説明

精製ニッケル溶液の調製方法、ニッケル地金の製造方法及び炭酸ニッケルの製造方法

【課題】不純物を含有するニッケル塩から精製ニッケル溶液を調製する方法において、コバルトの除去率を向上させることを課題とする。
【解決手段】リン化合物及びコバルト成分を不純物として含むニッケル塩を無機酸で溶解することにより、リン化合物及びコバルト成分を含むニッケル溶液を形成する工程と、当該ニッケル溶液に対して酸化剤を添加することにより、リン化合物をリン酸塩として沈殿させ、これを固液分離によって除去する脱リン工程と、脱リン工程よりも後又は脱リン工程と同時に、当該ニッケル溶液に対して酸化剤を添加することによりコバルト成分を酸化した後に、中和して沈殿させ、これを固液分離によって除去する脱コバルト工程と、を含む精製ニッケル溶液の調製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、不純物を含有するニッケル塩からの精製ニッケル溶液の調製方法に関する。また、この発明は、精製ニッケル溶液を用いて、ニッケル地金を製造する方法、および炭酸ニッケルを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
塩化鉄や塩化銅のエッチング廃液や無電解ニッケル廃液等の海洋投棄が禁止されたことにより、これらの廃液から有価金属成分を回収する技術が確立されている。主にニッケルイオンを含む電気ニッケルめっき液および無電解ニッケル液からのニッケルの回収方法は、キレート樹脂に吸着させる方法(特開平11−226596(特許文献1))や硫化物として回収する方法(特開平8−91971(特許文献2))および水酸化物として回収する方法(特開2002−371368(特許文献3))等がある。しかし、キレート樹脂を使用する方法はキレート樹脂が高価であること、硫化物による回収は、硫化水素を発生させる為、装置が複雑になることから一般的でない。一般的にはコスト低減を図るため、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウムおよび炭酸ナトリウムのいずれか単体やこれらの組み合わせを添加し、pHを8〜13に調整して、水酸化ニッケルや炭酸ニッケルの沈殿として回収している。
【0003】
ニッケル地金は、特開平10−310436(特許文献4)に示されている粗硫酸ニッケルを溶媒抽出により不純物を除去した液や特開2007−270291(特許文献5)に示されている銅製錬工程から回収された粗製硫酸ニッケルから不純物を除去した液を用いて、電解採取等の電解プロセスで製造している。近年、リチウムイオン電池が、ハイブリッド自動車や電気自動車に採用されたことから、リチウムイオン電池の正極材に採用されているニッケル需要が伸びている。それに伴い、粗硫酸ニッケルや銅製錬工程から回収される粗製硫酸ニッケル以外のリサイクル原料を採用するようになり、電気ニッケルめっき廃液や無電解ニッケルめっき廃液がリサイクル原料として有望視されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−226596号公報
【特許文献2】特開平8−91971号公報
【特許文献3】特開2002−371368号公報
【特許文献4】特開平10−310436号公報
【特許文献5】特開2007−270291号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
電気ニッケルめっき廃液や無電解ニッケルめっき廃液中のニッケルは、前述したように、水酸化ニッケルや炭酸ニッケルなどのニッケル中和沈殿物として回収している。しかしながら、当該沈殿物には銅、鉄、亜鉛、コバルトなど種々の金属成分が不純物として微量含まれており、高純度のニッケルを回収するためにはこれらの不純物を除去する必要がある。
【0006】
本発明者は、ニッケル中和沈殿物から不純物を除去し、精製ニッケル溶液を得るための方法を検討し、硫化処理による銅の除去、2価の鉄を酸化し、中和処理による鉄の除去、リン酸エステルを用いた溶媒抽出による亜鉛の除去、および酸化ニッケル(Ni23)によりコバルトを酸化し、中和処理によるコバルトの除去を実施したところ、コバルトの除去が十分できない場合があることが判明した。
【0007】
ニッケル電解液にコバルトが数ミリ〜数十mg/L残存するとニッケル電解で製造される金属ニッケル中にコバルトが数十〜数百massppm以上含有し、4N(99.99%)以上のニッケル地金を得ることが難しい。
【0008】
また、炭酸ニッケルは、ニッケルの電解採取に於いて、ニッケル減少分の補給剤として使用するため、不純物成分濃度が高いとニッケル電解液中への不純物成分の蓄積が早く、4N(99.99%)以上のニッケル地金を得ることが難しい。
【0009】
そこで、本発明は不純物を含有するニッケル塩、とりわけ電気ニッケルめっき廃液や無電解ニッケルめっき廃液を中和処理して得られるニッケル中和沈殿物から精製ニッケル溶液を調製する方法において、コバルトの除去率を向上させることを課題とする。また、本発明は、本発明により得られた精製ニッケル溶液を用いて、ニッケル地金を製造する方法、及び炭酸ニッケルを製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者はこの問題について研究したところ、ニッケル中和沈殿物中にリン化合物が含まれているときにコバルトの除去率が悪化しやすいことが分かった。リサイクル原料の電気ニッケルめっき廃液や無電解ニッケルめっき廃液には、リン化合物(亜リン酸、次亜リン酸)を含むものがあり、それらの廃液を前述の方法で水酸化ニッケルや炭酸ニッケルの沈殿にすると、沈殿中にリン化合物が共沈する。
【0011】
理論によって本発明が限定されることを意図しないが、コバルトの除去は酸化ニッケルにより、2価のコバルトを3価のコバルトに酸化し、水酸化物として沈殿させることにより実施するところ、リン化合物の中でも次亜リン酸や亜リン酸には還元作用があるため、酸化作用のあるNi23と還元作用のあるリン化合物が反応しているか、3価のコバルトに酸化されたのが、リン化合物で再度2価のコバルトに還元されたものと考えられる。
【0012】
そこで、リン化合物を酸化剤によりリン酸まで酸化し、リン酸鉄、リン酸銅、リン酸コバルトおよびリン酸ニッケル等の難溶性沈殿物として除去することにより、コバルトの除去率が有意に向上することを見いだした。そして、4N(99.99%)以上のニッケル地金を製造するニッケル電解液を製造することができるとの知見を得た。
【0013】
この知見に基づき、本発明は以下によって特定される。
(1)リン化合物及びコバルト成分を不純物として含むニッケル塩を無機酸で溶解することにより、リン化合物及びコバルト成分を含むニッケル溶液を形成する工程と、
当該ニッケル溶液に対して酸化剤を添加することにより、リン化合物をリン酸塩として沈殿させ、これを固液分離によって除去する脱リン工程と、
脱リン工程よりも後又は脱リン工程と同時に、当該ニッケル溶液に対して酸化剤を添加することによりコバルト成分を酸化した後に、中和して沈殿させ、これを固液分離によって除去する脱コバルト工程と、
を含む精製ニッケル溶液の調製方法。
(2)脱リン工程における酸化剤として過マンガン酸、過マンガン酸塩及び過酸化水素の少なくとも1種が添加される(1)に記載の精製ニッケル溶液の調製方法。
(3)脱リン工程における酸化剤として、過マンガン酸又は過マンガン酸塩を使用するときは、ORP電位を銀塩化銀電極電位に対して600mV以上になるまで添加し、過酸化水素を使用するときは、過酸化水素とリンのモル比(H22/Pモル比)で、3.5倍以上添加する(2)に記載の精製ニッケル溶液の調製方法。
(4)ニッケル塩には水酸化ニッケル及び炭酸ニッケルの少なくとも一方が含まれる(1)〜(3)の何れか一項に記載の精製ニッケル溶液の調製方法。
(5)前記ニッケル塩が電気ニッケルめっき液及び無電解ニッケルめっき液の何れか又は両方の廃液を中和処理した沈殿物である(1)〜(4)の何れか一項に記載の精製ニッケル溶液の調製方法。
(6)無機酸が硫酸である(1)〜(5)の何れか一項に記載の精製ニッケル溶液の調製方法。
(7)脱コバルト工程における酸化剤が酸化ニッケル(Ni23)である(1)〜(6)の何れか一項に記載の精製ニッケル溶液の調製方法。
(8)前記ニッケル溶液が銅成分、鉄成分、及び亜鉛成分を含有しており、以下の工程:
・硫化処理により銅の沈殿除去を行う脱銅工程
・2価の鉄を酸化した後に中和することにより鉄の沈殿除去を行う脱鉄工程
・リン酸エステルを用いた溶媒抽出による亜鉛の除去を行う脱亜鉛工程
の一又は二以上を任意の順序で行うことを更に含む(1)〜(7)のいずれか一項に記載の精製ニッケル溶液の調製方法。
(9)脱鉄工程が実施され、脱鉄工程は脱リン工程と同時に行われる(8)に記載の精製ニッケル溶液の調製方法。
(10)脱リン工程と同時に脱コバルト工程を実施する(1)〜(9)のいずれか一項に記載の精製ニッケル溶液の調製方法。
(11)(1)〜(10)の何れか一項に記載の調製方法によって得られた精製ニッケル溶液を電解採取することを含む金属ニッケル地金の製造方法。
(12)(1)〜(10)の何れか一項に記載の調製方法によって得られた精製ニッケル溶液を炭酸化処理することを含む炭酸ニッケルの製造方法。
【発明の効果】
【0014】
以上から、本発明により、不純物を含有するニッケル塩から精製ニッケル溶液を得る方法において、コバルトの除去率を向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明における処理フローの一例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明においては、リン化合物及びコバルト成分などの不純物を含有するニッケル塩から精製ニッケル溶液を調製する。そのようなニッケル塩の典型例は電気ニッケルめっき廃液や無電解ニッケルめっき廃液を中和処理して得られるニッケル中和沈殿物である。リン化合物やコバルト成分などの不純物は前段の工程で意図的に添加されている場合もあれば、不可避的に存在している場合もあるが、いずれにしても精製ニッケル溶液を調製するという本発明の目的に照らせばリン化合物やコバルト成分は不純物であり、これを除去する必要がある。
【0017】
リン化合物を含有するニッケル中和沈殿物は、電気ニッケル-リン合金めっき廃液や無電解めっき廃液を水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、炭酸ナトリウム、炭酸カルシウム等のアルカリで中和して得られる。なお、アルカリとしてカルシウム化合物を使用する場合、後に硫酸などの無機酸を加えたたときに硫酸Caなどのカルシウム塩として沈澱しやすく、その除去が必要となるため、ナトリウム化合物が好ましい。
従って、一般に、ニッケル中和沈殿物にはニッケルが水酸化ニッケルや炭酸ニッケルなどのニッケル塩として含有する。このニッケル中和沈殿物に含まれるリン化合物は、主に亜リン酸や次亜リン酸である。リン化合物を含有するニッケル中和沈殿物を無機酸に溶解するとリン化合物は亜リン酸や次亜リン酸として溶解に存在する。脱コバルト工程において、亜リン酸や次亜リン酸は、溶液中では還元剤として働き、酸化ニッケルによるコバルトの酸化を妨害する為、コバルトが十分除去できない問題があった。本発明では、リン化合物をリン酸に酸化することにより、リン酸と金属イオンとの難溶性沈殿物を形成し、リンを除去する。
【0018】
本発明のリン化合物をリン酸に酸化することにより、リン酸と金属イオンとの難溶性沈殿物を形成し、除去する工程を備えたフローを図1に示す。リンを除去する工程は、図1では脱銅工程前に実施しているが、脱コバルト工程と同時又はそれよりも前に実施する限り、どの段階で実施してもよい。またリンを除去する工程は、鉄の酸化、中和による鉄を除去する工程および酸化ニッケルによるコバルトを除去する工程で同時に実施することも可能であり、処理時間も短縮でき有利である。
【0019】
(リン化合物含有ニッケル中和沈殿物の溶解)
一般に入手できるリン化合物含有ニッケル中和沈殿物のニッケル含有率は20-40mass%と変動するので、ニッケル溶液にしたときに、ニッケル濃度が50-100g/Lなる様に調整するのがよい。
ニッケル中和沈殿物は硫酸、塩酸、スルファミン酸などの無機酸で溶解することができるが、電解採取において、陽極にDSE等の不溶性アノードを使用するので、陽極で、塩酸の場合は塩素ガスが発生するため、それを除去する設備が必要である、また、スルファミン酸はアノードで分解し、不純物となりそれを除去する設備が必要であることにより硫酸を用いるのが好ましい。無機酸の必要量は、ニッケル、鉄、銅、亜鉛、コバルトの当量を合計した量では、若干溶け残りが生じるので、5g/L程度多く必用である。無機酸は、過剰に添加しても問題はないが、銅やリン酸等を除去する工程で中和する必要があるため、極端に過剰添加する必要はなく、5-30g/L過剰になるようにした方が経済的である。無機酸に溶解後のニッケル溶液のpHは、0.5-1.5が好ましい。
【0020】
一実施形態においては、ニッケル溶液にはリンが100〜2000mg/L程度、コバルトが50〜2000mg/L程度、銅が20〜1500mg/L程度、鉄が20〜1500mg/L程度、亜鉛が20〜3000mg/L程度含まれており、典型的な実施形態においては、ニッケル溶液にはリンが500〜1000mg/L程度、コバルトが50〜400mg/L程度、銅が20〜300mg/L程度、鉄が20〜300mg/L程度、亜鉛が300〜1000mg/L程度含まれている。
【0021】
(脱リン工程)
リン化合物を含有するニッケル中和沈殿物を無機酸に溶解した液を、酸化剤を用いて、リン酸に酸化する。リン酸は液中の鉄成分、銅成分、コバルト成分、及びニッケル成分と反応して、リン酸鉄、リン酸銅、リン酸コバルトおよびリン酸ニッケル等の難溶性のリン酸塩沈殿物を生成するので、ろ過により分離除去することができる。酸化剤としては、例えば、過マンガン酸とその塩、過酸化水素水あるいは過塩素酸とその塩が使用できる。酸化剤は単独で使用しても又は混合して使用しても良い。
過塩素酸を使用した場合は、塩化物イオンが溶液に残る為、塩化物イオンを溶液に残したくないときは、過酸化水素又は過マンガン酸若しくはその塩を用いると良い。過マンガン酸塩としては、過マンガン酸カリウム、過マンガン酸ナトリウム、過マンガン酸カルシウム、過マンガン酸バリウムなどが挙げられる。
処理温度は、室温以上であれば十分であるが、反応の効率から40から70℃が最適である。pHは、ニッケルが水酸化ニッケルとして沈殿が生じないpH6.0以下であれば十分である。反応の効率からpH3.0〜5.5が適し、より好ましくは5.0〜5.5である。酸化剤濃度は、リン化合物が亜リン酸や次亜リン酸の混合物であり、それらの量が変化するため、一概には決められない。過マンガン酸若しくはその塩の場合、前述の液温、pHを最適条件に設定した場合、ORP電位を銀塩化銀電極電位に対して600mV以上、好ましくは700mV以上になるまで添加する。過酸化水素の場合、金属イオンがある溶液中で自己分解する為、理論量より過剰に添加する必要があり、過酸化水素とリンのモル比(H22/Pモル比)で、一般に3.5倍以上、典型的には3.5〜15倍必要である。
【0022】
(脱銅工程)
銅を除去するため、硫化処理で銅イオンを硫化銅として沈殿させ、ろ過により分離除去する。硫化のためには、硫化水素ガスを使用することができるほか、硫化ナトリウムや水硫化ナトリウムなどの硫化アルカリから硫化水素ガスを発生させ、それを利用することも可能である。有毒ガスである硫化水素ガスを直接取り扱うより、硫化アルカリから硫化水素ガスを発生させた方が取り扱いやすい。液温は、室温以上で十分である。溶液のpHは、ニッケルが水酸化物として沈殿ができないpH6.0以下であればよい。硫化ニッケルの溶解度積を考慮すると、pHは4.5以下が好ましく、0.1〜2.0がより好ましい。硫化水素ガスあるいは硫化アルカリから発生させる硫化水素ガスは、溶液中の銅の当量より若干多い量で十分である。つまり、銅当量の1.05以上で十分であり、経済性の観点から1.05〜1.5倍が好ましい。
【0023】
(脱鉄工程)
鉄を除去するため、2価の鉄イオンを3価の鉄イオンに酸化し、中和することにより、水酸化第2鉄として沈殿させ、ろ過分離する。2価の鉄イオンを酸化する方法は、例えば、公知の技術である空気酸化や酸化剤による酸化を利用できる。
液温は、空気酸化の場合は、室温以上で鉄の酸化反応は進むが、反応速度の観点から40℃以上、より好ましくは55-75℃である。一方、酸化剤を用いた場合は、室温以上で十分であるが、水酸化第2鉄のろ過性から、40℃以上が好ましく、50-60℃がより好ましい。溶液のpHは、水酸化第2鉄の溶解度積を考慮すると4.0以上が好ましく、より好ましくは5.0〜5.5である。
【0024】
(脱亜鉛工程)
亜鉛を除去する為、溶媒抽出が有効である。抽出剤には、有機リン酸エステル類、例えばアルキルフォスフィン酸モノアルキルエステル(大八化学製:PC-88A)やジアルキルフォスフィン酸(大八化学製:DP-8R)を使用することができる。亜鉛を0.1mg/L未満までにするには、O/A比や抽出回数等により条件が変わるが、抽出pHを少なくとも3.0以上にすることが好ましい。ただし、pHを6.0以上に上げすぎると水酸化ニッケルが沈殿するため、pHは4.0-5.5がより好ましい。
【0025】
(脱コバルト工程)
コバルトを除去する為、2価のコバルトを3価のコバルトに酸化した後に中和して水酸化第2コバルト(Co(OH)3)として沈殿除去することができる。3価のコバルトに酸化する方法としては、酸化ニッケル(Ni2O3)を用いることができる。この酸化ニッケルは、硫酸ニッケルと過マンガン酸を溶解した液をpH9-13のアルカリ性にすることにより合成できる。この合成するときの液温は、40〜75℃が適し、好ましくは、50〜60℃である。酸化ニッケルでコバルトを酸化する場合、コバルトの当量に対して、2.5〜12.5倍の過剰量の酸化ニッケルを使用するのが酸化効率の観点から望ましい。コバルトを除去する場合の液温は、40℃以上が必要であり、50〜60℃が好ましい。また、溶液のpHは、2.0〜6.0が適し、好ましくは4.5〜5.5であり、より好ましくは5.0〜5.5である。
【0026】
以上の様に、リン化合物を含む溶液から脱リン工程、脱銅工程、脱鉄工程、脱亜鉛工程および脱コバルト工程を実施することにより、リン濃度を100mg/L以下、銅、鉄、亜鉛およびコバルト濃度を0.1mg/L未満にすることができる。
【0027】
脱リン工程は、脱鉄工程もしくは脱コバルト工程と同時に行うことができる。脱鉄工程と同時に行う場合は、2価の鉄イオンを酸化するのに必要な酸化剤量とリン酸まで酸化するのに必要な酸化剤量を合計した量が必要となる。
液温は、室温以上で十分であるが、水酸化第2鉄のろ過性から、40℃以上が好ましく、50-60℃がより好ましい。溶液のpHは、4.0以上が好ましく、より好ましくは5.0〜5.5である。
脱コバルト工程と同時に行う場合は、酸化ニッケルと反応させる前に、過マンガン酸によりリン化合物をリン酸まで酸化させる必要がある。その後、酸化ニッケルによるコバルトの除去を行う。処理条件は、脱コバルト工程と同じ条件で実施できる。
以上のように、脱リン工程を脱鉄工程や脱コバルト工程と同時に実施することにより、リン濃度を100mg/L以下、銅、鉄、亜鉛およびコバルト濃度を0.1mg/L未満にすることができる。
なお、ここでいう「同時」とは、複数の工程を固液分離を介さずに実施することを指し、時間的に同時であることを要しない。例えば、脱リン工程と脱コバルト工程を同時に実施するというのは、脱リン工程と脱コバルト工程の間に固液分離工程を挟まないで各工程を実施するということである。
【0028】
脱銅工程、脱鉄工程、脱亜鉛工程および脱コバルト工程の順番には特に制限はないが、経済性や各金属成分の分離効率を考慮すると、脱銅工程→脱鉄工程→脱亜鉛工程→脱コバルト工程の順が好ましい。脱銅工程と脱鉄工程は、酸溶解後のニッケル溶液のpHが低いことから脱銅工程を先に実施することが便宜である。また、脱亜鉛工程を脱銅工程及び脱鉄工程の前に実施すると、脱亜鉛工程で銅及び鉄も除去されてしまい、別途、亜鉛、銅、鉄を分離する必要が生じる。脱コバルト工程に鉄が存在すると鉄が酸化されて、脱コバルトが不十分となってしまう。
【0029】
本発明によって得られた精製ニッケル溶液に対して、電解採取を実施することにより金属ニッケルを製造することができ、また、炭酸化処理を行うことにより炭酸ニッケルを製造することができる。
【0030】
電気ニッケルを製造する場合、電解液中に亜リン酸が存在すると、ニッケル−リン合金として電着する。電解条件にもよるが、電解液中に亜リン酸濃度が2g/L存在すると、電着したニッケル金属中に0.2-0.5mass%電着する。
一方、脱リン工程で亜リン酸等をリン酸まで酸化した場合、電解液中にリン酸が残っていても、リンは共析しない為、電着ニッケルの品位を落とすことはない。
しかしながら、電解中にリン酸一部が亜リン酸に還元される可能性があるので、リン濃度は100mg/L以下、好ましくは30mg/L以下である。
【0031】
炭酸ニッケルを製造する場合、ニッケル溶液中に亜リン酸が存在した状態で炭酸化処理を行うと、炭酸ニッケルと共に亜リン酸も沈殿する。前述のように炭酸ニッケルは、ニッケルの電解採取に於いて減少したニッケルの補給剤として使用するので、ニッケルの電解採取を連続的に実施すると亜リン酸が蓄積し、ニッケル−リン合金として電着するため好ましくない。
一方、脱リン工程でリン化合物をリン酸まで酸化した溶液について、炭酸化処理を行うと、炭酸ニッケルにもリン酸が共沈するが、リン酸はニッケル電解の電着ニッケル金属には影響しない。
炭酸ニッケル品位としては、ニッケルが53-55 mass%であり、リンは300 mass ppm以下が好ましく、より好ましくは、100 mass ppm以下である。
【実施例】
【0032】
次に、本発明の実施例について説明する。なお、本実施例はあくまで一例であり、この例に制限されるものではない。すなわち、本発明の技術思想の範囲内で、実施例以外の態様あるいは変形を全て包含するものである。なお、溶液中の各成分の濃度はICP発光分析装置によって測定した。
【0033】
(実施例1-8)
無電解ニッケルめっき廃液を炭酸ナトリウムでpH6.5-7.0まで中和し、その後、水酸化ナトリウムでpH7.5-8.0まで中和することで、亜リン酸及び次亜リン酸を含有するニッケル中和沈殿物を得た。ニッケルは水酸化ニッケル及び炭酸ニッケルの混合状態で存在する。このリン化合物含有ニッケル中和沈殿物のニッケル含有率から計算して、ニッケルが75g/Lになる様に、リン化合物含有ニッケル中和沈殿物をビーカーに準備し、500g/Lの硫酸溶液を280mLと純水で1Lになるように調整し、2時間攪拌して溶解した結果、表1の組成の溶液を得た。この溶液のpHは0.94であった。硫酸の添加量はニッケル、鉄、銅、亜鉛、コバルトの当量を合計したものより5-20g/L多くなるようにした。
【0034】
<脱リン工程>
この溶液を用いて、表2の条件で脱リン工程を実施した。酸化剤である過酸化水素は、35wt%水溶液を使用し、表2に示した量を添加し、2時間保持した。実施例1及び2の過酸化水素量は、リンに対する過酸化水素のモル比で3.57倍、実施例3及び4では10.71倍、比較例1及び2では1.78倍である。一方、過マンガン酸カリウムは、ORP電位を測定しながら、表2に示した電位まで徐々に添加し、2時間保持した。これらの方法によって、液中の亜リン酸及び次亜リン酸をリン酸に酸化し、金属成分の反応によるリン酸塩の沈澱を生成させ、沈殿物をろ過により分離した。その後、脱銅工程、脱鉄工程、脱亜鉛工程、脱コバルト工程を順に行った。なお、脱リン工程ではリンがリン酸鉄、リン酸コバルト、リン酸銅、リン酸ニッケルなどの難溶性塩で沈殿するため、鉄、コバルト、銅、ニッケルも一部除去されている。
【0035】
<脱銅工程>
脱銅工程は、250g/Lの硫酸溶液を用いて、脱リン工程後の濾液をpH 0.5-1.5に調整した後、室温で250g/L NaSH溶液をゆっくりと添加した。pHを0.5-1.5に維持しながら、ORP電位が 0mV(Ag/AgCl)以下になるまで、NaSH溶液を加えた。生じた黒色の硫化銅の沈殿物をろ過にて分離した。
【0036】
<脱鉄工程>
脱鉄工程は、25%NaOH溶液を用いて、脱銅工程後の濾液をpH 5.0-5.5に調整した後、液温を65-75℃にし、空気を500mL/分の速度で吹き込み、ORP電位が180-300mV(Ag/AgCl)になるまで実施した。脱鉄工程後のpHは依然として5.0-5.5であった。生じた水酸化第2鉄の沈殿物をろ過により分離した。
【0037】
<脱亜鉛工程>
脱亜鉛工程は、脱鉄工程後の濾液に対する溶媒抽出により行った。具体的には、20 vol%のアルキルりん酸エステル抽出剤(大八化学製、DP-8R、希釈剤ケロシン)を用いて、O/A比=1/2 とし、抽出後の水相のpHが3.5-3.9になる様に250g/LのNaOH溶液で調整し、振とうした。次いで水相と有機相を分離し、水相側にニッケル濃度が70-73g/L、pHが3.5-3.9である溶液を得た。
【0038】
<脱コバルト工程>
脱亜鉛工程後の溶液のコバルト濃度を測定し、コバルトのモル濃度の12倍当量のニッケルを試薬の硫酸ニッケルの形でニッケル濃度が15g/Lになるように水に溶解し、この水溶液を250g/LのNaOH溶液でpH12.0-12.5に調整し、液温を50-55℃に保ちながら、当量の1.05倍の過マンガン酸カリウムを添加して、次の反応により酸化ニッケル(III)のスラリーを合成した。
6NiSO4 + 2KMnO4 +10NaOH + 4H2O → 3(Ni2O3 3H2O) + 2MnO2 + K2SO4 + 5Na2SO4
脱亜鉛工程後の溶液を液温50-55℃、pH4.5-5.0で保持し、得られた酸化ニッケルのスラリーを添加し、生じた水酸化第2コバルトの沈殿物をろ過により分離した。
【0039】
上記不純物除去工程後のニッケル溶液中の各成分濃度を表3に示す。表3に示すように、不純物を除去した結果、銅、鉄、亜鉛およびコバルト濃度は、0.1mg/L未満、リン濃度は100mg/L以下まで除去できた。
【0040】
【表1】

【0041】
【表2】

【0042】
【表3】

【0043】
(比較例1-6)
表1に示した組成の溶液を用いて、表2に示す条件で脱リン工程を実施した後、脱銅工程、脱鉄工程、脱亜鉛工程および脱コバルト工程を順に行った。比較例1および2の過酸化水素量は、過酸化水素とりんのモル比で1.8倍である。比較例6は、脱リン工程を行わず、脱銅工程、脱鉄工程、脱亜鉛工程および脱コバルト工程を行った。脱銅工程、脱鉄工程、脱亜鉛工程および脱コバルト工程の条件は、前述の実施例1〜8と同じである。表3に示すように、銅、鉄および亜鉛は、0.1mg/L未満まで除去できたが、コバルトは、20mg/L以上残存する。
【0044】
(実施例9-12)
表1に示した組成の溶液を用いて、最初に脱銅工程を行った。その後、脱鉄工程に於いて、酸化剤によるリン化合物の除去を表4に示す条件で同時に行った。すなわち、実施例9及び10では、酸化剤である過酸化水素を、30mL/L(リンに対する過酸化水素のモル比で10.71倍)添加し、3時間保持することにより脱鉄及び脱リンを行った。一方、実施例11及び12では、過マンガン酸カリウムを脱鉄工程において、ORP電位を測定しながら、表4に示した電位まで徐々に添加し、3時間保持することにより脱鉄及び脱リンを行った。その後、脱亜鉛工程、脱コバルト工程を順に実施した。脱銅工程、脱亜鉛工程、脱コバルト工程の条件は、前述の実施例1〜8と同様である。この結果、表5に示すように、不純物除去後のニッケル溶液中の銅、鉄、亜鉛およびコバルト濃度は、0.1mg/L未満、リン濃度は30mg/L以下まで除去できた。
【0045】
【表4】

【0046】
【表5】

【0047】
(実施例13)
表1に示した組成の溶液を用いて、最初に脱銅工程、脱鉄工程、脱亜鉛工程を順に行った。脱銅工程、脱鉄工程、脱亜鉛工程の条件は、前述の実施例1〜8と同様である。その後、脱コバルト工程において、液温を50-55℃、pH5.0-5.5に調整し、過マンガン酸カリウムをORP電極電位が、750mV(Ag/AgCl)になるまで徐々に添加し、2時間保持してリン酸塩を沈澱させた。その後、固液分離することなく引き続き、実施例1〜8と同様の条件で脱コバルト処理を実施した。この結果、銅、鉄、亜鉛およびコバルト濃度は、0.1mg/L未満、リン濃度は8mg/Lまで除去できた。
【0048】
(実施例14)
実施例1および6の溶液1Lを用いて、カソードにチタン板、アノードにDSE、溶液のpH3.0-3.5、液温50-55℃、電流密度2.0A/dm2の条件で144時間、電解採取を行った。得られたニッケルメタルの不純物を測定した結果、銅、鉄、亜鉛、コバルトおよびリン濃度は、1 mass ppm未満であった。コバルトを含め不純物の極めて少ない、好ましいニッケルメタルが得られた。
【0049】
(比較例7)
比較例1の溶液1Lを用いて、カソードにチタン板、アノードにDSE、溶液のpH3.0-3.5、液温50-55℃、電流密度2.0A/dm2の条件で144時間、電解採取を行った。得られたニッケルメタルの不純物を測定した結果、銅、鉄、亜鉛品位は、1 mass ppm未満であったが、コバルトの品位は176 mass ppmであった。コバルト品位が目標とするニッケルメタル製品とはならなかった。
【0050】
(実施例15)
実施例2の溶液を用いて、液温を50-55℃に保持し、200g/Lの炭酸ナトリウム溶液を、pH6.5-7.0まで徐々に添加した後、250g/LのNaOH溶液でpH7.5-7.8に調整して、炭酸ニッケルを作製した。ろ過により炭酸ニッケルを分離し、乾燥した。得られた炭酸ニッケル品位は、ニッケル53-55mass%であり、銅、鉄、亜鉛およびコバルト共に1 mass ppm未満であった。コバルトを含め不純物の極めて少ない、好ましい炭酸ニッケルが得られた。
【0051】
(比較例8)
比較例3の溶液を用いて、液温を50-55℃に保持し、200g/Lの炭酸ナトリウム溶液を、pH6.5-7.0まで徐々に添加した後、250g/LのNaOH溶液でpH7.5-7.8に調整して、炭酸ニッケルを作製した。ろ過により炭酸ニッケルを分離し、乾燥した。得られた炭酸ニッケル品位は、ニッケル53-55 mass%であり、銅、鉄、亜鉛は1 mass ppm未満であったが、コバルトは17.2 mass ppmであった。コバルト品位が目標とする炭酸ニッケル製品とはならなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン化合物及びコバルト成分を不純物として含むニッケル塩を無機酸で溶解することにより、リン化合物及びコバルト成分を含むニッケル溶液を形成する工程と、
当該ニッケル溶液に対して酸化剤を添加することにより、リン化合物をリン酸塩として沈殿させ、これを固液分離によって除去する脱リン工程と、
脱リン工程よりも後又は脱リン工程と同時に、当該ニッケル溶液に対して酸化剤を添加することによりコバルト成分を酸化した後に、中和して沈殿させ、これを固液分離によって除去する脱コバルト工程と、
を含む精製ニッケル溶液の調製方法。
【請求項2】
脱リン工程における酸化剤として過マンガン酸、過マンガン酸塩及び過酸化水素の少なくとも1種が添加される請求項1に記載の精製ニッケル溶液の調製方法。
【請求項3】
脱リン工程における酸化剤として、過マンガン酸又は過マンガン酸塩を使用するときは、ORP電位を銀塩化銀電極電位に対して600mV以上になるまで添加し、過酸化水素を使用するときは、過酸化水素とリンのモル比(H22/Pモル比)で、3.5倍以上添加する請求項2に記載の精製ニッケル溶液の調製方法。
【請求項4】
ニッケル塩には水酸化ニッケル及び炭酸ニッケルの少なくとも一方が含まれる請求項1〜3の何れか一項に記載の精製ニッケル溶液の調製方法。
【請求項5】
前記ニッケル塩が電気ニッケルめっき液及び無電解ニッケルめっき液の何れか又は両方の廃液を中和処理した沈殿物である請求項1〜4の何れか一項に記載の精製ニッケル溶液の調製方法。
【請求項6】
無機酸が硫酸である請求項1〜5の何れか一項に記載の精製ニッケル溶液の調製方法。
【請求項7】
脱コバルト工程における酸化剤が酸化ニッケル(Ni23)である請求項1〜6の何れか一項に記載の精製ニッケル溶液の調製方法。
【請求項8】
前記ニッケル溶液が銅成分、鉄成分、及び亜鉛成分を含有しており、以下の工程:
・硫化処理により銅の沈殿除去を行う脱銅工程
・2価の鉄を酸化した後に中和することにより鉄の沈殿除去を行う脱鉄工程
・リン酸エステルを用いた溶媒抽出による亜鉛の除去を行う脱亜鉛工程
の一又は二以上を任意の順序で行うことを更に含む請求項1〜7のいずれか一項に記載の精製ニッケル溶液の調製方法。
【請求項9】
脱鉄工程が実施され、脱鉄工程は脱リン工程と同時に行われる請求項8に記載の精製ニッケル溶液の調製方法。
【請求項10】
脱リン工程と同時に脱コバルト工程を実施する請求項1〜9のいずれか一項に記載の精製ニッケル溶液の調製方法。
【請求項11】
請求項1〜10の何れか一項に記載の調製方法によって得られた精製ニッケル溶液を電解採取することを含む金属ニッケル地金の製造方法。
【請求項12】
請求項1〜10の何れか一項に記載の調製方法によって得られた精製ニッケル溶液を炭酸化処理することを含む炭酸ニッケルの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−140668(P2012−140668A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−293348(P2010−293348)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【出願人】(502362758)JX日鉱日石金属株式会社 (482)
【Fターム(参考)】