説明

精製乳酸の製造方法

【課題】本発明の課題は、精製乳酸の製造方法であって、乳酸発酵液を低温で濃縮するプロセスを提供することにある。
【解決手段】糖を含む溶液に、カルシウムを含むpH調整剤及び微生物を添加し、乳酸を乳酸カルシウムとして生成する発酵プロセスと、乳酸カルシウムを含む溶液に硫酸を添加し、カルシウムイオンを硫酸カルシウムとして分離する精製プロセスとを有する精製乳酸の製造方法であって、硫酸を添加する工程の前段において、乳酸カルシウムを含む溶液を逆浸透膜に透過させることより水分除去を行う逆浸透膜濃縮工程140と、得られた乳酸カルシウムの濃縮液を冷却して乳酸カルシウムを晶析させ除去する晶析工程150と、乳酸カルシウムを除去した後の溶液を加熱し、逆浸透膜に透過させることによって水分除去を行う逆浸透膜濃縮工程140とを有し、晶析工程150とそれに続く逆浸透膜濃縮工程140とを1回以上繰り返すことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精製乳酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
乳酸は、産業用ポリマーであるポリ乳酸や各種乳酸生成物の製造原料として用いられる。これらのポリマーは生分解性を有するため、極めて有益である。
【0003】
乳酸は、糖類の発酵によって製造される。この際、原料となる糖類としては、精製グルコース等を含む発酵培地のみならず、ガラクトース、フルクトース、キシロース等の各種ペントースを含む混合糖系が用いられることが多い。混合糖系は、例えばセルロースの加水分解によって得ることができる。しかしながら、これらの混合糖系は、従来のグルコース系に比べてリグニン等の不純物をより多く含んでいる。
【0004】
発酵乳酸をポリマー原料として用いるためには、不純物を除去し、濃縮する精製工程が必須となる。(特許文献1)に記載の工程においては、乳酸を乳酸カルシウムの形で含む乳酸発酵液を加熱し、約60℃〜150℃の温度下で蒸発器により水分を蒸発させて濃縮し、硫酸を添加してカルシウムイオンを硫酸カルシウムの形で分離した後、溶媒抽出により精製乳酸を得ている。しかし、この方式では、乳酸発酵液の濃縮工程において、発酵液を高温に熱するため、(1)加熱に必要な熱量が大きく、高コストである、(2)不純物の熱劣化により溶液の着色が発生する、(3)乳酸の光学異性化が発生しやすくなり、光学純度が低下する、等の問題がある。また、発酵液の温度が高過ぎるため、該温度に適応する逆浸透膜が存在せず、逆浸透膜を用いた濃縮法を採用できないという問題点もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2003−511360号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、精製乳酸の製造方法であって、乳酸発酵液を低温で濃縮するプロセスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、乳酸を乳酸カルシウムの形で含有する乳酸発酵液を濃縮する際、まず適温に保持した発酵液を、逆浸透膜を用いて濃縮し、得られた濃縮液を冷却することで乳酸カルシウムを固体として晶析させ、残留溶液を再び加熱し、逆浸透膜を用いて再度濃縮するプロセスを繰り返すことで、発酵液から任意の量の水分を除去することができ、これにより発酵液の加熱を最小限にし、不純物の熱劣化や乳酸の光学異性化が低減された乳酸精製プロセスを実現可能であることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0008】
また、本発明は、逆浸透膜による濃縮プロセスで発生する廃液(透過液)を、別の逆浸透膜で処理することで、廃液中に含まれる乳酸カルシウムを回収し、乳酸の収率低下を抑止する乳酸精製プロセスに関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、精製乳酸の製造に係わるエネルギーとコストが低減されると同時に、乳酸の熱劣化や光学異性化を低減することができる。上記した以外の課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】乳酸カルシウムの溶解度を示すグラフである。
【図2】本発明における糖化プロセスを示す図である。
【図3】本発明における発酵プロセスとそれに続く濃縮工程を示す図である。
【図4】逆浸透膜濃縮工程の一実施形態を示す図である。
【図5】本発明における精製プロセスを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、精製乳酸の製造方法を提供する。
【0012】
精製乳酸の製造方法は、大まかに分類して、糖化プロセス、発酵プロセス、及び精製プロセスの3つに分けられる。
【0013】
糖化プロセスは、炭素源、窒素源、及びその他の栄養分を含む糖化原料を、乳酸発酵に好適な糖に変換する工程である。糖化原料としては、トウモロコシ澱粉、ジャガイモ澱粉等の澱粉類、アミロースを含む生ごみ等が挙げられる。これらの糖化原料は、図2に示すように、原料破砕工程10において破砕機等で破砕され、細分化される。
【0014】
糖化工程20では、細分化された糖化原料に消化酵素の一つであるアミラーゼを投入し、約40℃〜約60℃に保持する。これにより、糖化原料が加水分解され、グルコース、マルトース、オリゴ糖等の多糖類に変換される。アミラーゼは、工業的にはアスペルギルス・オリゼーや枯草菌等の微生物の生産物として得ることができる。
【0015】
得られた多糖類を含む溶液には、多糖類以外の不純物が含まれている。この溶液について、固液分離工程30において、遠心分離等による固液分離を行い、糖化されなかった澱粉、アミロース等の固形分を除去する。そして、デカンダーにより油膜除去した後、液体クロマトグラフィー処理を行うことで、多糖類を主に含む溶液を生成する。
【0016】
多糖類を含む溶液を生成する代わりに、蔗糖、甜菜糖、廃糖蜜等の糖蜜類を原料として用いることもできる。
【0017】
好適な乳酸発酵の原料の例として、糖化プロセスで得られた多糖類を含む発酵培地のほか、ポリ乳酸の製造過程で得られる乳酸材料を含む再循環系、又は乳酸材料を含有する溶液を調製するため加水分解した再循環ポリ乳酸(例えば、消費者より回収した廃棄物(post-consumer waste)もしくは製造過程で生じた廃棄物)が挙げられる。
【0018】
次に、発酵プロセスについて説明する。図3に示すように、乳酸発酵工程110では、糖類を原料として、発酵により、溶液中に乳酸もしくは乳酸塩を生成する。その際の糖類の濃度は通常10〜20重量%である。本明細書中において、「発酵」とは、微生物培養による代謝を指す。発酵には、細菌類、酵母等の微生物が使用される。発酵乳酸液には、遊離酸又は遊離塩のいずれかの形態の2−ヒドロキシプロピオン酸、並びに遊離酸又は遊離塩形態の乳酸オリゴマーを含む。「乳酸」及び「遊離乳酸」という用語は本明細書においては同義であり、例えば酸形態にある2−ヒドロキシプロピオン酸や乳酸オリゴマーを指す。乳酸の塩形態とは、乳酸塩、具体的には乳酸のナトリウムもしくはカルシウム塩等、並びに乳酸オリゴマーの塩形態を意味する。
【0019】
発酵は、細菌類、菌類又は酵母等、代謝によって乳酸を生成できる微生物を用いて行うことができる。このような微生物は公知であり、通常は、ラクトバチルス属の細菌が使用される。菌類に関しては、リゾープス属の菌類が使用される。好適な酵母としては、サッカロミセス・セレビシエ等のサッカロミセス属の酵母が使用される。
【0020】
発酵は、通常、使用する特定の微生物に適した温度で行われ、細菌発酵に関しては、一般的に約30℃〜約60℃、酵母発酵に関しては、一般的に約20℃〜約45℃の温度範囲内で行われる。菌類発酵に関しては、その温度範囲は広範であるが、約25℃〜約50℃の範囲内であることが多い。
【0021】
乳酸発酵工程110において、乳酸生成に伴うpH低下により、微生物の機能低下が発生することがある。これを防ぐため、一般的にpH調整剤として、アルカリ金属もしくはアルカリ土類金属(カルシウム)の水酸化物、炭酸カルシウム、石灰乳、アンモニア水、又はアンモニアガス等をpH調整剤として添加し、中性を保つ。pH調整剤の添加に伴い、pH調整剤の陽イオンが解離乳酸と結合し、乳酸塩が生成する。特に本発明においては、カルシウムを含むpH調整剤、具体的には、炭酸カルシウム等のカルシウム塩、水酸化カルシウム等を乳酸発酵溶液に添加する。
【0022】
発酵原料を微生物で発酵させ、カルシウムを含むpH調整剤を添加することにより、乳酸カルシウムを含む乳酸発酵液を得る。通常、前記乳酸発酵液には、不純物と呼ばれる乳酸カルシウム以外の化合物が含まれるため、固液分離工程120において、遠心分離等の手法を用いて固液分離を行ない、固体分を除去する。不純物の一例として、細胞片、残留炭水化物、栄養分等が挙げられる。これらの不純物を除去した後の精製乳酸に含まれる、許容可能な不純物濃度は、精製乳酸の商業的用途や乳酸濃度によって異なる。発酵液中の乳酸カルシウム濃度は製造方法に依存し、バッチ方式の場合には、糖類がほぼ100%の収率で乳酸カルシウムに変換されるが、連続方式(発酵液を連続抜出、糖類を連続供給)の場合は、効率の良い3〜6重量%の濃度とされる。
【0023】
次に、濃縮工程130において、不純物を除去した乳酸発酵液を濃縮する。濃縮工程130は、硫酸を添加する精製プロセスの前に行う。乳酸発酵液を濃縮することにより、精製時の乳酸の収率を増加させることができると同時に、後段の精製プロセスにおける被処理液量を低減し、精製プロセス全体での処理エネルギーコストを低減することができる。
【0024】
一般に濃縮工程130は、蒸発、浸透蒸発、又は上記乳酸材料を選択的に分離できるその他の方法によって行うことができるが、これらの手法を適用した場合、溶液から水分を直接蒸発させるため、乳酸発酵液を高温で保持する必要がある。その場合、水分の除去に多大なエネルギーを必要とすること、及び、乳酸の光学純度が低下し、ポリマー用途に好ましくない影響を与える恐れがある等の問題があった。本発明においては、乳酸カルシウムを含む溶液を逆浸透膜に透過させることにより水分除去を行う逆浸透膜濃縮工程140と、必要に応じて晶析工程150を併用する。逆浸透膜の形状は、平膜、中空糸等、その形状は問わない。
【0025】
乳酸材料の濃度が高くなると、乳酸カルシウムの溶解度に達し、溶液から乳酸カルシウムが析出する。逆浸透膜濃縮工程140において乳酸カルシウムの析出が起きると、逆浸透膜の膜面で目詰まり(ファウリング)が発生し、逆浸透操作が困難となる。したがって、本発明の方法においては、上記溶液を、乳酸カルシウムの溶解限度に達するまで、ただしこれを上回らないように濃縮することが好ましい。
【0026】
図1に、本発明者らが実測した、様々な温度下における乳酸カルシウムの溶解度を示す。これに基づき、約40℃の温度であれば、溶解度約15重量%を確保できることがわかる。
【0027】
市販されている多くの逆浸透膜の望ましい耐用温度は約45℃以下である。本発明においては、乳酸発酵液を発酵終了時の温度である約40℃にて、逆浸透膜により水分を除去し、乳酸発酵液を濃縮する。
【0028】
続いて、濃縮した乳酸発酵液を、より乳酸カルシウムの溶解度の低い温度、一例として20℃に冷却すると、20℃における乳酸カルシウムの溶解度は約5重量%であるため、40℃における溶解度である約15重量%との差分の約10重量%分の乳酸カルシウムが析出する。晶析工程150では、これを固体として分離除去する。
【0029】
晶析させた乳酸カルシウムを溶液から分離する方法としては、公知の方法を用いることができる。例えば、回転ドラム式減圧フィルタ、遠心分離器等を用いることができる。
【0030】
約20℃にて晶析させた後の乳酸カルシウム溶液の濃度は約5重量%であり、これを再び約40℃に加熱することで、当該温度における乳酸カルシウムの溶解度を下回るため、上述のとおり、再び逆浸透膜濃縮工程140において逆浸透膜による濃縮を行うことができる。
【0031】
その後、必要に応じて、溶液を再度冷却し、図3に示すように晶析工程150と逆浸透膜濃縮工程140を繰り返すことで、逆浸透膜の膜面で目詰まりが発生するという問題を回避しつつ、乳酸カルシウム溶液から水分を除去し、乳酸カルシウムを固体として分離することができる濃縮工程130を構築しうる。逆浸透膜による乳酸カルシウムの阻止率が100%であると仮定した場合、約40℃での逆浸透膜による濃縮、約20℃に冷却しての晶析、約40℃に再加熱しての再度の逆浸透膜濃縮の3段構成で、乳酸発酵液に含まれている水分を約91%除去することができ、後段の精製プロセスにおける、加熱濃縮工程及び蒸留精製工程に係る水分量を低減し、乳酸製造プロセス全体でのエネルギーコストを低減することができる。なお、乳酸カルシウムの阻止率とは、逆浸透膜前後の液体中の乳酸カルシウム濃度をそれぞれa、bとすると、阻止率χは
【数1】

で定義される。すなわち、乳酸カルシウムの阻止率100%とは、逆浸透膜を透過した主に水を含む液体の中に乳酸カルシウムが全く含まれないことを意味する。
【0032】
晶析工程150と逆浸透膜濃縮工程140の繰り返しによる水分除去方法は、乳酸カルシウムのみならず、晶析で分離できる固体物質を溶質として含む水溶液一般に適用することができる。初期の水溶液の質量をM[kg]、溶質の濃度を100c[重量%]とし、温度T1における溶質の溶解度を100a[重量%]、温度T2における溶質の溶解度を100b[重量%]とすると(ここでa<bを仮定する)、この水溶液に含まれる溶質はMc[kg]、水はM(1−c) [kg]である。仮に逆浸透膜の阻止率が100%であると仮定すると、温度T2での溶解度限界まで逆浸透膜で濃縮された溶液中に含まれる溶質はMc[kg]、水はMc(1/b−1) [kg]となる。さらに得られた溶液を温度T1にすると溶解度の差分100(b−a)[重量%]に相当する溶質が晶析する。晶析した溶質を分離した後の溶液に含まれる水はMc(1/b−1)[kg]、溶質は温度T1の溶解度限界で決まるため、Mc(1/b−1)/(1/a−1)[kg]となる。晶析後の溶液を再び温度T2にし、温度T2での溶解度限界まで逆浸透膜濃縮すると、濃縮された溶液中に含まれる溶質はMc(1/b−1)/(1/a−1)[kg]、水はMc(1/b−1)/(1/a−1)[kg]となる。
【0033】
一般に、1段の逆浸透膜濃縮を行った後、晶析と逆浸透膜濃縮の組み合わせをn段(ただし、n≧0)配置した場合、濃縮された溶液中に含まれる最終的な水分量はMc(1/b−1)n+1/(1/a−1)[kg]となる。初期水溶液の水分量はM(1−c)[kg]であるため、水分除去率R
【数2】

で表すことができる。上記の例では、c=0.05、a=0.05、b=0.15、n=1に相当するため、R=0.911となる。
【0034】
上記の例においては、阻止率χ=1を仮定しているが、実際の逆浸透膜では透過液中に少なくともわずかな乳酸カルシウムが認められ、一般にはχ<1である。そこで、複数の逆浸透膜を直列に配置し、ある逆浸透膜の透過液を再び別の逆浸透膜で濾過することで、透過液中の乳酸カルシウムを回収し、逆浸透膜を使うことによる乳酸の収率低下を防ぐことができる。一般に阻止率χは、処理液の乳酸カルシウム濃度や温度の関数となるが、仮にχ=χ(一定値、χ<1)と仮定すると、初期濃度Cの乳酸カルシウム液を、n段の逆浸透膜を直列に配置した装置で濾過する場合、最終的な廃液中の乳酸カルシウム濃度C
【数3】

となる。一例として、図4に示すように、逆浸透膜濃縮工程140を、3段の逆浸透膜141a〜141cを直列に配置した構成で構築した場合、逆浸透膜1段のみの場合に比べ、最終的な透過液に含まれる乳酸カルシウム濃度を1/100に低減できる。
【0035】
上述のとおり、乳酸発酵工程は通常20℃〜60℃程度の温度で行われる。この温度範囲は、本発明における濃縮工程の温度30℃〜60℃と類似している。このため、本発明の方法によれば、濃縮工程の前段である乳酸発酵工程で得られる乳酸発酵液を、加熱もしくは冷却する必要なく、そのまま濃縮工程に移行させることができ、濃縮に係わるエネルギーを低減もしくは無しにすることが可能である。一方、一般に行われている蒸発法による濃縮では、60℃〜150℃の高温が必要であり、加温のために高いエネルギーコストが必要である。
【0036】
また、発酵後の乳酸発酵液をほとんど加熱/冷却する必要がないため、乳酸発酵液に不要な熱履歴を加えることがなく、このため、熱履歴に起因する乳酸の光学異性化を低減できる。
【0037】
乳酸分子は、キラリティーを有し、L型、D型の光学異性体が存在する。工業用途によっては乳酸の光学純度が重要となる。一例として、食品用途にはL型の光学純度が95%以上であることが必要である。微生物による発酵においては、いずれかの光学異性体を主に生産する。例えば、ラクトバチルス・デルブリュッキはほとんどD−乳酸を生産し、ラクトバチルス・カゼイはほとんどL−乳酸を生産する。なお、95%の光学純度とは、含有する乳酸もしくは乳酸塩のうち、95%が2つの光学異性体(L型、D型)のいずれか一方であることを意味する。
【0038】
乳酸の光学純度は、ポリ乳酸の特性に影響を及ぼす。例えば、上記ポリマーの結晶化能は、そのポリマーの光学純度に影響される。具体的には、ポリマーの結晶化度は、ポリ乳酸樹脂の繊維、不織布、フィルムその他の最終製品への二次加工に影響を与える。
【0039】
このため、乳酸の光学純度は用途によっては重要であり、加熱による濃縮や蒸留の工程において熱履歴を掛けないことで、光学異性化を抑制し、乳酸が特定の化学的用途には適さなくなる可能性を回避することができる。
【0040】
精製プロセスでは、図5に示すように、まず、濃縮工程後の溶液を酸性化し(硫酸による酸性化工程210)、乳酸カルシウムの形で溶液に含まれる乳酸を、解離形態すなわち塩形態から非解離の酸形態へと変換する。乳酸塩を遊離乳酸へと変換する一方法は、乳酸カルシウムを含む溶液に硫酸等の強鉱酸を添加することである。硫酸を添加することにより、硫酸カルシウムと共に遊離乳酸が生成する。硫酸カルシウムは水にほとんど不溶解のため、結晶化により容易に分離除去することができる。
【0041】
硫酸カルシウムの固液分離工程220において、結晶化及び濾過の方法は公知の方法を採用することができる。例えば、回転ドラム式減圧フィルタ、遠心分離器等を用いることができる。
【0042】
固体の硫酸カルシウムを除去した後、脱塩工程にて、溶液に含まれる不純物イオンを除去する。脱塩工程は、イオン交換法、蒸留、溶媒抽出等、様々な方法により行うことができる。以下、例としてイオン交換法の場合について説明する。
【0043】
硫酸カルシウムを分離除去した溶液中に残留するカルシウムイオンや、発酵原料に不純物として含まれるナトリウム、カリウム、マグネシウム等の金属陽イオンを、陽イオン交換工程230により除去する。必要に応じて、陽イオン交換の前段に、活性炭による微粒子吸着工程を挟んでも良い。陽イオン交換工程230においては、上記乳酸溶液中の金属陽イオンを、イオン交換樹脂と接触させ水素イオンで置換することによって除去する。好適な陽イオン交換樹脂の例として、三菱化学株式会社製のダイヤイオン(商品名)が挙げられる。陽イオン交換の結果、固形物として析出した金属イオンは、固液分離工程240において沈降分離等により固液分離し、溶液から除去する。
【0044】
金属イオンを除去した溶液に含まれる、発酵過程の副生成物である乳酸以外の硫酸イオン及び有機酸陰イオンは、陰イオン交換工程250によって除去することができる。硫酸イオン及び有機酸陰イオンは、硫酸イオン及び有機酸陰イオンをヒドロキシルイオンで置換する陰イオン交換樹脂と接触させることによって除去する。好適な陰イオン交換樹脂の例としては、先に述べたダイヤイオンを挙げることができる。イオン交換塔は、陽イオン、陰イオン合わせて2基〜5基程度設けることが望ましい。本脱塩工程を経て、溶液中の不純物イオン濃度を50meq/Lまで低減させることができる。
【0045】
次に、加熱濃縮工程260において、不純物イオンを除去した溶液を加熱濃縮し、水分を除去する。加熱濃縮には、減圧、遠心薄膜化等の手法を用いることができる。加熱濃縮工程260における温度は約60℃〜約150℃、圧力は4kPa〜10kPa程度とすることが望ましい。加熱濃縮工程260により80重量%の乳酸溶液が得られる。
【0046】
加熱濃縮後、蒸留精製工程270により、さらに有機物系の不純物を除去する。蒸留には、蒸留塔等の公知の手段を用いることができる。蒸留塔を用いた場合、蒸留温度は60℃〜130℃、蒸留圧力は500Pa〜2000Pa程度とすることが望ましい。蒸留塔は複数用いることができ、通常1〜5基程度が用いられる。蒸留精製工程270により90重量%の乳酸溶液が得られる。本発明では、逆浸透膜による濃縮により、乳酸濃度を例えば約37重量%程度にしているため、加熱による濃縮、及び蒸留での水分除去量は、逆浸透膜濃縮を用いない場合の約9%となり、省エネルギーを実現できる。
【0047】
蒸留精製工程270では高温処理が必要なため、蒸留時の熱履歴に起因して、わずかながら光学異性体が生成する。また、溶液に含まれる不純物の熱劣化に伴い、溶液の色調が濃くなる場合がある。これに対し、仕上げ工程280として、以下のような手法を用いることができる。すなわち、生成した光学異性体は、限外濾過膜を用いて除去することができる。例えば、1〜2μm径、及び0.2〜0.5μm径の限外濾過膜に順に通すことで、99%以上の光学純度を得ることができる。不純物の熱劣化については、着色を低減する目的で、必要に応じて活性炭やイオン交換樹脂等を用いた追加の分離工程を行う。使用目的に従い、必要であれば、蒸留、液体クロマトグラフィー等でさらに精製、濃縮を行ってもよい。
【0048】
図2〜5に好ましい方法の一例を示す。この方法においては、まず、澱粉等の糖化原料を原料破砕工程10にて破砕し、アミラーゼを添加して、糖化工程20で糖化し、未反応の澱粉を固液分離工程30で除去する。続く乳酸発酵工程110では、得られた糖を含む溶液に、乳酸菌とpH調整剤として水酸化カルシウムを添加しつつ、発酵により乳酸を乳酸カルシウムとして含む乳酸発酵液を得る。乳酸発酵液に含まれる固形分を固液分離工程120で分離し、濃縮工程130にて水分を除去する。濃縮工程130では、最初に逆浸透膜濃縮工程140で水分を除去し、得られた濃縮溶液を冷却し、晶析工程150で乳酸カルシウムを固体として分離する。溶液部分を加熱し、再び逆浸透膜濃縮工程140にて濃縮する。濃縮工程130においては、必要に応じて、晶析工程150と逆浸透膜濃縮工程140を繰り返す。逆浸透膜濃縮工程140において、逆浸透膜の阻止率が低く、透過液中に乳酸カルシウムが漏れ出しているような場合、逆浸透膜濃縮工程140を複数段の逆浸透膜141a〜141cから構成し、逆浸透膜141aの透過液を下流に設置した逆浸透膜141b、141cで再度濾過することで、逆浸透膜濃縮工程140を経た廃液中の乳酸カルシウム量を低減させ、収率低下を抑えることができる。得られた乳酸カルシウムの濃縮溶液を、硫酸による酸性化工程210において、カルシウムイオンを硫酸カルシウムの形で晶析させ、固液分離工程220で分離する。次に、前記酸性化溶液を陽イオン交換工程230に通し、ナトリウム、マグネシウム等の発酵原料由来の金属イオンや、析出によって除去できなかったカルシウムイオンを金属塩とし、固液分離工程240にて除去する。さらに陰イオン交換工程250にて、不純物に起因する有機酸イオンを除去し、加熱濃縮工程260や蒸留塔による蒸留精製工程270を経て、90重量%の精製乳酸溶液を得る。得られた精製乳酸溶液に含まれる光学異性体を仕上げ工程280により除去し、光学純度99.5%以上の精製乳酸溶液を得ることができる。
【実施例】
【0049】
(実施例1)
グルコース水溶液を原料とし、ラクトバチルス属の細菌と共に発酵槽へ投入し、発酵させる。上記発酵槽に水酸化カルシウムをpH調整剤(中和剤)として添加し、pHを6.2〜6.8に保つ。発酵温度は52℃に設定し、72時間発酵させた。
【0050】
得られた乳酸発酵液中の乳酸濃度は、乳酸カルシウム濃度として計測した場合、5重量%存在した。
【0051】
上記乳酸発酵液を、逆浸透膜(GE Water製Duratherm HWS RO HR)を用いて水分を除去した。ここでの保持温度は、被処理液の温度が30℃〜60℃、望ましくは40℃〜50℃である。本実施例では発酵温度と同じ40℃に保持した。その結果、乳酸発酵液を、約40℃における乳酸カルシウムの飽和濃度である15重量%まで濃縮することができた。この際、逆浸透膜(GE Water製Duratherm HWS RO HR)の40℃における乳酸カルシウムの阻止率は90%程度であったため、透過液を別の逆浸透膜で濾過・濃縮することで、廃液中の乳酸カルシウム濃度を原液の1%まで低減することができた。この結果、乳酸発酵液中の水分を72%除去することができた。続いて濃縮液を20℃に冷却し、乳酸カルシウムを固体として晶析させたところ、濃縮工程前の乳酸発酵液に対する重量比で10%相当の固体が得られた。晶析後の乳酸カルシウムを含む溶液を再度40℃に加熱し、再び逆浸透膜で濃縮すると、濃縮工程前の乳酸発酵液に対する重量比で19%の水分が除去され、一連の濃縮工程を通して、乳酸発酵液から約91%の水分を除去することができた。
【0052】
得られた濃縮液に、98%硫酸溶液を加え、溶液中のカルシウムイオンを硫酸カルシウムとして結晶化させた。硫酸カルシウムの結晶は遠心分離により分離した。42℃における硫酸カルシウムの溶解度は3g/Lであり、溶解度以上の硫酸カルシウムを固体として分離することができる。
【0053】
硫酸カルシウム固体を分離した酸性化乳酸溶液を、陽イオン交換処理を行った後、遠心分離により金属塩を除去した。続く陰イオン交換塔の後の遠心分離により、硫酸塩、有機酸塩を除去する。このようなイオン交換工程により、残留カルシウムイオンと、発酵原料由来のナトリウム、カリウム、マグネシウム等の陽イオン、発酵時に生成する不純物としての硫酸イオン、有機酸イオンを、50meq/Lまで低減することができた。
【0054】
イオン交換処理後の溶液を、100℃、10kPaにて加熱濃縮し、80重量%の乳酸溶液を得た。
【0055】
濃縮した乳酸溶液を、130℃、1kPaで蒸留し、不純物を除去すると共に、90重量%の乳酸溶液を得た。
【0056】
得られた90重量%乳酸溶液を、2μm径、0.5μm径の限外濾過膜に順に通すことで、99.5%の光学純度を得た。
【0057】
なお、本発明は上記した実施形態に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、実施形態の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【0058】
具体的には、例えば、図3の濃縮工程130から晶析工程150を省略して逆浸透膜濃縮工程140のみから構成し、その逆浸透膜濃縮工程140に、図4に示すように複数段の逆浸透膜141a〜141cを設け、上段の逆浸透膜を透過した溶液を、下段の逆浸透膜に再度透過させることで、乳酸カルシウムの回収量を増大させることができる。
【符号の説明】
【0059】
10 原料破砕工程
20 糖化工程
30 固液分離工程、
110 乳酸発酵工程
120 固液分離工程
130 濃縮工程
140 逆浸透膜濃縮工程
141a〜141c 逆浸透膜
150 晶析工程
210 硫酸による酸性化工程
220 固液分離工程
230 陽イオン交換工程
240 固液分離工程
250 陰イオン交換工程
260 加熱濃縮工程
270 蒸留精製工程
280 仕上げ工程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖を含む溶液に、カルシウムを含むpH調整剤及び微生物を添加し、乳酸を乳酸カルシウムとして生成する発酵プロセスと、乳酸カルシウムを含む溶液に硫酸を添加し、カルシウムイオンを硫酸カルシウムとして分離する精製プロセスとを有する精製乳酸の製造方法であって、
硫酸を添加する工程の前段において、乳酸カルシウムを含む溶液の逆浸透膜による濃縮手段が複数段設けられ、上段の逆浸透膜を透過した溶液を、下段の逆浸透膜に再度透過させることで、乳酸カルシウムの回収量を増大させる前記精製乳酸の製造方法。
【請求項2】
糖を含む溶液に、カルシウムを含むpH調整剤及び微生物を添加し、乳酸を乳酸カルシウムとして生成する発酵プロセスと、乳酸カルシウムを含む溶液に硫酸を添加し、カルシウムイオンを硫酸カルシウムとして分離する精製プロセスとを有する精製乳酸の製造方法であって、
硫酸を添加する工程の前段において、乳酸カルシウムを含む溶液を逆浸透膜に透過させることより水分除去を行う逆浸透膜濃縮工程と、得られた乳酸カルシウムの濃縮液を冷却して乳酸カルシウムを晶析させ除去する晶析工程と、乳酸カルシウムを除去した後の溶液を加熱し、逆浸透膜に透過させることによって水分除去を行う逆浸透膜濃縮工程とを有し、前記晶析工程とそれに続く前記逆浸透膜濃縮工程とを1回以上繰り返す前記精製乳酸の製造方法。
【請求項3】
逆浸透膜濃縮工程において、乳酸カルシウムを含む溶液の逆浸透膜による濃縮手段が複数段設けられ、上段の逆浸透膜を透過した溶液を、下段の逆浸透膜に再度透過させることで、乳酸カルシウムの回収量を増大させる請求項2に記載の精製乳酸の製造方法。
【請求項4】
逆浸透膜を透過させる乳酸カルシウムを含む溶液の温度が、30℃〜60℃である請求項1〜3のいずれかに記載の精製乳酸の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−43860(P2013−43860A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−182815(P2011−182815)
【出願日】平成23年8月24日(2011.8.24)
【出願人】(000005452)株式会社日立プラントテクノロジー (1,767)
【Fターム(参考)】