説明

糖化ヘモグロビンの測定方法及び糖化ヘモグロビン測定装置

【課題】ヘモグロビンEを含有する血液試料を陽イオン交換クロマトグラフィーにより測定する場合に、異常ヘモグロビンEによる影響を排除して、血液試料を提供した被験者の症状を反映するsA1cの測定結果を得ることを目的とする。
【解決手段】異常ヘモグロビンEに由来するピークが同定された場合に、そのピークの面積を計算し、その計算結果を用いてsA1cのピーク面積又は全ヘモグロビンのピーク面積を補正してsA1cの割合(%)を測定することを特徴とする、sA1cの割合(%)の測定方法により、前記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフィーにより血液試料中の糖化ヘモグロビンを測定する方法と装置に関するものであり、詳しくは、異常ヘモグロビンを含有する血液試料が混在する可能性のある血液試料群について、糖尿病診断の指標となる糖化ヘモグロビンの測定を実施可能な糖化ヘモグロビンの測定方法と測定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ヘモグロビンは、2個のα鎖及び2個のβ鎖からなるα2β2の構造を持ち、全ヘモグロビンの約97%を占めるヘモグロビンAの他、2個のα鎖及び2個のγ鎖からなるα2γ2構造を持ち、全ヘモグロビンの1%弱を占めるヘモグロビンF、2個のα鎖及び2個のδ鎖からなるα2δ2構造を持ち、全ヘモグロビンの1%弱を占めるヘモグロビンA2から構成される。
【0003】
ヘモグロビンは、血中に存在する糖(血糖)やその代謝物と非酵素的に結合(糖化)して糖化ヘモグロビンを形成する。全ヘモグロビンの大半を占めるヘモグロビンAが糖化したヘモグロビンA1は、厳密には糖化ヘモグロビンの全てではないが、臨床的に糖化ヘモグロビンと同義に扱われることが多い。ヘモグロビンA1は、更にA1a、A1b、A1cに分離できるが、食事等による一時的な血糖値の上昇に影響されず、過去2から3ヶ月間の血糖値の変化を反映して濃度が変化する、いわゆる安定型のヘモグロビンA1c(以下「sA1c」と略記することがある)は、糖尿病の診断や、糖尿病患者の経過観察の指標として広く用いられている。
【0004】
糖化ヘモグロビンの測定は、従来、液体クロマトグラフィーの手法により実施されている。液体クロマトグラフィーによる糖化ヘモグロビンの測定には、大別すると、イオン交換物質を固定した充填材を用い、種々のヘモグロビンをその電荷の相違を利用して分画して測定する陽イオン交換クロマトグラフィーによる測定方法と、糖に対して親和性の高いアミノフェニルボロン酸基を固定した充填材を用いるアフィニティークロマトグラフィーによる測定方法とがある。アフィニティークロマトグラフィーによる測定方法は、糖鎖部分に対する親和性を利用することから、sA1cを含む種々の糖化ヘモグロビンを測定することになる(非特許文献2)。一方、陽イオン交換クロマトグラフィーによる測定方法では、種々のヘモグロビンを分離したうえで、sA1cのみを測定することができる。
【0005】
ヘモグロビンには、ヘモグロビン遺伝子に変異が生じることにより生じるヘモグロビンS、ヘモグロビンC、ヘモグロビンE、ヘモグロビンDなどの様々な異常ヘモグロビンも存在する。そして近年、希にではあるが、糖化ヘモグロビンの測定を実施すべき血液試料が異常ヘモグロビンEを含有する場合、アフィニティクロマトグラフィーによる測定方法では血液試料を提供した被験者の症状を反映する測定結果が得られる一方で、陽イオンクロマトグラフィーによる測定方法では、sA1cの測定値が低い値を示し、時として血液試料を提供した被験者の症状を反映し難いことがある、と報告されている(非特許文献1−3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平9−264889号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】R.R.Little and W.L.Roberts,J Diabetes Sci Technol, Vol 3(3),446−451(2009).
【非特許文献2】R.R.Little et al., Clin Chem, Vol 54(8), 1277−1282(2008).
【非特許文献3】L.Bry et al., Clin Chem, Vol 47(2), 153−163(2001).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
測定を実施すべき血液試料が異常ヘモグロビンEを含有する場合、陽イオン交換クロマトグラフィーによってsA1cの測定を実施すると、理由は不明であるがsA1cとして溶出する成分が減少し(sA1cのピーク面積が減少し)、その結果、全ヘモグロビンに占めるsA1cの値が低値を示す一方で、アフィニティークロマトグラフィーによる糖化ヘモグロビンの測定では、全ヘモグロビンに占める糖化ヘモグロビンの値は影響を受けないことが報告されている。そこで本発明は、東南アジア地区に保因者が多いといわれるヘモグロビンEを含有する血液試料を陽イオン交換クロマトグラフィーにより測定する場合に、異常ヘモグロビンEによる影響を排除して、血液試料を提供した被験者の症状を反映するsA1cの測定結果を得ようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、異常ヘモグロビンEを含有する血液試料を陽イオン交換クロマトグラフィーに供してクロマトグラムを取得し、分析した結果、健常者のクロマトグラムにはないピークが出現すること、更に、このピークの面積に基づいてsA1cのピーク面積又は全ヘモグロビンのピーク面積を補正してsA1cの割合(%)を算出すると、その結果は異常ヘモグロビンEの影響を受けにくいとされるアフィニティークロマトグラフィーによる測定結果と良好に相関することを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明は、以下の各工程を含み、工程3において異常ヘモグロビンEのピークが同定されたときには、異常ヘモグロビンEのピークの面積を計算し、その計算結果を用いて工程4におけるsA1cのピーク面積又は全ヘモグロビンのピーク面積を補正することを特徴とする安定型糖化ヘモグロビンsA1cの測定方法である。
(1)血液試料を溶血後、陽イオン交換クロマトグラフィーに供してsA1cを他のヘモグロビンから分離して溶出し、各ヘモグロビン分画の溶出を示すクロマトグラムを取得する工程、
(2)取得したクロマトグラムからsA1cのピークを同定し、そのピーク面積を計算する工程、
(3)取得したクロマトグラムから、sA1c以外のヘモグロビンのピークを同定し、それらのピーク面積を計算する工程、及び
(4)全ヘモグロビンのピーク面積に占めるsA1cのピーク面積の割合(%)を計算する工程。
【0011】
また本発明は、以下の各手段を含み、(5)の分析手段は、その(b)において異常ヘモグロビンEのピークが同定されたときには、異常ヘモグロビンEのピークの面積を計算し、その計算結果を用いて(d)におけるsA1cのピーク面積又は全ヘモグロビンのピーク面積を補正することを特徴とする安定型糖化ヘモグロビンsA1cの測定装置である。
(1)溶血した血液試料を導入するための試料導入手段、
(2)陽イオン交換能を有する樹脂からなる分離手段、
(3)液体を移送するための送液手段、
(4)前記分離手段から溶出するヘモグロビンを検出しクロマトグラムを得るための検出手段、及び
(5)前記検出手段が検出したクロマトグラムを分析するための分析手段であって、以下を実施する手段:
(a)クロマトグラムに出現したピーク面積を計算するためのベースラインの設定、
(b)クロマトグラムに出現したピークがいずれのヘモグロビンに由来するものであるかの同定、
(c)クロマトグラムに出現したピーク面積の計算、及び
(d)全ヘモグロビンのピーク面積に占めるsA1cのピーク面積の割合(%)の計算。
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。後述する実施例に示した条件下では、異常ヘモグロビンEを含有する血液試料を陽イオン交換クロマトグラフィーに供すると、図3のようなクロマトグラムが取得できる。このクロマトグラムを、健常者の血液試料を陽イオンクロマトグラフィーに供して得たクロマトグラム(図2)と比較すると、非糖化のヘモグロビンAのピーク(A0)とsA1cのピークの間にピーク(P00)が出現する。このピークは、異常ヘモグロビンEに由来するピークであると推定されるが、本発明では、この異常ヘモグロビンEのピーク(P00)面積に基づいて、sA1cのピーク面積又は全ヘモグロビンのピーク面積を補正することを特徴とする。
具体的には、P00の面積をsA1cのピーク面積に加えてsA1cの補正値(補正面積)とし、この補正面積を全ヘモグロビンのピーク面積で割ることによってsA1cの割合(%)を算出するか、異常ヘモグロビンEに由来するピークであるP00のピーク面積を全ヘモグロビンのピーク面積から差し引いて全ヘモグロビンのピーク面積の補正値(補正面積)とし、sA1cのピーク面積をこの補正面積で割ることによってsA1cの割合(%)を算出する。ここで、P00のピーク面積を全ヘモグロビンのピーク面積から差し引いて全ヘモグロビンのピーク面積の補正値(補正面積)とする場合、以下の式に従うことにより、異常ヘモグロビンEによる影響を排除して、アフィニティークロマトグラフィーによる測定結果との良好な相関を達成できる。
【数1】

【0013】
本発明の測定方法は、自動化した測定装置により容易に実施することが可能であるがかかる装置として、(1)溶血した血液試料を導入するための試料導入手段、(2)陽イオン交換能を有する樹脂からなる分離手段、(3)液体を移送するための送液手段、(4)前記分離手段から溶出するヘモグロビンを検出しクロマトグラムを得るための検出手段、(5)前記検出手段が検出したクロマトグラムを分析するための分析手段、との各手段により構成される装置を例示することができる。さらに本発明は、上記(1)〜(5)の手段をコンピューターに実行させる安定型糖化ヘモグロビンsA1cの測定プログラムにも関する。
【0014】
上記(1)の試料導入手段は、一定量の血液試料を後述する分離手段に導入するためのものであり、市販のオートサンプラーを使用したり、六方バルブを用いるなどして構成することができる。なお、sA1cの測定は、溶血した血液試料を使用するが、試料導入手段で溶血操作を実施しても良いし、溶血操作を実施後の血液試料を試料導入手段に供するようにしても良い。溶血は、血球成分を含む血液試料を高張液に添加する等により行えば良い。
【0015】
上記(2)の陽イオン交換能を有する樹脂からなる分離手段は、スルホン系や、カルボキシル基が導入されたいわゆる陽イオン交換クロマトグラフィー用の修飾基を結合した樹脂を充填したカラム等を使用することができる。陽イオン交換クロマトグラフィー用の樹脂としては、例えば非多孔性陽イオン交換体等が例示でき、また、かかる樹脂を充填したカラムとしては、例えば東ソー(株)製の非多孔性陽イオン交換体カラム TSKgel(登録商標) SP−NPR 等を例示することができる。
【0016】
上記(3)の液体を移送するための送液手段は、試料導入手段から導入された血液試料やヘモグロビンを溶出させるための溶離液を分離手段に移送するためのものであり、ポンプを例示することができる。なお、溶離液としては、従来から種々のものが利用されており、例えば塩濃度の異なる3種類の溶離液を利用することが例示できる。なお、この場合グラジエント溶出させるための溶離液ミキサー等を装備しても良い。
【0017】
上記(4)の、分離手段から溶出するヘモグロビンを検出しクロマトグラムを得るための検出手段は、ヘモグロビンを検出できるものであれば制限はなく、例えば蛋白質であるヘモグロビンの溶出を415nmの吸光度に基づいて検出可能な吸光検出器や、電気伝導度検出器等を例示できる。
【0018】
上記(5)の分析手段は、検出手段が検出したクロマトグラムを分析するための手段であるが、本発明の測定装置はこの分析手段に特徴を有する。この分析手段は、まず、クロマトグラムに出現したピーク面積を計算するためのベースラインの設定を行う。ベースラインの設定方法は種々提案されているが(例えば特許文献1参照)、特に制限はない。ベースラインの設定に続いて、クロマトグラムに出現したピークがいずれのヘモグロビンに由来するものであるかを同定する。この同定のためには、装置にヘモグロビンごとに予想される溶出時間を記憶する記憶手段を設け、溶出時間から同定を行うように構成することができる。なお、ベースラインの設定とピーク同定は順序が逆になっても良い。このようにしてクロマトグラムに出現した各ピーク面積の計算を行った後に、sA1cのピーク面積を全ヘモグロビンのピーク面積の和で割った割合(%)を求めるが、ピーク同定の際に異常ヘモグロビンEのピーク(P00)が同定されていたときは、P00のピークの面積を計算しておき、これをsA1cのピーク面積に加えてsA1cの補正値(補正面積)とし、この補正面積を全ヘモグロビンのピーク面積で割ることによってsA1cの割合(%)を算出するか、異常ヘモグロビンEに由来するピークであるP00のピーク面積を全ヘモグロビンのピーク面積から差し引いて全ヘモグロビンのピーク面積の補正値(補正面積)とし、sA1cのピーク面積をこの補正面積で割ることによってsA1cの割合(%)を算出する。ここで、P00のピーク面積を全ヘモグロビンのピーク面積から差し引いて全ヘモグロビンのピーク面積の補正値(補正面積)とする場合、前記式に従うことにより、異常ヘモグロビンEによる影響を排除して、アフィニティークロマトグラフィーによる測定結果との良好な相関を達成できる。
【0019】
上記分析手段は、検出手段で検出したクロマトグラムについて上記のような分析を実施できれば制限されず、例えばプロセッサを備えたコンピューターに上記分析のためのプログラムをインストールすることにより構成することができる。かかるコンピューターは、本発明の装置に一体不可分に組み込まれた形態であっても良いし、いわゆる外付けの形態であっても良い。
【0020】
本発明に係る測定装置を図5に基づいて更に具体的に説明する。試料導入手段11に導入された溶血した血液試料は、分離手段13に送られ、さらに送液手段12により溶離液が分離手段13に送られることにより、ヘモグロビン類が分画されて溶出する。溶出されたヘモグロビンは、検出手段14により検出されて、クロマトグラムを与え、得られたクロマトグラムが分析手段15により分析される。分析手段15は、ベースライン設定モジュール16、ピーク同定モジュール17、ピーク面積計算モジュール18、及びsA1c割合計算モジュールを含み、まずベースライン設定モジュール16が、クロマトグラムに出現したピーク面積を計算するためのベースラインの設定を行う。続いて、ピーク同定モジュール17が、クロマトグラムに出現したピークがいずれのヘモグロビンに由来するものであるかを同定する。ここでピーク同定モジュール17は、例えば、記憶手段に予め記憶された異常ヘモグロビンEを含有しない血液試料のクロマトグラムと、検出手段14により与えられたクロマトグラムとを比較することにより、異常ヘモグロビンEに由来するピーク(P00)の有無を判定する様にすることができる。他の特定方法として、例えば、異常ヘモグロビンEを含有する血液試料のクロマトグラムから得られた異常ヘモグロビンに由来するピークの溶出時間を記憶手段に予め記憶しておき、クロマトグラム上の当該時間に該当するピークが出現するかどうかを判断して、ピークが出現した場合にはそのピークを異常ヘモグロビンEに由来するピーク(P00)と同定することも例示できる。続いて、ピーク面積計算モジュール18が各ヘモグロビン類のピーク面積を計算する。最後に、sA1c割合計算モジュール19が、全ヘモグロビンのピーク面積の和に対するsA1cのピーク面積の割合(%)を求める。ここでピーク同定モジュール17が異常ヘモグロビンEに由来するピークを同定した場合、sA1c割合計算モジュール19は、本発明の特徴であるsA1cのピーク面積又は全ヘモグロビンのピーク面積を補正するものである。当然のことであるが、ピーク同定モジュール17にて異常ヘモグロビンEに由来するピークが同定されなかった場合には、sA1c割合計算モジュール19は、sA1cのピーク面積及び全ヘモグロビンのピーク面積について補正を行うことなくsA1cの割合(%)を計算する。具体的には、ピーク同定モジュール17が、P00が存在すると判定したときは、P00のピーク面積をsA1cのピーク面積に加えてsA1cの補正値(補正面積)とし、この補正面積を全ヘモグロビンのピーク面積で割ることによってsA1cの割合(%)を算出するか、或いは異常ヘモグロビンEに由来するピークであるP00のピーク面積を全ヘモグロビンのピーク面積から差し引いて全ヘモグロビンの補正値(補正面積)とし、sA1cのピーク面積をこの補正面積で割ることによってsA1cの割合(%)を算出する。ここで、P00のピーク面積を全ヘモグロビンのピーク面積から差し引いて全ヘモグロビンのピーク面積の補正値(補正面積)とする場合、前記の式に従うことにより、異常ヘモグロビンEによる影響を排除して、アフィニティークロマトグラフィーによる測定結果との良好な相関を達成できる。
以下の様にして計算したsA1cの割合(%)に、更にNational Glycohemoglobin Standardization Program(NGSP)、国際臨床化学連合(IFCC)、日本糖尿病学会(JDS)等の各学会が定めた標準品を用いてキャリブレーションを行い、補正することで当該学会が定めた基準に沿った診断等を実施する為の指標となるsA1cの割合(%)を計算することができる。こうして分析手段15により分析された結果は、出力手段20を介して表示又は印字することもできる。本発明は、分析手段内の各モジュールをコンピューターに実行させる安定型糖化ヘモグロビンsA1cの測定プログラムにも関する。
【0021】
図6は、分析手段15をハードウェア構成から説明した図である。分析手段15は、プロセッサー21、メモリ22、出力インターフェース23、補助記憶手段24、入力インターフェース25、入力手段26等を備える。プロセッサー21は、補助記憶手段24に記載されるプログラムを実行することにより、上述した分析手段15が果たす機能を実現するための処理を実行する。メモリー22には、プロセッサ21が実行中のプログラムや、このプログラムにより一時的に使用されるデータが記憶される。メモリー22は読み出し専用メモリ(ROM)やランダムアクセスメモリ(RAM)を含んでも良い。上記21〜26はデータバス27により電気的に接続されている。出力インターフェース23は、クロマトグラムや計算したsA1cの割合(%)をモニターやプリンター等の出力手段へ出力するインターフェース回路である。入力インターフェース25は、検出手段から出力されるクロマトグラムを入力するインターフェース回路である。入力手段26は、ユーザーの操作入力を受け付けるためのものであり、装置の起動、終了、血液試料に関する情報等を入力するため、キーボード等の通常の入力機器を備える。各手段は、バスで電気的に接続されている。
【0022】
本発明の測定装置において、上記例示したようにモニターやプリンター等の表示手段を装備する場合には、例えば異常ヘモグロビンEに由来するピーク(P00)が同定された場合にはその旨をこれらの表示手段に表示して注意を喚起したり、P00が同定された血液試料に関する測定結果(sA1cの割合(%))とともに本発明を適用した旨を表示するように構成することも例示できる。
【発明の効果】
【0023】
測定を実施すべき血液試料が異常ヘモグロビンEを含有する場合、陽イオン交換クロマトグラフィーによってsA1cの測定を実施すると、理由は不明であるがsA1cとして溶出する成分が減少し(sA1cのピーク面積が減少し)、その結果、全ヘモグロビンに占めるsA1cの値が低値を示すことが報告されているが、本発明によれば、異常ヘモグロビンEによる影響を排除して、異常ヘモグロビンEの影響を受けにくいと報告されているアフィニティークロマトグラフィーによる測定結果との良好な相関を達成し、血液試料を提供した被験者の症状を反映するsA1cの測定結果を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】異常ヘモグロビンEを含有する血液試料と、異常ヘモグロビンEを含有しない血液試料について、アフィニティークロマトグラフィーによる測定結果と陽イオン交換クロマトグラフィーによる測定結果との相関を示す図である。
【図2】異常ヘモグロビンEを含有しない血液試料について、陽イオン交換クロマトグラフィーによって得られたクロマトグラムである。
【図3】異常ヘモグロビンEを含有する血液試料について、陽イオン交換クロマトグラフィーによって得られたクロマトグラムである。
【図4A】異常ヘモグロビンEを含有する血液試料と、異常ヘモグロビンEを含有しない血液試料について、アフィニティークロマトグラフィーによる測定結果と、異常ヘモグロビンEのピーク(P00)面積に基づいて、sA1cのピーク面積を補正することに基づく本発明の方法によって得られた測定結果との相関を示す図である。
【図4B】異常ヘモグロビンEを含有する血液試料と、異常ヘモグロビンEを含有しない血液試料について、アフィニティークロマトグラフィーによる測定結果と、異常ヘモグロビンEのピーク(P00)面積に基づいて、全ヘモグロビンのピーク面積を補正することに基づく本発明の方法によって得られた測定結果との相関を示す図である。
【図5】本発明の測定装置を説明するための図である。
【図6】本発明の測定装置を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
図1は、いずれもインフォームドコンセントを得て採取した、異常ヘモグロビンEを含有する血液試料(14種)と異常ヘモグロビンEを含有しない血液試料(57種)について、アフィニティークロマトグラフィーによる測定結果と陽イオン交換クロマトグラフィーによる測定結果との相関を示す図である。なお前者については、遺伝子検査により異常ヘモグロビンEを含有することを確認した。
【0026】
アフィニティークロマトグラフィーによる測定は、市販のカラム(東ソー株製 TSKgel(登録商標) AF-GHbと溶離液(東ソー株製 TSKgel(登録商標) eluent AF-GHb A(S)とB(S))を用いて、陽イオンクロマトグラフィーによる測定は、非多孔性陽イオン交換体カラムを装備した東ソー(株)製自動グリコヘモグロビン分析計HLC(登録商標)−723 G8を用いた陽イオン交換クロマトグラフィーによる測定結果である。
【0027】
図1の縦軸は陽イオン交換クロマトグラフィーによる測定結果、横軸はアフィニティークロマトグラフィーによる測定結果を示し、いずれの結果も全ヘモグロビンに占めるA1cの割合(%)であり、いずれも専用試薬を用いて装置をキャリブレーション後、装置から出力された測定結果をそのままプロットしたものである。
【0028】
異常ヘモグロビンEを含有しない血液試料(57種、白抜き)ではアフィニティークロマトグラフィーの結果と陽イオン交換クロマトグラフィーの結果は良好な相関性を示したが、異常ヘモグロビンEを含有する血液試料(14種、黒塗り)では、陽イオン交換クロマトグラフィーの結果はアフィニティークロマトグラフィーの結果と比較して低い値を示すことが分かる。
【0029】
図2は、インフォームドコンセントを得て採取した健常者の血液試料を、陽イオン交換クロマトグラフィー測定に供して得たクロマトグラムの例である。健常者の血液試料では、ヘモグロビンAのピーク(A0)とsA1cのピークの間に他の成分に由来するピークは出現しない。一方、図3は、インフォームドコンセントを得て採取した異常ヘモグロビンEを含有する被験者の血液試料を、陽イオン交換クロマトグラフィー測定に供して得たクロマトグラムの例である。図3から明らかなように、異常ヘモグロビンEを含有する血液試料では、ヘモグロビンAの(A0)とsA1cのピークの間に、図2では観察されなかった異常ヘモグロビンEに由来するピーク(P00)が出現する。
【0030】
このように、異常ヘモグロビンEに由来するピーク(P00)は、異常ヘモグロビンEを含有しない血液試料のクロマトグラムと比較することにより同定することができる。従って、所定の条件下、P00が出現する溶出時間(図の例では、0.7分)を記憶しておけば、同一条件下でsA1cの測定を実施する限り、溶出時間から異常ヘモグロビンEに由来するピークを同定することが可能である。
【実施例】
【0031】
実施例1
異常ヘモグロビンEを含有する血液試料について、自動グリコヘモグロビン分析計 HLC(登録商標)−723 G8(東ソー製)によって得たクロマトグラム(図3)において、P00ピーク面積をsA1cのピーク面積と合算して、全ヘモグロビンのピーク面積に対するsA1cの割合(%)として算出する本発明の方法を実施した。なお、P00のピーク検出レンジは0.70±0.05分とした。
(1)P00のピーク面積
クロマトグラムから、P00のピーク面積を13.25と計算した。
(2)sA1cのピーク面積
クロマトグラムから、sA1cのピーク面積を45.63と計算した。
(3)P00のピーク面積とsA1cのピーク面積の和の計算
和=13.25+45.63=58.88
(4)sA1c、P00を含む全ヘモグロビンピークの面積の計算
クロマトグラムから、全ヘモグロビンのピーク面積を1341.36と計算した。
(5)上記(4)における(2)の割合(%)の計算
割合(%)=58.88/1341.36×100
=4.39%
【0032】
実施例2
図1に示した14種の異常ヘモグロビンEを含有する血液試料を陽イオンクロマトグラフィーによる測定に供して得られたクロマトグラムについて、実施例1で示した本発明を適用した結果を図4Aに示す。図4Aに示したように、本発明を適用した結果、アフィニティークロマトグラフィーによる測定結果との相関は良好となり、相関係数の2乗は図1における0.8801から0.9856と改善された。
【0033】
実施例3
異常ヘモグロビンEを含有する血液試料について、陽イオン交換クロマトグラフィーによって得たクロマトグラム(図3)において、P00ピーク面積を全ヘモグロビンのピーク面積から差し引いて全ヘモグロビンのピーク面積の補正値(補正面積)とし、この補正値に対するsA1cの割合(%)を算出する本発明の方法を実施した。なお、P00のピーク検出レンジは0.70±0.05分とした。
(1)P00のピーク面積
クロマトグラムから、P00のピーク面積を13.25と計算した。
(2)sA1cのピーク面積
クロマトグラムから、sA1cのピーク面積を45.63と計算した。
(3)A0のピーク面積
クロマトグラムから、A0のピーク面積を1232.33と計算した。
(4)全ヘモグロビンのピーク面積
クロマトグラムから、全ヘモグロビンのピーク面積を1341.36と計算した。
(5)全ヘモグロビンのピーク面積の補正値の計算
補正値=1341.36−13.25−1232.33×13.25/(13.25+45.63)=1050.85
(6)上記(5)の補正値に対する(2)の割合(%)の計算
割合(%)=45.63/1050.85×100
=4.34%
【0034】
実施例4
図1に示した14種の異常ヘモグロビンEを含有する血液試料を陽イオンクロマトグラフィーによる測定に供して得られたクロマトグラムについて、実施例3で示した本発明を適用した結果を図4Bに示す。図4Bに示したように、本発明を適用した結果、アフィニティークロマトグラフィーによる測定結果との相関は良好となり、相関係数の2乗は図1における0.8801から0.9872と改善された。
【符号の説明】
【0035】
1 陽イオン交換クロマトグラフィー装置
11 試料導入手段
12 送液手段
13 分離手段
14 検出手段
15 分析手段
16 ベースライン設定モジュール
17 ピーク同定モジュール
18 ピーク面積計算モジュール
19 sA1c割合計算モジュール
20 出力手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
安定型糖化ヘモグロビンsA1cの測定方法であって、(1)血液試料を溶血後、陽イオン交換クロマトグラフィーに供してsA1cを他のヘモグロビンから分離して溶出し、各ヘモグロビン分画の溶出を示すクロマトグラムを取得する工程、(2)取得したクロマトグラムからsA1cのピークを同定し、そのピーク面積を計算する工程、(3)取得したクロマトグラムから、sA1c以外のヘモグロビンのピークを同定し、それらのピーク面積を計算する工程、及び、(4)全ヘモグロビンのピーク面積に占めるsA1cのピーク面積の割合(%)を計算する工程、の各工程を含み、上記工程3において異常ヘモグロビンEのピークが同定されたときには、異常ヘモグロビンEのピークの面積を計算し、その計算結果を用いて上記工程4におけるsA1cのピーク面積又は全ヘモグロビンのピーク面積を補正することを特徴とする、前記方法。
【請求項2】
非糖化のヘモグロビンAのピークとsA1cのピークの間に出現するピークを異常ヘモグロビンEのピークとして同定し、上記工程を実施することを特徴とする請求項1に記載の測定方法。
【請求項3】
前記工程4において、異常ヘモグロビンEのピークが同定されたときに、異常ヘモグロビンEのピークの面積をsA1cのピーク面積に加えることにより、sA1cのピーク面積を補正する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記工程4において、異常ヘモグロビンEのピークが同定されたときに、以下の式:
【数1】

に従うことにより、全ヘモグロビンのピーク面積を補正する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
安定型糖化ヘモグロビンsA1cの測定装置であって、
(1)溶血した血液試料を導入するための試料導入手段、
(2)陽イオン交換能を有する樹脂からなる分離手段、
(3)液体を移送するための送液手段、
(4)前記分離手段から溶出するヘモグロビンを検出しクロマトグラムを得るための検出手段、
(5)前記検出手段が検出したクロマトグラムを分析するための分析手段、
の各手段を備え、前記分析手段は、
a)クロマトグラムに出現したピーク面積を計算するためのベースラインの設定、
b)クロマトグラムに出現したピークがいずれのヘモグロビンに由来するものであるかの同定、
c)クロマトグラムに出現したピーク面積の計算、
d)全ヘモグロビンのピーク面積に占めるsA1cのピーク面積の割合(%)の計算、
を実施するものであり、上記bにおいて異常ヘモグロビンEのピークが同定されたときには、異常ヘモグロビンEのピークの面積を計算し、その計算結果を用いて上記dにおいてsA1cのピーク面積又は全ヘモグロビンのピーク面積を補正することを特徴とする、前記装置。
【請求項6】
非糖化のヘモグロビンAのピークとsA1cのピークの間に出現するピークを異常ヘモグロビンEのピークとして同定し、分析手段において上記分析を実施することを特徴とする請求項5に記載の測定装置。
【請求項7】
前記bにおいて、異常ヘモグロビンEのピークが同定されたときに、前記dにおいて異常ヘモグロビンEのピークの面積をsA1cのピーク面積に加えることにより、sA1cのピーク面積を補正する、請求項5又は6に記載の測定装置。
【請求項8】
前記bにおいて、異常ヘモグロビンEのピークが同定されたときに、前記dにおいて以下の式:
【数2】

に従うことにより、全ヘモグロビンのピーク面積を補正する、請求項5又は6に記載の測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−215470(P2012−215470A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−81106(P2011−81106)
【出願日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)