説明

糖誘導体及びその製造方法

【課題】糖誘導体及びその製造方法を提供する。
【解決手段】マイセリゲネランス(Myceligenerans)属に属する微生物を、資化可能な炭素源を含む培地で培養し、培地中に下記式(1)で表される化合物を生成させることを特徴とする、下記式(1)で表される化合物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は新規な糖誘導体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、化石燃料に代わり、再生可能なバイオマスを利用する研究が進められてきている。中でもセルロース系バイオマスである木質バイオマスは、食用用途と競合しない上、蓄積量、生産量ともに大きく、バイオマスとしての利用の促進が期待されている。木質バイオマスは、これを糖化(加水分解)処理して生成される糖(糖化糖)の割合が、グルコースなどのC6糖が約40%、キシロースなどのC5糖が約27%と、C5糖の比率が比較的高いことが特徴である。セルロース系バイオマスを糖化処理して得られるC6糖については、バイオエタノールの原料としての利用の他、グルコースを原料としたコハク酸の製造など(非特許文献1)種々の検討が進められてきている。一方、キシロース等のC5糖は、糖化処理に通常用いられる酵母などで醗酵できないこともあり、有効な利用法の開発が強く望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Journal of Environmental Biotechnology, 2004, 4, 63-67
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、微生物を用いて、グルコース等のC6糖やキシロース等のC5糖を利用し、新規な糖誘導体を製造する方法を提供することを課題とする。また、本発明は、前記製造方法に用いる微生物の提供を課題とする。さらに、本発明は、新規な糖誘導体を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、セルロース系バイオマスの糖化処理により得られる少糖類や単糖類を原料として、新規な糖誘導体を得ることができれば、セルロース系バイオマスの有効利用につながり得ると考えた。
本発明者等は上記課題に鑑み、鋭意検討を行った。その結果、マイセリゲネランス(Myceligenerans)属細菌が、グルコースやキシロース等を原料として下記式(1)で表される化合物を産生することを見い出した。本発明はこの知見に基づいて完成するに至ったものである。
【0006】
【化1】

【0007】
本発明は、マイセリゲネランス(Myceligenerans)属に属する微生物を、資化可能な炭素源を含む培地で培養し、培地中に下記式(1)で表される化合物を生成させることを特徴とする、下記式(1)で表される化合物の製造方法に関する。
【0008】
【化2】

【0009】
また、マイセリゲネランス(Myceligenerans)属に属し、資化可能な炭素源からの前記式(1)で表される化合物の生産能を有する微生物に関する。
【0010】
さらに、本発明は、前記式(1)で表される化合物に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、微生物を用いて、グルコース等のC6糖やキシロース等のC5糖を利用し、新規な糖誘導体を製造する方法を提供することができる。また、本発明によれば、前記製造方法に用いる微生物を提供することができる。さらに、本発明によれば、新規な糖誘導体を提供することができる。本発明により得られる糖誘導体は、化学/有機合成の出発材料として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】保持時間20.05分に培地に無い特徴的なピークをHPLC分析で検出した図である。図1(a)はpH8に調整したLBX培地で培養した培養上清のHPLC分析結果を、図(b)はpH6に調整したLBG培地で培養した培養上清のHPLC分析結果を、図(c)はpH8に調整したLBG培地で培養した培養上清のHPLC分析結果を示す。
【図2】分取された特徴的なピークが精製されていることを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の製造方法及び微生物について説明する。
本発明の製造方法は、マイセリゲネランス属に属する微生物を、資化可能な炭素源を含む培地に培養し、培地中に下記式(1)で表される化合物を生成させることを特徴とする。
【0014】
【化3】

【0015】
本発明の製造方法に用いられる微生物は、マイセリゲネランス属に属する微生物であって、前記式(1)で表される化合物を生成することができるものであれば特に制限はない。
【0016】
本発明の製造方法においては、配列番号1に示す塩基配列、又は配列番号1に示す塩基配列と16S rRNA遺伝子の塩基配列に基づく分子系統学上同等の塩基配列、を含む16S rRNA遺伝子を有し、以下の菌学的性質を示す、前記式(1)で表される化合物の生産能を有するマイセリゲネランス属に属する微生物を用いることが好ましい。
【0017】
(菌学的性質)
(1)グラム染色性 陽性
(2)菌の形状 球状
(3)運動性 無し
(4)胞子 形成
(5)分岐した菌糸の形成 形成する
(6)気中菌糸の形成 形成しない
【0018】
本発明の製造方法に用いられる微生物は、前記式(1)で表される化合物の生産能を有するマイセリゲネランス属に属する微生物の中でも、前記式(1)で表される化合物の生成能が高いマイセリゲネランス・エスピー(Myceligenerans sp.)KSM−TB839株であることが、更に好ましい。なお、マイセリゲネランス・エスピー(Myceligenerans sp.)KSM−TB839株は、2009年9月17日付で、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1−1−1つくばセンター中央第6)に、受託番号 FERM P−21850として寄託された。
【0019】
本発明に用いることができるマイセリゲネランス属に属する微生物は、例えば、生育阻害化合物資化性菌の中から取得することが出来る。生育阻害化合物としてフルフリルアルコール等が挙げられるが、これに制限するものではない。これら資化性を、例えば、フルフリルアルコールを唯一の炭素源とするYeast Nitrogen Base(Difco社製)で培養し、以下に記載の菌学的性質を指標にして本発明に用いることができるマイセリゲネランス属に属する微生物を見出すことができる。
【0020】
本発明の製造方法に特に好ましく用いることができるマイセリゲネランス・エスピー(Myceligenerans sp.)KSM−TB839株(受託番号 FERM P−21850)の菌学的性質は、以下の通りである。
【0021】
(a)培養的性質
1.DifcoTM Marine Agar 2216培地 (BD社製):25℃、3日間で良好に生育
2.フルフリルアルコールを0.5%含有するYeast Nitrogen Base(YNB)寒天培地における生育:25℃、7日間で良好に生育
3.LB寒天培地(0.125% LB培地「ダイゴ」(日本製薬)、0.9% 人工海水、1.5% 寒天、pH7における生育:25℃、7日間で良好に生育
【0022】
(b)形態的性質
DifcoTM Marine Agar 2216培地 (BD社製)における、25℃、72時間培養後のコロニー形態を示す。
1.直径:1.0−2.0mm
2.色調:黄色
3.形状:円形
4.隆起状態:レンズ状
5.周縁:糸状
6.表面形状:スムーズ
7.透明度:不透明
8.粘稠度:培地に固着
【0023】
(c)生理学的性質
1.生育温度試験
45℃ 生育する
50℃ 生育せず
2.カタラーゼ反応:陽性
3.オキシダーゼ反応:陰性
4.嫌気状態での生育:陰性
5.グルコースからの酸/ガス産生
酸産生:陰性
ガス産生:陰性
6.MOF培地を用いたO/Fテスト
酸化:陰性
醗酵:陰性
7.API150CHEを用いた酸化試験
グリセロール :陰性
エリスリトール :陰性
D−アラビノース :陰性
L−アラビノース :陽性
リボース :陰性
D−キシロース :陽性
L−キシロース :陰性
アドニトール :陰性
β−メチル−キシロシド :陽性
ガラクトース :陰性
グルコース :陽性
フラクトース :陰性
マンノース :陽性
ソルボース :陰性
ラムノース :陰性
ズルシトール :陰性
イノシトール :陰性
マンニトール :陰性
ソルビトール :陰性
α−メチル−D−マンノシド:陰性
α−メチル−D−グルコシド:陽性
N−アセチルグルコサミン :陰性
アミグダリン :陰性
アルブチン :陽性
エスクリン :陽性
サリシン :陰性
セロビオース :陽性
マルトース :陰性
ラクトース :陰性
メリビオース :陰性
サッカロース :陽性
トレハロース :陽性
イヌリン :陰性
メレチトース :陰性
ラフィノース :陰性
でんぷん :陰性
グリコーゲン :陰性
キシリトール :陰性
ゲンチオビオース :陽性
D−ツラノース :陽性
D−リキソース :陽性
D−タガトース :陰性
D−フコース :陰性
L−フコース :陰性
D−アラビトール :陰性
L−アラビトール :陰性
グルコネート :陰性
2−ケトグルコネート :陰性
5−ケトグルコネート :陽性
8.最適生育温度範囲:20〜30℃
9.最適生育pH範囲:6〜8
10.生育可能上限温度:45℃
11.生育可能pH範囲:4〜13
【0024】
(d)化学分類学的性質
マイセリゲネランス・エスピー(Myceligenerans sp.)KSM−TB839株の16S rRNAをコードする塩基配列は、マイセリゲネランス・キシリゴエンス(Myceligenerans xiligouense)株(XLG9A10.2)の16S rRNAとの間で98.9 %、イソプテリコーラ・ドクドネンシス(Isoptericola dokdonensis)株(DQ387860)の16S rRNAとの間で95.2 %、の同一性を有する。
【0025】
(e)その他の特徴
上記に示した性質は、マイセリゲネランス・エスピー(Myceligenerans sp.)KSM−TB839株が、マイセリゲネランス属であることを支持するが、これらの性質と完全に一致する菌種はマイセリゲネランス属の中に見当たらないことから、マイセリゲネランス・エスピーであると同定される。
【0026】
本発明の製造方法において、マイセリゲネランス属に属し、16S rRNA遺伝子が、マイセリゲネランス・エスピーKSM−TB839株の16S rRNAが有する配列番号1に示す塩基配列と16S rRNAの塩基配列に基づく分子系統学上同等の塩基配列を含むと共に前記の菌学的性質を示し、資化可能な炭素源からの前記式(1)で表される化合物の生産能を有する微生物を好ましく用いることができる。
【0027】
分子系統樹に基づいて生物や遺伝子の進化を研究する手法は、分子系統学として確立されている(例えば、木村資生編分子進化学入門(培風館)第164〜184頁、「7分子系統樹の作り方とその評価」参照)。16S rRNA遺伝子の塩基配列に基づく分子系統樹は、対象の微生物の16S rRNA遺伝子の塩基配列を、菌学的性質から同微生物と同種又は類縁と推定される公知の微生物の16S rRNA遺伝子の塩基配列とともに、多重アラインメント及び進化距離の計算を行い、得られた値に基づいて系統樹を作成することにより、得ることができる。分子系統樹の作成に用いる公知の微生物の16S rRNA遺伝子の塩基配列は、既存のデータベースの同一性検索によっても、取得することができる。ここで、進化距離とは、ある遺伝子間の座位(配列の長さ)あたりの変異の総数をいう。
本発明において、「分子系統学上同等」とは、前記分子系統樹において同属と認められる微生物を指すが、その中でも、16S rRNA遺伝子の塩基配列の同一性(identity)が97%以上であればより類縁であり、99%以上であれば同一種である可能性が高いと認められる。ここで、塩基配列の同一性とは、比較する2つの塩基配列を必要に応じて間隙を導入して整列(アラインメント)させ、得られる最大の塩基配列の同一性(%)をいう。塩基配列の同一性を決定する目的のためのアラインメントは、通常の方法を用いて行うことができ、例えばBLASTのような公に入手可能なコンピュータソフトウエアや、DNASIS Pro(日立ソフトウェアエンジニアリング(株))並びにGENETYX((株)ゼネティックス)等の市販のソフトウェアを使用することもできる。
【0028】
上記のようなマイセリゲネランス属に属する微生物を、資化可能な炭素源を含む培地に好気的条件下で培養することにより、同培養液中に前記式(1)で表される化合物を生成させることができる。マイセリゲネランス属に属する微生物は単独で使用することができるが、任意の1種又は2種以上の微生物を同時に使用してもよい。
【0029】
本発明において、培地は、通常には液体培地が用いられる。このような培地の具体例として、Luria-Bertani培地等が挙げられる。資化可能な炭素源としては、マイセリゲネランス属に属する微生物を好気的に培養したときに前記式(1)で表される化合物を生成するものであれば特に制限されないが、キシロース、グルコース、アラビノース、シュクロース等が挙げられ、キシロースが好ましい。資化可能な炭素源は、市販品を購入することや、当業者に周知の方法で合成することで入手することができる。
【0030】
また、本発明の製造方法において、バイオマスの糖化により製造される少糖類や単糖類等の糖化糖を炭素源として用いることもできる。バイオマスの糖化糖は、資化可能な炭素源としてそのまま用いることができるし、当業者に周知の方法により分離、精製して用いてもよい。近年、バイオマスの利用は増加の一途にあり、糖化糖は今後も産生され続けることが予測される。このような糖化糖を原材料として有効利用できれば、環境面及び産業面において重要な意味がある。
【0031】
培地中に含まれる資化可能な炭素源の濃度は、マイセリゲネランス属に属する微生物が前記式(1)で表される化合物を産生することができれば特に制限はないが、0.1〜10g/dlの範囲で使用されることが望ましい。資化可能な炭素源は段階的に培地中に追添することもできる。
【0032】
さらに、必要に応じて本発明に用いるマイセリゲネランス属に属する微生物の生育に必要な窒素源、無機塩類、各種の有機物、無機物、界面活性剤あるいは通常用いられる消泡剤などを添加することができる。これらの培地成分も、必要に応じて培地中に追添することができる。
【0033】
マイセリゲネランス属に属する微生物の培地へ接種は、例えば、生理食塩水等に懸濁したマイセリゲネランス属に属する微生物を生産培地に直接摂取する方法や、生産培地にマイセリゲネランス属に属する微生物を1白金耳直接接種することなどにより行うことができる。
【0034】
本培養の培養温度は、マイセリゲネランス属に属する微生物が生育しうる範囲内、即ち通常20〜45℃で行われるが、好ましくは20〜30℃の範囲である。また、培地のpHは通常6〜8、好ましくは7の近傍で調節される。培養期間は使用する培地の種類及び炭素源の濃度により異なり、通常24時間から14日間程度である。本発明における培養は、培地の栄養源が最大限に利用され、かつ培養液中に生成する前記式(1)で表される化合物の蓄積量が最大に達した時点で培養を終了させることが好ましい。
【0035】
なお、培養液中の前記式(1)で表される化合物の種類及び生成量は高速液体クロマトグラフィー、LC−MSなどの通常の方法を用いて測定することができる。本発明により得られる前記式(1)で表される化合物は、当該分野において通常使用されている周知の手段、例えばろ過、遠心分離、真空濃縮、イオン交換又は吸着クロマトグラフィー、溶媒抽出、蒸留、結晶化などの操作を必要に応じて適宜組み合わせて用いることにより、培養液中から採取できるが、これらの方法に特に制限されることはない。
【0036】
上述のように、本発明の製造方法及び微生物を用いることで、前記式(1)で表される化合物を製造することができる。前記式(1)で表される化合物は、新規な糖誘導体であるグルコース2、6サクシネートである。
前記式(1)で表されるグルコース2,6サクシネートは、グルコース骨格の2位と6位の水酸基がマスクされているので、グルコース骨格の1位の水酸基のみを特異的に反応させることができる。一般に、化学合成反応においては、糖分子の所望の位置の水酸基において反応を進行させるためには、他の位置の水酸基を何らかの方法でマスクし、反応できないようにする必要がある。このようなマスキング操作は、化学反応における選択性を向上させる上で重要である。例えば、糖における水酸基の反応性は1位、6位、2位、3位、4位の順に低くなっていることが知られているものの(非特許文献2)、1位のみを特異的にグルコシル化反応させるためには、少なくとも6位と2位をマスクする必要がある。言い換えれば、1位についで反応性の高い6位、及び2位が予めマスクされていれば、マスキング操作をしなくても1位のみを反応させることが容易となる。したがって、前記式(1)で表される化合物は医薬、化粧品、食品分野に代表される化学合成の分野における出発原料物質として有用である。
【0037】
また、前記式(1)で表される化合物はこれまで報告されていない新規な化合物であり、分子それ自体の機能性も期待される。例えば、グルコースのアナログを例にとると、[1gF]−フルオロ−2−デオキシ−D−グルコースは口腔癌のPET診断に、3−メチルグルコースは糖の取り込み活性の評価に、2−デオキシグルコースは酵母の変異育種に、α−メチル−D−グルコピラノシドはウサギの腎臓での小胞グルコース輸送の検討に用いられている。そのため、本発明の前記式(1)で表される化合物についても、このような多岐にわたる用途が期待できる。
【実施例】
【0038】
以下、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
試験例
(1)菌株の取得
0.85%(w/v)食塩水5mLに土壌(千葉県坂田港の海底土壌)を適量加え、撹拌し、静置後、pH7に調整した0.67%(w/v)YNB(Difco社製)、1.8%(w/v) ダイゴ人工海水(日本製薬)、0.5%(v/v)フルフリルアルコール(和光純薬)、1.5%(w/v)Bacto Ager(和光純薬)からなる寒天培地に適量塗抹し、25℃にて30日間培養した。生育してきた菌株をモノコロニー化し、KSM−TB839株を取得した。
【0039】
(2)菌株の同定
形態観察並びにBARROWらの方法(G.I.BARROW and R.K.A.FELTHAM: Cowan and Steel’s Manual for the Identification of Medical Bacteria,3rd edition,1993,Cambridge University Press参照)に基づきカタラーゼ反応、オキシダーゼ反応試験を行った。その結果、KSM−TB839株が運動性を有さないグラム陽性糸状桿菌(菌糸幅:0.7−0.8μm)で、短鎖胞子を形成し、嫌気条件下で生育せず、45℃で生育するが50℃では生育しないこと、MB2216寒天培地上で黄色のコロニーを形成し、気中菌糸を形成せず、カタラーゼ反応に対し陽性を示し、オキシダーゼ反応に対し陰性を示した。
【0040】
API150CHE(bioMerieux, Lyon, France)を用いて、酸化試験などの試験を行ったところ、エリスリトール、D−アラビノース及びリボースなどを酸化せず、L−アラビノース、β−メチル−D−キシロシド及びグルコースなどを酸化する性質を示した。
【0041】
生理・生化学試験の結果からは、KSM−TB839株が、マイセリゲネランス・キシリゴエンスの性状に類似性があるものの、β−メチル−D−キシロシド及びα−メチル−D−グルコシドの酸化する点、ラムノース、マンニトール、及びサリシンなどを酸化しない点で異なっておりマイセリゲネランス属細菌であることを支持するが、一致した属種は認められなかった。
【0042】
KSM−TB839株の染色体DNAを鋳型とし、配列番号2の塩基配列からなるオリゴヌクレオチド及び配列番号3の塩基配列からなるオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いて、常法に従いPCRを行い(中川恭好、川崎浩子:遺伝子解析法 16S rRNA遺伝子の塩基配列決定法、日本放線菌学会編 放線菌の分類と同定 88−117pp、日本化学会事務センター、2001)、16S rRNAをコードする領域を増幅させた。得られた増幅断片の塩基配列を解読し、16S rRNAの部分配列(配列番号1:1484塩基)を決定した。
【0043】
マイセリゲネランス・キシリゴエンス(Myceligenerans xiligouense)株(XLG9A10.2)の16S rRNAとの間で98.9 %、イソプテリコーラ・ドクドネンシス(Isoptericola dokdonensis)株(DQ387860)の16S rRNAとの間で95.2 %、の同一性を有していた。そのため、KSM−TB839株、マイセリゲネランス・キシリゴエンスに帰属する可能性も考えられるが、それぞれ14塩基の相違点が認められることから、異なる可能性が否定できない。
【0044】
以上の結果から、KSM−TB839株がマイセリゲネランス属に属するマイセリゲネランス・エスピーであると同定した。
【0045】
実施例 糖誘導体の製造
1.キシロース変換物質及びグルコース変換物質の探索
pH6又はpH8に調整したLBX培地(0.25% LB培地「ダイゴ」(日本製薬)、0.9% 人工海水、0.5% キシロース)又は、pH6又はpH8に調整したLBG培地(0.25% LB培地「ダイゴ」(日本製薬)、0.9% 人工海水、0.5% グルコース)にマイセリゲネランス・エスピーKSM−TB839株を1白金耳植菌し、7日間振盪培養(30℃、250rpm)した。培養液を遠心分離(12000rpm、20分)し、上清画分を分画した。
【0046】
培養液上清中に含まれる化合物の分析は、CAPCEL PAK C18 AQ(SHISEIDO)を用い、日立LaChrom Elite装置(HITACHI社)にて行った。サンプルを(0.1%(v/v)ギ酸溶液)で適宜希釈し、流速0.5mL/min、流速; 0.5 mL/min、カラム温度; 30℃、サンプル注入量; 10μL、0.1%ギ酸溶液から30%アセトニトリルを含む0.1%ギ酸溶液への濃度勾配条件(表1)にてHPLCを行い、CoronaTM CADTM荷電化粒子検出器(ESA社)及びUV検出器(HITACHI社)にて分析した。分析サンプルはいずれもDISMIC−13CP Cellulose Acetate 0.2μm(ADVANTEC社製)にてフィルター濾過処理して用いた。
【0047】
【表1】

【0048】
その結果、pH8に調整したLBX培地、pH6及びpH8に調整したLBG培地の培養上清中に、培養しなかった培地には存在しない物質の特徴的なピーク(溶離時間20.05分)が認められた(図1)。
【0049】
2.特徴的なピーク成分の精製
pH8に調整したLBX培地(0.25% LB培地「ダイゴ」(日本製薬)、0.9% 人工海水、0.5% キシロース)にマイセリゲネランス・エスピーKSM−TB839株を1白金耳植菌し、7日間振盪培養(30℃、250rpm)した。培養液を遠心分離(12000rpm、20分)し、上清画分を分画した。分画した上清はDISMIC−13CP Cellulose Acetate 0.2μm(ADVANTEC社製)にてフィルター濾過処理した。
【0050】
分画した上清を適宜濃縮し、移動層である30%メタノールで安定化させたInertsil ODS3分取カラム(ジーエルサイエンス)を用い、流速7.5mL/min、カラム温度40℃、サンプル注入量200μL、分析時間20minの条件にてHPLCを行い、UV(210nm)検出器にて分析し、特徴的なピークを分取した。分取した画分は、実施例1の条件に従いHPLC分析し、特徴的なピークが精製されていることを確認した(図2)。分取された特徴的なピークの化合物の重量から生産性が0.6g/Lであることが判った。
【0051】
3.特徴的なピーク成分の同定
特徴的なピークをNMRにより解析した。NMRによる解析は、乾固したサンプル(4mg)を500μLの溶媒(混合比率、D2O : CD3OD = 1:1)に溶解し、1H NMR(600MHz)及び13C NMR(150MHz)をAV−600(BRUKER社)にて測定することで行った。その結果を表2に示す。
【0052】
【表2】

【0053】
測定結果を解析したところ、本化合物が下記式(1)で表されるグルコース2,6サクシネートであることが判った。
【0054】
【化4】

本化合物の融点を融点測定器 MPA-50型(宮本理研工業株式会社)を用いて測定したところ、融点303.0〜305.0(分解温度)であることが判った。
【0055】
これらの結果から、本発明の製造方法又は本発明の微生物により、キシロースやグルコース等を含む培地を用いて、前記式(1)で表される化合物を製造するできることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マイセリゲネランス(Myceligenerans)属に属する微生物を、資化可能な炭素源を含む培地で培養し、培地中に下記式(1)で表される化合物を生成させることを特徴とする、下記式(1)で表される化合物の製造方法。
【化1】

【請求項2】
前記資化可能な炭素源がキシロース又はグルコースであることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記マイセリゲネランス(Myceligenerans)属に属する微生物が、配列番号1に示す塩基配列、又は配列番号1に示す塩基配列と16S rRNA遺伝子の塩基配列に基づく分子系統学上同等の塩基配列、を含む16S rRNA遺伝子を有し、以下の菌学的性質を示し、資化可能な炭素源からの下記式(1)で表される化合物の生産能を有する微生物である、請求項1又は2記載の製造方法。
(1)グラム染色性 陽性
(2)菌の形状 球状
(3)運動性 無し
(4)胞子 形成
(5)分岐した菌糸の形成 形成する
(6)気中菌糸の形成 形成しない
【化2】

【請求項4】
前記マイセリゲネランス(Myceligenerans)属に属する微生物がマイセリゲネランス・エスピー(Myceligenerans sp.)KSM−TB839株(FERM P−21850)である請求項1〜3のいずれか記載の製造方法。
【請求項5】
マイセリゲネランス(Myceligenerans)属に属し、資化可能な炭素源からの下記式(1)で表される化合物の生産能を有する微生物。
【化3】

【請求項6】
前記資化可能な炭素源がキシロース又はグルコースであることを特徴とする請求項5記載の微生物。
【請求項7】
配列番号1に示す塩基配列、又は配列番号1に示す塩基配列と16S rRNA遺伝子の塩基配列に基づく分子系統学上同等の塩基配列、を含む16 SrRNA遺伝子を有し、以下の菌学的性質を示すことを特徴とする請求項5又は6記載の微生物。
(1)グラム染色性 陽性
(2)菌の形状 球状
(3)運動性 無し
(4)胞子 形成
(5)分岐した菌糸の形成 形成する
(6)気中菌糸の形成 形成しない
【請求項8】
マイセリゲネランス・エスピー(Myceligenerans sp.)KSM−TB839株(FERM P−21850)。
【請求項9】
下記式(1)で表される化合物。
【化4】


【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2011−254780(P2011−254780A)
【公開日】平成23年12月22日(2011.12.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−133958(P2010−133958)
【出願日】平成22年6月11日(2010.6.11)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【出願人】(504196300)国立大学法人東京海洋大学 (83)
【Fターム(参考)】