説明

精子機能の検査方法

【課題】精子機能の評価に有用な、精度が高く且つ簡便で安価な検査方法を提供すること。
【解決手段】精子核DNA断片化を高い精度で検出する方法を見出し、精子機能を簡便に解析するために有用なデータ分類方法および精子機能検査方法を確立し、さらに、精子頭部空胞により精子機能を評価する方法およびその評価のためのデータ解析方法を確立し、これら方法に基づいて、精子核DNA断片化を指標とする精子機能検査方法、精子頭部空胞を指標とする精子機能検査方法、およびこれら検査方法を組み合わせてなる精子機能検査方法、並びに精子核DNA断片化検出方法、精子頭部空胞測定方法、男性不妊症の診断方法、および精子選別方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精子機能検査方法に関する。具体的には本発明は、精子核DNA断片化を指標とする精子機能検査方法、精子頭部空胞を指標とする精子機能検査方法、およびこれら検査方法を組み合わせてなる精子機能検査方法に関する。また本発明は、精子核DNA断片化検出方法および精子頭部空胞測定方法に関する。さらに本発明は、前記精子機能検査方法により精子機能を評価することを特徴とする男性不妊症の診断方法に関する。また本発明は、精子頭部空胞を指標とする精子機能検査方法により精子機能を評価し、機能が良好な精子を選択することを特徴とする精子選別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本国をはじめとした欧米先進諸国では全夫婦の約10%が不妊問題を抱えており、さらに近年のストレス社会や環境ホルモン等の問題により不妊症例の割合は増加傾向にある。不妊症の患者は、その原因が多種多様であることから、通常様々な検査を重ねることによりその原因を特定し、原因に適した治療方法を受ける。
【0003】
不妊症例の約半数は男性側の因子に起因していると考えられている。男性不妊の原因の大半は不十分な精子形成、精子欠失および精子機能障害にある。
【0004】
精子は全長が約50μmであり、その構造は頭部、尾部(鞭毛)の中片部、尾部(鞭毛)の主部の3つの部位に大別できる。頭部は原形質膜で覆われており、そのほとんどがクロマチンを含む核からなり、先端部分には受精時に必要な酵素を産生・分泌する先体が存在する。尾部の中片部はミトコンドリアからなり、運動エネルギーの供給源である。尾部の主部は運動に関わる骨格成分とその関連タンパク質からなり、その収縮および伸張により精子の運動が生じる。哺乳類の完成精子核は高度に凝集しており、特にげっ歯類の精子核は完全に凝集するため核内に空胞は認められないが、一方、ヒトの精子核の凝集程度は不均一であり複数の大小不同な核内空胞(臨床的には頭部空胞とも呼ばれる)を認める。精子核内では、クロマチンが高度に凝縮された状態で存在する。このような凝集状態を達成する基本的構造として、約50−60kbの二本鎖DNAを含むトロイドと呼ばれる構造が認められ、そこでは核タンパク質プロタミンにより二本鎖DNAが凝縮されている。各トロイドは核マトリックスのマトリックス付着領域にトロイドリンカーにより繋留されている。
【0005】
男性不妊に対する検査の基本は、精子を含む精液検査であり、精液量、精子密度、運動精子濃度、精子運動率、精子奇形率等の測定が行われる。正常精液の基準値は、1999年に設けられた世界保健機構(WHO)の基準によれば、精液量が1回の射精につき2.0ml以上、pHが7.2以上、精子濃度が20×10/ml以上、総精子数が40×10以上、精子運動率については射精後60分以内において前進運動精子が50%以上もしくは高速運動精子が25%以上、精子正常形態率がクルーガーテストで15%以上、精子生存率が75%以上とされている。このような検査による精液所見から男性不妊の診断や分類が行われる。
【0006】
一方、量、形態、および運動性において正常と判断される精子であっても、その精子の核内に異常があり、それが不妊の原因となっている症例がある。精子核内の異常、例えば精子クロマチンの欠陥やDNAの損傷を検出する方法として、精子クロマチン拡散試験(Sperm Chromatin Dispersion Test;SCDT)が知られている(非特許文献1〜7)。この試験では、トロイド内の二本鎖DNAを一本鎖DNAに解離させ、次いでドデシル硫酸ナトリウム(SDS)や溶解液によりトロイドリンカーを切断してトロイドを核マトリックスから遊離させ、さらにトロイド内のDNAを伸長させ、そして核外に伸長したDNAを色素染色で検出する。クロマチンやDNAが正常であれば、検出されるDNAは長く、そのため精子頭部の周囲にハローと呼ばれる輪状の染色像が検出される。これに対し、クロマチンの欠陥やDNAの損傷を有する精子では、このような染色像が小さいか、認められない。すなわち、この試験ではDNA染色像の大きさにより精子核内の異常を検出する。しかしながら、この試験では、SDSや溶解液の使用により精子の頭部と尾部が離断されるため、離断した頭部について測定がなされるが、測定される頭部には、薬剤処理により離断された頭部の他に、既に死んでいたものの頭部が含まれるという問題点がある。したがって、精子核内の異常を検出するより精度の高い方法の提供が求められている。この試験の他、精子核内の異常を検出する方法として精子クロマチン構造検査(SCSA)が知られている(非特許文献8)。この検査は、正常DNAと異常DNAとをそれぞれのDNAと結合する2種類の蛍光色素を用いて染色し、異常DNAの割合を検出する方法である。このような蛍光法は、蛍光強度や蛍光時間等の点から迅速な操作が必要とされ、また、蛍光を測定するための装置が必要であり、操作の煩雑性や高い経費等の問題点を有する。そこで、これら問題点が解消された精子核内異常の検出方法の提供が求められている。
【0007】
近年の生殖補助技術、例えば卵細胞質内精子注入法(intracytoplasmic sperm microinjection;ICSI)等の体外授精(in vitro fertilization;IVF)や子宮内授精(intrauterine insemination;IUI)等の技術による治療の普及に伴い、そのような治療に使用する精子の選別において、精子の機能の評価が実施されている。運動性の無い精子であっても生存し、ICSIにより授精可能な精子が存在する。このような精子を確認する方法として精子膨化試験が知られている。また、一見正常な精子にも授精能の異常を認めることがある。精子の授精能の検査方法として、例えばハムスターテスト等が知られている。その他、頸管粘液通過性や先体反応誘起等を評価する方法が報告されている。
【0008】
また、形態学的選択法に基づく精子の卵子内注入法(intracytoplasmic morphologically selected sperm microinjection;IMSI)が最近臨床で用いられるようになり、精子の各部分の形態の他、核内空胞の形態的性状(数、大きさ、内容物等)が注目されている。精子頭部に過剰な核膜や細胞質成分が残る場合、活性酸素が産生され易くなるため、結果的に酸化ストレスを受けて精子核DNAに断片化が起こり易くなることが知られており(非特許文献7および9)、核内空胞の性状は精子核の成熟度を示す指標になる可能性がある。正常形態を示すが大きな空胞を有する精子を用いたICSIでは、妊孕率が低減することが報告されている(非特許文献10)が、この報告における基準や判定法は確立されたものではなく、また、空胞の形態的性状と妊孕率との関連は未だ明らかではない。そのため、空胞の形態的性状に基づいて精子を選択する基準や判定法の確立が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Fernandez JL, Muriel L, Rivero MT,Goyanes V, Vazquez R, Alvarez JG. The sperm chromatin dispersion test: A simplemethod for the determination of sperm DNA fragmentation. J Androl 24 (1) : 59-66 (2003) .
【非特許文献2】Muriel L, Segrelles E, Goyanes V,Gosalvez J, Fernandez JL. Structure of human sperm DNA and background damage,analysed by in situ enzymatic and digital image analysis. Mol Human Reprod 10 (3) : 1-7 (2004) .
【非特許文献3】Fernandez JL, Muriel L, Goyanes G,Segrelles E, Gosalvez J, Enciso M, Lafromboise M, De Jonge C. Simpledetermination of human sperm DNA fragmentation with an improved sperm chromatindispersion test. Fertili Steril 84 (4) : 833-842 (2005).
【非特許文献4】Enciso M, Muriel L, Fernandez JL,Goyanes V, Segrelles E, Marcos M, Montejo JM, Ardoy M, Pacheco A, GosalvezJ.Infertile men with Varicocele show a high relative proportion of sperm cellswith intense nuclear damage level, evidenced by the sperm chromatin dispersiontest. J Androl 27 (1) : 106-111 (2006) .
【非特許文献5】Perez-Llano B, Enciso M,Garcia-Casado P, Sala R, Gosalvez J. Sperm DNA fragmentation in boars isdelayed or abolished by using sperm extenders. Theriogenology66 : 2137-2143 (2006) .
【非特許文献6】Muriel L, Garrido N, Fernandez JL,Remohi J, Pellicer A, De Los Santos MJ, Meseguer M. Value of the spermdeoxyribonucleic acid fragmentation level, as measureed by the sperm chromatindispersion test, in the outcome of in vitro fertilization and intracytoplasmicsperm injection. Fertili Steril 85 (2) : 371-383 (2006).
【非特許文献7】Chohan KR, Griffin JT, LafromboiseM, De Jonge CJ, Carrell DT. Comparsion of chromatin assays for DNAfragmantation evaluation in human sperm. J Androl 27(1) : 53-59 (2006) .
【非特許文献8】Evenson DP, Larson KL, Jost LK. Thesperm chromatin structure assay (SCSA(R)): clinical use for detecting sperm DNAfragmentation related to male infertility and comparisons with othertechniques. Andrology Lab Corner. J Androl 23 (1) :25-43 (2002) .
【非特許文献9】Aitken RJ, De Iuliis GN. Value ofDNA integrity assays for fertility evaluation. SocReprod Fertil Suppl. 65 : 81-92 (2007) .
【非特許文献10】Berkovitz A, Eltes F, EllenbogenA, Peer S. Feldberg D, Bartoov B. Does the presence of nuclear vacuoles inhuman sperm selected for ICSI affect pregnancy outcome? Human Reprod 21 (7) : 1787-1790 (2006) .
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
男性不妊症において精子機能の低下の原因は多様であり、その判定には多くの検査を必要とするが、従来の検査には、精度、操作性、経済性等の問題点を有するものが多かった。近年、不妊症の治療において、生殖補助技術、例えばICSIやIMSI等の顕微授精、体外授精、子宮内授精等の技術による治療の普及に伴い、そのような治療に使用する精子の選別が重要な位置を占めている。本発明の目的は、精子機能の判定に有用であり、且つ、上記問題点が解決された検査方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は上記目的を達成すべく鋭意研究を行い、精子核DNA断片化を高い精度で検出する方法を見出し、精子機能を簡便に解析するために有用なデータ分類方法、および精子機能検査方法を確立した。さらに、本発明者は、精子頭部空胞により精子機能を評価する方法、およびその評価のためのデータ解析方法を確立した。本発明はこれら知見に基づいて達成したものである。
【0012】
即ち、本発明は、精子核DNA断片化検出方法であって、
(1)精子核中のトロイド内の二本鎖DNAを一本鎖DNAに解離させる工程、
(2)トロイドリンカーを切断してトロイドを核マトリックスから遊離させる工程、
(3)トロイド内のDNAを伸長させる工程、
(4)伸長したDNAを検出する工程
を含み、ここで上記(2)および(3)の工程をTriton X−100(トリトン X−100、なお「Triton」は、商標名である)を用いて行われることを特徴とする方法に関する。
【0013】
また本発明は、前記伸長したDNAを検出する工程が、伸長したDNAを色素染色した後に精子頭部に形成される円形の染色像の大きさを測定する工程である前記精子核DNA断片化検出方法に関する。
【0014】
さらに本発明は、前記染色像の幅(A)と無処理精子の頭部幅(B)とを比較してA/Bの値により染色像を下記分類;
(i)A/Bの値が3.0またはそれより大きい、
(ii)A/Bの値が3.0より小さく、且つ1.5またはそれより大きい、
(iii)A/Bの値が1.5より小さく、且つ1.0またはそれより大きい、
(iv)A/Bの値が1.0より小さく、且つ強染色、
(v)A/Bの値が1.0より小さく、且つ弱染色または無染色、
により分類して、前記(i)または(ii)に分類された染色像を示す精子は精子核DNAが断片化しておらず、前記(iii)、(iv)および(v)のいずれかに分類された染色像を示す精子は精子核DNAが断片化していると評価する前記精子核DNA断片化検出方法に関する。
【0015】
さらにまた本発明は、精子核DNA断片化の検出を前記いずれかの精子核DNA断片化検出方法を用いて行い、精子核DNA断片化を指標にして精子機能を評価する精子機能検査方法に関する。
【0016】
また本発明は、精子核DNA断片化を指標にして精子機能を評価することを、計測した精子総数に対する核DNA断片化精子数の割合であるDNA断片化指数(DFI)を指標にして精子機能を評価することを特徴とし、ここでDFIが10%以上であるとき精子機能が不良であると判定する前記精子機能検査方法に関する。
【0017】
さらに本発明は、精子頭部空胞の測定方法であって、
(a)精子頭部の空胞の数および幅を測定する工程、
(b)空胞の幅(C)と精子頭部幅(D)とを比較してC/Dの値により空胞を下記分類;
(I)C/Dの値が1/2より大きい空胞(空胞L)はスコア3、
(II)C/Dの値が1/3またはそれより大きく、且つ1/2またはそれより小さい空胞(空胞M)はスコア2、
(III)C/Dの値が1/3より小さい空胞(空胞S)はスコア1、
(IV)空胞がない場合はスコア0、
により分類してスコア化する工程、
(c)下式1;
【数1】

により精子頭部空胞面積スコアを算出する工程、
を含む精子頭部空胞測定方法に関する。
【0018】
さらにまた本発明は、精子頭部空胞の測定を前記精子頭部空胞測定方法を用いて行い、精子頭部空胞の数および/または精子頭部空胞面積スコアを指標にして精子機能を評価することを特徴とする精子機能検査方法に関する。
【0019】
また本発明は、前記精子核DNA断片化を指標にして精子機能を評価する精子機能検査方法、および、前記精子頭部空胞の数および/または精子頭部空胞面積スコアを指標にして精子機能を評価する精子機能検査方法の組み合わせからなる精子機能検査方法に関する。
【0020】
さらに本発明は、精液検体が男性不妊症患者由来の精液検体であるか否かを判定する方法であって、該精液検体に含まれる精子の機能を前記いずれかの精子機能検査方法により評価し、精子機能が不良であると評価された精液検体は男性不妊症患者由来の精液検体であると判定する方法に関する。
【0021】
さらにまた本発明は、精子頭部空胞の数および/または精子頭部空胞面積スコアを指標にして精子機能を評価することを特徴とする前記精子機能検査方法を用いて精子の機能を評価し、機能が良好な精子を選択することを特徴とする、精子選別方法に関する。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、精子核DNA断片化を指標とする精子機能検査方法、精子頭部空胞を指標とする精子機能検査方法、およびこれら検査方法を組み合わせてなる精子機能検査方法を提供できる。また本発明は、精子核DNA断片化検出方法および精子頭部空胞測定方法を提供できる。
【0023】
精子核DNA断片化を指標とする本発明に係る精子機能検査方法は、精度が高く、煩雑な操作が不要であり、また特殊な機器も不要であるため安価に実施できる。さらに、少量の検体で検査を実施できるため、患者の負担が少ない。また、本発明において確立した分類方法により、精子機能検査方法のデータ解析を迅速簡便に実施できる。このように、本精子機能検査方法は、従来行われていた精子核DNA断片化を指標とする精子機能検査方法と比較して極めて優れた利点を有する。
【0024】
精子頭部空胞を指標とする精子機能検査方法は、煩雑な操作が不要であり、また、本発明において確立したデータ解析方法により、精子機能検査方法のデータ解析を迅速簡便に実施できる。従来、精子頭部空胞を指標とする精子機能検査方法は実施されていないことから、本精子機能検査方法の提供は男性不妊症の多様な原因の追求や診断において有用である。また、本精子機能検査方法は、精子を生きた状態で実施できるため、体外受精に用いる機能良好な精子の選別に有用である。
【0025】
本発明は、このように男性不妊症の診断や治療、およびその原因の研究の分野において優れた効果を示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】精子核DNA断片化評価方法における各処理工程でのDNAトロイドおよびDNAの状態と、該工程におけるヒト正常精子検体のライト染色像を示す図である。パネルAは、精子をスライドグラス上に物理的に固定化した試料(サンプルA)、パネルBはサンプルAを酸処理した試料(サンプルB)、パネルCはサンプルBをTriton X−100とDTTとで処理した試料(サンプルC)、パネルDはサンプルCをTriton X−100とNaClとで処理した試料(サンプルD)を示す。
【図2】精子核DNA断片化評価方法において精子頭部の周囲に検出されるハローの大きさによる精子核DNA断片化の分類と定義を示す模式図である。
【図3】ヒト正常精液について精子核DNA断片化評価を行ったときの画像データ解析結果を示す図である。画像には総数22の精子が認められ、そのうち19個はタイプ1−1であり、3個はタイプ1−2であった。
【図4】DNAが断片化していない精子(パネルA)およびDNAが断片化している精子パネルBの画像を示す図である。
【図5】正常ヒト精液および不妊症治療対象患者精液について、精子核DNA断片化を評価した結果を示す図である。
【図6】精子頭部空胞の大きさの分類を示す図である。
【図7】精子頭部空胞のサイズの解析画像を示す図である。画面には総数3の精子が認められ、それらに存在する空胞は総数で、L、MおよびSがそれぞれ2個、1個および2個であった。
【図8】精子頭部空胞の平均数とDFIとの相関を示す図である。縦軸は精子頭部空胞の平均数(average nubmer of vacuoles/sperm)を示し、横軸はDFIを示す。
【図9】精子頭部空胞面積スコアとDFIとの相関を示す図である。縦軸は精子頭部空胞面積スコア(sperm vacuolescore (area))を示し、横軸はDFIを示す。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明は、精子機能の検査方法を提供する。本精子機能の検査方法は、男性不妊症の診断や治療に有用である。「精子機能」とは、精子の授精能を意味する。ここで「精子の授精能」とは、卵子に到達して融合し、次いで受精卵を形成して胚発生に至る一連の過程を遂行する精子の能力を意味する。「胚発生」とは、多細胞生物が受精卵から細胞分裂を経て成体になるまでの過程を意味する。「精子機能が良好」と言う場合、精子が授精能を有することをいう。これに対して「精子機能が不良」と言う場合、精子が授精能を有さない、あるいは授精能が低く、そのため最終的に胚発生に至らないことをいう。「男性不妊症」とは男性側の因子、例えば不十分な精子形成、精子欠失および精子機能障害に起因していると考えられる不妊症をいう。「不妊症」とは、健常に性行為があって2年間妊娠しない状態をいう。
【0028】
本発明に係る精子機能の検査方法は、より詳しくは、精子核DNA断片化を指標とする精子機能検査方法、精子頭部空胞を指標とする精子機能検査方法、およびこれら検査方法を組み合わせてなる精子機能検査方法に関する。
【0029】
また、本発明は、精子核DNA断片化検出方法および精子頭部空胞測定方法を提供する。
【0030】
本精子核DNA断片化検出方法は、下記工程:
(1)精子核中のトロイド内の二本鎖DNAを一本鎖DNAに解離させる工程、
(2)トロイドリンカーを切断してトロイドを核マトリックスから遊離させる工程、
(3)トロイド内のDNAを伸長させる工程、
(4)伸長したDNAを検出する工程、
を含む(図1参照)。
【0031】
「精子核DNA断片化」とは、精子頭部に存在する核に格納されているDNAが、正常のものと比較して短くなった状態をいう。「トロイド」とは、精子型直鎖状核DNA鎖を含むドーナツ状の構造体をいい、そこには約50−60kbの二本鎖DNAが含まれる。トロイドでは、核タンパク質プロタミンにより二本鎖DNAが凝縮された状態にある。「トロイドリンカー」とは、トロイドを核マトリックスのマトリックス付着領域に繋留するDNAをいう。「核マトリックス」とは、核酸とタンパク質とから構成される核内の骨格構造をいう。「DNAを伸長させる」とは、凝縮されたDNAを伸ばすことをいう。
【0032】
本精子核DNA断片化検出方法は、トロイドリンカーを切断してトロイドを核マトリックスから遊離させる工程(2)およびトロイド内のDNAを伸長させる工程(3)を、Triton X−100を用いて実施することを特徴とする。精子核DNA断片化検出方法として報告されている従来の精子クロマチン拡散試験は、同様の工程を含むが、上記工程(2)および(3)をSDSまたは溶解液を用いて実施している。SDSや溶解液の使用により精子の頭部と尾部は離断されるため、従来法では離断した頭部について測定がなされるが、測定される頭部には、薬剤処理により離断された頭部の他に、既に死んでいたものの頭部が含まれ、その結果試験の精度が低下するという問題が生じる。Triton X−100では頭部と尾部切断されないため、本精子核DNA断片化検出方法は従来法と比較して精度が高い。使用するTritonX−100の濃度は、0.1%〜2%であることが好ましく、例えば1%がより好ましい。TritonX−100の濃度は、例示した濃度に限らず、上記工程(2)および(3)を実施でき、且つ精子タンパク質の変性を起こさず、また、精子の頭部と尾部を離断しない濃度であればいずれの濃度であってもよい。
【0033】
さらに、本工程はSDSのようにタンパク質変性作用が強力でない、大きな分子で結合タンパク質等を解離させることができる中性の高分子界面活性剤等が使用でき、好ましくは、上記のTriton X−100であるが、例えば、トリトン系の他のもの(トリトン WR−1339、トリトン X−305、トリトン X−405、トリトン X−114およびトリトン CF−10等)やNP−40(ノニデット P40、Nonidetは商標名である)さらにTween 20(ツィーン 20、Tweenは商標名である)等も使用できる。
【0034】
精子核中のトロイド内の二本鎖DNAを一本鎖DNAに解離させる工程(1)は、例えば酸処理により実施できるが、二本鎖DNAを一本鎖DNAに解離させ得る手段であれば特に酸処理に限ることはなく、いずれの手段も使用できる。酸処理は、好ましくは塩酸処理が用いられる。塩酸を使用する場合、濃度は、0.01N〜1Nの範囲であることが好ましく、例えば0.08Nがより好ましい。
【0035】
伸長したDNAを検出する工程(4)は、伸長したDNAを色素染色した後に精子頭部に形成されるハロー(halo)と呼ばれる円形の染色像の大きさを測定することにより実施できる。染色色素は、一般にDNAや核の染色に使用される色素であればいずれも使用できる。好ましくはライト染色液を使用する。DNAや核の染色には、ヨウ化プロピジウム(PI)、DAPI(4’,6−ジアミジノ−2−フェニルインドール)、ヘキスト33258等の蛍光色素を用いることができるが、蛍光法では蛍光強度や蛍光時間との関係で、高い定量精度を維持するためには、迅速な測定等の条件が必要となる。また、蛍光を測定するための装置が必要であり、操作の煩雑性や高い経費等の問題がある。これに対し、ライト染色は、染色後の標本を半永久的に保存することが可能であるため繰り返しの測定が可能であり、定量性が高い。またライト染色は、染色液が安価であり、染色像の観察を光学顕微鏡により実施でき、また操作工程が簡便で容易である。ライト染色は、一般に行われている方法を参照して実施できる。
【0036】
染色像の大きさの測定は、染色に用いた色素に応じた一般的に用いられている測定方法により実施できる。色素としてライト染色を用いた場合は、光学顕微鏡により染色像を観察できる。色素として蛍光色素を用いた場合は、蛍光顕微鏡により染色像を観察できる。染色像の大きさの測定は、顕微鏡下で目視により実施できる。定量性を考慮するならば、顕微鏡にコンピュータを接続して、染色像の画像データをコンピュータに取り込み、コンピュータ画面上で染色像の大きさを測定することが好ましい。
【0037】
「円形」とは、丸い円盤形状をいい、正円形に限らず楕円形も含まれる。
【0038】
クロマチンやDNAが正常であれば、検出されるDNAは長く、そのため大きな円形の染色像が検出される。これに対し、クロマチンの欠陥やDNAの損傷を有する精子では、DNAが断片化されるため、このような染色像が小さいか、または認められない。すなわち、染色像の大きさによりDNAの断片化を評価でき、それにより精子核内の異常を検出できる。
【0039】
精子頭部に形成される円形の染色像(ハロー)の大きさによる染色像は、無処理精子の頭部の幅に基づいて5段階に分類する(図2および表1参照)。
【0040】
【表1】

【0041】
上記染色像の分類に基づいて、タイプ1およびタイプ2に分類される精子はDNAが断片化されていないものであり、タイプ3、タイプ4およびタイプ5のいずれかに分類される精子はDNAが断片化されているものであると評価することができる。すなわち、タイプ1およびタイプ2に分類される精子は機能が良好であり、タイプ3、タイプ4およびタイプ5のいずれかに分類される精子は機能が不良であると判定できる。
【0042】
また、DNA断片化指数(DNA fragmentation index;DFI)を、上記染色像の分類に基づくタイプ3、タイプ4およびタイプ5に分類された精子数と計数した精子総数とから下式2により算出することができる。
【0043】
【数2】

【0044】
実際、本精子核DNA断片化検出方法により、正常ボランティアおよび男性不妊症患者から採取した精子のDNA断片化を検出して比較したところ、男性不妊症患者において精子核DNA断片化が認められる精子が著しく多く観察された。具体的には、正常ボランティアでは計数した精子総数に対してタイプ1およびタイプ2に分類される精子が98.4%であり、タイプ3から5のいずれかに分類される精子が0.5%であったのに対し、男性不妊症患者では計数した精子総数に対してタイプ1およびタイプ2に分類される精子が48.4%であり、タイプ3から5のいずれかに分類される精子が44.0%であった(実施例1参照)。すなわち、本正常ボランティアおよび本男性不妊症患者の精子のDFIはそれぞれ0.5%および44.0%であった。本結果から、精子のDFIを指標にして精子機能の評価ができることが明らかである。
【0045】
本精子機能検査方法では、精子を含む検体について本精子核DNA断片化検出方法を実施し、精子核DNA断片化を指標にして精子機能を評価することができる。評価は、例えば、上記DFIにより実施できる。具体的には、DFIが10%以上、より好ましくは20%以上、さらに好ましくは30%以上、さらにより好ましくは40%以上である場合、精子機能が不良であると判定できる。
【0046】
本精子頭部空胞の測定方法は、
(a)精子頭部の空胞の数および幅を測定する工程、
(b)精子頭部幅に対する空胞の幅の割合に基づき空胞を分類してスコア化する工程、
(c)各分類の空胞の数およびスコアにより精子頭部空胞面積スコアを算出する工程、
を含む。
【0047】
空胞の数および幅等の形態的性状の測定は、電子顕微鏡により実施できる。あるいは微分干渉顕微鏡を使用して測定することが可能であり、またコンピュータ画像解析を行うことによっても精度の高い測定が可能であるため、電子顕微鏡を使用しないでこれらの測定が可能である。
【0048】
空胞の形態的性状の測定は、尾部を有する扁平な向きの精子(観察面に対して扁平な面をもつ精子)について実施することが好ましい。また、奇形精子は本測定から除外する。
【0049】
空胞の分類は、精子頭部最大幅(約5μm)に対する空胞の幅の割合に基づいて行い、3段階に分類してスコア化する(図6および表2参照)。また、空胞が観察されない場合のスコアは0とする。
【0050】
【表2】

【0051】
精子頭部空胞面積スコアは、上記分類のスコア、該分類に分類された空胞数、および計測下精子総数から、下式1により算出する。
【0052】
【数3】

【0053】
精子頭部空胞の数および/または精子頭部空胞面積スコアはDNA断片化指標とかなり高い相関が認められるため、精子頭部空胞の数および/または精子頭部空胞面積スコアを指標にして精子機能を評価することができる。精子頭部空胞の数および/または精子頭部空胞面積スコアは、各精子についてそれぞれ算出して、各精子の機能の評価に使用できる。また、精子頭部空胞の数および/または精子頭部空胞面積スコアは、複数の精子について測定を行い、1精子当りの平均空胞数および/または平均精子頭部空胞面積スコアとして算出して、精子機能の評価に使用できる。精子頭部空胞の数および/または精子頭部空胞面積スコア、あるいは、平均空胞数および/または平均精子頭部空胞面積スコアが少ない精子は、精子機能が良好であると判定できる。
【0054】
本精子機能検査方法は、精子を含む検体について本精子頭部空胞の測定方法を実施し、精子頭部空胞の数および/または精子頭部空胞面積スコアを指標にして精子機能を評価する。
【0055】
さらに、本精子機能検査方法は、精子を含む検体について、上記精子核DNA断片化を指標とする精子機能検査方法および上記精子頭部空胞を指標とする精子機能検査方法の両方を組み合わせて実施する精子機能検査方法であることができる。両方法の相関性はかなり高く、両方法を組み合わせることにより検査の精度を上げることができる。また、両方法を組み合わせることにより、診断の多様性が高くなり、原因別の不妊症の診断に役立つ。例えば、両方法の相関性はかなり高いが、一方、精子核DNA断片化を指標とする評価で正常域と判断されるが、精子頭部空胞を指標とする評価で異常であると判断される症例や、その反対に精子頭部空胞を指標とする評価で正常域と判断されるが精子核DNA断片化を指標とする評価で異常と判断される症例が検出される可能性がある。このような症例における精子機能の低下は、異なる原因によるものであると十分に考え得る。
【0056】
本発明はまた、本精子機能検査方法を用いて、精液検体が男性不妊症患者由来の精液検体であるか否かを判定する方法を提供する。本精子機能検査方法で精子機能が不良であると評価された精液検体は、男性不妊症患者由来の精液検体であると判定できる。本判定を行う場合、本精子機能検査方法において複数の精子について機能を評価することが好ましい。すなわち、精子核DNA断片化を指標とする精子機能検査方法では、複数の精子について精子核DNA断片化を測定し、測定結果からDFIを算出し、そしてDFIを指標にして精子機能を評価することが好ましい。また、精子頭部空胞の数および/または精子頭部空胞面積スコアを指標とする精子機能検査方法では、複数の精子について測定を行い、1精子当りの平均空胞数および/または平均精子頭部空胞面積スコアを算出し、そして平均空胞数および/または平均精子頭部空胞面積スコアを指標にして精子機能を評価することが好ましい。
【0057】
本発明はまた、精子頭部空胞の数および/または精子頭部空胞面積スコアを指標にする精子機能検査方法を用いて、精子機能が良好な精子を選別する方法を提供する。精子機能が良好な精子は、体外授精、例えばICSIやIMSIに使用することができる。精子機能が良好な精子を選別する場合、複数の精子について、それぞれの機能を評価することが好ましい。すなわち、精子頭部空胞の数および/または精子頭部空胞面積スコアを指標とする精子機能検査方法では、複数の精子について測定を行い、各精子の空胞数および/または精子頭部空胞面積スコアを算出し、そして空胞数および/または精子頭部空胞面積スコアを精子間で比較する。空胞数および/または精子頭部空胞面積スコアが少ないものは、精子機能が良好であると判定できるので、このような精子を選択する。
【0058】
精子を含む検体として、採取した精液、該精液中に含まれる精子、および該精液から回収した精子を挙げることができる。精液の採集は、一般的な男性不妊検査方法において用いられている採集方法と同様の方法で実施できる。具体的には、用手法(マスターベーション)で密閉可能な広口容器に採取する。採取した精液は、約30分間放置し、液状化してから検査を行うことが好ましい。精液からの精子の回収は、自体公知の方法、例えばスイムアップ法や密度勾配遠心法等により実施できる。何もせずに簡単な洗浄後に回収した精子を用いても検査することができるが、精度を上げるためにはスイムアップ法や密度勾配遠心法等で前処理することが好ましい。回収した精子は、回収後直ぐに本精子機能検査方法に使用してもよく、−20℃あるいは−80℃で凍結保存後に使用することもできる。精子の保存および洗浄用溶液は、通常臨床で使用される種々の培養液や、リン酸緩衝生理食塩水等の緩衝能を有する生理的塩類溶液であればいずれも使用できる。
【0059】
精子は、物理的に固定化して使用することができる。「物理的に固定化」とは、細胞、例えば精子を生きた状態でその位置だけを固定することをいい、化学的固定のように細胞の化学的成分を変性させて不動化することとは異なる。物理的固定化は、自体公知の方法により実施できる。例えば、精子または精子を含む検体を、精子を封入してその運動を抑制し得る溶液にけん濁して、固相に滴下することにより実施できる。精子を封入してその運動を抑制し得る溶液として、低融点アガロースゲルを好ましく例示できる。精子を固定化する固相は、顕微鏡下で精子を観察し得るものであればいずれでもよく、スライドグラスを例示できる。精子の物理的な固定は、具体的には、精子または精子を含む検体を、低融点アガロースゲルにけん濁してスライドグラス上に滴下し、その後氷上等の低温下でアガロースゲルを固めることにより実施できる。この操作において、カバーグラスを滴下した溶液上に掛け、溶液を固めた後に取り除くことにより表面を平らに保つことできるため、精子の観察には好ましい。
【0060】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0061】
ヒト精子核DNA断片化の評価
[1]材料および方法
ヒト精液は、正常ボランティアおよび不妊症治療対象患者よりインフォームドコンセントを得た上で提供を受けた。精液からの精子の回収は、スイムアップ法により実施した。
【0062】
精子を洗浄後、計数し濃度を2〜3×10/mlに調製した(溶液A)。その後、精子を含む溶液をカバーグラス上に物理的に固定する処理(サンプル調製工程1)、精子核中のトロイド内の二本鎖DNAを一本鎖DNAに解離させるための酸処理(サンプル調製工程2)、トロイドリンカーを切断してトロイドを核マトリックスから遊離させる処理(サンプル調製工程3)、DNAを伸長させる処理(サンプル調製工程4)および色素染色を行った。具体的には、サンプル調製1は次のように行った。まず、溶液Aと低融点アガロースとを容量比1:2で混合し(溶液B)、23℃のホットプレート上に静置した。溶液Bの5μlをスライドグラスに滴下し、カバーグラスを掛けた後にスライドグラスを氷上に移してアガロースゲルを固め、カバーグラスを取り除いた。次に、サンプル調製2を以下に示すように行った。蒸留水にて0.08NとしたHCLを300〜400μlスライドグラスの表面に滴下し、スライドグラスを暗所で5分間保存した。サンプル調整3は以下に示すように行った。スライドグラスを軽くたたくことにより塩酸溶液を除去し、中和・溶解用溶液1(NLS1;0.4M Tris緩衝液、pH7.5、0.4M ジチオスレイトール(DTT)、1% Triton X−100、50mM エチレンジアミン四酢酸(EDTA))を注ぎ、スライドグラスを暗所で10分間保存した。そして、サンプル調製4を以下に示すように行った。スライドグラスからNLS1を除去してNLS2(0.4M Tris緩衝液、pH7.5、1% Triton X−100、2M NaCl)を注ぎ、スライドグラスを暗所で5分間保存した。最後に色素染色を以下に示すように行った。スライドグラスを、EDTAを含むトリスホウ酸溶液(TBE)で洗浄し、そして50%、70%、90%、および98%のエタノールを用いて脱水処理した。その後5分間風乾し、ライト染色を行った。ライト染色溶液は、市販のものを用い、蒸留水と容量比が1:2となるように混合し、スライドグラス上に注いだ。スライドグラスは、暗所で10分間保存した後、流水で3分間洗浄して蒸留水に漬け、10〜15分間の風乾にて乾燥させて標本とした。染色像の観察は、CCDカメラを搭載した光学顕微鏡で行い、画像データをコンピュータに取り込んで、データ解析を行った。
【0063】
[2]評価方法および評価基準
正常精子について得られた染色像を図1に示す。図1は各サンプル調整工程における精子の染色像を示す。サンプル調整工程1および2で得た試料ではいずれもトロイドが核マトリックスに繋留されているためにDNAが凝集されており、そのため小さな点状の染色像が観察された(図1のパネルAおよびパネルB)。サンプル調整工程3で得た試料ではトロイドが遊離しているため、円形の染色像が観察された(図1のパネルC)。サンプル調整工程4で得た試料ではDNAが伸長しているため、大きな円形の染色像が観察された(図1のパネルD)。
【0064】
このように、クロマチンやDNAが正常であれば、検出されるDNAは長く、そのため精子頭部の周囲にハローと呼ばれる大きな円形の染色像が検出される。これに対し、クロマチンの欠陥やDNAの損傷を有する精子では、DNAが断片化されるため、このような染色像が小さいか、または認められない。すなわち、ハローの大きさによりDNAの断片化を評価でき、それにより精子核内の異常を検出できる。
【0065】
精子頭部の周囲に検出されるハローの大きさによる染色像の分類と定義を図2に示す。ここでは、ハローの大きさを無処理精子頭部の最大幅(約5μm)に基づいて5段階に分類した(上記表1参照)。
【0066】
また、染色像のタイプにより、精子核DNA断片化の定義を設定した。本定義によれば、タイプ1およびタイプ2は核DNAが断片化されていない精子、タイプ3、タイプ4およびタイプ5は核DNAが断片化されている精子であると評価できる。さらに、DNA断片化指数(DNA fragmentation index;DFI)を上記式2により算出できる。
【0067】
ハローの幅は、画像データをコンピュータ解析することにより測定した。具体的には、各染色像にコンピュータ画面上でスケールを適用することにより、ハローの幅を測定した。図3に、ヒト正常精液について精子核DNA断片化評価を行ったときの画像データ解析結果の1例を示す。画像には総数22個の精子が認められ、すべてタイプ1の精子であった。タイプ1をさらに、スケールの基づいて(大きさに基づいて)、タイプ1−1(T1−1)とタイプ1−2(T1−2)の2つに細分類すると、タイプ1−1の精子は19個、タイプ1−2の精子は3個であった。T1を細分類することによって、解析の対象が広がり、またさらに精度が良くなる可能性がある。
【0068】
DNAが断片化していない精子およびDNAが断片化している精子の画像をそれぞれ図4のパネルAおよびパネルBに示す。
【0069】
[3]結果
正常ヒト精液および不妊症治療対象患者精液について、精子核DNA断片化を評価した結果を図5および表3に示す。
【0070】
【表3】

【0071】
正常ヒト精液では、DNAが断片化していないと評価されるタイプ1およびタイプ2の精子が98.4%を占めた。これに対し、不妊症治療対象患者精液では、DNAが断片化していると評価されるタイプ3〜タイプ5の精子が44.0%を占め、タイプ1およびタイプ2の精子は48.4%であった。このように、本精子核DNA断片化評価方法の解析結果は不妊症症例と一致した。
【0072】
本精子核DNA断片化評価方法によれば、精子核DNAの染色像の大きさを測定し、図2および表1に示した分類を適用することにより、精子核DNAが断片化した精子を簡便に検出することができる。また、上記精子核DNA断片化評価方法では、二本鎖DNAから一本鎖への解離およびトロイドリンカーの切断に精子TritonX−100を使用するため、精子の尾部が頭部より離断しない。そのため、解析画像上で尾部を有する精子のみを選択して解析することにより生精子のみの評価が可能であり、その結果、解析の精度が高い。
【実施例2】
【0073】
ヒト精子頭部空胞評価
[1]材料および方法
ヒト精液は、ボランティアよりインフォームドコンセントを得た上で提供を受けた。精液からの精子の回収は、スイムアップ法により実施した。
【0074】
回収した精子をスライドグラスの表面に2μl滴下し、カバーグラスをかけて封入して観察した。精子濃度は採取される量に応じて任意に決めてよいが、精子の重なりが少ない程、計測は容易であり迅速となる。そのような程度の濃度に調整する方が好ましい。
【0075】
光学顕微鏡の明視野下で、微分干渉(Diffraction Interferance Contrast;DIC、ノマルスキーとも呼ばれる)法を用いて精子を観察し、尾部を有する精子であって扁平な向きの精子(観察面に対して扁平な面をもつ精子)について頭部に存在する空胞の数および空胞の大きさを測定した。奇形精子は計測対象から除外した。
【0076】
精液検体毎に精子頭部空胞の1精子当たりの平均数(average nubmer of vacuoles/sperm;v/s)を算出し、精子核DNA断片化指数との相関を調べた。また、精子頭部空胞の面積(sperm vacuole score(area);SVS)をスコア化し、精子核DNA断片化指数との相関を調べた。
【0077】
[2]評価方法および評価基準
精子頭部空胞の大きさの分類を図6に示す。ここでは、空胞の大きさを精子頭部最大幅(約5μm)に基づいて3段階に分類した(上記表2)。そして、各空胞の大きさをスコアで表した。すなわち、L、M、およびSに分類された空胞のスコアをそれぞれ3、2、および1とした。また、空胞が観察されない場合のスコアは0とした。
【0078】
精子頭部空胞の面積は、上記空胞の大きさのスコアを用いて上記式1によりスコア化した。
【0079】
[3]結果
光学顕微鏡DIC(ノマルスキー)像による精子頭部空胞のサイズの解析画像を図7に示す。本精子検体は、1例の精液検体から複数作成した精子試料の1つの解析像である。画像には総数3の精子が認められ、これらに存在する空胞の総数は、L、MおよびSがそれぞれ2個、1個および2個であった。本精子試料から作成した精子検体37検体を測定した結果、計数した総数214の精子に存在する空胞の総数は、L、MおよびSがそれぞれ20個、47個および176個であった。本精子試料中に存在する精子頭部空胞の1精子当たりの平均数は、(20+47+176)/214=1.14と算出された。また、本精子試料の精子頭部空胞面積スコアは、上記式2から、(20×3+47×2+176×1)/214=1.54と算出された。
【0080】
このようにして20例の精液検体について精子頭部空胞の平均数(s/v)および精子頭部空胞面積スコア(SVS)とDFIとの相関を検討した結果をそれぞれ図8および図9に示す。また、相関係数を表4に示す
【0081】

【表4】

【0082】
SVSとDFIの相関係数は0.642であり、また、s/vとDFIの相関係数は0.556であり、いずれもかなり高い相関があると判定された。DFIが高い精子は、その機能が不良であり不妊症の原因となると評価できることから、SVSとs/vが高い精子は、その機能が不良であり不妊症の原因となると評価できる。
【0083】
本精子頭部空胞評価方法によれば、空胞の数および大きさを測定し、図6および表3に示した分類およびスコアを利用してSVSおよびs/vを算出することにより、精子機能を簡便に評価できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
精子頭部空胞の測定方法であって、
(a)精子頭部の空胞の数および幅を測定する工程、
(b)空胞の幅(C)と精子頭部幅(D)とを比較してC/Dの値により空胞を下記分類

(I)C/Dの値が1/2より大きい空胞(空胞L)はスコア3、
(II)C/Dの値が1/3またはそれより大きく、且つ1/2またはそれより小さい空
胞(空胞M)はスコア2、
(III)C/Dの値が1/3より小さい空胞(空胞S)はスコア1、
(IV)空胞がない場合はスコア0、
により分類してスコア化する工程、
(c)下式1;
【数1】

により精子頭部空胞面積スコアを算出する工程、
を含む精子頭部空胞測定方法。
【請求項2】
精子頭部空胞の測定を請求項1に記載の精子頭部空胞測定方法を用いて行い、精子頭部空胞の数および/または精子頭部空胞面積スコアを指標にして精子機能を評価することを特徴とする精子機能検査方法。
【請求項3】
請求項2に記載の精子機能検査方法と下記(A)または(B)の精子機能検査方法:
(A)精子核DNA断片化を指標にして精子機能を評価する精子機能検査方法であって、精子核DNA断片化の検出を
(1)精子核中のトロイド内の二本鎖DNAを一本鎖DNAに解離させる工程、
(2)トロイドリンカーを切断してトロイドを核マトリックスから遊離させる工程、
(3)トロイド内のDNAを伸長させる工程、
(4)伸長したDNAを色素染色した後に精子頭部に形成される円形の染色像の大きさを測定することにより、伸長したDNAを検出する工程
を含み、ここで上記(2)および(3)の工程はTriton X−100(登録商標)を用いて行われることを特徴とし、
前記染色像の幅(A)と無処理精子の頭部幅(B)とを比較してA/Bの値により染色像を下記分類;
(i)A/Bの値が3.0またはそれより大きい、
(ii)A/Bの値が3.0より小さく、且つ1.5またはそれより大きい、
(iii)A/Bの値が1.5より小さく、且つ1.0またはそれより大きい、
(iv)A/Bの値が1.0より小さく、且つ強染色、
(v)A/Bの値が1.0より小さく、且つ弱染色または無染色、
により分類して、前記(i)または(ii)に分類された染色像を示す精子は精子核DNAが断片化しておらず、前記(iii)、(iv)および(v)のいずれかに分類された染色像を示す精子は精子核DNAが断片化していると評価する、精子核DNA断片化検出方法により行う精子機能検査方法、
(B)上記(A)の精子機能検査方法であって、計測した精子総数に対する核DNA断片化精子数の割合であるDNA断片化指数(DFI)を指標にして精子機能を評価することを特徴とし、ここでDFIが10%以上であるとき精子機能が不良であると判定する精子機能検査方法、
との組み合わせからなる精子機能検査方法。
【請求項4】
精液検体が男性不妊症患者由来の精液検体であるか否かを判定する方法であって、該精液検体に含まれる精子の機能を請求項2または請求項3に記載の精子機能検査方法により評価し、精子機能が不良であると評価された精液検体は男性不妊症患者由来の精液検体であると判定する方法。
【請求項5】
請求項2に記載の精子機能検査方法を用いて精子の機能を評価し、機能が良好な精子を選択することを特徴とする、精子選別方法。

【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−198249(P2012−198249A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−166543(P2012−166543)
【出願日】平成24年7月27日(2012.7.27)
【分割の表示】特願2008−143590(P2008−143590)の分割
【原出願日】平成20年5月30日(2008.5.30)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】