説明

糖鎖認識受容体の新規用途

【課題】マラセチアを認識し、炎症応答を誘発する機構に関与する新規分子を同定すること、ならびに該分子を介した過剰な炎症応答を調節することにより、マラセチア感染症に対する新規な治療・予防手段を提供すること。
【解決手段】ミンクルの発現またはミンクルとマラセチアもしくはFcRγとの相互作用を阻害する物質を含有してなる、マラセチア感染症の治療および/または予防剤。ミンクルもしくはその細胞外領域を含む断片とマラセチアとを、被験物質の存在下および非存在下で接触させ、両条件下におけるミンクルもしくはその断片とマラセチアとの相互作用の程度を比較することを特徴とする、マラセチア感染症の治療および/または予防物質のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖鎖認識受容体として知られるミンクル(Mincle; Macrophage inducible C-type lectin)の新規用途に関する。詳細には、本発明は、ミンクルの発現または機能を阻害することによるマラセチア感染症の治療および/または予防、ミンクルの発現または機能を指標とするマラセチア感染症の治療および/または予防物質のスクリーニング方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
マラセチア(Malassezia sp.)はヒトおよびその他の哺乳動物等の皮膚に常在する真菌類である。しかし、宿主の免疫力の低下やアトピー、環境的な問題等の一定の条件が満たされると侵襲的感染をひきおこし、癜風、毛包炎、およびアトピー性皮膚炎の原因ともなる(非特許文献1、2)。新生児に至っては、致死性の敗血症につながることすらある(非特許文献3)。アトピー性/湿疹様皮膚炎および乾癬にあっては、マラセチアは皮膚の損傷部位で炎症反応を引き起こす。しかしながら、宿主細胞によるマラセチアの認識機構はまったくわかっておらず、上記の疾患等に特に有効な治療方法は確立されていない。
また、マラセチアは皮脂腺から分泌される皮脂を栄養にして増殖し、炎症を惹起して、フケ症や脂漏性皮膚炎の原因ともなる。
【0003】
生物が基本的に有する、異物や病原体に対する防御システムである非特異的な自然免疫系において、中心的な役割を担っているのはToll様受容体(TLR)である。10種を超えるTLRファミリー分子が病原体に特有の構成成分を認識して、免疫応答を開始する。近年、TLR以外の受容体もまたこれらのプロセスに重要な役割を果たしていることが明らかになりつつある。例えば、C型レクチン受容体ファミリーのDectin-1やDectin-2が特定の真菌類を認識して、抗真菌免疫を誘導することが報告されている(非特許文献4、5)。また最近、同じくC型レクチン受容体ファミリーに属するミンクル(Clec4eまたはClecsf9としても知られる)が、カンジダ症の原因菌であるカンジダ・アルビカンス(Candida albicans)に対する自然免疫応答に必須であると報告されている(非特許文献6)。
しかしながら、マラセチアの認識およびそれに対する自然免疫応答へのC型レクチン受容体ファミリーの関与については、これまで全く知られていない。
【非特許文献1】FEMS Immunol. Med. Microbiol., 47, 14-23(2006)
【非特許文献2】Int. Arch. Allergy Immunol., 127, 161-169(2002)
【非特許文献3】Adv. Neonatal Care, 6, 68-77(2006)
【非特許文献4】Nat. Immunol., 8, 39-46(2007)
【非特許文献5】J. Biol. Chem., 281, 38854-38866(2006)
【非特許文献6】J. Immunol., 180(11), 7404-7413(2008)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、マラセチアを認識し、炎症応答を誘発する機構に関与する新規分子を同定することであり、該分子を介した過剰な炎症応答を調節することにより、マラセチア感染症に対する新規な治療および予防手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、ミンクルがFcRγと選択的に会合し、マクロファージを活性化して炎症性サイトカイン/ケモカインを産生させることを見出していたので、FcRγを介するシグナル伝達によって活性化される転写因子の制御下にあるレポーター遺伝子を導入した細胞を用いて、種々の病原性真菌からミンクルによって認識されうる真菌をスクリーニングした。その結果、ミンクルがマラセチア属に属する真菌を特異的に認識することを見出した。さらに、マクロファージにおけるミンクルの発現が、マラセチア刺激で顕著に上昇することも見出した。本発明者らは、これらの知見に基づいてさらに研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0006】
即ち、本発明は次の通りである。
[1]ミンクルの発現を阻害する物質またはミンクルとマラセチアもしくはFcRγとの相互作用を阻害する物質を含有してなる、マラセチア感染症の治療および/または予防剤。
[2]ミンクルとマラセチアとの相互作用を阻害する物質が、以下の(a)〜(d)から選ばれる1以上である、[1]に記載の剤。
(a)カルシウムキレート剤
(b)α-マンノース、または配列番号:2で表されるヒトミンクルのアミノ酸配列中アミノ酸番号169〜171で示されるアミノ酸配列もしくは他の哺乳動物のオルソログにおける対応するアミノ酸配列からなるモチーフを認識するα-マンノース誘導体、あるいはその塩
(c)配列番号:2で表されるヒトミンクルのアミノ酸配列中アミノ酸番号169〜171で示されるアミノ酸配列もしくは他の哺乳動物のオルソログにおける対応するアミノ酸配列からなるモチーフを含むペプチド
(d)ミンクルに対する抗体。
[3]ミンクルの発現を阻害する物質が、ミンクル遺伝子に対するアンチセンス核酸、リボザイムまたはsiRNAである、[1]に記載の剤。
[4]ミンクルとFcRγとの相互作用を阻害する物質が、ミンクルおよび/またはFcRγに対する抗体である、[1]に記載の剤。
[5]以下の(a)〜(d)の工程を含むことを特徴とする、マラセチア感染症の治療および/または予防物質のスクリーニング方法。
(a)ミンクルもしくはその細胞外領域を含む断片とマラセチアとを、被験物質の存在下および非存在下で接触させる工程
(b)被験物質の存在下および非存在下におけるミンクルもしくはその断片とマラセチアとの相互作用の程度を測定する工程
(c)被験物質の存在下と非存在下との間で該相互作用の程度を比較する工程
(d)被験物質の存在下で、非存在下と比較して該相互作用が低下した場合に、該被験物質をマラセチア感染症の治療および/または予防物質として選択する工程。
[6]ミンクルもしくはその細胞外領域を含む断片が、ミンクルもしくはその細胞外および膜貫通領域を含む断片とFcRγとを発現する細胞の形態で提供され、相互作用の程度が、該細胞におけるミンクルおよびFcRγを介するシグナル伝達の活性化を指標として決定されることを特徴とする、[5]に記載の方法。
[7]シグナル伝達の活性化を、該シグナル伝達により活性化される転写因子が結合し得る塩基配列を含むプロモーターの制御下にある遺伝子の発現変動を測定することにより決定する、[6]に記載の方法。
[8]以下の(a)〜(c)の工程を含むことを特徴とする、マラセチア感染症の治療および/または予防物質のスクリーニング方法。
(a)被験物質の存在下および非存在下で、ミンクルを産生する細胞における該蛋白質またはそれをコードするmRNAの量を測定する工程
(b)被験物質の存在下と非存在下との間でミンクルまたはそれをコードするmRNAの量を比較する工程
(c)被験物質の存在下で、非存在下と比較してミンクルまたはそれをコードするmRNAの量が低下した場合に、該被験物質をマラセチア感染症の治療および/または予防物質として選択する工程。
[9]工程(a)においてマラセチアを共存させることを特徴とする、[8]に記載の方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、ミンクルとマラセチアとの相互作用、ならびにマラセチア刺激によるミンクルの発現および/または機能の異常亢進を抑制し、ミンクル/FcRγを介したシグナル伝達を遮断して炎症反応を抑制し、マラセチア感染症を治療および/または予防することができる。また、ミンクルとマラセチアとの該相互作用に及ぼす効果を指標として、該炎症反応を調節する作用を有する物質を選抜することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明における「ミンクル」および「FcRγ」は、それぞれ配列番号:2および配列番号:4で表されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含む蛋白質である。本明細書において、蛋白質およびペプチドは、ペプチド標記の慣例に従って左端がN末端(アミノ末端)、右端がC末端(カルボキシル末端)で記載される。
これらの蛋白質は、ヒトや他の温血動物(例えば、モルモット、ラット、マウス、ニワトリ、ウサギ、イヌ、ブタ、ヒツジ、ウシ、サルなど)の細胞[例えば、肝細胞、脾細胞、神経細胞、グリア細胞、膵臓β細胞、骨髄細胞、メサンギウム細胞、ランゲルハンス細胞、表皮細胞、上皮細胞、杯細胞、内皮細胞、平滑筋細胞、線維芽細胞、線維細胞、筋細胞、脂肪細胞、免疫細胞(例、マクロファージ、T細胞、B細胞、ナチュラルキラー細胞、肥満細胞、好中球、好塩基球、好酸球、単球)、巨核球、滑膜細胞、軟骨細胞、骨細胞、骨芽細胞、破骨細胞、乳腺細胞もしくは間質細胞、またはこれら細胞の前駆細胞、幹細胞もしくは癌細胞など]あるいはそれらの細胞が存在するあらゆる組織[例えば、脳、脳の各部位(例、嗅球、扁桃核、大脳基底球、海馬、視床、視床下部、大脳皮質、延髄、小脳)、脊髄、下垂体、胃、膵臓、腎臓、肝臓、生殖腺、甲状腺、胆のう、骨髄、副腎、皮膚、筋肉(例、平滑筋、骨格筋)、肺、消化管(例、大腸、小腸)、血管、心臓、胸腺、脾臓、顎下腺、末梢血、前立腺、睾丸、卵巣、胎盤、子宮、骨、関節、脂肪組織(例、白色脂肪組織、褐色脂肪組織)など]等から、自体公知の蛋白質分離精製技術により単離・精製されるものであってよい。
【0009】
「配列番号:2(または4)で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列」としては、配列番号:2(または4)で表されるアミノ酸配列と約60%以上、好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%以上、いっそう好ましくは約90%以上、特に好ましくは約95%以上、最も好ましくは約97%以上の類似性を有するアミノ酸配列などが挙げられる。ここで「類似性」とは、該技術分野において公知の数学的アルゴリズムを用いて2つのアミノ酸配列をアラインさせた場合の、最適なアラインメント(好ましくは、該アルゴリズムは最適なアラインメントのために配列の一方もしくは両方へのギャップの導入を考慮し得るものである)における、オーバーラップする全アミノ酸残基に対する同一アミノ酸および類似アミノ酸残基の割合(%)を意味する。「類似アミノ酸」とは物理化学的性質において類似したアミノ酸を意味し、例えば、芳香族アミノ酸(Phe、Trp、Tyr)、脂肪族アミノ酸(Ala、Leu、Ile、Val)、極性アミノ酸(Gln、Asn)、塩基性アミノ酸(Lys、Arg、His)、酸性アミノ酸(Glu、Asp)、水酸基を有するアミノ酸(Ser、Thr)、側鎖の小さいアミノ酸(Gly、Ala、Ser、Thr、Met)などの同じグループに分類されるアミノ酸が挙げられる。このような類似アミノ酸による置換は蛋白質の表現型に変化をもたらさない(即ち、保存的アミノ酸置換である)ことが予測される。保存的アミノ酸置換の具体例は該技術分野で周知であり、種々の文献に記載されている(例えば、Bowieら,Science, 247:1306-1310(1990)を参照)。
【0010】
本明細書におけるアミノ酸配列の類似性は、相同性計算アルゴリズムNCBI BLAST(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)を用い、以下の条件(期待値=10;ギャップを許す;マトリクス=BLOSUM62;フィルタリング=OFF)にて計算することができる。アミノ酸配列の類似性を決定するための他のアルゴリズムとしては、例えば、Karlinら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90: 5873-5877(1993)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはNBLASTおよびXBLASTプログラム(version 2.0)に組み込まれている(Altschulら, Nucleic Acids Res., 25: 3389-3402(1997))]、Needlemanら, J. Mol. Biol., 48: 444-453(1970)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはGCGソフトウェアパッケージ中のGAPプログラムに組み込まれている]、MyersおよびMiller, CABIOS, 4: 11-17(1988)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはCGC配列アラインメントソフトウェアパッケージの一部であるALIGNプログラム(version 2.0)に組み込まれている]、Pearsonら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 85: 2444-2448(1988)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはGCGソフトウェアパッケージ中のFASTAプログラムに組み込まれている]等が挙げられ、それらも同様に好ましく用いられ得る。
【0011】
より好ましくは、配列番号:2(または4)で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列とは、配列番号:2(または4)で表されるアミノ酸配列と約60%以上、好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%以上、いっそう好ましくは約90%以上、特に好ましくは約95%以上、最も好ましくは約97%以上の同一性を有するアミノ酸配列である。
【0012】
「配列番号:2(または4)で表されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含む蛋白質」は、配列番号:2(または4)で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列を含み、且つ配列番号:2(または4)で表されるアミノ酸配列からなる蛋白質と実質的に同質の活性を有する蛋白質である。
ここで「活性」とは、ミンクルの場合、マラセチアと相互作用して、FcRγを介して炎症性サイトカイン等の産生を誘導する活性、FcRγの場合、ミンクルと共役して炎症性サイトカイン等の産生を誘導する活性をいう。また、「実質的に同質」とは、例えば生理学的に、あるいは薬理学的にみて、その性質が定性的に同一であることを意味する。したがって、該活性は同等であることが好ましいが、これらの活性の程度(例、約0.01〜約100倍、好ましくは約0.1〜約10倍、より好ましくは0.5〜2倍)や、蛋白質の分子量などの量的要素は異なっていてもよい。
ミンクルとマラセチアおよびミンクルとFcRγとの相互作用は、自体公知の方法に準じて行うことができ、例えば、後記実施例に記載の方法等に従って行うことができる。
【0013】
また、本発明におけるミンクルには、配列番号:2で表されるアミノ酸配列において1または2個以上(例えば1〜30個程度、好ましくは1〜10個程度、より好ましくは1〜数(5、4、3もしくは2)個)のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加された(あるいはそれらが組み合わされた)アミノ酸配列を含有する蛋白質などのいわゆるムテインも含まれる。上記のようにアミノ酸配列が挿入、欠失または置換されている場合、その挿入、欠失または置換の位置は、マラセチアと相互作用する能力およびFcRγを介したシグナル伝達能力が保持される限り、特に限定されない。配列番号:2で表されるアミノ酸配列中アミノ酸番号169-171で示されるEPN(Gln-Pro-Asn)モチーフ(推定のマンノース結合モチーフ)を変異させると、マラセチアと相互作用しないことから、当該モチーフを含む糖認識ドメイン(CRD)を保持する必要があると考えられる。
同様に、本発明におけるFcRγには、配列番号:4で表されるアミノ酸配列において、1または2個以上(例えば1〜30個程度、好ましくは1〜10個程度、より好ましくは1〜数(5、4、3もしくは2)個)のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加された(あるいはそれらが組み合わされた)アミノ酸配列を含有する蛋白質も含まれる。
【0014】
本発明におけるミンクル蛋白質の別の好ましい例として、種々のスプライシングバリアント(例えば、ミンクルの場合、GeneCards(登録商標)のAlternative Splicing Database(ASD)にCLEC4Eに関するSupplice Patterns(SP)1〜SP5として登録されているヒトミンクルのスプライシングバリアント等;FcRγの場合、ASDにFCER1Gに関するSP1〜SP2として登録されているヒトFcRγのスプライシングバリアント等)あるいは他の哺乳動物におけるそれらのオルソログ(例えば、ミンクルの場合、GenBankにRefSeq No. NP_064332として登録されているマウスオルソログ、RefSeq No. NP_001005897として登録されているラットオルソログ、RefSeq No. XP_001135204として登録されているチンパンジーオルソログ、RefSeq No. XP_854311として登録されているイヌオルソログ等;FcRγの場合、GenBankにRefSeq No. NP_034315として登録されているマウスオルソログ、RefSeq No. NP_001003171として登録されているイヌオルソログ等)、さらにはそれらの天然のアレル変異体もしくは多型などがあげられる。
【0015】
本発明における「マラセチア」は、マラセチア属(Malassezia)に属する真菌であれば特に限定されず、例えばMalassezia pachydermatis、Malassezia dermatis、Malassezia japonica、Malassezia nana、Malassezia slooffiae、Malassezia sympodialis、Malassezia furfur、Malassezia obtusa、Malassezia restricta、Malassezia globosa、Malassezia yamatonensisなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0016】
本発明において「ミンクルとマラセチアとの相互作用を阻害する物質」とは、マラセチアの刺激によりミンクルが活性化され、FcRγと共役してシグナルを伝達するのを阻害し得るいかなるものでもよいが、好ましくは、ミンクルとマラセチアの表面抗原分子との結合を阻害する物質が挙げられる。
【0017】
具体的には、ミンクルとマラセチアとの相互作用を阻害する物質として、例えば、以下の(a)〜(d)のいずれかの物質が挙げられる。
(a)カルシウムキレート剤
(b)α-マンノース、または配列番号:2で表されるヒトミンクルのアミノ酸配列中アミノ酸番号169〜171で示されるアミノ酸配列もしくは他の哺乳動物のオルソログにおける対応するアミノ酸配列からなるモチーフを認識するα-マンノース誘導体、あるいはその塩
(c)配列番号:2で表されるヒトミンクルのアミノ酸配列中アミノ酸番号169〜171で示されるアミノ酸配列もしくは他の哺乳動物のオルソログにおける対応するアミノ酸配列からなるモチーフを含むペプチド
(d)ミンクルに対する抗体
後記実施例に示されるとおり、ミンクルは細胞外領域の糖認識ドメイン(CRD)中のマンノース結合モチーフであるEPN(Glu-Pro-Asn)モチーフ(ヒトミンクルにあっては、配列番号:2で表されるアミノ酸配列中アミノ酸番号169〜171で示されるアミノ酸配列)において、マラセチアの菌体表面上の糖鎖抗原中のα-マンノースと結合してマラセチアを認識すると考えられる。レクチン蛋白質中のEPNモチーフとマンノースとの結合はカルシウムイオン(Ca2+)要求性であることから、カルシウムイオンをキレートして結合に関与するカルシウムイオンを除去することにより、ミンクルとマラセチアとの結合を阻害することができる。また、EPNモチーフをミミックするペプチドや、マラセチアの糖鎖抗原をミミックする糖類は、EPNモチーフと糖鎖抗原との結合を競合的に阻害することにより、ミンクルによるマラセチアの認識を阻害することができる。
【0018】
カルシウムキレート剤としては、例えば、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸(HEDTA)、ジヒドロキシエチルエチレンジアミン二酢酸(DHEDDA)、ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)、ニトリロ三酢酸(NTA)、イミノ二酢酸(IDA)、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、グルコン酸、グルコール酸、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0019】
ミンクルのEPNモチーフを認識するα-マンノース誘導体としては、例えば、マンニトール、マンノサミン、N-アセチルマンノサミン、マンヌロン酸、およびそれらを構成糖として含むオリゴ糖などが挙げられるが、それらに限定されない。α-マンノースおよびその誘導体の塩としては、例えば、塩酸塩、酢酸塩などの酸付加塩などが挙げられるが、それらに限定されない。あるα-マンノース誘導体がミンクルのEPNモチーフと結合し得るか否かは、ミンクルとそのEPNモチーフを破壊した変異体(例えば、QPD(Gln-Pro-Asp)に置換したもの等)とを用いて、両者への結合の有無を、例えば、免疫沈降法、アフィニティーカラムクロマトグラフィー、表面プラズモン共鳴などの自体公知の技術を用いて調べることにより、容易に確認することができる。
【0020】
EPNモチーフを含むペプチドは、Glu-Pro-Asnのアミノ酸配列を含む限り特に制限はないが、EPNモチーフのN末端側および/またはC末端側に隣接するミンクルの部分アミノ酸配列をさらに含むペプチドであることが好ましい。該ペプチドの長さは特に限定されないが、分子量の大きさ、合成の容易さ、抗原性の問題等を考慮すると5〜50アミノ酸程度、好ましくは5〜30アミノ酸程度、より好ましくは5〜15アミノ酸程度である。該ペプチドは、マラセチアとの結合に関与しないアミノ酸配列を含んでいてもよく、例えば、該結合に関与するアミノ酸配列とマラセチアとの相互作用に悪影響を及ぼさない範囲で、ペプチドの物理化学的性質(例、疎水性、等電点、熱安定性、pH安定性、対酵素安定性など)を、改善するようにデザインされたアミノ酸配列を、該結合に関与するアミノ酸配列のN末および/またはC末側に付加することができる。
【0021】
ミンクルに対する抗体は、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体の何れであってもよい。これらの抗体は、自体公知の抗体または抗血清の製造法に従って製造することができる。抗体のアイソタイプは特に限定されないが、好ましくはIgG、IgMまたはIgA、特に好ましくはIgGが挙げられる。また、該抗体は、標的抗原を特異的に認識し結合するための相補性決定領域(CDR)を少なくとも有するものであれば特に制限はなく、完全抗体分子の他、例えばFab、Fab'、F(ab’)2等のフラグメント、scFv、scFv-Fc、ミニボディー、ダイアボディー等の遺伝子工学的に作製されたコンジュゲート分子、あるいはポリエチレングリコール(PEG)等の蛋白質安定化作用を有する分子等で修飾されたそれらの誘導体などであってもよい。
【0022】
ミンクルは1回膜貫通型の細胞表面受容体であるので、本発明における抗ミンクル抗体は、ミンクルの細胞外領域を認識するものであることが望ましい。上述のように、マラセチアとの相互作用に重要なミンクルの領域は、ヒトミンクルの場合、配列番号:2で表されるアミノ酸配列中アミノ酸番号169〜171で示されるアミノ酸配列(他の哺乳動物のオルソログにおいては、それに対応するアミノ酸配列)を含む。従って、好ましくは、本発明における抗ミンクル抗体は、当該領域を認識するものである。そのような抗体は、当該領域のアミノ酸配列を含むオリゴペプチドを固相合成法などの周知のペプチド合成法を用いて合成し、これを適当なキャリア蛋白質と結合させたものを免疫原として、動物を免疫するか、リンパ球等を用いた体外免疫に付すことにより、取得することができる。しかしながら、本発明における抗ミンクル抗体は、マラセチアとの相互作用に重要な領域以外を認識するものであっても、該抗体の結合により、マラセチアがミンクルと結合してこれを活性化するのを阻害しうる限り、同様に好ましく使用することができる。
【0023】
好ましい一実施態様において、ミンクルに対する抗体はヒトを投与対象とする医薬品として使用されることから、該抗体(好ましくはモノクローナル抗体)はヒトに投与した場合に抗原性を示す危険性が低減された抗体、具体的には、完全ヒト抗体、ヒト化抗体、マウス−ヒトキメラ抗体などであり、特に好ましくは完全ヒト抗体である。ヒト化抗体およびキメラ抗体は、常法に従って遺伝子工学的に作製することができる。また、完全ヒト抗体は、ヒト−ヒト(もしくはマウス)ハイブリドーマより製造することも可能ではあるが、大量の抗体を安定に且つ低コストで提供するためには、ヒト抗体産生マウスやファージディスプレイ法を用いて製造することが望ましい。
【0024】
本発明におけるミンクルとマラセチアとの相互作用を阻害する物質は、上記のような特定の物質に限定されず、ミンクルとマラセチアとの相互作用を直接的または間接的に阻害する限り、低分子化合物などの他の物質であってもよい。そのような物質は、例えば、後述する本発明のスクリーニング方法(I)または(III)により取得することができる。
【0025】
本発明において「ミンクルの発現を阻害する物質」とは、ミンクル遺伝子の転写レベル、転写後調節のレベル、蛋白質への翻訳レベル、翻訳後修飾のレベル等のいかなる段階で作用するものであってもよい。従って、ミンクル蛋白質の発現を阻害する物質としては、例えば、ミンクル遺伝子の転写を阻害する物質、初期転写産物からmRNAへのプロセッシングを阻害する物質、mRNAの細胞質への輸送を阻害する物質、mRNAの分解を促進する物質、mRNAから蛋白質への翻訳を阻害する物質、ミンクルポリペプチドの翻訳後修飾を阻害する物質などが含まれる。
【0026】
ミンクルのmRNAから蛋白質への翻訳を特異的に阻害し得る物質として、好ましくは、これらのmRNAの塩基配列と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸が挙げられる。
ミンクルmRNAの塩基配列と実質的に相補的な塩基配列とは、哺乳動物細胞内の生理的条件下において、該mRNAの標的配列に結合してその翻訳を阻害し得る程度の相補性を有する塩基配列を意味し、具体的には、例えば、該mRNAの塩基配列と完全相補的な塩基配列(すなわち、mRNAの相補鎖の塩基配列)と、オーバーラップする領域に関して、約80%以上、好ましくは約90%以上、より好ましくは約95%以上、最も好ましくは約97%以上の類似性を有する塩基配列である。
本発明における「塩基配列の類似性」は、相同性計算アルゴリズムNCBI BLAST(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)を用い、以下の条件(期待値=10;ギャップを許す;フィルタリング=ON;マッチスコア=1;ミスマッチスコア=-3)にて計算することができる。
【0027】
より具体的にはミンクルmRNAの塩基配列と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列としては、(a)配列番号:1で表される塩基配列または(b)該塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列であって、配列番号:2で表されるアミノ酸配列からなる蛋白質と実質的に同質の活性を有する蛋白質をコードする配列と、相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列が挙げられる。ここで「実質的に同質の活性」とは前記と同義である。
ストリンジェント条件下とは、例えば、Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons,6.3.1-6.3.6, 1999に記載される条件、例えば、6×SSC(sodium chloride/sodium citrate)/45℃でのハイブリダイゼーション、次いで0.2×SSC/0.1% SDS/50〜65℃での一回以上の洗浄等が挙げられるが、当業者であれば、これと同等のストリンジェンシーを与えるハイブリダイゼーションの条件を適宜選択することができる。
【0028】
ミンクルmRNAは、好ましくは、配列番号:1で表される塩基配列を含むヒトミンクルmRNA(RefSeq Accession No. NM_014358)、あるいは他の哺乳動物におけるそれらのオルソログ(例えば、GenBankにRefSeq No. NM_019948として登録されているマウスオルソログ、RefSeq No. NM_001005897として登録されているラットオルソログ、RefSeq No. XM_001135204として登録されているチンパンジーオルソログ、RefSeq No. XM_849218として登録されているイヌオルソログ等)、さらにはそれらの天然のアレル変異体、遺伝子多型である。
【0029】
「ミンクルmRNAの塩基配列と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列の一部」とは、ミンクルmRNAに特異的に結合することができ、且つ該mRNAからの蛋白質の翻訳を阻害し得るものであれば、その長さや位置に特に制限はないが、配列特異性の面から、標的配列に相補的もしくは実質的に相補的な部分を少なくとも10塩基以上、好ましくは約15塩基以上、より好ましくは約20塩基以上含むものである。
【0030】
具体的には、ミンクルmRNAの塩基配列と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸として、以下の(a)〜(c)のいずれかのものが好ましく例示される。
(a)ミンクルmRNAに対するアンチセンス核酸
(b)ミンクルmRNAに対するsiRNA
(c)ミンクルmRNAに対するsiRNAを生成し得る核酸。
【0031】
本発明における「ミンクルmRNAに対するアンチセンス核酸」とは、該mRNAの塩基配列と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸であって、標的mRNAと特異的且つ安定した二重鎖を形成して結合することにより、蛋白質合成を抑制する機能を有するものである。アンチセンス核酸は、二本鎖DNA、一本鎖DNA、二本鎖RNA、一本鎖RNA、DNA:RNAハイブリッドであってもよく、さらに公知の修飾の付加されたものであってもよい。ここで「核酸」とは、プリンおよびピリミジン塩基を含有するのみでなく、修飾されたその他の複素環型塩基をもつようなものを含んでいて良い。アンチセンス核酸がDNAの場合、標的RNAとアンチセンスDNAとによって形成されるRNA:DNAハイブリッドは、内在性RNase Hに認識されて標的RNAの選択的な分解を引き起こすことができる。したがって、RNase Hによる分解を指向するアンチセンスDNAの場合、標的配列は、mRNA中の配列だけでなく、ミンクル遺伝子の初期翻訳産物におけるイントロン領域の配列であってもよい。
さらに、本発明のアンチセンス核酸は、二本鎖DNAであるミンクル遺伝子と結合して三重鎖(トリプレックス)を形成し、RNAへの転写を阻害し得るもの(アンチジーン)であってもよい。
【0032】
本発明のアンチセンス核酸の標的領域は、該アンチセンス核酸がハイブリダイズすることにより、結果としてミンクル蛋白質への翻訳が阻害されるものであればその長さに特に制限はなく、短いもので約10塩基程度、長いものでmRNAもしくは初期転写産物の全配列が挙げられる。合成の容易さや抗原性、細胞内移行性の問題等を考慮すれば、約10〜約40塩基、特に約15〜約30塩基からなるオリゴヌクレオチドが好ましいが、それに限定されない。
【0033】
アンチセンス核酸を構成するヌクレオチド分子は、天然型のDNAもしくはRNAでもよいが、安定性(化学的および/または対酵素)や比活性(RNAとの親和性)を向上させるために、種々の化学修飾を含むことができる。例えば、ヌクレアーゼなどによる分解を防ぐために、アンチセンス核酸を構成する各ヌクレオチドのリン酸残基(ホスフェート)を、例えば、ホスホロチオエート(PS)、メチルホスホネート、ホスホロジチオネートなどの化学修飾リン酸残基に置換することができる。また、各ヌクレオチドの糖(リボース)の2'位の水酸基を、-OR(Rは、例えばCH3(2'-O-Me)、CH2CH2OCH3(2'-O-MOE)、CH2CH2NHC(NH)NH2、CH2CONHCH3、CH2CH2CN等を示す)に置換してもよい。さらに、塩基部分(ピリミジン、プリン)に化学修飾を施してもよく、例えば、ピリミジン塩基の5位へのメチル基やカチオン性官能基の導入、あるいは2位のカルボニル基のチオカルボニルへの置換などが挙げられる。
RNAの糖部のコンフォーメーションはC2'-endo(S型)とC3'-endo(N型)の2つが支配的であり、一本鎖RNAではこの両者の平衡として存在するが、二本鎖を形成するとN型に固定される。したがって、標的RNAに対して強い結合能を付与するために、2'酸素と4’炭素を架橋することにより、糖部のコンフォーメーションをN型に固定したRNA誘導体であるBNA(LNA)(Imanishi, T. et al., Chem. Commun., 1653-9, 2002; Jepsen, J.S. et al., Oligonucleotides, 14, 130-46, 2004)やENA(Morita, K. et al., Nucleosides Nucleotides Nucleic Acids, 22, 1619-21, 2003)もまた、好ましく用いられ得る。
【0034】
本発明のアンチセンスオリゴヌクレオチドは、ミンクルcDNA配列もしくはゲノミックDNA配列に基づいて標的配列を決定し、市販のDNA/RNA自動合成機(アプライド・バイオシステムズ社、ベックマン社等)を用いて、これに相補的な配列を合成することにより調製することができる。
【0035】
本明細書においては、ミンクルmRNAに相補的なオリゴRNAとその相補鎖とからなる二本鎖RNA、いわゆるsiRNAもまた、ミンクルmRNAの塩基配列と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸に包含されるものとして定義される。siRNAは標的となるmRNAの塩基配列情報に基づいて、市販のソフトウェア(例:RNAi Designer; Invitrogen)を用いて適宜設計することができる。siRNAを構成するリボヌクレオシド分子もまた、安定性、比活性などを向上させるために、上記のアンチセンス核酸の場合と同様の修飾を受けていてもよい。但し、siRNAの場合、天然型RNA中のすべてのリボヌクレオシド分子を修飾型で置換すると、RNAi活性が失われる場合があるので、RISC複合体が機能できる最小限の修飾ヌクレオシドの導入が必要である。
siRNAは、mRNA上の標的配列のセンス鎖およびアンチセンス鎖をDNA/RNA自動合成機でそれぞれ合成し、適当なアニーリング緩衝液中、約90〜約95℃で約1分程度変性させた後、約30〜約70℃で約1〜約8時間アニーリングさせることにより調製することができる。また、siRNAの前駆体となるショートヘアピンRNA(shRNA)を合成し、これをダイサー(dicer)を用いて切断することにより調製することもできる。
【0036】
生体内でミンクルmRNAに対するsiRNAを生成し得るようにデザインされた核酸としては、上記したshRNAやそれを発現するように構築された発現ベクターなどが挙げられる。shRNAは、mRNA上の標的配列のセンス鎖およびアンチセンス鎖を適当なループ構造を形成しうる長さ(例えば15から25塩基程度)のスペーサー配列を間に挿入して連結した塩基配列を含むオリゴRNAをデザインし、これをDNA/RNA自動合成機で合成することにより調製することができる。shRNAの発現カセットを含む発現ベクターは、上記shRNAをコードする二本鎖DNAを常法により作製した後、適当な発現ベクター中に挿入することにより調製することができる。shRNAの発現ベクターとしては、U6やH1などのPol III系プロモーターを有するものが用いられ得る。この場合、該発現ベクターを導入された動物細胞内で転写されたshRNAは、自身でループを形成した後に、内在の酵素ダイサー(dicer)などによってプロセシングされることにより成熟siRNAが形成される。
【0037】
ミンクルmRNAの塩基配列と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸の他の好ましい例としては、該mRNAをコード領域の内部で特異的に切断し得るリボザイムが挙げられる。本明細書では、リボザイムは、配列特異的な核酸切断活性を有する限り、DNAをも包含する概念として用いられる。リボザイムとして最も汎用性の高いものとしては、ウイロイドやウイルソイド等の感染性RNAに見られるセルフスプライシングRNAがあり、ハンマーヘッド型やヘアピン型等が知られている。
【0038】
ミンクルmRNAの塩基配列と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸は、リポソーム、ミクロスフェアのような特殊な形態で供与されたり、ポリリジンのようなポリカチオン体、脂質(例、ホスホリピド、コレステロールなど)などの疎水性物質が付加された形態で提供され得る。
【0039】
本発明におけるミンクルの発現を阻害する物質は、上記のようなアンチセンス核酸、siRNA、リボザイムなどに限定されず、ミンクルの発現を直接的または間接的に阻害する限り、低分子化合物などの他の物質であってもよい。そのような物質は、例えば、後述する本発明のスクリーニング方法(IV)により取得することができる。
【0040】
本発明において「ミンクルとFcRγとの相互作用を阻害する物質」とは、マラセチア刺激により活性化されたミンクルが、FcRγと共役してシグナルを伝達するのを阻害し得るいかなるものでもよいが、好ましくは、ミンクルとFcRγとの会合を阻害する物質が挙げられる。
【0041】
具体的には、ミンクルとFcRγとの会合を阻害する物質として、例えば、ミンクルおよび/またはFcRγに対する抗体が挙げられる。ミンクルもしくはFcRγに対する抗体は、それぞれミンクルもしくはFcRγに結合することにより、パートナー分子との会合を立体的に阻害するか、あるいはコンフォーメーション変化をもたらすことにより、パートナーと会合する能力を低下させ得る。また、ミンクルおよびFcRγを認識する二重特異性抗体も、それが両抗原分子に結合することにより、それらが相互作用し得る程度にまで接近できなくなれば、FcRγを介したシグナル伝達を遮断することができるので、同様に好ましく用いることができる。これらの抗体が認識するミンクルおよびFcRγの領域は特に制限されないが、好ましくは細胞外領域である。
【0042】
ミンクルおよび/またはFcRγに対する抗体は、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体の何れであってもよい。これらの抗体は、自体公知の抗体または抗血清の製造法に従って製造することができる。抗体のアイソタイプは特に限定されないが、好ましくはIgG、IgMまたはIgA、特に好ましくはIgGが挙げられる。また、該抗体は、標的抗原を特異的に認識し結合するための相補性決定領域(CDR)を少なくとも有するものであれば特に制限はなく、上記と同様の各種形態のものが用いられ得る。
また、好ましい一実施態様において、これらの抗体はヒトを投与対象とする医薬品として使用されることから、該抗体は完全ヒト抗体、ヒト化抗体、マウス−ヒトキメラ抗体などであることが好ましく、特に好ましくは完全ヒト抗体である。
【0043】
本発明におけるミンクルとFcRγとの相互作用を阻害する物質は、上記のようなミンクルおよび/またはFcRγに対する抗体に限定されず、ミンクルとFcRγとの相互作用を直接的または間接的に阻害する限り、低分子化合物などの他の物質であってもよい。そのような物質は、例えば、後述する本発明のスクリーニング方法(II)または(III)により取得することができる。
ミンクルとFcRγとの会合には、ミンクルの膜貫通ドメイン中の、哺乳動物種間でよく保存されたアルギニン残基(配列番号:2で表されるアミノ酸配列中アミノ酸番号41で示されるアミノ酸)が重要である。したがって、ミンクルの当該アルギニン残基を含む膜貫通領域に特異的に結合し得る物質は、ミンクルとFcRγとの相互作用を有効に阻害し得る。膜貫通領域を標的とする場合は疎水性が要求されるので、脂溶性低分子化合物の利用はきわめて有利である。
【0044】
ミンクルの発現またはミンクルとマラセチアもしくはFcRγとの相互作用を阻害する物質は、FcRγ依存的なシグナル伝達を遮断して、マラセチアによって刺激される過剰な免疫反応を阻止することができる。したがって、ミンクルの発現またはミンクルとマラセチアもしくはFcRγとの相互作用を阻害する物質を含有する医薬は、マラセチア感染症(例えば、癜風、マラセチア毛包炎、マラセチア敗血症、アトピー性皮膚炎、脂漏性皮膚炎、フケ症など)の治療および/または予防剤(以下、「治療・予防剤」と略記する場合がある)などとして使用することができる。
【0045】
(1)ペプチド性化合物、低分子化合物等を含有する医薬
ミンクルまたはFcRγに対する抗体やミンクルのデコイぺプチド等のペプチド性化合物、ミンクルの発現またはミンクルとマラセチアもしくはFcRγとの相互作用を阻害する低分子化合物を含有する医薬は低毒性であり、そのまま液剤として、または適当な剤形の医薬組成物として、ヒトまたは他の哺乳動物(例、イヌ、ネコ、マウス、ラット、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、サルなど)、好ましくはヒトまたはイヌに対して、経口的または非経口的(例、血管内投与、皮下投与など)に投与することができる。
投与に用いられる医薬組成物としては、上記のペプチド性もしくは低分子化合物またはその塩と薬理学的に許容され得る担体、希釈剤もしくは賦形剤とを含むものであってもよい。このような医薬組成物は、経口または非経口投与に適する剤形として提供される。
【0046】
非経口投与のための組成物としては、例えば、注射剤、坐剤等が用いられ、注射剤は静脈注射剤、皮下注射剤、皮内注射剤、筋肉注射剤、点滴注射剤等の剤形を包含しても良い。このような注射剤は、公知の方法に従って調製できる。注射剤の調製方法としては、例えば、上記のペプチド性もしくは低分子化合物またはその塩を通常注射剤に用いられる無菌の水性液、または油性液に溶解、懸濁または乳化することによって調製できる。注射用の水性液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液等が用いられ、適当な溶解補助剤、例えば、アルコール(例、エタノール)、ポリアルコール(例、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール)、非イオン界面活性剤〔例、ポリソルベート80、HCO−50(polyoxyethylene(50mol)adduct of hydrogenated castor oil)〕等と併用してもよい。油性液としては、例えば、ゴマ油、大豆油等が用いられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等を併用してもよい。調製された注射液は、適当なアンプルに充填されることが好ましい。直腸投与に用いられる坐剤は、上記ペプチド性もしくは低分子化合物またはその塩を通常の坐薬用基剤に混合することによって調製されてもよい。
【0047】
経口投与のための組成物としては、固体または液体の剤形、具体的には錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠を含む)、丸剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤(ソフトカプセル剤を含む)、シロップ剤、乳剤、懸濁剤等が挙げられる。このような組成物は公知の方法によって製造され、製剤分野において通常用いられる担体、希釈剤もしくは賦形剤を含有していても良い。錠剤用の担体、賦形剤としては、例えば、乳糖、でんぷん、蔗糖、ステアリン酸マグネシウムが用いられる。
【0048】
上記の非経口用または経口用医薬組成物は、活性成分の投与量に適合するような投薬単位の剤形に調製されることが好都合である。このような投薬単位の剤形としては、例えば、錠剤、丸剤、カプセル剤、注射剤(アンプル)、坐剤が挙げられる。ペプチド性もしくは低分子化合物は、投薬単位剤形当たり通常5〜500mg、とりわけ注射剤では5〜100mg、その他の剤形では10〜250mg含有されていることが好ましい。
【0049】
上記のペプチド性もしくは低分子化合物またはその塩を含有する上記医薬の投与量は、投与対象、対象疾患、症状、投与ルートなどによっても異なるが、例えば、成人のアトピー性皮膚炎の治療・予防のために使用する場合には、ペプチド性もしくは低分子化合物を1回量として、通常0.01〜20mg/kg体重程度、好ましくは0.1〜10mg/kg体重程度、さらに好ましくは0.1〜5mg/kg体重程度を、1日1〜5回程度、好ましくは1日1〜3回程度、静脈注射により投与するのが好都合である。他の非経口投与および経口投与の場合もこれに準ずる量を投与することができる。症状が特に重い場合には、その症状に応じて増量してもよい。
【0050】
前記した各組成物は、上記ペプチド性もしくは低分子化合物との配合により好ましくない相互作用を生じない限り他の薬剤を含有してもよい。上記ペプチド性もしくは低分子化合物と併用し得る薬物としては、例えば、抗真菌薬、アトピー性皮膚炎治療薬、抗菌薬、ステロイド薬、非ステロイド性抗炎症薬、抗セプシス薬、抗セプティックショック薬、エンドトキシン拮抗薬あるいは抗体、シグナル伝達阻害薬、炎症性メディエーター作用抑制薬、炎症性メディエーター作用抑制抗体、炎症性メディエーター産生抑制薬、抗炎症性メディエーター作用抑制薬、抗炎症性メディエーター作用抑制抗体、抗炎症性メディエーター産生抑制薬などが挙げられる。上記のペプチド性もしくは低分子化合物とそれらの他の薬剤とは、同時または異なった時間に患者に投与すればよい。
【0051】
(2)アンチセンス核酸、siRNA、リボザイム等の核酸を含有する医薬
ミンクルmRNAに対するアンチセンス核酸、siRNA、リボザイムおよびそれらをコードする核酸を含有する医薬は低毒性であり、そのまま液剤として、または適当な剤形の医薬組成物として、ヒトまたは他の哺乳動物(例、イヌ、ネコ、マウス、ラット、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、サルなど)、好ましくはヒトまたはイヌに対して、経口的または非経口的(例、血管内投与、皮下投与など)に投与することができる。
これらの核酸をマラセチア感染症の治療・予防剤などとして使用する場合、自体公知の方法に従って製剤化し、投与することができる。即ち、本発明の核酸を、単独あるいはレトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクターなどの適当な哺乳動物細胞用の発現ベクターに機能可能な態様で挿入した後、常套手段に従って製剤化することができる。該核酸は、そのままで、あるいは摂取促進のための補助剤とともに、遺伝子銃やハイドロゲルカテーテルのようなカテーテルによって投与することができる。あるいは、エアロゾル化して吸入剤として気管内に局所投与することもできる。
さらに、体内動態の改良、半減期の長期化、細胞内取り込み効率の改善を目的に、前記核酸を単独またはリポソームなどの担体とともに製剤(注射剤)化し、静脈、皮下等に投与してもよい。
【0052】
本発明の核酸は、それ自体を投与してもよいし、または適当な医薬組成物として投与してもよい。投与に用いられる医薬組成物としては、本発明の核酸と薬理学的に許容され得る担体、希釈剤もしくは賦形剤とを含むものであってよい。このような医薬組成物は、経口または非経口投与に適する剤形として提供される。
【0053】
非経口投与のための組成物としては、例えば、注射剤、坐剤等が用いられ、注射剤は静脈注射剤、皮下注射剤、皮内注射剤、筋肉注射剤、点滴注射剤等の剤形を包含しても良い。このような注射剤は、公知の方法に従って調製できる。直腸投与に用いられる坐剤は、上記核酸を通常の坐薬用基剤に混合することによって調製されてもよい。
【0054】
経口投与のための組成物としては、固体または液体の剤形、具体的には錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠を含む)、丸剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤(ソフトカプセル剤を含む)、シロップ剤、乳剤、懸濁剤等が挙げられる。このような組成物は公知の方法によって製造され、製剤分野において通常用いられる担体、希釈剤もしくは賦形剤を含有していても良い。錠剤用の担体、賦形剤としては、例えば、乳糖、でんぷん、蔗糖、ステアリン酸マグネシウムが用いられる。
【0055】
上記の非経口用または経口用医薬組成物は、活性成分の投与量に適合するような投薬単位の剤形に調製されることが好都合である。このような投薬単位の剤形としては、例えば、錠剤、丸剤、カプセル剤、注射剤(アンプル)、坐剤が挙げられる。本発明の核酸は、例えば、投薬単位剤形当たり通常5〜500mg、とりわけ注射剤では5〜100mg、その他の剤形では10〜250mg含有されていることが好ましい。
【0056】
本発明の核酸を含有する上記医薬の投与量は、投与対象、対象疾患、症状、投与ルートなどによっても異なるが、例えば、成人のアトピー性皮膚炎の治療・予防のために使用する場合には、本発明の核酸を1回量として、通常0.01〜20mg/kg体重程度、好ましくは0.1〜10mg/kg体重程度、さらに好ましくは0.1〜5mg/kg体重程度を、1日1〜5回程度、好ましくは1日1〜3回程度、静脈注射により投与するのが好都合である。他の非経口投与および経口投与の場合もこれに準ずる量を投与することができる。症状が特に重い場合には、その症状に応じて増量してもよい。
【0057】
なお前記した各組成物は、本発明の核酸との配合により好ましくない相互作用を生じない限り他の薬剤を含有してもよい。他の薬剤としては、上記ペプチド性もしくは低分子化合物と併用し得る薬物として挙げたものが同様に例示される。
【0058】
マラセチアは皮膚常在真菌であり、正常時にはある程度以下の菌数に抑えられており、疾患を引き起こすことはない。しかし、免疫力の低下やアトピーなどの原因により、マラセチアが異常に増殖したり、あるいはストレスなどに応答してミンクルの発現が異常亢進したりすると、ミンクルがマラセチアを認識して活性化され、炎症性サイトカインの産生を誘導することにより、マラセチア感染症を発症すると考えられる。そのため、基礎疾患としてアトピーを有しているヒトやフケ症の傾向があるヒトなどでは、シャンプーやボディーソープなどの皮膚・毛髪洗浄料に、ミンクルの発現またはミンクルとマラセチアもしくはFcRγとの相互作用を阻害する物質を配合して皮膚・頭皮の洗浄を行うことにより、マラセチア認識によるミンクルの過剰な免疫応答を防ぐことができる。したがって、本発明のマラセチア感染症の治療・予防剤には、医薬組成物だけでなく、上記のような皮膚洗浄用組成物も包含される。
【0059】
本発明はまた、ミンクルの発現またはミンクルとマラセチアもしくはFcRγとの相互作用を阻害する物質を選択することによる、マラセチア感染症の治療および/または予防物質(以下、「治療・予防物質」と略記する場合がある)のスクリーニング方法を提供する。
【0060】
(I)ミンクルとマラセチアの相互作用を阻害する物質のスクリーニング法
本発明は、ミンクルもしくはその細胞外領域を含む断片とマラセチアとを、被験物質の存在下および非存在下で接触させ、両条件下におけるミンクルもしくはその断片とマラセチアとの相互作用の程度を比較することを特徴とする、マラセチア感染症の治療・予防物質のスクリーニング方法を提供する。
本スクリーニング方法に用いられるミンクルおよびマラセチアは、上記本発明の医薬に関する説明において記載されたとおりのものである。使用するマラセチアは生菌であっても死菌であってもよい。ミンクルとの相互作用に関与するマラセチアの表面抗原はα-マンノースもしくはその関連糖類であるので、加熱滅菌したマラセチアを使用することもできる。ミンクルはその全長を用いてもよいし、その細胞外領域(配列番号:2で表されるアミノ酸配列にあっては、アミノ酸番号45〜219で示されるアミノ酸配列からなる領域)を含む断片を用いてもよい。以下、特にことわらない限り、ミンクルという場合、上記の機能的断片を包含する意味で用いることとする。
【0061】
ミンクルは、上記した該蛋白質を産生する細胞もしくは組織から、自体公知の蛋白質分離精製技術を適宜組み合わせて取得することができる。あるいは、ミンクルは、該蛋白質をコードする核酸を、上記したそれらの塩基配列情報に基づいて作製したプローブもしくはプライマーを用いて、ミンクルを産生する細胞もしくは組織から調製したRNA、cDNA、cDNAライブラリー等からクローニングし、適当な発現ベクターに挿入して宿主細胞に導入し、形質転換細胞を培養して得られる組換え蛋白質を、自体公知の方法により回収することによっても取得することができる。さらには、上記したミンクルのアミノ酸配列情報に従って、公知のペプチド合成法により化学的に合成することもできる。
【0062】
マラセチアは、例えば、哺乳動物の皮膚上皮細胞から常法に従って分離することもできるが、多数の寄託機関(例、Institute of Food Microbiology, Chiba University, Chiba, Japan等)から一般に入手可能である。
【0063】
より具体的には、本スクリーニング方法は、下記の工程(a)、(b)および(c)を含む:
(a)被験物質と、ミンクルおよびマラセチアとを接触させる工程、
(b)被験物質を接触させたミンクルのマラセチアとの結合活性を測定し、該活性を、被験物質を接触させない対照ミンクルのマラセチアとの結合活性と比較する工程、および
(c)前記(b)の比較結果に基づいて、ミンクルのマラセチアとの結合活性を阻害する被験物質を、マラセチア感染症の治療・予防物質の候補として選択する工程。
【0064】
工程(a)において、被験物質としては、いかなる公知物質および新規物質であってもよく、例えば、核酸、糖質、脂質、蛋白質、ペプチド、有機低分子化合物、コンビナトリアルケミストリー技術を用いて作製された化合物ライブラリー、固相合成やファージディスプレイ法により作製されたランダムペプチドライブラリー、あるいは微生物、動植物、海洋生物等由来の天然成分などがあげられる。
【0065】
工程(a)において、被験物質は、ミンクルおよびマラセチアと接触される。工程(a)において、接触方法は特に限定されるものではないが、例えば、25〜37℃の生理条件下でミンクルおよびマラセチアを所定の濃度で混合し、被験物質を添加する方法、マラセチアを固相に固定化し、被験物質の存在下ミンクルと結合させる方法、あるいはミンクルを発現する細胞の培養液に被験物質およびマラセチアを添加する方法などが挙げられる。添加される被験物質の濃度は化合物の種類(溶解度、毒性等)により異なるが、例えば、約0.1nM〜約100nMの範囲で適宜選択される。インキュベート時間としては、例えば、約10分〜約24時間が挙げられる。
【0066】
工程(b)において、ミンクルとマラセチアとの結合活性は、以下の例にあげるような方法で測定できる。
b-1)抗ミンクル抗体または抗マラセチア抗体を用いて免疫沈降し、免疫沈降で使用しなかった抗体でウェスタンブロッティングを行い、ミンクルとマラセチアとの結合量を測定する方法。
b-2)ミンクルまたはマラセチアのいずれか一方を、ポリヒスチジンもしくはGSTなどの標識との融合蛋白質として発現させ、またはビオチン化させ、ポリヒスチジンはニッケルに、GSTはグルタチオンに、ビオチンはアビジンに結合することから、それらを利用して結合体を回収し、b-1)と同様のウェスタンブロッティングで結合量を測定する方法。
b-3)表面プラズモン共鳴法(ビアコア)。
b-4)蛍光標識したミンクルのマラセチアへの結合をフローサイトメーターで測定する方法。
【0067】
工程(b)において、結合活性の比較は、例えば、被験物質の存在下、非存在下において、ミンクルとマラセチアとの結合量の有意差の有無に基づいて行なわれる。
【0068】
工程(c)において、ミンクルのマラセチアとの結合活性を低下させる被験物質が選択される。該結合活性を低下させた被験物質は、マラセチア感染症の治療・予防物質の候補として有用である。
【0069】
(II)ミンクルとFcRγの相互作用を調節する物質のスクリーニング法
本発明はまた、被験物質の存在下および非存在下で、ミンクルもしくはその細胞外および膜貫通領域を含む断片とFcRγとを発現する細胞における、ミンクルもしくはその断片とFcRγとの相互作用の程度を測定・比較することを特徴とする、マラセチア感染症の治療・予防物質のスクリーニング方法を提供する。
本スクリーニング方法に用いられるミンクルおよびFcRγ蛋白質は、上記本発明の医薬に関する説明において記載されたとおりのものである。ミンクルはその全長を用いてもよいし、その細胞外領域および膜貫通領域(配列番号:2で表されるアミノ酸配列にあっては、アミノ酸番号22〜219で示されるアミノ酸配列からなる領域)を含む断片を用いてもよい。FcRγ蛋白質も、ミンクルとの結合および細胞内シグナル伝達に関与する領域を含む限り、その断片を用いることができる。以下、特にことわらない限り、ミンクルおよびFcRγという場合、上記の機能的断片を包含する意味で用いることとする。
【0070】
より具体的には、本スクリーニング方法は、下記の工程(a)、(b)および(c)を含む:
(a)ミンクルおよびFcRγを発現し、且つそれらの相互作用により伝達されるシグナル(「活性化シグナル」という)を測定可能な細胞に、被験物質を接触させる工程、
(b)被験物質を接触させた細胞における活性化シグナルのレベルを測定し、該レベルを、被験物質を接触させない対照細胞における活性化シグナルのレベルと比較する工程、および
(c)前記(b)の比較結果に基づいて、活性化シグナルのレベルを低下させる被験物質を、マラセチア感染症の治療・予防物質の候補として選択する工程。
【0071】
工程(a)において、被験物質としては、前記したとおりのものが用いられる。ミンクルおよびFcRγを発現する細胞は、内在のミンクルおよびFcRγを有する細胞であってもよいし、それらのいずれか一方もしくは両方を導入した組換え細胞であってもよい。ミンクルおよびFcRγを内在的に発現する細胞としては、哺乳動物より単離した胸腺細胞、マクロファージ、樹状細胞、グリア細胞、クッパー細胞、神経節細胞などが挙げられる。組換え細胞の場合、宿主細胞として、例えば、H4IIE-C3細胞、HepG2細胞、293T細胞、HEK293細胞、COS7細胞、2B4T細胞、CHO、MCF-7細胞、H295R細胞などの動物細胞をあげることができる。ミンクルおよびFcRγをコードする核酸は、スクリーニング法(I)において上記したと同様にして単離し、宿主細胞内で機能しうるプロモーターを有する発現ベクターに挿入して、例えば、リン酸カルシウム共沈殿法、PEG法、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法、リポフェクション法などにより、このベクターを宿主細胞に導入することにより作製することができる。
【0072】
被験物質と上記細胞との接触は、例えば、該細胞の培養に適した培地(例えば、約5〜20%の胎仔ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地、F12培地など)や各種緩衝液(例えば、HEPES緩衝液、リン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水、トリス塩酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、酢酸緩衝液など)の中に被験物質を添加して、細胞を一定時間インキュベートすることにより実施することができる。添加される被験物質の濃度は化合物の種類(溶解度、毒性等)により異なるが、例えば、約0.1nM〜約100nMの範囲で適宜選択される。インキュベート時間としては、例えば、約10分〜約24時間が挙げられる。
【0073】
工程(b)において、活性化シグナルレベルの測定は、当該シグナルの結果誘導される細胞の応答を測定することによって行われる。
【0074】
例えば、活性化シグナルの測定は、ミンクルおよびFcRγを介するシグナル伝達経路の下流に位置するキナーゼ、例えばSyk、Erk、CARD9等のリン酸化を定量することにより行うことができる。これらの分子のリン酸化は、細胞ライセートに対して、それぞれのリン酸化物に特異的な抗体を用いて、ウェスタンブロッティングやELISA等のイムノアッセイを行うことにより定量可能である。これらのリン酸化物特異抗体は市販されている。
また、活性化シグナルの測定は、上記シグナル伝達経路の活性化によって産生されるMIP-2、TNFα、IL-6、IL-8、IL-12、等の炎症性サイトカイン/ケモカインを、例えば、それらに対する抗体を用いてウェスタンブロッティングやELISA等のイムノアッセイにより、定量することによって行ってもよい。
【0075】
さらに別の好ましい態様においては、活性化シグナルレベルは、ミンクルおよびFcRγを介するシグナル伝達により活性化される転写因子が結合し得る塩基配列を含むプロモーターの制御下にある遺伝子の発現を指標として測定することができる。そのような転写因子としては、例えばNFAT、NFκBなどが挙げられる。これらの転写因子が結合するコンセンサスなシス配列は当該分野で周知である。該シス配列を含むプロモーターの下流にリポーター蛋白質(例えば、ルシフェラーゼ、GFP、ペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ等)をコードするDNAを連結した発現ベクターを、ミンクルおよびFcRγを発現する細胞に、上記と同様の方法により導入しておけば、活性化シグナルにより該シス配列を活性化する転写因子が活性化されると、該レポーター蛋白質の発現が誘導されるので、これを測定することにより、活性化シグナルレベルを定量することができる。
【0076】
工程(b)において、活性化シグナルレベルの比較は、被験物質の存在下、非存在下における、活性化シグナルレベルにおける有意差の有無に基づいて行なわれる。なお、被験物質を接触させない対照細胞における活性化シグナルレベルは、被験物質を接触させた細胞における活性化シグナルレベルの測定に対し、事前に測定した発現量であっても、同時に測定した発現量であってもよいが、実験の精度、再現性の観点から同時に測定した発現量であることが好ましい。
【0077】
工程(c)において、ミンクルとFcRγとの相互作用を介した活性化シグナルレベルを低下させる被験物質が選択される。活性化シグナルレベルを低下させた被験物質は、マラセチア感染症の治療・予防物質の候補として有用である。
【0078】
(III)ミンクルとマラセチアもしくはFcRγとの相互作用を調節する物質のスクリーニング法
上記スクリーニング法(II)において、被験物質と細胞との接触を、マラセチアの存在下で行うことにより、ミンクルとFcRγとの相互作用を調節する物質に加えて、ミンクルとマラセチアとの相互作用を調節する物質をスクリーニングすることが可能である。本スクリーニング法でも、同様に、活性化シグナルレベルを低下させた被験物質は、マラセチア感染症の治療・予防物質の候補として選択される。選択された物質がミンクルとマラセチア、あるいはミンクルとFcRγのいずれの相互作用に影響するかは、例えば、上記スクリーニング法(I)もしくは(II)を併用することにより、確認することができる。
【0079】
(IV)ミンクルの発現を調節する物質のスクリーニング法
本発明はまた、被験物質の存在下および非存在下で、ミンクルを産生する細胞における該蛋白質またはそれをコードするmRNAの量を測定・比較することを特徴とする、炎症反応を調節する物質のスクリーニング方法を提供する。
【0080】
より具体的には、本発明のミンクルの発現を調節する物質のスクリーニング方法は、下記工程(a)、(b)および(c)を含む:
(a)被験物質とミンクルの発現を測定可能な細胞とを接触させる工程、
(b)被験物質を接触させた細胞におけるミンクルの発現量を測定し、該発現量を、被験物質を接触させない対照細胞におけるミンクルの発現量と比較する工程、
(c)前記(b)の比較結果に基づいて、ミンクルの発現量を減少させる被験物質を、マラセチア感染症の治療・予防物質の候補として選択する工程。
【0081】
工程(a)において、被験物質としては、前記したとおりである。ミンクルの発現を測定可能な細胞としては、内在性および外来性を問わずミンクルを発現する培養細胞全般、あるいはミンクル遺伝子の内在プロモーターの制御下にあるレポーター遺伝子を含む細胞などを挙げることができる。培養細胞においてこれら遺伝子が発現しているか否かは、公知のノーザンブロット法やRT-PCR法にてこれらの遺伝子発現を検出することにより、容易に確認することができる。
また、ミンクルの発現を測定可能な細胞は、非ヒト哺乳動物より単離したミンクルを産生する組織もしくは臓器、さらには非ヒト哺乳動物個体の形態で提供されうる。あるいは、ミンクル遺伝子の内在プロモーターの制御下にあるレポーター遺伝子を導入したトランスジェニック動物の細胞、組織、臓器もしくは個体であってもよい。
【0082】
細胞が、培養細胞や単離された組織、臓器などの形態で提供される場合、被験物質と細胞との接触は、前記と同様に行うことができる。一方、細胞が動物個体の形態で提供される場合、被験物質と細胞との接触は、該動物への被験物質の投与により行われる。投与経路は特に制限されないが、例えば、経皮投与、皮下投与、皮内投与、経口投与、気道内投与等が挙げられる。投与量も特に制限はないが、例えば、1回量として約0.5〜20 mg/kgを、1日1〜5回、好ましくは1日1〜3回、1〜14日間投与することができる。
【0083】
工程(b)において、ミンクルの発現量の測定は、mRNAまたは蛋白質を対象として行なわれる。mRNAの発現量は、例えば、細胞からtotal RNAを調製し、RT-PCR、ノーザンブロッティングなどにより測定される。蛋白質の発現量は、例えば、細胞から抽出液を調製し、免疫学的手法により測定することができる。免疫学的手法としては、ウェスタンブロッティング法、放射性同位元素免疫測定法(RIA法)、ELISA法、蛍光抗体法などを用いることができる。また、ミンクル遺伝子プロモーターの下流に連結されたレポーター遺伝子を含む細胞(例えば、ルシフェラーゼ、GFP)を用いた場合、発現量は、レポーター蛋白質のシグナル強度に基づき測定される。
【0084】
後記実施例において示されるとおり、マラセチア刺激によりミンクル遺伝子の発現が誘導される。したがって、工程(a)において、被験物質と細胞との接触を、マラセチアの存在下で行うことにより、マラセチア刺激により誘導されるミンクル遺伝子の発現を調節し得る物質をスクリーニングすることができる。工程(a)においてマラセチアを共存させる方法としては、細胞が培養細胞等の形態で提供される場合には、マラセチアの培地への添加が挙げられる。一方、細胞が動物個体の形態で提供される場合は、該動物にマラセチアを接種することにより行うことができる。
【0085】
測定対象物としてRNAを利用する場合、具体的には、本発明のスクリーニング方法は、ミンクル遺伝子配列に基づいて公知の方法によりプライマーまたはプローブを調製し、ノーザンブロット法、RT-PCR法、DNAチップ解析法、in situハイブリダイゼーション解析法などにより前記疾患マーカーへのRNAまたはその転写物の結合量が増大していることを指標として行うことにより実施できる。
【0086】
ノーザンブロット法を利用する場合は、本発明の上記プローブを用いることによって、RNA中のミンクル遺伝子の発現の有無やその発現レベルを検出、測定することができる。具体的には、上記プローブ(相補鎖)を放射性同位元素(RI)や蛍光物質などで標識し、それを、常法に従ってナイロンメンブレン等にトランスファーした上記細胞由来のRNAとハイブリダイズさせた後、形成された上記プローブ(DNA)とRNAとの二重鎖を、標識物(RIもしくは蛍光物質)に由来するシグナルを放射線検出器(BAS-1800II、富士フィルム社製)または蛍光検出器で検出、測定する方法を例示することができる。また、例えば、Alk Phos Direct Labelling and Detection System(GE healthcare社製)を用いて、添付のプロトコールに従って上記プローブ(プローブDNA)を標識し、被験細胞由来のRNAとハイブリダイズさせた後、標識物に由来するシグナルをマルチバイオイメージャーSTORM860(GE healthcare社製)などを用いて検出、測定する方法を使用することもできる。
【0087】
RT-PCR法を利用する場合は、ミンクル遺伝子の塩基配列において、連続する少なくとも15塩基を有するポリヌクレオチドおよび/またはそれに相補的なポリヌクレオチドをプライマーとして用いることによって、RNA中のミンクル遺伝子の発現の有無や発現レベルを検出、測定することができる。具体的には、上記細胞由来のRNAから常法に従ってcDNAを調製して、これを鋳型として標的のミンクル遺伝子の領域が増幅できるように、調製した一対のプライマー(上記cDNA(−鎖)に結合する正鎖、+鎖に結合する逆鎖)をこれとハイブリダイズさせて、常法に従ってPCR法を行い、得られた増幅二本鎖DNAを検出する方法を例示することができる。なお、増幅された二本鎖DNAの検出は、上記PCRを予めRIや蛍光物質で標識しておいたプライマーを用いて行うことによって産生される標識二本鎖DNAを検出する方法、産生された二本鎖DNAを常法に従ってナイロンメンブレン等にトランスファーさせて、標識したミンクルDNAをプローブとして使用し、これとハイブリダイズさせて検出する方法などを用いることができる。なお、生成された標識二本鎖DNA産物はアジレント2100バイオアナライザ(Agilent Technologies社製)などで測定することができる。また、例えば、SYBR Green RT-PCR Reagents(Applied Biosystems 社製)を用い、添付のプロトコールに従ってRT-PCR反応液を調製し、ABI PRISM 7700 Sequence Detection System(Applied Biosystems 社製)で反応させて、該反応物を検出することもできる。
【0088】
DNAチップ解析を利用する場合は、ミンクル遺伝子部分配列をDNAプローブ(1本鎖または2本鎖)として貼り付けたDNAチップを用意し、例えば、これに上記細胞由来のRNAから常法によって調製し、ビオチンで標識されたcRNAとハイブリダイズさせて、形成されたDNAとcRNAとの二本鎖を、蛍光標識されたアビジンで検出する方法を挙げることができる。
【0089】
in situハイブリダイゼーション法を利用する場合は、前述の上記細胞を固定・包埋し、切片を調製する。ミンクル遺伝子の特異的アンチセンスプローブまたはセンスプローブを作製する。前記プローブは、RI標識または非RI標識(例えば、DIG標識)でラベリングする。前記切片を脱パラフィン(パラフィン切片の場合)および前処理した後、エタノール等で固定する。固定した切片をプレハイブリダイズし、前記プローブとハイブリダイズした後、洗浄およびRNase処理を行い、標識に応じた検出方法(例えば、RI標識の場合は現像、非RI標識の場合は免疫学的検出と検鏡)により生体組織におけるミンクル遺伝子の発現の有無やその発現レベルを検出、測定することができる。
【0090】
測定対象物として蛋白質を利用する場合、具体的には、本発明のスクリーニング方法は、抗ミンクル抗体を用い、ウェスタンブロット法、放射性同位元素免疫測定法(RIA法)、ELISA法、蛍光抗体法、免疫細胞染色法などにより前記抗体への蛋白質の結合量が増大していることを指標として行うことにより実施できる。
【0091】
ウェスタンブロット法を利用する場合は、1次抗体として抗ミンクル抗体を用いた後、2次抗体として125Iなどの放射性同位元素、蛍光物質、ホースラディッシュペルオキシターゼ(HRP)などの酵素等で標識した2次抗体(1次抗体に結合する抗体)を用い、得られる標識化合物の放射性同位元素、蛍光物質などに由来するシグナルを放射線測定器(BAS-1800II:富士フィルム社製など)、蛍光検出器などで検出し、測定することによって実施できる。また、1次抗体として抗ミンクル抗体を用いた後、例えばECL Plus Western Blotting Detection System(GE healthcare社製)を用いて、添付のプロトコールに従って検出し、マルチバイオイメージャーSTORM860(GE healthcare社製)で測定することもできる。
【0092】
工程(b)において、発現量の比較は、被験物質の存在下、非存在下において、ミンクルの発現量における有意差の有無に基づいて行なわれる。なお、被験物質を接触させない対照細胞におけるミンクルの発現量は、被験物質を接触させた細胞におけるミンクルの発現量の測定に対し、事前に測定した発現量であっても、同時に測定した発現量であってもよいが、実験の精度、再現性の観点から同時に測定した発現量であることが好ましい。
【0093】
工程(c)において、ミンクルの発現を低下させた被験物質は、マラセチア感染症の治療・予防物質の候補として有用である。
【0094】
上記(I)〜(IV)のスクリーニング法により選択された物質を含有する医薬は低毒性であり、そのまま液剤として、または適当な剤形の医薬組成物として、ヒトまたは非ヒト哺乳動物(例、イヌ、ネコ、マウス、ラット、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、サルなど)、好ましくはヒトまたはイヌに対して、経口的または非経口的(例、血管内投与、皮下投与など)に投与することができる。投与に用いられる医薬組成物としては、選択された物質と薬理学的に許容され得る担体、希釈剤もしくは賦形剤とを含むものであってよい。このような医薬組成物は、経口または非経口投与に適する剤形として提供される。薬理学的に許容され得る担体、希釈剤もしくは賦形剤としては、上記したとおりのものが使用できる。
【0095】
上記医薬の投与量は、投与対象、対象疾患、症状、投与ルートなどによっても異なるが、例えば、成人のアトピー性皮膚炎の治療・予防のために使用する場合には、活性成分を1回量として、通常0.01〜20mg/kg体重程度、好ましくは0.1〜10mg/kg体重程度、さらに好ましくは0.1〜5mg/kg体重程度を、1日1〜5回程度、好ましくは1日1〜3回程度、静脈注射により投与するのが好都合である。他の非経口投与および経口投与の場合もこれに準ずる量を投与することができる。症状が特に重い場合には、その症状に応じて増量してもよい。
【実施例】
【0096】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0097】
[方法]
細胞
チオグリコール酸によって誘起した腹膜マクロファージおよび骨髄由来マクロファージ(BMMφ)は、Matsumoto, M., et al., J. Immunol., 163: 5039-5048(1999)に記載されたようにして調製した。サイトカイン産生はELISAまたはMeso Scale Discovery assay kitによって決定した。ウェスタンブロットはYamasaki, S. et al., Nat. Immunol., 7: 67-75(2006)に記載されたようにして行った。
抗体
抗ミンクルモノクローナル抗体は、マウスミンクルを発現する好塩基球性白血病(RBL-2H3)細胞をWistarラットに免疫して樹立した、クローン1B6(IgG1、κ)を用いた。
真菌類
表1に示す種々の真菌株を、Institute of Food Microbiology, Chiba Universityから入手し、ポテト・デキストロース寒天(PDA; Difco Laboratories)に接種して25℃で3〜14日間培養した(いくつかのマラセチア株はオリーブ油を添加したPDAもしくはCHROMagar Malassezia Candida medium(CHROMagar)で培養した)。胞子および菌糸を回収し、0.85% NaClまたは0.1% Tween80溶液中に懸濁した。
【0098】
【表1】

【0099】
RT-PCR
遺伝子特異的プライマー配列は次の通りである。
MIP-2
5’-GCTTCCTCGGGCACTCCAGAC-3’(forward;配列番号:5)
5’-TTAGCCTTGCCTTTGTTCAGTAT-3’(reverse;配列番号:6)
TNFα
5’-GCGACGTGGAACTGGCAGAAG-3’(forward;配列番号:7)
5’-GGTACAACCCATCGGCTGGCA-3’(reverse;配列番号:8)
KC
5’-GCCAATGAGCTGCGCTGTCAATGC-3’(forward;配列番号:9)
5’-CTTGGGGACACCTTTTAGCATCTT-3’(reverse;配列番号:10)
IL-10
5’-TAGAGCTGCGGACTGCCTTCA-3’(forward;配列番号:11)
5’-TCATGGCCTTGTAGACACCTTG-3’(reverse;配列番号:12)
β-actin
5’-TGGAATCCTGTGGCATCCATGAAAC-3’(forward;配列番号:13)
5’-TAAAACGCAGCTCAGTAACAGTCCG-3’(reverse;配列番号:14)
試薬
LPS(L4516)およびZymosan(Z4250)はSIGMAから購入した。Candida albicans細胞壁マンナン(MG001)、酵母由来マンナン(21338-34)およびCeratonia siliqua由来D-ガラクト-D-マンナン(48230)は、それぞれTakara Bio Inc.(京都、日本)、SIGMAおよびNakarai Tesque(京都、日本)から購入した。組換えMalassezia furfurペルオキシソーム膜蛋白質(Mal F2)およびCyclophilin(Mal f6)はTakara Bio Inc.から購入した。
コンストラクト
ミンクルおよびFcRγのcDNAはPCRでクローニングし、それぞれpMX-IRES-rCD2およびpMX-IRES-hCD8 vector(Yamasaki, S. et al., Nat. Immunol. 7: 67-75(2006))にクローニングした。
Ig融合蛋白質
Ig-Mincleの調製
ミンクルの細胞外ドメイン(アミノ酸46-214)は、PCRでhIgG Fc領域のN末端に融合させ、pME18S-SLAMsig-hIgG FcのXhoI断片に挿入した。293T細胞をpME18S-SLAMsig-hIgG Fc(Ig)またはpME18S-SLAMsig-hIgG Fc-Mincle(Ig-Mincle)で一過的にトランスフェクトした。細胞は無蛋白質培地(PFMH-II)で培養した。ろ過した上清をProtein A-Sepharose columnにアプライし、結合した画分を50mM diethylamineで溶出し、すぐにTris-HCl(pH 7.5)で中和した。主画分をPBSで透析し精製Ig fusion溶液として用いた。
【0100】
実施例1 ミンクルが認識する真菌の同定
ミンクルが真菌のレセプターとして作用するか否かを、レポーター細胞システムを用いて調べた。真菌由来のTLRリガンドのコンタミネーションを回避するために、非骨髄性T細胞ハイブリドーマを宿主細胞として用い、ミンクル、FcRγ、ならびに転写因子NFATが結合するシスエレメントを含むプロモーターの下流に緑色蛍光蛋白質(GFP)遺伝子が連結したレポータープラスミドを導入した。得られたNFAT-GFPレポーター細胞をITAM介在性シグナルの特異的検出手段として利用した。当該細胞に表1に示した50種を超える病原性真菌を接触させ、GFP発現の変動を調べた。その結果、マラセチア属に属する真菌のみが、レポーター細胞におけるGFP発現を増強した(図1A、レーン31-39)。ミンクルと構造的に類似するDectin-1、Dectin-2およびDC-SIGNはカンジダ・アルビカンス(Candida albicans)もしくはアスペルギルス(Aspergillus sp.)を認識することが報告されているが、ミンクルは、調べた限りでは、C. アルビカンス(図1A、レーン18-20)およびアスペルギルス(図1A、レーン3-10)のいずれも、ミンクル発現細胞を活性化しなかった。顕微鏡観察により、マラセチアが結合した細胞のみがGFP陽性であることがわかった(図1B)。GFP発現量はマラセチアの接種量依存的に増大した(図1C)。FcRγのみを発現するレポーター細胞はマラセチアに応答しないことから(図1C)、FcRγと会合する他の内在性レセプターではなく、導入したミンクルがNFAT活性化を担っていることが示された。さらに、可溶性の抗ミンクルモノクローナル抗体はマラセチアにより誘導されるNFAT活性化をほぼ完全にブロックした(図1D)。これらの結果は、ミンクルが直接マラセチアを認識することを示している。
【0101】
実施例2 ミンクルの認識するマラセチア抗原の探索
次に、ミンクルによって認識されるマラセチアの構造を調べた。いくつかのマラセチア蛋白質がアトピー性皮膚炎患者におけるIgEに対する主要抗原として知られているが、マラセチア・フルフル(M. furfur)由来の組換え蛋白質Mal f2およびMal f6はミンクルを導入したレポーター細胞におけるNFAT活性化を誘導しなかった。一方、加熱滅菌したマラセチアはミンクルを刺激する活性を保持していることから、ミンクルはマラセチアの非タンパク性の決定基を認識することが示唆された。ミンクルの糖認識ドメイン(CRD)は、推定のマンノース結合モチーフであるEPNモチーフを含むので、ミンクルによるマラセチア認識にマラセチアのマンノースもしくは関連の糖決定基が関与するか否かを調べるため、ミンクルのEPNモチーフをガラクトース結合性のQPDモチーフに置換した。その結果、変異ミンクル(E169Q/N171D)はマラセチア・フルフルおよびマラセチア・パキダーマティス(M. pachydermatis)に応答しなかったが(図2A、左パネル)、固定化した抗ミンクルモノクローナル抗体による活性化には影響がなかった(図2A、右パネル)。ポリアクリルアミド基板上に種々の糖残基を結合した糖コンジュゲートのマイクロアレイを用いて、ミンクルのグリカン結合の特異性をさらに調べた。その結果、ミンクルは、α-マンノースの多価形態であるα-マンノース-ポリアクリルアミドコンジュゲートのスポットのみに結合した(図2B、左パネル、位置7C)。カルシウムキレート剤であるEDTAはミンクルとα-マンノースとの結合を完全にブロックした(図2B、右パネル、位置7C)。両者の結合にはカルシウムイオンが必要なことから、ミンクルのCRDがこの認識に関与することが示唆された。しかし、ミンクルはマンノースが重合した多糖類であるマンナンのスポットに結合しなかった(図2B、位置4E-5E)。また、可溶性マンナンはマラセチアにより誘導されるミンクルを介したNFAT活性化をブロックしなかった。これらの結果は、ミンクルが、マラセチアのα-マンノース残基もしくはいずれかの関連する糖類の特定の幾何学的配置を認識して、マラセチアと他の真菌とを識別している可能性を示唆している。
【0102】
実施例3 マラセチア刺激によるミンクルの発現誘導
マラセチア刺激により、野生型マウスから単離したマクロファージではミンクル蛋白質の発現が顕著に増大し(図3A)、マクロファージは、おそらくはマラセチアに対する免疫応答を開始するために、該菌体を感知した後でマラセチアに対するレセプターをアップレギュレートすることが示唆された(図3B)。
【0103】
次に、マクロファージにおけるマラセチア刺激に対する免疫応答におけるミンクルの役割を調べた。野生型マウスから骨髄マクロファージを単離し、マラセチア・パキダーマティスと共培養した後、種々の炎症性サイトカイン(MIP-2、TNFα、KC、IL-10)の発現を蛋白質レベル(図3C)およびmRNAレベル(図3D)で測定した。その結果、サイトカイン産生はマラセチアの接種量依存的に増大した。
【産業上の利用可能性】
【0104】
ミンクルの発現またはミンクルとマラセチアもしくはFcRγとの相互作用を阻害する物質は、マラセチア感染症(例えば、癜風、マラセチア毛包炎、マラセチア敗血症、脂漏性皮膚炎、アトピー性皮膚炎など)の治療・予防物質として有用である。また、本発明のスクリーニング方法は、マラセチア感染症の新規な治療・予防物質の探索に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0105】
【図1】A.ミンクルがマラセチアを特異的に認識することを示す図である。ミンクルを発現するNFAT-GFPレポーター細胞を病原性真菌(白抜きバー:1%、黒塗りバー:10%)と18時間共培養し、NFAT-GFP発現をフローサイトメトリーにより分析した。ポジティブコントロールとして、細胞をプレートにコーティングした抗ミンクル抗体で刺激したものを用いた。B.マラセチア(矢印)が結合したミンクル発現細胞のみがGFP陽性であることを示す蛍光顕微鏡写真である。バーは5μmを示す。C.マラセチア・パキダーマティスによるミンクル発現細胞の接種量依存的な活性化を示す図である。D.抗ミンクルモノクローナル抗体が2種のマラセチアにより誘導されるNFAT活性化をブロックすることを示す図である。
【図2】A.野生型ミンクル(白抜きバー)およびEPNモチーフがQPDに置換された変異ミンクル(黒塗りバー)のマラセチア応答性を示す図である。B.ミンクルがα-マンノースを特異的に認識することを示す図である。Ig-ミンクル融合蛋白質をCy3標識抗ヒトIgGでラベルした後、糖をコンジュゲートしたマイクロアレイ上にアプライし、20℃で3時間インキュベートした後、エバネセント場蛍光支援スキャナで蛍光を検出した。
【図3】A.野生型マウスにおけるマクロファージの成熟化およびマクロファージ表面でのミンクルの発現を示す図である。B.野生型マウス由来のマクロファージにおけるマラセチア刺激に対するミンクルの発現誘導を示す図である。C.野生型マウス由来のマクロファージにおけるマラセチア刺激に対する炎症性サイトカイン産生誘導を示す図である。D.野生型マウス由来のマクロファージにおけるマラセチア刺激に対する炎症性サイトカインmRNAの発現誘導を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミンクルの発現を阻害する物質またはミンクルとマラセチアもしくはFcRγとの相互作用を阻害する物質を含有してなる、マラセチア感染症の治療および/または予防剤。
【請求項2】
ミンクルとマラセチアとの相互作用を阻害する物質が、以下の(a)〜(d)から選ばれる1以上である、請求項1に記載の剤。
(a)カルシウムキレート剤
(b)α-マンノース、または配列番号:2で表されるヒトミンクルのアミノ酸配列中アミノ酸番号169〜171で示されるアミノ酸配列もしくは他の哺乳動物のオルソログにおける対応するアミノ酸配列からなるモチーフを認識するα-マンノース誘導体、あるいはその塩
(c)配列番号:2で表されるヒトミンクルのアミノ酸配列中アミノ酸番号169〜171で示されるアミノ酸配列もしくは他の哺乳動物のオルソログにおける対応するアミノ酸配列からなるモチーフを含むペプチド
(d)ミンクルに対する抗体。
【請求項3】
ミンクルの発現を阻害する物質が、ミンクル遺伝子に対するアンチセンス核酸、リボザイムまたはsiRNAである、請求項1に記載の剤。
【請求項4】
ミンクルとFcRγとの相互作用を阻害する物質が、ミンクルおよび/またはFcRγに対する抗体である、請求項1に記載の剤。
【請求項5】
以下の(a)〜(d)の工程を含むことを特徴とする、マラセチア感染症の治療および/または予防物質のスクリーニング方法。
(a)ミンクルもしくはその細胞外領域を含む断片とマラセチアとを、被験物質の存在下および非存在下で接触させる工程
(b)被験物質の存在下および非存在下におけるミンクルもしくはその断片とマラセチアとの相互作用の程度を測定する工程
(c)被験物質の存在下と非存在下との間で該相互作用の程度を比較する工程
(d)被験物質の存在下で、非存在下と比較して該相互作用が低下した場合に、該被験物質をマラセチア感染症の治療および/または予防物質として選択する工程。
【請求項6】
ミンクルもしくはその細胞外領域を含む断片が、ミンクルもしくはその細胞外および膜貫通領域を含む断片とFcRγとを発現する細胞の形態で提供され、相互作用の程度が、該細胞におけるミンクルおよびFcRγを介するシグナル伝達の活性化を指標として決定されることを特徴とする、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
シグナル伝達の活性化を、該シグナル伝達により活性化される転写因子が結合し得る塩基配列を含むプロモーターの制御下にある遺伝子の発現変動を測定することにより決定する、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
以下の(a)〜(c)の工程を含むことを特徴とする、マラセチア感染症の治療および/または予防物質のスクリーニング方法。
(a)被験物質の存在下および非存在下で、ミンクルを産生する細胞における該蛋白質またはそれをコードするmRNAの量を測定する工程
(b)被験物質の存在下と非存在下との間でミンクルまたはそれをコードするmRNAの量を比較する工程
(c)被験物質の存在下で、非存在下と比較してミンクルまたはそれをコードするmRNAの量が低下した場合に、該被験物質をマラセチア感染症の治療および/または予防物質として選択する工程。
【請求項9】
工程(a)においてマラセチアを共存させることを特徴とする、請求項8に記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2010−111623(P2010−111623A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−285948(P2008−285948)
【出願日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】