説明

紙・パルプ製造工程用洗浄剤及び紙・パルプ製造工程系の洗浄方法

【課題】硫酸バリウムや硫酸カルシウムを含んだスケールに対して短時間で充分な洗浄効果を発揮することができる紙・パルプ製造工程用洗浄剤及び紙・パルプ製造工程用洗浄剤系の洗浄方法を提供する。
【解決手段】本発明の紙・パルプ製造工程用洗浄剤は、炭酸塩、リン酸塩及びホスホン酸塩の少なくとも1種と、アミノカルボン酸塩型キレート剤とを有効成分として含む。この紙・パルプ製造工程用洗浄剤を紙・パルプ製造工程系中に添加し、pHを8以上とすることによって、デポジット中の硫酸バリウムや硫酸カルシウムを溶解除去する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紙・パルプ製造工程用洗浄剤及び紙・パルプ製造工程系の洗浄方法に関し、更に詳しくは、紙・パルプ製造工程水系のワイヤーピットの壁材や配管に付着した硫酸バリウムや硫酸カルシウムを含んだデポジットを洗浄するのに好適な紙・パルプ製造工程用洗浄剤及び紙・パルプ製造工程系の洗浄方法に関する。
【背景技術】
【0002】
紙・パルプ製造工程においては、その工程水系中の配管や壁材の表面にデポジットが付着・堆積し、各種障害を引き起こす。このような紙・パルプ製造工程水系において付着、堆積する汚れは、充填料として古紙に入っている硫酸カルシウム、硫酸バリウム、パルプのピッチ成分、微細繊維、印刷インキ、サイズ剤等々からなる複雑な組成を有している。最近では、紙・パルプ製造工程のクローズド化や抄紙速度の上昇に伴い、これらの汚れ成分による製品品質の低下や生産効率の低下等の重大な障害を引き起こし、深刻化している。これらの中でも、硫酸バリウムや硫酸カルシウムはスケールとして硬い塊状の付着物となり、酸やアルカリにも不溶であるため除去しにくく、さまざまな障害を引き起こす原因となっている。
【0003】
従来から、紙・パルプ製造工程における洗浄剤としては、ソーダ灰等のアルカリ洗浄剤や、アミノカルボン酸キレート剤等が用いられてきたが、上記の硫酸バリウムや硫酸カルシウムからなるスケールに対してはあまり効果がなく問題となっていた。
【0004】
このため、さらに洗浄効果を高めた洗浄剤として、クエン酸、りんご酸、酒石酸等の有機酸を含有する洗浄剤(特許文献1)や、ジホスホン酸と過酸化水素を併用した洗浄剤(特許文献2)や、ヒドロキシエチリデン−1,1−ジスルホン酸やその塩を含有する洗浄剤(特許文献3)が紙・パルプ製造工程用として提案されている。
【0005】
【特許文献1】特開昭62−141187号公報
【特許文献2】特許第2543214号
【特許文献3】特許第2746563号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記特許文献の洗浄剤を用いたとしても、硫酸バリウムや硫酸カルシウムを含んだスケールについては、充分な洗浄効果を発揮できなかったり、長時間の洗浄を必要としたりして問題となっていた。
【0007】
本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたものであって、硫酸バリウムや硫酸カルシウムを含んだスケールに対して短時間で充分な洗浄効果を発揮することができる紙・パルプ製造工程用洗浄剤及び紙・パルプ製造工程用洗浄剤系の洗浄方法を提供することを解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の紙・パルプ製造工程用洗浄剤は、炭酸塩、リン酸塩及びホスホン酸塩の少なくとも1種と、アミノカルボン酸塩型キレート剤とを有効成分として含むことを特徴とする。
【0009】
また、本発明の紙・パルプ製造工程系の洗浄方法は、炭酸塩、リン酸塩及びホスホン酸塩の少なくとも1種と、アミノカルボン酸塩型キレート剤とを有効成分として含み、pHは8以上とされていることを特徴とする。
【0010】
本発明における作用は次のように考えられる。すなわち、まず炭酸塩、リン酸塩及びホスホン酸塩が難溶解性の硫酸カルシウムや硫酸バリウムの表面において置換反応を行い、炭酸塩、リン酸塩及びホスホン酸塩となる(発明者らは、硫酸バリウムが置換反応によって炭酸バリウムに変化することを確認している)。そして、さらに置換反応によって生じたカルシウムやバリウムの塩がアミノカルボン酸塩型キレート剤によってキレート化されて溶解する。アミノカルボン酸塩型キレート剤によるカルシウムやバリウムのキレートの安定性はpHが8以上で特に優れており、pHを8以上とすることで優れた洗浄効果が得られる。特に好ましいpHは9以上である。これによりスケール中の硫酸カルシウムや硫酸バリウムは、短時間に溶解除去されることとなる。
【0011】
したがって、本発明の紙・パルプ製造工程用洗浄剤及び本発明の紙・パルプ製造工程系の洗浄方法によれば、硫酸バリウムや硫酸カルシウムを含んだスケールに対して短時間で充分な洗浄効果を発揮することができる。
【0012】
なお、本発明の紙・パルプ製造工程用洗浄剤ではpHを6〜8(ただし、炭酸塩を含有する場合には発泡を防止するため7〜8)として、紙・パルプ製造工程系中に入れる直前、又は紙・パルプ製造工程系中に入れてから、アルカリを添加してpHが8以上とすることが好ましい。こうであれば、紙・パルプ製造工程用洗浄剤としてはアルカリ性が強くないため、取り扱いにおける安全性が高くなる。
【0013】
また、炭酸塩、リン酸塩及びホスホン酸塩とアミノカルボン酸塩型キレート剤との混合モル比率は10:1〜1:10であることが好ましく、さらに好ましいのは、3:1〜1:6である。こうであれば、特に優れた洗浄効果を奏することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の紙・パルプ製造工程用洗浄剤に含まれる有効成分である炭酸塩、リン酸塩及びホスホン酸塩としては、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム、リン酸の1〜3ナトリウム塩、リン酸の1〜3カリウム塩、ホスホノブタントリカルボン酸の1〜5ナトリウム塩(PBTC・1〜5Na)、ホスホノブタントリカルボン酸の1〜5カリウム塩(PBTC・1〜5K)、ヒドロキシエチリデン−1,1−ジホスホン酸の1〜4ナトリウム塩(HEDP・1〜4Na)、ヒドロキシエチリデン−1,1−ジホスホン酸の1〜4カリウム塩(HEDP・1〜4K)ニトリロトリスメチレンホスホン酸1〜6ナトリウム塩(NTP・1〜6Na)、ニトリロトリスメチレンホスホン酸1〜6カリウム塩(NTP・1〜6K)、N、N、N’、N’−テトラキス(ホスホノメチル)エチレンジアミンの1〜4ナトリウム塩(EDTMP・1〜4Na)、N、N、N’、N’−テトラキス(ホスホノメチル)エチレンジアミンの1〜4カリウム塩(EDTMP・1〜4K)等が挙げられる。
また、アミノカルボン酸塩型キレート剤としては、エチレンジアミン四酢酸の1〜4ナトリウム塩又はカリウム塩(EDTA・1〜4Na塩、EDTA・1〜4K塩)、ニトリロ三酢酸の1〜3ナトリウム塩又はカリウム塩(NTA・1〜3Na、NTA・1〜3K)、ヒドロキシエチレンイミノ二酢酸の1〜2ナトリウム塩又はカリウム塩(HIDA・1〜2Na、HIDA・1〜2K)、ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸の1〜3ナトリウム塩又はカリウム塩(HEDTA・1〜3Na、HEDTA・1〜3K)、ジエチレントリアミン五酢酸の1〜5ナトリウム塩又はカリウム塩(DTPA・1〜5Na塩、DTPA・1〜5K塩)、トリエチレンテトラアミン六酢酸の1〜6ナトリウム塩又はカリウム塩(TTHA・1〜6Na塩、TTHA・1〜6K塩)、ジカルボキシメチルグルタミン酸の1〜4ナトリウム塩又はカリウム塩(GLDA・1〜4Na塩、GLDA・1〜4K塩)、ジヒドロキシグリシンのナトリウム塩又はカリウム塩、プロパンジアミン四酢酸の1〜4ナトリウム塩(PDTA・1〜4Na塩、PDTA・1〜4K塩)、1,3−ジアミノ−2−ヒドロキシプロパン四酢酸の1〜4ナトリウム塩又はカリウム塩(DPTA−OH・1〜4Na塩、DPTA−OH・1〜4K塩)等が挙げられる。好ましくは、エチレンジアミン四酢酸1〜4ナトリウム塩(EDTA・1〜4Na塩)、ヒドロキシエチリデン−1,1−ジホスホン酸1〜4ナトリウム塩(HEDP・1〜4Na)である。これらの1種あるいは2種以上を組み合わせて用いてもよい。
以下、本発明を具体化した実施例を比較例と比較しつつ説明する。
【0015】
実施例1〜4及び比較例1〜5
<紙・パルプ製造工程用洗浄剤の調製>
実施例1〜4では、水酸化ナトリウムとEDTA・4Na塩と、炭酸塩、リン酸塩又はホスホン酸塩を混合して洗浄剤を調製した。また、比較例1〜5では、水酸化ナトリウムとEDTA・4Na塩は混合されているが、炭酸塩、リン酸塩又はホスホン酸塩は含まれていない洗浄液を調製した。具体的な組成については表1に示す。ここで、PBTC4Naとは、ホスホノブタントリカルボン酸4ナトリウム塩のことをいい、HEDP5Naとは、ヒドロキシエチリデン−1,1−ジホスホン酸・5Na塩のことをいう。また、比較例3に示したソルフィットとは、イソプレンに水を付加した2級アルコールである(クラレイソプレン株式会社製)。
【表1】

【0016】
<硫酸バリウム溶解試験>
上記実施例1〜4及び比較例1〜5で調製した洗浄剤を200mlとり、300mlの三角フラスコに入れ、さらに試薬の硫酸バリウム0.2gを加える。そして、ロータリーシェーカーにセットした後、150rpmで3時間振とうした。そして、重量既知のNo.5Cのろ紙でろ過し、水洗後乾燥して重量を測定し、残留物の重量を求めた。結果を表1に示す。この表から分かるように、実施例1〜4では、硫酸バリウムの溶解率が81%以上と極めて高いのに対し、比較例1〜5では40〜67.5%と低く、アミノカルボン酸塩型キレート剤としてのEDTA・4Na塩と、炭酸塩、リン酸塩又はホスホン酸塩とを混合した洗浄剤が硫酸バリウムに対して短時間で充分な洗浄効果を奏することが分かった。
【0017】
実施例5〜11及び比較例6〜8
<紙・パルプ製造工程用洗浄剤の調製>
実施例5〜11では、水酸化ナトリウムを1%、EDTA・4Na塩を0.8%と固定し、炭酸塩、リン酸塩又はホスホン酸塩の種類及び濃度を変化させて洗浄剤を調製した。また、比較例6〜8では、水酸化ナトリウムと炭酸塩、リン酸塩又はホスホン酸塩とが含まれているが、EDTA・4Na塩は含まれていない洗浄剤を調製した。さらに比較例9〜11においてもEDTA・4Na塩は含まれていない洗浄剤を調製した。具体的な組成については、表2に示す。
【表2】

【0018】
<硫酸バリウム溶解試験>
上記実施例5〜11及び比較例6〜11で調製した洗浄剤について、上記と同様の硫酸バリウム溶解試験を行った。結果を表2に示す。この表から分かるように、実施例5〜11では、硫酸バリウムの高い溶解率を示した。これに対して、EDTA・4Na塩が含まれていない比較例6〜8では、溶解率が6.5〜12.5%と極めて低かった。さらに比較例9〜11では、ほとんど除去されなかった。
【0019】
実施例12〜15及び比較例12
<紙・パルプ製造工程用洗浄剤の調製>
実施例12〜15では、水酸化ナトリウムを1%、EDTA・4Na塩を0.4%と固定し、炭酸ナトリウムの濃度を変化させて洗浄剤を調製した。また、比較例12では、水酸化ナトリウムを1%、EDTA・4Na塩を0.4%とし、炭酸ナトリウムは加えなかった。具体的な組成については、表3に示す。
【表3】

【0020】
<硫酸バリウム溶解試験>
上記実施例12〜15及び比較例12で調製した洗浄剤について、上記と同様の硫酸バリウム溶解試験を行った。結果を表3に示す。この表から分かるように、実施例12〜15では、比較例12よりも高い硫酸バリウムの溶解率を示した。また、炭酸ナトリウムの濃度が高くなると、硫酸バリウムの溶解率も高くなった。
【0021】
実施例16〜21及び比較例13〜17
洗浄剤のpHの影響を調べるために、洗浄剤のpHを変化させて硫酸バリウムの溶解率を調べた。用いた洗浄剤の組成を表4に示す。なお、pHの調整には塩酸を用いた。
【表4】

【0022】
表4から、いずれの洗浄剤においても、pHが8以上において硫酸バリウムの溶解率が高いことが分かる。
【0023】
硫酸バリウムを炭酸カリウム水溶液へ浸漬した場合の変化
本発明における炭酸塩の役割を調べるため、1%及び5%の炭酸カリウムを調製し、上述した硫酸バリウム溶解試験と同様、炭酸カリウム水溶液を200mlとり、300mlの三角フラスコに入れ、さらに試薬の硫酸バリウム0.2gを加える。そして、ロータリーシェーカーにセットした後、150rpmで1時間振とうした。そして、No.5Cのろ紙でろ過し、水洗及び遠心分離の操作を4回繰り返してから乾燥し、IR測定を行った。その結果、図1に示すように、炭酸カリウム水溶液で振とうすることにより、硫酸バリウムに起因する吸収が小さくなり、炭酸カリウムのカルボニル基に起因する吸収が大きくなった。そして、その効果は1%よりも5%の場合のほうが大きかった。このことから、炭酸カリウムは硫酸バリウムに対して硫酸根と置換反応を起こし、炭酸カリウムに変化することが推測された。そして、本発明の紙・パルプ製造工程用洗浄剤では、置換反応によって生じたバリウムの炭酸塩がアミノカルボン酸塩型キレート剤によってキレート化されて溶解すると推測される。硫酸カルシウムについても同様の作用から、溶解除去されると推測される。
【0024】
実機から採取したデポジットに対する溶解試験
実際の紙・パルプ製造工程から採取された硫酸バリウム主体のデポジットを用いて、上述した硫酸バリウム溶解試験を行った。表5に、試験に用いた実施例22〜28及び比較例18〜25の洗浄液の組成及び試験結果を示す。この表に示すように、実施例22〜28では88%以上のきわめて高い除去率を示したのに対し、比較例21〜25の除去率は2〜12%ときわめて低かった。このことから、本発明の紙・パルプ製造工程用洗浄剤は、硫酸バリウムを含んだスケールに対して短時間で充分な洗浄効果を発揮することが分かった。また、このことから硫酸バリウムと同様の挙動を示すと考えられる硫酸カルシウムを含んだデポジットに対しても、同様の効果を奏することができる。
【表5】

【0025】
この発明は、上記発明の実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】硫酸バリウムを炭酸カリウム水溶液へ浸漬した場合におけるIRの変化を示すスペクトルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭酸塩、リン酸塩及びホスホン酸塩の少なくとも1種と、アミノカルボン酸塩型キレート剤と、を有効成分として含むことを特徴とする紙・パルプ製造工程用洗浄剤。
【請求項2】
炭酸塩、リン酸塩及びホスホン酸塩とアミノカルボン酸塩型キレート剤との混合モル比率は10:1〜1:10であることを特徴とする請求項1記載の紙・パルプ製造工程用洗浄剤。
【請求項3】
紙・パルプ製造工程系中に、炭酸塩、リン酸塩及びホスホン酸塩の少なくとも1種と、アミノカルボン酸塩型キレート剤とが添加されており、pHが8以上とされている洗浄水を流通させることを特徴とする紙・パルプ製造工程系の洗浄方法。
【請求項4】
炭酸塩、リン酸塩及びホスホン酸塩とアミノカルボン酸塩型キレート剤との混合モル比率は10:1〜1:10であることを特徴とする請求項3記載の紙・パルプ製造工程系の洗浄方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−277769(P2007−277769A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−107090(P2006−107090)
【出願日】平成18年4月10日(2006.4.10)
【出願人】(000234166)伯東株式会社 (135)
【Fターム(参考)】