説明

糖化酵素吸着酵母

【課題】酵母を用いたエタノール製造において、糖化酵素を回収し、再利用できる方法を提供する。
【解決手段】糖化酵素と酵母とを混合した混合物と、植物バイオマスとを混合し、同時糖化発酵を行う工程を含み、前記混合物において糖化酵素が酵母に吸着している、エタノールの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば糖化酵素吸着酵母及び当該酵母を使用したエタノール製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来において、糖化酵素及び酵母のアルコール発酵を利用して同時糖化発酵により植物バイオマスからエタノールを製造する方法が知られている(例えば特許文献1及び2)。当該方法に使用する糖化酵素は高価であり、当該方法を産業上行う上で低コスト化が必須である。例えば、低コスト化のために糖化酵素を再利用することが考えられるが、その際に糖化酵素を回収する技術が必要となる。
【0003】
一方、特許文献3は、キシロース代謝関連遺伝子と共に細胞表層提示型β-グルコシダーゼ遺伝子を導入した酵母を使用して、植物バイオマスからエタノールを製造する方法を開示する。特許文献3では、発現したβ-グルコシダーゼが酵母の表層にディスプレイされるように、β-グルコシダーゼ遺伝子と細胞表層局在タンパク質遺伝子とを融合した遺伝子が酵母に導入される。当該技術によれば、植物バイオマスからエタノールを製造した後に、糖化酵素を酵母と共に回収することができるが、遺伝子組換え体を構築することが必要であり、煩雑である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009-213440号公報
【特許文献2】特開2010-246422号公報
【特許文献3】特開2010-35556号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述のように、植物バイオマスからのエタノール製造の低コスト化のために糖化酵素を再利用すべく、糖化酵素を回収する技術が求められている。
【0006】
そこで、本発明は、上述した実情に鑑み、酵母を用いたエタノール製造において、糖化酵素を回収し、再利用できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、植物バイオマスを含まない状態で、予め糖化酵素と酵母とを混合することで、酵母に糖化酵素を吸着させ、同時糖化発酵によるエタノール製造後に、酵母に糖化酵素を吸着させたまま、酵母と同時に糖化酵素を回収できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、糖化酵素と酵母とを混合した混合物と、植物バイオマスとを混合し、同時糖化発酵を行う工程を含み、前記混合物において糖化酵素が酵母に吸着している、エタノールの製造方法である。当該方法は、同時糖化発酵工程後、糖化酵素が吸着した酵母を回収する工程を含むことができる。また、当該方法は、回収した酵母を同時糖化発酵工程に再利用することを含むことができる。
【0009】
また、本発明は、糖化酵素を吸着させた酵母及び当該酵母を含有する同時糖化発酵用組成物である。
さらに、本発明において、糖化酵素としてはセルラーゼが挙げられる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、同時糖化発酵に使用した糖化酵素を酵母と共に高効率で回収することができ、回収した当該糖化酵素が吸着した酵母を再利用することで、植物バイオマスからのエタノール製造の低コスト化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】セルラーゼ吸着酵母のセルラーゼ活性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、糖化酵素と酵母とを混合した混合物と、植物バイオマスとを混合し、同時糖化発酵(糖化及び発酵)を行う工程を含む、エタノールの製造方法である(以下、「本方法」と称する)。糖化酵素と植物バイオマスを混合すると、糖化酵素が植物バイオマスのリグニン等に非特異的に吸着し、同時糖化発酵後、糖化酵素を十分に回収することができない。一方、本方法では、植物バイオマスを含まない状態で、予め糖化酵素と酵母とを混合することで、当該混合物において酵母に糖化酵素を非特異的に吸着させ、同時糖化発酵工程後、酵母を回収することで、酵母に糖化酵素を吸着させたまま、酵母と同時に糖化酵素を高効率で回収できる。
【0013】
ここで、「同時糖化発酵」とは、植物バイオマス(例えばセルロース)から糖(例えばグルコース)への分解(糖化)、及び糖からエタノールへの変換(アルコール(エタノール)発酵)が同時に又は連続して行われることを意味する。
【0014】
また、「糖化酵素」とは、植物バイオマスから糖への分解に関与する酵素を意味する。糖化酵素としては、例えばセルラーゼ、キシラナーゼ、マンナナーゼ等が挙げられ、特にセルラーゼが好ましい。糖化酵素としてセルラーゼを用いることで、植物バイオマス中のセルロースを分解し、グルコースを得ることができる。また、糖化酵素としてキシラナーゼを用いることで、植物バイオマス中のキシランを分解し、キシロースを得ることができる。さらに、糖化酵素としてマンナナーゼを用いることで、植物バイオマス中のマンナンを分解し、マンノースを得ることができる。これら糖化酵素を生産する微生物それ自体、当該微生物の培養液又は培養上清、固定化酵素等を糖化酵素として使用することができる。また、糖化酵素は、市販のものであってもよい。
【0015】
酵母としては、アルコール発酵を行うことができる酵母であればよく、例えばサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)等のサッカロミセス属、ピキア・スティピティス(Pichia stipitis)等のピキア属、パチソレン・タンノフィルス(Pachysolen tannophilus)等のパチソレン属、クルイベロミセス(Kluyveromyces)属、シゾサッカロミセス(Schizosaccharomyces)属、カンジダ(Candida)属等に属する酵母が挙げられる。また、サッカロミセス・セレビシエ等の酵母がキシロースを代謝し、キシロースからエタノールへ変換することができるように、キシロース代謝に関連する酵素(キシロースレダクターゼ、キシリトールデヒドロゲナーゼ、キシルロースキナーゼ等)をコードする遺伝子を導入した組換え酵母を、本方法で使用してもよい。
【0016】
植物バイオマスは、リグニン、セルロース、リグノセルロースやヘミセルロース等を主成分とするバイオマスを意味する。換言すれば、植物バイオマスは、セルロース原料と言うこともできる。植物バイオマスとしては、例えば木質・草本系材料(木材、ユーカリ、バガス、稲ワラ、スギ、ムギワラ、竹等)、パルプ及びこれらの廃棄物(例えば古紙)が挙げられる。なお、本発明において、予め植物バイオマスを振動ミルやカッターミル等を用いた粉砕処理に供し、得られた粉砕品を植物バイオマスとして使用することができる。
【0017】
本方法では、先ず糖化酵素と酵母とを混合し、糖化酵素を酵母に非特異的に吸着させる。混合条件としては、例えば酵母(OD600=10)0.1〜10ml(好ましくは0.1〜1ml)を、10EGV/ml以上濃度の糖化酵素0.1〜10ml(好ましくは0.1〜1.0ml)に懸濁し、一晩程度放置することが挙げられる。混合後、遠心分離等による回収及び緩衝液等による洗浄を適宜行い、糖化酵素吸着酵母を得ることができる。
【0018】
次いで、糖化酵素吸着酵母と植物バイオマスとを混合し、同時糖化発酵を行う。糖化酵素吸着酵母と植物バイオマスとの混合量としては、例えば酵母(OD600=10)1.0〜10mlに対して植物バイオマス0.1〜20g/mlが挙げられる。同時糖化発酵条件としては、糖化酵素の作用により植物バイオマスから糖が得られ、酵母のアルコール発酵により糖からエタノールが産生され、且つ酵母が生育する条件であればよく、例えば温度20〜45℃(好ましくは30〜40℃)、pH3〜7(好ましくはpH4〜5)で24〜144時間(好ましくは24〜72時間)が挙げられる。なお、培養は振盪培養とすることができる。
【0019】
本方法では、次いで糖化酵素吸着酵母を再利用すべく、同時糖化発酵後、糖化酵素吸着酵母を回収する。例えば同時糖化発酵反応液から植物バイオマスを採らないように上清の酵母を回収し、回収した酵母を遠心分離等による分離及び緩衝液等による洗浄を適宜行うことで、糖化酵素吸着酵母を回収することができる。回収した糖化酵素吸着酵母は、同時糖化発酵に再利用することで、糖化酵素の添加を必要としないか又は最小限の糖化酵素の添加により同時糖化発酵を行うことができる。一方、酵母回収後の同時糖化発酵反応液は、そのままエタノールとして使用してもよく、また精製や抽出処理に供し、精製又は抽出したものをエタノールとして使用してもよい。
【0020】
糖化酵素と酵母との混合により糖化酵素が酵母に吸着したか否か又は同時糖化発酵後に回収した糖化酵素吸着酵母において糖化酵素が酵母に吸着しているか否かの評価は、糖化酵素吸着酵母を使用して糖化酵素の活性を測定することにより行うことができる。例えば、セルラーゼ活性の評価は、セルラーゼの合成基質であるpNPL(4-ニトロフェニルβ-D-ラクトピラノシド)を基質として生成される4-ニトロフェノール量を、A405nmにおける吸光度を指標として測定することで行うことができる。セルラーゼと酵母との混合後のセルラーゼ吸着酵母又は同時糖化発酵後に回収したセルラーゼ吸着酵母を、pNPLと共にインキュベートする。次いで、陰性対照(例えば、セルラーゼと酵母の事前の混合なく、セルラーゼと酵母と植物バイオマスとを混合し、同時糖化発酵を行った後に回収した酵母)と比較して生成される4-ニトロフェノール量が有意に高い場合には、セルラーゼが酵母に有意に吸着していると判断することができる。
【0021】
以上、説明した本方法によれば、同時糖化発酵工程後、酵母を回収することで、酵母に糖化酵素を吸着させたまま、酵母と同時に糖化酵素を高効率で回収できる。従来の同時糖化発酵においては、糖化酵素と植物バイオマスを混合すると、糖化酵素が植物バイオマスに非特異的に吸着することで、糖化酵素回収として反応上清を得ても、ほとんど活性が残存していない。従って、糖化酵素を再利用するにも濃縮工程が不可欠であるが、糖化酵素の濃縮には高価なUF膜等が必要でるため、大幅なコストアップの要因となる。一方、本方法によれば、同時糖化発酵後にデカンテーション等の簡易な方法で酵母を回収し、その後、糖化酵素を濃縮する場合においては、濃縮工程として工業的にも良く用いられる簡易な装置(例えば、フィルタープレスや連続遠心装置)で糖化酵素を簡単に濃縮できるため、糖化酵素吸着酵母はプロセス的にも有用である。
【0022】
また、本発明は、本方法で使用することができる、上述のように糖化酵素と酵母とを混合することで作製した糖化酵素を吸着させた酵母、及び当該糖化酵素吸着酵母を含有する同時糖化発酵用組成物に関する。同時糖化発酵用組成物における糖化酵素吸着酵母の含有量は、上述の本方法の同時糖化発酵工程で使用する糖化酵素吸着酵母量に準じて適宜決定することができる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0024】
〔実施例1〕セルラーゼ吸着酵母が有するセルラーゼ活性の評価
1.試験方法
1−1.試薬
使用した試薬は、以下の通りであった:
・pNPL(4-ニトロフェニルβ-D-ラクトピラノシド;セルラーゼの合成基質)(SIGMA社製)
・酢酸緩衝液(pH5.2)(和光純薬社製)
・炭酸ナトリウム(和光純薬社製)
・YPD培地:
酵母エキス(Difco社製)
ポリペプトン(Difco社製)
グルコース(和光純薬社製)
・セルラーゼ培地:アビセルpH101(シグマ社製)
【0025】
1-2.実験手順
1-2-1.セルラーゼ酵素液の取得
トリコデルマ・リーゼイ(Trichoderma reesei)QM9414をPDA平板培地において28℃で7日間培養し、胞子を得た。
【0026】
得られた胞子を、アビセル(結晶セルロース)を主要素とした液体培地(セルロース培地)に適量添加した。胞子を添加した培養液を30℃で撹拌しながら7日間培養し、培養液を遠心分離に供することでセルラーゼ酵素液を取得した。
【0027】
1-2-2.酵母の取得
酵母(サッカロミセス・セレビシエ)を、YPD(酵母エキス0.5%、ポリペプトン1%、グルコース1%)の平板寒天培地において30℃で一晩培養し、コロニーを形成させた。
【0028】
形成したコロニーの適量をYPD液体培地に接種し、30℃で撹拌しながら1日培養した。培養した培養菌体を新たに用意したYPD液体培地へ適量接種し、30℃で撹拌しながら1日又は2日間培養した。培養後、培養液を遠心分離に供し、酵母菌体を取得した。
【0029】
1-2-3.セルラーゼ吸着酵母の取得
酵母の洗浄として、上記第1-2-2節で取得した酵母菌体を50mMの酢酸緩衝液に懸濁し、懸濁液を遠心分離に供し、菌体と酢酸緩衝液とを分離した。本操作を2回以上実施した。
【0030】
次いで、洗浄した酵母を、上記第1-2-1節で取得したセルラーゼ酵素液に懸濁し、一晩放置した。
【0031】
一晩放置した酵母懸濁液を遠心分離に供し、セルラーゼ酵素液とセルラーゼ吸着酵母とに分離し、セルラーゼ吸着酵母を回収した。
【0032】
セルラーゼ吸着酵母の洗浄(吸着していない酵素の回収)として、分離したセルラーゼ吸着酵母を酢酸緩衝液に懸濁し、懸濁液を遠心分離に供することで、セルラーゼ吸着酵母と上清とに分離した。本操作を3回以上実施した。最後に、セルラーゼ吸着酵母を反応容量の酢酸緩衝液に懸濁し、酵素活性測定用の別容器に移した。
【0033】
1-2-4.同時糖化発酵後の酵母の回収及び洗浄
上記第1-2-1節で取得したセルラーゼ酵素液と、上記第1-2-2節で取得した酵母と、木質系バイオマス(ユーカリ、杉等)とを混合した後、50℃で適宜撹拌し、一晩放置した。
【0034】
一晩放置後、反応液からバイオマスをとらないように、上清の酵母を回収した。回収した酵母を遠心分離に供することで、酵母と反応液とに分離した。
【0035】
次いで、分離した酵母を酢酸緩衝液に懸濁し、懸濁液を遠心分離に供し、酵母と上清とに分離した。本作業を3回以上実施した。
回収した酵母を反応容量の酢酸緩衝液に懸濁し、酵素活性測定用の別容器に移した。
【0036】
1-2-5.セルラーゼ吸着酵母のセルラーゼ活性の測定(pNPL測定)
試薬の調整として、pNPLを40mMになるように水で調整した。また、炭酸ナトリウムを1Mになるように水で調整した。さらに、酢酸緩衝液を1Mになるように調整した。
【0037】
反応液の組成は、以下の表1に示す通りであった。なお、酵母液は、上記第1-2-3節における洗浄後のセルラーゼ吸着酵母、又は上記第1-2-4節における同時糖化発酵後に回収し、且つ洗浄した酵母である。
【0038】
【表1】

【0039】
反応液を、反応温度50℃で3時間反応させた。次いで、反応液150μLを分取し、1500rpm及び4℃下で10分間遠心分離に供した。遠心分離後、反応液100μLを分取し、1M炭酸ナトリウム液を添加した。炭酸ナトリウム液添加後、反応液をA405nmにおける吸光度測定に供した。なお、検量線はpNPを用いて作成した。
【0040】
2.試験結果
結果を図1に示す。図1において、Aのグラフは上記第1-2-3節における洗浄後のセルラーゼ吸着酵母の結果であり、Bのグラフは上記第1-2-4節における同時糖化発酵後に回収し、且つ洗浄した酵母の結果である。
【0041】
図1に示すように、同時糖化発酵前にセルラーゼと酵母とを混合した後、回収したセルラーゼ吸着酵母は、高いセルラーゼ活性を示した(Aのグラフ)。一方、同時糖化発酵前に、セルラーゼと酵母の混合を行わず、同時糖化発酵条件下でセルラーゼと酵母とバイオマスとを混合した後、回収した酵母は、セルラーゼ活性を保持していなかった(Bのグラフ)。
【0042】
なお、上記第1-2-3節における洗浄後のセルラーゼ吸着酵母とバイオマスとを混合し、同時糖化発酵を行った後、回収した酵母も同様に高いセルラーゼ活性を示した。
【0043】
さらに、上記第1-2-1節で取得したセルラーゼ酵素液を木質系バイオマスと混合し、50℃で24時間インキュベートした後、混合液を遠心分離に供し、反応上清を得た。得られた上清のセルラーゼ活性を測定し、セルラーゼ残存量を確認すると、0.4%の残存率であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖化酵素と酵母とを混合した混合物と、植物バイオマスとを混合し、同時糖化発酵を行う工程を含み、前記混合物において糖化酵素が酵母に吸着している、エタノールの製造方法。
【請求項2】
前記同時糖化発酵工程後、糖化酵素が吸着した酵母を回収する工程を含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記回収した酵母を、前記同時糖化発酵工程に再利用することを含む、請求項2記載の方法。
【請求項4】
糖化酵素がセルラーゼである、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
糖化酵素を吸着させた酵母。
【請求項6】
糖化酵素がセルラーゼである、請求項5記載の酵母。
【請求項7】
請求項5又は6記載の酵母を含有する同時糖化発酵用組成物。

【図1】
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【公開番号】特開2013−34449(P2013−34449A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−174894(P2011−174894)
【出願日】平成23年8月10日(2011.8.10)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】