説明

粥状硬化性動脈硬化のマーカー因子と用途

【課題】粥状硬化性動脈硬化は脳梗塞や心筋梗塞を誘発するため、その早期発見と進行予測を可能にするマーカー(因子)と、当該マーカーを指標とする粥状硬化性動脈硬化の診断または予測方法、ならびに予防または治療効果の評価方法が求められていた。
【解決手段】本発明は、ヒトを含む被験動物より採取した試料中のCD166(ALCAM)を検出することを特徴とする、粥状硬化性動脈硬化の診断または予測方法、化合物による粥状硬化性動脈硬化の予防または治療効果の評価方法、ならびにそのためのキットおよび装置を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粥状硬化性動脈硬化マーカー因子の発現変動を指標とした当該疾患の診断または予測方法、化合物による当該疾患の予防または治療効果の評価方法、そのためのキットおよび装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
動脈硬化とは、加齢や生活習慣を含む様々な要因によって動脈壁が肥厚し、弾力性が低下して、内腔に狭窄を生じる疾患の総称である。心筋梗塞等の心血管疾患、脳梗塞や脳出血等の脳血管疾患は、動脈硬化の関連疾患と考えられる。特に粥状硬化性動脈硬化病変(粥腫、プラーク)には石灰化した繊維性組織に富む安定型と、脂質や炎症細胞に富み破裂の危険性が比較的高い不安定型が存在し、心筋梗塞や脳梗塞等急性臨床所見の大半は不安定型に起因することが示され、粥状硬化性動脈硬化の確実且つ簡便な診断および予防、ならびに効果的な治療方法の確立が急務である(非特許文献1)。
【0003】
動脈硬化の診断は現在のところ、血管造影および血管内超音波法等の侵襲的な方法と、頚動脈や大腿動脈に限って超音波検査等の非侵襲的な方法により行われている。粥状硬化性動脈硬化病変の安定型と不安定型の識別は、血管造影では区別が難しく血管内視鏡では比較的よく区別できるがどちらも侵襲性が高い。そのためPET(Positron emission tomography)とCTA(Computerized tomography angiography)等を用いた侵襲性の低い方法も検討されているが、いずれにしても、高価で特殊な測定装置や設備を使用するため、利用できる医療施設が限られ、多検体の並行処理が難しく、汎用性に乏しいことが問題であった。一方、ある疾患において血液や尿中の量が顕著に変動する生体分子マーカーを定量する臨床体外診断は、侵襲性が低く、比較的安価で、試薬のキット化により多検体の平行処理が可能な汎用性の高い方法である。特殊な測定装置や設備を必要としないため、一般的な医療施設において導入可能であり、粥状硬化性動脈硬化の診断においても分子マーカーを用いた臨床体外診断法の開発が期待されている。
【0004】
粥状硬化性動脈硬化の臨床体外診断には、主に脂質マーカー(血清総コレステロールおよびLDLコレステロールの高値、HDLコレステロールの低値)に肥満、高血圧、生活習慣などの危険因子群を加えた複合評価法が提唱されており、日本動脈硬化学会でも「高脂血症治療ガイドライン」に記載され、実際の臨床現場においてもリスク評価と患者の管理に利用されている。また、脂質マーカーの変動と虚血性脳卒中の関係も明らかとなり、脂質マーカーが冠動脈、脳動脈および抹消動脈も含む全身の動脈硬化の発症や病変進行の指標として利用されうることが示唆されている。しかし一方では、脂質マーカーによる検査値が正常範囲内にあり、これといった危険因子も認められない患者の中に、心筋梗塞の既往があったり、冠動脈造影等の診断方法により50%以上の狭窄が認められたりする例が複数報告されている。そのため、脂質マーカーに加えて蛋白質やペプチド分子等の新規なマーカーの利用が検討されている。例えばCRP(C-reactive protein)は急性冠動脈疾患発症後6〜8時間で血中濃度が最大300μg/mlまで上昇する、極めて顕著な変動を示す蛋白質であり、虚血性心疾患や、不安定型の粥状硬化性動脈硬化病変の診断マーカーとしても臨床応用が検討されている(特許文献1)。しかし欧州での大規模臨床解析の結果、特異性が低いためCRP単独での評価は難しいといった報告もあり、より鋭敏で疾患特異性の高い蛋白質・ペプチド分子診断マーカーの探索とその臨床応用は重要な課題である。
【0005】
CD166(Activated leukocyte cell adhesion molecule; ALCAM)は、スカベンジャーリセプターシステインリッチスーパーファミリー蛋白質に属する一回膜貫通部位を有するイムノグロブリンスーパーファミリー蛋白質であり、CD6のリガンド分子として同定された。胸腺上皮細胞を始め、白血球、間葉幹細胞、肝臓、すい臓および脳など広く組織や細胞で発現し、細胞間のシグナル伝達機構を制御していることが知られている。ヒト、齧歯類、トリ、ゼブラフィッシュなど種に関わらず広く存在し、それぞれ同様の機能を有していると考えられている(非特許文献2)。前立腺がん、結腸直腸がん、メラノーマ等の癌細胞や組織でも発現し、がん転移にも関与していることが知られている。しかし、動脈硬化や不安定型の粥状硬化性動脈硬化病変への関与を示唆する報告はこれまでのところ皆無である。一方CD5L(Apoptosis Inhibitor Expressed by Macrophage; AIM)は、スカベンジャーリセプターシステインリッチスーパーファミリー蛋白質に属し、マクロファージのアポトーシス阻害因子として同定された。その後動脈硬化発症モデルであるLDLR欠損とCD5Lの二重欠損マウスの動脈硬化病変面積がLDLR欠損マウスと比較して顕著に低下したことから、動脈硬化への関与が示唆されている(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2001-525058号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】ケーニッヒとキュセイノーヴァ(Koenig W. and Khuseyinova N.)「アーテリオスクレローシス・スロンボーシス・アンド・ヴァスキュウラー・バイオロジー(Arterioscler. Thromb. Vasc. Boil.)」、(米国)、第27巻、15-26、2007年
【非特許文献2】ボウエン(Bowen M.A.)ら「ヨーロピアン・ジャーナル・オブ・イムノロジ−(Eur. J. Immunol.)」(独逸国)、第27巻、1469-1478、1997年
【非特許文献3】新井(Arai S.)ら「セル・メタボリズム(Cell Metabolism)」、(米国)、第1巻、201-213、2005年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
動脈硬化は、生活習慣と社会構造変化に伴い、中高年のみならず若年層における発症も問題となっている。動脈硬化と深刻な疾患につながる粥状硬化性病変発症の潜在的危険性(リスク)の的確な評価が可能になれば、生活習慣改善等による予防、早期診断、病気の進行および悪化の防止、治療の余地が生じる。またそのことは超高齢化社会を迎えるにあたり課題となる医療費の効率的な配分や財政負担等の問題解決の糸口となる。よって、動脈硬化発症のリスク(特に、粥状硬化性動脈硬化発症のリスク)の的確かつ具体的な予測および判定に使用できる技術の開発が求められている。
【0009】
従って本発明は、動脈硬化の進行に従って血中濃度が変動する新規バイオマーカーを同定し、当該マーカーを指標とした粥状硬化性動脈硬化の診断または予測方法、ならびに予防または治療効果の評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは動脈硬化を好発し、且つ高脂肪食の投与によってその進行が促進されるApoE欠損マウスと野生型マウスより血漿を得て、血漿中に含まれる蛋白質の発現量を質量分析装置により網羅的に解析し、ApoEマウス血漿中で顕著に増加するCD166とCD5Lを含む複数の蛋白質を発見した。該CD166とCD5Lの血中濃度変動は粥状硬化性動脈硬化発症に関与するのではないかと考え、鋭意研究を進めたところ、血中CD166量とCD5L量が粥状硬化性動脈硬化の発症や進展(悪化)と相関することを見出し、該血中CD166単独またはCD166とCD5L両方の値を指標として使用すれば、粥状硬化性動脈硬化発症の可能性の程度、リスクの高低と病状進行の可能性を評価できることを知見して、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は以下を包含する。
(1)被験動物より採取した試料中のCD166(ALCAM)の量を測定することを含む、粥状硬化性動脈硬化の診断または予測方法。
(2)被験動物がヒトである(1)に記載の方法。
(3)試料が血清または血漿である(1)または(2)に記載の方法。
(4)CD5Lの量を測定することをさらに含む、(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5)粥状硬化性動脈硬化を発症していない健常対照群のCD166量およびCD5L量を設定し、健常対照群のCD166量に対する被験個体のCD166量の比と、健常対象群のCD5L量に対する被験個体のCD5L量の比とを指標として、当該個体が粥状硬化性動脈硬化に関係した血管障害を発症する危険度を決定することを含む、(4)に記載の方法。
(6)他に1以上の粥状硬化性動脈硬化マーカー量を測定することをさらに含む、(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
(7)化合物による粥状硬化性動脈硬化の予防または治療効果の評価方法であって、化合物を投与された粥状硬化性動脈硬化の予防または治療を必要とする被験動物より採取した試料中のCD166の量を測定することを含む、前記方法。
(8)被験動物がヒトである(7)に記載の方法。
(9)試料が血清または血漿である(7)または(8)に記載の方法。
(10)CD5Lの量を測定することをさらに含む、(7)〜(9)のいずれかに記載の方法。
(11)粥状硬化性動脈硬化の予防または治療を必要とする被験動物であって被検化合物を投与されていない群から採取した試料におけるCD166量およびCD5L量と、粥状硬化性動脈硬化の予防または治療を必要とする被験動物であって被検化合物を投与した群から採取した試料におけるCD166量およびCD5L量とをそれぞれ比較することを含む、(10)に記載の方法。
(12)他に1以上の粥状硬化性動脈硬化マーカー量を測定することをさらに含む、(7)〜(11)のいずれかに記載の方法。
(13)粥状硬化性動脈硬化マーカーとしてのCD166の量を測定し得る物質を含む、粥状硬化性動脈硬化の診断用もしくは予測用、または化合物による粥状硬化性動脈硬化の予防または治療効果評価用のキット。
(14)粥状硬化性動脈硬化マーカーとしてのCD5Lの量を測定し得る物質をさらに含む、(13)に記載のキット。
(15)他に1以上の粥状硬化性動脈硬化マーカー量を測定し得る物質をさらに含む、(13)または(14)に記載のキット。
(16)粥状硬化性動脈硬化マーカー量を測定し得る物質が抗体である、(13)〜(15)のいずれかに記載のキット。
(17)粥状硬化性動脈硬化マーカーとしてのCD166の量を測定し得る、粥状動脈硬化の診断用もしくは予測用、または化合物による粥状硬化性動脈硬化の予防または治療効果評価用の装置。
(18)さらに、粥状硬化性動脈硬化マーカーとしてのCD5Lの量を測定し得る、(17)に記載の装置。
(19)他に1以上の粥状硬化性動脈硬化マーカー量をさらに測定し得る、(17)または(18)に記載の装置。
(20)粥状硬化性動脈硬化マーカー量を測定するための質量分析計を備える、(17)〜(19)のいずれかに記載の装置。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、的確且つ簡便に動脈硬化発症と症状進行可能性のリスク検査および分析を行う方法、ならびにそのための試薬およびキットなどを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】マウスCD166全アミノ酸配列において、25週齢のマウス血漿において質量分析により同定されたペプチド配列を下線で示す。
【図2】マウスCD5L全アミノ酸配列において、25週齢のマウス血漿において質量分析により同定されたペプチド配列を下線で示す。*は糖鎖結合が予測される部位を示す。
【図3】抗CD166抗体を用いて測定した、マウス血漿CD166発現量のWTに対するApoEDの比と週齢との相関を示す。
【図4】抗CD5L抗体を用いて測定した、マウス血漿中CD5L発現量のWTに対するApoEDの比と週齢との相関を示す。
【図5】ELISA法を用いて測定した、マウス血漿中CRP発現量のWTに対するApoEDの比と週齢との相関を示す。
【図6】ヒト血漿中のCD166とCD5Lの検出結果を示す。
【図7】25週齢のWTマウス大動脈組織の組織染色の結果を示す。Aはヘマトキシリン-エオシン染色、Bはオイルレッド染色、Cは抗CD166抗体による免疫染色、Dは抗CD5L抗体による免疫染色を示す。
【図8】25週齢のApoEDマウス大動脈組織の組織染色の結果を示す。Aはヘマトキシリン-エオシン染色、Bはオイルレッド染色、Cは抗CD166抗体による免疫染色、Dは抗CD5L抗体による免疫染色を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、被験動物試料中のCD166単独またはCD166とCD5L両方に関する測定値(例えば、濃度)が、いつ発症するか予測困難な粥状硬化性動脈硬化に有意に相関することに基づいている。本発明によれば、被験動物試料中のCD166単独またはCD166とCD5L両方を測定し、得られた測定値に基づいて粥状硬化性動脈硬化発症の可能性が低いのか高いのかを示すことができ、発症リスクの指標として利用できる。すなわち、CD166およびCD5Lは、粥状硬化性動脈硬化マーカーとして使用でき、当該疾患の早期発見に利用できる。例えば被験動物試料中のCD166濃度が一定基準より高い場合には粥状硬化性動脈硬化発症リスクが高いと解釈される。また被験動物試料中のCD166濃度が基準値より高い状態が続くと同時に被験動物試料中のCD5L濃度も基準値より高い場合には粥状硬化性動脈硬化発症の可能性が高いと解釈される。更に、被験動物試料中のCD5L濃度が基準値より高い状態が続くと同時に被験動物試料中のCD166濃度の基準値に対する比が増加傾向を継続する場合には粥状硬化性動脈硬化の進行(症状の悪化)を示すと解釈できる。また、粥状硬化性動脈硬化の予防または治療を必要とする被験動物に被検化合物を投与し、当該動物より採取した試料中のCD166量、および場合によりCD5L量を測定することにより、その化合物による粥状硬化性動脈硬化の予防または治療効果を評価することもできる。
【0015】
本明細書において粥状硬化性動脈硬化とは、大動脈や脳動脈、冠動脈などの比較的太い動脈の内膜にコレステロールなどの脂肪を含むドロドロとした粥状物質が溜まって病変を形成し(プラーク)、次第に血管壁が肥厚して、結果として動脈内腔に狭窄を生じているような状態を示している。本発明によって、粥状硬化性動脈硬化を診断または予測することにより、粥状硬化性動脈硬化によって引き起こされる疾患、例えば粥状硬化性動脈硬化に関係した血管障害、特に心筋梗塞等の心血管疾患、および脳梗塞や脳出血等の脳血管疾患を診断または予測することもできる。
【0016】
本明細書において、粥状硬化性動脈硬化マーカーの測定対象となる試料は、被験動物から採取されるものであれば特に制限されないが、好ましくは血液検体を用いる。血液検体としては、例えば、全血、血漿および血清が挙げられ、いずれを用いてもよい。血漿を使用する場合には、抗凝固剤としてEDTAを使用することが好ましいが、ヘパリン、クエン酸ナトリウムなど当該分野で公知あるいは汎用されているものを使用してもよい。採血後は氷冷あるいは冷蔵保存したほうがよい。
【0017】
CD166(Activated leukocyte cell adhesion molecule; ALCAM)は、スカベンジャーリセプターシステインリッチスーパーファミリー蛋白質に属する一回膜貫通部位を有するイムノグロブリンスーパーファミリー蛋白質である。CD166のアミノ酸配列は公知であり、例えば、配列番号1のアミノ酸配列(図1)が挙げられる。ヒト由来のCD166のアミノ酸配列は、例えば、Genbank accession No.NP-001618として登録されている。本発明において、CD166量の測定は、CD166のペプチド断片の量を測定することによっても実施できる。ペプチド断片としては、例えば、CSLIDKのアミノ酸配列(配列番号3)からなるペプチド断片が挙げられる。
【0018】
CD5L(Apoptosis Inhibitor Expressed by Macrophage; AIM)は、スカベンジャーリセプターシステインリッチスーパーファミリー蛋白質に属し、マクロファージのアポトーシス阻害因子である。CD5Lのアミノ酸配列は公知であり、例えば、配列番号2のアミノ酸配列(図2)が挙げられる。ヒト由来のCD5Lのアミノ酸配列は、例えば、Genbank accession No.NP-005885として登録されている。本発明において、CD5L量の測定は、CD5Lのペプチド断片の量を測定することによっても実施できる。ペプチド断片としては、例えば、配列番号4〜43のいずれかのアミノ酸配列からなるペプチド断片が挙げられる。
【0019】
被験動物由来の試料中の粥状硬化性動脈硬化マーカー、すなわちCD166およびCD5Lの量の測定は、当技術分野で公知の方法により実施することができ、その方法は特に制限されない。例えば、質量分析法および免疫学的測定法が挙げられる。また、本発明における粥状硬化性動脈硬化マーカー量の測定には、試料中のCD166、および場合によりCD5Lを定量分析すること、特に、試料中のCD166濃度、および場合によりCD5L濃度を測定することが包含される。
【0020】
質量分析法を使用する場合は、特にLC/MSによる解析は鋭敏であるため有利である。試料として血液を用いる場合は、例えば、(1)被験動物より採取した血液から血漿を調製する工程、(2)血漿蛋白質および/またはペプチドを標識する工程、(3)血漿蛋白質および/またはペプチドを分画する工程、(4)血漿蛋白質および/またはペプチドを質量分析する工程、(5)質量分析値から標識によりCD166、および場合によりCD5Lを同定する工程からなる方法などが挙げられる。標識には市販の同位体標識試薬を用いればよく、分画には市販の強陽イオンカラム等を用いることができ、またそれは好ましい。
【0021】
免疫学的測定法を使用する場合は、当該分野で汎用されている方法の中から簡便な方法を選択して行うことができる。例えば、酵素結合免疫測定法(ELISA)、二重モノクローナル抗体サンドイッチイムノアッセイ法(米国特許第4,376,110号)、モノクローナルポリクローナル抗体サンドイッチアッセイ法、免疫蛍光法、ウェスタンブロッティング法、ドットブロッティング法、免疫沈降法、プロテインチップによる解析法、2次元電気泳動法、SDS-ポリアクリルアミド電気泳動法が挙げられるが、これらに限定されない。
【0022】
試料として血液を用いる場合は、例えば、(1)被験動物の血液から血漿を調製する工程、(2)血漿をSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動により分画する工程、(3)ゲル上の蛋白質を固相に転写する工程、(4)CD166に特異的に免疫学的反応をする抗体(抗CD166抗体)、および場合によりCD5Lに特異的に免疫学的反応をする抗体(抗CD5L抗体)を反応させる工程、(5)固相を洗浄する工程、(6)固相に前記抗体に対し特異的に免疫学的反応をする標識抗体を接触させる工程、(7)固相を洗浄する工程、(8)該標識を用いてCD166量、および場合によりCD5L量を測定する工程からなる方法などが挙げられる。また固相には市販のニトロセルロース膜またはPVDF膜を用いることができる。標識にはパーオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼなどの酵素、蛍光物質、アビジン-ビオチン系などを使用できる。
【0023】
抗CD166抗体および抗CD5L抗体は、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体のいずれであってもよく、市販のものを使用できる。また、当技術分野で公知の方法によって調製することもできる。抗体のグロブリンタイプは、特に限定されるものではなく、IgG、IgM、IgA、IgE、IgDのいずれでもよいが、IgGおよびIgMが好ましい。本発明におけるモノクローナル抗体には、特に、重鎖および/または軽鎖の一部が特定の種、または特定の抗体クラスもしくはサブクラス由来であり、鎖の残りの部分が別の種、または別の抗体クラスもしくはサブクラス由来である「キメラ」抗体(免疫グロブリン)、並びに、所望の生物学的活性を有する限り、Fab、F(ab’)2、Fv断片等の抗体断片も含まれる(米国特許第4,816,567号)。
【0024】
モノクローナル抗体は、例えば、免疫原で動物を免疫して抗体産生細胞を得て、これを骨髄腫細胞と細胞融合させることで自律増殖能を持ったハイブリドーマを作成し、目的の特異性をもった抗体を産生しているクローンのみを選別し、この細胞を培養し、分泌する抗体を精製することにより調製できる。ポリクローナル抗体は、例えば、免疫原で動物を免疫して採血し、抗血清を得ることにより調製できる。免疫原としては、CD166、CD5L、またはそれら免疫原性断片を用いることができる。免疫原性断片は、好ましくはエピトープを含み、少なくとも6個以上のアミノ酸、好ましくは8〜50アミノ酸からなる部分ペプチドが挙げられる。免疫原としてペプチド断片を使用する場合は、KLH、BSAなどのキャリアータンパク質に連結させて使用するのが好ましい。
【0025】
本発明による粥状硬化性動脈硬化の診断もしくは予測方法は、好ましくは、試料中のCD166量(例えば、CD166濃度)、および場合によりCD5L量(例えば、CD5L濃度)について一定の基準を設定し、被験動物において測定した値を基準と比較して評価することにより実施できる。基準は健常動物または被験動物のどちらをもって設定してもよい。健常動物とは、粥状硬化性動脈硬化を発症していない動物をさす。好ましくは健常対照群(健常動物群)のCD166量、および場合によりCD5L量を基準として設定する。例えばCD166濃度、および場合によりCD5L濃度が健常動物のそれよりも有意に増加したことをもって判断してもよい。また例えばCD166濃度、および場合によりCD5L濃度が被験動物における健常時の初期値よりも有意に増加したことをもって判断することもできる。健常動物の場合よりも、被験動物においてCD166濃度が有意に増加し且つCD5L濃度も増加したこと、または被験動物における初期値よりもCD166濃度が有意に増加し、且つCD5L濃度も増加したことをもって判断することは、結果の精度を高めることになり有利である。
【0026】
従って、一実施形態において本発明の診断もしくは予測方法は、粥状硬化性動脈硬化を発症していない健常対照群のCD166量およびCD5L量を設定し、健常対照群のCD166量に対する被験個体のCD166量の比と、健常対象群のCD5L量に対する被験個体のCD5L量の比とを指標として、当該個体が粥状硬化性動脈硬化に関係した血管障害を発症する危険度を決定することを含む。
【0027】
また、粥状硬化性動脈硬化の発症と進行に関して、血中CD5L濃度は血中CD166濃度より早期に増加傾向を示してピークを迎えることから、被験動物に対してこれら2分子の測定を計時的に行うことにより、粥状硬化性動脈硬化の進行、重症化、あるいは安定化の過程を判断することが可能である。さらに、CD166単独あるいはCD166とCD5L両方の測定値と、それ以外の指標、例えば公知の粥状硬化性動脈硬化マーカーの測定値とを関連付けて判断することもできる。関連づける粥状硬化性動脈硬化マーカーとしては、総コレステロール、LDL、HDL、トリグリセリド、血糖、hsCRP、ホモシステインなどが挙げられる。
【0028】
本発明はまた、薬物などの化合物による粥状硬化性動脈硬化の予防もしくは治療効果の評価方法にも関する。すなわち、粥状硬化性動脈硬化の予防または治療を必要とする被験動物に被検化合物を投与し、当該動物より採取した試料中のCD166量、および場合によりCD5L量を測定することにより、その化合物による粥状硬化性動脈硬化の予防または治療効果を評価することができる。より具体的には、粥状硬化性動脈硬化の予防または治療を必要とする被験動物であって被検化合物を投与されていない群から採取した試料におけるCD166量およびCD5L量と、粥状硬化性動脈硬化の予防または治療を必要とする被験動物であって被検化合物を投与した群から採取した試料におけるCD166量およびCD5L量とを比較することにより、被検化合物による粥状硬化性動脈硬化の予防または治療効果を評価する。
【0029】
本発明において被験動物は、好適には哺乳動物である。哺乳動物は、温血脊椎動物をさし、例えば、ヒトおよびサルなどの霊長類、マウス、ラットおよびウサギなどの齧歯類、イヌおよびネコなどの愛玩動物、ならびにウシ、ウマおよびブタなどの家畜が挙げられる。本発明は、霊長類、特にヒトに対し好適に用いられる。
【0030】
本発明により、粥状硬化性動脈硬化の診断用もしくは予測用、または化合物による粥状硬化性動脈硬化の予防または治療効果評価用のキットも提供される。本発明のキットは、粥状硬化性動脈硬化マーカーとしてのCD166の量を測定し得る物質、例えば、抗CD166抗体、および場合により粥状硬化性動脈硬化マーカーとしてのCD5Lの量を測定し得る物質、例えば抗CDL5抗体を含む。本発明のキットは、さらに、希釈や洗浄用緩衝液、標準抗原、抗CD166抗体や抗CD5L抗体に対し特異的に免疫学的反応をする標識抗体、発色、発光または蛍光を生じさせる基質試薬、手順と評価方法を記載した手順書等を含んでいてもよく、簡便に検査できるよう構成されたものが好ましい。あるいは、同位体標識試薬、分画用ミニカラム、緩衝液、手順書等により構成された質量分析用試薬セットもキットとして提供しうる。
【0031】
また本発明により、粥状動脈硬化の診断用もしくは予測用、または化合物による粥状硬化性動脈硬化の予防または治療効果評価用の装置も提供される。例えば、当該装置は粥状硬化性動脈硬化マーカーとしてのCD166の量、および場合によりCDL5の量を測定可能であり、好ましくはそのための質量分析計を備える。例えば、質量分析部分に続きシグナルを検知して数値化する測定部分と測定値を処理するソフトウエアと計算機よりなるデータ解析部分からなる構成の装置が挙げられる。また、例えば発色、発光または蛍光によりシグナルを検知して数値化または画像化する光学計測部分、測定値を処理するソフトウエアと計算機よりなるデータ解析部分からなる構成の装置も可能である。
【0032】
本発明により、これまで初期診療や健康診断において、従来の臨床マーカーによる検査値が正常で危険因子に基づく所見も認められないため見落とされていた粥状硬化性動脈硬化と、それに起因する疾患の発症と進行の可能性に関するリスクを検知および予測することが可能となる。またそのことは予防医学や公衆衛生学上極めて有用である。本発明を使用して、試料中のCD166単独またはCD166とCD5L両方を測定して得た両者の測定値を、粥状硬化性動脈硬化とそれに起因する疾患発症と症状進行の可能性に関するリスクを示す指標として有効利用することが可能となり、動脈硬化とそれに起因する疾患の発症と進行の可能性に関する的確且つ簡便なリスク検査または分析の方法の開発、様々な試薬や医薬の開発、関連装置の開発にも利用できる。
【0033】
本発明の提示する、より広い意味での目的、特徴や有用性は、本明細書の記載により当業者には明白である。また、本発明の望ましい形態と具体的な実施例を含む本明細書の記載は、あくまでも説明のためにのみ示されているものであり、その内容により得た知識に基づき本発明の意図および範囲内であらゆる変化、改変または修飾を行うことは、当業者とっては容易に明らかである。更に本明細書で引用されている特許文献および参考文献は説明のために引用されており、それらは本明細書の一部として参照されるべきである。
【0034】
以下に実施例をあげ、本発明を具体的に説明するが、この実施例は単に本発明の説明のために提供するものであり、本出願において開示する発明の範囲を限定したり制限したりするものではない。本発明では本明細書の発想に基づく様々な実施形態が可能であることは明らかである。
【実施例】
【0035】
(実施例1)
粥状硬化性動脈硬化のモデルとして脂質代謝関連ApoE蛋白質を欠損したApoE欠損マウス(ApoED)を用いた。ApoEDは高脂肪食投与により病変進行が促進される。また病変は週齢に従って進行し、12週齢では動脈内膜が肥厚し脂質の蓄積が認められる程度であるが、18週齢では脂質の蓄積により泡沫細胞が形成され、25週齢になると動脈広範囲に不安定な粥状プラークが多数観察され、粥状硬化性動脈硬化の最も危険な段階を迎える。35週齢では繊維化および石灰化の進んだ安定型病変が多く観察される。そこで本発明では12、18、25および35週齢の野生型マウス(WT)とApoED、オス・メス各9個体より血液を採取し、10%EDTA・2K溶液を用いて血漿(プラズマ)試料を調製した。
【0036】
上記血漿のうち12週齢と25週齢のWTおよびApoEDマウス血漿を用いて質量分析による解析を行った。マルチアフィニティ除去カラムマウス血漿用 (Ms-3; 4.6 x 100 mm; Cat. No.5188-5218; アジレント)を用いて血漿中のアルブミン、イムノグロブリンおよびトランスフェリンを除去し、蛋白濃度を測定してCleavable Isotope-Coded-Affinity-Tag(cICAT)試薬(cICAT(登録商標)Reagent 10-assay Kit; Cat. No.4339036; アプライドバイオ)による同位体標識に供した。アフィニティ除去カラム処理後のWTとApoEDマウス血漿各1mgを、終濃度で、6M尿素、0.05%SDS、50mM Tris pH8.5、5mM EDTA、10mM TBP、それぞれ総容量800μlになるよう調製し、37℃で30分変性処理した。ここに200μlのアセトニトリルで溶解した「Light標識試薬」をWT試料に、「Heavy標識試薬」をApoED試料に添加して37℃で2時間標識反応した。10mM Tris pH8.0緩衝液を添加してpHを調整後、125μg/mlに調製したトリプシン溶液(Trypsin, TPCK Treated; Cat. No.4352157; アプライドバイオ)を160μl添加し、その後両者を等量混合して37℃で16時間トリプシン消化反応を行った。さらに、トリプシン処理して得たペプチド断片をSCXカラム(poly Sulfoethyl A; 4.6 x 100 mm; ポリエルシー)に供して溶出液を25画分に分離した。分離は溶離液A[10mM KH2PO4(pH2.8), 25%ACN]および溶離液B[10mM KH2PO4(pH2.8), 25%ACN, 0.5M KCl]を用い、%Bが10分-0%、70分-20%、85分-50%、90分-60%、95分-60%、100分-100%となるリニアグラジェントにより行った。各画分はおよその液量が1/4程度になるまで減圧濃縮し、脱塩カラム(CAPCELL C18 MG; 2.0 x 10 mm; 資生堂)にて脱塩後減圧乾固した。脱塩には溶離液A[2%ACN, 0.05% Trifluoroacetic acid(TFA)]および溶離液B(80%ACN, 0.05%TFA)を用いた。
【0037】
SCX各画分をそれぞれ質量分析装置と装置付属のLCシステム装置(NanoFrontier LD; 日立ハイテク)を用いて解析した。緩衝液Aを4〜10μl(水:98%, ACN:2%,ギ酸:0.1%)用いて上記試料を溶解し、うち1μLを装置に供した。LCシステムの試料分離カラムにはMonoCap for Fast-flow(50μmφx 150mm; C18; GLサイエンス)を用い、緩衝液Aと緩衝液B(水:2%、ACN:98%、ギ酸:0.1%)が120分で緩衝液B 2%〜30%となるリニアグラジエントで、流量200nL/minに設定して行った。装置本体のトラップカラムにはMonolith Trap (50μmφ x 150mm; Cat. No.C18-50-150; 日立ハイテク)、カラム先端には石英製噴霧チップ、Picotip (外径360μm、内径50μm、先端内径10μm; ニューオブジェクティブ)を用い、エレクトロスプレーイオン化によるポジティブイオンモードで質量分析を行った。各25画分より得た試料に対し、IBA(Information Based Acqisition)を用いてそれぞれ2回分析を行った。IBAは1回目に測定したターゲット情報(m/z、電荷数、保持時間)を装置内部データベースに保存し、2回目の分析でターゲット情報とは一致しないイオンに対し分析を実施する手法であるが、これにより微弱なイオンが分析され、同定数を増やすことが期待された。他の装置条件は以下のとおりである。Curtain Gas Flow 0.7L/min; Spray potential 1700V; Detector potential, 2200V; Isolation Time 5ms; Isolation Width, 10Da; CID Time, 10ms。測定データはICAT比較定量用に開発したソフトウエアに供し、WTとApoEDの2群間の比較解析データを得た。
【0038】
その結果、質量分析により同定されたおよそ180種類の血漿蛋白質のうち、CD166とCD5LがWT群に対してApoED群で顕著に増加することを見出した。結果を表1に示す。CD166は12週齢では通常食、高脂肪食共に発現が確認されなかったが、25週齢でオス群・メス群共にWT群に対しApoED群が5倍の発現量を示し、粥状硬化性動脈硬化においてCD166が粥状プラーク形成に関与することを強く示唆した。表2に25週齢の血漿中で質量分析によりApoED群で増加が認められたCD166のペプチド断片を示す。また図1にマウスCD166の全長アミノ酸配列のうち、表2で同定されたペプチドの位置を下線で示す。
【0039】
【表1】

【0040】
【表2】

【0041】
一方CD5Lは、通常食を投与した12週齢のマウスではWT群に対しApoED群で2倍、高脂肪食投与を投与した12週齢のマウスではWT群に対しApoED群で4.5倍、高脂肪食を投与した25週齢のマウスではWT群に対しApoED群で4.8倍の発現量を示し、CD5Lが粥状硬化性動脈硬化の一因となる脂質代謝異常へ関与することを示唆した。表3に質量分析によりApoEDで増加が認められたCD5Lのペプチド断片を示す。また図2にマウスCD5Lの全長アミノ酸配列のうち、表3で同定されたペプチドの位置を下線で示す。
【0042】
【表3】

【0043】
(実施例2)
実施例1により調製した血漿蛋白質用い、SDS-ポリアクリルアミドゲルおよび抗CD166抗体と抗CD5L抗体を用いた免疫学的解析を行った。1レーンあたり9μgの血漿蛋白質をそれぞれSDSポリアクリルアミドゲル(Cat. No.ET-520L;アトー)に供し、泳動用緩衝液(25mM Tris, pH8.3, 192mM glycine, 0.1%SDS)を用いて定電流20mA、90分間電気泳動を行った。泳動後のゲルは直ちに転写装置(ホライズブロットCat. No.AE6687;アトー)に供し、転写用緩衝液(25mM Tris, 192mM glycine, 20% Methanol)を用いてPVDF膜1cm2あたり定電流3.2 mA、40分間転写を行った。転写後のPVDF膜はブロッキング用緩衝液(Cat. No.37525;ピアス/サーモサイエンティフィック)中室温で60分間振とうしてブロッキング処理した。一次抗体にはブロッキング緩衝液で5000倍に希釈した、抗マウスCD166抗体(Cat. No.MAB1172; アールアンドディーシステムズ)または抗マウスCD5L抗体(Cat. No.MAB2834; アールアンドディーシステムズ)を用い、室温で90分間振とうして処理した。洗浄用緩衝液(0.05%Tween 20, TBS)にて未反応の抗体を洗浄後、ブロッキング用緩衝液で5000倍に希釈したアルカリフォスファターゼ標識抗IgG抗体(Cat. No.S3831; プロメガ)を用い、室温で90分間振とう処理して2次抗体反応を行った。上記洗浄用緩衝液にて洗浄後、アルカリフォスファターゼ用発色基質(Cat. No.S3841; プロメガ)を添加してシグナルを得た。発色後のPVDF膜は画像解析装置(ChemiDoc XRS; バイオラッド)に供し、染色像を画像として取り込み、装置付属の解析ソフトウエア(Quantity One; バイオラッド)を用いてシグナル強度を定量化した。
【0044】
図3に抗マウスCD166抗体を用いて行った実験結果を示す。マウス血漿中のCD166のWT群に対するApoED群の発現量の比は、12週齢から25週齢まで増加し、25週齢をピークに減少した。その傾向は該ApoEDマウス動脈の粥状硬化性動脈硬化における病変の進行とよく一致し、血漿中のCD166量の変化は粥状プラーク形成と相関することを強く示唆した。
【0045】
図4に抗マウスCD5L抗体を用いて行った実験結果を示す。マウス血漿中のCD5LのWT群に対するApoED群の発現量の比は、12週齢から18週齢まで増加し、18週齢をピークに減少した。その傾向は該ApoEDマウス動脈の粥状硬化性動脈硬化における病変の進行と部分的に一致し、血漿中のCD5L量の変化は粥状プラーク形成とは直接相関しないが、早期病変の形成に何らかの関与が推察されることがわかった。
【0046】
次にマウス血漿中のCRP量をELISAキット(Cat. No.MB-KT095; エムビーエル)を用いて解析した。マウス血漿をキット付属の希釈液で20倍に希釈し、CRP標準試薬、陽性対象・陰性対象と共に96穴プレートに添加した。取り扱い説明に従って反応後、450nmの吸光度を測定してCRP濃度を求めた。図5に結果を示す。マウス血漿中のCRPのWT群に対するApoED群の発現量に差はなく、その比は12週齢から35週齢を通じて殆ど変化しなかった。その傾向は該ApoEDマウス動脈の粥状硬化性動脈硬化における病変の進行と一致せず、慢性状態における血漿中のCRP量の変化は粥状プラーク形成と相関しないことがわかった。
【0047】
(実施例3)
ヒト検体より血漿を得てCD166とCD5Lを測定した。表4に検体の性別、年齢、総コレステロール、LDL、HDL、トリグリセリド値を示す。特に検体Aは総コレステロール、LDLコレステロール、トリグリセリド値が高く、HDLコレステロール値が低く、疾患が疑われ、実際にシンバスタチンによる投薬治療歴があった。一方検体Dは他の検体と比較して総コレステロール、LDLコレステロール、トリグリセリドが低く、健常人と同様の値を示した。
【0048】
【表4】

【0049】
表4に示した検体より得た血漿蛋白質の濃度を測定し、1レーンあたり9μgの血漿蛋白質をSDS-ポリアクリルアミド電気泳動に供した。ニトロセルロース膜に転写後、ブロッキング溶液(0.1%BSA、TBS)でブロッキングを行った。同ブロッキング溶液で5000倍に希釈した抗ヒトCD166抗体(Cat. No.AF656; アールアンドディーシステムズ)または抗ヒトCD5L抗体(Cat. No.AF2797; アールアンドディーシステムズ)を作用させた後、0.05%Tweenを含むTBS溶液にて洗浄し、アルカリフォスファターゼ標識した抗IgG抗体(Cat. No.V1151; プロメガ)を作用させた。洗浄後、発色基質を添加してシグナルを可視化した。図6に結果を示す。抗ヒトCD166抗体によるシグナルは検体Aで特に強く検出され、粥状硬化性動脈硬化発症の危険性が高いことが強く示唆された。また抗ヒトCD5L抗体によるシグナルは検体A〜Dの中ではAが比較的強く、上記の結果を支持した。つまりCD166とCD5Lは共に粥状硬化性動脈硬化によって増加するが、CD166の方がより鋭敏であることは明らかである。
【0050】
(実施例4)
25週齢のWTおよびApoEDより摘出した大動脈組織試料を10%ホルマリン固定後に大動脈弓部分で冠状に切り出し、凍結包埋ブロックを作成した。3μm厚に薄切し、ヘマトキシリン-エオシン染色、オイルレッド染色、抗CD166抗体と抗CD5L抗体を用いた免疫染色を実施した。抗CD166抗体(50倍希釈、Cat. No.AF1172;アールアンドディーシステムズ)、抗CD5L抗体(100倍希釈、Cat. No.ab45408;アブカム)をそれぞれ一次抗体として用い、ビオチン標識二次抗体反応後、DAB添加によりシグナルを可視化した。染色標本は顕微鏡(Biozero,BZ-8000;キーエンス)にて観察し、得た画像をデジタルデータとして保存した。図7にWTマウス大動脈の組織染色を示す。病変は認められず(図7A)、中性脂肪顆粒も蓄積していない(図7B)。CD166、CD5Lの抗体染色も陰性で、両者の発現は確認できなかった(図7C,D)。図8にApoEDマウス大動脈の組織染色を示す。矢印で示した病変部位に中性脂肪顆粒の蓄積が赤い斑点状に認められた(図8A,B)。同時に病変内部にCD166とCD5L由来の褐色のシグナルが認められ、両者の発現が確認できた(図8C,D)。これらのことから、CD166とCD5Lは動脈硬化病変で発現して血漿中に漏出していることが明確に示された。つまりCD166とCD5Lの血漿中の濃度を評価することにより、病変の発生と進行を評価できることは明らかである。
【0051】
本発明は、前述の説明および実施例に特に記載した態様以外でも実施できることは明らかである。そのため本発明の多くの改変および変形が可能であり、従ってそれらも本件特許請求の範囲内のものである。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明により、粥状硬化性動脈硬化の危険性を予知する技術が提供される。血中におけるCD166単独あるいはCD166とCD5L両方の濃度等を指標として、粥状硬化性動脈硬化発症の可能性、リスクの高低や症状進行の可能性を検査・分析できるので、早期発見や将来の悪化の危険性などを的確に判定・診断することが可能になる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験動物より採取した試料中のCD166(ALCAM)の量を測定することを含む、粥状硬化性動脈硬化の診断または予測方法。
【請求項2】
被験動物がヒトである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
試料が血清または血漿である請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
CD5Lの量を測定することをさらに含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
粥状硬化性動脈硬化を発症していない健常対照群のCD166量およびCD5L量を設定し、健常対照群のCD166量に対する被験個体のCD166量の比と、健常対象群のCD5L量に対する被験個体のCD5L量の比とを指標として、当該個体が粥状硬化性動脈硬化に関係した血管障害を発症する危険度を決定することを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
他に1以上の粥状硬化性動脈硬化マーカー量を測定することをさらに含む、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
化合物による粥状硬化性動脈硬化の予防または治療効果の評価方法であって、化合物を投与された粥状硬化性動脈硬化の予防または治療を必要とする被験動物より採取した試料中のCD166の量を測定することを含む、前記方法。
【請求項8】
被験動物がヒトである請求項7に記載の方法。
【請求項9】
試料が血清または血漿である請求項7または8に記載の方法。
【請求項10】
CD5Lの量を測定することをさらに含む、請求項7〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
粥状硬化性動脈硬化の予防または治療を必要とする被験動物であって被検化合物を投与されていない群から採取した試料におけるCD166量およびCD5L量と、粥状硬化性動脈硬化の予防または治療を必要とする被験動物であって被検化合物を投与した群から採取した試料におけるCD166量およびCD5L量とをそれぞれ比較することを含む、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
他に1以上の粥状硬化性動脈硬化マーカー量を測定することをさらに含む、請求項7〜11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
粥状硬化性動脈硬化マーカーとしてのCD166の量を測定し得る物質を含む、粥状硬化性動脈硬化の診断用もしくは予測用、または化合物による粥状硬化性動脈硬化の予防または治療効果評価用のキット。
【請求項14】
粥状硬化性動脈硬化マーカーとしてのCD5Lの量を測定し得る物質をさらに含む、請求項13に記載のキット。
【請求項15】
他に1以上の粥状硬化性動脈硬化マーカー量を測定し得る物質をさらに含む、請求項13または14に記載のキット。
【請求項16】
粥状硬化性動脈硬化マーカー量を測定し得る物質が抗体である、請求項13〜15のいずれか1項に記載のキット。
【請求項17】
粥状硬化性動脈硬化マーカーとしてのCD166の量を測定し得る、粥状動脈硬化の診断用もしくは予測用、または化合物による粥状硬化性動脈硬化の予防または治療効果評価用の装置。
【請求項18】
さらに、粥状硬化性動脈硬化マーカーとしてのCD5Lの量を測定し得る、請求項17に記載の装置。
【請求項19】
他に1以上の粥状硬化性動脈硬化マーカー量をさらに測定し得る、請求項17または18に記載の装置。
【請求項20】
粥状硬化性動脈硬化マーカー量を測定するための質量分析計を備える、請求項17〜19のいずれか1項に記載の装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−58949(P2011−58949A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−208639(P2009−208639)
【出願日】平成21年9月9日(2009.9.9)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度 文部科学省 「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成 未来創薬・医療イノベーション拠点形成」委託研究,産業技術強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【出願人】(504173471)国立大学法人北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】