説明

糖化タンパク質を用いた経口免疫寛容促進

動物におけるタンパク質に対する経口免疫寛容を促進する方法であって、糖化形態のタンパク質を動物に投与することを含む方法;動物における経口免疫寛容の促進に使用される糖化タンパク質;動物における経口免疫寛容の促進に使用される糖化タンパク質を含有する食品;及び前記食品を製造する方法。

【発明の詳細な説明】
【発明の分野】
【0001】
本発明は、動物におけるタンパク質に対する経口免疫寛容を促進する方法であって、糖化形態のタンパク質を動物に投与することを含む方法;動物における経口免疫寛容の促進に使用される糖化タンパク質;動物における経口免疫寛容の促進に使用される糖化タンパク質を含有する食品;及び前記食品を製造する方法に関する。
【発明の背景】
【0002】
母乳は全ての乳児に推奨されるものである。ところが、医学的理由で母乳供給が不十分であるか、うまくいかないか、又は勧められない場合、或いは母親が母乳供給を選択しない場合もある。乳児用調製乳は、このような場合のために開発されてきた。乳児用調製乳の大半は牛乳をベースとしている。しかし、乳児において、牛乳アレルギー又は牛乳過敏症はよくあることである。通常、このアレルギーは2歳又は3歳までに消失するが、時には生涯続くこともある。乳児では最も一般的な疾患で、発生率は正期産児で0.5〜3%、早産児で3〜5%である。このアレルギーは、発疹、じんま疹、口周辺の発赤、鼻水、くしゃみ、疝痛、下痢、嘔吐、アナフィラキシー、又はより一般的には消化不良を引き起こし得る。乳幼児突然死の数症例に関連している可能性もある。
【0003】
牛乳過敏症は、ラクターゼ酵素が先天的に欠乏しているために牛乳への耐性を持たない乳糖不耐症とは区別されるべきである。
【0004】
牛乳アレルギーはほとんどの場合、ホエー画分中のα−ラクトアルブミン及びβ−ラクトグロブリンタンパク質に対する反応により引き起こされる。また、同じく牛乳中に存在する、潜在的にアレルゲン性の乳タンパク質である、カゼイン及び/又はアルブミンによって引き起こされる可能性もある。生後早期の数か月において免疫系はまだ発達中であり、このような食物タンパク質を認識及び寛容できないことがある。その結果、新生児はその食物タンパク質を異物とみなし、これに対するアレルギーを発現する。免疫系が他の食物タンパク質を認識及び寛容しない場合は、小児はそのようなタンパク質に対してもアレルギーを発現する可能性がある。
【0005】
免疫応答には、細菌やウイルスの攻撃に対して重要な細胞性(又はTh1)免疫、及びアレルギー反応に関与している体液性(又はTh2)免疫の2種類がある。乳児が生まれる前は、乳児の身体は無菌状態にあり、Th1経路は不活性である。しかし、赤ん坊が母親に対して免疫応答を確立しないようにする必要があるので、Th2経路は誕生前に活性である。乳児は、生まれるとすぐに、良性細菌及び有害細菌を含む多数の細菌に曝露されるが、Th1経路が活性化されてその猛攻撃に対処する。新たな潜在的な異物が腸内に出現すると、M細胞を通じて腸管関連リンパ組織に取り込まれ、ナイーブT細胞に遭遇する。Th1経路が正しく機能していれば、身体は、特異的な抗体又は特異的に感作されたTリンパ球から成る免疫応答を発生させることになる。無害な食物抗原に特化したこのようなT細胞は将来、Th2経路を通じて発現する過敏症を防止する抑制機序として作用することになる。この機序は、経口免疫寛容として知られている。
【0006】
しかし、免疫応答により産生された抗体がIgE抗体である場合、抗体は、炎症反応を引き起こすことによって、抗原へのさらなる曝露に応答する。これがアレルギーである。このタイプのアレルギーの機序は、以下のように説明することができる。まず、IgE抗体が、血中の好塩基球を始めとする細胞表面上に出現する。アレルゲン/IgE相互作用が生じると、IgE/アレルゲン結合体を提示している細胞は、ヒスタミン等の化学伝達物質を産生、放出する。この現象により、局所性又は全身性血管拡張等の病的状態が生じる。
【0007】
Th1経路は、細菌の存在により刺激される。衛生水準の高い先進国で起こり得ることだが、誕生直後又は生まれて非常に日の浅い新生児が十分な細菌に遭遇しないと、Th1経路はよく機能しない可能性がある。このような場合、免疫系からの唯一の応答はTh2応答となり、抗原に対するアレルギーが発現することになろう。これは、経口免疫寛容が発現しない一因であるにすぎず、他の原因が存在する可能性もある。当然、遺伝的素因が存在するとも考えられる。
【0008】
このように、経口免疫寛容の現象は、経口経路で抗原を投与することによって、免疫原の形態で与えられる同一抗原に対する以後の全身性免疫応答が起こらなくなることを可能とするものである。同様の機序は、生命にとって必須であり、無害な抗原の供給源でもある腸内正常細菌叢に対する過敏症反応を防止すると考えられている。経口免疫寛容の機序が乳児において十分に発現しない場合、又は特定の抗原に対する寛容の生理的状態に破綻が生じている場合には、過敏症反応の発現という結果を招く可能性がある。
【0009】
通常、牛乳過敏症は、感受性のある乳児が初めて牛乳に接したときに生じる。食事の観点からは、確立されたアレルギーへの対処法は2つある。すなわち、アレルゲンを含有する食品を完全に避けるか、或いは、食品を加水分解等により処理してアレルゲン性を減少させなければならない。十分に加水分解されたタンパク質(5個以下のアミノ酸から成るペプチド)を含有する乳児用調製乳及びシリアルはいずれも、この後者の目的のために製造されている。
【0010】
しかし、アレルギー発現のリスクを低減させ、未処理のタンパク質に対する寛容の発現を促進する製品が、特にそのリスクがあると考えられる小児(例えば、アレルギーに罹患している家族が少なくとも1人いる場合)において必要とされている。例えば、部分的に加水分解されたタンパク質を与えて、乳児における経口免疫寛容を誘導することが提案されている。経口免疫寛容の誘導及び維持のための代替的アプローチ、すなわちプロバイオティクス細菌を含有する食品の使用が、国際公開第03/099037号パンフレットに記載されている。プロバイオティクス細菌の例としては、多様な種の乳酸菌(Lactobacilli)及びビフィズス菌(Bifidobacteria)が挙げられる。プロバイオティクスの投与が乳児における経口免疫寛容の誘導に有用であることが判明している。
【0011】
本発明の目的は、経口免疫寛容の促進へのさらなるアプローチを提供することである。
【0012】
乳児用調製乳は、全ての必須アミノ酸を含有し、迅速及び容易に消化される点で栄養学的に特に興味深いホエータンパク質を含有することが多い。
【0013】
ホエータンパク質を還元糖の存在下で加熱すると、タンパク質の遊離アミノ基が糖と反応し、その結果、タンパク質の糖化が生じる。このような反応を無制限に進行させると、栄養的な価値の大幅な低下が生じる可能性があり、また、褐変が見られることもある。生じ得る複雑な一連の反応は、まとめてメイラード反応として知られている。実際に、必要な化学基を含有する食品中で、非常にゆっくりとではあるが、室温でメイラード型の反応が生じる可能性があるとさえ考えられている。メイラード反応は一般に望ましくないものと考えられ、そのため、該当する食品の加工中にはこれを制御するための措置が取られるが、最近では、慎重に制御すれば、ホエータンパク質の糖化によって、タンパク質の特性を様々な形で操作する機会が得られることが分かってきた。
【0014】
グリコシル基とタンパク質のα−又はε−アミノ基との非酵素的相互作用の結果生じる第一の不可逆的生成物は、アマドリ化合物として知られている。全てのアマドリ化合物は酸加水分解に供されるとフロシンを生成することから、フロシン生成量の測定に基づいて乳タンパク質の糖化の進行をモニターする方法が考案されている。この手段及びその後発達した質量分析法により、メイラード反応の進行をモニターすることが理論的に可能となった。糖化は、溶液中又は固体状態で行うことができる。
【0015】
国際公開第00/18249号パンフレットには、粉末化ホエータンパク質を含有する原料を固体状態で糖化するための方法であって、粉末の水分活性を0.3〜0.8に調節するステップと、30〜75℃の温度で1時間〜80日間、糖化を進行させるステップと、を含む方法が記載されている。得られる粉末では機能特性が向上し、例えば、熱安定性、乳化活性、抗酸化活性及びエンテロトキシン結合能が向上すると説明されている。この粉末は、食品の機能性及び栄養成分含有量を高めるための添加物として使用してもよい。
【発明の概要】
【0016】
一態様において、本発明は、哺乳動物におけるタンパク質に対する経口免疫寛容を促進する方法であって、糖化形態の前記タンパク質を哺乳動物に投与することを含む方法に関する。この糖化タンパク質は、経腸的に、例えば食品中に組み込むことにより投与される。このような製品は、製造及び投与が簡単であり、かつ栄養的な価値を有する。
【0017】
別の一態様において、本発明は、哺乳動物における非糖化タンパク質に対する経口免疫寛容の促進に使用される糖化タンパク質に関する。
【0018】
第三の態様において、本発明は、哺乳動物における非糖化タンパク質に対する経口免疫寛容の促進に使用される糖化タンパク質を含有する食品に関する。
【0019】
好ましくは、糖化タンパク質は糖化ホエータンパク質である。糖化ホエータンパク質を含有する食品の一例は乳幼児用調製乳である。
【0020】
或いは、食品は、糖化タンパク質を含有する乾燥、湿潤又は液体ペットフードであってもよい。
【0021】
好ましくは、糖化ホエータンパク質は糖化β−ラクトグロブリンを含み、また、好ましくは、糖化はラクトシル化である(すなわち、還元糖はラクトースである)。このような成分は、多くの食品成分(例えば、ホエータンパク質分離物、ホエータンパク質濃縮物又は脱脂粉乳)中に存在するので、このような製品の製造プロセスを、ラクトシル化ステップを含むように改変することは簡単である。このようなホエータンパク質含有製品はいずれも、そのタンパク質の機能特性及び良好な栄養特性の点で価値のある食品成分として広く使用されている。
【0022】
さらに別の一態様において、本発明は、上記食品を製造する方法であって、製品中に含有されるタンパク質を糖化プロセスに供することを含む方法に関する。糖化は、溶液中で行っても固体状態で行ってもよい。
【0023】
さらなる一態様において、本発明は、糖化タンパク質、好ましくは糖化ホエータンパク質、を含有する乳児用調製乳に関する。
【発明の詳細な説明】
【0024】
本発明によれば、アレルギー発現の対象となり得る抗原である、ホエータンパク質β−ラクトグロブリンのようなタンパク質は、当該抗原に対する経口免疫寛容を促進するために、糖化して哺乳動物に投与することができる。使用可能なその他のタンパク質としては、ホエータンパク質α−ラクトアルブミン、カゼイン及びアルブミンが挙げられる。
【0025】
経口免疫寛容の促進という語は、経口免疫寛容の誘導及び維持の両方をまとめて指す場合もあれば、各々を指す場合もある。
【0026】
最も一般的な食物アレルギー又は食物過敏症は、牛乳アレルギー又は牛乳過敏症であるが、これは、大抵の場合、牛乳が、乳児が接する最初の食品であることによる。従って、本明細書の議論は、このアレルギーを中心として行われている。しかし、本願の範囲はこのアレルギーに限定されず、同様に小児アレルギーに関連してよく問題となる他の食物タンパク質(例えば、ナッツ(例えば、ピーナッツ)、小麦及び卵のタンパク質)に対する経口免疫寛容の促進にも関するものであるとする。例えば、本発明によれば、小麦タンパク質に対する経口免疫寛容を促進するために、哺乳動物に、糖化された小麦タンパク質を投与してもよく、卵タンパク質に対する経口免疫寛容を促進するために、哺乳動物に、糖化された卵タンパク質を投与してもよく、また、ナッツタンパク質に対する経口免疫寛容を促進するために、哺乳動物に、糖化されたナッツタンパク質を投与してもよい。
【0027】
糖化タンパク質は、好ましくは当該タンパク質を糖化プロセス、好ましくは固体状態での糖化のプロセスに供することにより調製される。Morgan(J Agric Food Chem(1999)47(11):4543〜8)によれば、固体状態でのプロセスの方がタンパク質分子の構造変化が少ない。さらに、固体状態でのプロセスの方がモニター及び制御しやすいことから、タンパク質の凝集、メイラード反応の進行等、望ましくない結果を避けることができる。
【0028】
糖化プロセスは、Awが(0.2〜0.7に)調節されたタンパク質/糖粉末を最大約72時間、穏やかに(50〜80℃で)熱処理することを含んでもよい。プロセスは、全体として、非常に単純で、既存の工業装置によく適応し、また、エネルギーコストも低い。プロセスは、粉末の水分活性(Aw)の調節及び平衡化、加湿粉末の熱処理を含んでもよく、また、場合により粉末の冷却及び/又は乾燥を含んでもよい。
【0029】
本発明の好ましい一態様において、糖化タンパク質は食品中に組み込まれる。本発明において、「食品」という語は、摂取可能なあらゆる物を包含するものとする。従って、食品としては、ヒトによる摂取が意図された製品、特に乳児用調製乳、新生児用調製乳、乳児及び新生児用フォローアップ調製乳等が挙げられる。
【0030】
乳児用調製乳及びフォローオン調製乳に関する、1991年5月14日付のEuropean Commission Directive 91/321/EECのArticle1.2によれば、12月齢未満の小児が「乳児」とみなされる。「乳児用調製乳」は、生後最初の6か月間の乳児の完全栄養を目的とする食品である。
【0031】
しかし、糖化タンパク質は、乳児又は新生児用の栄養を特に目的としていなくても、この群に摂取される食品、中でも、例えば乳、ヨーグルト、カード、チーズ、発酵乳、乳ベースの発酵製品、アイスクリーム、発酵シリアルベースの製品、又は乳ベースの製品、の中に含有させることもできる。
【0032】
「食品」という語は、他の哺乳動物、例えば、ペット(イヌ、ネコ、ウサギ、モルモット、マウス、ラット等)又はその他の飼育哺乳動物(例えば、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、バッファロー、ラクダ等の家畜)によって摂取される製品も包含する。ここで、ペットは、好ましくはコンパニオンアニマルである。従って、上記糖化タンパク質は、経口免疫寛容を促進する目的でペットフード製品中に組み込むこともできる。好適なペットフード製品としては、チャンク製品、クロケット(croquette)、チュー(chew)製品、湿潤製品(缶詰製品等)及び液体調製乳(子ネコ又は子イヌ用ミルク等)が挙げられる。
【0033】
ペットフードは、ペットによる摂取に適した食物、好ましくはペットの完全栄養に適切な食品である。
【0034】
当然のことであるが、糖化の度合いが進むにつれ、糖化タンパク質の栄養的な価値は次第に低下する。ホエータンパク質の場合、ブロック化リジンの比率(%)を測定することによってそれを評価することができる。このようなタンパク質の限定的な糖化によりその栄養的な価値に顕著な悪影響がもたらされることはないが、製品を調製する際には、当該製品中で使われる糖化タンパク質の糖化度及び糖化タンパク質の割合のいずれにも留意しなければならない。例えば、乳児用調製乳は、好ましくは、約15%を超えるブロック化リジンを含有すべきではない。糖化タンパク質を調製乳に使用する場合、この目標値は、全てのタンパク質を所望の糖化度の最大限度まで糖化すること、又は、より高度に糖化されたタンパク質と未処理タンパク質との混合物を使用して、ブロック化リジンに関する目標値を全体として遵守すること、のいずれかによって実現することができる。
【0035】
本発明のさらなる一態様では、上記食品を製造する方法であって、タンパク質を糖化プロセス、好ましくは固体状態での糖化のプロセスに供することを含む方法が提供される。
【0036】
本発明はまた、糖化ホエータンパク質等の糖化タンパク質を含有する乳児用調製乳を提供する。乳児用調製乳は、含有されるタンパク質が糖化されているか、最適な糖化タンパク質と置き換えられている標準的な組成物とすることができる。上述のように、糖化ホエータンパク質を含有する乳児用調製乳は、好ましくは、約15%を超えるブロック化リジンを含有すべきではなく、この目標値は、全てのタンパク質を所望の糖化度の最大限度まで糖化すること、又は、より高度に糖化されたタンパク質と未処理タンパク質との混合物を使用して、ブロック化リジンに関する目標値を全体として遵守すること、のいずれかによって実現することができる。
【0037】
糖化タンパク質は、好ましくは、当該タンパク質に対する寛容が確立されるまで非糖化タンパク質の代わりとして摂取されるべきである。例えば、卵タンパク質に対する寛容が確立されて、アレルギー反応を恐れることなく普通の卵を摂取することができるようになるまでは、糖化された卵タンパク質のみが摂取されるべきである。同様に、糖化タンパク質を含有する乳児用調製乳を新生児に与えたら、離乳が終わって、その子が通常の食品を食べる年齢(例えば3〜5歳)に達するまで与え続けるべきである。
【実施例】
【0038】
以下の実施例は、本発明の範囲内にある製品及びその製造方法を例示するものである。本実施例は、決して本発明を制限するものとみなされるべきではない。本発明に関しては変更及び修正が可能である。すなわち、当業者であれば、広範囲の組成物、成分、加工方法及び混合物を含む、これらの実施例の多くの可能な変形例を認識するであろうし、天然物レベルの本発明の化合物を様々な用途に適合させることができる。
【0039】
〔実施例1:液体状態でのホエータンパク質の糖化〕
β−ラクトグロブリン(BLG)をDavisco(USA)から入手した。RP−HPLCにより純度(90%)を評価した。ラクトースはFlukaから入手した。
【0040】
4%BLG(約2.2mM)及び7%ラクトース一水和物(約200mM)を、pH6.8の20mMリン酸緩衝液中に溶解させた。0.22mm酢酸セルロースフィルター(Millipore)での濾過後、タンパク質及びラクトースの混合物をしっかり栓の閉まるフラスコ中に入れ、ラクトシル化レベルが、タンパク質の栄養的な価値に顕著な悪影響を誘発しない程度に低くなるように、60℃の水浴中で0時間、24時間又は72時間加熱した。理論上は、このような条件では、合計14個存在し得るリジン残基に、β−ラクトグロブリン単量体当たりラクトース2〜3分子が結合することが可能である(Morgan et al,1999,J.Agri.Food Chem.47,83〜91)。全ての実験は、300mlフラスコ中の上部空間を1〜2mlに減らすことにより、嫌気的、無菌的条件下で実施した。加熱後、種々の画分は、ゲル化を防ぐために、透析せずに速やかに凍結乾燥した。
【0041】
対照の未処理β−ラクトグロブリン(対照BLG)を室温で6時間水和させ、氷水浴中で冷却した後、糖化BLGと同じ7%の濃度になるようにラクトースを加えた。
【0042】
さらに別の対照として、同純度のBLGの溶液を、ラクトースは加えずにインキュベートし、冷却後、7%の濃度になるようにラクトース粉末を加え溶解させた。その後速やかに溶液を凍結乾燥させた。
【0043】
さらに、下記の2種のホエータンパク質分離物(WPI)を試験した。
・ラクトシルβ−ラクトグロブリンが実質的に枯渇している(質量分析法により制御)Davisco WPI BIPRO
・高濃度のラクトシルβ−ラクトグロブリンを含有する(質量分析法により特徴分析)Lacprodan80(Arla Foods)
【0044】
ブロック化リジンをフロシンアッセイにより測定した。一定分量のタンパク質(約20mgタンパク質)を還流装置中、110℃で24時間、6M塩酸60mlで加水分解した。水を加えて量を100ml容積にした後、10mlの分量を蒸発させて乾燥状態とし、さらに0.02M HCl3ml中で再懸濁させた。次いで、クエン酸ナトリウム緩衝液及びタンパク質加水分解物分析用カラムを備えたHitachi L−8500アミノ酸分析機中に10μlを注入して、分析を行った。ニンヒドリン試薬を用いたポストカラム誘導体化の後、外部標準との比較により、リジン及びフロシンを同じクロマトグラム中で定量した。加水分解中にε−デオキシフルクトシルリジン(ブロック化リジン)の約40%がリジンに再転換され、一部がピリドシン(pyridosine)に、また、約32%はフロシンに転換されると仮定して、酸加水分解物中のリジン及びフロシンの含有量から、ブロック化リジンの比率(%)を計算した(Finot et al.(1981) Prog.Food Nutr.Sci.5,345〜355)。全ての結果は、2つの独立した測定値から得られる平均値である。
【0045】
結果を下記表1に示す。
【表1】

【0046】
〔実施例2:マウスにおける経口免疫寛容の誘導〕
経口免疫寛容の誘導を試験するため、Pecquet et al.に記載の標準のマウスプロトコル(1999,Immunology 96:278〜285)を使用した。実施例1に記載のように、異なる種類のホエータンパク質又はBLGを、ラクトシル化して、又はラクトシル化せずにマウスに与えた。5日後、Al(OH)溶液中に希釈したBLG(100mg β−ラクトグロブリン/マウス)を皮下注射によりマウスに投与した。3週間後、種々の群におけるBLG特異的IgE及びIgG1力価を測定することによって経口免疫寛容の誘導を評価するために、マウスを屠殺し血液試料を採取した。
【0047】
下記の群に従ってマウスを処置した。
A群: 水
B群: 対照BLG、ラクトースとともに凍結乾燥(インキュベーションなし)
C群: BLG+ラクトース T0
D群: 対照BLG、24時間インキュベーション後、ラクトースとともに凍結乾燥
E群: BLG+ラクトース、24時間インキュベーション後、凍結乾燥
F群: 対照BLG、72時間インキュベーション後、ラクトースとともに凍結乾燥
G群: BLG+ラクトース、72時間インキュベーション後、凍結乾燥
H群: 低ラクトシル化WPI(ホエータンパク質分離物)(Bipro)
I群: 高ラクトシル化WPI(Lacprodan)
【0048】
図1に示す結果は、マウスにラクトシル化BLG(E群)及び高ラクトシル化ホエータンパク質(I群)を与えると、未処理BLG(B群)及び低ラクトシル化ホエータンパク質(H群)を与えた群(B、H両群は陽性対照)と比較して、特異的抗BLG IgE低応答性がさらに改善されることを示している。
【0049】
与えたタンパク質のラクトシル化率が最高であったにも関わらず、B群(42%ブロック化リジン)が最良の応答を示さなかったことは注目すべきである。これについては、ラクトシル化反応が制御されなかったことが1つの説明となりえよう。さらに、過剰なラクトシル化によりタンパク質中の重要なエピトープがマスクされる、という事実によるものである可能性もある。同様に、G、I両群に与えたタンパク質中のブロック化リジンの比率は同じであるにも関わらず、G群の結果はI群の結果と変わらない。これは、G群に与えたBLGのラクトシル化が液体状態で行われ、そのためよく制御されなかったためであるかもしれない。制御困難な液体状態でのラクトシル化は、タンパク質の凝集、メイラード反応の進行を始めとするいくつかの望ましくない現象の発生につながる可能性がある。他方、I群に与えたホエータンパク質のラクトシル化は、より良好に制御された乾燥状態で生じたものである(初期メイラード反応のみ)。
【0050】
同様のプロファイルは、Th1細胞の制御下で産生された別のアイソタイプである抗BLG特異的IgG1についても観察され、経口免疫寛容の誘導によりこれらの細胞がアネルギー状態にあることが示された。図2に示されるように、E群及びI群は最も低い抗BLG IgG1力価を示した。このことは、これら2群中のタンパク質のラクトシル化が、ラクトシル化度の低い同種のタンパク質を与えた群、すなわちB群及びH群と比較して、低応答性を改善させることを示唆している。
【0051】
〔実施例3:乾燥状態での糖化〕
ホエータンパク質濃縮物(WPC)Prolacta75を、Lactalis Industrie(Retiers,France)から購入した。メーカーによれば、この製品は、タンパク質76.4%、ラクトース15.3%、灰分3.2%、カルシウム0.42%及び水5%を含有する。
【0052】
このWPCを、固体状態での糖化によりラクトシル化した。簡単に言うと、飽和KCOの入った密閉チャンバー中に粉末を入れることにより、水分活性(Aw)を約0.44に調節した。この間、吸水量及びAwをモニターした。所望のAwに達した時点で、粉末を不透明な袋に密封した。次いで、この粉末を15℃で少なくとも48時間維持し、マトリックス内で水を平衡化させた。自家製の細管加熱装置中の密封されたステンレス鋼管(内径16mm、粉末〜30g)に粉末を入れ、60℃で3時間及び8時間インキュベートすることによって、タンパク質糖化を誘導した。糖化時間の終わりに水分活性を確認したところ、変化は観察されなかった。その後、粉末を15℃で密封保存した。
【0053】
質量分析法(MALDI)を用いて、ラクトシル化形態のタンパク質を検出するとともに、Prolacta75(非糖化及び糖化)中のタンパク質単量体当たりの結合ラクトース数(平均)を定量した。
【0054】
上述の遊離アミノ基の定量により糖化度を評価した。
【0055】
遊離アミノ基は、オルトフタルジアルデヒド法(OPA)を用いて定量した。タンパク質溶液(pH7.8の50mmol/lリン酸ナトリウム緩衝液中に1.5g/l)200ml、還元溶液(pH9.3の0.1mol/lホウ酸ナトリウム緩衝液200ml中にN−アセチル−L−システイン480mgを分散させたもの)2ml及び20%(w/w)SDS溶液50mlを混合することによって、OPA定量を行った。混合及び50℃、10分間のインキュベーション後、OPA試薬(OPA170mgをメタノール5ml中に分散させて調製)50mlを加えた。この混合物を50℃で30分間さらにインキュベートした後、室温で30分間冷却し、Uvikon810分光光度計(Flowspek,Basel,Switzerland)を用いて340nmの吸光度を読み取った。最終混合物中で濃度範囲10〜200mmol/lのL−ロイシン標準液を用いて、検量線を得た。反応のシグナルを得るために2つのブランク値を差し引いた。OPA試薬の代わりにメタノールを用いてブランク1(タンパク質シグナル)を得た。タンパク質溶液をリン酸ナトリウム緩衝液に置き換えることによってブランク2を得た。使用した製品及び試薬は次の通りである。ホウ酸、N−アセチル−L−システイン、OPA[Fluka(Chemie GmbH,Buchs,Switzerland)];リン酸二水素ナトリウム一水和物、メタノール、水酸化ナトリウム[Merck(Darmstadt,Germany)];L−ロイシン[Sigma(St−Louis,MO,USA)]。
【0056】
サイズ排除クロマトグラフィーを用いて、Prolacta75(非糖化及び糖化)中の凝集タンパク質の存在を確認した。開始時点のタンパク質濃度で1g/l相当のタンパク質濃度を示すように、適正量の溶出緩衝液でタンパク質試料を希釈した。カラムはTSK 2000SW(Tosohaas)であり、0.1Mリン酸(pH6.8)+0.15M NaClにより0.5ml/分で溶出した。214nm又は280nmで光学濃度を記録した。未処理のα−ラクトアルブミン及びβ−ラクトグロブリンを含有する分子量標準を用いてカラムを較正した。
【0057】
化学的特性解析の結果を下記表2に示す。
【表2】

【0058】
タンパク質のラクトシル化の特徴を分析するために用いた種々の方法間で良好な相関が見られた。タンパク質のラクトシル化に用いた条件(乾燥状態での糖化)では、タンパク質凝集体の形成は起こらなかった(サイズ排除クロマトグラフィーにより示された)。
【0059】
〔実施例4:マウスにおける経口免疫寛容の誘導〕
ラクトシル化の効果を測定するために、上述のマウスモデルで経口免疫寛容の誘導を行った。種々のタンパク質調製物、すなわち実施例3で調製した非糖化及び糖化Prolactaをマウスに与えた。次いで、β−ラクトグロブリン(BLG)をマウスに全身的に投与し、3週間後、BLG特異的IgE及びIgG1のマウス血清中濃度を測定することによって、BLGに対する経口免疫寛容の誘導を評価した。
【0060】
下記の群に従ってマウスを処置した。
A群: Lacprodan
B群: 非糖化Prolacta75
C群: 糖化Prolacta75(ブロック化Lys:19%)
D群: 糖化Prolacta75(ブロック化Lys:31%)
E群: 対照(水)
【0061】
結果を図3に示す。実施例2で示された結果と同様に、ラクトシル化Prolactaで寛容化されたマウス(C群及びD群)は、非ラクトシル化Prolactaを与えた群又はLacprodanを与えた群より良好な、BLG特異的IgE低応答性を示していることが分かる。図4に示す抗BLG IgG1力価は同様のタイプの寛容誘導性の応答を示唆し、C群及びD群の力価は最も低い。
【0062】
結論として、このデータは、ホエータンパク質のラクトシル化は、非ラクトシル化タンパク質と比較して、特異的な寛容誘導性の低応答性(IgE及びIgG1)を改善させることを示している。
【0063】
〔実施例5:糖化ホエータンパク質を含有する乳児用調製乳〕
乳児用調製乳の組成を下に示す。
【表3】

【0064】
タンパク質源は、実施例3に記載のプロセスにより、ブロック化リジン含有量が11%になるまで糖化したホエータンパク質濃縮物Prolacta75である。タンパク質源、炭水化物源及び脂肪源をブレンドすることによって乳児用調製乳を調製する。必要に応じて、このブレンドに乳化剤を含有させてもよい。次いで、逆浸透に供した水を混合して、液体混合物を得る。
【0065】
約5秒〜約5分間、約80℃〜約110℃の温度まで急速に加熱することにより、液体混合物を熱処理して、細菌負荷を減少させる。次いで、液体混合物を60℃〜85℃まで瞬間冷却する。次いで、液体混合物を2段階でホモジナイズする。第1段階では約7MPa〜約40MPa、第2段階では約2MPa〜約14MPaで行う。ホモジナイズした混合物をさらに冷却した後、熱に弱いビタミン及びミネラルを加える。ホモジナイズした混合物のpH及び固形成分含有量を、この時点で標準化する。
【0066】
次いで、ホモジナイズした混合物を噴霧乾燥機に移し、含水量約5重量%未満の粉末に転換する。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】ラクトシル化度の異なる種々のホエータンパク質又はβ−ラクトグロブリンを与えた9群のマウスにおける抗β−ラクトグロブリンIgE低応答性を示すグラフである。
【図2】図1と同じ9群のマウスにおける抗β−ラクトグロブリンIgG1低応答性を示すグラフである。
【図3】ラクトシル化度の異なる種々のホエータンパク質又はβ−ラクトグロブリンを与えた5群のマウスにおける抗β−ラクトグロブリンIgE低応答性を示すグラフである。
【図4】図3と同じ5群のマウスにおける抗β−ラクトグロブリンIgG1低応答性を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物におけるタンパク質に対する経口免疫寛容を促進する方法であって、糖化形態の前記タンパク質を哺乳動物に経腸的に投与することを含む方法。
【請求項2】
前記糖化タンパク質が経口的に投与される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記糖化タンパク質が食品の成分である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記食品が乳幼児用調製乳である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記食品がペットフードである、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
前記タンパク質がホエータンパク質である、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記糖化ホエータンパク質が、ラクトシル化されたホエータンパク質である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記ホエータンパク質がβ−ラクトグロブリンを含む、請求項6又は7に記載の方法。
【請求項9】
哺乳動物における非糖化タンパク質に対する経口免疫寛容の促進に使用される糖化タンパク質。
【請求項10】
ホエータンパク質である、請求項9に記載の糖化タンパク質。
【請求項11】
ラクトシル化されたホエータンパク質である、請求項10に記載の糖化ホエータンパク質。
【請求項12】
前記ホエータンパク質がβ−ラクトグロブリンを含む、請求項10又は11に記載の糖化ホエータンパク質。
【請求項13】
哺乳動物における非糖化タンパク質に対する経口免疫寛容の促進に使用される糖化タンパク質を含有する食品。
【請求項14】
前記糖化タンパク質がホエータンパク質である、請求項13に記載の食品。
【請求項15】
前記糖化ホエータンパク質がラクトシル化されている、請求項14に記載の食品。
【請求項16】
前記ホエータンパク質がβ−ラクトグロブリンを含む、請求項14又は15に記載の食品。
【請求項17】
乳幼児用調製乳である、請求項13〜16のいずれかに記載の食品。
【請求項18】
ペットフードである、請求項13に記載の食品。
【請求項19】
請求項13〜18のいずれかに記載の食品を製造する方法であって、製品中に含有されるタンパク質を固体状態での糖化のプロセスに供することを含む方法。
【請求項20】
糖化タンパク質を含有する乳児用調製乳。
【請求項21】
糖化ホエータンパク質を含有する乳児用調製乳。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2009−515929(P2009−515929A)
【公表日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−540601(P2008−540601)
【出願日】平成18年11月14日(2006.11.14)
【国際出願番号】PCT/EP2006/068445
【国際公開番号】WO2007/054587
【国際公開日】平成19年5月18日(2007.5.18)
【出願人】(599132904)ネステク ソシエテ アノニム (637)
【Fターム(参考)】