説明

糖尿病性腎症感受性遺伝子、および糖尿病性腎症の予防または治療剤の有効成分のスクリーニング方法

【課題】糖尿病性腎症の発症や進行を予防しまたは治療するための有効成分となりえる物質を探索する方法の提供。尿病性腎症を発症する潜在的危険性の高い患者を選択する方法、ならびに当該方法に有効に利用することのできる試薬キットの提供。
【解決手段】抗糖尿病性腎症剤の有効成分のスクリーニングに際して、下記の工程を行う:
(1)被験物質とACC-β遺伝子を発現可能な細胞とを接触させる工程、
(2)被験物質を接触させた細胞のACC-β遺伝子の発現量を測定する工程、及び
(3)上記の測定量が、被験物質を接触させない対照細胞のACC-β遺伝子の発現量よりも小さい被験物質を選択する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖尿病性腎症の罹患およびその進行に関連する遺伝子に関する新たな知見を提供するものである。この新たな知見に基づいて、本発明は、具体的には糖尿病性腎症の発症やその進行を予防ないしは治療するために有用な成分をスクリーニングする方法に関する。さらに本発明は、被験者について、糖尿病性腎症を発症する蓋然性が高いか否かを判断し、糖尿病性腎症を発症する潜在的危険性の高い患者を選択する方法、ならびに当該方法に有効に利用することのできる試薬キットに関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病性腎症は、世界的に末期腎不全の主原因である。わが国でも1998年以降、糖尿病性腎症が慢性糸球体腎炎を抜いて新規透析導入の原因疾患の第1位となり、2003年には透析導入患者の4割を超えるほどに増加している。The United Kingdom Prospective Diabetes Study(UKPDS)の結果によると、糖尿病性腎症患者では1年間に2〜3%の割合で次の病期へ進行し、また腎不全期以降の年間死亡率は約20%にも達し、その予後は極めて不良である。従って、早期からの適切な治療介入により腎症の進展と透析導入を抑制することは、患者の予後と医療経済の両面から非常に重要である(非特許文献1参照)。 近年の糖尿病性腎症に関する疫学的研究・家系調査の結果から、腎症の発症が一部の糖尿病患者に限定されていること、および腎症患者に家族内集積が認められることから、腎症の発症・進展に何らかの遺伝因子の存在が示唆され、これまでに多くの遺伝子が糖尿病性腎症感受性候補遺伝子として検討されてきた。こうした糖尿病性腎症の遺伝因子解明により、個々の症例に対する治療法をあらかじめ予測、選択する事、いわゆるオーダーメイド医療の実現が可能となる。しかしながら、未だ明確に糖尿病性腎症感受性候補遺伝子としてのコンセンサスが得られる遺伝子の同定には至っていない。
【0003】
当該候補遺伝子として最もよく解析されている遺伝子は、アンジオテンシン変換酵素(ACE)遺伝子の第16イントロンに存在する287塩基対の挿入(I)/欠失(D)遺伝子多型である。通常のケース・コントロールスタディでは、D対立遺伝子と腎症との相関を示した成績が多く、また18のケース・コントロールスタディのメタアナリシスおよび1型糖尿病症例の前向き追跡研究から、D対立遺伝子は腎症のリスク遺伝子と考えられるものの、いわゆるmajor geneとは考えにくいとされている(非特許文献2参照)。
【0004】
また近年、上記候補遺伝子としてNCALD遺伝子が見出された。具体的には、当該遺伝子は、糖尿病性腎症の発症やその進行に深く関わる糖尿病性腎症感受性遺伝子であり、糖尿病性腎症の発症や進行を予防しまたは治療するための方法を開発するための有用なターゲット遺伝子となること、また、当該NCALD遺伝子内に位置する3SNPs(SNP999, SNP1307, SNP1340)が糖尿病性腎症の潜在的発症リスクと有意な関係を有していることが報告されている(特許文献1参照)。
【0005】
ところでアセチル-CoAカルボキシラーゼ(acetyl-Coenzyme A carboxylase:本発明において、単に「ACC」ともいう)は、アセチル-CoAのアセチル基にCOを結合させて、脂肪酸合成の重要な中間体であるマロニル-CoAの合成を触媒する酵素として知られている(Human ACC-β: GenBank Accession No. NM_001093, AC007637)。本酵素は、脂肪酸の生合成の律速酵素と考えられており、脂肪酸の生合成速度を調整している。またその活性はクエン酸により促進される。
【0006】
ACCには、ACC-α(「ACC-1」とも称される)とACC-β(「ACC-2」または「ACACB」とも称される)の二つのタイプが存在する。前者のACC-αは、肝臓、脂肪組織、授乳中の乳腺に多く発現している。一方、後者のACC-βは、主に骨格筋や心筋に発現しており、脂肪酸合成にかかわる酵素として、マロニル-CoAを生成することでミトコンドリア内で行われる脂肪酸のβ-酸化を制御することが知られている。
【0007】
近年の研究では、当該ACC-βは肥満や糖尿病と深く関連していることが報告されている。具体的には、ACC-βの遺伝子を欠損させたマウス(ACC-βノックアウトマウス)は高脂肪・高炭水化物の餌を与えても太らないことから、ACC-βが抗肥満薬のターゲットとなりうると報告されている(非特許文献3参照)。また、当該ACC-βの阻害剤は、脂肪の増加を抑えて、インスリン感受性を改善することから、ACC-βは糖尿病薬のターゲットとなり得ると考えられている(非特許文献4参照)。
【0008】
またその後の研究で、ACC-β遺伝子(一塩基多型)と心筋梗塞のリスクとの相関関係が報告されている(特許文献2参照)が、糖尿病性腎症との関連については報告されていない。
【非特許文献1】「糖尿病合併症」最新医学別冊 新しい診断と治療のABC(30)、最新医学社発行、第101頁
【非特許文献2】「糖尿病合併症」最新医学別冊 新しい診断と治療のABC(30)、最新医学社発行、第93頁
【非特許文献3】Abu-Elheigaら、2001年、Science、291:2613-2616
【非特許文献4】Harwoodら、2003年、J.Biol.Chem. 278:37099-37111
【特許文献1】特開2007−129905号公報
【特許文献2】国際公開公報(WO2004/058052)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前述するように、糖尿病性腎症の遺伝因子を解明し、糖尿病性腎症の発症やその進行との関連を明確にすることは、個々の症例に最も適した治療法の選択(オーダーメード医療の実現)に繋がると同時に、糖尿病性腎症発症やその進行に対する予防剤や治療剤の有効成分を探索する手段を提供し、さらには特異的かつ安全性の高い医薬品を開発することを可能にするものと考えられる。
【0010】
本発明の目的は、糖尿病性腎症の発症やその進行に関連する遺伝子(以下、本明細書では「糖尿病性腎症感受性遺伝子」ともいう)を提供するとともに、当該遺伝子と糖尿病性腎症の発症やその進行との関係を明確にすることを目的とする。また本発明の目的は、糖尿病性腎症の発症や進行を予防しまたは治療するための有効成分となりえる物質を探索する方法(スクリーニング方法)を提供することである。
【0011】
さらに本発明は、被験者について、糖尿病性腎症を発症する蓋然性が高いか否かを判断し、糖尿病性腎症を発症する潜在的危険性の高い患者を選択する方法、ならびに当該方法に有効に利用することのできる試薬キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、糖尿病性腎症に関するゲノムワイドな相関解析を行ったところ、糖尿病性腎症と強い関連を認めるSNP(一塩基多型)が、ヒト・アセチル-CoAカルボキシラーゼ遺伝子(human acetyl-Coenzyme A carboxylase-β)(本発明において「ACC-β遺伝子」ともいう)のイントロン18領域内(配列番号1)に1箇所〔+4139位 G/A(SNP4139)〕存在し、当該SNP座(SNP4139)にアデニン(A)を有するA対立遺伝子保有者は、A対立遺伝子非保有者(G対立遺伝子保有者)に比して、糖尿病性腎症の発症リスクが有意に高いことを見出した。また、本発明者らは、上記SNP座(SNP4139)にアデニン(A)を有するACC-β遺伝子のハプロタイプによれば、ACC-βの発現量が有意に増加すること、またACC-βを過剰発現させた細胞では、糖尿病性腎症のマーカー遺伝子(タンパク質)として知られているオステオポンチン(Osteopontin)(Kidney International, Vol.63 (2003), p.454-463)、ヒト単球走化活性因子MCP-1(Kidney International, Vol.58 (2000), p.1492-1499)、およびIL-6(Am J Nephrol 2006, 26, p.562-570)の発現量も同様に増加していることを確認した。このことは、上記SNP(SNP4139)のA対立遺伝子に起因するACC-β遺伝子の発現の亢進(増加)が糖尿病性腎症の発症やその進行に関係していることを示唆するものである。
【0013】
これらの知見から、本発明者らは、ACC-β遺伝子が糖尿病性腎症の発症やその進行に深く関わる糖尿病性腎症感受性遺伝子であり、糖尿病性腎症の発症や進行を予防しまたは治療するための方法を開発するための有用なターゲット遺伝子となることを確信した。さらに、本発明者らは、ACC-β遺伝子内に位置する糖尿病性腎症と有意な関連性を有するSNP(SNP4139)と糖尿病性腎症の潜在的発症リスクとの関係を見出し、これから被験者について当該SNPの塩基(G/A)を測定することによって、当該被験者の糖尿病性腎症の潜在的発症リスクを評価することができることを確信した。
【0014】
本発明はかかる知見に基づいて完成したものであり、下記の具体的態様を有するものである。
【0015】
I.糖尿病性腎症の予防または治療に有効な成分をスクリーニングする方法
項1.下記の工程を有する、糖尿病性腎症の予防または治療剤をスクリーニングする方法:
(1)被験物質とACC-β遺伝子を発現可能な細胞とを接触させる工程、
(2)被験物質を接触させた細胞のACC-β遺伝子の発現量を測定する工程、及び
(3)上記の測定量が、被験物質を接触させない対照細胞のACC-β遺伝子の発現量よりも小さい被験物質を選択する工程。
【0016】
項2.下記の工程を有する、糖尿病性腎症の予防または治療剤をスクリーニングする方法:
(1’)被験物質とACC-βを産生可能な細胞またはこの細胞から調製した細胞画分とを接触させる工程、
(2’)被験物質を接触させた細胞またはその細胞画分のACC-βの産生量を測定する工程、及び
(3’)上記の測定量が、被験物質を接触させない対照細胞もしくはその細胞画分のACC-βの産生量よりも小さい被験物質を選択する工程。
【0017】
項3.下記の工程を有する、糖尿病性腎症の予防または治療剤をスクリーニングする方法:
(1”)被験物質とACC-βを産生可能な細胞またはこの細胞から調製した細胞画分を接触させる工程、
(2”)被験物質を接触させた細胞またはその細胞画分のACC-βの作用を検出する工程、及び
(3”)上記の検出した作用が、被験物質を接触させない対照細胞またはその細胞画分のACC-βの作用よりも低い被験物質を選択する工程。
【0018】
項4.ACC-βの作用が、(1)オステオポンチン、MCP−1、およびIL−6からなる群から選択されるいずれかの糖尿病性腎症の関連因子の発現量を増加させること、(2)マロニルCoAを産生すること、または(3)脂肪酸のβ酸化を抑制することである、項3記載のスクリーニング方法。
【0019】
項5.ACC-β遺伝子を発現可能な細胞またはACC-βを産生可能な細胞が、尿細管上皮細胞である項1〜3のいずれかに記載のスクリーニング方法。
【0020】
項6.糖尿病性腎症の予防または治療剤の有効成分を探索する方法である項1〜4のいずれかに記載のスクリーニング方法。
【0021】
II.糖尿病性腎症の罹患リスクが高い被験者の選別方法
項7.被験者由来の生体試料(被験試料)におけるACC-β遺伝子のmRNA発現量を測定する工程を含み、ここで、被験試料における当該発現量が、正常人由来の生体試料(対照試料)におけるACC-β遺伝子のmRNA発現量よりも大きいことを、前記被験者が糖尿病性腎症に罹患する可能性が高いとの指標とする、糖尿病性腎症に罹患する可能性が高い被験者の選別方法。
【0022】
項8.被験者由来の生体試料(被験試料)におけるACC-βの産生量を測定する工程を含み、ここで、被験試料における当該産生量が、正常人由来の生体試料(対照試料)におけるACC-βの産生量よりも大きいことを、前記被験者が糖尿病性腎症に罹患する可能性が高いことの指標とする、糖尿病性腎症に罹患する可能性が高い被験者の選別方法。
【0023】
項9.被験者由来の生体試料(被験試料)におけるACC-β遺伝子のイントロン18に存在する4139番目における塩基を検出する工程を含み、当該塩基がアデニンであることを、前記被験者が糖尿病性腎症に罹患する可能性が高いことの指標とする、糖尿病性腎症に罹患する可能性が高い被験者の選別方法。
【0024】
III.糖尿病性腎症の罹患リスク診断キット
項10.ACC-β遺伝子のイントロン18に存在する4139番目における塩基を検出するための試薬を含む、糖尿病性腎症の罹患性診断キット。
【発明の効果】
【0025】
本発明のスクリーニング方法によれば、糖尿病性腎症の発症や進行を予防または治療するのに有効な成分を取得することが可能になる。また当該方法は、糖尿病性腎症の予防または治療に有効な新規薬剤の開発に有効に利用することができる。
【0026】
さらに本発明が提供する糖尿病性腎症感受性遺伝子ならびに糖尿病性腎症感受性SNPによれば、被験者(特に糖尿病患者)について腎症を発症する相対的な危険度を簡便に検出することができる。本発明の検出方法は、in vitroでしかも医師等の専門的な知識を要することなく簡単に実施することができる方法である。本発明の方法によって腎症を発症する潜在的な危険度が相対的に高いことが判明した被験者(糖尿病患者)に対しては、その旨を告知し、予め腎症の発症を防ぐか、または少しでも遅延させるための的確な対策を講じることができる。従って、本発明は、糖尿病性腎症の発症を予防するための、または糖尿病性腎症の発症を遅延させるための検査方法として極めて有用である。さらに本発明は上記方法において使用される試薬を提供するものであり、これにより上記方法を簡便に実施することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
1.本発明で使用する用語の定義
本明細書における塩基配列(ヌクレオチド配列)、核酸などの略号による表示は、IUPAC−IUBの規定〔IUPAc-IUB communication on Biological Nomenclature, Eur. J. Biochem., 138; 9 (1984)〕、「塩基配列又はアミノ酸配列を含む明細書等の作製のためのガイドライン」(特許庁編)及び当該分野における慣用記号に従うものとする。
【0028】
本明細書中において「遺伝子」は、特に言及しない限り、ヒトゲノムDNAを含む2本鎖DNA、及び1本鎖DNA(センス鎖)、並びに当該センス鎖と相補的な配列を有する1本鎖DNA(アンチセンス鎖)、及びそれらの断片のいずれもが含まれる、また、本明細書で「遺伝子」とは、特に言及しない限り、調節領域、コード領域、エクソン、及びイントロンを区別することなく示すものとする。
【0029】
また、本明細書中において、「ヌクレオチド」、「オリゴヌクレオチド」及び「ポリヌクレオチド」は、核酸と同義であって、DNAおよびRNAの両方を含むものとする。また、これらは2本鎖であっても1本鎖であってもよく、ある配列を有する「ヌクレオチド」(または「オリゴヌクレオチド」、「ポリヌクレオチド」)といった場合、特に言及しない限り、これに相補的な配列を有する「ヌクレオチド」(または「オリゴヌクレオチド」及び「ポリヌクレオチド」)も包括的に意味するものとする。さらに、「ヌクレオチド」(または「オリゴヌクレオチド」及び「ポリヌクレオチド」)がRNAである場合、配列表に示される塩基記号「T」は「U」と読み替えられるものとする。
【0030】
本明細書において「遺伝子多型」とは、2つ以上の遺伝的に決定された対立遺伝子がある場合にそれらの対立遺伝子を指す。具体的には、ヒトの集団において、ある一個体のゲノム配列を基準として、他の1または複数の個体ゲノム中の特定部位に、1又は複数のヌクレオチドの置換、欠失、挿入、転移、逆位などの変異が存在するとき、その変異が当該1または複数の個体に生じた突然変異でないことが統計学的に確実か、または当該個体内特異変異でなく、1%以上の頻度で集団内に存在することが家系的に証明される場合、その変異を「遺伝子多型」とする。本明細書で用いる「遺伝子多型」の意味には、単一のヌクレオチドの変化によって引き起こされる多型であるいわゆる一塩基多型〔Single Nucleotide Polymorphism:SNP〕が含まれる。「一塩基多型」とは、単一の核酸の変化によって引き起こされる多型である。多型は選択された集団の1%より大きな頻度、好ましくは10%以上の頻度で存在する。また「ハプロタイプ」とは、一つのアレル(ハプロイド)に存在する遺伝子変異の組み合わせをいう。
【0031】
本明細書において「糖尿病性腎症感受性遺伝子」とは、糖尿病患者のうち腎症を発症しやすい体質または腎症に進行しやすい体質を決める遺伝子のことをいう。
【0032】
本明細書において「糖尿病性腎症」とは、糖尿病が進行して腎臓にも影響が及び、タンパク尿を伴う腎障害が起こる状態を言う。糖尿病性腎症の患者は高血糖による腎機能の障害から、原尿を作る能力が損なわれ、最終的には腎不全となる。統計によれば、糖尿病性腎症による末期腎不全で透析治療を始める患者数は年々増加しており、現在、透析導入患者の原因疾患として糖尿病性腎症は第1位になっている。より具体的には、本発明が対象とする「糖尿病性腎症」には、糖尿病網膜症を発症し、かつ尿中アルブミン排泄率が200μg/分以上であるかまたは尿中アルブミン/クレアチニン比が300mg/gCr以上である症例、ならびに糖尿病網膜症を発症し、且つ人工透析療法を受けている症例が含まれる。
【0033】
本明細書に記載する各塩基番号は、The National Center for Biotechnology Information data baseの位置情報に基づくものである。また、本明細書において各SNPの位置番号である4139位は、ACC-β遺伝子のイントロン18の1番目の塩基を1としたときの位置情報を意味する。なお、ACC-β遺伝子のイントロン18の塩基配列を配列番号1に記載する。
【0034】
2.糖尿病性腎症感受性遺伝子および糖尿病性腎症感受性SNP
本発明者らは、糖尿病性腎症感受性遺伝子を探索するために、多くの日本人2型糖尿病患者を対象として、gene-based SNPsを用いたケースコントロール相関解析ならびに連鎖不平衡(LD)マッピングを行うことにより、第12番染色体q24.11(12q24.11)領域に存在するヒト・アセチル-コエンザイムAカルボキシラーゼ-β遺伝子(human Acetyl-Coenzyme A carboxylase-β)(ACC-β遺伝子)のイントロン18の塩基配列上に存在する1つのSNP(SNP4139)を見出し、糖尿病性腎症を発症している患者は、当該SNPがアデニン(A)になっている頻度が有意に高く、このことから、当該SNPが糖尿病性腎症の発症やその進行に有意に関係していることが示唆された(糖尿病性腎症感受性SNP)。また本発明者らは、ACC-βを過剰発現している系では、糖尿病性腎症の関連因子として知られているオステオポンチン、MCP−1およびIL−6の発現も同様に増加していることから、ACC-β遺伝子の発現の亢進(増加)が、糖尿病性腎症の発症と深く関わっていることを見出し、ACC-β遺伝子が糖尿病性腎症の発症やその進行に深く関わる糖尿病性腎症感受性遺伝子であるとの結論に至った。
【0035】
当該ヒトACC-β遺伝子は、ヒト第12染色体のゲノム配列(Genbank Sequence Accession IDs: NC-_000012.10)中、塩基番号108061594番〜108190414番に位置する128821bpの遺伝子である。
【0036】
ACC-β遺伝子と疾患との関連性については、従来、肥満や糖尿病との関連性(非特許文献3および4参照)および心筋梗塞(特許文献2)などが報告されているが、糖尿病性腎症との関連については報告されていない。
【0037】
ACC-β遺伝子の発現亢進(増加)に関連する因子として、上記の糖尿病性腎症感受性SNPを挙げることができる。当該SNPは、ACC-β遺伝子のイントロン18の4139位(G/A)(SNP4139)に位置する。
【0038】
実施例1で示すように、SNP4139がアデニン(A)のハプロタイプを有する2型糖尿病患者は、ACC-β遺伝子の発現が亢進(増加)しており、腎症を発症しやすい傾向にあった。従って、当該糖尿病性腎症感受性SNPは、糖尿病性腎症の発症または進行のしやすさを規定する糖尿病性腎症の遺伝的素因マーカーであり、ヒト被験者について、特に2型糖尿病患者について糖尿病性腎症の易発症性・易進行性を判断する指標となる。
【0039】
すなわち、当該糖尿病性腎症感受性SNP(SNP4139)の塩基がアデニン(A)である場合、当該SNPを有する被験者は、遺伝的に糖尿病性腎症を発症しやすいか、または糖尿病から腎症に発展進行しやすい体質を備えている(糖尿病性腎症に感受性)と判断することができる。
【0040】
当該SNPが、糖尿病性腎症の感受性に関わる1つのメカニズムとしては、SNP(SNP4139)を含む領域であるrs2268388が、エンハンサー活性を有していることから(実施例7参照)ACC-β遺伝子の発現調節に何らかの影響を及ぼしていることが推測される。
【0041】
3.糖尿病性腎症の予防または治療に有効な成分をスクリーニングする方法
前述するように、本発明者らは、ACC-β遺伝子の発現の亢進(増加)が、糖尿病性腎症の発症やその進行に深く関わっていることを見出した。このことから、ACC-βが糖尿病性腎症の発症抑制またはその進行抑制に関わっており、ACC-β遺伝子の発現(mRNA発現)を抑制させてACC-βの産生量を低下する作用を有する物質、またはACC-βの作用を低下する作用を有する物質は、糖尿病性腎症の予防または治療に有効な成分として有用であると考えられる。
【0042】
下記に説明する本発明のスクリーニング方法は、被験物質の中から、(3-1)ACC-β遺伝子の発現(mRNA発現)を抑制する作用を有する物質、(3-2)ACC-βの産生量を低下する作用を有する物質、または(3-3)ACC-βの作用を低下する作用を有する物質、を探索することによって、糖尿病性腎症の予防剤または治療剤(以下、これらを総称して「抗糖尿病性腎症剤」ともいう)の有効成分を取得しようとするものである。
【0043】
なお、抗糖尿病性腎症剤の有効成分となりえる候補物質としては、核酸、ペプチド、タンパク質、有機化合物(低分子化合物、高分子化合物を含む)、無機化合物などを挙げることができる。本発明のスクリーニング方法は、これらの候補物質を含む試料を対象として実施することができる(これらを総称して「被験物質」という)。ここで、候補物質を含む試料には、細胞抽出物、遺伝子ライブラリーの発現産物、微生物培養上清、および菌体成分などが含まれる。
【0044】
(3-1) ACC-β遺伝子の発現を抑制する作用を有する物質のスクリーニング方法
当該スクリーニングは、被験物質の中から、ACC-β遺伝子の発現を抑制する作用を有する物質を、ACC-β mRNAの発現量を指標として探索し、抗糖尿病性腎症剤の有効成分として取得する方法である。
【0045】
当該方法は、具体的には下記の工程(1)〜(3)を行うことによって実施することができる。
(1)被験物質とACC-β遺伝子を発現可能な細胞とを接触させる工程、
(2)被験物質を接触させた細胞のACC-β遺伝子の発現量を測定する工程、及び
(3)上記の測定量が、被験物質を接触させない対照細胞のACC-β遺伝子の発現量よりも小さい被験物質を選択する工程。
【0046】
かかるスクリーニングに用いられる細胞としては、天然または組み換え体の別を問わず、ACC-β遺伝子を発現し得る細胞であればよい。なおACC-β遺伝子の由来も特に制限されず、ヒト由来であっても、またヒト以外のマウスなどの哺乳類やその他の生物種に由来するものであってもよいが、好ましくはヒト由来のACC-β遺伝子である。かかる細胞として、具体的には、ACC-β遺伝子を有する尿細管上皮細胞(ヒトおよびその他の生物種由来のものを含む)、および単離調製された尿細管上皮細胞の初代培養細胞を挙げることができる。
【0047】
また、定法に従って、ACC-β遺伝子のcDNAを有する発現ベクターを導入してACC-β mRNAを発現可能な状態に調製された形質転換細胞を使用することもできる。なお、スクリーニングに用いられる細胞の範疇には、細胞の集合体である組織も含まれる。
【0048】
本発明のスクリーニング方法(3-1)の工程(1)において、被験物質とACC-β遺伝子発現可能細胞とを接触させる条件は、特に制限されないが、当該細胞が死滅せず、且つACC-β遺伝子が発現し得る培養条件(温度、pH、培地組成など)を選択することが好ましい。
【0049】
候補物質の選別は、例えば上記条件で被験物質とACC-β遺伝子発現可能細胞とを接触させて、ACC-β遺伝子の発現を抑制させてそのmRNAの発現量を低下させる物質を探索することによって行うことができる。具体的には、被験物質存在下でACC-β遺伝子発現可能細胞を培養した場合のACC-β mRNAの発現量が、被験物質非存在下で上記に対応するACC-β遺伝子発現可能細胞を培養した場合に得られるACC-β mRNAの発現量(対照発現量)よりも小さいことを指標として、細胞と接触させた当該被験物質を候補物質として選別することができる。
【0050】
ACC-β mRNAの発現量の測定(検出、定量)は、ACC-β遺伝子発現可能細胞のACC-β mRNAの発現量を、当該ACC-β mRNAの塩基配列と相補的な配列を有するオリゴヌクレオチドなどを利用したノーザンブロット法やRT−PCR法、リアルタイム定量PCR法などの公知の方法、またはDNAアレイを利用した測定方法を実施することなどにより行うことができる。
【0051】
(3-2) ACC-βの産生を低下させる作用を有する物質のスクリーニング方法
当該スクリーニングは、被験物質の中から、ACC-βの産生を低下させる作用を有する物質を、ACC-βの産生量を指標として探索し、抗糖尿病性腎症剤の有効成分として取得する方法である。
【0052】
当該方法は、具体的には下記の工程(1’)〜(3’)を行うことによって実施することができる。
(1’)被験物質とACC-βを産生可能な細胞またはこの細胞から調製した細胞画分とを接触させる工程、
(2’)被験物質を接触させた細胞または細胞画分のACC-βの産生量を測定する工程、及び
(3’)上記の測定量が、被験物質を接触させない対照細胞(ACC-βを産生可能な細胞)または被験物質を接触させない細胞画分(ACC-βを産生可能な細胞から調製)のACC-βの産生量よりも小さい被験物質を選択する工程。
【0053】
かかるスクリーニングに用いられる細胞(対照細胞を含む)としては、天然または組み換え体の別を問わず、ACC-β遺伝子が発現してACC-βを産生し得る細胞であればよい。なおACC-β遺伝子の由来も特に制限されず、ヒト由来であっても、またヒト以外のマウスなどの哺乳類やその他の生物種に由来するものであってもよいが、好ましくはヒト由来のACC-β遺伝子である。かかる細胞として、具体的には、ACC-β遺伝子を有する尿細管上皮細胞(ヒトおよびその他の生物種由来のものを含む)、および単離調製された尿細管上皮細胞の初代培養細胞を挙げることができる。
【0054】
また、定法に従って、ACC-β遺伝子のcDNAを有する発現ベクターを導入してACC-βを産生可能な状態に調製された形質転換細胞を使用することもできる。なお、スクリーニングに用いられる細胞の範疇には、細胞の集合体である組織も含まれる。
【0055】
本発明のスクリーニング方法(3-2)の工程(1’)において、被験物質とACC-β産生可能細胞とを接触させる条件は、特に制限されないが、当該細胞が死滅せず、且つACC-β遺伝子が発現し且つACC-βが産生し得る培養条件(温度、pH、培地組成など)を選択することが好ましい。
【0056】
候補物質の選別は、例えば上記条件で被験物質とACC-β産生可能細胞またはその細胞画分とを接触させて、ACC-βの産生量を低下させる物質を探索することによって行うことができる。具体的には、被験物質存在下でACC-β産生可能細胞またはその細胞画分を培養した場合のACC-β産生量が、被験物質非存在下で上記に対応するACC-β産生可能細胞またはその細胞画分を培養した場合に得られるACC-βの産生量(対照産生量)よりも小さいことを指標として、細胞または細胞画分と接触させた当該被験物質を候補物質として選別することができる。
【0057】
ACC-β産生量の測定(検出、定量)は、ACC-β産生可能細胞またはその細胞画分から得られるACC-βの量を、当該ACC-βに対する抗体(抗ACC-β抗体)を利用してウエスタンブロット法や免疫沈降法、ELISA等の公知の方法を行うことによって実施することができる。
【0058】
(3-3)ACC-βの作用を低下させる作用を有する物質のスクリーニング方法
当該スクリーニングは、被験物質の中から、ACC-βの作用を低下させる作用を有する物質を、ACC-βの作用を指標として探索し、抗糖尿病性腎症剤の有効成分として取得する方法である。
【0059】
当該方法は、具体的には下記の工程(1”)〜(3”)を行うことによって実施することができる。
(1”)被験物質とACC-βを産生可能な細胞またはこの細胞から調製した細胞画分を接触させる工程、
(2”)被験物質を接触させた細胞または細胞画分のACC-βの作用を検出する工程、及び
(3”)上記の検出した作用が、被験物質を接触させない対照細胞(ACC-βを産生可能な細胞)または細胞画分(ACC-βを産生可能な細胞から調製)のACC-βの作用よりも低い被験物質を選択する工程。
【0060】
当該スクリーニングで用いられる細胞、並びに工程(2”)において被験物質と接触させる方法や条件は、前述する(3-2)のスクリーニング方法にて記載したものを同様に使用することができる。
【0061】
候補物質の選別は、上記条件で被験物質とACC-β産生可能細胞またはその細胞画分とを接触させて、ACC-βの作用を低下させる物質を探索することによって行うことができる。具体的には、被験物質存在下でACC-β産生可能細胞またはその細胞画分を培養した場合に生じるACC-βの作用が、被験物質非存在下で上記に対応するACC-β産生可能細胞または細胞画分を培養した場合に得られるACC-βの作用(対照作用)よりも低いことを指標として、当該被験物質を候補物質として選別することができる。
【0062】
ここで、ACC-βの作用としては、オステオポンチン、MCP−1、およびIL−6など糖尿病性腎症の関連因子の発現量を増加させることの他、従来よりACC-βの作用として知られている作用、例えば、マロニルCoAの産生のような酵素的作用、および脂肪酸のβ酸化の抑制作用(Advanced Drug Delivery Reviews、 Vol.54 (2002)、1199-1212など)を挙げることができる。なお、糖尿病性腎症の関連因子である上記タンパク質もしくは遺伝子の発現量の測定は、当業者の周知の方法によれば可能である。またマロニルCoAの産生および脂肪酸β酸化の抑制も、公知の方法により測定することができる。
【0063】
上記(3-1)〜(3-3)のスクリーニング方法で選別された物質は、尿細管上皮細胞においてACC-β遺伝子の発現を抑制してACC-βの産生を低下させるか、またはACC-βの作用を低下させる作用を有するものであり、糖尿病性腎症の発症やその進行を予防する組成物または糖尿病性腎症を改善する組成物の有効成分として使用することが可能である
上記のスクリーニング方法によって選別された候補物質は、さらに糖尿病性腎症を有する病態非ヒト動物を用いてスクリーニングにかけることもできる。かくして選別される候補物質は、さらに糖尿病性腎症を有する病態非ヒト動物を用いた薬効試験、安全性試験、さらに糖尿病性腎症を有する患者(ヒト)もしくはその前状態にある患者(ヒト)への臨床試験に供してもよく、これらの試験を実施することによって、より実用的な糖尿病性腎症の予防または治療用組成物の有効成分を選別取得することができる。
【0064】
このようにして選別された物質は、必要に応じて構造解析を行った後、その物質の種類に応じて、化学的合成、生物学的合成(発酵を含む)または遺伝子学的操作によって、工業的に製造することができ、糖尿病性腎症予防・治療用組成物の調製に使用することができる。
【0065】
4.糖尿病性腎症の罹患リスクが高い被験者(糖尿病性腎症易罹患者)の選別方法
本発明は、また被験者について糖尿病性腎症の罹患・進行リスク(糖尿病性腎症を発症し易いまたは進行易いか/発症し難いまたは進行し難いかの別)を測定し、当該被験者の中から上記リスクの高い被験者を選別する方法を提供する。なお、本発明では、これらのリスクが高い被験者を「糖尿病性腎症易罹患者」と称する。
【0066】
その選別方法としては、被験者の被験試料について、(4-1)ACC-β遺伝子の発現量(mRNA発現量)を指標とする方法、(4-2)ACC-βの産生量を指標とする方法、および(4-3) ACC-β遺伝子の糖尿病性腎症感受性SNPを指標とする方法、を挙げることができる。
【0067】
(4-1) ACC-β遺伝子の発現量(mRNA発現量)を指標とする糖尿病性腎症易罹患者の選別方法
当該方法は、被験者由来の生体試料におけるACC-β遺伝子の発現量、すなわちACC-β mRNA発現量を測定することによって行うことができる。ここで生体試料としては、ACC-β遺伝子を発現し得る細胞を含む試料であればよいが、具体的には、血液を挙げることができる。
【0068】
ACC-β mRNA発現量の測定方法は、上記(3-1)の方法で説明するように、定法に従って行うことができる。
【0069】
かかる測定の結果、被験者の生体試料(被験試料)におけるACC-β mRNAの発現量が、正常人由来の生体試料(対照試料)におけるACC-β mRNAの発現量(対照発現量)よりも大きい場合に、前記被験者は糖尿病性腎症に罹患する可能性が高い(糖尿病性腎症易罹患性)と判断することができる。
【0070】
ここで「正常」とは、少なくとも腎症を発症していないか、または腎症を発症する前段階でもないという意味で用いられる。具体的には尿中アルブミン排泄率が20μg/分未満または尿中アルブミン/クレアチニン比が30mg/gCr未満である場合に、腎症に関して「正常」と判断することができる。
【0071】
(4-2) ACC-βの産生量を指標とする糖尿病性腎症易罹患者の選別方法
当該方法は、被験者由来の生体試料におけるACC-βの産生量を測定することによって行うことができる。ここで生体試料としては、ACC-β遺伝子を発現し、ACC-βを産生し得る細胞を含む試料であればよいが、具体的には血液を挙げることができる。
【0072】
ACC-β産生量の測定方法は、上記(3-2)の方法で説明するように、定法に従って行うことができる。
【0073】
かかる測定の結果、被験者の生体試料(被験試料)におけるACC-βの産生量が、正常人由来の生体試料(対照試料)におけるACC-βの産生量(対照産生量)よりも大きい場合に、前記被験者は糖尿病性腎症に罹患する可能性が高い(糖尿病性腎症易罹患性)と判断することができる。
【0074】
(4-3) ACC-β遺伝子の糖尿病性腎症感受性SNPを指標とする糖尿病性腎症易罹患者の選別方法
当該方法は、被験者から得られるゲノムDNAを対象として、ヒトACC-β遺伝子のイントロン18の4139位(SNP4139)について塩基を検出し同定する工程を有するものである:
本発明の検出方法として好ましくは、ヒト被験者から得られるゲノムDNAを対象として、ヒトACC-β遺伝子のイントロン18の4139位(SNP4139)について塩基を検出し同定する工程を有し、さらに、検出し同定した塩基がアデニン(A)である場合に、当該被験者を、糖尿病性腎症に罹りやすい者(糖尿病性腎症易罹患者)として判定し、選択する工程を有することができる。
【0075】
当該方法によれば、糖尿病性腎症易罹患性及び糖尿病性腎症難罹患性の別、すなわち糖尿病性腎症罹患リスクを判定し診断することができる。当該糖尿病性腎症罹患リスクの判定(診断)は、上記SNPの塩基の別を判断基準(判断指標)として医師等の専門知識を有する者の判断を要することなく、機械的に行なうことができる。このため、本発明の方法は、糖尿病性腎症の罹患危険度の検出方法と言うことができる。
【0076】
なお、上記ゲノムDNAの抽出および目的塩基の検出は、公知の方法〔例えば、Bruce,et al., Geneme Analysis/A laboratory Manual (vol.4), Cold Spring Harbor Laboratory, NY., (1999)〕を用いて行うことができる。
【0077】
ゲノムDNAの抽出を行う検体は、被験者および臨床検体等から単離されたあらゆる細胞(培養細胞を含む。但し生殖細胞は除く)、組織(培養組織を含む)、臓器、または体液(例えば、唾液、リンパ液、気道粘膜、精液、汗、尿等)などを材料とすることができる。該材料としては末梢血から分離した白血球または単核球が好ましく、特に白血球が最も好適である。これらの材料は、臨床検査において通常用いられる方法に従って単離することができる。
【0078】
例えば白血球を材料とする場合、まず被験者より単離した末梢血から常法に従って白血球を分離する。次いで、得られた白血球にプロティナーゼKとドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を加えてタンパク質を分解、変性させた後、フェノール/クロロホルム抽出を行うことによりゲノムDNA(RNAを含む)を得る。RNAは、必要に応じてRNaseにより除去することができる。なお、ゲノムDNAの抽出は、上記の方法に限定されず、当該技術分野で周知の方法(例えば、Sambrook J. et. al., “Molecular Cloning: A Laboratry Manual (2nd Ed.)”Cold Spring Harbor Laboratory, NY)や、市販のDNA抽出キット等を利用して行なうことができる。さらに必要に応じて、ヒト第12染色体(12q24.11)上のACC-β遺伝子またはそのイントロン18を含むDNAを単離してもよい。当該DNAの単離は、ACC-β遺伝子またはそのイントロン18にハイブリダイズするプライマーを用いて、ゲノムDNAを鋳型としたPCR等によって行うことができる。
【0079】
目的塩基を検出する工程において、上記のようにして得られたヒトゲノムDNAを含む抽出物から、糖尿病性腎症に極めて関連性の深い糖尿病性腎症感受性SNPを検出する。なお、当該塩基の検出は、ヒトゲノムDNAを含む試料からさらに単離したヒト第12染色体上のACC-β遺伝子、好ましくはそのイントロン18を含むLDブロック中の塩基配列を直接決定し、各ブロック内に位置する当該SNPの塩基の変異を調べる方法によってもよい。
【0080】
例えば目的の塩基を検出する方法としては、上記のように該当領域の遺伝子配列を直接決定する方法の他に、多型配列が制限酵素認識部位である場合は、制限酵素切断パターンの相違を利用して、遺伝子型を決定する方法(以下、RFLPという)、多型特異的なプローブを用いハイブリダイゼーションを基本とする方法(例えば、チップやガラススライド、ナイロン膜上に特定なプローブを張り付け、それらのプローブに対するハイブリダイゼーション強度の差を検出することによって、多型の種類を決定する、または、特異的なプローブのハイブリダイゼーションの効率を、鋳型2本鎖増幅時にポリメレースが分解するプローブの量を検出することにより遺伝子型を特定する方法、ある種の2本鎖特異的な蛍光色素が発する蛍光を温度変化を追うことにより2本鎖融解の温度差を検出し、これにより多型を特定する方法、多型部位特異的なオリゴプローブの両端に相補的な配列を付け、温度によって該当プローブが自己分子内で2次構造をつくるか、ターゲット領域にハイブリダイズするかの差を利用して遺伝子型を特定する方法など)がある。また、さらに鋳型特異的なプライマーからポリメレースによって塩基伸長反応を行わせ、その際に多型部位に取り込まれる塩基を特定する方法(ダイデオキシヌクレオタイドを用い、それぞれを蛍光標識し、それぞれの蛍光を検出する方法、取り込まれたダイデオキシヌクレオタイドをマススペクトロメトリーにより検出する方法)、さらに鋳型特異的なプライマーに続いて変異部位に相補的な塩基対または非相補的な塩基対の有無を酵素によって認識させる方法などがある。
【0081】
以下、従来公知の代表的な遺伝子多型の検出方法を列記するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【0082】
(a)RFLP(制限酵素切断断片長多型)法、(b)PCR−SSCP法(一本鎖DNA高次構造多型解析)〔Biotechniques, 16, 296-297 (1994)、及びBiotechniques, 21, 510-514 (1996)〕、(c)ASO(Allele Specific Oligonucleotide)ハイブリダイゼーション法〔Clin. Chim. Acta, 189, 153-157 (1990)〕、(d)ダイレクトシークエンス法〔Biotechniques, 11, 246-249 (1991)〕、(e)ARMS(Amplification Refracting Mutation System)法〔Nuc. Acids. Res., 19, 3561-3567 (1991);Nuc. Acids. Res., 20, 4831-4837 (1992)〕、(f)変性剤濃度勾配ゲル電気泳動(Denaturing Gradient Gel Electrophoresis;DGGE)法〔Biotechniques, 27, 1016-1018 (1999)〕、(g)RNaseA切断法〔DNA Cell. Biol., 14, 87-94 (1995)〕、(h)化学切断法〔Biotechniques, 21, 216-218 (1996)〕、(i)DOL(Dye-labeled Oligonucleotide Ligation)法〔Genome Res., 8, 549-556 (1998)〕、(j)TaqMan−PCR法〔Genet. Anal., 14, 143-149 (1999);J. Clin. Microbiol., 34, 2933-2936 (1996)〕、(k)インベーダー法〔Science, 5109, 778-783 (1993);J.Biol.Chem., 30,21387-21394 (1999);Nat. Biotechnol., 17, 292-296 (1999)〕、(l)MALDI−TOF/MS法(Matrix Assisted Laser Desorption-time of Flight/Mass Spectrometry)法〔Genome Res., 7, 378-388 (1997);Eur.J.Clin.Chem.Clin.Biochem., 35, 545-548 (1997)〕、(m)TDI(Template-directed Dye-terminator Incorporation)法〔Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 94, 10756-10761 (1997)〕、(n)モレキュラー・ビーコン(Molecular Beacons)法〔Nat. Biotechnol., 1, p49-53 (1998);遺伝子医学、4, p46-48 (2000)〕、(o)ダイナミック・アレル−スペシフィック・ハイブリダイゼーション(Dynamic Allele-Specific Hybridization;DASH)法〔Nat.Biotechnol.,1.p.87-88 (1999);遺伝子医学,4, 47-48 (2000)〕、(p)パドロック・プローブ(Padlock Probe)法〔Nat. Genet.,3,p225-232 (1998) ;遺伝子医学,4, p50-51 (2000)〕、(q)UCAN法〔タカラ酒造株式会社ホームぺージ(http://www.takara.co.jp )参照〕、(r)DNAチップまたはDNAマイクロアレイ(「SNP遺伝子多型の戦略」松原謙一・榊佳之、中山書店、p128-135)、(s)ECA法〔Anal. Chem., 72, 1334-1341, (2000)〕。
【0083】
以上は代表的な遺伝子多型検出方法であるが、本発明の糖尿病性腎症罹患リスクの判定には、これらに限定されず、他の公知または将来開発される遺伝子多型検出方法を広く用いることができる。また、本発明の遺伝子多型検出に際して、これらの遺伝子多型検出方法を単独で使用してもよいし、また2以上を組み合わせて使用することもできる。
【0084】
以上、本発明の方法((4-1)〜(4-3))によって、糖尿病性腎症を発症するかまたはそれが進行する潜在的な危険度が相対的に高いことが判明した被験者に対しては、その旨を告知し、予め糖尿病性腎症の発症または進行を防ぐための的確な対策を講じることができる。従って、本発明は、糖尿病性腎症の発症や進行を予防するための検査方法として、さらには糖尿病性腎症に伴って生じる他の疾患や症状発生の予防のための検査方法として極めて有用である。
【0085】
5.糖尿病性腎症の罹患リスク診断キット
本発明はまた、糖尿病性腎症の罹患リスクを診断するための試薬キット(診断キット)を提供する。特に、上記(4-3)で説明する糖尿病性腎症易罹患者の選別方法に使用される診断キットを提供する。
【0086】
(5-1)プローブ
上記(4-3)にて説明する糖尿病性腎症感受性SNP並びに当該塩基を含むヌクレオチドの検出には、ヒト第12染色体(12q24.11)のACC-β遺伝子上の糖尿病性腎症感受性SNPを含むオリゴまたはポリヌクレオチドに特異的にハイブリダイズし、当該SNPを検出することができるオリゴまたはポリヌクレオチドが用いられる。かかるオリゴまたはポリヌクレオチドは、上記ACC-β遺伝子上においてSNP4139を含む16〜500塩基長、好ましくは20〜200塩基長、より好ましくは20〜50塩基長の連続した遺伝子領域と特異的にハイブリダイズするように、上記塩基長を有するオリゴまたはポリヌクレオチドとして設計される。
【0087】
ここで「特異的にハイブリダイズする」とは、通常のハイブリダイゼーション条件下、好ましくはストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下(例えば、サムブルックら、Molecular Cloning, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York, USA, 第2版、1989に記載の条件)において、他のDNAとクロスハイブリダイゼーションを有意に生じないことを意味する。好適には当該オリゴまたはポリヌクレオチドは、上記検出するSNPを含む遺伝子領域の塩基配列に対して相補的な塩基配列を有することが望ましいが、かかる特異的なハイブリダイゼーションが可能であれば、完全に相補的である必要はない。
【0088】
かかるオリゴまたはポリヌクレオチドとしては、下記(a)に示すオリゴまたはポリヌクレオチド(但し、当該オリゴ若しくはポリヌクレオチドがRNAである場合、配列表中の塩基記号「t」は「u」に読み替えるものとする)にハイブリダイズする16〜500塩基長の連続したオリゴまたはポリヌクレオチドを挙げることができる。
【0089】
(a) ヒトACC-β遺伝子の塩基配列において、イントロン18の4139位(SNP4139)に位置するヌクレオチドを含む16〜500塩基長の連続したオリゴまたはポリヌクレオチド。
【0090】
当該オリゴまたはポリヌクレオチドは、被験者について糖尿病性腎症に対する罹患性やその進行性を判定するために、ヒト第12染色体上のACC-β遺伝子上に位置する糖尿病性腎症感受性SNP(SNP4139)を含むオリゴまたはポリヌクレオチドに特異的にハイブリダイズするオリゴまたはポリヌクレオチド「プローブ」として設計される。なお、これらのオリゴまたはポリヌクレオチドは、ACC-β遺伝子の塩基配列に基づいて、例えば市販のヌクレオチド合成機によって常法に従って作成することができる。
【0091】
さらに好ましくは、当該プローブは、上記各SNPを含むオリゴヌクレオチドが検出できるように、放射性物質、蛍光物質、化学発光物質、または酵素等で標識される(後述)。
【0092】
上記プローブ(オリゴまたはポリヌクレオチド)は任意の固相に固定化して用いることもできる。このため本発明はまた、上記プローブ(オリゴまたはポリヌクレオチド)を固定化プローブ(例えばプローブを固定化した遺伝子チップ、cDNAマイクロアレイ、オリゴDNAアレイ、メンブレンフィルター等)として提供するものである。当該プローブは、好適には糖尿病性腎症感受性遺伝子検出用のDNAチップとして利用することができる。
【0093】
固定化に使用される固相は、オリゴまたはポリヌクレオチドを固定化できるものであれば特に制限されることなく、例えばガラス板、ナイロンメンブレン、マイクロビーズ、シリコンチップ、キャピラリーまたはその他の基板等を挙げることができる。固相へのオリゴまたはポリヌクレオチドの固定は、予め合成したオリゴまたはポリヌクレオチドを固相上に載せる方法であっても、また目的とするオリゴまたはポリヌクレオチドを固相上で合成する方法であってもよい。固定方法は、例えばDNAマイクロアレイであれば、市販のスポッター(Amersham社製など)を利用するなど、固定化プローブの種類に応じて当該技術分野で周知である〔例えば、photolithographic技術(Affymetrix社)、インクジェット技術(Rosetta Inpharmatics社)によるオリゴヌクレオチドのin situ合成等〕。
【0094】
例えば、TaqMan PCR法〔Livak KJ. Gene Anal 14, 143 (1999), Morris T et al., J Clin Microbiol 34, 2933 (1996)〕の場合、糖尿病性腎症感受性SNPを含む領域に相補的な20塩基長程度のオリゴヌクレオチドがプローブとして設計される。当該プローブは、5’末端を蛍光色素、3’末端を消光物質により標識され、検体DNAと特異的にハイブリダイズするが、そのままでは発光せず、別に加えられたPCRプライマーの上流からの伸長反応により5’側の蛍光色素結合が切断され、遊離した蛍光色素により検出される。
【0095】
Invader法〔Lyamichev V. et al., Nat Biotechnol 17, 292 (1999)〕では、多型部位に隣接する配列(3’側と5’側の2種)に相補的なオリゴヌクレオチドがプローブとして設計される。検出は、これら2種のプローブと検体とは無関係な第3のプローブによって達成される。
【0096】
(5-2)プライマー
本発明は、またヒト第12染色体のACC-β遺伝子上の糖尿病性腎症感受性SNPを含む配列領域を特異的に増幅するためのプライマーとして用いられるオリゴヌクレオチドを提供する。
【0097】
かかるオリゴまたはポリヌクレオチドとしては、下記(a)に示すオリゴまたはポリヌクレオチド(但し、当該オリゴ若しくはポリヌクレオチドがRNAである場合、配列表中の塩基記号「t」は「u」に読み替えるものとする)にハイブリダイズする15〜30塩基長のオリゴまたはポリヌクレオチドを挙げることができる。
【0098】
(a) ヒトACC-β遺伝子の塩基配列において、イントロン18の4139位(SNP4139)に位置するヌクレオチドを含む16塩基長以上の連続したオリゴまたはポリヌクレオチド。
【0099】
このようなオリゴヌクレオチドは、ACC-β遺伝子において、糖尿病性腎症感受性SNPの塩基(ヌクレオチド)を含む連続したオリゴまたはポリヌクレオチドの一部に特異的にハイブリダイズし、当該オリゴまたはポリヌクレオチドを特異的に増幅するための15〜30塩基長、好ましくは18〜25塩基長程度のオリゴヌクレオチドとして設計される。増幅するオリゴまたはポリヌクレオチドの長さは、用いられる検出方法に応じて適宜設定されるが、一般的には15〜1000塩基長、好ましくは20〜500塩基長、より好ましくは20〜200塩基長である。
【0100】
ヒト第12染色体のACC-β遺伝子上の、糖尿病性腎症感受性SNP(SNP4139)近傍の15塩基長以上連続した塩基配列に特異的にハイブリダイズする塩基配列を有する上記の各種オリゴヌクレオチドは、本発明においてプライマーとして利用することができる。なお、これらのオリゴヌクレオチドは、ヒトACC-β遺伝子の塩基配列に基づいて、例えば市販のヌクレオチド合成機によって常法に従って作成することができる。
【0101】
Mass Array法にMALDI-TOF/MS(Matrix-Assisted Laser Desorption Ionization Time-Of-Flight Mass Spectrometry)を応用した方法〔Haff LA et al. Genome Res 7, 378 (1997), Little DP et al., Nature Medicine vol.3, No.12, 1413-1416, (1997)〕を例にとって、プライマーの具体的な利用方法を説明する。この場合、シリコンチップ上に固定した検体DNAに前記プライマーをハイブリダイズさせ、ddNTPを添加して一塩基だけを伸長させる。次いで、一塩基伸長産物を分離し、質量分析法により多型を検出する。この方法では、プライマーは通常15塩基長以上で可能な限り短く設計することが望ましい。
【0102】
(5-3)標識物
上記本発明のプローブまたはプライマーには、遺伝子多型検出のための適当な標識物、例えば蛍光色素、酵素、タンパク質、放射性同位体、化学発光物質、ビオチン等が付加されたものが含まれる。
【0103】
なお、本発明において用いられる蛍光色素としては、一般にヌクレオチドを標識して、核酸の検出や定量に用いられるものが好適に使用でき、例えば、HEX(4,7,2’,4’,5’,7’-hexachloro-6-carboxylfluorescein、緑色蛍光色素)、フルオレセイン(fluorescein)、NED(商品名、アプライドバイオシステムズ社製、黄色蛍光色素)、あるいは、6−FAM(商品名、アプライドバイオシステムズ社製、黄緑色蛍光色素)、ローダミン(rhodamin)またはその誘導体〔例えば、テトラメチルローダミン(TMR)〕を挙げることができるが、これらに限定されない。蛍光色素でヌクレオチドを標識する方法は、公知の標識法のうち適当なものを使用することができる〔Nature Biotechnology, 14, 303-308 (1996)参照〕。また、市販の蛍光標識キットを使用することもできる(例えば、アマシャム・ファルマシア社製、オリゴヌクレオチドECL 3’−オリゴラベリングシステム等)。
【0104】
また、本発明のプライマーには、その末端に多型検出のためのリンカー配列が付加されたものも含まれる。このようなリンカー配列としては、例えば、前述したインベーダー法で用いられるオリゴヌクレオチド5’末端に付加される、フラップ(多型近傍の配列とは全く無関係な配列)等が挙げられる。
【0105】
以上の、プローブまたはプライマー(標識されていてもよい)は、糖尿病性腎症罹患リスクの診断用試薬として利用することができる。
【0106】
(5-4)糖尿病性腎症罹患リスク診断用試薬キット(診断キット)
本発明の診断キットは、糖尿病性腎症罹患リスクの診断に使用する試薬として、上記プローブまたはプライマーとして用いられるオリゴまたはポリヌクレオチド(なお、これらは標識されていても、また固相に固定化されていてもよい)を少なくとも1つ含むものである。本発明の診断キットは上記プローブまたはプライマーの他、必要に応じてハイブリダイゼーション用の試薬、プローブの標識、ラベル体の検出剤、緩衝液など、本発明の方法の実施に必要な他の試薬、器具などを適宜含んでいてもよい。
【実施例】
【0107】
本発明を、下記実施例等により説明するが、本発明は、かかる実施例に限定されるものではない。また、以下の実施例において、遺伝子操作、細胞培養等には、特に断りのない限り、Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Second Edition (1989) (Cold Spring Harbor Laboratory Press),Current Protocols in Molecular Biology (Greene Publishing Associates and Wiley-Interscience)等に記載された方法を用いた。
【0108】
実施例1
インフォームドコンセントの下、滋賀医科大学附属病院、東京女子医科大学糖尿病センター、順天堂大学医学部順天堂医院、川崎医科大学附属病院、岩手医科大学附属病院、取手協同病院、川井クリニック、大阪市立総合医療センター、千葉徳洲会病院、または大阪労災病院に定期的に外来通院する2型糖尿病患者を対象として実験を行なった。
【0109】
なお、対象とした2型糖尿病患者は、下記診断基準に従って2群に分類した:
1)糖尿病性腎症症例:糖尿病性腎症(尿中アルブミン排泄率200μg/分以上若しくは尿中アルブミン/クレアチニン比300mg/gCr以上、または慢性透析療法を受けている患者)と糖尿病網膜症との両方を有する症例、
2)対照群:糖尿病網膜症を有するが、腎機能障害の兆候を示していない症例(尿中アルブミン排泄率20μg/分未満、若しくは尿中アルブミン/クレアチニン比30mg/gCr未満の患者)。
【0110】
前記2型糖尿病患者の末梢血液を採血し、得られた末梢血液10mlを3000回転で5分間遠心分離して、血清を除去した。ついで、得られた産物に、赤血球溶解液を添加して、室温で20分間インキュベートした。その後、インキュベーション後の混合物を、3000回転で5分間遠心分離して、上清を除去した。得られた沈殿に、プロティナーゼKを添加し、37℃で4時間以上インキュベートした。得られた産物を、フェノール−クロロホルムで処理し、得られた上層(水層)に、イソプロパノールを添加して、DNAの沈殿を生じさせた。ついで、遠心分離(12000回転、10分)を行ない、DNAを回収し、1mlの70容量%エタノールを添加し、得られたDNAのペレットをTE緩衝液〔組成:10mM Tris−HCl、1mM EDTA(pH8.0)〕に溶解し、DNA試料を得た。
【0111】
前記DNA試料を用いて、インベーダー法により遺伝子型の判定を行った。解析するSNPは、Japanese SNPデータベース(IMS−JST SNPsデータベース:http://snp.ims.u-tokyo.ac.jp)から無作為に選択した。各SNP遺伝子座の遺伝子型を、Multiplex PCRと組み合わせたインベーダー法〔例えば、オオニシ(Ohnishi Y.)ら,J. Human. Genet., 46, 471-477, 2001等を参照のこと〕により解析した。
【0112】
Multiplex PCRにおける反応は、解析対象とする領域を増幅するプライマー(配列番号2および3)を含む反応溶液〔組成:16.6mM(NH42SO4、67mM Tris(pH8.8)、6.7mM MgCl2、10mM 2−メルカプトエタノール、6.7μM EDTA、1.5mM dNTP、10xTaqミックス(2.5U/μl Taq DNAポリメラーゼ、31.25U/μl Taq Antibody)、0又は10% DMSO、各0.25μM プライマー〕を用いて、95℃で5分間反応させた後、95℃で15秒と60℃で45秒と72℃で3分とを1サイクルとする40サイクルの反応を行なうことで実施した。
【0113】
増幅された産物をdH2Oで、1:11に希釈し、384プレートの各ウェルに分注した。ついで、プレートを風乾させ、プレート上の各ウェルに、3μlインベーダー反応液(組成:10×緩衝液、10×FRETプローブ、10×clevase、アレルプローブ)を添加した。その後、63℃で20分間インキュベートし、ついで、プレートの各ウェルについて、蛍光(520nm、546nm)を測定した。アレルプローブは1種類のインベーダープローブ(例えば増幅領域がSNP4139を含む領域である場合、配列番号4に記載する塩基配列を有するプローブ)とそれぞれの対立遺伝子に相当する2種類のプローブ(例えば増幅領域がSNP4139を含む領域の場合、G対立遺伝子には配列番号5に記載する塩基配列を有するプローブ、A対立遺伝子には配列番号6に記載する塩基配列を有するプローブ)を含有する。
【0114】
糖尿病性腎症症例の94症例及び対照群の94症例のそれぞれに対し、81315個のSNP座について遺伝子タイピングを行なった。ついで、2×3又は2×2分割表を用いた統計学的データを評価することにより、糖尿病性腎症群と対照群との間の遺伝子型又は対立遺伝子頻度に有意な差異を示したSNPを選択した。
【0115】
なお、相関解析、ハプロタイプ頻度及びHardy−Weinberg平衡の統計解析並びに連鎖不均衡係数(D’)の算出は、デブリン(Devlin B.)ら〔Genomics, 29, 311-322, 1995〕及びニールセン(Nielsen DM.)ら〔Am. J. Hum. Genet., 63, 1531-1540, 1998〕のように行なった。
【0116】
以上のスクリーニングにおいて、糖尿病性腎症群と対照群との間で0.01未満のp値を示したSNP座を、さらに多数の患者について、ゲノムワイドで解析した。
【0117】
その結果、ある特定のSNP座(SNP4139)において、糖尿病性腎症との強い相関が認められた。当該SNPは、第12番染色体上のアセチル-CoAカルボキシラーゼ-β(ACC-β)遺伝子のイントロン18(配列番号1)に存在し、この4138番目に位置するSNPのA対立遺伝子頻度が、糖尿病性腎症群で対照群に比し有意に高くなっていた(A対立遺伝子頻度:糖尿病性腎症群25%、対照群17%、 p = 0.000001)。このSNPと糖尿病性腎症との関連をさらに検証するために、滋賀医科大学での8年間の前向きコホート(SUMS cohort)、および順天堂大学での10年間の後向きコホート(SA cohort)研究で糖尿病性腎症の進展との関連を検討した。当該SNP座(rs2268388;SNP4139、ACC-βイントロン18、+4139 G/A)におけるA対立遺伝子頻度を、糖尿病性腎症群と対照群とで対比した結果を表1に示す。この結果からわかるように、いずれの解析(ゲノムワイド、SUMS cohort、SA cohort)でも同様の傾向が認められた。
【0118】
【表1】

【0119】
【表2】

【0120】
こうした検討の結果から、このSNP座(rs2268388 ;SNP4139、ACC-βイントロン18、+4139 G/A)におけるA対立遺伝子保有者では、糖尿病性腎症の発症リスクが、A対立遺伝子非保有者に比べて、有意に高くなっていることが明らかとなった。
【0121】
実施例2 NRK-52E細胞へのACC-β安定導入と細胞株の樹立
後述する実施例に示すように、近傍にSNPsが見出されたACC-β遺伝子について、糖尿病性腎症との関連性を調べるため、in vitro機能解析試験を行ったが、これに先だち、まずラット尿細管上皮細胞(NRK-52E)にACC-βを安定的に過剰発現する安定細胞株の樹立を行った。
【0122】
NRK-52E(5 x 104 cells/0.5ml/well)を、血清入りD-MEM培地を用いて24ウェルプレートに蒔いて、37℃、5%CO2環境下で培養し、翌日にhuman ACC-βまたはGFP遺伝子を含むレトロウィルスを添加して4時間感染させた後に、培地を除いて血清入り培地に置換した。感染6日後に限界希釈(0.5cells/0.1ml/well)して96ウェルプレートに蒔いて培養を継続し、ACC-β導入細胞株を4クローン、GFP導入細胞株を3クローン単離した。
【0123】
安定細胞株については、それぞれプレート培養した後に、溶解剤を加えて常法に従い、total RNAをカラム抽出した。次に、1μg相当量のtotal RNAを逆転写してPCR用の鋳型とし、合成プライマーを用いて、定量リアルタイムPCR法にてACC-βのmRNA量を測定した。この際、同時測定したGAPDHのmRNA量によって補正し、相対値とした。
【0124】
また、安定細胞株を培養した後に、常法に従い、溶解剤を加えてタンパク質を抽出した。次に、10μg相当量のタンパク質をSDS化して電気泳動し、PVDF膜に転写した後、抗ACC-β抗体を用いてウエスタンブロッティングを行った。
ラット尿細管上皮細胞NRK-52Eを、human ACC-βまたはGFP遺伝子を含むレトロウィルスを用いて感染導入し、限界希釈法で得たACC-β細胞株4クローン(A1-1、A1-3、A4-3、A7-2)、およびGFP細胞株3クローン(#G2、#G3、#G7)をそれぞれ定量リアルタイムPCR法にて発現確認した結果を、図1aに示す。図1aに示すように、ACC-β細胞株4クローン(A1-1、A1-3、A4-3、A7-2)はいずれもhuman ACC-βの発現が認められ、特にA4-3クローンおよび A7-2クローンの発現が高かった。
【0125】
抗ACC-β抗体を用いたウエスタンブロッティングにて発現を確認した結果を図1bに示す。図1bに示すように、A4-3クローンおよびA7-2クローンに280kDaの大きさを示すhuman ACC-βのバンドが認められ、ACC-β細胞株のクローンがタンパク質レベルでの発現も高いことが判明した。
【0126】
上記の事実は、ACC-β遺伝子と糖尿病性腎症における機能との関連性を調べるために有効なACC-β過剰発現(ACC-β導入)安定細胞株が樹立できたことを示している。
【0127】
実施例3 ACC-β安定細胞株の高糖刺激と発現量変動の解析
実施例2で樹立した安定細胞株を用いて、ACC-β遺伝子と糖尿病性腎症における作用との関連性を調べた。
【0128】
まず、ACC-β導入安定細胞株のクローン(1 x 105 cells/1ml/well)を、5.5mM グルコースを含む血清入り培地を含む12ウェルプレートに蒔いて培養し、翌日に細胞が付着したプレートから培地を除いて、PBS(-)で1回洗浄した後に、インスリン、トランスフェリン、およびセレニウムを含む無血清培地に置換した。これを24時間培養した後に、グルコースまたはマンニトールを最終糖濃度が25mMになるように添加して、さらに2日間培養を継続した後に、total RNAを抽出し、定量リアルタイムPCR法にて、オステオポンチン(Osteopontin)またはMCP-1のmRNA量を測定した。この際、同時測定したGAPDH mRNA量によって補正し、相対値とした。
【0129】
なお、オステオポンチンは、炎症に関連する因子であり、2型糖尿病モデルのラットにおいて腎症を伴う腎臓において発現が増加していることが報告されている(Kidney International, Vol.63 (2003), p.454-463)。またMCP-1も炎症に関連する因子であり、糖尿病性腎症患者においてその濃度が上昇していることが報告されている(Kidney International, Vol.58 (2000), p.1492-1499)。
【0130】
[結果]
ACC-β導入安定細胞株A4-3クローンを、高グルコース刺激した後に、オステオポンチン(Osteopontin)またはMCP-1のmRNA量を定量リアルタイムPCR法にて測定した結果を図2に示す(黒の棒グラフ)。この結果からわかるように、高グルコース刺激することにより、オステオポンチンおよびMCP-1はいずれも発現量の増加が認められた。一方、グルコースを添加した場合と浸透圧を合わせるためにマンニトールを添加した系では、上記オステオポンチンおよびMCP-1の発現の増加はいずれも認められなかった。また、GFP導入安定細胞株クローンを用いた場合は、高グルコース刺激をしても、オステオポンチンおよびMCP-1の発現は増加しなかった。
【0131】
前述するように、オステオポンチンおよびMCP-1はいずれも病態(糖尿病性腎症)において発現増加することが知られている因子であることから、上記のACC-β導入安定細胞株を高糖濃度条件下においた場合に(即ちin vitroでの糖尿病状態)、これらの因子の発現がいずれも増加したことは、ACC-βが糖尿病性腎症に関与することを示唆するものと言える。
【0132】
実施例4 ヒト尿細管上皮細胞RPTECへのACC-βの感染導入および発現量変動の解析
ヒトACC-βを安定的に過剰発現できる細胞としてヒト由来の尿細管上皮細胞RPTECを用いて、ACC-βと糖尿病性腎症における作用との関連性を調べた。
【0133】
まずRPTEC(2 x 105 cells/2ml/well)を血清入りREGM培地を含む6ウェルプレートに蒔いて、これを37℃、5%CO2環境下で培養した。その翌日、human ACC-β遺伝子またはLacZ遺伝子を含むアデノウィルス(50moi)を添加して4時間感染させた後に培地を除いて血清入り培地に置換して培養を継続した。感染後1、2、3および4日後に培養上清を回収し、次いでtotal RNAを抽出し、定量リアルタイムPCR法にてACC-βおよびIL-6のmRNA量をそれぞれ測定した。この際、同時測定したGAPDH mRNA量によって補正し、相対値とした。また、培養上清中のIL-6の蛋白質量を、ELISAキットを用いて常法に従って定量した。
【0134】
なお、IL-6は炎症に関連するサイトカインであり、糖尿病性腎症を発症すると尿中および血中のIL-6の量が増加することが知られている(Am. J. Nephrol. 2006, 26, p.562-570)。
【0135】
[結果]
ヒト尿細管上皮細胞RPTECを、human ACC-β遺伝子またはLacZ遺伝子を含むアデノウィルスを用いてそれぞれ感染導入し、感染1、2、3および4日後に定量リアルタイムPCR法にてACC-β遺伝子の発現(mRNA量)を確認した結果を図3に示す。図3に示すように、感染1日(24時間)後にはhuman ACC-βの過剰発現が認められ、感染2日目(48時間)をピークに、少なくとも感染4日目(96時間)までその発現が認められた。
【0136】
また、これらの細胞について、IL-6の発現量(mRNA量)を定量リアルタイムPCR法にて測定した結果を図4に示す。図4aに示すように、感染2日後(48時間後)にACC-β遺伝子を導入した細胞(図中、「A」で示す)においてIL-6の発現量の増加が認められ、感染3日目(72時間目)、4日目(96時間目)にはさらに増大した。またELISAによって培養上清中のIL-6のタンパク量を測定した結果を図4bに示すが、ここに示すように、2−3日目(24-48時間目)または3−4日目(48-72時間目)に著しいタンパク量の増加が認められ、mRNA量の変動と一致した。一方、こうしたIL-6発現量の変動は、LacZ遺伝子を感染導入した細胞(図中、「L」で示す)では認められなかった。
【0137】
以上に示すように、ヒトACC-βを安定的に過剰発現できる細胞(ヒト尿細管上皮細胞)において、IL-6がmRNAおよびタンパク質レベルの両方で上昇していることが確認された。当該IL-6は、前述するように病態(糖尿病性腎症)において発現が増加することが知られており、また、その中和抗体によって、その病態が緩和することが知られている。これらのことから、上記の実験結果は、ACC-βがヒトの糖尿病性腎症に関与していることを示唆するものである。
【0138】
実施例5 ヒト尿細管上皮細胞RPTECへのACC-βの感染導入によるIL-6発現量増加の作用機序解析
上記実施例4の結果をうけて、ACC-β過剰発現によるIL-6産生増加の作用機序を調べた。
【0139】
まず上記実施例4と同様にして、ヒト尿細管上皮細胞RPTECに、human ACC-β遺伝子またはLacZ遺伝子を含むアデノウィルスを添加して4時間感染させた後、ミトコンドリアcomplex I の阻害剤であるロテノン(Rotenone)(5μM)またはp38 MAPK阻害剤SB203580 (10μM)を添加して培養を継続し、感染3日後に定量リアルタイムPCR法にてIL-6 mRNA量を測定した。なお、比較対照試験として、ロテノンおよびSB203580に代えて、DMSOを添加して同様に培養した後に、同様にIL-6 mRNA量を測定した。
【0140】
[結果]
human ACC-β遺伝子またはLacZ遺伝子を導入して過剰発現させたヒト尿細管上皮細胞RPTECに、ロテノン(Rotenone)(5μM)を添加した場合のIL-6の発現量(mRNA量)を測定した結果を図5aに、SB203580 (10μM)を添加した場合のIL-6の発現量(mRNA量)を測定した結果を図5bにそれぞれ示す。
【0141】
図5aおよび 5bに示すように、ACC-βを過剰発現させることによってIL-6の発現(mRNA量)は増加したが(比較対照試験:各図の「DMSO」のデータ)、この増加は各阻害剤の添加によって有意に抑制された。このことから、ACC-β過剰発現によるIL-6 mRNA量の増加は、部分的にミトコンドリアcomplex Iまたはp38 MAPKを介していることが示唆された。つまり、ACC-β過剰発現によるIL-6産生増加には、ミトコンドリアcomplex Iまたはp38 MAPKの活性化が関与している可能性が高い。また、LacZ遺伝子を感染導入した細胞についても、上記阻害剤の添加によって同様にIL-6産生の減少が認められたことから、ACC-βを過剰発現させない通常状態においても、IL-6産生にこれらの因子(ミトコンドリアcomplex Iまたはp38 MAPK)が関与していることが示唆される。すなわち、これらのことから、IL-6の発現は、ミトコンドリアの経路を介していると考えられる。
【0142】
実施例6 IL-6 mRNA安定性の検討
ACC-β過剰発現によるIL-6産生増加の作用機序を調べるために、ACC-βのIL-6 mRNAの安定性への関与について検討した。
【0143】
具体的には、上記実施例4と同様にして、ヒト尿細管上皮細胞RPTECに、human ACC-β遺伝子またはLacZ遺伝子を含むアデノウィルスを用いて感染させた。その3日後に転写阻害剤(RNA合成酵素阻害剤)であるアクチノマイシンD(Actinomycin D )(10μg/ml)を添加して培養を継続し、感染30、60、および120分後に定量リアルタイムPCR法にてIL-6のmRNA量を測定した。
【0144】
[結果]
結果を図6に示す。図6に示すように、ACC-βを過剰発現させたヒト尿細管上皮細胞では、転写阻害剤(RNA合成酵素阻害剤)を添加した場合でも、ACC-βを発現させないヒト尿細管上皮細胞に比して、IL-6のmRNAの低下は有意に抑制されており(分解抑制)、特に転写阻害剤添加60分後以降に、IL-6のmRNA量の有意な低下抑制(分解抑制)、言い換えれば安定性の増大が認められた。
【0145】
このことから、ACC-βを過剰発現させた場合におけるIL-6産生量の増加は、IL-6 mRNAの安定性が増大していることによるものと考えられる。つまり、ACC-β過剰発現によるIL-6のmRNAの安定性の増加は、ACC-βによってIL-6のmRNAの分解速度が遅くなることが作用機序の一つであると考えられる。
【0146】
実施例7 エンハンサー活性の検討
ACC-β遺伝子のイントロン18(配列番号1)に存在するrs2268388に存在するSNPの機能を調べるためにrs2268388の疾患感受性対立遺伝子(T)および非感受性対立遺伝子(C)それぞれを含む28bpのoligoDNA配列をタンデムに3つつなげた配列を作成し、pGL3 promoterベクターのSV40promoter上流にサブクローニングし、ルシフェラーゼレポーターコンストラクトを作成した。正常ヒト近位尿細管上皮細胞RPTECに、上記で作成したルシフェラーゼレポーターおよび補正用としてpRL-TKベクターをコトランスフェクションし、4時間後に7.2mM グルコース、25mMグルコース、および7.2mMグルコース+17.8mMマンニトールの各々の培地に置き換え、20時間後に細胞抽出液を調製してルシフェラーゼ活性を測定した。
【0147】
[結果]
図7に示す様に、rs2268388 (SNP4139)を含む28bpのoligoDNA配列は、遺伝子型の別によらずpGL3 promoterベクターのみに比較して有意なエンハンサー活性を有していた。以上のことより、SNPの機能としてrs2268388(SNP4139)周辺にACC-βの発現を調節しうる領域があることが示唆された。
【図面の簡単な説明】
【0148】
【図1】図aは、ラット尿細管上皮細胞NRK-52Eを、human ACC-βまたはGFP遺伝子を含むレトロウィルスを用いて感染導入し、限界希釈法で得たACC-β細胞株4クローン(A1-1、A1-3、A4-3、A7-2)、およびGFP細胞株3クローン(#G2、#G3、#G7)をそれぞれ定量リアルタイムPCR法にて発現確認した結果を示す(実施例2)。なお、縦軸のmRNA expressionは、GAPDHの発現量で補正した数値を意味する。 図bは、上記ACC-β細胞株4クローンとGFP細胞株3クローンについて、抗ACC-β抗体を用いたウエスタンブロッティングにて発現を確認した結果を示す(実施例2)。
【図2】ACC-β導入安定細胞株A4-3クローンを、グルコース(黒色棒)またはマンニトール(灰色棒)で刺激した後に、オステオポンチン(Osteopontin)またはMCP-1のmRNA量を定量リアルタイムPCR法にて測定した結果を示す。なお、白色棒は、ACC-β導入安定細胞株A4-3クローンのオステオポンチンまたはMCP-1のmRNA量を示す(実施例3)。なお、縦軸の「Ratio」は、 グルコース刺激もマンニトール刺激もしない無処置の細胞(Intact)の発現量を1とした場合の発現量の相対比を意味する。
【図3】ヒト尿細管上皮細胞RPTECを、human ACC-β遺伝子またはLacZ遺伝子を含むアデノウィルスを用いてそれぞれ感染導入し、感染1、2、3および4日後(24、48、72および96時間後)に定量リアルタイムPCR法にてACC-β遺伝子の発現量(mRNA量)を確認した結果を示す(実施例4)。図中、「N」はヒト尿細管上皮細胞そのもの、「L」はLacZ遺伝子を導入したヒト尿細管上皮細胞、および「A」はACC-β遺伝子を導入したヒト尿細管上皮細胞を示す。なお、縦軸の「Fold increase」は、 LacZ遺伝子もACC-b遺伝子も感染導入させない状態の細胞(No infectionと表示)を用いて24時間後に得られた数値を1とした場合の発現量の相対比を意味する。
【図4】図aは、ヒト尿細管上皮細胞RPTECを、human ACC-β遺伝子またはLacZ遺伝子を含むアデノウィルスを用いてそれぞれ感染導入し、感染1、2、3および4日後(24、48、72および96時間後)に定量リアルタイムPCR法にてIL-6の発現量(mRNA量)を確認した結果を示す(実施例4)。図bは、感染1−2日(24-48時間)、2−3日(48-72時間)および3−4日(72-96時間)におけるIL-6タンパク質の量を確認した結果を示す(実施例4)。図中、「N」はヒト尿細管上皮細胞そのもの、「L」はLacZ遺伝子を導入したヒト尿細管上皮細胞、および「A」はACC-β遺伝子を導入したヒト尿細管上皮細胞を示す。なお、縦軸の「Fold increase」は、LacZ遺伝子もACC-b遺伝子も感染導入させない状態の細胞(No infectionと表示)を用いて24時間後に得られた数値を1とした場合の発現量の相対比を意味する。
【図5】図aは、human ACC-β遺伝子またはLacZ遺伝子を導入して過剰発現させたヒト尿細管上皮細胞RPTECに、ロテノン(Rotenone)(5μM)を添加した場合のIL-6の発現量(mRNA量)を測定した結果を、図bは、SB203580 (10μM)を添加した場合のIL-6の発現量(mRNA量)を測定した結果をそれぞれ示す。各図において、「DMSO」とは、ロテノンおよびSB203580に代えて、DMSOを添加して同様に培養してIL-6 mRNA量を測定した比較対照試験の結果を示す(実施例5)。図中、「N」はヒト尿細管上皮細胞そのもの、「L」はLacZ遺伝子を導入したヒト尿細管上皮細胞、および「A」はACC-β遺伝子を導入したヒト尿細管上皮細胞を示す。なお、縦軸の「Fold increase」は、LacZ遺伝子もACC-b遺伝子も感染導入させない状態の細胞(No infectionと表示)を用いて24時間後に得られた数値を1とした場合の発現量の相対比を意味する。
【図6】ヒト尿細管上皮細胞RPTECに、human ACC-β遺伝子またはLacZ遺伝子を含むアデノウィルスを用いて感染させた後に、転写阻害剤(RNA合成酵素阻害剤)を添加して培養した30、60、および120分後のIL-6のmRNA量を示す(実施例6)。結果は、培養0分におけるIL-6のmRNA量を100%とした場合の相対値(%)で示す。
【図7】rs2268388の疾患感受性対立遺伝子(T)を含む28bpのoligoDNA配列(図中、四角で囲った「T」で示す)、およびrs2268388の非感受性対立遺伝子(C) を含む28bpのoligoDNA配列(図中、四角で囲った「C」で示す)をそれぞれタンデムに3つつなげた配列を有する、pGL3 promoterベクターのSV40promoter上流に挿入し、ルシフェラーゼレポーターコンストラクト〔図中、pGL3-promoter T3(T3), およびpGL3-promoter C3(C3)として示す〕、および比較対照としてpGL3 promoterベクター〔図中、pGL3-promoter(pro)として示す〕を、それぞれを作成した。RPTECにコンストラクトおよび補正用としてpRL-TKベクターを導入して、培養し(7.2mM グルコース、25mMグルコース、または7.2mMグルコース+17.8mMマンニトールの条件)、次いで細胞抽出液のルシフェラーゼ活性を測定した結果を示す。なお結果は、比較対照であるpGL3-promoter(pro)について、7.2mM グルコースで培養し、ルシフェラーゼ活性を測定した結果(測定値)を1として示す。
【配列表フリーテキスト】
【0149】
配列番号2および3は、rs2268388領域を増幅するためのプライマーの塩基配列を示す。
配列番号4はSNP4139を含む増幅領域を検出するためのインベーダープローブの塩基配列を、配列番号5はSNP4139を含む増幅領域のG対立遺伝子を検出するためのアレルプローブの塩基配列を、また配列番号6はSNP4139を含む増幅領域のA対立遺伝子を検出するためのアレルプローブの塩基配列を、それぞれ示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の工程を有する、糖尿病性腎症の予防または治療剤をスクリーニングする方法:
(1)被験物質とACC-β遺伝子を発現可能な細胞とを接触させる工程、
(2)被験物質を接触させた細胞のACC-β遺伝子の発現量を測定する工程、及び
(3)上記の測定量が、被験物質を接触させない対照細胞のACC-β遺伝子の発現量よりも小さい被験物質を選択する工程。
【請求項2】
下記の工程を有する、糖尿病性腎症の予防または治療剤をスクリーニングする方法:
(1’)被験物質とACC-βを産生可能な細胞またはこの細胞から調製した細胞画分とを接触させる工程、
(2’)被験物質を接触させた細胞またはその細胞画分のACC-βの産生量を測定する工程、及び
(3’)上記の測定量が、被験物質を接触させない対照細胞もしくはその細胞画分のACC-βの産生量よりも小さい被験物質を選択する工程。
【請求項3】
下記の工程を有する、糖尿病性腎症の予防または治療剤をスクリーニングする方法:
(1”)被験物質とACC-βを産生可能な細胞またはこの細胞から調製した細胞画分を接触させる工程、
(2”)被験物質を接触させた細胞またはその細胞画分のACC-βの作用を検出する工程、及び
(3”)上記で検出した作用が、被験物質を接触させない対照細胞またはその細胞画分のACC-βの作用よりも小さい被験物質を選択する工程。
【請求項4】
ACC-β遺伝子を発現可能な細胞またはACC-βを産生可能な細胞が、尿細管上皮細胞である請求項1〜3のいずれかに記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
糖尿病性腎症の予防または治療剤の有効成分を探索する方法である請求項1〜4のいずれかに記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
被験者由来の被験試料におけるACC-βのmRNA発現量を測定する工程を含み、ここで、被験試料における当該発現量が、正常人由来の対照試料におけるACC-βのmRNA発現量よりも大きいことを、前記被験者が糖尿病性腎症に罹患する可能性が高いとの指標とする、糖尿病性腎症に罹患する可能性が高い被験者の選別方法。
【請求項7】
被験者由来の被験試料におけるACC-βの産生量を測定する工程を含み、ここで、被験試料における当該産生量が、正常人由来の対照試料におけるACC-βの産生量よりも大きいことを、前記被験者が糖尿病性腎症に罹患する可能性が高いことの指標とする、糖尿病性腎症に罹患する可能性が高い被験者の選別方法。
【請求項8】
被験者由来の被験試料におけるACC-β遺伝子のイントロン18に存在する4139番目における塩基を検出する工程を含み、これらの塩基がアデニンであることを、上記被験者が糖尿病性腎症に罹患する可能性が高いことの指標とする、糖尿病性腎症に罹患する可能性が高い被験者の選別方法。
【請求項9】
ACC-β遺伝子のイントロン18に存在する4139番目における塩基を検出するための試薬を含む、糖尿病性腎症の罹患性診断キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−201364(P2009−201364A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−43964(P2008−43964)
【出願日】平成20年2月26日(2008.2.26)
【出願人】(000001926)塩野義製薬株式会社 (229)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】