説明

糖アルコールの製造方法

【課題】温和な条件で糖類から糖アルコールを効率的に合成できる糖アルコールの製造方法を提供する。
【解決手段】炭素系担体に遷移金属を担持した固体触媒を用いて、水存在下、0.1〜1MPaの水素分圧雰囲気下で、(1)糖類を加水分解し、加水分解物を還元する糖アルコールの製造方法、及び(2)単糖及びオリゴ糖を還元する糖アルコールの製造方法。遷移金属としてはルテニウム(Ru)が好ましく、糖類としては結晶性低下処理したセルロースが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖アルコールの製造方法に関する。さらに詳しくいえば、糖類から直接糖アルコールを製造できる触媒を利用した糖類、特にセルロースから糖アルコールを製造する方法に関する。本発明において糖類としてセルロースを用いた場合、製造される糖アルコールはソルビトール及び/またはマンニトールである。
【背景技術】
【0002】
糖類を水素化分解して化学工業の基幹原料となる糖アルコールを合成することは極めて意義深い。特に、代表的な糖類の一つであるセルロースは極めて豊富に存在し、しかも非可食性であるため化学原料として使用しても食料と競合しない利点がある。しかし、セルロースは難分解性であるため、その利用はセルロースの化学構造の分解を伴わない紙などに限られてきた。このような現状を鑑みるに、セルロースなどの糖類から糖アルコールを効率良く合成できるプロセスを構築できればその意義は非常に大きい。
【0003】
この反応を進行させるためには触媒が必須であるが、効率的に糖アルコールを生産するためには、容易に分離・再使用可能な固体触媒を用いる必要がある。このような合成法として、これまでにPt/Al23またはRu/Al23触媒による2MPa以上の加圧水素を用いたセルロースの水素化分解反応が報告されている(特許文献1〜3,非特許文献1)。また、Ru/C触媒による5〜6MPaの加圧水素を用いた同様の反応法も報告されている(非特許文献2,3)。しかし、いずれの場合にも水素ガスを2MPa以上の高圧で充填する必要があり、水素分圧を2MPa未満に低下させると糖アルコールの選択率が著しく低下し、糖アルコールを効率的に合成することはできない。
【0004】
また、ギ酸ナトリウムを還元剤に用いてイオン液体中でセルロースから糖アルコールを合成する反応が報告されている(非特許文献4)。しかし、ギ酸ナトリウムは還元剤としては高価であり、またイオン液体は粘度が高く撹拌性に問題がある上に非常に高価である。さらに、本反応では均一系触媒としてホウ素試薬を必要とするうえ、フェニルボロン酸誘導体など高価な試薬を用いて多段階反応で本ホウ素試薬を合成しなくてはならない。従って、生成した糖アルコールの分離が困難であるとともに、高コストであり経済的でない。
【0005】
従って、いずれの方法にも改良の余地が多分にあり、温和な条件で糖類から糖アルコールを効率的に合成できる新規固体触媒反応系の開発が切望されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2007/100052号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2010/067795号パンフレット
【特許文献3】中国特許出願公告第100513381号明細書
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Angew. Chem. Int. Ed., 45, 2006, 5161-5163.
【非特許文献2】Angew. Chem. Int. Ed., 46, 2007, 7636-7639.
【非特許文献3】Catal. Lett., 133, 2009, 167-174.
【非特許文献4】ChemSusChem, 3, 2010, 67-70.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、温和な条件で糖類から糖アルコールを効率的に合成できる糖アルコールの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、炭素系担体に遷移金属を担持した触媒を用いることにより、従来に比べて低圧の水素ガスで糖類から糖アルコールが得られることを見出し本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は下記[1]〜[9]の糖アルコールの製造方法及び[10]の糖アルコール製造用触媒に関する。
[1] 炭素系担体に遷移金属を担持した固体触媒を用いて、水存在下、0.1〜1MPaの水素分圧雰囲気下で、糖類を加水分解反応に付する工程、及び加水分解物を還元反応に付する工程を含むことを特徴とする糖アルコールの製造方法。
[2] 炭素系担体に遷移金属を担持した固体触媒を用いて、水存在下、0.1〜1MPaの水素分圧雰囲気下で、単糖及びオリゴ糖を還元反応に付することを特徴とする糖アルコールの製造方法。
[3] 前記遷移金属がルテニウムである前項[1]または[2]に記載の糖アルコールの製造方法。
[4] 前記炭素系担体にルテニウムを担持した触媒として粉末X線回折パターンがルテニウムに由来するピークを有さない触媒を用いる前項[3]に記載の糖アルコールの製造方法。
[5] 前記炭素系担体が活性炭またはカーボンブラックである前項[1]〜[4]のいずれかに記載の糖アルコールの製造方法。
[6] 糖類が、セルロースである前項[1]に記載の糖アルコールの製造方法。
[7] セルロースとして、結晶性低下処理したものを使用する前項[6]に記載の糖アルコールの製造方法。
[8] 水素分圧が0.5〜0.8MPaである前項[1]または[2]に記載の糖アルコールの製造方法。
[9] 反応時間が2〜25時間である前項[8]に記載の糖アルコールの製造方法。
[10] ルテニウムが活性炭またはカーボンブラックに担持されており、かつ、粉末X線回折パターンがルテニウムに由来するピークを有さないことを特徴とする糖アルコール製造用触媒。
【発明の効果】
【0011】
本発明の糖アルコールの製造方法によれば、従来に比べて低圧の0.1〜1MPaの水素分圧雰囲気下であっても反応が進行するので、反応器設計が容易になるとともに生産性が向上し、工業的に極めて意義深い。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】炭素系担体にルテニウム(Ru)を担持した触媒の調製法を示すフローチャートである。
【図2】低圧水素ガスを用いた各種触媒でのセルロース分解反応(実施例1及び比較例1〜2)による糖アルコールの収率を示す。
【図3】AC(N)担体の粉末X線回折(XRD)パターン(a)、Ru/AC(N)触媒のXRDパターン(b)及び両者の差(c)を示す。
【図4】Ru/AC(N)触媒、RuO2およびRu金属のRu3p3/2X線光電子分光(XPS)スペクトルを示す。
【図5】Al23担体のXRDパターン(a)及びRu/Al23触媒のXRDパターン(b)及び両者の差(c)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明を具体的に説明する。
本発明の糖アルコールの製造方法は、炭素系担体に遷移金属が担持した触媒の存在下、0.1〜1MPaの水素分圧雰囲気下で、(1)糖類を加水分解し、加水分解物を還元する糖アルコールの製造方法、または(2)糖類の加水分解物を還元する糖アルコールの製造方法である。本発明の製造方法の反応雰囲気は水素分圧が上記範囲内であれば他の不活性ガス成分、例えば窒素、アルゴンまたはこれらの混合物が共存していてもよい。
【0014】
[糖類及びその加水分解物]
本発明で用いられる糖類は、セルロース、でん粉、デキストリン等のグリカン、ヘミセルロース、アラビノガラクタン、キシラン、マンナン等のグルカン、及び多糖類であり、糖類の加水分解物は、上記糖類を加水分解して得られるものであり、具体的には、グルコース、マンノース、キシロース等の単糖及びそれらのオリゴ糖が挙げられる。
【0015】
[触媒]
本発明においては、糖類の加水分解物を還元するために、すなわち糖類の加水分解物である単糖及びオリゴ糖を還元して糖アルコールを調製するために、あるいは糖類を加水分解し、かつ糖類の加水分解物を還元するために、すなわち、糖類を加水分解して単糖及びオリゴ糖とし、さらにこれらを還元して糖アルコールを調製するために、触媒が用いられる。
本発明で用いる触媒は、炭素系担体に遷移金属が担持された糖類(セルロース、ヘミセルロース、でん粉等)の加水分解用及び/または加水分解物の還元用触媒である。
【0016】
(1)炭素系担体
本発明の触媒に用いられる炭素系担体とは、遷移金属が担持される部分が炭素からなる担体であり、その少なくとも一部が多孔質材料からなるものが適当である。すなわち、本発明の触媒に用いられる炭素系担体は、少なくとも遷移金属が担持される部分の表面が多孔質炭素材料からなることが適当であり、担体全体が多孔質炭素材料からなっていても、あるいは非多孔質炭素材料からなる支持体の表面が多孔質炭素材料で被覆されたものであってもよい。担体の支持体は炭素以外の材料からなっていてもよく、また、多孔質または非多孔質のいずれであってもよい。
【0017】
炭素系の固体担体の具体例としては活性炭またはカーボンブラックを挙げることができる。活性炭としては、例えば、和光純薬工業(株)製活性炭素(クロマトグラフ用,破砕状0.2〜1mm,破砕状2〜5mm,顆粒状,粉末,粉末酸洗浄,粉末アルカリ性,粉末中性,棒状)、関東化学(株)製活性炭素(粒状、粉末)、東京化成(株)製活性炭(酸化触媒用)、シグマアルドリッチジャパン(株)製Activated carbon granule 4-14 mesh、日本ノリット(株)製PK, PKDA 10x30 MESH (MRK), ELORIT, AZO, DARCO, HYDRODARCO 3000/4000, DARCO LI, PETRODARCO, DARCO MRX, GAC, GAC PLUS, DARCO VAPURE, GCN, C GRAN, ROW/ROY, RO, ROX, RB/W, R, R.EXTRA, SORBONORIT, GF 40/45, CNR, ROZ, RBAA, RBHG, RZN, RGM, SX, SX Ultra, SA, D 10, VETERINAIR, PN, ZN, SA-SW, W, GL, SAM, HB PLUS, A/B/C EUR/USP, CA, CN, CG, GB, CAP/CGP SUPER, S-51, S-51 A, S-51 HF, S-51 FF, DARCO GFP, HDB/HDC/HDR/HDW, GRO SAFE, DARCO INSUL, FM-1, DARCO TRS, DARCO FGD/FGL/Hg/Hg-LH, PAC 20/200、日本エンバイロケミカルズ(株)製白鷺(A、C、DO-2、DO-5、DO-11、FAC-10、M、P、PHC、エレメントDC)、アルデナイト、カルボラフィン、カルボラフィンDC、ハニカムカーボ白鷺、モルシーボン、強力白鷺、精製白鷺、特製白鷺、X-7000/X-7100、X-7000-3/X-7100-3、LPM006、LPM007、粒状白鷺(APRC、C2c、C2x、DC、G2c、G2x、GAAx、GH2x、GHxUG、GM2x、GOC、GOHx、GOX、GS1x、GS2x、GS3x、GTx、GTsx、KL、LGK-100、LGK-400、LGK-700、LH2c、MAC、MAC-W、NCC、S2x、SRCX、TAC、WH2c/W2c、WH2x、WH5c/W5c、WHA、X2M(モルシーボン5A)、XRC)、球状白鷺(X7000H/X7100H、X7000H-3/X7100H-3、DX7-3)、クラレケミカル(株)製気相用粒状活性炭GG/GS/GA、気相用活性炭GW/GL/GLC/KW/GWC、粉末活性炭PW/PK/PDX、カルゴンカーボンジャパン(株)製ダイヤホープ(006, 006S, 007, 008, 008B, 008S, 106, 6D, 6MD, 6MW, 6W, S60, C, DX, MM, MZ, PX, S60S, S61, S70, S80, S80A, S80J, S80S, S81, ZGA4, ZGB4, ZGN4, ZGR3, ZGR4, ZS, ZX-4, ZX-7)、ダイヤソープ(F, G4-8, W 8-32, W 10-30, XCA-C, XCA-AS, ZGR4-C)、カルゴン(AG 40, AGR, APA, AP3-60, AP4-60, APC, ASC, BPL, BPL 4x10, CAL, CENTAUR 4x6, CENTAUR 8x30, CENTAUR 12x40, CENTAUR HSV, CPG 8x30, CPG 12x40, F-AG 5, Filtrasorb 300, Filtrasorb 400, GRC 20, GRC 20 12x40, GRC 22, HGR, HGR-LH, HGR-P, IVP 4x6, OL 20x50, OLC 20x50, PCB, PCB 4x10, RVG, SGL, STL 820, URC, WS 460, WS 465, WS 480, WS490, WSC 470)、味の素ファインテクノ(株)製BA, BA-H, CL-H, CL-K, F-17, GS-A, GS-B, HF, HG, HG-S, HN, HP, SD, Y-180C, Y-4, Y-4S, Y-10S, Y-10SF, YF-4, YN-4, YP, ZN、(株)キャタラー製Aシリーズ、BC-9、BFGシリーズ、CTシリーズ、DSWシリーズ、FM-150、FW、FYシリーズ、GA、PGシリーズ 、WAシリーズ等が挙げられる。また、カーボンブラックとしては、例えば、キャボットコーポレーション(Cabot corporation)社製CRX 1444, CRX 4210, CRX 1346, REGAL 300, STERLING NS, STERLING NS-1, STERLING SO, STERLING VH, STERLING V, SPHERON 5000, SPHERON 6000, Black Pearls 2000, VULCAN 10H, VULCAN 1391, VULCAN 3, VULCAN 3H, VULCAN 6, VULCAN 7H, VULCAN 9, VULCAN J, VULCAN M, VULCAN XC72, VULCAN XC72R, VULCAN XC500, VULCAN XC200, VULCAN XC605, VULCAN XC305等が挙げられる。
【0018】
また、メソポーラスシリカを鋳型として作製されるCMKに代表されるメソポーラスカーボンや、コークス、フェノール、あるいはヤシガラを熱処理し、アルカリまたは水蒸気により賦活して得られる多孔性炭素材料を用いることができる。これらの多孔性炭素材料の比表面積は800〜2500m2/gが好ましく、1000〜2000m2/gがより好ましい。
【0019】
固体担体の形状、形態は、特に制限されないが、例えば、粉体状、粒子状、顆粒状、ペレット状、ハニカム状、リング状、円柱状、リブ押出し型、リブリング状のものが挙げられる。粉体状、粒子状、顆粒状、ペレット状の担体は、例えば、前記の多孔性炭素材料のみからなることができる。それに対してハニカム構造の担体は、非多孔質材料、例えば、コージエライト等からなる支持体の表面に前記の多孔性炭素材料が被覆されたものでもよい。また、前述のように支持体は、別の多孔質材料からなるものでもよい。
【0020】
(2)遷移金属
本発明の触媒に用いられる遷移金属は、0.1〜1MPaの水素分圧雰囲気下で糖類を加水分解かつ還元し、糖アルコールを生成し得るものであればいずれのものも使用することができる。例えば、ルテニウム(Ru)、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、イリジウム(Ir)、金(Au)及びコバルト(Co)が挙げられる。遷移金属は、単独で使用しても、2種以上を併用してもよい。遷移金属としては、触媒活性が高いという観点からは、特にルテニウムを使用すると高い収率が得られる点で好ましい。
【0021】
遷移金属の固体担体への担持量は、遷移金属の種類による活性の差異を考慮して適宜決定されるが、例えば、触媒の0.01〜50質量%、好ましくは0.01〜30質量%、より好ましくは0.01〜10質量%であることが適当である。
【0022】
本発明で用いられる炭素系担体に遷移金属を担持した固体触媒は、通常の金属担持固体触媒の製造方法を参照して、例えば、含浸法により次のように調製することができる。
炭素系担体を150℃で1時間、真空乾燥する。次に水を加えて分散させ、ここに所定量の金属塩を含む水溶液を加えて15時間撹拌する。その後、減圧で水を留去して得られた固体を水素気流下、400℃で2時間還元して得られた固体を触媒とする(図1に示すフローチャート参照)。なお、後述の無機酸化物担体を使用した比較例では、水留去後還元処理前に酸素気流下、400℃で2時間の焼成を実施した。金属塩の具体例としては、市販の塩化ルテニウム(RuCl3・3H2O)、塩化白金酸(H2PtCl6・6H2O)、塩化パラジウム(PdCl2)、塩化ロジウム(RhCl3・3H2O)、塩化イリジウム(IrCl3・3H2O)、塩化金酸(HAuCl4・4H2O)、硝酸コバルト(Co(NO32・6H2O)等が挙げられる。なお、PdCl2は水に不溶性なので、Pdに対し4等量の塩酸を添加してH2PdCl4水溶液として用いることができる。また同様にIrCl3・3H2Oは、塩酸に溶解させて用いることができる。
【0023】
[糖アルコールの製造方法]
加水分解される糖類がセルロースである場合の糖アルコールの製造方法について以下に詳述する。
本発明による糖類からの糖アルコールの製造方法は、上記触媒及び水の存在下、0.1〜1MPaの水素分圧雰囲気下で、セルロースを加水分解する工程、及びセルロースの加水分解物を還元する工程を含む。
【0024】
原料となる糖類には特に制限はなく、例えば市販されている粉末状のセルロースをそのまま用いることができる。例えば、脱脂木粉を塩素処理で漂白して得られる化学パルプ(ホロセルロース)をアルカリ処理してヘミセルロースを除いた、水に不溶のα−セルロースが挙げられる。
【0025】
一般に、セルロースは、2本またはそれ以上のα−セルロースが水素結合により結合して、結晶性を示す。本発明では、そのような結晶性を有するセルロースを原料として使用することもできるが、そのような結晶性セルロースに結晶性を低下させる処理を施したセルロースも使用できる。結晶性を低下させたセルロースとしては、結晶性を部分的に低下させたものでも、完全にまたはほぼ完全に消失させたものでもよい。結晶性低下処理の方法には特に制限はないが、上記水素結合を切断して、1本鎖のα−セルロースを少なくとも部分的に生成できる結晶性低下処理であることが好ましい。少なくとも部分的に1本鎖のα−セルロースを含むセルロースを原料とすることにより、加水分解の効率を大幅に向上させることができる。
【0026】
原料となるセルロースの結晶性低下処理としては、ボールミル法などの、物理的にα−セルロースの水素結合を切断して1本鎖のα−セルロースを得る方法(H. Zhao, J. H. Kwak, J. A. Franz, J. M. White, J. E. Holladay, Energy & Fuels, 20, 807 (2006)参照、その全記載は、ここに特に開示として援用される)や、リン酸処理などの、化学的にα−セルロースの水素結合を切断して1本鎖のα−セルロースを得る方法(Y. -H. P. Zhang, J. Cui, L. R. Lynd, L. Kuang, Biomacromolecules, 7, 644 (2006) 参照)を挙げることができる。セルロースの結晶性低下処理では、セルロースの結晶性低下を完全に消失させるまでの処理でなくても、処理前のセルロースが有する結晶性を部分的にでも低下させたセルロースを原料とすることで、加水分解の効率を大幅に向上させることができる。
【0027】
さらに、原料となるセルロースの結晶性低下処理としては、例えば、加圧熱水処理(林信行、藤田修二、入江剛郎、坂本剛、柴田昌男、J. Jpn. Inst. Energy, 83, 805 (2004)、M. Sasaki, Z. Fang, Y. Fukushima, T. Adschiri, K. Arai, Ind. Eng. Chem. Res., 39, 2883 (2000)参照)を挙げることができる。
【0028】
加水分解及び還元は、水の存在下0.1〜1MPaの水素分圧雰囲気下で行う。水素分圧が0.1MPa未満であると反応が著しく遅いか、あるいは進行せず、1MPaを超えると、より耐圧性の高い反応器が必要となるため経済性が低下する。後述の糖アルコールの反応収率を考慮すると、より好ましい水素分圧は0.3〜0.9MPaであり、さらに好ましくは0.5〜0.8MPaである。水の存在量は、少なくとも糖類の全量を加水分解できる量とし、より好ましくは、反応混合物の流動性や撹拌性等を考慮して、セルロースに対して、例えば、質量比5〜500の範囲とする。
【0029】
触媒の使用量は、触媒の活性、反応条件(例えば、温度、時間、水素圧等)を考慮して、適宜決定できるが、例えば、セルロースに対して、質量比0.05〜5の範囲とすることが適当である。
【0030】
加水分解及び還元は、例えば、150〜240℃の加熱下で行うことが適当である。好ましくは160〜230℃の加熱下、より好ましくは170〜220℃の加熱下で行うことが適当である。
【0031】
加水分解及び還元の反応時間は、反応の規模や、反応条件、触媒とセルロースの使用量等を考慮して適宜決定できるが、通常、1〜100時間とすることが適当である。加水分解は転化率が100%となるまで反応時間の経過と共に進行するが、糖アルコールの収率は転化率が100%となる前に飽和する傾向がある。好ましい反応時間は1.5〜50時間であり、より好ましくは2〜25時間である。また、反応の形式は、バッチ式または連続式等のいずれでもよい。さらに、反応は、反応混合物を撹拌しながら行うことが好ましい。
【0032】
加水分解及び還元終了後、反応混合物を固液分離に供し、液相として糖アルコールを含む水溶液を回収し、固相として少なくとも触媒及び未反応糖類を含む固体を分離する。固液分離方法には、特に制限はなく、触媒の形状、形態等や未反応セルロースの存在量等を考慮して常法から適宜決定できる。例えば、ろ過法、遠心分離法、沈降法等を利用できる。触媒及び未反応セルロースを含む固体は、次の反応にそのまま供することができる。
【0033】
本発明で用いる触媒は、再使用に際して、特に活性化する必要はない。しかし、例えば、通常の金属担持固体触媒の活性化処理法を用いて、活性化して再使用することもできる。活性化処理としては、触媒を水で洗浄して乾燥後、水素気流下、200〜500℃で1〜5時間加熱することにより、担持金属表面を還元状態に戻すとともに金属及び担体上の残留有機物を熱分解する方法がある。
【実施例】
【0034】
以下、本発明を実施例及び比較例によりさらに詳細に説明するが、本発明は以下の例に限定されるものではない。
[触媒の調製]
前述した含浸法によりルテニウム、白金を担持金属とする触媒を各々調製した。具体的には、水に担体を分散させ、各々の前駆体である市販の塩化ルテニウム(RuCl3・3H2O)、塩化白金酸(H2PtCl6・6H2O)を用いた水溶液を添加して16時間撹拌した。水はイオン交換水を使用した。水を減圧留去した後、炭素系担体を用いた場合は触媒前駆体を400℃で2時間水素還元した。また無機酸化物担体を用いた場合は、触媒前駆体を400℃で2時間酸素焼成した後、同様に水素還元をすることにより担持金属触媒を調製した。金属の担持量は2質量%であった。
触媒担体に用いたものを以下に列挙する。炭素系担体としては、は、AC(N):日本ノリット(株)製活性炭 SX Ultra、BP2000:キャボットコーポレーション(Cabot corporation)社製カーボンブラック Black Pearls 2000を使用し、無機酸化物担体としては、Al23:触媒学会参照触媒JRC-ALO-2、TiO2:Degussa P-25、ZrO2:触媒学会参照触媒JRC-ZRO-2を使用した。
【0035】
[非晶質セルロースの調製]
反応基質のセルロースには以下の処理をしたものを用いた。すなわち、セラミックポットミルの中に直径1cmのジルコニア球1kg分とセルロース(メルク社(Merck)製,Avicel)10gとを入れ、卓上ポットミル回転台にセットし、60rpmで96時間ボールミル処理した。本処理によりセルロースの結晶化度は65%から約10%に低下した。非晶質セルロースは結晶性セルロースに比較して高い反応性を示し、効率良く分解することができる。なお、結晶化度はNMR測定装置(Bruker社製,MSL-400核磁気共鳴装置)を用いて13C NMRを測定(測定条件:100.6 MHz (CP/MAS, 4kHzスピン))し、結晶ピークとアモルファスピークの面積比から算出した。
【0036】
実施例1:セルロース分解反応
セルロース分解反応には、高圧反応器(内容積100mL,オーエムラボテック(株)製MMJ−100,SUS316製)を用いた。0.8MPaの水素ガス雰囲気下で、セルロース324mg(C6105単位で1.89〜1.90mmol,物理吸着水4.8〜5.5質量%)、Ru/AC(N)触媒50mg(担持金属10μmol)、水40mLを加え、600rpmで撹拌しながら190℃で18時間反応を実施した。
冷却後、反応液を遠心分離装置を用いて液相と固体残渣に分離した。高速液体クロマトグラフ(HPLC,(株)島津製作所製LC-10ATVP,カラムPhenomenex Rezex RPM Monosaccharide Pb++(8%),移動相 水0.6 mL/min,80℃,示差屈折率検出器)により、液相の生成物を定量分析し、以下の式より各成分の収率を求めた。
【数1】

また、固体残渣を110℃で24時間乾燥した後、未反応セルロースの質量から以下の式よりセルロース転化率を求め、その転化率から各生成物選択率を求めた。
【数2】

結果を表1及び図2に示す。糖アルコール(ソルビトール、マンニトール)が合計の収率38%で生成し、糖アルコールを効率良く合成できることが分かった。
【0037】
比較例1:セルロース分解反応
Ru/AC(N)触媒の代わりにRu/Al23触媒を用いた以外は実施例1と同様の条件でセルロースの水素化分解反応を実施した。結果を表1及び図2に示す。
【0038】
比較例2:セルロース分解反応
Ru/AC(N)触媒の代わりにPt/Al23触媒を198mg用い、1MPaの水素ガス雰囲気下で24時間反応させた以外は、実施例1と同様の条件でセルロースの水素化分解反応を実施した。結果を表1及び図2に示す。
【0039】
【表1】

【0040】
[結果]
前述したように、特許文献1及び非特許文献1に活性な触媒として記載されているRu/Al23やPt/Al23などは5MPaの水素ガスを用いた場合には確かに高い活性を示すが、本反応条件ではいずれも活性は低かった。非特許文献2で報告されているRu/活性炭触媒は本発明のRu/AC(N)触媒と一見類似しているが、同文献では糖アルコールを合成するには2MPa以上の水素ガス加圧が必要であり、本発明の触媒とは触媒活性が明らかに異なる。水中で0.8MPaの低圧水素ガスを用いてセルロースから糖アルコールを効率良く合成できた触媒は報告されていない。従って、本発明のRu/AC(N)は本質的に新規な触媒であり、その触媒活性種は典型的な水素化触媒と異なると考えられる。
【0041】
実施例2〜3,比較例3〜5:ルテニウムを担持した固体触媒の担体の影響
水素分圧を0.7MPaとしたこと以外は実施例1と同様に、種々の担体を用いて同様に反応を実施した。なお、比較例3〜5に使用した無機酸化物担体を用いた触媒は比較例1及び2と同様の焼成を行った後、水素還元することにより調製した。結果を表2に示した。炭素系担体を用いた実施例2及び3では糖アルコール(ソルビトール、マンニトール)の収率が30%以上であり、糖アルコールを効率良く合成できることが分かった。これに対して、無機酸化物担体を用いた場合はTiO2で合計の収率が20%であり、Al23及びZrO2ではいずれも合計の収率が5%未満と低かった。これらの結果から、炭素系担体を用いた方が無機酸化物担体を用いるよりも活性が高いことが示唆された。
【0042】
【表2】

【0043】
実施例1,3,4:水素圧の影響
水素圧を0.5〜0.8MPaの範囲で変更したこと以外は実施例1と同様の条件で反応を実施した。結果を表3に示した。いずれも糖アルコール(ソルビトール、マンニトール)の収率は20%を超えているが、水素圧が0.7MPa及び0.8MPaで概ね同等(40%弱)の収率となっている。このことから水素圧の増加に伴い糖アルコールの収率は増加するが、0.7MPa付近で飽和する傾向があることが示唆された。
【0044】
【表3】

【0045】
実施例3,5〜8:反応時間の影響
反応時間を1〜18時間の範囲で変更したこと以外は実施例1と同様の条件で反応を実施した。結果を表4に示した。反応時間が1時間ではセルロースの転化率が低いため、糖アルコール(ソルビトール、マンニトール)の収率は20%未満と低いが、選択率は48%の高い値が得られた。2時間以上では収率は30%を超え、6時間以上では約35%まで向上した。糖アルコール(ソルビトール、マンニトール)の選択率は多少ばらつきはあるものの1〜18時間の範囲で45%以上を維持しており、反応時間によらず高い選択率が得られた。
【0046】
【表4】

【0047】
[触媒のキャラクタリゼーション]
Ru/AC(N)触媒のRu活性種を明らかにするため、既報の水素化触媒であるRu/Al23触媒と粉末X線回折(X-ray diffraction,XRD)パターンを比較した。図3パターン(a)に示すように、AC(N)は無定形炭素のブロードな散乱ピーク及び不純物として1%程度含有されている結晶性シリカに由来する2θ=27°に代表される鋭い回折線を与えた。Ruを担持した後の触媒、すなわちRu/AC(N)でも、パターン(b)に示すように、同様のパターンが確認されたが、パターン(b)とパターン(a)の差分を取ることによりAC(N)の回折線を除去したパターン(c)では、Ruに由来するピークは観測されなかった。そこで、Ru/AC(N)のX線光電子分光(X-ray Photoelectron Spectroscopy,XPS)測定を実施したした。図4に示すように、Ru3p3/2軌道電子の束縛エネルギーはRuO2の462.9eVに近い463.1eVであり、Ru金属461.9eVよりも高いことから、Ruが完全には還元されていないことが明らかになった。すなわち、Ru/AC(N)では金属ナノ粒子が形成されていないと考えられる。
【0048】
図5にAl23及びRu/Al23のXRDパターンを示す。パターン(a)に示すように、担体のAl23は典型的なγ−Al23の回折パターンを示した。Ru/Al23の回析パターンを示すパターン(b)では、Ruを担持することによりRu金属の回折線が2θ=44°に観測された。パターン(b)とパターン(a)の差分を取ることによりγ−Al23の回折線を除去したパターン(c)では、黒丸で示すRuのピークが明確に確認でき、Ruの平均粒子径が9nmと算出された。
以上の結果から、セルロースを低圧の水素で水素化して糖アルコールを合成可能な活性種は、完全に0価のルテニウム金属粒子ではなくカチオン性のルテニウム種であると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明は、セルロース等の糖類からの糖アルコールの製造技術分野において有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素系担体に遷移金属を担持した固体触媒を用いて、水存在下、0.1〜1MPaの水素分圧雰囲気下で、糖類を加水分解反応に付する工程、及び加水分解物を還元反応に付する工程を含むことを特徴とする糖アルコールの製造方法。
【請求項2】
炭素系担体に遷移金属を担持した固体触媒を用いて、水存在下、0.1〜1MPaの水素分圧雰囲気下で、単糖及びオリゴ糖を還元反応に付することを特徴とする糖アルコールの製造方法。
【請求項3】
前記遷移金属がルテニウムである請求項1または2に記載の糖アルコールの製造方法。
【請求項4】
前記炭素系担体にルテニウムを担持した触媒として粉末X線回折パターンがルテニウムに由来するピークを有さない触媒を用いる請求項3に記載の糖アルコールの製造方法。
【請求項5】
前記炭素系担体が活性炭またはカーボンブラックである請求項1〜4のいずれかに記載の糖アルコールの製造方法。
【請求項6】
糖類が、セルロースである請求項1に記載の糖アルコールの製造方法。
【請求項7】
セルロースとして、結晶性低下処理したものを使用する請求項6に記載の糖アルコールの製造方法。
【請求項8】
水素分圧が0.5〜0.8MPaである請求項1または2に記載の糖アルコールの製造方法。
【請求項9】
反応時間が2〜25時間である請求項8に記載の糖アルコールの製造方法。
【請求項10】
ルテニウムが活性炭またはカーボンブラックに担持されており、かつ、粉末X線回折パターンがルテニウムに由来するピークを有さないことを特徴とする糖アルコール製造用触媒。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−41336(P2012−41336A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−158877(P2011−158877)
【出願日】平成23年7月20日(2011.7.20)
【出願人】(504173471)国立大学法人北海道大学 (971)
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)
【Fターム(参考)】