説明

純Al被覆鋼板およびその製造法

【課題】平滑性および外観均一性が高い純Al表面を有し、かつ表層部の密着性が良好である比較的低コストな高強度複合金属材料を提供する。
【解決手段】鋼板を芯材に持ち、少なくとも片側表面がAl溶射後に圧延により平滑化されたAl溶射層で構成されるAl被覆鋼板であって、曲げ半径5mmの90°曲げ試験にてAl溶射層の剥離が生じない密着性を有し、Raが0.5μm以下かつRyが10μm以下の平滑表面を有し、前記平滑化されたAl溶射層表層部のAl純度が99.0%以上である純Al被覆鋼板。Al溶射は、溶融Alめっき鋼板のAlめっき層の表面上に行うことが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶射法を用いて被覆した純度の高いAl被覆層を表面に有する純Al被覆鋼板、およびその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
純度の高いアルミニウム(以下「純Al」という)の加工品は、電気伝導性、熱伝導性、耐食性、エッチング性などに優れることから、それらの特性を活かして種々の用途に適用されている。ただし、純Al材料はAl合金材料や鋼材などに比べ、強度に劣るという欠点がある。特に高温強度に関しては、純Al材料に限らずAl系材料であることの本質的特性として、鋼材よりも非常に劣っている。
【0003】
鋼材の強度特性とAl系材料の耐食性とを兼ね備えた材料として、溶融Alめっき鋼板やAlクラッド鋼板などの「Al被覆鋼板」が知られている。溶融Alめっき鋼板は大量生産に適しており、耐食用途、耐熱用途を中心に種々の分野で広く使用されている。ただし、溶融Alめっき時に基材鋼板の表面が溶融Alと反応するため、いわゆる純Alめっき浴(Si等の合金元素を添加していない溶融Alめっき浴)を使用した場合でも溶融Alめっき層中にはFe等の不純物元素が不可避的に混入する。このため、純度99.0%以上といった純Alめっき層を有する溶融Alめっき鋼板を工業的に安定して製造することは極めて難しい。また、純Alめっき浴で製造された溶融Alめっき鋼板の表面にはスパングルが形成されることから、均一な表面外観が要求される用途では意匠性に劣る場合がある。
【0004】
これに対しAlクラッド鋼板では、純Alのシート材を使用することによって純Al表面を実現することができる。また、圧延で仕上げられることから表面の平滑性に優れ、スパングルによる意匠性低下の問題も生じない。しかしながら、純Alのシート材を使用すると素材コストが高くなる。また、クラッド圧延には高度な技術が要求され、広幅のクラッド圧延を工業的に低コストで実施することは容易でないと考えられる。このようなことから、Alクラッド鋼板はコスト面において不利であり、純Al板の代替として広く普及を図ることには無理がある。
【0005】
高コストのクラッド法によらなくても、接着剤を使用すれば鋼板表面に純Alシートを接合することが可能である。しかし、接着剤は経時劣化しやすいという欠点がある。また、接着剤層は導電性や熱伝導性の妨げになることから、それらの特性を利用する用途には適用できない。
【0006】
一方、鋼板表面にAlを溶射することによってAl被覆鋼板を製造することも可能である。溶射法によれば溶融めっき法に比べ鋼板表面が溶融Alと接している時間が短いため、Al被覆層中への不純物元素の混入は軽減されるが、それでも高純度のAl表面を形成することは容易でない。また、鋼板表面とAl溶射層との密着性を確保することが難しく、例えば鋼板表面にアンカー効果の高い特殊な凹凸を付与するといった工夫が必要となる(特許文献1)。このため、溶射による純Al被覆鋼板は普及するに至っていない。
【0007】
溶融めっき鋼板の表面にAlを溶射する技術も知られている(特許文献2)。この場合、250〜450℃で熱処理することにより溶射金属の密着性が向上するとされる(特許文献2の第1表)。ただし、特許文献2に示されている例のうち、めっき層および溶射金属を共にAlとした組み合わせ(実施例4)のものでは、Alの溶射量が30g/m2(厚さ約11μm)程度と薄い。発明者らの検討によれば、このような薄いAl溶射層の場合、密着性の面では極めて有利となる反面、溶射時にAlめっき層中の不純物元素がAl溶射層の表面付近まで拡散する場合があり、例えば純度99.0%以上といった純Al表面を安定して実現することは難しいことがわかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭61−223175号公報
【特許文献2】特開平3−274286号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
純度の高いAl表面を有し、スパングル模様がなく、かつ鋼材並みの高強度を有する板状金属材料は、従来一般的な溶融Alめっき鋼板よりも耐食性、電気伝導性、熱伝導性、エッチング性、意匠性などの面で有利であり、通電材料、伝熱材料、建材、器物、印刷用原版など、種々の用途での活用が期待される。そのような公知の金属材料としてはAlクラッド鋼板を挙げることができる。しかしながら、Alクラッド鋼板は高コストであることから種々の用途に広く適用することは難しい。
【0010】
本発明はこのような現状に鑑み、溶融Alめっき鋼板と同等の高強度を有し、平滑性および外観均一性が高い純Al表面を有し、かつ表層部の密着性が良好である比較的低コストな複合金属材料を提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的は、鋼板を芯材に持ち、少なくとも片側表面がAl溶射後に圧延により平滑化されたAl溶射層で構成されるAl被覆鋼板であって、Al溶射層は曲げ半径5mmの90°曲げ試験にて剥離が生じない密着性を有し、Raが0.5μm以下かつRyが10μm以下の平滑表面を有し、前記平滑化されたAl溶射層表層部のAl純度が99.0%以上である純Al被覆鋼板によって達成される。上記Al溶射層は、例えば溶融Alめっき鋼板のAlめっき層の表面上に形成されたものである。
【0012】
上記曲げ試験における「曲げ半径」は曲げ部内側に押し当てる治具の曲率半径であり、密着性を評価する側の表面が曲げ外側となるように曲げ試験を行う。「剥離が生じない」とは、曲げ加工部の外側表面を目視(ルーペを用いてもよい)で観察したときに、表層部の明らかな剥離(本来の位置からの浮き上がり)が観測されない場合を意味する。すなわち、クラックが生じていない場合や、クラックが生じていても剥離が生じていない場合や、剥離が生じていることが目視では確認できない場合はいずれも「剥離が生じない」と判定される。
【0013】
RaはJIS B0601−2001に規定される算術平均粗さ、RyはJIS B0601−1994に規定される最大高さ(JIS B0601−2001で規定される最大高さ粗さRzに相当するもの)である。
【0014】
「Al溶射層表層部のAl純度」は、平滑化されたAl溶射層の表面分析(表面酸化皮膜を分析装置内で除去した金属相についての例えばEDX、AES、XPSなどの手法を用いた分析)によって求めることができる。
【0015】
また本発明では、上記純Al被覆鋼板の製造方法として、
溶融Alめっき鋼板のAlめっき層の表面上に純度99.0%以上のAlを溶射して平均厚さ20〜200μmのAl溶射層を形成する工程、
前記溶射後の鋼板に20〜70%の圧延を施す工程、
前記圧延後の鋼板に300〜450℃で1〜30h保持する熱処理を施す工程、
を有する純Al被覆鋼板の製造法が提供される。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、溶射法を利用して、純度の高いAl表面を有する密着性の良好なAl被覆鋼板が提供可能となった。このAl被覆鋼板は表面の平滑性および外観均一性が高く、かつ溶融Alめっき鋼板並みの高強度を有する。また、クラッド法に比べ素材コストが安く、特殊な圧延技術も必要ない。このため本発明の純Al被覆鋼板は、従来溶融Alめっき鋼板を適用していて表面のAl純度向上や意匠性の改善を図りたい用途、あるいは従来純Al板を使用していて高強度化(特に高温強度の向上)を図りたい用途における代替材料として極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の純Al被覆鋼板の断面構造を模式的に例示した図。
【図2】純Al被覆鋼板の曲げ加工部についての断面写真。
【図3】純Al被覆鋼板の曲げ加工部および平坦部についての断面写真。
【図4】純Al被覆鋼板の曲げ加工部および平坦部についての断面写真。
【図5】純Al溶射後に行う圧延の圧延率とAl溶射層表面のRaとの関係を示すグラフ。
【図6】純Al溶射後に行う圧延の圧延率とAl溶射層表面のRyとの関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0018】
上述のように、溶融Alめっき鋼板では表面のAl純度を例えば99.0%以上に安定して維持することは容易でなく、特にFeの混入が嫌われる用途では使用できない。一方、特許文献2に開示されるように、溶融Alめっき鋼板の表面に11μm程度の薄いAl溶射層を形成させた場合には、溶射法においても密着性(耐剥離性)の良好なAl被覆を実現することが可能である。ただし、Al溶射層がこのように薄いと、鋼中あるいはAlめっき層中から拡散する不純物元素によってAl溶射層表面のAl純度が低下しやすい。
【0019】
そこで発明者らは鋭意研究を行い、以下の知見を得た。
(1)溶融Alめっき鋼板の当該溶融Alめっき層の上に、純Alを平均厚さ20μm以上の付着量で溶射することによって、鋼板の構成元素や溶融Alめっき層中の不純物元素がAl溶射層の表面まで拡散してくる現象が抑制される。
(2)このようにAl溶射量を増大させるとAl溶射層の密着性が悪くなるが、溶射後に以下の工程を実施することにより、密着性が顕著に改善される。
(i)20〜70%の圧延を施す。
(ii)前記圧延後の鋼板に300〜450℃で1〜30h保持する熱処理を施す。
(3)さらに、上記(i)の工程で圧延率を20%以上とすることにより、溶射後のAlの凹凸表面が顕著に平滑化される。
本発明はこのような知見に基づいて完成したものである。
【0020】
図1に、本発明の純Al被覆鋼板の断面構造を模式的に例示する。鋼板からなる芯材1の最表層部がAl溶射層2によって被覆されている。このAl溶射層2は圧延によって平滑化された平滑表面3を有している。Al溶射層2は純度の高い金属Alであり、その少なくとも表層部のAl純度は99.0%以上である。このようなAl純度の高い被覆層は、溶融Alめっき鋼板の当該Alめっき層の表面上に純Alを溶射することによって好適に実現することができる。その場合、鋼板からなる芯材1とAl溶射層2の間にはAlめっき層10が介在することになる。芯材1は溶融Alめっき鋼板の「めっき原板」の部分に相当する。芯材1とAlめっき層10の界面には鋼板とめっき金属が反応して生じたFe−Al系合金層あるいはFe−Al−Si系合金層(図示せず)が介在し、これによって芯材1とAlめっき層10はタイトに接合している。Alめっき層10の存在は、芯材1中の元素(Feなど)がAl溶射層2へ拡散することを抑止する。また、Alめっき層10を介在させると、芯材1の表面に直接Alを溶射する場合よりも、溶射層2の密着性が改善される。なお、Alめっき層10とAl溶射層2の密着性をより向上させるためには、溶射前にAlめっき層10の表面をショットブラストなどにより粗面化しておくことが効果的である。溶射時における溶射Alの付着量は平均厚さで20〜200μmであるが、平滑化されたAl溶射層2は溶射後に圧延を受けているため、その平均厚さは圧延率に応じて溶射時の平均厚さより薄くなっている。
【0021】
〔Al溶射層の密着性〕
本発明の純Al被覆鋼板は、溶射後に圧延を受けて平滑化されたAl溶射層を有している。Al溶射層の密着性を向上させる対策として、Alめっき層の上に溶射することや、被溶射表面を粗面化しておくことが有効となるが、溶射付着量が20μm以上と厚い場合には、板が曲げ変形を受けたときにAl溶射層が下地から剥離しやすく、上記のような対策だけでは不十分である。そこで本発明では後述の圧延および熱処理を組み合わせた工程を経ることによりAl溶射層の密着性を確保している。発明者らの検討によれば、曲げ半径5mmの90°曲げ試験にてAl溶射層の剥離が生じない密着性を有していれば、ライン通板時に剥離が生じることはなく、また平板として利用される種々の用途においてAl溶射層は十分な密着性を有していると評価できる。
【0022】
〔表面平滑性〕
種々検討の結果、Raが0.5μm以下かつRyが10μm以下の平滑表面を有していることが、エッチングに供される原板として使用される場合や、均質な平滑表面のもつ意匠性を重視する場合において、特に有用である。
【0023】
〔Al溶射層表層部のAl純度〕
Al溶射層表層部の高純度化による電気伝導性、熱伝導性、耐食性、エッチング性などの特性改善効果を十分に享受するためには、Al溶射層表層部のAl純度が99.0%以上となっていることが極めて効果的である。本発明の純Al被覆鋼板の製造法に従えば、Al溶射層表層部のAl純度がスリーナイン以上のものを得ることも可能である。
【0024】
〔芯材〕
本発明の純Al被覆鋼板の製造法では溶融Alめっき鋼板を使用するので、その「めっき原板」が芯材に相当することとなる。芯材は主として強度を担う。めっき原板の鋼種は用途に応じて選択することができる。一般的には普通鋼冷延鋼板が適用できるが、耐食性を重視する用途ではステンレス鋼板を採用してもよい。規格材としては、例えばJIS G3141:2009に規定される冷延鋼板(鋼帯を含む)や、JIS G4305:2005に規定されるオーステナイト系またはフェライト系のステンレス鋼板が例示できる。具体的な成分範囲を例示すると以下のようになものが挙げられる。
【0025】
普通鋼;
質量%で、C:0.001〜0.15%、Si:0.001〜1.5%、Mn:0.005〜2.5%、P:0.001〜0.5%、S:0.001〜0.5%、Al:0.001〜0.5%、Ni:0.001〜1.0%、Cr:0.001〜1.0%、Cu:0〜0.1%、Ti:0〜0.5%、Nb:0〜0.5%、N:0〜0.05%、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有するもの。
【0026】
オーステナイト系ステンレス鋼;
質量%で、C:0.001〜0.15%、Si:0.001〜4.0%、Mn:0.001〜2.5%、P:0.001〜0.045%、S:0.0005〜0.03%、Ni:6.0〜28.0%、Cr:15.0〜26.0%、Mo:0〜7.0%、Cu:0〜3.5%、Nb:0〜1.0%、Ti:0〜1.0%、Al:0〜0.1%、N:0〜0.3%、B:0〜0.01%、V:0〜0.5%、W:0〜0.3%、Ca、Mg、Y、REM(希土類元素)の合計:0〜0.1%、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有するもの。
【0027】
フェライト系ステンレス鋼;
質量%で、C:0.001〜0.15%、Si:0.001〜1.2%、Mn:0.001〜1.2%、P:0.001〜0.04%、S:0.0005〜0.03%、Ni:0〜0.6%、Cr:10.0〜32.0%、Mo:0〜2.5%、Cu:0〜1.0%、Nb:0〜1.0%、Ti:0〜1.0%、Al:0〜5.0%、N:0〜0.025%、B:0〜0.01%、V:0〜0.5%、W:0〜0.3%、Ca、Mg、Y、REM(希土類元素)の合計:0〜0.1%、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有するもの。
【0028】
芯材の板厚は用途に応じて設定することができる。あまり薄いと強度が不足しやすく、過剰に厚いと曲げ加工部でAl溶射層の剥離が生じやすくなる。芯材は溶融Alめっき鋼板の「めっき原板」に由来するものであるが、溶射後の圧延(後述)によって板厚が減じられることを考慮して適切な板厚のめっき原板を使用すればよい。
【0029】
〔溶融Alめっき〕
溶射に供するための溶融Alめっき鋼板は、従来一般的な溶融Alめっき法によって得ることができる。溶融Alめっき浴の組成は、Si含有量を0〜12質量%とすることができる。Siを添加することによりめっき原板とAlめっき層の間に生成するFe−Al系合金層の過剰成長を抑制することができる他、融点が低下するので浴温を低下させることができる。なお、浴中にはFe、Cr、Ni、Zn、Cu等の不純物元素が不可避的に混入する場合がある。めっき付着量は5〜50μmの範囲で設定すればよい。後述の粗面化処理を行う場合は、それによって鋼素地が露出しないように、粗面化条件に応じて必要なAlめっき層厚さを確保する。例えばアルミナ粒子やガラスビーズを用いたショットブラストにより粗面化する場合は、10μm以上のAlめっき層を形成しておくことが望ましい。
【0030】
〔粗面化処理〕
Al溶射層の密着性を向上させるうえで、溶射前にAlめっき層の表面を粗面化しておくことが有効である。このため必要に応じて粗面化処理を行うことができる。具体的にはショットブラストやワイヤブラシによる機械的な粗面化手段が比較的容易に採用できる。ショットブラストの場合、例えばアルミナ粒子やガラスビーズを用いる方法が好適である。
【0031】
〔溶射〕
本発明の製造法では、Alめっき層の表面上に純Alを溶射する。溶射金属(純Al)の付着量は平均厚さ20μm以上とする必要がある。多くの実験の結果、これより溶射金属付着量が少ないと芯材の構成元素(Feなど)や、Alめっき層中の不純物元素がAl溶射層の表層部まで拡散により到達しやすく、純度の高い金属Al表面を安定して実現することが難しい。溶射金属の平均厚さは25μm以上とすることがより好ましく30μm以上あるいは35μm以上に管理してもよい。ただし、あまり厚いとAl溶射層の密着性が低下して問題となる場合がある。また、過剰なAl溶射はコスト増を招く。種々検討の結果、溶射金属(純Al)付着量は平均厚さ200μm以下の範囲で設定できる。100μm以下とすることがより好ましく、60μm以下あるいは50μm以下に管理してもよい。
【0032】
溶射方法は従来公知の手法が採用できる。例えばアーク溶射法、プラズマ溶射法、ガスフレーム溶射法などが挙げられる。一般的には溶融Alめっき鋼板を鋼帯の状態で水平方向に移動させながら、その表面上に溶射ノズルから吐出させた溶射金属(純Al)をコーティングする。広幅の鋼帯を通板させる場合は板面内での溶射金属付着量が均一になるように板幅方向に複数の溶射ノズルを配置すればよい。また、目標の溶射金属付着量に応じて鋼帯の進行方向にも複数の溶射ノズルを配置することができる。溶融Alめっき鋼板の両面にAl溶射層を形成させる場合は、被溶射面が上向きとなるように片面ずつ溶射を行えばよい。ライン内にそれぞれの面が上向きとなる複数の溶射セクションを設けて1回の通板で両面の溶射を実施することも可能である。溶射金属のAl純度は99.0質量%以上とする必要がある。さらに高純度(例えばスリーナイン以上)のAlを溶射することがより好ましい。溶射金属の供給源としては例えば高純度Alのワイヤーが使用できる。
【0033】
〔圧延〕
本発明では溶射金属(純Al)の付着量を上述のように厚くする必要があるが、溶射金属が厚くなると内部に存在するボイド等の欠陥が増大し、Al溶射層の密着性は低下するようになる。そこで本発明では、溶射後に適切な圧延および熱処理(後述)を組み合わせて行うことによって、Al溶射層の密着性を改善させる。また同時にこの圧延によって表面の平滑性を向上させる。種々検討の結果、上記のAl溶射後に20%以上の冷間圧延を施すことによって、後述の熱処理と組み合わせたときにAl溶射層の密着性が顕著に向上することがわかった。これより圧延率が低いと、良好な密着性を安定して確保するための熱処理条件を見出すことが難しい。25%以上の圧延率とすることがより好ましく、30%以上の圧延率に管理してもよい。熱処理前に行う圧延によってAl溶射層の密着性(耐剥離性)が顕著に向上するメカニズムについては現時点で必ずしも明確ではないが、溶射直後の状態では、Al溶射層の内部や、Alめっき層とAl溶射層の界面近傍にボイドなどの欠陥が多数存在すると考えられ、圧延により一定以上の圧下を加えることによりこれらの欠陥が押しつぶされて金属同士の接触性が向上し、後の熱処理による原子拡散によってAl溶射層の内部やAlめっき層とAl溶射層の界面部分に存在する欠陥が大幅に減少することが密着性向上の要因となっているものと推察される。
【0034】
一方、Al溶射後に20%以上の冷間圧延を施すことは、前述した平滑表面を形成する上で極めて有効であることがわかった。溶射後に圧延すると、圧延率の増加に伴ってRaおよびRyが小さくなり平滑性は向上するが、圧延率20%程度で平滑性向上効果は飽和に近づき、安定して上述のRaおよびRyの値が得られるようになる。
【0035】
圧延率の上限については特にこだわらなくてよいが、過剰な圧延はコスト増を招く。通常、70%以下の圧延率とすればよい。60%以下あるいは50%以下の圧延率に管理してもよい。最終的な板厚(Alめっき層やAl溶射層を含めた全体の板厚)を例えば0.2〜2.0mmの範囲で設定することにより、上述の曲げ試験で評価される良好な密着性を実現するための適正条件(圧延率と熱処理条件の組み合わせ)を見つけやすい。なお、この圧延前に570℃以下の範囲で予備的に熱処理を施してもよい。
【0036】
〔熱処理〕
上記の圧延を終えた材料に対して、300〜450℃で1〜30h保持する熱処理を施す。「保持時間」とは、材料表面の温度が前記温度範囲内に存在する時間を意味する。保持温度が低すぎる場合や保持時間が短すぎる場合はAl溶射層の密着性を十分に向上させることが難しくなる。350℃以上の保持温度とすることがより好ましい。保持温度が高すぎると芯材からFe、Si等の元素がAl溶射層の表層部まで拡散しやすくなり、好ましくない。保持時間が長すぎると密着性向上効果は飽和し、不経済となる。熱処理の雰囲気は大気、N2ガス、Arガス、H2ガス、あるいはそれらの混合ガス、真空雰囲気などとすることができる。なお、熱処理後にはさらに調質圧延を施しても構わない。その場合、調質圧延率は30%以下とすることが好ましい。
【実施例1】
【0037】
板厚0.4mmの普通鋼冷延鋼板をめっき原板として、9質量%Si−Alめっき浴(不純物としてFeが約1.5質量%含まれる)を用いて溶融Alめっきを施し、片面あたりのめっき付着量が25μmの溶融Alめっき鋼板を得た。めっき原板(芯材)の化学組成は、質量%で、C:0.05%、Al:0.022%、Si:0.003%、Mn:0.15%、P:0.012%、S:0.008%、Ni:0.02%、Cr:0.02%、Cu:0.01%、N:0.0023%、残部Feおよび不可避的不純物である。
【0038】
この溶融Alめっき鋼板の片側表面に、アルミナ粒子を用いたショットブラスト処理を施した後、アーク溶射法により純Alを溶射した。Al供給源として使用した材料は純度99.9%の純Alワイヤーである。溶射金属(純Al)付着量は平均厚さ130μmとした。溶射後の鋼板に対して、冷間圧延と、その後に大気雰囲気での熱処理を施し、純Al被覆鋼板を得た。圧延率および熱処理条件は種々の組み合わせで行った。その組み合わせの中には圧延を省略したもの(圧延率0%)および熱処理を省略したものも入れてある。
【0039】
得られた各純Al被覆鋼板について、Al溶射層表層部のAl濃度をEDXにより測定したところ、いずれもAl濃度は99.0質量%以上であることが確認された。
【0040】
次に、各純Al被覆鋼板について、曲げ半径5mmの90°曲げ試験を行った。その際、Al溶射層が曲げの外側になるようにした。曲げ試験後の試験片を顕微鏡および目視で観察することにより、以下の基準にてAl溶射層の密着性を評価した。
◎(密着性;優秀):曲げ加工部断面の顕微鏡観察によりAl溶射層にクラックが見られないもの。
○(密着性;良好):上記の顕微鏡観察によりAl溶射層にクラックが認められるが、曲げ加工部外側表面の目視観察によりAl溶射層に「剥離が生じない」(前述)と判定されるもの。
×(密着性;不良):上記◎、○以外のもの。
結果を表1に示す。図2〜4には、曲げ加工部の断面写真を例示する。図3、4には参考のため平坦部の断面写真も併記する。
【0041】
【表1】

【0042】
表1および図2〜4からわかるように、Al溶射後に本発明規定範囲の条件で圧延および熱処理を施すことにより、Al溶射層の密着性が顕著に改善される。
【実施例2】
【0043】
実施例1で作製した溶融Alめっき鋼板を用いて、実施例1と同様の手法で純Alの溶射を行い、溶射金属(純Al)付着量が平均厚さ130μmである板材を得た。このAl溶射後の板材に種々の圧延率で冷間圧延を施した後、大気中400℃×15hの熱処理を行い、Al被覆鋼板を得た。各Al被覆鋼板についてAl溶射層の表面粗さを圧延方向に対して平行方向に測定し、RaおよびRyを求めた。図5に圧延率とRaの関係を、図6に圧延率とRyの関係をそれぞれ示す。試験数n=3の平均値をプロットした。これらのグラフからわかるように、Al溶射後に20%以上の圧延を行うことにより、安定して高い表面平滑性が得られる。
【符号の説明】
【0044】
1 芯材
2 Al溶射層
3 平滑表面
10 Alめっき層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板を芯材に持ち、少なくとも片側表面がAl溶射後に圧延により平滑化されたAl溶射層で構成されるAl被覆鋼板であって、Al溶射層は曲げ半径5mmの90°曲げ試験にて剥離が生じない密着性を有し、Raが0.5μm以下かつRyが10μm以下の平滑表面を有し、前記平滑化されたAl溶射層表層部のAl純度が99.0%以上である純Al被覆鋼板。
【請求項2】
Al溶射層は、溶融Alめっき鋼板のAlめっき層の表面上に形成されたものである請求項1に記載の純Al被覆鋼板。
【請求項3】
溶融Alめっき鋼板のAlめっき層の表面上に純度99.0%以上のAlを溶射して平均厚さ20〜200μmのAl溶射層を形成する工程、
前記溶射後の鋼板に20〜70%の圧延を施す工程、
前記圧延後の鋼板に300〜450℃で1〜30h保持する熱処理を施す工程、
を有する純Al被覆鋼板の製造法。

【図1】
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【図5】
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【図6】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−46791(P2012−46791A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−189961(P2010−189961)
【出願日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】