説明

糖化タンパク質の分析方法および装置

【課題】 高精度で糖化ヘモグロビン量を算出する
【解決手段】 糖化ヘモグロビンを含む検体をバチルス属タンパク質分解酵素で処理した後、フルクトシルバリルヒスチジンに作用するフルクトシルペプチドオキシダーゼとフルクトシルペプチドオキシダーゼの触媒する反応により増減する電気化学的活性物質を検知する機構を用いて、検体中のフルクトシルバリルヒスチジン濃度を電気化学的に検知する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高速かつ高精度に糖化ヘモグロビン量を測定する分析方法および装置に関し、健康管理、臨床診断等に資するものである。
【背景技術】
【0002】
糖尿病患者の長期間の血糖コントロールの指標に糖化ヘモグロビンが広く用いられている。糖化ヘモグロビンとはヘモグロビンに糖が非酵素的に結合した糖化タンパク質の一種である。糖化ヘモグロビンの中でも特に、HbA1cと呼ばれる画分はヘモグロビンAのβ鎖N末端のバリン残基にグルコースがシッフ塩基を形成してアルジミン(不安定型)となり、さらにアマドリ転位を受けてケトアミン化合物を生成したものである。なおアルジミン構造をとるものを不安定糖化ヘモグロビン、ケトアミン構造をとる場合を安定糖化ヘモグロビンと呼ぶ。なお、アマドリ転位後の前記β鎖のN末端はフルクトシルバリン残基となる。
【0003】
この反応過程に酵素の関与はなく、血漿中のグルコース濃度に応じてその量が増加し、いわゆる血漿中の血糖値が平均的に長期間高い値を示すとHbA1cは高値となる。安定型糖化ヘモグロビンはその赤血球の寿命が尽きるまで消滅しない。一般にヘモグロビン分子の生体内での寿命は2ヶ月程度とされており、その結果、HbA1cの値は過去1〜2ヶ月間の平均血糖値を反映するとされている。そのためHbA1cは長期間の血糖値の平均値の指標として用いられる。一般に血糖値は、検査前の生活態度、食事等により変動しやすい特性を有するが、HbA1cは長期間の平均値であるため、糖尿病の確定診断、治療のための判断材料として用いるのに適しているとされている。
【0004】
そのため、すでに糖化ヘモグロビンについて多種多様の測定方法が提案されている。その代表的なものとして、高速液体クロマトグラフ法(HPLC)、免疫法、酵素法が挙げられる。
【0005】
HPLC法は、現在最も多用される方法である。分離カラムによりヘモグロビンを分画し、HbA1cに相当する保持容量に溶出したピークと、全ピーク面積の比率からHbA1cの存在比率を算出する。いわば相対面積法をとるため、注入容量の精度をある程度無視できるなどの利点がある。しかし装置が大型かつ複雑であり、メンテナンス負荷が大きい等の問題がある。また、不安定型HbA1cと安定型HbA1cが区別できないため、あらかじめ不安定型HbA1cを除去後に分離分析を行わなければならないという欠点を有する(特許文献1)。同時に先天的なヘモグロビンの変異がある場合は、分離パターンが変化して異常値を示す場合がある。また他の生体成分が偶然HbA1cのピークと重複することによる誤差を含む可能性がある。
【0006】
免疫法はHbA1cのβ鎖のN末端付近の構造に対応した抗体を利用することにより、より高精度な分析を、より簡単な機構で達成できる可能性を有する。しかし一般的な免疫分析のように血清を対象とするのではなく、全血を溶血させた検体を対象とするため、非特異反応が起きやすく、また反応を検知するために用いる比色計が汚染されやすいため、必ずしも満足できる精度が得られないことが指摘されている。
【0007】
一方で酵素法は、糖化タンパク質から糖化ペプチドまたは糖化アミノ酸を何らかの手法で切り出した後、生じた糖化ペプチドまたは糖化アミノ酸量を糖化ペプチドオキシダーゼや糖化アミノ酸オキシダーゼ等の酵素を用いて検出するものである。酵素の選択性を利用することにより、より高精度の分析を実施できる可能性がある。
【0008】
まず、糖化アミノ酸を酵素により測定する方法は特許文献2に記載されている。しかし、糖化タンパク質から糖化アミノ酸を切り出す方法は記載されていない。
【0009】
のみならず、いまだ未解決の問題点は多い。
【0010】
まず第1の問題点としては、できる限り迅速に糖化ペプチドまたは糖化アミノ酸を切り出すタンパク質分解酵素が必要となる。同時に活性の高いタンパク質分解酵素は、ヘモグロビンのみならず糖化ペプチドオキシダーゼや糖化アミノ酸オキシダーゼすら分解する可能性があり、ヘモグロビンを選択的に分解する方法が模索されているが、有効な方法は、いまだ見出されていない。
【0011】
第2の問題点は、ヘモグロビンのα鎖とβ鎖はN末端アミノ酸がいずれもバリンであり、糖化アミノ酸を検知する場合には、糖化アミノ酸を遊離するタンパク質分解酵素が理想的にはβ鎖のみに作用することが望ましい。しかし、α鎖とβ鎖のように非常に類似した基質に対して、高度の選択性を有するタンパク質分解酵素はいまだ発見されていない。
【0012】
この問題点に関しては、別の観点からの解決策が提示されている。つまり、タンパク質分解酵素で遊離された糖化アミノ酸を検知するのではなく、糖化ジペプチドまたは糖化ペプチドを検知することによりα鎖とβ鎖の糖化を区別するものである。特に糖化ジペプチドの中で選択的にフルクトシルバリルヒスチジンに作用する酸化酵素が提案されている(特許文献3、4、5)。このフルクトシルバリルヒスチジンに作用するフルクトシルペプチドオキシダーゼを利用すれば、タンパク質分解酵素の基質特異性に対する要求事項を減らすことができる。
【0013】
しかし、特許文献3において、タンパク質分解酵素により処理された試料を糖化ペプチドオキシダーゼまたはHPLCで測定することにより糖化タンパク質を定量する方法が開示されている。しかしタンパク質分解酵素が糖化タンパク質のみに作用し、糖化ペプチドオキシダーゼに作用しないという別の特異性に関しては何らの検討がなされておらず、実施例においてもタンパク質分解酵素を熱失活し限外ろ過を行う例が示されているのみである。
【0014】
特許文献4においては、酵素の活性を低分子標準物で測定しており、糖化タンパク質から糖化ペプチドを遊離する方法は開示されていない。
【0015】
特許文献5においては、ストレプトマイセス属由来のタンパク質分解酵素を大過剰に用いて糖化ヘモグロビン中の糖化ペプチドを計ることによりHbA1cを定量する方法が例示されている。しかし、特許文献5に記載されるように、多くの糖化ペプチドオキシダーゼは糖化アミノ酸にも応答する特性がある。従って大過剰のタンパク質分解酵素が存在する場合に、糖化ペプチドと糖化アミノ酸のいずれが反応したかは明瞭ではなく、糖化ペプチドオキシダーゼの特長である、ヘモグロビンβ鎖に対する特異性を完全に発揮させた例はない。
【0016】
特許文献6においては、糖化ペプチドまたは糖化アミノ酸に作用して過酸化水素を生成する酵素と、その基質を生成するタンパク質分解酵素の組み合わせを検討したものである。本特許において、タンパク質分解酵素の糖化アミノ酸生成活性は、糖化ジペプチドから糖化アミノ酸を遊離する活性として評価され、また、糖化ジペプチドの生成活性は糖化ジペプチドのニトロアニリド誘導体からニトロアニリンを遊離する活性として評価されている。従って、実際の高分子量の糖化タンパク質、特に糖化ヘモグロビンから、糖化ペプチドまたは糖化アミノ酸が遊離するかどうかは不明である。実際に本発明で有効とされる植物由来のタンパク質分解酵素であるパパインについて、本願発明者らは有効性を確認することができなかった。
【0017】
特許文献7においては、糖化ジペプチドを遊離する方法として、各種タンパク質分解酵素の例示があるが、実際には糖化ヘキサペプチドから糖化ジペプチドを遊離する方法を検討しており、実際の糖化ヘモグロビンを分解したものではない。また本願発明者らの追試では、バチルス属を除くタンパク質分解酵素、特にパパインやアスペルギルス属のタンパク質分解酵素では応答が全く得られず、バチルス属由来のタンパク質分解酵素でのみ応答するという結果となり、追試することはできなかった。この理由は明らかでないが、特許文献7ではプロテアーゼ分解した際にフルクトシルバリルヒスチジンと同時生成する別の生成物が検出されていると考えられる。
【0018】
あくまで糖化ヘモグロビンを測定する場合には、タンパク質分解酵素の検討に使用する基質は糖化ヘモグロビン自体であることが必要である。また、タンパク質分解酵素を利用する際には、糖化ペプチドのみを検知することが望ましいが、従来、糖化ヘモグロビンを効率的に分解し、かつ必要とされる糖化ペプチドのみを検知する方法は開示されていない。
【0019】
さらに、検体中に含まれるヘモグロビン総量を検知し、糖化ヘモグロビンの比率を簡便かつ正確に算出する方法および装置は従来開示されていない。
【特許文献1】特公平5−59380号
【特許文献2】特公平5−33997号
【特許文献3】特開2001−95598号
【特許文献4】特開2003−235585号
【特許文献5】特開2004−275013号
【特許文献6】特開2004−344052号
【特許文献7】特開2005−110657号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明の目的は、糖化ヘモグロビン量の高精度な分析方法を提供する。
【0021】
また本発明の他の目的は、糖化ヘモグロビンから生成した糖化ジペプチドに特異的なフルクトシルペプチドオキシダーゼ固定化体の使用方法および装置を提供し、HbA1cの定義であるヘモグロビンβ鎖の糖化物の正確な定量を可能とすることである。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明は、フルクトシルバリルヒスチジンに作用するフルクトシルペプチドオキシダーゼを固定化した固定化体と、フルクトシルペプチドオキシダーゼの触媒する反応により増減する電気化学的活性物質を検知する機構を用いて、フルクトシルバリルヒスチジン濃度を電気化学的に検知し、フルクトシルバリルヒスチジン量から糖化ヘモグロビンを算出するにあたり、フルクトシルペプチドオキシダーゼ固体化体と検体が接触する前に、糖化ヘモグロビンを含む検体をバチルス属由来のタンパク質分解酵素で処理することを特徴とする糖化ヘモグロビンの分析方法を開示する。
【0023】
糖化ヘモグロビンを含む検体を処理する際のバチルス属由来のタンパク質分解酵素は、中性または酸性に至適pHを有するバチルス属由来のタンパク質分解酵素であることが望ましい。
【0024】
さらに、糖化ヘモグロビンを含む検体を処理する際に、検体を陰イオン界面活性剤含有緩衝液と混合し、その混合された検体をバチルス属由来のタンパク質分解酵素で処理することが望ましい。さらにタンパク質分解酵素を化学的に固定化した固定化体と陰イオン界面活性剤と混合した検体を接触させて分解処理することができる。
【0025】
ヘモグロビンの糖化割合は、フルクトシルペプチド量と糖化ヘモグロビンを含む検体の光吸収から求めたヘモグロビン量の比率より算出すればよい。
【0026】
また、本発明は前記のタンパク質分解酵素で検体を処理する時間が、フルクトシルバリンに応答し、フルクトシルバリルヒスチジンに応答しないフルクトシルバリン検知機構、および/または少なくとも1種類の遊離アミノ酸を検知できる該アミノ酸検知機構に、糖化ヘモグロビンを含む検体をバチルス属由来のタンパク質分解酵素で処理した検体を接触させたときに、過酸化水素の増加または酸素の減少が観察されない時間範囲内である糖化ヘモグロビンの分析方法を開示する。
これらの分析は、フルクトシルバリルヒスチジンに作用するフルクトシルペプチドオキシダーゼを固定化した固定化体(17)と、フルクトシルペプチドオキシダーゼの触媒する反応により増減する電気化学的活性物質を検知する電気化学検出機構(18)と、糖化ヘモグロビンを含む検体とバチルス属由来のタンパク質分解酵素と任意の時間接触させ、その一部を注入する機構(4、5、7)を備えた糖化ヘモグロビンの分析装置により実現される。ここで、「任意の時間」とは、HbA1cが分析可能である限り特に限定されない。検体がタンパク質分解酵素で処理される時間は、フラクトシルバリン検知機構とアミノ酸検知機構の一方又は両方、好ましくは両方を使用して決定することができる。フラクトシルバリン検知機構を用いるのは、タンパク質分解酵素により生じたフラクトシルバリルヒスチジンがさらに分解を受けてフラクトシルバリンにならないようにタンパク質分解酵素による検体の処理時間の上限を定めるためであり、アミノ酸検知機構を用いるのは、処理時間が長くなるとε−フラクトシルリジンが生じ、ε−フラクトシルリジン量が多くなるとフラクトシルバリルヒスチジンの測定量に影響するため、ε−フラクトシルリジン生成量をフラクトシルバリルヒスチジンの測定に影響しない範囲に抑えるためである。具体的には、フラクトシルバリンおよび/またはアミノ酸(特にε−フラクトシルリジン)の発生するまでの時間を測定し、その時間よりも短い検体の処理時間を設定すればよい。
【0027】
フラクトシルバリン検知機構および/またはアミノ酸検知機構を用いて適切なタンパク質分解酵素による検体の処理時間の範囲をいったん決定し、処理条件を一定にすれば、上述の検知機構を使用せずにその処理時間の範囲内で検体を処理することができる。

さらにフルクトシルバリルヒスチジンに作用するフルクトシルペプチドオキシダーゼを固定化した固定化体(17)と、フルクトシルペプチドオキシダーゼの触媒する反応により増減する電気化学的活性物質を検知する電気化学検出機構(18)と、糖化ヘモグロビンを含有する検体を注入する機構(4、5、7)を備えた糖化ヘモグロビンの分析装置であって、検体を注入する機構の下流にバチルス属由来のタンパク質分解酵素を結合したカラム状リアクターを備えることができる。
【0028】
フルクトシルバリルヒスチジンに作用するフルクトシルペプチドオキシダーゼを固定化した固定化体(17)と、フルクトシルペプチドオキシダーゼの触媒する反応により増減する電気化学的活性物質を検知する電気化学検出機構(18)と、糖化ヘモグロビンを含有する検体を注入する機構(4、5、7)を備えた糖化ヘモグロビンの分析装置であって、検体を注入する機構(4、5、7)の下流に遊離アミノ酸検知機構またはフルクトシルバリン検知機構を併設することが望ましい。
【0029】
フルクトシルバリルヒスチジンに作用するフルクトシルペプチドオキシダーゼを固定化した固定化体(17)と、フルクトシルペプチドオキシダーゼの触媒する反応により増減する電気化学的活性物質を検知する電気化学検出機構(18)と、糖化ヘモグロビンを含有する検体を注入する機構(4、5、7)を備えた糖化ヘモグロビンの分析装置であって、検体を注入する機構(4、5、7)またはその下流に少なくとも、試料の光吸収から求めたヘモグロビン量を算出し、該ヘモグロビン量とフルクトシルペプチド量からヘモグロビンの糖化割合を算出する機構を併設することが望ましい。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、血液検体中の安定糖化ヘモグロビンを簡便かつ高精度に定量することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、本発明の構成及び好ましい形態についてさらに詳しく説明する。
【0032】
本発明に使用しうるタンパク質分解酵素は、糖化ヘモグロビンまたはそのフラグメントからN末端の糖化ペプチドを生じる作用が大きいものであれば良い。本発明者らが鋭意検討した結果バチルス属由来のタンパク質分解酵素にその大きな作用がみとめられた。また、ヒトヘモグロビンはpH5.0以下では沈殿するので、タンパク質分解酵素が効果的に作用するにはヘモグロビンが十分に溶解できるpH範囲に至適を持つタンパク質分解酵素がより好ましい。好ましくはpH6.0〜10.0、より好ましくはpH6.0〜8.0である。具体的には、プロテアーゼN(天野エンザイム株式会社製)、プロチンPC10F(大和化成株式会社製)、プロタメックス(ノボザイム社製)、ニュートラーゼ(ノボザイム社製)を例示することができる。
【0033】
糖化ヘモグロビンにタンパク質分解酵素を作用させる方法としては、まず糖化ヘモグロビンを含む検体を界面活性剤含有緩衝液と混合して反応させた後、その反応液をタンパク質分解酵素溶液またはタンパク質分解酵素が固定化された担体と所定時間接触させる等の方法が挙げられ、何れの方法を用いてもよい。
【0034】
タンパク質分解酵素の濃度、反応pH及び反応温度等のタンパク質分解酵素の反応条件は、タンパク質分解酵素に応じて適宜選択される。一例として、プロチンPC10F(大和化成株式会社製)を溶液で使用する際には、糖化ヘモグロビンを含む検体の界面活性剤含有緩衝液での処理条件は、処理液中の血球濃度が5〜20体積%のとき、処理液中のプロチンPC10Fの濃度が0.1〜50mg/ml、反応温度が20〜50℃、反応pHは6.0〜9.0を例示できる。
【0035】
バチルス属由来のタンパク質分解酵素の不溶性担体への固定化量は、タンパク量で1〜50mg/カラムが望ましく、より好ましくはタンパク量で1〜10mg/カラムである。
【0036】
糖化ヘモグロビンを含む検体を処理する際に使用する界面活性剤には、溶血作用とヘモグロビンの分子構造を変化させる2つの作用が必要である。ヘモグロビンは赤血球内に大部分が存在し、適切な濃度の界面活性剤存在下ではヘモグロビンが赤血球外に放出される。また、ヘモグロビンは通常折りたたまれた状態で存在するが、適切な濃度の界面活性剤中では緩んだ状態で存在し、この作用によりタンパク質分解酵素による分解が容易になると推測される。界面活性剤としては、非イオン系のポリオキシエチレンアルキルエーテル類[例えばポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル(トリトンX−100)、ポリオキシエチレン(23)ラウリルエーテル等]やポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類[例えばポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(ツイーン20)、ポリオキシエチレンソルビタンモノパルミテート(ツイーン40)等]、陰イオン系のポリオキシエチレンアルキルエーテル類やアルキル硫酸塩[ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)等)]、陽イオン系、両性イオン系があるが、陰イオン系界面活性剤が先に述べた2つの効果が高く、望ましい。その濃度は0.05〜10%、好ましくは0.05〜1%で、界面活性剤との反応時間は数秒〜10分程度である。
【0037】
糖化ヘモグロビンを含む検体を処理する際に使用する緩衝液は、ヘモグロビンが溶解できるpH範囲の緩衝液であれば特に限定されず、リン酸緩衝液やトリス緩衝液等の公知の緩衝液及びその塩を使用すればよい。緩衝液には塩化ナトリウムや塩化カリウム等の塩を適宜添加してもよい。
【0038】
タンパク質分解酵素で検体を処理する時間は、フルクトシルバリンに応答し、フルクトシルバリルヒスチジンに応答しないフルクトシルバリン検知機構、または少なくとも1種類の遊離アミノ酸を検知できる該アミノ酸検知機構に、糖化ヘモグロビンを含む検体のバチルス属由来のタンパク質分解酵素処理溶液を接触させたときに、過酸化水素の増加または酸素の減少が観察されない時間範囲内が望ましい。
【0039】
タンパク質分解酵素の作用によって糖化ヘモグロビンから生成した糖化ペプチド、糖化アミノ酸及びアミノ酸は、順次フルクトシルペプチドオキシダーゼ、フルクトシルアミノ酸オキシダーゼ及び該アミノ酸オキシダーゼ(順序は問わない)で過酸化水素に変換し、各々のオキシダーゼにより生成した過酸化水素を電気化学的に検出すれば、試料中の糖化ペプチド、糖化アミノ酸及びアミノ酸濃度が各々測定できる。
【0040】
糖化ペプチドに作用するフルクトシルペプチドオキシダーゼとしては、例えば特開2001−95598号、特開2003−235585号、特開2004−275013号公報に記載されているフルクトシルペプチドオキシダーゼが挙げられる。
【0041】
これらの他にも糖化ジペプチドに特異的に作用し、過酸化水素を生成する反応を触媒する酵素は、自然界の微生物を探索して得ることもでき、動物あるいは植物由来の酵素を探索しても得ることができる。また、コリネバクテリウム属(Corynebacterium)、アスペルギルス属(Aspergillus)、フサリウム属(Fusarium)、ギベレラ属(Gibberella)、ペニシリウム属(Penicillium)、バチルス属(Bacillus)等の既知のフルクトシルアミノ酸オキシダーゼ等を改変することにより得ることもできる。
【0042】
糖化ヘモグロビンの測定には、糖化ヘモグロビンα鎖N末端の糖化ペプチドであるフルクトシルバリルロイシンや糖化アミノ酸であるフルクトシルバリン、ε-アミノ基が糖化された糖化リジンには実質的に作用せず、糖化ヘモグロビンβ鎖N末端の糖化ペプチドであるフルクトシルバリルヒスチジンに特異的に作用する酵素、フルクトシルペプチドオキシダーゼが好ましい。これはHbA1cがヘモグロビンβ鎖N末端の糖化物と定義されているためで、ヘモグロビンα鎖N末端に由来するフルクトシルバリルロイシンまたはフルクトシルバリン、血清中に含まれるアルブミンが糖化されたものから遊離するε-アミノ基が糖化されたリジン、ヘモグロビンに含まれるリジン糖化物が測定結果に正の誤差を生じる可能性があるためである。
【0043】
しかしながら、特開2004−275013号に記載されているように多くのフルクトシルペプチドオキシダーゼは、フルクトシルペプチドのみならず、フルクトシルバリンにも応答する特性を有している。このような場合、測定結果に生成したフルクトシルバリンに由来する正の妨害を生じるため、高精度は得られない。フルクトシルバリンに由来する妨害を除く方法としては、糖化ヘモグロビンのタンパク質分解酵素処理液中のフルクトシルバリンを特異的に検知して差演算する方法、タンパク質分解酵素処理の条件をフルクトシルバリンが生成しない条件で使用する方法が挙げられるが、高精度を得るには後者の方法が望ましい。後者の場合、タンパク質分解酵素処理液中でフルクトシルバリンが検知されないことが重要であり、具体的には、検体注入機構の下流にフルクトシルバリン検知機構を設けて検出値の増減がないことを確認すればよい。このときに使用するフルクトシルバリン検知機構に要求される要件は、フルクトシルペプチドに応答せず、フルクトシルバリンを特異的に検出することであり、このような特性を有するフルクトシルアミノ酸オキシダーゼを固定化した固定化体を検体注入機構の下流に配置して、過酸化水素の増減を検知する方法が特に好ましい。
【0044】
さらにフルクトシルペプチドオキシダーゼは、ε−フルクトシルリジンや各種アミノ酸に応答する可能性が指摘されている。これらの成分が問題となる場合には、前述のフルクトシルバリンと同様に、問題となる成分が前記処理検体液中で検知されないことが望ましい。ε−フルクトシルリジンの場合には、前述と同様にε−フルクトシルリジンに特異的に作用するオキシダーゼを使用してもよいが、タンパク質分解酵素の処理液中にε−フルクトシルリジンの非糖化物であるリジンが検知されないことで置換してもよく、後者の方が簡便でより望ましい。該アミノ酸の検出には、該アミノ酸を基質とするアミノ酸オキシダーゼを固定化した固定化体を検体注入機構の下流に配置して、過酸化水素の増減を検出する方法が操作や装置構成の簡便性の点から特に好ましい。例として、L−グルタミン酸オキシダーゼやL-リジンオキシダーゼなどの利用が耐熱安定性、感度の点から望ましい。
【0045】
糖化タンパク質を含む検体のタンパク質分解酵素処理液中のフルクトシルバリルヒスチジンを測定する同時に、フルクトシルバリン及び特定のアミノ酸を測定することで、タンパク分解酵素の処理時間を規定できる。すなわち、フルクトシルバリン及び特定のアミノ酸が検出されず、フルクトシルバリルヒスチジンのみが検出される時間の範囲内でタンパク質分解酵素を使用すればよい。
【0046】
タンパク質分解酵素やフルクトシルペプチドオキシダーゼやアミノ酸オキシダーゼも固定化して使用すると、繰り返し使用することができ、より好ましい。
【0047】
本発明で使用するバチルス属微生物由来のプロテアーゼ、フルクトシルペプチドオキシダーゼ、アミノ酸オキシダーゼ等の酵素固定化方法としては、物理吸着法、イオン結合法、包括法、共有結合法などタンパク質の固定化方法として公知の方法を利用できるが、中でも共有結合法が長期安定性に優れ望ましい。タンパク質を共有結合させる方法としては、ホルムアルデヒド、グリオキザール、グルタルアルデヒドなどのアルデヒド基を有する化合物を用いるか、多官能基性アシル化剤を利用する方法、スルフヒドリル基を架橋させる方法など各種の方法を利用できる。酵素固定化体の形状としては、膜状に固定化し白金、金、カーボンなどからなる電極上にのせることもできるし、不溶性担体に固定化し担体をカラムリアクターに充填して用いることもできる。
【0048】
さらに固定化の際に他種の酵素あるいはゼラチンや血清アルブミンなどのタンパク質、ポリアリルアミンやポリリジンなどの合成高分子を共存させ、酵素固定化体の特性、すなわち膜強度、基質透過特性などを変更することもできる。酵素を不溶性担体に固定化する場合の担体としては、ケイソウ土、活性炭、アルミナ、酸化チタン、架橋処理デンプン粒子、セルロール系高分子、キチンおよびキトサン誘導体などの公知の担体を利用できる。
【0049】
過酸化水素は公知の方法により直接、間接的に測定することができる。しかし、天然に存在するヘモグロビン糖化物の糖化率は約5%と低いので、プロテアーゼ分解によって生じたフルクトシルバリルヒスチジン由来の過酸化水素量が通常よりも少ないことが十分に予想されるため、過酸化水素を高感度で検出する必要がある。また、ヘモグロビン自身が400〜600nm付近に吸収帯を有しているため、公知の方法の中でもこれらの波長領域での過酸化水素の吸光度検出はヘモグロビンの吸収による妨害が大きく、実際の糖化ヘモグロビン測定には適用できない可能性が高い。これらのことから過酸化水素の高感度計測には、アンペロメトリー等の電気化学的な手法を用いるのがより好ましい。
固定化された酵素に試料を一定時間接触させて反応を進行させるには、試料液を一定時間撹拌しながら反応を起こさせるバッチ方式でも可能であるが、より高精度の測定を実施するためにフロー方式の測定を用いることが望ましい。
【0050】
臨床診断指標としてのヘモグロビンの糖化割合の対象であるHbA1cは、全ヘモグロビン中で特定部位が糖化された画分の比率で表現される。そのため、分析に用いる試料中のヘモグロビン濃度が判明すれば、その試料から検出されるフルクトシルバリルヒスチジン量との比率をとればよいことになる。
【0051】
ヘモグロビン濃度を測定する方法としては、シアンメトヘモグロビン法、メトヘモグロビン法、アザイドヘモグロビン法、SLS−ヘモグロビン法等の公知の方法を用いればよいが、中でも種々の酵素に阻害や失活等の影響が少なく、試薬廃棄時に環境に対する負荷が小さいSLS−ヘモグロビン法が好ましい。SLS−ヘモグロビン法は、血液試料を陰イオン系界面活性剤であるアルキル硫酸塩溶液(以後ヘモグロビン測定試薬と表記する)で処理した後、540nmでの試料の吸光度変化から算出するものである。アルキル硫酸塩はラウリル硫酸ナトリウム(SLS)やポリオキシエチレンラウリル硫酸ナトリウム等を適宜選択して使用し、ヘモグロビン測定試薬中には緩衝液や各種塩類を含んでいてもよい。アルキル硫酸塩の濃度は、反応用液中の血球濃度0.25〜20体積%に対して0.05〜10%、好ましくは0.05〜1%である。血液試料とヘモグロビン測定試薬の反応は数秒〜数分程度で完了する。
【0052】
ヘモグロビン測定試薬処理液の吸光度を測定する方法としては、キュベットに該試料を分注して特定の波長の吸光度を測定するバッチ法、またはテフロン(登録商標)管をセルとして試料がテフロン(登録商標)管を通過する特定の波長の吸光度変化を測定するフロー法を用いればよく、操作が簡単であることからフロー法がより望ましい。ヘモグロビン濃度の測定は、検体とヘモグロビン濃度測定試薬の反応終了後、反応液の吸光度が安定である時間の範囲内で行えばよい。
【0053】
タンパク質分解酵素を作用させる際に使用する界面活性剤含有緩衝液中に、アルキル硫酸塩を含むヘモグロビン測定試薬を同時に共存させ、溶血、ヘモグロビンの変性、SLS−ヘモグロビンの形成反応を同時に行ってもよいし、別々に行ってもよい。
【0054】
本発明の1つの好ましい実施形態を図1に示す。緩衝液の流れを形成する機構(1,2)と、検体を注入する機構(4,5,7)、その下流にタンパク質分解酵素固定化体(14)とヘモグロビン濃度検出用フロー型比色計(16)と電気化学的活性物質濃度を検知できる電極(18,20)を配置し、フルクトシルペプチド検出用電極系(17,18)とアミノ酸検出用電極系またはフルクトシルアミノ酸検出用電極系(19,20)を構成する。
【0055】
具体的には、まず緩衝液槽(1)より緩衝液をポンプ(2)により送液する。試料(6)にニードル(7)を挿入し、バルブ(10)を閉じ、バルブ(11)を開けて、シリンジポンプ(12)を引くことにより試料を計量バルブ(4)の計量ループ(5)に引き込む。次に計量バルブ(4)を切り替え、緩衝液によりループ(5)内に溜まった試料を押し出す。過剰の試料は一旦バルブ(10)を開けてバルブ(11)を閉じ、洗浄液(9)をシリンジポンプ(12)に引き込んだ後、バルブ(10)を閉じバルブ(11)を開けて洗浄液を押し出すことにより、廃棄ポット(8)に押し出され、廃液ボトル(23)に貯留される。注入された試料は緩衝液の流れにのって恒温槽(13)内に設置されたタンパク質分解酵素固定化酵素カラム(14)を通り、試料中の糖化タンパク質からフルクトシルペプチドを生成する。タンパク質分解酵素の作用した試料は、緩衝液の流れに従ってさらに下流に設置されたフロー型比色計(16)を通り、試料中のヘモグロビン濃度が検出された後、フルクトシルペプチドオキシダーゼ固定化カラム(17)を通り、そこで生成した過酸化水素が過酸化水素電極(18)で検知される。続いて該アミノ酸オキシダーゼ固定化カラムまたはフルクトシルアミノ酸オキシダーゼ固定化カラム(19)を通り、そこで生成した過酸化水素が下流の過酸化水素電極(20)により検知される。廃液は背圧コイル(21)を通り廃液ボトル(22)に溜まる。血液試料(6)は、直接分析装置内に供給されてもよいが、試料(6)は予めヘモグロビン濃度測定用試薬で処理された後、および/またはタンパク質分解酵素で処理された後装置内に供給されてもよい。分析装置内に血液試料を直接供給する場合には、例えばヘモグロビン濃度測定用試薬とタンパク質分解酵素と一緒に供給し、緩衝液の流路内においてヘモグロビン濃度測定試薬との反応及びタンパク質分解酵素処理されてもよい。フロー型比色計(16)の吸光度変化と過酸化水素電極(18)および(20)の電流値の変化を検知することにより物質濃度を定量する。
【実施例】
【0056】
以下に実施例を挙げて、本発明の内容をさらに詳細に説明するが、もちろん本発明はこれらに限定されるものではない。
実施例1
(1)フルクトシルペプチドオキシダーゼ固定化カラムの製造
耐火レンガ(30〜60メッシュ)150mgをよく乾燥し、10%γ−アミノプロピルトリエトキシシランの無水トルエン溶液に1時間浸漬した後、よくトルエンで洗浄し、乾燥する。こうしてアミノシラン化処理した担体を5%グルタルアルデヒドに1時間浸漬した後、よく蒸留水で洗浄し、最後にpH7.0、100mMのリン酸ナトリウム緩衝液で置き換え、この緩衝液をできるだけ除いておく。このホルミル化した耐火レンガにpH7.0、100mMリン酸ナトリウム緩衝液にフルクトシルペプチドオキシダーゼ(キッコーマン株式会社製)を140ユニット/mlの濃度で溶解した溶液200μlを接触させ、0〜4℃で1日放置し固定化する。この酵素固定化担体を内径3.5mm、長さ30mmのカラムに充填しフルクトシルペプチドオキシダーゼ固定化カラムとする。
(2)過酸化水素電極の製造
直径2mmの白金線の側面を熱収縮テフロン(登録商標)で被覆し、その線の一端をやすりおよび1500番のエメリー紙で平滑に仕上げる。この白金線を作用極、1cm角型白金板を対極、飽和カロメル電極を参照極として、0.1M硫酸中、+2.0Vで10分間の電解処理を行う。その後白金線をよく水洗した後、40℃で10分間乾燥し、10%γ−アミノプロピルトリエトキシシランの無水トルエン溶液に1時間浸漬後、洗浄する。牛血清アルブミン(シグマ社製、Fraction V)20mgを蒸留水1mlに溶解し、その中にグルタルアルデヒドを0.2%になるように加える。この混合液を手早く先に用意した白金線上に5μlのせ、40℃で15分間乾燥硬化する。これを過酸化水素電極とする。
【0057】
また参照電極としてはAg/AgCl参照電極を用い、対極には導電性の配管を用いた。
(3)測定装置
図1はフルクトシルペプチド測定装置である。緩衝液槽(1)より緩衝液をポンプ(2)により送液し、計量バルブ(4)を用いて試料5μlを注入する。タンパク質分解酵素固定化カラム(14)、フロー型比色計(16)、第2の固定化酵素カラム(19)と第2の過酸化水素電極(20)は配置せず、第1の固定化酵素カラム(17)にはフルクトシルペプチドオキシダーゼ固定化カラム、その下流に過酸化水素電極(18)を配置する。注入された試料は緩衝液の流れにのって恒温槽(13)内に設置された混合用配管(15)を通り、温度調整と緩衝液との混合が行われ、フルクトシルペプチドオキシダーゼ固定化カラム(17)と過酸化水素電極(18)を通り、試料中のフルクトシルバリルヒスチジンから過酸化水素を生成し電流値の変化を検知する。
【0058】
この測定装置に使用する緩衝液の組成は、100mMのリン酸と50mMの塩化カリウムと1mMのアジ化ナトリウムを含み、pHが7.0である。
【0059】
緩衝液の流速は1.0ml/分、恒温槽の温度は30℃であった。
(4)フルクトシルペプチドオキシダーゼ固定化カラムの特性
(3)の測定装置を用いてフルクトシルグリシン、フルクトシルバリン、フルクトシルバリルヒスチジンを5μl注入し、フルクトシルペプチドオキシダーゼカラムの特性を調べた結果を以下に示す。
(i)pH特性
緩衝液のpHを6.0、7.0、8.0としたときのフルクトシルグリシン(FG)、フルクトシルバリン(FV)、フルクトシルバリルヒスチジン(FVH)の酸化反応の活性の測定結果を図2に示す。フルクトシルグリシンに対してはpH8.0で高い活性を示し、pH6.0ではpH8.0の約50%まで活性が低下した。フルクトシルバリンとフルクトシルバリルヒスチジンに対してはpH6.0、7.0で高い活性を示した。
【0060】
pHが酸性の場合にフルクトシルグリシンに対する活性が低下したことから、その他の糖化アミノ酸に対しても活性が低くなることが予測される。また、フルクトシルバリルヒスチジンとフルクトシルバリンに対する活性はpH7.0で最大であることから、フルクトシルバリルヒスチジンの測定ではpH7.0が至適と判断した。
(ii)基質特異性
フルクトシルペプチドオキシダーゼ固定化カラムの基質特異性を表1に示す。表1は各pHでのフルクトシルバリンに対する応答を100とした場合の相対応答値である。
【0061】
何れのpHでもフルクトシルバリルヒスチジンとフルクトシルバリンに特異的で、α,ε−フルクトシルリジンにはほとんど応答せず、各種アミノ酸と糖類には全く応答しなかった。
【0062】
【表1】

【0063】
(iii)安定性
緩衝液のpHを7.0、緩衝液の流速を1.0ml/分、恒温槽温度を30℃の条件下で、フルクトシルペプチドオキシダーゼ固定化カラムはフルクトシルバリンに対して10日間で初期の約50%まで活性が低下した。
【0064】
使用したフルクトシルペプチドオキシダーゼ固定化カラムはα,ε−フルクトシルリジンには実質的に作用せず、フルクトシルバリルヒスチジンとフルクトシルバリンに特異的に作用する。また、フルクトシルバリン及びフルクトシルバリルヒスチジンに対する至適pHが中性または酸性域であるので、糖化タンパク質から糖化ペプチドを生成させるタンパク質分解酵素は中性または酸性域で活性の高いものが望ましい。
(5)血球のプロテアーゼ分解
ヒトヘモグロビンをタンパク質分解酵素で分解し、生成したフルクトシルペプチド測定に中性または酸性域に至適を持つフルクトシルペプチドオキシダーゼ固定化カラムを使用するので、中性または酸性域で活性が高く、フルクトシルバリルヒスチジンを生成するバチルス属タンパク質分解酵素を使用する。
【0065】
血球はヒト全血を生理食塩水で洗浄後、2000gで遠心分離して得た。このようにして得た血球200μLを陰イオン界面活性剤である0.5%ポリオキシエチレンラウリル硫酸ナトリウム水溶液(pH6.8)750μlに加えて溶血させた後、バチルス属タンパク質分解酵素である320mg/mlプロチンPC10F(大和化成株式会社製)50μlを添加し、37℃で反応させた。このプロテアーゼ処理液を1、3、5、7、9、20、30、40、100分反応後、(3)の測定装置にプロテアーゼ処理液5μlを注入して試料中のフルクトシルバリルヒスチジンを測定した。結果を図3に示す。
【0066】
同条件下の血球溶血液と血球が存在しない酵素ブランク溶液では、フルクトシルバリルヒスチジンが全く検出されないことから、使用したプロテアーゼの作用により短時間でフルクトシルバリルヒスチジンが遊離していることがわかる。本プロテアーゼはヒトヘモグロビンからフルクトシルバリルヒスチジンを遊離するのに効果的に作用している。
(6)HbA1c常用標準物質のHbA1c測定
バチルス属プロテアーゼと本測定装置を用いて糖化率の異なるHbA1c常用標準物質(福祉・医療技術振興会製)3点を測定した。
【0067】
HbA1c常用標準物質の調製は添付文書に従って行った。調製したHbA1c常用標準物質溶液60μlを0.5%ポリオキシエチレンラウリル硫酸ナトリウム水溶液(pH6.8)225μlで溶血させた後、320mg/mlプロチンPC10F(大和化成株式会社製)15μlを添加し、37℃で8.5、30分間反応させた。反応終了後、(3)の測定装置にプロテアーゼ処理液を5μl注入して試料中のフルクトシルバリルヒスチジン濃度を測定した。
【0068】
また、プロテアーゼ処理液中のヘモグロビン濃度の測定には、ヘモグロビンB−テストワコー(和光純薬工業株式会社製)を使用し、添付文書に従って測定を行った。
【0069】
HbA1c常用標準物質3レベル(HbA1c値:5.08±0.12%、5.80±0.13%、10.65±0.25%)において、測定されたフルクトシルバリルヒスチジン濃度とヘモグロビン濃度の比(FV/Hb)を算出した結果を図4に示す。
【0070】
プロテアーゼ反応8.5分で相関係数0.9964(y=0.887x−0.155)、30分で相関係数0.9991(y=1.62x−1.17)の良好な直線関係が得られた。
比較例1
起源、至適pH、メーカー等の異なるプロテアーゼを用いて血球溶血液のプロテアーゼ分解を検討した。
【0071】
使用したタンパク分解酵素は、天野エンザイム株式会社製のウマミザイムG、プロテアーゼA「アマノ」G、プロテアーゼM「アマノ」G、プロテアーゼN「アマノ」G、ペプチダーゼR、ニューラーゼF3G、ノボザイム製のフレーバーザイム、ニュートラーゼ、プロタメックスである。
【0072】
実施例1(5)と同様にして血球溶血液を上記の各種タンパク質分解酵素の反応液中濃度が約1mg/ml相当となるように添加して調製後、37℃で40分反応させた。反応終了後、実施例1(3)の測定装置にプロテアーゼ処理液5μl注入した。結果を表2に示す。表中の○は20μM以上のフルクトシルバリルヒスチジンの検出値が得られたもの、×は検出値が得られなかったものを表している。
【0073】
【表2】

【0074】
全血中のヘモグロビン濃度は通常120〜160g/Lの範囲で、本実験条件では約5倍に希釈されるため、反応溶液中でのヘモグロビン濃度は24〜32g/Lとなる。さらに正常なヒトのHbA1c値が5%程度であるので、反応用液中のフルクトシルバリルヒスチジンは最大19〜25μM程度と推測される。従って、20μM以上のフルクトシルバリルヒスチジンが検出された場合には、分解率が高いと言える。
【0075】
タンパク質分解酵素処理液のpHが中性付近の条件下では、バチルス属のタンパク質分解酵素で大きな検出値が得られたが、その他の酵素ではフルクトシルバリルヒスチジンが検出されなかった。これは、中性付近でタンパク質分解酵素の作用により、ヒト血球からフルクトシルバリルヒスチジンを生成させるのに、バチルス属タンパク質分解酵素が有効であることを示している。
実施例2
実施例1で示したように、バチルス属由来のタンパク質分解酵素を使用すればヒト血球からフルクトシルバリルヒスチジンを生成させることができる。しかし、フルクトシルバリルヒスチジンの検出に使用するフルクトシルペプチドオキシダーゼは、各種アミノ酸及び糖類には全く応答せず、フルクトシルバリンにも応答することが示された。高精度なHbA1c測定を行うためには、タンパク質分解酵素処理液中にフルクトシルバリン及びε−フルクトシルリジンすなわちL−リジンが生成しないタンパク質分解酵素処理時間以内で行わなければならない。この目的のためにプロチンPC10F(大和化成株式会社製)をタンパク質分解酵素溶液として使用した場合に関するタンパク質分解酵素の処理時間の検討結果の詳細を以下に示す。
(1)フルクトシルペプチドオキシダーゼ固定化カラムの製造
実施例1と同様にフルクトシルペプチドオキシダーゼ(キッコーマン株式会社製)固定化カラムを作製した。
(2)フルクトシルアミノ酸オキシダーゼ固定化カラムの製造
実施例1(1)と同様にして耐火レンガ(30〜60メッシュ)150mgをホルミル化する。ホルミル化した耐火レンガにpH7.0、100mMリン酸ナトリウム緩衝液にフルクトシルアミノ酸オキシダーゼ(キッコーマン株式会社製)を18ユニット/mlの濃度で溶解した溶液400μlを接触させ、0〜4℃で1日放置し固定化する。この酵素固定化担体を内径3.5mm、長さ30mmのカラムに充填しフルクトシルアミノ酸オキシダーゼ固定化カラムとする。
(3)L−リジンオキシダーゼ固定化カラムの製造
実施例1(1)と同様にして耐火レンガ(30〜60メッシュ)150mgをホルミル化する。ホルミル化した耐火レンガにpH7.0、100mMリン酸ナトリウム緩衝液にL−リジンオキシダーゼを50ユニット/mlの濃度で溶解した溶液50μLを接触させ、0〜4℃で1日放置し固定化する。この酵素固定化担体を内径3.5mm、長さ30mmのカラムに充填しL−リジンオキシダーゼ固定化カラムとする。
(4)過酸化水素電極の製造方法
実施例1と同様に過酸化水素電極を作製した。
(5)測定装置
実施例1と同様に、図1のフルクトシルペプチド測定装置を使用した。緩衝液槽(1)より緩衝液をポンプ(2)により送液し、計量バルブ(4)を用いて試料5μlを注入する。タンパク質分解酵素固定化カラム(14)とフロー型比色計(16)は配置せず、第1の固定化酵素カラム(17)にはフルクトシルペプチドオキシダーゼ固定化カラム、その下流に過酸化水素電極(18)、第2の固定化酵素カラム(19)にL−リジンオキシダーゼ固定化カラムまたはフルクトシルアミノ酸オキシダーゼ固定化カラムと第2の過酸化水素電極(20)を配置する。注入された試料は緩衝液の流れにのって恒温槽(13)内に設置された混合用配管(15)を通り、温度調整と緩衝液との混合が行われ、フルクトシルペプチドオキシダーゼ固定化カラム(17)と過酸化水素電極(18)を通り、試料中のフルクトシルバリルヒスチジンから過酸化水素を生成し電流値の変化を検知する。試料はさらに下流のL−リジンオキシダーゼ固定化カラムまたはフルクトシルアミノ酸オキシダーゼ固定化カラム(19)と過酸化水素電極(20)を通り、試料中のL−リジンまたはフルクトシルバリンが過酸化水素に変換されて電流値の変化を検知する。
【0076】
この測定装置に使用する緩衝液の組成は、100mMのリン酸と50mMの塩化カリウムと1mMのアジ化ナトリウムを含み、pHが7.0である。
【0077】
緩衝液の流速は1.0ml/分、恒温槽の温度は30℃であった。
(6)血球のタンパク質分解酵素処理溶液中の生成物の測定
血球溶血液にpH7.0、100mMリン酸ナトリウム緩衝液に溶解したプロチンPC10F(大和化成株式会社製)溶液を添加して、37℃で所定時間反応させたタンパク分解酵素処理液を(5)の測定装置に5μl注入し、各反応時間での試料中のフルクトシルバリルヒスチジン濃度とフルクトシルバリン濃度とL−リジン濃度を同時に測定した。
【0078】
血球はヒト全血を生理食塩水で洗浄後、2000gで遠心分離して得た。このようにして得た血球240μLを陰イオン界面活性剤である0.5%ポリオキシエチレンラウリル硫酸ナトリウム水溶液(pH6.8)900μlに加えて溶血させた後、バチルス属タンパク質分解酵素である320mg/mlプロチンPC10F(大和化成株式会社製)60μlを添加し、37℃で反応させた。このタンパク質分解酵素処理液を1、3、5、7、9、20、30、60、120分反応後、その一部を採取して(5)の測定装置に5μlを注入して、試料中のフルクトシルバリルヒスチジン(FVH)、フルクトシルバリン(FV)、L−リジン(Lys)濃度を測定した結果を図5に示す。
【0079】
フルクトシルバリルヒスチジンはタンパク質分解酵素処理時間が20分以上で一定値に到達したが、フルクトシルバリンとL−リジンは30分以上の処理で検出され、時間の増加とともに検出値も増加した。このことから本条件下においては、プロチンPC10Fの処理時間が30分未満においてフルクトシルバリンやε−フルクトシルリジンによる正の妨害を受けることなく、フルクトシルバリルヒスチジンを測定することができる。プロチンPC10Fの処理時間が20分のときに、ヘモグロビン濃度を測定し、検出されたフルクトシルバリルヒスチジン濃度との比率を算出すると4.80%ととなり、免疫法で測定されたHbA1c値4.3%と一致した。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明によれば、血液検体中の安定糖化ヘモグロビンを簡便且つ正確に定量することができ、糖尿病の検査を容易に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】測定装置の概略図
【図2】固定化酵素のpH特性
【図3】溶液タンパク分解反応のタイムコース
【図4】HbA1c常用標準との相関
【図5】血球溶血液のタンパク質分解酵素溶液のタイムコース
【符号の説明】
【0082】
1 緩衝液槽
2 緩衝液送液ポンプ
3 ダンパー
4 計量バルブ
5 計量ループ
6 試料管
7 試料吸引ニードル
8 廃棄ポット
9 洗浄液槽
10 バルブ
11 バルブ
12 シリンジポンプ
13 恒温槽
14 タンパク質分解酵素固定化カラム
15 混合用配管
16 フロー型比色計
17 第1の固定化酵素カラム
18 過酸化水素電極
19 第2の固定化酵素カラム
20 過酸化水素電極
21 背圧コイル
22 廃液ボトル
23 廃液ボトル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フルクトシルバリルヒスチジンに作用するフルクトシルペプチドオキシダーゼを固定化した固定化体と、フルクトシルペプチドオキシダーゼの触媒する反応により増減する電気化学的活性物質を検知する機構を用いて、検体中のフルクトシルバリルヒスチジン濃度を電気化学的に検知するにあたり、フルクトシルペプチドオキシダーゼ固体化体と検体が接触する前に、糖化ヘモグロビンを含む検体をバチルス属由来のタンパク質分解酵素で処理することを特徴とする糖化ヘモグロビンの分析方法。
【請求項2】
バチルス属由来のタンパク質分解酵素が、バチルス サチルス(Bacillus Subtilis)が生産する中性または酸性タンパク質分解酵素またはその改変体であることを特徴とする請求項1記載の糖化ヘモグロビンの分析方法。
【請求項3】
糖化ヘモグロビンを含む検体を陰イオン界面活性剤含有緩衝液と混合し、その後にバチルス属由来のタンパク質分解酵素が固定化された担体と接触させることにより処理することを特徴とする請求項1記載の糖化ヘモグロビンの分析方法。
【請求項4】
フルクトシルペプチド量と、試料の光吸収から求めたヘモグロビン量の比率をとり、該比率よりヘモグロビンの糖化割合を算出することを特徴とする請求項1記載の糖化ヘモグロビンの分析方法。
【請求項5】
糖化ヘモグロビンを含む検体をバチルス属由来のタンパク質分解酵素で処理する時間が、フルクトシルバリンに応答し、フルクトシルバリルヒスチジンに応答しないフルクトシルバリン検知機構、および/または少なくとも1種類の遊離アミノ酸を検知できるアミノ酸検知機構に、該タンパク質分解酵素で処理した検体を接触させたときに、フルクトシルバリンおよび/または少なくとも1種類の遊離アミノ酸の検知量の変化が観察されない時間範囲内であることを特徴とする請求項1記載の糖化ヘモグロビンの分析方法。
【請求項6】
フルクトシルバリンおよび/または少なくとも1種類の遊離アミノ酸の検知量の変化をHPLC,過酸化水素の増加または酸素の減少に基づいて観察する請求項5に記載の糖化ヘモグロビンの分析方法。
【請求項7】
フルクトシルバリルヒスチジンに作用するフルクトシルペプチドオキシダーゼを固定化した固定化体(17)と、フルクトシルペプチドオキシダーゼの触媒する反応により増減する電気化学的活性物質を検知する電気化学検出機構(18)と、糖化ヘモグロビンを含む検体とバチルス属由来のタンパク質分解酵素と任意の時間接触させ、その一部を注入する機構(4、5、7)を備えた糖化ヘモグロビンの分析装置。
【請求項8】
フルクトシルバリルヒスチジンに作用するフルクトシルペプチドオキシダーゼを固定化した固定化体(17)と、フルクトシルペプチドオキシダーゼの触媒する反応により増減する電気化学的活性物質を検知する電気化学検出機構(18)と、糖化ヘモグロビンを含有する検体を注入する機構(4、5、7)を備えた糖化ヘモグロビンの分析装置であって、検体を注入する機構の下流にバチルス属由来のタンパク質分解酵素を結合したカラム状リアクターを備えることを特徴とする糖化ヘモグロビンの分析装置。
【請求項9】
フルクトシルバリルヒスチジンに作用するフルクトシルペプチドオキシダーゼを固定化した固定化体(17)と、フルクトシルペプチドオキシダーゼの触媒する反応により増減する電気化学的活性物質を検知する電気化学検出機構(18)と、糖化ヘモグロビンを含有する検体を注入する機構(4、5、7)を備えた糖化ヘモグロビンの分析装置であって、検体を注入する機構(4、5、7)の下流に遊離アミノ酸検知機構またはフルクトシルバリン検知機構を併設することを特徴とする請求項6または7記載の糖化ヘモグロビンの分析装置。
【請求項10】
フルクトシルバリルヒスチジンに作用するフルクトシルペプチドオキシダーゼを固定化した固定化体(17)と、フルクトシルペプチドオキシダーゼの触媒する反応により増減する電気化学的活性物質を検知する電気化学検出機構(18)と、糖化ヘモグロビンを含有する検体を注入する機構(4、5、7)を備えた糖化ヘモグロビンの分析装置であって、検体を注入する機構(4、5、7)またはその下流に少なくとも、試料の光吸収から求めたヘモグロビン量を算出し、該ヘモグロビン量とフルクトシルペプチド量からヘモグロビンの糖化割合を算出する機構を備えたことを特徴とする請求項7、8、または9記載の糖化ヘモグロビンの分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−139452(P2007−139452A)
【公開日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−330338(P2005−330338)
【出願日】平成17年11月15日(2005.11.15)
【出願人】(000122298)王子製紙株式会社 (2,055)
【Fターム(参考)】