説明

精子機能の調節

細胞外マトリックスタンパク質、例えば、フィブロネクチン、ビトロネクチン又はラミニンを精子サンプルに添加し、精子を低運動性非受精能獲得状態にするか、又は既存の非受精能獲得状態を維持する。続いて、イン・ビトロ受精研究又はイン・ビボ受精法における適切なタイミングで、アンギオテンシンII又は関連ペプチドをその精子サンプルに添加して運動性を強化し、かつ精子に受精能を獲得させる。細胞外マトリックスタンパク質は望ましくない早期の自然受精能獲得を妨げ、精子を厳密に正しい時期に移送のための正しい受精能獲得状態にすることができるため、人工授精法をより厳密にすることができる。アンギオテンシンIIでの処理をペプチドRGDの使用と組み合わせ、細胞外マトリックスタンパク質の結合と競合させてその効果を抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は精子機能の調節に関する。特には、本発明は特定のタンパク質、例えば、フィブロネクチン及びアンギオテンシンIIの、それぞれ、非受精能獲得及び非活性化状態での精子の保存並びに非受精能獲得/非活性化精子の受精能獲得/活性化状態への変換への使用に関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳動物の精子の成熟及び運動性を誘導及び維持する生理学的要素は、幾つかの薬剤が関与することは知られているものの、一般には不明瞭のままである。例えば、ボランティア及び不妊治療病院を訪れる患者からの刺激又は非刺激精子に関する運動性データは、アンギオテンシンIIが運動性精子のパーセンテージ及びそれらの直線速度の両者を増加させることができ、それに対して特異的ATI受容体アンタゴニスト・ロサルタンは運動性精子のパーセンテージに対するアンギオテンシンIIの作用を阻害することを示した。アンギオテンシンIIは、曲線速度、直線速度、及び外側頭運動(lateral head movement)の振幅を含む特定の運動パラメータに対する作用を有することが示されている。これらの運動性の変化は精子の受精能獲得、すなわち、最終的に卵子を受精させる能力に特徴的に関連する。これらの知見はWO 95/32725「受精能促進へのアンギオテンシンIIの使用(Use of angiotensin II to promote fertility)」の基礎である。
【0003】
同時に、精子と、特にはフィブロネクチンを含む、細胞外マトリックスタンパク質との相互作用に興味が引かれている。フィブロネクチンは精子表面の様々な位置で見出されており、精子上でのその存在は不妊に関連する可能性がある。
【0004】
他の研究において、精子凍結に関連する問題が考察されている。精子凍結は家畜及びヒトの両者における人工授精のための精子保存及びイン・ビトロ受精における必須のツールである。しかしながら、種及び個体に依存して、精子凍結及び解凍に関連する様々な程度の損傷が存在し、新鮮な非凍結精子と比較して受精が損なわれる。部分的には、これは、凍結及び解凍が受精能獲得を反映する変化を誘発するものと思われるためである。
【発明の開示】
【0005】
本発明は、細胞外マトリックスタンパク質、例えば、フィブロネクチンを、運動性を低下させることによる非受精能獲得状態での静止の保存に添加物として用いることができ、かつアンギオテンシンII及びその類似体並びにRGDトリペプチドを含む小ペプチドを、受精能獲得が細胞外マトリックスタンパク質の存在によって抑制されているサンプルの運動性の強化による受精能獲得に用いることができるという知見に基づく。
【0006】
したがって、本発明は、細胞外マトリックスタンパク質を含み、それにより非受精能獲得状態にある精子サンプルを提供し、及びアンギオテンシンII又は関連ペプチドを添加して該精子に受精能を獲得させることを含む精子調節方法を提供する。
【0007】
典型的には、細胞外マトリックスタンパク質を含む精子サンプルは、細胞外マトリックスタンパク質を精子サンプルに添加し、運動性を低下させることによって非受精能獲得状態とするか、又は既存の非受精能獲得状態を維持することによって調製する。この低運動性、非受精能獲得状態での精子の保存へのマトリックスタンパク質の使用は本発明のさらなる側面である。しかしながら、本発明の調節方法は、細胞外マトリックスタンパク質を天然に含む精子サンプルと共に用いることもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
天然に非受精能獲得状態にある精子は、刺激されようとされまいと、最終的に受精能獲得に至る固有の潜在能力を有する。しかしながら、精子の凍結及び解凍はそれらに多大な損傷を与えるが、解凍後の、又は冷凍(しかしながら凍結ではない)保存からサンプルを取り出した後の、生存可能な条件で回復されたものはしばしば急速に受精能獲得に至り、これが解凍後又は冷凍後のそれらの有用性を頻繁に制限する。本発明の特徴は、例えば、受精研究において、又はヒトの不妊治療病院における患者サンプルの治療において、又は動物の人工治療において、技術者の制御の下で精子を用いるプロセス全体にわたって幾らかの制御を提供し、事実上、「ブレーキ及びアクセル」を提供するのに添加された細胞外マトリックスタンパク質及びアンギオテンシンIIを利用することである。本発明によるマトリックスタンパク質の使用により、精子サンプルの利用可能寿命を3−4倍延長可能であることが見出されている。
【0009】
好ましい側面において、本発明は、細胞外マトリックスタンパク質を精子サンプルに添加して精子を非受精能獲得状態にするか、又は既存の非受精能獲得状態を維持し、及び、実質的に、イン・ビトロ受精研究又はイン・ビボ受精手順における適切な時期に、アンギオテンシンII又は関連ペプチドを精子サンプルに添加して精子に受精能を獲得させることを含む。
【0010】
一側面において、本発明は、運動性を低下させることによって精子を非受精能獲得/非活性状態で保存する薬剤としての1種類以上の細胞外マトリックスタンパク質の使用を含む。有効量は、定型的な試験法により、下記実施例を手引きとして用いて見出すことができる。例えば、マトリックスタンパク質は約1μg/mlないし50μg/ml、典型的には、2μg/mlないし20μg/mlのレベルでサンプルに添加することができる。
【0011】
細胞外マトリックスタンパク質は、適切には通常の増量剤培地中で、冷蔵のために、又は凍結精子として低温保存するための凍結の前に、新鮮な精子に添加することができる。
【0012】
あるいは、細胞外マトリックスタンパク質は精子サンプルに、そのサンプルが即時使用のままであるとき、解凍後又は冷蔵後に添加することができる。解凍されたサンプルは、典型的には、供給者による独自開発培地中に懸濁されている。IVF法又は受精研究の実施に責任を持つ技術者は、解凍された精子を洗浄し、遠心によって精虫を濃縮した後、それらの研究又はIVFに適する培地に精子を再懸濁させることが好都合であることを見出すことができる。
【0013】
別の側面において、本発明は、サンプルが細胞外マトリックスの存在によって低運動性の非受精能獲得状態で保存されているとき、運動性を強化することによって精子サンプルに受精能を獲得させるための薬剤としてのアンギオテンシンII又は関連ペプチドの使用を含む。有効量は、定型的な試験法により、下記実施例を手引きとして用いて見出すことができる。例えば、アンギオテンシンII又は類似体を処理組成物中に0.1nMないし100nM、典型的には、1nMないし10nMの量で提供することが適切であり得る。
【0014】
非受精能獲得精子を提供する細胞外マトリックスタンパク質含有精子サンプルは、細胞外マトリックスタンパク質含有凍結精子の解凍から得られるものであっても、凍結せずに保存されている細胞外マトリックスタンパク質含有精子サンプルから得られるものであっても、細胞外マトリックスタンパク質を天然に含有する精子サンプルから得られるものであってもよい。
【0015】
あるいは、受精能獲得がアンギオテンシンIIを用いて誘導されるとき、使用の必要が生じるまで技術者が精子を低運動性の非受精能獲得状態に保持することができるように、細胞外マトリックスタンパク質を解凍後もしくは保存後の精子サンプル又は新鮮なサンプルに添加した後、アンギオテンシンIIもしくは関連ペプチドを使用することができる。
【0016】
細胞外マトリックスタンパク質は細胞表面に結合することができ、これは、実際の機構は未だに不明ではあるが、本発明に従って精子を低運動性の非受精能獲得状態に維持することに関与するものと信じられる。本発明における使用に適する細胞外マトリックスタンパク質には、フィブロネクチン、ビトロネクチン及びラミニンが含まれる。
【0017】
受精能付与剤(capacitating agent)として、アンギオテンシンIIを関連ペプチド、例えば、WO 95/32725(その開示全体は参照によりここに組み込まれる)において言及される塩及び類似体に置き換えることができる。適切な類似体はアンギオテンシンIIアミドである。
【0018】
あるいは、トリペプチドモチーフRGD(Arg−Gly−Asp)を含むペプチドを受精能獲得のための薬剤として用いることができる。このモチーフはトリペプチドRGDそれ自体によって、又は他の小ペプチド、例えば、商業的に入手可能なテトラペプチドRGDS(Arg−Gly−Asp−Ser)によってもたらされるものであり得る。RGDは細胞膜中のインテグリンが結合するすべての細胞外マトリックスタンパク質において見出されるトリペプチドモチーフである。したがって、フリーのRGD、又はモチーフRGDを含有する他のペプチドの使用は細胞外マトリックスタンパク質と競合し、これらのタンパク質による細胞結合を阻害する。有効量は、定型的な試験法により、下記実施例を手引きとして用いて見出すことができる。
【0019】
RGDはアンギオテンシンIIとの組み合わせで適切に用いられ、これは、RGDが細胞外マトリックスタンパク質の結合を阻害し、運動性、したがって、受精能獲得/活性化の刺激における添加されたアンギオテンシンIIの有効性を高めるためである。しかしながら、RGDペプチドの不在下であっても、アンギオテンシンIIは依然として有効な受精能付与剤である。
【0020】
保存については、新鮮な精子を、好ましくは、精子増量剤培地又は他の生殖細胞培地に添加する。
【0021】
したがって、本発明のさらなる側面は、細胞外マトリックスタンパク質、例えば、フィブロネクチン、ビトロネクチン又はラミニンを含有し、それ故に添加された精子が非受精能獲得状態に維持される、精子増量剤培地である。精子増量剤培地は商業的に入手可能であり、典型的には、緩衝水溶液を含む。
【0022】
精子増量剤培地はしばしば使用時に、固体、典型的には、粉末化増量組成物を水に添加することによって調製される。したがって、本発明は、細胞外マトリックスタンパク質を含有する、精子増量剤組成物、典型的には、水で戻すための粉末も提供する。
【0023】
さらなる側面において、本発明は、精子を非受精能獲得状態に変換するための薬剤の調製への、又は精子を非受精能獲得状態に変換するための精子増量剤培地の調製への1種類以上の細胞外マトリックスタンパク質の使用を提供する。
【0024】
増量培地を精子の凍結保存に用いるとき、増量剤培地は、好ましくは、1種類以上の凍結防止剤、例えば、グリセロールも含有する。
【0025】
同様に、精子に受精能を獲得させるため、受精能付与剤を含有する増量剤培地に精子サンプルを添加することができ、その逆も同様である。
【0026】
したがって、本発明は、アンギオテンシンIIもしくは類似体及び/又はRGD含有ペプチドを含む精子増量剤培地又は組成物も提供する。
【0027】
さらなる側面において、本発明は、精子に受精能を獲得させるための薬剤の調製への、又は精子に受精能を獲得させるための精子増量剤培地もしくは組成物の調製へのアンギオテンシンIIもしくは類似体及び/又はRGD含有ペプチドの使用も提供する。
【0028】
精子増量組成物は本発明の分野に従事する熟練者に公知であり、一般には、緩衝剤、例えば、クエン酸もしくはクエン酸ナトリウム及び重炭酸ナトリウム、及び/又は栄養素、例えば、グルコースのような糖を含有する。精子を凍結保存しようとするとき、これも公知のように、凍結防止剤、例えば、グリセロール又は卵もしくは乳タンパク質を添加することができる。抗生物質を添加することもできる。培地のpHは、一般には、約7−8である。
【0029】
一般には、本発明の手順は、商業的に入手可能であるか、又は当該技術分野において公知である生殖細胞用の培地を利用する − 例えば、WO 03/072707(その開示全体は参照によりここに組み込まれる)に列挙される物質を参照のこと。
【0030】
本発明は、主として、哺乳動物の精子、特には、不妊治療病院において用いるためのヒト精子及び人工授精による家畜繁殖において用いるための動物精子に関する。
【0031】
ヒト及び家畜の両者の人工授精法に関する主な問題は排卵に対する精子受精能獲得のタイミングである。部分的にはこのために、成功率はしばしば非常に低い。本発明による「ブレーキ及びアクセル」剤を用いることにより、人工授精法をより厳密にすることができる。適切な増量剤培地中で、精子を受精能獲得の正しい状態で厳密に正しい時期に移すことができる。ある環境においては、細胞外マトリックスタンパク質「ブレーキ」の使用が十分な処置であり得、精子は排卵に伴って生じるアンギオテンシンIIの自然放出によって受精能を獲得することができる。これは、排卵のタイミングのための治療処置を回避することにより、本発明の用途を拡張する。
【0032】
本発明のさらなる発展は、性交直前に体内適用される、細胞外マトリックスタンパク質(例えば、フィブロネクチン)又はアンギオテンシンII(もしくは類似体)を含有するペッサリーの使用による、イン・ビボでの精子強化及び阻害(受精能強化及び避妊)の両者を提供する。
【0033】
したがって、本発明は、さらなる側面において:
好ましくはペッサリー基体中に分散されている、1種類以上の細胞外マトリックスタンパク質を含有する精子阻害組成物;
好ましくはベッサリー基体中に分散されている、アンギオテンシンII又は関連ペプチドを含有する精子強化組成物、
を提供する。
【0034】
ヒト及び動物の使用に適するペッサリー基体は商業的に入手可能であり、当該技術分野において公知である。典型的には、それらは体内使用に適する温度で溶融する脂肪又はワックスを含有する。フォームペッサリーも活性物質の分散の補助に使用可能である。クリーム及びゲルをビヒクルとして用いることもできる。
【0035】
以下の実施例において、例としてのみ、本発明を説明する。
材料
雄ウシ精子サンプル(Semex)
フィブロネクチン(250μg/ml、Sigma)
ビトロネクチン(250μg/ml、Sigma)
ラミニン(250μg/ml、Sigma)
RGDS(150μl/ml)(RGDの源として)
アンギオテンシンII(10−9モル/L)
Sp−TALP(Tyrodeアルブミンラクテートピルベート)培地(TL、BSA、Fract V、ピルベート、ゲンタマイシン) − 生殖細胞培地
Thermoplate − 加熱された顕微鏡ステージ
【0036】
精子調製及び分離:
各々の精子サンプルを0.25mlプラスチックストローに充填し、凍結した。この凍結精虫ストロー(0.25ml)を、37℃水浴に投入することによって急速に解凍した。サンプルが解凍されたとき、ストローをティッシュで乾燥させて水平に保ち、両端を切断して予め暖めたTALP培地に投入した。
【0037】
受精能獲得
精虫をTALP培地で2回洗浄し、600×gで10分間遠心した後、予め37℃に暖めたTALPに再懸濁させた。凍結−解凍した精虫の運動性をサーマルプレートを用いて37℃で評価した。精子の運動性及び形態を暖かい37℃ステージ上での顕微鏡観察によって見積もった。精液(10μl)をカバーグラス(18mm×18mm)で覆い、少なくとも5顕微鏡視野分を検査した。運動性はサンプル中の直線前進運動をする運動性精虫のパーセンテージとして表した(Vinson, G.P., Puddefoot, J.R., Ho, M.M., Barker, S., Mehta, J., Saridogan, E. and Djahanbakhch, O. (1995). "Type 1 angiotensin II (ATI) receptors in sperm", Journal Of Endocrinology, 144, 369-378を参照のこと)。調製した精子サンプルを、各例において説明されるように、添加物と共に37℃で水浴においてインキュベートし、前述のように運動性についてアッセイした。
【0038】
(実施例1)
解凍した精子のサンプルを以下のように添加物と共にインキュベートした:
1.精子をフィブロネクチン(2μg/l)と共に10分間インキュベートした。
2.精子をフィブロネクチン(2μg/l)+RGDS(5×10−6モル/L)と共に10分間インキュベートした。
3.アンギオテンシンII(10−9モル/L)をフィブロネクチン+RGDSサンプルに添加し、さらに10、20、30及び40分間インキュベートした。
【0039】
すべてのインキュベーションは、水浴及び加熱ステージを用いて、37℃で行った。精液サンプル(10μl)を予備加熱(37℃)スライドに塗布し、顕微鏡の加熱ステージに載せて検査した。運動性精子の数を、対照サンプルにおいてゼロ時間で、及び指示されたインキュベーション時間後の処理サンプルにおいてカウントした。
【0040】
それらの結果は図1に示され、図1において柱は、
1.対照 0時間;
2.フィブロネクチン 10分;
3.フィブロネクチン+RGD 10分;
4.フィブロネクチン+RGD+アンギオテンシンII 10分;
5.フィブロネクチン+RGD+アンギオテンシンII 20分;
6.フィブロネクチン+RGD+アンギオテンシンII 30分;
7.フィブロネクチン+RGD+アンギオテンシンII 40分;
8.対照 40分後;
の運動値を示し、ここから以下のことを見てとることができる:
a)対照サンプルはゼロ時間で70%の運動性を示した。
b)精子に対するフィブロネクチン濃度の効果は総精子運動性の非常に著しい変化を示した。5−10分のインキュベーションの後、サンプルは僅かに14%の精子運動性しか示さなかった。
c)10分後のフィブロネクチン+RGDSの効果は、10分間のフィブロネクチン単独と比較したとき、有意の鎖を示さなかった(23%)。
d)サンプルにアンギオテンシンIIを添加することにより、精神運動性が有意に変化した。アンギオテンシンIIとのインキュベーションの増加は精子運動性の増加を示した。10、20、及び30−40分のインキュベーションの後、運動性は、フィブロネクチン単独と比較して、それぞれ43%、64%及び71%増加した。RGD+フィブロネクチンサンプルと比較して、増加はそれぞれ34%、55%、及び62%であった。
e)対照サンプルは、水浴中での40分のインキュベーションの後、僅かに28%の運動性を示すだけであった。
【0041】
(実施例2)
解凍した精子のサンプルを以下のように添加物と共にインキュベートした:
1.精子をフィブロネクチン(2μg/l)と共に10分間インキュベートした。
2.アンギオテンシンII(10−9モル/L)をフィブロネクチンサンプルに添加し、さらに10、20、及び30分間インキュベートした。
【0042】
これらの結果は図2に示され、図2において柱は、
1)対照 10分;
2)フィブロネクチン 10分;
3)フィブロネクチン+アンギオテンシンII 10分;
4)フィブロネクチン+アンギオテンシンII 20分;
5)フィブロネクチン+アンギオテンシンII 30分;
6)対照 30分後;
の運動値を示し、ここから以下のことを見てとることができる:
a)対照サンプルは時間ゼロで79%の運動性を示した。
b)精子に対するフィブロネクチン濃度の効果は総精子運動性の非常に著しい変化を示した。5−10分のインキュベーションの後、精子運動性は8%のみであった。
b)サンプルにアンギオテンシンIIを添加することにより、精子運動性が有意に変化した。インキュベーションの開始から10、20、及び30−40分で、フィブロネクチン単独と比較して、運動性はそれぞれ64%、62%及び62%に増加した。
c)対照サンプルは、水浴中での30分のインキュベーションの後、僅かに20%の運動性を示すだけであった。
【0043】
(実施例3)
解凍した精子のサンプルを以下のように添加物と共にインキュベートした:
1.精子をRGDS(5×10−6モル/L)と共に5分間インキュベートした。
2.フィブロネクチン(2μg/l)をRGDSサンプルに添加し、さらに5分間インキュベートした。
3.アンギオテンシンII(10−9モル/L)をフィブロネクチン+RGDSサンプルに添加し、さらに10、20、及び30分間インキュベートした。
【0044】
これらの結果は図3に示され、図3において柱は
1)対照 0分;
2)RGDと共に予備インキュベーション 5分;
3)RGD+フィブロネクチン 5分;
4)フィブロネクチン+RGD+アンギオテンシンII 10分;
5)フィブロネクチン+RGD+アンギオテンシンII 20分;
6)フィブロネクチン+RGD+アンギオテンシンII 30分;
7)対照 30分;
の運動値を示し、ここから以下のことを見てとることができる:
a)対照サンプルは時間ゼロで62%の運動性を示した。
b)精子とのRGDSの予備インキュベーションは精子運動性の19%の低下を示した。
c)精子と予備インキュベートしたRGDSに対するフィブロネクチン濃度の効果は総精子運動性の非常に著しい変化を示した。5−10分のインキュベーションの後、対照及びRGD処理サンプルと比較して、運動性がそれぞれ47%及び28%低下した。
d)アンギオテンシンIIをサンプルに添加することにより、精子運動性が有意に変化した。アンギオテンシンIIとのインキュベーションが長いほど、精子運動性の増加が示された。10、20、及び30−40分のインキュベーションの後、20%フィブロネクチン及びRGDSと比較して、運動性はそれぞれ43%、54%及び54%増加した。
e)対照サンプルは、水浴中で30分のインキュベーションの後、僅かに38%の運動性を示すのみであった。
【0045】
実施例1ないし3の反復
実施例1ないし3の手順を、マトリックスタンパク質・フィブロネクチンを2μg/lで用いて行った。20μg/lのフィブロネクチンで同じ手順を実施したところ、同様の結果が達成された。
【0046】
(実施例4)
解凍した精子のサンプルを以下のように添加物と共にインキュベートした:
1.精子をビトロネクチン(2μg/l)と共に37℃、水浴内で5分間インキュベートした。
2.アンギオテンシンII(10−9モル/L)をビトロネクチンサンプルに添加し、さらに5、15、15及び35分間インキュベートした。
【0047】
これらの結果は図4に示され、図4において柱は、
1)対照 10分;
2)ビトロネクチン 5分;
3)ビトロネクチン+アンギオテンシンII 5分;
4)ビトロネクチン+アンギオテンシンII 15分;
5)ビトロネクチン+アンギオテンシンII 15分;
6)ビトロネクチン+アンギオテンシンII 35分;
の運動値を示し、ここから:
精子に対するビトロネクチン濃度の効果は総精子運動性の非常に著しい低下を示し;及び、サンプルにアンギオテンシンIIを添加することにより、精子運動性が著しく増加したことを見てとることができる。
【0048】
(実施例5)
解凍した精子のサンプルを以下のように添加物と共にインキュベートした:
1.精子をラミニン(2μg/l)と共に37℃、水浴内で10分間インキュベートした。
2.アンギオテンシンII(10−9モル/L)をラミニンサンプルに添加し、さらに10、20、30及び40分間インキュベートした。
これらの結果は図5に示され、図5において柱は、
1)対照 10分;
2)ラミニン 5分;
3)ラミニン+アンギオテンシンII 10分;
4)ラミニン+アンギオテンシンII 20分;
5)ラミニン+アンギオテンシンII 30分;
6)ラミニン+アンギオテンシンII 40分;
の運動値を示し、ここから、精子に対するラミニン濃度の効果は総精子運動性の著しい低下を示し;サンプルにアンギオテンシンIIを添加することにより、精子運動性が著しく増加したことを見てとることができる。
【0049】
運動性及び受精能獲得
受精能獲得は、基本的には、卵子に受精する精子の能力である。運動不能の精子は卵子に受精することができず、通常は、過剰活性化の開始が受精能獲得と同時に生じるものと思われる。上記実施例におけるデータはすべて運動性パーセンテージを示す。アンギオテンシンIIの刺激効果は精子の運動性を高め、過剰活性化に関連する曲線速度、側頭置換(lateral head displacement)、及びビート・クロス頻度(beat cross frequency)も高める(Vinson, GP, Mehta, J, Evans, S, Matthews, S, Puddefoot,
JR, Saridogan, E, Holt, WV, and Djahanbakhch, O (1996) Angiotensin ii stimulates
sperm motility. Regulatory Peptides 67 131-135)。
【0050】
受精能獲得を評価する代わりの方法は、CTCアッセイ(DasGupta S, Mills CL, Fraser LR. Ca(2+)-related changes in the capacitation state of human
spermatozoa assessed by a chlortetracycline fluorescence assay. J Reprod Fertil. 1993 Sep;99(1): 135-43.: Fraser LR, Herod JE. Expression of capacitation-dependent changes in chlortetracyeline fluorescence patterns in mouse spermatozoa requires a suitable glycolysable substrate. J
Reprod Fertil. 1990 Mar;88(2):611-21)を用いることによるものである。下記実施例6において用いられるこの方法においては、染色のパートナーが非受精能獲得、受精能獲得及びアクロソーム反応精子を区別する。
【0051】
(実施例6)
材料:
クロロテトラサイクリン(CTC)溶液:CTC(トリス(20mM)−NaCl(130mM)中750μMのCTC、DL−システイン(5mM)、緩衝剤(20mMトリス/130mM NaCl、pH7.8)
アンギオテンシンII リットルあたり(10−9)モル
フィブロネクチン(5−50μg/ml)
精虫サンプルは健常雄ウシから入手した(Semex、UK)。この研究において用いたすべての精液サンプルは凍結及び解凍されていた。各々のサンプルを0.25mlプラスチックストローに充填した。
【0052】
精子調製及び分離:
凍結した精虫ストロー(0.25ml)を37℃水浴に投入することによって急速に解凍した。サンプルが解凍されたとき、ストローをティッシュで乾燥させて水平に保ち、両端を切断して予め暖められたTALP培地に投入した。
【0053】
受精能獲得
精虫をTALP培地で2回洗浄し、600gで10分間遠心した後、予め37℃に暖めたTALPに再懸濁させた。精虫を添加物無しで、又はアンギオテンシンII(リットルあたり10−9モル)、フィブロネクチン(5−50μg/ml)のいずれか、もしくはその両者と共にインキュベートした。光学顕微鏡で見る前に、処理したサンプル(45μl)をCTC溶液(45μl)と共にホイルを巻き付けたエッペンドルフ管に等分し、12.5%パラホルムアルデヒドで固定した。
【0054】
3パターンのクロロテトラサイクリン蛍光染色を雄ウシ精虫上で観察することができる:
F(非受精能獲得)−パターン、明るい蛍光が精子頭部の全領域にわたって検出された;B(受精能獲得)−パターン、精子頭部では蛍光が検出されたが、アクロソーム後領域では検出されなかった; AR(アクロソーム反応)−パターン、精子頭部全体で弱い蛍光が観察され、明るいバンドが赤道領域に時折観察された。
【0055】
結果
対照(非処理)群においては約60%の精子が非受精能獲得パターンを示し、30分でこれは55%に低下した。受精能獲得及びアクロソーム反応精子においては有意の変化はなかった(図6を参照)。フィブロネクチン(5μg/ml)処理サンプルは非処理対照に非常に類似する精子染色パターンを示した(図6及び図7を比較)。対照的に、アンギオテンシンIIのみとの60分インキュベーション、受精能獲得精子が増加し(45%)、かつ非受精能獲得精子は約(18%)に低下した(図8を参照)。これらのデータは、アンギオテンシンIIが非受精能獲得(Fパターン)から受精能獲得(Bパターン)への移行を促進することを示唆する。これには急速なアクロソーム・エキソサイトーシスが続く。フィブロネクチン(5μg/ml)及びアンギオテンシンII(10−9)の両者で処理したサンプルにおいても非受精能獲得精子が顕著に減少し、30分以内では僅かに25%の細胞のみが非受精能獲得パターンを示し、60分でこれは15%に低下した。これには受精能獲得及びアクロソーム反応精子全体の増加が伴っていた(図9を参照)。これらの結果は、Ang II(10−9)がフィブロネクチンの存在下でさえ受精能獲得を増加させ、かつ、前期実施例において示されるデータとの比較から、運動性及び受精能獲得のアンギオテンシンII刺激が同時に生じることを示す。
【0056】
(実施例7)
精子生存可能性に対するフィブロネクチンの作用
貯蔵溶液:カルボキシフルオレセインジアセテート(ジメチルスルホキシド中0.46mg/ml)、ヨウ化プロピジウム(0.5mg/等張性生理食塩水ml)、ホルムアルデヒド(150μl蒸留水に対して10μlホルマリン)。蛍光染料:2mlの精子増量剤に対して50μlのカルボキシフルオレセイン及び50μlのヨウ化プロピジウム、それに加えて100μlのホルムアルデヒド。精液を染料(1:1)希釈駅で希釈し、室温、37℃で15分間インキュベートした。サンプルを増量剤で洗浄し、生存及び死亡精子について検査した。
【0057】
非処理対照サンプルにおいては、室温で3日間保存したとき、生存精子のパーセンテージが75%から18%に低下したことが示された。同一条件に保持されていたがフィブロネクチン(5μg/ml)のさらなる存在下にある精子は、3日後に48%が生存可能のままであることを示した。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】図1は、実施例1の手順からの運動性測定の図である。
【図2】図2は、実施例2の手順からの運動性測定の図である。
【図3】図3は、実施例3の手順からの運動性測定の図である。
【図4】図4は、実施例4の手順からの運動性測定の図である。
【図5】図5は、実施例5の手順からの運動精読邸の図である。
【図6】図6は、実施例6の手順からの受精能獲得測定の図である。
【図7】図7は、実施例6の手順からの受精能獲得測定の図である。
【図8】図8は、実施例6の手順からの受精能獲得測定の図である。
【図9】図9は、実施例6の手順からの受精能獲得測定の図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞外マトリックスタンパク質を含み、それにより低運動性非受精能獲得状態にある精子サンプルを提供し、並びにアンギオテンシンII又は関連ペプチドを添加して運動性を刺激し、及び該精子に受精能を獲得させることを含む精子調節方法。
【請求項2】
細胞外マトリックスタンパク質を含有する精子サンプルが細胞外マトリックスタンパク質を精子サンプルに添加して該精子を非受精能獲得状態にすることによって調製されている、請求項1による方法。
【請求項3】
細胞外マトリックスタンパク質を含有する精子サンプルが細胞外マトリックスタンパク質を天然に含有するサンプルである、請求項1による方法。
【請求項4】
細胞外マトリックスタンパク質を含有する精子サンプルがアンギオテンシンII又は関連ペプチドを添加して該精子に受精能を獲得させる前に保存されている、請求項1、2又は3による方法。
【請求項5】
細胞外マトリックスタンパク質を含有する精子サンプルが保存のために凍結又は冷却されており、かつアンギオテンシンII又は関連ペプチドを添加して該精子に受精能を獲得させる前に解凍されている、請求項4による方法。
【請求項6】
細胞外マトリックスタンパク質が、保存のために凍結又は冷却される前に精子試料に添加され、かつアンギオテンシンII又は関連ペプチドを添加して該精子に受精能を獲得させる前に解凍される、請求項4による方法。
【請求項7】
イン・ビトロで実施される、請求項1ないし6のいずれか1項による方法。
【請求項8】
少なくとも部分的にイン・ビボで実施される、請求項1ないし6のいずれか1項による方法。
【請求項9】
細胞外マトリックスタンパク質がフィブロネクチン、ビトロネクチン及びラミニンから選択される、請求項1ないし8のいずれか1項による方法。
【請求項10】
受精能付与剤がアンギオテンシンIIもしくはアンギオテンシンIIアミド又はトリペプチドRGDを含むペプチドである、請求項1ないし9のいずれか1項による方法。
【請求項11】
精子を低運動性非受精能獲得状態で保存する薬剤としての1種類以上の細胞外マトリックスタンパク質の使用。
【請求項12】
細胞外マトリックスタンパク質含有精子が液体形態で保存される請求項11による使用。
【請求項13】
細胞外マトリックスタンパク質含有精子が凍結形態で保存される請求項11による使用。
【請求項14】
細胞外マトリックスタンパク質の存在によって低運動性非受精能獲得状態で保存されている精子サンプルの運動性及び受精能獲得を刺激する薬剤としてのアンギオテンシンII又は関連ペプチドの使用。
【請求項15】
非受精能獲得状態で保存されている精子サンプルが細胞外マトリックスタンパク質含有凍結精子の解凍によって得られる、請求項14による使用。
【請求項16】
非受精能獲得状態で保存されている精子サンプルが液体形態で保存されている細胞外マトリックスタンパク質含有精子サンプルである、請求項14による使用。
【請求項17】
非受精能獲得状態で保存されている精子サンプルが細胞外マトリックスタンパク質を天然に含有するサンプルである、請求項14による使用。
【請求項18】
非受精能獲得状態で保存されている精子サンプルが使用の準備が整うまで受精能獲得が抑制されている新鮮な精子である、請求項14による使用。
【請求項19】
細胞外マトリックスタンパク質がフィブロネクチン、ビトロネクチン及びラミニンから選択される、請求項14ないし18のいずれか1項による使用。
【請求項20】
受精能付与剤がアンギオテンシンIIもしくはアンギオテンシンIIアミド又はトリペプチドRGDを含むペプチドである、請求項14ないし19のいずれか1項による使用。
【請求項21】
精子を非受精能獲得状態で保存する薬剤として1種類以上の細胞外マトリックスタンパク質を含む生殖細胞培地。
【請求項22】
細胞外マトリックスタンパク質がフィブロネクチン、ビトロネクチン及びラミニンから選択される、請求項21による生殖細胞培地。
【請求項23】
非受精能獲得状態で保存されている精子サンプルの受精能獲得のための薬剤としてアンギオテンシンII又は関連ペプチドを含む生殖細胞培地。
【請求項24】
受精能付与剤がアンギオテンシンIIもしくはアンギオテンシンIIアミド又はトリペプチドRGDを含むペプチドである、請求項23による生殖細胞培地。
【請求項25】
1種類以上の細胞外マトリックスタンパク質を含有する精子阻害組成物。
【請求項26】
アンギオテンシンII又は関連ペプチドを含有する精子強化組成物。
【請求項27】
活性物質がペッサリー基体中に分散されている請求項25又は26による組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公表番号】特表2007−511594(P2007−511594A)
【公表日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−540596(P2006−540596)
【出願日】平成16年11月22日(2004.11.22)
【国際出願番号】PCT/GB2004/004912
【国際公開番号】WO2005/051412
【国際公開日】平成17年6月9日(2005.6.9)
【出願人】(500543328)クイーンメリー アンド ウエストフィールド カレッジ (1)
【Fターム(参考)】