説明

糖尿病黄斑症の予防又は治療剤

【課題】糖尿病黄斑症のモデル動物並びに該動物を用いた糖尿病黄斑症に対する薬物の評価方法を提供する。
【解決手段】糖尿病動物に眼内虚血・再灌流処置を行い、網膜視細胞層又は黄斑部に浮腫を発現させた、糖尿病黄斑症のモデル動物。好ましくは、眼内虚血・再灌流処置を片眼のみに行い、同一固体で処置眼と非処置眼を有する糖尿病黄斑症のモデル動物。糖尿病黄斑症のモデル動物に被検薬物を投与し、網膜視細胞層の厚さの測定又は黄斑部の厚さ及び/又は体積の測定により、薬物の浮腫に対する有効性を評価する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒダントイン誘導体、特に(2S,4S)-6-フルオロ-2',5'-ジオキソスピロ[クロマン-4,4'-イミダゾリジン]-2-カルボキサミドの新たな医薬用途に関するものである。
【背景技術】
【0002】
生活習慣病である糖尿病の患者数は増加の一途を辿り、厚生労働省による平成14年度の糖尿病実態調査では、日本における糖尿病患者数は740万人と推定されている。最近のインスリン非依存型糖尿病913例での疫学的調査において、糖尿病患者の約8%(約60万人)が黄斑症を有していることが報告されている。糖尿病患者数の増加に伴い、糖尿病黄斑症の患者数も増加することが予測される。
【0003】
糖尿病黄斑症は、糖尿病網膜症とともに、糖尿病患者の網膜疾患の1つとして重要視されている。糖尿病黄斑症は、黄斑浮腫、虚血性黄斑症、糖尿病色素上皮症、黄斑牽引に分類される。糖尿病網膜症の治療目的は光を失う失明防止、一方、糖尿病黄斑症のそれは視力低下の防止・改善となっている。黄斑は、高い中心視力(最も鋭敏で高度な視力)を得られるように、形態が網膜と大きく異なり、視細胞以外の組織が極端に少ない特殊な構造(内網状層および内顆粒層の欠如)を有している。従って、臨床において問題となる視力低下は、黄斑症によるものである。光凝固法や硝子体手術法の発展は網膜症による失明をほぼ防止できるようになったが、黄斑症に対してはまだまだ不充分であり、網膜症治療とは異なる治療が黄斑症には求められている。このことは少なからず存在する網膜症を持たない黄斑症だけの患者の治療を考える上でも重要である。とりわけ、昨今の糖尿病網膜症に対する汎光凝固療法の増加は、糖尿病黄斑症の黄斑浮腫を増悪させ、一層の視力低下を惹起するとされる。そこで、いかに視力を保持、改善させて患者のQuality of Life(QOL)を改善するかに治療法の主眼が移っている。
【0004】
網膜血管内皮細胞又は網膜色素上皮細胞にある血液網膜関門の破綻により生じる黄斑浮腫は、黄斑症のうちの約90%を占め、黄斑症における視力低下の主原因となっている。この視力低下は、失明までには至らないが、通常の生活が困難な社会的失明といわれる極度の視力低下を起こす。一方、医療技術の進歩により平均寿命が益々長くなってきているため、このような視力低下は、人生のQOLを考慮すると無視できない重要な問題である。視力低下を予防又は改善するために行う主な治療法には、光凝固法、硝子体手術法および薬物療法がある。光凝固法および硝子体手術法は、臨床研究の中でその有効性を模索している状況だが、未だ黄斑浮腫に対する有効性、安全性は確立していない。むしろ、血管新生緑内障や浮腫の増悪などの合併症が発現する場合があることから、有効かつ安全な薬物療法の登場が切望されている。現在、薬物療法では、ステロイド剤や炭酸脱水素酵素阻害剤が抗炎症作用を主薬効作用として対処療法的に使われているが、何れも有効性は確立しておらず、これらの長期服用は副作用発現に繋がることから、糖尿病のような慢性疾患では継続使用が困難な状況にある。
【0005】
本出願会社において発見された(2S,4S)-6-フルオロ-2',5'-ジオキソスピロ[クロマン-4,4'-イミダゾリジン]-2-カルボキサミド(以下SNK-860と称する)は、強力なアルドース還元酵素阻害作用を有し、長期間にわたる服用でも高い安全性を有する化合物として開発され、現在、糖尿病性神経障害治療薬として世界的に臨床試験が進められている。
【0006】
SNK-860を含むヒダントイン誘導体については、特開昭61−200991に糖尿病性神経障害に対する用途が、特開平4−173791には循環器系疾患に対する用途が、特開平6−135968には老化に伴う諸疾患に対する用途が、特開平7−242547には糖尿病性単純網膜症に対する用途が、特開平8−231549には糖尿病性角膜症に対する用途が記載されている。しかしながら、糖尿病黄斑症については、ヒダントイン誘導体の有効性は報告されていない。
【0007】
以上述べたように、糖尿病黄斑症については、医療現場から有効性かつ安全性の高い治療法の確立が強く求められている。特に、眼科手術療法の安全性の問題から、長期間服用が可能な安全性の高い薬物療法の登場が強く求められているのが現状である。ところが、このような治療薬の開発にとって重要な実験的糖尿病黄斑症に対する評価モデルすらない状況であり、医薬品開発のための実験モデルの確立が急がれるところである。
【0008】
【特許文献1】特開昭61−200991
【特許文献2】特開平4−173791
【特許文献3】特開平6−135968
【特許文献4】特開平7−242547
【特許文献5】特開平8−231549
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、以上のような背景を考慮してなされたものであり、既存薬とは異なる機序で有効性を示し、長期服用が可能な糖尿病黄斑症の予防又は治療薬を提供すること、及び、糖尿病黄斑症に有効な薬物の評価に使用できる動物実験モデルを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、まず、糖尿病黄斑症の動物実験モデルの確立から行わなければならなかった。即ち、ラットなどの単歯類には黄斑部がないばかりか、視細胞層などの網膜外側の部位、即ち黄斑相当部位での浮腫はこれまで報告が無く、また、糖尿病によりその程度が強まるのか弱まるのかも報告例が無い。そこで、動物を用いた病態研究に取り組んだ結果、ラットに糖尿病を惹起した後に眼内虚血状態を作り、その後再灌流を行うと、視細胞層に浮腫が発現することを見出した。本実験モデルでは、虚血・再灌流により眼内で起こるフリーラジカルの過剰産生などの酸化ストレス増大が、内側血液網膜関門(網膜血管から血管外への物質の移動を制御する関門)および外側血液網膜関門(脈絡膜から網膜への物質の移動を制御する関門)を破綻させ、血管透過性を亢進することが示唆される。そのため、この血管透過性亢進と、糖尿病による網膜血管透過性の亢進とが加わって、浮腫を発現したものと考えられる。このようにして視細胞層に浮腫を発現する今回のモデルは、ヒト糖尿病黄斑症における黄斑浮腫に酷似した発症機序を有しており、糖尿病黄斑症の評価に適したモデルと言える。
【0011】
次に本発明者らはラットで確立した評価系を用いて、糖尿病サルの黄斑部に浮腫が発現するかどうか検討を行った。その結果、中心視力に最も関与する黄斑中心窩に浮腫が見られることを確認した。このことはラットで確立した浮腫発現モデルが糖尿病黄斑症の評価に適していることを更に裏付けたものと言える。
【0012】
本発明者らは、前述の動物実験モデルを用いて、SNK-860を評価したところ、視力の維持に中心的役割をもつ網膜視細胞層の浮腫又は黄斑部(特に黄斑中心窩)の浮腫に対して有効であることが判明した。また、更に臨床評価を行うことにより、本化合物が黄斑部の浮腫に対して有効であることに加え、視力改善効果を示すことが明らかとなった。即ち、本発明は、下記一般式で記載されるヒダントイン誘導体、好ましくは、(2S,4S)-6-フルオロ-2',5'-ジオキソスピロ[クロマン-4,4'-イミダゾリジン]-2-カルボキサミド(SNK-860)を有効成分とする、糖尿病黄斑症の予防又は治療剤である。
【0013】
【化1】

(式中Xはハロゲン又は水素原子を意味し、R1およびR2は、同時にあるいは別々に、水素原子、置換されていてもよいC1-6アルキル基を示すか、又は、R1とR2は一緒にて窒素原子と共に或いは更に他の窒素原子又は酸素原子と共に5〜6員の複素環を示す。尚、Xのハロゲンはフッ素が好ましい。また、C1-6アルキル基としては、メチル基が好ましい。)
【0014】
糖尿病黄斑症としては、糖尿病黄斑症における黄斑浮腫又は糖尿病色素上皮症があげられる。また、糖尿病黄斑浮腫としては、局所性黄斑浮腫又はびまん性黄斑浮腫があげられる。本発明の糖尿病黄斑症の予防又は治療剤は、経口剤の形態が好ましい。
【0015】
本発明はまた、単歯類、ヒト以外の霊長類等の動物を用いた糖尿病黄斑症の動物実験モデルにも関する。本モデルは、糖尿病動物に眼内虚血・再灌流処置を行い、網膜視細胞層又は黄斑部(特に黄斑中心窩)に浮腫を発現させた糖尿病黄斑症のモデル動物である。糖尿病動物としては、例えばラット(正常ラット)やサル(正常サル)にストレプトゾトシン又はアロキサン等の薬物を投与して糖尿病を惹起した動物以外にも、遺伝性糖尿病動物を使用することもできる。
【0016】
更に本発明は、これらモデル動物を使用した糖尿病黄斑症に対する薬物の評価方法にも及ぶ。即ち、前記モデル動物に評価したい薬物を投与し、網膜視細胞層の厚さ又は黄斑部の厚さ及び/又は体積を測定することにより、薬物の浮腫に対する有効性を評価する方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明は、長期の投与が可能な糖尿病黄斑症の治療剤を提供するだけでなく、糖尿病黄斑症の治療剤の探索に必要な実験モデル動物を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に、本発明を更に詳細に説明する。
ヒダントイン誘導体(中でも、SNK-860)は、通常の製剤技術により、例えば錠剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、液剤、シロップ剤として、経口的に、或いは注射剤、坐剤等として非経口的に投与することができる。固形剤の場合には、製剤化に際して薬理学的に認容し得る賦形剤、例えば澱粉、乳糖、精製白糖、グルコース、結晶セルロース、カルボキシセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシエチルセルロース、燐酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム、アラビアゴム等を用いることができ、必要であれば滑沢剤、結合剤、崩壊剤、被覆剤、着色剤等を配合することができる。又、液剤の場合には、安定剤、溶解助剤、懸濁化剤、乳化剤、緩衝剤、保存剤等を用いることができる。投与量は、症状、年齢、投与法、剤型等により異なるが、通常の場合には、成人に対し上記の化合物として1日当たり 1 - 200mg の範囲内、好ましくは 1-100mg を1日当たり1回又は数回に分けて連日投与するのが好ましい。
【0019】
本発明の糖尿病黄斑症のモデル動物において、糖尿病動物としては、正常動物をストレプトゾトシン(streptozotocin:STZ)、アロキサン(alloxan)等の薬物で処理して糖尿病を惹起させた動物又は遺伝性糖尿病動物(ob/obマウス,db/dbマウス,KKAyマウス,GKラット,ZDFラット,OLETFラットなど)を使用することができる。動物の種としては、ラット等の単歯類や、サル等のヒト以外の霊長類、ウサギ等の重歯類又はイヌ等の食肉形類を使用することができる。単歯類、重歯類又は食肉形類の動物を使用する場合は、黄斑が存在しないので、網膜視細胞層に浮腫を発現させ、網膜視細胞層の厚さで評価することができる。一方、ヒト以外の霊長類においては、通常、黄斑が存在するので、黄斑部に浮腫を発現させ、黄斑部の厚さ及び/又は体積で評価する。黄斑部の厚さ等の評価は、黄斑中心窩で行うのが好ましい。眼内虚血・再灌流処置は、眼圧負荷により網膜血流を遮断し、その後、眼圧負荷を解除して再灌流を行うことにより、容易に実施することができる。また、網膜視細胞層又は黄斑部の厚さは個体差が大きいため、眼内虚血・再灌流処置は片眼のみ行い、同一固体で処置眼と非処置眼を設定するのが好ましい。こうすることで、各動物で非処置眼をベース値として、「処置眼の厚さ/非処置眼の厚さ」の相対評価を行うことができる。このような本発明の糖尿病黄斑症のモデル動物に被検薬物を投与し、前述のように薬物の浮腫に対する有効性を評価することにより、糖尿病黄斑症に対する薬物の評価を行うことができる。ここで、薬物の投与方法は特に限定されるものではないが、眼内虚血・再灌流処置後にも投与することで、治療効果が明確になる。
【実施例】
【0020】
[薬効薬理試験例1−ラット試験1−]
1.試験方法
体重約250g(8週齢)の雄性Sprague Dawley系ラットに、ストレプトゾトシン (STZ:Sigma社)を60 mg/kgの割合で尾静脈内に注入し、糖尿病を惹起した。STZ処置1週後に血漿中グルコースを測定し、300 mg/dl以上のラットを糖尿病ラットとして継続して実験に供した。設定した群は以下の3群とし、STZ処置2週後から5%アラビアゴム溶液又はSNK-860溶液の経口投与を1日1回実施した。
(1) 正常対照群(5例):5%アラビアゴム溶液を5 ml/kgの割合で投与。
(2) 糖尿病対照群(7例):5%アラビアゴム溶液を5 ml/kgの割合で投与。
(3) SNK-860 32 mg/kg投与糖尿病群(4例):5%アラビアゴム溶液に懸濁したSNK-860溶液(32 mg/5 ml)を5 ml/kgの割合で投与。
2週間の投与後に以下の処置を行い、眼内虚血を起こした。処置終了後、通常の飼育を2日間行い、その後眼球を摘出して組織学的評価を行った。薬物投与は、虚血処置後の再灌流期間(2日間)も行った。
【0021】
眼圧負荷による網膜虚血
眼内灌流液(オペガードMA:千寿製薬)の入ったボトルに輸液セット(テルフュージョン輸液セット:テルモ)を接続し、それに三方活栓を付けた延長チューブ(エックステンションチューブ:テルモ)を接続した。チューブの先端には注射針(30G×1/2:日本ベクトン・ディッキントン(株))を装着した。眼内灌流液の入ったボトルは、スタンドを用いて一定の高さに固定した。ペントバルビタールナトリウム(ソムノペンチル:シェリングプラウアニマルヘルス社)を50 mg/kgの割合でラット腹腔内に投与して麻酔した後、右眼に散瞳薬(ミドリンP:参天製薬)と局所麻酔薬(ベノキシール点眼液0.4%:参天製薬)を点眼した。麻酔は適時追加した。その後ラット右眼の前眼房に注射針を刺入し、三方活栓を操作して眼内に圧力を負荷した(圧力は130 mmHg以上,負荷時間60分間)。Sprague Dawley系ラットは、眼圧負荷により網膜血流が遮断されると眼底が赤から白に変わるので、網膜虚血の達成が容易に観察できる。眼圧負荷後、注射針を抜いて眼圧負荷を解除するとともに再灌流を行い、抗菌点眼剤(タリビット眼軟膏:参天製薬)を右眼に塗布した。
【0022】
組織学的評価
虚血処置2日後(再灌流2日後)に、エーテル麻酔下でラット左右眼球を摘出した。摘出した眼球は、氷冷した固定液(3%グルタルアルデヒトを含むリン酸緩衝液)に入れて2日間固定した。その後、リン酸緩衝液で1日間眼球を洗浄した。眼球は常法に従ってパラフィンに包埋した後、視神経束を含む水平切片を作製した。切片の染色はヘマトキシリン・エオジンを用いて行った。組織学的評価は、視神経束近傍の画像左右2視野(4視野/ラット)を光学顕微鏡から画像解析装置(IPAP-WIN:住化テクノサービス)に取り込んで行った。得られた各網膜画像において、視細胞層の厚みを測定した。浮腫の程度は、虚血・再灌流した眼球(右眼)の視細胞層の厚さを同一固体の非処置眼(左眼)の視細胞層の厚さで除して、百分率で表した。また、網膜細胞機能の指標にするために、網膜内側層(ガングリオン細胞層)の核の数をカウントし、核脱落の程度を単位面積当たりの核存在比をもとに評価した。
【0023】
2.結果及び考察
図1に浮腫に対するSNK-860の効果を示す。正常対照群ラットの虚血・再灌流後の視細胞層の厚さは、非処置眼に比べ減少していた。一方、糖尿病対照群のラットでは、虚血・再灌流による視細胞層の厚さの増加がみられ、浮腫の発現が確認された(p<0.05)。SNK-860の 32 mg/kg投与糖尿病群では、厚さが正常対照群とほぼ同じ値であり、浮腫はみられなかった。
次に、ガングリオン細胞の核の脱落について述べる。細胞核脱落の程度を調べた結果、正常対照群5例においては、全く核脱落がみられなかった。糖尿病対照群では7例中3例に明らかな核脱落があり、内2例では50%以上の核脱落が観察された。SNK-860の32 mg/kg投与糖尿病群では、4例全てで核脱落は見られなかった。
これらの結果は、SNK-860が、糖尿病による視細胞層の浮腫形成を阻止し、更に網膜細胞機能障害を防止することを示している。
【0024】
[薬効薬理試験例2−ラット試験2−]
1.試験方法
薬効薬理試験例1に準じた。但し、設定した群は以下の4群とし、STZ処置2週後から5%アラビアゴム溶液又はSNK-860溶液の経口投与を1日1回実施した。
(1) 正常対照群(10例):5%アラビアゴム溶液を5 ml/kgの割合で投与。
(2) 糖尿病対照群(9例):5%アラビアゴム溶液を5 ml/kgの割合で投与。
(3) SNK-860 2 mg/kg投与糖尿病群(10例):5%アラビアゴム溶液に懸濁したSNK-860溶液(2 mg/5 ml)を5 ml/kgの割合で投与。
(4) SNK-860 32 mg/kg投与糖尿病群(9例):5%アラビアゴム溶液に懸濁したSNK-860溶液(32 mg/5 ml)を5 ml/kgの割合で投与。
尚、眼圧負荷による網膜虚血については、薬効薬理試験例1に準じて実施した。また、組織学的評価も、薬効薬理試験例1に準じた。
【0025】
2.結果及び考察
図2に浮腫に対するSNK-860の効果を示す。正常対照群ラットの虚血・再灌流後の視細胞層の厚さは、非処置眼に比べ減少していた。一方、糖尿病対照群のラットでは、虚血・再灌流による視細胞層の厚さの増加がみられ、浮腫の発現が確認された(p<0.05)。SNK-860 の2 mg/kg投与糖尿病群では、浮腫の抑制作用はみられなかったが、32 mg/kg投与糖尿病群では、視細胞層の厚さが正常対照群と同じ値に維持され、明らかな浮腫抑制作用がみられた。これらの結果は、SNK-860の高用量投与が、糖尿病による視細胞層の浮腫形成を阻止することを示している。
【0026】
[薬効薬理試験例3−カニクイザル試験−]
1.方法
体重2.1〜2.4 kg(3歳齢)の雄性カニクイザルに、STZを80 mg/kgの割合で前肢橈側皮静脈内に注入し、糖尿病を惹起した。STZ処置2日後に血糖値を測定し、200 mg/dl以上のサルを糖尿病サルとして継続して実験に供した。300 mg/dlの血糖値を示すサルには、インスリンを1日1-2回皮下投与した。設定した群は以下の3群とし、STZ処置2週後から5%アラビアゴム溶液又はSNK-860溶液の経口投与を1日1回実施した。
(1) 正常対照群(4例):5%アラビアゴム溶液を5 ml/kgの割合で投与。
(2) 糖尿病対照群(6例):5%アラビアゴム溶液を5 ml/kgの割合で投与。
(3) SNK-860 32 mg/kg投与糖尿病群(4例):5%アラビアゴム溶液に懸濁したSNK-860溶液(32 mg/5 ml)を5 ml/kgの割合で投与。
2週間の投与後に以下に示すように眼内虚血処置を行い、処置終了後、通常の飼育を7日間行った。黄斑中心窩(黄斑の中心を起点とした直径1mmの範囲)の厚さ及び体積はOCTスキャナー(Stratus OCT:カールツァイス)を用いて、虚血処置前及び処置後7日目に行った。薬物投与は、虚血処置後の再灌流期間(7日間)も行った。
【0027】
眼圧負荷による網膜虚血については、薬効薬理試験例1に準じて行った。但し、用いた注射針のサイズは25G×1/2(テルモ)とした。また、右眼に散瞳薬(ミドリンP:参天製薬)を点眼した後、ケタラール(三共ライフテック)を筋肉内に投与して麻酔した。続いて局所麻酔薬(ベノキシール点眼液0.4%)を点眼し、開瞼器をつけて瞬きをしないようにした。ケタラール麻酔は適時追加した。
また、黄斑中心窩の厚さ及び体積の測定は、次のように実施した。サル右眼に散瞳薬(ミドリンP)を滴下し充分に散瞳した後、ケタラールを筋肉内に投与して麻酔した。その後、サルをモンキーチェアに座らせて頭部を固定した。OCTスキャナーで眼内を観察して黄斑部を同定した後スキャニングを行った。得られた黄斑断層像をもとに、黄斑中心窩の厚さ及び体積について解析を行った。
【0028】
【表1】

【0029】
2.結果
結果は表1及び図3に示す。正常対照群では、浮腫の発現は見られず、虚血・再灌流後の黄斑中心窩の厚さ及び体積(平均値)は、処置前と処置後7日目で同じであった。一方、糖尿病対照群では、処置後7日目で黄斑中心窩の厚さ及び体積の増加がみられ、浮腫の発現が確認された(p<0.01)。その変化は、正常対照群と比較して有意に増加していた(p<0.05)。SNK-860の32 mg/kg投与糖尿病群では、正常対照群と同じように浮腫の発現やその変化がみられなかった。これらの結果は、SNK-860が、糖尿病による黄斑中心窩の浮腫形成を抑制することを示している。
【0030】
[薬効薬理試験例4−臨床成績−]
1.方法
糖尿病黄斑症患者で、網膜後極部に網膜肥厚又は硬性白斑がある糖尿病黄斑浮腫の患者10例を対象とした。SNK-860の用法・用量は、1日1回30mg(SNK-860 15mg錠2錠)を朝食前に8週間経口投与した。試験期間中は、エパルレスタットの併用、副腎皮質ホルモンの硝子体内注射及びテノン嚢下投与、光凝固及び硝子体手術の処置を禁止した。糖尿病に対する基礎治療については、試験期間を通して良好な血糖コントロールが得られるよう配慮して行うこととした。
【0031】
評価は、光干渉断層計(OCT,カールツァイス)により測定した黄斑中心窩(黄斑の中心を起点とした直径1mmの範囲)及び中心窩中心点の厚さ並びに矯正視力(LogMAR)で行った。
尚、LogMAR(Log minimum angle of resolution)は対数視力の一種で、最小視角の常用対数を視力としたものである。日本でよく使用されている小数視力1.0はLogMARでは0.0、小数視力0.1がLogMARでは1.0となる。LogMAR視力が0.1〜0.5は、小数視力では0.8〜0.32にあたる。
【0032】
【表2】

【表3】

【0033】
2.結果
10例12眼で評価した。開始時の黄斑中心窩(直径1mmの範囲)の厚さは平均324.3μmであり、中心窩中心点の厚さは平均323.1μmであった。これらは、8週後にはそれぞれ300.4μm,298.7μmに減少した(表2,図4)。尚、個々の評価眼における黄斑厚の変化量を図5に示した。これらの結果は、動物モデルでの黄斑又は黄斑相当部の厚みを用いた評価結果がヒトにおいても同様に確認されたことを示す。
一方、矯正視力は、2段階の改善が12眼中3眼に、1段階の改善が2眼に認められ、悪化は1眼のみであった(表3)。矯正視力(LogMAR)の平均値では、0.30から0.24に改善した(図6)。このように、SNK-860は、黄斑症の治療において重要となる視力改善作用を有していることも明らかとなった。
従来の知見では、糖尿病黄斑症は徐々に悪化する疾患であり、改善はほとんど認められないとされている。そのため、本試験の結果は、SNK-860が糖尿病黄斑症に対して有効であることを示している。尚、安全性でも特に問題となる副作用は確認されなかった。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】薬効薬理試験例1における、網膜視細胞層の厚さの比(虚血・再灌流眼の視細胞層の厚さ/同一固体の非処置眼の視細胞層の厚さ,百分率)を示す。図中の*は危険率5%で有意な差があることを示す。
【図2】薬効薬理試験例2における、網膜視細胞層の厚さの比(虚血・再灌流眼の視細胞層の厚さ/同一固体の非処置眼の視細胞層の厚さ,百分率)を示す。図中の*は危険率5%で有意な差があることを示す。
【図3】薬効薬理試験例3における、虚血・再灌流眼の黄斑中心窩の最小厚、平均厚及び平均体積の変化量を示す。図中の*は危険率5%で有意な差があることを示す。
【図4】薬効薬理試験例4における、投与前後の黄斑中心窩(直径1mm)及び中心窩中心点の黄斑厚を示す。
【図5】薬効薬理試験例4における、投与前後の個々の眼の黄斑厚変化量(上図:中心窩中心点,下図:中心窩直径1mm範囲)を示す。凡例中の数字は症例の識別番号を示しており、アルファベットのOSは左眼を、ODは右眼を意味している。
【図6】薬効薬理試験例4における、投与前後の矯正視力を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖尿病動物に眼内虚血・再灌流処置を行い、網膜視細胞層又は黄斑部に浮腫を発現させた、糖尿病黄斑症のモデル動物。
【請求項2】
眼内虚血・再灌流処置を片眼のみに行い、同一固体で処置眼と非処置眼を有する、請求項1に記載の糖尿病黄斑症のモデル動物。
【請求項3】
糖尿病動物が、薬物で処理して糖尿病を惹起させた動物又は遺伝性糖尿病動物である、請求項1又は2に記載の糖尿病黄斑症のモデル動物。
【請求項4】
糖尿病動物が、ストレプトゾトシン又はアロキサンで処理して糖尿病を惹起させた単歯類の動物であり、網膜視細胞層に浮腫を発現させた、請求項3に記載の糖尿病黄斑症のモデル動物。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の糖尿病黄斑症のモデル動物に被検薬物を投与し、網膜視細胞層の厚さの測定又は黄斑部の厚さ及び/又は体積の測定により、薬物の浮腫に対する有効性を評価することを特徴とする、糖尿病黄斑症に対する薬物の評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−29346(P2008−29346A)
【公開日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−203191(P2007−203191)
【出願日】平成19年8月3日(2007.8.3)
【分割の表示】特願2005−517502(P2005−517502)の分割
【原出願日】平成17年1月28日(2005.1.28)
【出願人】(000144577)株式会社三和化学研究所 (29)
【Fターム(参考)】