するNK細胞は加齢とともに減少し、60歳以上では10分の一程度に低下し、風邪を引きやすくなり、癌になりやすくなるので、NK細胞の数を積極的に増やし、活性化することは老後の医療に重要になる。75歳以上の高齢者の最大の死因は肺炎などの細菌感染症で、抗生剤の効かない耐性細菌が蔓延する社会が目の前に迫っており、NK細胞、NKT細胞を活性化し、抗生剤に頼らない社会を一刻も早く構築しなければならない。しかし、積極的にNK細胞を活性化する薬は現在、存在せず、TGDKが初めての薬となりうる。TGDKの投与により、NK細胞が活性化し、NK細胞を介して、癌・ウイルス等を根絶させることが期待され、癌・エイズ等の難病の根治療法にもつながる。
【0067】
一方、NKT細胞はNK細胞とT細胞の性質を合わせ持っている細胞で、かつ、自然免疫、獲得免疫に深くかかわっている。TGDKはCD161 (C-type lectin)に結合し、NK細胞およびNKT細胞を活性化することから、生体防御に重要な薬剤になりうる。特に、TGDKはNKT細胞を特異的に活性化できるので、自然免疫・獲得免疫を刺激して、生体に侵入した病原性細菌・ウイルス等の阻止に重要である。
【0068】
上記の通り、NK細胞は加齢と共に発生した腫瘍および食品添加物などの化学薬品並びに自然環境等により発生した癌細胞の排除に重要である。さらに、過剰に反応した免疫反応(アレルギー反応、潰瘍性大腸炎、スギ花粉症等)をTGDKがNKT細胞を介して制御することにより、アレルギー反応を抑制することができ、全く新しい免疫制御剤になりうると同時に、生体が疾病に陥ることを予防する予防医学上、必須な薬剤になりうる。
【0069】
TGDKはM細胞に特異的にターゲットすることのできる唯一の低分子化合物としてこれまでに開発・創出された。TGDKをサルに投与すると、サルの腸管粘膜のM細胞から特異的に取り込まれ、粘膜固有層の免疫組織に抗原を送り込むことができ、免疫系を活性化することがすでに報告されている(Misumi et al., The Journal of Immunology, 2009, 182: 6061-6070 )。即ち、TGDKはM細胞targeting剤で、ワクチンを効率的に粘膜固有層にデリバリーできる。
【0070】
また、 TGDKはC-type レクチン分子のアンタゴニストおよびアゴニストとしてのC-type レクチン分子のリガンドであるので、以下のことに適用できる。
(1)C-type lectin分子をもつ細胞のEffectorとして、作用する。
(2)C-type lectinであるランゲリン(ランゲルハンス細胞)あるいはDC-SIGN(樹状細胞)に結合し、HIV ENVgp120の糖鎖との結合を阻害し、粘膜ではHIVの感染を阻害する、阻害剤として機能する。
(3)CD161が発現しているTreg細胞を刺激し、活性化させ、過剰の免疫反応を抑制して、免疫寛容破綻による自己免疫病を抑制する。
(4)TGDKはHIV ENVgp120糖タンパク質の糖鎖とCaを介して結合することができるので、ウイルス表面をTGDKでマスクすることができ、HIVの感染を防止する抗HIV薬になりうる。
(5)TGDKは粘膜において、NK細胞を活性化し、HIV感染細胞を殺傷する抗HIV薬になりうる。
(6)TGDKはCD161分子を発現しているマクロファージを活性化し、TGDKでオプソニックされたTGDK-Masked-HIVを取り込み、死滅させることができる。
(7)TGDKはCD161を発現しているNKT細胞を活性化し、獲得免疫系へのつながりを効率的におこなうことができる。
(8)TGDKはCD161を発現している破骨細胞に結合し、抑制することが考えられるので、骨粗鬆症に有効な薬となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程(1)〜(6)を含む、D-リジンメチルエステル二塩酸塩からN2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリヒドロキシベンゾイル)-L-リシル]-N-(2-アミノエチル)- L-リジンアミドを合成する方法。
(1)D-リジンメチルエステル二塩酸塩を、3,4,5-トリメトキシベンゾイルクロライドの存在下で反応させることにより、N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リジンメチルエステルを製造する工程;
(2)工程(1)で得たN2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リジンメチルエステルをアルカリとメタノールで処理して、N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リジンを製造する工程;
(3)工程(2)で得たN2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リジンを、N,N'-ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)とN-ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBT)の存在下で反応させ、更にD-リジンメチルエステルを添加して反応させて、N2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リシル]-L-リジンメチルエステルを製造する工程;
(4)工程(3)で得たN2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リシル]-L-リジンメチルエステルをアルカリとメタノールで処理して、N2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リシル]-L-リジンを製造する工程;
(5)工程(4)で得たN2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リシル]-L-リジンを、2-[1H-ベンゾトリアゾール-1-イル]-1,1,3,3-テトラメチルウロニウムヘキサフルオロホスフェート及びエチレンジアミンの存在下で反応させて、N2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リシル]-N-(2-アミノエチル)-L-リジンアミドを製造する工程;及び
(6)工程(5)で得たN2, N6-ビス[ N2, N6-ビス(3,4,5-トリメトキシベンゾイル)-L-リシル]-N-(2-アミノエチル)-L-リジンアミドを、三臭化ホウ素の存在下で脱メチル化して、N2,N6-ビス[N2, N6-ビス(3,4,5-トリヒドロキシベンゾイル)- L-リシル]- N-(2-アミノエチル)- L-リジンアミドを製造する工程。
【請求項2】
N2,N6-ビス[N2, N6-ビス(3,4,5-トリヒドロキシベンゾイル)- L-リシル]- N-(2-アミノエチル)- L-リジンアミド(TGDK)、又はこれにペプチド、タンパク質、脂質又は糖が結合している化合物を有効成分として含む、粘膜免疫制御剤。
【請求項3】
CD161を発現する免疫細胞を活性化するための粘膜免疫制御剤である、請求項2に記載の粘膜免疫制御剤。
【請求項4】
CD161を発現する免疫細胞が、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)又はナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)である、請求項3に記載の粘膜免疫制御剤。
【請求項5】
浮遊型のナチュラルキラー細胞(NK細胞)又はナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)を活性化し、接着型のナチュラルキラー細胞(NK細胞)又はナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)を抑制して粘膜免疫を制御する、請求項2から4の何れか1項に記載の粘膜免疫制御剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−35817(P2013−35817A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−175781(P2011−175781)
【出願日】平成23年8月11日(2011.8.11)
【出願人】(504159235)国立大学法人 熊本大学 (314)
【Fターム(参考)】