説明

紡績糸およびそれからなるラミネート用織物

【課題】ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維からなる紡績糸であって、防護衣料やラミネート用織物として特に好適な、優れた寸法安定性を有する紡績糸を提供する。
【解決手段】ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維を撚り合わせた紡績糸であり、該紡績糸は、500〜800T/mの撚りを有し、かつ、油分付着量が0.1〜0.4重量%である紡績糸。紡績糸は、その表面に毛羽を有し、かつ乾熱収縮率が0.1〜10%であることが、好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば消防服などの防護衣料用途、プレスフィルターなどの産業資材用途などで使用される紡績糸およびそれからなるラミネート用織物に関する。詳しくは、ポリアリーレンスルフィド酸化物からなる紡績糸であり、500〜800T/mの撚りを有し、かつ、油分付着量が0.1〜0.4重量%の範囲内にあることを特徴とする紡績糸に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から消防服用途には耐熱性や耐炎性能を有する繊維が広く使用されている。具体的には、アラミド繊維やポリイミド繊維からなる紡績糸やマルチフィラメント糸が挙げられる。これらの繊維は、融点を有さず、極めて高温まで繊維が劣化しないことが重要な性質である。近年、本発明の出願人らによってポリアリーレンスルフィド酸化物繊維においても、同様に融点を有さないことが見出されている。
【0003】
本発明の出願人らは、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維の優れた性質を活かすため、高温下で固体と気体とを分離する耐熱バグフィルター濾布としての使用方法を提案している(例えば特許文献1、2参照)。耐熱バグフィルター濾布は、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維の短繊維集合体であるウェブ、ならびにポリアリーレンスルフィド酸化物繊維からなる織物、とを積層し、ニードルパンチ方法やウォータージェットパンチ製法によって交絡させて濾布とする。濾布の目付けと見掛け密度とを特定の範囲内に設計することで、上記用途に好適な濾布を得ることができる。
【0004】
特許文献1には、上述のポリアリーレンスルフィド酸化物繊維からなる織物に紡績糸を使用することを実施例中に例示している。
【0005】
しかし、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維からなる紡績糸を通常の紡績方法に従って量産機で連続加工する場合には、極めて操業性が不安定になるという問題がある。また、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維の有する優れた性質を、紡績糸という形態においても充分に発揮させるためには複数の課題がある。
【0006】
特許文献2では、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維からなる織物を提案している。この織物は、ポリアリーレンスルフィド繊維からなる織物を後加工によりポリアリーレンスルフィド酸化物からなる織物にその物性を変化させたものである。しかし、この文献には、ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維から紡績糸を加工する手法やその手法の困難性については何ら知見が無かった。
【0007】
また、別の公知技術として、ポリフェニレンサルファイド(ポリアリーレンスルフィド)短繊維紡績糸及びかかる紡績糸を用いてなるバグフィルター用紡績糸が提案されている(例えば特許文献3参照)。ポリフェニレンサルファイド短繊維は繊維間の摩擦係数が小さいため、すべり易く紡績工程を通過できず実際上紡績不可能であった。この文献では、ポリフェニレンサルファイド短繊維に或る種のオイルを特定量付与し、摩擦係数を特定の範囲内にコントロールすることで、ポリフェニレンサルファイド繊維の紡績糸を得られることを提案している。
【0008】
この文献では、ポリフェニレンサルファイド繊維の紡績手法について提案されている。一方、この文献では、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維については言及されていない。ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維の比重がポリフェニレンサルファイド繊維よりも大きい。しかし、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維独自の紡績工程で生じる種々の課題やこれを解決する方法については示唆さえもされていない。
【特許文献1】特開2006−255693号公報
【特許文献2】特開平3−260177号公報
【特許文献3】特許第3134310号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明では、上記課題を解決し、ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維からなる紡績糸であって、防護衣料やラミネート用織物として特に好適な、優れた寸法安定性を有する紡績糸を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明者らは、炎や熱に曝されたときの高い寸法安定性を示し、かつ、柔軟性も兼備した紡績糸について、鋭意検討した結果、特定のけん縮度を有するポリフェニレンサルファイド短繊維を酸化処理して得られるポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維を使用すること、更に特定範囲内の油分付着量とした後に撚り合わせて紡績糸とすること、さらに500〜800T/mの撚りを有し、かつ油分付着量が0.1〜0.4重量%という構成を採用することで、これらの課題を解決することを見出し、本発明を完成した。すなわち、本発明は、以下のとおりである。
【0011】
本発明の紡績糸は、ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維を撚り合わせた紡績糸であり、該紡績糸は、500〜800T/mの撚りを有し、かつ、油分付着量が0.1〜0.4重量%である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の紡績糸は、ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維を用い、これを撚り合わせたものである。本発明の紡績糸は、特定の紡績糸形状を有する。これにより、炎に対する高い耐久性を有するのみならず、炎や熱に曝されたときの寸法安定性が極めて優れ、かつ、防護衣料に必要な柔軟性をも兼備する紡績糸を得ることができる。この結果、本発明の紡績糸は、防護衣料やラミネート用織物に用いると特に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
本発明の紡績糸は、ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維を撚り合わせて得られる紡績糸であり、該紡績糸は、500〜800T/mの撚りを有し、かつ、油分付着量が0.1〜0.4重量%である。
【0014】
(紡績糸)
本発明の紡績糸に用いるポリアリーレンスルフィド酸化物は、下記一般式(1)で示される繰り返し単位を主要構造単位とする共重合体からなるポリマーで構成されているものである。
【化1】


(式中、R’’は、水素、ハロゲン、原子価の許容される範囲で任意の官能基により置換された脂肪族置換基、芳香族置換基で置換された脂肪族置換基のいずれかを表し、分子間のR’’同士が互いに連結して架橋構造を形成していてもよい。またR’’は、ポリアリーレンスルフィド酸化物からなるポリマー鎖でもよい。R’’’は、ポリアリーレンスルフィド酸化物からなるポリマー鎖を示し、mは0〜3のいずれかの整数を表す。また、Xは、0、1、2のいずれかを表す。)

【0015】
本発明の紡績糸は、ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維を撚り合わせて得られる。この紡績糸は、500〜800T/mの撚りを有する。500T/m以上の撚りを有することにより、ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維が有する優れた耐熱性、寸法安定性、耐炎性を充分に発揮できる紡績糸とすることができる。具体的には、高温や炎に曝された場合にも極めて高い寸法安定性を達成し、かつ、紡績加工における後工程や製織工程において必要な充分に高い強力を発現することができる。また、800T/m以下の撚りを有することにより、防護衣料に使用する際に必要な紡績糸の柔軟性を有することができる。更にまた、紡績糸は、撚りを多くすることで、表面に突出している毛羽が減少する傾向にあることが知られている。800T/m以下の撚りとすることで、ラミネート用織物として使用する際に必要な紡績糸の毛羽が充分に存在し、毛羽のアンカー効果によりラミネート材と織物との強固な接着を可能とする。
【0016】
本発明のポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維を撚り合わせて得られる紡績糸は、油分付着量が0.1〜0.4重量%である。油分付着量を0.1重量%以上とすることで、紡績糸を使用した防護衣料やラミネート用の織物を製織する際、静電気の発生が抑制され、工程通過性を安定化させることができる。また、油分付着量を0.4重量%以下とすることで、紡績糸を防護衣料に用いた際に接触した炎が油分によって延焼することがない。また、紡績糸をラミネート用織物としたときに、ラミネート材との接着を阻害せず、高い接着強力を得ることが出来る。
【0017】
また本発明の紡績糸は、表面に毛羽を有し、かつ乾熱収縮率が0.1〜10%であることが好ましい。表面に毛羽が存在することで、防護衣料として使用する際の肌触りが良いので好ましく、また、ラミネート用織物として使用する際にはラミネート材との強固な接着を実現できることから好ましい。
【0018】
紡績糸の乾熱収縮率が0.1%以上であれば、防護衣料としての使用時に炎や熱に曝されても、寸法が伸びないことから好ましい。一方、紡績糸の乾熱収縮率が10%以下であれば、紡績糸を用いた防護衣料を使用中に生じる収縮が小さく、防護衣料としての目的を充分に果たすので好ましい。また、紡績糸をラミネート用織物としてラミネート材と貼り合わせる時、熱と圧力がかかる接着工程においても寸法変化が小さいので、ラミネート材に皺や気泡が入らず均一にラミネート可能となることから好適である。なお乾熱収縮率の測定条件は実施例に記載の方法に準じる。
【0019】
本発明の紡績糸の太さは、好ましくは6〜23番手の範囲内である。23番手よりも太い(番手が小さい)ことで防護衣料ならびにラミネート用織物として必要な強力を維持できるので好ましい。一方、太さが6番手よりも細い(番手が大きい)ことで防護衣料ならびにラミネート用織物として必要な柔軟性を発揮できるので好ましい。
【0020】
(ラミネート用織物)
本発明の紡績糸は、ラミネート用織物として好適に用いられる。ラミネート用織物としては本発明の紡績糸を主たる構成要素として用いる織物であれば問題なく使用できる。織密度については縦糸、横糸いずれも10〜40本/インチの織密度を有するものが好ましい。織密度が10本/インチ以上であればラミネート用織物に必要な強力を有し、かつ、ラミネート材と接着される結合部分が充分にあるので接着力も高く好適である。また織密度が40本/インチ以下とすることで、ラミネート材をロール状に巻き取るのに必要な柔軟性が発現できる。更にまた、織密度が40本/インチ以下とすることでラミネート用織物にラミネート材を接着した構成品を固体−液体の分離用圧搾フィルターに用いる際、液体の充分な通過性を維持できることから、特に好適である。
【0021】
ラミネート用織物の織組織は平織り、ツイル、サテンいずれも用いることができるが、ラミネート材との均一な接着を実現できることから、平織りが好適である。
【0022】
本発明のラミネート用織物にラミネートするラミネート材としては、公知のラミネート材が使用できる。例えば、ポリオレフィンからなる微多孔膜であれば問題なく使用できる。あるいは、接着を強固にかつ均一に接着させづらいポリテトラフルオロエチレンの微多孔膜であっても、本発明の紡績糸が有する表面の毛羽により、安定してラミネート加工することができる。
【0023】
(紡績糸の製造方法)
本発明の紡績糸は、以下のような製造方法で製造できる。
使用するポリフェニレンサルファイド短繊維は、その構成単位の90%以上が−(C−S)−で構成されるフェニレンサルファイド構造単位を含有する重合体からなる短繊維である。短繊維の長さは30〜150mmの範囲内のものが本発明の紡績糸用に好適である。この範囲内の長さにある短繊維を使用することで、通常の紡績機械を改造等することなく使用できるので好ましい。ポリフェニレンサルファイド短繊維の繊度は0.5〜15dtexの範囲内のものが安定した紡績加工性、ならびに防護衣料に必要な柔軟性を発現するので好ましい。
【0024】
使用するポリフェニレンサルファイド短繊維は、けん縮度が15〜20%の範囲内にあるものを用いる。市場に流通しているポリフェニレンサルファイド短繊維のけん縮度は、15%よりも低い。このため、このポリフェニレンサルファイド短繊維を用いて得られるポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維も同様にけん縮度が低い。ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維はポリフェニレンサルファイドの短繊維よりも比重が重い。しかし、けん縮度が15%以上あるポリフェニレンサルファイド短繊維を用いることで充分な嵩を得ることができる。これにより、紡績加工工程中、特に梳綿機によってスライバーとする工程において問題なく加工することが可能となる。また、けん縮度を20%以下とすることで、スライバー中の短繊維は、けん縮が適度に解除できていることからスライバーの均一性を増すことが出来る。
【0025】
また使用するポリフェニレンサルファイド短繊維はその長さが30〜150mmの範囲内にあるものが好ましい。繊維長が30mm以上あることで紡績工程において複数のロール間で繊維を引き揃えることが可能となるので好ましい。また繊維長が150mm以下とすることで、紡績工程の梳綿機を安定的に通過してシリンダーへの巻付きも生じず、良好なスライバーを得ることができるので好ましい。より好ましくは35〜85mmの範囲内のものが紡績加工性に優れることから好適である。
【0026】
けん縮は、押し込み法などの公知の方法を用いて行う。具体的にはサイドプレートとスタッフィングボックスで区切られた空間に、一対のクリンパーローラによって糸状束を押し込み、繊維に屈曲構造を付与するものであり、用いる合成繊維の特性に応じて、各部分の圧力や温度などを適宜調整することが好ましい。
【0027】
次に、このポリフェニレンサルファイド短繊維を酸化する。酸化は、ポリフェニレンサルファイド繊維に有機酸または有機酸無水物または鉱酸を含む液体を作用させるという従来公知の方法で得ることが出来る。
【0028】
次に、得られたポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維に0.1〜0.5重量%の油分を付着させる。油分の付着は、例えば、スプレーによる噴霧方法、あるいは油剤成分を満たした液槽中に繊維を浸漬し、一対のローラー間を通過させて絞る等の方法によって行う。油分として用いる油剤は、紡績用に市販されているものであれば問題なく使用でき、静電気抑制成分と収束性向上成分等がバランス良く配合されたものが特に好適である。
【0029】
付着させる油分を0.1重量%以上とすることで紡績糸の加工工程で発生する静電気を抑制する。また、0.1重量%以上の油分はポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維が紡績加工において接触する金属ロール等との摩擦係数を適度に高くするので、安定した紡績加工性を得ることが出来る。また、油分が0.5重量%以下であるので、紡績加工において接触する金属ロールや金属シリンダーとの粘着力も低く抑制できるので、安定した紡績加工性を発現する。
【0030】
ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維に0.1〜0.5重量%の油分を付着後、短繊維を引き揃える。引き揃えは、梳綿機によってスライバーとする工程である。ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維は、通常のポリエステル短繊維に比較して梳綿機の紡出速度を90〜80%程度に落とすことが好ましい。引き揃えられたスライバーは、短繊維の集合体である。ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維にけん縮が強く残りすぎると、梳綿機からの排出性が極めて悪化してしまう。一方、ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維にけん縮が全く残っていないとスライバーが一体化しないので加工不良となる。
【0031】
次に、引き揃えて得られたスライバーを複数本合糸して練条機によって延伸する工程を経る。練条機でのトータルドラフト(トータル延伸倍率)は、7〜10倍で延伸するのが好ましい。7倍以上の倍率で延伸することで、ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維を均一に引き揃えることが可能となり、練条に続く粗紡工程および精紡工程を安定して通過できるので好ましい。また10倍以下の倍率で延伸することで、ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維が破断して強力低下することが無いので好ましい。
【0032】
練条機によって延伸された後、粗紡工程を経ることで加撚と延伸がなされる。これにより得られる粗紡糸は、一体化が進んだ状態となる。粗紡工程に続いて精紡工程を経ることで均一な物性の紡績糸とすることが出来る。精紡工程では、粗紡糸を延伸して引き揃え、加撚する工程を経る。精紡工程のトータルドラフトは、15〜25倍の範囲内で延伸することが好ましい。トータルドラフトを15倍以上とすることで、ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維にけん縮が残存せず、紡績糸としての寸法安定性、特に乾熱収縮率を所望の範囲内にすることができるので好ましい。またトータル延伸倍率を25倍以下とすることで、ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維が劣化せず、紡績糸として高い強力を発現できるので好ましい。
【0033】
また本発明の紡績糸の製造方法では、精紡工程中もしくは精紡工程の後に撚糸加工する必要がある。撚糸加工により、優れた寸法安定性ならびに製織工程における優れた加工性、更には紡績糸表面に適度な毛羽を発生させる、等の性質を付与できる。撚り数は500〜800T/mの撚りであり、該撚り数の範囲内とするために適宜撚り係数を設定する必要がある。
【0034】
得られた紡績糸は、公知の織機を用いて、平織り、ツイル、サテンなどの織物にする。得られた織物は、ラミネート用織物として、ラミネート材とラミネートする。
【実施例】
【0035】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明は必ずしもこれらに限定されるものではない。
【0036】
[測定方法]
本実施例における特性の測定・評価は、以下に記載の方法を用いる。
【0037】
[番手]
JIS L 1095(1999年)に記載の方法で綿番手を測定した。所定の糸長は109.728m、撚り合わせ本数は1本で試料は25個として平均をとった。
【0038】
[撚り数]
JIS L 1095 A法(1999年)に記載の方法で撚り数を測定した。試験回数は30回で実施した。
【0039】
[油分付着量]
JIS L 1095 メチルアルコール抽出分(1999年)に記載の方法で油分付着量を測定した。試験は2回実施した。
【0040】
[乾熱収縮率]
巻き数10回のかせを採取して一端を支え、その下端に7.5gの荷重を加え、かせの内側の長さ(L1(mm))を測る。次に加重を除いて250℃の熱風乾燥機内に30分間吊り下げ、取り出した後に充分に風乾及び冷却し、再び7.5gの荷重を加えてかせの内側の長さ(L2(mm))を測り、次の式によって乾熱収縮率を算出する。試験回数は5回とした。
乾熱収縮率(%)=(L1−L2)/L1×100
【0041】
[ラミネート加工性]
ラミネート材としてポリテトラフルオロエチレン多孔質膜(厚さ:10μm、気孔率92%、平均孔径:1.0μm)を使用し、実施例で得られる織物と該ラミネート材とを積層し、180℃に熱した一対のロール(金属とペーパー製)間を通過させて熱ラミネートする。ラミネート時の圧力(線圧)は2トン/mで一定とした。しかる後にJIS K 6404−6 (1999)に記載の方法でもみ試験を実施した。もみ回数は100回とし、試験後の試験片表面を観察し、ラミネート材の剥離が見られるか否かを検査した。試験片2点について各々実施した。
【0042】
[実施例1]
(ポリフェニレンサルファイド短繊維)
単繊維繊度6.6dtexのポリフェニレンサルファイドの未延伸糸トウを90℃で3倍に延伸し、155℃で緊張熱処理した後、押し込み法によってけん縮を付与した。押し込み時には温度を150℃、押し込み圧を1.3kgf/cm(=12.7×10Pa)で処理することで、けん縮度が16%と高いポリフェニレンサルファイド繊維を得た。続いて得られたポリフェニレンサルファイド繊維をECカッターによって51mmに切断した。
【0043】
(酸化処理)
次に酢酸800L(関東化学社製)、過ホウ酸ナトリウム4水和物46.16kg(0.30mol;三菱ガス化学製)、を反応容器に投入し、60℃で攪拌・溶解させた。次にポリフェニレンサルファイド短繊維4kgをその反応溶液に浸漬させて、60℃で10時間酸化反応処理し、充分な水洗と乾燥を行い、ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維を5kg得た。得られたポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維は500℃まで融点を有さないことを示差走査熱量計(以下、「DSC」という)で確認した。
【0044】
得られたポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維に汎用の油剤を0.2重量%付着させ、紡績加工に供した。
【0045】
(紡績加工)
上記のポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維を開繊機によって混合し、混打綿機によって更に混合した後、梳綿機に通じてスライバーとした。得られたスライバーの重量は、310ゲレン/6ヤード(1ゲレン=1/7000ポンド)であった。次いで練条機でトータルドラフトを7倍に設定して延伸し、320ゲレン/6ヤードのスライバーとした。次いで粗紡機、精紡機でトータルドラフト18倍に延伸して加撚し、撚り合わせ本数1本20番手、580T/mの撚りを有する紡績糸を得た。得られた紡績糸は表面に毛羽があり、乾熱収縮率が小さく、優れた寸法安定性を有するものであった。得られた紡績糸の物性を表1に示す。
【0046】
(製織)
上記の紡績糸を使用し、市販されている織機を使用して縦30本/インチ、横20本/インチの平織り織物を得た。
【0047】
得られた織物は柔軟なものであり、防護衣料に適したものであった。
【0048】
また得られた平織り織物のラミネート加工性は良好で、ラミネート加工時の寸法変化もなく、ラミネート材と織物との剥離も見られなかった。
【0049】
[実施例2]
(ポリフェニレンサルファイド短繊維)
押し込み法によってけん縮を付与する際に、温度を160℃、押し込み圧を1.4kgf/cm(=13.7×10Pa)とした以外は実施例1と同様の方法で、けん縮度が20%と高いポリフェニレンサルファイド繊維の短繊維を得た。
【0050】
(酸化処理)
実施例1と同様の手法でポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維を得た。得られたポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維は500℃まで融点を有さないことをDSCで確認した。
【0051】
得られたポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維に汎用の油剤を0.4重量%付着させ、紡績加工に供した。
【0052】
(紡績加工)
粗紡機、精紡機での加撚を実施例1よりも弱く設定し、撚り合わせ本数1本20.2番手、520T/mの撚りを有する紡績糸を得た。得られた紡績糸は表面に毛羽が有り、乾熱収縮率が小さく、優れた寸法安定性を有するものであった。得られた紡績糸の物性を表1に示す。
【0053】
(製織)
上記の紡績糸を使用し、実施例1と同様にして縦30本/インチ、横20本/インチの平織り織物を得た。
【0054】
得られた織物は柔軟なものであり、防護衣料に適したものであった。
【0055】
また得られた平織り織物のラミネート加工性は良好で、ラミネート加工時の寸法変化もなく、ラミネート材と織物との剥離も見られなかった。
【0056】
[比較例1]
(ポリフェニレンサルファイド短繊維)
押し込み法によってけん縮を付与する際に、温度を150℃、押し込み圧を0.9kgf/cm(=8.8×10Pa)とした以外は実施例1と同様の方法で、けん縮度が12%と低いポリフェニレンサルファイド繊維の短繊維を得た。
【0057】
(酸化処理)
酸化処理は実施せず、汎用の油剤を0.2重量%付着させたポリフェニレンサルファイド繊維の短繊維を紡績加工に供した。
【0058】
(紡績加工)
実施例1と同様の方法で加工し、撚り合わせ本数1本20.3番手、560T/mの撚りを有する紡績糸を得た。得られた紡績糸は表面に毛羽が有ったが、乾熱収縮率が極めて大きく、寸法安定性が劣るものであった。得られた紡績糸の物性を表1に示す。
【0059】
(製織)
上記の紡績糸を使用し、実施例1と同様にして縦30本/インチ、横20本/インチの平織り織物を得た。
【0060】
得られた平織り織物とラミネート材とをラミネート加工する際、ラミネート加工時の織物の寸法変化が生じたため、ラミネート材に皺が発生して均一な加工が出来なかった。
【0061】
[比較例2]
(ポリフェニレンサルファイド短繊維)
比較例1で得られた、けん縮度が12%と低いポリフェニレンサルファイド繊維の短繊維を用いた。
【0062】
(酸化処理)
得られたポリフェニレンサルファイド繊維の短繊維を用い、実施例1と同様の手法でポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維を得た。得られたポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維は500℃まで融点を有さないことをDSCで確認した。
【0063】
得られたポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維に汎用の油剤を1.0重量%付着させ、紡績加工に供した。
【0064】
(紡績加工)
上記のポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維を開繊機によって混合し、次いで混打綿機によって更に混合し、次いで梳綿機に通じたが、梳綿機内部に繊維が滞留し、スライバーを得ることが出来なかった。
【0065】
[比較例3]
(ポリフェニレンサルファイド短繊維)
実施例1で得られた、けん縮度が16%と高いポリフェニレンサルファイド繊維の短繊維を用いた。
【0066】
(酸化処理)
実施例1と同様の手法でポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維を得た。得られたポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維は500℃まで融点を有さないことをDSCで確認した。
【0067】
得られたポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維に汎用の油剤を0.3重量%付着させ、紡績加工に供した。
【0068】
(紡績加工)
粗紡機、精紡機での加撚を実施例1よりも弱く設定し、撚り合わせ本数1本20番手、120T/mの撚りを有する紡績糸を得た。得られた紡績糸は表面に毛羽が極めて多く有るものであった。得られた紡績糸の物性を表1に示す。
【0069】
(製織)
上記の紡績糸を使用し、実施例1と同様にして市販の織機に通したが、紡績糸の毛羽が多すぎるために横糸が絡み合い、安定して織物とすることができなかった。
【0070】
[比較例4]
(ポリフェニレンサルファイド短繊維)
実施例2で得られた、けん縮度が20%と高いポリフェニレンサルファイド繊維の短繊維を用いた。
【0071】
(酸化処理)
実施例1と同様の手法でポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維を得た。得られたポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維は500℃まで融点を有さないことをDSCで確認した。
【0072】
得られたポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維に汎用の油剤を0.5重量%付着させ、紡績加工に供した。
【0073】
(紡績加工)
粗紡機、精紡機での加撚を実施例1よりも強く設定し、撚り合わせ本数1本20.2番手、940T/mの撚りを有する紡績糸を得た。得られた紡績糸は撚りが強いために表面の毛羽が少なく、触感も硬いものであった。得られた紡績糸の物性を表1に示す。
【0074】
(製織)
上記の紡績糸に汎用の油剤を更に付着させ、1.8重量%の油剤付着量とした。続いて実施例1と同様にして縦30本/インチ、横20本/インチの平織り織物を得た。
【0075】
得られた平織り織物は、ラミネート加工時の寸法変化こそ無かったものの、織物を構成する紡績糸の毛羽が少なく、また、油剤付着量が多いため、ラミネート材との剥離が発生した。また、紡績糸が硬いために織物は柔軟性が無く、防護衣料としては好ましくないものであった。
【0076】
[比較例5]
(ポリフェニレンサルファイド短繊維)
比較例1で得られた、けん縮度が12%と低いポリフェニレンサルファイド繊維の短繊維を用いた。
【0077】
(酸化処理)
得られたポリフェニレンサルファイド繊維の短繊維を用い、実施例1と同様の手法でポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維を得た。得られたポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維は500℃まで融点を有さないことをDSCで確認した。
【0078】
得られたポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維は充分な水洗を実施したため、油剤の付着量は0重量%であった。
【0079】
(紡績加工)
上記のポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維を開繊機によって混合し、次いで混打綿機によって更に混合したが、油剤が付着していないために静電気が発生し、繊維の塊が生じた。次いで梳綿機に通じたが、静電気のためにスライバーを安定して得ることが出来なかった。
【0080】
以上の実施例と比較例の結果を、表1に示す。表1は、実施例、比較例の番手、撚り数、油分付着量、乾熱収縮率、ラミネート加工性を示す表である。
【表1】

【0081】
表1から明らかなように、本実施例の紡績糸を用いたラミネート用織物は、炎や熱に対する高い耐久性を有するのみならず、炎や熱に曝されたときの寸法安定性が極めて良好で、かつ、製織やラミネートなどの加工性が安定していることがわかる。
【0082】
けん縮度が本発明の範囲より小さい、酸化処理を行わない紡績糸を用いた比較例1のラミネート用織物は、ラミネート材に皺が発生し、均一なラミネート加工性が得られなかった。
【0083】
けん縮度が本発明の範囲より小さく、酸化処理を行ったポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維である比較例2では、紡績加工そのものができなかった。
【0084】
撚り数が本発明の範囲より少ない紡績糸を用いた比較例3のラミネート用織物は、安定した織物ができず、製織加工性が劣ることがわかった。
【0085】
撚り数が本発明の範囲より多く、油分付着量が本発明の範囲より多い紡績糸を用いた比較例4のラミネート用織物は、柔軟性に欠け、ラミネート材からの剥離を生じ、均一なラミネート加工性が得られなかった。
【0086】
油分付着量が本発明の範囲より少ない紡績糸を用いた比較例5では、静電気を発生し、紡績加工そのものができなかった。
【産業上の利用可能性】
【0087】
本発明ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維を特定の形状に紡績して得られる紡績糸を選択的に使用して、炎や熱から身を守る防護衣料や、ラミネート用の織物等に好適に用いることができる。その応用範囲はこれに限定されるものではない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維を撚り合わせた紡績糸であり、
該紡績糸は、500〜800T/mの撚りを有し、かつ、油分付着量が0.1〜0.4重量%である、紡績糸。
【請求項2】
前記紡績糸は、その表面に毛羽を有し、かつ乾熱収縮率が0.1〜10%である、請求項1に記載の紡績糸。
【請求項3】
請求項1または2に記載の紡績糸からなるラミネート用織物。
【請求項4】
けん縮度が15〜20%の範囲内にあるポリフェニレンサルファイド短繊維を酸化してポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維とし、
前記ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維に、0.1〜0.5重量%の油分を付着させ、
前記ポリアリーレンスルフィド酸化物の短繊維を引き揃えて延伸して撚糸加工する、紡績糸の製造方法。




【公開番号】特開2009−203572(P2009−203572A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−45757(P2008−45757)
【出願日】平成20年2月27日(2008.2.27)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】