説明

糖尿病の治療標的としてのインスリン誘導性遺伝子

本発明は、糖尿病もしくはその合併症、肥満またはインスリン抵抗の処置のためにE2IG4遺伝子の発現または活性の調節因子を使用すること、これらの病理状態の処置に有用な化合物をスクリーニングする方法、およびこれらの病理状態の診断または予後のための方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖尿病もしくはその合併症、肥満またはインスリン抵抗の治療のための治療標的としてE2IG4遺伝子を同定することに関する。
【0002】
糖尿病は、現在世界中で急速に増加し、人類の深刻な健康問題となっている代謝異常の疾患である。糖尿病は、膵臓のβ細胞によるインスリン分泌の不全、あるいは肝臓、筋肉、または脂肪組織などの周辺組織によるグルコース取込みの不全であるインスリン抵抗に関連した血糖の上昇を特徴とする(Mauvais-Jarvis F.、Kahn C.R.、Diabetes Metab.、2000年、26(6)、433〜48頁)。さらに、肥満被験者の大部分は、インスリン抵抗を発生し、場合によっては糖尿病を発症する。
【0003】
本発明者らは、これらの病理状態の処置に利用できる新規の治療標的を探索することに興味を持った。
【0004】
本発明者らは、ディファレンシャルディスプレイ法を用いて、インスリンがある場合とない場合のラットの全肝臓遺伝子の発現プロフィールを比較し、それにより、インスリンによって急速にその発現が誘導される遺伝子を同定することに成功した。
【0005】
本発明者らは、最初は、この遺伝子をEIIH遺伝子(早期インスリン誘導性肝臓遺伝子(Early insulin Induced Hepatic gene))と呼んだ。この遺伝子は、実際には、E2IG4遺伝子(E−2誘導性遺伝子)と呼ばれるヒト遺伝子のラットにおける相同体であることが判明している(Charpentier他、Cancer Res.、2000年、60(21)、5977〜83頁)。本発明者らがクローン化したラットのcDNA配列を添付の配列リストに示す(SEQ ID No.1)。(353個のアミノ酸からなる)対応するタンパク質配列をSEQ ID No.2に示す。Charpentier他により2000年にクローン化されたヒトのcDNA配列をSEQ ID No.3に示し、それに対応するタンパク質配列をSEQ ID No.4.に示す。
【0006】
本発明の文脈においては、E2IG4遺伝子は、ヒトの配列だけではなく他の生物種、例えばラット、マウス、または他の任意の哺乳動物の相同体も意味するとみなす。さらにEIIH遺伝子およびE2IG4遺伝子という名称を交換可能に使用する。同様に、タンパク質すなわちこの遺伝子の発現産物をEIIHタンパク質またはE2IG4タンパク質と恣意的に呼ぶ。
【0007】
本発明の目的は、糖尿病もしくはその合併症、肥満またはインスリン抵抗の治療のための治療標的としてこの遺伝子またはこの遺伝子の発現産物を使用することである。問題の合併症としては、アテローム性動脈硬化症など大血管性の合併症、または網膜症、腎障害、および神経障害など細小血管性の合併症を挙げることができる。
【0008】
実際に行った実験では、この遺伝子のmRNAの蓄積動態は早くに起こり、グルコキナーゼの蓄積動態に先行することを示しており、この遺伝子の発現がインスリンシグナル伝達機序ならびにグルコースの取込みおよび代謝においてある役割を果たしていることを強く示唆している。インスリン応答物としてのE2IG4タンパク質の同定は、本発明の主題であるいくつかの治療的適用および診断的適用につながる。
【0009】
したがって、本発明は、糖尿病もしくはその合併症、肥満またはインスリン抵抗の治療用の薬物を製造するために、E2IG4遺伝子の発現または活性の調節因子を使用することに関する。
【0010】
本発明の1つの特徴によれば、調節因子は、抗E2IG4タンパク質阻止抗体などE2IG4タンパク質活性の阻害物質である。
【0011】
本発明の別の特徴によれば、調節因子は、E2IG4遺伝子のアンチセンス核酸などE2IG4遺伝子発現のリプレッサーである。
【0012】
本発明のさらに別の特徴によれば、調節因子はE2IG4タンパク質活性の活性化物質である。
【0013】
調節因子はE2IG4遺伝子発現の誘導物質でもよい。
【0014】
これらの実施形態をすべて以下により詳しく記述する。
【0015】
さらに、本発明は、糖尿病もしくはその合併症、肥満またはインスリン抵抗の治療用の薬物を製造するために、E2IG4タンパク質またはこのタンパク質をコードする核酸を(遺伝子療法の枠内で)使用することも包含する。
【0016】
E2IG4タンパク質またはこのタンパク質をコードする核酸を製薬上許容されるビヒクルとともに含む薬剤組成物も、本発明の一部分である。
【0017】
本発明はさらに、哺乳動物、特にヒトの糖尿病もしくはその合併症、肥満またはインスリン抵抗を治療する方法にも関する。この方法では、少なくとも1種のE2IG4遺伝子の発現または活性の調節因子を前記哺乳動物に治療有効量で投与する。
【0018】
最後に、本発明はさらに、糖尿病もしくはその合併症、肥満またはインスリン抵抗の治療に有用な化合物をスクリーニングまたは同定するin vitroの方法にも関する。この方法では、少なくとも1種の試験化合物を、E2IG4遺伝子を発現することができる細胞に接触させ、この遺伝子の発現レベルを評価する。この遺伝子の発現レベルの調節(すなわち増加または減少であるが、好ましくは増加)から、糖尿病もしくはその合併症、肥満またはインスリン抵抗の治療に有用な化合物が示唆される。
【0019】
本発明はさらに、糖尿病もしくはその合併症、肥満またはインスリン抵抗の治療に有用な化合物をスクリーニングまたは同定するin vitroの方法にも関する。この方法では、少なくとも1種の試験化合物を、E2IG4遺伝子のプロモーターにオペレーターとして結合されたレポーター遺伝子を発現できる細胞に接触させ、このレポーター遺伝子の発現レベルを評価する。この遺伝子の発現レベルの調節(すなわち増加または減少であるが、好ましくは増加)から、糖尿病もしくはその合併症、肥満またはインスリン抵抗の治療に有用な化合物が示唆される。
【0020】
この方法は、当業者に公知の様々な技術、例えば配列SEQ ID No.1を含む核酸でトランスフェクトした細胞を使用することによって実施することができる。
【0021】
本発明はさらに、被験者の糖尿病、肥満、またはインスリン抵抗の診断または予後のためのin vitroの方法にも関する。この方法では、被験者の生体試料におけるE2IG4遺伝子の産生物の発現レベルを決定する。対照被験者の生体試料と比べた発現レベルの調節から、前記被験者における糖尿病、肥満、またはインスリン抵抗の発生または発生リスクの増大が示唆される。
【0022】
E2IG4遺伝子の産生物の発現レベルは、様々な方法で、好ましくは被験者の生体試料中のE2IG4タンパク質の量を評価することにより、例えば従来の免疫測定法によって決定することができる。この遺伝子から転写されたmRNAの発現レベルを測定することもできる。
【0023】
好ましくは、E2IG4遺伝子の産生物の発現レベルが対照被験者と比べて低下していること、発生の変化が減少すること、または、糖尿病、肥満、またはインスリン抵抗の発生リスクが増大すること、を検出することが目的である。
【0024】
遺伝子療法
本発明の特定の一実施形態では遺伝子療法を実施する。この治療では、E2IG4タンパク質をコードする核酸を、核酸が移入された患者の細胞中でそれらの核酸によってタンパク質がin vivoで発現される条件のもとで患者に投与する。
【0025】
投与される核酸は、ヌクレオチド配列SEQ ID No.3もしくはNo.1、または以下に定義する任意の相同配列もしくは類似配列を含む。
【0026】
i)同定済み配列のうちの1つに少なくとも70%類似した配列、
ii)厳密なハイブリダイゼーション条件のもとで、前記同定済み配列のうちの1つまたはその相補配列にハイブリダイズする配列、あるいは、
iii)以下に定義するポリペプチドをコードする配列。
【0027】
本発明による相同ヌクレオチド配列とは、同定済み配列と好ましくは少なくとも75%、特に好ましくは少なくとも85%もしくは少なくとも90%、さらに特に好ましくは95%類似しているものである。
【0028】
このような相同ヌクレオチド配列は、厳密な条件のもとで、同定済み配列のうちの1つの相補配列に特異的にハイブリダイズすることが好ましい。厳密な条件を定義するパラメータは、塩基対が一致している鎖の50%が分離する温度(Tm)に依存する。
【0029】
30を超える塩基を含む配列では、Tmは、次の関係式:
Tm=81.5+0.41(%G+G)+16.6log(陽イオン濃度)−0.63(%ホルムアミド)−(600/塩基数)
によって定義される(Sambrook他、1989年、Molecular Cloning:A Laboratory Manual、第2版、Cold Spring Harbor Laboratory Press、Cold Spring Harbor、ニューヨーク州)。
【0030】
長さが30塩基未満の配列では、Tmは、次の関係式:Tm=4(G+C)+2(A+T)によって定義される。
【0031】
非特異的な配列がハイブリダイズしない適切に厳密な条件では、ハイブリダイゼーション温度はTmより5〜10℃低いことが好ましく、使用するハイブリダイゼーションバッファーは高イオン強度の溶液、例えば6×SSC溶液が好ましい。
【0032】
先に使用した「類似配列」という用語は、比較するヌクレオチド間の完全な相似性または同一性を意味するが、類似性とみなされる不完全な相似性も意味する。核酸配列の類似性を調べるこの調査では、例えばプリンとピリミジンを区別する。
【0033】
したがって、相同ヌクレオチド配列は、1つまたは複数の塩基の変異、挿入、欠失、もしくは置換によりまたは遺伝コードの縮重によって同定済み配列のうちの1つと異なっている、任意のヌクレオチド配列を含む。
【0034】
これらの相同配列には、ヒト以外の哺乳動物の遺伝子配列、好ましくは霊長類、ウシ、ヒツジ、もしくはブタのもの、または、他のげっ歯類のもの、ならびに対立遺伝子変異体が含まれる。
【0035】
E2IG4タンパク質をコードする配列は、プロモーター配列などその発現を調節する構成要素を伴うことが好ましい。
【0036】
このような核酸は、特に、DNAベクター、例えばプラスミドベクターの形とすることができる。
【0037】
DNAベクターは、当業者に既知の任意の技術によって、in vivoで導入することができる。特に、DNAベクターは、裸の形で、すなわち細胞へのベクターのトランスフェクションを容易にするための媒介物および系の助けを全く借りずに、in vivoで導入することができる(欧州特許第465529号明細書)。
【0038】
例えば、「金」粒子の表面にDNAを付着させ、それらを発射してDNAを患者の皮膚に貫通させることによる遺伝子銃も使用することができる。液体ゲルを用いた注入も、皮膚、筋肉、脂肪組織、および乳房組織をトランスフェクトするのに使用することができる。
【0039】
マイクロインジェクション、エレクトロポレーション、およびリン酸カルシウム沈殿法、ならびにナノカプセルまたはリポソームを用いた配合物が、利用可能な他の技術である。
【0040】
生分解性のポリアルキルシアノアクリレートナノ粒子が、特に有利である。リポソームの場合は、陽イオン性の脂質を使用すると負に帯電した核酸の封入に有利であり、負に帯電した細胞膜への融着が容易になる。
【0041】
あるいは、ベクターは、それ自身のゲノムに挿入され、前記ペプチドをコードする核酸配列を含む、組換えウイルスの形とすることもできる。
【0042】
好ましくは、ウイルスベクターは、アデノウイルス、レトロウイルス、特にレンチウイルス、およびアデノ随伴ウイルス(AAV)、ヘルペスウイルス、サイトメガロウイルス(CMV)、ワクチンウイルスなどから選択できる。
【0043】
レンチウイルスベクターは、例えばFirat他、(2002年)、J.Gen.Ther.、4、38〜45頁に記載されている。
【0044】
組換えウイルスは欠損ウイルスであると有利である。「欠損ウイルス」という用語は、標的細胞中で複製できないウイルスを示す。通常、欠損ウイルスのゲノムは、感染細胞において前記ウイルスが複製するのに必要な配列を少なくとも欠いている。これらの領域は、除去されていても、非機能性にされていても、他の配列、特に当該のペプチドをコードする配列によって置換されていてもよい。それでもなお、欠損ウイルスがウイルス粒子の封入に必要なゲノム中の配列を保持していることが好ましい。
【0045】
タンパク質治療またはペプチド治療
別の実施形態では、好ましくは精製し、場合によっては、化学的または酵素的に改変して、その安定性または生体利用効率を改善させた外因性E2IG4タンパク質を投与することによって、患者のE2IG4タンパク質量を増やすことができる。
【0046】
「外因性E2IG4タンパク質」とは、アミノ酸配列SEQ ID No.4もしくはNo.2、または参照配列に少なくとも70%、好ましくは少なくとも80%、特に好ましくは少なくとも90%もしくは少なくとも95%類似している配列として定義される任意の変異配列、相同配列、もしくは派生配列を含む任意の蛋白質を意味するものとみなす。
【0047】
これらの配列は、厳密なハイブリダイゼーション条件のもとで参照配列またはその相補配列とハイブリダイズする核酸配列によってコード化された配列を含むものと定義することもできる。
【0048】
「類似」という用語は、比較するアミノ酸間の完全な相似性または同一性を意味するが、類似性とみなされる不完全な相似性も意味する。ポリペプチド配列の類似性を調べるこの調査では、保存的置換を考慮に入れる。これらは、同じクラスのアミノ酸の置換であり、例えば、非荷電側鎖を有するアミノ酸(例えば、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、およびチロシン)、塩基性側鎖を有するアミノ酸(例えば、リジン、アルギニン、およびヒスチジン)、酸性側鎖を有するアミノ酸(例えば、アスパラギン酸およびグルタミン酸)、または、非極性側鎖を有するアミノ酸(例えば、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファン、およびシステイン)の置換である。
【0049】
したがって、より一般には、「変異アミノ酸配列、相同アミノ酸配列、もしくは派生アミノ酸配列」とは、1つまたは複数のアミノ酸、好ましくは少数のアミノ酸の置換、欠失および/または挿入により、特に非天然アミノ酸または擬似アミノ酸による天然アミノ酸の置換により、参照配列と異なっている任意のアミノ酸配列を意味するとみなす。これらの改変は、そのタンパク質の生物活性に有意な影響を及ぼさないような位置で起こる。
【0050】
通常、相同性は、配列解析ソフトウェア(例えばSequence Analysis Software Package of the Genetics Computer Group、University of Wisconsin Biotechnology Center、1710 University Avenue、マディソン、WI 53705)を用いて決定する。相同性(すなわち、定義済みの同一性または類似性)の程度が最大になるように、類似したアミノ酸配列を整列させる。このために、人為的に配列中にギャップを誘導する必要がある場合がある。整列が最適化されたときに、位置の総数に対して2つの比較配列のアミノ酸が同一である位置をすべて記録することによって、相同性の程度を明らかにする。
【0051】
「変異」、「相同」または「派生」ペプチドの長さは参照配列と同じであることが好ましい。
【0052】
E2IG4タンパク質は、当業者に公知である方法のうちのいずれかによって、例えば純度、抗原特異性、および不必要な副産物がない点、ならびに作製の容易さの点で有利なメリフィールド合成法などの化学合成法によって合成することができる。
【0053】
組換えタンパク質は、同定済み配列のうちの1つまたは相同配列を有する核酸を含むベクターを宿主細胞に移入し、対応するポリペプチドの発現が可能となる条件のもとでそれを培養するプロセスによっても作製することができる。
【0054】
次いで、作製したタンパク質を回収し精製することができる。
【0055】
使用する精製プロセスは当業者に既知である。得られた組換えポリペプチドは、分画、クロマトグラフィー法、および特異的なモノクローナル抗体もしくはポリクローナル抗体を用いたイムノアフィニティ法などを個別にまたは組み合わせて使用する方法により、培養上清から得た細胞溶解物および抽出物から精製することができる。
【0056】
調節因子およびスクリーニング法
本発明の別の実施形態では、E2IG4タンパク質の活性の調節、すなわちその活性化または阻害を、例えばスクリーニング法によって同定済みの様々な調節因子を用いて行うことができる。
【0057】
したがって、本発明の1つの主題は、糖尿病もしくはその合併症、肥満またはインスリン抵抗の治療に有用な化合物をスクリーニングまたは同定する方法である。この方法では、少なくとも1種の試験化合物を、E2IG4遺伝子を発現することができる細胞に接触させ、この遺伝子の発現レベルを評価する。この遺伝子の発現レベルの調節(すなわち増加または減少であるが、好ましくは増加)から、糖尿病もしくはその合併症、肥満またはインスリン抵抗の治療に有用な化合物が示唆される。
【0058】
試験化合物に暴露させた細胞でのE2IG4遺伝子の発現レベルを、その化合物に暴露されていない対照の細胞の発現レベルと比較することができる。
【0059】
試験化合物はどんなタイプのものでもよい。これは、天然化合物もしくは合成化合物、またはその混合物からなるものでよい。これは、構造が明確な物質でも、構造が未知な物質、例えば生物抽出物でもよい。
【0060】
スクリーニング法で使用する細胞は、FAO細胞、H4IIE細胞、AtT20細胞、MCF−7細胞、またはINS−1細胞など天然にE2IG4を発現する細胞でもよく、あるいは、E2IG4遺伝子産物の発現ベクターで一過的もしくは安定的にトランスフェクトした宿主細胞でもよい。これらの細胞は、原核性もしくは真核性の宿主細胞に、前述したようにベクターに挿入したヌクレオチド配列を導入し、続いて、トランスフェクトされたヌクレオチド配列の複製および/または発現が可能となる条件のもとで前記細胞を培養することにより、得ることができる。
【0061】
宿主細胞の例には、特に、CHO細胞、COS−7細胞、293細胞またはMDCK細胞など哺乳動物の細胞、SF9細胞などの昆虫細胞、E.coliなどの細菌、および酵母菌株などが含まれる。
【0062】
発現レベルは、直接的にまたは例えばレポーター遺伝子を介して、遺伝子の転写レベルまたはこのE2IG4遺伝子によってコードされたタンパク質の翻訳レベルを決定することにより、評価することができる。
【0063】
標的遺伝子(この場合はE2IG4遺伝子)またはレポーター遺伝子の転写を追跡調査する(すなわち、転写レベルを決定する)ための最も一般的な試験は、ノーザンブロット法に基づくものである。E2IG4タンパク質またはレポータータンパク質の翻訳を追跡調査する(すなわち、翻訳レベルを決定する)ための試験は、特に免疫測定法に基づくものとすることができ、あるいは、レポータータンパク質を検出するための蛍光定量法、発光法、または他の技術(緑色蛍光タンパク質すなわちGFP、ルシフェラーゼ、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼすなわちCATなど)を使用することもできる。
【0064】
免疫測定法は、当業者に公知の様々な形式に従って、例えばELISA、ラジオイムノアッセイ、in situ免疫測定法、ウェスタンブロット法、免疫蛍光法などによって実施することができる。E2IG4タンパク質を検出するのに有用な抗E2IG4タンパク質抗体は、以下に記述するように作製することができる。
【0065】
抗体
本発明は、前述のスクリーニング法において、または当該の調節因子として、特に、E2IG4タンパク質活性の阻害物質として有用となり得、阻止能力を有するのでさらに有用となり得る抗E2IG4タンパク質抗体の生成物も含む。したがってこれらは阻害抗体と呼ばれる。
【0066】
本発明による有用な抗体は、モノクローナル抗体またはポリクローナル抗体、好ましくは単一特異性血清とすることができる。
【0067】
モノクローナル抗体は、KohlerおよびMilstein、Nature、1975年、256、495〜497頁に記載されたリンパ球融合およびハイブリドーマ培養からなる従来の方法によって得ることができる。モノクローナル抗体を調製する他の方法も知られている(Harlow他編、1988年「Antibodies:A Laboratory Manual」)。モノクローナル抗体は、哺乳動物(例えばマウス、ラット、ウサギ、さらにはヒトなど)を免疫化し、リンパ球融合法を用いてハイブリドーマを作製する(KohlerおよびMilstein、1975年)ことによって調製することができる。
【0068】
この常用の技術の代わりに使用される技術がいくつかある。例えば、ハイブリドーマからクローン化した核酸を発現させることによってモノクローナル抗体を作製することが可能である。通常、ファージ表面にV遺伝子ライブラリを有する繊維状ファージであるベクターに抗体cDNAを導入するファージ提示法により、抗体を作製することも可能である(例えばfUSE5 for E.coil、Scott, J.K.およびSmith、G.P.、Science、1990年、249、386〜390頁)。これらの抗体ライブラリを構築するためのプロトコールは、Marks他、1991年、J.Mol.Biol.、222、581〜597頁に記載されている。
【0069】
ポリクローナル抗体は、ペプチド性の抗原に対して免疫化した動物の血清から常用の手順によって得ることができる。すなわち、使用する抗原は、E2IG4タンパク質または反応性残基を介してタンパク質または別のペプチドと結合できる適切なそのペプチド断片とすることができる。ウサギを1mg当量のペプチド抗原で免疫化する。4週間間隔で動物に抗原200μgを注射し、10〜14日後に採血する。3回目の注射後、抗血清を検査して、クロラミン−T法によって調製したヨウ素放射標識ペプチド抗原へのその結合能を決定し、次いで、カルボキシメチルセルロース(CMC)カラムを用いたイオン交換クロマトグラフィーによってそれを精製する。次に、抗体分子を哺乳動物から回収し、当業者に公知の方法、例えばDEAEセファデックスを用いることにより、所望の濃度に分離し、IgG画分を得る。
【0070】
他の阻害物質
本発明による有用な調節因子には、E2IG4タンパク質の活性を、それとの相互作用またはそのエフェクターのうちの1つとの相互作用によって阻害する、E2IG4タンパク質のペプチド断片も含まれる。
【0071】
転写の抑制
本発明の1つの特徴によれば、E2IG4の発現は、遺伝子転写の阻害または抑制によって調節される。当業者であればこの目的に最も適した戦略をどのように選択するか理解している。
【0072】
例えば、リボザイムを含めてアンチセンス核酸を使用することができる。アンチセンス療法は、通常、アンチセンス配列を有するウイルスベクターなどのベクターを使用し、ベクターはゲノム中に組み込まれるため、そのときの阻害は通常安定している。発現を一時的に阻害するために、アンチセンスオリゴヌクレオチドを使用することも可能である。
【0073】
別の可能性として、メッセンジャーRNAを破壊することによって遺伝子が機能性タンパク質を産生するのを妨げる、干渉RNA(siRNA)技術の利用がある(Bass、Cell、2000年、101、235〜238頁;Sharp、Genes Dev.、2001年、15、485〜490頁)。
【0074】
薬剤組成物
本発明の1つの主題は、有効成分として、E2IG4遺伝子の発現または活性の調節因子を1種または複数の製薬上許容される賦形剤とともに、含む薬剤組成物である。前述したように、この調節因子は、化学合成した化合物、アンチセンス、干渉RNA、または抗E2IG4抗体でもよい。
【0075】
本発明の別の主題は、有効成分として、E2IG4タンパク質またはこのタンパク質をコードする配列を含む核酸を1種または複数の製薬上許容される賦形剤とともに含む薬剤組成物である。
【0076】
「製薬上許容される賦形剤」または「ビヒクル」とは、二次反応、例えばアレルギー反応をヒトまたは動物で生じない、任意の溶媒、分散媒、吸収遅延剤などを意味するものとみなす。
【0077】
投与量は、通常、当該の有効成分、投与方法、治療指示、ならびに患者の年齢および状態によって変わる。
【0078】
タンパク質または抗体の用量は、好ましくは0.1〜250mg/kg/日、特に好ましくは1〜100mg/kg/日である。
【0079】
薬剤組成物が核酸を含むときは、投与する核酸(配列またはベクター)の用量も、特に投与方法、標的の病理状態、および治療時間に従って適合させる。通常、組換えウイルスを使用するときは、約104〜1014pfu/ml、好ましくは106〜1010pfu/mlの用量で、これらを配合し投与する。「pfu」(プラーク形成単位)という用語は、ウイルス溶液の感染力に対応し、適切な細胞培養物を感染させ、通常48時間後に感染した細胞プラークの数を測定することによって決定することができる。ウイルス溶液のpfu力価を決定する技術は、文献に十分に記載されている。
【0080】
非経口投与、特に注射による投与を考える場合は、有効成分を含む本発明の組成物は、緩徐に灌流させるためバイアルもしくは瓶に入れた注射液剤、および懸濁注射剤の形をとる。特に、注射は、皮下、筋肉内、または静脈内にすることができる。
【0081】
経口投与の場合は、本発明の組成物は、ゼラチンカプセル剤、発泡錠剤、コーティングしないもしくはコーティングした錠剤、小袋入り薬剤、糖衣錠剤、バイアル瓶入り内服剤、内服用液剤、細粒剤、または持続放出剤の形をとる。
【0082】
非経口投与用の製剤は、従来の方法で、有効成分を緩衝剤、安定化剤、保存剤、可溶化剤、等張化剤、および懸濁化剤と混合することによって得られる。続いて、既知の技術によってこれらの混合物を滅菌し、次いで静脈注射剤の形で容器に詰める。
【0083】
当業者が使用できる緩衝剤は、有機リン酸塩ベースの緩衝剤である。
【0084】
懸濁化剤の例には、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、アラビアゴム、およびカルボキシメチルセルロースナトリウムが含まれる。
【0085】
さらに、本発明による有用な安定化剤は、亜硫酸ナトリウムおよびメタ亜硫酸ナトリウムであり、保存剤としては、p−ヒドロキシ安息香酸ナトリウム、ソルビン酸、クレゾール、およびクロロクレゾールを挙げることができる。経口用の液剤または懸濁剤の調製では、有効成分を、分散剤、湿潤剤、懸濁化剤(例えばポリビニルピロリドン)、保存剤(メチルパラベンやプロピルパラベンなど)、風味改善剤、または着色剤とともに、適切なビヒクル中に溶解または懸濁させる。
【0086】
マイクロカプセル剤の調製では、有効成分を、適切な希釈剤、適切な安定化剤、有効物質の持続放出を促進する作用物質、または、中心コアを形成させるための他の任意のタイプの添加剤と配合する。この中心コアを次に適切なポリマー(例えば、水に可溶性または不溶性の樹脂)で被覆する。当業者に既知の技術をこの目的には使用する。
【0087】
次に、得られたマイクロカプセルを任意選択で適切な投与単位に調製する。
【0088】
眼への投与も考えることができる。
【0089】
この場合、本発明の薬剤組成物は、眼に局所投与するための眼科用組成物、例えば眼用ローション剤または眼用クリーム剤の形をとる。
【0090】
調節因子またはタンパク質化合物は、リポソームとして調製することもできる。リポソームはリン脂質から形成し、水性媒体中で分散し、同心二重層からなる多重膜小胞を自発的に形成する。これらの小胞は、通常直径25nm〜4μmであり、超音波処理して、コア中に水溶液を含んだ直径200〜500Åのより小さな単一層小胞を形成させることができる。
【0091】
リポソームは、特に有利には、正確な標的細胞または組織に薬物を投与することができる。これは、標的ペプチド(例えばホルモン)や抗体などの標的分子に脂質を化学的に結合させることによって行うことができる。
【0092】
診断への適用
本発明の別の特徴によれば、インスリン応答性遺伝子としてE2IG4遺伝子が同定されると、被験者の糖尿病、肥満、またはインスリン抵抗の診断または予後へのその適用が可能になる。
【0093】
通常、「診断」という用語は、被験者の病理状態の決定または確認を意味するものとみなす。
【0094】
被験者または患者は、年齢、性別、および健康状態を問わず、哺乳動物、特にヒトとすることができる。試験の被験者は、無症状性のものでも、あるいは、特に家系的な理由で、糖尿病、肥満またはインスリン抵抗を発生しやすいまたは発生する素因があるとみなされているものでもよい。このような場合、「予後」という用語を優先的に使用する。
【0095】
「対照」被験者は、健康な被験者とすることができる。前述の病理状態のうちの1つの発生を追跡調査することが望まれる場合は、試験被験者のE2IG4遺伝子産物の発現レベルを所与の時点で決定し、次いで、後の別の時点でこの発現レベルを再決定することが有用である(時間の間隔は、数週間、数月、さらには数年程度とすることが可能である)。その場合、この2回目の決定における「対照」被験者は、1回目の決定における「試験」被験者である。
【0096】
E2IG4遺伝子産物の発現レベルは、様々な方法で、好ましくは被験者の生体試料中のE2IG4遺伝子を検出および/または定量することにより、決定することができる。
【0097】
「生体試料」は、特に、血液、血清、尿または生検材料の組織を意味するものと理解される。
【0098】
E2IG4タンパク質の量は、例えば、競合結合測定法、直接反応測定法、またはサンドイッチ法を含めて、従来の免疫測定法によって決定することができる。ウェスタンブロット法、ELISA法、RIA、免疫沈降などを特に挙げることができる。これらの反応では、通常、蛍光マーカー、放射性マーカー、または酵素マーカーなどの検出マーカーを使用する。これらの免疫測定法では、前述したようなE2IG4タンパク質を対象とする抗体、好ましくはモノクローナル抗体を使用する。
【0099】
E2IG4遺伝子から転写されたmRNAの発現レベルを測定することも可能である。これは、通常、標準の技術に従って、生体試料(例えば細胞または組織試料)からmRNAを抽出し、次いで、このmRNAを、E2IG4遺伝子の配列に特異的にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドを用いた(例えばノーザンブロットタイプの)ハイブリダイゼーション法および/または増幅法(例えばPCR)にかけることによって行う。次いで、形成されたハイブリダイゼーション複合体または増幅産物を、蛍光リガンド、放射性リガンド、酵素リガンド、または他のリガンドを用いて検出する。
【0100】
以下の実施例および図は本発明を例示するが、本発明の範囲を限定するものではない。
【0101】

(図面の説明)
図1は、STZラットにおいて、対照遺伝子(肝臓のグルコキナーゼ)の発現レベルに対するインスリンの影響を測定した結果を示すグラフである。
【0102】
図2は、STZラットにおいて、EIIH遺伝子の発現レベルに対するインスリンの影響を測定した結果を示すグラフである。
【0103】
実施例
実施例1
ディファレンシャルディスプレイによるインスリン誘導性EIIH遺伝子の同定およびこの遺伝子のクローニング
本発明者らは、有効なレベルのインスリンに一度も暴露されたことがない生後12日の哺乳期ラット(12DR)から開発したモデルを選択した。
【0104】
グルコキナーゼ遺伝子の発現に対するインスリンの影響に関するいくつかの観察結果に基づき、実験モデルをこのように選択した。グルコキナーゼは、肝臓に対するインスリン作用の参照および対照として本研究で使用する。
【0105】
特に、肝臓においてインスリンが転写段階でグルコキナーゼの発現を制御することが報告されている(Magnuson他、1989年、Proc.Natl.Acad.Sci.USA、86(13)、4838〜42頁)。
【0106】
さらに、ラットでは、肝臓のグルコキナーゼは、哺乳/離乳の移行期(生後2〜3週間の動物)に初めて出現する(Lynedjian他、1987年、J.Biol.Chem.、262(13)、6032〜8頁)。したがって必要なタンパク質因子はこの時期に発現される。
【0107】
グルコキナーゼを一度も発現したことがないラット肝細胞の培養物では、インスリンを加えると、18〜24時間の潜伏期間の後、特定のメッセンジャーRNAの蓄積が誘導される。この遅延は1種または複数のインスリンによって調節されるタンパク質の翻訳に必要であることが、Bossard他、1994年、Eur.J.Biochem.、223(2)、371〜80頁に示されている。
【0108】
これらの観察結果に基づき、本発明者らは、遺伝子を最初に誘導するときに新たに合成されなければならないエフェクターを介した、グルコキナーゼなどの標的遺伝子の発現に対するインスリンの作用に関心をもった。これらのエフェクターを同定するために、本発明者らは、この特定の時期に誘導された全ての遺伝子を2つの相補的なモデルで研究することを選択した。
【0109】
-in vivoモデル:生後12日の哺乳期ラット(12DR)にグルコースを経口投与し、高インスリン血症状態をもたらし、全てのインスリン依存性遺伝子の誘導を引き起こす。様々な時点でそれらの肝臓を摘出することにより、インスリンに刺激された遺伝子のメッセンジャーRNAの蓄積を追跡調査することができる。
【0110】
-in vitroモデル:生後12日のラットの肝細胞を、インスリンもグルコースも含まない基本条件下で培養する。培養培地にインスリンを追加し、このホルモンによって調節される遺伝子のメッセンジャーRNAの漸進的な蓄積を誘導する。
【0111】
これら2種のモデルが相補的であることにより、いくつかの有利な点がある。
【0112】
-in vivoモデルを使用することにより、遺伝子を生理的条件下の動物で研究することが可能になる。
【0113】
-in vitroモデルを使用することにより、インスリン誘導性の遺伝子をグルコースの影響とは無関係に観察することが可能になる。
【0114】
したがって、in vitroとin vivoの両方で誘導された遺伝子を選択することにより、本発明者らはインスリンのみによって誘導された遺伝子を選別した。
【0115】
材料と手段
a)肝細胞の一次培養およびRNAの調製
Narkewicz他、1990年、Biochem.J.、271(3)、585〜9頁に記載のように、8匹中6匹の生後10日の動物(ウィスターラット)をペントバルビタールで麻酔し、肝臓を灌流し、肝細胞を単離する。細胞を、0.1%BSA、抗生物質、および2%Ultroserを含むM199培地(ギブコ)中に、100mm培養皿当たり8.106細胞の播種濃度で播種する。4時間接着させた後、培地を、抗生物質、乳酸塩、ピルビン酸塩、およびインスリン(100nM)を補充したグルコースを含まないM199培養培地に換える。インスリンの追加後、培養を様々な時点(0〜24時間の間)で止める。細胞をPBS中で2回洗浄し、次いで、Chirgwin他、1979年、Biochemistry、18(24)、5294〜9頁に記載のプロトコールに従ってRNAを調製するために緩衝液中に溶解する。
【0116】
b)肝臓の摘出とRNAの調製
6匹の生後10日のラット(ウィスター)を、グルコースを経口投与(200mg/匹)する3時間前に母親ラットから引き離す。胃管栄養した直後に1匹を屠殺する(T0H)。他のラットを1時間毎に屠殺する(T1H〜T5H)。ラットの死亡直後に肝臓を摘出し、次いですりつぶす。RNAを市販のRNAwizプロトコール(アンビオン)に従って調製する。
【0117】
c)ディファレンシャルディスプレイ
完全長cDNAを、オムニスクリプト逆転写酵素(Omni-script Reverse Transcriptase)(キアゲン)を用いた逆転写により、前述のRNA調製物の各々から合成する。ディファレンシャルディスプレイ手順は、DELTAディファレンシャルディスプレイキット(クロンテック)のプロトコールに従う。cDNAを、PCRによりランダムプライマー対を連続的に使用して増幅した。PCR反応は、以下のPCR条件に従った。すなわち、94℃で5分間、40℃で2分間、および68℃で5分間を3サイクル、次いで94℃で45秒間、60℃で1分間、および68℃で2分間を30サイクル、最後に68℃で7分間。この方法で生じたPCR産物を、4.5%アクリルアミドゲル(ジェノミクス)上で電気泳動し、分離させた。EIIH cDNAを、オリゴヌクレオチド対P6:5'−ATTAACCCTCACTAAATGCTGGGTG−3'(SEQ ID No.5)およびT11:5'−CATTATGCTGAGTGATATCTTTTTTTTTTTG−3'(SEQ ID No.6)を用いて合成した。
【0118】
このDNAをゲルから切り出し、溶離し、プライマーP6およびプライマーT11を用いたPCRによって再増幅し、次いで配列決定した。
【0119】
d)cDNA末端の迅速増幅(RACE)
EIIH遺伝子の完全長cDNAを得るために、本発明者らは、市販のSMART RACEの手順(クロンテック)に従い、その際、それぞれcDNAの5'末端と3'末端に対応するプライマーU6:5'−ACGCGGGGGGGTCGCCTAGGTG−3'(SEQ ID No.7)およびプライマーL10:5'−GATGGAAAGAGCTCTTACATGTGTTTATT−3'(SEQ ID No.8)を使用して、完全長cDNAを合成し次にクローン化した。
【0120】
(結果)
インスリンによって調節される新規の肝臓遺伝子を同定するために、本発明者らはディファレンシャルディスプレイ法を使用した。前述のin vitroモデルおよびin vivoモデル各々において並行して選択的試験を行った。インスリンの存在下でのみ増幅されたPCR産物に選択基準を適用した。
【0121】
110個の遺伝子のうち30個が示差的な性質を示した。これら30個の候補遺伝子をクローン化し、次にこれらの遺伝子の示差的な性質を、肝臓および培養肝細胞において、インスリンについて様々な培養条件のもとで、半定量的なRT−PCRによって再試験した。この試験によって特に偽陽性および既知の応答性遺伝子を排除することが可能になった。
【0122】
最終的に、プライマー対P6およびT11は、選択基準に対応する示差的なプロフィールを有する800塩基対のDNA断片を生じた。これをEIIHと呼んだ。このDNAをノーザンブロット法用のプローブとして使用して、本発明者らは、肝臓で発現されるメッセンジャーRNAのサイズに対応する2.5kbのシグナル配列を検出した。
【0123】
次いで、PCRにより、完全長のEIIH cDNAを、5'および3'RACE法によって得られた配列から合成した。
【0124】
この配列をコンピュータ分析すると、あるタンパク質をコードするORF(翻訳領域)の存在が示唆される。
【0125】
このタンパク質が翻訳されたかどうか明らかにするために、本発明者らはcDNAを、発現ベクター、すなわち「pTargeT(登録商標)」哺乳類発現ベクター系(pTargeT Mammalian Expression System)(プロメガ)中にクローニングした。この構築体で実施したin vitro転写/翻訳法(TNT結合網状赤血球ライセートシステム、プロメガ社(TNT Coupled Reticulocyte Lysate System、Promega))の結果は、EIIH遺伝子がアクリルアミドゲル上での見かけサイズが35kDである(理論上のサイズ=38kDと予想される)タンパク質をコードしていることを示している。
【0126】
実施例2
タンパク質の細胞内位置の研究
このタンパク質の細胞内位置を明らかにするために、本発明者らは、別のタンパク質、すなわち、直接蛍光発光により顕微鏡で容易に検出できる緑色蛍光タンパク質(GFP)に融合させたEIIHタンパク質を細胞中で発現させた。
【0127】
これは、EIIH cDNAのコード配列を適切なベクター(pEGFP−N1)中にクローニングすることにより行い、EIIHタンパク質のC末端部分に融合させたGFPが、このプラスミドでトランスフェクト済みの細胞において発現できるようにした(一過的発現)。
【0128】
a)GFPに融合させたEIIHタンパク質を発現するプラスミドを用いたCOS細胞のトランスフェクション
COS細胞を、リポフェクタミンを使用した方法で、前述のプラスミド構築物でトランスフェクトする。
【0129】
顕微鏡による蛍光発光の観察結果は、細胞の約40%が蛍光性であることを示している。この標識は、細胞中のいくつかの点で強く、集中しているようである。
【0130】
共焦点顕微鏡でこれらの細胞を観察すると、EIIH−GFP融合タンパク質の細胞内位置をさらに正確に可視化することが可能になる。このために、本発明者らは、これらの実験を再現し、スライド上に細胞を蒔き、次いで(パラホルムアルデヒドで)固定した。これらは共焦点顕微鏡によって可視化される。
【0131】
これらの細胞中で観察される蛍光は、細胞質中にあるいくつかの点で強く、集中しているようである(核内または原形質膜上では蛍光は観察されない)。この標識の分布から、このタンパク質が細胞質に溶解しているのではなく、むしろ細胞質の微小器官と結合しているようであることが示唆されている。微小器官は、小胞体および/またはゴルジ体および/または小胞性タイプの構築物(分泌物など)の可能性がある。本発明者らは、ゴルジ体の可能性がある核に近い領域でより強い蛍光標識が恒常的に存在することに注目した。このタンパク質が小胞性の構造物と結合していることは、それが分泌され得ることを示唆している。
【0132】
b)CHO−IR細胞におけるEIIH−GFP融合タンパク質の細胞内位置の研究
これらの結果を確認するために、構成的にインスリン受容体を発現するCHO細胞(CHO−IR)を、EIIH−GFP融合タンパク質を発現するプラスミドでトランスフェクトした。
【0133】
共焦点顕微鏡によるこれらの細胞の観察結果は、EIIH−GFP融合タンパク質の細胞内位置が、COS細胞で以前に観察されたものと類似していることを示唆している。
【0134】
実施例3
様々な細胞系におけるEIIH遺伝子の発現
次に、本発明者らは、組織(胎盤)および既に試験したものとは異なる細胞系、すなわち胎盤、FAO、HepG2、H4IIE、AtT20、HIT、MCF−7およびINS−1において、EIIH遺伝子の発現を研究した。ノーザンブロット法での分析によれば、この遺伝子は、HepG2細胞またはHIT細胞では発現されないようである。その一方で、この遺伝子は、ラットの胎盤、FAO細胞、AtT20細胞、MCF−7細胞、およびINS−1細胞、ならびに、程度は落ちるが、H411E細胞において発現される。
【0135】
実施例4
ラットにおけるEIIH遺伝子の発現に対するインスリンの影響
EIIH遺伝子を、グルコース投与後の(すなわち、高インスリン血症状態にした後の)哺乳期ラットの肝臓、および培養培地にインスリンを加えた後の一次培養肝細胞において、発現させる。
【0136】
本発明者らは、肝臓におけるこの遺伝子の誘導動態をより正確に研究するために、ノーザンブロット法を使用した。これにより以下の情報が得られた。
【0137】
−生後12日の動物由来の一次培養肝細胞にインスリンを加えると、EIIHメッセンジャーRNAの急速かつ一時的な蓄積が起こる。実際には、この遺伝子の発現は、インスリンの添加の平均3時間後にピークとなることが観察されている。この観察結果は、(絶食させた)成体動物由来の肝細胞でも同じであり、このことは、インスリンの添加後、この遺伝子が動物の年齢とは無関係にある役割を果たしていることを示唆している。
【0138】
-in vivoでは、生後12日の動物の肝臓において、EIIH遺伝子は、インスリンによる刺激後1時間未満で誘導される。
【0139】
さらに、12匹の成体ラットをストレプトゾトシンで処理した。注射の3日後、6匹のラットが350〜500mg/dlの間の糖血症になる。次に、肝臓を4匹のラットから摘出した(基本条件)。本発明者らは、2匹の他のラットにインスリン(20U/kg)を注射し、注射の2時間後にそれらの肝臓を摘出した。これらの様々な臓器からRNAを調製した後、本発明者らは、リアルタイムPCR法により遺伝子の発現レベルを測定し、インスリンの処理前後の遺伝子発現を比較した。STZラットにインスリンを注射すると、EIIH遺伝子の発現が3倍増大される。このことは、in vivoで、インスリンが単独でEIIH遺伝子の発現レベルに刺激的影響を及ぼすことを裏付けている。
【0140】
独立した2つの実験の結果を図1および図2に示す。
【0141】
実施したすべての実験において、EIIHメッセンジャーRNAの蓄積動態が早く、グルコキナーゼの蓄積動態に先行することに注目した。
【0142】
実施例5
マウスにおけるインスリンの影響下でのEIIH遺伝子発現
本発明者らは、ノーザンブロットを使用して、マウスにおけるインスリンによるEIIH遺伝子の発現および調節を研究した。この研究のために、本発明者らは、絶食させておいたマウスにグルコースを経口投与し、以下の様々な時点、すなわち0.1時間、2時間、4時間、6時間、8時間、および10時間後にそれらを屠殺した。本発明者らはEIIH遺伝子の誘導を経時的に観察した。その結果はラットで観察された結果と同様であった。
【0143】
この結果は、ラットで得られた結果を別の動物種、すなわちマウスに拡大適用することを可能にし、この影響がラットに特有ではないことを示唆するので、EIIH遺伝子の発現とインスリンの影響が関連していることをより確実にする。
【0144】
実施例6
EIIH発現の低下により、H4IIE 肝細胞系におけるグルコース取込みが阻害される
新生ラットと絶食/給餌成体ラットの双方の肝臓におけるEIIHの発現パターン、およびそれと並行したグルコース輸送体2(Glut−2)による組織へのその分布から、グルコースの取込みおよび代謝において、EIIHがある役割を果たしている可能性が示唆されている。
【0145】
この仮説を検証する方法は、遺伝子発現を低下させた後、適切な細胞系で機能分析をすることである。ここ数年、低分子干渉RNA、すなわちSiRNAによる遺伝子発現の効果的な低下が報告されている(1〜3)。この方法は文献によく説明されており、現在、多くの様々な細胞型に非常に広範に適用されている。
【0146】
一次分析として、我々は、特異的なsiRNAによってEIIH mRNAを約70%に減少させたH4IIEラット肝臓細胞系のグルコース取込みを測定した。siRNAは、(完全長EIIH mRNAの)ヌクレオチド86〜105に一致する二本鎖合成RNA断片であり、製造業者の取扱い説明書(www.Polyplus−transfection.com)に従い、トランスフェクション試薬jetSIを用いてH4IIE に適用した。siRNA処理の2日後、EIIH mRNAが少なくとも75%に減少されたとき(図3)、異なる2種の濃度でグルコース取込みを測定した。穏やかではあるが有意でかつ再現性のあるグルコース取込みの低下がグルコース濃度0.2〜0.8mMで観察された(表1)。以下に示すグルコース取込みの方法は、わずかな変更はあるが、先に(4)で報告されたものと基本的に同じである。
【0147】
EIIH mRNA、また恐らくはそのタンパク質の減少によりグルコース取込みが阻害される機序は、いまだ明確にされていないが、これらの予備的結果はこの遺伝子の炭水化物代謝への関与を示し、これは糖尿病用の薬物を開発するための標的として潜在的な候補物となり得る。
【0148】
結果:siRNA処理したH4IIE細胞のグルコース取込み
細胞を、6ウェルプレートにおいて8×105細胞/ウェルで一晩培養した。次に、それらを60nMのsiRNA−86でトランスフェクトし、処理の48時間後、クレブスリンガー緩衝液中で3時間培養した。次に、[3H]-2-デオキシグルコース(0.1μCi/ml)を、最終濃度が0.01、0.2、または0.8mmol/lになるように同じ緩衝液中で細胞に加えた。細胞を37℃でさらに15分培養し、氷冷PBSで2回洗浄し、37℃で30分間0.3%SDSに溶解させた。アリコートの3Hをカウントした。対照の培養物は、トランスフェクトされていないもの、すなわち、トランスフェクション試薬のみ、ならびにトランスフェクション試薬およびミスマッチsiRNAであった。
【0149】
(参考文献)
【0150】
【表1】

【0151】
図3 iRNAの媒介によるEIIH mRNA発現の低下
【0152】
【表2】

【0153】
H4IIE細胞を、様々なsiRNA(siRNA86、siRNA F、siRNA Q、IGF−II(M)のsiRNAミスマッチ配列)で、また、トランスフェクタント試薬jetSi(J)のみでトランスフェクトした。培養した細胞を、培養48時間後にノーザンブロット法によって分析した。
(nJ):60nMのsiRNA、トランスフェクタント試薬無し
(NT):トランスフェクトされていない
【0154】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0155】
【図1】STZラットにおいて、対照遺伝子(肝臓のグルコキナーゼ)の発現レベルに対するインスリンの影響を測定した結果を示すグラフである。
【図2】STZラットにおいて、EIIH遺伝子の発現レベルに対するインスリンの影響を測定した結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖尿病もしくはその合併症、肥満またはインスリン抵抗の治療用薬物を製造するためのE2IG4遺伝子の発現または活性の調節因子の使用。
【請求項2】
前記調節因子がE2IG4タンパク質活性の活性化物質である、請求項1に記載の使用。
【請求項3】
前記調節因子がE2IG4遺伝子発現の誘導物質である、請求項1に記載の使用。
【請求項4】
前記調節因子がE2IG4タンパク質活性の阻害物質である、請求項1に記載の使用。
【請求項5】
前記調節因子が抗E2IG4タンパク質阻止抗体である、請求項4に記載の使用。
【請求項6】
前記調節因子がE2IG4遺伝子の発現のリプレッサーである、請求項1に記載の使用。
【請求項7】
前記調節因子がE2IG4遺伝子のアンチセンス核酸である、請求項6に記載の使用。
【請求項8】
前記調節因子がE2IG4遺伝子の発現を阻止する干渉RNA(iRNA)である、請求項6に記載の使用。
【請求項9】
前記E2IG4タンパク質を製薬上許容されるビヒクルとともに含む薬剤組成物。
【請求項10】
糖尿病もしくはその合併症、肥満またはインスリン抵抗の処置用薬物を製造するための、前記E2IG4遺伝子の産生物の使用。
【請求項11】
前記E2IG4タンパク質をコードする核酸を、製薬上許容されるビヒクルとともに含む薬剤組成物。
【請求項12】
糖尿病もしくはその合併症、肥満またはインスリン抵抗の処置用薬物を製造するための、前記E2IG4タンパク質をコードする核酸の使用。
【請求項13】
糖尿病もしくはその合併症、肥満またはインスリン抵抗の処置に有用な化合物をスクリーニングまたは同定するin vitroの方法であって、少なくとも1種の試験化合物を、E2IG4遺伝子を発現することができる細胞に接触させ、この遺伝子の発現レベルを評価し、この遺伝子の発現レベルの調節から、糖尿病もしくはその合併症、肥満またはインスリン抵抗の処置に有用な化合物が示唆される方法。
【請求項14】
前記細胞が配列SEQ ID No.1を含む核酸でトランスフェクトされた細胞である、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
糖尿病もしくはその合併症、肥満またはインスリン抵抗の処置に有用な化合物をスクリーニングまたは同定するin vitroの方法であって、少なくとも1種の試験化合物を、E2IG4遺伝子のプロモーターにオペレーターとして結合されたレポーター遺伝子を発現できる細胞に接触させ、このレポーター遺伝子の発現レベルを評価し、この遺伝子の発現レベルの調節から、糖尿病もしくはその合併症、肥満またはインスリン抵抗の処置に有用な化合物が示唆される方法。
【請求項16】
前記E2IG4遺伝子またはレポーター遺伝子の発現レベルの増加から、糖尿病もしくはその合併症、肥満またはインスリン抵抗の処置に有用な化合物が示唆される、請求項13から15に記載の方法。
【請求項17】
被験者の糖尿病、肥満またはインスリン抵抗の診断または予後のためのin vitroの方法であって、被験者の生体試料中でのE2IG4遺伝子の産生物の発現レベルを決定し、対照被験者の生体試料と比べた発現レベルの調節から、前記被験者における糖尿病、肥満、またはインスリン抵抗の発生または発生リスクの増大が示唆される方法。
【請求項18】
前記E2IG4遺伝子の産生物の発現レベルを被験者の生体試料中のE2IG4タンパク質の量を評価することによって決定する、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記E2IG4遺伝子の産生物の発現レベルが対照被験者の生体試料と比べて低下していることから、糖尿病、肥満、またはインスリン抵抗の発生または発生リスクの増大が示唆される、請求項17または18に記載の方法。
【請求項20】
抗E2IG4タンパク質モノクローナル抗体または抗E2IG4タンパク質ポリクローナル抗体。
【請求項21】
前記E2IG4遺伝子のアンチセンスである、E2IG4遺伝子の発現のリプレッサー。
【請求項22】
前記E2IG4遺伝子のアンチセンスがE2IG4遺伝子の発現を阻止する干渉RNA(iRNA)である、E2IG4遺伝子の発現のリプレッサー。

【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2006−525244(P2006−525244A)
【公表日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−504722(P2006−504722)
【出願日】平成16年3月18日(2004.3.18)
【国際出願番号】PCT/EP2004/002809
【国際公開番号】WO2004/092411
【国際公開日】平成16年10月28日(2004.10.28)
【出願人】(591032596)メルク パテント ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフトング (1,043)
【氏名又は名称原語表記】Merck Patent Gesellschaft mit beschraenkter Haftung
【住所又は居所原語表記】Frankfurter Str. 250,D−64293 Darmstadt,Federal Republic of Germany
【出願人】(502155356)サントル ナショナル デ ラ ルシェルシュ シィアンティフィク (セ.エヌ.エール.エス.) (10)
【氏名又は名称原語表記】CENTRE NATIONAL DE LA RECHERCHE SCIENTIFIQUE (C.N.R.S.)
【Fターム(参考)】