説明

糸状菌病害防除剤

【課題】 植物に対して病原性が無く農業分野への適応が容易な放線菌の属であり、しかも植物体に高い定着性を示し、糸状菌病害防除に有効な糸状菌病害防除剤を提供する。
【解決手段】 アミコラトプシス属(Amycolatopsis sp. A1)菌株(寄託番号 FERM AP-20438)からなる糸状菌病害防除剤である。
この様な本発明の糸状菌病害防除剤は、植物に対して病原性が無く、農業分野への適応が容易な放線菌に属する菌株であって、植物体に高い定着性を示し、糸状菌病害防除に優れた効果を発揮する糸状菌病害防除剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は糸状菌病害防除剤に関し、植物に対して病原性が無く農業分野への適応が容易な放線菌の属であり、しかも植物体に高い定着性を示し、糸状菌病害防除に有効な糸状菌病害防除剤を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
作物に危害を加える植物病原菌のうち、その約8割は糸状菌による病害といわれている。例えば、土壌病害では、分化型が多様な植物病原菌であるフザリウム・オキシポラム(Fusarium oxysporum)などによる土壌伝染性病害、また、地上部病害では、多犯性のボトリシス・シネレラ(Botrytis cinerea)に代表される灰色カビ病害等が挙げられる。これら糸状菌病害は、今なお難防除病害として知られている。
土壌伝染性病害にしては、これまで臭化メチルやクロールピクリン等の化学薬剤による土壌殺菌が主流であり、灰色カビ病に対しても化学薬剤の散布で対処されてきた。しかし、臭化メチルは、生態系、動植物への影響から、その使用が不可欠用途を除いては2005年に完全撤廃となり、その他の化学農薬についても使用が制限されつつあるのが現状である。更に、使用可能な化学薬剤についても、耐性菌や変異菌の出現等により、その効果を発現させることが困難となっている。
【0003】
一方、これまで環境への影響が少ないとされる防除技術として、有用微生物を用いた病害防除法が多数検討されてきた。その多くは有用微生物を汚染土壌に接種する防除法である。また、近年では種子への接種による防除技術も検討されている。しかし、これらの方法はいずれも効果が不明確であり、再現性が得られないことから有用微生物の効果を十分に発揮するものとは云えなかった。これらの原因として、元々高濃度で比較的安定した微生物群集を保った土壌中または植物体表面等に有用微生物を接種しても、微生物が優占種となることが困難であったからである。すなわち、如何にして接種した有用微生物を定着させ、またその効果を発揮させるかが技術的な課題であった。
【0004】
この様な状況下、近年、病害防除技術に於いて微生物による効果を発現させる検討として、植物体に定着性の高い微生物を用いる技術が開発されてきた。例えば、植物根に高い定着性を示す微生物によって病害防除を行う方法として、グリオクラディウム属(Gliocladium sp.)に属する真菌を植物根圏に定着させ、リゾクトニア属、ピシウム属、ファイトフィトラ属が原因とされる病害の防除に効果があることが知られている。(例えば、非特許文献1参照。)
また、トマトの根内に内生するバチルス属(Bacillus sp.)細菌によって、フザリウム病害防除を行う方法が知られている。(例えば、特許文献1参照。)
更に、作物生育促進効果を有するアーバスキュラー菌根菌(糸状菌)が作物と共生することにより、植物の病気等のストレスに対する抵抗性を向上させることが知られている。(例えば、非特許文献2参照。)
この様に、細菌や糸状菌を中心とした技術が多数開示されている。
【0005】
一方、自然界に普遍的に存在している放線菌に関しても、植物根内(例えば、非特許文献3参照。))や植物体地上部(例えば、非特許文献4参照。)に高い定着性を示すことが知られている。
また、放線菌を病害防除に使用した例として、木本科に属するシャクナゲに内生するストレプトマイセス属放線菌が、根腐病菌とペスタロチア病菌(例えば、非特許文献5参照。)を防除することが知られている。
更に、草本植物に共生するストレプトマイセス属放線菌等を病害防除に使用した例(例えば、特許文献2参照。)が知られている。しかし、これら放線菌を有効成分とする病害防除は、その殆どがストレプトマイセス属放線菌を主体とするものであり、このような属に属する放線菌は、芋の表面が層状になるジャガイモそうか病(ストレプトマイセス・アルビカンス(Streptomyces albicans))や、サツマイモ立枯病(ストレプトマイセス・イポモアエ(Streptomyces ipomoeae))や、広範囲のウリ科作物に病兆を示すメロンがんしゅ病(ストレプトマイセス属(Streptomyces sp.))など、放線菌の中で唯一植物への病原性があるとされている。
しかも近年、ジャガイモそうか病の病原性関連遺伝子は、ストレプトマイセス属の菌体間で移動することが指摘されている(例えば、非特許文献6参照。)。
従って、ストレプトマイセス属の放線菌を実際に病害防除に適応させることはできない状況にある。
【0006】
【非特許文献1】「カナディアン・ジャーナル・オブ・ボタニー」,1981年発行,第59巻,p.22,(Canadian Journal of Botany vol59, p22, 1981)
【非特許文献2】「植物防疫」,1988年発行,第42巻,p.259−266
【非特許文献3】「アプライド・アンド・エンバイロメンタル・ミクロバイオロジー」1992年発行,第58巻,No.8,p.2691−2693,(Applied and Environmental microbiology 58, 8, 2691-2693, 1992)
【非特許文献4】「アニュアル・レポート・サンキョー・リサーチ・ラボ」1995年発行,No.47,p.97−106(Annu. Rep. Sankyo Res. Lab., 47, 97-106, 1995)
【非特許文献5】「ジャーナル・オブ・ゼネラル・プラント・パソロジー」2000年発行,No.66,p.360−366(J. Gen. Plant Pathol., 66, 360-366, 2000)
【非特許文献6】「モルキュラー・プラント−ミクロブ・インタラクション」1998年発行,No.11,p.960−967(Mol. Plant-Microbe Interact. 11, 960-967, 1998)
【特許文献1】特開2002−275013号公報
【特許文献2】特開2004−143102号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、植物に対して病原性を示さず、植物体に高い定着性を示し、糸状菌病害の防除に有効な各種放線菌について微生物の探索を行った。
その結果、植物において病原性が報告されていない本発明で使用する分離菌であるアミコラトプシス属(Amycolatopsis sp. A1)菌株の放線菌が、植物病害防除効果を効果的に発揮させるのに不可欠である植物体への高い定着性を示し、しかも広範囲の糸状菌病害に対し高い防除効果を示すことを見出し、係る知見に基づき本発明を完成させるに至ったものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
即ち、本発明はアミコラトプシス属(Amycolatopsis sp. A1)菌株(寄託番号 FERM AP-20438)からなる糸状菌病害防除剤に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の糸状菌病害防除剤は、植物に対して病原性が無く、農業分野への適応が容易な放線菌に属する菌株であって、植物体に高い定着性を示し、糸状菌病害防除に優れた効果を発揮する糸状菌病害防除剤である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明で使用するアミコラトプシス属(Amycolatopsis sp.A1)菌株は、茨城県つくば市のナス栽培圃場の健全なナスの根部より分離した微生物であり、菌株コード番号をA1と命名した。
この本発明菌株は、平成17年3月7日付で、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに、寄託番号FERM AP-20438 として寄託されている。
【0011】
本発明のアミコラトプシス属(Amycolatopsis sp. A1)菌株の菌学的性質は、以下のとおりである。
(1)形態的性質; イースト・麦芽寒天培地(ISP培地 No.2)で28℃、21日間培養後の光学顕微鏡および電子顕微鏡での観察において、本発明菌株はよく分岐した基生菌糸から、白色からクリーム色の豊富な気菌糸を形成し、表面平滑、円筒状の未発達の胞子連鎖が認められた。
(2)培養的性状;イースト・麦芽寒天培地(ISP培地 No.2)、オートミール寒天培地(ISP培地 No.3)及びスターチ・無機塩寒天培地(ISP培地 No.4)で28℃、21日間培養し、光学顕微鏡で観察した結果を表1に示した。
(3)生理学的性状;生育温度範囲、メラニン様色素の生成及び炭素源の利用性結果を表2に示した。
(4)化学分類学的性質;各種化学分析は、“放線菌の分類と同定(日本放線学会編)”に記載されている手法に従い行った。化学分析の結果を表3に示した。
以上の結果を基に、「放線菌の分類と同定 日本放線菌学会編 財団法人日本学会事務センター (2001年発行)」に基づいて同定を行った。
A1株は、基生菌糸形態がノカルジオフォーム(nocardio-form)で、気菌糸が白色であって、未発達の細い胞子連鎖を円筒状に形成し、ジアミノピメリン酸がメソ(meso)型で、ミコール酸を含まず、全菌体組成がタイプ A、リン脂質がPII及び主要なメナキノンがMK-9(H4)等の性状から、アミコラトプシス属する放線菌と同定した。
【0012】
【表1】

【0013】
【表2】

【0014】
【表3】

【0015】
本発明の菌の培養は、放線菌における通常の培養方法に従って行えば良く、固体培養或いは振とう培養、ジャーファメンター培養等の液体培養のいずれでも利用することができる。例えば、イースト・麦芽寒天培地やその他放線菌専用培地及びポテトデキストロース培地を使用することができる。培養条件は、培養温度15〜45℃の範囲が好ましく、更に好ましくは20〜35℃の範囲である。また、培養時間は7〜30日間であり、培養液のpHは5.0〜9.0の範囲、より好ましくは、6.5〜7.5の範囲である。
【0016】
病害防除剤に使用する本発明の菌株は、菌株の培養物自体或いは菌株を水などの液体に懸濁することにより微生物製剤として使用しても良いが、他の成分と配合し、液剤、粉剤、粒剤、育苗培土剤等の製剤として使用する方がより望ましい。この様な他の配合成分としては、液体担体、固体担体等が挙げられ、液体担体としては、水、特に滅菌水が最も望ましいが、生理食塩水、リン酸緩衝液、炭酸緩衝液等が挙げられる。
【0017】
また、固体担体としては、カオリン、タルク、バーミキュライト、珪藻土、モンモリロナイト等の天然鉱物微粉末、合成微粉末シリカ、活性炭、炭酸カルシウム、酸性白土、酸化カルシウム等の人工鉱物微粉末、発泡ポリスチレン、発泡ポリエチレン、発泡ポリプロピレン、ポリウレタン等の多孔性プラスチック等を使用することができる。
本発明菌の更に好ましい製剤形態は、本発明菌を育苗培土剤として使用する方法である。
育苗培土剤の製造方法は、それら固体担体をそのまま使用して製造してもよいが、好ましくは担体を100〜200℃の範囲の温度で、0.5〜1時間焼成した焼成担体に本発明菌の培養物を混合する方法である。
担体を焼成することにより培土を無菌化し、本発明菌を容易に増殖させることができる。
また培土剤は、その含水率を調整することで本発明菌の培養は可能であるが、培土中での本発明菌の増殖を促進するため、糖質等の炭素源を培土に添加混合しておく。
更に、このように製造した育苗培土剤は、無菌室で菌濃度が105cfu/g以上となるまで培養を行う。
この場合、培養は通常20〜40℃の温度で1週間以上行えば良い。
【0018】
本発明の糸状菌病害防除剤における本発明菌の含有量としては、製剤菌濃度として105〜109cfu/g、好ましくは107〜108cfu/gである。また、本発明糸状菌病害防除剤の施用は、液剤、粉剤、粒剤の場合には、使用時に製品重量の10〜10,000倍の水で剤を希釈し使用する。しかしながら本発明菌がその効果を最もよく発揮するのは、前述のように育苗培土剤として使用する場合である。
この場合には、前述の育苗培土剤をプラスチック製育苗トレイ等に入れて使用し、培土の全量、あるいは他の土壌との混合または本剤を覆土処理する方法等で使用すればよい。育苗培土剤を他の土壌と混合して使用する場合には、本剤の使用量は概ね20〜90質量%である。
【0019】
本発明の糸状菌病害防除剤が適用できる植物としては、病害防除効果が発揮されれば特に限定されるものではなく、例えば、ナス科、ウリ科、アブラナ科、キク科、アカザ科、バラ科等の植物好ましくは、ナス、トマト、ピーマン、キュウリ、メロン、スイカ、ハクサイ、レタス、ホウレンソウ、ブドウ、イチゴ等を挙げることができる。
【0020】
本発明の糸状菌病害防除剤が対象とする病害は糸状菌病害であるが、特に果菜に甚大な被害を与えるフザリウム・オキシスポラム(Fusarium oxysporum)による土壌伝染性病害やバーティシリウム属(Verticillium sp.)或いは、ボトリシス・シネレア(Botrytis cinerea)等による病害が挙げられる。
【実施例】
【0021】
以下に本発明の実施例を挙げて更に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0022】
[実施例1]
アミコラトプシス属A1菌株による植物病原性糸状菌に対する抗菌活性試験を、対峙培養法により評価した。供した糸状菌を表4に示した。
対峙培養試験は、まずアミコラトプシス属A1菌株と各植物病原性糸状菌をそれぞれ2週間、PDA培地(ポテトデキストロース培地)で事前に培養した。次に、このプレート上に生えたアミコラトプシス属A1菌株の菌糸を直径5mmのコルクボラーでくりぬき、別途、PDA培地上の中心から外側へ1cmの部位に接種した。一方各植物病原性糸状菌は菌糸体をかるく白金耳でかきとり、もう片側の部位に対峙させ接種した。対峙培養は温度20℃、暗所下で行った。
抗菌活性試験結果を表4に示した。







【0023】
【表4】

【0024】
[実施例2]
アミコラトプシス属A1菌株を植物根に接種し、トマト根腐萎凋病に対する感染防除を評価した。まず、表面殺菌したトマト(品種:桃太郎)種子を、3層培養器(上層;1%素寒天5ml、中層;石英砂2ml、下層;蔗糖・ホルモンフリーホワイト培地15ml)に播種し、これを1週間育苗し無菌実生を調製した。この育苗した無菌実生の株元に、表5に示した各菌株をそれぞれ100μl(菌体濃度;104cfu/ml)づつ接種し、これらを28℃、5000lux(light/darkk:16/8hours)の光照射下で約2週間培養した。
一方、別途同様に調製した無菌実生に根腐萎凋病菌(Fusarium oxysporum f. sp. lycopersici MAFF103044)を感染させ、このトマトの感染根を常法に従って表面殺菌し、1mlの滅菌水中で粉砕縣濁させ、根腐萎凋病菌接種液を調製した。この粉砕縣濁液の100μl(菌体濃度;10cfu/ml)を前述の表5の各菌株を前接種した実生に接種し、約1ヶ月間培養を行った。
また、無処理区として、アミコラトプシス属放線菌を接種していない無菌実生に、同濃度の根腐萎凋病菌を接種した。尚、評価結果は、数1により発病株率(%)を、数2により発病度を、数3により防除価をそれぞれ算出した。
【0025】
【表5】

【0026】
【数1】

【0027】
【数2】

【0028】
【数3】

【0029】
[実施例3]
本発明の菌株を含有する製剤を、以下の手順に従って調製した。
本発明の菌株を、150mlのイースト・麦芽寒天培地(ISP 培地 2)液体培地(pH7.5)中で2週間振とう培養(25℃,暗所下,120rpm)した。次にこれら培養菌体および培養ろ液を遠心分離(8,000rpm,10分)によりろ液を除いた後、滅菌水による洗浄を3回行い、菌糸体を回収した。
その後、菌糸体を滅菌水150ml中で粉砕縣濁(10,000rpm,2分間)し、これを160℃で1時間の焼成したバーミキュライト1Lに混合した。この菌体混合物を25℃、暗所下で2週間静置することで菌糸体を培養し、本発明の菌株を含有する製剤を得た(以下、A1株剤と略記)。
次いで、A1株剤によるレタス・フザリウム病菌防除試験を行った。まずA1株剤を15ml容の滅菌試験管(高さ12cm、径3cm)に10ml充填した。さらに同試験管内に蔗糖・ホルモンフリーのホワイト液体培地の5ml施用し、これに表面殺菌を行ったレタス種(品種:シスコ)を1粒ずつ播種し2週間育苗した。次にこのA1株剤で育苗したレタス実生株元に、PDA培地で前培養したレタス根腐病菌(Fusarium oxysporum f. sp. lactucae MAFF744028)接種源(直径5mm)を接種した。接種後、同条件で育苗し試験を行った。2週間育苗後の病害の状況を調査し、実施例2と同様に発病株率、発病度、防除価を求めた。
【0030】
【表6】



【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミコラトプシス属(Amycolatopsis sp. A1)菌株(寄託番号 FERM AP-20438)からなる糸状菌病害防除剤。
【請求項2】
アミコラトプシス属(Amycolatopsis sp. A1) 菌株(寄託番号 FERM AP-20438)の菌体濃度が105cfu/ml以上である請求項1記載の糸状菌病害防除剤。
【請求項3】
糸状菌病害がフザリウム属(Fusarium sp.)またはボトリシス属(Botrytis sp.)からなる病害である請求項1または2記載の糸状菌病害防除剤。

【公開番号】特開2006−290816(P2006−290816A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−115197(P2005−115197)
【出願日】平成17年4月13日(2005.4.13)
【出願人】(000203656)多木化学株式会社 (58)
【Fターム(参考)】