説明

紅麹の製麹方法

【課題】紅麹を操作簡便に製麹する方法を提供する。
【解決手段】(1) 紅麹菌を、滅菌済液体培地中、培養可能な温度にて、乾燥菌体重量4.1〜50g/Lまで培養する前培養工程;及び、(2) 澱粉質原料に、工程(1)で得た培養液の全部又は一部をそのまま、該澱粉質原料1000部に対し培養液50〜250部の混合割合で混合し、培養可能な温度及び湿度で培養する本培養工程;を含む、紅麹の製麹方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は紅麹を操作簡便に製麹する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
紅麹は、中国、台湾などにおいて紅酒、老酒、紅乳腐などの醸造原料として広く利用されている。昔から漢方薬としても使用され、コレステロール低下、血圧降下、老化や生殖能力の低下の遅延等の作用が知られている。また、紅麹の生産する紅色色素は、無毒であり、食品用の天然色素として多用されている。
【0003】
ここで、紅麹の製麹に使用される紅麹菌であるモナスカス属菌は繁殖力が弱く、また他の菌にも汚染されやすいので、製麹には細心の注意を払い、製麹期間中は無菌的な環境を維持することが必要であった。特に、これを直接酒類の醸造に使用する際には、異臭など好ましくない香味を付与しないためにも雑菌汚染は避けなければならない問題である。
【0004】
従来から知られる紅麹の製麹方法として、例えば非特許文献1は、予め培地中で培養した菌体を分離後、殺菌水で数回洗ったものを種菌として、殺菌した製麹機内で蒸米に接種する製麹方法について記載する。
【0005】
雑菌汚染を防ぐ製麹方法として、例えば特許文献1は、蒸煮滅菌された精白米を製麹原料とし、pHを常時3〜5の範囲に維持することを特徴とする紅麹の製造法について記載する。また、特許文献2は、蒸煮滅菌された精白米に紅麹菌を植菌して無菌培養する第1段発酵と、これを前処理で無菌化した原料ハトムギに対して添加混合し培養する第2段発酵の2段階方式で培養することを特徴とするハトムギ紅麹の製造法について記載する。
【特許文献1】特開平01-171476号公報
【特許文献2】特開平10-84944号公報
【非特許文献1】麹学 村上英也編著 日本醸造協会 (1987)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、本培養期間に無菌的な環境を維持するための特殊な製麹装置を必要とせず、通常醸造で使用される自動製麹装置や手作業での製麹により、操作簡便に紅麹を製麹する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは、(1) 紅麹菌を、適切な条件下、所望の乾燥菌体重量となるまで培養する前培養工程;及び(2) 澱粉質原料に、工程(1)で得た培養液の全部又は一部をそのまま、該澱粉質原料に対して所望の混合割合で混合し、適切な条件下で培養する本培養工程を含む、紅麹の製麹方法を見出した。
【0008】
すなわち、本発明は、(1) 紅麹菌を、滅菌済液体培地、好ましくは滅菌済麦麹糖化液、より好ましくはAspergillus属の微生物を麹菌として用いた滅菌済麦麹糖化液中、培養可能な温度、好ましくは20〜40℃、より好ましくは32〜38℃にて、乾燥菌体重量4.1〜50g/Lまで培養する前培養工程;及び
(2) 澱粉質原料、好ましくはα化澱粉質原料、より好ましくは澱粉をα化した蒸麦に、工程(1)で得た培養液の全部又は一部をそのまま、該澱粉質原料1000部に対し培養液50〜250部の混合割合で混合し、培養可能な温度、好ましくは25〜40℃、より好ましくは35〜40℃及び培養可能な湿度、好ましくは50〜100%、より好ましくは75〜100%で培養する本培養工程;を含む、紅麹の製麹方法を提供する。
【0009】
本発明の工程(1)の前培養について以下に詳しく説明する。
本発明に使用する紅麹菌は、紅麹色素を生産するモナスカス属の糸状菌であればよい。特に、Monascus purpureus、Monascus pilosus、Monascus anka等が好ましく、さらに特定すれば、Monascus pilosus IFO4520が好ましい。
【0010】
本発明の工程(1)の前培養に使用する滅菌済液体培地は、好ましくは滅菌済麦麹糖化液であり、より好ましくはAspergillus属の微生物を麹菌として用いた滅菌済麦麹糖化液である。例えば、YM (Yeast/Molt)培地やYPD (Yeast/Peptone/Dextrose)培地などを含む市販の滅菌済合成培地、米、小麦、麦などを含む澱粉質原料の滅菌済糖化液、滅菌済米麹及び/又は麦麹の糖化液等を使用することが出来る。このうち、市販の合成培地、米麹及び/又は麦麹の糖化液が好ましい。雑菌汚染を防ぐ、静菌という観点からは、クエン酸が含まれている、米麹及び/又は麦麹の糖化液がより好ましく、より具体的には、pH4.5以下の滅菌済液体培地が好ましい。
【0011】
前記のAspergillus属の微生物として、例えば、一般的な焼酎用の麹菌であるAspergillus kawachii、Aspergillus awamori、Aspergillus usamii、Aspergillus niger、Aspergillus saitoi等を用いることができる。このうち、Aspergillus kawachiiはクエン酸生産能が高いため、酸度が高くなり、雑菌の汚染を防ぐという観点から好ましい。
【0012】
麦麹糖化液を得る際に用いる麹は特に制限されないが、例えば、Aspergillus kawachii等の焼酎用の菌株を使用した、乾燥状態の麦麹を用いることが出来る。本発明の製麹方法で得られた紅麹が、クエン酸を生産せず、糖化酵素活性が弱いという観点からは、麦麹糖化液を得る際に用いる麹として該紅麹が好ましくない場合がある。
【0013】
本発明はまた、前記滅菌済液体培地のBrixが5〜30、好ましくは7.5〜20である、前記の製麹方法を提供する。本明細書中において、Brixとは、屈折糖度計を利用して測定した糖度の値であり、同じ糖度の糖液100g中に含まれるショ糖の量(g)を表す値である。Brixは当業者に公知の手法を用いて測定することができ、例えば、市販の手持ち式屈折計やデジタル式屈折計を用いて測定することができる。
【0014】
これらの液体培地は単独で使用しても、組み合わせて使用してもよい。培地の滅菌は、当業者に公知の手法を用いて行うことが出来る。例えば、オートクレーブ滅菌により行うことができる。
【0015】
本発明の工程(1)の前培養は、培養可能な温度にて行うことが出来る。前記培養可能な温度は好ましくは20〜40℃であり、より好ましくは32〜38℃である。
前記の前培養は、振とう培養、ジャーファーメンターで通気攪拌する好気的培養等により行うことが出来る。前培養により紅麹菌を充分に増殖させ、本発明の工程(2)である本培養工程に移る。前培養における紅麹菌の増殖が充分でない場合、増殖能が紅麹菌より高い他の菌が本培養工程で増殖し、所望の紅麹を得ることが出来ない。紅麹菌が充分に増殖したかは、前培養で得た培養液中の乾燥菌体重量を調べることにより評価できる。前記乾燥菌体重量が、4.1〜50g/L、好ましくは5.3〜26g/L、より好ましくは6.8〜20g/L、さらにより好ましくは8.3〜15g/Lになった場合に本培養工程に移ることが望ましい。例えば実施例1の条件で培養した場合、5日目以降であれば乾燥菌体重量が5.3g/L以上となり、本培養工程に移るのに好ましく、特に乾燥菌体重量が10g/L程度のものは、初発菌量が多く、製麹経過にも問題がないためさらに好ましい。乾燥菌体重量は、当業者に公知の手法を用いて調べることが出来る。
【0016】
本発明の工程(2)の本培養について以下に詳しく説明する。
本発明の工程(2)の本培養に使用する澱粉質原料は、例えば、米、麦、甘薯、大豆等を用いることができる。好ましくは小麦、大麦を用いることができ、更に好ましくは大麦を用いることが出来る。これらの原料は、澱粉をα化して用いることが出来る。
【0017】
本発明の工程(2)において、澱粉質原料に、工程(1)で得た培養液を「そのまま」混合するとは、培養液から菌体を分離する工程や、菌体を洗浄する工程を経ずに、培養液を澱粉質原料に混合することを意味する。これは、前培養工程(1)で充分に紅麹菌を増殖させることにより可能になる。従来必須であったこのような分離工程や洗浄工程等が不要になることにより、本発明の製麹方法によれば、紅麹を操作簡便に製麹することが出来る。
【0018】
上記澱粉質原料と、工程(1)の前培養由来の培養液の混合割合としては、澱粉質原料1000部を蒸きょうもしくは蒸煮によりデンプンをα化したものに対し、工程(1)の培養液を50〜250部、好ましくは100〜200部添加混合することが望ましい。種用紅麹培養液が250部を超えると製麹原料の水分が過多となり、また50部より少ないと菌体の量が少なく種用紅麹培養液として機能を果たさないため、それぞれ良好な製麹を行うことができない。なお、培養液の混合の際には、上述の培養液中の乾燥菌体重量にも留意する。
【0019】
本発明の工程(2)の本培養は、培養可能な温度及び湿度にて行うことが出来る。前記培養可能な温度は、好ましくは25〜40℃であり、より好ましくは35〜40℃である。本培養における培養温度が低いと、より繁殖力の強い菌(例えば黄麹菌)が紅麹菌の増殖を上回るため不都合である。前記培養可能な湿度は、50〜100%であり、好ましくは75〜100%である。菌の増殖が非常に遅いため、いわゆる突き破精状態になるまで、このような条件下、3日以上培養することが望ましい。
【0020】
上記本培養は、開放培養により行うことが出来るため、特別な培養装置等が不要であり、簡便な紅麹の製麹を可能にする。
本発明はまた、上記の製麹方法で得られた紅麹を含む、飲食品の製造方法を提供する。さらに本発明は、上記の製麹方法で得られた紅麹を含む、焼酎の製造方法を提供する。
【0021】
本発明はまた、上記の製麹方法で得られた紅麹を提供する。さらに本発明は、該紅麹を原料として用いた、飲食品を提供する。
本発明の製麹方法により得られた紅麹は、当業者に公知の手法により、通常の麹の利用方法に準じて使用することが出来る。例えば、そのまま麦焼酎などの醸造飲食品の原料として、乾燥物、抽出エキス、抽出エキス濃縮物、抽出エキス粉末等の加工品として、配合することが出来る。また、麦を原料とした紅麹は、パン様の香ばしい特有の芳香を有し、これを原料として用いることで、そのような芳香を製品に与えることが出来る。本発明の、紅麹を原料として用いた飲食品としては、例えば、各種焼酎(麦焼酎等)、豆腐乳、豆腐よう、紅麹等を用いたタンパク質素材(肉類、卵類、魚介類、豆腐等)の漬物、肉類加工品、魚介類加工品、蒲鉾、菓子類、各種健康食品、栄養補助食品、各種加工品(乾燥物、抽出エキス、抽出エキス濃縮物、抽出エキス粉末等)などが挙げられるがこれらに限定されない。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、前培養工程で充分に紅麹菌を増殖させることになり、本培養工程において開放型の製麹を行うことが可能になる。また、前培養後に菌体分離工程及び/又は菌体洗浄工程を経ずに本培養工程に移ることが可能であり、特別なpHの調整も不要である。従って、本発明によれば、本培養中に無菌的な環境を維持するための特殊な製麹装置を必要とせず、通常醸造で使用される自動製麹装置や手作業で紅麹を製麹出来るため、繁殖力が弱く他の菌にも汚染されやすい紅麹を操作簡便に安定して製麹することが可能になる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例にて本発明を説明する。
実施例1
乾燥状態の麦麹260gを水1000mlに加え、攪拌しつつ品温を55℃に12時間保った後、30℃に冷却し、No.2 ろ紙を使用してろ過を行い、麦麹糖化液を得た。この麦麹糖化液をBrix 10になるよう水で希釈し、500ml容量の三角フラスコに150mlを注ぎ、オートクレーブ滅菌した。
ここに、YM寒天培地にて培養した紅麹菌(使用菌株: Monascus Pilosus IFO 4520)菌糸を1白金耳植菌し、振とう式培養装置で、35℃で7日間培養を行った(前培養)。
次に、原料大麦1kgを洗麦、水で1時間浸漬し、1時間水切り後のものを1時間蒸きょうすることでデンプンをα化した蒸麦を30℃まで冷却し、これに前培養にて培養した種用紅麹培養液を150ml混合し、温度38℃、湿度85%と設定して5日間培養した(本培養)。本培養に使用する容器は、市販の浅型長バットを使用し開放条件で行った。
このように2段階の培養で得られた雑菌の繁殖等は認められず、紅麹は特有の芳香があり、官能的に良好な麹であった。
【0024】
実施例2
種用紅麹培養液の製麹可能菌体濃度を検討するため、実施例1と同様の麦麹糖化液を得て、紅麹菌(使用菌株: Monascus Pilosus IFO4520)を植菌し、振とう式培養装置で、35℃で培養を行った(前培養)。
培養時間を調節することで、乾燥菌体重量でそれぞれ、4、5.3、10、26g/Lの種用紅麹培養液を得ることができた。
これらを使用して実施例1と同じ条件で本培養を実施した。
結果として、種用紅麹培養液のうち乾燥菌体重量で4g/Lのものは、他の菌によるコンタミネーションが生じ、製麹することができなかったが、乾燥菌体重量で5.3、10、26g/Lのものは、特有の芳香のある紅麹を製麹することが可能であった。特に10g/Lのものは、初発菌量が多く、製麹経過にも問題がなかった。
【産業上の利用可能性】
【0025】
以上述べたように、本発明は、無菌的な環境を維持するための特殊な製麹装置を必要とせず、操作簡便に紅麹を製麹でき、紅麹の安定生産に利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1) 紅麹菌を、滅菌済液体培地中、培養可能な温度にて、乾燥菌体重量4.1〜50g/Lまで培養する前培養工程;及び
(2) 澱粉質原料に、工程(1)で得た培養液の全部又は一部をそのまま、該澱粉質原料1000部に対し培養液50〜250部の混合割合で混合し、培養可能な温度及び培養可能な湿度で培養する本培養工程;
を含む、紅麹の製麹方法。
【請求項2】
前記工程(1)における乾燥菌体重量が5.3〜26g/Lである、請求項1に記載の製麹方法。
【請求項3】
前記工程(2)における混合割合が、澱粉質原料1000部に対し培養液100〜200部である、請求項1又は2に記載の製麹方法。
【請求項4】
前記滅菌済液体培地が、市販の滅菌済合成培地、澱粉質原料の滅菌済糖化液、滅菌済米麹糖化液及び滅菌済麦麹糖化液からなる群から選択される1種以上である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の製麹方法。
【請求項5】
前記滅菌済液体培地のBrixが5〜30である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の製麹方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の製麹方法で得られた紅麹を含む、飲食品の製造方法。
【請求項7】
飲食品が焼酎である、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の製麹方法で得られた紅麹。
【請求項9】
請求項8に記載の紅麹を原料として用いた、飲食品。