説明

精製β−D−グルカンの製造方法

【課題】β−D−グルカンを含む微生物培養液からβ−D−グルカンを分離、精製する精製β−D−グルカンの製造方法であって、透明度の高いβ−D−グルカンを得ることができる方法、及び微生物由来の透明度の高い精製β−D−グルカンを提供する。
【解決課題】β−D−グルカンを含む微生物培養液又は微生物破砕液をpH12以上に調整する第1工程と、微生物又は不溶性夾雑物を除去して上清を得る第2工程と、上清をアルカリ性下で限外ろ過してβ−D−グルカンより低分子の夾雑物の全部又は一部を除去する第3工程とを含む精製β−D−グルカンの製造方法。この方法により、0.2重量%の水溶液の、25℃での、660nmの光の透過率が60%以上である精製β−D−グルカンが得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物、特にオーレオバシジウム属(Aureobasidium sp)に属する微生物の培養液から、清涼飲料水、健康食品素材、又は食品用増粘剤などとして有用な多糖類であるβ−D−グルカン、特にβ−1,3−1,6−D−グルカンを効率的、衛生的かつ簡便に分離・精製する精製β−D−グルカンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、オ−レオバシディウム(Aureobasidium sp.)属に代表される微生物がβ−D−グルカンを生産することが知られている(Agric. Biol. Chem. 47 (6), 1167-1172(1983))。β−D−グルカンは、制ガン作用や免疫活性化作用を有することが示唆されており、健康食品素材として有用である。
【0003】
一般に、β−D−グルカンはその構造から水溶液中で1重らせんや3重らせん構造を取るため、β−グルカン水溶液はゲルを形成し易い。このためβ−グルカンが菌体外に生産された微生物培養液は高粘度で、その精製は困難である(Fragrance Journal, 5, 71-75 (1995))。例に漏れず、オーレオバシジウム属微生物の培養液も、菌体外生産されたβ−1,3−1,6−D−グルカンを含むことから粘度が高く、その培養液から菌体を除去し、β−1,3−1,6−D−グルカンを回収、精製することは非常に困難である。このため、オーレオバシジウム属微生物の培養液からβ−1,3−1,6−D−グルカンを分離、精製する工業的方法は殆ど報告されていない。
【0004】
本発明者らは、特許文献1において、オーレオバシジウム属(Aureobasidium. sp)に属する微生物が菌体外に生産するβ−1,3−1,6−D−グルカンを主成分とする培養液に、常温でアルカリを加えてpHを12以上とすることにより培養液の粘度を低下させ、次いで酸を添加してpHを中性域から酸性域付近に調整し、不溶性の菌体とβ−1,3−1,6−D−グルカン含有液とを分離した後、限外ろ過により脱塩する、β−1,3−1,6−D−グルカンの精製方法を報告している。
【0005】
上記精製方法は、β−1,3−1,6−D−グルカンを含む培養液を低粘度化して、限外ろ過などの方法で菌体を除去し易くした点で画期的な方法であった。
【0006】
しかし、上記方法で菌体から分離し、精製したβ−1,3−1,6−D−グルカン水溶液は、透明性が重視される清涼飲料水用途に用いるには透明性が十分ではない。そのため、透明な容器に充填して精製飲料水にする用途には不向きである。
【0007】
また、上記方法で精製されたβ−1,3−1,6−D−グルカンは、長期保存安定性と熱安定性にも改善の余地がある。例えば、0.5%(w/v)以上の高濃度β−1,3−1,6−D−グルカン水溶液を、清涼飲料などの流動性を持った食品として用いる場合、加熱滅菌(pH3.5で90℃熱処理)を行うと、β−1,3−1,6−D−グルカンが一部凝集したり、ゲル化したりして、水溶液が不均一になる可能性がある。このため、高濃度のドリンク剤に用いるには不適である。
【特許文献1】特開2004−321177号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、β−D−グルカンを含む微生物培養液又は微生物破砕液からβ−D−グルカンを分離、精製する精製β−D−グルカンの製造方法であって、透明度の高いβ−D−グルカンを得ることができる方法を提供することを課題とする。また、本発明は、微生物由来の透明度の高い精製β−D−グルカンを提供することも課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、上記課題を解決するために研究を重ね、従来、中性下で行っていた、粗β−D−グルカン液の限外ろ過工程をアルカリ性下で行うことにより、得られる精製β−D−グルカンの透明性が著しく改善されることを見出した。
【0010】
本発明は上記知見に基づき完成されたものであり、以下の精製β−D−グルカンの製造方法、及び精製β−D−グルカンを提供する。
【0011】
項1. β−D−グルカンを含む微生物培養液又は微生物破砕液をpH12以上に調整する第1工程と、微生物又は不溶性夾雑物を除去して上清を得る第2工程と、上清をアルカリ性下で限外ろ過してβ−D−グルカンより低分子の夾雑物の全部又は一部を除去する第3工程とを含む精製β−D−グルカンの製造方法。
【0012】
項2. 微生物が、オーレオバシジウム属微生物である項1に記載の方法。
【0013】
項3. オーレオバシジウム属微生物が、オーレオバシジウム・プルランスである項2に記載の方法。
【0014】
項4. オーレオバシジウム・プルランスが、オーレオバシジウム・プルランスGM-NH-1A1株(FERM P-19285)、又はオーレオバシジウム・プルランスGM-NH-1A2株(FERM P-19286)である項3に記載の方法。
【0015】
項5. β−D−グルカンが、β−1,3−1,6−D−グルカンである項1〜4のいずれかに記載の方法。
【0016】
項6. 限外ろ過をpH10以上のアルカリ性下で行う項1〜5のいずれかに記載の方法。
【0017】
項7. 限外ろ過により、分子量0.5万以下の物質を排除する項1〜6のいずれかに記載の方法。
【0018】
項8. さらに、残存する雑菌を滅菌する工程を含む項1〜7のいずれかに記載の方法。
【0019】
項9. さらに、β−D−グルカン水溶液のpHを3.5〜10に調整する工程を含む項1〜8のいずれかに記載の方法。
【0020】
項10. 第1工程においてβ−D−グルカンを含む微生物培養液をpH12以上に調整し、第2工程において微生物を除去して培養上清を得る項1〜9のいずれかに記載の方法。
【0021】
項11. 項1〜10のいずれかに記載の方法により得られるβ−D−グルカン。
【0022】
項12. 0.2%(w/v)水溶液の、25℃における、660nmの光の透過率が60%以上であるβ−D−グルカン。
【発明の効果】
【0023】
本発明方法は、粗β−D−グルカン水溶液をアルカリ性水溶液を用いて限外ろ過することを特徴としており、本方法により得られる精製β−D−グルカンは非常に透明度の高いものとなる。従って、本発明方法により得られる精製β−D−グルカンは、透明容器に充填される飲料などとして好適に用いることができる。
【0024】
また、本発明方法により得られる精製β−D−グルカンは長期保存安定性に優れる。即ち、従来の精製β−D−グルカンは、長期に保存すると濁度が高くなる傾向にあったが、本発明方法により得られる精製β−D−グルカンの水溶液は透明度が長期にわたり維持される。
【0025】
また、本発明方法により得られる精製β−D−グルカンは、熱安定性に優れる。即ち、従来の精製β−D−グルカンは、高濃度水溶液を調製すると、加熱滅菌によりゲル化したり、凝集したりする場合があったが、本発明方法により得られる精製β−D−グルカン水溶液は、加熱滅菌してもゲル化や凝集が生じ難いため、高濃度水溶液に調製することができる。例えば、飲料の加熱滅菌はpH4以下で90℃で15分間加熱殺菌しても性状が変化しない。
【0026】
また、アルカリ性下で限外ろ過することにより、β−D−グルカン液中に含まれる雑菌数、及びエンドトキシンが少なくなる。このため、精製時の衛生状態が改善される。
【0027】
また、中性又は酸性下で限外ろ過する場合は50ppm程度の消泡剤(リョード−ポリグリエステル等)を配合する必要があったが、本発明方法では、限外ろ過時に泡立ち難いため、消泡剤を添加する必要が無い。このため、限外ろ過膜の寿命がその分長くなる。また、消泡剤を含まない安全性の高い精製β−D−グルカンが得られる。
【0028】
また、アルカリ性水溶液を用いて限外ろ過することにより、限外ろ過膜が目詰まりし難く、膜を容易に洗浄して再生することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明を詳細に説明する。
(I)精製β−D−グルカンの製造方法
本発明の精製β−D−グルカンの製造方法は、β−D−グルカンを含む微生物培養液又は微生物破砕液をpH12以上に調整する第1工程と、微生物又は不溶性夾雑物を除去して上清を得る第2工程と、上清をアルカリ性下で限外ろ過してβ−D−グルカンより低分子の夾雑物の全部又は一部を除去する第3工程とを含む方法である。
第1工程
<微生物・β−D−グルカン>
微生物は、β−D−グルカンを生産できる微生物であればよく特に限定されない。β−D−グルカンとしては、β−1,3−D−グルカン、β−1,6−D−グルカン、β−1,3−1,6−D−グルカン等が挙げられる。これらのβ−D−グルカンは、有用な生理活性を示す。
【0030】
これらのβ−D−グルカンを生産する微生物としては、オーレオバシジウム属(Aurebasidium sp.)微生物、パン酵母(S.cerevisiae)などが挙げられる。中でも、制ガン作用や免疫活性化作用を有することが報告されているβ−1,3−1,6−D−グルカンを主に生産する点で、オーレオバシジウム属微生物が好ましい。オーレオバシジウム属微生物としては、オーレオバシジウム・プルランス(Aurebasidium pullulans)などの微生物が挙げられる。
【0031】
特に、培養液が比較的低粘度であること、及びβ−1,3−1,6−D−グルカンを高生産する点で、オーレオバシジウム・プルランスが好ましく、Aureobasidium sp. K−1株(以下、「K−1株」ということがある)の変異菌株であるAureobasidium pullulans GM-NH-GM1A1株(以下、「GM1A1株」ということがある)、及びAureobasidium pullulans GM-NH-GM1A2株(以下、「GM1A2株」ということがある)がより好ましい。これらの菌株は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターにそれぞれFERM P-19285及びFERM P-19286として寄託済みである。オーレオバシジウム属K−1株は、分子量200万以上と100万程度の2種類のβ-1,3-1,6-D-グルカンを生産することが知られている。また、K−1株の生産するβ−グルカンはスルホ酢酸基を有することが知られている(Arg.Biol.Chem.,47,1167-1172(1983)),科学と工業,64,131-135(1990))。
【0032】
なお、本発明は、キノコ由来のβ−D−グルカンを精製する場合にも適用できる。この場合、キノコ細胞を例えば緩衝液中で破砕してグルカンを含む破砕液を調製して、第1工程に供すればよい。
<微生物の培養>
β−D−グルカンを培養液中に分泌させる微生物培養方法は公知である。例えば、オーレオバシジウム属微生物を培養して、β−1,3−1,6−D−グルカンを生産させる方法が、Biosci. Biotech. Biochem., 57(8), 1348-1349, 1993;特開平6−340701号公報(新日本石油);特願平9−56391号公報(日本石油);特開平7−51081号公報(日本合成化学工業)などに報告されている。
【0033】
オーレオバシジウム属微生物の培養に使用できる炭素源としては、シュ−クロース、グルコース、フラクトースなどの炭水化物、ペプトン、酵母エキスなどを挙げることができる。窒素源としては、硫酸アンモニウム、硝酸ナトリウム、硝酸カリウムなどの無機窒素源を挙げることができる。場合によってはβ−D−グルカンの生産量を上昇させるために適宜、塩化ナトリウム、塩化カリウム、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩などの無機塩、さらには鉄、銅、マンガンなどの微量金属塩やビタミン類、グルコン酸を添加するのも有効な方法である。
【0034】
また、例えばオーレオバシジウム属(Aureobasidium. sp)に属する微生物を炭素源としてシュークロースを含むツアペック培地にアスコルビン酸を添加した培地で培養した場合、高濃度のβ−1,3−1,6−D−グルカンを生産することが報告されている(Agric. Biol.Chem., 47, 1167-1172 (1983);科学と工業, 64, 131-135 (1990);特願平5−22229号公報)。シュークロースを含むツアペック培地にアスコルビン酸を添加し、さらに必要に応じて酵母エキスやペプトンなどの有機栄養源を添加したものも好適に使用できる。
【0035】
オーレオバシジウム属(Aureobasidium. sp)微生物は、通常、通気攪拌により好気培養すればよい。培養温度は10〜45℃程度が好ましく、20〜35℃程度がより好ましい。また、培養液のpHは3〜7程度が好ましく、3.5〜5程度がより好ましい。培養中、アルカリ、又は酸を用いて培養液pHを上記範囲に制御することも好ましい。さらに、培養液の泡立ちを抑えるために消泡剤を添加しても良い。培養時間は1〜10日間程度もあれば十分量のβ−D−グルカンを生産することができるが、通常は1〜4日間程度でよい。β-グルカンの生産量を測定しながら培養時間を決めても良い。
<微生物破砕液>
パン酵母などは、菌体内にβ−1,3−1,6−D−グルカンのようなβ-D-グルカンを生産する。従って、パン酵母などの培養液をそのまま、又は一旦集菌して緩衝液などに懸濁した懸濁液を、超音波などを用いて破砕して、菌体外にβ-D-グルカを放出させればよい。この微生物破砕液を次工程に供する。
<低粘度化>
上記のようにしてオーレオバシジウム属微生物を培養した培養液にはβ−1,3−1,6−D−グルカンを主成分とするβ−グルカン多糖が0.1%から数%(w/v)含有されており、その培養液の粘度は、BM型回転粘度計(東機産業社製)を用いて30℃で測定する場合に、数百〜数千cP ([mPa・s] )という非常に高い粘度を示す。微生物破砕液も同様である。
【0036】
第1工程では、培養液又は破砕液のpHを12以上、好ましくは13以上に調整する。培養液又は破砕液を攪拌しつつアルカリを添加すればpHを高くすることができる。アルカリの種類は水に溶解するものであればよく特に制限されない。例えば、水酸化ナトリウムを用いる場合、培養液中の最終濃度が0.5%(w/v)以上、好ましくは1.25%(w/v)以上になるように添加すれば、培養液のpHを12以上にすることができる。
【0037】
pHを12以上にすると、培養液の粘度が通常数cP([mPa・s])程度まで、急激ないしは瞬時に低下する(特開2004−321177号)
アルカリは公知のものを制限なく使用できる。公知のアルカリとしては、炭酸カルシウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、炭酸カリウム水溶液、炭酸アンモニウム水溶液のような炭酸アルカリ塩水溶液;水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、水酸化カルシウム水溶液のような水酸化アルカリ水溶液;アンモニア水溶液などが挙げられる。食用には、食品添加物として認められている水酸化ナトリウム水溶液が好ましい。
第2工程
第2工程では、アルカリ性培養液又は破砕液から菌体や、菌体破砕物のような不溶性夾雑物を除去する。
【0038】
従来、粘度の高い培養液から菌体を除去するのは困難であった。そのため、現在市販されているアウレオバシジウム属微生物の培養液は菌を含む。これに対して、アルカリ処理により粘度を低下させた培養液又は微生物破砕液は菌体や不溶性物質が沈降し易いため、これらを容易に除去することができる。
【0039】
培養液又は破砕液から菌体や不溶性夾雑物を分離、除去する方法は周知である。本発明方法ではどのような除去方法を採用してもよいが、工業的にはフィルタープレス、連続遠心分離装置による菌体除去が好ましい。これにより、通常、菌体以外の不溶性夾雑物の一部又は全部も除去される。菌体とともに不溶性夾雑物を完全に除去することが好ましい。
【0040】
菌体除去に当たっては、予め培養液に酸を添加して、pHを中性から酸性域付近(pH3〜9程度、好ましくは3.5〜8程度)にしておいてもよく、又はアルカリ性培養液のままで菌体を除去してもよい。pHを中性付近から酸性付近に調整しても多糖がゲル化することは無く、低粘度が維持される。
【0041】
pH調整用の酸の種類は特に限定されず、公知の酸を用いることができる。公知の酸として、塩酸、燐酸、硫酸、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、アミノ酸などが挙げられる。食用には、食品添加物として認められているクエン酸、リンゴ酸、グルコン酸が好ましい。
第3工程
アルカリ処理、除菌ないしは不溶性夾雑物の除去を行った培養液はそのまま食用に用いることもできるが、加熱滅菌する場合の安定性や保存安定性を向上させるために、原料培地成分や金属イオンなどの可溶性夾雑物を除去することが望ましい。従来はこれら夾雑物の除去を、酸性〜中性のpH下での限外ろ過により行っていた。
【0042】
本発明方法では、除菌して得られる培養上清をアルカリ性水溶液を用いて限外ろ過することにより、上記夾雑物を除去する。限外ろ過は、排除分子量が0.5万程度、好ましくは1万程度である限外ろ過膜を用いて行えばよい。
【0043】
透析液のpHは通常10以上、好ましくは12以上とすればよい。pHの上限は通常13.5程度である。透析液は、0.005〜5重量%程度の炭酸カルシウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、炭酸カリウム水溶液、炭酸アンモニウム水溶液のような炭酸アルカリ塩水溶液;水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、水酸化カルシウム水溶液のような水酸化アルカリ水溶液;アンモニア水溶液などを用いればよい。特に水酸化ナトリウム水溶液が好ましい。
pH調整工程
第3工程で得られたアルカリ性のβ−D−グルカン水溶液は、そのまま、又は乾燥して使用することができる。
【0044】
また、飲料成分や食品添加物などとして用いる場合には、pHを3.5〜10程度に調整することが好ましい。pH調整したβ−D−グルカン水溶液は、そのまま、又は乾燥して使用することができる。
殺菌工程
また、第3工程で得られたβ−D−グルカン水溶液を食用に供する場合、加熱滅菌、ろ過殺菌、又は紫外線滅菌などの方法で滅菌することが好ましい。食用に供する場合の加熱滅菌は、通常pH3.5〜10程度の下、65〜90℃程度で行うべきことが定められている。
【0045】
上記pH調整を行う場合は、滅菌は、その前後のいずれに行ってもよい。
【0046】
本発明方法における殺菌を除く各工程は、5〜50℃程度の温度下で行うことができ、通常は、常温ないしは室温下で行えばよい。
(II)精製β−D−グルカン
上記方法により得られる精製β−D−グルカン水溶液は非常に透明度が高く、0.2%(w/v)の水溶液の、25℃での、660nmの光の透過率が60%以上である。また、精製β−D−グルカン水溶液の粘度は非常に低い。
【0047】
また、一次構造は、精製する前の天然型のβ−D−グルカンと同じであると考えられる。即ち、1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とするβ−D−グルカン溶液のH NMRスペクトルは、4.7ppm及び4.5ppmの2つのシグナルを有する。
実施例
以下、本発明を実施例、及び試験例を挙げてより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
(I)β−D−グルカンの精製
実施例1〜3、比較例1
(1)β−D−グルカンの培養生産
後掲の表1の組成からなる100mlの液体培地を500ml肩付きフラスコに入れ、121℃、15分間、加圧蒸気滅菌を行った後、GM1A1株を同培地組成のスラントより無菌的に1白金耳植菌し、24時間、30℃で130rpmの通気攪拌培養を行い種培養液を調製した。
【0048】
次いで、同組成の培地200Lを300L容培養装置(丸菱バイオエンジ製)に入れ、121℃、15分間、加圧蒸気滅菌を行ったものに、上記種培養液を無菌的に植菌し、200rpm、28℃、40L/分の通気攪拌培養を行った。
【0049】
培養開始時のpHは3.5であった。また、120時間培養後のpHは4.30、菌体濁度はOD 660nmで30 ODで、多糖濃度は0.9%(w/v)であった。多糖濃度は、培養液を数mLサンプリングし、菌体を遠心分離除去した後、その上清に最終濃度が66%(v/v)となるようにエタノールを加えて多糖を沈殿させ、回収した後、イオン交換水に溶解し、フェノール硫酸法で定量した。
【0050】
【表1】

【0051】
(2)アルカリ処理
実施例1で得られた培養液をBM型回転粘度計により測定したところ、粘度は30℃で1200 [mPa・s]であった。この培養液に最終濃度が2.4%(w/v)となるように25%(w/w)水酸化ナトリウムを添加し攪拌したところpH13.6となり、瞬時に粘度が低下した。
【0052】
引き続いて1000L容タンクに培養液を移し、飲料水で3倍量に希釈し、同様にして粘度を測定したところ、粘度は10 [mPa・s ]であった。
(3)除菌
次いで、この培養液に珪藻土を1wt%添加し、薮田式ろ過圧搾機(薮田機械製)を用いて菌体を除去し、最終的に培養ろ液を約600Lを得た。その多糖濃度をフェノール硫酸法で定量したところ、0.3%(w/v)で、ほぼ100%の多糖回収率であった。
(4)β−グルカン水溶液の透析
上記のβ−グルカン水溶液(培養ろ液)に50%クエン酸水溶液を加えて、pH10に調整したものを実施例1、pH12に調整したものを実施例2、pH13に調整したものを実施例3、pH7に調整したものを比較例1とした。UF膜(日東電工社製スパイラル型ポリスルホンUF膜モジュ−ルCF30−F4−PT、分子量カット5万)によって透析を行い、最終的に64倍に加水濃縮した。即ち、グルカン以外を64倍に希釈した。ここで、加水は水酸化ナトリウムを用いて各pHに調整した飲料水を添加した。
【0053】
また、本工程において、従来の中性(pH7の比較例1)で透析を行う場合は、泡立ちが見られ、50ppm程度の消泡剤(リョ−ド−ポリグリエステル)を配合する必要があった。本法(実施例1〜3)においては泡立ちがなく、消泡剤は配合の必要がなかった。
(5)殺菌処理
引き続いて、β−グルカン濃縮液を孔径0.8μmのフィルターを通過させた後、ホット充填用加熱ユニット(日阪製作所製)を用いて95℃で、3分間保持することにより殺菌処理を行い、最終の精製β−グルカン水溶液を得た。この水溶液中のβ−D−グルカンの濃度をフェノール硫酸法により測定したところ0.22%(w/v)であった。また、培養液からのβ−D−グルカンの合計回収率は約70重量%であった。
【0054】
(II)β−D−グルカンの諸物性の測定
実施例1〜3及び比較例1で得た精製β−D−グルカンの諸物性を測定した。これらの物性は、クエン酸を用いてpH3.5に調整したβ−D−グルカン水溶液について測定した。結果を後掲の表2に示す。
多糖類濃度
精製グルカン溶液をサンプリングし、そこに最終濃度が66%(w/v)になるようにエタノールを加えて多糖を沈殿させ、沈殿物を回収し、イオン交換水で溶解し、フェノール硫酸法で定量した。
【0055】
具体的には、精製グルカン溶液を100(μl)サンプリングし、そこに最終濃度が66%(w/v)になるようにエタノールを加えて多糖を沈澱させた。(多糖が存在すると白色の沈殿物が見られる。)遠心分離機にかけて上清を捨て、そこに66%(w/v)エタノール水溶液1(ml)加えて攪拌後、多糖を洗浄した。遠心分離機にかけて上清を捨て、イオン交換水1(ml)加えて多糖を溶解させた。
【0056】
試験管にこの溶液50(μl)とイオン交換水450(μl)、5(%(w/v))フェノール溶液500(μl)を入れ攪拌後、濃硫酸2.5(ml)を加えて攪拌した。室温で30分放置冷却した溶液の吸光度(Abs490nm)を測定し、グルコースを用いて作成した検量線より定量した(「糖質の化学」(朝倉書店)新家龍、南浦能至、北畑寿美雄、大西正健 編参照)。
全糖濃度
精製グルカン溶液をサンプリングし、フェノール硫酸法で定量した。
【0057】
具体的には、精製グルカン溶液0.1(ml)をサンプリングし、そこにイオン交換水0.9(ml)加えて撹拌した。この溶液50(μl)とイオン交換水450(μl)、5(%(w/v))フェノール溶液500(μl)を攪拌混合し、そこに濃硫酸2.5(ml)を加え、攪拌した。室温で30分放置冷却した溶液の吸光度(Abs490nm)を測定し、グルコースを用いて作成した検量線より定量した。
重量平均分子量(Mw)・数平均分子量(Mn)・ピーク分子量(Mp)
WATERS製GPC測定装置(ALLIANCE2695)(東ソー社製のTSK−GELLカラム×2本、展開溶媒200mM リン酸カリウム水溶液)により数平均分子量Mn、重量平均分子量Mw、ピ−クの分子量Mpを測定した。分子量のマーカーとしてShodex社製のプルランを用いた。
1,3/(1,3+1,6)結合比
β−1,3−結合とβ−1,6−結合の合計に対するβ−1,3結合の割合(β−1,3/(β−1,3+β−1,6))は、H−NMR(日本電子製500MHZ)シグナルの積分比からから求めた。H−NMRスペクトルでは4.7ppmのβ−1,3結合に関与するC1位のプロトンと4.5ppmのβ−1,6結合に関与するC1位のプロトンの2つのシグナルが観察された。
グルカン純度
多糖類に占めるβ−D−グルカンの比率は、H−NMR(日本電子製500MHZ)シグナルの積分比からから求めた。H−NMRでは、4.7ppmのシグナルと4.5ppmのシグナルが観察されたが、他の多糖由来のピーク、例えばプルラン由来の5.2ppmなどは観測されなかった。このことから、多糖類中のβ−D−グルカン純度はいずれの例でも100%と判断した。
粘度測定
水溶液の粘度は、TOKIMEC製BM型粘度計を用いて測定した。
光透過率
日立製U−110スペクトロフォトメーターを用いて、0.2%(w/v)水溶液の、25℃での、660nmにおける光透過率(%)を測定した。
一般生菌数
滅菌前後の一般生菌数は3Mペトリフィルム(一般生菌測定用)を用いて測定した。
エンドトキシン濃度
エンドトキシン濃度は、和光純薬工業のリムルスカラ−KYテストワコーシリーズを用いて測定した。
【0058】
【表2】

【0059】
表2から、分子量はいずれも数平均分子量5万程度、重量平均分子量が10万程度、グルカン純度ほぼ100%、分岐度も50前後であり、ほぼ同じ構造のβ−1,3−1,6−D−グルカンが得られていることが分かる。
【0060】
透過率については、実施例1〜3では比較例1の2倍以上の透明性を示した。これは、アルカリ性の液性下で透析を行うことにより、透析時に効率よく不純物が除去されたためと考えられる。また、泡立ちがないことから、消泡剤を必要としないことも一因と考えられる。また、粘度が高いことから、β−1,3−1,6−D−グルカンの溶解度が高くなっていると考えられ、これも透明性へ寄与しているものと考えた。従来のものは30℃で40〜50%程度溶解しているのに対し、アルカリの場合、50〜60%程度が溶解している。
【0061】
また、実施例1〜3では、比較例1に比べて、滅菌前の一般生菌数および最終水溶液のエンドトキシンが非常に低い。実施例1〜3で生菌数が低いのはアルカリ性下では生菌の繁殖が押さえられることが原因であると考えられる。また、エンドトキシン量が少ないのは、生菌自体が少ないこととエンドトキシンがアルカリで分解することが原因であると考えられる。このことから、本発明方法は衛生的で安全な精製方法といえる。
【0062】
(III)熱安定性の検討
比較例1および実施例2で得られた各精製β−D−グルカンの2%(w/v)水溶液を、さらに、UF膜(日東電工社製スパイラル型ポリスルホンUF膜モジュ−ルCF30−F4−PT、分子量カット5万)で透析濃縮し、後掲の表3に示す濃度のβ−D−グルカン水溶液を調製した。
【0063】
これらのβ−D−グルカン水溶液を90℃で30分間加熱し、660nmにおける光透過率を測定し、また性状を目視観察した。物性は、クエン酸にてpHを3.5に調整した後に測定又は観察した。結果を表3に示す。表3中、熱安定性の項目の○は加熱前と変わらない流動性を有することを示し、△はゲル化の傾向、即ち所々にゲルが見られる状態を示し、×は全体がゲル化して流動性がない状態を示す。また、透過率、粘度の項目の−は測定不能を示す。
【0064】
【表3】

【0065】
pH7で透析した比較例1のβ−D−グルカンは、濃度が約0.5%(w/v)を越えるとゲル化が始まり、0.7%(w/v)以上では流動性を完全に失った。これに対して、pH12で透析した実施例2のβ−D−グルカンは、1%(w/v)でも流動性があり、熱安定性が良好であった。また、1.0%(w/v)に濃縮しても高い透明性を示した。
【0066】
このように、従来にない高濃度のβ-グルカン水溶液であって、透明性、熱安定性の高い、実用的なβ-グルカン水溶液を供給できた。
【0067】
以上より、Aureobasidium属に属する微生物により生産される高粘度のβ−1,3−1,6−D−グルカンをアルカリ処理することにより低粘度化し、菌体を取り除いた後、アルカリ性の下で透析を行う方法では、透明性が高く、熱安定性に優れるβ−1,3−1,6−D−グルカンが得られることが確認された。また、雑菌汚染を防ぐことができ、滅菌前の生菌数、エンドトキシンを低く抑えることができた。すなわち、衛生的で、安全な製品作りに有効であることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
β−D−グルカンを含む微生物培養液又は微生物破砕液をpH12以上に調整する第1工程と、微生物又は不溶性夾雑物を除去して上清を得る第2工程と、上清をアルカリ性下で限外ろ過してβ−D−グルカンより低分子の夾雑物の全部又は一部を除去する第3工程とを含む精製β−D−グルカンの製造方法。
【請求項2】
微生物が、オーレオバシジウム属微生物である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
オーレオバシジウム属微生物が、オーレオバシジウム・プルランスである請求項2に記載の方法。
【請求項4】
オーレオバシジウム・プルランスが、オーレオバシジウム・プルランスGM-NH-1A1株(FERM P-19285)、又はオーレオバシジウム・プルランスGM-NH-1A2株(FERM P-19286)である請求項3に記載の方法。
【請求項5】
β−D−グルカンが、β−1,3−1,6−D−グルカンである請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
限外ろ過をpH10以上のアルカリ性下で行う請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
限外ろ過により、分子量0.5万以下の物質を排除する請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
さらに、残存する雑菌を滅菌する工程を含む請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
さらに、β−D−グルカン水溶液のpHを3.5〜10に調整する工程を含む請求項1〜8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
第1工程においてβ−D−グルカンを含む微生物培養液をpH12以上に調整し、第2工程において微生物を除去して培養上清を得る請求項1〜9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれかに記載の方法により得られるβ−D−グルカン。
【請求項12】
0.2%(w/v)水溶液の、25℃における、660nmの光の透過率が60%以上であるβ−D−グルカン。


【公開番号】特開2007−267718(P2007−267718A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−101127(P2006−101127)
【出願日】平成18年3月31日(2006.3.31)
【出願人】(000108993)ダイソー株式会社 (229)
【Fターム(参考)】