細孔測定方法及び装置
【課題】多孔質体、特に固体高分子形燃料電池の触媒層またはガス拡散層の細孔を簡便かつ定量的に測定する方法及び装置を提供する。
【解決手段】多孔質試料の表面または断面の電子顕微鏡画像を取得する工程と、該電子顕微鏡画像の細孔領域と細孔以外の領域を分離する工程とを含む細孔測定方法において、前記電子顕微鏡画像から前記試料の形状または組成分布あるいは前記試料と電子顕微鏡の組み合わせに起因する輝度ムラを除去する工程を含む細孔測定方法とすることで、高精度に細孔を測定できる。
【解決手段】多孔質試料の表面または断面の電子顕微鏡画像を取得する工程と、該電子顕微鏡画像の細孔領域と細孔以外の領域を分離する工程とを含む細孔測定方法において、前記電子顕微鏡画像から前記試料の形状または組成分布あるいは前記試料と電子顕微鏡の組み合わせに起因する輝度ムラを除去する工程を含む細孔測定方法とすることで、高精度に細孔を測定できる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は多孔質体の細孔測定方法に関し、特に固体高分子形燃料電池の触媒層またはガス拡散層の細孔構造評価に好適に利用できるものである。
【背景技術】
【0002】
水素などの燃料を用いて発電する燃料電池は、高効率でクリーンな電力源として期待を集めている。その中でも固体高分子形燃料電池は小型軽量で動作温度が低いため、自動車用エネルギー源や家庭用コージェネレーションシステムなどに幅広い応用が期待されている。
【0003】
以下に固体高分子形燃料電池の一般的な構造と機能について、図面を参照しながら説明する。
【0004】
図2は、固体高分子形燃料電池の基本構成単位である単セルの断面構造の例を表す模式図である。単セルは、プロトン伝導性を有する電解質膜4を中心として、その一方の面に多孔質のアノード触媒層3を、他方の面に多孔質のカソード触媒層5を配置し、両触媒層の外側にそれぞれガス拡散層2、6を配置し、さらにこれを両面からセパレータ1、7で挟み込んだ構造からなる。
【0005】
セパレータ1に刻まれた流路1aとガス拡散層2を通して、アノード触媒層3には水素などの燃料ガスが供給される。一方カソード側ではセパレータ7の流路7aを通して酸素を含むガスが供給され、ガス拡散層6を通過してカソード触媒層5に到達する。カソード触媒層5に到達した酸素は、カソード触媒層5中に含まれる触媒粒子の表面で、アノード側から電解質膜4を透過してきたプロトン及びガス拡散層6を伝わってきた電子と反応し、水となる。
【0006】
固体高分子形燃料電池の触媒層3、5は、電気化学反応を促進する触媒粒子を担持する役割を果たし、一般に、触媒粒子を担持したカーボン粒子と電解質ポリマーの混合物、及びnm〜μmオーダーの細孔を含む複雑な多孔質構造を有する。これは、反応に関与するプロトン・電子・ガス及び水はそれぞれ異なる経路(電解質・カーボン粒子・細孔)を通って供給・排出されるため、プロトン・電子・ガスの全てが到達可能な触媒粒子上の三相界面の面積をできるだけ大きくし、アノード触媒粒子の表面にて水素ガスがプロトンと電子に分離する反応やカソード触媒粒子の表面にて酸素ガスが電解質膜を透過してきたプロトンおよび電子と反応し、水を生成する反応がスムーズに進み、且つ生成した水がスムーズに排出されるようにするためである。
【0007】
電解質膜4の材料として主に用いられているパーフルオロスルホン酸ポリマーが充分なプロトン伝導性を示すには、含水することが必要である。電解質膜4の含水状態を保つための水として、カソード触媒層5中での反応により生成する水に加えて、しばしばアノード及びカソードに供給するガスに水蒸気が加えられる。
【0008】
カソードで発生する生成水及びアノードでガスの加湿により供給される水の量が不十分であると、電解質膜4が乾燥してプロトン伝導性が低下し、発電特性は低下する。一方水の量が過剰であっても、触媒層5及びガス拡散層6に液体である水が溜まって反応に必要なガスの供給を妨げるため、発電特性は低下する。これをフラッディング現象と呼んでいる。従って、固体高分子形燃料電池の発電特性を向上させるためには、水分の管理が極めて重要であり、そのためには触媒層3、5やガス拡散層2、6の多孔質細孔構造をコント
ロールすることが重要である。(たとえば特許文献1、2を参照。)
【0009】
従来、触媒層やガス拡散層の細孔測定には主に水銀ポロシメータが用いられてきた。(たとえば非特許文献1を参照。)しかし水銀ポロシメータの測定原理は、試料表面に開口した円筒形状の細孔を仮定して細孔容積や細孔径分布を求めるものであり、実際の触媒層やガス拡散層に見られるような複雑なネットワーク構造を有する多孔質体の細孔分布測定には本来適さない。また水銀ポロシメータで10nmオーダーの微細な細孔まで計測するには100MPa程度の高い圧力を加える必要があり、高圧で破壊されやすい試料や圧縮性の基材を含む試料は精度よく計測できない。またポロシメータによる計測には比較的多量の試料が必要であり、また触媒層等が厚さ方向や面内方向に不均一な細孔構造を有する場合は、それを平均した結果しか得ることができない。
【0010】
そこで、より直接的な細孔構造の評価手段として、触媒層やガス拡散層の表面または断面を電子顕微鏡で観察する方法が行われている。この方法は水銀ポロシメータを用いる方法とは異なり、細孔の複雑な構造を直接観察できる点で優れているが、画像の目視による評価では定量的な測定は困難である。
【0011】
かかる問題点を解決するために、多孔質試料の表面または断面の電子顕微鏡画像に画像処理を施して細孔領域と細孔以外の領域を分離することで、従来の電子顕微鏡観察で問題であった目視による主観的判断を排除して、細孔を客観的かつ定量的に測定することが行われている。(たとえば特許文献3を参照。)
【0012】
しかし実際の多孔質体、特に固体高分子形燃料電池の触媒層やガス拡散層の表面及び断面の電子顕微鏡画像にはさまざまな原因による輝度のムラが含まれており、この輝度のムラのために細孔領域と細孔以外の領域の分離の精度が低下する問題があった。この輝度のムラのうち、シェーディング補正によって電子顕微鏡光学系や撮像素子に起因する輝度のムラについては除去できるものの(たとえば特許文献4を参照)、試料の形状または組成分布あるいは試料と電子顕微鏡の組み合わせに起因する輝度ムラは依然として測定精度を低下させる要因となっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2005−235525号公報
【特許文献2】特開2008−91330号公報
【特許文献3】特開平2−82374号公報
【特許文献4】特開2000−180346号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】ジャーナル・オブ・ジ・エレクトロケミカル・ソサエティ(Journal of the Electrochemical Society)(米国)、2004年、第151巻、第11号、p.A1841−A1846
【非特許文献2】電子通信学会論文誌D、1980年、第63巻、第4号、p.349−356
【非特許文献3】パターン・レコグニション(Pattern Recognition)(オランダ)、1986年、第19巻、第1号、p.41−47
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は上述した従来の問題点を解決するためになされたものであり、多孔質体、特に固体高分子形燃料電池の触媒層またはガス拡散層の細孔を簡便かつ定量的に測定する方法
及び装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明において上記の課題を解決するための手段として、多孔質試料の表面または断面の電子顕微鏡画像を取得する工程と、前記電子顕微鏡画像の細孔領域と細孔以外の領域を分離する工程とを含む細孔測定方法において、前記電子顕微鏡画像から、前記多孔質試料の形状または組成分布に起因する輝度ムラ、または前記多孔質試料と電子顕微鏡の組み合わせに起因する輝度ムラを除去する工程を含むことを特徴とする細孔測定方法である。
【0017】
また、請求項2に記載の発明は、前記輝度ムラを除去する工程で空間周波数フィルタを用いることを特徴とする請求項1に記載の細孔測定方法である。
【0018】
また、請求項3に記載の発明は、前記空間周波数フィルタは高速フーリエ変換を利用した空間周波数フィルタであることを特徴とする請求項2に記載の細孔測定方法である。
【0019】
また、請求項4に記載の発明は、前記電子顕微鏡画像の細孔領域と細孔以外の領域を分離する工程で、最大エントロピー法または大津の方法またはKittlerの方法を用いた2値化処理で分離することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の細孔測定方法である。
【0020】
また、請求項5に記載の発明は、多孔質試料の表面または断面の電子顕微鏡画像を取得する手段と、前記電子顕微鏡画像の細孔領域と細孔以外の領域を分離する手段とを併せ持つ細孔測定装置において、前記電子顕微鏡画像から、前記多孔質試料の形状または組成分布に起因する輝度ムラ、または前記多孔質試料と電子顕微鏡の組み合わせに起因する輝度ムラを除去する手段を含むことを特徴とする細孔測定装置である。
【発明の効果】
【0021】
請求項1に記載の発明は、電子顕微鏡画像から試料の形状または組成分布あるいは試料と電子顕微鏡の組み合わせに起因する輝度ムラを除去する工程を含む。これにより、FIB加工で触媒層表面に掘った穴の中をSEM撮影したときに見られる輝度ムラや、触媒層表面や断面で見られる細孔以外の領域の組成分布に起因する輝度ムラ、電子顕微鏡画像にしばしば含まれるチャージアップやエッジ効果等による輝度ムラの影響を除去することができるため、細孔の測定を高精度に行うことができる。
【0022】
請求項2に記載の発明では、前記輝度ムラを除去する工程として空間周波数フィルタを用いることにより、代表的な細孔サイズと異なる空間スケールで変化する輝度ムラを効率的に除去することができるため、細孔の測定をさらに高精度に行うことができる。
【0023】
請求項3に記載の発明では、前記空間周波数フィルタとして高速フーリエ変換(FFT)を利用した空間周波数フィルタを用いることで、細孔の測定をさらに高精度かつ高速に行うことができる。
【0024】
請求項4に記載の発明では、前記電子顕微鏡画像の細孔領域と細孔以外の領域を分離する工程として、最大エントロピー法または大津の方法またはKittlerの方法による2値化処理を用いることで、顕微鏡画像の明るさやコントラスト、ノイズなどに左右されずに2値化閾値を決定することができるため、細孔の測定をさらに高精度に行うことができる。
【0025】
請求項5に記載の発明では、請求項1乃至4いずれか一項に記載の方法を用いることにより、上述のいずれかの効果が得られる。
【0026】
以上、本発明は、多孔質体、特に固体高分子形燃料電池の触媒層またはガス拡散層の細孔を簡便かつ定量的に測定できるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明実施例2の処理手順を示すフローチャート
【図2】固体高分子形燃料電池単セルの断面模式図
【図3】本発明実施例1における触媒層表面SEM画像を示す図
【図4】本発明実施例1における触媒層表面SEM画像の第一の2値化結果を示す図
【図5】本発明実施例1における触媒層表面SEM画像の第二の2値化結果を示す図
【図6】本発明実施例1における触媒層表面SEM画像から輝度ムラを除去した結果を示す図
【図7】本発明実施例1における触媒層表面SEM画像から輝度ムラを除去した画像の2値化結果を示す図
【図8】本発明実施例1の試料を含む4試料に対して、本発明の方法を用いて触媒層表面の細孔面積率を計測した結果を示す図
【図9】本発明実施例2における触媒層断面SEM画像を示す図
【図10】本発明実施例2における触媒層断面SEM画像の第一の2値化結果を示す図
【図11】本発明実施例2における触媒層断面SEM画像から輝度ムラを除去した画像の2値化結果を示す図
【図12】本発明実施例2における触媒層断面SEM画像を含む合計10枚のSEM画像から測定した断面細孔面積率分布を示す図
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下に、本発明の様々な実施形態を図面を参照しながら説明する。
【0029】
本発明の方法は、多孔質試料の表面または断面の電子顕微鏡画像を取得する工程を含む。試料の断面出し方法としては収束イオンビーム(FIB)加工やミクロトーム加工、あるいは凍結破断などの様々な公知の方法が利用できるが、断面の平坦性が高く脆弱な試料であっても断面細孔の乱れが小さいなどの特徴によりFIB加工が特に好適である。FIB加工やミクロトーム加工にあたっては、熱による断面細孔の損傷を低減するため液体窒素等による冷却を行ってもよい。クライオFIB加工あるいはクライオミクロトーム加工と呼ばれる方法がこれに相当する。また断面細孔の損傷を防ぐため、あるいは断面顕微鏡画像における細孔領域と細孔以外の領域の判別を容易にするために、断面出しに先立って樹脂包埋等の前処理を行ってもよい。電子顕微鏡としては走査電子顕微鏡(SEM)や透過電子顕微鏡(TEM)、あるいは走査型透過電子顕微鏡(STEM)などを用いることができる。
【0030】
本発明の方法は、電子顕微鏡画像から電子顕微鏡光学系や撮像素子に起因する輝度ムラを除去するシェーディング補正の工程を含んでもよい。
【0031】
電子顕微鏡画像から、試料の形状または組成分布あるいは試料と電子顕微鏡の組み合わせに起因する輝度ムラを除去する工程としては、各種の画像処理フィルタを用いることができる。たとえば電子顕微鏡画像取得時のチャージアップやエッジ効果による輝度ムラのような、代表的な細孔サイズより小さい空間スケールで変化する輝度ムラを除去するためにはメディアンフィルタやガウシアンフィルタなどの平滑化フィルタが適している。
【0032】
一方、電子顕微鏡画像には、代表的な細孔サイズより大きな空間スケールで変化する輝度ムラもしばしば見られる。図9は固体高分子形燃料電池の触媒層をFIB加工で切断した断面のSEM画像(倍率は約1万倍)である。画像に見られる細孔断面12や細孔断面
13は、触媒層中に三次元的ネットワーク構造を形成している細孔の断面であり、SEM画像では輝度が低く見える。一方、図9のSEM画像中の固体切断面14は、触媒層を構成する固体がFIBによって切断されてできた切断面であり、細孔断面12、13よりも輝度が高く見えている。固体切断面15は、固体切断面14と同じくFIBによって切断されてできた固体切断面であるが、固体切断面15の平均輝度は固体切断面14に比べて低い。これは固体切断面14と固体切断面15では局所的な組成(カーボン粒子と電解質の比率など)が異なり、二次電子放出率やチャージアップのしやすさに違いがあるためと考えられる。また図9のSEM画像には全体的に輝度ムラがあり、画像上方に比べて画像下方、特に左下の部分(固体切断面16の周辺)は平均輝度が低い。これは組成の分布に加えて、試料の幾何学的形状も影響していると考えられる。このような代表的な細孔サイズより大きな空間スケールで変化する輝度ムラを除去する工程としては、ハイパスフィルタまたはバンドパスフィルタのような空間周波数フィルタが有効であり、高速フーリエ変換(FFT)を用いた空間周波数フィルタが特に好適である。
【0033】
電子顕微鏡画像の細孔領域と細孔以外の領域を分離する工程としては、パーセンタイル法、モード法、最大エントロピー法、大津の方法(たとえば非特許文献2を参照。)、Kittlerの方法(たとえば非特許文献3を参照。)、微分ヒストグラム法、ラプラシアンヒストグラム法など様々な公知の閾値決定方法を用いた2値化処理が利用可能であるが、元となる画像の明るさやコントラスト、ノイズなどに左右されにくい安定した結果が得られることから、最大エントロピー法または大津の方法またはKittlerの方法を用いた2値化処理が好適である。また画像全体を複数の領域に分割し、各々の領域ごとに前述の閾値決定方法などを適用して2値化処理を行うことも可能である。また特許文献3の方法のように、微分フィルタなどを用いて抽出したエッジ等により画像を多数の領域に分割し、各々の領域ごとに平均輝度やヒストグラムの形、輪郭のエッジ強度などに注目して、その領域が細孔領域であるか細孔以外の領域であるかを判別する処理を行うことも可能である。
【実施例1】
【0034】
以下、本発明の実施例1について図面を参照しながら説明する。
【0035】
図3は固体高分子形燃料電池のカソード触媒層表面をSEM(日立ハイテクノロジーズ社製)により触媒層表面の法線方向から撮影した画像(倍率は約5千倍)である。この触媒層は白金系触媒粒子を担持したカーボン粒子と電解質(パーフルオロスルホン酸ポリマー)からなり、電解質膜(パーフルオロスルホン酸ポリマー)の両面に厚さ約5μmで形成されている。
【0036】
図3のSEM画像に多数見られる、明瞭な輪郭を持つ輝度の低い領域(細孔8など)は触媒層表面に現れた細孔である。一方、固体表面9のように比較的輝度が高い領域は、触媒層を構成する固体(カーボン粒子と電解質の混合物)の表面である。固体表面には、その局所的な組成分布に起因すると考えられる輝度ムラが見られる。たとえば固体表面10の周辺では平均輝度が低いが、その輝度が低い領域の輪郭はぼやけており、その領域の中にも細孔と見られる領域(細孔11など)が存在することから、この領域は細孔ではなく固体表面であることがわかる。
【0037】
図3のSEM画像の細孔領域(細孔8など)と固体表面領域(固体表面9など)の輝度の違いに注目して、2値化処理によって両領域の判別を試みた結果が図4である。細孔8と固体表面9はほぼ正しく判別できているものの、固体表面10の周辺は、輝度ムラにより細孔と誤判別されてしまっている。
【0038】
図5は、図4と同様に図3のSEM画像を2値化処理した結果であるが、固体表面10
の周辺が固体表面として正しく判別されるように2値化処理の閾値を調整したものである。しかしながら、この場合は細孔領域のかなりの部分が消失あるいは縮小しており、この結果から細孔面積率などを精度よく測定することは困難である。
【0039】
図6は、図3のSEM画像に高速フーリエ変換(FFT)を施し、0.5μm以上の周期を持つ輝度変動成分を除去した上で逆変換を施した画像である。この処理により、固体表面の局所的な組成分布に起因すると考えられる輝度ムラはほぼ完全に除去された。さらに図6の画像に対して、メディアンフィルタ(半径0.01μm相当)を用いてノイズを除去した後に、大津の方法を用いて決定した閾値による2値化処理を行った結果が図7である。これらの一連の画像処理により、細孔(細孔8、11など)と固体表面(固体表面9、10など)を正しく判別することができた。また、触媒層の製造工程の条件や材料の配合を変えて作成した複数の試料に対して同様の測定法を適用した結果を図8に示す。図8中の標準サンプルが本実施例1の試料である。こうして触媒層の製造工程の条件や材料の配合が触媒層表面の細孔面積率に及ぼす影響について、さらには燃料電池の発電特性、特にフラッディング特性に及ぼす影響について有用な知見を得ることができた。
【実施例2】
【0040】
以下、本発明の実施例2について図面を参照しながら説明する。
【0041】
なお図1は、実施例2における細孔測定手順の概略を示すフローチャートである。
【0042】
図9は、前にも説明した通り固体高分子形燃料電池の触媒層をFIB加工で切断した断面のSEM画像(倍率は約1万倍)である。この触媒層は白金系触媒粒子を担持したカーボン粒子と電解質(パーフルオロスルホン酸ポリマー)からなり、電解質膜(パーフルオロスルホン酸ポリマー)の両面に厚さ約5μmで形成されている。この触媒層付電解質膜の表面にFIB加工で穴(約10μm角、深さ約7μm)を掘り、その側壁断面に白金導電膜を蒸着し、斜め(観察する断面の法線に対して45度方向)からSEM(日立ハイテクノロジーズ社製)で撮影した画像を縦に1.414倍に引き伸ばして傾斜補正した後、メディアンフィルタ(半径0.01μm相当)を用いてノイズを除去した結果が図9のSEM画像である。なおこのSEM画像の上方は触媒層の表面方向、画像の下方は穴の底方向に対応する。このSEM画像には、前にも述べたように局所的な組成の分布やSEM撮影時のチャージアップ、試料の幾何学的形状などに起因すると考えられる輝度ムラが見られる。
【0043】
このような輝度ムラがない画像の場合は、適切な方法で決定した閾値を用いて2値化処理を行うことで、細孔断面と固体切断面とを判別し、細孔断面の面積率を求めたり、細孔をサイズ別に計数処理して細孔分布を求めることができる。
【0044】
図10は、図9のSEM画像に対して最大エントロピー法を用いて決定した閾値による2値化処理を行った結果である。細孔断面12や細孔断面13は細孔断面と判別されたため黒くなり、固体切断面14は固体切断面と判別されたため白くなっている。しかし、図9のSEM画像に含まれていた輝度ムラのために、本来固体切断面として判別されるべき固体切断面15はほぼ全体が黒くなり、細孔断面と誤判別されてしまったことがわかる。同様に図9のSEM画像で暗く写っていた画像の下方、特に左下の部分(固体切断面16の周辺)はほとんどが黒くなっており、細孔断面と固体切断面とが正しく判別されていないことがわかる。
【0045】
一方、図11は、図9のSEM画像に高速フーリエ変換(FFT)を施し、1μm以上の周期を持つ輝度変動成分を除去した上で逆変換を施した画像に、最大エントロピー法を用いて決定した閾値による2値化処理を行った結果である。FFTハイパスフィルタを用
いることで、代表的な細孔サイズより大きな空間スケールで変化する輝度ムラをほとんど除去することができたため、細孔断面(細孔断面12、13など)と固体切断面(固体切断面14、15、16など)を正しく判別することができた。
【0046】
図9のSEM画像と同じ試料で同じ方法により取得した合計10枚のSEM画像に対して、図11について説明したのと同じ一連の画像処理を施して2値化した後、細孔をサイズ別に計数処理することで、断面細孔面積率の分布を求めた結果が図12のグラフである。このようにして固体高分子形燃料電池触媒層の断面SEM画像から細孔分布を測定することが可能となり、触媒層の製造工程の条件や材料の配合が触媒層の細孔構造に及ぼす影響や、触媒層中の物質輸送が燃料電池の発電特性に及ぼす影響について有益な知見を得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明は多孔質体の細孔構造測定評価一般に利用可能であるが、特に固体高分子形燃料電池の触媒層またはガス拡散層の細孔構造の測定評価に好適である。
【符号の説明】
【0048】
1・・・セパレータ
1a・・流路
2・・・ガス拡散層
3・・・アノード触媒層
4・・・電解質膜
5・・・カソード触媒層
6・・・ガス拡散層
7・・・セパレータ
7a・・流路
8・・・細孔
9・・・固体表面
10・・固体表面
11・・細孔
12・・細孔断面
13・・細孔断面
14・・固体切断面
15・・固体切断面
16・・固体切断面
【技術分野】
【0001】
本発明は多孔質体の細孔測定方法に関し、特に固体高分子形燃料電池の触媒層またはガス拡散層の細孔構造評価に好適に利用できるものである。
【背景技術】
【0002】
水素などの燃料を用いて発電する燃料電池は、高効率でクリーンな電力源として期待を集めている。その中でも固体高分子形燃料電池は小型軽量で動作温度が低いため、自動車用エネルギー源や家庭用コージェネレーションシステムなどに幅広い応用が期待されている。
【0003】
以下に固体高分子形燃料電池の一般的な構造と機能について、図面を参照しながら説明する。
【0004】
図2は、固体高分子形燃料電池の基本構成単位である単セルの断面構造の例を表す模式図である。単セルは、プロトン伝導性を有する電解質膜4を中心として、その一方の面に多孔質のアノード触媒層3を、他方の面に多孔質のカソード触媒層5を配置し、両触媒層の外側にそれぞれガス拡散層2、6を配置し、さらにこれを両面からセパレータ1、7で挟み込んだ構造からなる。
【0005】
セパレータ1に刻まれた流路1aとガス拡散層2を通して、アノード触媒層3には水素などの燃料ガスが供給される。一方カソード側ではセパレータ7の流路7aを通して酸素を含むガスが供給され、ガス拡散層6を通過してカソード触媒層5に到達する。カソード触媒層5に到達した酸素は、カソード触媒層5中に含まれる触媒粒子の表面で、アノード側から電解質膜4を透過してきたプロトン及びガス拡散層6を伝わってきた電子と反応し、水となる。
【0006】
固体高分子形燃料電池の触媒層3、5は、電気化学反応を促進する触媒粒子を担持する役割を果たし、一般に、触媒粒子を担持したカーボン粒子と電解質ポリマーの混合物、及びnm〜μmオーダーの細孔を含む複雑な多孔質構造を有する。これは、反応に関与するプロトン・電子・ガス及び水はそれぞれ異なる経路(電解質・カーボン粒子・細孔)を通って供給・排出されるため、プロトン・電子・ガスの全てが到達可能な触媒粒子上の三相界面の面積をできるだけ大きくし、アノード触媒粒子の表面にて水素ガスがプロトンと電子に分離する反応やカソード触媒粒子の表面にて酸素ガスが電解質膜を透過してきたプロトンおよび電子と反応し、水を生成する反応がスムーズに進み、且つ生成した水がスムーズに排出されるようにするためである。
【0007】
電解質膜4の材料として主に用いられているパーフルオロスルホン酸ポリマーが充分なプロトン伝導性を示すには、含水することが必要である。電解質膜4の含水状態を保つための水として、カソード触媒層5中での反応により生成する水に加えて、しばしばアノード及びカソードに供給するガスに水蒸気が加えられる。
【0008】
カソードで発生する生成水及びアノードでガスの加湿により供給される水の量が不十分であると、電解質膜4が乾燥してプロトン伝導性が低下し、発電特性は低下する。一方水の量が過剰であっても、触媒層5及びガス拡散層6に液体である水が溜まって反応に必要なガスの供給を妨げるため、発電特性は低下する。これをフラッディング現象と呼んでいる。従って、固体高分子形燃料電池の発電特性を向上させるためには、水分の管理が極めて重要であり、そのためには触媒層3、5やガス拡散層2、6の多孔質細孔構造をコント
ロールすることが重要である。(たとえば特許文献1、2を参照。)
【0009】
従来、触媒層やガス拡散層の細孔測定には主に水銀ポロシメータが用いられてきた。(たとえば非特許文献1を参照。)しかし水銀ポロシメータの測定原理は、試料表面に開口した円筒形状の細孔を仮定して細孔容積や細孔径分布を求めるものであり、実際の触媒層やガス拡散層に見られるような複雑なネットワーク構造を有する多孔質体の細孔分布測定には本来適さない。また水銀ポロシメータで10nmオーダーの微細な細孔まで計測するには100MPa程度の高い圧力を加える必要があり、高圧で破壊されやすい試料や圧縮性の基材を含む試料は精度よく計測できない。またポロシメータによる計測には比較的多量の試料が必要であり、また触媒層等が厚さ方向や面内方向に不均一な細孔構造を有する場合は、それを平均した結果しか得ることができない。
【0010】
そこで、より直接的な細孔構造の評価手段として、触媒層やガス拡散層の表面または断面を電子顕微鏡で観察する方法が行われている。この方法は水銀ポロシメータを用いる方法とは異なり、細孔の複雑な構造を直接観察できる点で優れているが、画像の目視による評価では定量的な測定は困難である。
【0011】
かかる問題点を解決するために、多孔質試料の表面または断面の電子顕微鏡画像に画像処理を施して細孔領域と細孔以外の領域を分離することで、従来の電子顕微鏡観察で問題であった目視による主観的判断を排除して、細孔を客観的かつ定量的に測定することが行われている。(たとえば特許文献3を参照。)
【0012】
しかし実際の多孔質体、特に固体高分子形燃料電池の触媒層やガス拡散層の表面及び断面の電子顕微鏡画像にはさまざまな原因による輝度のムラが含まれており、この輝度のムラのために細孔領域と細孔以外の領域の分離の精度が低下する問題があった。この輝度のムラのうち、シェーディング補正によって電子顕微鏡光学系や撮像素子に起因する輝度のムラについては除去できるものの(たとえば特許文献4を参照)、試料の形状または組成分布あるいは試料と電子顕微鏡の組み合わせに起因する輝度ムラは依然として測定精度を低下させる要因となっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2005−235525号公報
【特許文献2】特開2008−91330号公報
【特許文献3】特開平2−82374号公報
【特許文献4】特開2000−180346号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】ジャーナル・オブ・ジ・エレクトロケミカル・ソサエティ(Journal of the Electrochemical Society)(米国)、2004年、第151巻、第11号、p.A1841−A1846
【非特許文献2】電子通信学会論文誌D、1980年、第63巻、第4号、p.349−356
【非特許文献3】パターン・レコグニション(Pattern Recognition)(オランダ)、1986年、第19巻、第1号、p.41−47
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は上述した従来の問題点を解決するためになされたものであり、多孔質体、特に固体高分子形燃料電池の触媒層またはガス拡散層の細孔を簡便かつ定量的に測定する方法
及び装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明において上記の課題を解決するための手段として、多孔質試料の表面または断面の電子顕微鏡画像を取得する工程と、前記電子顕微鏡画像の細孔領域と細孔以外の領域を分離する工程とを含む細孔測定方法において、前記電子顕微鏡画像から、前記多孔質試料の形状または組成分布に起因する輝度ムラ、または前記多孔質試料と電子顕微鏡の組み合わせに起因する輝度ムラを除去する工程を含むことを特徴とする細孔測定方法である。
【0017】
また、請求項2に記載の発明は、前記輝度ムラを除去する工程で空間周波数フィルタを用いることを特徴とする請求項1に記載の細孔測定方法である。
【0018】
また、請求項3に記載の発明は、前記空間周波数フィルタは高速フーリエ変換を利用した空間周波数フィルタであることを特徴とする請求項2に記載の細孔測定方法である。
【0019】
また、請求項4に記載の発明は、前記電子顕微鏡画像の細孔領域と細孔以外の領域を分離する工程で、最大エントロピー法または大津の方法またはKittlerの方法を用いた2値化処理で分離することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の細孔測定方法である。
【0020】
また、請求項5に記載の発明は、多孔質試料の表面または断面の電子顕微鏡画像を取得する手段と、前記電子顕微鏡画像の細孔領域と細孔以外の領域を分離する手段とを併せ持つ細孔測定装置において、前記電子顕微鏡画像から、前記多孔質試料の形状または組成分布に起因する輝度ムラ、または前記多孔質試料と電子顕微鏡の組み合わせに起因する輝度ムラを除去する手段を含むことを特徴とする細孔測定装置である。
【発明の効果】
【0021】
請求項1に記載の発明は、電子顕微鏡画像から試料の形状または組成分布あるいは試料と電子顕微鏡の組み合わせに起因する輝度ムラを除去する工程を含む。これにより、FIB加工で触媒層表面に掘った穴の中をSEM撮影したときに見られる輝度ムラや、触媒層表面や断面で見られる細孔以外の領域の組成分布に起因する輝度ムラ、電子顕微鏡画像にしばしば含まれるチャージアップやエッジ効果等による輝度ムラの影響を除去することができるため、細孔の測定を高精度に行うことができる。
【0022】
請求項2に記載の発明では、前記輝度ムラを除去する工程として空間周波数フィルタを用いることにより、代表的な細孔サイズと異なる空間スケールで変化する輝度ムラを効率的に除去することができるため、細孔の測定をさらに高精度に行うことができる。
【0023】
請求項3に記載の発明では、前記空間周波数フィルタとして高速フーリエ変換(FFT)を利用した空間周波数フィルタを用いることで、細孔の測定をさらに高精度かつ高速に行うことができる。
【0024】
請求項4に記載の発明では、前記電子顕微鏡画像の細孔領域と細孔以外の領域を分離する工程として、最大エントロピー法または大津の方法またはKittlerの方法による2値化処理を用いることで、顕微鏡画像の明るさやコントラスト、ノイズなどに左右されずに2値化閾値を決定することができるため、細孔の測定をさらに高精度に行うことができる。
【0025】
請求項5に記載の発明では、請求項1乃至4いずれか一項に記載の方法を用いることにより、上述のいずれかの効果が得られる。
【0026】
以上、本発明は、多孔質体、特に固体高分子形燃料電池の触媒層またはガス拡散層の細孔を簡便かつ定量的に測定できるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明実施例2の処理手順を示すフローチャート
【図2】固体高分子形燃料電池単セルの断面模式図
【図3】本発明実施例1における触媒層表面SEM画像を示す図
【図4】本発明実施例1における触媒層表面SEM画像の第一の2値化結果を示す図
【図5】本発明実施例1における触媒層表面SEM画像の第二の2値化結果を示す図
【図6】本発明実施例1における触媒層表面SEM画像から輝度ムラを除去した結果を示す図
【図7】本発明実施例1における触媒層表面SEM画像から輝度ムラを除去した画像の2値化結果を示す図
【図8】本発明実施例1の試料を含む4試料に対して、本発明の方法を用いて触媒層表面の細孔面積率を計測した結果を示す図
【図9】本発明実施例2における触媒層断面SEM画像を示す図
【図10】本発明実施例2における触媒層断面SEM画像の第一の2値化結果を示す図
【図11】本発明実施例2における触媒層断面SEM画像から輝度ムラを除去した画像の2値化結果を示す図
【図12】本発明実施例2における触媒層断面SEM画像を含む合計10枚のSEM画像から測定した断面細孔面積率分布を示す図
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下に、本発明の様々な実施形態を図面を参照しながら説明する。
【0029】
本発明の方法は、多孔質試料の表面または断面の電子顕微鏡画像を取得する工程を含む。試料の断面出し方法としては収束イオンビーム(FIB)加工やミクロトーム加工、あるいは凍結破断などの様々な公知の方法が利用できるが、断面の平坦性が高く脆弱な試料であっても断面細孔の乱れが小さいなどの特徴によりFIB加工が特に好適である。FIB加工やミクロトーム加工にあたっては、熱による断面細孔の損傷を低減するため液体窒素等による冷却を行ってもよい。クライオFIB加工あるいはクライオミクロトーム加工と呼ばれる方法がこれに相当する。また断面細孔の損傷を防ぐため、あるいは断面顕微鏡画像における細孔領域と細孔以外の領域の判別を容易にするために、断面出しに先立って樹脂包埋等の前処理を行ってもよい。電子顕微鏡としては走査電子顕微鏡(SEM)や透過電子顕微鏡(TEM)、あるいは走査型透過電子顕微鏡(STEM)などを用いることができる。
【0030】
本発明の方法は、電子顕微鏡画像から電子顕微鏡光学系や撮像素子に起因する輝度ムラを除去するシェーディング補正の工程を含んでもよい。
【0031】
電子顕微鏡画像から、試料の形状または組成分布あるいは試料と電子顕微鏡の組み合わせに起因する輝度ムラを除去する工程としては、各種の画像処理フィルタを用いることができる。たとえば電子顕微鏡画像取得時のチャージアップやエッジ効果による輝度ムラのような、代表的な細孔サイズより小さい空間スケールで変化する輝度ムラを除去するためにはメディアンフィルタやガウシアンフィルタなどの平滑化フィルタが適している。
【0032】
一方、電子顕微鏡画像には、代表的な細孔サイズより大きな空間スケールで変化する輝度ムラもしばしば見られる。図9は固体高分子形燃料電池の触媒層をFIB加工で切断した断面のSEM画像(倍率は約1万倍)である。画像に見られる細孔断面12や細孔断面
13は、触媒層中に三次元的ネットワーク構造を形成している細孔の断面であり、SEM画像では輝度が低く見える。一方、図9のSEM画像中の固体切断面14は、触媒層を構成する固体がFIBによって切断されてできた切断面であり、細孔断面12、13よりも輝度が高く見えている。固体切断面15は、固体切断面14と同じくFIBによって切断されてできた固体切断面であるが、固体切断面15の平均輝度は固体切断面14に比べて低い。これは固体切断面14と固体切断面15では局所的な組成(カーボン粒子と電解質の比率など)が異なり、二次電子放出率やチャージアップのしやすさに違いがあるためと考えられる。また図9のSEM画像には全体的に輝度ムラがあり、画像上方に比べて画像下方、特に左下の部分(固体切断面16の周辺)は平均輝度が低い。これは組成の分布に加えて、試料の幾何学的形状も影響していると考えられる。このような代表的な細孔サイズより大きな空間スケールで変化する輝度ムラを除去する工程としては、ハイパスフィルタまたはバンドパスフィルタのような空間周波数フィルタが有効であり、高速フーリエ変換(FFT)を用いた空間周波数フィルタが特に好適である。
【0033】
電子顕微鏡画像の細孔領域と細孔以外の領域を分離する工程としては、パーセンタイル法、モード法、最大エントロピー法、大津の方法(たとえば非特許文献2を参照。)、Kittlerの方法(たとえば非特許文献3を参照。)、微分ヒストグラム法、ラプラシアンヒストグラム法など様々な公知の閾値決定方法を用いた2値化処理が利用可能であるが、元となる画像の明るさやコントラスト、ノイズなどに左右されにくい安定した結果が得られることから、最大エントロピー法または大津の方法またはKittlerの方法を用いた2値化処理が好適である。また画像全体を複数の領域に分割し、各々の領域ごとに前述の閾値決定方法などを適用して2値化処理を行うことも可能である。また特許文献3の方法のように、微分フィルタなどを用いて抽出したエッジ等により画像を多数の領域に分割し、各々の領域ごとに平均輝度やヒストグラムの形、輪郭のエッジ強度などに注目して、その領域が細孔領域であるか細孔以外の領域であるかを判別する処理を行うことも可能である。
【実施例1】
【0034】
以下、本発明の実施例1について図面を参照しながら説明する。
【0035】
図3は固体高分子形燃料電池のカソード触媒層表面をSEM(日立ハイテクノロジーズ社製)により触媒層表面の法線方向から撮影した画像(倍率は約5千倍)である。この触媒層は白金系触媒粒子を担持したカーボン粒子と電解質(パーフルオロスルホン酸ポリマー)からなり、電解質膜(パーフルオロスルホン酸ポリマー)の両面に厚さ約5μmで形成されている。
【0036】
図3のSEM画像に多数見られる、明瞭な輪郭を持つ輝度の低い領域(細孔8など)は触媒層表面に現れた細孔である。一方、固体表面9のように比較的輝度が高い領域は、触媒層を構成する固体(カーボン粒子と電解質の混合物)の表面である。固体表面には、その局所的な組成分布に起因すると考えられる輝度ムラが見られる。たとえば固体表面10の周辺では平均輝度が低いが、その輝度が低い領域の輪郭はぼやけており、その領域の中にも細孔と見られる領域(細孔11など)が存在することから、この領域は細孔ではなく固体表面であることがわかる。
【0037】
図3のSEM画像の細孔領域(細孔8など)と固体表面領域(固体表面9など)の輝度の違いに注目して、2値化処理によって両領域の判別を試みた結果が図4である。細孔8と固体表面9はほぼ正しく判別できているものの、固体表面10の周辺は、輝度ムラにより細孔と誤判別されてしまっている。
【0038】
図5は、図4と同様に図3のSEM画像を2値化処理した結果であるが、固体表面10
の周辺が固体表面として正しく判別されるように2値化処理の閾値を調整したものである。しかしながら、この場合は細孔領域のかなりの部分が消失あるいは縮小しており、この結果から細孔面積率などを精度よく測定することは困難である。
【0039】
図6は、図3のSEM画像に高速フーリエ変換(FFT)を施し、0.5μm以上の周期を持つ輝度変動成分を除去した上で逆変換を施した画像である。この処理により、固体表面の局所的な組成分布に起因すると考えられる輝度ムラはほぼ完全に除去された。さらに図6の画像に対して、メディアンフィルタ(半径0.01μm相当)を用いてノイズを除去した後に、大津の方法を用いて決定した閾値による2値化処理を行った結果が図7である。これらの一連の画像処理により、細孔(細孔8、11など)と固体表面(固体表面9、10など)を正しく判別することができた。また、触媒層の製造工程の条件や材料の配合を変えて作成した複数の試料に対して同様の測定法を適用した結果を図8に示す。図8中の標準サンプルが本実施例1の試料である。こうして触媒層の製造工程の条件や材料の配合が触媒層表面の細孔面積率に及ぼす影響について、さらには燃料電池の発電特性、特にフラッディング特性に及ぼす影響について有用な知見を得ることができた。
【実施例2】
【0040】
以下、本発明の実施例2について図面を参照しながら説明する。
【0041】
なお図1は、実施例2における細孔測定手順の概略を示すフローチャートである。
【0042】
図9は、前にも説明した通り固体高分子形燃料電池の触媒層をFIB加工で切断した断面のSEM画像(倍率は約1万倍)である。この触媒層は白金系触媒粒子を担持したカーボン粒子と電解質(パーフルオロスルホン酸ポリマー)からなり、電解質膜(パーフルオロスルホン酸ポリマー)の両面に厚さ約5μmで形成されている。この触媒層付電解質膜の表面にFIB加工で穴(約10μm角、深さ約7μm)を掘り、その側壁断面に白金導電膜を蒸着し、斜め(観察する断面の法線に対して45度方向)からSEM(日立ハイテクノロジーズ社製)で撮影した画像を縦に1.414倍に引き伸ばして傾斜補正した後、メディアンフィルタ(半径0.01μm相当)を用いてノイズを除去した結果が図9のSEM画像である。なおこのSEM画像の上方は触媒層の表面方向、画像の下方は穴の底方向に対応する。このSEM画像には、前にも述べたように局所的な組成の分布やSEM撮影時のチャージアップ、試料の幾何学的形状などに起因すると考えられる輝度ムラが見られる。
【0043】
このような輝度ムラがない画像の場合は、適切な方法で決定した閾値を用いて2値化処理を行うことで、細孔断面と固体切断面とを判別し、細孔断面の面積率を求めたり、細孔をサイズ別に計数処理して細孔分布を求めることができる。
【0044】
図10は、図9のSEM画像に対して最大エントロピー法を用いて決定した閾値による2値化処理を行った結果である。細孔断面12や細孔断面13は細孔断面と判別されたため黒くなり、固体切断面14は固体切断面と判別されたため白くなっている。しかし、図9のSEM画像に含まれていた輝度ムラのために、本来固体切断面として判別されるべき固体切断面15はほぼ全体が黒くなり、細孔断面と誤判別されてしまったことがわかる。同様に図9のSEM画像で暗く写っていた画像の下方、特に左下の部分(固体切断面16の周辺)はほとんどが黒くなっており、細孔断面と固体切断面とが正しく判別されていないことがわかる。
【0045】
一方、図11は、図9のSEM画像に高速フーリエ変換(FFT)を施し、1μm以上の周期を持つ輝度変動成分を除去した上で逆変換を施した画像に、最大エントロピー法を用いて決定した閾値による2値化処理を行った結果である。FFTハイパスフィルタを用
いることで、代表的な細孔サイズより大きな空間スケールで変化する輝度ムラをほとんど除去することができたため、細孔断面(細孔断面12、13など)と固体切断面(固体切断面14、15、16など)を正しく判別することができた。
【0046】
図9のSEM画像と同じ試料で同じ方法により取得した合計10枚のSEM画像に対して、図11について説明したのと同じ一連の画像処理を施して2値化した後、細孔をサイズ別に計数処理することで、断面細孔面積率の分布を求めた結果が図12のグラフである。このようにして固体高分子形燃料電池触媒層の断面SEM画像から細孔分布を測定することが可能となり、触媒層の製造工程の条件や材料の配合が触媒層の細孔構造に及ぼす影響や、触媒層中の物質輸送が燃料電池の発電特性に及ぼす影響について有益な知見を得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明は多孔質体の細孔構造測定評価一般に利用可能であるが、特に固体高分子形燃料電池の触媒層またはガス拡散層の細孔構造の測定評価に好適である。
【符号の説明】
【0048】
1・・・セパレータ
1a・・流路
2・・・ガス拡散層
3・・・アノード触媒層
4・・・電解質膜
5・・・カソード触媒層
6・・・ガス拡散層
7・・・セパレータ
7a・・流路
8・・・細孔
9・・・固体表面
10・・固体表面
11・・細孔
12・・細孔断面
13・・細孔断面
14・・固体切断面
15・・固体切断面
16・・固体切断面
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔質試料の表面または断面の電子顕微鏡画像を取得する工程と、前記電子顕微鏡画像の細孔領域と細孔以外の領域を分離する工程とを含む細孔測定方法において、前記電子顕微鏡画像から、前記多孔質試料の形状または組成分布に起因する輝度ムラ、または前記多孔質試料と電子顕微鏡の組み合わせに起因する輝度ムラを除去する工程を含むことを特徴とする細孔測定方法。
【請求項2】
前記輝度ムラを除去する工程で空間周波数フィルタを用いることを特徴とする請求項1に記載の細孔測定方法。
【請求項3】
前記空間周波数フィルタは高速フーリエ変換を利用した空間周波数フィルタであることを特徴とする請求項2に記載の細孔測定方法。
【請求項4】
前記電子顕微鏡画像の細孔領域と細孔以外の領域を分離する工程で、最大エントロピー法または大津の方法またはKittlerの方法を用いた2値化処理で分離することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の細孔測定方法。
【請求項5】
多孔質試料の表面または断面の電子顕微鏡画像を取得する手段と、前記電子顕微鏡画像の細孔領域と細孔以外の領域を分離する手段とを併せ持つ細孔測定装置において、前記電子顕微鏡画像から、前記多孔質試料の形状または組成分布に起因する輝度ムラ、または前記多孔質試料と電子顕微鏡の組み合わせに起因する輝度ムラを除去する手段を含むことを特徴とする細孔測定装置。
【請求項1】
多孔質試料の表面または断面の電子顕微鏡画像を取得する工程と、前記電子顕微鏡画像の細孔領域と細孔以外の領域を分離する工程とを含む細孔測定方法において、前記電子顕微鏡画像から、前記多孔質試料の形状または組成分布に起因する輝度ムラ、または前記多孔質試料と電子顕微鏡の組み合わせに起因する輝度ムラを除去する工程を含むことを特徴とする細孔測定方法。
【請求項2】
前記輝度ムラを除去する工程で空間周波数フィルタを用いることを特徴とする請求項1に記載の細孔測定方法。
【請求項3】
前記空間周波数フィルタは高速フーリエ変換を利用した空間周波数フィルタであることを特徴とする請求項2に記載の細孔測定方法。
【請求項4】
前記電子顕微鏡画像の細孔領域と細孔以外の領域を分離する工程で、最大エントロピー法または大津の方法またはKittlerの方法を用いた2値化処理で分離することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の細孔測定方法。
【請求項5】
多孔質試料の表面または断面の電子顕微鏡画像を取得する手段と、前記電子顕微鏡画像の細孔領域と細孔以外の領域を分離する手段とを併せ持つ細孔測定装置において、前記電子顕微鏡画像から、前記多孔質試料の形状または組成分布に起因する輝度ムラ、または前記多孔質試料と電子顕微鏡の組み合わせに起因する輝度ムラを除去する手段を含むことを特徴とする細孔測定装置。
【図1】
【図2】
【図8】
【図12】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図8】
【図12】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−286380(P2010−286380A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−140945(P2009−140945)
【出願日】平成21年6月12日(2009.6.12)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年6月12日(2009.6.12)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【Fターム(参考)】
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