説明

糖蜜又は廃糖蜜からのエタノール発酵用原料の生成方法

【課題】糖蜜又は廃糖蜜からエタノール発酵に好適な原料を簡便にかつ効率良く生成することができる。
【解決手段】糖蜜又は廃糖蜜からのエタノール発酵用原料の生成方法は、糖蜜又は廃糖蜜を水に希釈して糖蜜希釈液を調製する工程と、糖蜜希釈液に酸を加えてpH1〜4に調整する工程と、pH調整した糖蜜希釈液をカラムに充填された疎水性クロマト樹脂と接触させ、希釈液中の着色物質を樹脂に吸着させた後のカラムを素通りして出てきた糖を含む画分をエタノール発酵用原料とする工程とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、砂糖の製造過程で結晶化する糖を回収した後の糖蜜又は廃糖蜜からのエタノール発酵用原料の生成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ブラジルや欧米で既に導入されているバイオマス由来のエタノール等のバイオ燃料は、自動車などの輸送機関から発生する炭酸ガス、NOx、SOxの削減が期待されている。
【0003】
しかし、一方では、これまで行われてきているバイオ燃料としてのエタノール製造では、サトウキビやビート等の糖分を発酵原料としているため、将来的には食糧としての供給と競合するという問題を生じさせる可能性がある。このため、バイオマスとしての糖原料については従来よりも、より高度なアプローチでの技術的対応が求められている。
【0004】
例えば、砂糖の製造過程で発生する、糖蜜から砂糖を回収した後に残った廃糖蜜は、全世界で年間約300万トン、日本では約5万トンが副産物として生じている。従来、これらは産業廃棄物として、十分に有効活用されずに捨てられていた。廃糖蜜は糖分以外の成分も含んだ粘状で黒褐色の液体である。現在、この廃糖蜜の一部は、家畜の飼料、ソース等の食品の着色料に使用されているが付加価値は低い。
【0005】
例えばビート廃糖蜜を、パン酵母の培養のための炭素源として使用することが知られている(特許文献1)。しかしながら、廃糖蜜にはパン酵母の培養に適当でない発酵阻害物質が含まれるものもあり、実際には、必ずしもパン酵母培養に好適な廃糖蜜を常に入手できるとは限らないため、製造する工場の側としては出来れば使用したくないが、やむを得ず使用しているのが実情であった。
【特許文献1】特開平10−136975号公報(発明の詳細な説明の段落[0002]〜[0003])
【特許文献2】特許第2516006号公報(特許請求の範囲の請求項1)
【特許文献3】特許第3041921号公報(特許請求の範囲の請求項1及び請求項3])
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このように上記廃糖蜜は、以前では廃棄されるか、或いは低付加価値な分野に使用されていたが、最近のバイオエタノール需要の増大によりエタノール発酵の原料としての利用が高まっている。廃糖蜜をエタノール製造に利用することで、砂糖原料との競合を避けることができる。
【0007】
このような廃糖蜜を用いたエタノール発酵では、図6に示すように、先ず、エタノール発酵時の雑菌の繁殖を防ぐために、大量の酸を加えてpH5以下に調整される(工程1)。次に、この廃糖蜜に酵母を添加し(工程2)、嫌気的条件でエタノール発酵させる(工程3)。発酵後は蒸留してエタノール濃度を高め(工程4)、95%濃度の含水エタノールが生成される。更に、含水エタノールを脱水剤とともに蒸留することで(工程5)、アルコール濃度99%以上の無水エタノールが生成される。
【0008】
しかしながら、廃糖蜜には、糖分以外の成分であるヒドロキシメチルフルフラール(HMF)などの発酵阻害物質が存在しているため、そのままでは廃糖蜜のエタノール製造への利用には都合が悪いと考えられる。また、エタノール発酵をした後、エタノール蒸留残渣の着色度は、元の廃糖蜜の着色度のレベルと変わっておらず、蒸留残渣は環境面の観点からそのまま廃棄することはできない。よって従来の技術では、後処理として、蒸留残渣にバクテリアなどを用いて嫌気的処理を行って残存有機物質を分解し(工程6)、更に着色度を低くするために好気的処理を行っている(工程7)。だが、これらの後処理を行っても廃棄基準には達しないため、嫌気的処理及び好気的処理後の処理物を廃棄基準まで水で希釈し(工程8)、着色度を低くすることで廃棄しており、廃棄処理に非常にコストがかかっていた。
【0009】
このようなエタノール発酵の原料として使用する場合の問題点を解決する方策としては、限外濾過膜もしくは逆浸透膜で、廃糖蜜及びその含有物をインベルターゼで処理したものを、濾過することを特徴とする廃糖蜜の脱色方法(特許文献2)や廃糖蜜を希釈してpH変化により固形物を自然沈降させて上澄み液を分離する廃糖蜜の処理法(特許文献3)が考えられる。
【0010】
しかし上記特許文献2に示される方法では、事前にインベルターゼ酵素処理や50〜70℃への加温を行う必要があり、着色物質などの不純物による膜の目詰まりのため膜の寿命が短く、膜交換に要するランニングコストが大きいという問題点を有していた。また特許文献3に示される方法では、廃糖蜜の有色物質との分離が十分でなく、分離効率は実用上満足できるレベルではなかった。
【0011】
更に、上記特許文献3に示されるような沈降分離の方法とは別に、廃糖蜜液からの糖の分離回収にイオン交換クロマトによる方法も検討されてきているが、陰イオン交換樹脂の場合には特に樹脂に着色物質が強力に吸着するため樹脂の再生が非常に大変であり、陽イオン交換樹脂の場合では着色物質が樹脂に吸着しないという問題点がある。
【0012】
本発明の目的は、糖蜜又は廃糖蜜からエタノール発酵に好適な原料を簡便にかつ効率良く生成することができる、糖蜜又は廃糖蜜からのエタノール発酵用原料の生成方法を提供することにある。
【0013】
本発明の別の目的は、エタノール発酵後の蒸留により生成する蒸留残渣が後処理を施すことなく廃棄することが可能なエタノール発酵用原料の生成方法を提供することにある。
【0014】
本発明の更に別の目的は、エタノール発酵の効率が通常の砂糖溶液と同等以上であるエタノール発酵用原料の生成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
請求項1に係る発明は、図1に示すように、糖蜜又は廃糖蜜を水に希釈して糖蜜希釈液を調製する工程11と、糖蜜希釈液に酸を加えてpH1〜4に調整する工程12と、pH調整した糖蜜希釈液をカラムに充填された疎水性クロマト樹脂と接触させ、希釈液中の着色物質を樹脂に吸着させた後のカラムを素通りして出てきた糖を含む画分をエタノール発酵用原料とする工程13とを含む糖蜜又は廃糖蜜からのエタノール発酵用原料の生成方法である。
【0016】
請求項1に係る発明では、上記工程を経ることで、糖蜜又は廃糖蜜からエタノール発酵に好適な原料を簡便にかつ効率良く生成することができる。
【0017】
請求項2に係る発明は、請求項1に係る発明であって、疎水性クロマト樹脂がアンバーライト(登録商標)XAD7HP樹脂であるエタノール発酵用原料の生成方法である。
【0018】
請求項2に係る発明では、XAD樹脂は、市場に流通している疎水性クロマト(吸着)樹脂の中でも入手が容易であり、かつ入手コストも安いため、着色物質の吸着に使用するのに好適である。
【0019】
請求項3に係る発明は、請求項1又は2に係る発明であって、疎水性クロマト樹脂と糖蜜希釈液との接触が、疎水性クロマト樹脂をカラム管に詰め、カラム管の下方から上方へと糖蜜希釈液を一定の流量で通液させて行われ、糖を含む素通り画分の回収が、糖蜜希釈液を通液させた後、カラム管の上下の向きを反対にし、この上下の向きを反対にしたままカラムの上方から下方へとカラム洗浄液を通液させることにより行われるエタノール発酵用原料の生成方法である。
【0020】
請求項3に係る発明では、糖蜜希釈液の希釈率が低い3倍程度でも効率良くエタノール発酵用原料を生成することができる。また、上方から下方へと通液させる場合に比べて、着色物質の吸着/分離能も向上する。更に、カラム管の向きを上下反転する操作により、素通り糖画分のフラクションの本数が非常に少なくなり、その分濃い糖溶液を生成することができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明の糖蜜又は廃糖蜜からのエタノール発酵用原料の生成方法は、糖蜜又は廃糖蜜からエタノール発酵に好適な原料を簡便にかつ効率良く生成することができる、という利点がある。また、エタノール発酵後の蒸留により生成する蒸留残渣が後処理を施すことなく廃棄することが可能なエタノール発酵用原料を生成することができる。更に、エタノール発酵の効率が通常の砂糖溶液と同等以上であるエタノール発酵用原料を生成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
次に本発明を実施するための最良の形態を図面に基づいて説明する。
【0023】
本発明でいう、エタノール発酵用原料の生成方法の出発原料となる「糖蜜」は、主としてサトウキビやビートからの砂糖の製造過程で結晶化した糖を回収した後に残ったものである。この砂糖工場の結晶化工程での煎糖によって、糖からヒドロキシメチルフルフラール(HMF)という発酵阻害物質が発生する。また、「廃糖蜜」は、主としてサトウキビやビートからの砂糖の製造工程で発生する最終の糖蜜(工場によって異なるが、サトウキビでは六番蜜、ビートでは三番蜜を一般に指す)から砂糖を回収した後に残ったものである。ここでの「廃糖蜜」は、少なくともサトウキビからのものとして考慮される。本発明で使用される糖蜜又は廃糖蜜は、一番蜜、二番蜜、三番蜜、四番蜜、五番蜜、……、廃糖蜜からなる群より選ばれた1種又は2種以上の糖蜜が挙げられる。上記種類の糖蜜であれば、エタノール発酵用原料の生成が可能である。このうち、砂糖結晶化原料として利用価値が最も低い廃糖蜜の使用が食糧としての供給との競合を避けることができるため、特に好ましい。
【0024】
本発明のエタノール発酵用原料の生成方法では、先ず、図1に示すように、前述した糖蜜又は廃糖蜜を水に希釈して糖蜜希釈液を調製する(工程11)。ここで糖蜜希釈液を調製するのは、廃糖蜜の原液では粘度が非常に高いため、後に続く工程での取扱いが困難であるためである。糖蜜や廃糖蜜は、水による希釈が任意の割合で可能である。希釈率は、カラムの上方から下方へと通液させる場合、糖蜜や廃糖蜜の全重量に対し7倍以上、更には8〜10倍の水希釈が一般的な条件として考慮される。希釈率が低いほど高濃度の糖溶液が生成され、エタノール発酵用原料として好ましいが、希釈率が低すぎる、例えば5倍以下の希釈率の場合では粘性が高く、カラム樹脂に均一に浸透せず効果的な着色物質の分離が難しくなる。この希釈調整した糖蜜希釈液のpHは、おおよそ5〜6程度である。
【0025】
次いで、この糖蜜希釈液に酸を加えてpH1〜4に調整する(工程12)。pH調整に使用する酸は、どのような種類の酸を使用してもよい。例えば、塩酸、硫酸、硝酸などの鉱酸や有機酸を使用することができる。糖蜜希釈液を上記pHに調整する理由は、着色物質のカルボキシル基などの酸性解離基の負電荷を無くすためである。
【0026】
また、pH調整した糖蜜希釈液は、濁りを生じているため、疎水性クロマト樹脂との接触の前に、遠心分離又はフィルター処理してもよい。この遠心分離又はフィルター処理によって分離させた固形沈殿成分を除去することで、得られた上澄み液の透明度が高まり、本発明のエタノール発酵用原料用であるカラム素通り糖溶液が完全に透明になる。遠心分離条件としては、9000〜20000rpmの遠心分離処理が特に好ましい。
【0027】
次に、pH調整した糖蜜希釈液をカラムに充填された疎水性クロマト樹脂と接触させ、希釈液中の帯電していない着色物質を樹脂に吸着後、カラムを素通りして出てきた糖溶液をエタノール発酵用原料とする(工程13)。疎水性クロマト樹脂と糖蜜希釈液との接触方法は、疎水性クロマト樹脂をカラムに詰め、カラムの上方から下方へと糖蜜希釈液を一定の流量で通液させるか、或いはカラムの下方から上方へと糖蜜希釈液を一定の流量で通液させることにより行われる。糖蜜希釈液をカラムに通液させて、カラムに充填された疎水性クロマト樹脂と糖蜜希釈液とを接触させることで、希釈液中の着色物質が樹脂に吸着され、樹脂に吸着されない糖分そしてミネラル等はカラムを素通りして出てくる。この工程により糖蜜希釈液中の着色物質が疎水性クロマト樹脂に高効率で吸着する。カラムを素通りして出てきた糖溶液は、回収されエタノール発酵の原料として利用される。発酵阻害物質であるHMFは、着色物質と同様に上記条件では疎水性クロマト樹脂に吸着されることから、カラムを通液させた後に回収された糖溶液には含まれないと思われる。
【0028】
なお、カラムの下方から上方へと糖蜜希釈液を通液させる方法を採用することで、カラム内での糖蜜希釈液と水との密度差により起こる両者の対流が発生せずに、安定に希釈液が樹脂に浸透し、効率のよい着色物質の樹脂への吸着が望めるので、糖蜜希釈液の希釈率が3倍程度でもエタノール発酵用原料を生成することができる。糖蜜希釈液の希釈率が小さい場合、カラムの上方から下方へ糖蜜希釈液を通液させる方法では、上記の密度差により起こる対流が起こり、疎水性クロマト樹脂に糖蜜希釈液が均一に浸透せず、その接触面積が激減して着色物質が十分に樹脂に吸着されない問題が発生する。
【0029】
一方で、カラムの下方から上方へと糖蜜希釈液を通液させた後、継続してカラムの下方から上方へカラム洗浄用の水を通液させると、今度は水と糖蜜希釈液との密度差による逆の現象が起こり、カラム内の糖溶液を十分に洗浄溶出できないために大量の水を要することになる。本発明の方法では更に工夫を加えて、糖蜜希釈液から水に通液を切り替えるときにカラム自体の向きを上下反対にする。この操作により、上述の密度差による対流は発生せずに洗浄溶液の量が非常に少なくて済み、そのためより濃い糖溶液を生成することができる。このとき、配管の接続を変更する必要はない。
【0030】
使用される疎水性クロマト樹脂は、従来の技術で使用されていたイオン交換樹脂とは異なった特性を示し、官能基を持たないMR構造(Macro Reticular structure,巨大網目構造)を持つものとして特徴を有している。疎水性クロマト樹脂としては、XAD樹脂、ODS(OctaDecylSilyl)、RESOURCE RPC等が挙げられるが、これらの種類に限定されるものではない。なお、XAD樹脂は、スチレン又はアクリルとジビニルベンゼンの共重合体であって、MR構造のイオン交換樹脂に類似した白色の不透明球状粒子である。イオン交換樹脂と異なり官能基をもたないので化学的に極めて安定している。また、ODSは、シリカゲル担体にオクタデシルシリル基を化学結合した充填剤であり、この充填剤がカラムに詰められてODSカラムを形成する。RESOURCE RPCは、ポリスチレン/ジビニルベンゼン製ビーズがカラムに詰められたものである。このうち、XAD樹脂が、市場に流通している疎水性クロマト樹脂の中でも入手が容易であり、かつ入手コストも安いため、着色物質の吸着に使用するのに好適である。なお、使用する疎水性クロマト樹脂は粒状であることが好ましく、その中間径は一般的には0.35〜0.90mmの範囲にあることが好ましい。
【0031】
着色物質を吸着させる接触処理においては、例えば、疎水性クロマト樹脂にXAD樹脂を使用する場合、一般的には次のような条件が好適に採用される。なお、一般にクロマト樹脂の使用方法として、カラムへの送液温度を上げる、またはカラム自体を加温するなど行って分離能を上げることがよく試みられるが、本発明の方法では加温しなくても十分な分解能を得ることができる。
【0032】
糖蜜希釈液の供給速度:約8cm3/cm2・min
洗浄溶液(水)の供給速度:約5cm3/cm2・min
溶出溶液(水酸化ナトリウム水溶液)の供給速度:約5cm3/cm2・min
糖蜜希釈液の液温:10〜28℃
糖蜜希釈液のpH:1〜4
なお、カラム内の疎水性クロマト樹脂に吸着された着色物質は、0.1M水酸化ナトリウムなどのアルカリ水溶液を接触させることで、樹脂から着色物質を溶離できる。着色物質を溶離させた樹脂は、再度pHを酸性に調整して、着色物質吸着のために再生される。樹脂の汚れがひどい場合には、アルコールを二倍希釈してカラムに通液すればその汚れはほぼ完全に除去できる。この時、連続してアルコール発酵しているのであれば、発酵生産された含水エタノールを用いれば、より経済的である。そうでなければメタノールが廉価であり適当であると思われる。
【0033】
以上述べたように、上記工程を経ることで、糖蜜又は廃糖蜜からエタノール発酵に好適な原料を簡便にかつ効率良く生成することができる。
【0034】
本発明の方法で生成したエタノール発酵用原料は、アルコール発酵に適した十分に高い濃度の糖溶液である。また、着色物質が高効率で取り除かれて、着色度が低くなっているため、エタノール発酵後の蒸留により生成する蒸留残渣も低着色度となる。従って、本発明の方法で生成したエタノール発酵用原料を用いることで、エタノール発酵後の蒸留により生成する蒸留残渣を煩雑な微生物学的、物理化学的な後処理を施すことなく、そのまま廃棄することができる。更に、本発明の方法で生成したエタノール発酵用原料は、糖以外にもエタノール発酵に必要なミネラル成分が豊富に含まれるため、このエタノール発酵用原料をエタノール発酵に用いることで、通常の糖溶液と同等以上の糖分消費があり、また菌体数の増大が見られる。
【0035】
生成したエタノール発酵用原料は、図2に示すように、酵母を添加し(工程21)、嫌気的条件でエタノール発酵させる(工程22)。30℃で振盪培養することにより、発酵が促進される。エタノール発酵微生物としては、酵母(Saccharomyces cerevisiae)又はザイモモナス菌(Zymomonas mobilis)が挙げられる。
【0036】
従来、廃糖蜜のエタノール発酵では、エタノール発酵工程の前に、エタノール発酵時の雑菌の繁殖を防ぐために、大量の酸を加えてpH5以下に調整していたが、本発明の方法では、図1に示す工程12で糖蜜希釈液のpHを1〜4に調整しているため、生成したエタノール発酵用原料のpHは4前後に保たれている。従って、エタノール発酵時の雑菌の繁殖を防ぐためのpH調整が不要となるという大きなメリットがある。
【0037】
図2に戻って、エタノール発酵後は蒸留してエタノール濃度を高め(工程23)、95%濃度の含水エタノールが生成される。更に、含水エタノールに脱水剤とともに蒸留することで(工程24)、アルコール濃度99%以上の無水エタノールが生成される。
【実施例】
【0038】
次に本発明の実施例を比較例とともに詳しく説明する。
【0039】
<実施例1 − アルコール発酵用原料の作成>
大日本明治精糖株式会社から提供されたサトウキビの廃糖蜜(六番蜜)25mlを水で希釈して3倍希釈液を調製した。この希釈液に塩酸を加えてpH4に調整した。pH調整した希釈液を遠心分離(20000rpm、10min)し、上澄みを回収した。
【0040】
次に、疎水性クロマト樹脂として135mlのXAD樹脂を用意し、樹脂をカラム管(直径2.4cm×30cm)に充填した。また、pHが4に調整されたイオン交換水(糖洗浄液)、0.1Mの水酸化ナトリウム水溶液(着色物質溶出液)をそれぞれ用意した。XAD樹脂が充填されたカラム管の下方から上方へと上記上澄み液(75ml)を通液し、続いて、糖洗浄液を溶出液のブリックス度が1%以下になるまで流し、次に、着色物質溶出液(100ml)を通液した後、最後にイオン交換水(135ml)を流した。1フラクションの容量は5.5ml、全カラム通液操作は室温で行った。
【0041】
カラムを通液させた液のうち、素通りした糖画分のみを回収し、この回収液を糖濃度が約100mg/mlとなるように水で希釈してエタノール発酵用培地とした。
【0042】
<評価1>
全操作を通して通液を全てカラム管の下方から上方に行った結果を図3Aに、糖蜜希釈液から糖洗浄液に通液を切り替えるときにカラム管を上下反転させた結果を図3Bに示す。後者の場合は、XAD樹脂135mlのボイド体積120mlの糖蜜希釈液(40ml廃糖蜜原液)を用いた。実施例1のカラムを通液させた液に関して、色度は波長280nmの吸収により、糖濃度はブリックス度にて概算した。両事例ともブリックス度が1%以下になってから、通液を着色物質溶出液に切り替えた。後者の場合、このとき再度カラム管を上下反転させ、通液はカラム管の上方から下方に行った。この方が着色物質のピークがシャープになり、その回収率が若干上がるからである。
【0043】
図3AとBを比較してわかるように、カラム管を上下反転させた後者の方が糖のピークのフラクション数が120本から40本に激減して、その分ブリックス度が9から28%まで増加し理想の分離を示している。添加する糖蜜希釈液量が1.6倍に増えているにもかかわらず、これだけの高い分離能が観察されたことは大いに評価できる。着色物質のピークに関しては、フェノール・硫酸法で糖分が含まれないことを確認した。
【0044】
<実施例2 − XAD樹脂による廃糖蜜からの着色物質の分離条件の検討>
糖蜜に関しては、北海道糖業株式会社から提供されたビートの廃糖蜜(二番蜜と三番蜜の混合蜜)及び大日本明治精糖株式会社から提供されたサトウキビの廃糖蜜(六番蜜)を用意した。使用する廃糖蜜の容量(25ml,75ml)、希釈率(3倍〜10倍)、pH(1,3,4)を変えて糖蜜希釈液をそれぞれ調製した。各液のカラム通液方向をカラムの上方からとカラムの下方からの二方向としてカラム通液操作を行った(No.1〜No.11)。これ以外は、実施例1と同様の条件である。
【0045】
<評価2>
実施例2で通液させた後に回収された各フラクションについて、それぞれ280nmの吸光度を測定し、回収された全てのフラクションと、着色物質溶出液を通液させて溶出してきた着色物質ピークの全フラクションそれぞれのクロマト面積を求めた。クロマト面積の計算方法は、各フラクションの280nmの吸光度と1フラクション容量である5.5mlの積の総和である。回収した着色物質画分を凍結乾燥して得られた重量もあわせて、XAD樹脂による廃糖蜜からの着色物質の分離条件の検討結果を表1に示す。
【0046】
糖蜜希釈液の希釈率が7倍未満では、カラム管上方から下方への通液による分離は非常に困難であった。一方で、表1のNo.10及びNo.11の同じ希釈率での実験で、カラムでの通液方向による着色物質の収量に変化がないことから、糖蜜希釈液の通液の方向は糖蜜からの着色物質の除去率には影響を与えないことがわかった。従って、糖蜜希釈液を通液させる際に密度差による対流が発生しない「カラム下方から上方」に通液し、希釈率がより小さい条件で行う形態が効率的である。ただ実施例1で述べたように、希釈率が小さい3倍の場合には、カラムを洗浄する際に逆の対流現象が起こるので、それを防ぐためにカラム管を上下反転させる操作を行うことが最も適している。
【0047】
同条件での糖蜜希釈液の希釈率が分離にどのような影響を与えるのか調べた結果、表1のNo.3とNo.11、そしてNo.7とNo.10の実験をみると、希釈率を小さくすることにより着色物質の収量が若干低下する傾向が見られたが、これは回収するフラクションの選択範囲に影響されるので、測定誤差の範囲内であると思われる。従って、濃度の高い発酵用の糖溶液が得られる最小の希釈率である3倍を採用するのが経済的である。
【0048】
糖蜜希釈液のpH調整の影響を検討するために、希釈率が同じ表1のNo.3とNo.4、そしてNo.6とNo.7の結果をみると、着色物質の収量に殆ど違いが見られなかった。このことから、よりマイルドなpH4の条件で実験を行う方が経済的であることが確認された。酸性が強いと糖蜜の主成分であるスクロースがグルコースとフルクトースに加水分解されるため、脱色された糖溶液を製糖工場の再結晶化工程に戻す場合には、特にpH4で行うべきである。それは結晶化する糖は、スクロースだからである。
【0049】
サトウキビの代わりにビートの廃糖蜜を使用した例は、表1のNo.1とNo.2の結果に示した。これによると、ビートの廃糖蜜はサトウキビのそれに比べて単位面積当たりの着色物質含量が半分以下であることがわかった。よってXAD樹脂135mlに対して、ビートの糖蜜(原液)は、最低でも3×25×(40/25)=120ml通液が可能であると思われる。
【0050】
<実施例3 − XAD樹脂におけるHMFの挙動>
実施例1と同様なカラム条件で、廃糖希釈液の代わりに1mg/mlのHMF溶液を1.52mlカラムに添加した。135mlの糖洗浄水を加えた後、着色物質溶出液を通液し、樹脂に吸着している物質を溶出させた。各フラクションのHMF濃度に関しては、HMFの特異的吸収ピークである284nmの吸光度を測定した。標準試料として、市販のHMFを用いて検量線を作成して各フラクションのHMF濃度を定量した。
【0051】
<評価3>
XAD樹脂におけるHMFの溶出パターンを図4に示した。この図より明らかなように、フラクションNo.40〜90にかけて高いHMF濃度が検出された。カラムに通液させた着色物質溶出液が実際にカラムから出てくるのは、フラクションNo.42から(図4のグレー領域)なので、HMFはXAD樹脂との接触によって吸着し、着色物質溶出液によって樹脂から溶離してカラムから出てくることが確認された。実際の糖蜜希釈液に含まれているHMFも本実施例と同様にXAD樹脂に吸着し、アルカリ条件で着色物質と共に溶出されると思われる。
【0052】
<実施例4 − 廃糖蜜の糖画分を用いてのアルコール発酵>
アルコール発酵に用いる培地として、実施例1で準備されたものの他に、以下の組成の培地も準備した。
【0053】
比較例1:大日本明治精糖株式会社から提供されたサトウキビの廃糖蜜を糖濃度が約100mg/mlとなるように水で希釈してエタノール発酵用培地とした。
【0054】
比較例2:フジ日本精糖株式会社から提供された粗糖(オーストラリア産)を糖濃度が約100mg/mlとなるように水で希釈してエタノール発酵用培地とした。
【0055】
比較例3:比較例2の粗糖培地に20mMとなるようにHMFを加え、これをエタノール発酵用培地とした。
【0056】
比較例4:グルコース6gに、実施例1で得られた着色物質1.56gを水60mlに溶かしてエタノール発酵用培地とした。このときの280nmの吸光度は、廃糖培地のそれと同等になる程度であり、糖濃度は100mg/mlとなる。
【0057】
エタノール発酵実験は、実施例1、比較例1〜4の培地を用いて行った。具体的には、100ml三角フラスコを培養容器として用い、各培地50mlを三角フラスコに注入した。次に、三角フラスコに酵母菌数が2×107cell/mlとなるように酵母を添加し、この三角フラスコを密閉して嫌気的条件に保持して、培養温度30℃、振盪速度120rpmで培養した。
【0058】
各培地を用いてエタノール発酵した際の経時的な糖濃度変化と、酵母数の変化をそれぞれ測定した。糖濃度変化に関しては、フェノール・硫酸法によって定量して評価した。具体的には、サンプル溶液150μlに5%フェノール液150μl、濃硫酸750μlの順で加え、10分放置後直ちに26℃の水溶液中で15分間保温した後に、485nmの吸光度を測定した。標準試料としてスクロースを用いて検量線を作成した。また、酵母数の変化に関しては、660nmの吸光度を測定することでその数を評価した。図5に経過時間と糖濃度の関係を、図6に経過時間と660nmの吸光度の関係を示す。
【0059】
図5の比較例3及び4の結果では、糖濃度が20mg/ml以下まで低下するのに24時間以上かかった。一方で、対照実験である実施例1の結果では、該当濃度まで12時間しかかからなかった。このことから、比較例4の培地に含ませた着色物質には、比較例3の培地に加えたHMFに匹敵する発酵阻害物質が存在していることが推察される。図6の比較例3と4の660nmの吸光度が、実施例1のそれに比較すると、どの経過時間においても低かったことからも支持される。
【0060】
また、比較例1と実施例1とを比較すると、実施例1の方が6時間経過までの糖濃度の低下が早い傾向が見られた。この結果から、発酵阻害物質が除去されている本発明の方法により生成されたエタノール発酵用原料を使用することで、効率良くエタノール発酵が行われていることが裏付けられた。
【0061】
また、比較例2と実施例1とを比較すると、図5では、実施例1の方が12時間経過までの糖濃度の低下が早い傾向が見られた。図6では、6時間経過以降は実施例1の方が比較例2よりも660nmの吸光度が増大していた。この結果から、本発明の方法により生成されたエタノール発酵用原料のように、糖以外にもエタノール発酵に必要なミネラル成分が豊富に含まれていると効率良くエタノール発酵が行われることが裏付けられた。
【0062】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明のエタノール発酵用原料の生成方法を示す図。
【図2】本発明のエタノール発酵用原料から発酵によるエタノール生成を示す図。
【図3】XAD樹脂を用いたアルコール発酵用原料の作成を示す図。(A)全段階で通液を下から上方向に行った。(B)糖蜜希釈液を通液後にカラム管を上下反転させた。
【図4】XADクロマトグラフィーでのHMFの挙動を示す図。
【図5】アルコール発酵での経過時間と糖濃度の関係を示す図。
【図6】アルコール発酵での経過時間と660nmの吸光度の関係を示す図。
【図7】従来の廃糖蜜からの発酵によるエタノール生成を示す図。
【符号の説明】
【0064】
11 糖蜜希釈液調整工程
12 希釈液pH調整工程
13 エタノール発酵用原料生成工程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖蜜又は廃糖蜜を水に希釈して糖蜜希釈液を調製する工程と、
前記糖蜜希釈液に酸を加えてpH1〜4に調整する工程と、
前記pH調整した糖蜜希釈液をカラムに充填された疎水性クロマト樹脂と接触させ、希釈液中の着色物質を前記樹脂に吸着させた後の前記カラムを素通りして出てきた糖を含む画分をエタノール発酵用原料とする工程と
を含む糖蜜又は廃糖蜜からのエタノール発酵用原料の生成方法。
【請求項2】
疎水性クロマト樹脂がアンバーライト(登録商標)XAD7HP樹脂である請求項1記載のエタノール発酵用原料の生成方法。
【請求項3】
疎水性クロマト樹脂とpH調整した糖蜜希釈液との接触が、前記疎水性クロマト樹脂をカラムに詰め、カラムの下方から上方へと前記糖蜜希釈液を一定の流量で通液させて行われ、糖を含む素通り画分の回収が、前記糖蜜希釈液を通液させた後、前記充填カラム管を上下反転させ、この上下の向きを反対にしたまま前記カラム管の上方から下方へとカラム洗浄液を通液させることにより行われる請求項1又は2記載のエタノール発酵用原料の生成方法。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−95282(P2009−95282A)
【公開日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−270172(P2007−270172)
【出願日】平成19年10月17日(2007.10.17)
【出願人】(504145364)国立大学法人群馬大学 (352)
【Fターム(参考)】