説明

糸条の加圧スチーム処理装置および加圧スチーム処理方法

【課題】装置内部からの加圧スチームの漏出量を低減する効果に優れ、毛羽や糸切れなどの発生を抑えた高品質な糸条が得られる加圧スチーム処理装置および加圧スチーム処理方法を目的とする。
【解決手段】一定方向に走行する糸条Zを加圧スチームにより処理する加圧スチーム処理部と、該加圧スチーム処理部10の前後から延びる2つのラビリンスシール部20とを具備し、ラビリンスシール部20が、内壁面22から糸条Zに向かって直角に延びる板片からなるラビリンスノズル24を複数有する加圧スチーム処理装置において、ラビリンスノズル24の内壁面22からの延設長さLと、隣接するラビリンスノズル24間のピッチPとの比(L/P)が0.3未満であり、前記板片の厚みが3mm以下である糸条の加圧スチーム処理装置1。また加圧スチーム処理装置1を用いた糸条の加圧スチーム処理方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糸条の加圧スチーム処理装置および加圧スチーム処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維の製造などでは、ポリアクリロニトリル系重合体からなる糸条などが原糸として用いられており、この糸条には強度および配向度に優れていることが求められる。このような糸条は、例えば、ポリアクリロニトリル系重合体を含む紡糸原液を紡糸して凝固糸とし、その凝固糸を浴中延伸して乾燥することにより緻密化して糸条を得た後、該糸条を加圧スチーム雰囲気下で二次延伸処理することにより得ることができる。
【0003】
加圧スチーム雰囲気下での糸条の処理には、装置内部に糸条を走行させ、該糸条に対して加圧スチームを供給する処理装置が用いられる。このような処理装置においては、装置内部に供給した加圧スチームが糸条の入口および出口から装置外に多量に漏出すると、装置内部の圧力、温度、湿度などが不安定になり、糸条に毛羽や糸切れなどが生じてしまうことがあった。また、加圧スチームの装置外への漏出の影響を抑えるためには多量の加圧スチームが必要であり、エネルギーコストが増大していた。
【0004】
装置内部からの加圧スチームの漏出を抑える処理装置としては、一定方向に走行する糸条を加圧スチームにより処理する加圧スチーム処理部と、該加圧スチーム処理部の前後から延びる2つのラビリンスシール部とを具備する加圧スチーム処理装置が知られている。前記ラビリンスシール部には、その内壁面から糸条に向かって直角に延びる板片からなるラビリンスノズルが複数設けられており、それらのラビリンスノズル間における各空間(膨張室)を通過する際にエネルギーが消耗されることにより加圧スチームの漏出量が低減される。
【0005】
具体的には、特許文献1に、加圧スチーム処理部と、該加圧スチーム処理部の前後から延びる2つのラビリンスシール部とを備え、それぞれのラビリンスシール部に80〜120段のラビリンスノズルが設けられており、ラビリンスノズルの内壁面からの延設長さLと、隣接するラビリンスノズル間のピッチPとの比(L/P)が0.3〜1.2である加圧スチーム処理装置が示されている。
【特許文献1】特開2001−140161号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の加圧スチーム処理装置は、装置内部からの加圧スチームの漏出量を低減することができる。しかし、この加圧スチーム処理装置においても、得られる糸条に毛羽や糸切れなどが生じてしまうことがあった。そのため、装置内部からの加圧スチームの漏出量を低減する効果をさらに向上させることが望まれている。
【0007】
そこで本発明では、装置内部からの加圧スチームの漏出量を低減する効果に優れ、毛羽や糸切れなどの発生を抑えた高品質な糸条が得られる加圧スチーム処理装置および加圧スチーム処理方法を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の糸条の加圧スチーム処理装置は、一定方向に走行する糸条を加圧スチームにより処理する加圧スチーム処理部と、該加圧スチーム処理部の前後から延びる2つのラビリンスシール部とを具備し、前記ラビリンスシール部が、該ラビリンスシール部の内壁面から糸条に向かって直角に延びる板片からなるラビリンスノズルを複数有する加圧スチーム処理装置において、前記ラビリンスノズルの前記内壁面からの延設長さLと、隣接するラビリンスノズル間のピッチPとの比(L/P)が0.3未満であり、前記板片の厚みが3mm以下であることを特徴とする装置である。
【0009】
また、本発明の糸条の加圧スチーム処理装置は、前記ピッチPが16〜29mmであることが好ましい。
また、前記長さLが3mm以上であることが好ましい。
【0010】
また、本発明の糸条の加圧スチーム処理方法は、前記加圧スチーム処理装置を用い、糸条を、下記式で表される充填率Fを0.5〜10%として加圧スチーム処理する方法である。
F=[K/(ρ×10)]/A
ただし、式中、Kは糸条繊度(tex)であり、ρは糸条密度(g/cm)であり、Aは前記ラビリンスシール部内の前記ラビリンスノズルにより形成される開口部の開口面積(cm)である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の糸条の加圧スチーム処理装置は、装置内部からの加圧スチームの漏出量を低減する効果に優れ、高品質な糸条を得ることができる。
また、本発明の糸条の加圧スチーム処理方法によれば、毛羽や糸切れなどの発生を抑え、高品質な糸条を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
[加圧スチーム処理装置]
図1は、糸条の加圧スチーム処理装置の実施形態の一例を示した断面図である。
本実施形態の加圧スチーム処理装置1(以下、処理装置1という。)は、一定方向に走行する糸条Zを加圧スチームにより処理する加圧スチーム処理部10と、加圧スチーム処理部10の前後から延びる2つのラビリンスシール部20とを具備している。
【0013】
加圧スチーム処理部10は、スチームを供給するスチーム入口12が上下に形成されており、内部に2枚の多孔板から構成される壁部14により2つの加圧室16が形成され、壁部14と壁部14の間に糸条Zが走行する糸条走行路18が形成されている。
【0014】
加圧スチーム処理部10の材質は、スチームの漏れを防ぐ密封処理を行うのに充分な機械強度を有する材質であればよい。例えば、加圧スチーム処理部10内部の糸条Zに接する可能性のある部分の材質としては、耐腐食性を有し、接触した場合の糸条Zへの衝撃を低減できる点から、ステンレスあるいは鉄鋼材料に硬質クロムメッキ処理を施した材質が挙げられる。
【0015】
ラビリンスシール部20は、その内壁面22から糸条Zに向かって垂直に延びる板片からなるラビリンスノズル24を複数有しており、そのラビリンスノズル24によりラビリンスシール部20内部の糸条走行路となる開口部26が形成され、隣接するラビリンスノズル24の間に膨張室28が形成されている。また、加圧スチーム処理部10の一次側のラビリンスシール部20には糸条Zを導入する糸条入口30が形成されており、加圧スチーム処理部10の二次側のラビリンスシール部20には糸条Zが導出される糸条出口32が形成されている。
ラビリンスシール部20の材質は、加圧スチーム処理部10と同様に、スチームの漏れを防ぐ密封処理を行うのに充分な機械強度を有する材質であればよい。
【0016】

ラビリンスシール部20内にラビリンスノズル24により膨張室28が形成されることにより、膨張室28内で加圧スチームの流れに渦流が発生してエネルギーが消費され、それにより圧力が下がって加圧スチームの漏出量が低減される。
【0017】
ラビリンスノズル24は、板片からなり、内壁面22からラビリンスシール部20内部を走行する糸条Zに向かって垂直に延びるように形成されている。
板片の材質は、特に限定はないが、耐腐食性を有し、接触した場合の糸条への衝撃を低減できる点から、ステンレスあるいは鉄鋼材料に硬質クロムメッキ処理を施したものが挙げられる。
板片の形状は、加圧スチームの漏出量を低減できるものであれば特に限定はないが、平板状であることが好ましい。
【0018】
ラビリンスノズル24は、ラビリンスシール部20内の全ての内壁面22から延設されていてもよく、一部の壁面を除く内壁面22から延設されていてもよい。すなわち、図3に示すように、ラビリンスシール部20の全ての内壁面22から、一体となったラビリンスノズル24がラビリンスシール部20内を走行する糸条Zに向かって延設されていてもよく、上下に対向するそれぞれの内壁面22から、ラビリンスシール部20内を走行する糸条Zに向かって一対のラビリンスノズル24が延設され、それら一対のラビリンスノズル24と左右の内壁面22によって開口部26が形成されていてもよい。あるいは、下側の内壁面22を除く全ての内壁面22から、一体となったラビリンスノズル24がラビリンスシール部20内を走行する糸条Zに向かって延設されていてもよい。
【0019】
処理装置1では、ラビリンスノズル24の内壁面22からの延設長さL(図2)と、隣接するラビリンスノズル24間のピッチP(図2)との比(L/P)を0.3未満とする。前記比(L/P)は、0.12〜0.29であることが好ましく、0.17〜0.26であることがより好ましい。比(L/P)を0.3未満とすれば、膨張室28内での加圧スチームの渦流が充分に発生することで、加圧スチームの漏出量を低減する効果に優れる。そのため、糸条Zに毛羽や糸切れが発生することを抑制できる。
【0020】
ラビリンスノズル24の内壁面22からの延設長さLは、3mm以上であることが好ましく、4〜6mmであることがより好ましい。
延設長さLが3mm以上であれば、膨張室28の大きさが渦流の発生に充分な大きさとなるため、加圧スチームの漏出量を低減する効果が向上する。また、延設長さLが6mm以下であれば、膨張室28が大きくなりすぎて渦流が発生し難くなることを防ぎやすい。
【0021】
隣接するラビリンスノズル24間のピッチPは、16〜29mmであることが好ましく、18〜25mmであることがより好ましい。
ピッチPが16mm以上であれば、膨張室28内に滞留することなく通過してしまう加圧スチームの割合を小さくし、膨張室28内で充分に渦流を発生させることが容易になる。また、ピッチPは29mmを超えると渦流の発生頻度がほとんど変化しないため、ピッチPを29mm以下とすれば、充分な段数のラビリンスノズル24を確保でき、加圧スチームの漏出量を低減する効果が充分に得られやすくなる。
【0022】
また、処理装置1では、比(L/P)を0.3未満とすると共に、ラビリンスノズル24を形成する板片の厚みa(図2)を3mm以下とする。比(L/P)および板片の厚みaを前記範囲内とすることで、加圧スチームの漏出量を低減する効果に優れた加圧スチーム処理装置となる。板片の厚みaが3mmを超えると、開口部26におけるラビリンスノズル24による加圧スチームの整流効果が強くなり、膨張室28内での渦流の発生が抑えられてしまう。
板片の厚みaは、加圧スチームの漏出量を低減する効果が向上する点から、0.5〜3mmであることが好ましく、板片の強度と加圧スチームの漏出量の低減効果との両立に優れる点から、1〜2mmであることがより好ましい。
また、ラビリンスノズル24を形成する板片の厚みaは、3mm以下であれば対向する板片の厚みが異なっていてもよい。例えば、ラビリンスノズル24の上側の板片の厚みが1mmで、下側の板片の厚みが3mmであっても構わない。
【0023】
ラビリンスノズル24の形成段数は、20〜80段であることが好ましい。ラビリンスノズル24の形成段数が20段以上であれば、膨張室28の数が増えることにより渦流の発生と消滅の回数が増加するため、加圧スチームの漏出量を低減して、糸条Zに毛羽や糸切れが発生することを抑制しやすくなる。また、ラビリンスノズル24の形成段数が80段を超えると加圧スチームの漏出量を低減する効果がほとんど変化しなくなる。そのため、ラビリンスノズル24の形成段数が80段以下であれば、処理装置1が複雑化しすぎることを抑制でき、また処理装置1内への糸条Zの糸通し作業も容易になる。
【0024】
ラビリンスノズル24により形成される開口部26は、図3に示すように、水平方向に延びるスリット状に形成されることが好ましい。開口部26がスリット状であれば、処理装置1内を走行させる糸条Zを扁平な状態に保つことができるため、加圧スチーム処理部10内において吹き出した加圧スチームが糸条Z内部まで侵入、到達することを促進することができる。そのため、加圧スチームにより糸条Zを短時間で均一に加熱することが容易になる。
また、開口部26は、ラビリンスシール部20の高さ方向の中央に形成されていることが好ましい。これにより、膨張室28のラビリンスシール部20内を走行する糸条Zで区切られる上下の領域内で、加圧スチームの気流の流れが異なって糸条Zの走行が不安定になることを防止しやすくなる。
【0025】
開口部26の幅Wと高さHの比(H/W)(図3)は、1/1800〜1/60であることが好ましい。前記比(H/W)が1/1800以上であれば、特に複数本の糸条Zを走行させる多錘処理において隣接して走行する糸条Z同士の干渉を低減し、それにより引き起こされる損傷や混繊を抑制しやすく、糸条Zに毛羽や糸切れが発生するのを抑制しやすい。また、前記比(H/W)が1/60以下であれば、糸条Zを扁平に保つこと、および加圧スチームの漏出量を低減することを両立することが容易になる。
【0026】
また、処理装置1は、装置内に糸条Zを通すことが容易になる点から、装置本体が装置内部を走行する糸条Zの上側の部分と下側の部分に二分割できるようになっていることが好ましい。これにより、特に処理装置1内に複数本の糸条Zを走行させて加圧スチーム雰囲気下で一括して延伸処理する場合に、糸通し作業を短時間で容易に行うことができる。
処理装置1を二分割できる形態にする場合、分割された装置本体同士の開閉機構は特に限定されず、例えば、分割された装置本体同士をヒンジで連結して開閉する機構などが採用できる。また、分割される上側の装置本体部分を吊り上げて開閉する方法を採用してもよい。また、このような場合は、装置本体同士の接合部分から加圧スチームが漏れることを防ぐため、クランプなどを用いて分割した装置本体同士の接合部分を密封する構造とすることが好ましい。
【0027】
尚、本発明の加圧スチーム処理装置は、図1〜3に例示した処理装置1には限定されない。例えば、複数本の糸条Zを隣接させて走行させる場合、それら糸条Z同士が干渉してそれに伴って糸条Zに損傷や混繊が生じることを防ぐ点から、糸条入口30および糸条出口32の近傍に分繊用のガイドを設けてもよい。
また、処理装置1は、糸条Zを水平方向に走行させる装置であるが、糸条Zを鉛直方向に走行させる加圧スチーム処理装置であってもよい。
【0028】
糸条Zは、用途に応じて適宜選択すればよく、例えば、ポリアクリロニトリル系重合体を含む紡糸原液を紡糸して、それを浴中延伸して乾燥緻密化した糸条などの炭素繊維の製造に用いられる糸条が挙げられる。
【0029】
また、ラビリンスノズル24の形状も図1〜3に例示した平板状には限定されない。
例えば、端縁部から糸条Zの走行方向に向かってフランジが延設されているラビリンスノズル24(図4(a))、一方の側面が直線的に傾斜しているラビリンスノズル24(図4(b))、一方の側面が円弧状に傾斜しているラビリンスノズル24(図4(c))、両方の側面が直線的に傾斜しているラビリンスノズル24(図4(d))、両方の側面が円弧状に傾斜しているラビリンスノズル24(図4(e))、一方の側面が直線的に傾斜しており、他方の側面が円弧状に傾斜しているラビリンスノズル24であってもよい(図4(f))。
【0030】
[加圧スチーム処理方法]
以下、本発明の糸条の加圧スチーム処理方法の実施形態の一例として、前述の処理装置1を用いて糸条Zを加圧スチーム処理する方法について説明する。
本実施形態の方法では、糸条Zが糸条入口30から一次側のラビリンスシール部20内に導入されて各々の開口部26および膨張室28を通過し、加圧スチーム処理部10の糸条走行部18を通過した後、二次側のラビリンスシール部20内の各々の開口部26および膨張室28を通過して糸条出口32から導出されて次工程へと送られる。
【0031】
糸条Zを糸条入口30に導入する前の工程は、公知の工程を用いることができる。例えば、アクリロニトリルの単独重合体、あるいはアクリロニトリルと他の単量体との共重合体からなるアクリロニトリル系重合体を、公知の有機または無機の溶剤に溶解させて紡糸原液とし、該紡糸原液を紡糸した後に糸条入口30に導入し、本発明の加圧スチーム処理方法を用いて加圧スチーム雰囲気下で延伸処理する方法が挙げられる。この場合、紡糸方法はいわゆる湿式、乾湿式、乾式のいずれの方法であってもよく、その後の工程で脱溶剤、浴中延伸、油剤付着処理、乾燥などの処理が施されてもよい。本発明の加圧スチーム処理装置を用いた加圧スチーム雰囲気下での延伸処理は、工程中のいかなる段階で実施してもよいが、前述のような溶液紡糸の場合は、糸条Z中の溶剤をある程度除去した後、すなわち、紡糸した糸条を洗浄した後、浴中延伸した後、または乾燥した後に行うことが好ましい。
【0032】
本発明の方法における処理装置1への糸条Zの導入は、下記式で表される充填率Fを0.5〜10%として行う。充填率Fとは、開口部26の開口面積に対する糸条Zの断面積が占める割合である。
F=[K/(ρ×10)]/A
ただし、式中、Kは糸条繊度(tex)であり、ρは糸条密度(g/cm)であり、Aはラビリンスシール部20内のラビリンスノズル24により形成される開口部26の開口面積(cm)である。
なお、充填率Fは、以下のように導かれる。すなわち、糸条繊度がK(tex)=K/1000(g/m)=K×10−5(g/cm)で、糸条密度がρ(g/cm)である糸条Zの断面積がS(cm)であるとすると、S=K/(ρ×10)(cm)である。この糸条Zの断面積Sを開口部26の開口面積A(cm)で除したものが充填率Fである。
【0033】
充填率Fが0.5%以上であれば、加圧スチームの漏出量を低減する効果が向上する。また、充填率Fが10%以下であれば、糸条Zとラビリンスノズル24とが接触して糸条Zに損傷が生じたり、隣接する糸条Z同士が干渉して糸条Zに混繊が生じたりすることを抑制しやすい。
【0034】
加圧スチーム処理部10では、スチーム入口12から加圧スチーム処理部10内にスチームが供給され、供給されたスチームが加圧室16で加圧されて加圧スチームとされた後、該加圧スチームが壁部14の各孔から糸条走行路18内を走行する糸条Zへと吹き出される。これにより、糸条走行路18内において加圧スチームにより糸条Zが加熱され、加圧スチーム処理を行うことができる。
【0035】
加圧室16の圧力、すなわち加圧スチームの圧力は、用途に応じて設定されればよく、処理する糸条Zの種類、加圧スチーム処理の前工程での処理状態、あるいは目的とする繊維特性などにより適宜調整すればよい。例えば、本発明の加圧スチーム処理装置を用いて、加圧スチーム雰囲気下で糸条Zの延伸処理を行う場合は、通常200〜500kPa程度に調整される。
【0036】
糸条走行路18内に吹き出された加圧スチームは、糸条Zを加熱した後、ラビリンスシール部20を通って処理装置1の外部へと漏出しようとする。このとき、本実施形態の方法では、加圧スチームがラビリンスシール部20内の複数の開口部26および膨張室28を連続して通過する際、膨張室28に入った加圧スチームが急激に膨張され、その後に次の開口部26に到達するまで除々に圧縮されることが繰り返されるため、渦流の発生と消滅が有効かつ頻繁に繰り返される。その結果、加圧スチームはラビリンスシール部20内を通過する間にエネルギーを極度に消耗して減圧されるため、ラビリンスシール部20の糸条入口30および糸条出口32からの加圧スチームの漏出量が低減される。これにより、糸条Zに毛羽や糸切れが発生することを抑制できる。
【0037】
以上説明したように、本発明の加圧スチーム処理装置は、装置内部からの加圧スチームの漏出量を低減する効果に優れ、高品質な糸条を得ることができる。また、本発明の糸条の加圧スチーム処理方法によれば、毛羽や糸切れなどの発生が抑えられた高品質な糸条を得ることができる。また、装置内部からの加圧スチームの漏出量が低減されるため、スチームの使用量も抑えることができる。
これは、本発明の加圧スチーム処理装置では、比(L/P)を0.3未満とし、ラビリンスノズル24を形成する板片の厚みaを3mm以下とすることで、装置内部からの加圧スチームの漏出量が大きく低減されて装置内の加圧スチームの気流の乱れが抑えられることで、処理装置内の糸条Zの走行や、延伸処理などの各種処理が安定に行えるためであると考えられる。
【0038】
本発明の加圧スチーム処理装置および加圧スチーム処理方法は、適用する糸条Z(繊維)の種類や処理工程に特に限定はないが、細繊度の繊維や高配向の繊維を得ようとする場合や、高い紡糸速度を要求される場合の延伸処理装置および延伸処理方法として好適に使用できる。特に、アクリル繊維や炭素繊維用のポリアクリロニトリル系重合体繊維の生産における延伸工程に好適に使用できる。また、本発明の加圧スチーム処理装置および加圧スチーム処理方法は、フィラメント数が数千本以上の糸条の処理に特に有効であり、高倍率の延伸性を得ることができる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例および比較例を示して本発明を詳細に説明する。ただし、本発明は以下の記載によっては限定されない。
本実施例の加圧スチーム処理における加圧スチームの漏出量の評価は、加圧スチーム処理装置内のスチーム流量[kg/hr・m]を測定することにより行った。
【0040】
[製造例1]
アクリロニトリル(AN)、メチルアクリレート(MA)、およびメタクリル酸(MAA)をモル比AN/MA/MAA=96/2/2で共重合させたポリアクリロニトリル系重合体をジメチルアセトアミド(DMAc)溶液(ポリマー濃度20質量%、粘度50Pa・s、温度60℃)に溶解させて紡糸原液を調製し、該紡糸原液をホール数12000の紡糸口金を通して、濃度が70質量%、液温が35℃のDMAc水溶液中に吐出して水洗後、熱水浴中で3倍に延伸し、135℃で乾燥して、緻密化した糸条Zを得た。
【0041】
[実施例1]
図1に例示した処理装置1において、加圧スチーム処理部10の糸条Zの走行方向の全長が1000mm、ラビリンスシール部20の糸条Zの走行方向の全長が600mm(ただし、ラビリンスシール部20の全長は片側のラビリンスシール部20の長さのことであり、この全長のラビリンスシール部20が加圧スチーム処理部10の前後に2つ設けられている。以下同じ。)、ラビリンスノズル24の内壁面22からの延設長さLが5mm、隣接するラビリンスノズル24間のピッチPが20mm、延設長さLとピッチPとの比L/Pが0.25、ラビリンスノズル24を形成する板片の厚みaが1mm、ラビリンスノズル24の段数が30段、開口部26の高さHが2mm、開口部26の幅が300mm、H/Wが1/150の処理装置を用いた。
前記処理装置を用いて、製造例1で得られた糸条Zを1錘で糸条入口30から導入して加圧スチーム処理を行った。加圧室16の圧力は300kPaとした。
【0042】
[実施例2〜4]
隣接するラビリンスノズル24間のピッチP、延設長さLとピッチPとの比L/P、ラビリンスノズル24の段数を表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様にして糸条Zの加圧スチーム処理を行った。
【0043】
[比較例1]
隣接するラビリンスノズル24間のピッチP、延設長さLとピッチPとの比L/P、ラビリンスノズル24の段数を表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様にして糸条Zの加圧スチーム処理を行った。
実施例1〜4および比較例1の加圧スチーム処理におけるスチーム流量を測定した結果を表1および図5に示す。
【0044】
【表1】

【0045】
表1および図5に示すように、比(L/P)が0.3未満の本発明の加圧スチーム処理装置を用いた実施例1〜4では、スチーム流量が小さく、装置からの加圧スチームの漏出量が少なかった。また、実施例1〜4では、ピッチPが20mm、25mmである実施例1および2が、30mm、35mmである実施例3および4よりも加圧スチームの漏出量を低減する効果に優れていた。
一方、隣接するラビリンスノズル24の間のピッチPが7mmで、比(L/P)が0.3以上である比較例1では、実施例1〜4に比べて加圧スチームの漏出量を低減する効果に劣っていた。
【0046】
[実施例5]
図1に例示した処理装置1において、加圧スチーム処理部10の糸条Zの走行方向の全長が1000mm、ラビリンスシール部20の糸条Zの走行方向の全長が1500mm、ラビリンスノズル24の内壁面22からの延設長さLが5mm、隣接するラビリンスノズル24間のピッチPが25mm、延設長さLとピッチPとの比L/Pが0.20、ラビリンスノズル24を形成する板片の厚みaが1mm、ラビリンスノズル24の段数が60段、開口部26の高さHが2mm、開口部26の幅が300mm、H/Wが1/150の処理装置を用いた。
前記処理装置を用いて、製造例1で得られた糸条Zを1錘で糸条入口30から導入して加圧スチーム処理を行った。加圧室16の圧力は300kPaとした。
【0047】
[実施例6〜7]
ラビリンスノズル24を形成する板片の厚みaを表1に示すように変更した以外は、実施例5と同様にして糸条Zの加圧スチーム処理を行った。
【0048】
[比較例2]
ラビリンスノズル24を形成する板片の厚みaを表1に示すように変更した以外は、実施例5と同様にして糸条Zの加圧スチーム処理を行った。
実施例5〜7および比較例2の加圧スチーム処理におけるスチーム流量を測定した結果を表1および図6に示す。
【0049】
表1および図6に示すように、板片の厚みaが3以下の本発明の加圧スチーム処理装置を用いた実施例5〜7では、スチーム流量が小さく、装置からの加圧スチームの漏出量が少なかった。また、板片の厚みaが1mmの実施例5で最も優れた効果を示した。
一方、板片の厚みaが3mmを超える比較例2では、実施例5〜7に比べて加圧スチームの漏出量を低減する効果が劣っていた。
【0050】
[実施例8]
図1に例示した処理装置1において、加圧スチーム処理部10の糸条Zの走行方向の全長が1000mm、ラビリンスシール部20の糸条Zの走行方向の全長が1500mm、ラビリンスノズル24の内壁面22からの延設長さLが2mm、隣接するラビリンスノズル24間のピッチPが25mm、延設長さLとピッチPとの比L/Pが0.08、ラビリンスノズル24を形成する板片の厚みaが2mm、ラビリンスノズル24の段数が60段、開口部26の高さHが2mm、開口部26の幅が300mm、H/Wが1/150の処理装置を用いた。
前記処理装置を用いて、製造例1で得られた糸条Zを1錘で糸条入口30から導入して加圧スチーム処理を行った。加圧室16の圧力は300kPaとした。
【0051】
[実施例9〜11]
ラビリンスノズル24の内壁面22からの延設長さLを表1に示すように変更した以外は、実施例8と同様にして糸条Zの加圧スチーム処理を行った。
実施例6および8〜11、ならびに比較例3の加圧スチーム処理におけるスチーム流量を測定した結果を表1および図7に示す。
【0052】
表1および図7に示すように、比(L/P)が0.3未満の本発明の加圧スチーム処理装置を用いた実施例8〜11では、スチーム流量が小さく、装置からの加圧スチームの漏出量が少なかった。また、実施例6および8〜11の比較から、ラビリンスノズル24の延設長さLが3mm以上で加圧スチームの漏出量を低減する効果が特に優れ、延設長さLが5mmの実施例6で最も優れた効果を示すことがわかった。
【0053】
[実施例12]
図1に例示した処理装置1において、加圧スチーム処理部10の糸条Zの走行方向の全長が1000mm、ラビリンスシール部20の糸条Zの走行方向の全長が1500mm、ラビリンスノズル24の内壁面22からの延設長さLが5mm、隣接するラビリンスノズル24間のピッチPが20mm、延設長さLとピッチPとの比L/Pが0.25、ラビリンスノズル24を形成する板片の厚みaが1mm、ラビリンスノズル24の段数が75段、開口部26の高さHが2mm、開口部26の幅が300mm、H/Wが1/150の処理装置を用いた。
前記処理装置を用いて、製造例1で得られた糸条Zを1錘で糸条入口30から導入して加圧スチーム処理を行った。加圧室16の圧力は300kPaとした。
【0054】
[実施例13〜27]
隣接するラビリンスノズル24間のピッチP、延設長さLとピッチPとの比L/P、ラビリンスノズル24を形成する板片の厚みa、ラビリンスノズル24の段数を表2に示すように変更した以外は、実施例12と同様にして糸条Zの加圧スチーム処理を行った。
【0055】
[比較例3〜6]
隣接するラビリンスノズル24間のピッチP、延設長さLとピッチPとの比L/P、ラビリンスノズル24を形成する板片の厚みa、ラビリンスノズル24の段数を表2に示すように変更した以外は、実施例12と同様にして糸条Zの加圧スチーム処理を行った。
【0056】
[実施例28]
隣接するラビリンスノズル24間のピッチP、延設長さLとピッチPとの比L/P、ラビリンスノズル24を形成する板片の厚みa、ラビリンスノズル24の段数を表2に示すように変更し、加圧室16の圧力を200kPaとした以外は、実施例12と同様にして糸条Zの加圧スチーム処理を行った。
【0057】
[比較例7]
隣接するラビリンスノズル24間のピッチP、延設長さLとピッチPとの比L/P、ラビリンスノズル24を形成する板片の厚みa、ラビリンスノズル24の段数を表2に示すように変更し、加圧室16の圧力を200kPaとした以外は、実施例12と同様にして糸条Zの加圧スチーム処理を行った。
実施例12〜28および比較例3〜7の加圧スチーム処理におけるスチーム流量を測定した結果を表2および図8に示す。
【0058】
【表2】

【0059】
表2および図8に示すように、比(L/P)が0.3未満で板片の厚みaが3mm以下の本発明の加圧スチーム処理装置を用いた実施例12〜28では、スチーム流量が小さく、装置からの加圧スチームの漏出量が少なかった。
また、ピッチPが20〜25mmの実施例12〜17は、ピッチPが30mmの実施例18よりも加圧スチームの漏出量を低減する効果に優れ、加圧室16の圧力が実施例12〜17(300kPa)よりも低い比較例7(200kPa)と同等かそれ以上の効果を示した。特に、ピッチPが22mmの実施例14で加圧スチームの漏出量を低減する効果に最も優れていた。
また、板片の厚みaは、小さいほど加圧スチームの漏出量を低減する効果に優れており、1mmで特に優れた効果を示した(実施例12〜18)。
また、加圧室16の圧力が200kPaの実施例28は、加圧室16の圧力が300kPaの実施例17〜27よりも加圧スチームの漏出量が少なかった。
【0060】
一方、ピッチPが15mmで、比(L/P)が0.3以上である比較例3〜6では、板片の厚みaが同じ実施例に比べて加圧スチームの漏出量を低減する効果に劣っていた。同様に、比較例7でも、加圧室16の圧力が同じ実施例28に比べて加圧スチームの漏出量を低減する効果に劣っていた。
【0061】
[実施例29〜33]
図1に例示した処理装置1において、加圧スチーム処理部10の糸条Zの走行方向の全長が1000mm、ラビリンスシール部20の糸条Zの走行方向の全長が1500mm、ラビリンスノズル24の内壁面22からの延設長さLが5mm、隣接するラビリンスノズル24間のピッチPが25mm、延設長さLとピッチPとの比L/Pが0.20、ラビリンスノズル24の段数が60段、開口部26の高さHが2mm、開口部26の幅が300mm、H/Wが1/150の処理装置を用い、ラビリンスノズル24を形成する板片の厚みaを表3に示す通りにして、製造例1で得られた糸条Zを1錘で糸条入口30から導入して加圧スチーム処理を行った。加圧室16の圧力は300kPaとした。
実施例29〜33の加圧スチーム処理におけるスチーム流量を測定した結果を表3および図9に示す。
【0062】
【表3】

【0063】
表3および図9に示すように、実施例29〜32では、板片の厚みaは、小さいほど加圧スチームの漏出量を低減する効果に優れており、1mmの実施例32で特に優れた効果を示した。また、実施例33の結果から、ラビリンスノズル24の上側の板片と下側の板片の厚みaが異なっていても、それぞれの板片の厚みaが共に3mm以下であれば加圧スチームの漏出量を低減する効果に優れることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明の加圧スチーム処理装置の一実施形態例の概略構成を示した縦断面図である。
【図2】図1の加圧スチーム処理装置のラビリンスノズルの部分を拡大した断面図である。
【図3】図1のラビリンスシール部におけるラビリンスノズルが形成された部分の縦断面図である。
【図4】ラビリンスノズルの断面形状の一例を示した断面図である。
【図5】実施例1〜4および比較例1のスチーム流量の測定結果を示した図である。
【図6】実施例5〜7および比較例2のスチーム流量の測定結果を示した図である。
【図7】実施例6および8〜11のスチーム流量の測定結果を示した図である。
【図8】実施例12〜28および比較例3〜7のスチーム流量の測定結果を示した図である。
【図9】実施例29〜33のスチーム流量の測定結果を示した図である。
【符号の説明】
【0065】
1 加圧スチーム処理装置 10 加圧スチーム処理部 20 ラビリンスシール部 22 内壁面 24 ラビリンスノズル 26 開口部 Z 糸条

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一定方向に走行する糸条を加圧スチームにより処理する加圧スチーム処理部と、該加圧スチーム処理部の前後から延びる2つのラビリンスシール部とを具備し、
前記ラビリンスシール部が、該ラビリンスシール部の内壁面から糸条に向かって直角に延びる板片からなるラビリンスノズルを複数有する加圧スチーム処理装置において、
前記ラビリンスノズルの前記内壁面からの延設長さLと、隣接するラビリンスノズル間のピッチPとの比(L/P)が0.3未満であり、前記板片の厚みが3mm以下であることを特徴とする糸条の加圧スチーム処理装置。
【請求項2】
前記ピッチPが16〜29mmである、請求項1に記載の糸条の加圧スチーム処理装置。
【請求項3】
前記長さLが3mm以上である、請求項1または2に記載の糸条の加圧スチーム処理装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の糸条の加圧スチーム処理装置を用い、糸条を、下記式で表される充填率Fを0.5〜10%として加圧スチーム処理する、糸条の加圧スチーム処理方法。
F=[K/(ρ×10)]/A
ただし、式中、Kは糸条繊度(tex)であり、ρは糸条密度(g/cm)であり、Aは前記ラビリンスシール部内の前記ラビリンスノズルにより形成される開口部の開口面積(cm)である。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−256820(P2009−256820A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−104809(P2008−104809)
【出願日】平成20年4月14日(2008.4.14)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】