説明

精密機器

【課題】低温においてマルテンサイト変態を生じる低熱膨張材料を機器内部に使用している精密機器において、その低熱膨張材料のマルテンサイト変態の発生有無を、機器を分解することなく、極めて安価かつ簡便に知ることができるようにする。
【解決手段】機器内部で使用している低熱膨張材料と同一の材料によって形成した低温履歴表示板31を機器の外面に設ける。低温履歴表示板31の表面は鏡面研磨する。低温履歴表示板31を観察するだけでマルテンサイト変態の発生を判定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は低温においてマルテンサイト変態を生じる低熱膨張材料を機器内部に使用している精密機器に関する。
【背景技術】
【0002】
精密加工機械や精密測定器などの精密機器では周囲温度の変化による変形、誤差の発生を抑制するため、温度安定性が要求される部分に、例えばスーパーインバー(組成32%Ni−5%Co−Fe)と呼ばれる極めて熱膨張係数が小さい材料を使用することがある。
【0003】
しかしながら、スーパーインバー材は過度の低温に晒されると、マルテンサイト変態を生じ、このマルテンサイト変態により熱膨張係数が変化し、当初の性能が損なわれるため、マルテンサイト変態温度以下の過度の低温に晒されないように注意を必要とする。
【0004】
このようなNi−Co−Fe系低熱膨張材料のマルテンサイト変態の問題に関し、特許文献1では合金の成分を調整することにより低温での安定性を改善する提案がなされている。
【0005】
一方、このようなマルテンサイト変態を生じるスーパーインバー材等の低熱膨張材料を機器内部に使用している精密機器においては、万が一、低熱膨張材料にマルテンサイト変態が生じると、性能劣化、機能不良が発生する恐れがある。
【0006】
性能劣化、機能不良が発生した場合に、その原因が低熱膨張材料のマルテンサイト変態によるものか否かの判定は、例えば温度履歴によって行うことができ、つまり温度履歴を取得する手段を精密機器に設けておけば、過度の低温に晒されたことによるマルテンサイト変態の発生を知ることができる。
【0007】
特許文献2にはこのような金属の変態を知る手段として、温度検出手段や高周波電流検出手段を備えた変態観測装置が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−11580号公報
【特許文献2】特開2001−124715号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、変態観測装置や温度履歴取得手段を精密機器に設けておけば、精密機器の性能劣化、機能不良の発生原因が機器内部で使用している低熱膨張材料のマルテンサイト変態によるものか否かを容易に判定することができる。
【0010】
しかしながら、このような変態観測装置や温度履歴取得手段を設けることはコストアップとなり、その分、精密機器が高価なものになってしまうため、一般には採用に至らず、また例えば保管時や輸送時のように電源が切られた状態では基本的に変態を観測したり、温度履歴を残すことはできない。
【0011】
従って、性能劣化、機能不良の原因がマルテンサイト変態によるものか否かを判定するためには、通常、その精密機器を分解してマルテンサイト変態を起こす低熱膨張材料を使用している部品を取り出し、その表面(組織)の観察や寸法の精密測定、あるいは熱膨張係数の測定などを実施するといったことが行われており、このような作業は面倒で時間がかかるものとなっていた。
【0012】
この発明の目的は上述した問題に鑑み、機器内部に使用している低熱膨張材料のマルテンサイト変態の発生の有無を安価かつ簡便に知ることができるようにした精密機器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
請求項1の発明によれば、低温においてマルテンサイト変態を生じる低熱膨張材料を機器内部に使用している精密機器は、前記低熱膨張材料と同一の材料によって形成され、表面が鏡面研磨された低温履歴表示板を機器の外面に備えているものとされる。
【0014】
請求項2の発明によれば、低温においてマルテンサイト変態を生じる低熱膨張材料を機器内部に使用している精密機器は、マルテンサイト変態温度が異なる複数の材料によって形成され、表面が鏡面研磨された低温履歴表示板を機器の外面に備えているものとされる。
【0015】
請求項3の発明では請求項1又は2の発明において、前記鏡面研磨された表面に透明樹脂コーティングが施されているものとされる。
【0016】
請求項4の発明では請求項1又は2の発明において、低温履歴表示板は鏡面研磨された表面が機器の外面に向く内向きとされて機器の外面に取り付けられる。
【発明の効果】
【0017】
この発明によれば、機器内部で使用している低熱膨張材料のマルテンサイト変態の発生有無を、機器外面に設けた低温履歴表示板を観察するだけで判定することができ、よって従来のような分解作業は不要であり、極めて安価かつ簡便にマルテンサイト変態の発生を知ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】この発明が適用される精密機器の一例を説明するための図。
【図2】この発明の一実施例を示す斜視図。
【図3】Aは図2における低温履歴表示板の正面図、Bはその取り付け状態を示す図。
【図4】マルテンサイト変態の発生有無を模式的に示した図、Aは発生していない状態を示し、Bは発生した状態を示す。
【図5】低温履歴表示板の他の取り付け例を説明するための図。
【図6】低温履歴表示板の他の取り付け例を説明するための図。
【図7】低温履歴表示板を機器の一部に用いた例を説明するための図。
【図8】低温履歴表示板の他の構成例を示す正面図。
【図9】低温履歴表示板の他の構成例を示す正面図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
まず、最初にこの発明が適用される精密機器の一例として、サーボ加速度計の構成について説明する。
【0020】
図1Aはサーボ加速度計の外観を示したものであり、図1Bは一部透視図として示したものである。図中、11はケースを示し、12は取り付けフランジ、13はアンプユニット、14は外部接続用の端子を示す。また、21は磁気回路を構成するヨークを示す。
【0021】
図1Cはサーボ加速度計の要部構造・原理を模式的に示したものである。ヨーク21内には永久磁石22及びポールピース23が設けられ、これらヨーク21と永久磁石22とポールピース23とによって磁気回路が構成されている。2組の磁気回路の間にはヒンジ24を介して支持された振子25が位置され、振子25の両板面にはトルカコイル26がそれぞれ取り付けられている。トルカコイル26は磁気回路の磁気空隙27内に位置される。なお、図中、28は振子25の変位を静電容量の変化によって検出する静電容量検出器を示し、29は増幅器を示す。
【0022】
このサーボ加速度計は加速度入力による振子25の変位を静電容量検出器28で検出し、トルカコイル26に電流(フィードバック電流)iを流すことにより、振子25を元の位置に戻すフィードバックループを持ち、流れた電流iが加速度に比例することを原理としている。
【0023】
このような原理によって動作するサーボ加速度計は、温度変化や経時劣化による誤差を低減するため、心臓部である振子25及びそれを支持するヒンジ24に石英ガラスを用いている。石英ガラスは熱膨張係数が0.5ppm/℃前後と極めて小さいため、組み合わせるヨーク21には低熱膨張係数を持つ磁気材料であるインバー材やスーパーインバー材が使用される。
【0024】
このようなサーボ加速度計は高空を飛ぶ航空機の計測・制御や極地に近い油田での傾斜測定などで使用されることがあり、要求される保管温度範囲の下限は−40℃、あるいは−70℃などと過酷な条件が要求されることがある。保管温度範囲の下限として、−70℃が要求される場合はマルテンサイト変態温度が低いインバー材をヨーク21に使用するものの、−40℃が要求される場合であれば熱膨張係数が石英ガラスに近く、高性能が期待できるスーパーインバー材をヨーク21に採用する場合がある。
【0025】
しかしながら、保管時は温度監視が十分でない場合が多いので、万が一、仕様温度を超えた低温に晒されると、ヨーク21にマルテンサイト変態が発生することになる。
【0026】
以下、この発明による精密機器の実施例の構成を上述したサーボ加速度計を例に説明する。なお、サーボ加速度計は磁気回路を構成するヨーク21にスーパーインバー材を使用しているものとする。
【0027】
図2に示したように、この例ではサーボ加速度計10はその外面に低温履歴表示板31を具備するものとされる。低温履歴表示板31はアンプユニット13の外面に取り付けられている。低温履歴表示板31はこの例では方形板状とされてヨーク21と同じスーパーインバー材によって形成されており、図3に示したように接着剤32によって接着固定されて取り付けられている。なお、低温履歴表示板31の表面31aには鏡面研磨が施されている。
【0028】
この例によれば、スーパーインバー材がマルテンサイト変態を生じる温度まで周囲温度が下がった場合、低温履歴表示板31の表面31aにマルテンサイト変態に伴って生じる組織の変化(針状の模様の発生)が観測されることで、内部のスーパーインバー材にもマルテンサイト変態が生じている可能性が高いことを推測することができる。
【0029】
図4はこの様子を示したものであり、図4Aはスーパーインバー材が過度の低温に晒される前のオーステナイトの状態を示し、図4Bは過度の低温に晒されてマルテンサイト変態が生じた状態を示す。
【0030】
金属組織の観察は一般にエッチングなどの処理を行って観察することが多いが、低温履歴表示板31の表面31aを予め研磨して鏡面状態にしておけば、エッチングなどの後処理を行わなくてもオーステナイト組織の中に生じるマルテンサイト変態による針状の組織を観察することができる。観察は肉眼もしくは低倍率の拡大鏡を用いて行うことができる。
【0031】
以上説明したように、この例では低温履歴表示板31をサーボ加速度計10の外面に取り付けるだけであり、その低温履歴表示板31を観察することによってマルテンサイト変態が発生したか否かを知ることができる。従って、サーボ加速度計に性能劣化、機能不良が発生した場合に、その原因が内部で使用しているスーパーインバー材のマルテンサイト変態によるものか否かを分解することなく、かつ特殊な設備や電源を用いることなく、判定することができ、よってこの例によればマルテンサイト変態の発生有無を極めて安価かつ簡便に知ることができ、保管時や輸送時のマルテンサイト変態発生も知ることができる。
【0032】
なお、マルテンサイト変態の発生をこのように即座に知ることができるため、例えば保管条件や使用条件の見直し等、対策も直ちに講じることが可能となる。
【0033】
上述した例では低温履歴表示板31を接着によって取り付けているが、例えば溶接によって取り付けることも可能である。
【0034】
図5は低温履歴表示板31の表面31aに透明樹脂コーティング33を施した例を示したものであり、このように透明樹脂をコーティングしておくことで、鏡面研磨された表面31aの腐食や損傷を防止することができ、長期間判定機能を保つことができる。
【0035】
また、図6に示したように鏡面研磨された表面31aをサーボ加速度計の外面に向く内向きとして(内側として)、低温履歴表示板31を取り付けるようにすれば、表面31aに対する外部からの影響を遮断することができ、表面31aの損傷や腐食を防止することができる。図中、34は表面31aを保護する保護シートを示し、35は低温履歴表示板31を固定する粘着シートを示す。粘着シート35を剥がし、低温履歴表示板31を取り外すことによりその表面31aを観察することができる。
【0036】
なお、低温履歴表示板31の両面を鏡面研磨し、その低温履歴表示板31を粘着剤等でサーボ加速度計の外面に貼り付けて取り付けるようにすれば、万一、一方の面(表面31a)が腐食しても粘着剤等で貼り付けた他方の面は保護されているため、観察・判定が可能となる。
【0037】
一方、図7は低温履歴表示板31をサーボ加速度計10の銘板15(この例ではケース11の底板が銘板15とされている)の一部もしくは全部とした例を示したものであり、このような構成を採用することもできる。図7Bでは銘板15の一部に配置された低温履歴表示板31には鏡面研磨及び透明樹脂コーティング33が施されており、図7Cでは低温履歴表示板31をなす銘板15の少なくとも一部に鏡面研磨及び透明樹脂コーティング(図示せず)が施されている。
【0038】
上述した例では低温履歴表示板31はヨーク21と同じスーパーインバー材によって形成されたものとしているが、例えば前述の特許文献1にも記載されているように、Ni−Co−Feの成分調整によりマルテンサイト変態温度は変えることができるので、マルテンサイト変態温度が異なる複数の材料によって低温履歴表示板を形成することもできる。
【0039】
図8はこのように形成された低温履歴表示板40を示したものであり、この例ではマルテンサイト変態温度が異なる3つの材料41,42,43が配列されて低温履歴表示板40が形成されている。3つの材料41,42,43のマルテンサイト変態温度をTm1,Tm2,Tm3とした時、これらはTm1>Tm2>Tm3の関係とされ、またこの例では材料42はヨーク21と同じスーパーインバー材によって形成されているものとする。
【0040】
このような構成を採用すれば、ヨーク21にマルテンサイト変態が発生したか否かを判定できることに加え、周囲温度の変化(どの程度の低温に晒されたか)も推定することができ、さらに各材料41,42,43の表面の比較によりマルテンサイト変態による針状の組織の出現有無の判定も容易に行えるものとなる。なお、Tm1及びTm3は例えば下記のような関係とする。
【0041】
Tm1≒Tm2+30 (℃)
Tm3≒Tm2−30 (℃)
図9は予め低温に晒し、マルテンサイト変態が発生したものを比較サンプル51として、マルテンサイト変態が発生していない材料52と共に配列した低温履歴表示板50を示したものであり、このように比較サンプル51を取り付けておけば、どのような針状の組織が出現するかの比較対象となり、判定を容易に行うことができる。
【0042】
以上、機器内部のヨーク21にスーパーインバー材を使用しているサーボ加速度計を例に説明したが、この発明は過度の低温に晒されることによりマルテンサイト変態を生じる低熱膨張材料を使用している各種精密機器に適用することができる。また、低温履歴表示板の大きさは数mm角でもマルテンサイト変態の発生を視認可能なので、小型の機器にも取り付けることができる。
【0043】
なお、例えば機器内部で使用している低熱膨張材料のマルテンサイト変態温度より若干、マルテンサイト変態温度が高い材料を低温履歴表示板に用いれば、判定に余裕を持たせることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
低温においてマルテンサイト変態を生じる低熱膨張材料を機器内部に使用している精密機器であって、
前記低熱膨張材料と同一の材料によって形成され、表面が鏡面研磨された低温履歴表示板を前記機器の外面に備えていることを特徴とする精密機器。
【請求項2】
低温においてマルテンサイト変態を生じる低熱膨張材料を機器内部に使用している精密機器であって、
マルテンサイト変態温度が異なる複数の材料によって形成され、表面が鏡面研磨された低温履歴表示板を前記機器の外面に備えていることを特徴とする精密機器。
【請求項3】
請求項1又は2記載の精密機器において、
前記鏡面研磨された表面に透明樹脂コーティングが施されていることを特徴とする精密機器。
【請求項4】
請求項1又は2記載の精密機器において、
前記低温履歴表示板は前記鏡面研磨された表面が前記機器の外面に向く内向きとされて前記機器の外面に取り付けられていることを特徴とする精密機器。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate