説明

精製方法およびワクチンの製造方法

【課題】ウイルス等を含有する試料液中から安定した回収率で再現性よくウイルス等を分離・精製することができる精製方法、およびかかる精製方法を用いたワクチンの製造方法を提供すること。
【解決手段】本発明の精製方法は、ウイルスまたはウイルス性抗原を含有する試料液中から前記ウイルスまたはウイルス性抗原を精製する方法であり、比表面積が2.0〜11.0m/gのハイドロキシアパタイトの焼結粉体に前記試料液を接触させて、前記焼結粉体に前記ウイルスまたはウイルス性抗原を吸着させる第1の工程と、前記焼結粉体に溶出液を供給することにより、前記焼結粉体から前記ウイルスまたはウイルス性抗原を溶出させる第2の工程とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料液中からウイルスまたはウイルス性抗原を精製する精製方法およびかかる精製方法を用いたワクチンの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ウイルスまたはウイルス性抗原(以下、「ウイルス等」と言うこともある。)を含有する培養液、宿主細胞等の試料液中からウイルス等を分離・精製することは、遺伝子工学や臨床診断およびワクチン製造の分野では重要なステップである。
【0003】
一般に、上述した試料液中に含まれるウイルス等は、それ単独で存在するものではなく、培養細胞、夾雑タンパク質等とともに存在しているため、試料液中からウイルス等を分離・精製する必要がある。
【0004】
このようなウイルス等の分離・精製は、従来、超遠心分離法、密度勾配遠心法等により行われていたが、これらの方法は、高価で大がかりな装置を使用し、また複雑な操作を要するため作業が非常に煩雑であった。
【0005】
かかる問題点を解決することを目的に、ウイルス等を含有する試料液中から簡易かつ短時間でウイルス等の活性を損なうことなく分離・精製し得る方法として、ハイドロキシアパタイトの焼結粉体を、分離装置が備える吸着剤として用いる方法が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。
【0006】
しかしながら、かかる方法では、精製されるウイルス等の回収率にブレが生じ、さらに吸着剤が耐久性に劣ることから、ウイルスの精製を再現性よく実施することができないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−262280号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、ウイルス等を含有する試料液中から安定した回収率で再現性よくウイルス等を分離・精製することができる精製方法、およびかかる精製方法を用いたワクチンの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
このような目的は、下記(1)〜(9)に記載の本発明により達成される。
(1) ウイルスまたはウイルス性抗原を含有する試料液中から前記ウイルスまたはウイルス性抗原を精製する精製方法であって、
比表面積が2.0〜11.0m/gのハイドロキシアパタイトの焼結粉体に前記試料液を接触させて、前記焼結粉体に前記ウイルスまたはウイルス性抗原を吸着させる第1の工程と、
前記焼結粉体に溶出液を供給することにより、前記焼結粉体から前記ウイルスまたはウイルス性抗原を溶出させる第2の工程とを有することを特徴とする精製方法。
【0010】
これにより、ウイルス等を含有する試料液中から安定した回収率で再現性よくウイルス等を分離・精製することができる。
【0011】
(2) 前記焼結粉体のポロシティー(平均気孔径)は、0.1〜0.14μmである上記(1)に記載の精製方法。
【0012】
これにより、ウイルス等以外の夾雑物を吸着させることなく、焼結粉体に接触するウイルス等をより選択的に吸着させることができるため、より優れた精度でウイルス等を試料液中から分離・精製することができる。
【0013】
(3) 前記焼結粉体の空隙率は、10〜35%である上記(1)または(2)に記載の精製方法。
【0014】
これにより、ウイルス等以外の夾雑物を吸着させることなく、焼結粉体に接触するウイルス等をより選択的に吸着させることができるため、より優れた精度でウイルス等を試料液中から分離・精製することができる。
【0015】
(4) 前記焼結粉体の平均粒径は、10〜100μmである上記(1)ないし(3)のいずれかに記載の精製方法。
【0016】
これにより、ウイルス等を分離するための分離装置が備える吸着剤充填空間への焼結粉体の充填率を向上させることができるため、ウイルス等の焼結粉体に対する接触機会が増大することから、ウイルス等を試料液中からより確実に分離・精製することができる。
【0017】
(5) 前記焼結粉体は、ハイドロキシアパタイトの二次粒子を焼成したものである上記(1)ないし(4)のいずれかに記載の精製方法。
【0018】
このような焼結粉体を用いることにより、このものの、比表面積を容易に上記範囲内に設定することができる。
【0019】
(6) 前記二次粒子は、ハイドロキシアパタイトの一次粒子およびその凝集体を造粒したものである上記(5)に記載の精製方法。
【0020】
このような焼結粉体を用いることにより、このものの、比表面積を容易に上記範囲内に設定することができる。
【0021】
(7) 前記溶出液は、リン酸系緩衝液である上記(1)ないし(6)のいずれかに記載の精製方法。
これにより、分離するウイルス等の変質を防止することができる。
【0022】
(8) 前記ウイルスは、フラビウイルス科に属するものである上記(1)ないし(7)のいずれかに記載の精製方法。
かかる種類のウイルスを分離・精製する際に、本発明の精製方法が好適に適用される。
【0023】
(9) 上記(1)ないし(8)のいずれかに記載の精製方法により、前記ウイルスまたはウイルス性抗原を精製する方法とそれを利用することを特徴とするワクチンの製造方法。
これにより、感染価を損なうことなくウイルスを精製することができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明の精製方法によれば、ウイルス等を含有する試料液中から安定した回収率で再現性よくウイルス等を分離・精製することができる。さらに、本発明の精製方法により分離・精製されたウイルス等は良好に生物活性を維持しているため、安全性、有効性に優れたワクチンの製造等に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の精製方法に用いられる分離装置の一例を示す縦断面図である。
【図2】実施例1におけるデングウイルスの溶出パターンを示す図である。
【図3】実施例1および比較例1の精製方法を繰り返し行った際に回収されたデングウイルスの回収率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の精製方法およびワクチンの製造方法の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0027】
まず、本発明の精製方法およびワクチンの製造方法を説明するのに先立って、本発明の精製方法に用いられる分離装置(吸着装置)の一例について説明する。
【0028】
図1は、本発明の精製方法に用いられる分離装置の一例を示す縦断面図である。なお、以下の説明では、図1中の上側を「流入側」、下側を「流出側」と言う。
【0029】
ここで、流入側とは、目的とするウイルスまたはウイルス性抗原(以下、これらを「ウイルス等」と言うこともある。)を分離(精製)する際に、例えば、試料液(ウイルスまたはウイルス性抗原を含む液体)、溶出液等の液体を、分離装置内に供給する側のことを言い、一方、流出側とは、前記流入側と反対側、すなわち、前記試料液が流出液として分離装置内から流出する側のことを言う。
【0030】
試料液中から目的とするウイルス等(単離物)を分離(単離)する、図1に示す分離装置1は、カラム2と、粒状の吸着剤(充填剤)3と、2枚のフィルタ部材4、5とを有している。
【0031】
カラム2は、カラム本体21と、このカラム本体21の流入側端部および流出側端部に、それぞれ装着されるキャップ(蓋体)22、23とで構成されている。
【0032】
カラム本体21は、例えば円筒状の部材で構成されている。カラム本体21を含めカラム2を構成する各部(各部材)の構成材料としては、例えば、各種ガラス材料、各種樹脂材料、各種金属材料、各種セラミックス材料等が挙げられる。
【0033】
カラム本体21には、その流入側開口および流出側開口を、それぞれ塞ぐようにフィルタ部材4、5を配置した状態で、その流入側端部および流出側端部に、それぞれキャップ22、23が螺合により装着される。
【0034】
このような構成のカラム2では、カラム本体21と各フィルタ部材4、5とにより、吸着剤充填空間20が画成されている。そして、この吸着剤充填空間20の少なくとも一部に(本実施形態では、ほぼ満量で)、吸着剤3が充填されている。
【0035】
吸着剤充填空間20の容積は、試料液の容量に応じて適宜設定され、特に限定されないが、試料液1mLに対して、0.1〜100mL程度が好ましく、1〜50mL程度がより好ましい。
【0036】
吸着剤充填空間20の寸法を上記のように設定し、かつ後述する吸着剤3の寸法を後述のように設定することにより、試料液中から目的とするウイルスを選択的に単離(精製)すること、すなわち、ウイルス等と、試料液中に含まれるウイルス等以外の夾雑物とを確実に分離することができる。
【0037】
また、カラム2では、カラム本体21に各キャップ22、23を装着した状態で、これらの間の液密性が確保されるように構成されている。
【0038】
これらキャップ22、23のほぼ中央には、それぞれ、流入管24および流出管25が液密に固着(固定)されている。この流入管24およびフィルタ部材4を介して吸着剤3に、前記試料液(液体)が供給される。また、吸着剤3に供給された試料液は、吸着剤3同士の間(間隙)を通過して、フィルタ部材5および流出管25を介して、カラム2外へ流出する。このとき、試料液(試料)中に含まれるウイルス等とウイルス等以外の夾雑物とは、吸着剤3に対する吸着性の差異および溶出液に対する親和性の差異に基づいて分離される。
【0039】
各フィルタ部材4、5は、それぞれ、吸着剤充填空間20から吸着剤3が流出するのを防止する機能を有するものである。これらのフィルタ部材4、5は、それぞれ、例えば、ポリウレタン、ポリビニルアルコール、ポリプロピレン、ポリエーテルポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート等の合成樹脂からなる不織布、発泡体(連通孔を有するスポンジ状多孔質体)、織布、メッシュ、ガラス焼結フィルター等で構成されている。
【0040】
本発明の精製方法では、上述した吸着剤3の構成に特徴を有する。
以下、この吸着剤3について詳述する。
【0041】
吸着剤3は、ハイドロキシアパタイトの焼結粉体であり、その比表面積が、2.0〜11.0m/gのものである。
【0042】
ここで、培養液、宿主細胞等の試料液中からタンパク質や宿主細胞由来の夾雑物から目的とするウイルス等を選択的に分離・精製するには、ウイルス等を吸着剤3に選択的に吸着させる必要があるが、本発明者の検討により、ウイルス等の吸着には吸着剤(焼結粉体)3の比表面積が深く関与していることが判ってきた。すなわち、比表面積は、吸着剤3がウイルス等と接触する表面の大きさ、すなわち吸着剤3がウイルス等と接触する機会を表すことから、この吸着剤3の比表面積の大きさを一定の範囲内に設定することにより、ウイルス等を選択的に吸着剤3に吸着させ得ることが判ってきた。
【0043】
そして、本発明者は、かかる点についてさらに検討を行った結果、吸着剤3の比表面積を2.0〜11.0m/gの範囲内に設定することにより、ウイルス等を選択的に吸着剤3に吸着させることができるため、ウイルス等を含有する試料液中から安定した回収率で再現性よくウイルス等を分離・精製し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0044】
なお、本発明では、ハイドロキシアパタイト(Ca10(PO(OH))の焼結粉体とは、ハイドロキシアパタイトの二次粒子を焼成することにより得られたものであり、さらに、ハイドロキシアパタイトの二次粒子とは、ハイドロキシアパタイトの一次粒子およびその凝集体を含有するスラリーを乾燥して、これらを造粒することにより得られた乾燥粉体である。また、ハイドロキシアパタイトは、Ca/P比が1.64〜1.70程度のものを意図する。このようなハイドロキシアパタイトの焼結粉体および二次粒子は、化学的に安定なアパタイト構造からなるため、この二次粒子を焼成した焼結粉体は、特に分離装置が備える吸着剤3に好適に利用できる。
【0045】
かかる構成の吸着剤3に、培養液、宿主細胞等を含有する試料液を供給すると、試料液中に含まれるウイルスが、比表面積が2.0〜11.0m/gの吸着剤3に対して、固有の吸着(担持)力で特異的に吸着し、その吸着力の差に応じて、試料液中に含まれるウイルス等以外の夾雑物と分離・精製される。
【0046】
吸着剤(ハイドロキシアパタイトの焼結粉体)3は、上記のとおり、その比表面積が2.0〜11.0m/gであればよいが、6.0〜11.0m/g程度であるのがより好ましい。比表面積をかかる範囲とすれば、ウイルス等をより選択的に吸着剤3に吸着させることができるため、より優れた精度でウイルス等を試料液中から分離・精製することができるようになる。なお、一般的に吸着剤の比表面積が大きくなるにつれ、ウイルス等の吸着量が増大するが、一方で夾雑物の吸着量も増大してしまう。その結果、優れた精度でウイルス等のみを分離・精製することが困難になってしまうが、本発明では、ウイルス等に対するハイドロキシアパタイトの吸着能が十分発揮されつつ、極力、夾雑物が吸着し難い比表面積範囲を設定している。
【0047】
また、吸着剤(焼結粉体)3は、その表面におけるポロシティー(平均細孔径)が、0.1〜0.14μm程度であるのが好ましく、0.11〜0.14μm程度であるのがより好ましく、0.12〜0.13μm程度であるのがさらに好ましい。ここで、吸着剤3のポロシティー(細孔径)は、吸着剤3の表面形状すなわち吸着剤3の表面における凸凹状態を表し、このポロシティーの大きさを上記範囲内に設定することにより、ウイルスが孔にひっかかり溶出が遅れることになりウイルス等以外の夾雑タンパクとウイルスが精度良く分離できることになり、より優れた精度でウイルス等を試料液中から分離・精製することができる。
【0048】
さらに、吸着剤(焼結粉体)3は、その表面における空隙率が、10〜35%程度であるのが好ましく、25〜35%程度であるのがより好ましい。空隙率は、吸着剤3の表面形状を表すポロシティーとは異なる別の指標であり、空隙率をかかる範囲内とすることにより、ウイルスが孔でひっかかる回数の頻度を多くすることでウイルスの溶出を遅らせ、優れた精度でウイルス等を試料液中から分離・精製することができるようになる。なお、空隙率が規定範囲以上に高くなる場合は、吸着剤の機械的強度が不十分になるおそれがある。
【0049】
また、吸着剤3の平均粒径は、10〜100μm程度であるのが好ましく、40〜80μm程度であるのがより好ましい。このような平均粒径の焼結粉体を吸着剤3として適用すると、吸着剤充填空間20への吸着剤3の充填率を向上させることができるため、これによっても、ウイルス等の吸着剤3に対する接触機会が増大することから、ウイルス等を試料液中からより確実に分離・精製することができる。
【0050】
なお、本実施形態のように、吸着剤3を吸着剤充填空間20にほぼ満量充填する場合の他、分離装置1は、吸着剤充填空間20の一部(例えば流入管24側の一部)に吸着剤3を充填し、その他の部分には他の吸着剤を充填するようにしてもよい。
【0051】
以上のような吸着剤(焼結粉体)3は、例えば、以下に示すような方法により製造することができる。
【0052】
すなわち、本実施形態の焼結粉体の製造方法は、水酸化カルシウム等のカルシウム源を含有する第1の液体と、リン酸等のリン源を含有する第2の液体とを攪拌しつつ反応させて、ハイドロキシアパタイトの一次粒子およびその凝集体を含むスラリーを得る第1の工程[S1]と、一次粒子およびその凝集体を含むスラリーを乾燥して、これらを造粒させることにより、主としてハイドロキシアパタイトの二次粒子で構成される乾燥粉体を得る第2の工程[S2]と、乾燥粉体を焼成することにより、ハイドロキシアパタイトで構成される焼結粉体を得る第3の工程[S3]とを有する焼結粉体の製造方法である。
【0053】
以下、これらの工程について、順次説明する。
[S1:ハイドロキシアパタイトの凝集体を含むスラリーを得る工程(第1の工程)]
まず、カルシウムを含むカルシウム源(カルシウム系化合物)を含有する第1の液体を調製する。
【0054】
カルシウム源(カルシウム系化合物)としては、特に限定されないが、例えば、水酸化カルシウム、酸化カルシウムおよび硝酸カルシウム等が挙げられ、これらのうちの1種または2種以上を組み合わせて用いることができるが、中でも、特に、水酸化カルシウムであるのが好ましい。これにより、本工程で合成される、ハイドロキシアパタイトにおいて不純物の混入が少ないものを確実に得ることが出来る。なお、以下では、カルシウム源として水酸化カルシウムを用いる場合を一例に説明する。
【0055】
また、第1の液体としては、水酸化カルシウムを含有する溶液および懸濁液等を用いることができるが、水酸化カルシウムを水中に懸濁させた水酸化カルシウム懸濁液を用いるのが好ましい。このような懸濁液を用いてハイドロキシアパタイトを合成すると、微細なハイドロキシアパタイトの一次粒子を得ることができる。
【0056】
次いで、リン酸源としてのリン酸を含有する第2の液体(リン酸含有液)を調製する。
リン酸を溶解する溶媒は、本工程における水酸化カルシウムとリン酸との反応を阻害しないものであれば、いかなるものも使用が可能であり、例えば、水や、メタノール、エタノール等のアルコール類等が挙げられ、これらを混合して用いることもできるが、中でも、特に、水であるのが好ましい。溶媒として水を用いれば、水酸化カルシウムとリン酸との反応の阻害をより確実に防止することができる。
【0057】
次いで、調製した第1の液体と第2の液体とを、攪拌しつつ、水酸化カルシウムとリン酸とを反応させ、ハイドロキシアパタイトの一次粒子とその凝集体とを含むスラリーを得る。
【0058】
具体的には、例えば、容器(図示せず)内で、第1の液体を攪拌しつつ、この水酸化カルシウムを含有する分散液に、第2の液体を滴下し、第1の液体と第2の液体との混合液を混合し、この混合液中で水酸化カルシウムとリン酸とを反応させて、ハイドロキシアパタイトの一次粒子とその凝集体を含むスラリーを得る。
【0059】
かかる方法では、上記のように、リン酸を水溶液として使用する湿式合成法が用いられる。これにより、高価な製造設備を必要とせず、より容易かつ効率よくハイドロキシアパタイト(合成物)を合成することができる。また、水酸化カルシウムとリン酸との反応では、ハイドロキシアパタイト以外の副生成物は、水のみであるため、形成される二次粒子(乾燥粉体)や焼結粉体内に副生成物が残留することがなく、さらにこの反応が酸塩基反応であるため、水酸化カルシウム分散液およびリン酸水溶液のpHを調整することにより、この反応を容易に制御できるという利点がある。
【0060】
また、この反応を攪拌しつつ行うことにより、水酸化カルシウムとリン酸との反応を効率よく進行させること、すなわち、それらの反応の効率を向上させることができる。
【0061】
さらに、第1の液体と第2の液体とを含有する混合液を攪拌する攪拌力は、特に限定されないが、混合液(スラリー)1Lに対して、0.75〜2.0W程度の出力であるのが好ましく、0.925〜1.85W程度の出力であるのがより好ましい。攪拌力をこのような範囲とすることにより、水酸化カルシウムとリン酸との反応の効率を、より向上させることができる。
【0062】
第1の液体中における水酸化カルシウムの含有量は、5〜15wt%程度であるのが好ましく、10〜12wt%程度であるのがより好ましい。また、第2の液体中におけるリン酸の含有量は、10〜25wt%程度であるのが好ましく、15〜20wt%程度であるのがより好ましい。水酸化カルシウムおよびリン酸の含有量を、かかる範囲内に設定することにより、第1の液体を攪拌しつつ、第2の液体を滴下する際の水酸化カルシウムとリン酸との接触機会が増大することから、水酸化カルシウムとリン酸とを効率よく反応させることができ、ハイドロキシアパタイトを確実に合成することができる。
【0063】
第2の液体を滴下する速度は、1〜40L/時間程度であるのが好ましく、3〜30L/時間程度であるのがより好ましい。このような滴下速度で第2の液体を第1の液体中に混合(添加)することにより、水酸化カルシウムとリン酸とを、より穏やかな条件で反応させることができる。
【0064】
この場合、第2の液体を滴下する時間(加える時間)は、5〜32時間程度かけて行うのが好ましく、6〜30時間程度かけて行うのがより好ましい。このような滴下時間で、水酸化カルシウムとリン酸とを反応させることにより、ハイドロキシアパタイトを十分に合成することができる。なお、滴下時間を上記の上限値を越えて長くしても、水酸化カルシウムとリン酸との反応の進行は、それ以上期待できない。
【0065】
なお、水酸化カルシウムとリン酸との反応が徐々に進行すると、スラリー中には、ハイドロキシアパタイト(合成物)の一次粒子(以下、単に「一次粒子」と言う。)が生成する。そして、これらの一次粒子同士は、一の一次粒子の正に帯電している部分と、他の一次粒子の負に帯電している部分との間にファンデルワールス力(分子間力)が働くため、これに基づいて、これらが凝集した、ハイドロキシアパタイト(合成物)の凝集体(以下、単に「凝集体」と言う。)が生成する。この凝集体の生成に伴い、スラリーの粘度は、徐々に上昇する。
【0066】
[S2:スラリーを乾燥してハイドロキシアパタイトの二次粒子を得る工程(第2の工程)]
この工程では、前記工程[S1]を経た、ハイドロキシアパタイトの一次粒子およびその凝集体を含有するスラリーを乾燥することにより、これらを造粒させて、主としてハイドロキシアパタイトの二次粒子で構成される乾燥粉体を得る。
【0067】
スラリーを乾燥する方法としては、特に限定されないが、噴霧乾燥法が好適に使用される。かかる方法によれば、ハイドロキシアパタイトの一次粒子およびその凝集体を造粒させて、所望の粒径の粉体を、より確実かつ短時間で得ることができる。
【0068】
また、スラリーを乾燥する際の乾燥温度は、75〜250℃程度であるのが好ましく、95〜220℃程度であるのがより好ましい。かかる範囲内に設定することにより、より均一な粒径の二次粒子(乾燥粉体)を確実に得ることができる。
【0069】
[S3:二次粒子を焼成してハイドロキシアパタイトの焼結粉体を得る工程(第3の工程)]
この工程では、前記工程[S2]を経た、ハイドロキシアパタイトの乾燥粉体を焼成することにより、主としてハイドロキシアパタイトで構成される焼結粉体を得る。このような焼結粉体は、乾燥粉体と比較して圧縮粒子強度(破壊強度)がより向上したものとなる。
【0070】
この場合、粉体を焼成する焼成温度は、800〜1100℃程度であるのが好ましく、900〜1000℃程度であるのがより好ましい。
【0071】
なお、本実施形態の焼結粉体の製造方法は、特に、目的とする粒径が10〜100μm程度の焼結粉体の製造に適している。
【0072】
以上のような工程を経て、ハイドロキシアパタイトの焼結粉体が得られるが、本発明の精製方法で用いられる吸着剤(焼結粉体)3は、上述したように、比表面積が2.0〜11.0m/gとなっている。このような比表面積に吸着剤3を設定するには、上述した焼結粉体の製造方法において、工程[S3]における焼成温度、および、工程[S1]における一次粒子およびその凝集体の分散性(これらの粒度分布)等を適宜調整することにより、容易に行うことができる。
【0073】
また、吸着剤(焼結粉体)3のポロシティーは、0.1〜0.14μmであるのが好ましく、その空隙率は、10〜35%であるのが好ましい。このようなポロシティーおよび空隙率に吸着剤3を設定するには、上述した焼結粉体の製造方法において、工程[S3]における焼成温度、工程[S1]における一次粒子およびその凝集体の分散性(これらの粒度分布)および工程[S2]における乾燥温度等を適宜調整することにより、容易に行うことができる。
【0074】
なお、工程[S1]における一次粒子およびその凝集体の分散性(粒度分布)の調整は、例えば、第1の液体と第2の液体との混合液を攪拌する攪拌力、混合液の温度を適宜設定することにより行える他、形成された一次粒子の凝集体を物理的に粉砕し、粉砕された凝集体をこのスラリー中に分散することによっても行うことができる。
【0075】
また、ハイドロキシアパタイトの一次粒子の凝集体を物理的に粉砕する方法としては、特に限定されず、例えば、高圧力で噴霧したスラリーの液滴同士を衝突させる湿式ジェットミル法、ジルコニアのようなセラミックスで構成される球体との共存下でスラリーを密閉容器内に収納し、この密閉容器を回転させるボールミル法等が挙げられる。
【0076】
次に、上記のような分離装置1を用いたウイルスまたはウイルス性抗原を精製する精製方法(本発明の精製方法)について説明する。
【0077】
[1] 調製工程
まず、培養液、宿主細胞等を含有する試料液を調製する。
【0078】
ここで、ウイルス等は、動物由来である哺乳類の脳細胞、神経細胞および鶏卵の他、培養細胞において増殖させること等により得られる。したがって、ウイルス等を含有する試料液としては、これらを増殖させた培養液および宿主細胞等を含有するものが使用される。
【0079】
また、ウイルスとしては、特に限定されず、例えば、デングウイルスおよび日本脳炎ウイルスが属するフラビウイルス科、インフルエンザウイルスが属するオルトミクソウイルス科、風疹ウイルスが属するトガウイルス科、麻疹ウイルスおよびムンプスウイルスが属するパラミクソウイルス科のウイルスのようなエンベロープを有するウイルスならびにパピロマーウイルスが属するパピロマーウイルス科、レオウイルスおよびロタウイルスが属するレオウイルス科のウイルスのようなエンベロープを有さないウイルス等のウイルスが挙げられる。これらの中でも、フラビウイルス科に属するものであるのが好ましい。フラビウイルス科に属するデングウイルスおよび日本脳炎ウイルスは、その直径が約40〜50nmであり、このような大きさのウイルス等を分離・精製する際に、吸着剤3として上述したようなものを用いることにより、試料液中に含まれるウイルスと他の夾雑物とをより高い精度で確実に精製することができる。
【0080】
なお、ウイルス性抗原としては、ウイルスとしての毒性を無くしたか、あるいは弱めたものや、抗原性を示す部位をウイルスから選択的に切断したもの等が挙げられる。
【0081】
[2] 供給工程(第1の工程)
次に、得られた試料液を、流入管24およびフィルタ部材4を介して吸着剤3に供給して、カラム2(分離装置1)内を通過させて、吸着剤3に接触させる。
【0082】
これにより、吸着剤3に対して吸着能が高いウイルス等や、ウイルス等以外の夾雑物の中でも吸着剤3に対して比較的吸着能の高いものは、カラム2内に吸着(保持)される。そして、吸着剤3に対して吸着能の低い夾雑物は、フィルタ部材5および流出管25を介してカラム2内から流出する。
【0083】
[3] 分画工程(第2の工程)
次に、流入管24からカラム2内に、吸着したウイルス等を溶出させるための溶出液として、例えばリン酸系緩衝液を供給する。
【0084】
そして、カラム2内から流出管25を介して流出する流出液を、所定量ずつ分画(採取)する。これにより、吸着剤3に吸着しているウイルス等と、他の夾雑物は、それぞれ、各物質が有する吸着剤3に対する吸着力の差に応じて、各分画内に溶出した状態で回収(分離)される。
【0085】
リン酸系緩衝液には、例えば、リン酸ナトリウム、リン酸カリウムおよびリン酸リチウム等が挙げられる。
【0086】
リン酸系緩衝液のpHは、特に限定されないが、中性領域であるのが好ましく、具体的には、6〜8程度であるのが好ましく、6.5〜7.5程度であるのがより好ましい。これにより、分離するウイルス等の変質(変性)を防止することができ、ウイルス等の生物学的活性の損失を確実に防止することができる。また、吸着剤3の変質(溶解等)を好適に防止することができ、分離装置1における分離能の変化を防止することもできる。
【0087】
したがって、かかるpH範囲のリン酸系緩衝液を用いることにより、目的とするウイルス等の回収率の向上を図ることができる。
【0088】
また、リン酸系緩衝液の塩濃度は、600mM程度であるのが好ましい。このような塩濃度のリン酸系緩衝液を用いて、ウイルス等の分離を行うことにより、リン酸系緩衝液中の金属イオンによるウイルス等への悪影響を防止することができる。
【0089】
具体的には、塩濃度が1〜600mM程度のリン酸系緩衝液を用いることができる。また、リン酸系緩衝液は、ウイルス等の分離操作の際に、連続的または段階的に変化させるのが好ましい。これにより、ウイルス等の分離操作の効率化を図ることができる。
【0090】
さらに、リン酸系緩衝液の流速は、0.1〜10mL/分程度であるのが好ましく、1〜5mL/分程度であるのがより好ましい。このような流速で、ウイルス等の分離を行うことにより、分離操作に長時間を要することなく、目的とするウイルス等を確実に分離すること、すなわち、高純度なウイルス等を得ることができる。
以上のような操作により、所定の画分に、ウイルス等が回収される。
【0091】
また、本発明の精製方法を用いて目的とするウイルス等を精製し(精製工程)、その後、精製されたウイルス等を不活性化すること(不活化工程)によりワクチンを製造することができる。このようなワクチンの製造方法によれば、ウイルス等が高い純度で精製されるため、他の微生物による汚染の危険性を極めて小さくすることができ、安全性の高いワクチンを製造することができる。
【0092】
なお、前記不活化工程において、ウイルス等を不活性化させる方法としては、製造されるワクチンの種類に応じて種々の方法を選択することができる。
【0093】
以上、本発明の精製方法およびワクチンの製造方法について説明したが、本発明は、これに限定されるものではない。
【0094】
例えば、本発明では、任意の目的で、工程[S1]の前工程、工程[S1]と[S2]との間または[S2]と[S3]との間に存在する中間工程、または工程[S3]の後工程を追加するようにしてもよい。
【実施例】
【0095】
次に、本発明の具体的実施例について説明する。
1.デングウイルスの精製
(実施例1)
−1− まず、試料液として、デングウイルスを蚊由来のC6/36細胞で増殖させた後、この培養上清を採取し、0.22μmのフィルターでろ過して試料液を調製した。
【0096】
−2− 次に、10mLの試料液(サンプル)を、分離装置内に供給(アプライ)した後、溶出液Aおよび溶出液Bを、それらの容量比が溶出液Bが0%〜100%に連続的に変化するように、1mL/minの流速で15分間供給し、その後、溶出液Bを1mL/minの流速で供給して、カラム内から流出する流出液を、画分1〜10については2mLずつ、画分11〜30については1mLずつ分画した。
【0097】
その結果、図2に示すように、デングウイルスは、試料液中に含まれ、溶出時間が20分よりも前の画分中に流出する夾雑物と20分から溶出が開始する低吸着の夾雑物と分離して、溶出時間が30分付近以降に流出する画分(フラクション)中に回収(精製)された。
【0098】
なお、溶出液Aには、10mMリン酸緩衝液(pH7.2)を、溶出液Bには、600mMリン酸緩衝液(pH7.2)を、それぞれ用いた。
【0099】
また、分離装置には、吸着剤として、以下のようにして製造したハイドロキシアパタイトビーズ(焼結粉体、平均粒径40μm)を約0.6g充填した、カラム(サイズ4.6mm×35mm)を用いた。
【0100】
−2A− まず、水酸化カルシウムを純水に懸濁させ、その中へ、リン酸水溶液を滴下していき、かつ、このものを温度30℃で24時間、1kWの攪拌力で攪拌した。これにより、10wt%のハイドロキシアパタイト一次粒子を含むスラリー500Lを得た。
【0101】
なお、得られた合成物がハイドロキシアパタイトであることを粉末X線回折法により確認した。
【0102】
−2B− 次に、ハイドロキシアパタイト一次粒子を含むスラリーを、噴霧乾燥機(大川原化工機社製、「OC−20」)を用いて、150℃で噴霧乾燥して、球状の乾燥粉体を得た。
【0103】
−2C− また、乾燥粉体の一部を中心粒径約40μmで分級した後、950℃×4時間、電気炉で焼成して焼結粉体を得た。
【0104】
なお、得られたハイドロキシアパタイトの焼結粉体の平均粒径、比表面積、ポロシティーおよび空隙率は、それぞれ、約40μm、6.6m/g、0.13μmおよび32%であった。
【0105】
(実施例2〜5、比較例1、2)
吸着剤として用いるハイドロキシアパタイトの焼結粉体として、表1に示すような条件で製造されたものを用いたこと以外は、前記実施例1と同様にして、試料液中に含まれるデングウイルスを回収(分離・精製)した。
【0106】
なお、実施例1および比較例1については、デングウイルスの精製を、同一の分離装置を用いて、それぞれ、5回および8回ずつ繰り返して行った。
【0107】
【表1】

【0108】
2.評価
2−1.デングウイルスの回収率(精製率)
実施例1〜5および比較例1、2において、それぞれ、溶出時間が30分付近以降に流出する画分(フラクション)中に含まれるデングウイルスを、赤血球凝集試験(HAテスト)で分析することにより、その回収率を求めた。
【0109】
以上のようにして求めた実施例1〜5および比較例1、2におけるデングウイルスの回収率を表2に示す。
【0110】
【表2】

【0111】
表2から明らかなように、各実施例の精製方法、すなわち、分離装置が備える吸着剤として、比表面積が2.0〜11.0m/gのハイドロキシアパタイトの焼結粉体を用いてデングウイルスを精製した場合では、デングウイルスの回収率が60%以上であり、優れた回収率でデングウイルスを精製することができた。ポロシティーが0.12〜0.14μmである実施例1〜3は、デングウイルスの回収率が特に優れていた。
【0112】
これに対して、各比較例の精製方法では、ハイドロキシアパタイトの焼結粉体の比表面積が2.0〜11.0m/gの範囲内から外れることに起因して、デングウイルスの回収率が60%を下回る結果となった。
【0113】
2−2.デングウイルス回収の再現性
実施例および比較例1において、それぞれ、デングウイルスの精製を5回および8回ずつ繰り返し行うことにより得られた、溶出時間が30分付近以降に流出した画分について、前記2−1で説明したのと同様の方法を用いて、その回収率を求めた。
【0114】
以上のようにして求めた実施例1および比較例1におけるデングウイルスの回収率を、回毎に分けて図3に示す。
【0115】
図3から明らかなように、実施例1の精製方法では、同一の分離装置を用いてデングウイルスの精製を繰り返し行っても、ウイルスの回収率に大きな差が認められず、安定した回収率で再現性よくデングウイルスを回収することができた。
【0116】
これに対して、比較例1の精製方法では、同一の分離装置を用いてデングウイルスの精製を繰り返して行うと、回を重ねるごとに回収率が低下する傾向を示し、再現性よくデングウイルスを回収することができなかった。
【符号の説明】
【0117】
1 分離装置
2 カラム
20 吸着剤充填空間
21 カラム本体
22、23 キャップ
24 流入管
25 流出管
3 吸着剤
4、5 フィルタ部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウイルスまたはウイルス性抗原を含有する試料液中から前記ウイルスまたはウイルス性抗原を精製する精製方法であって、
比表面積が2.0〜11.0m/gのハイドロキシアパタイトの焼結粉体に前記試料液を接触させて、前記焼結粉体に前記ウイルスまたはウイルス性抗原を吸着させる第1の工程と、
前記焼結粉体に溶出液を供給することにより、前記焼結粉体から前記ウイルスまたはウイルス性抗原を溶出させる第2の工程とを有することを特徴とする精製方法。
【請求項2】
前記焼結粉体の平均粒径は、10〜100μmである請求項1に記載の精製方法。
【請求項3】
前記焼結粉体は、ハイドロキシアパタイトの二次粒子を焼成したものである請求項1または2に記載の精製方法。
【請求項4】
前記二次粒子は、ハイドロキシアパタイトの一次粒子およびその凝集体を造粒したものである請求項3に記載の精製方法。
【請求項5】
前記溶出液は、リン酸系緩衝液である請求項1ないし4のいずれかに記載の精製方法。
【請求項6】
前記ウイルスは、フラビウイルス科に属するものである請求項1ないし5のいずれかに記載の精製方法。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれかに記載の精製方法により、前記ウイルスまたはウイルス性抗原を精製する方法とそれを利用することを特徴とするワクチンの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−97918(P2011−97918A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−153160(P2010−153160)
【出願日】平成22年7月5日(2010.7.5)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】