説明

紫外線照射により、特性が改良された高分子電解質膜の製造方法

【課題】耐久性と電極との接合性とを両立することのできる高性能な高分子電解質膜およびその製造方法を提供する。
【解決手段】紫外線照射処理が施された炭化水素系固体高分子電解質膜であって、紫外線を照射する前後で、ATR法によるIR分析をした結果、吸収強度比I1685cm−1/I3500cm−1が紫外線照射前に対して10%以上変化した事を特徴とする炭化水素系固体高分子電解質膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子型燃料電池に用いられる電解質用途に好適な高分子電解質膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子膜を高分子電解質膜に用いた固体高分子形燃料電池(PEFC)や直接メタノール型燃料電池(DMFC)は、可搬性があり、小型化が可能であることから、自動車、家庭用分散発電システム、携帯機器用電源への応用が進められている。現在、高分子電解質膜としては、米国デュポン社製ナフィオン(登録商標)に代表されるようなパーフルオロカーボンスルホン酸ポリマー膜が広く用いられている。
しかしながらこれらの膜は100℃以上で軟化するため、燃料電池の運転温度は80℃以下に制限されていた。運転温度を上げると、エネルギー効率、装置の小型化、触媒活性の向上など、さまざまな利点があるため、より耐熱性の高い高分子電解質膜が求められている。
【0003】
耐熱性高分子電解質膜として、ポリスルホンやポリエーテルケトンなどの耐熱性ポリマーを発煙硫酸などのスルホン化剤で処理して得られるスルホン化ポリマーが知られている(例えば非特許文献1)。しかしながら、一般的に、スルホン化剤によるスルホン化反応の制御は困難である。そのため、スルホン化度が過大となったり、過小となったりする。また、スルホン化時にポリマーの分解が起こったり、不均一なスルホン化などが起こりやすいという問題があった。
【0004】
このため、スルホン酸基などの酸性基を有するモノマーから重合したポリマーを高分子電解質膜として用いることが検討されている。例えば、特許文献1には高分子電解質として、4,4’−ジクロロジフェニルスルホン−3,3’−ジスルホン酸ソーダ、および4,4’−ジクロロジフェニルスルホンと4,4’−ビフェノールの反応で得られる共重合ポリマーが開示されている。これらのポリマーを構成成分とする高分子電解質膜は、前述のスルホン化剤を用いた場合のようなスルホン酸基の不均一性が少なく、スルホン酸基導入量およびポリマー分子量の制御が容易であった。
しかしながら、ビフェニル基を含有した膜は250℃以上でも軟化せず、ホットプレス法による電極との接合が困難であった。これを解決するため、ガラス転移温度(Tg)が100〜250℃の範囲にある芳香族系高分子電解質を高分子電解質膜として用いることが検討されている。例えば、特許文献2には高分子電解質として、Tgが130〜220℃の範囲である共重合ポリマーが示されている。しかしながら、ビフェニル基を置換したポリマーは耐久性が下がるという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許出願公開第2002/0091225号明細書
【特許文献2】特開2006−342252号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】エフ ルフラノ(F.Lufrano)他3名著、「スルホネイテッド ポリスルホン アズ プロマイジング メンブランズ フォー ポリマー エレクトロライト フュエル セルズ」(Sulfonated Polysulfone as Promising Membranes for Polymer Electrolyte Fuel Cells)、ジャーナル オブ アプライド ポリマー サイエンス(Journal of AppLied Polymer Science)、(米国)、ジョン ワイリー アンド サンズ インク(John Wiley & Sons, Inc.)、2000年、77号、p.1250−1257
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の従来技術の問題を考慮して、本発明では、耐久性と電極との接合性とを両立することのできる高性能な高分子電解質膜およびその製造方法を提供することを課題として掲げた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成するべく鋭意研究を行った結果、一般式(1)とともに一般式(2)で示される構成成分を含むことを特徴とするポリアリーレンエーテル系化合物を含むフィルムに紫外線を照射させることで、電極との接合性に優れ、さらに、耐久性にも優れた高分子電解質膜が得られることを見出し、本発明の完成に至った。
【0009】
【化1】


(1)
ただし、Arは2価の芳香族基、Yはスルホン酸基またはケトン基、XはHまたは1価のカチオン種を示す。
【0010】
【化2】


(2)
ただし、Ar’は2価の芳香族基を示す。
【発明の効果】
【0011】
本発明の製造方法を用いることにより、電極との良好な接合性と、耐久性とを両立する高分子電解質膜を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明に係る高分子電解質膜の製造方法について具体的に説明する。
[高分子電解質]
本発明の高分子電解質とは、一般式(1)とともに一般式(2)で示される構成成分を含むことを特徴とするポリアリーレンエーテル系化合物である。
【0013】
【化1】


ただし、Arは2価の芳香族基、Yはスルホン酸基またはケトン基、XはHまたは1価のカチオン種を示す。
【0014】
【化2】


ただし、Ar’は2価の芳香族基を示す。
【0015】
本発明で用いる高分子電解質は、ランダム共重合体の他、セグメント化ブロック共重合体、長鎖あるいは短鎖の分岐を有する重合体(例えば、櫛型重合体など)、星型重合体などの高次構造を有していてもよい。中でも、セグメント化ブロック共重合体など、親水性部と疎水性部の相分離によって共連続構造を形成し得る共重合体を用いると、高分子電解質膜の耐久性やプロトン伝導性が向上する点で好ましい。このようなセグメント化ブロック共重合体としては、酸性基またはその塩を有する親水性セグメントと、酸性基およびその塩を有さない疎水性セグメントとの共重合体が挙げられる。このようなセグメント化ブロック共重合体は、例えば、前記セグメントを構成するオリゴマーを、直接あるいは他の化合物を介して重合させることによって得ることができる。
【0016】
本発明で用いる高分子電解質が、主として一般式(1)で表される繰り返し単位と一般式(2)で表される繰り返し単位とからなる芳香族系ポリマーである場合には、各繰り返し単位のモル比は、7:93〜70:30の範囲であることが好ましい。モル比が7:93とは、一般式1で表される繰り返し単位のモル数を7としたとき、一般式2で表される繰り返し単位のモル数が93であることを表す。70:30のモル比よりも一般式1で表される繰り返し単位が多くなると、高分子電解質膜としたときの燃料透過性が大きくなる場合があり好ましくない。7:93のモル比よりも一般式1で表される繰り返し単位が少なくなると、高分子電解質膜としたときのプロトン伝導性が低下して抵抗が増大するため好ましくない。上記モル比は、10:90〜50:50の範囲がより好ましく、10:90〜40:60の範囲がさらに好ましい。
なお、上記芳香族系ポリマーにおいて、上記各一般式で表される各繰り返し単位の結合様式は特に限定されるものではなく、ランダム結合、交互結合、連続したブロック構造での結合などが挙げられる。芳香族系ポリマーは、単一の結合様式で構成されても、2種以上の結合様式の組み合わせで構成されてもよい。
【0017】
[高分子電解質の製造方法の好適例]
上記一般式(1)等で表される繰り返し単位を有する芳香族系ポリマーは、下記一般式3〜5で表されるモノマー(例えば、(活性化)ジハロゲン芳香族化合物、芳香族ジオール類、芳香族ジチオール類、ジニトロ芳香族化合物など)を用いて、公知の方法(例えば、塩基性化合物の存在下、公知の芳香族求核置換反応による重合反応)で製造することができる。また、一般式6で表される4,4’−ビフェノールをさらに用いると、膜の形態安定性など物理的な特性が向上するため好ましい。
【0018】
【化3】


[一般式3〜6において、Z1及びZ3は、それぞれ独立してCl原子、F原子、I原子、Br原子のいずれかを、Z2は、O原子、S原子、−CH2−基、−C(CH32−基、−C(CF32−基、シクロヘキシレン基、直接結合のいずれかを、n1は1以上の整数を表す。なお、X、及びYは、上記X、及びYとそれぞれ同じである。]
【0019】
一般式3で表されるモノマーの具体例としては、3,3’−ジスルホ−4,4’−ジクロロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホ−4,4’−ジフルオロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホ−4,4’−ジクロロジフェニルケトン、3,3’−ジスルホ−4,4’−ジフルオロジフェニルケトン、3,3’−ジスルホブチル−4,4’−ジクロロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホブチル−4,4’−ジフルオロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホブチル−4,4’−ジクロロジフェニルケトン、3,3’−ジスルホブチル−4,4’−ジフルオロジフェニルケトン等のジハロゲン芳香族化合物、及びこれらのスルホン酸基が1価のカチオンと塩を形成しているものが挙げられる。カチオンの具体例については上述の通りである。
一般式3で表されるモノマーのうち、スルホン酸基が塩になっている化合物の例としては、3,3’−ジスルホン酸ナトリウム−4,4’−ジクロロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホン酸ナトリウム−4,4’−ジフルオロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホン酸ナトリウム−4,4’−ジクロロジフェニルケトン、3,3’−ジスルホン酸ナトリウム−4,4’−ジフルオロジフェニルケトン、3,3’−ジスルホン酸カリウム−4,4’−ジクロロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホン酸カリウム−4,4’−ジフルオロジフェニルスルホン、3,3’−ジスルホン酸カリウム−4,4’−ジクロロジフェニルケトン、3,3’−ジスルホン酸カリウム−4,4’−ジフルオロジフェニルケトンなどが挙げられる。
【0020】
一般式4で表されるモノマーの具体例としては、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)メタン、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)ヘキサフルオロプロパン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)スルフィド(4,4’−チオビスフェノール)、4,4’−ジヒドロキシジフェニルエーテル、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサン、4,4’−ジヒドロキシジフェニルスルホン(ビスフェノールS)、末端ヒドロキシル基含有フェニレンエーテルオリゴマー(下記一般式7で表される構造のもの)などの芳香族ジオール類などが挙げられ、特に、ビス(4−ヒドロキシフェニル)スルフィド、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサン、末端ヒドロキシル基含有フェニレンエーテルオリゴマーが好ましい。
【0021】
【化4】


[一般式7において、nは1以上の整数からなり、nが異なる複数種の成分を混合したものでもよい。]
【0022】
一般式4で表されるモノマーは、高分子電解質膜の柔軟性を高め、変形に対する破壊の防止や、ガラス転移温度の低下による電極との接合性向上などの効果をもたらす。
一般式5で表されるモノマーとしては、同一芳香環にハロゲン、ニトロ基などの求核置換反応における脱離基と、それを活性化する電子吸引性基とを有するモノマーが挙げられる。具体的に、2,6−ジクロロベンゾニトリル、2,6−ジフルオロベンゾニトリル、等の活性化ジハロゲン芳香族化合物が挙げられるがこれらに制限されることはない。
【0023】
一般式6で表されるモノマーの例としては、4,4’−ビフェノール、4、4’−ジメルカプトビフェノールなどの芳香族ジオール類が挙げられ、特に4,4’−ビフェノールが好ましい。
本発明では、一般式3〜6で表されるモノマーとともに、他の各種活性化ジハロゲン芳香族化合物、ジニトロ芳香族化合物、ビスフェノール化合物、ビスチオフェノール化合物をモノマーとして併用することもできる。かかるビスフェノール化合物又はビスチオフェノール化合物としては、例えば、9,9−ビス(4−ヒドロキシフェニル)フルオレン、9,9−ビス(3−メチル−4−ヒドロキシフェニル)フルオレン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)スルホン、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)エタン、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)ブタン、3,3−ビス(4−ヒドロキシフェニル)ペンタン、2,2−ビス(4−ヒドロキシ−3,5−ジメチルフェニル)プロパン、ビス(4−ヒドロキシ−3,5−ジメチルフェニル)メタン、ビス(4−ヒドロキシ−2,5−ジメチルフェニル)メタン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)フェニルメタン、ハイドロキノン、レゾルシン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)ケトン、1,4−ベンゼンジチオール、1,3−ベンゼンジチオール、フェノールフタレイン、10−(2,5−ジヒドロキシフェニル)−9,10−ジヒドロ−9−オキサ−10−フォスファフェナンスレン−10−オキサイド等が挙げられる。この他、芳香族求核置換反応によるポリアリーレンエーテル系化合物の重合に用いることができる各種芳香族ジオール又は各種芳香族ジチオールを用いてもよい。
【0024】
また本発明の高分子電解質を構成する別の態様のポリマーの原料としては、3,3’,4,4’−テトラアミノジフェニルスルホン、3、3’−ジアミノベンジジンなどの芳香族テトラアミノ化合物と、2,5−ジカルボキシベンゼンスルホン酸モノナトリウムや3,5−ジカルボキシフェニルホスホン酸などのイオン性基を有する芳香族ジカルボン酸などを挙げることができる。これらのモノマーを用いて重縮合を行い、ポリベンズイミダゾールなどのポリアゾール系高分子電解質を得ることができる。
【0025】
高分子電解質の分子量は特に限定されるものではないが、ゲルパーミエーションクロマトグラフィーを用いてポリエチレングリコールを標準として測定される数平均分子量が10000〜500000の範囲であることが好ましい。10000未満では、膜の物理的特性が低下する場合がある。分子量が大きくなるほど、機械的特性の面からは好ましいが、大き過ぎると、高分子電解質組成物を用いて高分子電解質膜を製造する際に、高分子電解質組成物の固形分濃度を下げざるを得なくなり、溶剤の除去に問題が出る場合がある。
高分子電解質組成物の対数粘度は、0.1〜10.0dL/gの範囲であることが好ましく、0.3〜5.0dL/gの範囲であることがより好ましい。対数粘度が0.1dL/g以下であると、膜を形成することが困難になる場合がある。また、対数粘度が10.0dL/g以上であると、組成物の粘度が高くなりすぎたり、濃度が低くなりすぎたりして、製膜が困難になる場合がある。
高分子電解質の軟化温度は、120℃以上であることが好ましく、140〜300℃であることがより好ましい。
【0026】
[高分子電解質組成物の成形方法]
本発明の高分子電解質組成物は、押し出し、紡糸、圧延またはキャストなど任意の方法で繊維やフィルムなどの成形体とすることができる。中でも適当な溶媒に溶解した溶液から成形することが好ましい。
溶液から成形体を得る方法は従来から公知の方法を用いて行うことができる。たとえば、加熱、減圧乾燥、高分子電解質およびビフェニル誘導体を溶解する溶媒(良溶媒)と混和することができるが、高分子電解質およびビフェニル誘導体は溶解しない溶媒(貧溶媒)への浸漬等によって、高分子電解質組成物から良溶媒を除去し、成形体を得ることができる。貧溶媒は、加熱又は減圧乾燥によって留去させることが好ましい。この際、必要に応じて他の化合物と複合された形で、繊維状、フィルム状、ペレット状、プレート状、ロッド状、パイプ状、ボール状、ブロック状などの様々な形状に成形することもできる。溶解挙動が類似する化合物と組み合わせた場合には、良好な成形ができる点で好ましい。このようにして得られた成形体中の酸性基は、1価のカチオンとの塩の形のものを含んでいてもよいが、必要に応じて酸処理することによりフリーの酸性基に変換することもできる。
【0027】
[高分子電解質膜の製造方法]
本発明の高分子電解質組成物から高分子電解質膜を作製することもできる。高分子電解質膜は、本発明の高分子電解質組成物だけでなく、多孔質膜、不織布、フィブリル、紙などの支持体との複合膜であってもよい。得られた高分子電解質膜は、燃料電池用の高分子電解質膜として用いることができる。
高分子電解質膜を成形する手法として最も好ましいのは、良溶媒を含む高分子電解質組成物からのキャストであり、キャストした溶液から、上記のようにして、良溶媒を除去して高分子電解質膜を得ることができる。貧溶媒の除去は、乾燥によることが高分子電解質膜の均一性からは好ましい。また、高分子電解質や溶媒の分解や変質を避けるため、減圧下でできるだけ低い温度で乾燥することもできる。また、高分子電解質組成物の粘度が高い場合には、基板や組成物を加熱して高温でキャストすると、組成物の粘度が低下して容易にキャストすることができる。組成物のキャスト膜の厚みは特に制限されないが、10〜1000μmであることが好ましい。より好ましくは50〜500μmである。キャスト膜の厚みが10μmよりも薄いと、高分子電解質膜としての形態を保てなくなる傾向にあり、1000μmよりも厚いと不均一な高分子電解質膜ができやすくなる傾向にある。キャスト膜の厚みを制御する方法は公知の方法を用いることができる。例えば、アプリケーター、ドクターブレードなどを用いて一定の厚みにしたり、ガラスシャーレなどを用いてキャスト面積を一定にしたりするなどして、キャストされる組成物の量や濃度で、キャスト膜の厚みを制御することができる。キャスト膜は、溶媒の除去速度を調整することでより均一な膜を得ることができる。例えば、加熱する場合には最初の段階では低温にして蒸発速度を下げるとよい。また、水などの貧溶媒にキャスト膜を浸漬する場合には、浸漬前に、キャスト膜を空気雰囲気下や不活性ガス雰囲気下に適当な時間放置しておくなどして、キャスト膜の凝固速度を調整することができる。
【0028】
[高分子電解質膜]
本発明の高分子電解質膜は目的に応じて任意の膜厚にすることができるが、プロトン伝導性の面からはできるだけ薄いことが好ましい。具体的には5〜200μmであることが好ましく、5〜100μmであることがさらに好ましく、20〜80μmであることが最も好ましい。高分子電解質膜の厚みが5μmより薄いと高分子電解質膜の取り扱いが困難となり燃料電池を作製した場合に短絡等が起こる傾向にあり、200μmよりも厚いと高分子電解質膜の電気抵抗値が高くなり燃料電池の発電性能が低下する傾向がある。高分子電解質膜として使用する場合、膜中の酸性基は1価のカチオンの塩になっているものを含んでいても良いが、適当な酸処理によりフリーの酸性基に変換することもできる。この場合、硫酸、塩酸等の水溶液中に、加熱下又は加熱せずに、得られた膜を浸漬処理することで行うことも効果的である。また、高分子電解質膜のプロトン伝導率は1.0×10-3S/cm以上であることが好ましい。プロトン伝導率が1.0×10-3S/cm以上である場合には、その高分子電解質膜を用いた燃料電池において良好な出力が得られる傾向にあり、1.0×10-3S/cm未満である場合には燃料電池の出力低下が起こる傾向にある。
【0029】
[UV照射による表面処理]
上述の方法で得られた高分子電解質膜に紫外線を照射させる。装置は、100nmから300nmの波長の光を照射できる装置を用いることができる。また、紫外線の波長は単独もしくは複数の波長を発生可能な光源を使用することができる。
例えば、低圧水銀ランプのように、185nmと254nmの光を照射できる装置を用いた場合、185nmの光は酸素に吸収されオゾンを発生する。このオゾンに254nmの光が吸収されると励起酸素原子が発生する。上述の過程を経て生成された活性な酸素誘導体をフィルム表面に作用させることで、高分子電解質膜の表面を親水化処理することができる。
また、185nmの光源は直接有機物の原子結合を切断できるといわれており、この光を照射することでも前記同様に、親水化処理の効果を得るとができる。
キセノンガスが封入された誘電体バリア放電エキシマランプの紫外線の中心波長は172nmである。この光は直接大気中の酸素に吸収され励起酸素原子、オゾンを生成可能で、172nmの光は185nmの光よりも光子のエネルギーが強い。このため、かかる装置を使用しても、高分子電解質膜の表面を容易に親水化処理することができる。
紫外線処理により改質された高分子電解質膜表面の残渣は、酸化され二酸化炭素や水のような化合物に変換され飛散除去できる。
紫外線処理は高分子電解質膜の片面もしくは両面に行うことができる。またこのような処理は、高分子電解質膜の製膜過程( 製膜の途中) であっても、製膜後のいずれであってもよい。処理時間、処理温度等の条件は、材料の種類によってことなるため特に限定されるものではないが、プロトン伝導度、電極接合時の接合性およびその他の特性バランスにより任意に選定することができる。なお、表面処理前後で、膜厚、イオン交換容量などの特性は実質的に変動しない。
ATR法によるIR分析の吸収強度I1685cm−1は、カルボキシル基由来であり、紫外線処理後、カルボキシル基が付加され、電極バインダーとの親和性が向上すると考えられる。
【0030】
[膜電極接合体]
上述した本発明の高分子電解質膜を電極に接合することによって、本発明の高分子電解質膜と電極との接合体(膜電極接合体)を得ることができる。この接合体の作製方法としては、従来から公知の方法を用いて行うことができ、例えば、電極表面に接着剤を塗布し高分子電解質膜と電極とを接着する方法または高分子電解質膜と電極とを加熱加圧(ホットプレス法)する方法等がある。本発明の高分子電解質膜は、表面が紫外線によって親水化されているため、電極との親和性が高い。このため、膜電極接合体は、ホットプレス法を採用すれば容易に作製することができる。ホットプレス法における加熱温度は100〜250℃が好ましく、圧力は5〜10 MPaが好ましい。
【0031】
[燃料電池]
上述した膜電極接合体を用いて、燃料電池を作製することもできる。本発明の高分子電解質膜は、加工性、プロトン伝導性、耐久性に優れているため、作製が容易で、良好な出力を有し、耐久性に優れる燃料電池を提供することができる。本発明の高分子電解質膜は、メタノールを燃料とするメタノール直接型燃料電池(DMFC)の他にも、水素を燃料とする固体高分子形燃料電池(PEFC)にも適している。また、メタノール、ガソリン、エーテルなどの炭化水素から改質器によって水素を取り出して用いるタイプの燃料電池にも適している。
【実施例】
【0032】
以下本発明を、実施例を用いて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されることはない。なお、各種測定は次のように行った。
<IR測定>
バリアン社製FT-IR装置 FTS 7000e (赤外顕微鏡:UMA600) を用いて、ATR法(1回反射ATRアタッチメント:Thunderdome(THERMO SPECTRA TECH社製)、IRE:Ge、入射角:45°、分解能:4cm-1、積算回数:128回)で高分子電解質膜表面のIRスペクトルを測定した。
バリアン社製FT-IR装置 FTS 60A/896を用いて、透過法(分解能:4cm-1、積算回数:128回)で高分子電解質膜のIRスペクトルを測定した。
【0033】
<イオン交換容量>
乾燥した高分子電解質膜100mgを、0.01NのNaOH水溶液50mLに浸漬し、25℃で一晩攪拌した。その後、0.05NのHCl水溶液で中和滴定した。中和滴定には、電位差滴定装置(「COMTITE−980」;平沼産業社製)を用いた。イオン交換当量は下記式で計算して求めた。
イオン交換容量[meq/g]=(10−滴定量[mL])/2
【0034】
<プロトン伝導性>
自作測定用プローブ(ポリテトラフルオロエチレン製)上で短冊状の膜試料の表面に白金線(直径:0.2mm)を押し当て、80℃、95%RHの恒温・恒湿オーブン(「LH−20−01」;ナガノ科学機械製作所製)中に試料を保持し、白金線間のインピーダンスを、周波数応答アナライザ(FREQUENCY RESPONSE ANALYSER 1250型;SOLARTRON社製)により測定した。極間距離を変化させて測定し、極間距離とC−Cプロットから見積もられる抵抗測定値をプロットした勾配から、以下の式により、膜と白金線間の接触抵抗をキャンセルした導電率を算出した。
導電率[S/cm]=1/(膜幅[cm]×膜厚[cm]×抵抗極間勾配[Ω/cm])
【0035】
<膜電極接合性の評価方法>
高分子電解質膜の片面に、繊維状のカーボンに担持された白金触媒をホットプレス法で接合した。この高分子電解質膜電極接合体(略号:MEA)を、グレースケール、600dpiの条件でスキャナ(メーカー:FUJI XEROX、機種:Docu Centre Color f450)を用いて読み取り比較した。
【0036】
比較例1[高分子電解質からなる高分子電解質膜の製造]
<高分子電解質前駆体の製造>
反応器に、3,3’−ジスルホン酸ナトリウム−4,4’−ジクロロジフェニルスルホン(S−DCDPS)778部、2,6−ジクロロベンゾニトリル(DCBN)553部、4,4’−ビフェノール(BP)893部、炭酸カリウム763部、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)5631部を入れて、窒素雰囲気下、200℃で10時間反応させた。放冷の後、水中にストランド状に沈殿させ、得られたポリマーを10Lの水で5回洗浄した後、乾燥し、高分子電解質前駆体を得た。この高分子電解質前駆体の対数粘度は1.25dL/gであり、イオン性基量は1.27(meq/g)であり、カチオン置換率(モル%)は100%であった。
<高分子電解質前駆体膜の製造>
NMPを溶媒として用い、固形分濃度が24質量%の前駆体溶液を調製した。次いで、支持体としての非粘着ポリエチレンテレフタレートフィルム上に、ブレードコーターにて幅1000mm、クリアランスを300μmに設定し、温度25℃で連続的に前駆体溶液を流延しつつ、100℃で60分間乾燥して、NMPの残留量が20質量%の高分子電解質前駆体膜1を製造した。
得られた高分子電解質前駆体膜1を、支持体から剥離することなく、25℃の水に連続的に20分間浸漬し、NMPの残留量が0.4質量%の高分子電解質前駆体膜2を製造した。
<高分子電解質膜の製造>
得られた高分子電解質前駆体膜2を、支持体から剥離することなく30℃、20質量%硫酸水溶液(pKa=−3.0)100Lを満たした硫酸水溶液槽1、2に連続的にそれぞれ20分間浸漬して、高分子電解質膜を製造した。
なお、浸漬している間、高分子電解質前駆体膜が後に接触する硫酸水溶液槽2には新規硫酸水溶液を1L/分供給し、高分子電解質前駆体膜が先に接触する硫酸水溶液槽1には硫酸水溶液槽2の液を1L/分供給し、硫酸水溶液槽1からは廃液として1L/分の液の抜き取りを行った。
<高分子電解質膜の洗浄>
次いで、支持体から高分子電解質膜を剥がすことなく、連続的に30℃、pH7の純水で5分間、3回の洗浄を実施した。その後、支持体から洗浄後の高分子電解質膜を剥がすことなく40℃で3分間乾燥させ、支持体に積層された厚さ30μmの高分子電解質膜(含水率;10%)を得た。
【0037】
比較例2〜3[プラズマ照射高分子電解質膜の製造]
比較例1で得られた高分子電解質膜に、ランテクニカルサービス製SKB1102N-01を用いてUVを照射した。ソフタル社製Corona Station (Plasma) Type PCCE 003-0-1KB4 (リニアプラズマ)を用いてプラズマを照射した。電極巾は200mm、電極とフィルムとの距離、2mm、出力400Wで固定した。搬送速度を5m/min(比較例2)、1m/min(比較例3)とした。
【0038】
実施例1〜3[UV照射高分子電解質膜の製造]
比較例1で得られた高分子電解質膜に、ランテクニカルサービス製SKB1102N-01を用いてUVを照射した。光源と高分子電解質膜の距離は5cmで固定した。照射時間を30、60、120秒とした。照度は、254nmは約205mW/cm2、185nmは約10mW/cm2であった。
実施例及び比較例で得られた高分子電解質膜の評価結果を表1に示す。
【0039】
【表1】

【0040】
表1より、本発明の製造方法で作製した高分子電解質膜は、UV照射をしていない比較例の高分子電解質膜と同等のプロトン伝導性を示すにもかかわらず、電極接合性に優れた高分子電解質膜であることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明の高分子電解質膜の製造方法は、高分子電解質膜と電極接合体の作製を容易にすると共に、より安定な膜電極接合体を得ることができ、産業の発展に寄与するところ大である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
紫外線照射処理が施された炭化水素系固体高分子電解質膜であって、紫外線を照射する前後で、ATR法によるIR分析をした結果、吸収強度比I1685cm−1/I3500cm−1が紫外線照射前に対して10%以上変化した事を特徴とする炭化水素系固体高分子電解質膜。
【請求項2】
前記高分子電解質膜が、一般式(1)とともに一般式(2)で示される構成成分を含むことを特徴とする炭化水素系固体高分子電解質膜。
【化1】


ただし、Arは2価の芳香族基、Yはスルホン酸基またはケトン基、XはHまたは1価のカチオン種を示す。
【化2】


ただし、Ar’は2価の芳香族基を示す。
【請求項3】
炭化水素系固体高分子電解質膜を製膜したのち、得られた膜に紫外線を照射させることを特徴とする請求項1又は2に記載の炭化水素系固体高分子電解質膜の製造方法。
【請求項4】
上記紫外線の波長が100〜300nmの範囲にあることを特徴とする請求項2又は3に記載の炭化水素系固体高分子電解質膜製造方法。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の炭化水素系固体高分子電解質膜と、電極とが接合されたものであることを特徴とする膜電極接合体。
【請求項6】
請求項5に記載の膜電極接合体を用いたことを特徴とする燃料電池。

【公開番号】特開2013−114974(P2013−114974A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−261781(P2011−261781)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(000003160)東洋紡株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】