説明

糖尿病患者のフェニルアラニン誘導体系薬物感受性予測方法

【解決課題】フェニルアラニン誘導体系薬物〔例えば、ナテグリニド等〕を有効成分とする糖尿病治療剤の有効性に関わる遺伝子多型をもとにして当該フェニルアラニン誘導体系薬物が奏効する糖尿病患者を選別し決定する方法を提供する。また糖尿病治療に奏効する薬剤を提供する。
【手段】糖尿病患者が(1)〜(3)のいずれか少なくとも1つの遺伝子について下記のGENOTYPEを有していることを指標とする:
遺伝子(遺伝子多型) GENOTYPE
(1) GYS1(A260G) : GGまたはAG
(2) EPHX2(G860A) : AAまたはAG
(3) CD14(T-159C) : CCまたはCT
また、本発明の薬剤は、上記GENOTYPEを有する糖尿病患者に対する薬剤であって、フェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とするものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、個々の糖尿病患者に対するフェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤の有効性を、当該糖尿病患者の遺伝子情報に基づいて検出する方法に関する。また本発明は、固有の遺伝子多型を有する特定の糖尿病患者に対して用いられるフェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤に関する。
【0002】
上記本発明の方法は、糖尿病を治療し改善するための有効かつ的確な治療指針を糖尿病患者並びに医療従事者に与えるものであり、個々の患者に適した治療薬が選択できる結果、当該患者に有効かつ的確な治療を行うことができるとともに、無効な治療による精神的、肉体的および経済的負担が回避できる点で有用なものである。
【背景技術】
【0003】
厚生労働省の平成14年の糖尿病実態調査によると、日本の糖尿病患者数は、約740万人、「糖尿病の可能性が否定できない人」とされる予備軍まで含めると、成人の6.3人に一人にあたる約1620万人にも上ると推計されている。糖尿病患者の増加は、食生活の変化や高齢化の影響が大きいとされ、5年前の調査に比べると予備軍を含む全体で250万人も増加しており、2010年には予備軍を除く糖尿病が「強く疑われる人」の人数だけでも1080万人に達すると試算されている。
【0004】
糖尿病の治療の柱は、食事療法、運動療法、および薬物療法である。しかしながら、糖尿病が「強く疑われる人」の中でも治療を受けている人は5割に過ぎない。また、一旦治療を開始した後にそれを中断してしまう糖尿病患者も少なくなく、これが合併症の増加につながっていると考えられている。また、既に薬物治療を受けている糖尿病患者のなかでも良好な状態が維持できているのは3割程度にすぎないとの報告もあり、より有効な薬物選択法が求められている。
【0005】
一方、厚生労働省発表の「国民医療費の概況」によると、平成16年度の糖尿病の医療費は1兆1168億円であり、その額は20年後には2兆円を超えると予測されている。世界的にも糖尿病の医療費は増大傾向にあり、国際糖尿病連合(IDF)が2003年に発表した全世界の成人糖尿病の医療費は1530億ドルであり、2025年にはその額が2130億から3960億ドルにまで増加すると試算されている。特に医療費がかさむのは、長期の治療が必要となる糖尿病の合併症(心臓病、脳血管疾患、腎臓障害、足の障害など)であり、なかでも腎臓障害の治療の負担は重く、合併症の治療費の約74%を占めるという報告もある。
【0006】
かかる合併症を予防するためにも、適確な治療選択により長期間HbA1c(ヘモグロビンA1c)を6.5%未満に維持することが必要とされている。
【0007】
現在糖尿病の治療に使用されている経口剤(経口糖尿病薬)は、その作用メカニズムに応じて大きく下記の3種類に分類することができる:
(A)インスリン分泌促進薬(スルホニル尿素系薬剤、フェニルアラニン誘導体系薬剤)
(B)食物の吸収を遅らせて高血糖による糖毒性を解除する薬剤(αグルコシダーゼ阻害剤)
(C)インスリン抵抗性改善薬(ビグアナイド系薬剤、チアゾリジン系薬剤)。
【0008】
しかしながら、これらの糖尿病治療薬を糖尿病患者に投与した場合、高い有効性を示す者(good responder)、有効性が低い者(poor responder)、または全く効果を示さない者(non responder)など、患者の応答はさまざまであり、個々の患者に適した薬剤を的確に選択し処方する必要性が認識されている。しかしながら、インスリン分泌促進薬の種類ならびに投与量の決定には客観的な選択基準が無く、医師の経験的な判断に大きく依存している。また、薬剤の種類によっては低血糖や心血管系への副作用が指摘されている。したがって患者に応じて適切な糖尿治療薬を処方するためのシステムの確立は医療において極めて重要である。特に、近年は、Evidence Based Medicine (EBM)という理念のもと、医師の専門知識、経験および技術に加えて、科学的方法で確かめられた最新、最良の医療技術に関するエビデンス(証拠)をもとに、個々の患者に対して最も効果的で且つ安全な医療を施すことが求められるようになっているため、各種の糖尿病治療薬の投与に対して有効な患者群を科学的根拠に基づいて明らかにすることは重要なことである。またそうすることによって、患者の服薬コンプライアンスを高め、有効な治療効果が得られるとともに、医療費の効率的な運用にもつながる。
【0009】
最近、糖尿病の発症には食事を含む生活習慣等の非遺伝的因子のみならず、いくつかの遺伝的因子が関わっていることが報告されている。例えば、糖尿病と関連する遺伝子(糖尿病関連遺伝子)として、Adiponectin(G276T)(非特許文献1)、PGC-1(G1302A)(非特許文献2)、beta3-Adrenergic Receptor(Trp64Arg)(非特許文献3)、Resistin(C-420G)(非特許文献4)などが同定され、それらの遺伝子多型〔例えば、SNPs(single nucleotide polymorphisms:単一塩基多型)〕と糖尿病との関連が報告されている。また、特定の薬効の作用機序に直接的に関与する遺伝子多型の違いによって、薬効発現に個人差と副作用の違いがあるということが報告されているが(例えば非特許文献5−6)、これらで報告されている糖尿病関連遺伝子以外の遺伝子の遺伝子多型が各種の糖尿病治療薬の有効性を事前に評価する選別指標になることについては知られておらず、個々の糖尿病患者の遺伝子情報に基づいて、当該患者に適した有効な糖尿病治療薬を選択するという発想はまだない。
【非特許文献1】Hara K.et al, Genetic variation in the gene encoding adiponectin is associated with an increased risk of type 2 diabetes in the Japanese population. Diabetes. 2002 Feb;51(2):536-40.
【非特許文献2】Hara K.et al, A genetic variation in the PGC-1 gene could confer insulin resistance and susceptibility to Type II diabetes. Diabetologia. 2002 May;45(5):740-3.
【非特許文献3】Walston J. et al, Time of onset of non-insulin-dependent diabetes mellitus and genetic variation in the beta 3-adrenergic-receptor gene. N Engl J Med. 1995 Aug 10;333(6):343-7.
【非特許文献4】Osawa H. et al, The G/G genotype of a resistin single-nucleotide polymorphism at -420 increases type 2 diabetes mellitus susceptibility by inducing promoter activity through specific binding of Sp1/3. Am J Hum Genet. 2004 Oct;75(4):678-86.
【非特許文献5】Abe K.et al, Increase in the transcriptional activity of the endothelial nitric oxide synthase gene with fluvastatin: a relation with the -786T>C polymorphism. Pharmacogenet Genomics. 2005 May;15(5):329-36.
【非特許文献6】Sequence variatior in PPARG Wolford JK.et al, Sequence variation in PPARG may underlie differential response to troglitazone. Diabetes. 2005 Nov;54(11):3319-25.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、経口糖尿病薬のなかでも、フェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤の有効性に関わる遺伝子多型を提供し、この情報をもとにして当該フェニルアラニン誘導体系薬物が有効に奏効する糖尿病患者を選別し決定することを目的とする。
【0011】
言い換えれば、糖尿病患者を対象として、上記のフェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤の有効性を事前に検出しまた判定する方法を提供することを目的とする。
【0012】
また、本発明は、特定の遺伝子多型を有する糖尿病患者に対して適した薬剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を進めていたところ、糖尿病患者について薬剤応答性を規定している遺伝子多型、特にフェニルアラニン誘導体系薬物に対する応答性を規定する遺伝子多型を特定することに成功した。具体的には、本発明者らは、糖尿病患者のうち、(1) 骨格筋グリコーゲン合成酵素(Muscle glycogen synthase)(以下、単に「GYS1」という)遺伝子の260位にG(グアニン)をホモ接合体(GG) またはヘテロ接合体(AGまたはGA)として有する患者;(2) 可溶性 epoxide hydrolase遺伝子 (Soluble epoxide hydrolase)(以下、単に「EPHX2」という)遺伝子の860位にA(アデニン)をホモ接合体(AA) またはヘテロ接合体(AGまたはGA)として有する患者;(3) CD14遺伝子の-159位にC(シトシン)をホモ接合体(CC)またはヘテロ接合体(CTまたはTC)として有する患者は、フェニルアラニン誘導体系薬物による改善効果が顕著に優れていることを見出した。
【0014】
かかる知見から、個々の糖尿病患者について、上記(1)〜(3)のいずれかの遺伝子(遺伝子多型)のGENOTYPEを調べることによって、事前にフェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤の投与有効性を判断することができ、当該患者に対する有効な糖尿病治療剤として当該治療剤を選択決定することができること(言い換えれば、当該糖尿病患者に対してフェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする治療剤の投与有効者であるか否かを決定できること)、そして投与有効性が判断された患者(投与有効者)に対して選択的に当該治療剤を投与することによって、有効でしかも的確な糖尿病治療が可能になることを確信して、本発明を完成するにいたった。
【0015】
すなわち、本発明は下記の態様を有するものである。
【0016】
I.糖尿病患者についてフェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤の投与有効性を検出する方法
I-1.糖尿病患者について、フェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤の投与有効性を検出する方法であって、当該糖尿病患者が(1)〜(3)のいずれか少なくとも一つの遺伝子について下記のGENOTYPEを有していることを指標とすることを特徴とする方法:
遺伝子(遺伝子多型) GENOTYPE
(1) GYS1(A260G) : GGまたはAG
(2) EPHX2(G860A) : AAまたはAG
(3) CD14(T-159C) : CCまたはCT。
【0017】
I-2.下記の工程を有する、I-1に記載する方法:
(a)糖尿病患者の生体試料を対象として、上記(1)〜(3)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型におけるGENOTYPEを検出する工程、
(b)上記(1)〜(3)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型におけるGENOTYPEが、上記I-1に記載するGENOTYPEであるかを識別する工程。
【0018】
I-3.さらに下記の工程(c)を有する、I-2に記載する方法:
(c)上記(b)の結果に基づいて、(1)〜(3)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型におけるGENOTYPEが、上記I-1に記載する遺伝子型と一致する場合に、当該糖尿病患者の治療にはフェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤の投与が有効であると判定する工程。
【0019】
I-4.上記フェニルアラニン誘導体系薬物が、ナテグリニド(nateglinide)、ミチグリニド(mitiglinide)、レパグリニド(repaglinide)またはこれらの薬学的に許容される塩である、I-1乃至I-3のいずれかに記載する方法。
【0020】
II.フェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤
II-1.(1)〜(3)のいずれか少なくとも1つの遺伝子について下記のGENOTYPEを有することが確認された糖尿病患者を対象として投与されることを特徴とする、フェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤:
遺伝子(遺伝子多型) GENOTYPE
(1) GYS1(A260G) : GGまたはAG
(2) EPHX2(G860A) : AAまたはAG
(3) CD14(T-159C) : CCまたはCT。
【0021】
II-2.上記フェニルアラニン誘導体系薬物が、ナテグリニド(nateglinide)、ミチグリニド(mitiglinide)、レパグリニド(repaglinide)またはこれらの薬学的に許容される塩である、II-1に記載する糖尿病治療剤。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、糖尿病患者について、(1)GYS1(A260G)、(2)EPHX2(G860A)、および(3)CD14(T-159C)のいずれか少なくとも1つの遺伝子多型のGENOTYPEを調べることで、当該糖尿病患者のフェニルアラニン誘導体系薬物に対する有効性を事前に検出しまたは判定することができる。そして、当該薬物が有効であると判断された患者に対しては、フェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤を投与することにより、個々の患者に応じた的確かつ有効な糖尿病治療が可能となる。これは反面、その患者に的確かつ有効でない治療を行うことによって生じる治療費(医療費)の負担増を低減するとともに、生じ得る副作用などによる肉体的・精神的苦痛を低減し、また治療の遅れによる糖尿病の進行や合併症を防止するという面においても有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
(1)用語の説明
本明細書において「遺伝子」は、特に言及しない限り、ヒトゲノムDNAを含む2本鎖DNA、及び1本鎖DNA(センス鎖)、並びに当該センス鎖と相補的な配列を有する1本鎖DNA(アンチセンス鎖)、及びそれらの断片のいずれもが含まれる、また、本明細書で「遺伝子」とは、特に言及しない限り、調節領域、コード領域、エクソン、及びイントロンを区別することなく示すものとする。
【0024】
本明細書に記載する(1)GYS1(A260G)、(2)EPHX2(G860A)、および(3)CD14(T-159C)の遺伝子多型に関する遺伝子情報(塩基配列や染色体位置など)ならびに遺伝子多型の位置情報はおのおの下記に示す文献に基づく。
【0025】
(1)GYS1(A260G)
Shimomura H, et al. A missense mutation of the muscle glycogen synthase gene (M416V) is associated with insulin resistance in the Japanese population. Diabetologia. 1997 Aug;40(8):947-52。
【0026】
(2) EPHX2(G860A)
Ohtoshi K, et al. Association of soluble epoxide hydrolase gene polymorphism with insulin resistance in type 2 diabetic patients. Biochem Biophys Res Commun. 2005 May 27;331(1):347-50。
【0027】
(3) CD14(T-159C)
Fernandez-Real JM, et al. CD14 monocyte receptor, involved in the inflammatory cascade, and insulin sensitivity. J Clin Endocrinol Metab. 2003 Apr;88(4):1780-4。
【0028】
本明細書において、(1)「GYS1(A260G)」とは、GYS1遺伝子が、その塩基配列の260番目の塩基がAまたはGである遺伝子多型を有することを意味する。同様に、(2)「EPHX2(G860A)」とは、EPHX2遺伝子が、その塩基配列の860番目の塩基がGまたはAである遺伝子多型を有すること:(3)「CD14(T-159C)」とは、CD14遺伝子が、その塩基配列の-159番目の塩基がTまたはCである遺伝子多型を有することを、各々意味する。
【0029】
「遺伝子多型」とは、同一集団内において、一つの遺伝子座に2種類以上の対立遺伝子(アレル)が存在する遺伝子の多様性を意味する。具体的には、ある集団において一定の頻度以上で存在する遺伝子の変異を示す。ここでいう遺伝子の変異は、RNAとして転写される領域に限定されるものではなく、プロモーター、エンハンサー等の制御領域などを含むヒトゲノム上で特定しうるすべてのDNAにおける変異を含むものである。ヒトゲノムDNAの99.9%は各個人間で共通しており、残る0.1%がこのような多様性の原因となり、特定の疾患に対する感受性、薬物や環境因子に対する反応性の個人差として関与し得る。遺伝子多型があっても表現型に差が出るとは限らない。また、本発明対象とするSNP(一塩基多型)も遺伝子多型の一種である。
【0030】
本発明で対象とする「糖尿病」は、主として2型糖尿病(インスリン非依存型糖尿病)である。日本糖尿病学会の指針(1999)によると、随時血糖値が200mg/dL以上、空腹時血糖値が126mg/dL以上、75g経口ブドウ糖負荷試験2時間値が200mg/dL以上のいずれかに該当する場合には、糖尿病と判断することができる。また、違う日の検査で上記基準に2回該当した場合、または1回の確認でも糖尿病の特徴的な症状がある場合、HbA1c(ヘモグロビンA1c)が6.5%以上の場合、若しくは糖尿病網膜症がある場合、糖尿病と判断することができる。血糖コントロール指標では、HbA1c値を重視し、主要な判定はこれによって行う。HbA1c値は患者の過去1〜2ヵ月間の平均血糖値を反映する指標で、1人の患者での値のばらつきが少なく、血糖コントロール状態の最も重要な指標である。
【0031】
(2)糖尿病治療剤の投与有効性の決定方法
本発明に係る糖尿病治療剤の投与有効性の決定方法は、糖尿病患者の有する遺伝子多型(遺伝子型(genotype)を考慮した遺伝子)に応じて、その患者に対してフェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤の投与有効性を決定する方法である。本発明の実施の形態に係る糖尿病治療剤の投与有効性の決定方法を図1に示したフローチャートに従って説明する。以下に説明する各処理は、CPU、メモリ、記録装置(例えばハードディスク)、入力装置(例えば、キーボード、マウス、フレキシブルディスクドライブ、CD−ROMドライブ)、表示装置(例えば、液晶ディスプレイ)、通信装置(例えば、ネットワークボード)などを備えたコンピュータを用いて行うこととして説明する。即ち、処理対象データは、入力装置、通信装置を介して入力されて記録装置に記録され、CPUが、メモリをワーク領域として使用して記録装置から読み出したデータに対して処理を実行する。処理の途中結果、最終結果は、必要に応じて記録部の所定領域に記録される。
【0032】
まず、ステップS1において、糖尿病患者の遺伝子情報の入力を受け付けて、入力されたデータを記録装置に記録する。ここで、遺伝子情報はGENOTYPEの情報を含んでおり、例えば、遺伝子多型名称を表すテキストデータとGENOTYPEを表すテキストデータとの対である。また、遺伝子情報は、コードで入力されてもよい。例えば、遺伝子多型名称毎、GENOTYPE毎に付与したコード(テキストデータ)で入力されてもよい。遺伝子情報は、キーボードを介して入力されても、記録媒体に記録された状態から読み出しドライブを介して入力されても、通信回線を介して入力されてもよい。さらに遺伝子情報は、表示装置に表示された複数の候補の中から選択されることで入力されてもよく、その他の公知の方法を用いて入力されてもよい。
【0033】
ステップS2において、遺伝子多型情報のテーブルを記録部から読み出す。予め記録装置に記録されたテーブルの一例を図2に示す。これは、後述するように、フェニルアラニン誘導体系薬物、特にナテグリニドを有効成分とする糖尿病治療剤の投与有効性を示す遺伝子多型情報のテーブルである。図2のテーブルでは、遺伝子(遺伝子多型)、GENOTYPE(上記の用語の説明で示した数字表記に従う)が記載されている。この場合、遺伝子(遺伝子多型)及びGENOTYPEが遺伝子多型情報に該当する。即ち、記録装置には、図2に示した各情報及びそれらの対応関係を表すデータが、例えばテキストデータとして記録されているとする。
【0034】
ステップS3において、ステップS2で読み出したテーブル中の遺伝子多型情報が、ステップS1で入力された患者の遺伝子情報に含まれているか否かを判断し、その結果をメモリの所定領域に一時的に記録する。例えば、図2の場合、第1行の“GYS1(A260G)”および“GGまたはAG”を読み出し、遺伝子(遺伝子多型)が“GYS1(A260G)”でありGENOTYPEが“GGまたはAG”である遺伝子多型情報が、患者の遺伝子情報に含まれている否かを判断する。含まれている場合、例えば、第1行の遺伝子多型情報に対応するフラグ(初期値を“0”としてメモリ上に設定されているとする)に“1”をセットする。含まれていない場合、同フラグに対しては何もせずに、第2行の“EPHX2(G860A)”および“AAまたはAG”を読み出し、同様にそれらが患者の遺伝子情報に含まれている否かを判断し、含まれていれば第2行の遺伝子多型情報に対応するフラグに“1”をセットする。含まれていない場合、さらに次の遺伝子多型情報について同様に処理する。このようにして、図2のテーブル中の遺伝子多型情報が患者の遺伝子情報に含まれているか否かを例えばフラグとして一時的に記録する。
【0035】
ここで、テーブル中の全ての遺伝子多型情報について、患者の遺伝子情報に含まれているか否かを判断してもよいが、少なくとも1つの遺伝子多型情報が患者の遺伝子情報に含まれていれば、残りの遺伝子多型情報に関して処理することなく、ステップS4に移行してもよい。
【0036】
ステップS4において、ステップS3での判断の結果に応じて、フェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤がその患者にとって有効であるか否かを提示(例えば表示装置に表示)する。例えば、上記したフラグの値の少なくとも1つが“1”であれば有効であることを提示し、全てのフラグの値が“0”であれば有効でないことを提示する。
【0037】
以上の処理によって、特定の糖尿病患者が持つ遺伝子情報に応じて、その患者に対してフェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤を投与する場合の有効性を予め決定することができる。従って、患者毎のオーダーメイド治療が可能となる。
【0038】
以上においては、図2のテーブルを用いて、フェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤の投与有効性を決定する場合を説明したが、複数の糖尿病治療剤(フェニルアラニン誘導体系薬物以外を有効成分とする糖尿病治療剤を含む)の中から、特定の糖尿病患者に対して有効な薬剤としてフェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤を選択するために使用することもできる。即ち、複数の薬剤の各々について、図2と同様のテーブルを用いて、遺伝子多型情報(遺伝子(遺伝子多型)及びGENOTYPE)が患者の遺伝子情報に含まれているか否かを判断し、含まれていた場合、対応する薬剤、例えばフェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤を選択する。選択された薬剤は、その患者にとって糖尿病治療に有効な薬剤である。
【0039】
判定に用いるテーブルは、図2に示したテーブルに限定されず、図2に示した遺伝子(遺伝子多型)及びGENOTYPEの情報を含むテーブルであればよい。
【0040】
また、本発明の実施の形態をコンピュータが、図1に示したフローチャートに従って、図2に対応する電子データを用いて行なう処理として説明したが、これに限定されない。図2に示したテーブル又はこれと同等の遺伝子多型情報を含むテーブル(何れも電子データに限定されない)を用いさえすればよく、医師などが、糖尿病患者の遺伝子情報中に図2のテーブルに記載された遺伝子(遺伝子多型)及びGENOTYPEが含まれているか否かを判断し、その患者に対してフェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤の有効性を決定することもできる。
【0041】
(3)Genotypeにより有効性が異なる糖尿病治療剤
上記したように、図2に示したテーブルは、フェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤の有効性の判断に利用する遺伝子多型情報を示すテーブルである。即ち、フェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤は、図2のテーブルに記載された遺伝子多型情報の少なくとも1つを有する糖尿病患者の治療剤として有効である。
【0042】
より具体的に説明すれば、図2に示したテーブルは、フェニルアラニン誘導体系薬物、特にナテグリニドを有効成分とする糖尿病治療剤が投与された糖尿病患者の集合を対象として、患者のHbA1c(ヘモグロビンA1c)を統計処理して得られた。同意の得られた1320例に関して糖尿病の程度、及び糖尿病合併症に関連すると考えられる環境要因と遺伝要因を調査した。このうち、2型糖尿病のナテグリド投与例(137例)は、男82例、女55例であり、年齢(歳)、罹病期間(年)、BMI(kg/m2)の平均値はそれぞれ63.2(±8.0:標準偏差、以下同様)、11.4(±6.8)、22.9(±2.7)であった。また、GENOTYPEとHbA1cの関係について統計解析を行った結果、後述するように、特定の遺伝子において特定のGENOTYPEを有する患者が、それと異なるGENOTYPEを有する患者と比べて有意にHbA1cを低下させていたことがわかり、この特定のGENOTYPEをまとめて、図2のテーブルが得られた。なお、血中のHbA1cの測定は、臨床的に用いられている高速液体クロマトグラフィー(HPLC)法、アフィニティカラム法、免疫学的測定法などの方法が公知である。
【0043】
上記のデータを用いて、図2に示したテーブルの各遺伝子多型情報が患者の遺伝子情報に含まれているか否か、さらにフェニルアラニン誘導体系薬物(ナテグリニド)の有効性を示す指標としてHbA1cを6.5%以上と6.5%未満に4分割し、Fisherの直接確率計算法を行なった結果を図3に示す。
【0044】
図3において、GENOTYPE(1)およびGENOTYPE(2)は、各遺伝子(遺伝子多型)について、GENOTYPEによって患者全体を2つに区分した集合をそれぞれ表す。具体的に示せば、GYS1(A260G)に関して、AAのGENOTYPEを持つ患者の集合をGENOTYPE(1)で表し、GGまたはAGのGENOTYPEを持つ患者の集合をGENOTYPE(2)で表す。同様に、EPHX2(G860A)に関して、GGのGENOTYPEを持つ患者の集合をGENOTYPE(1)で表し、AAまたはAGのGENOTYPEを持つ患者の集合をGENOTYPE(2)で表し、CD14(T-159C)に関して、TTのGENOTYPEを持つ患者の集合をGENOTYPE(1)で表し、CCまたはCTのGENOTYPEを持つ患者の集合をGENOTYPE(2)で表す。また、n1の列は、HbA1cの値が6.5%以上である患者数を表し、n2の列は、HbA1cの値が6.5%未満である患者数を表す。例えば、GYS1(A260G)に関して、GENOTYPE(1)の患者のうち、HbA1cの値が6.5%以上である患者が66例であり、HbA1cの値が6.5%未満である患者が37例であり、GENOTYPE(2)の患者のうち、HbA1cの値が6.5%以上である患者が14例であり、HbA1cの値が6.5%未満である患者が19例である。EPHX2(G860A)、CD14(T-159C)についても同様である。
【0045】
GYS1(A260G)についてGENOTYPE(1)とGENOTYPE(2)、n1とn2の4つに分割された表について、Fisherの直接確率計算法により独立性の検定を行ったところ、有意差(P<0.05)が認められた。このことはGENOTYPEによってHbA1cへの有効性が異なることを示すが、具体的にはGENOTYPE(2)はGENOTYPE(1)に比べてHbA1cを6.5%未満にコントロールされている割合が有意に多かったことを意味する。EPHX2(G860A)、CD14(T-159C)についても同様である。
【0046】
ここで、フェニルアラニン誘導体系薬物とは、後述するようにナテグリニド(nateglinide)、ミチグリニド(mitiglinide)、またはこれらの薬学的に許容される塩である。
【0047】
(4)フェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤
本発明が提供する糖尿病治療剤は、下記の(1)〜(3)のいずれか少なくとも1つの遺伝子(遺伝子多型)が下記のGENOTYPEである糖尿病患者に対して有効な、フェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする薬剤である。当該薬剤は、下記の(1)〜(3)のいずれか少なくとも1つの遺伝子が下記のGENOTYPEを有していることが確認された糖尿病患者に対して投与されることを特徴とする。
【0048】
遺伝子(遺伝子多型) GENOTYPE
(1) GYS1(A260G) : GGまたはAG
(2) EPHX2(G860A) : AAまたはAG
(3) CD14(T-159C) : CCまたはCT。
【0049】
本発明の糖尿病治療剤が治療対象とする糖尿病患者は、上記(1)〜(3)のうち少なくとも1つの遺伝子について上記のGENOTYPEを有する患者、これら任意の2以上の遺伝子について上記のGENOTYPEを有する患者であってもよい。
【0050】
本発明の糖尿病治療剤が有効成分とするフェニルアラニン誘導体系薬物は、膵β細胞にあるスルホニル尿素受容体(SUR1)と内向き整流KチャンネルからなるATP依存性Kチャンネルを抑制することで、β細胞膜の脱分極細胞外カルシウムを流入させてインスリンの分泌を促進させる薬物である。本発明の糖尿病治療剤は、かかる作用機序に基づいてインスリンの分泌を誘導して血糖を降下させる作用を有するフェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分として含むものであれば、特に制限されない。
【0051】
なお、ここで対象とするフェニルアラニン誘導体系薬物には、下記一般式(I)で示される化合物およびその類縁物が含まれる:
【0052】
【化1】

【0053】
(式中、Rは水素原子、炭素数1〜5のアルキル基、炭素数6〜12のアリール基、または炭素数6〜12のアラルキル基;Rは置換基を有していてもよい、ヘテロ5若しくは6員環、シクロアルキル基、ジシクロアルキル基、またはシクロアルケニル基;Rは水素原子、または炭素数1〜6のアルキル基;Aは−N−または−CH−を意味する。)。
【0054】
一般式(I)で示される化合物において、式(I)中、Rで示される炭素数1〜5のアルキル基としてはメチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec-ブチル基を;炭素数6〜12のアリール基としてはフェニル基、トリル基、ナフチル基を;炭素数6〜12のアラルキル基としてはベンジル基、下式で示される基を挙げることができる:
【0055】
【化2】

【0056】
また、式(I)中、Rで示される炭素数6〜12のアリール基としてはフェニル基、ナフチル基、インダニル基を;ヘテロ5員環としては2−ベンゾフラニル基を;ヘテロ6員環としてはキノリニル基およびピリジル基を;シクロアルキル基としてはシクロヘキシル基およびシクロペンチル基を;ジシクロアルキル基としてはジシクロヘプチル基を;またはシクロアルケニル基としては1−シクロヘキセニル基、2−シクロヘキセニル基、3−シクロヘキセニル基、1−シクロペンテニル基、2−シクロペンテニル基を挙げることができる。なお、これらの基はいずれも1または2以上の置換基を有することができる。
【0057】
置換基としてはハロゲン原子(例えば、フッ素原子または塩素原子)、水素原子、炭素数1〜5のアルキル基(例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec-ブチル基)、炭素数1〜5のアルケニル基(例えば、エテニル基、プロペニル基、ブテニル基)、炭素数1〜5のアルキルオキシ基(例えば、メトキシ基、エトキシ基)、炭素数1〜5のアルキルオキシ基で置換された炭素数1〜5のアルキル基(例えば、メトキシメチル基、1−エトキシエチル基)、炭素数1〜5のアルキルオキシ基で置換された炭素数1〜5のアルキレン基(例えば、メトキシエチレン基)、および下式で示されるアルキリデン基を挙げることができる。
【0058】
【化3】

【0059】
また、式(I)中、Rで示される炭素数1〜5のアルキル基としては、Rに関して説明したアルキル基を同様に挙げることができる。
【0060】
式(I)中、Aは−N−(窒素原子)または−CH−(一つの水素原子がRで置換されたメチレン基)であり、これらは任意に選択することができる。なお、Aが−N−である化合物(I)はD−フェニルアラニン誘導体として、またAが−CH−である化合物(I)はベンジルコハク酸誘導体として、各々定義することもできる。
【0061】
なお、本発明でいうフェニルアラニン誘導体系薬物には、上記式(I)で表される化合物の水和物および薬学的に許容される塩も含まれる。ここで塩としては、例えばナトリウムやカリウムなどのアルカリ金属塩、カルシウムやマグネシウムなどのアルカリ土類金属塩;アンモニウム、テトラメチルアンモニウム、テトラエチルアンモニウム、メチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、エチルアミンなどの非毒性アンモニウム、第4級アンモニウムおよびアミンカチオンを例示することができる。
【0062】
フェニルアラニン誘導体系薬物として好ましくは、D−フェニルアラニン誘導体に相当する化合物であって下式(1)で示されるナテグリニド(nateglinide)〔商品名「スターシス錠」(アステラス製薬)等〕:
【0063】
【化4】

【0064】
また、ベンジルコハク酸誘導体に相当する化合物であって、下式(2)で示されるミチグリニド(mitiglinide)またはそのカルシウム水和物:
【0065】
【化5】

【0066】
を挙げることができる。
【0067】
また、フェニルアラニン誘導体の類縁体として好ましいフェニルアラニン誘導体系薬物としては、下式(3)で示されるレパグリニド(repaglinide)を挙げることができる:
【0068】
【化6】

【0069】
本発明の糖尿病治療剤は、これらのフェニルアラニン誘導体系薬物を糖尿病の治療効果を発揮する有効量含有するものであればよく、その限りにおいて他の成分、例えば薬学的に許容される担体や添加剤を含有していてもよい。本発明の糖尿病治療剤は、通常経口的に投与することができ、それらの投与に適した形態〔例えば、錠剤、丸剤、散剤、液剤、懸濁剤、乳剤、顆粒剤、カプセル剤など〕をとることができる。
【0070】
当該糖尿病治療剤に配合できる薬学的に許容される担体としては、上記各種の投与形態に応じて、当業界で通常使用されるものを広く挙げることができる。例えば、充填剤、増量剤、結合剤、付湿剤、崩壊剤、表面活性剤、滑沢剤、緩衝剤、キレート剤、pH調整剤、界面活性剤等を挙げることができる。また、本発明の糖尿病治療剤には、必要に応じて安定剤、殺菌剤、着色剤、保存剤、香料、風味剤、甘味料等を配合することもできる。
【0071】
なお、本発明の糖尿病治療剤は、公知の方法に従ってフェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする徐放性製剤または持続性製剤の形態として調製することもできる。
【0072】
本発明の糖尿病治療剤中に含有されるべきフェニルアラニン誘導体系薬物の量としては、特に限定されず広範囲から適宜選択されるが、通常約1〜70重量%とするのがよい。
【0073】
本発明の糖尿病治療剤の投与量および投与形態は特に制限はなく、例えば有効成分として配合するフェニルアラニン誘導体系薬物の種類、各種製剤形態、患者の年齢、性別その他の条件、疾患の程度に応じた方法で投与される。例えば、ナテグリニドは1回90〜120mg程度を1日3回毎食直前に;ミチグリニドカルシウム水和物は1回10mg程度を1日3回毎食直前に投与することが推奨される。
【0074】
(5)糖尿病患者についてフェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤の投与有効性を検出する方法
本発明は、糖尿病患者について、フェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤の投与有効性を検出する方法を提供する。
【0075】
当該方法は、糖尿病患者の生体試料を対象として、下記の(1)〜(3)のいずれか少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型におけるGENOTYPEを検出することによって実施することができる。
【0076】
【表1】

【0077】
上記(1)〜(3)に示す遺伝子のうち、(1)GYS1遺伝子を例にして説明すれば、本発明の方法は、糖尿病患者のGYS1遺伝子の260位〔GYS1(A260G)〕のGENOTYPEを検出して、GGのホモ接合体、AGまたはGAのヘテロ接合体、またはAAのホモ接合体の別を同定する方法であり、上記の記載に基づいて、GGのホモ接合体またはAGまたはGAのヘテロ接合体である場合に、当該糖尿病患者の治療にはフェニルアラニン誘導体系薬物の投与が有効であると事前に判定することができる。逆に、GYS1(A260G)がGGのホモ接合体でもAGまたはGAのヘテロ接合体でもない場合〔すなわち、AAのホモ接合体である場合〕は、当該糖尿病患者の治療にフェニルアラニン誘導体系薬物の投与は有効でないと判定することができる。同様に(2)〜(3)の遺伝子を対象とする場合も、上記表1に記載するGENOTYPEに基づいて、糖尿病患者についてフェニルアラニン誘導体系薬物の投与有効性を事前に検出することができる。
【0078】
上記表に示す遺伝子(遺伝子多型)は、糖尿病患者についてフェニルアラニン誘導体系薬物の有効性(フェニルアラニン誘導体系薬物に対する感受性)を示す遺伝子マーカーである。当該遺伝子マーカーは、糖尿病患者について、糖尿病治療にフェニルアラニン誘導体系薬物の投与が有効であるかを判定するために好適に用いることができる。対象とする患者の遺伝子(遺伝子多型)が、上記表1に示すGENOTYPEと一致する場合、当該患者はフェニルアラニン誘導体系薬物に応答性(感受性)であること、すなわち、フェニルアラニン誘導体系薬物が当該患者の糖尿病治療に奏効することを意味する。
【0079】
遺伝子型の検出は、具体的には、(i)被験者のゲノムDNAを対象として、(1)〜(3)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型を含む領域でPCRを行い、SSCP法で検出する方
法、(ii) 被験者のゲノムDNAを対象として、(1)〜(3)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型を含む領域でPCRを行い、PCR産物に対する制限酵素の切断様式から検出する方法、(iii)同PCR産物を直接シーケンシングして、配列を決定する方法、(iv) 被験者のゲノムDNAを対象として、(1)〜(3)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型を含む領域にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドをプローブとして使用し、個体のDNAとハイブリダイズさせるASO(allele specific oligonucleotide)法、(v) 被験者のゲノムDNAを対象として、(1)〜(3)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型を含む領域にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドをプローブとして使用して、質量分析装置等で検出する方法など、公知の方法を用いることにより行うことができる。
【0080】
本発明の方法は、より具体的には、以下の工程(a)及び(b)を行うことによって実施することができる:
(a)糖尿病患者の生体試料を対象として、(1)〜(3)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型におけるGENOTYPEを検出する工程、
(b)上記(1)〜(3)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型におけるGENOTYPEが、上記表1に記載する遺伝子型であるかを識別する工程。
【0081】
なお、(a)の工程は、具体的には糖尿病患者の生体試料から抽出したゲノムDNAを対象として行うことができる。
【0082】
これらの工程によって、(1)〜(3)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型におけるGENOTYPEが、上記表1に記載するGENOTYPEに一致した場合、当該ゲノムDNA試料を提供した糖尿病患者の糖尿病治療には、フェニルアラニン誘導体系薬物の投与が有効であると判断することができる。逆に、上記に記載するGENOTYPEに一致しない場合は、フェニルアラニン誘導体系薬物は治療に有効でなく、これ以外の糖尿病治療剤の投与を検討するという選択肢を与えることができる。
【0083】
かかる判断工程は本発明の方法の必須工程ではないが、かかる判断工程を、下記工程(c)として任意に有することもできる:
(c)上記(b)の結果に基づいて、(1)〜(3)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型におけるGENOTYPEが、上記表1に記載するGENOTYPEと一致する場合に、当該糖尿病患者の治療にはフェニルアラニン誘導体系薬物の投与が有効であると判断し、逆に上記に記載するGENOTYPEと一致しない場合に、当該糖尿病患者の治療にはフェニルアラニン誘導体系薬物の投与は有効でないと判断する工程。
【0084】
すなわち、本発明の方法によれば、糖尿病患者に対するフェニルアラニン誘導体系薬物の投与有効性の有無を決定することができる。これらの決定は、糖尿病患者の上記(1)〜(3)遺伝子の遺伝子多型が上記に示すGENOTYPEであるか否かを判断基準(判断指標)とすることにより、投与前に専門医でも極めて困難な判断を自動的/機械的に行なうことができる。
【0085】
なお、上記工程(a)と工程(b)は、公知の方法〔例えば、Bruce, et al., Geneme Analysis/A laboratory Manual (vol.4), Cold Spring Harbor Laboratory, NY., (1999)〕を用いて行うことができる。
【0086】
工程(a)で対象とする生体試料としては、前述するように具体的にはゲノムDNAを挙げることができる。かかるゲノムDNAは、糖尿病患者から単離されたあらゆる細胞(培養
細胞を含む。但し生殖細胞は除く)、組織(培養組織を含む)、または体液(例えば、血液、唾液、リンパ液、気道粘膜、精液、汗、尿等)などの生体試料を材料として調製することができる。好ましくは血液または尿である。なお、ゲノムDNAの抽出は、上記の方法に限定されず、当該技術分野で周知の方法(例えば、Sambrook J. et. al., “Molecular Cloning: A Laboratry Manual (2nd Ed.)”Cold Spring Harbor Laboratory, NY)や、市販のDNA抽出キット等を利用して行なうことができる。
【0087】
工程(b)において、上記のようにして得られたヒトゲノムDNAを含む抽出物から、(1)〜(3)のいずれか少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型部位に位置する塩基を識別する。目的の塩基を識別する方法としては、該当領域の遺伝子配列を直接決定する方法の他に、多型配列が制限酵素認識部位である場合は、制限酵素切断パターンの相違を利用して、GENOTYPEを決定する方法(以下、RFLPという)、多型特異的なプローブを用いハイブリダイゼーションを基本とする方法(例えば、チップやガラススライド、ナイロン膜上に特定なプローブを張り付け、それらのプローブに対するハイブリダイゼーション強度の差を検出することによって、多型の種類を決定する、または、特異的なプローブのハイブリダイゼーションの効率を、鋳型2本鎖増幅時にポリメレースが分解するプローブの量を検出することによりGENOTYPEを特定する方法、ある種の2本鎖特異的な蛍光色素が発する蛍光を、温度変化を追うことにより2本鎖融解の温度差を検出し、これにより多型を特定する方法、多型部位特異的なオリゴプローブの両端に相補的な配列を付け、温度によって該当プローブが自己分子内で2次構造をつくるか、ターゲット領域にハイブリダイズするかの差を利用して遺伝子型を特定する方法など)がある。また、さらに鋳型特異的なプライマーからポリメレースによって塩基伸長反応を行わせ、その際に多型部位に取り込まれる塩基を特定する方法(ダイデオキシヌクレオタイドを用い、それぞれを蛍光標識し、それぞれの蛍光を検出する方法、取り込まれたダイデオキシヌクレオタイドをマススペクトロメトリーにより検出する方法)、さらに鋳型特異的なプライマーに続いて変異部位に相補的な塩基対または非相補的な塩基対の有無を酵素によって認識させる方法などがある。
【0088】
以下、従来公知の代表的な遺伝子多型の検出方法を列記するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【0089】
(a)RFLP(制限酵素切断断片長多型)法、(b)PCR-SSCP法(一本鎖DNA高次構造多型解析)〔Biotechniques, 16, 296-297 (1994)、及びBiotechniques, 21, 510-514 (1996)〕、(c)ASO(Allele Specific Oligonucleotide)ハイブリダイゼーション法〔Clin. Chim. Acta, 189, 153-157 (1990)〕、(d)ダイレクトシークエンス法〔Biotechniques, 11, 246-249 (1991)〕、(e)ARMS(Amplification Refracting Mutation System)法〔Nuc. Acids. Res., 19, 3561-3567 (1991);Nuc. Acids. Res., 20, 4831-4837 (1992)〕、(f)変性剤濃度勾配ゲル電気泳動(Denaturing Gradient Gel Electrophoresis;DGGE)法〔Biotechniques, 27, 1016-1018 (1999)〕、(g)RNase A切断法〔DNA Cell. Biol., 14, 87-94 (1995)〕、(h)化学切断法〔Biotechniques, 21, 216-218 (1996)〕、(i)DOL(Dye-labeled Oligonucleotide Ligation)法〔Genome Res., 8, 549-556 (1998)〕、(j)TaqMan-PCR法〔Genet. Anal., 14, 143-149 (1999);J. Clin. Microbiol., 34, 2933-2936 (1996)〕、(k)インベーダー法〔Science, 5109, 778-783 (1993);J.Biol.Chem., 30,21387-21394 (1999);Nat. Biotechnol., 17, 292-296 (1999)〕、(l)MALDI-TOF/MS法(Matrix Assisted Laser Desorption-time of Flight/Mass Spectrometry)法〔Genome Res., 7, 378-388 (1997);Eur.J.Clin.Chem.Clin.Biochem., 35, 545-548 (1997)〕、(m)TDI(Template-directed Dye-terminator Incorporation)法〔Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 94, 10756-10761 (1997)〕、(n)モレキュラー・ビーコン(Molecular Beacons)法〔Nat. Biotechnol., 1, p49-53 (1998);遺伝子医学、4, p46-48 (2000)〕、(o)ダイナミック・アレル−スペシフィック・ハイブリダイゼーション(Dynamic Allele-Specific Hybridization;DASH)法〔Nat.Biotechnol.,1.p.87-88 (1999);遺伝子医学,4, 47-48 (2000)〕、(p)パドロック・プローブ(Padlock Probe)法〔Nat. Genet.,3,p225-232 (1998) ;遺伝子医学,4, p50-51 (2000)〕、(q)UCAN法〔タカラ酒造株式会社ホームぺージ(http://www.takara.co.jp)参照〕、(r)DNAチップまたはDNAマイクロアレイ(「SNP遺伝子多型の戦略」松原謙一・榊佳之、中山書店、p128-135)、(s)ECA法〔Anal. Chem., 72, 1334-1341, (2000)〕。
【0090】
以上は代表的な遺伝子多型検出方法であるが、本発明の方法には、これらに限定されず、他の公知または将来開発される遺伝子多型検出方法を広く用いることができる。また、本発明の遺伝子多型検出に際して、これらの遺伝子多型検出方法を単独で使用してもよいし、また2以上を組み合わせて使用することもできる。
【0091】
なお、 (1)〜(3)の遺伝子多型の違いに基づいてコードするアミノ酸に変異が生じる場合は、本発明の方法は、当該遺伝子のGENOTYPEを直接検出し識別する方法に限らず、当該遺伝子の発現産物であるタンパク質のアミノ酸配列を検出し、アミノ酸の変異の有無を識別する方法を採用することもできる。
【0092】
上記(1)〜(3)遺伝子の遺伝子多型を検出し識別するための例えばプローブやプライマーは、各糖尿病患者について、当該患者がフェニルアラニン誘導体系薬物の投与有効者であるか否かを選別するためのツールとして、使用することができる。
【実施例】
【0093】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明する。
【0094】
2型糖尿病患者の遺伝子を分析し、図2に示す遺伝子(遺伝子多型)及びGENOTYPEの何れかを有する患者を選別し、フェニルアラニン誘導体系薬物(ナテグリニド)を有効成分とする糖尿病治療薬剤(商品名「スターシス錠」)を投与した。また、図2に示す遺伝子(遺伝子多型)を有するが、そのGENOTYPEが図2に示すものと異なる患者を選別し、同剤を投与した。
【0095】
図3は、患者の遺伝子多型とHbA1c値との対応がわかるように整理したものである。遺伝子(遺伝子多型)及びGENOTYPEの意味及び表記方法は、上記と同じである。カラム「n1」および「n2」欄に示した値は、遺伝子(遺伝子多型)及びGENOTYPEで表される遺伝子多型を有する患者中、HbA1c値が6.5%以上(HbA1c(%)≧6.5)である患者数およびHbA1c値が6.5%未満(HbA1c(%)<6.5)である患者数をそれぞれ示す。
【0096】
図3から分かるように、図2に示すGENOTYPEの何れかを有する患者は、そうでない患者に比べてHbA1c値が6.5%未満にコントロールされている割合が有意(P<0.05)に多い。このことは、図2に示すGENOTYPEの何れかを有する患者に関しては、フェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療薬剤の投与が有効であり、一方、図2に示す遺伝子(遺伝子多型)を有するが、そのGENOTYPEが図2に示すものと異なる患者に関しては、同剤の投与が有効ではないと言える。このように、糖尿病患者が図2に示す遺伝子(遺伝子多型)及びGENOTYPEの何れかを有するか否かによって、フェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療薬剤の投与効果に明らかな差が見られた。
【図面の簡単な説明】
【0097】
【図1】本発明の実施の形態に係る糖尿病治療剤の有効性の決定方法を示すフローチャートである。
【図2】フェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤の投与有効性の判断に利用する遺伝子多型情報を示すテーブルである。
【図3】フェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤を投与された患者を特定の遺伝子多型の有無別に、さらにHbA1cを6.5%以上と6.5%未満に4分割し、Fisherの直接確率計算法を適用した結果を示す表である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖尿病患者について、フェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤の投与有効性を検出する方法であって、当該糖尿病患者が(1)〜(3)のいずれか少なくとも一つの遺伝子について下記のGENOTYPEを有していることを指標とすることを特徴とする方法:
遺伝子(遺伝子多型) GENOTYPE
(1) GYS1(A260G) : GGまたはAG
(2) EPHX2(G860A) : AAまたはAG
(3) CD14(T-159C) : CCまたはCT
【請求項2】
上記フェニルアラニン誘導体系薬物が、ナテグリニド(nateglinide)、ミチグリニド(mitiglinide)、レパグリニド(repaglinide)またはこれらの薬学的に許容される塩である、請求項1に記載する方法。
【請求項3】
(1)〜(3)のいずれか少なくとも1つの遺伝子について下記のGENOTYPEを有することが確認された糖尿病患者を対象として投与されることを特徴とする、フェニルアラニン誘導体系薬物を有効成分とする糖尿病治療剤:
遺伝子(遺伝子多型) GENOTYPE
(1) GYS1(A260G) : GGまたはAG
(2) EPHX2(G860A) : AAまたはAG
(3) CD14(T-159C) : CCまたはCT
【請求項4】
上記フェニルアラニン誘導体系薬物が、ナテグリニド(nateglinide)、ミチグリニド(mitiglinide)、レパグリニド(repaglinide)またはこれらの薬学的に許容される塩である、請求項3に記載する糖尿病治療剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−125218(P2011−125218A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−103692(P2008−103692)
【出願日】平成20年4月11日(2008.4.11)
【出願人】(505195764)株式会社サインポスト (6)
【出願人】(000006677)アステラス製薬株式会社 (274)
【Fターム(参考)】